Title
『バイオエシックスからバイオ法へ』
Author(s)
山口, 龍之
Citation
沖大法学 = Okidai Hōgaku(18): 100-132
Issue Date
1996-09-27
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6612
文献紹介
SousladirectiondeClaireNeirmck”Delabioethiqueaubio-
droit1'LG、Djl994『バイオエシツクスからバイオ法へ」
沖大法学第十八号紹介者沖縄大学教授山口龍之
「生命倫理は、いったいいつになったらバイオ法になるのか」「その経
過はいかなるものとなるか」という2つのテーマこそが、フランス・ツー
ルーズの法学者を中心に人々が集まって本書を書かせた動機である。そこ
では、同時に「法の本質」とは何かが常に問われることとなる。このきっ
かけをつくったのが、パリの人間科学会館と科学研究センターの後援を受
けて1992年に開かれたセミナーであった。本稿はこのセミナーをもとにし
ている。紹介される文献は4部からなる。序では、バイオ法の規範を必要とする
問題は何かというテーマを、第1部では、バイオ法における規範づくりと
いうテーマを扱っている。第2部は、規範と保障(責任と保険)の観点か
ら、個々の事例を挙げながら複数の論者が論じている。3部は、結論部分
であるが、参加者全員による討論で締めくくっているが、ここは紹介者の
判断で割愛する。各報告者の議論と異なり、それほど深い論議がなされて
いるとは思われないからである。 序フランスは判例法の国ではないので、法的規範というときの規範は、立
法によるものを前提とすることとなる。下級審のたった一度の判決では、
それがたとえ今後繰り返して判決される可能性があったとしても、その判
決の核心部分をもってして法的規範と呼ぶことはできないのである。また、
-1科学の進歩を先取りして、立法化することは進歩の速度が早かったり、そ の方向'性が把握できないとき非常な困難に遭遇する。このことは、授精卵 の法的身分について立法化するという作業を想定すれば分かるであろう。 生と死を操作することに関する立法には、困難がある。けだし、求めら れているのは、生あるいは死に関わる当事者と社会全体の利益の調整であ り、対立する当事者が存在せず、参照とされる法文もなく、明確な社会的 価値規範も存在しないもとでの調整である。このことは、たとえ確定した 生命倫理規範が存在している場合でも同様である。倫理規範を法化するこ との是非、立法措置をとるにしても、いかなる形態の法を、刑事法的規制 とすべきか、民事賠償法によるか、契約法的規制か、行政法規によるべき かなどの問題が山積しているのである。 まず、生命倫理からバイオ法への「みちゆき」の問題からみてみよう。 生命倫理が対象としている人々と、倫理規範が法化することによって広が る対象、すなわち社会構成員全員に広がることの意義が果たしてあるか、 というのがここでの問題である。また、科学が進歩することによって「生」 に対して与えられる意味が進化していくとき、それを規範として固定して しまうことの是非も問題となる。 フランス法は、1789年のフランス人権宣言以来、自由と平等を柱に法制
度を組み立てている。それゆえ、基本的人権に対する不可侵性は、バイオ
法においても尊守されなければならない原理であることに違いはないはず
である。そうすると、ここでの問題は「人権保障の及ぶ「人」とは何か」 である。生命倫理における「パーソン」概念を法の世界に持ち込むことに 問題はないのであろうか。バイオ法が関与するであろう領域は、臓器移植や授精卵に関する限り無
限大といってもよいほどの広がりをもっている。胎外授精、臓器移植、人
体実験、遺伝子操作などにおいて、その内包する問題は多様であって、関
係者は多く、また同一の評価規範を対象として規律、規制できるものでも
バイオエシックスからバイオ法へ -2-ないであろう。 たとえば胎外授精によって発生した授精卵を使って、遺伝子操作の実験 を行い、その後この授精卵を破壊する行為の是非を考えてみよう。当事者 は、両親、授精卵、遺伝子操作によって治癒の可能性が開ける病人、医師 や研究者、その他の医療従事者や健康保険機構の役員、製薬会社、さらに は、あらたな医療措置が認められることによって保険費用を負担しなけれ ばならなくなる市民全体である。そこにおける審議の対象は、授精卵の法 的地位である。 ところが、フランスの司法制度は、基本的人権の擁護という理念を基礎 に具体的な事案においては個別の立法の解釈を通じてこれを達成しようと するということを目的として組織づけられてきたため、実定法規が不在の 場ではうまく機能しないのである。 一般法規であろうと、倫理的規範であろうと、それがバイオ法が対象と するような事案では、何を命じているかが不明確であり、何が倫理にかな った行為であるかが不明だからである。裁判官の独自の判断が許されるわ けではないのが、フランス法の基本的態度である。 授精卵の処分や臓器移植の問題では、フランス民法1128条が契約の客体 としての「物」概念を規定し、所有権の対象としての「物」を規定してい ることが想起されよう。授精卵の処分権限は何人にあるのか、そもそもそ れは契約の対象となりうるのか、ということが問題となるからである。も ちろん、フランス民法は、授精卵や臓器を法の規制の対象外としているの である。そうすると、さきに述べたように裁判官に倫理規範や法の一般則 を独自の判断で解釈適用することが許されないとしたら、立法による解決 しか、すすむ道はないこととなる。そこには法の間隙が生じているのであ る。 沖大法学第十八号 ○ -3-
第1部 バイオ法 の規範づくり バイオエシックスからバイオ法へ 第1章問題提起
西欧的世界では、「ひと」概念を定義する必要はこれまで存在してこな
かった。それはほとんど自明の前提として扱われてきたのである。一般的
に言って「ひと」は、その役割に応じて「ひと」として扱われてきたので
ある。それは「ひと」と呼ばれる集団が「ひと」に与えた「役割」であっ
て、「ひと」以外の生物によって与えられた客観的な定義であったためし
はないのである。その「ひと」が法の世界の主役に踊り出たのは18世紀のフランス人権宣
