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農地改革法の構造(2・完) 土地所有権と農地委員会

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(1)

著者 川口 由彦

出版者 法学志林協会

雑誌名 法学志林

巻 91

号 1

ページ 1‑117

発行年 1993‑08‑30

URL http://doi.org/10.15002/00006476

(2)

はじめに第一煮農地辨邪平松作成実施過程における特徴第一節戦前期農地調整法第二節第一次農地靴騒平法節三節第二次胆地改航法(以北、伽リ)節二承腿地改蛾血迩本の洲縦過腿---訴願処剛の検討(以下、

木号)第一節香川県農地改革と県農地委口会第二節訴師騨盃識内容の分析一、訴唾卿千点の分頗艦準二、訴願処耶結果の概観三、争点別分析

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農地改革法の構造(〒完)

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(3)

第一意で述べたように、部道府県農地委且会の行った訴願政決事務は、農地委貝会という機柵を通じた川家政鞭の

突現過樫の一環であり、政莱実施のための調縦活動だったと把掘しうる。この訴願裁決は、戦前期から訴願システム

を一般的に規定していた訴願法によるものでなく、市町村農地委瓜会への異議巾立を巾立要件とする綿密な政策点検

システムの一環を形成していた。素人委瓜による早急かつ人斌の計画立案は、戦後の激しい人の移動と相まってかな

りの過誤の発生を予想させた。このような過誤の修正を当耶者側身の巾立(l民主化政簸)を契機として遂行しよう

としたのが訴願手続であった。本章では、このような観点から、香川県の訴願処理を分析するが、これを行う前提と

して、香川県における農地改革の特徴と秀川以股地委員会の組織形態について概観する必要がある。そこで、ここで(I) は、第一節でこの点を検討し、その後に第二節で訴願内杼について分析することとする。

香川県は、戦前、一九二○年代の初頭から小作争議を多発させた先進的大小作争議地帯であり、これを背最として

全凶的農民組合組織、然産政党の影響力がきわめて大きな県であった。このため、二○年代後半に、大規模な弾圧を

第二章農地改並事業の調整過栂l訴馴処醜の検討

法学志林一

三、小括

おわりに第一節香川県農地改革と県膣地委貝会 第九十一巻第一号

(4)

まねき、公式には、農民組合組織、無産政党組織は姿を消すが、木端レベルでの腱氏迎勁の気迎は残り続け、三○年(2) 代以降も地主の支配力は確実に後退していった。また、香川県では、甘土料と言われる慣行小作権が県下一粧祁に存在(3) し、これが農民運動によってさらに強化されていき、戦後にいたる。この慣行小作権の強化も確実に地主の支配力を

後退させていった。農地改革は、このような小作人の発言力の大きさを背景にかなり徹底して行われていくことにな

る。香川県は、先述したように、農地改革にあたって入城の若手職員を採用しこれらの職員が熱意をもって第一線で

指導にあたるが、このような蒜い職且の指導が徹底的にいきわたるほど、在地レベルでの小作農氏の発言力が大き

かったことに注目せねばならない。また、これら農地課職貝の面接指導をうけた市町村農地委且会の評記の年齢もき(4) わめて若く、その大半は二○代であり、こうした若い墾凹記が大きな発言力をもちえたのも、同様の背景による。

ここで、農地改革期の農民組合の状況についてみてみると、農地改革が本格化する四七年六月時点で、全県三市一

六二町村において市町村地区単位の組合数は一四九を数え、組合員数は総戸数八万七○○八戸に対し五万八六七八名(5) を数える(芥川県庁諜類「農地調鞭」による)。これら紐へ口の主要な指導者は、戦前来の農民運動の担い手であり、地位

