奈良産業大学『産業と経済』第 13巻第 5 号 (1999年 3 月)
59-73
宇宙線のカオス
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第 1 章はじめに 第 2 章宇宙線データのカオス解析 第 3 章大広域宇宙線観測と解析 第 4 章 カオス宇宙線モデル 第 5 章おわりに 第 l 章はじめに 高エネルギーの陽子や核子でできた一次宇宙線が地球大気中で核反応のカスケードを起こす 事によって発生する空気シャワーの観測は宇宙線研究の重要な基盤の一つである。奈良産業大 学においても 7 台のプラスチックシンチレーションカウンタ (1m 厚さ 100mm) を 1 辺 8m の正六角形の項点と中心に設置して空気シャワーを常時観測し,到来する宇宙線の到来時間 (GPS によって得られる世界時) ,到来方向(天項角,方位角)および、一次宇宙線エネルギーを 記録している。すでに報告してきた通り,平均 300TeV のエネルギーの宇宙線の到来時間間隔の一次元データヲ1)
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常データのランダム性を議論する場合にはできるだけ長いデータを採用して周期性のなさを議 論するものである。しかし,少なくとも Grassberger- Procaccia の方法でカオス性を議論する
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59-大原荘司 場合には,僅か数百のデータ長で解析パターンに明瞭な違いが得られるのであり,むしろ小刻 みな解析による厳密な議論にむいていると考えられる。データ長とカオス性解析についての数 学的議論は今のところ十分なされているとはいえないが, ASATIs の小刻みな単位でのカオス 性の変動すなわち, 10-20時間毎に宇宙線のランダ、ムな性質がどのように変動しているかにつ いての解析的検討には適確に対応できるものと判断される。 本論では,この ASATIs のカオス性の変動を従来報告してきたものより詳細に検討した。さ らに日本国内の他の LAAS グループ(大広域空気シャワー観測グループ,近畿大,岡山大)の 観測データについても同様の解析を行いカオス性の変動に観測設備聞の同期性がないかどうか を厳密に確認しその意味について検討した。そもそも,空気シャワ一宇宙線観測は地表から僅 か 20km 程度の空気層で起きる電離カスケードが地上で高々直径 100m の範囲に一群の電子 や陽電子となって降り注ぐ現象を手がかりにして宇宙のはるか彼方から到来する宇宙線の本性 を探ろうとするものである。数時間以上に及よその ASATIs の性質は当然地球の自転を反映し たものとなる。自転に伴って天空を走査しながら宇宙線を観測しているわけであるから,一つ の設備での観測自体が大広域に亘るものとなる。 ASATIs のカオス性の解釈に際しでもこの自 転に伴う観測であることを考慮に入れなければならない。宇宙線の観測方向を特定の天体に固 定するような観測方法や解析に比べて,この事は一見解釈を困難にするように見えるが,後述 するようなカオス宇宙線の波モデルに基づけば解釈は容易で、ある。 第 2 章 宇宙線データのカオス解析 宇宙線データのカオス解析は,現在のところ宇宙線空気シャワーの到来時間間隔列 (ASATIs) に対して行われている。 Grassberger- Procaccia のフラクタル次元解析の方法に基 づき,まず 150-300点の ASATIs を多次元位相空間のなかにベクトル点の集まったトポロジー として再構成し,このトポロジーの自己相似構造の指標となるフラクタル次元を求めるのであ る。求められたフラクタル次元が位相空間の次元(埋め込み次元)の 1/2 以下である場合には, 概ねもとの一次元データ列がカオス性(予測不可能な結果をもたらす相関性)をもつものと判 断される。この間の詳細については,すでに報告済みであるので説明を省くが,この方法によ り 300点前後 (ASATIs の場合,観測時間で20時間前後に対応)の少数データ列毎のカオス性が 判定できるわけである。 ASATIs が完全にランダムと判断される解析結果のダイアグラムを図 1 に,カオス性でフラ クタル次元をもっと判断される解析結果のダイアグラムを図 2 に示す。図 2 でフラクタル次元 曲線 Dm は,位相空間内のトポロジーを構成するベクトル点の積算数 Cm の対数をベクトノレ点
