<研究ノート>
地域振興のための簿記の役割(1 3)
―6次産業体(モデル4)に対する各種調査を中心に―
戸 田 龍 介 成 川 正 晃 岸 保 宏
目 次
Ⅰ.序文
Ⅱ.6次産業体の概要
Ⅲ.6次産業体(モデル4事業体)に対するヒアリング調査
Ⅲ−1.農事組合法人「聖の郷かわしり」に対するヒアリング調査
Ⅲ−2.農事組合法人「ファーム・おだ」に対するヒアリング調査
Ⅲ−3.農事組合法人伊賀の里「モクモク手づくりファーム」に対するヒアリング調査
Ⅲ−4.農商工連携担当者に対するヒアリング調査
Ⅳ.6次産業体における複式簿記の役割
―各種ヒアリング調査および各種申請書類調査を中心に―
Ⅴ.結語
Ⅰ.序文
本論稿の目的は,6次産業化あるいは農商工の連携を試みる農業法人(一連の研究において
「モデル4」として分類される農業者団体)において,複式簿記がいかなる役割を発揮している のかという点を明らかにすることである。なおその際,6次産業体ないしは農商工連携事業体 が,地域振興に貢献しているかという点も確認しておきたい。本論稿において,地域振興への貢 献とは,新たなそして永続的な雇用を当該地域に創出することと捉えている。したがって,農業 法人が6次産業化を進めることで,その地域の雇用創出を新たに生んでいるのかどうかという点 について明らかにしたい。最終的には,冒頭に掲げたように,6次産業体あるいは農商工連携事 業体にとって複式簿記はどのような役割を発揮しているのかを,ヒアリング調査の結果を中心 に,各種申請書類の調査結果も併せて確認したい。
Ⅱ.6次産業体の概要
ヒアリング調査の結果を提示する前に,6次産業体そのものの概要について見ておくことにす る。6次産業化とは,農業を中心とした1次産業側が主体となり,付加価値をより多く生み出し ている2次産業・3次産業を取り込もうという提案であり,新たな付加価値の創造により地域に
新たな雇用の場を創出しようとすることでもある(今村 1998,1―28)。この,「6次産業」とい う言葉は,東京大学名誉教授の今村奈良臣氏が提唱した造語であると言われている。6次産業 は,正確には1次産業+2次産業+3次産業=6次産業ではなく,1次産業×2次産業×3次産業
=6次産業として説明される。これは,1次産業が0では成り立たないという点を重視するため である(今村 2010,4)。
6次産業化の具体的な取り組みとしては,「①地域産物を使った食品等の開発・販売や農産物 直売所の運営といった地域の農林水産業の加工・販売,②農家民宿の開業や農村体験の受入れと いった地域の景観や伝統文化等を活かした観光の取り組み,③技術革新,農商工連携等を通じた 新素材や新商品の開発,他産業における革新的な活用方法の創出等,④地域に豊富に存在する稲 わら等の未利用資源や食品残さ等のバイオマスを活用したエネルギー等の生産,⑤いまだ十分な 活用が図られていない太陽光・水力・風力等の再生可能エネルギーの利用拡大等」(農林水産省 2010,246)があげられている。
6次産業化に関連する具体的法案としては,まず,2008年7月に施行された「中小企業者と農 林漁業者との連携による事業活動の促進に関する法律(農商工連携促進法)」があげられる。同 法は,経済産業省と農林水産省が協力して各種の中小企業と1次産業との連携条件を整え,その ことによって地域の経済的活性化を図るとともに,日本全体の経済成長にも結びつくような新し いビジネスの創出を目指そうとするものである。
より直接的な6次産業化の政策法案としては,「地域資源を活用した農林漁業者等による新事 業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律(6次産業化法)」が2010年12月に 施行されている。この法律は,特に農林漁業者による加工・販売への進出の「6次産業化」に関 する施策を定めることにより,農林漁業の振興を図ることを目指すものである。農商工連携促進 法も6次産業化法も,農商工あるいは1次産業・2次産業・3次産業が連携をとりながら農林漁 業の振興を図ることで,地域の活性化を目指すという点では大きく異なることはないと考えられ る。
