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Shakespeare以前の劇作家 : Christopher Marloweの場合

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(1)Title. Shakespeare以前の劇作家 : Christopher Marloweの場合. Author(s). 渡辺, 一雄. Citation. 北海道學藝大學紀要. 第一部, 9(2): 52-66. Issue Date. 1958-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3678. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第9巻 第2 号. 昭和33年12月. 北海道学芸大学紀要 (第一部). Shakespeare 以 前 の 劇 作 家 l Christopher Ma r owe. 部. 渡. の場合 雄. 一. 北海道学芸大学釧路分校外語研究室. Kazuo VVAr r \NAB1 : ‘. ists Pre‐ShakesPearean Tragi caI Dramat ,. lowe一-- istopher N1ar 一--on Chr. 説. 序. l 1ardyce Ni i i owe AI l l が “Br t sh Dram 〆 に 於 て, Mar co. は Shakespeare 以 前 の 劇 作家の 中. ) で最も才能のある人物だと賞讃している1 , M l i T,S. E1 pman よ り も, Shake t arowe は此の時代に現 われた劇作家の中で, Cha o も叉,. ‘ ‘ohn 2 ) speare よ りも, 謎 よ りも 思索 し, 誰よ り も 哲 学 的 な 精 神 の 持 主 で あ っ た と 言 い , 更 に 叉, J. i Ford 論” の 中 で, E1 zabeth 女王及び Jamesl世時代の劇作家を三大別し, 其の 第一区分 の筆頭 ) に Marlowe を 推 挙 して い る3 , ank Verse の creator で l owe は英国悲劇の父であり, 英国 B1 ‐一方, Swinburne も叉, Mar あ る と 讃美 し, Marlowe は, 兎 に 角, Shakespeare の 教 師 で あ り guide で ある と迄 言 及 して い. る. “ 韻 律 論 ” の 中 で Chaucer が 此 の中 の B1ank Verse に 就 い て 言 え ば, 0,Jespersen 迄 が , l ine を用いて以来, 特に叉, Mar owe が無 i lan c pentameter を押韻した詩形を 即ち heroic l ・b. , l t on, Dryden, Pope , 韻の詩形で, 即 ち B1ank Verse で 之 を 広 め て 以 来, Shakespeare, Mi. l l i ing the l er W ordsworth, Byron, Shel ss ey, Tennyson 或 は, Le Thon・son, Cowper ,Sch , Goe , を 用して来 i i S l 多くの中にこれ 使 の最も重要な作品の な らびに 多数の can( nav a の詩人達が彼等. ,. ) た と 言 って い る4 ,. l owe と は, 周 知 の 如く, 1564年 2 月 6 日, Canterbury に生れ, 超才 =七の 様 に賞 讃 さ れ る Mar. 6 ) ) にして既に詩作し5 , 其の後大学在学時代の21才, 或は22才に於て , 不朽の名作. ”Tambur laine. ‘The Tragedy of Dr. Faustus,” “The jew of The Greaビ’・を 創作 し た の を 手 始 め と し, ‘ ’等 々 の 傑作 を 創 作 した 人物 で あ る 1592年 5月 London に於て 疫病が蔓 ’ l Ma ta/川 Edward ll , , , i s Fret cher な る 者 の 為 に 殺 害 さ 延 したので, Deptford に 赴 き, 同 所 に て, 同 年 5 月 末 に, Franc れ て いる, 然 し, 上 記 の作 品 の 他 に 彼 が 協力 した で あ ろ う と 考 察 さ れ る 作 品 の 中 に, ThomasKyd. ) 或 は叉 Shakespeare 作 ”Titus Andronicuず, ”Henry V r 等が ′ f F ”Arden of Fevershanぞ7 , あ る 即ち 彼は僅か7年足 らずにして一躍 Shakespeare の父と迄言われ, 30才 に し て世 を 去 っ .. ,. l owe は Shakespeare 以前の悲劇作家として第一人者であ た の で ある.上 記 の 如 き 見 解 に 基 き, Mar ” la i ne る とい う 説 を前 提 と して諭 を 先 ず 進 め た, 第 一 に, 如 何 な る 基 礎 に 基 ず い て 彼 が Tambur The Gr 、想・性格・哲学的精神を中心と eaゼ を創作したかという事を考察 した, 其の為には彼の周 して, 当 時 の大 学 の 内 容, Renascence との関係, 更に叉時代的背景, 特に, 封建貴族との関係, 2- -5.

(3) . Shake ar e以 前 の劇作家 s pe i l Pur tani sm と の関 係 を 主 題 と した, 第 二 に, 彼 が, ”Tambur aine The Greaビ’ の 頭 首 に 附 随 せ. しめ た Prologue を通じ, 同時代の劇作家は勿論の事, 英国擦 り壇に発した一大宣言の真の意義と, l owe が 其の解明に努め, Mar. Shakespeare. 以前の劇作家の第一人者であると言われる特質を敢て. i 摘発 した, 此 の論 述 を, 共 の 周辺, 特 に, Thomas Kyd 作 ‘ he Span sh Tragedy” と 関 連 せ し iowe の悲 劇 作 家と して の 位 置 を 再 決 定 しよ う と した の で あ る. 此 の考 察 は B1ank Verse め, Mar. を以て宣言した如く, 彼の作品 が真実英国悲劇の亀鑑たり得るか否かという問題に落着した, 此の考察の結論は, 前記諸学者が述 l べるが如き Mar owe に対する見解は, 此の様な論拠に依ると朱筆が必要だという事に到達する, と劇的構成法に要約され得るものであって, 彼自身其の. Prologue. 彼の悲劇構成法に就いては専ら割愛し, 次回に述べる事にした,. i i t l F s owe は “Tamburlaine The Grear の 第 一 部 を 既 に Corpus Chr .S. Boas教 授 は 「Mar. )此の事に就いては容易に考察され得 に在学中執筆していたと推察される.」 と述べておられるが8 る事 だ と 思 わ れ る, イ可故 な ら, 1987年, 即 ち 彼 が23才 の 時 に, 既 に, 此 の 劇 が上 演 さ れ て い た と い. う歴史的証拠が残されている, 故に, それ以前, 即ち彼の在学中に書いた事は明白である, 此の着 手時期に就いては後述するとして, 如何なる性格, 思想の持主が, 如何なる動機で此の作品を執筆 した かという問題を考察してみる, i i i iを 中 心 と して 論 を展 開 す る, 此 れ は Corpus Chr t t s s 先ず Boa s教授の言われる CorPus Chr idge 大 学 の一 学 寮, Mar l l l Co 581年 ege であ っ て, Cambr owe が此の大学に入学許可されたのは1. ) 此の大学が想像以上に厳格 で, 且つ叉, 禁慾的 l in として記入されている9 3月, 彼 の 名 は Mar . 生活を強いていた, 校規を犯すと体刑を与えるが如き, 中世の禁慾僧の如き生活が其処では要求 さ れていた, 彼は此の様な生活に反感を抱き, 益々自由思想を体得したと考え られる. 幼年期から演 in の作品の多くに接 ek や, Lat 劇に対する鑑賞力を体得していた彼は, 此の大学に入学以来, Gr e し, 以後, 此の思想を中心として劇作している事は彼の作品から容易に判 断出来るものである, 換 言すれば, 此の様な自由思想が彼の精神の中に潜在していたか らこそ30年以上に亙る大衆の支持が. 与えられた作品を完成し得たのである, idge で 修得 した 古 典 的 教 訓 f d や Cambr or 当 時, 劇作家が大衆の支持を得んと志すな 散ぜ, ox l o ) 性格 を全部無視L なければならなかったと言っても過言ではない , 此の様な自由思想以外に彼の- として挙げられるものは, 高慢, 勝気, 自己吹聴等であろう, 然し非凡な才能の持主であった事は 何人も疑う 余地がない, lowe に対 す る 発 言 (1593年 9月), 或 は 叉, Thomas i I Harvey の Mar e 周知の如き Gabr Beard. 1dgement なる者が ‘ he Theatre of Go寸sJL. l owe に就 い て 為 した 公 言 を通 じ て Mar. l l l i owe I Vaugha l l l等 の 公 言 に よ っ て 我 々 は 大 凡 Mar an 1 597年) 其 の 他, Franci s Mer es ( , Wi l M る r o e を汚辱の中で葬り去らんと が如何なる性格の持主であったかを知り得 . 然 し, 彼等が a w した 企 によ る も の だ と 一 応考 え た と して も, 依 然 と して 彼 の 作 品 の 中 に 惨 透 して いる 一 貫 した 精 神. に対しては如何とも為し難い, 勝気な性格, 高慢な性格が敵をより多く作り出した事は事実だった と考 え られ る,. 其 の 非 凡 な 才能 の 持 主 だ った と い う 事 に 就 い て は,. i s r Franc 数 多 の 作 品 と Si. に学生時代に見い出されたという事実だけでも容易に我々をして再確認 、せし め る, 彼の作品に渉透している一貫した精神とは, 「無限の彼方にあるもの, 達し得ないもの, 可能に D」 をも含有している, 見放されたもの, 極端なもの, そうしたものに対する織烈なる願望I 次に一貫した此の精神の通過する過程を究明すると, 其処に若干 の沈滞期が存在する 事 に 気 付 W als inghanl. 3- -5.

