フィッシャーの『経営の管理』についての一考察
牧
浦
健
二
本旨 本稿では,1965年に第2版として出版された, フィッシャー著『経営の管理』( Die Fu¨ hrung von Betrieben)を,適宜に翻訳しながら,検討する。今日,大規模な経営では, 上位と中位の管理者は経営管理制度の下で協力しているが,まず,彼は,このような分業型 の制御のために,総ての管理者の協働を可能にする,1 つの方法論( Methodik )を叙述す る。その際,どのような制度上での問題を,組織と,制御の手段で抱えているのかを検討す る。 キーワード フィッシャー,[経営のための]管理,制御の手段 原稿受理日 2019年2月23日
Abstract In this treatise, we conducted research on Fischer’s book“ Business Management”, in German “Die Fu¨ hrung von Betrieben”, by discretionary translation. He published this book 1.ed., 1960, 2.ed., 1965. In modern big business, top and mid-del managers work togather under the business management system. He approached to refer about how all managers to controll togather under the division of laber. He indicated what institional probem on organization, instrument to controll.
Key words Fischer, G., Business Management(Fu¨ hrung von Betrieben), instrument to controll
は じ め に
第二次世界大戦後の経済復興期に活躍した,西ドイツの経営経済学者の代表の1人とし て, グーテンベルク(Gutenberg, E. 18971984)があげられるが,彼は,戦前に活躍し た,ニックリッシュの主張に対して批判的な態度を採った。反面,ニックリッシュに対し て,好意的な態度を示した研究者として,コジオール(Kosiol, E. 18991990)やフィッシャー (Fischer, G. 18991983)らがいる。彼らは,10歳代に第一次世界大戦,30歳代に世界恐 慌,40歳代に第二次世界大戦を経験した,同世代人である。 フィッシャーは,ニックリッシュの主張を継承したが,自ら『一般経営経済学』で,「経 営経済学は1つの経験的・実在論的科学(empirisch-realistische Wissenschaft)である」 (Fischer, G. 1964. S.22.;参照。清水敏充訳1962. 23頁)と主張し,経営経済学の理論上で の命題から,実践での経営の運営方法は確立されるため, 「経営経済学は実践科学(prag-matische Wissenschaft)になる」(Fischer, G. 1964. S.22.;参照。清水敏充訳1962. 23頁) と考える。その際,「経営経済学は,経営内で活動する人(die in Betrieb ta¨ tigen Menschen) に,経済科学上での知識や,経営と市場での適切な作業(Arbeit)に関連した要求をする だけではなくて,むしろ,経営と市場における,総ての協力者や資本供与者,顧客,供給 者,競争相手に対する態度(Verhalten)で,倫理上での規範(ethische Normen)〈【筆 者補足】モラル〉も要求する」(Fischer, G. 1964. S.22.;参照。清水敏充訳1962. 23頁)た め,「経営経済学は規範的科学(normative Wissenschaft)〈【筆者補足】モラル・サイエ ンス〉でもある」(Fischer, G. 1964. S.22.;参照。清水敏充訳1962. 23頁)とみなす。し かし,フィッシャーは,資本主義経済体制には,景気の変動,非主体的な失業,貧富の格 差(資本・資産の支配力や生活環境の格差),公害などに起因する,社会問題が内在して いることを経験から熟知していたが,需要と供給の調整のため,自由取引を理念とする, 市場機構に期待せざるをえなかった。また,敗戦国である,西ドイツでは,企業の発展の 本質である,経営での技術上での改善により変更できるが,予測計算に含まれる原価の予 備(Kostenreserven)である,過大な原価(u¨ berho¨ hte Kosten)が問題視されるように なり,LSP(Leisa¨ tze fu¨ r die Preisermittelung auf Grund von Selbstkosten )での総原 価( Selbstkost )の評価が要望されていることや(Vgl.Fischer, G. 1964. S.377378.;参 照。清水敏充訳1962. 388頁),未熟練労働者を中心にして,非主体的な失業者は存在しているが,かなり以前の時期〈【筆者補足】世界恐慌と第二次世界大戦前までの状況〉とは 逆に,現在〈【筆者補足】1960年代〉では労働力に関する過剰〈【筆者補足】専門知識を有 する者では,非主体的な失業者〉は存在しなくなったという状況を無視できなかった (Vgl.Fischer, G. 1964. S.392.;参照。清水敏充訳1962. 401頁)。 フィッシャーは,敗戦国のドイツ語圏で活動したため,1950年代には,戦勝国の英語圏 での企業慣行を紹介し,嫌悪感を弱め,企業慣行のギャップの解消に努めた。これは,第 二次世界大戦後の経済復興に係わる課題であったが,評価規定の変更は比較的少ない抵抗 で実施されたが,パートナーシップのような企業慣行に係わる制度の理解と実施にはかな りの抵抗があった。しかし,彼は,「個々の経営は,正に,経営で与えられた,組織,経 営技術と,資本上での前提により,自らの製作を変更して実行する(anders aufziehen)」 (Fischer, G. 1964. S.430.;参照。清水敏充訳1962. 443頁)という考えを有していた。この
ため, 彼は,1948年に,『組織の基礎』(Die Grundlagen der Organisation. Aufgaben aus der praktischen Menschenkenntnis und ihre Lo¨ sungen, 1.Aufl., 1935.)の第2版を, 1950年に,経営におけるパートナーシップについて,『経営でのパートナーシャフト』
(Part-nerschaft im Betrieb, 1.Aufl., 1950, 2.Aufl., 1955.:清水敏充訳『労使共同経営』ダイヤ モンド社 1969年)を出版した。また,彼は,企業での計画と執行労働について深い関心を 有していたが,1960年代には,Betriebsfu¨ hrung を英米での management, Betriebslei-tung を top management と解するようになった。しかし,『一般経営経済学』(allgemeine Betriebswirtschaftslehre)の体系化の試みでは,体系内で充分に検討できないモノ,つ まり,彼が Die Fu¨ hrung von Betrieben や Politik der Betriebsfu¨ hrung と呼ぶ理論 (推敲)の重要性に気づいた。この点,1960年代に検討された,Betriebspolitik と Betriebs- fu¨ hrung では,「近代的な技術の大衆化の脅威に対抗するため,経営上でのグループの形 成を考慮し,育成することが,古くから[経営による]労働のための組織の課題になって いる。非常に大きな経営と大規模経営では,個々の協働者はもはや自らの経営の全体を概 観できない」(Fischer, G. 1964. S.219220.;参照。清水敏充訳1962. 208頁)という現状に 規定により規制されていたが(Vgl.Fischer, G. 1964. S.536.;参照。清水敏充訳1962. 549頁), 1954年から,「総原価( Selbstkost )に基づく価格算定のための指導原理( LSP(Leisa¨ tze fu¨ r
die Preisermittelung auf Grund von Selbstkosten))」に基づくように改められた(Vgl.Fischer, G. 1964. S.267.;参照。清水敏充訳1962. 259頁)。この LSP 規定では,給付を条件にする原価に, 計算上での利益の追加(Gewinnzuschlag)を加えて,総原価価格(Selbstkostenpreise)が成 立する(Vgl.Fischer, G. 1964. S.350.;参照。清水敏充訳1962. 352頁)。このような,ISO¨ 評価 規定から LSP 規定への変更は,「外からの組織化」(Fremdorganization)で,半ば,強制的な ものであったが,フィッシャーは,1949年に,著書『Neue Aufgaben des betrieblichen Rech- nungswesens』,1954年に,『die Kommentierung der“ISO¨ /LSP”, Preis und Kosten』(2.Aufl.) を出版した。
対処するため,大規模な組織での(即物的な)目標を集団で達成するために必要な,経営 の指導(Leitung des Betriebs),つまり,Betriebsleitung(top management)による Betriebspolitik と,[経営のための]管理(Betriebsfu¨ hrung)(management)の方策 が検討される。このため,フィッシャーによれば,「経営経済学の最近の展開では,経営 経済の思考の中心に, もはや価値の問題ではなくて,むしろ,[経営による]給付の製作 とその制御が置かれ,その際, 価値の問題は既に前提とする」(Fischer, G. 1964. S.23 u. Vgl.S.25.;参照。清水敏充訳1962. 25頁 28頁)。つまり,「経営の経済上での側面や,その 経済上での実践(Wirtschaftspraxis)のみを見るだけでは充分でない。また,社会上での 実践(Sozialpraxis )も経営経済学は研究すべきである。経営は人の作業場(Arbeits- sta¨ tte )で あ る」(Fischer, G. 1964. S.24.;参照。清水敏充訳1962. 25頁;Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.167.)と考える。そして,経営では,「真の協働者の情況(Mitarbeiterver- ha¨ ltnis)と,活発な経営共同体(lebendige Betriebsgemeinschaft)が発生しなければ ならない」(Fischer, G. 1964. S.24.;参照。清水敏充訳1962. 26頁)。つまり,経済,政治 上の出来事が承認する限り,「経営はできる限り(生活を)保証する(存在保証の感じ (Gefu¨ hl der Existenzsicherheit)を創造する)作業場でなければならない」(Fischer, G.