むろん,6次産業化と農商工連携には,共通点だけでなく相違点も存在する(1)。しかしなが ら,本論稿を含む一連の研究においては,6次産業化または農商工連携を志向する農業団体であ れば,いずれも共通してモデル4事業体として位置づけ論を展開していく。つまり,農業団体自 ら加工,流通,販売にまで事業範囲を拡大していくか,あるいは当該農業団体が加工,流通,販 売を担当する地場中小企業と組むかし,もって雇用を創出することで地域振興に資することが可 能な事業体を,ここでは広くモデル4事業体として位置づけている。そして,当該モデル4事業 体において,「複式簿記の役割」がどのような形で見出し得るのかということについて,次章以 降の各種調査の結果から確認・検討を行う。
Ⅲ.6次産業体(モデル4事業体)に対するヒアリング調査
本章では,モデル4事業体に相当する,6次産業化農事組合法人に対するヒアリング調査を3 件と,農商工連携担当者に対するヒアリング調査を報告する。
Ⅲ−1.農事組合法人「聖の郷かわしり」に対するヒアリング調査
2010〜2012年度の日本簿記学会・簿記実務研究部会のメンバー有志(2)は,2012年4月14日,
広島県世羅郡世羅町川尻の農事組合法人「聖の郷かわしり」の代表理事である川邊澄男氏と会計 担当理事である東谷晴美氏にヒアリング調査を行った。
「聖の郷かわしり」は,2006年9月に法人として設立された。川尻地区全体で農地は80haを 超えるが,このうちの24haの農地を集積し法人設立に踏み切ったとのことである。調査時点 で,組合員43名,準組合員3名,理事8名である。川尻地区では圃場整備をするとともに法人 を設立したそうだ。圃場整備については難航を極めたようだが,詳細については戸田・成川・岸 保(2012)を参照されたい。
「聖の郷かわしり」は,集積している24haにおいて,水稲16ha,大豆2ha,アスパラガス1 ha,その他キャベツ,玉ねぎ,こんにゃく芋等を生産している。注目されるのは,生産された1
次産品を利用して,コロッケやこんにゃく等の2次産品を製品化し販売していることである。さ らに,直販については,町内の直売所で販売するとともに,産直便として全国に出荷している。
値付けは「聖の郷かわしり」側が行っている。このような,農産物の生産から加工・販売までと いう6次産業化の取り組みが評価され,「聖の郷かわしり」は農林水産大臣賞を受賞している
(中国新聞2012.4.11.,21面)。ただし,ヒアリング調査によると,コロッケやこんにゃくなど の製品については,調査時点での収益性は高くはなく,加工部の組合員の時給もそれ以外の組合 員とは異なり低い時給で従事しているとのことである。しかしながら,果敢に2次,3次産業を 取り込もうという志向を有していることから,「聖の郷かわしり」は6次産業化の途上にある法 人,つまりモデル4事業体と見なし得ると思われる。
なお,川尻地区における6次産業化のきっかけは,圃場整備完了および法人設立の後に,1次 産業である農業の効率化が進行したからであるようだった。効率化進行の結果,法人内において 余った女性労働力の有効活用が求められたのである。そして,当初女性部として発足した部署 が,2011年より加工部として活動を活発化させる。さらに,2012年4月に新設した冷凍冷蔵庫 を備えた加工所において,女性組合員でなる加工部が規格外野菜を利用したコロッケやハンバー グ等の惣菜を製造し,これを法人独自のシリーズ商品「ケセラセラデリカ」として販売すること となった(日本農業新聞2012.4.18.,11面)。そして,当初は余剰労働力対策でもあった食品加 工,すなわち2次産業化の結果,今や法人では逆に新たな人手を必要とするようになったそうで ある。そのため,非農家の人の協力も得て,新たに3名を準組合員として雇用することになっ
