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言語における創造性 : 言語理論の一試論

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Academic year: 2021

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(1)Title. 言語における創造性 : 言語理論の一試論. Author(s). 葛西, 清蔵. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 20(1): 55-67. Issue Date. 1969-07. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3950. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第 20 巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要 (第一部A). 言. 語. に. 於. け. る. 創. 昭和44年7月. 造. 性. -- 言語理 論の一試論 -- 葛. 西. 清. 蔵. 北海道教育大学函館分校英語学研究室. Seizo KASAI. Creat ivi ty in Language inninary Essay in Linguis -- A l ic Theory -- t ‐ pre. 内 oChomsky における創造性 Descar tes 。 , Hul l dt 1 nbo. o心理学的な創造性. 容 o生得的な言語能力とその論理性 o統一科学の一分野としての性格, 弁証法 o結論. 0 , 各分野にわたって, 近来, 創造性は 極めて重要な役 割を果しているとはきくところである が, 英 語 学 に 於 い て も 例 外 でな く, Chomsky の考えを一つの境にして 従来の英語 学から大 き , くその研究の姿を かえることにな った。 本稿に於いては 文法の中で創造性とは一 体 どう考える , べ きな の か, 叉 こ れ を 中 心に し て 普 遍 的 な も の と し て の 文 法 は 一 般 に ど う い う と こ に ろ そ の体 系 を たて る こ とが 出 来る も の か 考え て み たい 。 ‘r 1 eat e’ の 意 味 は C. Q D. の 規 定 す る とこ ろ に 依る と br , 「創造 す る」 に あ た る c , ing into exi ‘ ’ stence とさ れて お り, b ing bi th t 肥 r o B r 7 8 d 2 『 α と 定 規 さ れ る pro uce と部 分 的 に は 一 致 ,g. すると こ ろ を も つ も の で あ る. 現 に. ion,produc produce な い し は p t ive は 極 め て 度 々 変 roduc t 形 生 成 文 法 に 見 られ る 用 語 で あ る し, creat ivi t y をもとにした文法が generative gram mar と よ ば れ て い る こ とも そ の 一 端 を 示 し て い る と 言 え る 。 2 e を produce ほどの意味に解釈するとすれば , も し 仮 り に 今, creat. , これは何も新しいもの でもないのであ って, いわゆる英語教育の目標 である, 読み, 書き 話すの 後者二つがそれに , , i あ た る も の で あ る。 例 え ば Fr es の, … mastering ofthe sound system ofthelanguage that , is b i d b t d l t e n o u n the′ e e r a a s n g stream of speech sound and achieve an understandabl , e l ) に 見 られ る produc ion o fi t t ion も そ れ に あ た る も の で あ る product 。. 3 . 然し文法 プロパ ーの中で, 与え られた資料に限られた observatoryadequacy を 満 足さ せ る 様なものとしてではなく, それ以上の文法的な文をつくり出す ものとしての創造性 生産性 言 , , 語能力というものが問 題とされるようにな ったのは最近と言わなければな らな い 従来の言語の 。 定義には, 言語は懇意的な記号の体系である, というのが一般的であったが 近来急激にこれに , iy, product ivt ivi creat ty を加えるものが多くな た様に見受 けられる っ . E, H. Lenneberg は, - 55 -.

(3) . 葛. 西. 清. 蔵. l は新しい発 話を生み, 理解す ty こ そ 言 語 の 一 般 的 性 格 で あ る2) と い い, j ivi . Carro t .j produc. ) であり, テキス トの例 だけを基礎にして言語構造を記述 しよう s e senc る能力こそ言語の本質 (e ) と 言 っ て い る。 と す る こ とな どは 不 充 分 で あ る3 4 .. こ の 創造 性, な い し は そ の 能 力 に 関 し て, こ れ らは 心 理 学 と 密 接 な 関 連 を も つ も の で あ り,. 従来の言語学 とはまるで対立的に, 言語学の心理学に対する結 び つきが 強調される様になったの t z が言語能力の理論は言語行為がどの様にして生み出されるかを記述する, よ は当然である。 Ka forward な 心 ight ) ra り広い意味での 心理 学 理 論 の 一 分 野 に な っ た4 , と か, 言 語 行 為 の 理 論 は st ) と言 っ て い る 通 り で あ ろ う。 Chomsky 自 身, 創 造 性 と そ の 能 力 に 関 し て, 理学理論となろう5 心理学を非常に重視しているのであり, 彼の言うところ に従うと文法に至る方法に関する問題と ) 6. は, 言語学プロ ミー に 関 す る よ り は, む し ろ, 案 出(invention)の 心理 学 に 属 す る も の で あ る , と考えているのである。 言語研究の態度の 厳密さを求 めて, 主観的なものは 学問的でないとして, はっ きり心理主義的な考えに別れを告 げた言語学は, ここで再 び, 創造性を中 心にして大きく 心 理学的性格を帯びることにな った。 5 ,. か く 脚 光 を あ び る こ と に な っ た 創 造 性 と は 一 体 ど う い う も の な の か, ま ず Chomsky の 場 合. をとりあ げ, それを後 づけな がら考えてみたい。 然る後に, それをふまえて創造性に関する考え を明らかにし, かつそれを中 心に, 従来相容れないとされている 心理と論理の接点を探り出して み 、 こ い。 Chomsky の考え方が Harris の理論をその根の一つにもっ ており, それを発展させ 6 . 大 体, て い っ た も の で あ る こ と は 誰 で も 知 る と こ ろ で あ る。 現 に 変 形 等 に つ い て は, Harris の 中 に は. の理論 が生まれ出る 必然性を読みとること の一連の著書からも具体 的に知ること が出来るが, 例えば,. 非常に類似したもの が見れるのであ って,. Chomsky. が出来る。 それについては Harris 類似した, あるいは近くの女とかく比較することによって, す べての文構造はいくらかの単文構 ) 7 造 の く み 合 せ, 或 い は 変 形 さ れ た も の で あ る, と い う こ と を 表 わ す 根 拠 を 与 え る , と い う と こ. b t ろ か らも そ の 一 面 が 推 測 出 来 よ う。 言 語 理 論 を デ ー タ の summary としか見な い o serva ory i ) と し, Harr s はもっ ぱらその構造, 手続き的なことに触れてるのに対し adequacy に 終 る も の8. Chomsky はこれに人間固有の言語能力, 生産性を結びつけたのである。 彼はこの言語能力こそ最 9 ) と言い 切 った の であ . も重要なもの であるとし て, A grammaris an account of competence 女から, 組み合せ, 変形によっ て新 っ た。 ここに人間共 通な言語能力 を基礎にして, かつ単純な しい文をつくりあげ, 発話とする という彼固有の文 法理論が出来上ったのであると考えて間違い で は あ る まい。. 生産的な能力に関して, その哲学的な根 拠を大きく Descartes 7 . Chomsky が人間共通のこの と Humboldt に 求 め て い る こ と は 彼 の どの 著 書 か らで も 知 れ る と こ ろ で あ っ て, 特 に Descartes に関しては. i i Cartesian Li t cs な る 一 著 を あ ら わ し て そ の 論 拠 を 説い て い る 通 り で あ る。 そ ngu s. の中に引用され, 言及される学者, 後に明らかになる様な学問的な性格からしても,. neo-me‐. losopher と よ ば れ た り す る こ と も 故 な い こ と で は な い で あ ろ う。 di l phi eva D t に い て, Chomsky がその根拠としたと思われる 個所を探 ってみる 8 . ま ず escar es の 著 書 つ こ と に し た い。 Descartes. がその著書の中で, 言語について言及しているところはいくつかあるが, その中で. thode (方 法 序 説) の 次 の 個 所 で あ ろ う。 a me scoursdel も 強力 に 基 礎 に と り あ げ ら れ た の は Di こ こ で Descartes は人間に特徴 的な能力について, 機械と比較することによっ て, 両者の二つの - 56 -.

