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古代地名伝説の国語学的考察 : その文体論的観点から

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Academic year: 2021

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(1)Title. 古代地名伝説の国語学的考察 : その文体論的観点から. Author(s). 阿部, 源蔵. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 17(1): 23-37. Issue Date. 1966-06. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3909. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 北海道教育大学紀要 (第一部A). 第 17 巻 第 1 号. 昭和41年6月. 古代地名伝説の国語学的考察 - その文体論的観点から - 阿. 部. 源. 蔵. 北海道教育大学釧路分校国語国文学第二研究室. i GenzO ARF t caI Names ons of Geographi 】: on the Anci ent Tradi ・. この小論は, 北海道教育大学 (当時学芸大学) 語学女学会紀要第4号に一部分すでに掲載されたものであ るが, 紙幅の都合などもあって意を尽さぬくまぐまが多かったので, ここに新たな資料を加えて楠訂するも のであることを諒とされたい,. 次. 目. 1 序にかえて--エチャポソトサ . 2 竹取物語の地名伝説と7つのオ チ 3 ‘国引き’の物語の結び ハニオカ・ハジカ 4 地名伝説. 1. と竹取物語のオチ 5 地名伝説‘イモヅル式’について 6 同 上 その2 7 道行き--古代版の成立 8 結 び 備考・注. 序 に か え て -- エ チ ャ ポ ン トサ ゲタ. 幼少 の こ ろ, 寝 物 語 に 聞 い た ム カ シの 結 び は, き ま っ て エ チ ャ ポ ソ トサ ゲ タ と いう, 呪 文 ま が. いのきまり文句であった, これは, 全国的には無数に行なわれた結 びコ トバの1つで, その昔 ‘市 は ポ ン と 栄 え た” と いう コ ト バ の な れ の 果 て で ある こ と を 知 た の は ‘ っ , ずっと後のこと であ ドを 打 ) っ た1 , 従 っ て, そ の こ ろ は こ の コ ト バ の 意 味 な ど知 る は ず も無 く, サ ス ケ ・ サ ス ケ と ア. ちな がら聞くムカシが, 中途でと切れでもすると, どうしたどうした, 上げたか下げたか, など と催促したりもした, 下げたと言えばそれで打ち切り, 上げたと言えばなお続けると いうほ どの 気持であった. 市は. が. ェチャ. と な り, .栄 え た. が. サ ゲタ. と な っ て しま っ て は, も う コ ト バ の 元 の 意. 味など辿る由も無い. 子供もおとなも, ただわけ もわからぬままに, このコトバに出会うと, も う 先 は 続 か な い も の, せ が ま な い も のと あ き らめ て 眠 る ほ か は 無 か っ た.. わたく しの郷里 (新潟県中頚城郡) などでは, 今でも, ムカシの終り はやはり例のエチャ ポソ をす え て 結 ぶ の で ある. 型 と いう も の は 恐 ろ し い, 一 旦 で き て しまう と, コ ト バ の 意 味 な ど の有 無 に か か わ らず, さ そり力}何 か のよ う に 食 い 付 い て 離 れ な い. 離 れ な い に は, し か し, そ れ だ け. - 23 -.

(3) . 阿. 部. 源. 蔵. の理由が無ければならない, つまり, それは一種の伝承的 ピリオ ドであったのである, 子供にせ が ま れ て, よ っ ぴ て 語 り 明 か しか ね な いム カ シ を, そ こ で打 ち 切 る の で あ る. き っ ぱ り と 打 ち 切 っ て ア トク サ レを 残 さ な い, そ の た め の い わ ば 呪 文 で あ っ た. そ の 意 味 で は, む しろ コ ト バ 自 身. の意味などもたない方がよ い. ピリ オ ドには, 視覚的効果だけがあって, それ自身固有の意味と いう も の は 無 い は ず で ある. ” “ 古 く は, も ち ろ ん 表 現 のた め の 句 点 と い う も の は 無 か っ た2 ) . そ の代 り 切 字 が あ っ て, 句 ) 点 の役 目 を も 兼 ね て い た こ と は 周 知 の 通 り で ある3 . つ ま り, 切 字 は, 一 面 コ ト バ と し て 文 章 の. 構成に参与すると共に, 他面その形態的特徴を以 って, 文章の終結も しくは中断の目印と して機 能 した の で ある.. しか る に, そ の 後 次 第 に 句 点 が 広 く用 い られ る よ う に な っ た の は, や は り 1 人. 2役 の切字では ぐわいが悪 い. まぎれること無く文章 の終結を示すためには, コ トバと して の意 味を捨てて, その視覚的効果だけを残す 必要が あった. これが プロパーと しての句点 の要求され た ゆ え ん で ある.. 文章が耳からのみ入 った伝承 (口頭伝承の意. 以下同様) の世界にも, やはり ピリオ ド (も し くむ工切字) は 必 要 で あ っ た. 上 述 の エ チ ャ ポ ソ も, 実 は そ の 伝 承 的 ピ リ オ ドの 1 つ で あ っ た, そ れ は, しか し, いっ ・ ど のよ う に して 成 立 した か は 必 ず しも 明 らか で は な い, た だ, 今 日 のよ う. な近代経済の発達する以前, 恐らく, 物々交換の場で客を待 つ間のつれづ れに, 或いは, 客を寄 せるため の手だてと して語られたでもあろう, --”市は栄えた” の文句 がそれを暗示 して いる. ただ し, これももう1つ古 い姿-- “いち ご栄えた (一期は満々と栄えたの意)” の改訂版 であっ ) たことを思うと4 , その起源と成立の事情とは, さらに古く, 複雑なものであったことだけはた しか で ある.. し か も, そ の ”い ち ご 云 々” も ま た, 伝 承 的 ピ リ オ ドの初 版 で あ っ た と は 保 しが た. い, と も した らそ の 2 転 ・ 3 転 した 姿 で あ っ た か も 知 れ な い の であ る,. 2 竹取物語の地名伝説と7つの オチ 竹取物語の大尾は, こういう叙述で結ばれている. ①. たてまつ ふ し. くつかひ〉 たま. っぽぐ. く ちよくし 〉. かの奉る不死の祭に, 叉, 壷 具して, 御使に賜はす. 勅使には, つきのいはさかと いふ人 め いたゞき するか みね をし を召 して, 駿河の図にあなる山の項にもてつくべきよ し仰(せ)給(ふ) . 嶺にてす べきやう数 ふみ. ふし. ・ぽ. も. おほ. へさせ給(ふ) . 御女, 不死の梨(の)壷 な らべて′ , 火をつけて燃やすべきよ し仰せ給(ふ) , のぽ. く. そ のよ しう け た ま は り て, つ は も の ども あ ま た 具 して て 山 へ 登 り け る よ り な ん, そ の 山 をふ じ けぷ. のぽ. い. つた. の山とは名 づけ > る. その煙いまだ雲のなかへたち上る とぞ言ひ 博へたろ, (日本古典文学大 上るとぞ言ひ 系 9 66~G7ペ). 問題は下線の部分. 便宜上, 大系本の頭注を借用すると-- ”士 (つ わも の) を た く さ ん つ れ て 登 っ た か ら, 土 に 富 む, す な わ ち 富 士 の 山 と 名 づ け た” と いう の で ある(同上 67ペ) , これは流布. 本系の本文 であるが, 古本系統ではここが -→ “そのふ しのくすりをやきてけるより のちは, か の山 を は ふ し の 山 と は な つ け ふる”. つ まり, か の 山 の 名 は, カ グヤ 姫 の残 して 行 っ た 不 死 の薬 を 焼 い た か らの名 だ, と いう こ と に な る, こ の, 山 の名 の 由 来 に 対 す る 両 様 の解 釈 に つ い て は, 本. 文批判も しくは国語意識の観点から, 種々論議が あるはずであるが, ここでは, ただその共通点 --両系統ともにフジ の由来を説く地名伝説の形で大尾を結んでいる, と いう点に注目して話を 進めたい, - 24 -.