言からである。フランス人権宣言以来、「ひと」は社会の絶対的構成単位
として、その発生(誕生)から終了(死)までを全うするのである。それ
は、かって宗教者(出家者)に財産権を認めなかったり、行為能力を「性」
や「身分」で制限するようなものとは異なってた。「ひと」の権利(基本
的人権)は不可侵であるとされたのである。
ここにいう「不可侵」とは、他者に対する意味と同時に自身に対する意
味を有していた。他者からの不可侵とは、生存権、自由、安全保障、身体
の完全性などのことをいい、自身からの不可侵とは、たとえば自由意思に
よるものであっても、「ひと」は売買の対象としてはならない、奴隷的拘
束は認められない、といった意味である。このことは、換えして言えば、
自由意思の保障にもまた、限度があるという意味である。自殺が規制の対
象とされ、’性転換が規制の対象とされるのもこのためである。もちろん、
自殺も性転換も他者がこれに手を貸した場合にのみ法は発動する仕組みに
なっているため、このことを見えにくくしている。
この問題について、コモンローと功利主義の立場は若干異なっている。
ロックによれば、人は自然状態のままでも(社会契約がなくとも)すでに
九 -4-自分自身とその財産の所有者である。人は生まれながらにして自由であり、 自身の行為が制限されるのは、それが他者を害する場合のみであるから、 自殺は必ずしも禁ぜられろものではないこととなる。 ところで、功利主義から新たな生命科学の現状を考察するとどうなるで あろうか。臓器やその他の人体の一部が売買の対象とならないのはなぜか、 代理母は有償で引き受けることは禁ずるべきか、といった問題にどう答え るのだろうか。 死と痛みに対する闘いは科学の進歩によって逃避に変容してきた嫌いが ある。例えば、分娩の代わりに中絶が、死にさいしては安楽死が選択可能 となってきたのである。 胎外にある授精卵の扱いやヒトの遺伝子操作に直面するとき、人は生ま れながらにして平等で自由であるとの意味には、新たな解釈が必要となる。 さらに功利主義のテーゼである、「人は他者を害しない限り自由だ」と いうときの「人」の意味が問われることとなる。 科学がもはや中立ではありえないのも問題となる。尊厳ある死を認めた り、授精卵による実験を認めることは、特定の思想に寄与するものだから である。科学で何ができるかという問題は、何をすべきかを同時に問うこ ととなるからである。 功利主義からは、安楽死を手助けすることも、授精卵に対する実験もそ れが社会全体にとっての医療経費を削減するもので、かつ人間’性を傷つけ ず、「自由」と「存在の合目的性」に合致すれば、肯定されるのである。 臓器移植について、功利主義の立場をとるならば、臓器の売買が禁ぜら れろ根拠は何処に求められるのであろうか。一方には臓器を必要とする者 がおり、他方には金のためなら売ってもよいと思っている者がいるのであ る。臓器が二つあって-つでも生きていける場合もあろう。また、死期が 近いが家族に何らかの資産を残したいためかもしれない。血液など現実に は献血では間に合わず売血に頼っているのである。 沖大法学第十八号 八 -5-
功利主義でも、こうした問題に答は出ない。市民的合意(コンセンサス) の欠如、あるいは立法の不在のため最大多数の最大幸福が「はかられる」 のである。広がってきた新たな社会環境の可能性に人々はどう選択したら よいか決めかねているのである。また、こうした状況で法がいかなる役割 を演ずるべきかも不明である。 ただ、こうした状況では、法よりもまず、倫理が問題とされるのである。 「どうすべきか」「どうあるべきか」は法による規制の前に倫理の問題とき バイオエシックスからバイオ法へ れろのである。 医学と倫理が対立する事態は、今回がはじめてではない。古くはヒポク ラテスの誓いにあるように、また近年ではナチの人体実験を契機に締結さ れた1947年のニュールンベルグ綱領、さらに医師の世界でのヘルシンキ宣 言(1964)、東京宣言(1975)、マニラ宣言(1980)、ヴエニス宣言(1983) のように、医学の進歩によって開かれた選択肢と倫理は対立し拮抗する可 能性を含んでいるのである。また、遺伝子工学によって開かれた可能性に ついても1983年世界保険機構は、科学と倫理の調整をすべく委員会を設立 するよう提言したのである。 こうした宣言の趣旨を受けて、様々なところで数多くの倫理委員会が作 られ、種々の決定を下し、報告書と指針を作成してきた。それは、国単位 のものから医師会、大学や病院、小さなものではクリニックの倫理委員会 まで、その種類とその決定は広範囲にわたる。 フランスでは、1983年2月23日のデクレで、生命科学に関する倫理委員
会が国の諮問を受けて発足した。諮問の対象は、生物学、医学、保健衛生
の分野の研究において、特定個人や特定のグループに限らず、社会全体に 生じている倫理問題とされた。 1992年現在、倫理委員会を設けている国はフランス、デンマーク、フィ ンランド、イタリー、ルクセンブルグ、マルタ、ノルウェー、オランダ、 七 -6-ポルトガル、スエーデン、スペインである。英国には、国の諮問を受ける 委員会という制度がなく、私立の委員会が1988年に作られている。ベルギ ーも委員会を設立しているところである。欧州全体でも1985年に、欧州議 会によって委員会が設立され、欧州連合も1991年には倫理委員会を設立、 また1992年には、欧州各国の倫理委員会議長を召集して会議がもたらされ ている。 こうした動きを見ても、国も医学会も研究者も、新たな可能'性に対する 選択肢を決定できないでいることがわかるであろう。 問題は、こうした動きがどこまで立法にむすびついていくかである。 沖大法学第十八号 第2章規範つくり 職業倫理規定による自制が、この「規範づくり問題」に関する最初のも のである。ニュールンベルク綱領、ヘルシンキ宣言、その後の諸宣言は、 基本的には医師や研究者による自己抑制、自主規制あるいは、そうした規 制、抑制を支持する諸機関による自主規制に近いものであった。それでも、 こうした規制では、医師、研究者、研究機関の反対側に個人を設定、この 個人の意思を尊重するというかたちで、その個人の同意を、種々の研究・ 実験の要件としていることで均衡を保っているのである。例えば実験的医 療、臓器移植、胎児診断、遺伝子治療や遺伝子操作などにおける患者の同 意である。 こうした傾向は、米国でのガイドラインづくりに影響していく。米国の 臓器バンク、産婦人科学会、種々の研究機関、科学アカデミーなどから 様々なガイドラインが出され、会員の行動指針となっている。カナダ医学 研究評議会、英国の医学研究評議会、スエーデン、デンマークでも種々の 機関から指針(ディレクティブ)が出されているが、これらも一種のガイ ドラインである。フランス、ドイツも例外ではない。こうした倫理機構の 六 -7-