(4) . 言 語 に 於 お け る 創 造 性. 差異点をあげて次の様に のべている 。 …de l e premier est quejamai l l se es ne pourraient user de paroles , ni αautres signes en 1 es composant, Com me nous faisons pour dec1arer aux au七res nos pe1 lsきes… … Et1 e l l second… …e t es n’agirai en pas par connai i ssance ・ ーa s seul ion de ement parl t a disposi ,T leurs organes: car au l i u la rai eu q son est un instrument universe l…i l n’y a point ‐e ’ d hommes si hebきtきs et si stupides…qu’ ’ i 1 s ne soient Capab1es d arranger ense i : エ ーb1e diverses paroles d’ n d e c om i s o e r f u n l s l i l d p u t c o r s t a r e l , s assen en en re eurs p que 0 ) pensきes…1. つまり一つには機械には自分 の考えを表わす言 葉がないことであり 二つめには 万能の道具 , , で あ る 理 性 が 欠 け てい る, と 言 う の で あ る 。 特 に そ の あ と の, 色 々 な 言 葉 を く み 合 せ る こ とに よ. って, 自分の 考えを相手に解らせ得ないほど鈍重 で愚味な人間は一 人も居ないとい う個所は, 人 間共通の言語能力をうち出す根拠としては極めて有力なも のである (たしかに この理性が 強調 , 。 的に主張されたが, 機械とは区別さ れるものとしての人間の理性が 合理性という形で主張さ れ , ることになり, 一方では後 に 「人間機械論」 な どという現わ れ方をするのは皮肉なことである) 。 Descartes は知る様 に , 二元論であるが, 肉体, 精神を変形文法の phonological component, semantic componen t 叉 は surface structure, deep s l ) にあ て は める こ と の正 当 性は t turel ruc. さ て おい て も, Chomsky の Descartes 理解が 上述したような理由で 人間は機械とは違うも , , の で あ る とい う程 度 の も の で あ っ た こ と は , 彼 自 身 が, 人 間 だ け が 単 な る オ ー ト マ テ ィ ズ ム と は 違 うも の だ とい う Descar 2 ) t es の 考え 方1 , とい う 言い 方 を し て い る と こ ろ か らも 明 ら か で あ る。. 科学的に厳密であろうとし たことが結局, 言語学の人間不在を訴え られる様にな たが ここで っ , 機械にはない理性的なものを, 人間の本質としてとりあげ その共通な生得的な能力に関連して , 心理を重視したことによ って, 言語学に人間を取りもどすことが出来たということはあるいは言 えるかも知 れない。 9 . さ て, Chomsky は Descartes の言うこの言葉を組み合せて自分の考えるところを理解さ せ よ う とい う能 力 に つい て, こ れ が ど の 様 に 動 的 に 働 く か に つ い て は 別 に 求 め な け れ ばな らな い と. する。 (Saussure の langue, parole を 二 元 論 に 単 純 に あ て は め る こ と の 不 適 当 な こ と は Sau- , ssure の, こ の 照 合 は 適 当 で は な い1 3 ) angue の様な単 , と 言 う と こ ろ か らも 明 らか で あ る が) , l な る 項目の inventory で は な く, 生 成 の 過 程 の 一 組 織 と し て 底 に 潜 む 能 力 と い う Humboldt , の 考え 方 に かえ らな け れ ば い け な い1 4 ) , と Chomsky 自 ら語 っ て い る と こ ろ か らも 活 動 性 に つ い ldt に 求 め て い た こ と を 知 れ る ては Humbo 。 , 当の Humbo dt の言うところによると 言語は人間の内部的なもの 直接的に精神の発露1 l 5 ) ,. , の一つの型 (これを Form と し た) で あ っ て, 一 見 そ う は 見 え て も 言 語 は 教 え られ る も の で も な く, むしろ心情の中に喚起されるものにすぎないものであるとされる 言語 の生産ということは 。 6 ) 人間の内的欲求 である1 i e n todtes Erzeu- , という彼 の言葉は言語を出来上った, 死んだ産物 (. gtes) と し て よ り は, む し ろ 生 産 活 動 (e ine Erzeugung) と見 られ て い る の も 叉 当 然 の こ と で あ. る。 即ち言語は所産物 (ergon) で は な く て, 活 動 性 (energeia)1 7 ) と規 定 さ れてい た の であ る 。 こ こ で は じ め て Descar tes の 言 う 人 間 に 生 得 的な 言 語 能 力 と Humbo l dt の活動性が結びつけ られ た の で あ っ た。 然 し な が ら, や や 深 く 本 質 を 探 て 見 る と dt の考え方が本質的に l っ , Humbo Descar t es の 考え と 相 容 れ る 性 質 の も の で は な い こ と が 明 らか に な る つ ま り dt は人 l , Humbo 。. 間の内的なものの一つの発露として言語を見 その表われ方 を型として 言語の違い 文化の違 , , , -5 7-.

