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アメリカ合衆国における民事陪審と懲罰的損害賠償・後編

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(1)Title. アメリカ合衆国における民事陪審と懲罰的損害賠償・後編. Author(s). 籾岡, 宏成. Citation. 北海道教育大学紀要. 人文科学・社会科学編, 57(2): 111-121. Issue Date. 2007-02. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/850. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第57巻 第2号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(HumanitiesandSocialSciences)Vol.57,No.2. 平成19年2月 February,2007. アメリカ合衆国における民事陪審と懲罰的損害賠償・後編. 籾 岡 宏 成. 北海道教育大学旭川枚法律学研究室. TheCivilJuryAuthoritytoAssessPunitiveDamagesintheUnitedStates,Part2 MOMIOKA Hironari. DepartmentofLaw,AsahikawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 社会のルールってやつぱ,すべて虜のいいやつが作っている.…だまされたくをかったら,超して負けたく をかったら,お静ら,彪顔Lろ. 三田紀房『ドラゴン桜』第1巻(講談社,2003年). 概 要 アメリカ合衆国においては近年,懲罰的損害賠償額の高額化の元凶が民事陪審制度にあるとの不法行為改 革論者からの批判の声が強まっている.本箱は,懲罰的損害賠償額の算定は従前通り陪審が行うべきなのか (肯定説),裁判官が行うべきなのか(否定説)という論点に関するそれぞれの学説の主張を整理し,検討 を加えるものである.陪審と裁判官の事実認定能力については,陪審が感情に流されやすく偏見を抱きやす いという前提で否定説が議論を進めるのに対し,そのような前碇自体に疑義を呈した上で,裁判官が様々な 政治的圧力の影響受けやすく,陪審とは違う意味での偏見から自由でないと肯定説は反論する.また,陪審 が行う懲罰的損害賠償額の算定には,当該事件限りではあるものの,最大12人の人生経験が反映されるとい う利点を肯定説が根拠とするのに対して,裁判官が行う算定には,1人の判断ではあっても職業人としての 豊富な経験が反映される利点を否定説が説いていた.次に,制度上の意義という観点から見た場合,陪審が 必ずしもコミュニティの代表でないと否定説が批判するのに対して,陪審が賠償額を算定する方が,時代の 流れに沿ったコミュニティの価値観がよりよく反映され,市民の司法への信頼を高める効果が見られること を肯定説は強調していた.. Ⅳ.問題提起一陪審か裁判官か. とする懲罰的損害賠償(punitivedamages)が伝 統的に認められているが,その額の高騰化現象が. アメリカ合衆国における民事訴訟では,反社会. 大きな問題となっていることは前編において確認. 的な被告の加害行為を処罰し抑止することを目的. した1.懲罰的損害賠償制度の是非に関する議論. 111.

(3) 粗 岡 宏 成. は比較的古くから行われてきており,これを論じ. 賠償額の算定を陪審に委ねていることが賠償額高. た判例・文献は膨大な量にのぼる.. 騰の元凶に他ならないと主張する論稿が次第に見. このような中で,1990年代に入ってから見られ. られるようになった.ここから,懲罰的損害賠償. た学説上の展開の大きな特徴は,議論の焦点が陪. 額の算定を誰に委ねるかにつき,極めて活発な議. 審制度に向けられるようになったという点であ. 論が展開されることになる.これらは,陪審を是. る.すなわち,連邦・州レベルで民事事件におい. とする見解(以下,「肯定説」2という.)と,裁判. て陪審を付すことが憲法上の権利として保障さ. 官を是とする見解(以下,「否定説」3という.)に. れ,原告・被告双方がともにこの権利を放棄しな. 大別され,それぞれが激しく他説を攻撃しており4,. い限りは陪審審理が行われるアメリカにおいて. しかも若干錯綜した様相を呈している.また,過. は,被告の行為が非道であった場合には,感情に. 去の裁判例,模擬陪審実験等から収集した膨大な. 支配されがちな陪審が高額な懲罰的損害賠償を認. データを統計的に処理・分析した論稿が数多く見. 定することがしばしば見られるとして,そもそも. られるのも大きな特徴である5.. 1 拙稿「アメリカ合衆国における民事陪審と懲罰的損害賠償・前編」北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)57巻1 号66−67頁(2006年).. 2 本稿において,肯定説の立場を代表するものとして参照したのは,以下の文献である.CharlesJaredKnight,Siaie−LauJ PunitiveDamagtzsandtheSeventhAmendmentRighttoJu7TTrhllintheFkderalCourts,14REV.LITIG.657(1995);Roger W.Kirst,JudicialControlq/PunitiveDamage Thrdicis:ASeventhAmendmentPer*ective,48SMUL.REV.63(1994); AlanHowardScheiner,JudicialAssessmentqfPunitiveDamages,theSeventhAmendment,andthePoliticsqfJuり′ PouJer,91COLUM.L.REV.142(1991). 3 本稿において,否定説の立場を代表するものとして参照したのは,以下の文献である.PaulMogin,myJudies, Juries,ShouldSetPunitiveDamages,65U.CHI.L.REV.179(1998);LisaM.Sharkey,JudgeorJu7r mOShouldAssess. PunitiveDamages.P,64U.CIN.L.REV.1089(1996);DorseyD.Ellis,Jr.,PunitiveDamages,DueProcess,andtheJuYy ALA.L.REV.975(1989);ColleenP.Murphy,Deiermi71i71gCompe71Satio71:TheTe71Sio71Betu,ee71LegiilativePou,era71dJu7T Authori&,74TEX.L.REV.345(1995);ColleenP.Murphy,1htegratingtheConstitutionalAuthori&q′CivilandCriminal Juries,61GEO.WASH.L.REV.723(1993). 