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多文化共生社会の構築に向けた外国人の関わりに関する一考察

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<論文>

多文化共生社会の構築に向けた外国人の関わりに関する一考察

―ある一人のベトナム難民2世の語りから―

中川 康弘

1.はじめに

日本に暮らす外国人が、日本人と対等な関係で共存 する社会の実現が求められて久しい。そうした社会は 多文化共生社会と呼ばれ、用語自体はすでに市民権を 得た感がある。だがその概念は言葉の実態が明らかに されないまま善のイメージが先行し、マジョリティで ある日本人によって声高に唱えられている。そして多 文化共生という言葉を日本に生起させた外国人は、総 人口の1.63%を占める1にもかかわらず、その社会の 担い手として議論の俎上にあがってこないという現状 がある。

2.「多文化共生」をめぐる先行研究と問題の所在 多文化共生は、90年代後半から主に各自治体や日本 語ボランティア教室など地域の在住外国人との関係を いかに築くかという問題に直面している現場で叫ばれ ていた。そうした声を受け、総務省は2006年に報告 書を出し、多文化共生を「国籍や民族などの異なる人々 が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築 こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きて いくこと」と定義する2。さらに時を同じくして、総務 省は各自治体レベルの施策推進に関する指針・計画の 策定に資するための「多文化共生推進プラン3」も示し、

以来、多文化共生をめぐる動きを活発化させ今日に至 っている。

多文化共生に関わるこうした提言や政策は、教育分 野でもさかんに検討されているが、このうち日本語教 育におけるいくつかの議論に着目すると、受け入れ側 である日本人のコミュニケーションスキル向上の必要 性を唱える見方と、外国人の文化言語多様性を「資源」

とする見方が例として挙げられる。前者について近年 の代表的なものに石井(2011)がある。石井は、先の 多文化共生推進プランに示された対応策のほとんどが 日本人による外国人支援の意味合いが強いとした上で、

多文化共生社会の形成過程において生じる問題を日本 人の側が「我が事」として受けとめるために、外国人 との共生のニーズを意識化しコミュニケーション能力 を高めることの重要性を指摘している。また後者の例

では真嶋(2006)が、外国人が既に持っている母語能 力を「言語資源」、母文化能力を「文化資源」とし、

その双方を併せ持つ外国人は「資源」として日本社会 を豊かにしうる存在なのだということの認識を日本人 側に促している。これらの先行研究は、前述の総務省 の多文化共生の定義にある「国籍や民族などの異なる 人々が、互いに文化的ちがいを認め合い、対等な関係 を築こうと」するための一案であるが、いずれも外国 人に相対する日本人側の意識変革に焦点を当てた議論 であると言える。

それでは、多文化共生社会の一方の担い手である外 国人、殊に言語、文化的にマイノリティに置かれてい る外国人は、日本社会の中で日々どのような意識を持 って行動しているのだろうか。

大学でベトナム語を学ぶベトナム難民2世世代の女 性3名のライフストーリーとそのうち1名の父親の語 りから日本におけるバイリンガル育成の可能性を考察 した中川(2011)では、2世世代は社会的にマイノリ ティに位置付けられる自らのエスニックバックグラウ ンドを否定的に捉える時期を経験しつつも、成長過程 で日本人、ベトナム人としてのアイデンティティを維 持する様子が調査対象者に確認され、次世代が日本で ベトナムの言語文化を肯定的に捉えるための周囲の理 解や支援の必要性が示された。だがそこには、研究意 図とは別に、日本語習得へのこだわりや他の在日ベト ナム人と自分との間に差異を見出そうとする語りに、

マジョリティ側にある日本人にどう見られるかという、

調査対象者が漠然と抱くベトナム難民に対する日本人 の眼差しの影響も散見されていた。こうした眼差しを 抱く意識には個人差があるだろうが、ここから日本人 と社会・文化的背景が異なる者はその存在だけで尊い のかという疑問が生じてくる。社会・文化的にマイノ リティである者がマジョリティ側にある日本人を意識 し、自らもただそれに合わせようとするのみであるな らば、日本人に外国人との共生のニーズを意識化させ ることは不可能であり、社会を富ます資源としての意 味合いそのものも失せてしまうからである。外国人一 人ひとりが持つ日本人に対する眼差しに目を向けず、

(2)

12 動的な見方を欠いたまま日本人側の変革を促したり、

「資源」という意味づけを行ったりするだけでは、互 いに文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうと する多文化共生社会の形成を目指すには不十分ではな いだろうか。

共生教育について論じた高橋(2009)は、他者に固 定化した眼差しを向ける関係の築き方を加害性のある 行為だとし、共生とは関係性の中で他者と自己の理解 の練り直しを継続的に行っていく行為だと述べている。

これらの主張を多文化共生をめぐる議論にも適用させ るとすれば、外国人を固定化した存在として捉えよう とする日本人の問題のみを指摘するのみならず、外国 人の側が日本人をどう眼差し、行動しているかという 側面も示すことが必要であり、それにいかに自覚的に なるかという点が極めて重要になってくる。

3.本稿の目的

そこで本稿では、難民の子弟として呼び寄せられて 以来、日本を生活基盤としている一人のベトナム難民 2世の男性に焦点をあてる。前述の中川(2011)でも 散見された、調査対象者が漠然と抱くベトナムに対す る日本人の眼差しが、彼自身の言動や行動にどう潜ん でいるかを浮き彫りにしつつ、そうした眼差しがなぜ 生じるのか、またそれに囚われず関係を築いていくに はどうすべきかの考察を試みる。そして多文化共生の ための教育、主に日本語支援による文化間接触上の問 題解決を目的とする日本語教育のあり方に触れながら、

多文化共生社会の構築に向かう在住外国人の役割につ いての一案を示すことを目的とする。

4.調査概要 4.1 調査対象者

対象者はベトナム難民2世世代の男性Anさん(仮 名)。父親は、1975年のベトナム戦争終結以降、政治 的迫害から逃れたベトナム難民としての背景を持ち、

Anさんが生まれた直後、80年代に来日した。ベトナ ム中部の漁村で幼少期を過ごしたAnさんは8歳の時 に父親に呼び寄せられる。日本に家族で移り住み十数 年が経つ今、日本社会に溶け込んでいるが、家ではベ

トナム語を話し、母親の作るベトナム料理を食べ、ベ トナム名とベトナム国籍を持って生活を送っている。

調査当時は都内の大学でベトナム語を学ぶ大学4年生 であった。頁下の表1にAnさんの背景を記す。

筆者がAnさんと出会ったのは、日本語とベトナム 語の言語使用について語るある研究会で、その際に本 調査を依頼した。Anさんを調査対象者としたのは、

一時滞在や帰国が前提にある外国人と異なり、ベトナ ム人としてのアイデンティティを保持しつつも日本を 生活基盤にしていることから、日本人や日本社会との 関わりが深いと判断したことによる。

4.2 調査方法

調査は2010年2月に約2時間をかけて行われ、調 査方法にはライフストーリー・インタビュー(桜井 2002、2003、2005)を採用した。この手法を取り入 れたのは、聞き手との相互行為から生じた語り手の解 釈内容が、語り手自身の心象や語り手を取り巻く社会 を読み解くために有効であるとする立場を取るからで ある。ライフストーリー研究に向き合っている社会学 者の桜井厚は、語り手によって構成されたデータを、