(5) . 葛. 西. 清. 蔵. いをこの型の違いとしたの である。 即ち彼に とって文化は非常に 密接な関連を 言語に対してもつ f ものであり, 性格的には, 言語と文化のつな がりを 強調的に 理論化してうち 出した Sapir‐Whor f 三 者 が い か に 深い ld[ と Sapir-Wh or r に 近 い も の で あ る こ と が 想 像 つ く で あ ろ う。 こ の Humbo 8 ) に よ っ て 明 ら か に さ れ て い る。 こ こ で は む し がりをもつもの であるかは 既に R.L.Brown1. つな. tuniverse1 i t ろ 共 通 性 が 個 性 よ い ぅ も の よ り 軽 視 さ れ る 形 に な っ て い る わ け で あ っ て un nsrumen k Ch と しての理性を重視 する Descartes と は い つ か 同 行 出 来な い 性 質 の も の な の で あ る。 oms y 自 身 も こ の こ と は 認 識 して い た の で あ っ て, こ れ は 動 物 的 な も の と して よ り も, 思 考, 自己表現 9 ) ld”ま Descartes の 枠 に 入 る こ と は 入 るi , の 方 法 と して 見 る 限 り に おい て は, た しか に Humbo. d l tは o と か, 心的過程にお けるこの様な役割を個人の言語に帰 したという点におい ては, Humb Descartes. ) 0 的言語学から根 本的に離れる2 , という彼自身の言葉からも知ること が出来るのであ. る.. い ずれに して も, Descartes と Humboldt の考え方は Chomsky の文法論に根拠を与えるため に関連 づ けられる ことがあると しても, これはあくまで便宜的と限定さる べ きであ っ て, 既に見 た よ う に 本 質 的 に は 相 容 れ る も の で は な い こ と が 知 れ る。 自 らも 「フ ンボ ル ト」 とい う 一 著 をあ らわ してい る 泉 井 は, 彼 (Chomsky) に よ る Humboldt の受取り方は片面的であって……, プ 1 ) トと フ ンボ ル ト は 思 想 的 に 元 来背 馳 的 な の で あ る2 カ ル. , とい う言 葉 で こ のこ と を 述 べ てい る と こ ろ か らも そ の 一 端 を 知 る こ と が 出 来 る。 あ る 意 味 で は, Chomsky は Descartes を 強引に我田 2 ) 引 水 した2 , と 言 わ れ て も 仕 方 が な い で あ ろ う。. 便宜的にでは あれ, その普遍性, 抽象性と共に彼の文法理論の 強力な論 10 . このように して, が 拠である創造性は上述 のように してその根 拠を裏付けられる ことにな ったのであった。 然 しな s /X-Y, where XAY i ion t .p .153) の D に, A一CS {XID } (E Bach An lntroduc ら ,. X. .. .. に, 叉変形の部門でその必要 性は説かれ のとしてではな く, その本質は一体何 単なる抽象的なも して 得ようが, 果 してこの創造性に関 , ベ であるの か, これが文法の中に どんな具体 的な裏付けとなっ て入りこんでい く ( きか, ではな むろん他の分野にお とは思われない 。 く) のかについては 必ずしも明瞭な説明が与え られている でうち出され, 具体的 最初仮説というかたち は 理論というもの が ある程度 , いて も同様である , する性質のもの しての位置を獲得 な例によ ってその正当さ が確証されるにつれて 規則なり法則と が ( である筈で ある。 文法におい ても例外でないのは指摘されるまでもない , これが単純性 簡潔 ) を目標に 追求されてい くわけであろう。 そういう意味で Cho- 性) , 無矛盾 性, 抱括性 (完全性 が Descartes, Hum- msky の理論が, ある程度仮 説と してうち出されていることは当然である , ‘べ き’ と して の bo ldt に根拠を求め, 理論をかた めな がら, なおかつその根拠と文法理論との, 実 際 ど う な て ‘い る’ かのつな がり方は上述 した様に明確ではないと言 が ではな く. t s analyzable as Z .98) の Zr …・Zn .p i… …Z。 (Aspec. り方. っ , か に して 創 造 的 思 考 が 可 能 で あ る か に 関 して は こ れ は 全 く の い 身 の , っ て よ い. こ の こ と は 彼 自. つな. 4 ) 全く未解決のままである2 ) 3 , と言う言葉の 神秘 である2 , とか, 生成の能力に関する問題は…… う 中にも, その創造性自体の正体の不明確を うかがうことが出来るであろ 。 以 上 わ れ わ れ は Chomsky の場合につい て, その創造 性についてかんたんにその依るところ 11 .. D を明らかに して来たわけである が, それによるとその根拠は escartes の人間共通の生得的な言 d l tの活動力, 生産的な物の見方 が, 本質的には融合出来ないものではあるが, 語能力と Humbo. そ の 基 礎 に な っ て い る こ と を 知 り,. しか も な お, そ れ に つ い て は, 問 題 の 余 地 の あ る こ と を 知 っ. た. 我々はここで再 び創造性とは 本質的に何か, 叉 どういうつな がり方を文法理論ともっのか, 8- -5.

(6) . 言 語 に 於 お け る 創 造 性. という問題 を発 しなおし, 考えてみなければいけない 。 12 , 既にのべ た様に, 理論はまず仮説として提出されるのは当然であり, かつ一応説と して提 出されるものには叉そ れだけの根拠が必要なのは学問として言うまでもない 本稿では 創造性そ 。 のものの性質上, まず心理学的な (とくに思考の) 点からこの創造性の問題にふれてい きたい 。 まず, 大前提と してあきらかに しなければならないのは 対象に対するとりくみ方の問題であ , る。 これは結論的には一 つにわけることが出来る 即ちいま認識という問題をとりあ げ た 場 合 。 われわれの認 識は, 多数の互いに独立な, しかもそれ以上細かく分けることの出来ない最小 の要 素から成りた っていると し, まずその最小の要素を論理的なも の (論理的原子と名 づ ける) と考 える。 さ らにこの論理的原子は一つの判断 (いくつかの個物をあ らわす言語を一つの述語で結合 したもの) つまり 「命題」 のかたちを取るものと し この 「命題」 がさ まざまに結合することに , 5 ) よ っ て 現 実 の 複 雑な 認 識 が 得 られ る2 , と 考え る の が そ の 一 つ の 方 法 で あ る。 こ れ に は, 個 々 の. 感覚から得られた 単純な観念がいくつか集っ て, 複雑な複合観念なるものが出来上るという 1 . の経験論にも似た一面を見ることが出 来ると言えよう (これについては別稿 ‘-経験 論 。. Locke. 者, ジ ョ ソリ ロ ッ ク の 言 語 観’ を 参 照 さ れ た い) こ の 様 に 一 つ の 全 体 を部 分 の 集 合 だ と す る 考 え 。 方 は 極 めて 古い も の で あ り, 一 名 原 子 論 (at omi sm) と 言 わ れ, 分 析 的 で, 一 般 に ア リ ス ト テ レ ス 的思 考 とよ ば れ て い る も の で あ る。. このような部分 の集合を全体と考え る分析的原子論に対するものとしてあげられる のが 次にの べ る 非 アリ ス ト テ レス 的 思 考 で あ る l e) と い う も の は 単 に 部 分 の 集 。 こ れ に よ る と, 全 体 (who. 積なのではなくて, む しろ全体から部分が規定される様な性格をもつものであると し 全体の優 , 位を強くうち出す 考え方である。 一名 who l i sm と も よ ば れ る。 先 の ア リ ス トテ レス 的 思 考 に よ れば, 全体としての性格は部分の集積の結果 として自ら決定するも のであるとするに対 して あ , くまで全体的叉 は関係中心的に見, 部分を独立 した要素と してではなく全体 の結構によ って そ , 6 ) の位置, 性質が規定されてゆくものだ2 , という立場に立つわけである。 一般に物 の性質を極め ようとする場合に, それを各要素に分析することは古くからある素朴な考え方なわけであるが , 単に要素に分析 してみるばかりでなく, む しろその要素のつくり出す関係に注目 して 全体をつ , くり出す様態 を追求 しようとするのは近代の科学的な考え方の特徴である 常識的に考えても多 。 くの場合,(例えば時計でも) 全体は単なる部分の集積ではないのであって そこにプラスαと し , て要素間の関係 を加えなければいけない。 言語についても全く同様のことが言えるのであ て っ , 要素の単なる集積が言語行為として通用するわけではない その要素間の統合的な関係が重要で 。 ある。 言語学的 実体があるとす れば, それは機能叉は言語単位間の相互の関係の中に見出さるべ ) 7 き2 , であると言う。 言語 の分類は多く要素とそ の関係の仕方に注目 して行ったものだと見て間 違いではあるまい。 従来の言語学に比較 して, 構造言語学はこの要素間の関係というものを極め て重要なものと見た言語観であると言える 関係というものは当然そ れをつくる要素を前提と し 。 他の要素とその区別 を予想するのである。 言語には 差異しかない2 8 ) , とは Saussure の言葉であ るが, 音素, 異音, 示差的, な ど一連 の用語が生まれ得るのもこの様 なことがもとにな っている か らに 他 な らな い。 さ て, 非 ア リ ス ト テ レス 的 な 思 考 法 が 心理 学 に 於 い て は い わ ゆ る ゲ シ タ ル ト 心理 学 に 典 型 , ュ. 的に見 られる。 ここでは部分 の認識は全体ない しは 他の部分との 関係 ( ミラ ソス と 言 て も よ っ , い) に よ っ て き ま る の で あ っ て, 生 物 体 の 環 境 と 相 互 作用 に つ い て は 両 者 の 間 の 「均 衡」 が 一 ,. 時的に破壊さ れたとき, その失われた 「均衡」 を回復するに適応 してゆく働き2 ) 9 , と規定すると -5 9-.

