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大学教育と学生エンゲージメント 第 1 回学生エンゲージメントとは 近年は 知識基盤社会の到来やグローバル化の進展による産業構造の変化 大学のユニバーサル化などの影響から 学生に専門的な知識 技能や汎用的技能 ( ジェネリックスキル ) キャリア観などを身につけて卒業させることが 大学には強く求めら

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Academic year: 2021

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 近年は、知識基盤社会の到来やグローバル化の進展に よる産業構造の変化、大学のユニバーサル化などの影響 から、学生に専門的な知識・技能や汎用的技能(ジェネ リックスキル)、キャリア観などを身につけて卒業させる ことが、大学には強く求められている。そこで、各大学 ではカリキュラムの体系化やアクティブラーニング型の 授業の導入、留学やインターンシップの機会の拡充、学 生支援の充実など、さまざまな教育改革を行っている。 しかし、大学が熱心に教育を行っても、学生自身がその 教育活動に積極的に参加しなければ、学生は成長しない。  そこでキーワードとなるのが、「学生エンゲージメン ト」である。「学生の学びの取り組みや関与」という意味 で、学習時間や学習意欲、学習への取り組み方などを包 括した考え方である。  このコーナーでは、なぜ学生エンゲージメントが重要 なのか、そして学生エンゲージメントを高める大学教育 とはどのようなものか、事例も交えながら紹介し、大学 教育と学生エンゲージメントについて考えていく予定で ある。  しかし、「学生エンゲージメント」とはどのような考え 方か、日本ではまだなじみが薄い。そこで第1回は、学 生エンゲージメントとは何か、学生エンゲージメントに なぜ注目が集まっているのか、エンゲージメント理論に 基づいた学生調査の設計や教育改善に詳しい京都大学の 山田剛史先生と、「学生のエンゲージメントと大学教育 のアウトカム」(『高等教育研究』、2008)などの論文が ある東京大学の小方直幸先生に、解説いただく。

京都大学高等教育研究開発推進センター・

大学院教育学研究科 山田剛史准教授

 �

p47

他者との密接な関係性の中での

最適な主体性の発揮が、学生の成長を促す

➡学生と大学教員、学生と大学が、お互いの成長に貢献 し合えるような関係性を築くことが重要 ➡教員が熱心に授業をしたり学習環境を整えたりしても、 学生自身が積極的に学びに関わらなければ教育効果が 上がらない ➡学習時間だけでなく、学生の学習行動にも注目する必 要がある ➡「経験的な深い学び」と「情緒的サポート」の充実が学 生エンゲージメントを高める

東京大学大学院教育学研究科 

小方直幸教授

���������������

p50

「質の高い能動的な学び」を引き出すために

教員の意識や教育プログラムの

総体的な改善が不可欠

➡「質の高い能動的な学び」が起こらなければ、学修成果 は高まらない ➡高校までの学習習慣が学修成果に大きく影響する ➡学生が学修成果を自己評価し、大学での成長を実感す ることが学生エンゲージメントを高める ➡教育プログラムの構造や大学教員の意識などを総体的 に、組織的に改善していく必要がある

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ontents

第1回

学生エンゲージメントとは

(2)