インタビュープロセスから独立させたテクストとして 解釈する従来のインタビュー調査に疑問を投げかけ、

インタビュー進行中において語り内容が紡ぎだされる 契機となる聞き手と語り手のメタコミュニケーション の次元での語りも分析対象にすべきだと主張する。聞 き手は、語り手が「何を」語ったかのみならず、「いか に」語ったかにも着目し、語り手による心の表出は聞 き手との相互行為によって作り出されるものと捉え、

語り手と聞き手の2つの位相をあわせた全体がライフ ストーリーであると定義づけている。さらに、そうし たライフストーリー・インタビューを通して自らを語 った経験は、語り手自身に自己理解を促進する機会を 与えることもあるという(桜井2010)。本稿の調査対 象者はベトナム難民という親の背景から日本に移動し た2世であるが、川上(2001)が指摘するように、こ れまでの在日ベトナム人に関する研究は、その多くが 親の経済、社会的困難や子供のアイデンティティ喪失、

もしくは親子の言語コミュニケーション問題などを前

表1 Anさんの背景

出生地 来日年齢 国籍 大学の専攻 住環境/家族構成 家庭内言語 ベ ト ナ ム

中部

8歳 ベ ト ナム

ベトナム語 家族定住型/工場勤務の両親 と高校に通う弟の4人家族

ベトナム語

13 提に論じる傾向があり、多様な背景を持つベトナム人 を一括りに捉える言説が支配的であった。その意味で、

語り手の語る出来事からその全体像を捉えるアプロー チではなく、語り手自身を構成する要素に聞き手の存 在を視野に入れ、インタビューを調査者と対象者の相 互行為と捉える構築主義に立ったこの手法を用いるこ とは、ベトナム難民2世世代、および在日ベトナム人 の多面性という視座を広く提供するためにも有効であ ると考える。

なお、聞き手との相互行為を重視する研究手法であ る以上、筆者の存在が何者であるかという点も語り手 には重要になってくる。筆者はかつて青年海外協力隊 員としてのベトナム在住経験やその後の研究活動等で ベトナムとは公私の関わりがあり、彼らの視点に立っ て在日ベトナム人個々人の多様な側面を示したいとい う研究姿勢をとる者である。調査依頼をする際、An さんにはそのことに触れ、筆者自身の背景が調査に与 える影響を意識しつつインタビューを心がけた。

5.調査結果

調査は来日前後から現在に至るAnさんの成長過程 を時間軸に沿って進めたが、あくまでAnさんの自由 な語りに任せて内容を前後しながら聞き取りを行った。

インタビューで表れた主な話題は、生い立ちから家庭 生活、学校生活、友人関係、将来についてである。

母文化や話し言葉がほぼ作られる言語形成期4であ る8歳で来日したAnさんは、小学2年生の新学期に 日本の学校に編入する。来日して2年間は言語や生活 環境面でベトナムとの予想以上の違いに驚き、特にそ れまで伝達や思考の手段としていたベトナム語が価値 化されずベトナムに対して難民や戦争といったネガテ ィブな視線を投げかける周囲の人々に戸惑い、家に帰 って両親に隠れ泣くこともしばしばあったという。だ が日本で懸命に生きる両親を見て、自分も日本で生き ていくことを決心する。やがて遊びやスポーツで友達 も増え、10歳になる頃は学校生活にも慣れ親しんでい ったそうだ。ベトナム語は両親との会話で使用するの みだが、一方で学校や日常生活の中で日本語や日本に ついての知識を深めていく。だが中学を経て、高校3 年時の進路相談で、ベトナムの言語や文化を学ぶこと が自分にはもちろん社会にとっても価値があると諭さ れた担任教師の影響を受け、ベトナム語学科のある大 学に入学を果たし、ベトナム語を改めて学ぶに至って いる。

なおAnさんには、中川(2011)で扱った、ベトナ

ム語を学ぶ難民2世世代の女子大学生3名の成長過程 で確認されたような、学校や公共場面において周囲に 対してベトナム語能力やベトナム人であることを隠そ うとする態度をとった経験がないそうである。これに ついてAnさんは、日本語が拙いながらも自分のため に朝晩働く両親を悲しませないために、ベトナム人と して生きていくことを決心したと語っている。

日本社会に溶け込みながらも、ベトナム人の国籍と 名前を維持しベトナム語を再び学ぶAnさんの姿勢は、 ベトナム人であることを受け入れ、それを肯定的に捉 えていることの表れだと言える。だがデータからは、 日本人が彼に向ける、もしくは彼が日本人に向ける眼 差しが、彼自身の言動や行動に潜んでいた。主に該当 する4つのデータを語られた順に記していくなおデ ータの表記記号について、An さんはA、筆者の発話 は*で示し、他の表記方法については本稿の最後にあ る表2に記した。

まずデータ1は、インタビューのウォームアップと してアルバイトについて聞き取りをした際、Anさん が日本人とのコミュニケーションのずれについて語っ たものである。

データ1 日本人とのコミュニケーションのずれへの 対応

*:なんか困ったこととかある?バイトしてて。 A:あ結構(笑)。例えば(・・)居酒屋なんですけど、

バイト長に掃除してとか言われて、でも掃除しな くてもいいところもやっちゃう//*:ああ//とか。 その逆もあったり。きっちり言ってほしいって思 ったことがあって。日本人だったらわかるんだろ うけど。

*:えっでもAさん日本長いでしょう?どうなんだろ、 そういうことって日本人とかベトナム人とかっ ていうわけじゃないと思うけど。バイト長に聞い た?分からないって。

A:いや言ってない//*:どうして?//です。(・)勘 違いしたらやっぱベトナム語の影響かなって思い ますし、何かああ日本人じゃない、日本語わから ないって思われたくないですから。

*:まあでも、そういう勘違いって僕も日本人同士で もよくあるけど。

A:そうですか。まあ自分ベトナム人だって思ってる から、なんか間違ってもベトナム語とごっちゃに なってるっていつも思っちゃうのかもしれないで すね。

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12 動的な見方を欠いたまま日本人側の変革を促したり、

「資源」という意味づけを行ったりするだけでは、互 いに文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうと する多文化共生社会の形成を目指すには不十分ではな いだろうか。

共生教育について論じた高橋(2009)は、他者に固 定化した眼差しを向ける関係の築き方を加害性のある 行為だとし、共生とは関係性の中で他者と自己の理解 の練り直しを継続的に行っていく行為だと述べている。

これらの主張を多文化共生をめぐる議論にも適用させ るとすれば、外国人を固定化した存在として捉えよう とする日本人の問題のみを指摘するのみならず、外国 人の側が日本人をどう眼差し、行動しているかという 側面も示すことが必要であり、それにいかに自覚的に なるかという点が極めて重要になってくる。

3.本稿の目的

そこで本稿では、難民の子弟として呼び寄せられて 以来、日本を生活基盤としている一人のベトナム難民 2世の男性に焦点をあてる。前述の中川(2011)でも 散見された、調査対象者が漠然と抱くベトナムに対す る日本人の眼差しが、彼自身の言動や行動にどう潜ん でいるかを浮き彫りにしつつ、そうした眼差しがなぜ 生じるのか、またそれに囚われず関係を築いていくに はどうすべきかの考察を試みる。そして多文化共生の ための教育、主に日本語支援による文化間接触上の問 題解決を目的とする日本語教育のあり方に触れながら、

