• 検索結果がありません。

アナリシス 表 年 12 月 16 日に合意したエネルギー分野での主な日露経済協力案件 JOGMEC INPEX 丸紅 日本側参加者露側参加者内容備考 Rosneft 較的前向きの評価が多い (2) 東シベリアでの日露油田開発これに先立つ12 月 14 日 先行していた東シベリア イル

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "アナリシス 表 年 12 月 16 日に合意したエネルギー分野での主な日露経済協力案件 JOGMEC INPEX 丸紅 日本側参加者露側参加者内容備考 Rosneft 較的前向きの評価が多い (2) 東シベリアでの日露油田開発これに先立つ12 月 14 日 先行していた東シベリア イル"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

アナリシス

 2016年は、日露の経済関係において画期的な年であった。まず、5月に安倍総理がソチ(Sochi)にプー チン大統領を訪ね、エネルギー、先端技術等の8分野での経済協力を提案した。そして、プーチン大統 領の来日した 12 月、日露間で 80 案件の合意が成立した。これらは多くは覚書レベルであり、2017 年 はこれを踏まえて更に本格的な合意を目指す年となる。一方で、日本は2014年にウクライナ問題で欧 米と協調して対露制裁を行っているが、今後、欧米の対応を踏まえ、これがいかなる展開を見せるかが もう一つの着目点となろう。  昨年 11 月の米大統領選の結果も、新しい世界の方向性を示す事例となった。選挙期間中からロシア との関係改善を訴えていたトランプ大統領であるが、これが既往勢力からは激しい非難の的となってお り、国務長官に指名された元ExxonMobil CEOのRex Tillerson氏も上院公聴会では対露批判を口にせ ざるを得なかった。また、ロシアによる民主党に不利となるサイバー攻撃の嫌疑がCIA(米中央情報局) から出され、それを根拠として前政権が新たな対露制裁を発動しているが、これの解除にはかなりの困 難が伴い、扱いを誤れば新政権の正統性にまで波及しかねない。当然、既往の経済制裁の解除について もかなりの困難が予想される。1月28日に行われた米露の首脳電話会談でも、対露経済制裁は議題にな らなかったという。更に、対露宥和に前向きだったフリン大統領補佐官(安全保障担当)が2月13日に 辞任するなど、当面ロシア問題は進展が見通せない情況である。  一方、EU(欧州連合)では、昨年6月の英国のEU離脱(Brexit)決定で、EUに対する英国の影響が消 滅し、対露強硬姿勢を標ひょう榜ぼうしてきたポーランド、バルト3国の発言力に変化が見られる。欧州委員会(EC) のGazpromに対する政策も融和的な方向に変化しつつある。EUの対露経済制裁は6カ月ごとに構成27 カ国の全会一致で更新してきたが、これに批判的な有力候補を有するフランス大統領選が4月と5月に 予定されるなど変化の兆しが見られる。  以下に、今年初めのロシアと日、米、欧のエネルギー関係を概観した。

じめに

2017年のエネルギー分野での

ロシアと日、米、欧との関係

1.

日露関係

(1)日露経済協力案件  プーチン大統領の来日した 2016 年 12 月 15 ~ 16 日、 北方領土交渉と並行して、日露の経済協力案件の合意書 締結が目白押しとなった。日露協力に関して8分野、政 府間 12 案件、民間 68 案件、合計 80 項目で成果文書を まとめ、事業総額は約 3,000 億円に上る。首相官邸の意 欲が伝わった面もあろうが、産業界も新しい時代を意識 してのものと思われる。このうち、8分野のなかでの「石 油・ガス等のエネルギー開発協力、生産能力の拡充」では、 23項目の合意がなされた(表1)。  これらの合意の多くは、基本合意書あるいは覚書と いったレベルのもので、直ちに投資が行われる案件は少 数である。いずれ、本契約が結ばれることが期待される。 大方の専門家の見るところ、今回合意した案件は、非常 にビジネス指向となっており、事前に報道されたシベリ ア鉄道の延伸や電力輸送に関するエネルギーブリッジな どは除外されている。実際、商業ベースでの具体化が見 込まれる事業が選別されていると言える。産業界では比

(2)

較的前向きの評価が多い。 (2)東シベリアでの日露油田開発  これに先立つ 12 月 14 日、先行していた東シベリア、 イルクーツク州における油田の商業生産開始のプレスリ リースがあった。これは、国際石油開発帝石(INPEX) (株)と伊藤忠商事(株)が日本南サハ石油株式会社 (JASSOC)およびロシア側のイルクーツク石油(INK社) を通じて、ロシア連邦イルクーツク州のザパドナ・ヤラ クチンスキー鉱区とボルシェチルスキー鉱区において石 油探鉱事業を展開していたところ、このほどザパドナ・ ヤラクチンスキー鉱区内のイチョディンスコエ油田にお いて精度の高い埋蔵量評価を目的とした長期生産テスト を実施し、その結果、商業的生産に十分な原油埋蔵量を 確認したことを受けて、同油田について開発・生産段階 に移行することを決定したというものである*1。事業の オペレーターは JASSOCがイルクーツク石油とともに 設立したアイエヌケー・ザパド社(INK-Zapad社)である。 イ ル ク ー ツ ク 石 油 と の 共 同 事 業 は、 も と も と は JOGMECの海外地質構造調査事業として2007年に鉱区 を共同で取得した時に始まる。日本企業の新規地域への 進出に、海外地質構造調査事業による探鉱作業が、先行 的な基盤整備事業となって役立った例と言える。  ザパドナ・ヤラクチンスキー鉱区内の同油田から産出 される原油は、東シベリア・太平洋石油パイプライン (ESPO)を経由してロシア国内に供給されるとともに、 ロシア極東コジミノ港から日本をはじめとするアジア市 場へも輸出される予定で、意義が大きい。  表1に見るように、12月16日、JOGMECは更にイル クーツク石油と協力の覚書を交わし、東シベリア地域に おける新たな共同探鉱事業創設、油ガス田の生産性向上 に資する共同スタディ等を実施することになった*2 (3)サハリンでの案件  サハリンの間宮(タタール)海峡近辺を対象に、 JOGMEC、 INPEX、丸紅と Rosneftの間で、「ロシア周 辺海域炭化水素共同探査・開発および生産に係る協力基 本合意」が結ばれた。これにより、間宮海峡域の広い範 囲で新規の探鉱活動が行われる。ここでは、経済産業省 資源エネルギー庁が所有する物理探査船「資源」を同海域 の一部において活用することや、JOGMECの「知見活用 型海外地質構造調査」のスキームを活用することも検討 されている*3 (4)北極LNG案件  日本企業は、Novatek社が進めている Yamal LNG事 表1 2016 年 12 月 16 日に合意したエネルギー分野での主な日露経済協力案件 日本側参加者 露側参加者 内   容 備  考 JOGMEC INPEX、 丸紅 Rosneft ロシア周辺海域炭化水素共同探査・開発および生産に係る協力基本合意 知見活用型構造調査 JOGMEC INK 東シベリア共同探鉱覚書 三井物産 Gazprom 戦略的協力に関する協定書 三菱商事 Gazprom 戦略的協業に関する覚書 資源エネルギー庁 Gazprom 協力合意書 三井住友、みずほ、JP モルガン Gazprom クラブローン

