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「新から旧への原則」と指定

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Academic year: 2021

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(1)

【論 文 】

「新 か ら旧へ の 原則 」 と指 定

上林

洋二

`NewsworthyFirst'PrincipleandSpecification Kambayashi,Yoji 「AがBだ 」 とい う形 の文 を 「指定 文 」 と呼 ん だ が、 実 は指 定 文 はガ格 に限 らず 、他 の格 に関 す る もの も存 在 す る。 指 定 とい う こと に関 して ガ格 と他 の格 とで 差 が あ る、 つ ま り、指 定 文 にお い て ガ格 の 名詞 句 は必 ず 指定 項 に な るの に対 し、他 の格 は そ う と は限 らない とい う違 い が あ る よ うに 一 見 思 わ れ るが 、 実 は その 見 か け の 差 は 「新 か ら 旧へ の原 則 」 を仮 定 す る こ とに よ って、 つ ま り文 頭 に あ る ものが 指 定 項 、 す な わ ち焦 点 と解 釈 され やす い と考 え る こ とに よ っ て 、解 消 さ れ る。 ま た 「AがBだ 」 とい う形 の 文 は必 ず 指 定 文 で あ る か の よ う に考 え られ て き た が 、 そ う と は 限 ら な い。 「AがB だ 」 が特 別 な形 な の で は な く、他 の文 と同 じ く中立 叙 述 の 可能 性 も あ るが 、 「新 か ら旧 へ の 原則 」や 他 の 条 件 が 加 わ る こ とに よ り、指 定 文 と解 釈 され や す い と考 え る こ とに よっ て、 統一 的 な説 明 が で き る 。 キ ー ワ ー ド:指 定 文 、 文 頭 、 ガ 格 、 新 、 指 定 項 1. 筆 者 は 上 林(1988)で 、 日 本 語 の コ ピ ュ ラ 文 を 三 っ に 分 け、 「AはB だ 」 の 形 の文 を措 定 文 、 「AがBだ 」 を 指 定 文 、 これ に対 応 す る 「BはA だ 」 とい う文 を倒 置 指 定 文 と呼 ん だ 。 これ は一 つ は表 面 上 は 同 じ 「○ は△ だ 」 とい う形 の文 に、 ま った く違 う指 定 文 と倒 置 指 定 文 の 二 つが あ る、 そ して そ の うち の後 者 しか 「△ が ○ だ 」 と同義 に な ら な い とい う こ と を強 調 一99一

(2)

「文学 部 紀要 」文教 大 学文 学部 第12-1号 上 林洋 二 し た い が た め で あ っ た 。 しか し、 実 は 「AがBだ 」 と い う形 の 文 を指 定 文 と呼 ぶ の は ミス リー デ ィ ン グ で あ っ た。 指 定 文 は 「AがBだ 」 と い う形 に 限 ら な い し、 ま だ 逆 に 厂AがBだ 」 と い う形 の 文 が 指 定 文 と も限 らな い の で あ る。 本 稿 で は 厂指 定 」 とい う概 念 を再 検 討 し、 一 つ の原 則 を仮 定 す る こ とに よ っ て、 指 定 に関 して ガ格 と他 の格 とを統 一 的 に扱 う可 能 性 を さ ぐる。 2. 上 林(1988)で は触 れ て い な いが 、 そ の も とに な っ た上 林(1984)で は ガ格 以 外 の 厂指 定 文 」 に つ い て も1節 を 当 て て(3章1節)考 察 して お い た 。 そ こで の 議 論 を簡 単 に振 り返 っ て お く。 「措 定 」 と 「指 定 」 と い う術 語 の 出 典 と な っ た 三 上(1953;44-46)に も、 指 定 文 の例 とし て (1)君 の帽 子 は どれ で すP (2)幹 事 は私 で す な ど と一 緒 に次 の よ うな もの が あ が っ て い る。 (3)… … 皆 が … … 忍 び 押 さ え て い た の は … …血 気 をで あ っ た 。 そ して 、 これ の 厂指 定 以 前 の セ ンテ ンス 」 と して (4)ど れ が 君 の 帽 子 で すP (5)私 が 幹 事 で す と共 に (6)皆 が 血 気 を 忍 び押 さ え て い た 。 が あ げ られ,てい る。 こ こで(1)や(2)を 厂指 定 文 」 と呼 ば ず に 「倒 置 指 定 文 」 と し、(4)や(5)を 「指 定 文 」 と呼 ん だ 理 由 は 上 林(1988)で 述 べ て お い た の で く り返 さ な い が 、 実 は 上 林(1984)で は(3)も 「倒 置 指 定 文 」、(6)も 「指 定 文 」 と呼 ん で い た ので あ る。 一100一