多文化共生社会の構築に向かう在住外国人の役割につ いての一案を示すことを目的とする。

4.調査概要 4.1 調査対象者

対象者はベトナム難民2世世代の男性Anさん(仮 名)。父親は、1975年のベトナム戦争終結以降、政治 的迫害から逃れたベトナム難民としての背景を持ち、

Anさんが生まれた直後、80年代に来日した。ベトナ ム中部の漁村で幼少期を過ごしたAnさんは8歳の時 に父親に呼び寄せられる。日本に家族で移り住み十数 年が経つ今、日本社会に溶け込んでいるが、家ではベ

トナム語を話し、母親の作るベトナム料理を食べ、ベ トナム名とベトナム国籍を持って生活を送っている。

調査当時は都内の大学でベトナム語を学ぶ大学4年生 であった。頁下の表1にAnさんの背景を記す。

筆者がAnさんと出会ったのは、日本語とベトナム 語の言語使用について語るある研究会で、その際に本 調査を依頼した。Anさんを調査対象者としたのは、

一時滞在や帰国が前提にある外国人と異なり、ベトナ ム人としてのアイデンティティを保持しつつも日本を 生活基盤にしていることから、日本人や日本社会との 関わりが深いと判断したことによる。

4.2 調査方法

調査は2010年2月に約2時間をかけて行われ、調 査方法にはライフストーリー・インタビュー(桜井 2002、2003、2005)を採用した。この手法を取り入 れたのは、聞き手との相互行為から生じた語り手の解 釈内容が、語り手自身の心象や語り手を取り巻く社会 を読み解くために有効であるとする立場を取るからで ある。ライフストーリー研究に向き合っている社会学 者の桜井厚は、語り手によって構成されたデータを、

インタビュープロセスから独立させたテクストとして 解釈する従来のインタビュー調査に疑問を投げかけ、

インタビュー進行中において語り内容が紡ぎだされる 契機となる聞き手と語り手のメタコミュニケーション の次元での語りも分析対象にすべきだと主張する。聞 き手は、語り手が「何を」語ったかのみならず、「いか に」語ったかにも着目し、語り手による心の表出は聞 き手との相互行為によって作り出されるものと捉え、

語り手と聞き手の2つの位相をあわせた全体がライフ ストーリーであると定義づけている。さらに、そうし たライフストーリー・インタビューを通して自らを語 った経験は、語り手自身に自己理解を促進する機会を 与えることもあるという(桜井2010)。本稿の調査対 象者はベトナム難民という親の背景から日本に移動し た2世であるが、川上(2001)が指摘するように、こ れまでの在日ベトナム人に関する研究は、その多くが 親の経済、社会的困難や子供のアイデンティティ喪失、

もしくは親子の言語コミュニケーション問題などを前

表1 Anさんの背景

出生地 来日年齢 国籍 大学の専攻 住環境/家族構成 家庭内言語 ベ ト ナ ム

中部

8歳 ベ ト ナム

ベトナム語 家族定住型/工場勤務の両親 と高校に通う弟の4人家族

ベトナム語

13 提に論じる傾向があり、多様な背景を持つベトナム人 を一括りに捉える言説が支配的であった。その意味で、

語り手の語る出来事からその全体像を捉えるアプロー チではなく、語り手自身を構成する要素に聞き手の存 在を視野に入れ、インタビューを調査者と対象者の相 互行為と捉える構築主義に立ったこの手法を用いるこ とは、ベトナム難民2世世代、および在日ベトナム人 の多面性という視座を広く提供するためにも有効であ ると考える。

なお、聞き手との相互行為を重視する研究手法であ る以上、筆者の存在が何者であるかという点も語り手 には重要になってくる。筆者はかつて青年海外協力隊 員としてのベトナム在住経験やその後の研究活動等で ベトナムとは公私の関わりがあり、彼らの視点に立っ て在日ベトナム人個々人の多様な側面を示したいとい う研究姿勢をとる者である。調査依頼をする際、An さんにはそのことに触れ、筆者自身の背景が調査に与 える影響を意識しつつインタビューを心がけた。

5.調査結果

調査は来日前後から現在に至るAnさんの成長過程 を時間軸に沿って進めたが、あくまでAnさんの自由 な語りに任せて内容を前後しながら聞き取りを行った。

インタビューで表れた主な話題は、生い立ちから家庭 生活、学校生活、友人関係、将来についてである。

母文化や話し言葉がほぼ作られる言語形成期4であ る8歳で来日したAnさんは、小学2年生の新学期に 日本の学校に編入する。来日して2年間は言語や生活 環境面でベトナムとの予想以上の違いに驚き、特にそ れまで伝達や思考の手段としていたベトナム語が価値 化されずベトナムに対して難民や戦争といったネガテ ィブな視線を投げかける周囲の人々に戸惑い、家に帰 って両親に隠れ泣くこともしばしばあったという。だ が日本で懸命に生きる両親を見て、自分も日本で生き ていくことを決心する。やがて遊びやスポーツで友達 も増え、10歳になる頃は学校生活にも慣れ親しんでい ったそうだ。ベトナム語は両親との会話で使用するの みだが、一方で学校や日常生活の中で日本語や日本に ついての知識を深めていく。だが中学を経て、高校3 年時の進路相談で、ベトナムの言語や文化を学ぶこと が自分にはもちろん社会にとっても価値があると諭さ れた担任教師の影響を受け、ベトナム語学科のある大 学に入学を果たし、ベトナム語を改めて学ぶに至って いる。

なおAnさんには、中川(2011)で扱った、ベトナ

ム語を学ぶ難民2世世代の女子大学生3名の成長過程 で確認されたような、学校や公共場面において周囲に 対してベトナム語能力やベトナム人であることを隠そ うとする態度をとった経験がないそうである。これに ついてAnさんは、日本語が拙いながらも自分のため に朝晩働く両親を悲しませないために、ベトナム人と して生きていくことを決心したと語っている。

日本社会に溶け込みながらも、ベトナム人の国籍と 名前を維持しベトナム語を再び学ぶAnさんの姿勢は、

ベトナム人であることを受け入れ、それを肯定的に捉 えていることの表れだと言える。だがデータからは、

日本人が彼に向ける、もしくは彼が日本人に向ける眼 差しが、彼自身の言動や行動に潜んでいた。主に該当 する4つのデータを語られた順に記していくなおデ ータの表記記号について、An さんはA、筆者の発話 は*で示し、他の表記方法については本稿の最後にあ る表2に記した。

まずデータ1は、インタビューのウォームアップと してアルバイトについて聞き取りをした際、Anさん が日本人とのコミュニケーションのずれについて語っ たものである。

データ1 日本人とのコミュニケーションのずれへの 対応

*:なんか困ったこととかある?バイトしてて。

A:あ結構(笑)。例えば(・・)居酒屋なんですけど、

バイト長に掃除してとか言われて、でも掃除しな くてもいいところもやっちゃう//*:ああ//とか。

その逆もあったり。きっちり言ってほしいって思 ったことがあって。日本人だったらわかるんだろ うけど。

*:えっでもAさん日本長いでしょう?どうなんだろ、

そういうことって日本人とかベトナム人とかっ ていうわけじゃないと思うけど。バイト長に聞い た?分からないって。

A:いや言ってない//*:どうして?//です。(・)勘 違いしたらやっぱベトナム語の影響かなって思い ますし、何かああ日本人じゃない、日本語わから ないって思われたくないですから。