(4) . 渡. 部. 一. 雄. l ine の 中 に 表 明 さ れ て い る aspi i く, 例 え ば, Tambur a rat on の中間に暫しの休止的状態がある,. 其れは自己の不断の向上心に疲れをお ぼえるのか, 其の働く方向に対する一種の疑惑・疑念から生 ずる良心の可責から端を発するのか, 兎に角, 其の過程に一貫性が無い事を見逃すわけにはゆかな し、 . ハ4y soul begins to take her Rightto hel l , 1 2 ) l my senses to depart, l and summonsa i i (Tan ・b .44‐45) . 1. n. ▽.. 或 は叉, ”Dr . Faustuゞ13) に 於 て Faustus は, Vaides s , as resolute am l in thi. Asthou to l ive; therefore obj t not ecti . (Dr . 1,131‐132) . Faus. これと同様な事を数度ロに出しておきながら, ’ VVhy waver t thou? ○, something soundeth s ln lnlne ears ,. ’ ‘Abjureth i in! s magic, turn to God aga Aye tus wi l lturn to God again, , and Faus tus (Dr . V.7一o) . Faus irat ion の中には反省 沈滞 疑惑 疑念という要素が常に存在 して と言っている, 即ち彼の as1 ) 、 , , , ” い て, こ れ が The Spani sh Tragedy“ の Hi eronimo に 於 け る, 或 は 叉 Shakespeare の. “Haml ion er に於ける復讐の遷延回避と共通するものがある, 此れと同時に, 彼自身の aspirat. は無反省なものではないとも言い得る, 次に自己吹聴的性格の持主だと推定され得る根拠に就いては, Kyd が Marlowe の 死 後, Sir . 1 5 ) ing 宛 に 提 出L た上訴女 John Pucker , 特に二回目のそれが主題の対照となり得る , 然し, Tan・bur laine の Prologue なるものが 此の場合 より以上の効果がある事勿論である , 此の上 , , M t K d 訴女の中で y が arowe の事を評するに 「無神論者」 或は叉 「反政府的危険人物」 なる言語 を以てしている, 此の無神論・反政府なる意味は夫々 「神を信じない」 或は叉 「政府に反対」 とい う意味よりは寧ろ自己吹聴的高慢な性格に対する悪感情の一表現であったろうと考え ら れ る か ら lowe が若輩にも拘らず圧迫感を与えていた事だけは容易に理解出来る, だ, 同室の Kyd に Mar 彼は Kyd のみならず何人にも此の様な性格を公然と示していたのである, lowe が前述 した中世的禁慾的学寮の中で, 而も 7年 此の様に, 自由思想者にして 勝気 の Mar , もの長期間に瓦って其の個性を隠し覆せるものではない, 何時しか表面に出, 或は叉, 出したであ ろう, 即ち, 彼は共の様な寮生活の中に於ける自由主義であり, 自己の所信は飽く迄保持し, 他人 i l tot s e 主 に吹聴 したと想像される. 此の自由思想探求の心は彼をして P1ato 主 義 よ りは 寧 ろ Ar idge に入学した頃 ( 義 の方 向 に 向わ しめ た, Spencer が Cambr 156 9 ) , 或は Renascence i dge では ら Cambr. P1ato 主 義 を 学 生に 教 授 し Ar i l to t s e 主 義 を 採用 す る ,. 頭初か. oxford と対 立 して. 5 ) l idge に在籍していた故 P1ato 主義者たるべき所, 作品に表われてい いた1 owe は Can lbr , Mar. 主義に根底か ら影響されている, 即ち, 彼は P1ato の二元論に対して, 一元論 を 立 て, ldea を事物の普遍的本質とし, 共の哲学的思索は飽く迄経験的現実に即して行動すべき. る彼は. istot le Ar. l i だ とい う Ar t s ot e の 所 信 に共 鳴 した も の と考 え られ る.. 6 ) 「自然的真実性の協力1 」 にあると思われる, 彼が. i t tot 更 に 彼 が 共 鳴 した 事 項 は Ar eの s. Ari le stot. く挙げ得るが, 今一例を挙げると, 次の如き個所である, 4- -5. 主義に共鳴しているという事は数多.