中には、ベルギーの医学評議会のように研究機関や大学の倫理委員会など に対して信任状を出したり、逆にこうした機関の委員会が出した決定など につき、その正当性を再検討、場合によっては信任状を撤回したりする権 限を与えられている構造のものもある。 バイオエシックスからバイオ法へ ところで、こうしたところに現れた倫理とは、かっての道徳のように普 遍的なものではなく、ケースバイケースに選択される現実的な解決策のこ とである。なぜそうなのだろうか。それは、生命倫理をめぐる状況に透過 」性が欠けていて先の見通しがついていない、ということが大きな原因であ ると考えられる。こうした思想は特に米国の倫理委員会方式に強く現れて いる。倫理的決定はあくまで諮問的なものでしかない、と考えているので ある。対立する思想の中で倫理的にどちらが正しいかを判断するのではな く、より多くの者の合意が得られるであろう解決の可能性を探ろうとする 態度である。それは科学の進歩がはやく、社会の進む方向が見定められな い場合には適当な方法なのかもしれない。そうでないと、どこかの研究室 が社会が気がつかない間に、社会にとっての新たな可能性を勝手に探り、 場合によっては開発してしまうことになりかねず、これには問題が残るか らである。それゆえ、委員会が予め討議し、爾後にも報告し、評価できる 機構組織が必要とされるのである。 フランスは判例法の国ではない。しかし、生命倫理が問題となる事案に ついて紛争が生ずれば、それは裁判で争われ、裁判所は何らかの判断を示 すこととなる。 五
性転換手術を受けた人が、自身の戸籍(etatcivil)の変更を求めて訴えを
起こしたらどうであろうか。妻あるいは内縁の妻が、夫の死後に夫の精子
を精子銀行に請求、人工授精を受けようと希望したらどうであろうか。あ
-8-ろ男が、第三者の人工授精のために精子を提供していた場合、生まれた子 の親権者であることを主張したらどうなるであろうか。代理母と遺伝上の 母は、いずれが法律上の母であろうか。授精卵は、卵子・精子の提供者が
離婚したり死亡した場合、誰がいかなる法的地位のもとに管理すべきか。
法の一般原則を適用する判例は増加している。 ここでは、人工授精した場合の父親は誰か、という問題を例に議論して みよう。判決の可能性は以下の三つに集約される。可能性(1):訴えを却下する。
公序を理由に、父親からの人工授精児ゆえ自分の子ではないとの訴えは認められない、として処理するもの。可能性(2):請求を棄却する。子の利
益のためには、たとえ遺伝学上の父でないと証明されたとしても、請求は 棄却されると処理するもの。ただし、父権の不存在の訴えを却下しないの は、母の不倫などによる場合を想定したためであるとして、訴え却下せず、 請求を棄却するという処理をする。パリ控訴院判決(1)の理由にも父とは 生物学上のものに限られず、心理学的、社会学的側面もまた父の要素であることに触れているので参考になろう。可能性(3):請求を認容する。生
物学上の親子を親子の唯一の基礎に据えれば、父親の訴えは認容されるこ ととなる。 男の死後において、その精子を利用して子を生みたいとの妻の請求につ いては、認容判決と棄却判決の両方がある。判決の一方では、精子が保存 されており、他方の判決のケースでは授精卵として保存されていた。しか し、これが両判決の相違の決定的原因であるとは言い切れない。たとえば、 夫の死の原因がエイズだったらどう判決が出ていたであろうか。また、夫 が死後のことを遺言していたら、それに従うべきであろうか、あるいは夫 の生前の意志に反する行為をすることは許されるであろうか。親権者の一 方を欠く子をあえてつくることは倫理に反しないであろうか。最後の点に ついては、国の倫理委員会の勧告をうけて、大統領が勧告し、国会は子の 沖大法学第十八号 -9-福祉のために、両親の一方が生存していない子の胎外授精卵を使った妊娠 を禁ずろ見解を表明している。 1991年3月31日国会は、パリ控訴院の判決(2)と対立する見解、すなわち 代理母契約を合法とし、その子を依頼人夫妻の完全養子として認容する見 解を表明した。無償でする代理母が子の誕生と同時に親権を放棄する契約 も公序に反しないし、遺伝学上の親に対してする親権の放棄も有効という のである。 破段院は、すでに1989年12月13日、代理母契約の斡旋をする組織を非合 法とする判決を出しいる(3)。 こうしたフランスの司法の傾向は米国のそれとは正反対の方向に向かっ ている。米国ではベビーM事件で知られるように、有償の代理母契約であ っても有効であるし、それが有償であっても公序に反しないとの立場がと られているのである。米国の判決では、代理母はそもそも母ではないから、 遺伝学上の母との間で、母として契約を締結することはできず、遺伝学上 の母は子を引き取るという当然の権利を行使したにすぎない、との立場が とられているのである(4)。 胎児に法としての保護を与えること、将来の人格となるものとしての保 護を与えることはできるであろうか。米国のロー対ウェード事件では、中 絶の権利をめぐってこの点が争われた。米国では胎児に人格的保護を与え ることを拒否したのである。また、グリスワルド対コネチカット、アイゼ ンスタッド対ベアードでは、中絶は、女性のプライバシーの問題とされた のである。 欧州人権委員会もまた、英国人の夫が求めた夫人の1967年の妊娠中絶法 による中絶を欧州人権規約2条違反との控訴を棄却した。2条は、そもそ も出生後の人権の保護のみを規定したものだとの見解によるものだ。そし て、いつから生命がはじまるか、との解釈についてはそれぞれの国家にま かされている、というのだ。 バイオエシックスからバイオ法へ -10-