*:まあでも、そういう勘違いって僕も日本人同士で もよくあるけど。

A:そうですか。まあ自分ベトナム人だって思ってる から、なんか間違ってもベトナム語とごっちゃに なってるっていつも思っちゃうのかもしれないで すね。

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14 次のデータ2は、学校生活の話題で現れた語りであ る。Anさんはここで他の在日ベトナム人と比べなが ら、自身の容姿について語っている。

データ2 日本人らしい容姿の強調

A:中学とか高校の時、クラスの名簿見て、外国人い るんだ//*:うん//とか誰なんだろうとか、みんな はなんか探したり予想したりしてたらしいんです よ(笑)。でも実際あってみるとわかんない。自分 から俺ベトナム人だよって言わないようにしてる から、言わないとわかんない//*:ん//んです。ぱ っと見、日本人に見られるじゃないですか。

*:(・・)うんまあ。

A:(・・)例えば、そう今大学の友達で自分と同じよ うな難民で来たベトナム人の女の子がいるんです けど、その人見た目ベトナム人っていうか東南ア ジアっぽい顔//*:ああアジア//はい。日本人じゃ ないってわかる。でも僕の場合ホント外人なの?

とか言われちゃうん//*:へえ//ですよ。で、まあ 一応とか//*:一応(笑)//言って(笑)。

友達と比べながら「日本人に見られるじゃないです か」と同意を求める語りに、筆者はAnさんに日本人 に近づくことを望む、いわば日本人化を志向する意識 を感じつつ聞き取りを続けていった。そしてそうした 志向性は、学校生活の話題から国籍の話題に移った際 に出た、将来の結婚についての語りで顕著に表れた。

データ3 将来の結婚相手の国籍へのこだわり

*:まだ早いけど結婚とかどうですか、日本人がいい ベトナム人がいいとかってある?

A:そりゃあ日本人がいいなって思いますけど。

*:ああベトナム人じゃなくて?

A:ベトナム人とはしたいとは思えないですね。

*:どうして?

A:なんでしょうね(・)やっぱりなんか、ベトナム 人だからベトナム人と結婚するんだとか、日本人 から言われるのが嫌なん//*:ああ//ですよ。だか らベトナム人はベトナム人としかできないって思 われたくないっていうか。日本人の目もやっぱ気 になって。

*:でもそれって、ベトナムをちょっと下に見てるこ とにならないかな?

A:ああ(・・)そういうのもないといったら正直嘘 なんです//*:そっか//けど、今は(・・・)。

このデータ3では、調査時点で結婚相手にベトナム 人を否定し日本人を望む様子が語られたが、一方で日 本人が抱く偏見やマイナスイメージを払拭すべくベト ナムをアピールする姿勢も確認された。以下はインタ ビューの後半、ベトナム人であることに対する友人の 反応について聞き取った際の語りで表れたものである。

データ4 ベトナムをアピールする姿勢

*:ベトナム、最近はいいイメージもあるけど、でも やっぱり戦争とか貧しいとかってイメージを持つ 人も//A:はいはい//いると思うけど、そういうの 人と接して感じます?

A:あ感じますね。ベトナムイコール戦争だ枯葉剤だ とかしか見てない人がいるから。

*:そういうのはどう思う?

A:むかつきますね。

*:あ、むかつく?

A:やっぱり、自分の生まれて育ってきた場所を否定 されるのは嫌だし。

*:じゃ逆に、ベトナムはそれだけじゃないんだとか アピールするとかあるのかな。

A:あります。まあ相手になんかベトナムの悪口とか 言われたら、なんだだったらじゃあ行ってみろよ とか//*:へえ//言いますし。まあ周りの友達とか、

半分冗談で言ってるんですけど、まあ戦争で大変 だったでしょうとか(笑)。

*:そういうの変えたい?

A:あ変えたいっすねやっぱり。

*:それに対してなんかしてる?

A:ああ(・・)友達なんかには良いところしか言わ ないですね。もうみんな悪いとこ知ってるじゃな いですか。だから例えば旅行どこ行くとか話した ら、じゃベトナムの中部のビーチ行ってみな//

*:ああ//とか、そう自分から結構積極的に良い こと言って悪いイメージとかは言わないようにし てますね。もう皆そういうイメージあるから。

友人にベトナムの良さをアピールすると語るAnさ んは、卒業旅行で友人とまたベトナムを訪れるそうだ。

この後、インタビューは就職活動の話題になり、日本 とベトナムに関係する仕事を探していると語るAnさ んに、筆者の知りうる情報を提供して調査を終えた。

6.考察

これまでベトナム難民2世という自分のアイデンテ

15 ィティを隠し、否定することのなかったと語っていた Anさんだが、各データからはベトナム人として日本 人にどう見られているかという、日本人の眼差しの影 響が少なからず潜んでいることが確認された。本節で はライフストーリー・インタビューの特徴である語り 手と聞き手との相互行為部分に着目しながら各データ を取り上げ、そうした眼差しがなぜ生じるのか、また それに囚われず他者との関係を築いていくにはどうし たらよいか、その考察を行っていく。そして多文化共 生のための教育、その中でも日本語教育に触れつつ、

外国人の側から、その社会の構築に向けての関わり方 についての一案を示すことを試みる。

まずデータ1は、バイト先の居酒屋でのエピソード が語られ、Anさんは日本人バイト長の掃除の指示と 異なる行動をとったことに触れている。このコミュニ ケーション上のずれについて、筆者が「日本人とかベ トナム人とかっていうわけじゃないと思うけど。バイ ト長に聞いた?」と問いかけたにもかかわらず、An さんは「ベトナム語の影響」によるものとして自己処 理をしていた。ここからAnさんには来日して十数年 経った現在もベトナムにルーツを持った日本語非母語 話者であるという意識が未だに残り、日本語母語話者 の日本語使用は正しく、コミュニケーションの規範と なっていることが読みとれる。その直後の「日本人じ ゃない、日本語わからないって思われたくないですか ら」という語りは、母語話者の言語規範を是とし、そ こから逸脱することで既存のイメージが上塗りされな いようにと懸念する様子がうかがえるからである。た だし着目すべきは、Anさんが「勘違いって僕もよく あるけど」という筆者の反応の後に、「まあ自分ベトナ ム人だって思ってるから、なんか間違ってもベトナム 語とごっちゃになってるっていつも思っちゃうのかも しれない」と自身の日本語使用を振り返る部分である。

この筆者とのやりとりがいずれAnさんに言語使用を 内省し自己理解を促進する機会を与え、今後日本人と のコミュニケーション上のずれに対して自己処理をせ ず問いかけや意見表明を通じて相手に働きかければ、

日本人に対して多様な言語行動の規範を考えるきっか けにつながるだろう。

一方、データ2は学校生活のトピックで表れた語り である。名簿にあるベトナム名と実際の容姿との違い にクラスメートが驚いていたと語るAnさんは、筆者 にも「日本人に見られるじゃないですか」と同意を求 める。しかし筆者が2秒の沈黙後に「うんまあ」と反 応したためか、2秒後に同じ大学にいる他の在日ベト