1964. S.24 u. Vgl.S.45.;参照。清水敏充訳1962. 26頁 54頁)。そこには,社会上での実践 (Sozialpraxis)への[経済での]実践(Wirtschaftspraxis)の拡大がある(Vgl.Fischer, G. 1964. S.24.;参照。清水敏充訳1962. 26頁)。「この意味で,経営は,1 つの有機的な統 一体(organische Einheit),すなわち,経済上と社会上での生活の領域での1つの独自 な有機体(Organismus)である。経営経済学が,総ての影響要因を詳細に検討し,その 相互関係を呈示し,実践上での経営の構成(Betriebsgestaltung)のための結論を引き出 すことができれば,経営経済学は有機的な経営経済学(organische Betriebswirtschaftslehre) となる」(Fischer, G. 1964. S.25 u. Vgl.S.27.;参照。清水敏充訳1962. 27頁 31頁)と主張 した。 ところで,フィッシャーによれば,「経営の課題は,5 つの主要機能〈【筆者補足】指導 (Leitung)・処理(Verwaltung)・調達・製造,あるいは,在庫品管理(Lagerhaltung)・ フィッシャーは,最高経営者と協働者(Mitarbeiter)の関係では,従来の,企業家が自らの 意思と作業方法を押しつける,家長的な[経営のための]管理や自由・個人主義的な[経営のた めの]管理に代わって,パートナーシャフト制による[経営のための]管理が採用されているが, 労働者や職員(Angestellter)に人としての人格と独自性(Eigenart)を認め,これに応じて経 営の構成の組織上での方策(Maßnahme)を調整する社会的(人間関係的)な[経営のための] 管理に変化してきているとみなす(Vgl.Fischer, G. 1964. S.109110.;参照。清水敏充訳1962. 137138頁)。
販売〉の異なる部分機能を最高の経済性で実施することである」(Fischer, G. 1964. S.52.; 参照。清水敏充訳 1962. 62頁)と考え,対象領域が広く,抽象度が高い「主要機能」から, 適切な部分機能を選択して,果たすことが実施では必要であることを指摘する。 また, 〈【筆者補足】英語圏のように〉,業種別の特殊経営経済学(spezielle Betriebswirtschafts-
lehre)があまり普及していない,ドイツでは,「一般経営経済学(allgemeine Betriebs- wirtschaftslehre)は,出来事と事実により,経営内で発生可能な原則上での原因と結果 を呈示しようとするものである」(Fischer, G. 1964. S.28.;参照。清水敏充訳1962. 33頁) が,「特に,一般経営経済学の領域では,[経営のための]管理(マネジメント)(Betriebs- fu¨ hrung )と,これに必要な経営経済政策( Betriebswirtschaftspolitik )が生ずるが, 経営政策が呈示される」(Fischer, G. 1964. S.28.;参照。清水敏充訳1962. 33頁)必要が あると主張する。同時に,フィッシャーによれば,「[経営のための]管理(Betriebsfu¨ h-
rung)と経営の指導(Leitung des Betriebs)は区別しなければならない。……アメリカ の経済活動では,これが management と top management の区分で用いられてきた。 これは,ドイツの経済活動では,Leitung des Betriebes と Betriebsfu¨ hrung と呼ばれる べきである。[経営のための]指導は,経営の5つの主要機能の1つであり,他の4つの 機能の上にあって,これらを制御する(lenken)」(Fischer, G. 1964. S.104 u. Vgl. S.53.; 参照。清水敏充訳1962. 131頁 6768頁)。このため,フィッシャーによれば,今日,見られ る,経営での[人による]労働での新しい展開により,「計画する( planed ), 指導する ( leitend ),執行する(ausfu¨ hrend )労働という以前では普通であった3分割はもはや妥 当 し な く なって き て お り,……経 営 に お け る 5 つ の 主 要 機 能,従って,指 導,処 理 ( Verwaltung ),製作,調達と販売では,これに対応して,圧倒的な指導(u¨ berwiegend
leitend),指示,あるいは,処置(anleitend oder disponierend),執行と,機械的な活 動に区分すべきである」(Fischer, G. 1964. S.185186.;参照。清水敏充訳1962. 173174 頁)。この点,フィッシャーは,1960年代には,「経営の処理(Verwaltung)の課題は, 使用できる人の労働力と資本,並びに,ここから獲得した資産価値を大切に(pfleglich) 取り扱い,その合目的な投入と摩擦のない協働について配慮し,これにより[経営による] フィッシャーによれば,「全体の[経営のための]管理(Betriebsfu¨ hrung)の精神上での基本 的態度と,その実現のための様々な方策(Maßnahme)は,これらが折々の可能性に応じて選択 されるように,経営政策(Betriebspolitik)の名称の下で統合される。つまり,[経営のための] 管理の計画上での方策は,常に,既存の内部経営での情況である,特定の前提と,折々の市場の 影響から開始され,同時に,このような影響を所与としなければならない。なお,経営政策を企 業家自らの方策とみなす時,企業家政策,あるいは,事業政策(Unternehmer- oder Gescha¨ ftspolitik) と呼ばれる」(Fischer, G. 1964. S.93.;参照。清水敏充訳1962. 156157頁)。
給付を経済的に用意することである」(Fischer, G. 1964. S.118.;参照。清水敏充訳1962. 14
7頁)と主張する。なお,フィッシャーは,パートナーシャフトの経営(Partnerschafts-betrieb)という用語を用いている(Vgl.Fischer, G. 1965. S.24 u. S.29 u. S.3334.)。 本稿では,1965年に第2版が出版された『経営の管理』(Die Fu¨ hrung von Betrieben) を,適宜に翻訳しながら,フィッシャーの[経営のための]管理について検討する。
初版の序文 (1960年夏)
昨年〈【筆者補足】つまり,1959年〉に初めて,また,ドイツの経済では, 経営の管理 (Fu¨ hrung von Betrieben)において発生したように,特殊な課題と問題に対して広範囲 に亙る関心が起こった。以前では,経営が所有されるか,あるいは,経営で指導する地位 (leitende Stellung)が獲得されてきたため,経営が既に管理されうる(fu¨ hren)ことが 信じられていた。これに対して, 今日〈【筆者補足】つまり,1960年〉では,経営の管理 が,方法論上で確定され,アドリブでは行えない,完全に決められた原則に従って生ずる ( erfolgen )ことが知られている。 これについてはこの本では是正されるべきである (Vgl.Fischer, G. 1960. S.5.)。
だが,この本では,今日,同様に,方法論上で展開され,適用される,非常に重要な課 題の領域である,「経営の管理」(Fu¨ hrung von Betrieben),経営政策(Betriebspolitik) については全く語られない。これについては,すぐ続いて,このシリーズの(Sammlung), その後の小冊子(Band)〈【筆者補足】つまり,『経営管理の政策』〉が公開される(Vgl.Fischer, G. 1960. S.5.)。 これら両小冊子が経営の管理の課題領域に役に立ってほしい。というのは,ヨーロッパ とヨーロッパ外の外国〈【筆者補足】つまり, たとえば, アメリカ〉に比べて, これは, ドイツの経済とドイツの経営経済学では,まだ目下の所,充分には起こっていないからで ある(Vgl.Fischer, G. 1960. S.5.)。 第2版の序文 (1965年夏) 手元の第2版は,完全に新しく加工され,同時に拡大されるべきであった。多くのこと が,今日〈【筆者補足】つまり,1965年〉の,[経営のための]管理の理解では,自明と なっているが,これは4年前にはまだ知られていなかった。初版の対応する部分は,この ため,削除されるか,あるいは,適切に縮小されるべきであった。反面,最近5年間で, 経営を管理する(fu¨ hren ),術策(Kunst )では,多くの新しい,かつ,有意義な知識が