ドイツでは、中絶が認められるのは妊娠第1期に限られている。 スウェーデンでは、1984年と1988年に人工授精と体外授精卵のあつかい について立法による規制をしている。デンマークは、1987年に体外授精卵 の扱いについて医師会の倫理規定によることを法で確認している。英国、 ドイツも授精卵の扱いについては立法を設けている。 これらの立法では、授精から14曰を越えたものを体外で発育させてはな らないことを規定している。 人体実験そのものについても、体外授精の技術の進歩に伴って立法の必 要が叫ばれていた。また、出生前診断も問題となっていた。 沖大法学第十八号 第一部の小括 ここでは、法化への手段と新たな「ひと」概念が主として論じられてき た。手段については、倫理規定をもってしても問題を解決できないどころ か、日々進歩する科学によって開かれる新たな可能性に対して明確な展望 をもちえないことも明かとなった。多くの国が倫理法制定へむかって歩み 始めていることは明白であろう。 こうした状況の中で、「ひと」概念を明白にしていくことこそが、法化 への起点となることが、一連の立法の動きから読み取れるのである。いか にして「ひと」の人間性と尊厳を守るかが、ここでの主題となってきてい る。 試験管の中にいる授精卵を「自由の調歌」や「功利主義」の立場から見 れば、「ひと」とは扱われない危険性が多く含まれている。生物学的に 「ヒト」であれば、生命の質にかかわらず「ひと」であるとの見解もある のだから・・・。また尊厳死などのことも考えると「ひと」の中核に人間 性と尊厳をおくことが重要となる。これまでの「自由や権利の主体である こと」といった定義では覆いきれないため、新たな「ひと」概念に重要な 役割が期待されるのである。個人の自由と集団の功利が対立するとき、社 -11-
会的には活動することも、権利を主張することもできない個人を集団の功 利から守るためには、その個人の権利を主張するだけでは足りず、人とし て不可侵の「尊厳」を強調する必要に迫られるのである。 バイオエシックスからバイオ法へ 第2 部いかなる規範か? 責任について jean-FranCoisBarbieri 論者によってあげられた問題点を箇条書きにして揚げておく。 1)バイオメディカルに関する規範の数は、国際条約から国内の小さな学 会の内規まですべて含めるとその数は、18万から20万にも達している。 2)臓器移植法の問題点 3)法制審議会は、こうした状況の中で結論を出すことができるであろう か。 問題は人間の尊重が、いまや科学の進歩や公共の福祉(市民の健康)の ために退歩を余儀なくされているという点である。 4)法の間隙が生じている事態の中で裁判官は「法の一般原則」の名の下 に社会が認容できるような判断を下すことができるであろうか。 たとえば代理母の事件における法的な意味での母親の決定の問題におい て、裁判所の判断は社会から受け入れられるものであったのだろうか。た
とえ判決が破段院の全体総会(Assembleepleniere)において判断されたも
のであったとしても(5)、これで十分という保証はないのである。 5)医師や研究者にとって立法によって足かせをはめられることに懸念は ないのであろうか。日々進歩する科学と可能性に対応するだけの柔軟な立 法など存在しないのではないか。 6)これとは逆に哲学者や社会学者に対するこうした人々の(医者や研究 者)信頼は大きいもののように思える。哲学者や社会学者が研究者・医師 -12-の研究・治療の自由を保証しているように映るからであろうか。あるいは、 ヒトゲノムを保護することをまるで宗教であるかのどと<扱っているから であろうか。 7)そもそも医師・研究者はいかなる法規を望んでいるのであろうか。彼 らの責任が大きなものにならないことを望んでいることだけは確かである つ。 8)法規は、直接あるいは間接に研究者・医師の民事責任を規定しており、 それゆえ、いかにして賠償責任の危険を回避するか、あるいは賠償責任発 生の場合に備えておくかが、次の問題となってくる。 9)ある意味では、結果として法規は、研究者・医師の研究・治療の自由 を保証するものとなるはずであり、そうでならなければならない。民事責 任・刑事責任からの解放は、科学の進歩と患者の治療に寄与するはずだか らである。 10)法規といっても、それは憲法のような基本法であるべきか、国際条 約のように国際的であるべきか、国内法か、そもそも実定法規がよいのか。 11)現在審議中の法案は、ヒトに対して使用される薬品などが、ヒトに 害を与える危険性と科学の進歩の間で妥協を計ろうとしたものである。し かし、これでは両者の利益の抵触は永遠に続くこととなるし、そうでなく とも損害が発生すれば米国のように医師・生物学者・研究者は払いきれな いような額の賠償をしなければならなくなる。 12)立法者は功利主義以外の原理によって立法をすべきであろうか。 沖大法学第十八号 保険の問題 DanielTomasin ○ 保険契約は、法の間隙の生じている領域で可能であろうか。法的義務の 生じていない倫理的義務のみの領域で、保険契約による損害の担保という 理念は認容されるのだろうか。あるいは、科学の進歩によって生と死の領 -13-
域があいまいになってきているところで、生命保険はいかにあるべきか。 あるいは、偶然,性による生活の転落を担保するための障害保険を、生命倫 理にかかわる事案でいかにして活用したらよいだろうか。一方では生活の 安定という要請がありながら、他方では実験的医療などにおいていかにし て危険を計量、数量化するか、という問題がある。こうした領域はそもそ も保険の領域ではないのだろうか。また、遺伝子診断のように、治療方法
の確立していない領域で保険加入の条件として検査を強制することの是非
も検討されなければならない。ここでは、以下の2つの視点より保険の問
題を検討する。(1)安全を担保するものとしての保険、(2)生物医療の 利用者としての保険者。 (1)安全を担保するものとしての保険 フランスにおける責任保険は、リスクの伴う社会活動にあって、責任を 負う者にとっても、責任を問うものにとっても不可欠のものとなっている 観がある。 フランスは強制保険制度のもっとも発達した国である。その数は数十に も及んでいる。強制保険はそもそも主として科学によって新たに開かれた 可能性の中で生ずるかもしれない損害を担保するものとして発達したので ある。 こうした伝統を受けて1961年8月2日公衆衛生法典667条(61は、血液セン ターは、ドナーによってもたらされた危険を無制限に担保することを規定し、これに対応して保険契約もセンターと保険者との間で締結されている。