(4) . 古代地名伝説の国語学的考察 山の名の由来を説くということは, この物語の主題と直接にはかかわりが無い, 単なるツケタ リ に 過 ぎな い の で あ る, そ の ツ ケ タ リ が, 何 と み ごと な 落 ち 付 き を, こ の 物 語 の大 尾 に 与 え て い. ることであろう, この落 ち付きのヒミッは何か, それは, くだんの地名伝説がこの物語の主題と 直接にはかかわり が無い, 大筋とはむ しろ無関係であるという点に, 実はそのヒミッ があるよう ‘語る” のである 主と して情に訴える部分である 山の名の由来 に思われる. つまり, 物語は ‘ , . ” “ は 説く のである, も っぱら知に働きかける部分である, 物語の本文とは, 叙述の性格がちが う. 本 文 に 対 して, 異 質 な ク サ ビ を 打 ち 込 む と い う 意 味 で, こ れ は ま さ に エ チ ャ ポ ソ で あ っ た, た だ し, エ チ ャ ポ ソ は, コ ト バ と して の 固 有 の意 味 を す でに 失 っ て い る のに, 地 名 伝 説 は ま だ. 十分これを保存しているという意味で, それは, む しろ伝承的切字に比せられるべきであるかも 知れない, 竹取物語の大尾の地名伝説を, 叙述を収束する一種のオチであるとすれば, この物語には, な お ほ か に, 同 じよ う な オ チ が 5 カ 所 に 用 い ら れ て い る,. すなわち, この物語の構造は, 概略次の3つの部分から成る, 第1部 カグヤ姫の出現と, その成長とを語る発端の部分. 第2部. 5人の貴公子 (石 づくりの皇子・く らもちの皇子・あべの右大臣・大伴の大納言・い. そのかみの中納言) の求婚の失敗を語る, 5つの挿話か ら成る部分, 第3部 帝王の求婚から, 姫の昇天を経て大尾に至る部分, この第3部の終りが, 富士の地名伝説で結を れ て い る こ と は 上 述 の通 り で ある が, 第 2 部 の 5 つ の挿話にも, 大尾同様その1つ1つにオチが付いている. たとえば, 第1話の終りは--天竺に あるという仏の石鉢を所望された石 づくりの皇子は, 大和のさる古寺からこっそり取っ て来たの を, くだんの石鉢と称して届ける, そして, あっさり見破られて赤恥をかくが, ままよもう一押 しと, 1首の歌を詠み添えて, 皇子はおくめんも無く姫に言い寄る, ②. くすて〉. しら山にあへば光もうするかとはちを捨てもたのまる よ. い. くかへ〉. み. かな き、. い. と詠みて入れたり. か ぐや姫, 返 しもせずなりぬ, 耳にも間入(れ)ざりければ, 言ひか づ い おも す かへ ‘ まち す い らひ て 師 りぬ, か の 鉢 を 捨 て 叉言ひけるよりぞ, 面なき事をば, はぢを捨つとは言ひげ 5ペ) る, (同上 3 こ れ が 第 1話 の結 び で ある が, こ のよ う な オ チ は, ま た, シ ャ レ・ 地 口 ・ 秀 句 な どと も 呼 ば れ て 一 般 に, 聞 き てに 笑 い を 強 い る た め の 口 調 技 術 の 1 つ と さ れ て い る こ と は 知 られ て い る 通 り で あ らくちやく. る が, しか し, また オ チ と い う コ ト バ が 示 して い る よ うに, そ れ は, 物 語 の 落 着 を 示 す 目 印 で も. あった, 同 じような話が幾つも続く場合, しぜん話と話とのケジメ がぼける, ケジメの無い話 を のべつ幕な しに続けたのではマ が持たない, そこで1段落つく ごとに, そこにクサ ビを打ち込ん で前後のケジメ を付けるのである, 一一 “かの鉢を捨て}云々” の1句が, 大尾の地名伝説同様 い か に み ごと な ケ ジ メ を, 石 鉢 の 挿 話 に 対 して 付 け て い る こ と か. こ の よ う な オ チ は, 第 2 話 以 、 下 の終 り ご と に も 付 い て い る の で あ る.. ただ, 大尾のそれに無くてこれに有るものはほろ苦い笑いである, くだんの物語を聞き進んで この種のオチに出会う ごとに, 聞きての緊張が快く解きほ ぐされ, また新たな期待を以って物語 - 25 -.

(5) . 阿. 部. 源. 蔵. ) の展開にそなえるのである, これが, この種のオチのもつ伝謡的効果であった5 , だから, 文章 が口から耳へとのみ流れていた時代には, この種のオチは必然の要求 でもあった. ただ し, さか の ぼ る に 従 っ て 笑 い の 要 素 は 次 第 に 少 なく, 叉, 時’代 が 下 る に つ れ て, さ ま ざ ま な オ チ の 種 類 を. 分化させなが らも, しだいに笑いを盛りあげて行く姿は, この種のオチのもつ文体史的意味に於 ) い て, と も か く も 注 目 に 値 す る で あ ろ う6 ,. 竹取物語は, さきに触れたように, 第2部の5つの挿話の終りごとにオチを付けて締め括りつ つ, 第3部の終りに至 って, 富士の地名伝説 (これも一種のオチである) を以って大尾を結んで ) いる, こ れ は 一 種 独 特 の 文 体 で あ っ て, 前 後 に そ の 例 を 見 な い も の と さ れ て い る? , し か しな が おや. ‘竹1収’ は古くか ら物語の祖と言われてはいるものの それは文字の上だけの話であ て ら, ‘ っ , , 文献の日の目を見ずに, 口か ら耳へと消えて行った物語は, なお少なからずあったはずである. されば, 一見特 異に見える右の文体も, 実は, この物語の作者の創案に成るものでは無くて, や はり伝承 の世界における, 長い伝統をふまえてのそれであった, と見る べきであろう. この物語に は, 以上6つのオチの外に, なお2つのオチがある, 1つは この物語の発端--つ まり, 姫のオイタチの物語が終 って, 貴子求婚の物語 (第2部) に入 ってす ぐのところ, ここは 少 し大目に見れば, 発端の物語を少 し引き延を して, こ こ で 締 め 括ろ う と した も の と 見 て, 見 ら れなくもない. もちろん成功 したものとは言えないけれども, 他の1つは求婚第5話--これは, いそのかみの中納言の話で, 姫の要求する ”燕のもたろ子 安の貝を1駁’ ろうと しての失敗談であるが, その話の中ほ どをや 過ぎたところに, おぼ. こし. うご. こやすかひ. にぎ. ‘物は すこ し鷺ゆれども 腰なん動かれぬ されど子安員をふと握りもたれば うれ …… ‘ , , . くなり〉 しそく くかい) か舷 おぼ こ (み)ぐし しく 鷺 ゆ る 也, ま づ 紙 燭 さ して 来. こ の 貝, 顔 見 ん“ と御髪もたげて御手をひろげ給へるに くそ にぎ つばくらめ 燕のまりおける(ふる)糞を握 り給へるなりけり. それを見たまひて “あなかひなのわざや”. ③. おも. と の給(ひ)け る よ り ぞ, 恩 ふ に た が ふ 事 を ば. 2ぺ) と は 云 ひ け る. (同上 5. かひなし. 力 ひ も. ‘員にもあらずと見給ひけるに……” と続けるあたり なかなか達者なセリフ回 と言 って, 更に ‘ , し で, 老 巧 と い う 外 は 無 い が, こ こ は しか し, ひ と つ 物 語 の 途 中 で あ っ て 見 れる , どう しても叙 述 を 締 め 括る た め の も の と は 言 い が た い. も っ ぱ ら笑 い を 強 い る だ け の も の に な り下 が っ た も の と して, 後 世 の 駄 ジ ャ レ・ 地 口 の た ぐい の 価 (よ う) を 為 す も のと 見 る べ き で あろ う. と に か く こ の 物 語 に は, さ ま ざ ま な オ チ が, さ ま ざ まな 形 で 雑 居 して い な が ら, そ れ な りに,. 全体と してほぼ統一した文体的特徴を形成 していることは興味深い, 3 ‘国引き’ の物語の結び. 多くの古伝承中, 最も豊かに古色を留めているものの1つは, 国引きの神話で通 っている, 出 おう 雲国風土記 (意宇郡) の冒頭に伝えるそれである. おう. なづ. ゆゑ. やっかみづおみつののみこと. の. やくもた. 意宇と続くる所以は, 図引きましし八束水臣津野命, 詔りたまひ しく “八雲立つ出雲の国 かれ さ の わかくに はつくにち は, 狭布の稚圃なるかも. 初園小さく作らせり, 故, 作り縫はな” と詔りたまひて…… (日. ④. 9~10 1ぺ) 本古典女学犬系2 9 と い う プ ロ ロ ー グに 続 い て. - 26 -.