(7) . 葛. 西. 満. 蔵. ころこそ根本をな している。 即ちここでは 心理的な作用は全体的な均衡を取りもどす過程と して と らえ られ てい る。 思 考 と は ま さ に 全 体 的 な バ ラ ンス が く ず れ た と き, そ れ を バ ラ ンス の と れ た. もとの状態にかえろぅとする動 きに他な らないとするわけである。 心理学的ではこの均衡状態を とよぶが, これを求める動きとい うものはあたかも我々 が病気 のとき, 身体が常に. homeostas is. 回復す べく有機的に動くのとおなじであり, これが思考の場合, 精神的なものであるという違い よりない とする。 肉体的な均衡を乱すもの が病いである如く, 精神 的には, それは広い意味での ‘問題’ (あくまで精神 的な均衡を乱すものと して。 従 ってある人にとっては問題となり得ても ある人にとっ ては全く問題と して意識されない 場合が当然あり得る) である。 つまり 思考とは, 精神的な均衡を取り もどそうとする働き, 広い意味の問題解決である。 立場はどうあれ少なくと もこの点に関する限り大方の定義は一致 している。 例えば, 思考の一つの特徴は問題解決の過程 であるということである。 問題とは何らかの意味において生活体の行動または意識の円滑な進行 ) 0 を妨げる状態であり, この妨害をとり去り, または克服する過程が思考である3 , な どはまさに その典型的なもので ある。(従っ て, 思考とい うことからは, いわゆる ぼんやり した回想な どは取 りはずされて しまう。) さ て こ こ で, 見 落 して は な らな い の は, 思 考 と い う も の が, 傷, 病 い が 癒 え る 様 に 自 動 的 に 均. 衡を取りも どす働きと してとらえられている ことである。 これは事実に反するのであって, 問題 解決と して規定される思考は決 して無意識的な, 自動的なものではない。 も っと意識的, 主体的 な (ある意味では努力を要する) ものである。 ここにこそゲシュタルト心理 学的な思考の考えが, 1 ) 条件と要求をまず相互に関係づ けて考える主体の活動が無視されて しまっ ている3 , という点で )ここで 決定的な欠陥を指摘されたのである。 (無論ゲシュタルト心理学の完全な否定ではない。 はじめて問題解決にあたる主体性 が重視されることになり, 思考作用とは有意的な知的の課題解 決 過 程親) , で あ る と い う こ と に な っ た の で あ っ た。. 知識とか過去の経験が その重要な役割を 果すことは明 13 . さて現実の問題 解決にあたっては, 白である が, この知識, 経験が解決の資料 と しては一つの概念或いは言語 (広い意味での) とし cheme と て情報となり提示されると考えてよかろう。 例えば, す べての人間の経験は概 念的な s べ き も の で あ っ て, 決 して して 提 示 さ れ る男) , と か, 人 生 経 験 は 言 語 に よ っ て 役 を 果 す (serve) が 出 来よ う。 4 ) そ の 反 対 で は な い3 , とい う言 葉はこ のこ とを裏付 ける ものと受 けとる こと. かくして提示された資料に基づいて, それを分析したり, 総合 したり, 比較 したり, かつその 結果を基礎にして, 更にどうすれば最終的な問題解決に至れるかを推理 しな がら, いろいろな方 法が試みられていくわ けである。 14 .. こ こ で 注 目 す べ き こ と は, こ の 問 題 解 決 の 過 程 の 一 連 の 分 析, 総 合, 推 理 な どと い う も の. は実は 我々 が概念を構成する プロセスと同等のものであることである. つまり, 具体的に経 験し た個々の例から一つの概念を抽象 し出すのと同等 である。 資料不足や観点 が全く的はずれでない 限り, そこから抽象される概念は同じものになる筈である。 人間の認識が, その経験が夫々違う に も 拘 ら ず 同 じ よ う に 成 り 立 つ の は そ の た め で あ る。 Descartes が理 性というような 生得観念に よ っ て 認 識 しよ う と した に 対 して, Locke が経験の重要さを主張 して経験論をとなえな がら, そ. の根底に前提されていたのは, 広い意味での, 理性的なもの, 抽象, 概念化の能力だったのであ ’ る. (こ れ に つい て は 別 稿, ‘- 経 験 論 者, ジ ョ ン o ロックの言語観 を参照されたい) 。いずれ づ 念化の能力に基 くもので 概 のは人間生来の抽象能力 推理というも , に してもこの 分析, 総合, あって, 抽象された特性が新 しく総合され, その 結果生まれる 抽象的な総合 が思考の主たる道具. - 60 -.

(8) . 言 語 に 於 お け る 創 造 性. 5 ) とな っ たとき, 一つの概念が生まれるのである3 , と言われる通りであり, 人間に共通な能力に 基 づくという意味では個人的なものではなく, かなりの客観性をもったものであっ て, それなり に論理的なものである。 (この点に関してはあとで触れる)。 今単純な例をあげるな らば,例えば, 一国語を知っ てる人が, 同じ様に他国語を学ぶこと が出来る, ということがその大きな証 明にな 6 ) る3 。. 15 .. 以 上 かな りな が き に わ た っ て の べ て 来 た 様 に, “ あ る 価 値 規 準 (こ こ で は 均 衡 回 復 と して の. 問題解決) を目標に して, 一つの情報として概念のかたちでたくわえられている既得の 知識, 経 験に基 づ き, それを分析し, 総合し, 更に推理することによ って, 新 しい解決への方向を探り出 して い く こ と,“ これこそが, 本当の意味における創造と名づけられるべ きものである。 これこそ ‘creat ) 7 ) 8 i on’ で あ る. 想 像 は 創 造 の 母 体 で あ る3 , とい う lames , と か, 推 理 は 創 造 的 で あ る3 の 言 葉 は こ こ に 至 っ て は じ め て 正 しく理 解 さ れ る 性 質 の も の で あ ろ う。 加 え て 次 の 言 葉 な どは こ. のことを最もよく言い表わ していると言えよう。 即ち, ある課題に直面 した人はその解決のため に多くはまず再生的思考を して過去の経験や知識に解決法を求めるであろう。 それで解決出来な いとき新 しい 方法を考え出さねばな らない。 つまり創造的思考をせね ばな らない。 ……まず仮説 と して想像を描き, その中に推理の筋道をたててみるであろう。 そ して仮説--検証をくり返し ながら次第に, も しくは突然に, 新 しい構造の思考が現われ, それが客観化されたとき, 創造が 9 ) 行 な わ れ た と い う で あ ろ う3 ,. とは その条 件は 1 , 思 考 の 方 向 が 明 瞭, 2 . 不 合 理 で な い こ と,. 今まで屡々の べて来た創造の性格を示 して余りあろう。 問題解決という最終的な価値規準を無視 していたずらに新しい組合せをつくりあげたとしてもそれは決 して創造的とは言えない。(語をい くら組み合せても非女法的なものは意味がない, と解 してもよかろう)。 然も既にのべたところか らも想像出来るように, この過程こそ言語行為の課程なのである。 す べ て の 基 礎 に な っ て い た も の が ま さ に Descartes の言う人間共通の生来的な言語能力と同等の も の で あ る。 Chomsky が Descartes の言語能力をもち出 したのはここではじ めて正当に理解され る も の で あ ろ う。 Chomsky が, 言語習得の しくみは, 問題解決や概念形成にも応用出来る知能 言語能力は 心の働きの一つにすぎない (The の構造全体の一分野である 別の言葉で言えば. ,. 。. ion device i lectualstructures t language acquisi s onec…mpoment ofthetotalsystem 。fintel f ies to problemL tき ion;in other words that can be appl ‐solving and conceptformLat ,the acul. 4 0 ) とい う言 葉 の 中 にも この 間の こと が de langage i fthe mind ) s 。nly one 。f the faculties o ,. 充分に示されている。 これで概念構成, 問題解決, 思考, 問題解決のつな がりが明瞭にな る。 なお興味のあるのは, 近 頃ますます進んでいる脳の働きの研究の中で全く同じような結果が出 ていることであろう。 創造性と言葉の関係を示す一つの しめくくりの例と してあげよう。 これに よると, 創造機能というものは決 して脳の中に湧き出 して来る不思議なものではない, のであっ て, ど ん な 場 合 に も 何 も な い と こ ろ か ら何 も 生 ま れ て く る こ と は な い の だ か ら, と 言 う。 更 に 言. うには, この様に考えると脳の中にあるものは, 生まれつきのも, 後天的に獲得したもの以外に は な に も な い わ け で,. 創 造 機 能 に して も そ れ を 材 料 に して な さ れ る と しか 考 え られ な い。 しか そ こ で 考 え られ る こ と は, そ の 新 しい 組 合 せ を. もその材料 がそのままであれば創造にな らない. つ くることである。 創造性は組み合せであると言われるのも当然であろう。 ところでその組合せ であるが, 具体的な対象物を組合せる場合もあるだ ろうし, 言語をくみ合せることもあるであろ 1 ) う4 , という言葉は創造性と言語の関係を余すところな く説明するものであ る と 言 える。. - 61 一.