しかし、血液製剤については、その責任を1000万フランを限度とする保険契約へと契約更新の際に改められている。これは、非加熱血液製剤による
エイズ感染を原因と被害が拡大することを保険者が恐れをなしたためであ
る(7)。製造物責任に関する欧州連合のディレクティブは、フランス国内で批准
されれば、1988年7月30日に遡及して適用されるのだが、まだ実現してい
バイオエシックスからバイオ法へ 九 -14-ないが問題をはらんでいる。フランス法では、開発危険の抗弁(製品化の 時点で明かでなかった欠陥については、製造者に責任はないという考え方) などを認めておらず、製造者の責任とされるのである。ところがディレク ティブでは、開発危険の抗弁を認めるか否かは各国の選択に任せているの である。それというのも、予見不可能な危険まですべて担保せよというの では、危険は計算不能となってしまい、保険をかけることは不可能だから であるという理由による。 1988年12月20日の法は、バイオ関連研究には保険をつけることを命じた ものである。1991年5月14日のデクレは、保険によって担保される民事責 任の条件を規定した。そこでは無過失責任が明確にされた。保証は一人あ たり500万フラン、一実験あたり3000万フラン、年間保証額は5000万フラ ンとされた。 それでも保険で担保される領域には限界がある。契約自由の原則の下、 保険契約者はできるだけ保険金支払をせずにすまそうとするのである。 沖大法学第十八号 (2)生物医療の利用者としての保険者 生命保険契約においては、保険者は、可能なら遺伝子検診によって将来 において疾病が発生する可能性のある契約者を排除しておきたいと望むで あろう。法は保険契約目的での遺伝子診断を禁ずべきであろうか。今のと ころかような法はフランスには存在していない。 エイズに関しては、生命保険契約時には、キャリアーでなかったものが、 キャリアーと性的接触をあえてもった場合にも疾病保険を適用することが できるか、という問題がある。1991年委員会は、「エイズを理由に保険契
約を拒否できないこと」「エイズ検査を本人の同意なしにしてはならない
こと」の二つが決定された。これを受けて厚生大臣(MinistredelaSante)と 保険会社の間で合意が成立している。 八 -15-第2章 規範化への困難な道 バイオエシックスからバイオ法へ 医の倫理 Marie-Helene-Bernard-Douchez バイオ法関連の規範には、「医の倫理」「法律」「倫理」の三つがあり、 この三つを統一しようとするカー傾向と、むしろ反発するカー傾向が並存 している。そこで、ここでは、この二つの相反するカー傾向のそれぞれに ついて見ていくことにしよう。 l)統一しようとする傾向 「医の倫理」は、他の職業倫理と同様に法によって保障されてきたとい う経緯がある。法の世界では一定程度の自治を特定の職業団体に与えるこ とが是とされてきたのである。「医の倫理」でも他の職業団体と同様に一 定程度の制裁権が医師団に与えられている。例えば医師会の会員の除名に 関する規定がそうである。もっともフランスでは、こうした団体による規 範や決定は構成員に対する制裁であろうと、「医の倫理」の名の下に規定
される団体内規(例えば臓器移植における「不可逆的昏睡の定義」)であ
ろうと、コンセイユ・デタや破段院の統制のもとにある。「「医の倫理』は、生命倫理を当然のことながら体現したものだ」とい
う言説も有力に主張されていることも忘れてはならない。医業においては、倫理を体現していることが多いのである。もつとも1993年「医の倫理」規
定が法典化されそうになったとき、議会の反対にあって実現しなかったこ
とも覚えておくべきであろう。その主たる理由は生命倫理に関する規定に
ついて合意が得られなかったからである。 七 2)分離の傾向「医の倫理」と法規はその制裁システムが異なる。それゆえ両者から制
-16-裁を受けることもある。「医の倫理」と生命倫理の相違は、これよりも微
妙である。「医の倫理」は、古代ギリシヤにさかのぼる歴史があるが、そ
の内容は個人に対する道義的義務として位置づけられてきた。生命倫理の
方は歴史も浅く、功利主義の影響も強い。最大多数の最大幸福の功利に合
致することが是とされ、あるいは人間の尊厳を基調に安楽死、尊厳死を是
とするのである。医療とは、-にも二にも治療である。ところが生命倫理の方はそうでは
ない。目的は研究であったり、人間性の探求であったりするのであって、
「治療の可能性」は目的ではなく、考慮における-要因にすぎないのであ
る。たとえば遺伝子診断では、治療法の見つかっていない疾病を診断する
し、安楽死、尊厳死の問題は治療を目指すものではない。こうした問題で
は、医療にストップをかけるかどうかが問われるのである。
また「医の倫理」は職業上の義務として医師が患者に対して負っている
義務を扱うものであるのに対して、生命倫理は研究者に対する規範でもあ
る。 沖大法学第十八号 判例MicheleBoubay-Pages
立法機関が医学の進歩に追いつかず、法規が存在しない場合でも法的争
訟となって司法の判断が下される場合がある。司法の判断としては、雑駁
にいえば次の三つの道に分かれる。(1)争訟に「法の一般原理」、公序な
どを適用して規範を示すか、(2)医学の進歩によって開かれた新たな可
能性に対しては、これをすべて禁ずろか、(3)まったく規制しないか、
の三つである。(2)も(3)も現実の判決では起こっていないことなの
で、ここでは(1)に焦点を絞って見ていくこととする。
(1)は、さらに(a)既存の法規を解釈適用するか、(b)過去の判例を参
照するか、(c)判例や法規を参照せずに、何もないところで「法の一般法理」
六 -17-「公序」などを使って判断を示すか、の三つに分かれる。
(a)既存の法規の解釈による方法
既存の法規を法規制定当時には予測もしなかったような事態に対して適
用することは、悪く言えば法規の解釈を歪め、ねじれを生む。良く言えば、