(6) . 古代地名伝説の国語学的考察 たくふすま し ら ぎ. みさき. あまり. あまり “梼袋 志羅紀の三埼を 〕 国の鹸ありやと見れば 園の鹸あり ” と詔りたまひて をとめ @ 〔 , , , , 童女 の むなすぎ わ おふを つ ほふ わ みつみ つな か しも 胸鎖取らして, 大魚のきだ衝き別けて, は たすすき穂振り別けて, 三身の綱うち柱けて, 霜 つづら. かば ふね ,. くにこくにこ. きぬ. こづ. をりたえ. 黒葛くるやくるやに, 河船のもそろもそるに, 図楽々々と引き来縫へる園は, <去豆の折絶 みさき か かた やほ にきづき かし いは み さかひ より, 八穂爾支豆支の御埼なり. 此くて堅め立て し加志は, 石見の図と出雲の園との堺 なる きひめ. これ. また. も. つな. その. なかばま これ. また. 名 は佐比富山, 是なり, 亦, 持ち引ける綱は, 薗の長嶺, 是なり. 亦, >……(同上 1 0 1ぺ) 以 下, ミ コ トの コ ト バ と 伝 承 者 の コ ト バ と を 巧 み に 織 り まぜ つ つ, な お 3 回, 下 線 の 部 分 の コ ト バ が 繰 り返 さ れる. そ して, そ の つ ど繰 り返 し の コ ト バ の 初 め (〔 〕) と 終 り ( く. 新たな叙述を付け加えて行くのである. 2回目. きたど. さき. ぎたど. めなみ. たく. ‘コヒ門 の 佐 伎 の 国 を〕 〔. かし. かた. さだ. これ. また. < 多 久 の 折 絶よ り, 狭 田 の 国, 是 な り. 亦,> ) たしみ (. 北門の農波の国を〕 こし みさき つつ “高志の都都の三埼を〕 4回目 〔 3回目. をりたえ. > ) とに. ははき. をりたえ. くらみ. これ. また. <字波の折絶より闇見の国, 是なり. 亦,> み1 ま きぎ も つな よ み しま <三穂の埼なり, 持ち引ける綱は, 夜見の= 鳴. ひのかみだけ これ. なり, 堅め立て し加志は, 伯蓄の国なる火神岳, 是なり.> そ して, 最後に次の地名伝説がつづいて, この壮大な神話がと じめ られる, を. の. おう. も. り みつゑつ の ⑥ ”今は, 図は引き誌へつ” と詔りたまひて, 意宇の融に御杖衝き立てて, ”お ゑ” と 詔 り た かれ お う. まひ き. 故, 意 宇 と い ふ. 謂はゆる意宇の杜は, 郡家 の東北の選 田の中にある塾 是なり 囲み八 , , , ひと しげ 歩ばかり, 其の上にーもとの茂れるあり。 (同上 10 3ぺ). あし. おそ らく, これは最も古い伝承形態の1つを伝 えたものであろうか, 十分にチョウタクの加えら れた同一の詞章が何回となく 繰り返される. そ して, そのつど, すでに触れたよ うに, その前後 に新たなコ トバ を付け加えつつ叙述を進めて行く. 思うに, これは記憶力の負担を極度に節約 し つつ, しかも, 必要な事がらを的確に伝えるための文体--古代人の創造 した伝承的英知の結晶 の1つであったと思われる, この事は, 祝詞 (延喜式) ・宣命 (続紀) や記紀の然るべき箇所々 ) 々にも断片的なが ら見ることが出来る8 , だ が しか し, こ の 調 子 で 延 々 と 続 け ら れた の で は 困 る, い っ 果 つ べ しと も メ ドが つ か な い 上 に. このままでは, 例えば, 竹の節と節との間を切り取ったようなもので, 伝承そのものも坐りの悪 い こ と お び た だ しい, ど う して も, こ こ で 叙 述 を締 め 括 る た め の ク サ ビが 1 つ ほ し い. そ れ が 上. 引⑥の地名伝説である, つまり, あの1句 は ”竹耳r の場合同様, 叙述の終結を示す口調上の ピ リオ ド (切字) であった, それには, 国土造成という, 神話の主題とは 異質な要素一一意宇 の地 名の由来を説き添えることが, 最も救果的 であったのである, なぜなら, それによ って叙述の終 結を示すと共に, 他面, それによ って, 国引きの神のミコ トの偉業を長くこの地につなぎ留めて 他郷への漂移から護ることが出来るからである. この意味では, 地名伝説は 物語とその土地とを ) つ な ぐカ ス ガイ でも あ っ た9 ,. ちなみに, 播磨国風土記 (宍禾郡) にも 意宇の場合と酷似 した結びの片鱗が伝えられている. ⑦. いわ. むら. おわ. むら. くにつく. を. 伊和の村--中略--叉, 於和の村といふ, 大7 1戯 画作り誌へ まして以後, のりたまひ し おわ あ み き まも ” 於和. 我が美岐に等らむ (等二於我美岐- 筆者注)” とのりたまひき. (同上 3 く, 2 5ペ). ここでは, 和六の詔命 (の1項) に応 じて, 地名の由来を説く に必要な最少限に, 叙述が切 り詰 - 27 -.

(7) . 阿. 部. 源. 蔵. ( ) の中の5文字の訓方にも め られているので, 国造りの物語は全く省略されており, かつ, , かなり疑いが ある, にもかかわらず, 結びの1語だけは, 明、らかにオワと読み取れて, く しくも 意宇のそれ (オヱ) と一致 しているのである, 思うに, 文中 ”国作り詰へ まして後” という簡約 された表現の背後に, か っては意宇の国引きを思わせるような物語 が伏在していた. しかも, こ のような物語は, 古代人に通有な信仰的基盤から生まれたものであるか ら, 所を異に して幾らで も語 られていたであろう, 風土記に散見する “国生みま しし・国堅めましし・国造り しし・国引 き ま し し… …“ と い うよ う な, こ の 種 の 神 々 に 対 す る た た え コ トバ の 存 在 が, こ の こ と を証 して. 余りある, 従 ってそれらの物語の終りも叉, ほぼ同 じようなコ トバ で締め括られ ていた, つまり この種の一連の物語には, すでに叙述を収束するための一定の型 (文体) が成立 していたものと 思われる. それが, オヱでありオワであっ た, そ して, 同時にそれは, 物語をそこに定着させる た め の カ ス ガイ で も あ っ た の で あ る.. この観点か らは, ⑧の自注も見のがすわけには行かない, というのは, それは, 意宇の地名伝 説の信悪性に ダメ を押すかのよ うに, ゆかりの記念物をつき付け ている, も っとも, これは自注 であるから, 風土記の本文とは伝承 の次元を異にすることは云うまでも無い. おそらくこれは, 神話そのものか らは遥かに遅れて発生したも のを, 同記編サンの際, 編者の計 らいによって加注 されたものと思われる, 従っ て⑥の場合のように, 本来, 神話の叙述より1号下の活字で語られ るはずであっ たのに, 伝承久しきに及んでは, 次第にそのヶ ジメ を失 って, 神話と (従っ て地名 群に くそ o ) 伝説とも) 同号の活字で語られるよ うになるl . 後述, ◎ハニオカ の結びの形 ぐ其の聖と尿と “竹耳r の 大 尾 の 地 名伝 説 は … …” 以 下) は, こ の よ うに して 成 立 した も の と 思 わ れ る し, 叉, に 続 く “そ の 煙 い ま だ 雲 の な か へ 云 々” の 1 句 も, や は り, こ の よ う な 底 流 を 想 定 して 眺 め て み. ること が必要 であろう, 4 地名伝説-ハニオカ・ハジカと竹取物語のオチ ) 古伝承の叙述を収束するのに, 好んで地名 が利用されたのは, もちろん, 地名がそれに最もぷ さわしいからに外ならない, 地名と, そこに住む人と, 神の物語と, この3者を最短距離におい て結合 している地名伝説 が, 神と共に, 伝承と共に生きようとする者に対して, 大きな安らぎを 与えないはずは無いから. ただ し, 古伝承の叙述を収束 するものは地名だけでは ない, 歌謡があ こ の問題 に 触 れな 1) ) 1 り1 , コ トワ ザ が あ る 2, こ の 小 論 の 趣 旨 を 徹 底 さ せ る た め に は, 是 非 と も,. ければな らないはずであるが, 今は, 2・3の参考文献を指摘するに止めて, 先へ進むことと す 3 ) る1 .. 叙述を収束する場合, 理論的には, 地名なり歌謡なりコ トワザなり が1つあれば足りるはずで あるが, 実際には, 地名と歌謡・地名とコ トワザと が複合 した形で現われる場合があり, もちろ はにおか. ん, 地名が2つ以上複合 して現われる場合も少なくない, その1つ, 播磨国風土記 一一 望岡 (神 前郡) の場合, これは, あの有名なガマソクラベの物語であるが, 小比古尼命は, ハニの荷を 背 負っ て行く方がラクだと言い, 大汝命はクソマラずして行く方 がラクだと言う, と どの詰まり, 大 汝 命 が こ ら え切 れ な く な っ て ク ソ マ リ た まひ き, と い う こ と で, こ の ほ ほ え ま しい 物 語 は 幕 に な る, す な わ ち,. ⑧. しかくる. また. はに. すくなひこねのみこと わら ’ と の り た まひ て 亦 其 の 聖 ……その時, 小比古尼命, 咲ひてのりたまひ しく ”然 苦 し’ , ,. - 28 一.