ナム人の例を挙げ、比較することで自身の容姿にある 日本人らしさを強調していた。ここでの問題は日本人 らしいか否かという個人差のある容姿の捉え方を問う ことではない。着目すべきは、日本人らしさを積極的 にアピールする語りに、聞き手である筆者を含めた日 本人にそう見られたいという意識が感じられる点と、 自分と同じエスニックバックグラウンドを持つ者を比 較対象にしている点である。

そしてこの日本人の眼差しへの意識は、将来の結婚 相手について問いかけたデータ3で明らかにされる。 結婚相手に日本人を望み、その理由について「日本人 の目もやっぱ気になって」と明言する語りである。筆 者が「ベトナムをちょっと下に見てることにならない かな?」という問いかけたことで、Anさんから2秒 の沈黙後「そういうのもないといったら正直嘘なんで すけど」という本音が語られる。そしてその後の「日 本人の目もやっぱ気になって」というAnさんの語り から、日本社会によって形成されたベトナム人のイメ ージに囚われ、調査の時点では将来の結婚相手を考え る際に少なからず日本人の眼差しの影響を受けている ことが読み取れる。

このデータ2及び3からは、Anさんの語りに自分 が日本人にどう見られるかという点が潜んでいること が確認され、特に後者ではそれが明示的に表出されて いた。日本人らしさや日本人との結婚を強調するこれ らのデータは、見方を変えれば、ベトナム人という単 一のアイデンティティだけでなく日本人としてのアイ デンティティも併せ持っているのだという、自らのア イデンティティの複数性を暗に示そうとしていると考 えることもできるだろう。だがこの複数性のアピール は、日本人がベトナム人に向ける眼差しを牽制し、自 らを例外として価値を高めるために同じエスニックア イデンティティを持つ他者との比較に基づいてなされ ていた。こうした自己を差別化し他者に固定化した眼 差しを向ける関係の築き方は、高橋(2009)の示す加 害性を帯びた行為だと言えることから、ここではAn さん自身が加害者として他者に対峙しているという見 方もできる。

しかしそもそも、日本人に対して漠然と抱く眼差し や、同じエスニシティを持つ他者に対して加害性を帯 びて向ける眼差しがAnさんに生まれてしまうのは、 個々人の内にある文化的、言語的多様性を抹消し、一 定のイメージに閉じ込め、価値の序列化をする要素が 日本社会に含まれているのが要因であるのは言うまで もない。8歳までベトナム語環境で価値観や感情、思

(5)

14 次のデータ2は、学校生活の話題で現れた語りであ る。Anさんはここで他の在日ベトナム人と比べなが ら、自身の容姿について語っている。

データ2 日本人らしい容姿の強調

A:中学とか高校の時、クラスの名簿見て、外国人い るんだ//*:うん//とか誰なんだろうとか、みんな はなんか探したり予想したりしてたらしいんです よ(笑)。でも実際あってみるとわかんない。自分 から俺ベトナム人だよって言わないようにしてる から、言わないとわかんない//*:ん//んです。ぱ っと見、日本人に見られるじゃないですか。

*:(・・)うんまあ。

A:(・・)例えば、そう今大学の友達で自分と同じよ うな難民で来たベトナム人の女の子がいるんです けど、その人見た目ベトナム人っていうか東南ア ジアっぽい顔//*:ああアジア//はい。日本人じゃ ないってわかる。でも僕の場合ホント外人なの?

とか言われちゃうん//*:へえ//ですよ。で、まあ 一応とか//*:一応(笑)//言って(笑)。

友達と比べながら「日本人に見られるじゃないです か」と同意を求める語りに、筆者はAnさんに日本人 に近づくことを望む、いわば日本人化を志向する意識 を感じつつ聞き取りを続けていった。そしてそうした 志向性は、学校生活の話題から国籍の話題に移った際 に出た、将来の結婚についての語りで顕著に表れた。

データ3 将来の結婚相手の国籍へのこだわり

*:まだ早いけど結婚とかどうですか、日本人がいい ベトナム人がいいとかってある?

A:そりゃあ日本人がいいなって思いますけど。

*:ああベトナム人じゃなくて?

A:ベトナム人とはしたいとは思えないですね。

*:どうして?

A:なんでしょうね(・)やっぱりなんか、ベトナム 人だからベトナム人と結婚するんだとか、日本人 から言われるのが嫌なん//*:ああ//ですよ。だか らベトナム人はベトナム人としかできないって思 われたくないっていうか。日本人の目もやっぱ気 になって。

*:でもそれって、ベトナムをちょっと下に見てるこ とにならないかな?

A:ああ(・・)そういうのもないといったら正直嘘 なんです//*:そっか//けど、今は(・・・)。

このデータ3では、調査時点で結婚相手にベトナム 人を否定し日本人を望む様子が語られたが、一方で日 本人が抱く偏見やマイナスイメージを払拭すべくベト ナムをアピールする姿勢も確認された。以下はインタ ビューの後半、ベトナム人であることに対する友人の 反応について聞き取った際の語りで表れたものである。

データ4 ベトナムをアピールする姿勢

*:ベトナム、最近はいいイメージもあるけど、でも やっぱり戦争とか貧しいとかってイメージを持つ 人も//A:はいはい//いると思うけど、そういうの 人と接して感じます?

A:あ感じますね。ベトナムイコール戦争だ枯葉剤だ とかしか見てない人がいるから。

*:そういうのはどう思う?

A:むかつきますね。

*:あ、むかつく?

A:やっぱり、自分の生まれて育ってきた場所を否定 されるのは嫌だし。

*:じゃ逆に、ベトナムはそれだけじゃないんだとか アピールするとかあるのかな。

A:あります。まあ相手になんかベトナムの悪口とか 言われたら、なんだだったらじゃあ行ってみろよ とか//*:へえ//言いますし。まあ周りの友達とか、

半分冗談で言ってるんですけど、まあ戦争で大変 だったでしょうとか(笑)。

*:そういうの変えたい?

A:あ変えたいっすねやっぱり。

*:それに対してなんかしてる?

A:ああ(・・)友達なんかには良いところしか言わ ないですね。もうみんな悪いとこ知ってるじゃな いですか。だから例えば旅行どこ行くとか話した ら、じゃベトナムの中部のビーチ行ってみな//

*:ああ//とか、そう自分から結構積極的に良い こと言って悪いイメージとかは言わないようにし てますね。もう皆そういうイメージあるから。

友人にベトナムの良さをアピールすると語るAnさ んは、卒業旅行で友人とまたベトナムを訪れるそうだ。

この後、インタビューは就職活動の話題になり、日本 とベトナムに関係する仕事を探していると語るAnさ んに、筆者の知りうる情報を提供して調査を終えた。

6.考察

これまでベトナム難民2世という自分のアイデンテ

15 ィティを隠し、否定することのなかったと語っていた Anさんだが、各データからはベトナム人として日本 人にどう見られているかという、日本人の眼差しの影 響が少なからず潜んでいることが確認された。本節で はライフストーリー・インタビューの特徴である語り 手と聞き手との相互行為部分に着目しながら各データ を取り上げ、そうした眼差しがなぜ生じるのか、また それに囚われず他者との関係を築いていくにはどうし たらよいか、その考察を行っていく。そして多文化共 生のための教育、その中でも日本語教育に触れつつ、