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5.0 図 2大原荘司 聞の距離の対数で微分する事によって求めたものであるが, Dm が ln(r) 値の比較的小さな区 間で一定であるという事はこのトポロジーが局所的に自己相似構造を持つ事を意味し,この一 定値をフラクタル次元と呼んでいる。 1996年 7 月から 1998年 5 月までの約20万イベント(奈良産大装置のトリガー率は,ほぽ 300 イベント /24h) についてフラクタル次元解析をおこなった。解析は入射天項角が土 50 度以内の 300 イベントずつについて行い, 20 イベントずつ解析開始イベントをずらしながら連続して実 施した。埋め込み次元は 11次元とした。七つのカウンターの幾何学的配置などのパラメータを 用いて, Nishimura-Kamata の式から求められる一次宇宙線のエネルギーは,平均 300TeV で ある。 Dm 曲線が前述のような一定値を持つかどうかは,最大エントロビー法による平滑化後に 最小自乗法によって自動検出する事とし,数ヶ月に亘るデータの解析後にフラクタル次元が検 出されたデータ周辺を改めて綿密に(前後に 10 イベントずつ開始データをずらしながら)解析 した。 このような解析の結果,明瞭にカオス性を示す ASATIs に接近してカオス性の傾向 (Dm 曲 線が図 2 のようにフラットではないがランダムな場合から大きく外れる傾向がある)を持つ ASATIs が存在し全体として 2-3 日以上継続する場合が 3-4 ヶ月に一度程度の頻度で出 現する事が見出された。はっきりした 30時間以上継続するカオス性を持った ASATIs の前後に 丁度地震の前兆や余震のようにカオス性の傾向を持つた ASATIs が続く。このような長期に亘 るカオス性は人工的に作成したデータでのチャンスによるものではとうてい実現できないもの で、ある。 上記のように見出されたカオス性を持ったデータ列のフラクタル次元は図 3 に示すように多 くの場合埋め込み次元依存性を持っている。埋め込み次元依存性は,すでに報告されているよ (4 ) うにカオスデータ列にノイズが重なった場合に出現する。また ASATIs のような離散的デー タ列の場合には 20% 以上のノイズが混入しても Dm 曲線が一定となることは崩されず,フラク タル次元値も埋め込み次元の 1/2 以下であることが実証されている。すなわち元の ASATIs のカオス性が埋め込み次元空間の中で十分に再構成されている。宇宙線の場合も一連のカオス 宇宙線が銀河中を到来する過程で擾乱を受ける事は当然予想されので,今の場合埋め込み次元 依存性はカオス性を否定するものであるとは考えない。ノイズ混入による埋め込み次元依存性 は,埋め込み次元 10次元以上から顕著になる事が人工的な離散カオスのシミュレーションから 推定されるので,今のところ宇宙線のカオスは埋め込み次元 9 次元付近でのフラクタル次元, 3.5 次元あるいはそれよりも小さなフラクタル次元を持つカオスであると考えられる。この次 元値は宇宙線の発生機構あるいは加速機構に関わるダイナミックスの自由度を反映すると考え られるが,現在は次元値の解釈についてはそれ以上の議論ができる段階ではない。
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さて,前述のように数日にわたってカオス性が継続すると見られる現象は 3
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岡山大学,岡山理科大学,愛媛大学および高知大学に設置されている。前述のようにそれぞれ の設備での観測自体が地球の自転に伴ったものであって大広域に亘るわけであるが,さらに相 互の連携観測によって到来宇宙線の情報を 3 次元的に捉えようとするわけである。今回,測定 条件が比較的近く安定に稼動している奈良産大,近畿大,岡山大のデータについて 1996年 7 月 以降 1998年 5 月までの全データ(このうち奈良産大では, 1996年 12 月から 1997年 6 月まで稼動 停止)を第 2 章で述べた方法で解析条件を同一にして比較した。ちなみに奈良産大と近畿大は 直線距離で約 11km ,奈具産大と岡山大は約 165km 離れて位置している。 ASATIs の明瞭なカオス性が30時間以上に及ぶ場合のみを取り上げるとそれぞれの観測設 備について表 1 の結果となる。前述のようにカオス性の傾向まで含めるといずれも前後数日に 及ぶわけであるがこのうち相互に同期していると見られるケースについてはアンダーラインで 示した。長時間におよぶカオスについてはかなり高い頻度で異なる設備聞の同期が得られた。 カオス性の同期とはいえこの距離で何らかの同期が得られるという事は従来の宇宙線空気シャ ワーの常識では考えられない事である。 さらにこれらカオスデータを含む数日にわたるデータについて前章で述べた Dm 曲線の傾 きの経時変化を比較した。図 6 は 1997年11 月中期の 1 週間の奈良産大と岡山大の解析結果を比 較したものである。一点ごとのデータ点数が異なるのは,それぞれの設備でのカウンター聞の 配置など測定条件がやや異なることから空気シャワーの観測トリガー率に違いがある為である。2