student involvement理論として提唱していました。  1970年代のアメリカは、大学が大衆化し、学生の学習 の質の低下が問題となっていました。また、政府に対す る説明責任(アカウンタビリティ)の要求が高まり、教 育への投資の効果を明らかにすることが求められるよう になりました。そして、教育効果を高める因子を探る研 究が進む中で、いくら教員が熱心に授業をしたり学習環 境を整えたりしても、学生自身が積極的に学びに関わら なければ効果が上がらないことがわかってきたのです。  2000年代以降の「教授(teaching)から学習(learn� ing)」へのパラダイム転換も大きく影響しています。知 識基盤社会に移行し、誰もがインターネットを通じて情 報を収集できるようになり、しかも知識の更新が速い時 代となることで、大卒者には知識を獲得することよりも、 課題を認識して、その解決のために自分が持っている知 識を活用する力や、論理的思考力、表現力などが求めら れるようになりました。そのため、大学教育も教員が有 する知識を学生に伝え、学生はその知識をインプットし て、テストなどでアウトプットする「教授者中心」の考 え方から、学生が授業を通して何ができるようになった のか、ラーニング・アウトカム(学習成果)を重視する 「学習者中心」の考え方に転換したのです。学習成果を 把握する方法にはさまざまなものがありますが、その一 つとして、学生がどのように学んでいるかなど学習行動 を把握する大規模な学生調査(student survey)が実施 されるようになりました。 ――学生調査にはどのようなものがありますか。  アメリカのインディアナ大学中等後教育研究所が 2000年に開発したNSSE(�he National Survey o� Stu��he National Survey o� Stu� dent Engagement)や、UCLAが開発したCIRP(�he Cooperative Institutional Research Program)などが 代表例です。日本では同志社大学が中心となり開発した ――「エンゲージメント」とはどのような概念なのでしょ うか。  「エンゲージメントリング」という言葉があるように、 もともとは「約束」や「婚約」という意味です。ビジネ スの世界では以前から、「関係性の密度」「絆」「共感」と いう概念として、広告やマーケティングにおける「ブラ ンドとユーザーの結びつき」や、企業経営における「社 員の会社に対する愛着心」という意味で使われています。  大学教育の世界では、アメリカの教育学者George Kuhが「学生エンゲージメント」(student engagement) を2000年頃に提唱し、アメリカを中心に用いられるよ うになりました。  教員が一方的に教育を提供するのではなく、学生が主 体的・積極的に学びに関わる中で、教員と学生が信頼関 係を築き、大学への帰属意識も高めていく。その過程で 学生が成長するとともに、教員も教育力を高め、大学教 育の改善も進む。そうした、個人と個人、個人と組織が 一体となって、お互いの成長に貢献し合えるような関係 性を表しています。 ――日本でも近年強調されている「主体性」に近いもの ですか。  学生エンゲージメントの概念はもっと多義的です。主 体的に取り組んでいればそれでいいというものでもあり ません。例えばディスカッションで積極的に発言してい ても、他の学生の意見にも耳を傾けなければ、議論は発 展せず、お互いの成長にはつながりません。他者との関 係性の中で最適な主体性を発揮することが、学生エン ゲージメントでは重要なのです。 ――なぜ大学教育において学生エンゲージメントが重要 になってきたのですか。  学生エンゲージメントの元になる概念は、1970年代 にはアメリカの教育学者である Alexander Astin が、

他者との密接な関係性の中での

最適な主体性の発揮が、学生の成長を促す

京都大学高等教育研究開発推進センター・大学院教育学研究科

山田剛史 准教授

学生と教員の信頼関係が

相互の成長につながる

効果的な教育実践に含まれる

学生の重要な学習行動

(3)

ているため、学習成果に注目させ、学生の学習行動を促 すような授業に変えていく教授・学習観の転換は一気に は進みません。国家試験の合格率などハイステイクス (影響の大きい)な評価との関係を示すことで教員の授業 改善を促すことも考えられますし、実際にそうした取り 組みは特に専門職の養成を目的とする学部などで積極的 に行われつつあります。  また、学生調査の信頼性を疑問視する声も少なくあり ません。学生調査は「主体的に学習したか」「何ができる ようになったか」「教員とどのように関わったか」などを 学生自身に答えさせる間接評価(注1)ですが、必ずしも学 生は適切に自己評価できないのではないか、という意識 を持つ教員も少なくないのです。しかし、学生がその時 点でどう考えているのかを把握することは重要です。評 価のための客観的な指標としては使いにくいかもしれま せんが、教育改善の方向性を検討するためには大いに役 立つはずです。 ――主体的に学んだ、教員と密接に関わったといった実 感があれば、それだけでも充実した学生生活が送れてい ると感じられますから、重要なことですね。  重要だと思います。そうした傾向は、2014年にアメリ カのギャラップ社が発表した“Great Jobs , Great Lives : �he 2014 Gallup�Purdue Index Report”という調査 報告書でも明らかになっています。ギャラップ社は3万 人以上の大卒者を対象にインタビュー調査を行い、社会 に出て幸福感を感じている人が大学在学中にどのような 経験をしているのか分析したところ、2つの要素が浮か び上がりました。  1つ目は「経験的な深い学び」です。授業で学んだこ とを適用できるインターンシップや仕事を持つこと、正 課外活動や組織に積極的に関与すること、半期以上のプ ロジェクトを完遂することの3つが含まれています。単 に経験するだけでなく、学んでいることと社会とのつな がりを感じられるかが重要です。  2つ目は「情緒的サポート」です。学びについて刺激 を与えてくれる教員がいたという感覚、母校の教員が人 として気にかけてくれているという感覚、目標や夢を追 JSAAP(Joint Student Achievement Assessing Project)