(8) . 古代地名伝説の国語学的考察 くそま. かれ はにをか なづ. をか なげう. きさ. くそ はじ. あ. を此の岡に郷ち ましき, 故, 聖岡と漉く. 叉, 尿下りたまひ し時, 小竹, 其の尿を弾き上げ な はに くそ う かれ は じ か むら なづ みぞ は て, 衣に行ねき, 故, 波目質の村と総く, 其の聖と尿とは, 石と成りて今に亡せず, (同上 325~327ぺ). これは, 複主人公の物語である. 小比古はガマ ソクラベの勝者と して, 文末収束の栄誉を荷なう のは当然であるが, しかし, 聴衆を してそのオ トガイを解か しめたのは, 実は, 負けた方の大汝 で あ っ た, 語 りて は ソ ウ 明 に も, 敗 者 の 功 績 を た た え る こ と を 忘 れ な か っ た の で あ る. こ れ が,. この物語の, 2つの結 びを有するゆえんであり, それは叉, この物語の構造から来る必然の形で も あ っ た の で ある,. この物語の2人の主人公は, 播磨・出雲は云うに及を ず, 全国に亘 って各地の民衆に絶大な人 4 ) 気 を 博 して い た, 証 拠 は い た る 所 に ある1 . だ か ら, こ の 2 人 は, こ の よ う な ほ ほ え ま しい 話 題. を方々にまき散らしなが ら, いわば, 古代版ヤ ジキ ダ道中を, ずいぶん続けさせ られたにちがい な い. も う 1 つ の例 - -. ⑨. いよ. ふどき ,. { の こぼり お様なむらのみこと み. い. く. は. すくなひここなのみこと い. 伊談の園の風土記に日はく, 湯の郡. 大穴特命, 見て悔い恥ぢて, 宿奈靴古那命を活かさ ) ひた あむ したび も わた : すくなひ な′ みこと ゆ おもほ お i まきた はやみ まく欲 して, 大分の速見の湯を, 下樋より持ち度り来て, 宿奈靴古奈命を潰し浴 ししかば, な めこと. しまし ほど いきかへ. ましまし. い. の. ふ. たけ. おだひ が ’ と日りたまひて 臨み健 磨 が間に活起りまして, 居然しく詠して, “員題, 糠ねっるかも’ , ゆ たふと くす かみよ すべ ゆ なか , うへ あとどころ びましし跡薦, 今も湯の中の石の上にあり, 凡て, 湯の貴く奇 しきことは, 岬世の時のみに やまひ. し. ひとびと やまひ い. み. たも くすり. な. 4・ は あらず, 今の世に疹病に染める葛生, 病を除やし, 身を存つ要薬と鴬せり. (釈日本紀1 万葉集註釈3所引--同上 493ペ). ここでは, 温泉の功徳のPRに重点が置かれたために, 肝心な物語の主要部が逸せ られている, しかし, 下線の部分に注意すれば, この物語もどうやらこの神々のガマソクラベ?の物語であっ たらしい, そして, この時には大汝 (大穴特) のバカ力が効を奏して, とうとう小比古 (宿奈靴 古) を仮死状態に まで追い込んで しまったらしい, ところが, 結局最後に “悔い恥 ぢ” させられ た の は, こ の場 合 も, や は り 大 男 の 神 の方 で あ っ た の は 面 白 い.. 忘却の袋に収められた無数の物語の中か ら, たまたま落ちこぼれて, その1つは, 上記の2つ あしかた の地名につなぎ留め られ, 他の1つは, 湯の中の石の足型につなぎ留められて, 幸運にも消え残 っ た も ので あろ う.. されば, 昔語られたであろうこの神々の物語を, かりに幾つか拾い集めて, 旅を行く英雄の物 語と してスジ を通したらどうなるだろう, その1コマ1コマを締め括る地名伝説, たとえば波目 賀 の それ の ご と きは, 竹 取 物 語 の あ の 5 つ の オ チ と そ っ く り の も のと な る で あろ う. 試 み に, こ. の物語と竹取物語との間に, たとえば日本武尊・神武天皇の東征物語(記紀) , 景行天皇の征西物 語(紀)のような, 1連の連鎖式地名伝説群を飛石と して, ワタリを付けて見ると, 一層このこと が は っ きり す る で あ ろ う ( 31・32ペ参照) .. つ ま り, ガ マ ソ ク ラ ベ の 物 語 を 包む 素 朴 で 健 康 な 笑 い. が, 右の連鎖 式の鋳型をくぐって, 平安初中期に露頭すると したら, さきに触れたように, ”竹. 1駁’ の, あ の段 落 ごと の オ チ と そ っ く り の姿 を 呈 す る に ち が い な い. “笑 い” そ の も のに つ い て “竹 取” の 段 落 ごと の オ チ が は こ こ で は 触 れ ま い. こ こ で は た だ, ほ ろ 苦 い 笑 い を か も す , 実. は, 遠く古代の伝承の型 (文体) に水脈を引くものであり, しかも, 古伝承における 地名伝説の - 29 -.

(9) . 阿. 蔵. 源. 部. 5 地名伝説 ‘イモヅル式’ について 5 ) 機能の何ほ どかは, なお忘れられずに保存されていたであろうことを指摘するに止めたい1 . 地名伝説の中には, しか し, 必ず しも叙述を締め括るために用いられたとは考えられないもの も た く さ ん ある, こ こ に, か り に イ モ ヅ ル 式 と 呼 ぶ の が そ の 1 つ で あ る. しき. ふるおきな. みづ き. あづま さかひ あら. すめらみこと. みや おほやしまし る. = こしもの. 古老のいへ らく, 斯貴の瑞垣の宮に大八洲所駁しめ しし天皇のみ世, 東の壕の荒ぶる賊を いくさびと ひきゐ ゆくゆ にし たけかしまのみことつかは ことむ 平けむとして, 建借間命を遣 しき. 節も, 此は那賀の 国 造 が 初祖なり ,軍士を引率て行く凶 をぎ と しリヘ おそ う ことごと やか ら たけかしまのみこと うまいくさ もの ことむ 猪を略け……中略…… 建借間命, 騎士を して量を網ぢ しめ, 後よ り襲ひ撃ちて, 蓋に種屡. ⑩. とら. もろとも. ところ. いた ころ. や ほるぽ. いたく. さと. い. ふっにき. を囚へ, 一時に焚き滅しき, 此の時, 痛く殺すと言ひし所は, 今, 伊多久の郷と謂ひ, 臨斬 ところ やす ぎ ふ な むら い やすぎり さと い よ ところ ると言ひ し所は, 今, 布都奈の村と謂ひ, 安く殺ると言ひ し所は, 今, 安伐の里と謂ひ吉く えさぎ むら. ところ. さ. い. 殺 く と 言 ひ し所 は, 今, 吉 前 の 邑 と 謂 ふ. (同上 59~61ぺ). これは, ‘中刊嘗 の部分に, こ の伝承の主題として, 建借間命が賊を討つに用 いた謀略の次第を詳 述 した, その終末の部分である, ご覧の通り, 地名が4つ, イ モ ヅル式に相次いで現われるが, もしかりに地名伝説が叙述を締め括るだけのものと した ら, 1つあれば事足 りるはずである. こ こ は, どう して も 例 の 4 つ の地 名 を 物 語 そ の も の に 結 合 す る と こ ろ に, ネ ライ が あ っ た も の と し. なくてはなるまい, なぜか, いうまでもなく, これは, 是非とも語り伝えなければな らない, 記 念す べき地名だ ったか らである. 大場磐雄博士の考証によれば, この物語は, かなり史実に近い ) 6 実在性の強いものであった らしい1 , どうやら, これは那賀国造家 (多氏) の一族が先祖の功 績 を長く後世 に伝えるために, とくに記念すべき4 つの地名を選んでこれに結び付け, 長くこの物 語をこの地につなぎ留めようと したものと見て大過ないもののようである. そこで物語から地名 ふつに き よ さ へ のワタリとして設け られたの が, “痛く殺す・臨斬る・安く殺る, 吉く殺く” という4つの語 句である. おそらく, これは同氏隷属の語部の伝承的技巧から出たものと思われるが, それにし ては, 表現が簡に過ぎて, 地名伝説の点出 が いかにも唐突の感をまぬかれない. このままの形で は, 聞く者を十分納得させることはむずかしいが, それ以上に, 納 得しがたい形で, 物語が長い 0>と酷似した形 間の伝承的風個的風化に堪えるということは更にむずかしい. (この場合<例1 ’ ‘ ‘ 以下5つの地名伝説群<筋磨郡>同 じく 萩原の里’ 以下7 のものに, 播磨国風土記 英馬野 つの地名伝説群<揖保郡>などがある. ただし, こち らは 物語の主要部がほとんど省略されてい る) こ れ は, ど う 考 え る べ き こ と な の で あ ろ う か.. たとえば, 比治の処女の物語 (丹後国風土記逸文) である. これは羽衣伝説の原形の1つと考 えられるもので, 老夫婦に養われる天女の物語であるが--ある日, 比治山の真奈井で水浴びを か. している天女の1人を連れ帰 ってこれを育てた老夫婦が, 天女の醸む酒の功徳によ ってたちまち 分限者となる. やがて夫婦は次第に天女をうとみ, ついにこれを追い出す. 天女は途方にくれ, 1首の歌を残して放浪の旅に出る. そして一一 ⑪. つひ しりぞ ゆ. ・ すなは むらびとた ら. あらしほ むら. おきな おみな こころ. い. わ. ‘老父老婦の意を思へば 我 遂に退き去きて荒鰹の村に至り, 即ち村人等に謂ひげ らく, ‘ , あらし と i ま こ. よ. ち. さと. あらしほ. と. また. ひ たには さ が 心, 荒 圃 に 異 な る こ と な じ’ と いへ り, 侮 り て 比 治 の 里 の 荒 瞳 の 村 と い ふ, 亦, 月?皮の 里 たきぎ. むら. つき. よ. な. かれ なきき. また たかの. こほりふなぎ. さと. の奥木の村に至り, 槻の木に濠りて実きき. 故, 奥木の村といふ, 復, 竹野の郡船木の里の 一 30 -.