4 肯定説と否定説の対立を概観するには,ThomasA.Eaton,DavidB.MustardandSusetteM.Talarico,The旦伊cisq′ SeehingPunitiveDamLlgtZSOntheProcessingdTortCんIims,34J.LEGALSTUD.343,347−48(2005)が参考になる. 5 肯定説に属すると考えられる立場からの文献としては,TheodoreEisenbergetal.,ThePredichlbili&q/PunitiveDam− age,26J.LEGALSTUD.623(1997);MichaelL.Rustad,HouJtheCommonGoodhServedbytheRemedyqfPunitive Dam(聯S,64TENN.L.REV.793(1997);TheodoreEisenbergandMartinT.Wells,PunitiveDam(聯AuJardsqfierBMWia 爪屯uJC曝少ingSysiem,andtheR@oriedOPinionBias,1998WIS.L”REV.387;ThomasKoenig,TheShadouJ旦伊ctq/Puni− tiveDam(聯SOnSettlemenis,1998WIS.L.REV.169;DavidLuban,AFlauJedCaseL郡instPunitiveDam(聯S,87GEO.L.J.359 (1998);MichaelL.Rustad,thlraVelingPunitiveDamages:CurrentDaiaandnLrtherlhqui7T,1998WIS.L.REV.15;De− borahJonesMerrittandKathrynAnnBarry,1uhe Tort伽teminCrisis.?NiuJE〝ゆiricalEvidence,600HIOST.L.J.315 (1999);ErikK.Moller,NicholasM.PaceandStephenJ.Carroll,PunitiveDam(聯SinFinancialhdu7TJu7T陥rdicis,28 J.LEGALSTUD.283(1999);ThomasA.Eaton,SusetteM.TalaricoandRichardE.Dunn,AnotherBrichinthe Wbll:An E〝ゆiricalLookatGeo7giaTortLit函tioninthe199Lb,34GA.L.REV.1049(2000);NeilVidmarandMaryR.Rose,Puni− tiveDamagesbyJuriesinFlorida:1h TerroremandinRealibJ,38HARV.J.ONLEGIS.487(2001);TheodoreEisenberget al.,Juries,Judbtzs,andPunitiveDamages:AnEmpiricalStudy,87CORNELLL.REV.743(2002);JenniferK.Robbennolt, DeterminingPunitiveDam‘砂ヲS:E〝ゆirica11nsightsandh7ゆIicationsjbrRdbrm,50BUFF.L.REV.103(2002)などがある. また,否定説の文献としては,ReidHastieandW.KipViscusi,TmatJuriesCa7l’tDo Wdl:TheJu7TbPe7:わrma71CeaS aRish腸n(聯r,40ARIZ.L.REV.901(1998);CassR.Sunstein,DanielKahnemanandDavidSchkade,AssessingPunitive Damages伽ithNbiesonCog71itionandl匂1uationinLauリ,1O7YALEL.J.2O71(1998)(この論文の紹介としては,拙稿「懲 罰的損害賠償額の算定と陪審の心理」アメT)カ法[2001−1]161頁がある.);ReidHastie,DavidA.SchkadeandJohnW. Payne,JurorJudgmentsinCivilCases:旦旗ctsげPlaintW’sRequestsandPlaintW’sldentityonPun. 112.

(4) アメリカ合衆国における民事陪審と懲罰的損害賠償・後編. 本稿の目的は,賠償額の算定を陪審に委ねるこ. れば,懲罰的損害賠償は「私的罰金(private. との是非につき,「事実認定能力」および「制度. fines)」7である.しかし,刑事罰や行政罰と異なり,. 上の意義」の2つの観点から,両説のそれぞれの. 原則的に上限額の制限に服することもなく,刑事. 主張を整理・吟味することにある.ここでいう「事. 訴訟での「合理的な疑いを越える証明」まで原告. 実認定能力」とは,懲罰的損害賠償責任の成否お. が義務付けられることもない.しかも,過重な罰. よびその額の算定作業について陪審・裁判官のど. 金の禁止(合衆国憲法第8修正)や二重の危険の. ちらがより適切に遂行出来るかであり,「制度上. 禁止(同法第5修正)などの刑事訴訟において被. の意義」とは,算定能力に長けたいずれかが懲罰. 告人に保障される憲法上の保護が,民事訴訟で懲. 的損害賠償額の算定を行った場合に,そのことが. 罰的損害賠償責任を問われている被告には与えら. 正義ないし公正といった社会的価値に適うものな. れない.かような法的ルールの下で感情主導の陪. のかである.本稿は,懲罰的損害賠償額の算定を. 審に広範な裁量権を与え,懲罰的損害賠償額まで. 陪審に委ねることの是非に焦点が当てられている. 算定させることは,被告にとって圧倒的に不利な. ものの,そうした検討を通じて,陪審制反そのも. 情況を作出し,公正さに欠けるという主張である8. 第2には,被告の資産に関する議論である.原. のの特質もいくつか浮上してくることになるもの と思われる.. 則として連邦地裁では,訴訟当事者の財務状況に 関する証拠の提出は禁じられているものの9,「判 決の結果生じる処罰または抑止の程度と,法的責. Ⅴ.事実認定能力 まず,否定説から肯定説への攻撃の前碇となる. 任のある者の財力との間に一定の均衡を保つ」必 要性から,とりわけ懲罰的損害賠償額が問題とな. のは,「陪審は感情に流されやすく,被告に対す. る場合には例外として,原告が被告の資産に関す. る偏見を抱く傾向が強い」という命題である6.. る証拠を提出することが許されている10.そうな. 否定説は,これを基礎にして,裁判官が懲罰的損. ると,偏見を抱きやすい陪審がかような証拠に基. 害賠償額を算定すべきとの結論を導いているが,. づいて賠償額を算定すれば,資産規模の大きな被. その論拠は,以下の3点に集約される.. 告に対する巨額の損害賠償を認定するのは当然の. 第1には,懲罰的損害賠償が民事手続の中で行 なわれるという点である.最高裁判例の表現によ. 成り行きということになる.