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日本国憲法第26条と教育基本法

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(1)6 5. 日本国憲法第 26条と教育基本法. 織田成和. Art i c l e2 6o ft h eC o n s t i t u t i o no fJapanand. t h eFundamentalLawo fE d u c a t i o n. ShigekazuODA. 本稿の内容概略は以下のとおりである o はじめに 1日本国憲法と現行基本法 2教育の目的・目標. 3法案に見る教育の機会均等 4教育の中立 5教育行政 6非定型教育 7定型教育 8公教育制度における教員. 総括. P r e f a c e 1 .Thec o n s t i t u t i o no fJapanandt h ee x i s t i n gFundamentalLawo f. Education 近畿大学工学部知能機械工学科. Departmento fI n t e l l i g e n tM e c h a n i c a lE n g i n e e r i n g, S c h o o lo fE n g i n e e r i n g,K i n k iU n i v e r s i t y.

(2) 6 6. 織田成和. 2 .Educationalpurposeandaim 3 .E d u c a t i o n a le q u a l i t yi nB i l l 4 .Educationaln e u t r a l i t y 5 .Educationala d m i n i s t r a t i o n 6 .I n f o r m a le d u c a t i o n 7 .Formale d u c a t i o n 8 .T eachersi np u b l i ce d u c a t i o n a lsystems summary はじめに 平成 18年は教育の根本を考え、変革する年になった。戦後 60年余りたち、 教育基本法成立当時と現在の社会環境、教育環境は大きく変わっている。戦後、 昭和 20年代の敗戦と連合軍の占領、貧困の状況から出発して、平成の今日、 以 前 ほ ど で は な い に し て も 世 界 で も 有 数 の 経 済 的 繁 栄 の 状 況 に あ る 60年目 の節目の年に教育基本法の改正問題がにわかに浮上した。このため各政党はも ちろん教育に関心を持っているすべての人に教育の根本方針の策定に熱意を 持たせる事になった。これは制定当時と比べて、教育水準は向上したが、逆に 国民の価値観による相違のため社会が混沌として、道徳的・精神的なものが退 廃してきたからである o 特 に 子 ど も や 保 護 者 の 学 校 及 び 教 育 に 対 す る 意 識 は 大 きく変化している。したがって、教育基本法改正は緊急の課題になっている。 昭和 22年 3月、教育基本法が制定されてから過去 60年 の 聞 に 数 知 れ な い 解説書や研究書が出されてきた。しかし、具体的に各政党から改正案が出たの は最近である。現在、改正案を出しているのは、本小論で紹介する政府与党案、 民 主 党 案 そ れ に 自民党や民主党の超党派の約 5 0 0名の議員で構成する「教育 基本法改正促進委員会」の案がある。本小論では現在の政府与党案を中心に現 行法と比較考察しながら論及していくつもりである。これはすでに教育改革国 民会議や中央教育審議会でも議論されてきたものである o 中央教育審議会は 「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画のあり方について J (平成 15年)を出した。これが政府与党案の直接の原案になっている。この 内容の重要なポイントは、宗教的情操教育と愛国心の問題がある。ほかに義務 教育の項目が現在より、強調され、教員、家庭教育、幼児教育、生涯学習、大 学、私立学校等の項目が特設されている。逆に男女共学が削除されている。今 まで国や行政が直接関わらなかった国民の自発的、私事的なものも含まれてい る。以下、日本国憲法を憲法、現行教育基本法を現行基本法,政府与党による 改正法案を政府案と略す事にする。.