などが知られています。  調査する内容は少しずつ異なりますが、いずれの調査 もI-E-Oモデルを念頭に置いている点では共通です。 高校までの学習経験や大学入試の方法、進学動機などの 入学時の学生の情報(Input)を踏まえて、学生が大学在 学中に与えられる多様な教授・学習環境(Environment) が、学習成果(Outcome / Output)にどのような影響を 与えるのかといった観点から捉えるモデルです。私の場 合は学生自身の学習・学生生活への関与(Engagement) も組み合わせて、調査を設計しています<図>――学生調査から見えてきたことはありますか。  例えばNSSEでは、学習成果を高めるのに有効な大学 の取り組み(High � Impact Practices)として、インター ンシップ、海外留学、サービスラーニングなどを挙げて います。また、そうした取り組みに積極的に参加する学 生に共通に見られる行動を抽出しています。 ――どのような共通の行動が見られるのですか。  「学習に対して一定の時間と労力を払っている」「本質 的な事柄について教員や仲間と相互交流している」「多様 な学生や教員と交流している」「学習を内省し、統合して いる」「実社会の体験を通じて、学習との関連性を探究し ている」などです。これらは学生エンゲージメントに関 わる行動です。  最初の「一定の時間と労力」に関しては、日本でも学 習時間を伸ばす必要性が強調されています。しかし、学 習時間を増やすほど学習効果が高まるわけではありませ ん。先述したような学習行動を伴っていることが必要に なります。大学には、教員の関わり方の工夫やカリキュ ラムの改善によって、これらの行動を促すような工夫を することが求められるのです。 ――学生エンゲージメントを高めることをめざして教育 改善を進めている大学の事例はありますか。  学生調査などを通じて、どのような学習行動をする学 生が成長しているのか、研究論文や各大学のIR(Institu�Institu� tional Research)部門で発信し始めていますが、まだま だ実質的な教育改革・改善に結びついている例は少ない のが現状です。大学教員の大半は講義形式の授業に慣れ (注1)間接評価…学生の学習についての自己認識を通じて、学生の学習成果を間接的に評価すること。それに対して、学生のレポートやテストなどを通じ て、学生の学習成果を直接的に評価することを直接評価という。

学生の自己認識を調査し教育改善に活用する

認知的・情緒的双方の側面を

充実させ学習成果を高める

(4)