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図 6 カオス性の変動の時間分解能はデータ点数 カオス性の判断精度はデータ点数が多い方が良く, 岡山大の場合200点とし それぞれの最適点数を奈良産大の場合150点, が少ないほど具いので, て解析した。結果のフ。ロファイルはデータ点数を 2-
3 害1]変えても大きな変動を示さない。図 165km 離れた異なる 2 地点の ASATIs のカオス性の変動が共に周期 ここで,表 1 の大まかな同期性の 6 から明らかなように, 的であり尚且っその位相がよく同期していると考えられる。-
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詳細が明らかになったわけである。周期性の検討のためにそれぞれのデータ(同時期の近畿大 のデータも含めて)から連続する 256点を取り出してフーリェ解析にかけると,図 7 のように約 23時間周期の変動を示す事が明らかとなった。なおこの間の気圧変化(大阪管区気象台データ) は :::!:::0.2% 以内であり,気象の影響は考えられない。その他のデータを含めたフーリェ解析の 結果を表 2 に示す。これらの結果はカオス性の強い ASATIs が半日乃至一日周期で観測されて、 、 司、 φ ミ -K
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図 8 いる事を現している。空気シャワーの観測が地球の自転に伴って天空を走査しながらなされて この事はカオス性の強い宇宙線が赤径で数時間以上に及よかなりの幅を持 いる事を考えると, カオス性の継 って特定の 1 方向あるいは 2 方向から到来すると考えれば理解し易い。そこで, 続が30時間以上にわたる 1993年以降のデータ列のカオス性をデータ点数を 150 にして細かく解 析し直し継続したカオス性データ列の中で最も安定に低次元のフラクタル次元を示すデータ列 を求めてフ。ロットすると図 8 のよ の中心の赤径値(データ列の両端の平均赤径値より求める) カオス性を示す宇宙線は赤径で 2h-4h 付近を中心とした方 この図から明らかに, 向および 14h 付近を中心とした方向から到来していることが推定される。-
69-うになる。大原荘司 第 4 章 カオス宇宙線モデル 宇宙線到来時間間隔列についての一連のカオス解析の結果,カオス的な空間配置を持った宇 宙線がある程度特定できる方向から数ヶ月の聞をおいて到来するらしい事が推定できた。 ASATIs はある程度のノイズを含む事がそのフラクタル次元値の埋め込み次元依存性から推定 できるが,このノイズはカオス性を持った ASATIs に均一に混入するというよりは地球の自転 に伴う観測に応じて断続的に混入している可能性が高い事は,データ点数を絞った Dm 曲線の 傾きの経時変化の解析結果(図 6 )からも明らかである。奈良産大の観測データの場合でいう と, ASATIs が300点のデータの場合はほぼ地球一周に伴った観測になるがこのデータがカオ ス性を持つ場合全データが均一にカオス的なのではなく,この内赤径で 4h あるいは 14h 付近 の方向からの一連の宇宙線がカオス性を持つために,これが300点全体のカオス性を担うことに なる。この場合カオス性を持つ部分が全体に対して一定の割合を占める必要があるはずで、ある が,合成関数によるシミュレーションでは,データ長の 1/3 以上のまとまった区間で強いカオ ス性を持てば全体の Dm 曲線は一定値を示す。従って赤径方向で 4h. 14h を中心にそれぞれ 8h 程度の幅を持って波のように横並ぴになってカオス宇宙線が到来するのではないか。一つの 波と後続する波を地球の自転に伴って斜めに波乗りするように観測しているのではないか。そ して波と波の聞の時間間隔列がカオス性を持っているのではないかと考えられる。この事情を 図 9 に示す。この際斜めに時間間隔を観測することも小さなノイズ源になっていると考えられ るがいずれにしてもこの一連の波が形成するアトラクター構造が位相空間の中で良く再構成さ れてフラクタル次元が求められるわけである。それでは,このようなカオス宇宙線はどのよう に発生し到来するのであろうか。