た。つまり全体として,農産物の生産・加工・販売という6次産業化の進展により,新たな雇用 が創出し始めているということである。
さらに,記帳等については会計担当理事の東谷晴美氏に話を聞いた。東谷氏によると,最終的 な決算は税理士に依頼しているものの,日々の入力等については,ソリマチ社製の会計ソフトを 使い,東谷氏が行っているとのことであった。なお,経理関係の知識は農協(JA)の研修に直 接出向くことで吸収してきたそうである。そして,肝心の複式簿記については,法人化に際して 導入したとのことである。ちなみに個人農家の場合には,多くが兼業農家であり,農業の赤字を 兼業で補填するという構図であるようだった。しかし,法人になると利益を出さねばならず,そ の計算のためにも複式簿記は必要不可欠であったという。ただし,複式簿記の知識を活かしなが ら,期中での業績等を把握していくことや作物別の収益分析については,今後の課題と認識して いるとの話であった。複式簿記の必要性はこのような理由の他に,法人を設立した後の,補助金 の受給申請書類を作成するためにも必要だったということである。以上のように,複式簿記につ いては,法人設立にとって必須のものであり,かつ設立後もその効果について強く実感されてい た。しかしながら,6次産業化の進展に対する複式簿記の効果については,未着手の問題もあ り,その点は未知数であるようだった。
Ⅲ−2.農事組合法人「ファーム・おだ」に対するヒアリング調査
「聖の郷かわしり」に引き続き,簿記実務研究部会のメンバー有志は,2012年4月15日に広 島県東広島市河内町小田の農事組合法人「ファーム・おだ」の組合長理事である吉弘昌昭氏にヒ アリング調査を行った。なお,「ファーム・おだ」は,戸田・岸保(2013)において,農業法人
(モデル3)としてすでにヒアリングの調査対象となっているが,ここでは6次産業化に取り組 むモデル4事業体としての側面に注目して調査対象としている。
「ファーム・おだ」は,2005年11月に法人として設立された。「ファーム・おだ」の特徴の一 つは,一地区一法人としてまとめ上げた点にある。小田地区の農家戸数は167戸,農地面積は 127haであり,そのうちの128戸,82haが同法人に参加しており,加入率は戸数ベースで77%
にのぼっている。設立当時の小田地区でも,他の農村地区と同様,高齢化が進み,また兼業農家 が多く,個人農家として農業を続けていくのが困難になりつつあった。そこで集落法人として地 区の農業の再生を目指すことになったという。「ファーム・おだ」のもう一つの特徴は,集積面 積の大きさである。一つの小学校区を一つの農場としたため,広島県内の集落法人の経営面積が 平均30haであるのに対し,「ファーム・おだ」の経営面積は約3倍弱もある。この規模ゆえ に,グループで作業にあたることになり,コミュニティが形成されてきているという。なお,法 人化成功の要因については,戸田・成川・岸保(2012)を参照されたい。
「ファーム・おだ」では,主に水稲を生産し,これ以外に,大豆,そば,南瓜,トウモロコシ 等を生産している。「ファーム・おだ」の主力の米についての販路は,当初全量をJAに出荷し
ていた。その後,減農薬で生産している米を特別栽培米として,これを特徴に販売することを意 図し,JAに専用カントリーをお願いしているものの,現状ではJA側にその対応ができていな い。そのため現在では,米については全量を自主流通米として販売しているそうである。また,
1次産業だけではなかなか利益が出にくいとの話もあった。米に限っては,例えば玄米のまま出 荷するのではなく,精米する加工にも進出し,さらにそれを直販することによって,利益も少し は出るようになったとのことである。つまり,「ファーム・おだ」は,6次産業化への道を踏み 出しつつあるのである。
「ファーム・おだ」を6次産業化あるいは農商工連携を目指すモデル4事業体と捉え得るの は,上述のような米の精米加工・直販への進出だけでなく,3年ほど前より「米粉パン」の製 造・販売を企画し,2012年4月より実際に製造・販売を行っていることにある。このために,