(9) . 葛. 西. 清. 蔵. がら 明らかに出来たと思う。 16 . 以上, 創造性と次いで それと言葉の関係について, 大まかな な能力 が これらの根底にある共通 ) 次に (今までも少しふれて来た , 今まで抽象力, 概念化の能 力ない しは理性, あるいは叉言能力と してふれて来たものの性格をもう少し詳 しく見ることによ っ て, 一 層 そ の 本 質 を 明 確 に して い き たい。. 創造性, 叉これと言語の関係についても少し触れたが, 言語における創造性とは上に述 べた様 な過程を経て文法的な文を生み出すことによ っ て意図することを伝 えるという その価値規準を達 することでなければな らない。 先にの べた様に, 言語は結局, 要素とその,関係 (互は他を当 然予想 するものであるが) から成 っていると見ること が出来るが, この場合, 便宜上要素は語, 関係は 要素間の関係を表わす文法的な規則と言っ てもよかろう。 言語は懇意的な記号の体系であること は今更言うまでもない が, 記号論理学者たちは, 記号とこれを使用 する人間との関係を語用 論, 2 ) 記号とそれがさ し示す事物や事象との関係を意味論,一つ の記号と他の記号との関係を構文論4 , と定義づけている。 まさ に文法は記号と記号 (言語において要素を代りに表わすもの が記 号であ るから) との関係なの である。 記号論理学に即 して言うな らば, この場合の言語の構文法 (シン タ ッ ク ス) と は, い く つ か の 基 本 的 な 論 理 語 (た と え ば, 「な い」 , 「ま た は」, 「な ら , 「か つ」. ) 3 ば」 な どのような文章を論理的につなげる言葉) の使用規則を示すものにほかな らない4 , と言 ぇ が理 ことは人の知る 性という意味をももつ わ れ る 通 り で あ ろ う。 言 語 に あ た る ギ リ シ ャ 語 oγ〆 ところであるが, これは合理性のある人間のみに言語があるという非常に象徴的な意味をもつ様 に, これらの記号間の関係は極めて論理的なものである。 (非常に抽象的な記号論理 学的な レベ ルに於いてである)。 これを証明するのは, 既に触れたが, ある国語を知ってる人が, 他の国語を 同じく学ぶことが出来る, という事実である。 この根底に例の人間に共通な, 生得的な能力が前 提されない限りこの事実は説明出来ないものである。 この能力こそ時に概 念化の力, 抽象力とよ ky が共通の言語能力としてその理論 tes に於いては生得的な理性とよ ばれ, Choms ば れ, Descar の根拠にすえたものだったのである。 この能力 が, 極めて普遍的で客観性をもったものであるこ と, そこに見 られる論理的性格についても少し触れて来たが, この論理性は純粋な論理学の方か らも裏付けられる様になっ た。 即ち, いかなる言語をとってみても, 論理法則は概 してす べてに 適用する. した がって論理法則は一般に言語法則と言い かえてもよい。 ……この事実は人間が言 語を使用するに至る過程に共通なある構造 が存在 したということを示すものと考えることが 出来 る か も 知 れな い。 ……この意味で人間は先天的知識をもっという表現がかなり信悪性をもったも. ) 4 のになる4 , とか, 記号と記号の結合の仕方 (即ち構文論) を表わすために用い られる特別な記 号は言語によ って異なるけれども 結合の仕方それ自身は共通であると言っ た方がいいかも知れな 5 ) い4 , と い う 論 理 学 者 た ち の 言 葉 は こ の 間 の こ と を 明 瞭 に 語 る も の で あ る。 Chomsky. は言語 が経験から単なる抽象によ っ て得られるものではなく, 言語を習得する子供. ‘学 ん だ ” こ と よ り は る か に 多 く の こ と を 知 っ て い る 文 法 に つ い て の 彼 の 知 識 は 示 さ は自分が ‘ . ” 帰納 的一 般 れ た は じ め の デ ー タ を は る か に 越 え て い る の で あ り, 決 して こ れ らの デ ー タ か らの ’ で は な い4 ) 6 l i ion)’ induc t ive genera 化 ( zat , と 言 っ た り, 何 か しっ か り した 構 造 を 生 ま れ た と. きから知 っていて, その上で非常にわずかな未知の部分を経 験からきめていけば, それで言語の ) 7 構 造 が わ か る と 考 え ざ る を 得 な い4 , と 言 っ て Descartes の生得的な合理性をとりあげたときの 彼の意図はここに至っ てはじめて正確な意味をもって理解されるものと考え られる。 むろん経験論か合理論かという議論につい ても簡単に問題にすることは, 少なくとも言語習得 に関する限り, 危険なのであっ て, 詳 しくの べ るのはさける が一般論としては, 経験論において - 62 -.