組合のうちで日本農民組合に組織されない単独組合は、わずか一五でそれ以外はすべて日股文部の形をとっていた。

そして、これら組合が、「農地問題には極めて獄極的に協力を示」す(「農地調糀」)ことによって香川県農地改革は他

県に較べ、かなり徹底したものとなったのである。

この「徹底性」の指標はいくつかあるが、一つに市町村農地委員会の会長の出身階層の問題がある。香川県では、

四六年一二月二○日に市町村農地委員選挙が行われ、この選単結果をうけ委員の互選で会長が選出された。この会長

の川身階掴を見ると、その半数が小作隣層川身で、ついで自作階層となり、地主階層川身の会長をみる市町村数は岐

股地改縦波の柵造(二・光)(川U一一一

(5)

法学志休鋪九十一巻節一暇

少となっている。金川的には、地主、、作へ小作の川に川身者が多く分布しているから、秀川の場合は、それと全く(6) 逆でいかに小作階層出身の会長が多かったかがわかる。

次に、農地改革事業の中で認定買収として行われた農業用宅地買収についてみてみよう。この買収は、ある程度は

宅地の展開度合い、農地との関係といった条件にも左右されるが、荘本的には、県農地課、市町村農地委貝会の穣極

的な蔵凪がなければ進腿しない。呑川雌についてこれをみてみると、Ⅱ○年‐木までに符皿換を含んで三○三万Ⅲ○○

○坪が買収されている。これは、介川の腿梁川宅地別収而仙の三・六%にあたり、香川県の胤地圃収而枇が金川の

一・二%であることを考えると、棚めて商い比串で農業川宅地の認定凹収がなされたことがわかる。農地貿収は、そ

の多くが法律上機械的に買収がなされる「当然買収」であるのに対し、認定買収は、市町村農地委貝会の意思が前面(7) にでるものであることを考えると、農地買収の一二倍の比率で農業用宅地買収がなされたことは特筆すべきことといっ

ていい。宅地買収を通してみた香川県農地改革の徹底度は明白であろう。また、改革の過程で各県において保有面積(8) を概力少なくし、保何限庇内の胆皿についても地主に圃収を汕岬めさせようとする「全而開放」迎勁がおこったが、芥

川でもこれがさかんに腿川された。「胆地買収火紬炎」によれば、買収小作地而馴の巾で、保有限度内股川の買収を

示す「地狛が巾し川た農地のうち小作地であったもの」のしめる比率をみると、全国平均が五・四%であるのに対し、(9) 香川県は、九・○%と極めて高い。そもそも、香川県は、耕地而穣の狭小性、中小地主の堆穣を特徴とし、ここから

小作地の八割を買収するという改革の目標達成のためには、保有限度を全国平均--町歩lよりはるかに狭い六反歩

(鳥蝋部は三反歩)に、保有地と自作地を合わせた場合の限度を二町歩l全国平均三町歩lにまで引き下げねばなら

なかったが、これ自休鮒〃な股比迎助に支えられてはじめて災現したものであり、地主に保、六反歩を承服させた力

(6)