(3) 日本国憲法第 2 6条と教育基本法. 6 7. 1.憲法と現行基本法 憲法と現行基本法はいずれも昭和 21年度に成立した。現行基本法は憲法の. 5ヶ月後であるが、同年度である。当然であるが、この憲法の内容は教育にか なり密接な影響を与えている。間接的規定が大部分であるが、両法には個人の 尊厳と基本的人権が人間の根本的権利として根底におかれている。戦前の大日 本帝国憲法では教育に関する直接的規定は避けられた。教育は国家百年の大計 であるので、変動する政権に左右されてはならないという配慮で、天皇の専権 事項とされ、その具体化したものが、教育勅語であった。教育勅語は、国の教 育の根本方針であり、同時に道徳の教えの規範でもあった。戦後しばらくは現 行基本法の補完・並存的関係が続いた。しかし、現日本の制度では憲法は日本 の最高法規とされ、天皇の地位も f主権の存する日本国民の総意に基づく」こ とになった。その結果、教育勅語は憲法の理念と矛盾するというので、戦後の 帝国議会で失効が決議され(昭和 23年 6月)、それに代わって憲法のいくつ かの条項が教育を直接間接に規定することになった。間接的な条項は思想及び 良心の自由(第 19条)、信教の自由(第 20条)、学問の自由(第 23条)、 児童酷使の禁止(第 27条)等を始めとしてかなりある。しかし直接最も明確 に規定されたものは第 26条である o これには、(子ども及び国民の)教育を 受ける権利、(保護者、地方公共団体、国が子どもに)教育を受けさせる義務、 (国や地方公共団体による)義務教育の無償が規定しである。つまり、第 1項 で国民はすべて「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有 J し、第. 2項で「その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負 j う。その義務教 育は無償で受けることができる。この無償は現在のところ授業料や教科書代が 主たる対象であり、それ以外は一部ではあるが、各自治体が修学旅行等で援助 を行っている。この憲法条項では「すべて国民は、法律の定めるところにより J と規定され、下位の法律が最初から意識されている。つまり、憲法の教育理念 を付託したものが必要になっている。下位の法律には現行基本法や学校教育法 が挙げられる.この両法は同じ日に国会で決議されたものであるが、社会教育 法はやや遅れて決議された。 そのような背景で生まれた現行基本法は、憲法と理念を同じくするために、 教育の憲法に匹敵するもので教育勅語に代わるものであるという説も成り立 つ。現行基本法には罰則規定はないが. 法文的にも、精神的・理念的にも憲法. の教育条項の一部と考えられるので、現行基本法に違反するということは、す なわち憲法に違反するということに他ならない。その別の根拠として前文が挙 この理想の実現は根本にお げられる。前文の一部の「日本国憲法を確定し、 Jr いて教育の力に待つべき J で「日本国憲法の精神に則り、 j この現行基本法を 制定したのである。これがゆえに、現行基本法は準憲法的性格を有し、教育憲.

(4) 6 8. 織田成和. 法とか倫理的意味も持つ教育宣言あるいは教育憲章的性格を有しており、これ を根拠に、種々の教育関係法規が派生することになる。ちなみにこの前文自体 が、大きな意味を持つ。数知れない位ある一般の法律や規則の中で前文がある のはまれである。このことは現行基本法に教育関係の法律の基準を設定すると ともに、教育の理念や道徳性を包含させて日本の教育の根本的なあり方を方向 付けていることになる。あわせて法制定の趣旨が記述されている。 新しい政府案もこの前文を踏襲して次のように述べている。現行基本法では 前文は戦争直後の反省とそれに基づく将来への決意から始まっているが、政府 案ではそれ以後の 60年の努力を評価し、さらに「民主的で文化的な国家を更 に発展させ j、「現在の世界の平和と人類の福祉の向上 jへの貢献を切望すると いう内容になって、発展的文章になっている。続いて「公共の精神を尊び、豊 かな人間性と創造性を備えた人間の育成 J と共に「伝統を継承 Jすることが改 変として提案されている。これを踏まえて「未来を切り拓く J教育を確立して、 併せて振興することを志向している。. 2. 教育の目的・目標 教育の目的は国や時代によって変わる.しかし不変の目的もある。現行基本 法第 1条によるとその代表的なものは「人格の完成 J、f 平和的で国家及び社会 の形成者 j、「心身共に健康な国民の育成を期して行 j うことである。政府案の 第 1条から削除されているものには「真理と正義を愛し、個人の価値をたつと び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた J という文である。この文はほ ぼ第 2条の教育の目標に移譲されている。ちなみに目的と目標に関しては、相 対的なものではあるが目的を大きい概念にして、しかも最終的なものとしてい る。従って政府案では第 1条で究極の目的を規定して、第 2条でその具体的な 項目を掲げている。この第 2条は現行基本法では「教育の方針 j とされている が、やや、理解に苦しむ条項である。第 1項の教育の目的を達成する方法や手 段を模索して、最終的には「文化の創造と発展に貢献する Jための努力を期待 していたのだろう。この第 2条の前半の「あらゆる機会に、あらゆる場所 Jは 「し、つでも、どこでも、だれでも J として現在では生涯学習の理念になってい る。ちなみに政府案においては第 3条として生涯学習の理念が新設されており、 国民は各自が自ら「人格を磨き、豊かな人生を送る事ができるよう jし、つでもど こでも学習を行い、その学習成果を有効に生かせる社会の実現を期待している。 これは現代社会の風潮を考えると最大のニーズになろう。その内容で現行基本 法第 7条の「勤労の場所 J という企業内教育が消えているのは、逆にこの理念、 を、企業の判断に任せるということであろう. o. この政府案においては現行基本. 法第 2条の「教育の方針」は「教育の目標 j となって条項自体が変わっている。.