合衆国最高裁もこの 点については意識しており,懲罰的損害賠償額に. AuJards,23LAW&HUM.BEHAV.445(1999);ReidHastie,DavidA.SchkadeandJohnW.Payne,JurorJudgmenisinCivil Cases:Hindsight旦〝之cisonJudgmentsq/Liabili&jbrPunitiveDamages,23LAW&HUM.BEHAV.597(1999);CassR. Sunstein,DavidSchkadeandDanielKahneman,DoPe坤Ie Wbnt(砂timalDeierrence.?,29J.LEGALSTUD.237(2000);W. KipViscusi,Co坤OrateRishAna&sis:ARechlessAct.?,52STAN.L.REV.547(2000);W.KipViscusi,TheChallengeqf PunitiveDamagesMdhematics,30J.LEGALSTUD.313(2001);W.KipViscusi,Jurors,Ju函s,andtheMistreatm RishbytheCourts,30J.LEGALSTUD.107(2001);W.KipViscusi,PunitiveDamages:HouJJurorsEbiltoPromoieEqi− ciency,39HARV.J.ONLEGIS.139(2002);DavidA.Schkade,ErraticbyDesign:A TashAnaわTSisqfPunitiveDamages Assessment,39HARV.J.ONLEGIS.121(2002);CASSR.SUNSTEINETAL,,PUNITIVEDAMAGES:HOWJURIESDECIDE(2002) ;CassR.Sunsteinetal.,Predichlbilib,1hcoherentJudgment,54STAN.L.REV.1153(2002)などがある. 6 Seee.gl,Mogin,Sゆranote3,at208.. 7 Gertzv.RobertWelchInc.,418U.S.323,350(1974). 8 SeeMogin,St4}7mnOte3,at209.. 9 Seee.gl,Geddes,PMCv.UnitedFinancialGroup,559F.2d557,56O(9thCir.1977);Eisenhauerv.Burger,431F.2d833, 837(6thCir.1970);Blankenshipv.Rowntree,219F.2d597,598(10thCir.1955). 10 RESTATEMENT(SECOND)oFTORTS§908cmt.e(1977).. 113.

(5) 粗 岡 宏 成. 裁判官の審査が及ぶかが問題となったホンダ自動. ずはこの点から吟味する必要があるように思われ. 車対オバーグ判決において,「被告の純資産に関. る.すなわち,「感情に支配され合理的な判断を. する証拠の提示によって,大企業,とりわけ現地. 下すことが困難」といった陪審像が果たして確固. で存在感のない企業に対する偏見を表現するため. とした理論的根拠ないし社会的事実に裏打ちされ. に陪審が評決を利用する可能性が生じる」と述べ. ているものなのかが検証されるべきであると考え. ている11.これとは対照的に,陪審にではなく裁. る.. この点につき,統計を駆使した最近の研究にお. 判官に懲罰的損害賠償の算定を委ねる場合には,. 被告の財力または収入を重視することは起こりに. いては,「陪審の偏見」が懲罰的損害賠償額の高. くいと否定説は説明する12.. 額化に拍車をかけているという否定説の前碇自体. 第3には,懲罰的損害賠償額の政策的側面であ る.言うまでもなく,懲罰的損害賠償の金額が算. 定される段階というのは,すでに被告が懲罰的損. が疑わしく,誇張が多く見られると指摘されてい る.. まず,陪審が懲罰的損害賠償責任を認定する頻. 害賠償責任ありと認定され,いかなる金額が被告. 度は高いのかという問題がある.オハイオ州の1. の行った行為の非難性に見合うかが決定される局. つの郡における民事裁判を12年間にわたって精査. 面である.そのように捉えれば,懲罰的損害賠償. した研究によると,陪審審理の中で懲罰的損害賠. の算定においては,既に起こった過去の事実の認. 償が実際に評決されたのがわずか3%に過ぎない. 定にではなく,被告を処罰し,被告および同様の. ことが判明している14.ジョージア州での調査で. 地位にある他の者が同様の行為を犯すことを抑止. は,陪審審理の方が裁判官のみによる非陪審審理. する将来に向けられた政策的考察という側面が前. よりも,懲罰的損害賠償責任を認める頻度が低い. 面に出ることになる.ある論者によれば,懲罰的. という結果が得られている15.さらに全米のデー. 損害賠償の決定は,「『何が起こったか』という問. タに基づいた別の研究でも,陪審審理の方が懲罰. 題に答えることを要求するのではない.それより. 的損害賠償を認定しない傾向が見られることが確. もむしろ,被告を『いかに変えるべきか』という. 認されている16.これについては,陪審審理と非. 問題を具象化するものである」ということになる13.. 陪審審理との間には統計的に有意な違いは見られ. ここにおいて,陪審にはそのような政策的問題を. ないことから,懲罰的損害賠償を認定する頻度は. 処理する能力に欠ける場合が多く,またそのよう. 両者ともほぼ同程度であると捉えてよいものと思. な問題に陪審を関与させ合理的な判断を下すこと. われる.ただし,否定説の立場の論者が同一の全. を期待するのも酷であるので,裁判官に一任する. 米データに基づいて行った別の分析によれば,陪. のが望ましいという主張がなされるのである.. 審の方が裁判官よりも高い頻度で懲罰的損害賠償. 確かに,これら3点の議論はそれぞれが一定の 説得力を有している.しかしながら,いずれもが. 責任を認めているという結果が得られている17.. 次に,陪審が算定した懲罰的損害賠償額は高額. 前碇としている「陪審は偏見を抱きやすい」とい. かという問題を見る.先に見たオハイオ州の調査. う命題は無条件で受け入れてよいものなのか.ま. では,陪審が算定した賠償額の中央値は6万ドル. 11HondaMotorCo.Ⅴ.Oberg,512U.S.415,432(1994). 12 SeeMogin,Sゆ7unOte3,at210. 13 Ellis,St4}ranOte3,atlOO4. 14 StephenE.Chappelear,Ju7TTrialsintheHbartland,32U.MICH.J.L.REFORM241,277(1999). 15 Eaton,TalaricoandDunn,St4}7mnOte5. 16 Eisenbergetal.(2002),S24)mnOte5,at779. 17JoniHerschandW.KipViscusi,hLnitiveDam(雛S:HouJJudgesandJuriesPe7カrm,33J.LEGALSTUD.1(2004).. 114.