(3)

「新から旧への原則

J

と指定 むろん、 (6)の形はいわゆる「中立叙述jの文とも解釈できるが、「中立 叙述j なのか「指定

J

なのか形だけでは決まらないことは、ガ格の場合も 起 こ る こ と で 、 早 く か ら 指 摘 さ れ て い た こ と で あ っ た 。 例 え ば 久 野 (1973 : 33) では (7)

a

.

太郎ガ死んだ、。[中立叙述]

b

.

誰が死んだか。 太郎ガ死んだ。[総記] のような例をあげて、

f

f

ガ」は総記と中立叙述の二義をとり得る

J

と述べ られている。「総記j という術語が非常にミスリーディングであること、 そして従来「総記」と呼ばれていたものの本質が「指定

J

にあるというこ とは上林

(

1

9

8

8

)

に述べておいた。つまり、

(

6

)

や(7

b

)

のような例文の解 釈を筆者流に述べ直せば、指定文とは

fA

B

J

のような形のいわゆ る「コピュラ文j に限らず、動詞文でも指定文になり得るということであ るo そして「中立叙述」と「総記」の二義があるのはガ格だけに限らず、格 助詞一般にあてはまることだということも、多くの人から指摘されてきた が、それは結局

(

6

)

(

3

)

と同義の指定文にもなり得るということであるo 要するに、「指定文j とは

fA

B

だjの形の文において

f

A

J

を指定 項とするものに限るのではなく、動詞文においても、格助詞つきの名詞な らいずれの名詞句を指定項にする指定文としての解釈も可能だ、ということ であるo ガ格以外の指定ということに一つ付け加えておけば、ガ格においては倒 置指定文

fB

A

だ」において、元来

f

A

J

の後ろにあったはずの格助 詞ガは必ず消去される、つまり

fB

A

がだj という形は許されないが、 他の格助詞では消去されず、に残ってもよい、つまり

(

8

)

a

.

太郎が殴っているのは次郎だ

b

.

太郎が殴っているのは次郎をだ のどちらの形も許されるということである。ということは、ガ格の場合と

(4)

-101-「文学 部紀 要 」文教 大学 文 学部 第12-1号 上 林洋 二 違 っ て 、(8b)の よ う に、 倒 置 指 定 文 で も、 措 定 文 と形 の 上 か らだ け で 区 別 す る こ とが で き る場 合 が あ る とい う こ とで あ る。 例 え ば、 太 郎 が 男 を 殴 っ て い るの が 見 えて 、 あ の 男 の名 前 は何 とい うの か と聞 か れ た 場 合 に は(8a)は 用 い ら れ るが 、 決 し て(8b)は 用 い られ な い。 この とき(8a)は 措 定 文 だ か らで あ る。 一 方、 太 郎 と次 郎 と三 郎 が い て 、 太 郎 が 誰 か に 殴 りか か ろ う と し て い る の は見 え た が 、 どち ら を殴 っ て い る の か よ くわ か らな くて、 「どっ ち を 殴 っ て い る ん だ 」 と聞 か れ た 時 に は返 事 は(8a)で も(8b)で も よ い。 こ の場 合 は倒 置 指 定 文 だ か らで あ る。 二 格 で も事 情 は ま っ た く同 じ で あ る。 (9)a.太 郎 が話 し か けて い る の は次 郎 だ b.太 郎 が話 し か けて い る の は次 郎 にだ 太 郎 が 誰 か に話 しか け て い て、 そ の 男 を さ し て名 前 を尋 ね られ た 場 合 に は (9a)は 用 い られ るが 、(9b)は 用 い られ な い 。 この と き(9a)は 措 定 文 だ か らで あ る。 そ れ に対 し て、 太 郎 が 何 か 話 して い る の は見 え た が 、 まわ りに人 が た くさ ん い て 、 誰 に 向 か っ て話 して い るの か よ くわ か ら な い、 い っ た い 誰 に話 し て い る ん だ と聞 か れ た 時 に は(9a)で も(9b)で も よ い。 この場 合 は倒 置 指 定 文 だ か らで あ る。 3. さ て 、以 上 見 て きた こ とか らす る と、 指 定 とい う こ とに 関 して 、 ガ格 と 他 の格 と に何 ら本 質 的 な差 が な い よ うに 思 わ れ る。 確 か に倒 置 指 定 文 に お い て 「BはAが だ 」 の ガ が 必 ず 消 去 さ れ る とい う こ と は あ っ た が 、 これ は例 え ば 「太 郎 が も」 は だ め だ が 、 「太 郎 を も」 の ヲや 「太 郎 に も」 の こ は あ っ て も よ く、 「太 郎 か ら は」 の カ ラ は な い と あ ま り よ くな い とい う よ うな 、 副 助 詞 との 接 続 な どに も見 られ る、 格 の 間 の優 位 性 の順 序 の 問題 に 過 ぎな い 。 さ ら に、 こ の よ うな 「主 格 〉対 格 〉与 格 〉奪 格 ・・… 」 の よ う な 一102一