獲得されたが,これがこの第2版では習熟されるべきである。これにより,初版の変更さ れないままの部分を新たに整理する必要性が生じた。結局,最新の展開されたモノの文献 一覧に合わせることが必要であった(Vgl.Fischer, G. 1965. S.6.)。 そこで,第2版は,どのような知識がその間にドイツの経営経済学でまた獲得されたの か,そして,どのように経営上での実践で,経営の管理の術策が展開されたのかを示せる であろう。この新版の完成で私を支援された,私の研究室の総ての協働者に,心から感謝 する(Vgl.Fischer, G. 1965. S.6.)。〈【筆者補足】この点,文献一覧では,59冊の著書の内, 23冊が1960年以降に出版,あるいは,改訂されたものである〉。
Ⅰ
[経営のための]管理の概念と範囲
1.分業型の企業家の機能 以前,総てを1人で観察し(beobachten),決定できた,企業家の課題は,今日では, 非常に大きな範囲(Umfang)を想定している。これに対しては様々な原因が決定的であ る。 まず, 過去より,現在では, 非常に急速に進行している,技術上と経済上での進歩 (Fortschritt)が,[作業場(Werkstatt)と事務所の]組織(たとえば,電子工学上での データ処理)の適用領域が創造され,ここから,[経営のための]管理(Betriebsfu¨ hrung) のための異なる(unterschiedlich)専門の課題が発生した。そこから,様々な大規模な領 域での市場の拡大(たとえば,欧州連合の動向,アジアでの新らたに発生した経済の大規 模な領域〈【筆者補足】この点,1952年に ECSC(ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体),1958年に EEC(ヨーロッパ経済共同体),1960年に EFTA(欧州自由貿易連合)が結成され, 1967 年に ASEAN(東南アジア諸国連合)が結成された〉が, 追加された,[市場と意見の] 調査を要求している。また,経営の指導(Leitung eines Betriebes)に対する新種の課題 領域は,経営で働く人に対する増大する配慮( Sorge )から生じている。これらは,たと えば,経営としての人事管理(betriebliche Personalfu¨ hrung)への以前の人の処遇(Perso- nalverwaltung)の拡大と,作業での人としての態度(Verhalten)の調査への経営社会 学での方法(betriebssoziologische Methode)の適用で示されている。結局,従って, 世間(O¨ ffentlichkeit)での経営の地位(Stellung)と,世間での意見の形成の必要性が 新たな企業家の課題の前提となっている(Vgl.Fischer, G. 1965. S.9.)。 このような展開は,以前の企業家は,今日,自らでは,小規模経営でも,拡張された企 業家の課題の多様性を1人で克服できる状態ではないことを指摘している。既に,小規模経営でも,彼は,[作業場と事務所の]領域で指導する職員(leitender Angestellter)の 協働者を必要としている。たとえ,また,彼が,外部からの助言する支援(たとえば,税 金の助言者)なしには,ほとんどやっていけないとしても,このような展開は小規模経営 のみに該当するのではない。大規模経営と最大規模経営への以前の中規模経営の急速な成 長は,新旧の企業家の課題の多様性を急速に増加させたため,その克服には,以前より多 くの人を必要とする(Vgl.Fischer, G. 1965. S.9.)。 以前,1 人,あるいは,少人数で実行していた,指導し,計画する,[企業家の]活動 (Unternehmerta¨ tigkeit )は,分業型の[企業家の]機能( Unternehmerfunktion )に まで発展した(entwickelen)。今日,多様な[企業家の]課題(Unternehmeraufgabe) は,複数の人による[企業家の]資質(Unternehmerfa¨ higkeit )と,企業家としての思 考( Denken )を要求し,大規模経営では,しかも,経営としての管理組織(Fu¨ hrungs- organisation)で協力する,多数の人のこれらを要求する(Vgl.Fischer, G. 1965. S.910.)。 このような管理組織(Fu¨ hrungsorganisation )は特定の原則により整理されるべきで ある。様々な管理階級(Fu¨ hrungsebene )への区分では,いずれの決定機関と管理機関 (Fu¨ hrungsstelle )が様々な管理階級に組み入れられるべきであるのかが確定されるべき である。課題の担当者には,対応した[管理の]全権(Fu¨ hrungsvollmacht)が委任され (delegieren),彼らの協力(Zusammenwirken)が秩序付けられるべきである。経営の管 理のこのような調整は広範な企業家の課題を意味する(Vgl.Fischer, G. 1965. S.10.)。 2.[経営のための]管理と[経済のための]管理 [企業家の]機能の分権型の組織の必要性は, そこで大規模経営がヨーロッパでよりよ り早く展開されたため,まず最初にアメリカ合衆国で生じた。そこでは,また,マネジメ ント論(Managementlehre),従って,多くの観点で,ヨーロッパとドイツの展開に影響力 を及ぼした,[経営のための]管理の理論(Lehre von Betriebsfu¨ hrung)が生じた(Vgl. Fischer, G. 1965. S.10.)。 まず,マネジメント(management)がドイツでは「[経営のための]管理」(Betriebs- fu¨ hrung)と訳された。しかし,その間に,このようなアメリカ流の名称の内容が拡大さ れた。今日,アメリカ合衆国では,これにより,経営の管理だけでなくて,むしろまた, 「企業家としての管理, あるいは, 経済に対する影響力の強化(Einflußnahme )」が特徴 付けられている。 このため,今日, アメリカ合衆国では,マネジメントとして,[経営の ための]管理と[経済のための]管理(Wirtschaftsfu¨ hrung)が解されている(Vgl.Fischer,
G. 1965. S.10.)。
アングロサクソン流の名称「マネジャー」( manager )は繰り返して誤解して訳されて きた。 本来,「マネジャー」により, 同時に,自らの経営を所有する,企業家(個人会社 の所有者,あるいは, 人的会社の共同所有者)に対立して, 株式会社の役員会の構成員 ( Vorstandsmitglied ),あるいは,有限会社の事業管理者(Gescha¨ ftsfu¨ hrer )と解釈さ れるように試みられた。しかし,最高位の管理力のグループへのマネジャーの概念のこの ような限定(Einengung)は誤りである。アメリカの人は,マネジャーとして,マネジメ ントの協働者の多くの拡張された階層( Kreis ),従って,[経営のための]管理者と解す る。これには,会社の最上位の指導(Leitung)の構成員(Mitglieder)だけではなくて, むしろ,管理領域での総ての協働者をあげる。この意味では,また,たとえば,職長(Meister) (foreman)が[経営のための]管理に属する。特に,[経営のための]管理の下位と中位 の階級(Ebene)では,マネジャーという用語は更にその他の内容を有する。これは,「上 司」(Vorgesetzten)を意味する。また,以前,ドイツでは普通であった,企業家とマネ ジャーの対比は誤っている。また,指導する職員(leitende Angestellte)は[企業家の] 機能を行使する。彼らには[企業家の]課題が移譲されている(u¨ bertragen)。このため, 所有企業家(Eigentumsunternehmer)と,[事業の]管理をする企業家(gescha¨ ftsfu¨ h- render Unternehmer)(代理人である企業家(beauftragter Unternehmer))に区分す ることがより正しい。〈【筆者補足】この点,わが国では,所有と経営の分離から,たとえ ば,所有経営者と, 資本力のない専門経営者に区分されてきた〉(Vgl.Fischer, G. 1965. S.1011.)。