JBIC Yamal LNG Yamal LNG への融資 2 億 Eur

三井物産 Novatek ロシアでの上流・液化事業、LNG・ 炭化水素の供給、資機材・技術の提供、 および LNG 市場の共同開拓の覚書 三菱商事 Novatek ロシアでの LNG 事業および LNG・液 分炭化水素の供給で戦略的協力覚書 丸紅 Novatek Arctic LNG 2 事業における上流・中 流事業、LNG の供給、輸送のアレンジ、 ガス関連のインフラ事業等の覚書 川崎重工業、双日 RusHydro 極東でのガスタービンの活用協定 三井物産 RusHydro 電力分野の共同事業推進協力覚書 駒井ハルテック、三井物産 RusHydro 風力発電事業・風車現地生産化に関 する基本合意書 極東、東シベリア対象 川崎重工業、双日 サハ共和国 エネルギー分野における協力協定 日揮 サハリン州 マイクロ LNG の FS 実施覚書 サハリン州対象 出所:各種報道から JOGMEC 作成

(3)

業(図1)の上流権益には参加していないが、LNG施設の 建設に関しては、日揮と千代田化工建設が、フランスの Technip社とともに EPC(Engineering、 Procurement and Construction)契約を結んでこれに参画している。 参加比率はTechnipが50%、日本の2社が各25%である。 工事は最終段階にあり、LNGは2017年の年末に出荷開 始の見込みである。ただし、日本企業で LNGの購入契 約を締結したところはない。この Yamal LNG計画にこ のほどJBIC(国際協力銀行)が2億ユーロの融資契約を 結んだ。これは、イタリア外国貿易保険(SACE)と仏コ ファス(COFACE)の計3行での協調融資となるとの報 道もある*4  Yamal LNGの計画は、2009年にプーチン首相(当時) が各国の有力企業に招集をかけ、説明を行ったのがそも そもの始まりであるが、日本企業は結局、上流権益に積 極的な対応を取ることなく終始した。当初計画では 2016 年の生産開始であったが、生産の遅延は僅かに 1 年と、比較的順調に推移したと言える。ここにきて、事 業をめぐる評価はかなり高くなった観がある。

 1月に入ってからのNovatekのLeonid Mikhelson CEO の発言によれば、第 1 トレインは 88 %が完成し、事業 全体では75%が完成している。第2トレインは2018年、 第 3 トレインは 2019 年前半に稼働開始の予定である。 第 3 トレインは当初計画では 2019 年後半を予定してい たのが前倒しとなった。これまでの同事業への投資額は、 株主の出資と外部からの融資を合わせると $210 億で、 2017 年には $60 億が投じられる見込みである。事業総 額の $270 億に関しては変更する必要はないとのことで ある* 5  このYamal LNGの後継事業として、Arctic LNG 2事 業が構想されており、JBICはこれへの支援を打ち出し た。また、三井物産、三菱商事、丸紅がNovatekとロシ アでの同社のLNG事業で協力することが謳うたわれている。 丸紅とNovatekの覚書では表題に「Arctic LNG 2」の名 称が入っている。日本も北極海 LNGへの参加意欲が高 まってきたものと思われる。 図1 ヤマル半島での LNG 事業(Yamal 半島の位置については、図3参照) Kara Sea Obi Bay Yamal Pen. Gydan Pen. Kharasavey Kharasavey Bovanenkov Bovanenkov Sabetta Sabetta Yamal LNG Yamal LNG Salmanov Salmanov Arctic LNG 2 Arctic LNG 2 Geofizcheskoye Geofizcheskoye Yamburg Yamburg Novoport Novoport Urengoy Urengoy Medvezhye Medvezhye 0 100 km Rail Way Gas Pipeline Gas Fields LNG Plant 出所:諸情報から JOGMEC 作成

(4)

 このLNGの2号案件に関しては、2016年11月にモス クワで開催された「北極圏週間」会議でのプレゼンテー ションで、Novatekの Mikhelson社長が、以下のように 述べている。採用する LNG技術としては、ドイツの Kvaerner、KBR、および Lindeが用意したコンセプト を選定する方針で、その生産能力は Yamal LNGと同規 模の1,650万t/年となる見込み。そして同プラントは陸 上に建設するのではなく、着底式にする方針であるとい う。Arctic LNG 2 事業を運営する Arctic LNG 2 社は Novatekの子会社となる。ギダン半島のSalmanovskoye 鉱床を資源基盤とし(図1)、そのなかのUtrennee鉱床の 確認埋蔵量は、2014年初めの時点で、ガスがSEC(米証 券取引委員会)基準で2,352億㎥、ロシア基準では、1兆1,650 億㎥。コンデンセートはSEC基準で861万t、ロシア基準 で4,448万t。原油はロシア基準で約1,000万tである*6 (5)2017年の動き  2017 年 1 月に入って、世耕弘成経済産業相兼ロシア 経済分野協力相は、8日からのインド訪問に続き、11日 にモスクワを訪問し、シュワロフ第1副首相と会い、12 月の 80 件の合意文書を踏まえ、医療や都市整備などの 分野での経済協力の具体化に向けて意見交換した。また マトビエンコ上院議長とは経済協力を円滑に進めるため に日露の自治体間の協力を拡大することを確認した* 7 12 日にはマントゥロフ産業貿易相と会ってロシアの産 業の多角化の方策について協議した。次いでノワク・エ ネルギー相と会談し、第2回の「日露エネルギー・イニ シアティブ協議会」を開き、3 月末を目途に日露のエネ ルギー協力に関する新たな作業計画を取りまとめること で一致した* 8。全体的な推進力は維持されている。9 月 のウラジオストクにおける極東経済フォーラムには、昨 年に続いて安倍総理が出席する予定と言われている。 (6)対露制裁は継続  ロシアとの協力案件を並べる一方で、日本政府は 2016 年 12 月 25 日、ウクライナ南部クリミア編入を理 由としたロシアへの制裁を当面継続する方針を固めた。 北方領土交渉の進展をにらんだ日露関係改善への取り組 みと切り離し、ロシアに厳しい姿勢で臨む先進7カ国 (G7)の一員として協調行動を取る必要があると判断し たものである。G7 に対しては、領土問題を抱える日本 の「特殊事情」(政府筋)をG7各国に説明し、制裁と協力 の同時進行への理解を求める姿勢である。G7 は安倍晋 三首相が議長を務めた2016年5月の主要国首脳会議(伊 勢志摩サミット)で、ロシアによるクリミア編入を非難 する首脳宣言を採択しており、対露制裁の継続も再確認 している。本件はその延長上の判断である*9

2.