(5)

「新 か ら旧へ の原則 」と指定 格 相 互 の優 位 性 の順 序 とい う の は 、 日本 語 以 外 の多 くの 言 語 で も認 め られ る、 普 遍 的 な もの で あ る とい う こ と も指 摘 され て い る。 しか し、 そ れ で は お よ そ格 助 詞 に は中 立 叙 述 と指 定 との 二 つ が あ る とだ け述 べ て 、 こ の こ と に 関 し て ガ格 と他 の格 に ま っ た く差 が な い か とい う と、 一 つ 問 題 に な る こ とが あ る 。 そ れ は次 の よ うな 現 象 で あ る。 qo)a.太 郎 は誰 を殴 り ま した か 。 b.太 郎 は次 郎 を殴 り ま した 。 c.P?太 郎 が 次 郎 を殴 り ま した 。 qDa.誰 が 次 郎 を殴 り ま した か。 b.太 郎 が 次 郎 を殴 りま した 。 ⑩ の よ う な ヲ格 名 詞 句 を指 定 項 とす る,文に お い て は 、 指 定 項 以 外 の 名 詞 句 で あ る 「太 郎 」 に ガ をつ け て は い け な い、 つ ま りガ とい う格 助 詞 は指 定 文 の場 合 、 指 定 項 以 外 の 名 詞 句 に接 続 し て は い け な し)が、 そ れ に対 し て⑪ か ら明 らか な よ うに 、 ヲや 他 の格 助 詞 は指 定 文 の 指 定 項 以 外 の名 詞 句 に接 続 して も い っ こ う に差 し支 え が な い とい う こ とで あ る。 こ う い う現 象 が あ るか ら こ そ、 従 来 ガ は 「新情 報 」 を表 す と言 わ れ て き た の で あ ろ う。 中 立 叙 述 か 、 指 定 文 の 指 定項 として しか 現 れ な いか らで あ る。 一 方 、 例 え ば ヲが 「新 情 報 」 を表 す とは言 わ れ な か った の は、 中 立 叙 述 、 指 定 文 の 指 定 項 以 外 に、 ⑪ の よ うな 場 合 が あ る か らで あ る。 つ ま りこ の よ うな場 合 に は ヲが 「旧 情 報 」 を表 す と考 え られ て い た わ け で あ ろ う。 ガ が新 情 報 を表 す な ど とい う言 い 方 が 到 底 受 け入 れ られ な い もの で あ る こ とは 、 西 山(1979)、 西 山&上 林(1985)、 上 林(1988)な どで詳 し く述 べ て あ るの で く り返 さな い が 、 とに か く⑩ ⑪ の よ う な現 象 が あ れ ば 、 「指 定 」 とい う こ と に関 し て ガ と他 の 格 助 詞 が まっ た く差 が な い とは言 い に く い こ とに な る。 しか し、 本 稿 で は これ を情 報 構 造 上 の 原 理 と考 え られ て い た 一 つ の原 則 (便宜 上 「新 か ら旧 へ の 原 則 」 と呼 ん で お く)を か ら ませ て 説 明 す る こ と に よ っ て 、 ガ 格 と他 の格 と に本 質 的 な 差 が な い とい う こ とを示 した い 。 一103一

(6)

「文学部紀要

J

文教大学文学部第12-1号 上 林 洋 二

4.