科学の進歩と現代社会の現実的要望に合致する解釈と、これを呼ぶことも
できよう。例をあげてみよう。夫の同意のもと、他人の精子を使って人工授精した
子は、夫の子であろうか。1972年1月3日法による民法312条は、遺伝的に
親子関係がないかぎり、法の上でも親子であることを認めない。そこで、
この法規の解釈をめぐっては(1)法規そのものの適用を認めない、けだし
人工授精のような場合を予定していなかったとする、(2)法規を適用し親
子関係を認める、の二通りが考えられていた。ところがパリ控訴院は、親
子の概念を変更し、遺伝的親子概念の他に、社会的心理的親子なるものを
創出したのである。裁判所は第三の道を選んだわけである(8)。これは、
判例の法創造機能と呼ばれるものの典型であろう。その結果、判決以降、
民法312条が適用されるのは、婚外子の場合に限られることとなった。
別の例を挙げてみよう。血液センターから供給された血液がエイズウイ
ルスに汚染されていた事件で、裁判所は血液センターの責任を暇疵担保責
任を根拠に認めた。しかし、これは輸血用の血液が製品であること、人間
の体の一部を構成するものであっても売買の対象となることを認めた点で
画期的なものであった(9)。(b)過去の判例を参照する方法
ここでは輸血によるエイズ被害者の事件の例と妊娠中絶失敗の事件の例
をあげる。 輸血によるエイズ被害者の事件輸血によってエイズを感染させた場合、加害者は無過失責任を負うこと
については、確定した判例がある。1991年12月31曰の法によって被害者に
バイオエシックスからバイオ法へ 五 -18-は、血液センターを訴える可能性、輸血に関わったクリニックあるいは病
院を訴える可能性、輸血を行った医師を訴える可能性、国に対して危険な
血液に対してなんらの予防的規制をしなかったことに対する賠償を求める
可能性が生まれた。この中で、もっとも訴えられる危険'性が増えたのが病
院であった。病院の問題について見ていこう。
病院が民事責任を負うには、汚染された血液と患者の損害との間に因果
関係がなければならない。ところがエイズなどの場合、そのことの証明は
容易ではなかった。1988年5月2日のパリ行政裁判所も(国立病院を相手に
する訴訟は行政裁判所の管轄である)、因果関係の証明がないとして原告
の訴えを棄却していた('0)。ところが、この後の判決となると、因果関係
の証明を必要としながら、血液提供者の中にHIVポジティブの者がいたこ
とを理由に患者のエイズとの間の因果関係を認める傾向が強くなる('')。
パリ行政裁判所の判決の数カ月後、因果関係の証明に関して司法裁判所が、
次の基準を示したのである。(1)輸血は、血液によってエイズが感染することが知られていた時期
で、しかしエイズウイルスの検診システムはまだ普及していない時期に行
われていること。(2)血液提供者のうち、少なくとも一人はエイズキャ
リアーであったこと。(3)輸血以外に感染する可能性がなかったこと。
第三の基準については、患者が証明責任を負っているのか否かで訴訟の
行方は違ってくる。被告が(3)の存在を証明しない限り因果関係は存在
するとの考えに立てば、それは1991年12月31日の法47条の4のlの規定「血
液が汚染されていたことを唯一の要件とする」との考えを先取りしていた
ことになる。 沖大法学第十八号汚染した血液を輸血してしまった場合、かっては病院には汚染に関して
過失がなければ責任は負わないと解されてきた。
ところが近年の判決は加害者の過失は推定されるかとの点について、患
四 -19-者と病院ないしクリニックは契約関係にたち、血液も製品であるとの解釈
を用いて、その製品の暇疵については当然に責任を負う、との結論を導い
ている’'21。もっとも医師の責任は手段債務にとどまるからとの理由で、
血液検査をしなかったからといって過失は認定できないと言っている。
1980年代末から判例は病院の責任を認める傾向が強くなる。医療行為に
おいては軽過失でも責任を認め、それでも過失を認定できない場合には病院の医療体制の中に責任を発見しようとするようになる。もちろん「過失
の推認」という法理も考慮の対象となる。診療に伴う危険を誰が引き受け
るべきか、という議論も行われるが、結局これらの中では、無過失責任論
が主流を占めていく。1991年1月11曰のパリ行政裁判所の判決は、過失の
推認論を採用した。いわく「過失が推認されることに反論の余地はない」
とまで判決の中で述べている’'31。過失の推認論では過失がまったく不用となったわけではない。あくまで
医療行為当時の科学知識の中で、病院のサーヴィスの機能と組織が過失を
誘発するようなものであったか否かが判断されるのである。それゆえ、も
し輸血当時の科学技術ではエイズウイルスを検知することができなかった
とするならば、過失は推認はされなかったこととなる('41。そうすると、
血液提供者がエイズの潜伏期間にかかってしまいウイルスが発見できなか った場合には、救済されないという結果を認めることとなる。そこでマル セイユの裁判所は危険を病院に負担させるための解釈を展開したのである ''51゜いわゆる無過失責任論である。 エイズに感染した患者の損害については、全額払うとするものと7596と するものがある。あるいは50万フラン前後の支払を命じているものが多い といえばよいだろうか。18歳の少年のケースでは200万フランの賠償を命 じた判決もある('6)。 バイオエシックスからバイオ法へ -20-中絶失敗のケース
医療の目的を治療とするなら中絶は医療行為であろうか。中絶が失敗し
て正常な子が生まれてきた場合、損害は存在するのか。存在する判例は、
胎児が障害をもっている可能`性を妊娠中に知らせ、胎児診断をしていれば中絶できたのに、これをしなかったとして訴えられたものである('71。
沖大法学第十八号 (c)判例や法規を参照せずに、何もないところで判断を示す これに該当するものとしては、死後、その人の精子を使ってする人工授 精のケースと'性転換手術のケースがある。 ツールーズ地方裁判所は、精子銀行が夫の精子を使って、その夫の死後に人工授精を求めた未亡人の訴えに関する興味深い判決を下した('81。
判決は精子銀行と夫との契約には、当人の死後の人工授精を禁ずる条項