(5) 日本国憲法第 2 6条と教育基本法. 6 9. その内容は学問の自由を前提としつつ、目的を 5つの目標に分けて、次のよう なキーワードの内容で教育の達成を切望している。 1.幅広い知識と教養、真理を求める態度、豊かな情操と道徳心、健やかな身 体. 2 . 個人の価値の尊重、能力伸長、創造性、自主及び自律の精神、職業や勤労 を重んずる態度. 3. 正義と責任、男女平等、自他の敬愛と協力、公共の精神、主体的な社会形 成への参画、社会発展への寄与. 4. 生命尊重、自然保護、環境保全への寄与 5. 伝統と文化の尊重、我が固と郷土を愛する心、他国の尊重、国際社会の平 和と発展に寄与する態度 以上の 5項目である。この中には道徳の学習指導要領の項目に匹敵するものも 多いが、一般教養というか、個人として最低限成長すべき人間性を達成しよう とするものや公衆道徳心の啓培もある。この現行基本法はわが国の道徳や教育 方針を示唆するものである。したがって日本と国民という意識がなければなら ない。価値観が多様化し、かっ錯綜した今日でも基本的人権と愛国心の調和は 共通の目標になる。これを普通教育として義務教育にいれなければならない。 そのため現在の特設道徳も正規の教科に入れる方向も検討されている o 特に第. 2項の職業、勤労を重んずる態度に関しては、生きる力の主要部分としてこれ からのキャリア教育の重要性を強調していることはいうまでもない。第 5項は 愛国心を表面に出したい政府の内部事情を表したものになっている。国民全員 が国を愛し、守る心を持って団結してこそ、個人の生存権が保障される。した がって、愛国心が一層強く望まれるべきものではないか。ほかに政府内の葛藤 として宗教的情操の酒養がある o ちなみに民主党案ではこれらの目標の大部分 は前文に掲載されている。 3. 法案に見る教育の機会均等. 憲法第 26条によると国民は「能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を 有する Jのでこれを受けて、現行基本法では第 3条によって、教育の機会均等 が明言され、政府案によってもほぼ同じ内容のものが提唱されている。この基 本法案では、現行基本法制定当時は、ほとんど考慮、されていなかった障害を持 った人を対象に第 2項を設け、程度に応じ必要な支援を充分に受けられるよう な対策を講じる事を特記している。これは当然ながら相当の前進であるが、こ. LearningD i s o r d e r )や注 れには最近特にクローズアップされてきた学習障害 ( A t t e n t i o nD e f i c i tH y p e r a c t i v i t yD i s o r d e r ) の子どもも対 意欠陥多動性障害 ( 象にしていくべきことが望ましい。.