まず、西山 (1979)、'西山&上林 (1985)、上林(1988)などで強調した ことではあるが、混乱を避けるために

1

1

日情報

J

1

新情報j という概念に ついて、もう一度確認しておしこれに類した概念は欧米の文献を見て も、例えば

G

i

v

e

n

-

一一一

New

O

l

d

一一一

New

T

o

p

i

c

-

一一

Comment

P

r

e

-supposition--Focus

Theme--Rheme

等々、実に様々な術語が様々 な人によって様々な意味で用いられていて、一概には言えないのだが、大 きく分けてかなり異なった二つのものがある。 一つは、談話に既出の要素か否か、聞き手が知っている要素か否かとい う概念である。

P

r

i

n

c

e

(1979)、

G

u

n

d

e

le

t

al

.

(1993)などに見られるの がそれだが、ここで彼らがこういった概念を用いて分析しようとしている のは、指示表現の用法である。つまり、同じ指示対象を“

t

h

a

tman"

と 呼ぶのか、“

t

h

i

sman"

か、あるいは“

h

e

"

と呼ぶのかという問題に、こ の概念が関わってくるのである。日本語でもこの概念はやはり指示表現 に、つまり「その人

J

と呼ぶ、か「あの人」と言うか、あるいは「田中さ ん」というか「田中さんという人

J

と言うかに関わってくると思われる。 しかし、もう一つ、

R

e

i

n

h

a

r

t

(1982)などによって

a

b

o

u

t

n

e

s

s

と呼ば れているものがあって、これは前者とはまったく別の概念であることを

R

e

i

n

h

a

r

t

は強調している。そして、

(

R

e

i

n

h

a

r

t

はむろんそんなことは述 べていないが)日本語のハとガに関わる概念はこちらの方だけである。西 山 (1979; 135)で「文の焦点に対する前提をあらわす命題こそ旧情報で あり、その焦点、を既知あるいは未知の要素と等号で結んでできた命題が新 情報である

J

と述べているのも、結局、それまでの研究で用いられていた のはこちらの方の概念であるということを指摘したことであった。そして ハとガの問題を扱うときに、前者の概念はまったく役に立たないというこ とは、西山&上林(1985)、上林 (1988)で繰り返し述べてある。以下の

(7)

-104-「新 か ら旧へ の原則 」と指定 議 論 で も 「新 」 とか 「旧」 とか 言 う と きに は 、 この 後 の方 の 意 味 で 用 い る こ と にす る。 さ℃ 、 談 話 文 法 と呼 ば れ る分 野 に お い て 、語 順 とい うの は必 ず 「旧 か ら 新 へ 」 とい う原 理 に従 っ て い る と主 張 さ れ て い た 時 期 が あ った 。 す で に西 山(1979)、 西 山&上 林(1985,48)で は そ の 原 理 が 疑 わ し い と して い る が 、 言 語 類 型 論 的 な研 究 が進 む に つ れ て 、 そ の 原 則 が 成 り立 た な い ど こ ろ か 、 逆 に 「新 か ら旧 へ 」 とい う原 則 が存 在 す る言 語 が あ る とい う こ とが分 か っ て きた 。Mithun(1992)は そ れ を 明 確 に 主 張 した 論 文 だ が 、 そ こで 言 わ れ て い る 「Newsworthyな もの を先 に言 え」 とい う原 則 は、 実 は そ こで 例 と して あ げ られ て い る幾 つ か の 言 語 に限 った もの で は な く、 お よそ 人 間 の心 理 として 自然 な こ とで もあ り、 か な り普 遍 的 な も ので は な い か と 思 わ れ る。 む ろ ん 一 方 で は従 来 言 わ れ て い た 「旧 か ら新 へ 」 とい う原 則 も、 人 間心 理 の 一 面 と して 自然 な こ とで も あ り、 この予 盾 す る二 つ の 原則 が ど の よ う に関 わ る か は難 し い 問題 で あ る。 また 、 語 順 と い う もの を決 め る要 因 は た くさ ん あ っ て 、 こ の原 則 が 他 の 要 因 と どの よ う1こ関 わ り合 うか 等 々 、 考 えな けれ ば な ら な い問 題 は 数 多 い が 、 以 下 で は一 応 この 「新 か ら 旧 へ の原 則 」 を仮 定 す る こ とに よっ て 、 指 定 文 の 問 題 を据 え直 す可 能 性 を 追 求 す る こ とにす る。 5. 久 野(1973;215-6)は 、 以 下 の よ うな例 をあ げて (12)PP太 郎 が い つ来 ま した か (13)PP太 郎 が ど こ に立 っ て い ます か (1の い つ 太 郎 が来 ま した か ⑮ ど こに太 郎 が立 っ て い ます か 上 の か ⑰(13)の文 が ぎ ご ち な い の は、 「い つ 」 とか 「ど こ に 」 とか い っ た 疑 問 詞 を 含 む 文 は疑 問 詞 以 外 の部 分 が 旧情 報 で あ るの が 普 通 な の に、 ガ の 使 一105一