は、同時に保有限度内買収、全面開放へといたらせた力でもあった。

いまひとつ、農地調整法九条三項による土地賃貸借の解除解約手続をみてみよう。香川県では、四七年六月から四

八年六月までの間に許可申請件数は八六七件にとどまり、この数は全国の申請件数の○・六%に過ぎず、買収面積の

比率に比してかなり少ない(「農地改革資料集成」第二巻八五四頁以下による)。|万で、許可決定にいたった率は四七

年こそ四割線度で全国のそれが六割近いことを考えるとかなり低いといえるが、四八年にいたって急激に高まり、実

に九六%の数値を示し、四九年にいたっても九九%と異粥な高さを示す。このことは、香川蝿では、四七年に県当局

が厳しい姿勢を示して許可率が低くなったことをうけて、四八年以降許可巾調自体が厳選され確実に許可されるもの

のみが申請されたのだと考えられ、件数が少ないのもこのためであり、ここには、地主の土地引き上げに厳絡な香川

県農地改革のあり方が示されていた。

次に、県農地委員会の組織をみてみよう。県農地委員選挙が行われたのは、四七年二月二五日。香川では、選挙区

を高松巾を境に東西二区にわけ投票を行い、二○名の委員(地主六、自作四、小作一○)に対し、三○名が立候補す

るという状況の下で委且選単が行われた。選単結果をみると、小作委貝一○名、n作委貝四名は余風が農民組合貝で、

そのほとんどが社会党に所属している。また、これら選出委員とは別に知鞭の選任による中立委員も、五名中三名が

農民組合員であった。この結果をうけて、四七年三月三一日第一回の県農地委員会が開催された。市町村農地委員会

の場合、第一回の会議でははじめに会長が選出されるのだが、県農地委員会の場合は、法制度上会長には知事が就任

することとなっており、県農地部を統轄する行政機関の長が無条件に会長になるという点に第一章で述べた、市町村

農地委員会との非系統性の一端がみられる。もっとも、県農地委員会議事録をみると、会長は、他の公務の多忙さか

農地改砿法の構造(二・先)(川U

(7)

四七年五月五日に開催された第三回県農地委員会は、中央農地委員会の審議結果をうけて農地買収対価に占める甘

土料の比率、地主保有面積等を決定した。甘土料については、この慣行が地主の歓迎するものでなく、従来からこれ

を「禁止」ないし「無視」してきた地主も存在したから、農地買収対価にこれを反映させるかどうかは極めてデリ

ケートな問題で、中央農地委貝会の決定を必要とし、県農地委員会は、中央農地委貝会が廿土料を買収対価に反映さ

せることを決定したことをうけて地主・小作分収率の算定方法を決定した。それによると、具体的な地価の分割-1「底土」価絡と「甘土」価格の分割-1は、市町村農地委員会が決定するものの、Ⅱ土価格は、総地価の一○%から(吃)一二○%の範囲になければならないとなっている。この問題は、後述するように、地主層の強い反発を招き、買収対価

についての訴願が多発するという事態にいたるが、いずれにせよ、県農地委員会は、甘土慣行を「従来一種の財産権

として」認められてきたと判定し、農地改革上これを正当な権利として認めることを決定したのである(県農地委員

会議那録)。また、六月九日には、第四回委貝会が開樅されているが、ここでは、先述した桶家葆を会長代理とする事 法学志林第九十一巻節一号一ハ

ら欠席している場合が多く、多くの会議では、小作選川委貝の桐家葆が会長代理として巡行の征にあたっており、こ(皿)の点にも小作階層の発一一一一口樅の大きさが見いだせる。この第一回会議では、議事規則が決定されるとともに、第一回買

収計画の承認が行われた。以後、県農地委員会は、全国レベルで設定された買収スケジュールに対応して開催されて

いくが、この開催日程は、全国的スケジュールに合わせて県農地委員会の書記Ⅱ事務局が県農地課との連絡の上で設

定し各委只に通知をⅢすというものであった。もっとも、香川県で農地買収が本格化するのは、四七年一○月の第三(Ⅲ) 回買収以降のことだから、それ以坐川に開催された股地委員会は、賀収売渡のための組織の整備を中心としていたと

いっていい。

(8)

ついで、六月三○日開催の第五回委員会では、県農地委員会規程の制定と特別委貝会の設置が決定された。まず、(旧)規程であるが、規程は八ケ条からなり、委員〈雪の職務内容、委員構成、書記の地位等を規定するが、注目すべきは、第七条で、それによると委員会には委員、書記以外に会長が任命する幹事をおくことになっている。この幹事という