(6) 7 0. 織田成和. 憲法第 14条には fすべて国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、 社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、」差別 されないと謡っているが、現行基本法の第 3条はこれを受けて、「ひとしく、 その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであっ て、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位文は門地によって、教育上差 別されなしリとほぼ同じであり、「政治的、経済的、社会的関係 j が条件とし て教育の平等の前提になっている。国民は憲法第 26条の第 1項の「能力に応 じて J平等に教育を受ける権利を持っているが、この能力は当然、子どもの家 庭的背景等の条件で阻害されてはならないものである。その対策は、現行基本 法第 3条第 2項の「経済的理由 Jのあるものには「奨学の方法 jが考慮、されなけ ればならない 義務教育の規定も教育の機会均等の一部と考えられる。憲法第 26条の第 2 項によって国民は「その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を J負って おり、その義務教育は、無償で行わなければならない。この無償の範囲は当分 論議が続くことになる。現在の所、既述の知く具体的には授業料や教科書代が 無償で、その他の学校経費の一部負担等も行われているが、その拡大も期待さ れるところである。現行基本法の用語の子女(息子と娘)が子と代えられている のは単なる語義だけではない時代的背景もある。その同じ背景として、現行基 6歳にし 本法第 5条の男女共学の項目が削除されている。この項目は戦前の r. て席を同じうせず jの反省からできたものであるが、憲法第 14条や現行基本 法第 3条の教育の機会均等の項目と最初から重複するものであった。普通教育 は専門教育や職業教育に対比する用語であり、人間として生きるための最低限 の基礎知識を与える任務がある。政府案では義務教育としての普通教育の意義 や理念は「各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎 を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養う ことを目的として行われるもの j であり、固と地方公共団体の役割として「義 務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の 協力の下、その実施に責任を負う Jと謡っているが、現行基本法では 9年の普 通教育を義務教育として保護者に課していたが、政府案では具体的年数が規定 されておらず、別に法律で定めることになっている。この条項が下位の学校教 育法等にゆだねられているけれども各都道府県や地方によって、財政的裏づけ でどのように解釈されていくか、問題を含むところであろう o 最近は Y 市のよ うに多額の債務をかかえ、財政破綻を生じた地方自治体もある。この影響がど のように教育の機会均等に及ぼすかが課題になる。政府案では財政の自律性を 志向しているが、自治体の財政力を主な基盤とする教育政策の地域間格差が生 じる可能性がある。極端な場合、学校関係の財政的支援状況や義務教育年数が.

(7) 日本国憲法第 2 6条と教育基本法. 7 1. 地方公共団体によって異なってくる可能性がないとも言えない。特にある大臣 の発言によると義務教育の前倒し論も出てくる。これは現行基本法制定当時よ り、一般的に子どもの社会性が発達しているので、望ましいと思われるが、逆 に「引きこもり. j 等の社会性がない子どもも、年々増加しているので、慎重に. 判断すべきである。 政府案の第 5条にはあらゆる人に平等に施される普通教育の意義や目的が 新設され、第 2項として「各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立 的に生きる基礎を培い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本 的な資質を養う事を目的として行われる Jと謡われている。さらに教育の機会 均等に関する第 4条第 1項の補足的意味として、第 5条第 3項で義務教育の 「機会を保障し、その水準を確保するため J、国や地方公共団体の役割分担と相 互協力による責任を課している。これが後述する国の教育行政の各地方公共団 体に対する機会均等の保障とも相まってくる。. 4.教育の中立 現行基本法では第 8条で政治教育、第 9条で宗教教育の中立が規定されてい る。政治的教養は良識ある公民に必要なものであるが、政治教育の偏向はすべ ての学校で禁止されており、中立を維持しなければならないにもかかわらず、 現行基本法制定以来かなりの数の訴訟沙汰が生じている。争点はイデオロギ一、 政党色、労働組合等を背景にしたもの、教科書の記述内容等の在り方である o 政治的中立の困難さが現れている。それに対して特定の宗教・宗派教育の禁止 は国及び地方公共団体が設置する学校のみ対象で、学校法人立の私立学校では 認められている。むしろ私立学校では宗教教育を特色として学校の教育方針に している所が多い。特にこれらの小学校や中学校では特設道徳の時間の代わり に宗教教育を実施するのも可能であり、礼拝等も認められている。外国でも、 宗教教育には種々の方策がとられている。アメリカのように子どもが学校から 出て、宗派別の教育を受けられるよう「下校プラン」を採りいれている所もある。 ドイツでは公立学校で宗派別の宗教教育が行われているので、親は自分の家の 宗教をもとに学校を選択する事になる。フランスの公立学校では 1882年の ジュール・フェリ一文部大臣の改革によって宗教教育は行われていないが、私 立学校では盛んに行われており、日本と同じような制度になっている。イギリ スは 18 7 0年の初等教育法によって公立学校では特定の宗派のための宗教 教育を禁止している。すなわち、クーパーテンプル条項で、ある。 1 944年の パトラ一法は公立学校と有志立学校で特定宗派に片寄らない宗教教育と集団 礼拝 ( C o l l e c t i v eW o r s h i p )を義務付けている。つまり、宗派を超えた宗教教育 である。.