(6) アメリカ合衆国における民事陪審と懲罰的損害賠償・後編. とそう高くはない18.また,ジョージア州の調査. 家の最高官職を享有する人々の手に司法行政. においても,懲罰的損害賠償と填補的損害賠償の. が委ねられたとしたら,生れながらにして高. 比率が,陪審によるものと裁判官によるものとで. 潔であるにせよ,彼らの下す判断には,彼ら. はほぼ同程度のものであることが判明している19.. と同じ身分および階級が下すであろう判断へ. これと同様の結論に至った他の論稿も複数存在す. の執着(bias)が無意識のうちに作用するで. る20.ぁる研究者の言葉を借りると,陪審が「金. あろう.[選ばれし]少数派が,多数派の利. 持ち企業である被告から大金を巻き上げ,貧しき. 益と幸福に対して常に思いやりを持っている. 原告に大盤振舞いする現代のロビン・フツド」で. ことは,彼らの人情(humannature)から. あるというのは誤った実態把握であり,むしろ「陪. は期待すべくもないのである23.. 審の出す評決[額]は,…公平で合理的」でさえ. 反連邦党員が刑事手続のみならず民事手続にお. ある21.陪審のロビン・フツド像が虚構だとすれ. いても陪審制度の導入を碇喝したのは,裁判官が. ば,「陪審による事実認定は合理的ではない」と. 権力,財力のある被告に有利になるような判決を. いう命題こそ,見直しを迫られることになる.. 下す傾向に対抗するためであったが,裁判官が抱. 次に,肯定説から否定説に対しては,「仮に陪 審が偏見に陥る可能性があるとすれば,同様に裁 判官も偏見を抱く可能性が否定できない」との反. く偏見に関するブラックストンのこのような見解 は,現在でも一蹴することのできない重みを持つ. これに対し,否定説の側からは,少なくとも厳. 論が可能であろう.むしろ,陪審とは異なり,裁. 格な手続を経て選出される連邦裁判官は,強い独. 判官の方が懲罰的損害賠償額を算定するにあたっ. 立性と職業意識を持っているゆえに,陪審員より. て,政治的な圧力が予想外に作用することも十分. も自らの偏見を統制する能力に長けているとか24,. に考えられる.. 官吏としての裁判官の地位が偏見を生みやすい事. 裁判官による偏見は,18世紀末葉の第7修正制. 案にだけ,懲罰的損害賠償額の算定まで陪審に任. 定の時代に反連邦党員(Anti−federalist)によっ. せればよいといった反論がなされる25.しかしな. て既に指摘されていたが22,その理論上の強力な. がら,上述のブラックストンの立場からすれば,. 拠り所とされたのは,18世紀のイギリスの著名な. 裁判官による偏見の存在を完全に払拭することが. 法学者であるブラックストンによる以下の主張で. できないのは明らかであって,前者の主張は必ず. あった.. しも説得的ではない.また,後者の主張について. 偏頗のない司法行政というものは,我々の身. も,いかなる事案が裁判官による偏見の影響を受. 体と財産の両方を保護するものであり,市民. けやすいかを決定する主体は誰か,いかにして決. 社会の重要な目的である.だが,行政官,閉. 定するのかといった困難な問題を生むことにな. 鎖的な組織,皇子に任命された人々または国. り,現実的ではない.. 18 Chappelear,Stゆ7mnOte14,at277. 19 Eisenbergetal.(2002),St4mlnOte5,at779. 20 Seee.g.,Eisenbergetal.(1997),StQranote5;EisenbergandWells(1998),Stゆranote5;Moller,PaceandCarrol (1999),Stゆ7mnOte5;VidmarandRose(2001),St4mlnOte5. 21Chappelear,Sゆ7ⅥnOte14,at277. 22 Seee.gl,Scheiner,St4mlnOte2,at152−53. 23 WILLIAMBLACKSTONE,3COMMENTARIESONTHELAWSOFENGLAND379(Chicago1979). 24 MartinH.Redish,SeventhAmendmentRがttoJuり′Trial:AStuめ′inthely7dionali&qfRationalDecision腸king7O NW.U.L.REV.486,504n.75(1975). 25 SeeMogin,Stゆranote3,at218−19,219n.219.. 115.