アメリカ流の名称であるマネジャーは,従ってまず,「[経営のための]管理の構成員」 を意味する(meinen)。ここから,第二に,[経営のための]管理の階層(Kreis)にあげ られない者,従って,執行する(ausfu¨ hrende )労働階級( Arbeitsebene ),作業者と職 員(Angestellte)に対する,社会上での限定が生ずる。この第二の語義(Wortsinn)に は,マネジャーを身分上での名称( Standesbezeichnung ), ほぼ, ドイツでの「役員」 ( Beamter )の名称と同様,に含める。ドイツの語法では,マネジャーに対しては,まだ 相当する身分上での名称は形成されていない。結局,第三の概念の内容はマネジャーの課 題領域を特徴付ける。身分上での名称と活動(Ta¨ tigkeit)は一致する。上司,つまり,定 型的な決定,あるいは, 原則の決定を下してきた者, の活動はマネジャーの義務である (obliegen)が,両者の上位の管理階級には,経営政策(Betriebspolitik)に関連した, 総ての準備し,計画する活動の義務がある。また,このような関連では,ドイツ流の語法
には,継承された用語「マネジャー」には,誤った意味が紛れ込んでいる。これにより, しばしば,営業手腕があり,同時に,非常に良心的な,人が特徴付けられる。更に,これ を,他の計画し,組織する者のために活動し,経済上での未熟者のこのような担当(Betreuung) から自らの財務上の有利さを引き出している者と解される。また,このような概念上の拡 張は,アメリカ流の「マネジャー」の内容を変造している。 名称「マネジメント」(Management)には相応しいモノが妥当している。まず,この ため,マネジメントは[経営のための]管理の総ての構成員を包括する。更に,マネジメ ントは,このような人のグループの身分上での名称(Standesbezeichnung)である。(上 記の比較に対応して,「役員会」(Beamtenum)について語られるべきであろう)。結局, マネジメントは,[経営のための]管理の技術上, 経済上と人事上での領域に属する,総 ての課題の総体( Summe )を包括する。マネジャーとマネジメントのこのような関連は ドイツの語法では存在しない。ドイツの名称である[経営のための]管理は特定の人物に は移譲されない(u¨ bertragen)。その上,「経営管理者」(Betriebsfu¨ hrer)という言葉は, われわれの政治上の過去について悩ませる, 内容がつきまとっている。 このため, ドイ
ツの経営経済学では,[経営のための]管理は,分業型の[企業家の]機能を任せられた, 人員の階層(Personkreis)と,同時に,経営の管理で生ずる,総ての課題の総体(Summe) である(Vgl.Fischer, G. 1965. S.1112.)。
より最近のドイツ語の文献は,「[経営のための]管理」の代わりに, また, 名称「[企 業家による]管理」(Unternehmensfu¨ hrung )を用いる。この状態( Umstand )は,総 ての著者が経営と企業という両概念の間での相違を同様には見ていないことから説明され る。時折( zuweilen ),企業と経営は同一視される。そして,多くの著者は,一方,ある いは,他方の名称を優遇する。私自身は,このような概念の混乱を回避したいし,経営と 企業の間で区別したい。 経営は, 指導( Leitung ), 処理( Verwaltung ),調達,製作 (Fertigung)と販売の総ての経営としての機能を包括する。企業は経営の法律形態(資本 会社,人的会社,個人企業( Einzelfirma ))を具体的に表す。 しかしまた,法律形態に よっては,1 つの経営の課題領域(=機能)の外にある,領域は把握されえない。多くの 個人企業,あるいは,株式会社では,農業上での財〈【筆者補足】たとえば, 地域の特産 品として産品〉が併合される(angliedern)か,あるいは,本来の経営上の課題と共に, この点,わが国でも,予算を実施する,財務や経理の部門が他の部門での企画に対する実質上 での執行権を有すると解する傾向がある(Vgl.Fischer, G. 1965. S.11.)。 た と え ば,ナ チ ス の 総 統(Fu¨ hrer)で あ る。こ の 点,ニック リッシュは,1934年 に 論 文 「Fu¨ herprinzip」を書いたが,ナチスの指導者に心酔したモノか,否かが問われている。
たとえば,経営外の取引所での投機(Bo¨ rsenspekulation )が実行される(Vgl.Fischer, G. 1965. S.12.)。 経営と企業のこのような対比に一致して,また,[経営のための]管理と[企業のため の]管理(Unternehmungsfu¨ hrung)の間で区別されるべきである。[経営のための]管 理という名称は, 上で説明された, 機能領域を包括する。これを上回って,[企業のため の]管理には,中立的,あるいは,経営外の投機の事業,農業上での財の処理(Verwaltung), 中立的な資産価値の処理,初めて後に参加をもたらすべき,有価証券の事業などのような, その他の経営中立的な過程が属する。 また, このような経営中立的な課題領域は,[経営 のための]管理を越えて延長されるが,しかし,これらと一緒に[企業のための]管理を 形成する,企業家としての活動を要求する。[企業のための]管理は,この意味で,[経営 のための]管理より広い範囲を有する(Vgl.Fischer, G. 1965. S.12.)。 この[経営のための]管理と[企業のための]管理(Unternehmungsfu¨ hrung)の間で 区別を「マネジメント」というアングロサクソン流の名称は知らない(kennen)。しかし, この用語〈【筆者補足】management 〉は,極最近,アメリカ合衆国では,「[経済のため の]管理」(Wirtschaftsfu¨ hrung)へ拡張されたため,今日では,マネジメントは[経営 のための]管理と[経済のための]管理と解される。その際,企業家の課題の領域が問題 になる限り,これは,経済への企業家としての影響と解されるべきである。このような企 業家としての[経済のための]管理は,国家としての,あるいは,行政上での[経済のた めの]管理と対比される。企業家としての[経済のための]管理は,自由主義的,あるい は,社会的な市場経済(freie oder soziale Marktwirtschaft)の主要な特徴であるが,こ れらは西ヨーロッパと北アメリカ, また, 日本〈【筆者補足】つまり, 公益企業を有する 資本主義国〉で現れた。国家として,あるいは,行政上での[経済のための]管理は,共 産主義の[権力と経済の]空間の特徴として示される。しかしまた,国家として,あるい は,行政上での[経済のための]管理は西ヨーロッパでも見られる。国家として,あるい は,地方自治体としての営利経営(Erwerbsbetriebe)〈【筆者補足】わが国では,たとえ ば,地方競馬・競輪・競艇など〉, あるいは, フランスでの[計画設定された]手数料 (Planungskommission)〈【筆者補足】たとえば,公共施設の利用料金など〉が指摘され る。[経営のための]管理から[経済のための]管理へのマネジメントというアメリカ流 の名称のこのような拡張は,経済の構成(Gestaltung),従って,市場と大衆の意見に対 この点,わが国では,1970年代の半ば頃からバブルの崩壊まで,「財テク」として,企業外で 資金が運用された。
する, 企業家の意識的な影響力の強化(Einflußnahme )に基づく。企業家としての[経 済のための]管理についてのこのような見解は,人の考慮と決定とは独立して,それ自身 に根拠付けられた経過が見付けられるべき,自動的な市場の出来事(automatisches Marktge- schehen)の観念に対して意図的に対立している。従って,[経営のための]管理と企業家 としての[経済のための]管理は,ドイツの語法では,マネジメントというアメリカ流の 名称の内容を特徴付ける。 これらは, 必然的に生ずる分業型の企業家の機能から生ずる (Vgl.Fischer, G. 1965. S.13.)。 3.[経営のための]管理,[経営のための]指導,[経営のための]処理 上記で説明された意味での[経営のための]管理という名称は,ドイツ語の語法では, 初めて数年前から移植された。類似の名称は,[会社のための]管理,あるいは,[事業の ための]管理(Firmen- oder Gescha¨ ftsfu¨ hrung)である。だが,このような概念には, [経営のための]管理に当てはまるような, 確定された内容は通用しない(Vgl.Fischer, G. 1965. S.13.)。 ドイツの経営経済学では,[経営のための]指導(Betriebsleitung),あるいは,[企業 のための]指導(Unternehmungsleitung)と,[経営のための]処理,あるいは,[企業 のための]処理(Betriebs- bzw. Unternehmungsverwaltung)は非常に古い(Vgl.Fischer, G. 1965. S.13.)。 [経営のための]指導(Betriebsleitung)と[経営のための]処理(Betriebsverwaltung) は,ほぼ常に,5 つの主要機能をあげるが,これには,また,調達,製作( Fertigung ) と販売という,3つの[基礎,あるいは,売上高の]機能(Grund- oder Umsatzfunktion) が属する。[経営のための]指導は,その際,計画する,制御する,結合する活動(planende lenkende kombinierende Ta¨ tigkeit)と,このような活動により特徴付けられた制度(Institu-tion )以外の, 経営の主要機能の上に位置する。 度々,これは本来の[企業家の]機能 (Unternehmerfunktion)として印象付けられた。詳細に段階付けられた[経営のための]