(8)

「文学部紀要」文教大学文学部第12-1号 上 林 洋 二 用が「太郎jが新情報であることを表し、その二つが予盾するからであ る、ところが、 (14)ωが極めて自然な疑問文なのは ( 16) いつ[太郎が来ました]

s

7) どこに[太郎が立っています]

s

か のような句構造を持つ、すなわち「いつjや「どこにjが文頭に移ると残 りの部分が従属文的性格を持ち、従属節においてはガは新情報を表すとは 限らないからである、と説明している。 しかし、疑問調が文頭に出ると残りの部分が従属節になるというのもあ まり説得的でないし、何よりガが新情報を表すという説明には根本的な欠 陥があることは西山 (1979)、西山&上林(1985)、上林 (1988) で述べて あるo ここで(12)

ω

が不自然な文だということは、 3節で述べた、ガは他の格 と違って、指定文においては指定項以外の名詞句に接続できないというこ とだが、それが

ω

ω

だと自然になるということは、実はガでも文頭でな ければ指定項以外の名詞句に接続できるのではないかという可能性を示唆 するo 3節の仰と

ω

で見たガとヲの違いは、実はガを伴う名詞句が文頭に あり、ヲを伴う名詞句は文頭にないという、ただそれだけの違いであった かもしれない。 はたして、 倒;)

a.

太朗が殴ったのは誰ですか?

b

.

次郎を太郎が殴りました。 (19)

a

どこから富士山が一番よく見えますか?

b.

この地点から富士山がよく見えます。 などは(1

0

c)に比べてかなりよい文だと思われる。いわゆる「二重主 格j における「小主語」が指定項にならなくてもよいのも、これの延長線 と考えられる。 (20)

a

.

どの動物が一番鼻が長いですか?

b.

象が鼻が長い

(9)

-106-「新 か ら旧への原則 」と指定 また 逆 に、 ガ以 外 の格 も文 頭 に来 れ ば、 指 定 文 の指 定 項 以 外 の名 詞 句 と は解 釈 し に くい。 ⑳PP次 郎 を誰 が 殴 りま した かP ⑫2)PP次 郎 に誰 が 会 い ま した かP ㈱a.次 郎 を殴 っ た の は誰 で す かP b.P?次 郎 を太 郎 が 殴 り ま した 。 (2のa.次 郎 に会 っ た の は誰 で す かP b.PP次 郎 に太 郎 が 会 い ま した 。 以 上 の 観 察 が 正 し けれ ば、 次 の よ う に結 論 づ け る こ とが で き る。 ガ で も そ れ以 外 で も とに か く格 助 詞 が接 続 した 名 詞 句 に は 中 立 叙 述 の場 合 と指 定 の場 合 が あ るが 、 文 頭 に出 た場 合 に は指 定 の意 味 に な りや す い 。 指 定 文 の 場 合 に は文 頭 の格 助 詞 つ き の名 詞句 は必 ず 指 定 項 に な る。 そ して なぜ 文 頭 に 出 た 場 合 、指 定 の 意 味 に な りや す い か と言 え ば、 そ こ に 厂新 か ら 旧 へ の 原則 」 が 働 い て い る と考 え られ る。 つ ま り指 定項 は焦 点 で あ るの で 、 前 に 出 せ とい うわ けで あ る。 6. この よ う に 厂新 か ら 旧へ の 原則 」 を用 い る こ と に よ っ て 、 指 定 文 に お け る指 定 項 以 外 の名 詞 句 に接 続 し な い格 助 詞 は ガ だ けで あ る とい う こ とを否 定 して 、 ガ格 と他 の 格 との 間 に本 質 的 な差 を認 め な くて す む とい う こ と を 考 えた わ け だ が 、 実 は これ に よ っ て、 も う一 点 ガ 格 と他 の格 との差 を な く す こ とが で き る。 従 来 、 ㈱ 太 郎 が 社 長 だ 。 の よ うな 文 は中 立 叙 述 に は な り得 ず 、 必 ず 厂総 記 」 の解 釈 を受 け る と され て き た 。 上 林(1988)で も 「AがBだ 」 の 形 の 文 を 「指 定 文 」 と呼 び 、 こ れ は 一107一