(7) 粗 岡 宏 成. 否定説から肯定説へ向けられた,いま1つの攻. 的非難の表れ』であるならば,被告の行為の非難. 撃材料は,裁判官の方が陪審よりも,多様な類型. 性を評価するのに最も相応しいのは『コミュニ. にわたる違法行為について科される制裁の程度に. ティの良心であるところの陪審』であるように思. 詳しく,量刑の決定にあたっての経験が豊富であ. える.歴史的にこれは陪審の責任であって,多く. るという点である26.これは,民事手続とは異な. の調査・研究によって陪審が適切に仕事を行って. り,刑事手続にあっては被告人の量刑は専ら裁判. いることが実証されている.」31と説明している.. 官の裁量に属することによるものであるが27,だ. 近年の連邦地裁の民事裁判においては,陪審員数. からこそ,刑事訴訟の量刑にあたる懲罰的損害賠. が従来の12人から6∼8人に減少しているのが現. 償の金額についても,同じ類型の非行に対する法. 状ではあるものの32,1人の玄人による裁定より. 的評価に馴染んだ裁判官に委ねることが望まし. も,最大12人の素人による評議の結果の方が,よ. く,事案による賠償額も一貫性が生じるというも. り公正にコミュニティの倫理観を懲罰的損害賠償. のである.ある論者の言い回しによれば,「社会. 額に反映できるという言い方もできる.懲罰的損. 政策についての職業的かつ継続的な経験を有して. 害賠償が問題となった判例ではないが,1873年の. いるがゆえに,裁判官は,1回限りの陪審(one−. 合衆国最高裁判決は,裁判官との比較において陪. timejury)よりも,一貫して社会政策の目的を. 審がもつ認定能力について以下のような興味深い. 実効化すると推測される.」ということになる28.. 判断を示している.. この主張に対する肯定説からの反論には,次の. コミュニティの平均的な12人の男というもの. ようなものがある.すなわち,当該民事事件の結. は,高い教育を受けた者,ろくな教育を受け. 果に利害関係を一切持たない陪審が1回限りの審. ていない者,学識のある者,自分の目や耳で. 理を行うからこそ,職業的な偏見から自由であり,. 得たことしか知らない者,商人,技術工,農. 立法者よりも思い切りがよく進取の気概に富む判. 民,工場労働者などから構成されている.こ. 断を下すことが多い29.また,裁判官が量刑につ. れらの者が同席し,話し合い,立証された事. いての経験を有しているにしても,裁判官による. 実に自分達の様々な人生経験を当てはめ,あ. 事実認定というものはあくまでも1人の職業人と. る一放した結論を導き出すのである.このよ. しての経験に基づく判断が反映されるのに対し. うにして出された平均的な判断は,法が多大. て,陪審による評決は陪審員12人全員の見識が反. な努力を払った末に得られたものである.12. 映されていることから,懲罰的損害賠償額は陪審. 人の男の方が1人の男よりも,それぞれの人. が算定するのが望ましいというものである30.肯. 生に共通の諸事情について通じており,彼ら. 定説に立つ別の論者は「懲罰的損害賠償が『倫理. の方が1人の裁判官よりも,立証された事実. 26 Segオd.at210.. 27 逆に,民事事件において損害賠償額の算定を陪審に行わせているのと同様に,刑事事件においても量刑について陪審が関. 与すべきであるとの議論もある.Seee.gl,PaulF.Kirgis,TheRighttoaJu7TDecisiononSeniencingFbctsqfierBooker: TmattheSeventhAmendmentCbn TeachtheS加th,39GA.L.REV.895,962−68(2005). 28 Murphy(1993),Stゆ7mnOte3,at739−40. 29 NancyS.Marder,Symposium:AccesstoJustice:CanBusinessCo−&istu,iththeCivilJusticeSystem.P:The胞dical腸l− P7tlCticeDebaie:TheJu7TaSaSc呼egoat,38LOY.L.A.L.REV.1267,1295(2005). 30 Knight,St4mlnOte2,at683. 31JeffreyR.White,SiateRlrmandhLnitiveDamages:CalltheJu7T&7Ck,5J.HIGHTECH.L.79,1O2(2OO5). 32 6人の陪審よりも,12人の陪審の方が認定賠償額の幅が小さくなり,望ましいという議論については,MichaelJ.Saks, TheSmallertheJu7T,theGreaierthe th4)柁diciabili&,79JUDICATURE263(Mar.&Apr.1996)が参考になる.. 116.