米国トランプ新政権と米露の関係

(1)新政権の対露制裁解除の可能性  トランプ新大統領は、選挙戦の期間中から大統領候補 としてロシア融和政策を語り、経済制裁の解除について も言及していた。2017年に入ってからも、1月7日のツ イッターでは「私が大統領になればロシアはわれわれへ の尊敬を強め、協力して世界の問題を解決できる」と述 べている。1月 11 日の初の記者会見で、ロシアのプー チン大統領が米国へのサイバー攻撃を指揮したと言われ ているが、と問われると、「ハッキングはロシアだと思う」 と指摘した上で、「プーチン大統領はドナルド・トラン プを好んでいる。これは米国にとって負債というより資 産だ。ロシアはわれわれがイスラム国と戦うのを支援す ることができる」と答えている。  ただし、全体の流れとしては、対露経済制裁の解除に はさまざまな困難が山積している。  追加制裁の動きは、2016年12月9日、ワシントンポス ト紙が、CIAが米大統領選でロシアが共和党のトランプ 氏の勝利を狙ってサイバー攻撃で干渉したと結論付ける 極秘の分析結果をまとめた、と報じたことに端を発する。  これを受け、オバマ大統領が12月29日、サイバー攻 撃を理由に米国に駐在するロシア外交官とその家族 35 名に 72 時間以内に国外退去を求めるという異例の強硬 措置を発表した。情報収集目的で使用されているとする 米国内のロシア政府施設2カ所の使用も禁じた。これに 対して30日、プーチン大統領は「根拠のない違法な措置」 と反発しつつ、「無責任な外交のレベルまで下りては行 かない」と報復措置を取らず、トランプ氏がこれを絶賛 するというねじれ現象が起こった。  年の明けた1月6日、クラッパー国家情報長官は「米国 大統領選挙におけるロシアの活動と意図」に関する報告

(5)

書を発表した。11日にトランプ氏はこの報告を「ばかげ ている」と一蹴したが、翌12日、オバマ政権のアーネス ト米大統領補佐官は CIAの分析に関してこの内容を事 実上認めた。

 1月13日付のWall Street Journal紙に掲載されたイン タビューで、トランプ氏はロシア政府がサイバー攻撃に よって米大統領選に影響を与えたとする疑惑をめぐり、 オバマ政権が前年 12 月に発動した対ロシア制裁措置に ついて、「少なくとも一定期間」は残すとしながらも、イ スラム過激派との戦いなど主要な目標でロシア側が米国 を支援するならば、自らの政権下ですべての制裁措置を 撤回する可能性を示した。  更に英紙 Timesのインタビューでは、ロシアとの核 軍縮合意に自信を示したが、同時に対ロシア制裁解除と の引き換えという「取引外交」(deal)を考えていること を明かした。これには、国際政治に対する理念や価値観 が疎おろそかにされているとの批判が、当然出てきている*10  一方、1月11日には、米上院外交委員会で次期国務長 官に指名されたRex Tillerson 前ExxonMobil CEOの指 名承認公聴会が開かれ、同氏は現行の対露制裁措置は当 面維持すべきとし、「ロシアとの関わりが持て、相手の 考えがより理解できるようになるまで、現状維持でいた い」と述べた。ただし、プーチン大統領が戦争犯罪を犯 しているとは言えないとも述べ、対ロシア制裁を変更す る可能性に含みを持たせた。この辺りの慎重な姿勢、特 に「ロシアとの関わりが持て、相手の考えがより理解で きるようになるまで」といった表現は、当面議会承認を 得るための慎重な言い回しと思われる。なお、同氏は 2 月1日の上院本会議で国務長官就任が承認された。  翌 12 日の、国防長官に指名されたマティス氏の議会 公聴会では、「米国の揺るがぬ脅威はロシア」と断言し、 トランプ氏の発言と齟そ ご齬のあることが明らかとなった。  新規の追加制裁の解除だけでも、議会や国民世論の反 発を招きかねず、更に、親ロシアの姿勢ゆえにトランプ 政権の正統性にまで影を投げかけることになる。この件 がトランプ政権にとって、対露制裁解除を進めにくくし ていることは事実で、オバマ大統領による制裁にこじつ け的な印象があるとしても、反トランプ陣営にとっては、 長く制約を受けざるを得ない。  トランプ大統領就任後の 1 月 28 日、プーチン大統領 と初めて電話会談を行い、ホワイトハウスは「関係改善 のための重要なスタートが切れた」と発表した。一方、 ロシア大統領府によると、「ウクライナ問題を含む世界 的な課題でパートナーのような協力を深めることで合 意」した。ただし、ウクライナ問題をめぐっては、対露 経済制裁の緩和は話し合われなかったという* 11。この 問題の取り扱いが、新政権にとって容易でないことを示 している。更に対露宥和に前向きだったフリン補佐官(安 全保障担当)が、就任前に駐米ロシア大使と接触した問 題で辞任するなど、当面、ロシア問題は先が見通せない 情況である。 (2)旧政権側からの対露融和姿勢に対する批判  オバマ旧政権側の高官は、かなり強い調子でトランプ 氏の対露姿勢を批判している。  1 月 15 日、CIAのブレナン長官(1 月 20 日退任)は FOXニュースで、ロシアへの融和姿勢が目立つトラン プ次期大統領(当時)が対露制裁の解除を検討する考えを 示していることについて「非常に慎重でなければならな いということをトランプ氏は理解する必要がある。世界 はトランプ氏が何を言うかを注意深く観察している。も し彼が情報機関を信用しないならば、同盟国やわれわれ の敵対勢力にどんなメッセージを送ることになるか」と 苦言を呈した*12  1月17日、パワー米国連大使はワシントンのシンクタ ンク「大西洋評議会」での講演で、トランプ次期大統領が 検討しているロシアに対する制裁解除について「ロシア をつけ上がらせるだけだ」と述べ、逆効果になるとの見 方を示し、トランプ氏に釘くぎを刺した。制裁を解除すれば ロシアだけでなくイランや北朝鮮など「ルール破り」をす る他の国にも、より危険な行動を取らせてしまうことに なると警告した。パワー氏は制裁を発動する原因となっ たロシアによるウクライナ南部クリミアの強制編入や、 サイバー攻撃を通じた米大統領選干渉疑惑などを例示し 「既存の世界秩序を壊している」と強く批判した。「最近 の違法行為に目をつぶり、ロシアとの関係を元どおりに すべきだとの主張には欠点がある」と強調した*13 (3)ロシア側の反応  ロシア国際問題評議会のアンドレイ・コルトゥノフ会 長は「オバマ政権による新たな対露制裁により、トラン プ新政権にとってロシアとの関係改善がより困難になっ た」と指摘している*14  ロシアの安全保障会議を率いるパトルシェフ書記は、 政府系新聞ロシスカヤ・ガゼータ紙のインタビューで「ロ シアの戦略的封じ込めの措置が目先緩和されるという幻 想は抱いていない」と語った。ロシアの大方の観測筋は、 トランプ氏の大統領就任後に、米政府の対露政策に抜本 的な変化があるとの期待は行き過ぎだとの見方で一致し ている。少なくとも、ロシアとの関係修復が最優先課題