(5) . Shakespeare 以 前 の 劇 作家 α“sね‘s. Set 1e thy studies t , and begin , Faustus ’d be a divine in hov Hauing Com menc s , , Yet l l evel at t ・e end of every art , , And . ive and di le i l e in Ar stot s wor くs . tus (Dr . Faus , 1.i .1-5). l 次 に, 前述 した 無 神 論 に 就 いて 考 え る と,先 ず, Mar owe は寺院の奨学金を受けて大学教育を受 け て い たの で, 当 然, 神 学 者 に為 る べ き 者 で あ っ た, 然 し此 処 で Kyd の上訴女の中の 「無神論」 と言う言葉を度外視 したとしても, 彼の作品に於て 味畔 或は叉 ”運命” というものは余り重要な 位置をしめていない事は明白な事 実である. 否, 寧ろ,.大胆に僧侶を諒して次の如く言っている, Ring ing wi l l thj oy their superstitious be s . t ) (Tan ・b . Ac . V, Sc .i. 更 に, 叉, ln vain, l see , men worship M1ahomet; M[y sword hath sent mi l l ions of Turks to hel l , S1ew al l hi i iends s pr ests s kinsmen and his fr , hi , And yet l l ive untouched by Maho・net , There is a God ful , l of revenging wrath, From whom the thunder and the l ightni l .g breaks , 晒/hose scourge 工 am, and him wi l ll( )bey , so, Casane ; H ire ing thenn in the f . ) (They burn thel ) ooks , Now, ハ4ahon .et ,if th。u have any power ,. Come down thyself and \vork a miracle, Thou art not worthy to be worshipped That suf fers f lan ire to burn the wr i t 1es of f 帆/here in the sunl of thy rel igion rest s , (Tan ・b ,. ▽. 1,178一190). ’ ‘God out of heaven’ 1 7 Tal l ine 自 身 ‘ J と して 登場 して い る さ て nbur lowe が 神 に 対 a , Mar , ‘Tambur laine The Gr して如何なる考えを抱いていたかは ‘ 1 V i i 1 2 1 8 6 eaビ’1 ‐ を引用すると更 . . .. に明白になると思う, 此処では省略する, 此の神という問題の根本は前述 した Aristotle 主義の中 に存在する, 即ち, 中世の生物学では人間は 4つの液, 血液, 粘液, 胆汁 黒胆汁から定まるとい , う考え方に立脚 しており, 彼はその element なる譜を Tan・burlaine の中にも Dr . Faustusの 中 にも再度使用 している, 然 し, 彼 は 此 の element を地・水・火・風の4大元素と為し, 其の中, l i i i235 参 照), 故 に 地 を最 大 の e 33 ement と して い る (Tamb ‐ . L I1 , Vi , 30 ,l. Mar l owe は Machi l l i 1 8 ) e e 影響 av の を受け無神論者, 不道徳, 堕落的思想云々 と一応非難されるが, 彼は 「人 l 間 は 神 によ っ て 創造 され た も の で は なく, 互 い に di sput e す る 4つ の e ement か ら成 立 して い. る」 という根本的思索の上に立っており, 更に, 現代人の考えるが如き無神論という言葉では理解 不可能である様に思われる, 即ち, 当時の無神論なる用語に対する解釈は現代のそれとは若干極を i 異に してい るか らだ, E1 i zabeth 朝の Athe sm とは神の存在を否定せず, た ゞ, 其の最高位を 否定 して い る人 間 を 意 味 して い た か らで あ る, “The Ta l ・ nbur aine The Gr eat”. Tan laine ・bur. に 於 て も,. は神を否定はしていない事を各個所で発見出来る, それ故 God of heaven と い う - 55 -.

(6) . 渡. 一. 部. 雄. l の影 響を受けて (Ae 8”) 地獄をも否定 rgi 用語が生れ出たのだ. 更に Kyd と同様 Vi n . ,V154 してはいない, 最愛の妻が死亡した時に, ‘And throw them in the tr , ‘ iple moat o lr f he. OO VI ) (Tamb . =. ”.I. と言っている, 極言すると, 神に礼拝するのではなく, 人間に礼拝すべし, と言うが如き考えが根 i l 本 に存 在 して い る. 更 に, Ar t。t s e 主義が全部を支配しているのではなく, 共の一部, 例えば, la ine の 肉 体 は 自 分 自 身 の image で あ る と い う が 如 き P1aton 的考え方を持っていると Tambur いう事をも叉見逃せ得ない事であり, 且つ叉, 端を 的知識は充分豊富であったとは断言出来ない,. l Ar i stot e. 主義に発した生物学, 或は, 天文学. 然し此の様な事柄は枝葉的存在であって, 英国悲劇全体を一大飛躍せしめた点は, 其れ迄の悲劇 l owe に於て, 始めて, 人間自身が悪人を罰したという事 では神が悪人を罰 したのであるが, Mar 実 に 存 在 す る, 即 ち, 罰 す る 者 が Protagoni t の外 部 に 設 定 さ れ て いた が, 彼は之を人間内部に s l 9 ) に あ っ た が, 彼 は fune 設 定 した の で あ る, 悲 劇の根 本は, そ れ 迄, The 負ckl eness 。f For Protag。ni l i l st の wi on に 重 点 を 置 い た と 言 い 得 る, 此 の 様 な 手 段 を 使用 , 更 に 其 処 か ら送 る act する事によ って彼は完全に Morality を脱皮しようと試みた 即ち 最終的には神の慈悲に依る因. ,. 果応報を, 例えば. ,. ish Tr 1 evenge agedr の 如 く 天 国 あ り 地 獄 あ り, r pal. の際には神だのみする. 0 ) と称して新しい分野を開拓せんと試 様 な 構 想 を “such conceits as clownage keeps in pa〆2. みたのである, 2 ‘The Tamburlaine The Gr i Mar lowe の Cambr dge 時 代, 特 に, ‘ eaご 執筆前後の外的事象,. 即ち, 彼を取り巻く事象と彼とを関連せしめて考察してみる, 其の時イヒ的背景とは実に複雑であ sm に る, 第一に Renascence と 彼 の 問 題 で あ る が, 周 知 の 如く Renascence の 根 源 は humani b i C d e在 ある, 即ち, 過去の枠から解放された自由思想の探求にある, 前述した如く, 彼は am r g 学時代か ら既に彼独自の分野を開拓していた事は事実である. 更に神に対する概念を此処に導入し l ine も Dr. Faustus も 彼の作品全体が個人の責任に基ずく道徳劇 nbur a ・ て 言 及 出来 る事 は, Ta , l l l lbur aine は自分自身何人にも強いられず, で ある と い う事 で あ る, 即 ち, Ta di For Tan・burlaine , the scourge of God, nlust e,. i 8) b (Tan i24 ・ . =. V.i 1 s の ロ を 通 じ て, tus の場合に於ても ChorL と 此 の世 に 言 い 残 して 死 ん で ゆ く し, Dr , Faus ish fal l l Faustus i sl ・el s gone ; regard hi , \Vhose 行endful fortune may exhort the Wi se, ・ t V.123‐124) (D1 s i . X.I , Fat. sh と言 っ て い る, 個 人 の 責任 で あ る, 悪 行 の 代 償 は 死 で あ る 事 を 自 ら自 覚 して い る, 然 し “Spani Traged コメ の 最 後 の scene を 引 用 して みる と, l l l beg at lovely Proserplne Now Wi , Pi l d f That , , by the vertue o her r nce y oome ing sort i f d l may consort my reen s n pl eas ,. And 。n my foes w。rke iust and sharp reuenge. ▽. v (Sp .13‐16) . Trag,1. 即ち, 今死亡せる者共を地獄の女王に懇願 して正当に裁判し, 共の様な手段に依って復讐する, - 56 -.