先進的な農事組合法人等の視察や研究を繰り返したということであり,また,「ファーム・お だ」内に生産部や加工・販売部などの部を6つつくり,月に3回ほど各部の会議を開催し,それ ぞれ現場レベルでの情報交換や意見調整をしているとのことである。なお,米粉パン工場等の設 備投資には3,000万円程度かかったようで,法人にとっては大きな設備投資であったそうだ。た だしその結果,このパン工場の稼働,すなわち6次産業化によって,新たな雇用,それも通年雇 用を生み出すという効果もあった。実際に「ファーム・おだ」では,新たに5名の採用を行った ということである。そのうちの3名は20代前半の若者であり,若い人が地元に根付く1つの きっかけになるのではないかと吉弘氏も期待していた。つまり,「ファーム・おだ」は,米粉パ ンの製造・販売を始めることで明確に6次産業化に乗り出し,もって5名の新規雇用を行い,地 域活性化に貢献する運営をしていると指摘できるのである。
最後に,複式簿記について聞いた。答えとして,「ファーム・おだ」という農業法人にとって は,複式簿記は不可欠との話であった。そもそも,複式簿記を前提としないと法人化はできない という認識であった。つまり,複式簿記は,特に法人化に際しての必要条件として位置づけられ ていた。ただし,「ファーム・おだ」にとっても,先述した「聖の郷かわしり」同様に,6次産 業化にとっての複式簿記の役割については未知数のようであった。
Ⅲ−3.農事組合法人伊賀の里「モクモク手づくりファーム」に対するヒアリング調査
6次産業体に対する直接のヒアリング調査については,最後に,本論稿の共同執筆者である戸 田が単独で行った調査をとりあげる。このヒアリング調査は,2012年3月30日,三重県伊賀市 西湯舟の農事組合法人伊賀の里「モクモク手づくりファーム」において,総務・経理部キャプテ ンである高森明美氏に対して行われたものである。以下の記述は,高森氏へのヒアリング調査を 中心に,「モクモク通信(会社案内号,2011年度版)」を適宜参照したものである。
「モクモク手づくりファーム」は,伊賀の養豚農家を中心に1987年に設立され,ログハウス形 式のファーム工房であった「ファーム工房モクモク」として事業を開始している。現在は,ソー
セージ,地ビール,パン,洋菓子,焼豚,とうふ,和菓子,牛乳など常時300種類以上の製品づ くりをしている。「モクモク手づくりファーム」が特筆されるべき点は,そのような製品づくり だけでなく,当該製品の販売(レストラン,直営店運営,通信販売),直営農場の運営,サービ ス(宿泊,温泉,農業公園),さらには教育(食育学習,貸し農園)に至るまでの幅広い事業 を,農業を中心に据え運営していることである。数々の危機を乗り越えてここまでになった「モ クモク手づくりファーム」は,「6次産業の旗手」あるいは「6次産業化の先駆者」(木村・吉 田・青山 2011,17)と見なされており,本論稿でも生産・加工・販売を一貫して行う6次産業 体,つまりモデル4事業体として捉えている。なお,「モクモク手づくりファーム」を中心とす る組織は,以上のような多様な事業を運営する複数の組織の集合体といってよいので,組織全体 を指す場合は「モクモク」という名称を以後用いることにする。
「モクモク」の組織は6つの事業体より成り立っているが,既述の①農事組合法人伊賀の里
「モクモク手づくりファーム」を中心としている(3)。「モクモク手づくりファーム」は,生産の場 づくり,加工の場づくり,農村交流の場づくりを担当している。さらに,②有限会社「農業法人 モクモク」が,モクモクネイチャークラブという会員組織への通信販売を中心とした,流通の場 づくりを担当している。そして,モクモク直営レストランであるセントラル・キッチンを運営す る会社として,③株式会社「伊賀の里」があり,食の場づくりを担当している。高森氏による と,この3社が「モクモク」の事業の中核を担っているということであった。「モクモク」の組 織は,この他にも,④株式会社「モクモクネイチャーエコシステムズ」が,リサイクル等の循環 の場づくりと地域連携の場づくりを,また,⑤株式会社「モクモク流農村産業研究所」が,コン サルティングを核とした仲間の場づくりを,それぞれ担当している。「モクモク」の組織におい て異色なのは,⑥株式会社「パン学舎」である。「パン学舎」は,「モクモク」のスタッフの中か らやる気のあるスタッフが独立して起業した100% 子会社であり,初のスタッフ独立型事業形態 である。これら6社が「モクモク」の組織を構成している。