(10) . 言 語 に 於 お け る 創 造 性. は合論論におけるよりも 起源の問題が一層重視されており…… 対象認識の本性の見方においては 8 ) 一 致 してい る4 , こ と も 否 定 出 来な い。 (こ れ に 関 して は 別 稿, 一 経 験 論 者, ジ ョ ソ o ロ ッ ク の. 言語観, を参照されたい)。 5 ) 1 17 . L. Bruhl は未開人の文化や言語の研究を して著わ したその, 未開社会の思惟 , の中で, 未開人の文化について, それがいかに欧州人と違うかを例示 し, かつ文化と言語との深い つな が f に近い考え方をしているが, 彼はこの一連のもの ir-Whor り に つ い て の べ て い る。 つ ま り Sap. が欧州 人の論理に比較 してみるとき, 非論理というよりはむ しろ論理の段階に達 していないとい う意味で, 前論理的だと言っている。 然 しながら今まで見て来たところか らも明らかである様に この見方は表わ れた表面的な現象のみに注目 し, その過程の論理性を看過し, いわんや欧州人の 論理を押しつけたという点で致命的な欠点を論理学者から指摘されることにな ったのである。 特 に沢田は L, Bruhl の名をあげ, この様な見方はヨーロッ パの言語, 文化を中心と して未開人を 2 ) 位置 づけようとする無意識の独善にわざわいされた非科学的な見方と言わねばならぬ5 , と厳 し くその非をついている。 われわれが注目す べ き概念化, 抽象化に見 られる普遍的なものと しての 合理性は何も形にあ らわれた表面的なものについ てではなく, あくまで表面に出るまでの能力の 働く過程に関するものだった筈なのである。 一国語を既に習得したものが, 同様に他国語を学習 出来るということに見 られる能力をとりあげて説明したのは, 表面に出て来た違いな どについて 言 っ て る の で は な く, 言 語 行 為 と して あ らわ れ る ま で の 働 きの 共 通 性 だ っ た の で あ る。 A を A と. して非Aと区別しAと認識する様な能力に ついてだったのである。 18 。 Chomsky の文法理論は, 文法的な文が出来上る過程に関するものであり, この点に関 して. は我々 が今までの べて来たところと一致する面が多い。 少なくとも彼の与える理論は極めて抽象 的なものであり, 叉論理的なものであることは知る通りである。 彼自身, 生成文法は計算機を使 ) 3 おうとする試みから生まれたものである5 , と言う様に翻訳機には彼の言語理論は 非常に利用 度 の高いものであるとされている。 数学的な用語を かりではなく, その抽象性と論理性に於いて実 に数学的な性格をも っている。 しかし関連して注意す べきは機械に於いてはあくまで与えられた 資 料 に 限 られ た い わ ば 6 t ni e state grammar な の で あ り, 且 つ 屡 々 の べ て 来 た 論 理 性 に つ い て ‐ 4 ) 一 致 す る だ けの 限 られ た P.S ammar5 ,gr , な の で あ り, 創 造 に と っ て 最 も 重 要 だ っ た 主 体 性. (従っ て今のところ創造性) もないことは 人間の言語とはっ きり 区別 しなければな らない性質の も の だ と い うこ と で あ る。 19 ,. い ずれ に して も, そ の 定 義 づ けは どう あ れ, こ の 能 力 と い う も の は 屡 々 の べ て 来 た 様 に 極. め て 普 遍 的な しか も 論理 性 を も っ て い る こ と は 知 られ る。 Descartes はその能力こそ 機械にも動 物 に も な い 人 間 本 来 の も の で あ る と い う わ け で あ る が, diness preparedness ,. こ れ が 実 に 心理 学 で 言 う と こ ろ の rea-. に他な らない。 人間の言語の起源についてはいるいるな説があげられるわ. ) 9 けで あ る が4 , そ れ らは い ず れ も 外 的 な 要 件 か ら説 明 した も の で あ っ て, 当 の 人間に能力が備 っ てい なければ問題にな らない。 根本的な人間のもつ readiness , 即ち 人 間の側 の , preparedness ‘ ’ 能 力 の 用 意 が 出 来 て る 状 態 こ そ 人 間 の 言 語 を 特 徴 づ け る 筈 の も の だ っ た の で あ る。 Lenneberg. が, 人間にはす べて, 自動的に言語へと発展 していくような型の行動に対する内的な性質を与え られ て い る。 ……この性質は非常に深いものであるから, 言語的な行動は末梢神経, 中枢神経系 が お かさ れ てい る 場 合 でさ え 発 展 して い く も の で あ る 。 … … こ れ こ そ 人 間 の 言 葉 に 対 す る pre- 0 ) d 言 葉 の 現 象 に 対 す 遍 る 普 の 性 r e a r e ness の程度を示す以外の何 物でもない5 へ paredness p p , ,. という言葉などは. Descar tes の 言 う と こ ろ と 一 致 す る こ と に む しろ 驚 かさ れ る が , この 能 力 に 関. - 63 -.

(11) . 葛. 西. 清. 蔵. する限り一層, 人間に本源的なものであるという性格を明 らかにすること が出来たと思う。 20 . 主体性と結びついて 創造力となるこの能力の性格を 心理的, 論理的な面から明らかに して 来たが, 本来生得的とされているこの生得的ということをも っと深く探っ て後づけることも出来 る。 結 論 的 に は, Lenneberg が言う様に, 極めて複雑な しかも同時的に行なわれる区別や統合は 条件反射によ って習得されるものであるよりむ しろ, 魅 (emb ryo) における生物学的な発展を思 ) 5 い お こ さ せ る (remini scent) も の で あ る5 , と い う こ と に な る で あ ろ う。 即 ち こ の 一 連 の 能 力 は. 実は, 人間の能力と言われる前に既に魅の頃から備えもっ ているものであると言うわけである。 その能力が他の動物と違う発達の仕方をしたというところに 人間の能力として区別される意味が あるのであろう。 しかし生物に本源的なものから発 してる点については違い がないのであって最 近特に発達の著 しいオートマ ンの理論でも, 脳の働きの解明と関連 して問題にされる。 オ【トマ ソの理論と言うのは, 一般に機械, 生物体, 社会機構であるにかかわ らず, 他から資料としての 情報を受けとっ て自動的に処理 し, その結果を自らの働きに反映させていく機構についての理論 なわけである が, これを適用すると, 言語作用を含むような複雑な思考を行な っているときは, 大脳における既成のオートマ ン閉回路に実際にパ ルスが流れてそこで学習が行なわれていき, そ の結果次 第に新しい回路が出来ていくという。 叉われわれは, 先天的に完成 した多くの閉回 路を もって生まれて来ているのであって, これが普通本能とか無条件反射とよばれるものにあたり, この生来の回路から順次に学習を重ねることによって, 新 しい回路を次々に完成 し, 賦活してい く, これ が ‘経験’ だと言うわけである。 更に, われわれの言語使用および, それを伴うような 思考は明らかに 後天的能力に属する。 つまりそれは経 験によ って獲得された能力である。 しかし ‘無 ” から出発するわけではない それは先天的に与えられた能力から出発し そ それは完全な ‘ , 。 6 ) とする 即ち生得的 れに新 しい回路を順次に付け加えていくという仕方で得られるので ある5 , . とされる能力は 実は膝の 頃の極めて本源的なものを基礎に して発展 して来たものなのである. 言語習得ということが生得的な能力であり それなりに論理性をもっているものであることを心 理学, 論理学の立場から明らかに して来たつもりであるが, この能力は, 叉今触れた様な極めて 時限の低い段階でも成立するものでありどんなに知能が低くても生得的 o 普遍的に言語能力をも っている理由はこれでも明らかになる。 特に後半の, 先天的に与えられた能力から出発 し, それ Chomsky の 言 う と こ に新 しい回路を順次に付け加えていく, という言葉な どは, 16 . で あげた ろ と は 同 等 の も の で あ り,. 表 現 の 違 い だ け で あ る と 言 っ て も 決 して 間 違 い で は な い。 Chomsky. におい て, 神秘とされていた創造力のもとたる生得的な言語能力 とその働きはここに至ってはじ めて本質的に解明されたと言えまいか。 さ て こ の オ ー ト マ ンの 理 論 に お い て, 一 度 出 た 結 果 を 再 び 一 つ の 情 報 と して 返 す こ と を フィ l ー ド バ ッ ク と 言 う が, 現 実 に は こ の 運 動 は, 全 体 と し て の 平 衡 を 求 め る と きの ‘揺 れ’ oscd at-. 21 .. として把握される。 素朴な例をとりあげても, 平衡を取りもどす運動, 問題解決 (そして広 い意味での創造) は決して一直線に 可能な最良の方向に向うわけではないことは知ることが出来 る. そこには常にいくばくかの ‘揺れ’ が認められる。 この ‘揺れ’ の過程こそ弁証法によっ て. ion. と ら え ら れ よ う と し た も の で あ る と 見, ヘ ー ゲ ル が 観 念 論 に よ っ て と ら え よ う と し て い る と こ ろ. ドバックのある行動機能とよく “似ている, とし, 絶対精神というそれ自身の フィ ー ドバック系を有する人間精神の比暁的な全体は内的原因に よるにせよ 常に一つの方向と逆 の も の は … … フイ. の方向との極限の間を揺れながら その間に与えられた情報によっ て自己を充たし自己の平衡を維 ) 7 持し て い く5 , と い う と き こ れ は 叉 別 の 面 か ら オ ー ト マ ン理 論 に お け る 思 考 と 言 語 の 性 格 を 明 ら. - 64 -.