外国人の側から、その社会の構築に向けての関わり方 についての一案を示すことを試みる。

まずデータ1は、バイト先の居酒屋でのエピソード が語られ、Anさんは日本人バイト長の掃除の指示と 異なる行動をとったことに触れている。このコミュニ ケーション上のずれについて、筆者が「日本人とかベ トナム人とかっていうわけじゃないと思うけど。バイ ト長に聞いた?」と問いかけたにもかかわらず、An さんは「ベトナム語の影響」によるものとして自己処 理をしていた。ここからAnさんには来日して十数年 経った現在もベトナムにルーツを持った日本語非母語 話者であるという意識が未だに残り、日本語母語話者 の日本語使用は正しく、コミュニケーションの規範と なっていることが読みとれる。その直後の「日本人じ ゃない、日本語わからないって思われたくないですか ら」という語りは、母語話者の言語規範を是とし、そ こから逸脱することで既存のイメージが上塗りされな いようにと懸念する様子がうかがえるからである。た だし着目すべきは、Anさんが「勘違いって僕もよく あるけど」という筆者の反応の後に、「まあ自分ベトナ ム人だって思ってるから、なんか間違ってもベトナム 語とごっちゃになってるっていつも思っちゃうのかも しれない」と自身の日本語使用を振り返る部分である。

この筆者とのやりとりがいずれAnさんに言語使用を 内省し自己理解を促進する機会を与え、今後日本人と のコミュニケーション上のずれに対して自己処理をせ ず問いかけや意見表明を通じて相手に働きかければ、

日本人に対して多様な言語行動の規範を考えるきっか けにつながるだろう。

一方、データ2は学校生活のトピックで表れた語り である。名簿にあるベトナム名と実際の容姿との違い にクラスメートが驚いていたと語るAnさんは、筆者 にも「日本人に見られるじゃないですか」と同意を求 める。しかし筆者が2秒の沈黙後に「うんまあ」と反 応したためか、2秒後に同じ大学にいる他の在日ベト

ナム人の例を挙げ、比較することで自身の容姿にある 日本人らしさを強調していた。ここでの問題は日本人 らしいか否かという個人差のある容姿の捉え方を問う ことではない。着目すべきは、日本人らしさを積極的 にアピールする語りに、聞き手である筆者を含めた日 本人にそう見られたいという意識が感じられる点と、

自分と同じエスニックバックグラウンドを持つ者を比 較対象にしている点である。

そしてこの日本人の眼差しへの意識は、将来の結婚 相手について問いかけたデータ3で明らかにされる。

結婚相手に日本人を望み、その理由について「日本人 の目もやっぱ気になって」と明言する語りである。筆 者が「ベトナムをちょっと下に見てることにならない かな?」という問いかけたことで、Anさんから2秒 の沈黙後「そういうのもないといったら正直嘘なんで すけど」という本音が語られる。そしてその後の「日 本人の目もやっぱ気になって」というAnさんの語り から、日本社会によって形成されたベトナム人のイメ ージに囚われ、調査の時点では将来の結婚相手を考え る際に少なからず日本人の眼差しの影響を受けている ことが読み取れる。

このデータ2及び3からは、Anさんの語りに自分 が日本人にどう見られるかという点が潜んでいること が確認され、特に後者ではそれが明示的に表出されて いた。日本人らしさや日本人との結婚を強調するこれ らのデータは、見方を変えれば、ベトナム人という単 一のアイデンティティだけでなく日本人としてのアイ デンティティも併せ持っているのだという、自らのア イデンティティの複数性を暗に示そうとしていると考 えることもできるだろう。だがこの複数性のアピール は、日本人がベトナム人に向ける眼差しを牽制し、自 らを例外として価値を高めるために同じエスニックア イデンティティを持つ他者との比較に基づいてなされ ていた。こうした自己を差別化し他者に固定化した眼 差しを向ける関係の築き方は、高橋(2009)の示す加 害性を帯びた行為だと言えることから、ここではAn さん自身が加害者として他者に対峙しているという見 方もできる。

しかしそもそも、日本人に対して漠然と抱く眼差し や、同じエスニシティを持つ他者に対して加害性を帯 びて向ける眼差しがAnさんに生まれてしまうのは、

個々人の内にある文化的、言語的多様性を抹消し、一 定のイメージに閉じ込め、価値の序列化をする要素が 日本社会に含まれているのが要因であるのは言うまで もない。8歳までベトナム語環境で価値観や感情、思

(6)

16 考を育んできたにもかかわらず、来日後はベトナム語 を重視しない日本の言語環境や社会的に作られた偏見 によって、ベトナム語やベトナム人としてのアイデン ティティの保持・伸張の停滞を余儀なくされ、逆に日 本に溶け込み現在に至るまでその眼差しに無意識に囚 われてしまっていることが語りからうかがえるからで ある。この文化的、言語的多様性の尊重は多文化共生 社会を築く上で日本人、日本社会の側の極めて大きな 課題であるが、一方でAnさん自身も他者に対して抱 く眼差しを払拭し、それに抗するためには日々遭遇す るコミュニケーション場面で自らの多様性を絶えず訴 えていくほかないと思われる。

その意味で、ベトナムの固定化されたイメージから 脱却を図るべく、ベトナムの良さをアピールする姿勢 を示していたデータ4は、An さんが他者から向けら れる眼差しを打ち破ろうとする意識が見える好例であ ろう。筆者が日本人の抱くベトナムへのマイナスイメ ージについてどう思っているか聞くと、Anさんは「む かつきますね」と即答する。一見するとベトナム人と してのAnさんの感情を害しかねないこの問いと語り のやりとりは、ベトナム人の視点に立ってその多様な 側面を示したいという姿勢を持つ筆者と、それを受け 入れ率直な気持ちを語ったAnさんとの関係によって 紡ぎだされた語りだと言える。その後、ベトナムのマ イナスイメージを払拭すべく、日本人の友人に積極的 にベトナムの良さをアピールしている様子が語られる。

「戦争で大変だったでしょう」といった画一化された ベトナムのイメージを投げかける日本人の友人に対し て、「悪いイメージとかは言わないようにしてます」と いう語るAnさんからは、ベトナム人としてのアイデ ンティティがうかがえるが、同時にその語りは相手に 対して主体的に変化を起こそうとすることを表わして いることから、ベトナムの新たな側面をアピールして いくことで日本人に対して意識変革を促していく姿勢 が読みとれる。

以上の事例を踏まえ、日本の多文化共生社会の構築 に向けて外国人がどう関わっていくかについて改めて 考えると、日本人の眼差しを意識している限りは、2.