(7) . Shake r e以前の劇 作家 spea. 換言すると悪人を罰するというのである. 地獄の王ではあるが既に神と云う第三者的介在物が存 在 l している. 更に叉我が子 Horatio の殺害された現場に接した母親 lsabel a は苦悶に苦悶を重ねた 後に, The heauens are iust , murder cannot be hid ; Time i ight s the author both of truth and r ,. l l br ight ing this trecherie to l And t ime wi , 1 ) (Sp ・58栴60) 2 . Trag. と言 っ て い る, 悪 人 に 対 して 復 讐 出 来 な く と も, 天 が, 神 が 裁 い て く れ る と い う の で あ る, こ れ と比 較 した 時, 如 何 に Mar l owe が人間中心であったか, 人間尊重の精神を強く保持してい. たかという事が容易に理解出来るのである, 尊重すればこそ生前の悪徳に対する責めは総て自分が 負うという結果となる, 次に英国 R ena s c enc e の軍事的, 外交的, 政治的多角形なる活動状態と彼の作品との間に一大関 ‐ 連がある事を見逃すわけには行かない, 彼の ba 1 bones の一つは実践的, 行動的要 素である こ c . A i l t t o r l s e 主義から出発している事は勿論である, Mar れは前述した owe は行動の女学が劇とい 2 i ) igh astounding t う形体を と り, 其の 劇は 悲 劇 と な り, 其 の 中 に 表 れ る act on は “h ermず2 , 烈! i しい pas s on , 過 去 の 演 劇 に 見 られ る も のよ り も 更 に 一 層 強 い 身 振 り, 或 は 叉, 声 の 昂 揚等 々 に 依 る 精 力 的運 動 で ある と考 え た, 抑 々 Mar l owe の 女 学 史上 に 於け る特 色の 一 つ に 此 の中 の ”high ’ d i t t s t as oun ng erm が 挙 げ られ る 程, erms に留意している, 大刷新を試みたのである その為 , igg ing ve には今迄の様な B1ank Verse で は 弱 体 で ある と 考 え, 結 局 ”From i ins of r iming ” h t i mo er wt s…… と宣 言 せ ざる を 得 なく な っ た 次 第 で ある, l 第二に, 貴族と Mar owe と の関 係 で あ る, 1987年 5 月 彼 は M.A . 授与の予定者の中に加オフっていたが不許可を申し渡された, 其の理由 , 3 i は無 断外 泊 の 為で ある, 然 し, 直 後, E1 )を 以 て .天 降 り 式 に 学 th 女 王 の 署 名 入 り の 公 女 書2 zabe ,. 長宛に授与する様指示された, 此の事実は学生時代に於ける彼の優秀性と 政治面に於ける彼の活 , 躍の程度を明白に示す, 更に如何に偉大なる力を以て Ma l r owe と政府とが結合されていたかをも 充分物語っている, l Mar owe の学生時代, 政府傭員と して活躍していた時期は1 58 5年より1 58 6年迄であると考えら idge の学生授業料名簿中此の期間が空白となっている事実に基くもので れる. 其の理由は Cambr ある, 此 の 時 期 以外 に は 何 処 にも 考 え られ る 個 所 が 無 い i ron r s , Franc , Si , 此 の 時 に 彼 の pat Wa l ingham と密接なる関係を保持し 其の patron の sugges ” s i t on の も と に 彼 が Tamburlaine. ,. The Gr lowe が彼の patron, Sir Francis ear を創作したと推 察される, 相隣, 此の作品は Mar Walsinghanl. 分の. Backbone. ば. に献呈する事を目的と して書かれたものである, 此の頃の劇作家達は ‐ , 一般に,・自 の為に多くの作品を書き上げた事は明白な事実である, 故に, 創作された Dr amaの は劇作家の側にあるよりは寧ろ其の patron 側にあったと言っても過言ではない. 例え. patron. Shakespeare. 王に対する彼の. 作 ”Julius Cease. の Diktat i or に 対 す る 共 和 主 義 者 達 の反 対 は, E1 th 女 zabe. patron, Essex, Southampton の 態 度 を Rome の昔に仮定して ,. 両脚の政治的失. 脚 の直 前に, Shakespeare に sugges i t on して 書 か せ た も の で あ る,. を. ‘Faer i e Queen patron と し, ‘. l 叉, Spenser も Ra egh 脚 を 女 王 に 献 じて い る, 当 時 の pat ron とは此等劇作家と密接. な関係にあり, 且つ叉, 同時代の演劇という女化を 育成したものは, 此の Sir l ingham の s .F. Wa 様な封建貴族 であった事は理解する過程に於て重大な役割を持っている, 封建貴族とは E1 i th zabe 女王及び王廷貴族に対する所謂 「貴族反対派」 を意味する, Shakespeare の patron 達 も 此 等 封 建 - 57 -.

(8) . 渡. 部. 一. 雄≧. 貴族の 一員である, 周知の如く, 此の封建貴族達は, 長期に亙る伝統を持続して来た彼等の舞台か i 台頭 と E1 zabeth 朝が執った ら退 場 を 余 儀な く さ れ て い た, 共 の 理 由 は, 商 業 的 ・ 工 業 的 市 民 のず 4 ) 中央集権主義・重商主義政策との間に挿まれたか らである2 . i i l ingham と E1 th 女 王 と の 関 係 は, 例 えば, i l Mar zabe s Wa s r owe の patron, S . Franc と 容 易 に 理 解 可 能 で あ ろ う. 女 る 1 i h を E b す Spenser の patron, Gr t 女 王 との 関係 比較 za e ey 脚 と 2 5 )表面 E1 i zabeth 王は実は Grey 側を充分信頼してお らず 彼も叉女王の政策に飽き足らなかった,. , l r owe の学生時代, 女王は政治的 女王は躍進の一途を辿っていたかの様に見えるが, 其の実, Ma 重大危機に直面し, 其の王 座自体が既に揺ぎ出していたのである, 理由は女王自身の性格と, 加う land の Ma ry が野心を抱きつ , 生存していたか らである, 各地方に るに, 無力とは言え Scot 於け る Mary の Cathoric の同盟者達が Protestant E1izabeth に 対 して 陰謀 を 計 画 して い た 事 は 周知の通りである, 共の究極の目的は廃位にあった事は勿論 である,. i py が出された事は言 zabeth 女王と Mary との両方の例か ら多量の s 此の陰謀をめぐって E1 i zabeth ingham な る 人 物 は, 実 は, 此 の E1 う迄 も な い, Marlowe の patron, Sir. Francis Wals l f State S 6 t ) , honourab e 女王側の spy 団の団長であった2 , 一応外 面的に, 彼の職名は ecre ary o i 1 と は な っ て い る が, f the Privy Counc nlember o. ry を 処刑 した, りの spy を大量殺徴し, 最後には, Ma 女王は公衆の目前で Mary 憤 け れ ば な らな い, i Th G 注 目 しな T l さ る に 1 7 b tが い 事 5 8 上 演 れ て e r ea 年 に初 め て an l urane 此 の年 i b h E1 ,za et. トで行った残虐行為を代表する 海外に於ては Spain の Armada 艦隊を撃滅し, 数年前英国が海タ グレマルァの惨劇, スメルウィックの虐殺事件も叉重大なる意義を有している事に気付くべきであ る, ”Tan l laine The Gr owe の 作 品 と, 以 上 の 如 き外 的 条 件 とを 比 較 検 ・bur eaゼ を 始 め と す る Mar. 