留学、インターンシップ、ボランティアなど、単位は認 定されないが、正課教育と同様に教職員が深く関わる教 育)にも注目していただきたいです。同じ分野であれば、 正課のカリキュラムは大きくは変わらないことが多いの ですが、コ・カリキュラムは大学によって特色がありま す。そうした点に注目すると、在学中にどのような経験 ができるのか、よりイメージが深まると思います。  また、大学の様子を実際に見て、学生エンゲージメン トを高める環境になっているかをチェックするのも良い でしょう。例えば、教員が学生の顔を覚えている、窓口 にいる職員が学生に丁寧に応対しているなどの、いわゆ る「面倒見の良い大学」は、学生の情緒面のサポートが 充実している傾向があります。近年は、オープンキャン パスだけでなく、普段の授業を公開している大学や、京 都大学のELCAS(注2)のように、高大接続型の授業を行っ ている大学もあるので、それらを活用できるでしょう。  今後の高大接続は、学生一人ひとりの学びと成長に軸 を置き、それぞれの適性や伸ばしたい資質・能力、経験 してみたいことなどを踏まえ、高校と大学が連携して適 切な教育を提供するようなものになっていくべきです。 そのときの観点の一つとして、学生エンゲージメントに 注目していただきたいです。 員や他の学生が声をかけてくれた」といった情緒的側面 の方が、学生の主体的な学びを促し、成長する上で、重 要な要因になることも多いのです。  もちろん、認知的側面は大切ですから、認知的側面と 情緒的側面の両方を養えるような大学教育を考えていか なければならないのです。 ――大学選びの観点として、学生エンゲージメントは活 用できるものでしょうか。  2011年度から教育情報の公表が義務化された際、学習 成果の公表は「努力義務」となったため、公表している 大学は多くありませんが、今後は学習成果の明示が大学 にも一層求められるはずです。その際、学生調査の結果 などから、卒業までにこのような経験をする、このよう に学びに関わる、入学時点と比較して、卒業時にはこの ようなことができるようになっている、といった学生エ ンゲージメントに関する内容を学習成果として示す大学 も出てくる可能性があります。入学後、どのように学ん でどのように成長できるのかがわかれば、大学選びにも 役立つでしょう。  教育内容でいえば、コ・カリキュラム(準正課教育: いかけるのを勇気づけてくれるメンター がいたという感覚、の3つが含まれます。 ――学生調査では「教員が学生のレポー トにコメントを付して返却したか」など も聞いていますが、教員と学生の関わり は学習内容を深めるだけでなく、情緒面 でも有効なのですね。  学生自身の学習への関わりを高め成長 を促すには、情緒的側面を充実させるこ とは非常に重要です。そのためNSSEな どの学生調査も、GPAや知識理解などの 認知的側面とともに、学生の情緒的側面 について調査しています。大学の教育改 善を考えるときに、日本では認知的側面 に注目する傾向がありますが、むしろ 「教員にメンタル面での相談に乗っても らえた」「キャンパスに来たときに、教職

(注2)ELCAS…Experienced-based Learning Course for Advanced Science の略。SSH 事業の拡張として、京都大学が 2008 年から始めている高大接続 事業の一つ。幅広い知識と高い志をもった高校生が他校生と互いに切磋琢磨することにより、卓越した知の継承と豊かな創造性の涵養をめざしてお り、高校教員と教育委員会、京都大学の本務教員とが連携しながら活動を進めている。 社会 卒業時 4年次 2年次 3年次 高校 入学時 社会 卒業時 4年次 2年次 3年次 高校 入学時 Input(入学時の学生の情報) Environment(教授・学修環境) Engagement (学修・学生生活への関与) Outcome/Output (卒業時の学生の情報) ・高校までの学習態度・行動 ・高校までのアウトカム ・入試形態 ・進学動機、学習目的、意欲 ・学習観、ニーズ ・APの検証      など <マクロ・ミドル・ミクロFD>…対教員  →教授・学修環境 <SD>…対職員  →学修・学生支援環境 <機関全体>  教育・学修環境 ・正課への関与(学習時間、学習行動など) ・正課外への関与 ・成績(留年・退学・引きこもりなど) ・各学年段階におけるLO ・Environmentに対する満足度 ・意欲・関心・態度 ・進路意識 ・CPの検証       など ・成績 ・進路(卒業率、マッチングなど) ・総体としてのLO ・満足度(大学、学生生活、カリ キュラム、授業、学生支援など) ・DPの検証       など Input(入学時の学生の情報) Environment(教授・学修環境) Engagement (学修・学生生活への関与) (卒業時の学生の情報)Outcome/Output ・高校までの学習態度・行動 ・高校までのアウトカム ・入試形態 ・進学動機、学習目的、意欲 ・学習観、ニーズ ・APの検証      など <マクロ・ミドル・ミクロFD>…対教員  →教授・学修環境 <SD>…対職員  →学修・学生支援環境 <機関全体>  教育・学修環境 ・正課への関与(学習時間、学習行動など) ・正課外への関与 ・成績(留年・退学・引きこもりなど) ・各学年段階におけるLO ・Environmentに対する満足度 ・意欲・関心・態度 ・進路意識 ・CPの検証       など ・成績 ・進路(卒業率、マッチングなど) ・総体としてのLO ・満足度(大学、学生生活、カリ キュラム、授業、学生支援など) ・DPの検証       など <図>学生調査の分析フレーム (清水亮・橋本勝 編『学生と楽しむ大学教育 大学の学びを本物にするFDを求めて』(2013、 ナカニシヤ出版)p55より)