で述べた石井(2011)の言うように日本人に共生のニ ーズを意識化させることは困難であり、同じく真嶋

(2006)が触れた言語文化的多様性をもった「資源」

という存在からは遠のいてしまうだろう。日本人が抱 く自己に対するイメージを想像しそれに合わせようと 行動していくことは、個々人が持つ母語による背景知 や経験、アイデンティティの複数性をも埋没させてし

まうからである。

よって、外国人当事者が無意識下にある他者から受 ける自己イメージと自己が抱く他者イメージに気づき、

複数のアイデンティティを持つ者として自己や他者を 絶えず捉え直していくことへの自覚を育むために、多 文化共生のための教育、とりわけ日本語教育は、日本 語母語話者による正しい日本語規範を前提とし、それ に未熟な学習者に習得すべき言語知識を身につけさせ る従来型の教育から脱却しなければならない。地域日 本語教室をはじめとする現場で散見される母語話者の 日本語を是とする教育には、外国人に日本人化を志向 させ、日本人に対する眼差しへの意識を強化すること が潜在的カリキュラムとして含まれていると考えるか らである。その代わりに求められるのは、言語知識の 有無や日本語母語話者であるか否かに注意が払われ、

それが能力差として扱われる教育ではなく、各人が持 つ言語、文化、アイデンティティの複数性が対等な立 場で交差しあう教育の空間である。そこでは非対称の 関係の上に成り立つ母語話者に有利な正しさや規範は 問題とされない。相手との関わりを通じて得られる言 語、文化の発見や、新しい価値観への探求が学習の契 機となる日本語教育実践の経験が、他者からの眼差し に合わせようとすることがもはや無意味であることを 気づかせ、主体的な行動への自覚を育んでいく。そう して培われた個々人の教育の経験が日本社会に反映さ れることによって、日々のコミュニケーション場面で 遭遇する、固定化した眼差しを向ける人間に意識変革 がもたらされ、やがては文化的ちがいを認め合い対等 な関係を築く多文化共生社会が構築されていくのでは ないだろうか。

既存の文化を持った静的な存在としてではなく、一 定の自己像に定めようとする日本人、日本社会に揺さ ぶりをかける動的な存在としての自覚を持ち、他者と の関係を問い続ける人間であること。ここに多文化共 生社会の担い手である外国人の資源としての存在意義 があり、ひいては外国人、日本人といった一面的にす ぎない対立軸を乗り越え、他者との関係を問い続ける 個人を育成していくことが多文化共生の日本語教育の 果たすべき役割だと考える。

7.本稿のまとめと課題

ライフストーリー・インタビューによって得られた 一人のベトナム難民2世の事例からは、漠然と抱く日 本人からの眼差しが言動、行動の中で無意識に働き、

それは時に同じエスニックバックグラウンドを持つ者

17 に対して加害性を帯びていることが確認された。だが 一方、コミュニケーションの中で、相手によって固定 化された自己イメージに変化を起こそうと働きかける 姿勢は、日本人に対して多様な言語行動規範や意識変 革を促していく可能性につながることがデータ考察に よりわかった。そして眼差しの無意味さと相手との関 係性を問い続けることへの自覚を育むために、多文化 共生の文脈で行われる日本語教育は、日本人に対する 眼差しの強化にしかならない母語話者の権力性が潜む 言語知識、規範を身につけさせることを廃し、対等な 関係の下での交わりを通じて言語的、文化的な発見を 追求していく教育へと変わっていくことが重要である ことが示唆された。

以上、多文化共生をめぐる先行研究ではこれまで殆 ど議論されてこなかった外国人側の行動意識に焦点を 当て、そのマイナーな声に耳を傾けることで多文化共 生社会の構築に向かう外国人の関わり方の一案を示し た本稿は、多文化共生をめぐる議論に新たな視座を与 えた研究としてその成果を位置づけることができると 思われる。

ただし、本稿に残された大きな課題は、今回示唆す るにとどまった、日本人、日本社会に漠然と抱く眼差 しとそこからくる加害性を自覚し、主体的に生きるた めの力を育む日本語教育の理論と実践についてのより 深い検討である。日本語を学ぶ者にその眼差しをすり 込ませてしまうほど母語話者の権力性に追従している 日本語教育の思想を根本から見直し、それに対抗する 日本語教育観をどう構築していくか。そして実践のレ ベルにおいては、どのような内容を扱い、そこに教師 および日本語母語話者はどう関わっていくべきか。理 論と実践のあり方を今後探っていきたい。

表2 インタビューデータ表記記号 データの表記 記号 表記例 同時発話 // 嫌なん//*:ああ//ですよ。

沈黙(ドット 1つで1秒)

(・) 例えば(・・)居酒屋なんで すけど、

疑問符、上昇 音調

? 僕の場合ホント外人なの?

笑い (笑) あ結構(笑)。

1 総務省入国管理局統計資料「平成23年末現在におけ る外国人登録者統計について」

http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuuk okukanri04_00021.html(2012.10.22参照)

2 総務省(2006)『多文化共生の推進に関する研究会 報告書~地域における多文化共生の推進に向けて~』 より。

3 総務省プランでは地域における多文化共生施策の策 定にあたり(1)コミュニケーション支援、(2)生活 支援、(3)多文化共生の地域づくり、(4)多文化共 生施策の推進体制の整備という4つの指針を挙げてい る。www.soumu.go.jp/kokusai/pdf/sonota_b6.pdf

(2012年1.9参照)

4 中島和子(1998)『バイリンガル教育の方法』アル ク参照。

参考文献

石井恵理子(2011)「共生社会形成をめざす日本語教 育の課題」『「多文化共生」は可能か 教育における 挑戦』勁草書房

川上郁雄(2001)『越境する家族―在日ベトナム系住 民の生活世界』明石書店

桜井厚(2002)『インタビューの社会学』せりか書房 桜井厚編(2003)『ライフストーリーとジェンダー』

せりか書房

桜井厚・小林多寿子(2005)『ライフストーリー・イ ンタビュー 質的研究入門』せりか書房

桜井厚(2010)「首都大学東京大学院2010年度後期集 中講座講義録」

高橋舞(2009)『人間成長を阻害しないことに焦点化 する教育学-いま必要な共生教育とは-』ココ出版 中川康弘(2011)「ベトナム難民2世の語りにみるバ

イリンガル育成の可能性-ライフストーリー・イン タビュー手法を用いて-」母語・継承語・バイリン ガル教育(MHB)研究会紀要、第7号、MHB研究 会

真嶋潤子(2006)「日本語教育から見た異文化理解」『異 文化コミュニケーションを学ぶ人のために』細谷昌 志編、世界思想社

(7)

16 考を育んできたにもかかわらず、来日後はベトナム語 を重視しない日本の言語環境や社会的に作られた偏見 によって、ベトナム語やベトナム人としてのアイデン ティティの保持・伸張の停滞を余儀なくされ、逆に日 本に溶け込み現在に至るまでその眼差しに無意識に囚 われてしまっていることが語りからうかがえるからで ある。この文化的、言語的多様性の尊重は多文化共生 社会を築く上で日本人、日本社会の側の極めて大きな 課題であるが、一方でAnさん自身も他者に対して抱 く眼差しを払拭し、それに抗するためには日々遭遇す るコミュニケーション場面で自らの多様性を絶えず訴 えていくほかないと思われる。

その意味で、ベトナムの固定化されたイメージから 脱却を図るべく、ベトナムの良さをアピールする姿勢 を示していたデータ4は、An さんが他者から向けら れる眼差しを打ち破ろうとする意識が見える好例であ ろう。筆者が日本人の抱くベトナムへのマイナスイメ ージについてどう思っているか聞くと、Anさんは「む かつきますね」と即答する。一見するとベトナム人と してのAnさんの感情を害しかねないこの問いと語り のやりとりは、ベトナム人の視点に立ってその多様な 側面を示したいという姿勢を持つ筆者と、それを受け 入れ率直な気持ちを語ったAnさんとの関係によって 紡ぎだされた語りだと言える。その後、ベトナムのマ イナスイメージを払拭すべく、日本人の友人に積極的 にベトナムの良さをアピールしている様子が語られる。

「戦争で大変だったでしょう」といった画一化された ベトナムのイメージを投げかける日本人の友人に対し て、「悪いイメージとかは言わないようにしてます」と いう語るAnさんからは、ベトナム人としてのアイデ ンティティがうかがえるが、同時にその語りは相手に 対して主体的に変化を起こそうとすることを表わして いることから、ベトナムの新たな側面をアピールして いくことで日本人に対して意識変革を促していく姿勢 が読みとれる。

以上の事例を踏まえ、日本の多文化共生社会の構築 に向けて外国人がどう関わっていくかについて改めて 考えると、日本人の眼差しを意識している限りは、2.