討 した 時, 必 然 的 に 我 々 は 或 る 共 通 点を 発 見 す る,. ine が自己野望達成の為に他 la 即 ち, Tal l lbur. l r e and 全土 国 民 を虐殺 す る scene である. 疫病も加担したとは言え英国政府の苛酷な政策の為 l は将に荒廃の危機に直面したのである, 此の様な政策が過度にわたったので, 英政府の一部の者は l ingham が加 Si Fr cis Wa s lreland 総督を英国本土に呼び戻 した事実があったが , 其の中に r. an 七の徹底的な弾圧方 わっていたと推察される, 既に此の頃から前記封建貴族である同脚は, 英国のU l ine The Great の T b l r M l u a a n 針 に 対 して 疑 問 を 抱 い て い た の だ. 故 に, 極 言 す る と, arowe が ron の 頭 中 に 存 在 して い た の で あ る. 前 述 した 如 く, 構 想 を練 る 以 前 に, 既 に, 其 れ は 彼 の pat i th 側の spy となっていたのであるから, 彼等 l Mar 1の配下 と なり E1 zabe owe の学生時イヒに同壌 g. 二人は, 女学的媒介物を通じて, 想像以上 の親交があったと容易に考察される, 即ち此 の 間, ion した と 同 様 に 同 脚 も 叉 彼 に 自 己 の 考 え を 有形 ・無 形 t Shakespeare の patron が彼に Sugg es l M arowe は彼の政治的意志を基礎にして創作したのだ, 此の論究を の形で伝授したのである,. ”Edwardlr 創作の頃の彼は精神的 円 ”Edward lr に迄及ぼすと , 容易に共の異色が鎖ける,. の禁足から離脱し, 真に自己の才能を伸し得た時 i i th 女 王 に 対 して の み な ら zube owe の作品は E1 期 で ある と 言 え る, 此 の様 な 見 解 に 基く と, Mar ず, 英国政策に対する一つの教訓劇であるとも言える, Mar lowe の作品中に p t r on の政治的意企が介在していると述 べたが, 更に共の政治的意企に a. 熟期にフ \ったと言うよりは寧ろ独立独歩. patron. 1の 執 っ た 手 段方 法 に対 1 i 鮎 zabeth 女 王 或 は 英 政 府 内 の 語り 就いて吟味 してみる, 勿論前述した如き E1 ての意志である, 即 が出来ないのは封建貴族とし する反対意志も重要な要素ではあるが, 見逃す事 i t l 的市民の保持して a t 斬時高まりっ ある中央集権化の強力な作用に対する抵抗意志と, Pur ち, 迅 l M と共鳴して e r o a w の意志 いる禁慾主義に反対せんとする意志である, 此等の意志が , 文学とい - 58 -.

(9) . Shake s r e以前の劇 作家 pea ぅ形 体 を と り有 形 化 され た の で あ る, 然 し, 今 述 べた 如 く, Mar lowe に と っ て は 此 の pat ron の 存. 在が有利であったか否かについては疑問がある, 此の様な patron の存在其れ自体が Mar l owe を して禁足という彼の才能を自由に伸し得ない世界に追い込んだのかも知れない “Edward lr を ,. 創作 して いた頃, 彼は. The Ear lof pembroke で theatrical pat ron を 求 め て い た 事 は 事 実 で あ. 7 ) る2 ,. 第三 に, 此 の puri tanism に就いて検討 してみる 此の頃の演劇を主題と している以 上 ,. , 此の間. 題 を切 り離 して考 察 す る事 は不 可 能 だ と い う 見 解 に 基 く も の で あ る pur i tan と い う言 葉 は, 既 に , E1 i th 時代 の初 期 に 使 用 さ れ て い る, 此 の 頃 教 会 に 於 け る 慣 習 上 教 会 で pL zabe i fy さ れ た 人 々 ir ,. i は皆 pur an と 呼ば れ た, pur tan と nonconfornlity と混同して考える事は大きな誤謬である 。 Ca i thor c 教の制度, 或は儀式を極度に避けようとして葵国々教内に起 したのであるが 多くの人 i t. , i fy された身体・精神を得る事が出来ず その purify と は 抑 々如 何 な る も の か と 人は完全に pur , 共の追求に苦 しんだ, 修道院制度, 或は国民の生活が哀頒 している時, 彼等は自 己の信心の深さに 欠けている事に気付いた, その結果, 精神的に強烈な, 且つ叉感受性に富んだ多くの人々は此の. i i i tan を或 る種 の 重要 な insp on に す り 変 え て しま っ た, 此 の 様 に して 彼 等 は道 徳 的 熱 情 及 rat pur. び目標に題進する強粘性を体得し, 其の体得したものを以て何か根本的原理というものを狂気の様 に追求し, 其の結果, 彼等は仮想敵を作り上げ, それと戦い, 抵抗する事によって自己の中に光明 を見 い 出さ ん と した の で あ る, E1 i i fy を希望した人々は一般大衆であ り 特に職人階級か ら出た人 zabeth 朝初期に於ても pu r ,. 人が多かった, 彼等は内部生活, 家庭生活の充実度を増す事によって教会を pu i fy 出来ると信じ r た, 此等強固な市民が London を中心として住居を構え, 他の地方を完全に lead して い た, izabet l 此 の 様な 状態 に あ っ て, E1 l女 王 或 は 叉 宮 廷 人 達 が演 劇 の 擁 護 者 であ っ て も, 此 の pur i t an. の共鳴者達, 即ち既に資本家となり市民の主要な人物の大多数の者達は店員等を逸楽遊蕩の風に染 ませる 事 を 拒 否 し, 結 果 と してLondon 市内に公開劇場を設立する 事に反対し 周知の如く1 576年 , L d F i b i l o F d o n n 市 内 で は なく 郊 外 の ns ury e s に 設 立 さ せ た の であ る, 英国最初の公衆劇場を 何故. i tan pur. が Dran la を 斯く の如 く 排 斥 した か に就 いて 詮 索 して み る, 共 の根 本 は, pur i tan. が罪 に 対 す る 過 剰 な 迄 の 意 識 と いう も の を 保 持 して い る所 に 存 在 す る 様 に 思 わ れ る. ”adul terous 2 8 ) ず の ー る る 事 ら 非 難 象と ま す で す 対 した 程 で r n ] 完全 な 日 々 e a で の 生活 あ 慾 生 は 禁 的 活 で あ る, ( ,. l 此処で我々は Mar oweが大学時代強いられていた禁慾的生活に抵抗を感じていた事を思い出さな i tan の信者にとって dance は人々をして悪徳に続く道に導入し す けれ ばな ら な い, pur 文神の念 , む を失わせるものだとした, 根本的に考え方が此の様なものである から, 演 劇に対しても此れ以上に. 若者の柔軟な精神に邪悪邪淫な火を点ずるものは無いと考え, 徹頭徹尾敵対視した事は容易に理解 出来ることである, 彼等はあらゆる恐ろしい大罪を演劇は見せるものだと考え, けばけば しい衣裳 を着て女装した男優が登場する事自体も叉悪の腐敗した姿であると考えた, 然し, 前述した如く, i tan pur. が 此 の 様 な考 え 方 を 持 っ て い て も, 女 王 が演 劇 を 認 め, London Counc i 1 と か市 長 が. でなかったので順次 drama は成長 した, 加うるに, 武人でありながら当時の女学運動に 大きな関心を寄せていた諸侯, 特に封建貴族をも見逃せない事である. 以 上, Renascence 貴 族 pur i lowe の作品を通 tan の 問 題 を 主 題 と した が 究 極 の と こ ろ, Mar , l じて覚知する事は, Mar owe の意志に反して, やはり完全に封建文化の根底から脱皮出来ず, 古. tan l pur. 典悲劇, 或は中世期の神秘劇, 教訓劇の形態を保持しっ , 一方に於ては, Renascence 的な一般 庶民の意志を採用 しつ , 古い壕 = 白焼勺束を徐々に崩壊させて行ったと言い得る, 若 し仮 が 短 命 でな か っ た な ら, ”Edward lr か ら 益 々 仮 独 自 の 思索 が 向 上 し, Shakespeare 以 - 59 ….