(10) . 古代地名伝説の国語学的考察 なぐ. すなは むらぴとたち. むら. い. な. わ こころ. ‘此薦に して 我が心な ぐしく成りぬ 奈具の村に至り, 即ち村人等に謂ひげ らく ‘ , . 古事に平 とど い すなは を こ たかの こほり な ぐ なぐし らげ ’ といひて 乃ち此の村に留まり居りき 斯は謂はゆる竹野 の郡の奈具 善きをば奈具志と云ぷ, , , やしろ いま. とよう か のめのみこと. の 肺 に 坐 す 豊 宇 賀 能 費 命 な り. (古事記裏書・元々集7所引--同上 468ぺ). ⑲の末尾とほ ぼ同形である. ただ, こちらは3つの地名の由来を説いて, 簡略ではあるが聞く者 を十分納得させている, ⑬の場合にも, せめてこの程度の説明があって然るべきであった. また 武埴安彦の乱 (記・紀) の終段の地名伝説群も, 形としては まさにイモヅル式で, ⑱の場合と酷 似した形を取 っているが, やはりこの (比治の処女) 程度の説明はあるのである. これ らによ っ て推せば, ⑩の, 例の4つの地名も, 主人公の英雄の, 次々に転戦して戦果をあげたゆかりの地 名でなければな らない. 従って, かっては, それにふさわしい具体的な説明があったものと思わ れるが, 伝承中, 興味の中心が次第にこの英雄の示した知略の方に傾いたため, 勢いこち らの方 は手うすにな って, ただ, 形式的に地名伝説だけを留める結果となったものと思われる. ともあれ, イモ ヅル式は, ⑱⑪および今後の例の示すように, いずれも旅を行く主人公 (征旅 もまた1種の旅である) の足跡を留めた記念す べき地名伝説群であり, しかも, それらのものが 相寄 って, 物語の終局に対して特殊な極を添えつつ, 独自の文体を形成 していることは面白い, 6. 上. 同. その2. イモ ヅル式に関連して考察すべきもう1つの資料-- それは, 日本武尊の東征物語の終局に近 みやずひめ. い部分を占める1連のそれである, ミコ トは東征の帰途, 尾張の美夜受比売のもとで暫く滞留す いぶき るが, やがて単身伊服岐山征伐に向かい, かえって, 山神の毒気にあてられて昏迷のうちに山を 下る, 古事記から引用すると, くだ. ⑩. たまくらべ. しみづ. いこ. やや. さ. ……故, 還り下り坐して, 玉倉部の清泉に到りて息ひ坐しし時, 御心稲に塘めましき. 故 しみづ ゐさめ しみづ 其の清泉を続けて, 居宿の清泉と謂ふ, そこ たぎの かけ つね そら 其地より饗た して, 富製野の上に到りましし時, 詔りたまひしく, “吾が心, 恒に虚より潮 おも. えあゆ. ,とのりた , り行かむと念ひつ, 然るに今吾が足得歩まず, 喬轟音曇毒 糟 嘉 醸 さ 歳りぬ, なづ い たぎ いとつか ややすこ まひき, 故, 其地を療けて富勢 と謂ふ. 其地より差少 し幸行でますに, 甚疲れませるに因り つ やや つゑつき を つ きき て, 御杖を衝きて粕に歩みたまひき, 故, 其地を挽けて杖衝坂と謂ふ. 尾津の前の一つ松の. もと. さき. みはかし う. みなし. なほ. 許に到り坐 ししに, 先に御食したまひ し時,其地に忘れた まひし御刀,失せず して猶有りき。 みうたよ. 爾 に 御 歌 日 み した まひ しく, をはり. 尾張に ま しを. た 」だ. をつ. 直に向へ る 尾津の崎なる. きぬき. 衣 著 せ ま しを. 一つ 松. 一つ松 あせを. 一つ松. 人にありせば. た -ち は. 大刀欄け. あせを. . とうたひた まひき. 其地より幸でまして, 三重の村に到りましし時, 亦詔りたまひ しく, み へ まがり いと ”吾が足は三重の勾の如く して甚疲れたり ”とのり給ひき 故 其地を続けて三重と謂ふ , , . , い の腰の しの うた 其れより幸行でまして, 能煩野に到りま しし時, 図を思ひて歌E Iひた まひしく やまと. 倭は. まる ば 園 の ま0. たたなづく. あをかき やまごも. 青垣. 山 隠 れる. 倭し. うる は し. 19~2 21ペ) と うた ひ た ま ひ き, … … (日本古典文学大系1 2. 最初の居膳の清泉の場合は, かなり長い叙述を受けての結びであるから, 一般 の地名伝説に準 じ てこ こ で は タ ナ ア ゲと しよ う. で, さ き に 触 れ た よ うに, こ の 場 合, 歌 謡 を 一 応 地 名 と 等 価 と 見 -3 1-.