(8) 7 2. 織田成和. 日本における宗教は江戸時代以前は仏教を後ろ盾とした一向一授やキリス ト教信者による島原の乱等宗教を背景にした種々の争いがあったが、明治以降 は比較的寛容と寛大の歴史であった。特に神道と仏教はどちらの宗教行事か判 神仏習合 jや「神仏同体説 jという用語もあり、 断しにくい位、お互いに浸透して f 日本社会に根付いている。修学旅行や社会見学等で行われていた神社仏閣巡り も日本の文化の形成の歴史として何の違和感もなしに受け入れられていた。こ れはまさに教養としての宗教で日本独自の文化でもある。しかし、近年に至っ て、キリスト教や他の宗教の教義と矛盾が生じたり、日本の神道は八百万の神 といわれているが、キリスト教やイスラム教等は一神教であるため葛藤が生じ てきている。日本で宗教・宗派が対立すると日本の伝統的風土や慣習が成り立 たなくなる恐れもある。従って、これらの宗教の壁を越えて互いの宗教の良い ところ,学ぶべきものを取り入れ、宗教的情操を培い、人間としての正しい生 き方を追求するのが宗教的教養ということになろう。しかし、政府案において は与党の一部から出た反対意見のために「宗教的情操の酒養 J がはずされた。 しかし人生の心のよりどころとして. 宗教的情操は備えなければならない。場. 合によっては科学的思考に優先すべきかもしれない。数年前の宗教を表面に出 した団体に高学歴、特に自然科学系の優秀な若者達が簡単にだまされた事件が それを裏付けている。科学的知識を宗教的・道徳的に正しい方向に導かねばな らない。ただ宗教教育は今後も客観性すなわち、どの宗教にもかたよらない方 法が必要である。逆に特定の「宗教上の行為、祝典、儀式文は行事 j への参加 を強制されてはならない。. 5 . 教育行政 民主的な国家の教育行政の理想は財政の援助はするが、教育内容には関与し ないものとされていた。しかし、最近は教育内容の限界も区別もできなくなっ ている。現行基本法では教育行政は主として国及び中央政府が中心になって 「教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行 Jうことに なっている。そのため、国の教育行政は「不当な支配に服することなく、国民 全体に対し、直接に責任を負って行われ」るべきものであった。これが国によ る施策が不当な支配であると歪曲される根拠とされ、逆に私権を代表した種々 の圧力団体による行政のゆがみ等が生じたこともあった。この条項は他にも外 的事項や内的事項説、条件整備説の範囲等種々の問題を教育界に投げかけてき た。この条項は「諸刃の貧 IJJであるので残されたことに危慎が感じられる。政 府案では新しく国と地方公共団体との適切な役割分担と相互の協力が全面的 に浮上してきた。その場合国の役割として、「教育の機会均等と教育水準の維 持向上 Jを全国的なレベルで「教育に関する施策を総合的に J実施することを中.

(9) 日本国憲法第 2 6条と教育基本法. 7 3. 心に置いている。地方の役割は政府案の第 16条第 3項によって地域の実情に 応じた教育の施策を策定・実施して、教育の振興を図ることである。地域に密 着した教育行政の推進である o いずれにしても公正かっ適正に行われなければ ならない。同条第 4項は両者の財政上の措置の義務を円滑かつ継続的に遂行す ることを謡っている。財政的裏付けがなければ理想的教育行政や施策も画餅で ある。 政府と地方公共団体の関係で、新設された条項がある。「教育振興基本計画 J であり、これには現行基本法には見られないものがある。つまり、政府による 中央教育行政への策定が義務付けられたり、地方公共団体を主体とする計画策 定の努力目標が掲げてある。これによって、国の教育行政や地方公共団体の責 務と任務を明確にして、かっ規定しておくのは教育政策を重要な課題として再 認識させているのであろう。その内容は文部科学省設置法に謡っている任務及 び所掌事務より上位の行政のあり方を示唆している。つまり、「政府は、教育 の振興に関する施策の総合的かっ計画的な推進を図るため、教育の振興に関す る施策についての基本的な方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、 基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならな い 。. jこれを受けて、地方公共団体はこの第. 1項の政府の計画を「参酌し、その. 地域の実情に応じ、当該地方公共団体における教育の振興のための施策に関す る基本的な計画を定めるよう務めなければならなしリのである。これをほぼ最 後の方に持ってきて改めて国のマニフェストと地方公共団体の責務によって 既述の 16の条項の完全遂行を自覚させたものと解されよう。 6. 非定型教育 教育には定型教育と非定型教育がある。非定型教育の代表的なものは家庭教 育である。現行基本法では第 7条の社会教育の項目で勤労の場所での教育も家 庭教育も全て社会教育に含めている。社会教育は意図的計画的に行われる o 家 庭教育は親がいかに計画的だと考えて我が子に学習を意図的にしてもそれは 完全に私事である o 従って社会教育と家庭教育は根本的に性格が異なる。この 点は現行基本法が制定されたときの社会と教育の概念の混乱によるものであ る。このような矛盾を現行基本法は 60年余りもかかえてきた。政府案は第 1. O条の家庭教育の項目で、父母その他の保護者を子の教育の第一義的責任者と 規定しており、そのまま幼児期の教育に関する条項(第 1 1条)が続いている。 学校教育が万能と考えられてきた日本の伝統的な教育観が否定され、非定型教 育の重要性が認識され、少子化の時代に政府案で子の教育を改めて問う意義が 考えられている。民法でもすでに家庭教育の責任者は「親権を行う者 j、すな わち親権者であると規定されていた。同法の第 8 2 0条で「親権を行う者は、.