(10) . 渡. 一. 部. 雄. r e の時代に於ても最高の劇作家に成り得た事は何人も疑う余地の無いと 前は勿論の事, Shake spea ころ で ある, Shakespear e がかくも有名に成り得た理由には, 勿論才能という重大な要素が考えら れるが, 順次時代が彼等 を要求していたという動かし難い事実も叉見逃してはならないと思う, 即 1 eyn の出現, 貴族と共に一般大衆が劇場を支持し始めた事, そして, 其の平土間 ち, Edward AI の観客への敏感な順応が, 既に進行しつ あった古い劇的形態の崩壊の過程にいやが上にも拍車を かけずにはお かなかった事, 更に, 社会的注目を牽いた科学的諸発明等々の外的条件 であ る, であ l owe が長生を得たと仮定すると, e が 若 死 し, Mar る から, 再度言える事は, 若し Shakespear 時代は前者に要求したも のを後者に要求したであろうという事である, 3 ‘ ‘Tamburlaine The Grear. は英国劇史上に一大進展を促した浪漫的悲劇であって, Marlowe. は前述した様な基礎の上に立ち,其の筋を Tamberlane に 求 め た の で あっ た. Tamberlane(1333? -1405) と は 別 称 Timar であって, ア ジヤ西半を征服し , サマルカンドに都して世界統一の大業 i n の Pedro Mexia, ltary の Petrus Perondinus の旧記の を企てた蒙古の大征服者である, Spa l ine の性格, 征服慾, 或は叉妻の Zenocrate に 対する特種な a 英 訳 か ら 取材 した, 然 し, Tambur 9 ) 渇 仰 と い うも の は, 全 く, 彼 独 自 の 創 作 に 他 な ら な い2 ,. に於て, 彼は同時代の劇作家に対 しては勿論の事, 当時現存していた演劇 的伝統に対 して, その打破を目標とし, 一大宣言を発した事前述の通りである, 若し彼の女学的特 質という問題が生じた場合, 皆此の宣言の中に含有されていると言っても過言ではない, 高テ帳な彼 此の作品の. prologue. の性格 が此の宣言を生み出し, 其の結果敵を多く醸したのかも知れないが, 此の事実は必然的結果 生じたも のである, 即ち, 脱皮すべき時期が到来したのである, 其の. Prologue. と は次の如き内容である,. ts From i igg ing veins of riming motl ・er wi , And such Concei ts as C1ownage keeps i 1 I pay, VVei l lead you to the stately tent of war , l hear the SCythian Tan・buriaine UVhere you si ・al th high astounding terms Threatening the world wi th hi And scourging Kingdoms wi s conquenng sword. Vi ew but his picture in this tragic glass , ease. And ti len appland his fortune as you pl. 即ち, 「歌は歌っても親譲りの才能しかない輩の跳ね飛び踊 りの気分や, 田舎者なら金を出してや る様なうぬぼれた思い付きな どから脱皮して, これから皆様を雄大な戦斗の幕舎に御案内致しまし ょう, そこには スキト人のタソバ レソが胆をつぶす 様などえらい言葉を使いながら此の世を威嚇し ており, 無敵の剣を持て諸王を苦 しめているのを聞く事が出来るでしょう. 此の悲劇の亀鑑の中 に 登場する主人公をよく御覧になり まして, 若L御気に召しましたら, 彼の諾々の運に対 して, 拍手 iかつさいを御願い致します」 という意 味に訳し得ると思う, 此の様な筆法は, 直後に創作 した 燭 ? lorus と い う 形 式 を と っ て 登場 して 来 て い る, Dr,1austus の 中 に も Ci l only thi en len, --we must perforn・ s , gent ’ fortunes o( The form of Faustus , g )d or bad ; i To pat entj udgement we appeal our plaud, 0 ) i And speai ユ s infancy3 く for Faustus in i. - 60 -.

(11) . Shake spea r e以前 の劇作家 Prologue に於け る最 後 の 行 は特 別 注 目に 値 す る も の で は な い ,. tune という語を両方 但 し, for. に使用 している事に注意すべきである, 重要な個所は前半にあって, 此れが宣言の主旨である事は言う迄もない事である, 更に此の重要 な個所を詮索すると2つあって, これが彼の作品全体を批評する場合の焦点ともなり, 彼の大きな. 特質で あ る とも言 い得 る, 題と. i i ing veins と such conce t 即ち i ank Verse の 問 s gg , 換言 す る と, B1. 1 )Ve I Conceit の 問 題 で ある, 前 者 は 今 迄 の ジ グ踊 り の 様 な 騒 々 し い3 ins を 非 難 し Tragi ca ,. て お り,. 後者は軽薄な. と して. heroic a i ons 及 び high astounding t ct erms. を非難している, 軽薄な Conceits と は Comedy を 指 して いる 2 )ものは悲劇と考えず と考えられ, 例え悲劇であっても亡霊が椅子に坐って終始劇を見ている様な3 より厳粛な悲劇を推挙していると考えられる より雄大な, , ‘Tan ine The Grear が悲劇の亀鑑であると大言豪語し la ・bur 彼 は此 の ‘ , 其の為の重要な要素 3 ) Part l l る3 ,. にも. Concei ts. Prologue. を 選 出 し, 活 用 しよ うと 試 み た 次 第 で あ. が附随しているが, これはさして重要な意義を持っているとは思わ. 工の 創作自体が問題だからである, 即ち, れない, 理由は, 共の内容もそうであるが, 此の Partl tl の終 りに於て が余 りにも有名になったので急速に続篇を創作 した様に考えられる, Par 4 Tambur laine は全世界と休戦する3) と言って余音を残し 実は此の休戦は真の平和ではなかった ,. Part l. として後篇に持ち込むといった構成法をとっているからである, Part 工 1 に於ても同様な事が言えるが, Part l に於ては high astounding t erms を 使用 して, 6世紀に於ては有罪と誰しも認めるが如き様々な野心的慾望が展開さ 殺数, 裏切り, 慾望, それも1 れ て い る, 其 の間, humour が入り込む一寸の隙も見せていない, リ 七の様に考えてゆく と, 此の 作品自体, 何故悲劇と呼ばれなければならないのか大きな疑問が生ずる, 「野望劇」或は 「流血劇」 と言うべき素質を充分持っている様に思われる, 悲劇としての論考は, 此の度, 除外して, B1ank Verse に 関 す る Ma lowe r. の業蹟に就いて考察してみる,. la ine The Gr 此の件に就 き, U. M. EI1isFermor 教 授は, The play ぐrambur ) is the eat 6rst o 3 5 fi )と 述 べ ら れ t s kinds to use bl ank verse for the popular drama , , 具体 的 説 明が 無 l い, 更に叉, 願 書 に 述 べ た如 く, Jesper s en が 「… … Mar owe が無韻の詩形(即ち bl ank verse). 3 6 ) と述べておられるが 同様に具体的書述がない, で之を広めて以来……」 , 一 般 に, B1 topped で 生 硬, 単調 な も の で あっ た ank Verse は r‘Gorboduご’ 以 来 の 劇は end‐ s l が, Mar owe の筆 に よ っ て, そ の drumming decasyllabon を脱 し, pause が 自 由 に な り, 且 つ 3 7 )と考 え られ て い る, enj rul }on ‐vers ambement ( e) が 使 用 せ られ る 様 に な っ た」. 其処で, 更に, 一 歩進めて, 其の手段, 方法, 及び其の成果に就いて考察を進めてみる,. B1ank Verse は “Go rboduご. に 於 て 始 め て 使 用 さ れ た ので は な く, 遠 く, Henry Howard, ian Wr Ear l of surry ( ?1517-47) の 詩 の 中 に 発 見出 来 る, 彼 は ltal i i d t er s か ら 借 用 し, Aene. を孫訳する際に始めて使用した, W.resteth here,that qui ck could never rest ; Wrhose heavenly gi f ts i in sda , increased by d , And virtue sank the deeper in hi s breast ; Such pro行t he by envy could obtain. 8 ) A head where wi i sdom myster es did fran・e ;3. 此の B1ank. Verse. i は 1547年 以 前 に 創 作 さ れた も の であ る, 更 に, 1562年 E1 zabeth 女王の臨場. を得 て上 演 された と い う そ の ”Gorboduご の 一 部 を引 用 す る と, ive lal our nat try ld, our coul ー , that contains. - 61 -.