管理の領域では,これらは,この場合,最高の[経営のための]管理の階級である。 ― 狭義のこのような指導する活動(leitende Ta¨ tigkeit)から,特に,指図する,あるいは, 処置する,活動(anleitende oder disponierende Ta¨ tigkeit)を含む,広義の指導する活 動は区別されるべきである。経営の主要機能が[経営のための]指導と解されるのに対し
この点,ニックリッシュは,1933年に著書「Neue deutsche Wirtschaftsfu¨ hrung」,1935年に 著書「Die Lenkung der Wirtschaft」を出版した。
て,指図すると処置する活動を含む,指導する活動は,執行する活動(ausfu¨ hrende Ta¨ tigkeit) と対比されうる,人としての作業の決められた形式である。このような包括的な意味での 指導する活動は,このため,経営では,[経営のための]指導に限定されない。これは, 総ての他の主要機能の領域と,経営の総ての階級で現れうる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.13 14.)。 [経営のための]管理の最高階級の特徴付けのため,[経営のための]指導(Betriebsleitung) という名称と共に,また,これにより,独立とリスク選好性(Risikofreudigen),追求者 の新結合という企業家としての要素を明らかに強調するために,[企業の]指導( Unter-nehmungsleitung)という表現を採用してきた。これに反して, [経営の]指導者(Betriebsle-iter )によっては,しばしば,専ら,経営の,内部経営上,技術上での課題の領域を上位 に置く者が特徴付けられる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.14.)。 全体の[経営のための]管理の内では,[経営のための]指導の課題領域は次のように 概述されうる。すなわち,経営目標,経営の管理組織,経営政策の基本的な特色(Grundzug) の確定,並びに,最高階級での経営の経過の短期的な処置( Disposition )である。これ らは,また,基礎計画の設定が[経営のための]指導により開始され,これらが同時に総 ての経営上での過程についての最高の[制御のための]決定機関( Kontrollinstanz )で ある時にのみ,解決されうる。これらは,全体の経営に対する決定の権力を所有するため, 経営の出来事に対する完全な,かつ,最終の責任を負担する(Vgl.Fischer, G. 1965. S.14.)。 [経営のための]指導の特殊な課題は,協働者(Mitarbeiter),共同出資者(Gesellschafter), 国家と地方自治体と,他の公共制度と,広い大衆との,人としてと,本質的な(sachlich) 接触を確立し,堅持し,促進する,必要性から発生する(Vgl.Fischer, G. 1965. S.14.)。 更に,[経営のための]指導は,相互に正しい程度での,経営としての給付の創造に必 要な,人の労働,必要な資本と資産の調達と,これらを経済上での投入に向ける(lenken) べきである。その際,内部経営上と,市場経済上での情況(Verha¨ ltnis)が経営のために 正しく評価されるべきである(Vgl.Fischer, G. 1965. S.1415.)。 部分課題( Teilaufgaben )を中位の[経営のための]管理に移譲すること(課題の委 任)が可能である限り, これにより,[経営のための]指導自体は, 経営の5つの主要機 能の分野で,自らの計画し,指導する活動のための充分な活動の余地(genu¨ gender Spielraum) を残せる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.15.)。
[経営のための]管理と[経営のための]指導は,実際上(faktisch)だけではなくて, むしろまた,思考上(gedanklich)でも,相互に分割することは難しい。詳細な経営階級
での協働者への本来統一された[企業家の]機能の部分の移譲により,[経営のための] 管理の総体(Komplex)が発生する(Vgl.Fischer, G. 1965. S.15.)。 [経営のための]処理(Betriebsverwaltung)の課題は,経営のその他の主要機能の領 域では,経営が使用できる,人としての労働力と資産価値,並びに,経営としての資本装 備を確保し,育成し(pflegen),これらを処置し(disponieren),考慮する(Rechnung zu legen)ことである。これにより,[経営のための]処理は総ての階級での[経営のため の]管理の執行する器官(ausfu¨ hrendes Organ)である。[経営のための]処理には,と りわけ,経営計算制度(betriebliches Rechnungswesen),通信(Korrespondenz)と記 録(Registratur),経営の組織と,経営の監査(Betriebsrevision),[社会と人事上での] 処理(Sozial- und Personalverwaltung),[税金と法律の]業務の取り扱い(Bearbeitung), [支払いと信用の]取引(Zahlungs- und Kreditverkehr )の監視(U berwachung )と規¨
制(Regelung)を含む,設備とその他の資産価値,資本と利子の貢献(Kapital- und Zinsen- dienst)の処理(Verwaltung)があげられる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.15.)。 [経営のための]処理のこのような多様な課題は,既に,[経営のための]処理と[経営 のための]指導の間での区分の可能性,とりわけ,中位と下位の[経営のための]管理と 結び付いている(Vgl.Fischer, G. 1965. S.15.)。 例として,職長( Meister )の活動が触れられる。労働の進行( Arbeitslauf )を監視 し,賃金の決済のために,折々に必要とする作業時間を確保するという,彼の課題は経営 処理(Betriebsverwaltung)に属する。これに対して,彼が,自らの職長の資格(Meisterei) のために,一定の限界内で独立して作業の進行を規制し,作業の態度を規定し,適当な指 図(Anweisung)を与えるという権利(Recht)を有する時には,このような課題は[経 営のための]管理の領域に属する。どのような強さでこれらが制限されるか,規制される のかに係わらず,他の―大抵,下位の階級に―独立した指図を与えるという,総ての 権限(Befugnis)は,[経営のための]処理ではなくて,むしろ,[経営のための]管理に 属する(Vgl.Fischer, G. 1965. S.15.)。 また,経営では,上位と下位の間,指導と管理の間での,実際上での(sachlich)対立 は存在しないことが示された。むしろ,階級の系列(Folge von Ebenen)が生じ,そこ では,[経営のための]指導の各階級で派生する管理の課題が受け継がれる。[経営のため の]指導に対して責任負担する,総ての関係者の共同作用(Zusammenwirken)のみが, 目指す経済上での給付のプロセスを保証する(Vgl.Fischer, G. 1965. S.16.)。