(10) 7 4. 織田成和. 子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う Jことになっている。同法の 第 818条では未成年や養子の子どもの教育について掘っている。親権は父母 の婚姻中は父母が共同して行うがやむを得ない場合はどちらか一方が行うこ とになる。家庭内の教育に関する具体的法規定はこの程度であり、行政や法は これ以上家庭教育に踏み込むことはなく、完全に自治であったが、現今の家庭 をとりまく社会状況はこれではすまなくなってしまった。 正しい積極的な家庭教育とは逆に、否定的側面として両親の離婚等の家庭崩 壊、虐待、過保護、ネグレクト等問題は山積みである。これを少しでも解消す るために、政府案は再度家庭教育の充実を政府案で語い、国民に意識させて, 国民の健全な教育観を培う意図があると考えられる。特にこれは現在のように 価値観の混沌とした時代に明確な指針を親権者に提示できる法案にすべきで ある o 教育学が科学として認識され始めてから、古今東西を通じて環境や社会の子 どもに対する影響の重大性は強調されてきた。特に家庭環境の問題はベスタロ ッチの著書や孟母三遷の例えでも伝えられている。その社会風潮を反映して、 政府案にも家庭教育の項目が新設されている。これは現行基本法では社会教育 の項目に企業内教育や現職教育とともに一括されている。政府案の第 10条の 家庭教育の項目では父母や保護者を子どもの教育に関する第一義的責任を有 すると位置付けている。この第 2項では国や地方公共団体は「保護者に対する 学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援する Jことが努力目標にな っている。今までどおり、保護者の家庭教育の自主性は尊重されるべきである が、種々の問題、特に母親の虐待や育児ノイローゼの可能性がある場合、保育 所や幼稚園での保護者教育が定型的なものではなくても、個別に重要になって くる。最近小学校に入学したばかりの児童が授業中に騒いだり、誹佃して、全 く統率がきかないいわゆる「小 1問題 Jが家庭教育や保護者教育において解決 されなければならない。家庭教育は人生を左右する。人生はその時点でほぼ人 格の基礎が定まっている。不適切な家庭教育を受けたものが、親になると自分 の幼児期の誤った教育が倍加する可能性がある。ただ家庭教育といっても政府 案 の 第 10条によると日常生活の親子関係の中で養育しながら正しい生活習 慣を培い、同時に親からの自立心も育成していくものである。加えて、「心身 の調和の取れた発達を図るよう努めるものとする j と謡っている。このように 学校教育とは根本的に趣旨が異なる。この政府案の条項をきっかけにして新し い験 ( homet r a i n i n g ) の形態が生まれることを期待したいものである。次の 第 11条 も 幼 児 期 の 教 育 に 論 及 し て お り 第 10条と歩調を合わせていると考 えられる。第一次的関係のコミュニケーションを啓培することによって「生活 のために必要な習慣を身に付けさせる Jなど社会や集団のルールを指導する必.