のは、県農地課農地委貝会係をはじめとする県職貝のことであり、これを会長たる知事が柾命することにより、県レ

ベルで作成した農地改革プランをそのまま県農地委且会に持ち込み実施させる制度的ルートが設定されていた。たしかに、規程をみる限りでは、県職員は、委員の有しているような決定権はもっていない。しかし、第一章でみたように、県農地委員の活動の多くは、自主判断の余地を極めて狭いものとされており、法令・通達の解釈という形によって農地委員の判断の伜付けを行いうる県職員が、県農地委員会に制度的に関与し意見陳述ができることは、実質的には、県農地委員会の活動を大幅にコントロールすることになることは容易に想像できる。一方、特別委貝会の設侭は、以後の県農地委瓜会の活動を刀向付けたといっていいほど而要なものであった。資料によると、特別委員会は、第一から第三まで三つ設悩された。第一特別委員会は、訴願の処理を征務として委員数一○名、第二特別委員会は、開拓関係を任務として委員数七名、第三特別委員会は、「その他」を処理することとして委員数八名と決められ、二五名の委員全員が階層構成への配慮を前提にどれかひとつに割り振られた。これら特別委

員会の活動を議事録に即してみてみると、重要性をもったのは第一と第三であったといえる。第一特別委員会は、県

農地委員会長代理となった福家葆を議長とし、人数ももっとも多く有する等、その存在が当初から亜祝されていたこ

鯉地蝋如法の櫛造(二・光)(川旦 えられる。 が決定されている。こうした一巡の流れは、全体として、小作屑主導型の県股地委員会のあり方を示唆するものと者

(9)

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(10)

耶務についての腿地委且会の自主判断の幅を樋力狭くする必要がある一万で、強力な所行樅抑制の正当性を抓保する

ためには農災代表で構成された委員会組織が計画を作成、碓定せねばならない。この結果、各級農地委瓜会は、すべ

ての土地をチェックし選別するという包括的作業Ⅱ計画作成という基幹事務については個別当事者の意思を直接には

問題としないがゆえに県職員、書記に依存する形できわめて形式的、事務的に関与することとなったのに対し、その

ような包捌的作業の結果として事後的ないし個別的に発生してくる混乱や紛争については、農民代表たる農地委員会

が綿桝に鋼論し検討しないことには、当叩打を紬得させ汁凹の派当性を机係する邪が不可能となる。市町村鵬地委u

会の吻合は、それでも個別当瓢折の馴仙を知っている謝紀や委口によって立案瀞識されるだけに、右のような二つの(旧)事務の密度の差異は机対的に小さかったが、県農地委員会の場△口は、市町村農地委員会より当事者からの距離がはる

かに大きく、その結果、審議密度の差異はきわめて明瞭に現れた。こうして県農地委員会は、市町村農地委員会との

系統性の根幹を県農地部に委ねつつ、買収売渡計画の最終的調耀活動にその主力を注いでいくこととなったのである。

次に、訴願分析に先立ち、第一特別委u会の体制を概観しておくこととしよう。

節一特別委且会のメンバーは、先述の柵家を論及とし、階肘柵成としては、小作四、地兆二、自作二、Ⅲ祓二とい(胴)う形をとった。邦一回特別委風会の瀬馴録によると、法祁規定上訴願提起から二○日以内に哉決せねばならないこと

から、「凧Ⅲとして書面涛査」により「複雑なものは現地調査」で処理することとなった。現地調査は、地主一名、

小作一名の「地区担任委員」と県職員一名が行うこととなっている。議事録に即して、具体的な審議方法をみてみる

と、はじめに県の農地委員会係(高木直義)が提起された案件につき、提起内容及び市町村農地委員会の異識申立に

対する決定の要胃を「朗読」する。その後、議長の進行で辮識にはいるが、訴願人、巾町村農地委貝会の代表(会長

鯉地改軟法の柵造(弐・光)(川Ⅱ)

(11)