(11) . 部. 阿. 源. 蔵. れば, 3つの地名と2つの歌謡とが相連 続して (歌謡の方は……以下になお続く が, これについ ては後述), これもまたイモ ヅル式の典型というにふさわしい, ただ, この場合も叙述は概 して簡 略であるが, 前⑪よりはやや詳しくなっており, しかも, 初めの富費の例の如きは, もう1歩の 差で, 今夕ナア ゲに した居膳のそれに迫ろうと している. かくて, イ モ ヅル式は次第に一般の地 名伝説に近付いて行く, 思うに, これ (イモ ヅル式) も, 元は普通の地名伝説が数箇連続した, いわゆる連鎖式のものと変りが無か ったのであろうが, 伝承中しだいに叙述の整理 が行なわれて 今見るような形にな ったものであろうか. も しそうとした ら, その叙述の整理を促した要因は何 で あ っ た ろ う,. 例⑬の部分は, 日本武尊の東征物語の中にあって, どのような地位を占めているか, この点の 吟 味 が, と も した らイ モ ヅ ル 式 成 立 の 本 質 に 触 れ る こ と に な る か も 知 れ な い. そ こ で ミ コ トの東. 征行は-- a. まず伊勢の国から始まる, 倭比売命に激励されたミコトは, そこでクサナギの剣と火打袋と を受取 って勇躍征途に上 ぼる. b, 次に相模 (書紀では駿河) で土賊の火難に会い, かえって剣と火打石との威力によ って賊を セソ滅する, ここを記紀共に焼津 (記は焼遣) の地名伝説で結んでいる. c. 続 い て, ミ コ トの 一 行 は 走 水 の 海 を 渡 ろ う と して 水 難 に 会 い, 弟 橘 比 売 命 の 入 水 に よ っ て わ. ずかに事無きを得た, 記はここでは, サネサシ……の歌が地名に代位して歌物語の形を取 って い る が, 書 紀 で は, こ こ を も や は り 走 水 の 地 名 伝 説 で 結 ん で い る,. d, ミコ トは, さらに東方の荒ぶる神・人をことむけて引き返 し, 足柄 (書紀は碓氷) の坂に立 って, 入水して果てた姫の上をしのぶ. 記紀共にここを阿豆麻の地名伝説で結ぶ. e. 次 は 甲 斐 の 酒 折 宮 の 段 で, こ こ は 語 の 1段.. 二 ヒハリック ハラス ギテ……の相聞 歌を中心とする歌物. . そこか らさらに信濃の国を経て尾張の国に入り美夜受比売のもとに滞留, ここでも. f. ヒサカ. タ ノ … … で 始 まる 相 聞 歌 を と どめ て い る.. ・は, その足で伊服岐山征伐に向かい, かえって山神の毒気にあて g, 美夜受比売に別れたミコー られて, 昏迷のうちに 山を下る, ここから上引⑬につ づいて居膳の地名伝説となることはすで に 説 い た. ダ リ⑫ を も う 1 度 読 み 返 して い た だ き た い の で あ る が, こ の あ た り まで, 悠 々 た る 足 ど つ づ い て, {. りで進め られて来た東征物語の行文も, ここ (例⑫) に至 って急転 して切迫の極を呈す. それは ミ コ トの 命 運 の 推 移 と 撲 を 一 に し て い る, す な わ ち, b か ら f に 至 る 5つの段落は, それぞれ, ミ コ トの 赫 々 た る 戦 果 の, 悠 々 た る 風 懐 の, テ ンメ ソ た る 愛 情 の 物 語 で あ っ て, ミ コ トの 命 運 は 明 らか に 上 げ 潮 に 乗 っ て い る. そ して, そ れ らの 段 落 の 1 つ 1 つ は, 地 名 と 歌 謡 と に よ っ て 丹 念 に 締 め 括 られ て い て, ミ コ トの 足 跡 の そ こ に 及 ん だ こ と を 確 か め つ つ, 行 文 の テ ン ポ を も そ れに よ っ て示 そ う と し て い る よ う に 見 える, そ の す が た は, 竹 取 物 語 の 例 の 6 つ の オ チ の 示 す も の と. 深く相通 じるものがあるように思われる, と ころ が, 伊 服 岐 山 の 1 段 を 境 に, ミ コ トの 命 運 は 一 転 して 下 り 坂 に 向 か う. 行 文 の テ ン ポ も. 従 って急調である, すなわち, か ってそこに有 ったであろう, 叙述の中か ら, 地名伝説としての 最少限度のものを残 して, あとは一切きり捨てる. 地名が飛石のように露出して, 文勢がとみに 引 き 締 まる. そ の 飛 石 づ た い に, ミ コ トを ひ た す ら死 へ の 道 へ と 駆 り立 て る. そ の 急 調 のメ トp -3 2-.

(12) . 古代地名伝説の国語学的考察 ノ ー ムと して働 い て いる の が, こ の 場 合 の 地 名 で あ り 歌 謡 で ある と 見 た い. こ こ まで 来 る と, 地. 名伝説はもはや, 叙述を締め括るというようなものから1歩進んで, 物語の展開 (内容) と一如 の姿を取るようになる, ミコ トの東征物語が, 初めから記紀の記述に近い形であったとすればもちろんのこと. また, かりに, 地名や歌謡をふまえた箇々の地名伝説と歌物語との集成によ って, その原形が成ったも のと しても, ー旦あの形で語り継がれることにな った以上, あの箇所は, どうしてもああいう緊 迫 した形を取 らざるを得なか ったであろう. 序破急の理論をここにあてはめるのは当を得ないか ) 8 も知れない1 . しかし, 語るものにせよ, 演ずる ものにせよ, 視聴者の存在を前提とするものに は, 常にメリ・ハリが 必要であり, 緩急が無けれを ならない. さきの伊服岐一一居病のくだりは まさ に ミ コ トの東 征 物 語 の, 破 か ら急 へ の 展 開 の ヤ マ 場 に あ た る,. ただし, 地名伝説はこの (文体論的) 意味で, 決 して全能ではない, ミ コ トは, ⑬ の あと, な お続 い て 3つ の 短 い 歌 を 残 して 死 ぬ, ケ ソ ラ ソ た る 英 雄 の 生 涯 は こ こ で 終 り で ある が, そ の 遺 族 た ち は, な お ミ コ ト の 霊 を 追 い求 め つ つ, 4 つ の 短 い 歌 を うた い 続 け ’ の 段 以 来 こ こ まで 歌 の 数 に し る, こ れ は, す でに こ の 物 語 の 余 波 に 属 す 部 分 で ある が, “急′ ,. ‘地名と歌謡とを一応等価” て9つ, 物語の構成と してはいささかく どすぎたようだ. さきに, ‘ と見て進めて来たが, か りにこの場合, 歌の部分を地名伝説に置きかえて見たらどうだろ う, た とえば, 後述⑰のような形となっ て, とても退屈でマがもたないのではなかろうか, 歌なればこ そ, く どいとは思 いなが らも, 聞く気をつなく ことが出来る. ここに地名伝説の限界と, 歌物語 の特殊な力とを見るのである, そして, それと まやがて, その後の歌物語と地名伝説との運命の象 ′ 徴でもあるように思われる. 7 道行き--古代版の成立 ⑪--比治の処女の物語をここでもぅ1度取り上げてみたい, この物語も, 単に詞章だけで伝 承されたものであるか, それとも, その背後に神事劇などを伴なぅものであったか, 今は明らか には しがたいが, 序破急と いえば, これもやはり, 全然無縁ではなさそうである. こ の 物 語 の 構 成 は 3 段 か ら成 る,. 第1段. 老夫婦が1人の天女を得て, 次第に富み栄える由を詳述する, 15行. 各段中最も長い. そしてこの段の終りを次の地名 伝説で結んでいる.. ⑬. ここ. あまっをとめ よ. さけ. か. つく. すなは ひ ち. さと. ひとつきの. よ よろづ やまひい. ひとつき あたひたから. ……裏に, 天女, 善く酒を醸み鴬りき, 一杯 飲めば, 吉く寓の病除ゆ, 其の一杯 の直の財 くるま つ おく いへゆた ひちかた かれ ひちかた さと い こ なか は車に積みて送りき, 時に, 其の家豊かに, 土形富めりき. 故, 土形の里と云ひき, 此を中. つよ. いま. い. 間よ り 今 時 に 至 り て, 便 ち 比 治 の 里 と 云 ふ, (同上 46 7べ). 第2段. その後, 夫婦は天女をしいたげ, ついにこれを追い出す, この段9行, 終りを次の歌で 結び, 歌物語の形を取る. 前段に次いで長い,. ⑭. あまっをとめなみだ. すこ. かど. と. しりぞ. さとびと. い. ひとのよ. しづ. あめ. ‘久 しく人間に沈みて天 ……天女, 涙を流 して, 徴 しく門の外に退き, 郷人に謂ひげらく ‘ かへ え また したしきもの を すべ あれ いか か に還ることを得ず. 復, 親故もなく, 居らむ由を知らず. 吾, 何にせむ, 何にせむ” といひ のご. なげ. あめ あふ. うた. て涙を拭ひて嫌歎き, 天を仰ぎて帯ひ しく あま はら. 天の原. さ. ふり放 け見 れば. かすみた. 霞立ち. いへち. 家 路 ま どひ て. - 33 -. ゆくへ. 68ぺ) 行 方 知 らず も, (同上 467~4.