この結論を得るにはまだ手がかりが少なすぎるであろうが, カオス性と到来方向の偏りのデータだけを手がかりに推論してみよう。まず,曲がりなりにも 数10 光時の距離にわたってカオス性を保持しながら一群の宇宙線が到来するということは,発 生源がこの銀河系外であることは考えにくい。また波のように横並びで到来するということや 一定の指向性を持つ事は加速過程のみでは説明しにくい。また最近コンパクト星からの X 線の 強度変化にカオス性が観測されている。などの事実を考慮すると,この銀河中で太陽系から 16000光年離れた連星 SS433 のジェットがカオス宇宙線源として検討対象になるのではないか。 このジェットは降着円盤中の水素ガスがプラズマ化して吹き出していると考えられ,電波望遠 鏡による観測では SS433 のジェットの発生は間欠的である。ジェットのスピードは光速の 26% 観測されているのでプロトンのエネルギーとしては 1GeV のオーダであり,そのままでは
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平均 300TeV の到来一次宇宙線の説明ができないがジェット発生後に衝撃波加速やフェルミ 加速を受けてエネルギーを稼ぐとも考えられよう。またこの銀河中の磁場 (300μG) によってラ ーモァ回転を繰り返す過程で加速され,再収束されながら太陽系に到来することも予想できる。 SS433 が太陽系から見て赤径 19h の方向にあり,そのジェットの傾斜角を考えるとジェットの 吹き出しはほぼ一定赤緯方向であり,歳差角によっては赤径で 4h および、 14h 方向に吹き出す 場合があり得る。その後のラーモァ回転を経ても 4h 方向 14h 方向から地球に到来する宇宙線 に支配的に寄与していると考えることも可能で、はないか。ジェットの歳差周期は 162 日である が,比較的長期間継続する(数日)カオス宇宙線の到来が年に数回程度であるのはあるいはこ の歳差周期の効果とも考えられる。 第 5 章おわりに 前章で述べたように,カオス宇宙線の到来モデノレでは一定の広がりを持って特定の赤径法考 から横一列に並んだ宇宙線が数光日に亘ってカオスアトラクターを形成しながら太陽系に到来 する。他の赤径方向ではそのアトラクターが崩れて到来していると考えれば,地球の回転に伴 -71 ー大原荘司 う宇宙線の観測においてしばしば十数時間以上に亘る ASATIs でカオスが見出される状況が 説明できそうである。このカオスが常時特定方向を走査する観測に伴って見出されるわけでは ないのは,例えば SS433 をカオス宇宙線源と考えた場合のジェットの歳差運動のためにカオス 宇宙線の到来コースから外れてしまう為か,圧倒的な擾乱要因のためにカオスが崩れることの いずれかが支配的原因であると考えられる。 太陽系近辺での銀河磁場やそのリコネクションによるエネルギーの開放によってカオス的な 宇宙線の加速がなされることにカオス宇宙線の原因をたずねることも可能であるが,それでは 赤径に沿って数時間以上に亘って宇宙線が横一列に並ぴながら到来し,その波が数 10光時も継 続してカオス宇宙線を形成するイメージには繋がりにくい。やはり元々カオス的間欠的に宇宙 線を吹き出す源があって,さらに加速されてエネルギーを補強しながら太陽系に到来すると考 える方が適当ではないかと思われる。 300TeV の宇宙線の銀河磁場内でのラーモァ半径は約 3 光年であるので, SS433 を源とすれば何千回かのラーモァ回転を繰り返しながら一群のカオス 宇宙線が太陽系に到来する事になる。 1997年 10 月 30 日の 17時21分14秒に,奈良産大と岡山大で観測された空気シャワーの到来時間 の差は僅か 47μ 秒であった。これは偶然とすると 14年に一度しか起こり得ないイベントであ る。この現象も前述のカオス宇宙線波モデルによれば容易に解釈できる。横一列に並んで一次 宇宙線が到来するのであれば, 165km 離れた 2 地点でもほぼ同時に空気シャワーが観測されて よいわけである。 このモデルをさらに確認するために,複数の観測地点での ASATI のカオス解析とその同期 性の検討を重ねたい。 謝辞 大広域宇宙線観測共同研究グループの,近畿大学の小西健陽,辻勝文,千川道幸,加藤幸弘, 北村崇,海野和三郎および岡山大学の和田倶典の各先生と岡山大大学院の越智信彰氏の協力に 謝意を表します。また SS433 関連の情報については,奈良産大の中尾泰士先生と大阪教育大の 福江純先生に貴重なアドバイスをいただきました。 FFT については奈良産大の向井厚志先生の アドバイスをいただきました。あわせて感謝します。 なお本研究の一部は,科件費一般研究の補助によってなされました。