があり、人体の処分を禁止ずろ法規からも、この条項は適法なものと解さ れるとした。従って夫人の権利としての人工授精は認められないと結論し た。また、そうすることで生まれてくることを期待されている子の利益が 損なわれることはない、と判決は述べている。けだし「子の利益」は、子になる利益まで保障するものではないからというのがその理由である。
性転換の請求は、人工授精の請求のケース以上に判例が法創造機能を発 揮した例であるが、この判例については後のレポーターのものを参照され たい('91。 法の間隙 C1aireNeirinck 法規が社会の現状に適合せずに法の間隙が生ずるという事態は、決して 生命倫理をめぐる状況が始めてではない。フランス民法典が1804年に制定 されてから100年、民法典の新たな社会状況への不適合による退却は、常 に話題になってきた。また、こうした状況の中で新たな立法が早急になさ -21-れるべきだ、との議論も歴史の中では繰り返されてきたものである。
民法典以降の法典の中には、規範的基準を示すもの以外に、社会保障法
典(codedesecuritesociale)や公衆衛生法典(codedelasantepubliqUe)の
ように制度制定的であったり、技術的であったり、手続法規的規定であっ
たりするものも多く生まれている。生命倫理に関する問題など公衆衛生法
典に規定されるべきものも多く、実際にもそのように扱われているものも多い。それにもかかわらず、生命倫理をめぐる中心問題は民法典をはじめ
とする規範的法規によって規制されるべきだと多くの者が考えるのは、生
命倫理が「ひと」の地位に関する根元的問題を含んでいるからと考えてい
るからである。例をあげてみよう。1993年5月15日のル・モンド紙に、あるプライベート・クリニックが胎
外人工授精に関する許可を得られずに閉鎖を余儀なくされた、との記事が
掲載されていた。記事には、エベルなる医師がクリニックの閉鎖に伴い冷
凍保存されている授精卵を他のクリニック等へ移されるかさもなくば廃棄する旨の手紙が転写・掲載されており、およそ30の授精卵が保存されてい
る事実が記されていた。この問題については、立法の必要が、専門家や国家倫理委員会から見解
や声明という形で出されたことはいうまでもない。授精卵の問題は社会保
障の問題であるよりも公衆衛生の問題であるよりも以前に根源的に「ひと」
とは何かを問う問題だからである。 その証拠に、こうした事件の背後で数多くの授精卵が実験の目的で利用 されているという事実があるのである。 バイオエシックスからバイオ法へ 1)授精卵の製造:民法への撃退 人工授精はフランスでは20年も前から行われてきている。そこでは三つ の倫理的基準が遵守されてきたし、そのことで問題となったこともなかっ -22-た。三つの基準とは(1)授精を受ける女性が婚姻または内縁関係にあり、 夫ないし内縁の夫も人工授精に同意していること、(2)精子提供者は匿名 であること、(3)精子提供は無償の行為であることの三つである。これら の基準は当然のことと思われ、法の審判を受けることもなかった。それど ころか、これらの倫理基準は私法の統制外と考えられてきたふしがある。 それでは現実には、これら三つの基準がどのように扱われているのか見て みよう。 沖大法学第十八号 (1)夫の同意 クリニックは、夫ないし内縁の夫(カップル)の同意があり、婚姻関係 にない場合には、子の出生によって子の父親になる(養親)となる用意が あることを確認する。ところが、この点について民法は、婚姻関係にない カップルによる養子縁組みを認めていないのである。結局、事実上内縁関 係にあれば二人の間の子として届け出ることで二人の間の子として扱われ るにすぎないのである。 (2)精子提供者の匿名'性 精子提供者に限らず、臓器提供、血液、皮膚などの提供には匿名性が当 然のようにつきまとう。ところが、「提供」の概念は法の概念である「贈 与」とは異なるものである。「贈与」には匿名性は前提とされていないの である。「贈与」では贈与者と受贈者の間に契約があり、契約の当事者が 当事者の意識の中で確定していなければ「贈与」とはならないのである。 これなしに「贈与」は法的拘束力を持つことはできないのである。結局、 この精子提供の問題については、1991年12月31日法91-1406によって解決 される。 ○ -23-
(3)無償性 無償'性は贈与の'性格の-旦をなすものであるが、現実の精子提供が常に 無償でなされているとは限らない。ところが民法は人体やその一部を商品 交換の対象とすることを禁じているのである。そもそも無償`性は、医療機 関に対してまで要求していないことの根拠も不明である。前出のノレモン ドの記事によれば、クリニックは授精卵の両親にその冷凍保存料として 633フラン要求しているのである。人工授精では無償,性はほとんど姿を消 しているといってよいであろう。人間の実験用授精卵は、チンパンジーの 授精卵よりもはるかに安価という皮肉な現象も生まれているのである。 バイオエシックスからバイオ法へ 2)授精卵になる権利:法的身分の拒否 授精卵や卵子が生命の可能性を持っているからといって、それが「ひと」 でなければ、人としての保護を与えられず、単なる「モノ」になりさがっ てしまう。それは、フランスの法文化が「ひと」と「モノ」の間にもう一 つのカテゴリーを設定していないためである。そこで、ここでは「身分」 「時間」「合目的』性」「権限」の四つの視点から、この問題を分析してみよう。 a)法的身分の問題 冷凍保存の技術は、卵子や授精卵を長期間保持することを可能にしたた め、それがヒトの卵子に適用されるとき、この卵子の権利をいかに擁護す るかが問題となってきた。授精卵は生命あるものとして扱われるべきだろ うか。それともヒトが「ひと」として扱われるためには、これまでの人の ように誕生していることを要するのだろうか。 b)時間の問題
永遠に冷凍しておくことも可能となると、いったいいつまで保存する義
務が生ずるのだろうか。国家倫理委員会、コンセイユ・デタをはじめ多く
の機関や委員会が5年間の保存義務を科している。期限の切れた授精卵を 遺伝子操作の実験に使うことには問題が残る。 ○九 -24-c)合目的’性 卵子や授精卵を保存しておく意義はどこにあるのだろうか。当事者であ