(13) . 阿. 源. 部. 蔵. 第3段. これは, 前に引いた⑪の部分, 前の段の初めからようやく落ち目になった天女の運命は ここに至 って窮まり, 非運をかこちながら荒塩・奥木の各地を転々の末, 奈具の社に留 まる由 を述 べ る. こ の 段 6 行, 最 も 短 い.. 以上の3段をその まま序破急に割り振ることは, やはり失当のそしりを免れないであろう. 雅楽 や謡曲などとちがって, もともと序破急をメ ドに して作られたものでは無いのだから. それにも かかわ らず, 全文の流れは, 初めゆるやかに, しだいに急に, いよいよ急に流れて治まるす がた は, やはり序破急の精神とまるまる無縁では無さそうである. そして, その行文のテンポを示す も の は, こ の 場 合 も や は り, 4 つ の 地 名 と 1 つ の 歌 謡 と で あ る. 合 せ てこ の 5 つ のも の は, 女 勢. が急を加えるにつれて, つまり, 行文の長さとは 逆に, 次第にその密度を増す, この傾向は, 日 本武尊の東征物語にも, 次の⑯以下の大帯日子命の妻訪い物語 にも, 共に際立った文体的特徴と して 貫 か れ て い る の で あ る, ひれ. イ モ ヅル式の最大のものの1つは, 播磨国風土記の冒頭, 比札墓 (賀古郡) の条下に説くもの で, 上記の通り, 大帯日子命 (景行) の妻訪いの物語である, いなゑ. つまど. ある時, ミコ トは, 印南の別嬢を詠おうとして, き らびやかに装 って, 摂津の国高瀬の波にさ わたりつぐのひ. あしもと. しか か る. 渡 し 守 は, ミ コ トの 足 下 を 見 て しき り に “度 の 賃1 を せ び る, やが みちゆき まけ. ⑮. おとかづら と. な. すなは. うち. ……ここに, 印て道行の儲と鴬 しし弟糧を取らして, 舟の中へ 投げ入れたまへば, 則ち, わたり・ もり つぐのひ え かづら ひかり かがや み すなは わた かね あ ぎ わたり 纏の光明, 柄然きて舟に満ちぬ, 度子, 賃を得て, 乃ち度 しまっりき, 故, 朕君の湾とし ・ ÷ ぺ) 59 み. (同上 2 かしはで. かしはで. こ こ ま で が 第 1段. 9行, つづ いて, 赤石郡断の御井で食事をされたところから, そこを ”廓 の みゐ. つげのおぴと. 御井といふ” という叙述を1つはさんで, 告首, もとの名は須受武良首の命名の由来を説く. す なびつま なわち, ミコートの訪れを聞いたイラッメは, 驚き畏んで南蹴都麻島に逃れ隠れる. 1匹の白犬が イ ラ ッメ を慕 う て, 海 に 向 か っ て 長 く ほ え る,. ⑯. すめらみこと. と. こ. す ずむらのおびと. た. こた. ’ と間は したまふに須受武良首 劉へてまを ……天皇, 間はしたまはく, “是は誰が大ぞ’ , よ こ わきいらづめ か すめらみこと みことのり つ ” “ “ さく, 是は別嬢 が養へる犬なり とまをす, 天皇, 勅 して 好く告げつるかも” とのり かれ つげのおぴと なづ. 1ぺ) た まひ き. 故, 告 首 と 漉 く, (同上 26 こ こ ま でが 第 2 段. 5 行, 以 上 が い わ ば 序 破 の 段. イ ラ ッ メ の 居 所 を つ き と め た ミ コ トの 妻 訪 行 は, こ こ か ら展 開 す る,. ⑩. すなは. すめらみこと. やが わたら. こじま. ……乃ち, 天皇, 此の少嶋に (イラッメの 筆者注) 在ることを知り まして, 印て度らむ おも … ま また え うを みあへ たてまつ かれ あ へ むら なづ やが あ へ つ と欲 したまひき. 即て阿間津に到り, 御食を供進りき, 故, 阿閣の村と続く, 叉, 江の魚を と. みつぎもの. な. かれ. みつき え. なづ. ところ. しもとも. たな. つく. 捕りて, 御杯物と鴬しき. 故, 御杯江と漉く. 叉, 舟に乗 らしし薦に, 棺以ちて樹を作り さかどの ところ かれ たなつ なづ き, 故, 樹津と続く. --中略 (この箇所, 地 名伝説3つ) --この時, 酒殿を造り し虞は. すなは さかや. むら なづ. にへどの. ところ. き. みや うつ. すなは はじ. すなは にへた. むら なづ. むる. ところ. すなはむろつみ. 邑 =ち酒屋の村と続け, 賛殿を造り し薦は, 即ち賛田の村と総け, 室を造り し薦は, 即ち館の なづ むら. みあひ な. 村 と 懐 く. 叉, 城 の 宮 に 遷 り, 例 ち 始 め て昏 を 成 した まひ き. (同上 261ペ) 4- -3.

(14) . 古代地名 . 伝説の国語学的考察 ここ まで第3段, 約1 0行, 地名伝説8を含む. このあと更に 後日談がつづき, 前後14の地名伝説 (内, 1つは人名, さきに あげた告首がそれ) を擁 して, 雄大な地名伝説群を形成 している こ , れに匹敵するものに, 同記伊和の里 (飾磨郡) の条下に説く大汝命父子の物語が あっ て こちら , は1 6の地名伝説を擁する最大のものであるが, これについては別途の考察を要するの で 今は省 , 略に従う. さて, この物語も叙述の進行につれて, 地の文の密度が 次第に希薄になり, 逆に 地名伝説の , 密度が漸増する, とくに第3段に至 っては, 1 0行の叙述を8つの地名伝説で支えており, 1,2行 ごとに1つの割合で, おどろくべ き密度というべきである. た だ, こ の 部 分 は, こ の 物 語 に あ っ て は さ しず め 急 の 段 に 相 当 す る は ず で あ る が こ こ か らは ,. しかし, “急ぞ という切迫した印象を受けないのはなぜだろう, 1つには 前の物語は2つとも , 悲劇的な主人公の物語であったのに, こちらは, 妻訪いという明朗な物語 であるという 内容上 , の違いから来ているが, 叉1つには, ここが急の段としては異常に長いという 形式上の理 由か , ら来ていること も否めない, 思うに, この物語は, 古代の婚姻習俗の1つが 大帯日子命という , 英雄のある日の出来事と して描かれており, それは, その道の学者がしばしば逃 (亡) 婚などと 呼んでいるものの原型に近い?ものであって, 男女相携えての道行きが主な見せ場 である 第1 . ・2段が, いわば序曲であって, この段に至 って初めて具体的な道行きの展開となることは さ , きに述べた通りである. 従 って, 第3段がこの物語の中心となり, 勢い長くなるのは当然である が, それには, もう1つ, 大帯日子命と いう, この主人公の伝承的性格が問題とな る. すなわち この人物は, 日本武尊が東国一円に根強い人気を扶植しているのと対照的 に, 西国 (九州をも含 めて) 一帯に大きな人気を博していた, 記紀・風土記の地名伝説の分 布がこれを示 している1 ) 9 . この大衆的 人気こそ, 艶福なこの英雄の足跡 をして, あのように広く各地に印せ しめる結果とな ったものと思われる, すでに道行が主題である, しかも, この英雄の訪れを心待ちに している人 々 が各地にたくさんあるとす れば, 伝承が次第にその方向に向って, 地名を取り入れつつ伸びて 行くのは自然の姿 であった. これが, あの段をあのようにふくれ上らせた たとい唯一ではない , に して も, 最 大 の理 由 の 1 つ で あ っ た と 思 わ れ る.. 急の段があのようにふくれ上 ってしまっては, もうそこから 圧縮された切迫の調べ を聞くこ , ‘道行き” の調べである 旅を行く主人公 とは出来ない, 代って耳 を打つのは, む しろ悠々たる ‘ . の情懐を, 道々の地 名とない合 せに織りな して行く道行き特有の文体は 実は一 朝に して成 た っ , も の では 無 か っ た, そ の 源 流 は, しば しば 万 葉 集 巻13のい く つ か の 歌 々2 ) さ らに さ か の ぼ っ て 0 , 1 2 ) 記 紀 の 歌 謡 のあ る も の に 求 め よ う と す る 試 み が 為 さ れ て い る が, それ も さ る こ と な が ら こ こ ,. にもっと手近かに, もっと確実に, その源流とするにふさわ しいもののあることを指摘 しておき たい. もっとも, 後代の道行き成立の事情は, それほど単純なものでは無かったであろう, ここ に見るような文字通りの道行きが, (上述の歌々を初めと して) 歌謡のもつ音数律の洗礼を受け て, 次第に成熟 して行くところに, 平家物語に見る, 叉, 太平記以下に見るような さまざまな , 2 ) 道行きの姿と して花開くものと思われる2 , 8 結. び. わたく しはこの小論で, 地名伝説のもつ諸機能のうち, 文体言 論的観点からとく に2つの点に焦 点を しぼって考察しよう とした, その1つは, 古伝承の叙 述を収束するはた らきである. これは たとえば出雲 国風土記の国引 , - 35 -.