学生エンゲージメントに注目した高大接続を

(5)

府などが予算の配分などを行う際の基準の一つとして用 いられます。「教育改善」の場合は、学生調査によって学 生の実態を把握した上で、大学が教育プログラムや個々 の授業を改善するために用いられます。  大学が中心になって実施する場合は「教育改善」を主 眼に置くことが多く、例えばインディアナ大学が2000年 から行っているNSSE(�he National Survey o� Student Engagement)では、「どのような態度で学修したか」「教 育プログラムは何を重視していたか」「個々の教員はどの ように授業をしていたか」など、学びへの態度や大学の取 り組みに関する質問項目が中心になっています。現在、同 様の学生調査が世界各国で実施されています。  東京大学でも、大学経営・政策研究センターが「全国 大学生調査」(注1)を実施し、日本の大学生の学修行動や 学修経験を調査・分析しました。 ――「全国大学生調査」では、学生エンゲージメントやア ウトカムに関して、特徴的な結果は見られましたか。  1つは、日本の大学生の学修時間が短い点が課題視さ れていますが、それが直接、学修成果を高めるわけでは 必ずしもないということです。ここでいうアウトカムは、 「論理的に文章を書く力」「わかりやすく話す力」などの 「汎用的技能」と「専門分野の知識・理解」などの「学問 的知識」が、どの程度伸びたと感じているかという学生 の自己認識です。例えば宿題を多く出したり、参加型授 業を増やしたりすれば学修時間は増えるかもしれません が、結局のところ、学生が教員に質問したり、グループ ワークやディスカッションに積極的に参加するといった 「質の高い能動的な学び」が起こらないと、授業外学習時 間は伸びず、成果も上がらないのです。  もう1つは、高校までの学習習慣が大学教育のアウト ――学生エンゲージメントとは、どのような概念でしょ うか。  「学生の学びへの取り組みや関与」という意味で、学修 時間に加え、学びへの関心・意欲・態度、学びへの取り 組み方などの質的なものを含み、大学が学生を学びに参 画させる働きかけとも関わる、総体的な用語です。  現在、大学では学修成果(ラーニング・アウトカム) に注目した教育改善が進められています。アウトカムに は、卒業生の所得や職業的地位といった「社会経済的ア ウトカム」と、知識や汎用的技能、価値観などの「発達 的アウトカム」があります。アウトカムは、さまざまな ものに規定されています<図>が、社会経済的アウトカ ムについては、大学の伝統や選抜性の影響が強い一方、 発達的アウトカムについては、学生エンゲージメントな ど、大学が関与できるものの影響が少なくないことがわ かっています。  発達的アウトカムの規定要因は、2000年頃からアメ リカで実施されるようになった学生調査の実施・分析な どを通じて明らかになってきました。 ――学生調査とはどのようなものですか。  学生対象のアンケート調査で、主に「評価」や「教育 改善」を目的として実施されます。「評価」の場合は、政

「質の高い能動的な学び」を引き出すために

教員の意識や教育プログラムの

総体的な改善が不可欠

東京大学大学院教育学研究科 小方直幸 教授

学生調査で学生エンゲージメントの

状況を把握し教育改善に生かす

学生の能動的な学びを引き出すことが

学修成果の向上につながる

(注1)全国大学生調査…東京大学大学経営・政策研究センターが、平成 17 年度~ 21 年度文部科学省科学研究費補助金(学術創成研究費)の助成を受けて 行った学生調査。 (日本高等教育学会『高等教育研究 第 11 集』(2008)p48 より) <図>学生のアウトカムの規定要因モデル 教育 プログラム 学生の エンゲージメント 学部の 組織構造 学生の背景 入学前経験 アウトカム

(6)