(12) . 言 語 に 於 お け る 創 造 性. かにしたものである。 思考はよく内的対話であると言われるが, この対話 (d i l a ogue)はその語源 i において弁証法 (dial ect c) と お な じ β毎 十 尼γ6 ご ン で あるとい うことも ま んざ ら関係のな い こと でもあるまい。 叉全く純哲学的理 論的な方面から見ても, 矛盾は古い形態のうちに成熟 し新しい 内容を基礎として新しい内容にふさしわく形態 を 創造することによって克服される5 8 ) , という言 葉な ども弁証法と創造を関連的にのべたものと受けとってよい 。 もしフィー ドバッ クの自動制御の作用 を, 人間, 機械, 社会機構にかかわらず, 共通に 「制御 と通信」 という点でサイバネ ティクスという統一科学5 ) 9 , とするのであれば, 当然人間が生命維 持 (これも一 つの平衡状態) のために様々な情報を集め それを処理 していかなければいけないこ とを考えて も, 人間の行動もその例外ではあり得ない6 0 ) 。 むろ んその一行動としての言語活動に つい て も 言 え る こ と は 今 ま で 述 べ た こ と で も 明 ら か な こ と で あ る 。. 22 . 結論。 以上ながきにわたって, 様々な点 から創造性について探り, それを, 資料と しての 情報を分 析, 総合, 推理によ って平衡回復, 或いは問題解 決へ至るうとする主体的な働き (言語 活動に於いては, 文法的を女 を発し, 自分の意図すること を解らせる働き) と解す べ きであるこ と, 次いてその基礎になる言語 能力とその生得的, 論理的 な性格について 明らかに し, 更にサイ バ ネティクスな ど統一科学的な立場 からも対象になり得る正当性をのべた 元来 言語学に関 し , 。 ては心理的な面と論理的な面は対立するものとして把えられ, その一致点を見出すことが難 しい とされている。 とかく心理的な説 明が科学的な厳 しさ が欠 けるということは一様に認めるところ であった。 しかし以上様々な面 から指摘された様にこれは表面に出て 来た形に対して言われるこ とであって, そこに至るときの 人間の生来的な共通の能力の働き方, その過程の規則性(gene l r a inciples governing the operat ion o f the mechani i l pr sm which under elanguage). は 極 めて. 抽象的ではあるが論理的な性質のものであることは見て来た通りである。 問題は多く, 女がつく られる過程の規則性と表面 に表われた形の規則性との混同から起こる様に思われる。 この過程の 規則性こそ, 概念構成に見 られ, 叉 Descartes が, 人間は言葉を arranger して … … と 言 う と きの そ の arranger の 中 に 見 られ る 筈 の も の で あ る。 従 っ て 言 語 理 論 に 本 当 の universa l なも のがあるとすれば, それは既に形としてあらわれた言葉についてのものではなくて, まさに人間 共通の. iver 1 と し て の 能 力 の 働 き 方 に 関す る も の で あ る 筈 で, こ れ が あ っ て un instrument un se. はじめて, 単なる表面に出た形からの統計的な共通点の集積と してではない grammaire gきnG- , 言語理論に最低 必要なものと しての mecha-. ral e が 成 立 し得よ う。 こ こ に こ そ, Pos tal の言う. 6 1 ) lprocedure(al thm) nica gori , も 成 り た つ 筈 で あ る。 Chomsky が, Gram maris an account と言 ccount とは抽象的に言語能力の説 明をすることではなくて た の of competence 時 a , っ , そ. の能力の働く過程の規則性 を明らかにすることでなければな らない. これは当然認識力に関わる から, 非常に心理学的な性格 をもつもので, ethnolinguistic で あ るよ り は psychol i ingui t cな s ものである。 もともと発話は表面に出た氷山の一角であり, そこに普遍性を見いだすことが困難 2 ) で あ る と して も見 え な い12分 の11に こ そ 一 般 原 理 が 見 出 され る べ き6 , で あ り, しか も 現 象 の 下. のより深い レベルに潜む普遍的な原理があり, それが人間の行動を規制している6 3 ) , とすれば言 語を 人 間 行 動 の 一 部 と し て と ら え る こ と の 正 しさ は こ こ に お い て 証 明 さ れ よ う 。 か く して, よ う. やく我々は普遍性をもつ生得的能力, 論理性, 加えて主体性, 創造性, 思考, 言語 を人間行動全 体の中で位置づけることが出来た。 言語の普遍的なものを探すことと, 全体 ( he universe) の 中 に お け る 人 間 の 言 語 の 位 置 を 発 t 4 ) 見することとの間には明確な違いを認めることは難 しい6 , という。 人間行動を支配す る性別は - 65 -.