法学韮心林第九十一巻第一号一○

ないし諜記)が川席しているのが原則で、これらの者に意見が求められ、その後に各委員が発言する。事業によって

訴願人が欠席しているケースがあるが、この場合には、農地対価関係墾基細点が明白なときにはそのまま裁決している

が、そうでない場合には保冊になったり現地調査が決定されたりすることが多い。また、現地調査は、こうしたケー

スだけでなく事冊の獅雁さが雌定された場合にも広く行われた。識事録全休を通じて、とくに時期が後になるほど一

度の辮議で裁決できず、事情の複雑性を考慰して現地調査が決められることがめだってくる。このことは、後述する

ように、四八年以降取下事件が蝋大することとも関連する。仙障杯省統計をみると、香川県は、「再調」(現地調査の上

再審議)件数が一○○件をこす県が全国で近県しかないなかで一○九件と著しく多く、県庁資料からも「再調」は一

○一件まで確認できることから、「再調」-(曳地調査事件がかなり多い県であったことはまちがいない。こうした体制の上で、訴願処理をしていくのだが、その際、議長と県職員がはたした役割は大きい。県職員は、議

事録によると、事業説明、条文説明を行う県農地委員会係の職員一名(高木直義)のほか、農地課長大西保英、農地

委員会係主任潮江清一が出席し、議事進行上敢要な発言を行っている。第一特別委員会開催は、訴願裁決日稗との関

係から事務局が日時を決め各委只に通知して行うので、どの会議をみても二、三名は欠席しており、全委員出席とい

う例はないが、出席状況がそうであっても議長と職員は審議前に打ち合わせを行い、審議方向を協議して審議に臨ん(Ⅳ) だので大きな混乱は仮じていない。議事録には、県職瓜の協力を』えながら議長が明快に見解を表川し、栽決に導いて

いる例がいくつもある。こうした体制によって、群議結果がでるときには、委且間で意見の対立がみられることはほ

とんどなく、議事録をみる限り決定内容に反対する意見がでたケースは一件のみで、他はすべて全員一致で決定をみ

ている。

(12)

訴願扱決の分析には、訴願提起皿ⅢⅡ争点の分瀬が不可欠である。そこでまずはじめに、個々の争点をどのように

位置づけるかについて考察しよう。

農地改革法上、都道府県農地委員会の訴願にかかってくるものは、大別して自作農創設特別措置法七条(農地買収

計画に対する訴願以後、「七条」と略)、同一五条(宅地、建物、農業用施設買収計画に対する訴願以後、.五条」

と略すと川時に同訴願は価巾に「宅地買収」訴願と呼ぶ)、同一九条(股地光波計画に対する訴願以後.九条」と略)、

脚地改砧法の柵造(二・兆)(川Ⅱ)一一 また、県股地委貝会識取録をみると、訴願辮諭にあたっては、節一特別委u会識長が瀞識結果を棚併し、県胆地委u会が岐終的決定を下すという形をとっている。議事録の記赦では、第一特別委貝会の決定に異論がでているのは、手続上の疑義から、容認・棄却の判断をすべきでなく却下すべきだとされた事案一件のみであり、他はすべて原案通り承認されている。承認の際には、とくに容認の裁決については詳しい説明を求めているケースがみられるが、いずれにせよ内容に疑義を呈するケースはみられず、ほとんど波乱なく決定をみている。したがって、訴願蛾決は、尖H的には蛎一特別委u会で決せられていたといっていい。

以上のような体制で訴願奴決はなされていた。そこで、次に、このことを前提として訴願処皿の内容について検討

してみよう。

第二節訴願審議内容の分析

「訴噸争点の分航飛地

(13)

法学志林第九十一巻第一号一一一農地調整法附則三条六項(耕作権回復に関する訴願以後、「附則三条」と略)の四種類からなる。ここで問題になるのは、農地改革の中心である農地の買収売渡に関する訴願であることはいうまでもなく、このような理由から注目す