現実には,[経営のための]管理のこのような特性はまだ充分には注目されていない。 この[経営のための]管理の特質は, 組織上での構造と,特に,[経営のための]管理の 本質に対応した,指導する人(leitender Person)の基本的な態度により,考慮されるべ きである(Vgl.Fischer, G. 1965. S.16.)。 4.経営での管理組織 分業型の[企業家の]機能は,意識的な秩序付け(Ordnung)が必要になる程に,[経 営のための]管理の範囲を増大させる。このような要件に,もちろん,総ての中規模と大 規模の経営では,まだ対応していない。一般には,[経営のための]管理は,3 つの階級, すなわち,上位,中位と下位の管理階級に区分することが常である。これに top management, middle management と junior (lower) management のアメリカ流のマネジメントの区 分は対応している。また,上位の[経営のための]管理は[経営のための]指導(Betriebs- leitung )と呼ばれ,個人企業では, 企業家, 人的会社では, 事業管理をする共同出資者 (gescha¨ ftsfu¨ hrender Gesellschafter),株式会社では,役員会の構成員(Vorstandsmit-
glied),あるいは,事業管理者(Gescha¨ ftsfu¨ hrer)から構成される。更に,総てのスタッ フ職(Stabsstelle)が,この上位の階級に属する限り,上位の管理階級としてあげられる (Vgl.Fischer, G. 1965. S.16.)。
大規模経営では,上位の管理階級は,最高位と上位の管理階級に細分されるべきである。 その場合,最高位の管理階級には,所有企業家,人的会社では,事業管理をする共同出資 者(gescha¨ ftsfu¨ hrender Gesellschafter) ,並びに,株式会社では,役員会の構成員(Vor-standsmitglied )と事業管理者(Gescha¨ ftsfu¨ hrer )があげられる。このような人財の階 層は,大抵,商業登記簿( Handelsregister )への記載により特に特徴付けられる。この 場合, 上位の管理階級には,最上位の管理階級の構成員と同様の,商法上での代理権 (Vollmacht)が授けられない,その他の指導する協働者(Mitarbeiter)が属する。これ には,たとえば, 管理階層での課題領域と序列は後に取り扱うが,[主要部門の]指導者 (Hauptabteilungsleiter)と[分野の]指導者(Bereichsleiter)があげられる。このよ うな[主要部門の]指導者には業務代理権(Prokura)が授けられ,一部では,また,専 務取締役(Direktor)(部門専務取締役(Abteilungsdirektor) ,製作所の専務取締役(Werkdi-rektor)の肩書きを備える(Vgl.Fischer, G. 1965. S.1617.)。
わが国でも,取締役は,会社法上の役職で,権限と責任を有するが,1997年にソニーが創った 制度では,「執行役員」という肩書きが普及している。
下位の管理階級は,技術上での経営部門では,工場長( Werkmeister ),しばしば,今 までは,職長(Vorarbeiter),そして,商事分野では,[事務所の]指導者(Bu¨ roleiter) を包括する。下位の階級のこのような管理力は,常に,多かれ少なかれ,多くの協働者の 下に置かれる。上司として,彼らは,このようなモノを指図し,監視すべきである。工場 長,職長(Vorarbeiter)と事務長(Bu¨ rochef)には,通常では,内部経営と市場経済の 分野で発生する,総ての問題が報告されるべきであり,これにより,自らの管理の課題を, 全体の[経営のための]管理と調整して,果たせる。上位の管理階級より,中位の階級を 通して,下位の階級まで達するべき,内部経営上での情報は,これにより,経営での特別 な管理課題として証明される(Vgl.Fischer, G. 1965. S.17.)。 小規模経営には,言及された,中位の管理階級は現れない。そこには,しばしば,上位 と下位の管理階級のみが存在する。両階級の間に,中規模と大規模の経営では,中位の管 理階級が差し込まれる。これらには,経営の製作部門での[経営]指導者(Betriebsleiter) と上級職長(Obermeister)と,商事部門での部門指導者(Abteilungsleiter)とグルー プ指導者(Gruppenleiter)があげられるべきである。このような管理職(Fu¨ hrungsstelle) の支援のため,しばしばまた,中位の管理階級でも,様々なスタッフ職が設置される。こ れに対して,下位の管理階級では,稀にのみ,特殊なスタッフ職が現れる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.17.)。
管理階級の調節( Koordination )に, 継続した[管理のための]協議(Fu¨ hrungs-besprechnung )(管理会議(Fu¨ hrungskonferenz ))は役に立つ。水平的と垂直的な管理 会議は区別されるべきである。水平的な管理会議は,たとえば,株式会社の役員会(Vor-standssitzung )を形成し, そこに,正式な役員会の構成員と, 代理の者( ordentliche und stellvertretende Vorstandsmitgleider)が参加する。商事上での役員会の構成員
(Vorstandsmitglied)が,彼の下に位置する名義上の専務取締役(Titulardirektor)と 業務代理人( Prokurist )と一緒に,従って,彼の[主要部門の]指導者( Hauptabtei-lungsleiter)と部門指導者(Abteilungsleiter)と一緒に,協議を執行する時に,垂直的 な管理会議は存在する。改造された情報制度では,このような部門指導者が,彼らの側に 対応する[管理のための]協議を,彼の下に位置するグループ指導者(Gruppenleiter), 事務長(Bu¨ rochef)と,物財部門の指導者(Sachgebietsleiter)と一緒に,行う。管理会 議は, [情報のための]協議(Informationsbesprechung)と[決定のための]協議(Ent- わが国では,株主総会で承認された取締役と,承認されておらない常務や専務,会社法での委 員会設置会社では,執行役も参加する。
scheidungsbesprechung)でありうる。後者は,規定された決定権が移譲されるが,これ については管理の譲渡についての節( Abschnitt )で更に報告される。管理会議のこの2 つの形式より,[作業のための]協議(Arbeitsbesprechung)は区別される。ここでは, 折々の上司が自らの作業の指図(製作領域,[投資のための]協議での期限の確定)を告 知する。[作業のための]協議では, 厳密な指図,あるいは, 柔らかな形式では,方針を 示す報告が与えられうる。共通した経験の交換は,大抵,このような[作業のための]協 議では欠けている(Vgl.Fischer, G. 1965. S.1718.)。 このように説明される管理組織は,経営の直系システム( Liniensystem )とみなされ る。小規模と中規模の経営では,技術上と商事上での支部(Zweig)にこのような経営と しての直系組織が存在する。大規模経営では,しばしば,商事上の支部が,更に,購入と 販売,人事管理,資本調達と処理( Vervaltung )のための指導部門に再区分される。技 術上の支部は,製作,製作の準備,開発分野,実験分野などに細分されうる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.18.)。 直系システムは,経営の頂点から執行する作業まで,一貫した命令,あるいは,対応す る制御機能(Kontrollfunktion)に結び付いた,[指示のための]権限(Weisungsrecht) を有する。このような命令系統(Befehlslinie)は,また,技術上の専務取締役(Direktor) から,[経営]指導者(Betriebsleiter)と職長(Meister)を経て,作業者にまで,商事 上の専務取締役から,[部門]指導者と事務長(Bu¨ rochef)を経て,執行する職員にまで, に至る。直系システムの組織では,折々の部下がただ1人の上司の指揮下に入られること に注目すべきである。管理組織の決定機関の構造で[指示と決定のための]権限の執行が 保証されるべきである時には,総ての[二重,あるいは,しかも複数の]専門の配属は回 避されるべきである。より高位の上司は,自らの指図を,常に,所与の決定の手続き(Instanzen-weg )の順序では,上から下へ与えるべきである。このような決定の手続きの個々の構成 員の飛び越しは回避されるべきである。補助規則(Subsidia¨ rita¨ tsprinzip )のこのような 原則により,分権化された管理組織が獲得される(Vgl.Fischer, G. 1965. S.18.)。 多くの経営には,直系組織の職位(Position)と共に,更に様々な種類のスタッフ職が 存在する。小規模経営では,しばしば,ただ1人がスタッフの機能を担当する。中規模と 大規模な経営では,このようなスタッフ職は複数の人に割り当てられ,その結果,スタッ フ部門と呼ばれる。スタッフ職,あるいは,スタッフ部門は,たとえば,人事部門と,商 事側での市場調査, 技術分野での品質制御(Qualita¨ tskontrolle )である。このようなス タッフ職はライン職(Linienstelle)に対して[指示のための]権限(Weisungsrecht)