 アメリカと比べた学修時間の短さも、最終学年では逆 転しています。これは、最終学年にはゼミや研究室での 学びの集大成である卒業論文や卒業研究があり、教員も 熱意を持って指導するからです。  教職員の専門分化が進んでいないことも、日本の大学 の特徴です。アメリカの場合は、成績の推移や出欠状況 などをチェック、あるいは教員から情報を収集して、適 切なタイミングで学生支援を行う専門のスタッフがいる 一方で、日本の場合は、事務職員がさまざまな部署を異 動してキャリアを形成するため、そうした専門スタッフ が育ちにくい大学もあります。ゼミや研究室の教員が学 生支援も担っていると言いましたが、それでは1・2年 次の学生には個に応じた支援・指導が充分にできません し、所属したゼミになじめなかった学生が「針のむしろ」 のような状態に陥る恐れもあります。職員を専門職化す る、教員が初年次の学生の支援も行うようにするという ようにどちらか一方を機械的に選択するのではなく、日 本の文脈を踏まえ、教員と職員が協力して、組織的に学 生支援を行う仕組みを考えていく必要があると思います。  開講する授業科目数が多いことも日本の大学の特徴で す。アメリカの大学は、同じ科目の授業を週に2~3回 行い、1科目あたりの単位数も大きいことが一般的です が、日本の大学は1~2単位科目が中心ですから、学生 が1年間に同じ単位数を取得するためには、学生はより 多くの種類の授業を履修することになりますし、教員は それだけ多くの科目を開講する必要があります。  学生にとってはさまざまな内容について予・復習をす るのは大変ですし、教員もそれぞれの授業にかけられる 準備時間は少なくなります。近年は、アメリカのように 大量の文献を学生に読ませて、レポート等を何度も書か せるような授業をめざす大学も増えていますが、科目数 の整理が伴わなければ、学生が消化しきれなくなり、退 学や休学を誘発する可能性もあります。  このように、日本の大学教育には、教育プログラムの 構造や、教員の意識など、さまざまな問題が複雑に絡み 合って存在しています。学生エンゲージメントを見る際 にも、そうした全体の状況を見て、組織的に対処を考え る必要があるのです。 カムに大きく影響することです。中学3年生のときの成 績が良い学生や、高校1年生のときの家庭学習時間が長 い学生ほど、大学で能動的に学び、その結果、汎用的技 能、学問的知識とも高まる傾向があります(注2)  ただし、大学でどのような授業をすればどのような学 生が能動的に学ぶようになり、成果が上がるのかは、ま だ十分にわかっていません。学習心理学などの知見も踏 まえ、さらに分析を進めていく必要を感じています。 ――ここでは成果を自己評価で見ていますが、テストのよ うな客観的な指標が求められるのではないですか。  成果というと、水準に達したかどうかを客観的に評価 するイメージがあるかもしれませんが、それぞれの学生 がどのように伸びたか、自己評価することも重要です。 例えば、ある学生がテストの得点を50点から60点まで 上げたとしたら、努力の「成果」として自信を持ち、70 点になるまでさらに頑張ろうと思うかもしれません。し かし、「他の学生は80点取れている」と伝えられたら、途 端に意欲を失い、そこで学びをやめてしまうかもしれま せん。客観的な到達点を示すことはもちろん重要ですが、 学生の主観的な成長の尊重や、在学中の伸びにも注目す ることが、学生のエンゲージメントを高め、さらに学修 成果を高めることにつながるのです。 ──日本の大学生のエンゲージメントに課題はありますか。  先ほども述べたように、アメリカの学生調査の結果と 比べると、授業外の学修時間が短いことなどから、日本 の大学生のエンゲージメントには課題があるようにも見 えます。しかし、背景には日本の大学教育の特質があり、 学生だけに問題があるわけではありません。  例えば、日本では伝統的に研究室やゼミでの教育を重 視してきたことが影響していると考えられます。日本の 大学の研究室やゼミでは、「ファミリー」のような感覚 で、教員は教育的な指導だけでなく、さまざまな相談に 応じ、個々の学生の人格形成にも深く関わります。大学 教員を対象にした調査でも、どのような学生を指導する ときに成長や満足感を感じるかと聞くと、「研究室・ゼミ の学生」という回答が圧倒的多数を占めるなど、教員が 最も熱意を持って学生に関わる部分です。

研究室・ゼミが中心の大学教育が

学生エンゲージメントにも影響

(注2)成績については、高校により学習内容や進度が多様なため、中学3年次の成績を利用した。学習時間については、高校3年次は大学受験の影響が大 きいため、普段の学習時間を見るために高校1年次の学習時間で分析した。

教員の担当科目数が多いことも課題

参照

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