で述べた石井(2011)の言うように日本人に共生のニ ーズを意識化させることは困難であり、同じく真嶋

(2006)が触れた言語文化的多様性をもった「資源」

という存在からは遠のいてしまうだろう。日本人が抱 く自己に対するイメージを想像しそれに合わせようと 行動していくことは、個々人が持つ母語による背景知 や経験、アイデンティティの複数性をも埋没させてし

まうからである。

よって、外国人当事者が無意識下にある他者から受 ける自己イメージと自己が抱く他者イメージに気づき、

複数のアイデンティティを持つ者として自己や他者を 絶えず捉え直していくことへの自覚を育むために、多 文化共生のための教育、とりわけ日本語教育は、日本 語母語話者による正しい日本語規範を前提とし、それ に未熟な学習者に習得すべき言語知識を身につけさせ る従来型の教育から脱却しなければならない。地域日 本語教室をはじめとする現場で散見される母語話者の 日本語を是とする教育には、外国人に日本人化を志向 させ、日本人に対する眼差しへの意識を強化すること が潜在的カリキュラムとして含まれていると考えるか らである。その代わりに求められるのは、言語知識の 有無や日本語母語話者であるか否かに注意が払われ、

それが能力差として扱われる教育ではなく、各人が持 つ言語、文化、アイデンティティの複数性が対等な立 場で交差しあう教育の空間である。そこでは非対称の 関係の上に成り立つ母語話者に有利な正しさや規範は 問題とされない。相手との関わりを通じて得られる言 語、文化の発見や、新しい価値観への探求が学習の契 機となる日本語教育実践の経験が、他者からの眼差し に合わせようとすることがもはや無意味であることを 気づかせ、主体的な行動への自覚を育んでいく。そう して培われた個々人の教育の経験が日本社会に反映さ れることによって、日々のコミュニケーション場面で 遭遇する、固定化した眼差しを向ける人間に意識変革 がもたらされ、やがては文化的ちがいを認め合い対等 な関係を築く多文化共生社会が構築されていくのでは ないだろうか。

既存の文化を持った静的な存在としてではなく、一 定の自己像に定めようとする日本人、日本社会に揺さ ぶりをかける動的な存在としての自覚を持ち、他者と の関係を問い続ける人間であること。ここに多文化共 生社会の担い手である外国人の資源としての存在意義 があり、ひいては外国人、日本人といった一面的にす ぎない対立軸を乗り越え、他者との関係を問い続ける 個人を育成していくことが多文化共生の日本語教育の 果たすべき役割だと考える。

7.本稿のまとめと課題

ライフストーリー・インタビューによって得られた 一人のベトナム難民2世の事例からは、漠然と抱く日 本人からの眼差しが言動、行動の中で無意識に働き、

それは時に同じエスニックバックグラウンドを持つ者

17 に対して加害性を帯びていることが確認された。だが 一方、コミュニケーションの中で、相手によって固定 化された自己イメージに変化を起こそうと働きかける 姿勢は、日本人に対して多様な言語行動規範や意識変 革を促していく可能性につながることがデータ考察に よりわかった。そして眼差しの無意味さと相手との関 係性を問い続けることへの自覚を育むために、多文化 共生の文脈で行われる日本語教育は、日本人に対する 眼差しの強化にしかならない母語話者の権力性が潜む 言語知識、規範を身につけさせることを廃し、対等な 関係の下での交わりを通じて言語的、文化的な発見を 追求していく教育へと変わっていくことが重要である ことが示唆された。

以上、多文化共生をめぐる先行研究ではこれまで殆 ど議論されてこなかった外国人側の行動意識に焦点を 当て、そのマイナーな声に耳を傾けることで多文化共 生社会の構築に向かう外国人の関わり方の一案を示し た本稿は、多文化共生をめぐる議論に新たな視座を与 えた研究としてその成果を位置づけることができると 思われる。

ただし、本稿に残された大きな課題は、今回示唆す るにとどまった、日本人、日本社会に漠然と抱く眼差 しとそこからくる加害性を自覚し、主体的に生きるた めの力を育む日本語教育の理論と実践についてのより 深い検討である。日本語を学ぶ者にその眼差しをすり 込ませてしまうほど母語話者の権力性に追従している 日本語教育の思想を根本から見直し、それに対抗する 日本語教育観をどう構築していくか。そして実践のレ ベルにおいては、どのような内容を扱い、そこに教師 および日本語母語話者はどう関わっていくべきか。理 論と実践のあり方を今後探っていきたい。

表2 インタビューデータ表記記号 データの表記 記号 表記例 同時発話 // 嫌なん//*:ああ//ですよ。

沈黙(ドット 1つで1秒)

(・) 例えば(・・)居酒屋なんで すけど、

疑問符、上昇 音調

? 僕の場合ホント外人なの?

笑い (笑) あ結構(笑)。

1 総務省入国管理局統計資料「平成23年末現在におけ る外国人登録者統計について」

http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuuk okukanri04_00021.html(2012.10.22参照)

2 総務省(2006)『多文化共生の推進に関する研究会 報告書~地域における多文化共生の推進に向けて~』

より。

3 総務省プランでは地域における多文化共生施策の策 定にあたり(1)コミュニケーション支援、(2)生活 支援、(3)多文化共生の地域づくり、(4)多文化共 生施策の推進体制の整備という4つの指針を挙げてい る。www.soumu.go.jp/kokusai/pdf/sonota_b6.pdf

(2012年1.9参照)

4 中島和子(1998)『バイリンガル教育の方法』アル ク参照。

参考文献

石井恵理子(2011)「共生社会形成をめざす日本語教 育の課題」『「多文化共生」は可能か 教育における 挑戦』勁草書房

川上郁雄(2001)『越境する家族―在日ベトナム系住 民の生活世界』明石書店

桜井厚(2002)『インタビューの社会学』せりか書房 桜井厚編(2003)『ライフストーリーとジェンダー』

せりか書房

桜井厚・小林多寿子(2005)『ライフストーリー・イ ンタビュー 質的研究入門』せりか書房

桜井厚(2010)「首都大学東京大学院2010年度後期集 中講座講義録」

高橋舞(2009)『人間成長を阻害しないことに焦点化 する教育学-いま必要な共生教育とは-』ココ出版 中川康弘(2011)「ベトナム難民2世の語りにみるバ

イリンガル育成の可能性-ライフストーリー・イン タビュー手法を用いて-」母語・継承語・バイリン ガル教育(MHB)研究会紀要、第7号、MHB研究 会

真嶋潤子(2006)「日本語教育から見た異文化理解」『異 文化コミュニケーションを学ぶ人のために』細谷昌 志編、世界思想社

参照

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