(12) . 渡. 一. 部. 雄. 3 9 ldren, kindred, ourselves al our wives l , Chi ,) , ld al. 此の二つを比較すると容易に分る事は, 一本調子で, 退屈であるという事である, 然し,. ”Tanl ‐. burlaine The Gr eaゼ が 上 演 さ れる 迄 に は, こ れ か ら40年 に 近 い 歳 月 が流 れ て い る と い う 事 に 注 目. ine に 5 つ の s せねばならない. 此の間, 此の無韻五歩格 lambic の 詩 形 は, 1l t ress を保持しつ igging veins の感を与えながら代々の劇作家の模範型式と つ, 機械的に創作され, 聞く者をして j l ine 或 は 叉 high astoun‐ なって来たのである, そこで, 始めて Mar owe は彼特有の mighty l , ding terms にする為には 此の様な弱々しい変化のないものであっては効果が無いと考えた , , そ. の結果如何なる手段を選んだのかゞ問題となって来る, 単なる豪語のみを羅列しただけ で あ ろ う か. 当時生存していなかった我々にとって断を下す事は不可能な事である, 然 し, 現在残されてい る作品から推定判断する事は可能である. 結局下記の如き事項が生れて来た, 1). iggi ins な る も の は 強 弱 強 弱 の 連 続 な の で 今迄 の j l lg ve , こ れ に 変 化 を 与 え る た め に,. St ress (強 度) に 5 段 位 を 認 め た, 即 ち, 5 = 最 強, 4 = 強, 3 = 半 ば 強, 2 = 半 ば 弱, 1 = 弱 と igging veins は避けられる 例えば強弱の単なる羅列ならば 41414 する, 此の様にすると j , , 1---或 は 3 8 肴 2 3 2 … … と な る, Tambur laine . Faustus , Dr. lowe の劇に登場した AI 1 と順次 Mar eyn の発声法は此の様な単調. 0 )即 ち 1 か ら 5迄自由 な も の だ と は考 え ら れ な い, 力 強 い 変 化 の あ る そ れ で あ る と 考 え られ る, 4 ,. に意味内容を中心にして発声されたのである, 2) 口調を良くする為に, 同一語の中に三音節が含まれている場合, 4 3 1 或 は 4 2 1 と せ ず 4 1 ) 例えば Tamburlaine を例に 1 2 と した, 4 3 1, 4 21式は ドイツ語等に於ては甚だ多いが4 , 挙げ る と 4 31より412 の方がより強靭な感覚を与える, 3 ) 個 有名詞, 或は他の重要な語が特に力を入れて発音される, 更に平凡な散文に於て用いられ ine の第二音節に stress を加えて発声する, た場合よりも, より以上に l labl ine の頭書の用語には syl 1 4 e の 少 な いも の を 使 用 す る, ex c ) l . . To , AI ,And,et l l l l i 1 o b さ 3 t 5) 俳優が最も操作し易い様に, 1 ne を sy a es の 長 に して, 平 均 つ の s r ess を 持. たせた事, 6) 形容詞役分詞を多く使用 し, 修飾 iされる noun を 4 或 は 5 と して,. ive を 3 と t j 共 の ad ec. の中にだけでも此の様な分詞が6つも して -ing の効果を狙った, 例えば, 前述した ld,astounding ts igg ing velns, ri lother wi ・ning n 使 用 され て い る. 即 ち, j ,threatening the wor prologue. 等である」 勿論, 形容詞役分詞と言ったがこの f めている場合もある ‐ ng orm と言った方が適切かも知れない. 分詞が形容詞以外の他の役をつと ,i ine に 3つの stress を置くと述べたが 此の数は平均数であって, 4も 場合 に 今, 5) で 1l , ,. terms , Conquering sword , scourging Kingdoms. よ って は 5 も あ る 事 は 勿 論 で あ る, 3 stress の一例を挙げてみると, X ▼ ×. X X. マ. X V XX. 4 2 is To fo l low ・ ・e to fair Persepol ・ .) マ X ) laughter of our enemies43 To see the s. 4 s tr essの 例 を 挙げ る と. X マ マX X マ X X X W ” ‐bright palaces The roofs of gold and sun l ,). を避ける為に, 且つ叉, 意味を強める為に俳優が此の他に音の長短という要素を加 えただろうという事は容易に想像される事である, 数年後に完成した ”Edward lr に於ては, 実 t ress の詩形を表わしている. に 見事 な 3 s. igglng veins i. 2- -6.