(11) 日本国憲法第 2 6条と教育基本法. 7 5. 要がある。この時期は「幼児の健やかな成長に資する良好な環境 j を整備する ことによって生涯の「人格形成の基礎 Jを形成する時期でなければならないと している。そのために国及び地方公共団体は必要な方策を講ずることを努力目 標にしている o これからの教育は学校単独では成り立たない。家庭との協力が不可欠である。 かなり前からプラスの意味での学校と家庭及び地域との協力は叫ばれてきて いたし、 P T Aはもちろん学校評議員等の学校運営への参画という形態も進行 してきているが、ネガティプな意味でも 3者の地域防犯組織としての協力が必 要になった。児童・生徒の安全を地域も積極的に守らなければならなくなった。 政府案起草の段階で、そこまで考慮していたかどうかは不明であるが、第 13 条として「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力 Jの新設が見られる。つ まり、学校教育に直接間接に関わっているものは「それぞれの役割と責任を自 覚 J して「相互の連携及び協力 Jをすべきであると要求している。. 7 .定型教育 定型教育は意図的計画的に行われる。定型教育の代表的なものは学校教育で ある。学校の種類は学校教育法に定めであり、学校という名称を使っていても 法的には学校でないものもある。その性格は「公の性質を有するもの Jであっ て、学校教育法第 1条や同法第 7章の 2の専修学校がそれに該当する。現行基 本法では、設立者としての学校法人という以外、特に取り上げられてはいなか った私立学校が政府案の第 8条で新設されている。政府案の第 6条第 2項 は 教 育目標の達成のために「体系的な教育が組織的に行われ Jることを義務づけて いる。体系的かっ組織的ということは勝手に学校教育現場が、学習指導要領か ら逸脱したり、教育内容を歪曲できないということである。同時に被教育者の 規律遵守と自発的学習意欲の向上を期待している o 日本の戦後の教育復興は私立学校に負うところ大である。と言うよりむしろ、 私立学校が存在しなかったら日本の学校教育制度は成り立たなかったと言え るぐらい高い割合である。私立学校は宗教教育はもちろん進学率、スポーツ、 音楽をはじめとする芸術等で特色を出すことができた。政府案では私立学校の 「公の性質 J と「重要な役割 Jを考慮して「自主性を尊重 J しながらもその教 育の振興に努力すべき事を提案している。 最近急激に増えてきた引きこもりによる不登校等で定型化された学校教育 についていけない児童・生徒への対策として各所で任意の塾が開設されている。 そのための教育特区も設定されている。これを正規の就学と見なす傾向が生じ ているが、一時的な短期の場合は別として、永続的となると安易な学校教育か らの逃避につながる恐れがある。これは社会のシステムに順応させる訓練の場.

(12) 織田成和. 7 6. を避けることになるから、就職しても会社組織になじめない若者ができ、フリ ーターやニートが多くなる。これは人生に一貫した目標が見出せないことが原 因であるといわれている。正規の学校に行かなかったら、学習指導要領等によ る正課教育および課外活動の内容の最善の追求も、系統的に生きる力を養うキ ャリア教育の理想も全く意味のないものになる。学校教育は学習指導要領に表 される一定のカリキュラムに基づいて、組織的・計画的に体系化されて行われ るべきものである。 政府案の特色として顕著なものは「大学 Jの項目も新設されたことである。こ れは当然、憲法の第 19条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならなしリ や第 21条の「言論、出版その他一切の表現の自由」や第 23条の「学問の自 由は J保障されるという項目が前提になっている。これらを受けて政府案の第 7条第 2項で「自主性、自律性 Jr 教育及び研究の特性 Jが尊重される必要がある。. 第 1項で大学の使命が特記されているので引用する。「大学は、学術の中心と して、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探求して新たな知見 を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより,社会の発展に寄与 するものとする。. jこれは現行の学校教育法では大学の目的として規定しであ. る。つまり、第 52条「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるととも に、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させる ことを目的とする。 Jこれと政府案を比較すると大学の使命が拡大され、社会 との関わりや貢献が加えられたことが顕著な相違になっている。いわゆる「象 牙の塔 J から「開かれた大学 J への責務の転換である。 定型教育で誤解されていたのが社会教育である。戦前は「社会 J と言う用語 が敬遠されたため、通俗教育と言われていた社会教育も戦後市民権を得たが、 既述の如く現行基本法が制定された時は定義が錯綜していたため、第 7条の明 白な誤謬になったのである。しかし、現行基本法を受けて昭和 2 4年段階で社 会教育法のような法律を制定したのは世界でも早いほうであった。この社会教 育法に関しては「教育基本法の精神に則り、社会教育に関する国及び地方公共 団体の任務を明らかにすること」にしたのである。これに続いて第 2条では「主 として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動 Jとされているよう に「組織的な活動 Jはすでにこの時期から言われてきている。社会教育も自主 性は尊重されるが、大部分は意図的計画的に行われ、定型教育の一環をなして いる。特に資格をだす講義や講習会は明確な計画性が認定されなければならな い。中央の教育行政面では社会教育関係の業務は文部科学省の生涯学習政策局 に吸収・統合され、生涯学習時代の重要な役割を担っている。ポール・ラング. PaulLengrand) の 1965年からの主張である L i f eー l o n gi n t e g r a t e d ラン ( e d u c a t i o nの達成である。このように、現在では家庭教育、学校教育、社会教.