「モクモク」の資本関係は,ヒアリング調査時点において,農事組合法人伊賀の里「モクモク 手づくりファーム」が資本金3,800万円で役員・職員32名が1株10万円で出資していた。ま た,有限会社「農業法人モクモク」は資本金9,800万円ですべて役員・職員が1株4万円で出資 していた。なお,この両組織以外のすべての「モクモク」の事業体は,有限会社「農業法人モク モク」の100% 出資によっている。「モクモク」の資本はすべて「モクモク」の社員の出資によ るものであり,「資本家はおらず,協同組合精神」を基に事業を行っていると,「モクモク通信
(会社案内号,2011年度版)」にも謳われている。
「モクモク」は,野菜は地域農家から,豚は三重県大里村を中心に,大量・安定的に仕入れて おり,地域振興に貢献していると言える。しかし何より,「モクモク」は,2010年には正職員 147名,パート140名,アルバイト約700名という雇用を地域に生んでおり,「水管理まで含む と,立地する町の農業生産者の5分の1をなんらかの形で雇用していた」(斎藤 2011,22)よう
に,雇用創出という点から見ても,地域振興に大いに貢献していると指摘できる。
「モクモク」の事業内容,組織,雇用に次いで,経理,特に複式簿記との関わりについてさら にヒアリングを進めた。高森氏によれば,複式簿記が意識されるのは,基本的には期末時点にお いて,約5,600社の取引先との取引を一括仕訳する時だそうである。例えば,未払金がある場 合,相手先人名勘定と未払金勘定で仕訳をきったり,あるいは支払いが確認された場合,未払金 勘定と現預金勘定で仕訳をきるような時に,複式簿記が意識されるようである。また,モクモク 内の各事業体間における複雑な取引の把握においても,複式簿記は役立っているとのことだっ た。これは,連結会計あるいは本支店会計のように,相手先組織を勘定とし(例えば,「農事組 合法人」勘定や「有限会社」勘定,さらにはそれぞれの名前を付した「株式会社」勘定),モク モク組織内の取引を全て複式簿記で捉えていけることを意味している。
ただし,以上のような複式簿記の役割あるいは意義は,実は高森氏に「あえて」あげてもらっ たものである。高森氏の実感としては,日々の業務において複式簿記の役割や意義を実感するこ とは殆どなく,「モクモク」の経理については,「複式簿記というより,『複雑簿記』によってい るんですよ」という。「複雑簿記」の意味は,各事業部門別に詳細な損益分析が示されている月 次計算表のシステムを意味している。当該計算表に基づき,特に原価率や人件費率等が厳しく チェックされるのである。つまり,「モクモク」ほどの規模の6次産業体ともなると,複式簿記 そのものというより,複式簿記システムを前提とした管理会計的分析ツールに注目が移っている ことが確認されたことになる。
Ⅲ−4.農商工連携担当者に対するヒアリング調査
本章の最後に,6次産業化を支援する立場の人や,実際に6次産業化に取り組んできた人への ヒアリング調査を報告する。本論稿の共同執筆者である岸保は単独で,2011年11月15日,独 立行政法人・中小企業基盤整備機構(以下「中小機構」という)の広島支部を訪問し,中小機構 に常駐し農商工連携をサポートするプロジェクト・マネージャーである矢村弘道氏に対してヒア リング調査を行っている。矢村氏によると,これまでの氏のサポート経験から,農商工連携の申 請をするような事業者は経理事務遂行において複式簿記が大前提となっているとのことである。