(13) . r e以前 の劇作家 shake spea l Base Fortune, now ・ see , はlat in thy Whee re There t s a Point , ,to Which When men aspl . . . They tumble headlong down ; that point l touched ▼. マ. And Seeing there Was no palace to mount up higher, マ マ ▼ 5 ) l ;4 ing fal l ieve at my dec \~hy should l gr. i lowe の ”Mighty L Mar nざ とは実に此の事を指すのではないかと思う, 此の影響を大きく受け A た者と・して第一に挙げられるのは Tennyson で, 例 の Break, Break, Break, 此 れ は napestの lambus. 弱弱強格である,. X. X. V. X. X. V. X. X. マ. W. And the s t atelly shi ps- go on X. V. X ●×. ▽. l; l To their halven unlder the hi X. V. X. X. W. X. X. X. V. V. shed hand, But olfor the t ouchー of the vanli X. X. ▽. X. × X W. X. V. i 6 〕 l!‘ ti And the sound of a voice ltha s stil i H l ng s of the Ki 此の他に ldyl , 或 は 叉 Keat の yper on などが例挙される代表的作品である, lowe が此の様な詩形を被独自で創作したのであろうか, 結論から言うと, 彼は さて, 真実 Mar l owe の如く宣言などはしなかった, 然し, 彼の くyd のそ れ か ら借 用 した の で あ る, Kyd は Mar 1 4 7 ) 彼 の 価 値 は現 在 の と こ ろ 余 り 認 め ら れ て は い な い が, 実 に 偉大 な も の が あ る , Kyd は 業績. , t res s loweよ りも 5 才 年 上 で あ り,既 に 此 の 様 な 詩 形 を 大 衆 演 劇 の 中 に 使用 して い る. 3 つ のs Mar ‘Spanish Trag ediご’ の 中 の 次 の 様 な 会 話 が 容 易 に 我々 の注 目 を 引 く, 即 ち, とい う問題 に 於 て, ‘ ’ Hi s the Duke? Vhere er , And \ Yonder .. Ser .. マ 8 ) Euenso :-4. , Hi er ,. 或は叉, Lor . Ho , Pedringano. Ped.. Signior .. Lor .. 4 9 ) Vien qui presto.. 様な理論 となって三名の者が 1line になる様に発声し, 各人 stress を 1 個 ず つ 持 っ て いる, 同. 1 ‘ , 皿. W. ,99 ,97 ,94 ,55 ,5 , m, 虹,53 が 適合 され る場 所 を 挙 げる と, 江. V,65 ,36 , m. 1.35 l16 1 5O ,124 ,66 ,125 , 恥 w , - 血.59 ,6〇 ,3〇 ,59 .96 ,57 ,98 , 掛 X ,97 ,54 , 思 X ,53 ,51 ,52 130 ,193 , 等 で あ る, ,126 ,192 ,74 , 坪. 1.57 i l no. come 叉, Cast , wel , H eronl Lor no come, Hieronin ・ . い e1 Bal lno, . vvelcome, Hieronl. -6 3-.

(14) . 渡. 部. 一. 雄. と三名の者が続けて発言している, 此の三という数が問題になる数である, Kyd の作品を検討し lofsurry か ら 始 ま り Thomas て みると概略 1 ) から 5) 迄 の 各要 素 を 具 備 して い る, 故 に, Ear , Nor i l l ton, Thomas Sackv s を 経 て 発 達 した B1ank Verse. i は実に Kyd が 完全 な る Dramat c. B1 ank Verse に 仕 上 げ た と 言 い 得 る, 然 しこ 〉 で 問 題 に な る の は ”Spani sh Tragedy“ と “ Tanlburlaine the Gr eat” と どち ら が 先 に 創 作さ れ た か と い う 事 で あ ろ う. 後 者 が 先 な ら此 の. 論及は根底から覆えされる事になる, 1565 年 10 月 26 日 Kyd は Merchant Taylors Schoo l に 入 学 した5の, そ して 1562 年に , ,. ”Gorboduご が 始 め て lnner Templ 1 ) 此 の Merchant Taylors l l で上 演 さ れ て い る5 e Ha , School の校長 Mulcaster は演劇の奨励者で 自ら学生に演劇を指導し, 古典劇に力を入れ 大. , , 2 l で之を公開した事は勿論の事5 i 」 th 女王に Drama を 御 覧 に 入 れ た程 zabe 学の Hal , 宮廷で E1 ’ ” 3 ) であった5 . 従って, 演劇の愛好家 Kyd は既に Gorboduご の 如 き Drama は 見 て い た と 考 え られ る, 然 し, 残 念 な 事 に, 此 の 入 学 した1565年 か ら1589年 迄 の Kyd に関する資料が皆目不明な の であ る, だ が 此 の1589年 と い う 年 は Thomas Nashe. 4 1 序女を書いた年である5 . 此の中で. Nashe. が盟友. Robert Greene. の Menaphone に. が Kyd の悪口を述べた事によって, 此の年以前に,. 既に, Ur ‐Haml et と Spani sh Tragedy , 更 に 叉 「家 長 の 哲学」 が 伊 語 で Kyd の手によって完成 し, 出版 され て い た と い う 事 が 明 白 と な っ て い る, そ れ と 同 時 に Kyd が今迄になかった様な詩形. を使用したという事も叉表面化されたのである, 即ち, 「一体連中の様な海外に出たこともない凡 くらがイタリア語の孫訳でこんな醜態をさらしても, それは少しも不思議ではない, 何故なら極楽 を地獄の中につきこんだり, この天球の間に生きていた間は, hexameter の助けをかりないでは 5 )」 と 天空 の 正 しい リ ズ ム (或 は 広 さ) を 知 ら な か った 手 合 に 一 体 何 を 期 待 す る こ と が 出 来 よ う5 . Nashe は Kyd の 事 を 述 べて い る と こ ろ で あ る 此 の 中 で リ ズ ム と い う 原 語 は measure と なって , い る, Nashe は Kyd の詩形が変っているので rhythn 1 と 言 わ ず に measure と 言 っ て い る, 更 1ge vp a b l f に, 其の後 ”Su街ceth them to bo( th i ank verse wi s and andぎ と言 っ て い る 位 であるから過去の慣例に拘泥している者にとっては, ま たの pattern を 脱 皮 せ ん と して い る Kyd の. 意企は全然察知する事は不可能であったろう, 次 に1581年 に ”Seneca hi l i lr (英訳セネカ十悲劇集) s tenne Tragedies translated into Eng s Tragedy“ が書かれたのは1 が出 版 され て い る か ら, 結 局, 焦 点 を しぼ っ て 行く と ”Spani h s 81 5 ,. 89年迄の間 だと言う事になる, 此の間題に就いて 5 年から1 ,. Boas. 教授は種々証拠を提出して,. 1585年 か ら1587年 の 間 に 書 かれ た と い う 見 解 を と ら れ て い る5の 明 白 に Kyd の方が着手 した時期 , は早かったと考え られ る, Marlowe が ‘〆ramburlaine The Grear の 中 に “Faer i e Queenざ の. 女章を引用するのに如何に苦労したか, 叉, 自分独自の筆の如く見せ掛けるのに如何に苦労したか は周知の通りである, 大和資雄教授も此の様に 「通俗劇に B1 ank Verse の詩形を巧みに用いた点 7 ) で Kyd は Marlowe に 先 ん じた」 と い う 見 解 を と られ て い る5 ,. 以上の様に考える と, Marlowe の B1ank Ver s e に対する考 え方は根本的に動揺し, T, S . 5 8 ) i l E1 M 1 t B k V o が言う様 に , arowe とそ の an erse に 関 す る 讃 美 の 念 は 消 失 し, そ の ま それ , を Kyd に与 え る の が 正 しい と い う 結論 に な る, l Mar owe にとって此の詩的要素を奪われる事は実に致命的な事である. 稔的登場 , 何故なら 「比f. 人物を出して New. Drama. を創作した事よりも, 或は叉, 其の. 9 ) 詩 的要 素が彼 に と っ て は 全 部 で あ る5 」 か ら で あ る,. - 64 -. ic Te Dramat chni que よ り も,. 958 (1 ) .9 .29.

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