(8) アメリカ合衆国における民事陪審と懲罰的損害賠償・後編. から賢明で危なげない結論を導くことが出来 るのは当然である33.. 否定説からは,懲罰的損害賠償額の算定という. Ⅵ.制度上の意義 次に,制度としてみた場合に,陪審が懲罰的損. 作業の特質に注目した場合,それが被告の法的責. 害賠償額を算定することに対する否定説からの攻. 任の成否に関する判断とは根本的に異なり,「通. 撃について検討を加えてみる.この議論の中では. 常人(reasonableman)」といった客観的な基準. 陪審制反そのものの特質が関連する局面があるこ. に基づくものではないため,陪審が「それぞれの. とを付記しておく.. 人生に共通の諸事情」に通じているからといって,. まず,現状において陪審審理は,評決を出すま. その算定を任せてよいものではないという再反論. での評議の過程が全く不透明であり36,ブラッ. がある34.だが,この議論は,逆に肯定説に有利. ク・ボックスとしてしばしば表現される37.っま. な方向に作用する.というのも,懲罰的損害賠償. り,懲罰的損害賠償を認める陪審評決は,単に金. 額の算定が客観的ではないということは,被告お. 額を示すにとどまるのであって,その過程におけ. よびその他の者を同様の行為からいかに遠ざける. る損害賠償額の算定根拠および経緯に関する説明. かという政策的な考慮が必要とされることを暗示. を陪審が要求されることはまずないと言ってよ. しているが,そのように主観的であると同時に複. い.したがって,上級審において賠償額の大きさ. 眼的な判断を行うには,1人の秀才の偏好に頼る. が争われた場合でも,陪審が被告の違法行為のど. よりも,最大12人の凡人の常識に頼った方が妥当. のような側面に着目して評決を出したのかについ. な結論を得られる可能性が高いと考えられるから. て焦点が定まらないまま審査が行なわれることに. である35.. なる.このような弊害を回避すべく,上級審での. また,特に耳目の集まるところとなった事件に おいては,同じ結論(賠償額)であったとしても,. 裁判官の判断よりも陪審の評決の方が,当該判決. 審査に資するよう懲罰的損害賠償額の理由を明示 することを事実審裁判官に義務付ける例も多い38. しかしながら,事実審で認定された懲罰的損害. が社会に対して与える影響力は大きいものと思わ. 賠償の半数近くが上級審で減額されているという. れる.この意味では,陪審審理により懲罰的損害. 実情に鑑みると,単に裁判官が賠償額の根拠を示. 賠償額まで評決させることは,陪審が自らの人生. すだけでは不十分であり,懲罰的損害賠償の算定. 経験に照らし合わせた上で,被告の行為に対する. 自体を裁判官が行うのが望ましいというのが否定. 怒りを中心とした感情を金額で表現することであ. 説の主張である39.すなわち,上級審裁判官が,. ると同時に,その額に対する世論の批判をかわす. 事実審裁判所から送られてきた紙の上のいわば. 横衝材的な役割を陪審に担わせていると言える.. 「冷えきった[公判]記録」を参照しながら賠償. 額の減額を検討する前に,事実審で裁判官が額を. 33 RailroadCo.Ⅴ.Stout,84U.S.(17Wall.)657,663−64(1873). 34 SeeMogin,St4mlnOte3,at217. 35 Seee.gl,Knight,Stゆranote2,at683. 36 石田裕俊「アメT)カ合衆国におけるRemittiturの手続き一階審の認定する損害賠償の裁判官による減額」姫路法学9 号97頁以下(1991年)参照.. 37 Seee.gl,White,St4mlnOte31,at136. 38 例えば,事実審理終決後に,陪審の下した懲罰的損害賠償額が過大であるという申立てを認める決定を裁判所が出す場合. には,当該賠償額についての根拠を裁判所が示すよう義務付けている州もある.Seee.g,Hodgesv.S.C.Toof&Co.,833 S.W.2d896,902(Tenn.1992). 39 SeeMogin,St4mlnOte3,at212−14.. 117.

(9) 粗 岡 宏 成. 算定してしまった方が,金額の大きさを根拠とし. ればならないと主張する強力な根拠の一つは,陪. て被告が上訴する確率も減るというものである40.. 審制度を通じてコミュニティの価値観がよりよく. さらには,極端に高い賠償額が認定される頻度も. 司法に反映されるという点である43.肯定説の説. 減少するはずであり,このことにより上級審の負. 明によればこうである.そもそも,碇示された証. 担が軽減されるという期待が否定説の議論には込. 拠のみによって算定される填補的損害賠償額とは. められているものと思われる.. 異なり,懲罰的損害賠償額の算定は,「任意的な. これに加えて,否定説は,事実審裁判官に懲罰. 倫理判断」に基づいて行なわれる44.さらに,算. 的損害賠償額算定の裁量権を付与すれば,費用と. 定作業において,他の類似の事例での賠償額の情. 時間が節約されることを強調する41.原告が賠償. 報等が陪審には一切与えられないという現状に鑑. 額縮減決定を受け入れるか否かに係わる非公式意. みると,個々の具体的な事案に即した「個別的」. 見書(memorandum)をはじめとして,陪審に. な正義が求められるという性質が懲罰的損害賠償. は決して提示されることのない諸々の証拠に触れ. には強く見られる45.そうなると,懲罰的損害賠. ることができるため42,裁判官はより早く賠償額. 償額の算定は,個別の事件にコミュニティの倫理. の決定ができるというのがその根拠である.. 規範を適用する作業ということができる.そして,. しかしながら,これらの否定説の議論には,こ. 裁判官ではなく,陪審がこの倫理規範の適用作業. れを強力に支持する実証的統計が存在するわけで. を行ってきたのは,英米法の長きにわたる伝統で. もなく,やや説得力に欠ける.特に,費用と時間. あり,このことは不法行為訴訟制度に柔軟性(人々. の縮減という後者の議論については,被告の法的. の価値観の変動を適宜,不法行為訴訟に反映させ. 責任の有無に関する段階から裁判官が事実認定を. るという意味での柔軟性)を与えてきた.つまり,. 行うのならまだしも,懲罰的損害賠償額の算定の. 裁判という司法作用の中に一般人の経験や価値観. 段階から裁判官に任せたとして,果たしてどれだ. の変化を反映させることこそが,陪審制度のもつ. けの費用が節約でき,どれだけ事実審理が早まる. 最も重要な意義の1つというわけである46. 一方,否定説は,確かに一般市民の感覚なり信. のか極めて疑わしいと言わざるを得ない.しかも, より根本的に言えば,否定説は,以下に示すよう. 念なりを現実の法の運営に導入することが陪審制. な陪審制反それ自体が有する社会的意義を等閑に. 度の重要な機能の1つではあることは認めるもの. 付している感さえする.そこで,肯定説の主張を. の,そもそも,果たして陪審がコミュニティの真. 通じてこの点を吟味してみよう.. の代表であるか疑問であると批判する47.すなわ. 肯定説が,懲罰的損害賠償の算定が陪審でなけ. ち,立法府の構成員が有権者から選出され,各地. 40 〟.at214. 41 〟.at215.. 42 Seee.gl,Dunnv.HOVIC,1F.3d1371,1389−91(3dCir.1993)(enbanc).. 43 SeeScheiner,St4)ranOte2,at188−89,196−97.なお,民事陪審によるコミュティの新鮮な価値観の導入という面につい て言及した邦語文献としては,丸田隆「民事陪審をめぐる神話と現実:なぜ民事陪審制度が必要か」[1990]アメリカ法179 頁,182頁以下が挙げられる.. 44 Smithv.Wade,461U.S.30,52(1983). 45 SeeScheiner,Sゆ7ⅥnOte2,at188. 461d.at189.SeealsoJ.FLEMING,THEAMERICANTORTPROCESS123(1988)(「[個別的な倫理規範適用を裁判官にではな く]陪審に委ねることは,…陪審が選出される集団の社会的価値観の変化を,法規範に反映させる機会を大幅に増大させる.」). ;Higginbotham,ContinuingtheDialogue:CivilJuriesandtheAllocationqfJudicialPower,56TEX.L.REV.47,47&n.1 (1977)(「陪審制度は,何百年にわたり,常にそれぞれの時代の常識という試金石に,法準則を]是供し続けてきた.」). 47 SeeMogin,St4mlnOte3,at220.. 118.