(6)

になる見込みは薄いと言える。  核軍縮に関する合意と引き換えに制裁解除を提案する かもしれないというトランプ氏の「取引」発言を受け、ラ ブロフ外相は、ロシアは極超音速兵器と米ミサイル防衛 プログラムを含む「戦略的安定性」の問題について対話を 続ける用意があるとのみ述べて、反応を示すことはな かった*15  総じて、ロシア側の反応は抑制的で、トランプ政権の 行動余地を見極めようとしている様子である。 (4)米財務省によるウクライナ関連の新たな制裁  オバマ政権による対露経済制裁は、ウクライナ問題の 発生した 2014 年からであるが、その後の 2016 年にも 追加制裁がなされている。  12 月 20 日、米財務省は、ロシアによるウクライナ軍 事介入を受けた対ロシア経済制裁の一環として、新たに ロシア人7人とロシアやウクライナにある8企業・団体 を制裁対象に指定した。米国内の資産が凍結されるほか、 米国人との取引が禁じられる。財務省当局者は声明で「追 加制裁はロシアにクリミア半島編入の代償を払わせ続け ることで、同国に圧力をかける狙いがある」と強調した。 制裁指定された7人は、既に制裁を科されているロシア 銀行やソビン銀行などを支援したとされる。また、8企 業・団体はクリミア半島の交通機関や同半島とロシアを 結ぶ高速道路の建設などに関与している*16 (5)「2017年対ロシア報復法案」  年の明けた 1 月 10 日、米国の複数の上院議員が、ロ シアがハッキングにより米国大統領選挙に介入したとの 調査結果、および膠こう着ちゃく状態のウクライナ問題を背景に、 ロシアのエネルギー業界に対する新たな制裁を提案し た。「2017年対ロシア報復法案(Counteracting Russian Hostilities Act of 2017)」と称されるこの制裁法案は、 ロシアの石油・天然ガス資源開発に $2,000 万以上を投 資して、ロシアの石油・ガスの開発を行ったり、核の民 生利用事業に関わった企業に対して、強制的な制裁 (mandatory sanctions)を加えることを提案するものであ る*17。これは、金額の規模から見てもイラン制裁法案

(ISA:Iran Sanctions Act)と同工異曲のものであろう。  この法案については、スケジュール的に法制化は困難 と見られているが、仮に成立した場合には、米国資本市 場からの資金調達は凍結される可能性があり、欧米から ロシアのエネルギー業界への投資の終焉を意味する。米 議会の姿勢の厳しさが見て取れる。 (6)対露制裁に対する米産業界の姿勢  米国の対露制裁に関しては、政界の動きとは反対に、 米国産業界は一貫して対露制裁に反対してきた。  2014年2月のウクライナの首都キエフでマイダン・クー デターが起こり、ヤヌコビッチ大統領(当時)を追放した 新政権が、黒海のセバストポリ軍港のロシアに対する租 借を行わないことを決定した。当時のウクライナの新政 権はEUとNATOへの加盟を指向しており、このことは 黒海の制海権が瞬時にしてロシアから NATO側へ転換 することを意味する。ロシアはこれに対抗してセバスト ポリのあるクリミア半島を制圧し、ウクライナの黒海艦 隊はロシア側に寝返った。その後 3 月 18 日に住民投票 が実施され、これが圧倒的にロシアへの帰属を支持した ことから、ロシアは、クリミア半島を編入した。これに 対抗して、米およびEUが「力による現状変更」であると して、経済制裁を発動し、3 月に第1次、5 月に第2次 の経済制裁を発動した(表2)。  この制裁が強化されていく動きを憂慮した全米製造業 者協会(NAM)と米商工会議所(AmCham)は、ロシアに 対する追加制裁が米国の労働者と企業に悪影響を及ぼす 恐 れ あ り と す る 意 見 広 告 を 2014 年 6 月 26 日、New York Times、 Wall Street Journal、 Washington Postの 3紙に掲載した(図2)。すなわち、「米国の国際的な影響 力を高める最も効果的な取り組みは、われわれの商品と サービスを世界に供給する能力を高めること」(NAM)で あり、「一方的制裁が機能しないことは歴史を見れば明ら か」(AmCham)であるとした。特に、1979年のソ連の アフガニスタン侵攻に対抗した米国小麦の対ソ輸出禁止 措置で、米国の生産者が損害を被り、代わりにアルゼン チンがソ連に小麦を輸出して漁夫の利を得たことを指摘 している。そして結論として、「米国の労働者と産業界は 一方的な経済制裁によって代償を払うことになる。この 制裁は米国の対外政策の目標達成に全く貢献しない」と 述べている。この動きを報じたBloombergは、オバマ政 権(当時)に対する米産業界の明白な決別と論評した。  少なくとも米国の対露制裁で最も大きな損害を受けた のは、2014 年に北極のカラ海で油田発見に成功した ExxonMobilであろう。その他のメジャーズがロシアと 合 意 し た 共 同 事 業 を 図3に 示 す。 こ れ ら の う ち、 Bazhenov層等のシェール、北極海、サハリン -3 の南キ リンスコエ・ガス田(水深190m)での大水深事業が制裁 対象で、主要なプロジェクトがほとんど機能していない 状況となっている。

(7)