べきものは、七条関係訴願の争点類別、くわえて一九条関係訴願、附則三条訴願の位置づけということになろう。そ

こで、まずはじめに七条関係訴願を取り上げよう。

本稿で採用する訴願に対する視角は、先述したように、訴願を第一次的に市町村農地委員会を介して行われた国家

政雄牢人農地制度改革の調諮過程とみなすというものであり、地主の抵抗という要素はこの調整が当事者の巾立を直接

の契機としたという限りで配慮されるべき調粧遂行上の歴史的契機という視角から処理されるということになる。こ

のような観点から考えるならば、訴願皿川の類別も、まずは農地改革の論理体系の上に位樋づけられねばならず、地

主の動向はこの論理体系に即した訴願処班を歴史的に解川する局面で配慮されるべき要素ということになる。

このような観点に立ったとき、訴願耶川の巾でまず注nされるのは、「使川n脚的変耐亡、「現況北腱地」という争点、

即ち、対象地が農地改革の対象とならないことを問迩とする争点である。第一章でみたように、農地改革は、所有樅の具体化、所有椛者と耕作者の一致を内容的特徴とした。この点からまず問題となるのは、所有権の対象となる土地

の具体的川途、つまり農用か否かという点である。農地改革は、国内のすべての農地を改革の射程にいれ、それらを

自作地と小作地に類別することを大きな住としたが、その前提には当然ながら、全国の土地を農地と非農地にわけるという作業が存在した。農地改革は、わが国の土地のすべてを農用か否かという具体的用途を埜準にしてふるいにかけたのである。これが所有権の具体化という国家的大事業の通過せねばならない第一の関門であった。その処班内容

のチェックを担ったのが、ここで取り上げた「使用目的変更」「現況非農地」という項目であった。l以後、このグ

(14)

七条脈願項目-9t ループを「A股地・非農地の確定」として一括し、「A唄目」と略称することとする。1

次に注目すべきは、このように確定された農地につき、耕作権が誰に属するかを争った訴願項目であろう。耕作椛者を所有権者にするという改革の方針からきわめて函要であったこの問題は、具体的な争点としては、「小作地でなく向作地である」「小作地であるが、作を相当とする」「応召、疾病等から生じた一時賃貸地であって本来は自分が耕作しているはず」「現耕作者は、何等の権利なく土地を占拠しているのであって正当な権利者でない」という形であ

らわれる。これらは、様々な形をとってはいるが、地主が小作人の川作椛を否定して向らを耕作椛者Ⅱ所打椛背であ

ると主眼した点では共通性を有しており、農地買収計画立案作業にあたって面接問題となった耐大川題だったといつ

グループを「B耕作樅の所在・存否」と一柄し、「B項目」と略称するこ

牒地改革法の構造(二・光)(川U一一一一 ていいO

これらの争点をさらに類別すると、「自作地」主張が、地主が買収計画立

案時点での耕作者であるということを雅本とした主張であるのに対し、他の

三争点がすべて小作人が現琲作者であることを前提にし、地主がそれにかわ

ろうとしている点に机述がみられる。また、これを訴願提起者の行助スタイ

ルという雁史的契機に注目してみると、「自作地」「n作希望」コ時伍貸」

が、巾立人自身の適格性を前面に押し出す形の主張であるのに対し、「椛利

関係なし」が机手刀の適格性を問題とする点で机述がある。これらの柑述が

いかなる意味をもつかは、後に詳しく述べることになる。l以後、この争点

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(15)