さらに,当該事業者はパソコンによる複式簿記の活用,例えば会計ソフトの操作や自動仕訳機能 の活用は当然のように行っており,そのためにも,複式簿記の仕訳原理を理解している担当者が 農商工連携事業体あるいは6次産業体のようなモデル4事業体には在籍しているはずとのことで ある。特に,中小機構中国支部発行の認定事例集(2011)等により過去の農商工連携事例を見る と,農商工連携事業体として認定された事業体には法人格を有しているところが多く,このこと はモデル4事業体にとって決算を行うことは必須となっていることを意味している。結論として は,農商工連携事業体あるいは6次産業体のレベルにおいては,複式簿記はすでに経営上の大前 提となっている可能性が高いということである。
ただし,モデル4事業体における複式簿記適用については,別の問題が生じつつあることもま た,6次産業化に携わる多くの関係者へのヒアリング調査から明らかになっている。例えば,農 商工が連携する実際の局面においては,無償の労働力提供の機会が多く,複式簿記の対象となる
「取引」が少ないことである。さらに,今後大きな問題となるかもしれないと感じたのが,事業 主体の問題である。業務の連携が経理の連携に直結するためには,本来は事業主体の確立が必要 とされる。しかしながら,農商工連携の現場において,事業主体が明確でないため,各事業者間 に「経理の不統一」や「連結」に関しての問題が生じていることが確認された。つまり,モデル 4事業体が具体的に6次産業化や農商工の連携を行っていく局面で,複式簿記の役割発揮を阻む
ような新たな問題が発生しつつあり,注意を要するのである。
記録は,誰が記録するのかという問題と共に,誰のために記録するのかという問題がクリアに なってこそ意味があるものとなる。この事情は,特殊な記録形式である複式簿記にとっても同様 である。複式簿記による記録が6次産業化や農商工の連携において意味を持つためには,その効 果の受益者が確立している必要がある。したがって,事業主体が不明確なまま連携を進めるよ り,農業法人あるいは地場産業等の確立した事業主体が連携の核となっていることが,複式簿記 の役割発揮という点からは望ましいと言えよう。
Ⅳ.6次産業体における複式簿記の役割
―各種ヒアリング調査および各種申請書類調査を中心に―
各種ヒアリング調査を開始する前は,モデル4として分類した6次産業体あるいは農商工連携 事業体こそ,複式簿記の役割が最も効果的に発揮されているのではないかと予想していた。しか しながら,その後の実態調査を続ける中で,当該モデル4事業体は,特に雇用創出の面からその 重要性は揺るがないものの,複式簿記の有効性が真に発揮されるモデルかどうかについては疑問 が生じてきた。結論から言えば,そもそも6次産業体ないしは農商工連携事業体として認定され るような組織は,すでに経理事務において複式簿記を大前提にしており,複式簿記の役割あるい は有効性を明確に意識する機会が少ないのである。本章では,この点について,前章の各種ヒア リング調査とは別に,特に農商工連携事業の補助金申請書類から明らかにしていきたい。
農林水産省他発行の『農商工等連携事業計画認定事例集(第4期)』によれば,農商工連携に おいて認定を受けた中小企業者・農林漁業者に向けた支援には,「連携体構築支援事業」と「事 業化・市場化支援事業」の2つがある(農林水産省他 2009,8)。両者とも申請書類については ほぼ同様であるが,重要なのは,「過去2年間の貸借対照表と損益計算書」(中小企業庁 2011,
19)の添付が必要なことである。つまり,モデル4事業体は複式簿記が必須となっていることが 分かる。
認定申請の次に,モデル4事業体に対する融資の制度についても,農林水産省他発行の同著を 参照しつつ触れておきたい。正式な認定を受けた融資支援は3種類ある(農林水産省他 2009,8)