表2 ウクライナ問題に関する米国・EU・日本の対露制裁 制 裁 EU 米 日本 第 1 次 (クリミア併合 への対応) 2014 年 3 月 6 日:3 段階の対露制裁。まず、 露とのビザ(査証)交渉凍結 3 月 17 日:露、クリミア当局者ら 21 名の資 産凍結・渡航禁止 3 月 21 日:12 名の資産凍結・渡航禁止 3 月 6 日:露政府高官・軍関係者等の資産凍結・渡航禁止 3 月 17 日:7 名の資産凍結・渡航禁止追加、Yanukovich な ど 3 月 20 日:20 名の資産凍結・渡航禁止追加、Tymchenko も 3 月 18 日: ビ ザ 緩 和凍結、投資・宇宙・ 安全保障での協定交 渉の凍結 第 2 次 2014 年 5 月 12 日:13 名、2 社の資産凍結・ 渡航禁止 4 月 28 日:Rosneft の Sechin 社長を含む 7 名 17 社の資産凍結・渡航禁止 4 月 29 日:23 名 のビザ停止 第 3 次 (マレーシア航 空 機 撃 墜 で 強 化) 2014 年 7 月 12 日:追加資産凍結・渡航禁止 7 月 16 日:EIB、 EBRD の融資禁止 7 月 31 日:大水深・北極・シェールオイル用 機材の輸出は事前認可。ガスは非対象、8 月 1 日 以 前 の 契 約 は 不 問。90 日 超 の 調 達 禁 止 (Sberbank、 VTB) 7 月 16 日:経済制裁。90 日超の資金調達禁止(Gazprombank、 VEB、 Rosneft、 Novatek)

8 月 6 日:大水深・北極海・シェール用機材の米国からの輸 出禁止。3 銀行と統一造船の米市場調達禁止 8 月 5 日:クリミア、 東部の不安定化に関 与する企業の資産凍 結、輸入制限 第 4 次 (ウクライナ東 部の不安定化) 2014 年 9 月 12 日:大水深・北極・シェール オイル事業への掘削・テスト・検層等のサービ ス の 禁 止。Rosneft、Transneft、Gazpromneft に対する 30 日超の資金調達の禁止。24 名の資 産凍結・渡航禁止 9 月 12 日:5 社(Gazprom、Lukoil、GazpromNeft、 Surgutneftegaz、 Rosneft)に対する大水深・北極海・シェー ル事業を支援する機器、サービス、技術の提供禁止。5 銀行 の 30 日 超 の 調 達 禁 止。Transneft、GazpromNeft の 90 日 超の社債禁止。9 月 26 日までの猶予 9 月 24 日: 露 の 大 手 5 行の日本での資 金調達の禁止。武器 輸出、武器技術提供 の制限 追加制裁 その後は半年ごとの延長 2014 年 12 月:「ウクライナ自由支援法」既往 3 分野の技 術輸出禁止に加え大統領判断で外国企業にも制裁。未発動 追加制裁 2015 年 7 月:Rosneft、 VEB の子会社を制裁対象 2015 年 8 月:S-3、南キリンスコエ・ガス田を制裁対象に 追加 追加制裁 2016 年 9 月:Gazprom 子会社を制裁対象 2016 年 12 月:Novatek 子会社を制裁対象 2016 年 12 月制裁継続 出所:筆者作成 図2 米国の全米製造業者協会(NAM)と米商工会議所(AmCham)が2014 年 6 月 26 日に掲載した対露経済制裁に反対する意見広告 出所:NewYork Times(2014/6/26)

(8)

(1)対露制裁の現状  2016年12月15日、EUはブリュッセルで開いた首脳 会議で、ウクライナ情勢をめぐり、親ロシア派勢力の後 ろ楯だてとなっているロシアが和平合意を「完全履行」するま で経済制裁を解除しないとの原則に基づき、現在実施中 の対ロシア経済制裁を、2017年7月まで6カ月間延長す る方針で一致した。本件は 19 日に正式決定された。こ れは 2014 年 7 月に初めて導入されて以来、4回目の延 長となる。  一方、フランスでは、2016年11月27日の大統領選(2017 年4月23日第1回投票)に向けての野党予備選において、 共和党のフランソワ・フィヨン元首相が66.5%を獲得し、 大差で勝利した。同氏は企業負担軽減や対ロシア制裁の 見直しといった経済重視の政策を掲げ、保守層を中心に 支持を固めた* 18(その後、家族への不正給与疑惑で支 持率が大きく低下しているが)。もう一人の有力野党候 補である国民戦線のルペン党首も対露融和を政策に掲げ ており、大統領選の結果によっては、フランスの対露政 策は大きく転換する可能性が出てきた。  また、イタリアのアルファノ外相は 1 月 17 日、上下 両院合同外務委員会で「ロシアはエネルギー供給におい て信頼できるパートナーであり、国際テロとの戦いにお いても極めて役に立つパートナーだ」と指摘し、「国際的 な危機をロシアと話し合うのであれば、G7が(ロシアも 参加する)G8(主要8カ国)に戻る条件を検討する必要 が出てくる」と述べた*19。 少なくとも、仏、伊両国は

3.

欧州とロシアの関係

ExxonMobil R/D Shell Statoil Total Eni BP

国 米 英・蘭 ノルウェー 仏 伊 英 主要な事業 ・Rosneft と 2011 年協力で合意。  Bazhenov シェー ルオイル、北極海・ 黒海開発、極東で の LNG 事業 ・Gazprom と 2010 年協力協定。北極 海開発、S-2 LNG  GazpromNeft  Bazhenov 開発 ・Rosneft と 2012 年協力、Barents 海、オホーツク海 探鉱、重質油 シェールオイル開 発 ・Novatek と Yamal LNG を推進。ハリ ヤガ油田の PS 契 約 ・Rosneft と 2012 年協力協定。 Barents 海と黒海 で探鉱。South Stream で協力 ・BP が Rosneft 株 式 19.75% を TNK-BP を売却し て取得 North Caspian North Caspian Barents Sea Black Sea Sakhalin 1 Okhotsk Sakhalin 1 Okhotsk Kara Sea Laptev Sea East Siberia East Siberia West Siberia West Siberia Volga-Ural Volga-Ural Timan-Pechora Timan-Pechora

East Siberian Sea

Chukchi Sea

Yamal LNG Yamal LNG

Bazhenov

Bazhenov Sakhalin 2Sakhalin 2 Kharyaga Kharyaga Magadan Magadan Stavropol Stavropol Central Barents Central Barents Perseevsky Perseevsky ExxonMobil R/DShell Statoil Total Eni 図3 石油メジャーズのロシアとの共同事業。このうち、北極海と Bazhenov シェール事業、S-3 南キリンスコエ・ガス田が制裁対象となって凍結されている 出所:諸情報から JOGMEC 作成

(9)