(10) アメリカ合衆国における民事陪審と懲罰的損害賠償・後編. 域の利益およびその他の要因に基づく利益を代表. 接民主政の生きた形であり,この形こそ,直. するのに対して,6∼12人の陪審員は,むしろ訴. 接自治を維持すべく制定された第7修正が保. 訟当事者の利益に即す形で選ばれるのが通常であ. 護しようとしたものである51.. り,コミュニティ全体の代表としての見識を持ち. これによれば,陪審はいわば立法者として位置. 合わせているとは限らないのである48.しかも,. 付けられるゆえに,制度としての陪審審理は,(訴. 連邦地裁での民事陪審の数が6∼8人に減じてい. 訟という枠組みの中でのことはあるが)政治に参. るという事実も49,陪審がコミュニティの価値観. 加する機会を市民に与えるという機能を営んでい. のバロメーターであるという概念を危うくすると. ることになる.そうなると,懲罰的損害賠償を含. 説く50.. めた賠償額算定に陪審が携わることは,真の民主. これに対しては,次のような再反駁が可能であ ると思われる.確かに,陪審がコミュニティ全体. の価値観を十分に反映しているとは必ずしも言え. 政が機能している証左でもあるということを意味 する.. これに関連して否定説は,裁判官に懲罰的損害. ない.だが,私人間の紛争の解決を公的な機関た. 賠償額の算定のみを委ねたとしても,損害賠償と. る裁判所に委ねる民事訴訟の本旨に照らせば,陪. いう一連の救済の全過程(填補的損害賠償責任の. 審員選定の段階において原告・被告それぞれの立. 認定・額の算定,懲罰的損害賠償責任の認定・額. 場を不利にしないような最大限の配慮がなされる. の算定という4過程)のうち,算定という1つの. 限りにおいては,当該事件の陪審がコミュニティ. 作業だけを陪審から奪ったに過ぎず,陪審審理を. 全体の見解を代表する必要性は全くなく,民事陪. 通じた政治への直接参加という側面を実質的に損. 審制度がこの点について非難される理由はないこ. なうことにはならないと反駁する52.. とになる.したがって,選定された陪審がコミュ. しかしながら,これについても再反駁が可能で. ニティの真の代表ではないがゆえにその判断に偏. ある.すなわち,賠償額の大きさこそが,それぞ. りがあるとの主張には論理的な破綻が見られる.. れの訴訟当事者が事実審以降の戦略を練る上での. さらに肯定説は,少し異なった角度から,以下. 最大の判断要素である場合が多く,特に懲罰的損. のような議論の展開を試みている.. 害賠償額に違法行為への倫理的評価が込められて. …損害賠償をめぐる裁量権の配分は,誰が民. いることに顧みれば,賠償額の算定が民事訴訟の. 事訴訟制度を統治するかを決定するため,社. 全過程の1つに過ぎないという理解の仕方は,あ. 会の統治において重要な役割を担っている.. まりにも皮相的であるといえよう.「損害賠償額. 評決の決定に参加する者は全て,立法者と捉. は,民事訴訟において最も重要なものであるとい. えることができ,彼らの投票の集積したもの. うにとどまらず,真の意味において,全てなので. が現実世界での民事責任に関する法の輪郭を. ある」53という肯定説の表現はいささか誇張気味. 決定していく.このような観点から考えると,. の感すらあるが,賠償額それ自体が訴訟当事者に. 陪審が損害賠償額算定に参加することは,直. 対しても社会に対しても大きな意義を持つことは. 48 Seee.gl,MartinA.Kolter,ReL砂7misingtheJu7T㌢RoleasFinderqfEbct,20GA.L.REV.123,171−72(1985). 49 SeeColgrovev.Battin,413U.S.149,157,160(1973)(第7修正によって保障される陪審審理は,6人から構成される陪審 でも可能とした判例).. 50 SeeMogin,St4}7mnOte3,at220. 51SeeScheiner,St4}タⅥnOte2,at195−96. 52 SeeMogin,S24)mnOte3,at220. 53 SeeScheiner,Stゆ7ⅥnOte2,at195.. 119.