が,詳細については戸田・岸保(2012)に譲りたい。ここでは,どの融資の場合も,金融機関や 保証協会が長期利益・資金計画表の提出を求めていることに注目したい。こうした際に基礎とな るのが,複式簿記により作成された財務諸表である。つまり,制度融資を受ける場合,複式簿記 の活用は必至となるのである。さらに,当該申請書類の中には,複式簿記による記帳・記録を前 提にする項目が数多く見受けられる(詳細については戸田・岸保(2012)を参照されたい)。こ こからも,融資を申請するようなモデル4事業体にとって,複式簿記はそもそもの大前提となっ ていることが窺える。
補助金や融資の申請の他にも,ファンドの活用において,複式簿記は前提条件として位置づけ られていることが判明している。具体的には,農商工連携地域中小企業応援ファンドのスタート アップ応援型の活用等があるが,重要なことは,ファンドからの資金提供を受けるにあたって必 要な提出書類の中に,決算状況の記載が見られることである。つまり,ファンドからの融資を受 けるためには財務諸表が必要ということであり,よって財務諸表作成のためにも複式簿記が大前 提とされていることが分かる。したがって,補助金や融資の申請と同様,ファンドからの資金提 供を申請する際においても,モデル4事業体にとって複式簿記はそもそもの大前提であることが 指摘できる。
以上のような各種申請書類の調査や,前章におけるヒアリング調査から,次の点が指摘できよ う。つまり,6次産業化や農商工連携事業を推し進めようとするモデル4事業体にとって,複式 簿記はそもそもの大前提であり,確かに簿記の知見は活用されていると言えるのであるが,複式 簿記自体の有効性がクリアに発揮され,かつその効果が実感されているモデルとして位置づける には若干の無理があったということである。
Ⅴ.結語
以上の各種調査およびその考察の結果,次の点が指摘できる。それは,法人化に際しては必須 であった複式簿記も,6次産業化の必須の要件または推進のエンジンとはなっていないというこ とである。6次産業化を今まさに進めつつある農事組合法人においても,複式簿記の導入は,法 人設立と同時であり,法人設立の必要条件の一つが複式簿記であったといえる。これは,農事組 合法人の経営が,いわゆる企業経営に近く,財政状態や経営成績の把握,開示が求められている ことからも分かる。農業における集落法人の成立には,複式簿記の適用がその必須の要件となっ ているのである。しかしながら,「モクモク」のようにすでに6次産業化がかなり進展している 事業体においては,複式簿記そのものというより,複式簿記システムを前提とした管理会計的分 析ツールに注目が移っていたのである。
ただし,6次産業化は,新たなかつ永続的な雇用を地域に生み出す可能性があり,地域振興に 資することは間違いないようである。それは,「聖の郷かわしり」や「ファーム・おだ」のよう なケースから明らかである。さらに,約1,000名に及ぶ地域の雇用を生み出している「モクモ
ク」のようなケースまであった。つまり,6次産業体(モデル4事業体)は,地域振興に資する 農業者モデルであることは間違いない。しかしながら既述のように,いずれの事業体にとって も,複式簿記が6次産業化の何らかのきっかけとなったわけではない。複式簿記の導入は,6次 産業化の前の農業法人設立と同時であり,法人設立に対する必須の条件の一つが複式簿記であっ たのである。戸田・岸保(2013)で考察したように,複式簿記の本来の役割が最大限に発揮さ れ,かつまたそれが実感され得るのは,モデル4事業体というよりモデル3農業法人である可能 性が高い。また,モデル4事業体ともなると,複式簿記はその経営において当然・必須の手段と なっており,その効果もすでに織り込み済みである可能性が高い。本論稿は,この点を,ヒアリ ングや申請書類を中心とした各種調査により確認したことになる。
注
(1)6次産業化と農商工連携の共通点と相違点については,後久(2011)に詳しい。両者の共通点と相違点 について,後久自身が1表にまとめたものを以下に掲げる。なお,6次産業化に対する批判・問題点の指 摘は色々あるが,本論稿で指摘したような主たる事業体が不明確であることによる経理の不統一以外に,