対露関係の修復を考えている。対露制裁の次なる延長決 議は6月であるが、27カ国の全会一致でないと効力がな いことから、制裁の終了が近づいていると言える。 (2)独禁法違反問題をめぐるEUとGazpromの立場 ①Gazprom問題は和解へ  同様に、2016 年を通じて EUでは政策レベルで対露 姿勢に変化が生じている。  2016 年 10 月、EUの 競 争 政 策 を 担 う ベ ス テ ア ー (Margarethe Vestagar)欧州委員とGazpromのメドベー ジェフ副社長が会談し、これまで5年間、EU競争法(独 占禁止法)違反問題をめぐる争いについて、双方が和解 を望む意向を示した。EUが示唆してきた巨額の制裁金 や排除措置ではなく、法的拘束力のある問題是正の確約 によって、本件の幕引きを図ろうとするものである。   Gazpromは従来のガス価格政策を段階的に改め、そ の後は「市場テスト」と呼ばれる第2段階に入り、欧州委 員会の最終決定前に利害関係者に異議申し立ての機会を 与える*21  同時に、欧州委員会は、Gazpromが以前から求めて いた South Streamの先に接続される OPALパイプライ ン経由での、ドイツ、チェコへのガス輸送を増やすこと も認める方向と伝えられた。この和解により、Gazprom からの欧州向けガス供給量は増えることが見込まれる。 ②EUによるGazpromの調査  この問題は、2011 年、EUの欧州委員会(EC)が、 GazpromがEU競争法(独占禁止法)に違反した疑いがあ り、ガス輸送・販売において独占的地位を利用し、公正 な競争を阻害したとして、Gazpromに立ち入り調査を 行った時までさかのぼる。ECは 2012 年の 9 月 4 日には 正式調査を開始した。調査内容は、  1) 加盟国への自由なガス供給を阻害して市場を分割 支配した疑い  2) ガス輸送網を他企業に利用させず供給源の多様化 を阻害した疑い  3) 原油価格に連動させた不当に高いガス価格を加盟 国に押しつけた疑い  の3点で、対象は旧社会主義圏のエストニア、ラトビ ア、リトアニア、チェコ、スロバキア、ポーランド、ハ ンガリー、ブルガリアの 8 カ国における Gazpromの活 動である*22  ECは競争政策担当のアルムニア(Joaquin Almunia)副 委員長の時代の2013年10月3日に、Gazpromの違反事 実を指弾する異議告知書(Statement of Objection)を準 備する段階に入ったと言明した。違反が正式に認定され ると、ECは年間売上高の最大10 %を制裁金として科す ことができる。2009年には米Intelに対して競争法違反 で10億6,000万ユーロ(1,380億円)の支払い命令を出し た例がある*23  その後、2015 年 4 月 22 日、独占禁止法違反を是正す る手続きの第1段階となる「異議告知書」をGazpromに 送付した* 24。この 1 週間前の 15 日には Googleに対して も独禁法違反の疑いで警告を出している。和解による解 決を探った前任者に比べ、ベステアー委員はより強硬な 姿勢であると言われてきた。 ③EUの指摘に対する疑問  EUの指摘に対してはいくつかの疑問がある。  まず第1点の、市場を分割支配したという件に対して は、そもそも東欧州向けのガスパイプライン網はソ連時 代の 1960 年代に、当時の西側とは別個の経済圏である コメコン(COMECON:Council for Mutual Economic Assistance=経済相互援助会議〔消滅〕)諸国に対するエ ネルギー供給の必要性から整備されたものである。 1967 年には、ウクライナ西部の Uzhgorodターミナル を起点にチェコスロバキアまでガスを供給する総延長 670kmの「兄弟(Bratsvo=Brotherhood)」パイプライン が建設され、翌年には当時、西側陣営であったオースト リアの Baumgartenまで延長された。同年ハンガリー向 け支線が完成し、1972 年には東ドイツ、ブルガリアへ のガス供給が開始された(図4)。  ガスを受ける側のコメコン諸国も、当然自ら自国のパ イプラインを建設しなければならなかったのであり、 ECの指摘自体が歴史的経緯を無視したものと言わざる を得ない。更に、このような、50 年近く前から建設さ れている輸送インフラストラクチャーに対して、2009 年に制定された EU競争法を遡そ及きゅう適用するという ECの 法的な姿勢がまず疑われるべきであろう。  このパイプライン網は更に西側にまで延長された。 1969年に、当時西ドイツで成立した社民党のBrandt政 権がソ連と、西ドイツ製大口径管およびコンプレッサー とソ連の天然ガスを交換する「レシプローカル協定」で合 意し、これに基づき 1973 年に西シベリアからオースト リアまでのパイプラインに接続して、西ドイツまで至る “Transgas”パイプラインが建設された。その後、イタ リア、フランスなどとも順次契約が進み、欧州向けパイ プラインが拡充された。これも欧州諸国との合意のもと に進められた事業であって、市場を分割支配する意図が 介入する余地はない。

(10)

 加盟国への自由なガス供給を阻害したかという点に関 しては、2006 年のウクライナ問題でウクライナへのガ ス輸出が停止された際に、R/D Shellは「ロシアのガスは 30年近く、全く問題なく欧州に供給された」という声明 を発表している。ウクライナへのガスの供給停止は、ロ シアとの間でガス価格について合意できず、供給契約が 結ばれなかったからであり、供給の信頼性の問題ではな い。  第2のガス輸送網を他企業に利用させず供給源の多様 化を阻害したという嫌疑は、恐らく法律家が机上で思い めぐらした類いのものであろう。ロシアから欧州市場ま での間のパイプライン沿線上に、輸出できる規模のガス 田を操業しているガス生産者は Gazprom以外に存在し ない。供給源の多様化が実現しなかったのは Gazprom がそれを阻害したからではなく、そもそもの地質的条件 がそれを許さなかったからである。したがってこの議論 は、産業人の立場からは全くの空論と言える。  第3の原油価格に連動させた不当に高いガス価格を加 盟国に押しつけた疑いというのは、ロシアのガス供給契 約におけるガス価格の決定方式が原油価格連動型である ことを EC側が無視していることを示すものである。 Gazpromは通常、先行 6 カ月ないし 9 カ月の原油および 石油製品価格の平均値を織り込んだ formulaでガス価格 を決定している。2010年以降は油価が異常な高値を見せ、 これに伴いガス価格も高値に張り付いた。現状はその逆 で、低い油価を反映して、ロシアからのパイプラインガ スの価格は、市場で決定される欧州ハブのガス価格より も低くなっている。2015 年 4 月の異議告知書送付の段 階では、既にガス価格は低下していたため前記の3番目 の論点は、「天然ガス価格が生産・運搬コストに比べて 過度に高い」という表現に修正されている*25。しかし、 2016 年になって更にロシアからのガス価格が低下し、 図4 ロシアから欧州へのガスパイプライン ポーランド ウズベキスタン トルクメニ スタン アゼルバイジャン グルジア ブルガリア モルドバ チェコ ドイツ フランス イタリア スイス カザフスタン イラン ロシア フィンランド スウェーデン ノルウェー ウクライナ トルコ ベラルーシ ルーマニア オーストリア ハンガリー アルメニア スロバキア ポーランド ウズベキスタン トルクメニ スタン アゼルバイジャン グルジア ブルガリア モルドバ チェコ ドイツ フランス イタリア スイス カザフスタン イラン ロシア フィンランド スウェーデン ノルウェー ウクライナ トルコ ベラルーシ ルーマニア オーストリア オーストリア オーストリア ハンガリー ハンガリー ハンガリー アルメニア スロバキア Moscow Yelets Orenburg Tyumen Torzhok Kazan Saratov Kuybyshev Minsk Murmansk Kiev Uzhgorod Samsun Beinei Erzurum Northern Lights Progress Urengoy Shtokmanov Bovanenkov Bovanenkov Dauletabad Dauletabad Yamburg Yamburg Zapolyarnoye Zapolyarnoye Soyuz CAC Yamal-Europe Blue Stream Blue Stream TAG TAG Transgas Transgas Brotherhood Brotherhood CAC-3 CAC-3 Trans -Caspian Trans -Caspian Karachaganak Karachaganak ①Baumgarten ②Arnoldstein ③Waidhaus ④Hora Sv.Kateriny Medvezhye Urengoy 出所:諸情報から JOGMEC 作成