しかし、七条関係訴願の争点は、このABCにつきるものではない。これ以外に、政簸論理の核心部分ABに対し、

いわば周辺部分と位置づけ得る争点が存在する。そのようなものとして、第一にあげられるのが、「農地買収の対価

に不服」という争点であろう。この争点は、耕作権、所有権の帰属という改革の中心課題で争うことを放棄し、金銭

的レベルでのみ対応するという消極性を特徴とする。l以後、この争点は、「D改革への金銭的対応」として扱う。 以上みてきたのは、農地の確定と買収の基準という「所有権の具体化」政策の論理体系上の核心部分であった。これに対し、論理体系の中に本来的に位置づけることが不可能な一方で、歴史的には農地改革という政策遂行上にきわめて孟要性をもった論点が存在する。それが、「保有地を選択したい」「不在地主でなく在村地主である」「別世帯を形成しているので独立して保有而祇を認めてほしい」という諸争点、即ち保有関係の諸争点である。前節でみたように、第二次腱地改革法のもとでは、保有地の残慨は、政沿的妥協の産物であることが川口となっており、所有樅構造上はこれを正当化する固有の論理は存在しなかった。論理体系上明らかに「例外」であった保有地規定は、しかし、農地買収という現実の歴史事業の中では、開放面積の多少、開放対象農地の確定に直接かかわってくるきわめて繭要な存在であり、それだけに、保有関係の処理は実際の買収計画立案にあたっては、農地確定(A)、耕作権者確定(B)とならぶ改革事業の中核的存在であった。論理的には例外でありながら歴史的には中核であるという特異な性質こそ保有関係訴願の特徴である。l以後、このグループを「C保有関係」と一価し、「C項H」と略称することとする。 ととする。 法学志林第九十一巻節一号

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(16)

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(17)

(咽)乘打川雌腱地委貝会訴願放決関係諜斌によると、訴願提起件数は、一九四七年から江○年までに二九四件を数える。

これを巾立人に注目してみてみると、在村地主が巾し立てたもの二一四件に対し、不在地主申立八○件と在村地主の

方が二倍以上となる.これは、買収をうけた地主の在村、不在村蔑比(在村地主は、不在地秬の一・三傭l「農

地改雌資料集成」一一巻六二頁)と較べてもかなり在村地主が多く、不在地主所有地の一律買収という政策的選択が

かなりh効に働いていて、在付地主でなければ訴願が通りにくいという状況であったことを示している。

次に、これを処皿結果に注目してみてみると、全部容洲された6の三二件、一部容認七件、川村へⅡわせた汽鮒件数

は三九件であり、以下、東川一一二件、収下六九件、川下二八件であり、秤認率は、一三%とかなり低い。もっとも、

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(18)

部の部局間対立、高松巾の戦災復興の方向と農民の土地要求の対立といった鞭怖の下に激しく争われたこの区画粧皿

事業地の買収除外問題は、四八年四月の知事裁定によって関係地域を買収除外地、開放対象地、買収の上売波を五年(四)間保留する土地と一一一分割して事業を進めるという方向で解決されることとなった。このため、訴願にかかった事件に

ついても、三分割の線引き待ちの状況となり、訴願関係資料には「審議未了」ないし「保留」のままとなっているも

のが多くでた。この祁巾計画関迎の訴願で結果のわかっているものは三四件、うち容認されたのは一四件、率にして

四判をこえるので訴願容認率としてはかなり商いが、それでも結果不明事件がこれと同じ率で容認されたとしても、

五○年までのトータルの容認率を飛跳的にあげるというにはいたらない。

次に、五○年の結果不明事件だが、この年の不明事件は、主に七条関係訴願の「権利関係なし」と一五条関係訴願

からなっている。後述するように一五条関係の容認率は比較的高いとはいえ、それでも二割程度にとどまっており、

「権利関係なし」は、後述するように、その論点の周辺的性格からほとんど容認が望めないというところから考えて、

いずれにしてもこれらによっても人編な容認率の上昇は考えられない。このように考えると、香川県訴願の容認率は、

高くてもせいぜい二○%位であり、やはりかなり低かったといっていい。また、前誹(旧)でみたように、訴願に関

する艘林省統計数値は、いくつかの問翅をはらんではいるものの、「再調」事件数を差し引いて哉決結果のみに注目した場合には、ある程度は実態を反映していると思われるのであり、その観点から同統計をみてみると、県庁資料の結果不明の分は、多くが「却下」になっていると思われ、この場合にも容認率はやはり低かったということになる。

本稿では、今後、この結果不明事件については、ひとつには右にみたような次第でいずれにせよ容認率の大幅な上昇をもたらさないということ、二つには、秀川県における訴願件数及び哉決結果を左右した四八年の祁市計画凹述訴

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(19)

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