(13) 日本国憲法第 2 6条と教育基本法. 7 7. 育は連携して人生の重要な生き方を担っており、政府案でも生涯学習の理念が 新設され、第 3条として、「国民一人一人が、自己の人生を磨き、豊かな人生 を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場 所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の 実現が図られなければならなしリと強い意志表明をしている。しかし、社会教 育の実際的運用は地域のニーズから出発するため、地方の方が役割や任務が多 し 、 。. 8. 公教育制度における教員 現行基本法の第 6条(学校教育)の第 2項で学校の教員の使命感,奉仕の精 神、職責遂行が義務づけられ、同時に身分尊重、待遇の適正化が配慮されてい る。現行基本法ではこれのみであるが、政府案では第 9条として別条項に取り 上げられて、重要性が強調されている o その任務は「自己の崇高な使命 j を自 覚して「絶えず研究と修養 Jに励んで職責を遂行することが努力目標として課 されている。ちなみにこのような努力目標は教育公務員特例法第 2 1条にも類 似の規定として入っている。さらに教員は、国家公務員法、地方公務員法の規 制を受け、私立学校の教員もこれに準じる。戦前の国家体制の権力を背景にし た順良、信愛、威重を旨とした聖職観と違って現在の教員の権威は、国の基準 にのっとった免許を持つ教員がたゆまぬ学問的研績と人間性を磨く修養に裏 付けられていることは事実である。教員は 2 4時間教員である。私生活でも児 童・生徒の模範でなければならない。教員はイエリネク ( J e l l i n e c k, G .,185 1-1911) の「法は倫理的最小限 jという言葉を借りなくても、つまり、違 法行為ではなくても、倫理に反する行為は避けなければならない。 総括 以上憲法の教育関係条項と現行基本法をベースにして、現在の与党である自 民党・公明党の法案を中心に改正点を論じてきた。現行基本法にしても全面改 正案である政府案にしても最後の条項で、それまでの諸条項を実施するため、 必要な法令を制定すると謡っている。これによって両者の地位は教育の根本法 であるということで一貫している。この小論に取りかかり始めたころは国会で も民間でも賛否両論,百家争鳴であった。国会では衆議院に教育基本法に関す る特別委員会が設置され、 50時間余りの審議が行われたが、審議未了となり、 次期国会に持ち越される事になった。いずれにしても憲法と現行基本法成立後. 60年たった現在その内容は、再検討する必要がある。特に現行基本法はどこ の国の法律か分からないような国籍不明の教育を掘っていると言われてきた。 これからは日本の特色を出した教育を志向すべきである。現在、野党である民.

(14) 7 8. 織田成和. 主党の案も出ている。これは現行基本法の改正案ではなくて新法の制定である。 これも含めて、国会の見送りは本格的改正までの猶予期間と考えられよう。国 際情勢が不安定な今日、日本人としての自覚や国を愛する心と責任を盛り込ん だ新しい教育基本法を期待したい。今後とも政界の動きを注視しながら、改正 論議を考察していくことを課題とする。 引用・参考資料 ①教育学関連 15学会共同公開シンポジウム(第 4回)資料、平成 18年 8月. 26日 ②教育小六法、平成 18年版、学陽書房、 2006年 1月 25日 ③産経新聞、平成 18年 4月 14 日、平成 18年 7月 5日 ④日本教育新聞、平成 18年 4月 13日、平成 18年 5月 29日、平成 18年. 9月 11日 ⑤文部科学広報、平成 18年 7月 21日、文部科学省大臣官房 [注]この原稿提出直前の 9月 2 6日(火)安倍内閣が誕生した。この内閣は教 育基本法改正及び教育の再生を第一の課題としている。したがって本小論が発 行されるころは、本文中の政府案が正式の教育基本法となっている可能性が高 い。それをお断りしておく。.

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