(11)

ハブ価格を下回った。

 2016年10月のロシア産のパイプラインガスの価格は $170/1,000 ㎥($4.8/MMBtu)で、同時期の英国 NBP (National Balancing Point:英国内市場価格)のガス価格 は $200/1,000 ㎥($5.7/MMBtu)と 18 %高くなってい る* 26。このため、同年秋には欧州各国でロシア産ガス の需要が急増し、Gazpromの2016年の対欧州ガス輸出 量は 1,790 億㎥で、前年比 12 %増となっている* 27。こ のような背景が、EU競争法による起訴を断念して和解 を選択した理由と考えられる。  異議告知書への Sergei Lavrov外相のコメントは、か なり直ちょく截せつ的なものである。  「欧州委員会が、第 3 エネルギーパッケージが発効す る以前に Gazpromが締結したガス供給契約に、当該法 律を適用しようとする試みは受け入れ難い。Gazprom とパートナー企業との間で現在有効となっているガス供 給契約は、契約の締結された当時の、欧州連合の法体系 に準拠したものである。ロシアには、1999 年に EUと 締結したパートナーシップ・協力協定がある。当該協定 はいまだ有効であり、どの国からも解約されていない。 同協定は、事業環境を損なう可能性がある行動をお互い に控えることを規定している。またロシアは、一連の EU加盟国と、事業環境を悪化させることを禁じた 2 国 間投資保護協定も締結している」*28 ④各国の反応とEUの姿勢の変化の背景にあるもの  今回の決定に対して、ポーランンドとリトアニアは EUの決定を非難した。この理由は、EUが「不当な」ロ シア産ガス価格に対処しておらず、またロシアが課して いる「Take or Pay」条項に関する解決策が織り込まれて いないとするものである* 29。この背景には、ロシアが ガスを政治的な道具にしているという両国の考え方があ る。ただし、特にポーランドはロシアに強く対立しつつ も、ポーランド域内を通過するロシアからのガスパイプ ラインの通過料を貴重な収入源としている事情がある。 エネルギー政策上の議論を押し立てつつ、自国の収入源 確保というもう一つの目的も忍ばせているが、今回は EU内部で押し切られた。もはや EU内でのポーランド の発言力は大きく後退した言うべきであろう。  このような状況の変化は、恐らく英国の EU離脱 (Brexit)によってもたらされた。EU内で最も強硬にロ シアに対たい峙じしていたのは英国とポーランドであったが、 英国は既にいない。こうなるとポーランドの強硬姿勢に 付き合う国も限定的となっている状況が窺うかがわれる。 (3)Nord Streamの供給拡大へ ①OPALパイプラインの活用制限  今回のEUとGazpromとの和解で、早くも影響の出た のがOPALパイプラインである。  Nord Streamの ラ イ ン が 陸 揚 げ さ れ る ド イ ツ の Greifswaldから南方のチェコのOlbernhauまでの470km に、容量360億㎥のパイプラインが2011年に建設された。 権益は Wingasが 80 %、E.On Ruhrgasが 20 %、いずれ もドイツの企業である。しかし、EUの第3エネルギー・ パッケージの定めるところにより、この能力の 50 %は 第三者に開放することが義務付けられており、2016 年 までは年間180億㎥しか輸送できなかった。  この影響で、本来 550 億㎥ /年の能力のある Nord Streamは、Greifswaldで陸揚げした後、この南方に延 びる OPALと南西方向に延びる NELパイプラインの輸 送量制限のために、2013 年時点で年間 230 億㎥しか輸 送できていなかった(図5)。Nord Streamの株主の半数 は欧州企業であり、EUはGazpromを狙い打ちしたつも りでも、足元の欧州企業は大きな打撃を受けていた。  プーチン大統領は、Nord StreamもOPALパイプライ ンも第3エネルギー・パッケージが成立する前から計画 が進められており、EUの措置は「非文明的」で受け入れ られないと批判している。EU側はOPALの50%につき 第三者がアクセスできることを提案していたが、ロシア の Novakエネルギー相は、そもそもバルト海で生産ガ ス田がないことから OPALの未使用の 50 %の容量に関 して関心を有する第三者がいないことを指摘している。 ②OPALパイプラインは容量の80%まで利用拡大へ  OPALパイプラインの空き容量を活用する議論は、 2013 年から始まっていた。ロシアと EUは、第3エネ ル ギ ー・ パ ッ ケ ー ジ に 基 づ く Network Code on Capacity Allocation Mechanism(NC CAM)に則り、入 札する、というもので、当初は 2013 年の 9 月末に法制 化し、2015 年 11 月1日から施行する計画であった*30 この法では、能力の80 %に関しては利用の15年前から 予約可能、10 %が 5 年前から、残り 10 %は 1 年前から となっている。接続ポイントにおける10%相当の「テク ニカル量」(パイプラインのコンプレッサーを稼働させ るためのガス)に対しては別途の取り扱いで1年前に予 約可能となる。ただし、その後はウクライナ問題により、 この議論のほとんどが停止状態となっていたようであ る。  ところが、Vestagar欧州委員の和解案が示された直 後の2016年10月28日、欧州委員会(EC)はドイツ国内

(12)

