〈巻頭言〉何故書くか,何故書けないか
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(2) 工藤正俊. あるいは理屈によっては決して動かない.ということは言い古された言葉である.すなわち,イ ソップ物語の「北風と太陽Jの原理である.人間の行動はまた論理的知識からも誘発されない. 心の底からこうしたいという欲求を感じた時に最も効果的に行動は誘発され,しかもそれは習 慣形成にまでいたる.これが最も効果的な教育の基本である. 具体的には学部学生に対するテュートリアルやクリニカルクラークシップ教育は,ある問題 をもった患者さん(あるいは病歴)をいきなり学生に提示する.たとえば黄痘のある患者さんを 提示された学生はとりあえずショックを受ける.そして自己の衝動的欲求として何故この患者 さんは黄色いのか? 原 因 は ? 診 断 は ? 鑑 別 は ? 治療は? などなど「知りたい」と自ら が思い自分で知識を得るために努力をすることにより問題の解決を図ろうとする.そうして得 た知識は必要かっ生きた知識であり教科書の一夜漬け,あるいは受動的講義で得た知識とは比 較にならないほど永続的な知識となる.そのうえ一度そのような成功体験をした学生は同様の 対処をすれば問題は解決できるという,自信と習慣形成をも手に入れることができる. ひるがえって病院組織における卒後教育を担当する我々大学人が果たしてどの程度上記のよ うな「行動様式の変容Jと「その習慣形成」を後輩の医師に「教育Jし得ているだろうか.すな わち,論文を書くということ一つをとってみても,その意義は色々な点で計り知れない効果を有. r. するわけであるが,そのような点でどれだけ「自発的にやりたい J 自発的に論文を書きたい」 という気持ちにさせる指導をなし得ているだろうか.はなはだ疑問であり,大いに反省させられ るところである. 論文といっても必ずしも原著論文のことだけではない.すなわち症例の観察研究を報告する ことも重要なことである.臨床においては一例一例がたとえ同じ病名であったとしても一例と して同じ症例はあり得ない.同じ病気でもーっとして全く同一であるということはなく,何か異 なるメッセージを発信しているのである.そのことを的確にキャッチすることにこそ意味があ るという日で一例一例の患者さんを注意深く診療し観察していくことこそが最も大事であると 私は考えている.そのような注意深い観察から新しい臨床的な発見も生まれてくるし,また逆に そのような観察眼が生まれる素地としては臨床家として真面目に臨床と向き合って最高の l e v e l に到達している必要がある.そのような点で日々の臨床の現場には“c1i n i c a lp e ar1"とでも言う べきものがあちこちに転がっている,まさに宝の山であるわけである.そのような理由で症例観 察に基づいたケースレポートを書くということは極めて,その本人の生きた知識になることは もちろんのこと,今後の新しい疾患概念の確立,新しい治療法の着想などに結びつき得る重要な 姿勢であると考えられる.残念ながら,ケースレポートは最近の I mpactf a c t o r重視主義の多く のJ o u r n a lから採用されない傾向にはあるが,それでも s h o r tr e p o r tや L e t t e rt ot h eE d it o rな どとしては採用されるので業績をあげるという目的ではなく,症例をキチンと観察・整理して. documentしていくという姿勢に立つことは臨床家としては大変重要で、あると考えられる.すな わち症例の観察研究を報告することは我々,大学人に課せられた使命であると自覚すべきと考 えている..
(3) 何故書くか,何故書けないか. 私なりに考える医師・研究者の 5つのタイプを表に示す. 表 医 師 ・ 研 究 者 の 5つのタイプ(レベル) 臨床・研究能力が優れている. 学会発表をする. 書く必要性をわかっている. 実行する(書く). A. O. O. O. O. B. O. O. O. ×. C. O. O. ×. ×. D. ×. O. O. O. E. ×. O. ×. ×. 現在,功なり名をとげている人は, ( 1 ) 臨床的あるいは研究能力にすぐれ,そして, ( 2 ) 書く必要 性もわかっており, ( 3 )それを実行に移すだけの英語力あるいは論文作成能力も身につけている というグレード Aのレベルにまで至っている人が多い.これに対して卒業直後の医師は論文の 重要性・意義についても臨床・研究能力もまた論文を書くという能力もまだ備わっていないので グレード Eのレベルの医師である.このような医師でもすぐに各科で学会発表については指導 を受ける.このような Eレベルの人を如何に Bのレベル,あるいは Aのレベルまで高めるかとい うことを真剣に考えるのが先輩の役割である.ただ最も多い Bのレベルの医師は,書く重要性を わかつてはいても,また,やれば出来るのに,しないというグループであり,医学教育の植村研 ,I スピード 一先生流に言えば「喫煙が健康に有害であることを承知のうえで禁煙をしない医師 J 運転が危険で、あるとわかっていても安全運転をしない医師」に該当する.すなわちデータもあり 書かなければいけないと思っていながらどうしても書けないというケースが実は医師の中で最 も多いのかも知れない.問題はこのような人にどのようにして「行動の変容jを起こすことがで きるのかという点である.やはり人は決して「強制」でも「知識jでも動かない.自ら「楽しい 思い JI 充実感 j あるいは「達成感」を味わい「自己成長・自己実現の喜びのようなもの」を味 わってこそ,始めて書くという行為が楽しくなるのであろう.こうなるとやはり上司も部下も共 に苦労して汗を流して一緒に頑張って「高い山」に登ることによって一緒に達成感を味わっても らう以外に王道はなさそうである.一緒に苦労するというのが実はポイントで一人で登れとい っても通常,人は一人では「高い山」へは登らない. I 人というものは常に上司のやることを見 ているものなので自分がしないことをいくらやれといっても下は動かない」とは昔私がよく言 われた言葉でもある.各医局の指導的立場にある先生方もこれを機会に Bから Aへレベルアッ プするために汗をたくさん流す姿を是非とも後輩に見せようではありませんか. 以上の話と矛盾するようではあるが,最後に. つだけ念を押しておきたいことは,論文を書く. 書かないよりは,実はもっともっと大事なことがあるということは常に忘れてはいけないこと である.すなわち,医師の務めは病める人を救うことであり,そのことを常に忘れず,やりがい を持ち,一生懸命努力してそのこと自体に満足感・充実感を覚えることができる限り臨床医とし ては間違いなく立派な生き方であり,たとえどのような立場,どのような病院,どのような状況 にあろうとも医師としては必ず一生心が満たされた人生を送れることは間違いないということ である.このようなことをこそ実はまず後輩には学び、取ってもらいたいものである.最も注意す.
(4) 工藤正俊. べきは Dタイプの医師であり論文は書くけれど臨床医としての能力の低い医師は最悪で,それ よりは Cタイプの医師の方が医師としてはもちろん人間としても充実した生き方ができること は間違いない. 以上が私の常日頃抱いている研究・臨床あるいは卒後教育に対する雑感であるが,若い先生方 の少しでも参考になれば幸いである..
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