を所有しない。スタッフ職が複数の職員を包括するならば,該当するスタッフ職の指導者 は,しかし,ラインに対してではなくて,自らの部門内での[指示のための]権限のみを 有する。スタッフ職は専らラインでの対応する課題の担当者に対して助言する活動(beratende Ta¨ tigkeit)のみを執行する。そこで,品質制御は,技術上での指導者,あるいは,生産指 導者,市場調査は,商事上での指導者,あるいは,売却指導者を助ける。スタッフ職が同 時に技術上と商事上での指導に属するならば, これらは中央部門( Zentralabteilung ) 〈【筆者補足】本部スタッフ部門〉と呼ばれる。そこで,人事部門,あるいは,計画設定部 門と組織部門が,しばしば,指導領域( Leitungsbereich )に配置される。このような中 央部門の二重の配置(Zuordnung)は,両指導分野の下でのこのような中央部門が,いず れのケースで二重の配属(Unterstellung),いずれのケースで両指導分野の内単一の配属 を企画する(vorsehen)のかについての正確な確定を必要とする。二重の配置は,大抵, 中央部門の総ての本質的な( sachlich )課題にとり有効であるのに対して, 人事業務 (Personalangelegenheit),従って,このような中央部門の職員の採用(Einstellung), 休暇,報酬規定(Gehaltsregelung)は,商事上,あるいは,技術上での指導分野の下で の単一の配属にのみ許可される(Vgl.Fischer, G. 1965. S.1819.)。 時折,このようなスタッフ職から特殊な機能職( Funktionsstelle )が展開される。こ れは,たとえば,所属する指導者が相応しい指示を自ら与えることができないで,該当す るライン職に対して義務付けられている,採用,解雇,異動,報酬規定で自ら決定を下せ る時に,しばしば,人事部門で起こる。これに対して,純粋なスタッフ職としては,人事 部門は,人事評価のための方針の確定,経営全体としての階級での賃金協約の相手(Tarifpart-ner )との交渉で,活動する。スタッフ部門,あるいは,中央部門が機能職として有能で あれば,該当するライン職での既に説明した二重の配属( Unterstellung )の脅威が発生 する。このため, 事業規則で, いずれのケースで, スタッフ職のこのような機能原則 ( Funktionsprinzip )が企画されるのかが確定されるべきである(Vgl.Fischer, G. 1965. S.19.)。 しかし,このような機能原則は,ラインとスタッフの間の関係だけではなくて,むしろ また,異なるライン職自体の間での関係で,認められる。これは,回りくどい決定の手続 き(umsta¨ ndlicher Instanzenweg)が回避されるべきであり,これにより,特定の個別 のケースで迅速な合意( Vereinbarung )が実現できる時に,適用される。決定の手続き では,たとえば,顧客サービス部門の協働者( Mitarbeiter )が,まず,彼の部門の指導 者に,この部門の指導者が,顧客の異議申し立ての要求を所属する職長( Meister )と協
議したい時には,売却の指導者と商事の専務取締役に了解してもらうべきである。このよ うな職長は,このような関心事について,所属する[経営の]指導者( Betriebsleiter ) により,この[経営の]指導者は,[製作の]指導者と技術上の専務取締役により, 報告 させられるべきである。このような時間の掛かる決定の手続き(langwieriger Instanzenweg) の回避のため,事業規則では,いずれの前提の下で顧客サービス担当者が,直接,職長と 接触を始められる(aufnehmen)のかが確定される。両者は,もちろん,折々の上司に関 して了解してもらうべきである。2 人のライン職の間での機能のこのような結合では,義 務付けられていない協議のみが問題になるべきか,その際また,確定した合意が下されう るのかが規定されるべきである(Vgl.Fischer, G. 1965. S.1920 u. S.62.)。 [経営のための]管理の階級が確定され,ライン職とスタッフ職が区分されるならば, 課題領域と, 個々の職位の[指示と決定の]権限が確定され,相互に限定される。[課題 と帰属性の]範囲( Aufgaben- und Zusta¨ ndigkeiten )の限定([機能と管轄の]限定 (Funktions- und Kompetenzabgrenzung))は,折々の主要部門,あるいは,部門の事 業規則に役に立つ。 今まで,[経営のための]管理での, この[課題と帰属性の]範囲の 限定はまだいずれの所でも現実化されていない。時折,上位の管理階級では,その上,明 確な[課題と帰属性の]範囲(Aufgaben- und Zusta¨ ndigkeiten)の限定についての願い (Wunsch)が欠けている。ダイナミックな管理力は,それ自体明確な課題の範囲の限定に 順応することを常には好まない。これに反して,中位と下位の管理階級での[課題と帰属 性の]範囲の限定はより容易に執行される。しかもまた,最上位と上位の管理階級にとり, これは絶対必要である。[指示の]権限により配備される,このような[課題と帰属性の] 範囲は決定機関( Instanz )と呼ばれる。このような管轄の序列と範囲(Ausmaß )は, 個々の管理機関が序列付けられる,管理階級により規定される。命令系統は管理機関を垂 直的な方向で結び付ける。それは下方に分岐している(verzweigen)。しかし,更に,命 令系統のみが決定手続きの維持のための保証(Gewa¨ hr )を与える。決定手続きの頻繁な 違反で起こる,不確実性は,管理力と協働者( Mitarbeiter )の投入の準備の縮小をもた らす。このような不確実性は,スタッフ職に対して,ラインの特定の管理職への明確な関 係付けが確定されない時,あるいは,このような過程が組織上で規定されないで,本来の スタッフ職から機能職が形成されない時に,更に強まる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.2021.)。 [経営のための]管理内での摩擦のない共同作業( Zusammenarbeit )は,その他,明 確な[組織と機関の]計画により保証される。[経営のための]指導, あるいは, これに 関係付けられた(zugeordntet)[計画設定と組織の]部門は,このような[組織の]計画
を編成する。その際,基本的には,存在する人の慣行と独自性(Eigenart)から開始され るべきではない。むしろ,課題の区分と課題の結合は,純粋な本質的な観点により企画さ れるべきである。このような[組織と機関の]計画は,人に向けられるのではなくて,む しろ機能に向けられた[経営のための]管理に対応すべきである。しかし,経営の管理で の特徴のはっきりした,かつ,独自の性格(Perso¨ nlichkeit )は,それでもやはり,経営 の構造と経営の経過の本質的な事実(Gegebenheit)の要求に正当に応じる,[経営のため の]管理の編成(Gliederung)では適合した形式を見付けることを困難にする。このよう な性格の影響は,容易に,機能上での管理組織( funktionale Fu¨ hrungsorganisation ) から,人的な管理組織( personale Fu¨ hrungsorganisation )を発生させる。このような 展開に伴う,妥協による解決は,管理組織の弱体化をもたらしうる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.21.)。 [経営のための]管理の秩序付けは長期に亙って保証されるべきである。[経営のための] 管理の様々な階級では,しかし,かなり早く,フォーマルとインフォーマルな管理組織の 間での相違が認識されるようになる。 