(13) . 西. 葛. 蔵. 清. 同時にその一部である言語をも支 配している筈のもの であろう。 人間か ら切り離されたものと し てではなく, 真に人間の 学としての, 叉普遍的なも のと しての言語理論は, 生得的な 言語能力の 働き方, その規則性に求 められるべ きものであり, そこにはじめて主体性 と論理性に基 づく創造 的な (も しこれ が必要な 条件であるとすれ ば) 理論がたて られるのではなかろぅか。 この様に言 語の理論を情報と制御によって均衡回復する一行動と見, オ【トマ ソ理論と して人間の行動の一 部と して位置 づけ説明を試みることはおそらく大きな過ちでは あるまい。 既に見て来たよ うに, 様々な情報をもとに, それを処理 しな がら精神的均衡を取りも どそうとする行動が思考であり, 言語行為であり, 叉この連続 が他の動物から区別される創造的な人間と しての唯一の 生存の仕方 で あ ろ う か ら, 献. 女. 〆 sα o鰯Z g7 sゐ α zLα”g“αgB 2 1) T鋼c脳”g α”d Leαγ欄”翌 弥7 . gZ ”dy o f 上α”8”αgB(M.1 .100 2) 八Z c飾り”s 彰 劫β Sf BW Dかg , T,1964) P H l l 3 P i 2 t 妨 r あ - d ( a ) 乙 r e n e c 伽 P 3) α”g“αgBα” g . , 4) T乃e P珍物助力ゑy o / 乙αタ留錫αgB .118 . CHarper & Row.1966) P id,p b 5)i .119. l l i ぜ ce‐Ha s姦 .234 .1964) P .(Prent 6) A TransformationaI Approach to syntax. rあB sfγ””“γBo/ 丑”翌Z f c . 朝 日 ジ ャ ーナ ル, 1966 , 25日 号 .9 i t) p i i i t e s c Theor s ngu .105 tl ssuesin Li 7) Curren .c , r卿 窯,of Eタば.(op )P i i f E”g,(op.cit t ture ion in Lingu ruc s c St .181 . rence and Tranformat 8) Co-occur . rあB S o z Z z f c s s α” ””g隙s c .22 .(Harper & Row.1966) P . Cα“e 9) Tq扇c s 初 物e r秀B好y of GB”好防物B Gγの吻粥〃.(Mouton.1966) p.lo 1 i iPt e on of partof What peoP ,t i t gra ly em r s a desC 1 n葺 I ari f s zed tha 工 t ー rong pha c . cannotbetoo s h h d fW a た”ow,noto tt ey o , i l l sde Z Gγの偽例解.Jac Z魂 Tγα”sfo門卿の〆解α obs; Rosenbaum,(B1a E”gZ ,272 ,1968) p t e 10) Libraire Hachet ,pp ,109 , 1lo i t )p c s ll) C研ぎ B S彰7 2 ””g“煽す .33 .c . .(op i 1 5 ( t 1 o ) 2) Cur s sues c rentl p p , . . ,. 13) 言語学原論, 小林訳 (岩波, s ,17) p.137 14) ASpedso f 物g rゐのγy of sy”彰%.(M.1 . T.1965) 15) フ ン ボ ル ト, 泉 井 (弘 文 堂, S .23) pp ,227 , 277. 16) 人間と言語, 岡田訳 (創元社, S .40 ,20)p bid 17)i .p ,84. t on) cゆ“解 け 上物g霧防止 尺e卿効け,(Mou 18) WZ物B腐 り β” 団z締めメメ為 Co”. Z Z z s G 7 sds雀 ”Zば hes i g泌〆 bo ldtーSaPi f s r-VVhorfhyPot ・ .B.Bach. む”物8γ c .Nounsand NounPhrases ,the 日uα H 1 H l 2 2 6 8 R T ( 1 9 B h t ) B a r m s o r力B c p a o“.ed , , , . . , . . i t )p c s 19) Cα“ 嫌 鯛 “’ば 鯛材〆 . ,21 ,c ,(op d bi 20) i .. 2 7)p 21) 言語の構造, 泉井 (紀伊国屋, 196 .13 3)p 2 2) コトバと哲学, 山元, 講座, 哲学, 言語 (岩波, S .33 ,4 i t e t )p s 23) Cα“ 嫌α” ””g“Z魂c . . .96 . no .c .(op. “ ‘Ru )P i l Z e of Grammar on‘ , .136 24) On the Not . 了力B S . げ E”g.(OP.cit 25) 現代哲学入門, 岩崎他 (有精堂, 1968)p .199 5)p 26) 論理学と科学方法論, 中村 (有斐堂, S ,294 .3 居“例伽 Co粥粥瑠ぼ伽 物”. B. Malmberg,(Sprtnger Z乙2”g”Z魂c .27 s 鯛〆, .1967) p 27) SZ γ健“γα i 9 )p 28 ) 言語学原論 (op . .15 .ct 96 7)p 2 29) ピアジェによる諭理的思考の構造 (明治書院, 1 .1 30) 現代の心理学, 今田 (岩波, 1965)p .267 66)p 31) ル ビソシュティン, 思考心理学, 石田訳 (明治図書, 19 .26 4 1 3 5 2 ) p 3 2) 思考心理学虹, 矢田部 (培風館, S , , l ヒ z er ,27 3 3) A sのめ/増yo/ 乙姻g棚g8 ,(Randam House) p ,J , 0, Her. 一 66 一.

(14) . 言 語 に 於 お け る 創 造 性 34) S窃”伽Z如 鯛d C粥の粥粥“姻 物”, Condon.(Macmi l l an) P ,71. 35) r卿“g膚 α”〆 乙伽翌“αgB zky r got )(M.1 ,L .S , Vi ,(t .by E, Hanfman . . T,1965) P .78 36) C解か榔〆 i ”” “’噌 物劫〆 t c s )p ,(op ,c . ,64 f l c l igy sa ver s and Anthr opo . Language Uni / 乙伽g卿ge rg ,J ,B, Casagrande , び煽り8鷲鰭so , Greenbe , T ed 1 6 6 2 8 1 9 ) p ,(M.1 . . .. 37) 現代思考心理学, 科学的思考 (明治書院, S 2)p 6 .4 ,8 38) 心理学(下)今田訳 (岩波, S 2)p 7 .4 ,14 39) 現代思考心理学 (op i t )p 7 .c , .8. 40) Asゑe i t cな (op )p ・c . .56 f S 41)c f Z 彰 房”g域稀如 伽〆 窟“粥伽 CD朔創z例! α 粥じ デ i cα勅” . t )p .c . .(op ,25 脳 「一 行 動 のメ カ ニ ズ ム, 千 葉 (N, H. K, 出 版 局 S 43) pp 138 139 , . . ,. 4 2) 現代論理学入門, 沢田 (岩波, 19 66)p 1 ,4 f c i o s oカカyo f 乙α”g“αgB t )p . rあe P霧Z .(op .C . .44 4 3) 現代哲学入門 (op i t 5 )p , .c ,20. f l c s and Anthropo l ver sa i ogy t . Language Uni )p ,(op ,c . ,294. 44) 言語, 論理, 計算機, 坂本, 講座, 哲学, 論理 (岩波 S 4 2 .17 , . 3)p 45) 現代論理学入門 (op i t )p .c .51 ,. 46) Aspec i t t s )p ,(op .c . .33 47) 朝 日 ジ ャ ←ナ ル, 1966 9 25日号 , . 48) 認識論, 高橋 (岩波, S .23) pp.58 , 59 49)乙の磐卿gB; ぬ ”解“鰯, deひ効か粥e可 α”〆 雄姿メ タ a o.Jespersen, (George A.1954) ,pp ,413‐416 i 50) The CaPacity for Language ACqui ion t B s f β”g.(op.cit . 。 日. Lenneberg ) PP . rあB S乱 o . ,589 , 590. 51)(上, 下) 山田訳 (岩波, S 1) .4 52) 現代論理学入門 (op i t 5 )p .c . ,2 f c 7~69 . ゴンドラートフ, 音と記号, 島原訳 (丸善, S .42)pp .6 53) Currentl i s sues t )p .(op ,c ‐ ,61 54) Cの7吻加ぽ霧 洗γ郷 加“. P, Pos ta l(B1nomi on ngt .1967) p ,72 55) NBW D存ぜc Z勿欄,(op i t 1 1 6 ) p ,c . ,. 56) 言語, 論理, 計算機, 坂本 (op i t )pp 73 . ,c .172 ,1 5 7) 現代における哲学と論理, 沢田編 (岩波, S 2 .40)pp .139 , 14 58) 弁証法とはどういうものか, 松村 (岩波, S 6)p 1 .2 ,2 59) 哲学研究案内, 沢田他 (有斐閣, S 9)p 3 .3 .2 60) 生物と情報, N, H. K, 情報科学講座 (N.H.K 出版局 S 4 . , . 3)p .170. 61) Cの鮎煽す i “瑠ぢ Sか粥鷲多難 (op t )p ,c 。 .3 62) Uni l ingu l ver s and Psycho i sa i st c s i t . C. E. OSgood )p . ひ欄の ,oず 上伽g,(op ,c , .322 iver 63) Language Un l l sa s and Anthropo i ogy t )p ,(op ,c . .290 64) The Prob l i l em of Un ver sa sin Language t i t . C. F. Hocket )p . び煽り .of 上α”g.(op ,c . .3.

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