(10)

「文学部紀要j文教大学文学部第

12-1

号 上 林 洋 二 指定の解釈しかないような書き方をしているo しかしこれは先にも述べた ように、

fO

はムだ」という形の文には措定文と倒置指定文というまった く異なった構造を持つ二種類があることを強調したいがために、こう言っ たのであって、実は

fA

B

だjという形の文にも中立叙述文は存在す る。 すでに久野(1973) でも述語が「恒常的状態

J

を表す場合には必ず「総 記

J

になると言いながら

空が青いね0 (27) 大変だ。太郎が病気だ のような中立叙述の例を出して、これらは「一時的状態

J

だと説明してい るo しかし「青い

J

という形容詞が「一時的状態」を表すと言うのなら、 「恒常的状態」と「一時的状態」との区別ははっきりしないことになるO これはむしろ、動詞文でもコピュラ文でもすべて中立叙述にもなるし、 格助調を伴った任意の名詞句を指定項とする指定文にもなり得ると一般化 しておいて、あとは文頭に来た場合は指定の解釈を受けやすいとか、述語 の性質等もろもろの条件によって指定の解釈が強くなるといった風に考え た方がよいのではないか。そうすれば

ω

のような形の文は必ず指定文にな る、つまり他の格と違ってガには形だけで指定と決まる場合があるという ことを言わずにすむことになる。 また

fA

B

J

という形の文と

fB

A

だj という文が必ずしも同 義でないと言われることもあるが、後者は(むろん措定文でなければ)必 ず指定の意味なのに対して、前者は指定文とは限らないので、両者にずれ が生じるのは当然のことなのである。このことに関しては稿を別にして論 じたい。 〈参考文献〉 Gundel et al.

(

1

9

9

3

)

Cognitive status and the from of referring expres -sions in discourse"L仰~guage

(11)

-108-「新か ら旧へ の原則 」と指定 上 林 洋 二(1984)厂 措 定 と指 定 ハ とガ の 一 面 」 筑 波 大 学 修 士 論 文 。 上 林 洋 二(1988)「 措 定 文 と指 定 文 ハ と ガ の 一 面 」 『文 芸 言 語 研 究 言 語 篇 』14。 久 野 障(1973)『 日本 文 法 研 究 』 大 修 館 書 店 。 三 上 章(1953)『 現 代 語 法 序 説 』 力 江 書 院 。 Mithun,M(1992)"IsbasicwordorderuniversalP"inPayne ,D(ed) 乃 π9〃z娚os(∼プ 防 名40肋 γFZ8祕 ゴ1勿 西 山 佑 司(1979)「 新 情 報 ・旧 情 報 とい う概 念 に つ い て 」 『日本 語 の 基 本 構 造 に 関 す る 理 論 的 ・実 証 的 研 究 』 西 山佑 司&上 林 洋 二(1985)「 談 話 文 法 は可 能 か 」 『明 確 で 論 理 的 な 日本 語 の 表 現(最 終 報 告)』 Reinhart(1982)"Pragmaticsandlinguistics:ansnalysisofsentence topics"IULC 一109一

参照

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