フォーマル組織は,[経営のための]管理内に導入 された,[課題と管轄の]区分と解される。これは,二重に,インフォーマルな管理組織 により隠蔽されうる。一方で,非常に強い性格は個々の課題領域を沈黙させて独占し,そ の結果, これにより,[課題と管轄の]の配分が変更される。更に, 個々の管理力は,他 よりより良い接触の能力を有する。そこから,本来の命令系統と情報系統にはもはや適合 しない,関係と横の関係(Querverbindung)を発生させる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.21.)。 フォーマル組織の横暴な変更は,見逃せないし,強制的に抑圧されることは許されない。 個々の個別のケースでは,情報組織に関して,今までのフォーマル組織の適合がどの程度 で応じ,合目的であるのかが調べられるべきである。管理組織のこのようなダイナミック から,フォーマル組織とインフォーマル組織の間でのこのような変更を継続して観察し, これを[指導による]制御( Leitungskontrolle )下で保持するという課題が生ずる。肯 定的な拡大展開は,それがインフォーマル組織を見せ付けうる( aufweisen )ように,認 識され,変更されたフォーマル組織に引き継がれる。否定的な影響は,見付け出され,取 り払われるべきである(Vgl.Fischer, G. 1965. S.22.)。 「適所適材」は理想であり,実際には,手元の人材に合わせた組織になり,わが国のように, 定期昇給を繰り返すと,1970年代の後半に「窓際族」と呼ばれたような,勤続年数の長い者が閑 職に配属されることが増加することになる。 わが国では,たとえば,「学閥」と呼ばれる,インフォーマル組織が話題にされることがある。 また,定期的に繰り返される「異動」により,インフォーマル組織が発生し易い情況が存在する。
しばしば,経営で機関を創造することと,フォーマル組織のこのような変更だけを確定 するのではなくて,むしろ,また,描写された結論を引き出しうる,適切な代理権( ent-sprechende Vollmacht )で装備することは,容易ではない。ライン組織の領域では,し ばしば,上位の管理階級まで,このような管理組織上での問題を伴う徹底した操業〈【筆 者補足】業務〉(intensivere Bescha¨ ftigung)は欠けている。また,稀にのみ,内部経営 上での過程の洞察と適宜な放棄(gleichzeitzitige Abstand)はない。このため,しばし ば,管理組織の制御を特定のスタッフ職,あるいは,中央機関に移譲することが合目的で ある。大規模経営では,既に説明した,計画設定と組織のための中央部門がこのような組 織の制御を担当できる。しかもまた,中規模経営でも,このために,スタッフ職が設置さ れるべきである。このようなスタッフ職は[経営のための]指導に直接的に関係付けられ る(zuordnen)。このようなスタッフ職の在職者(Inhaber)は,自らの課題を過剰に大 きな強情さ(Starrheit)で果たそうとはしないし,反面,必要な組織原則を放棄すること は許されない。彼は,人としての接触を育成することに能力があるべきである。その他, 彼は,経営での指導者(leitende Person)に対する必要な説得力(U berzeugungskraft)¨ を有するべきである(Vgl.Fischer, G. 1965. S.22.)。 小規模と中規模の経営では,企業家自身が彼の[経営のための]管理の情報組織のこの ような展開を認識し,このため,今までのフォーマル組織を修正,あるいは,都合の悪い 変更を阻止すべきである。これは,大規模経営の具体的な管理組織より,小規模経営での 管理力の人的な関係が,より急速に,かつ,強く作用するため,特に重要である。企業家 が彼自身の協働者( Mitarbeiter )にしばしば意見を述べないで,実施できる時に,特殊 な困難が小規模経営で特に発生する。協働者との信頼関係は,経営としての給付能力の完 全な展開を阻止する,術策(Intrige)により混乱させられる(Vgl.Fischer, G. 1965. S.22 23.)。 経営としての管理組織の適合能力は,管理者の独自性(Eigenart)だけではなくて,む しろまた,市場の要求と,内部経営での変化に自らを合わせるべきである(orientieren)。 販売プログラムでの新製品の採用,新しい製作方法と機械装備,広告と売却での増大する 要求, 原材料,労働力と資本のための調達市場での特殊な情況, 新しい清算法, 経営の [拡大と縮小の]過程は,常に,また,[経営のための]管理の組織のイメージ( Organi-sationsbild)に影響を及ぼす(Vgl.Fischer, G. 1965. S.23.)。 アメリカでは,大規模経営になった後で,創業者による独断により,経営危機に陥った例とし て,エジソンの電流競争(直流送電への固執),フォードのT型自動車に対する固執などが,し ばしば,例示される。
5.[経営のための]管理に対する経営協議会と経済委員会の情況 経営評議会( Betriebsrat )と経済委員会(Wirtschaftsausschuß )は,従業員の代表 (Arbeitnehmervertretung)の機関である(経営組織法(Betriebsverfassungsgesetz) ―1952年10月11日,BGB(連邦法令集)Ⅰ項目68 )。経営評議会は,従業員組合(Ar-beitnehmerschaft)により選ばれ,個人と経済上の弱者としては充分に防御できない,内 部経営上での利害を擁護する(vertreten)(Vgl.Fischer, G. 1965. S.23.)。
経済委員会(Wirtschaftsausschuß)は,100人以上の正規の従業員(sta¨ ndige Arbeit-nehmer )を有する経営で形成される。 これは, 経営評議会と企業家の間での堅く信頼さ れる共同作業(Zusammenarbeit)を促進し,経済上の業務(Angelegenheit)での双方 への報告(gegenseitige Unterrichtung)を確実にする(Vgl.Fischer, G. 1965. S.23.)。
これら両制度(Einrichtung)を越えて,従業員(Arbeitnehmer)は,経営組織法, 共同決定法(Gesetz u¨ ber die Mitbestimmung der Arbeitnehmer in den Aufsichts- ra¨ tt und Vorsta¨ nden der Unternehmen des Bergbau und der Eisen- und Stahler-zeugenden Industrie―MbestG―1951年5月21日,BGB Ⅰ項目347)〈【筆者補足】 わが国では「モンタン共同決定法と呼ばれる〉と,共同決定補足法(Mitbestimmungs- erga¨ nzungsgesetz―MbErgG―1956年8月7日,BGB Ⅰ項目707,i. d. F.(同法の 施行令),1957年7月15日,BGB Ⅰ項目714)により,特定の経営では,経営評議会に参 加する。従業員は,共同決定法により,同等の権利を有する構成員,労務担当取締役(Arbeitsdi-rektor )として,役員会( Vorstand )に,代表を派遣するが,労務担当取締役は,とり わけ,従業員の社会上での関心事(Belange)を擁護すべきである(vertreten)(Vgl.Fischer, G. 1965. S.23.)。 たぶん(wohl),稀にのみ,経営評議会,あるいは,その最高議長には,経営指導(者), 従って,上位の経営管理(者)があげられるであろう。しかし,これは,たとえば,経営 評議会の議長に,[経営のための]指導の内の確定された課題が割り当てられ, 部門指導 者の課題も同様である,異なるパートナーシャフト経営( Partnerschaftsbetrieb )でも 可能である(Vgl.Fischer, G. 1965. S.24.)。 共同決定法により把握される経営の労務担当取締役は,経営管理(者)として明らかに あげられる。同様のことは,経済委員会に対して,この労務担当取締役に法律上での決定 わが国では,西ドイツでは,1952年に,「経営組織法」,1976年に「共同決定法」が制定された といわれ,制度の内容が概説されるが,法制化される過程と法制化された後で現れた問題と課題 に触れられることは稀である。この点,わが国でも,たとえば,2016年に施行された,改正会社 法では,「指名委員会等設置会社」とは別に,「監査等委員会設置会社」が認められたが,実施し た会社で現れた問題と課題について言及されることは稀である。