(15) . 部. 阿. 源. 蔵. き,播磨国風土記 の聖岡の物語などに端的に現われ ている, 竹取物語の大尾も, た またま富士の 地名伝説で結ばれているが, これは偶然の出来 事ではなくて, 実は, 古くからの伝承の型 (文体) を ふ ま え て の そ れ で あ っ た の で あ る,. 記紀・風土記な どでは, 物語の結びには 好んで地名伝説が用いられた, そ して, それは, ただ 単に叙述を収束するだけ ではなく, 物語をその地に固 定すると共に, 物語に対Lて, おのずから 実在性,信悪性を付与するはたらきもあった, だからこそ, 一層, 収束の効果 が大きかったので あ る.. とにかく, 地名伝説は, 物語の結びと して愛用された, 従って, 比較的短い物語 が幾つか続け て語 られる場合, それは, おのずから段落の目 印の役割をも果たすことになる, 日本武尊の東征 (記紀) ,景行天皇の征西 (紀) 物語など, その例は少くない, 竹取物語の, 例の5つの挿話 の 終り ごとのオチも, 聞く者 の緊張をやわ らげつつ, さ らに新たな展開にそなえさせるという, 段 落 の締 め 括 り と し て は ウ ッ テ ッ ケ の も の で あ り, か つ, 文 体 と して も 注 目 に 値 す る も の で あ る が. これも, 後世の地口やシャ レ, 落語 のオチな どの先鞭と見るよりは, む しろ, 古代の伝承形態の 流れをふまえつつ, 一転 して後世への源頭を開いた ものと見るべきであろう. 他の1つは, かりにイ モ ヅル式と呼ん で来たものの意 義についてである, 記紀・風 土記において, しばしば物語の終局に 近く, ごく短い地 名伝説が数箇相継いで現われ ることがある. その成立の事情 は必ず しも明 らかではないが, 行文に急迫の趣を添えつつ, 叙述 を収束 して行く姿には, 独特の効果があって, のちの序破急の精神に 通ずるものがあるように 思 われる, 日本武尊の東征・比治の処女の放浪の 物語などはその代表的なもので, 叙述の進行と共 に, 地名 (歌謡) 伝説 が次第に密度を加えて, 行文のテンポをこれに よ って示そうとLているよ う に 思 わ れる.. にしもの. この形のやや崩れた ものと しては, 武埴安彦の反乱 (記紀) ・建借間命の賊討伐な どの物語が あり, また, その極度に発達 Lたものとしては, 大帯日子命の妻訪い の物語がある, これは1篇 十数箇の地名伝説を擁する最大のものの1つであるが, しかし, この物語のこの段からは, もは や切迫の調 べを聞くことは出来ない, 地名伝説の過度の集中で間 のびがしまったか らである, こ ” ‘ こ か らは, む しろ 悠 揚 の 趣 を 聞 き 取 る べ き で, の ち の ‘道 行 き と い う 特 異 な 文 体 の 原 型 の 1 つ を, 地名 伝 説 の連 鎖 と い う 姿 で, そ こに は っ き り と か い ま見 る よ う に 思 わ れ る,. これらのイモ ヅル式と, 戦記物・謡曲・浄瑠璃 ・ (紀行文のあるもの) な どにおける, それぞ れの道行きとは, 共に語りの世界の 出来事であり, 共に旅を行く運命を荷なう 主人公の物語であ り, 叉 共に物語の行文に独特のリズムと情趣とを添える特異な文体であるという, これらの諸契 機 に お い て, そ れ と こ れ と は, 平 安 朝 400 年 の 作 物 の 底 を 貫 い て, は る か に, しか しは っ き り と. I 1’ 1 Rの地下水を通わせてい るように思われるの である, 一一後代の道行き成立の事情は, 必ずし も 単純 では な い に して も, 備考. .. 1 引例①-⑰は次の諸書による, 古事記:日本古典文学大系1 (倉野憲司校注 岩波書店刊) 上 ) ! 三 同 上 2 (秋本吉郎核だ 風土記:同 上 ) 上 9 (阪倉篤義校注 同 竹取物語:同 2 原稿は横書のため, 返点が付けにくいので, 古事記・風土記は原 (漢) 文をさけて, 仮名交り女の方を取 る こ と と した,. 3 引用文中, --. ……, < >, 〔 〕 その他の符号は, 筆者の便宜によってこれを施 した, -3 6-.

(16) . 古代地名伝説の国語学的考察 注. ,. 1) 柳田国男:昔話覚書 (昭和18年4月 三省堂) などによる. 2) 漢 (経) 女読解のために用いられた句 (読) 点の歴史は古い. しかし, それは注釈作業の一 環として行な われたもので, ここに云う句点とは性格がちがう. 表現のための句点の実用化の上限は明らかでない. 近 ) などがよく引かれるが, それが現実的な問題となったのは, “国交 松門左衛門の話 (薄田位童の ‘茶話’ ” 句読法 (権田直助・明治2年刊) 前後以降のことと考えられる, 3)“専順法眼 (応永・文明年間の人と考えられる) 之詞秘之事”(国語学大系14) の中に ”発句切字18之事“ の項目があり, その後, テニラハの究究と相伴なって, 次第に学問的な認識が深められて行く. これは主 切字それ自身の機能は, 極めて古くからあったはずであり, その一 として歌学に即してのことであるが≠・ 部は散文の世界でも発揮されていたことは言うまでもない. 8 2ぺ) 4) 柳田国男の上掲書 (定本柳田国男集6 3 4ペ) 5) 柳国国男:昔話と文学 (定本柳田国男集6 17 6) 今昔物語・宇治拾遺物語などの説話文学によくある教訓的なオチから, 狂言・醒醇抄・江戸の笑話系統な ー 土 ! iが, オチを必須の条件として落語 どの滑稽を主とする卑俗なオチに至るまでその種類は極めて多い, 小キ 1種に分 が成立するのは元禄時代頃からのことであるが,“落語の研ヲF (渡辺均) によると, そのオチを1 類 して い る,. 7) 注5参照. 8) 例えば, 古事記上巻の, 天照大神と須佐之男命とのウケヒの段などに見られる. 9) 富士の地名伝説にカスガイと しての意味があったかどうかは, なお問題であるが, 竹取物語の成立に富士 伝説が深く関与しているこ とはすでに指摘されている (柳田国男: 昔話と文学<竹取翁>) . ただし, 地 名伝説としては, 富士のそれのように, 字音をそのまま利用して (富士>つわものに富む・不死>死なぬ 薬を焼いたから……と) 説いているものは, 記紀・風土記の地名伝説には見られない, この意味で, 記紀 ・風土記のそれと, 竹取のそれとの間には, すでに質的な変化が生じている. 10 ) 例えば, 粒丘 (播磨国風土記-揖保郡) ・腹辞沼 (同上-賀毛郡) ・端鹿の里 (同上) ・奪谷 (同上-宍 禾郡) などの, “故, 00と漉く“ の次に続く1句は, もと, オウの段の自注に相当するもので, のち, 漸く本文に繰り込まれて, 現存の形になったものと思われる, 目玉の物語などの終末 1 1) 例えば, 須佐之男命の物語の終末 (須賀の段) , 火遠理命・豊玉毘売婚姻物語, 忍負 (以上古事記); 小日野 (播磨国風土記) ・浦島物語 (丹後国風土記逸女) などの終末など, その例が少 なくない. 12) 物語の終末叉は段落を締め括るコトワザの例:”雑の頓使”(古事記上) ・“地得ぬ玉デビ (同上中) ・“海 ・堅石も酔人を避く” (同上) その他 人なれや己が物から泣く“ (同上) ・ ‘ , 7ペ以下) 13) 三谷栄一: 諺物語と歌物語 (日本古典鑑賞講座5-角川書店刊-29 す ”怖高:古代地名伝説考-国語意識の問題にふれつつ-- (北海道学芸大学紀要 第1部A15の1) 14) 風土記 (逸女を含む) における, この両神の伝説の分布を示すと, (葦原しこを・天の下造らしし大神を ずとして集計した) i 大汝命と同P 伊予 土佐 因幡 伊豆 尾張 出雲 播磨 1例 13例 1例 1例 大 汝 命 1例 23例 ▲1例 1例 1例 小比古尼命 1例 3例 1 5) 注9参照. 2 6-13 0ペ. 1 6) 大場磐雄 …:日本古文化序説 1 17 ) かりに連鎖式 (地名伝説) と呼ぶものの例をあげると, ① 善津・血沼・男水門・宇陀の穿・詞夫羅前・宇陀の血原 (神武紀) 垣田・略石 (景行浄己) ③ 京・碩田・海欄石市・」 ③ 水島・火国・阿蘇・御木国・八女国・浮島 (同上) ④ 御笠・安・松浦・裂田 (神功紀) など, 文楽の輸入と共に極めて古いと思われるが, その日本的成熟は, 室町時イヒを待たな 18 ) 序破急の理念の輸入は昔 ’ ) ければならないようである (野上豊 一郎 ”能’ , ただし, 名称はともあれ, その実質は, 古代の劇や語り 物の中に徐々に芽生えつつあったと考えられる. I E ) ) 日本武尊の地名伝説は, 記紀及び常陸・尾張・陸奥などの各国風土記によって東国一円に, 叉, 大帯日子 命の地名伝説は, 注1 6の⑨③を初め, 播磨・豊後・肥前などの各国風土記によって西国一帯に, それぞれ 広く密に分布していることを知る, 20) 万 葉 集 巻13---3236 , 3242な どの 歌. , 3237 , 3239 , 3240 , 3241. 2 1 ) 例えば, 武烈紀の影媛の歌など, 3ペ. 22 ) 江湖山恒明: 日本文章史 27. - 37 -.

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参照

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