(11) 粗 岡 宏 成. 否定しがたいように思われる.. 最後に,肯定説は陪審制度によって人々の司法. への信頼を損なうのであれば,当初から賠償額が 裁判官によって算定された場合でも同様のことが. への信頼感が強まることを説く.すなわち,「陪. 言えることになり,この点で否定説は矛盾を抱え. 審審理を求める権利は,わが国の裁判所が下す判. ている.. 決に対する信頼感を生むのに役立っており,司法 制度に対する一般の人々の信用を植え付けて」い るが,「その権利を実質的に骨抜きにして裁判官. Ⅶ.おわりにかえて. の権限を拡大するような試みは,…人々の裁判所. 以上,懲罰的損害賠償額の算定を陪審に委ねる. に対する信用を弱めるであろう」から54,懲罰的. べきか否かという論点をめぐっての,肯定説と否. 損害賠償額を陪審に一任するのがよいというもの. 定説の主張の対立についての検討を行ってきた. である.. が,本稿での検討によって浮き彫りとなったのは. これに対して否定説は,上級審での懲罰的損害 賠償の高い減額率という現実を考えれば,懲罰的. 以下の諸点である. まず,陪審と裁判官の事実認定能力については,. 損害賠償額の算定を裁判官に任せた方が,極端な. 陪審が感情に流されやすく偏見を抱きやすいこと. 賠償額が出される頻度は低下し逆に市民の司法へ. を否定説が強調するのに対し,裁判官が様々な政. の信頼が増すと反論する55.しかしながら,すで. 治的圧力の影響受けやすく,陪審とは違う意味で. に見たように,裁判官による算定によって賠償額. の偏見から自由でないと肯定説は批判する.また,. の低額化がもたらされるかという点についてはか. 陪審による算定では,当該事件限りではあるもの. なり疑問があることが最近の研究で実証されつつ. の,最大12人の人生経験が反映される利点を肯定. あり,「裁判官による算定=賠償額への歯止め」. 説がその最大の根拠とするのに対して,裁判官に. という図式はいささか短絡的な思考であるとの印. よる算定では,1人の判断ではあるが,職業人と. 象を拭いきれない.そして何よりも,否定説は上. しての豊富な経験が反映される利点を否定説が説. 級審で賠償額が減額または破棄される割合の高さ. いていた.. が,司法制度に対する人々の信頼を損なうと捉え. 次に,制度としての観点から陪審審理を考察し. ているようであるが,これには事実審理での手続. た結果,陪審による賠償額の算定は,時代の流れ. に関する考察が欠けているように思われる.現実. に沿ったコミュニティの価値観をよりよく反映. には,事実審で陪審が評決を出した後に,裁判官. し,市民に対して政治参加する機会を与え,さら. による懲罰的損害賠償の縮減決定が出される頻度. には市民の司法への信頼を高める効果を有すると. 高いことが知られている56.っまり,否定説には,. 肯定説は主張していた.. 上級審で争われる賠償額が陪審の算定した額その. 注釈5で示した通り,最近10年の懲罰的損害賠. ものであるかのような表現が見られるが,現実に. 償制度をめぐっての統計的研究成果の進展にはめ. は,それらの賠償額の大半は事実審裁判官の手が. ざましいものがあり膨大な文献の蓄積が存在す. 加えられた(多くの場合減額された)金額なので. る.しかしながら,肯定説,否定説の双方とも,. ある.したがって,事実審裁判官が一度は検討し. 各々の主張を支える決定的な実証的データを持ち. た賠償額が上級審にて減額されていることが司法. 合わせておらず,やや決定力に欠けるというのが. 54 SeeKnight,St4}7mnOte2,at683−84. 55 SeeMogin,St4}7mnOte3,at221. 56 Seee.gl,MichaelRustad,1hDq斥nseqfPunitiveDamagt,SinProductsLiabili&:7bstingTortAnecdoiesuJithEmpirical Daia,78IOWAL.REV.1,51−59(1992).. 120.

(12) アメリカ合衆国における民事陪審と懲罰的損害賠償・後編. 現状である57.本稿で扱った論点について,今後 さらに議論が深まることが期待される.筆者とし ては百家争鳴の現段階において,主として肯定説 の立場から否定説の議論を批判的に検討した. わが国には,現在のところ,陪審制度も懲罰的. 損害賠償制度も存在しない.今後導入されること が決定した裁判員制度も目下のところ重大な刑事 事件のみが対象とされる.その意味では,本稿で. 扱ったアメリカ合衆国における懲罰的損害賠償額 の民事陪審による算定をめぐる白熱した議論はい わば対岸の火事に過ぎない.しかしながら,この. ような論争を通じて,民事陪審と刑事陪審の機能 の違いは何か,司法運営の中に民主的要素を取り 入れることの是非などの,陪審制反そのものの社 会的意義が問われることになった.そのように根 本的・原理的な問題にも論及された本稿での議論 は,他の法文化における興味深い動向の紹介とい う段階を超えて,裁判員制度の光と影を考える上 での重大な示唆を与えたようにも思える. ところで,本稿は,懲罰的損害賠償というかな り絞られた観点からの陪審制度の分析であったた. めに,事実審裁判官による賠償額縮減決定および 陪審による法の無視(jurynullification)といっ た陪審制度に関連する重安な論点を議論の盤上に 載せることができなかっが8.これらについては 別の機会に論ずることにしたい.. (旭川校助教授). 57 とりわけ,本稿でも言及した「陪審はコミュニティの価値観・良心を賠償額に反映する」といった命題は感覚としては理 解できるが,これについて臨床的実験を行ったり,現実の司法運営における統計的分析を行うことは困難を極めるものと思 われる.. 58 Seegtmeral&Kirst,Stゆ7ⅥnOte2,at76−95.. 121.

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