販売に不慣れな生産者が再生産不可能な値下げ競争に陥る危険性についての指摘が,岩佐(2011,260―
263)によりなされている。
図表1 6次産業化と農商工連携の共通点と相違点
6次産業化 農商工等連携
共通点
①1次産業,2次産業,3次産業の枠組みの共通性
②環境にやさしい地域資源を有効活用するという共通性
③「地域を活性化する」というめざす目標の共通性
相違点
①農林漁業が2次産業,3次産業に踏み込む ①農商工等がそれぞれの強みを出し合う
②農林漁業が主導(伝統的加工品が中心) ②商工の主導が多い,畜産は畜産業主導
・農業者の主導が期待される
③事業規模は千差万別だが1億円未満 ③小規模〜大規模まで幅広い 出所:後久(2011,9)。
(2)2012年4月14日および15日の「聖の郷かわしり」および「ファーム・おだ」に対するヒアリング調 査には,2010〜2012年度の日本簿記学会・簿記実務研究部会のメンバーのうち,金子友裕,岸保宏,戸 田龍介,成川正晃が参加した。
(3)ヒアリング調査時点では未確定だった組織変更が完了したことを,2012年8月19日に高森明美氏より ご教示頂いた。高森氏によると,農事組合法人伊賀の里「モクモク手づくりファーム」は,農業生産法人
「株式会社伊賀の里モクモク手づくりファーム」へと組織変更したそうである。
引用文献
今村奈良臣(1998)「新たな価値を呼ぶ,農業の6次産業化―動き始めた,農業の総合産業戦略」『地域に 活力を生む,農業の6次産業化―パワーアップする農業・農林』(財)21世紀村づくり塾,1―28頁。
今村奈良臣(2010)「農業の6次産業化の理論と実践―人を生かす 資源を活かす ネットワークを拡げ る―」『SRI』No.100(2010年6月),3―9頁。
岩佐十良(2011)『実録!「米作」農業入門』講談社。
木村修・吉田修・青山浩子(2011)『新しい農業の風はモクモクからやって来る』商業界。
後久博(2011)『売れる商品はこうして創る―6次産業化・農商工連携というビジネスモデル―』ぎょう せい。
斎藤修(2011)『農商工連携の戦略 連携の深化によるフードシステムの革新』農山漁村文化協会(農文 協)。
中小企業基盤整備機構中国支部(2011)『中国地域活性化支援事業認定事例集〈第3巻〉』。
中小企業庁(2011)「平成23年度 新事業活動促進支援補助金,農商工等連携対策支援事業(事業化・市 場化支援事業)2次公募【公募要領】」(2011年10月),1―29頁。
http://www.chusho.meti.go.jp/shogyo/noushoko/2011/download/111014 NR−23.pdf
戸田龍介・岸保宏(2012)「地域振興のための簿記の役割(5)―新たな農業者のモデル分類を中心に―」
『商経論叢』第47巻第3号・第4号合併号(2012年5月),149―162頁。
戸田龍介・成川正晃・岸保宏(2012)「地域振興のための簿記の役割(7)―6次産業化農事組合法人に対 するヒアリング調査を中心に―」『商経論叢』第48巻第1号(2012年9月),109―121頁。
戸田龍介・岸保宏(2013)「地域振興のための簿記の役割(12)―農業法人(モデル3)に対するヒアリ ング調査を中心に―」『商経論叢』第49巻第1号(本論稿と同時同刷発行予定)。
中国新聞,2012年4月11日。
日本農業新聞,2012年4月18日。
農林水産省(2010)『食料・農業・農村白書 平成22年版』農林統計協会。
農林水産省・経済産業省中小企業庁・独立行政法人中小企業基盤整備機構(2009)『農商工等連携事業計 画認定事例集(第4期)』。
本論稿は,戸田・成川・岸保(2012)および戸田・岸保(2012)における6次産業体についての記述を中 心に,加筆・修正を加え再編成したものである。なお,本論稿を含む一連の研究に対して,科学研究費補助 金(基盤研究(c),課題番号23530601)を受けている。