における OPALパイプラインの年間ガス輸送能力に占 める Gazpromのガス輸送量比率を 80 %にまで増やすこ とを認めた。同委員会はまた、同パイプラインに他のガ ス供給会社が参入しやすいような条件を設定したとい う* 31。しかし、欧州司法裁判所がポーランドからの提 訴を受けて、2016 年 12 月 28 日にこの決定の実施の裁 定を中断したと報じられている。  一方、2016 年末の段階で Nord Streamガス・パイプ ラインは550億㎥ /年の能力が100 %利用されていると の報道もある。更に、Gazpromは 2019 年には既存の Nord Streamに並走するようにNord Stream-2の稼働を 予定どおり開始し、さらに550億㎥ /年輸送することに 自信を持っていると述べた*32  これにより、OPALの通ガス量は288億㎥ /年となり、 Nord Streamの通ガス量も本来の能力に近いものになる と期待される。当然、従来のロシアから西ヨーロッパに ガスを輸送する際の経由地だったウクライナとポーラン ドにとっては、トランジット料金の徴収による収入が減 る可能性が出てきたことになる。  2016 年の欧州の厳冬で、欧州のロシアからのガス輸 入は前年比12 %増と急増した。これは、2012年以来の 事態である。このため、OPALの通ガス量拡大は焦眉の 急であったと言える。これまでの、第3エネルギー・パッ ケージを踏まえた EUの議論は一体何だったのか、とい う疑念がエネルギー関係者の間に生じてもおかしくない 状況である。  気候は常に変動し、経済も変化する以上、エネルギー への需要も変動せざるを得ない。この時重要なのは、 EU単一市場を維持するための『規範』よりも、変動に即 対応できる柔軟な供給能力を供給側が常に維持し、需要 側はそのためのエネルギー輸送インフラを同時に拡充し ておくことではなかろうか。ガス・パイプラインの建設 や運用について法理を楯に規制することが産業の実態に 即していないことを、EUも学びつつあるということで あろう。

図5 Nord Stream とそれに接続する OPAL パイプライン

O P A L O P A L South Stre63Bcm am

(160)

(630

)

Akkas Akkas

(10

0)

MIDAL

310

840

136

Greece Greece Turkey Bulgaria Serbia Serbia Romania Poland Czech Belarus Germany Norway Sweden Finland Italy Ukraine Georgia Azerbaijan Azerbaijan Russia Kazakhstan Uzbekistan Turkmenistan Iran Iraq Syria Austria Austria Slovenia SloveniaCroatiaCroatia

Bosnia-Herzegovina Bosnia-Herzegovina Hungary Varna Varna Samsun Samsun Russkaya Russkaya Greifswald Olbernhau Rehden Brotherho od Brotherho od Soyuz Soyuz Trans Ba lkan Trans Ba lkan Vyborg Vyborg Yelets Uzhgorod Uzhgorod Orenburg Erzurum Erzurum CAC CAC CAC-3 CAC-3 Blue Stream

Blue Stream CaucaCaucaSouthSouthsussus TAP TAP NEL NEL Tanap Tanap Soyuz Nord Str eam Nord Str eam

23

0

23

0

(5

50

)

(5

50

)

55Bc m 55Bc m North ern Li ghts North ern Li ghts 出所:諸情報から JOGMEC 作成 ロシアから欧州へのガス輸出量(2013 年輸送実績) 億㎥ / 年

(13)

<注・解説> *1:INPEXプレス発表、 2016/12/14 *2:JOGMECプレスリリース、 2016/12/16 *3:JOGMECプレスリリース、 2016/12/16 *4:産経、2016/10/20 *5:IOD、 2017/1/23 *6:Interfax、 2016/11/21 *7:NHK、 2017/1/11 *8:日経、 2017/1/13 *9:共同通信、 2016/12/25 *10: もっとも、国際政治で掲げられる「理念」や「価値観」にも、いわゆる「ご都合主義」めいた一面が伏在している ことは一般国民も周知していることであり、このような言説が額面どおり通用しなくなったのが、2016年の 政治状況と思われる。 *11:日経、2017/1/30 *12:毎日、 2017/1/16 *13:共同、 2017/1/17 *14:日経、 2016/12/31 *15:Katherin Hille、 FT、 2017/1/18 *16:時事、 2016/12/21 *17:IOD、 2017/1/11 *18:時事、 2016/11/28 *19:毎日、 2016/1/20 *20: 川口マーン恵美、 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50763?page=2http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50763 NATO軍のポーランド進駐が、新たな大戦を招く可能性

*21:日経、2016/10/27(FT、 by Rochelle Toplensky & Jack Farchy) *22:共同、2012/9/05 *23:ビジネスアイ、2013/8/30 *24:日経、 2015/4/23 *25:日経、 2015/4/23 *26:Interfax、 2016/10/23 *27:IOD、 2017/1/03 *28:Interfax、 2015/4/22 *29:日経、 2026/10/20 *30:WGI、 2013/8/14 *31:Interfax、 2016/10/31 *32:IOD、 2017/1/03

(14)

執筆者紹介 本村 眞澄(もとむら ますみ) [学歴] 1977年3月、東京大学大学院理学系研究科地質学専門課程修士修了。博士(工学)。 [職歴] 同年4月、石油開発公団(当時)入団。1998年6月、同公団計画第一部ロシア中央アジア室長。2001年 10月、オクスフォード・エネルギー研究所客員研究員。2004年2月、独立行政法人 石油天然ガス・金 属鉱物資源機構(JOGMEG)調査部 主席研究員(ロシア担当)。 [主な研究テーマ]ロシア・カスピ海諸国の石油・天然ガス開発と輸送問題、地球資源論。 [主な著書] 『ガイドブック 世界の大油田』(共著)技報堂出版、1984年/『石油大国ロシアの復活』アジア経済 研究所、2005年/『石油・ガスとロシア経済』(共著)北海道大学出版会、2008年/『日本はロシアの エネルギーをどう使うか』東洋書店、2013年/『化反エネルギーの真実』石油通信社、2016年 [趣味] ブルーグラス、カントリー・アンド・ウェスタン Global Disclaimer(免責事項) 本稿は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は 本稿に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本稿は読者への一般的な情報提供を目的と したものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本稿に依拠し て行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、本稿の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨 を明示してくださいますようお願い申し上げます。

参照

関連したドキュメント

の 11:00 までに届出のあった追加、抹消などの変更に対して、同日中にその承認の是

8月9日, 10日にオープンキャンパスを開催 し, 本学類の企画に千名近い高校生が参 加しました。在学生が大学生活や学類で

青塚古墳の事例を 2015 年 12 月の TAG に参加 した時にも、研究発表の中で紹介している TAG (Theoretical Archaeology Group) 2015

さらに、NSCs に対して ERGO を短時間曝露すると、12 時間で NT5 mRNA の発現が有意に 増加し、 24 時間で Math1 の発現が増加した。曝露後 24

老: 牧師もしていた。日曜日には牧師の仕事をした(bon ma ve) 。 私: その先生は毎日野良仕事をしていたのですか?. 老:

であり、 今日 までの日 本の 民族精神 の形 成におい て大

参加者は自分が HLAB で感じたことをアラムナイに ぶつけたり、アラムナイは自分の体験を参加者に語っ たりと、両者にとって自分の

日本への輸入 作成日から 12 か月 作成日から 12 か月 英国への輸出 作成日から2年 作成日から 12 か月.