るカップルによる使用の他、子供を欲する第三者への提供も考えられる。
もちろん破壊してしまう場合や、実験に使用する場合もある。 試験管の中で授精された授精卵を破壊する行為には、いかなる倫理的問 題がともなうであろうか。冷凍された授精卵は、利用されるか破壊される かしかないのである。フランスでいったいどのくらいの授精卵が毎年破壊 されているのか明かではない。また、第三者への利用は、人体の処分を禁 止した民法の精神に反しないのだろうか。授精卵銀行が精子銀行のように設立されるようになると、授精卵の管理も重大な問題となってくる。
d)権限の問題 授精卵や卵子を冷凍することを決定する権限は誰にあるのか。医師か? 卵子や精子の提供者か?医療行為では患者と医師がいるが、試験管での授 精とその卵子の冷凍保存では、誰が当事者となるのだろうか。 こうした問題に答えていくためには、立法による解決がベストのように 思われる。 沖大法学第十八号 規制化への指向 GenevieveKoubi 生命科学に関わる領域での立法の要請は、生命倫理に対する不信から来 るのであろうか、それとも司法の不在に由来するのであろうか。しかし、 生命科学に対する規制は、人間性とは何かという問題を、その背後に、あ るいは前提としているために、倫理的見解さえ容易に統一を見ることがな いものであり、ましてや法的規制となると一層に困難なように思われがち である。法を宣言することは、医師や研究者の職業倫理や宗教、道徳など が複雑にからみあってくるからである。法の主体としての人格を定義する ことからして、今曰の生命科学の状況のなかでは容易でないのである。し ○八 -25-かも、「人格」を「法規」が定義すること自体、憲法を頂点とする法規命 令の階層的構造のなかでは、禁じられてきたという歴史がある。法はあく まで人間社会の「道具」でしかないという認識と科学の中立I性・透明‘性の 中で司法は自信を喪失していたのかもしれない。「人格」が法の根源に関 わるものであればあるほど法規による規制は1こつかわしくないように思わ れたのである。法規は科学的真理を常に包含しているとは限らず、法の施 行は、まるで科学の取り締りともなりかねないからである。それでも科学 の進歩が「ひと」概念の変容を迫ってくるとき、法は社会の進む方向を示 すという新たな義務を負わされることとなったのである。 法による規制ということを考えるとき、それは単に研究に種々の条件を 課したり、実験に許認可を要求するのみでなく、医師・研究者や病院・研 究所に種々の書類を記帳させ、あるいは報告を義務づけるといった監視ま でをも含むものとなるのだろうか。許可と禁止、監視と罰則が法によって 科学の領域に踏み込むことに科学者が蹟曙を感じるのも無理からぬことで ある。 しかし、こうした事態は何も生命倫理が始めてではない。種々の職業倫 理が、後に法化して規制の対象となっていったのである。 バイオエシックスからバイオ法へ 第三章事例検証:`性転換(,性同一性障害)のケース JacquelmePousson-Petit 1性転換症(性同一性障害)の問題は、発見されてから三○年になる。最 近では、1992年3月25日欧州人権裁判所の判決が出され、フランス政府が 敗訴している。同じ年の12月11日には破段院大法廷が著名な二つの判決を 出している(201・ 欧州では「性転換、医療と法」というテーマで国際会議がアムステルダ ムで1993年4月14曰から16日まで開かれている。 ○七 -26-
』性転換を希望する者は、社会的存在としての性を否定するのではなく、
むしろ肯定しながらも、自身の身体と意識が性的に不一致であることのパ ラドックスに’悩む者である(2'1。 インド、中東、アフリカ、中南米等の文明の中には、こうした,性転換症(性同一性障害)を受容し、あるいは聖なるものとして扱うところもあろ
う。しかしユダヤ・キリスト文明では申命記にもあるように「女は男の服
を着てはならず、男は女の服を着てはならない」のである。精神医学的な`性と社会的な性(ジェンダー)との解離は、現代では理解
不能なテーゼではなくなってきている。ただ、これまでは医学的側面はあ くまで副次的なものとしてしか理解されてこなかった。すなわち、精神医学的性と社会的な`性との解離が、性転換症(性同一性障害)という名で脳
内の異常、それは誕生後のホルモン分泌の異常に由来するものとして認知
されてきたのである。そもそも`性転換症は生来のものなのか、それとも後 天的な異常なのか、最初はっきりしなかったのである。 それでも`性転換症が医学的に解明されはじめると、それは治療の対象に こそなれ、個人的嗜好と社会の良俗の対立する問題として扱われることを 免れていくのである。 そこで新たな問題が生じてきた。この新たな医学的異常をどのように法 は扱うべきなのか。まったく個人の問題として放置すべきものなのか、そ れとも社会的に放置できない病気として保険を含む治療の対象とすべきな のか。そこで問題は次のように整理される。(1)個人的嗜好と社会の良俗の間
の調整役としての法は、いかに変わったか、(2)相対主義による社会の混 乱をどのように受けとめるか。 (1)個人的嗜好と社会の良俗の間の調整役としての法は、いかに変わっ たか 医学の進歩によって「性」の概念が変化し、これを社会と法曹が認容し 沖大法学第十八号 ○ 六 -27-た。「性」といっても遺伝学上の'性、ホルモンにおける性、解剖学上の性、 社会心理学上の』性など様々な「性」がある。性転換症は、両'性具有、ホモ セックス、女装あるいは男装の趣味などとは別のものであることが分かっ てきたのである。それは変態でも精神病でもなく、別の`性に帰属する症状、 '性転換をしかたなく望む症状のことをいうのであり、それを法的に認知さ せようという運動のことをいうのである。 この目的のため、性転換のための外科手術が不可欠となるが、国によっ ては`性転換手術のために許可を要求しているところもある。たとえばスエ ーデンでは1972年4月2旧法で許可を要求しているし、イタリーも誕生の ときと異なる性に法律上の身分を転換するには国の許可を必要と定めた立 法が1982年4月14日に制定されている。 しかし、こうした法だけでは性々にして'性転換症(性同一性障害)には 不十分である。けだし性転換手術後にしか法的身分としての性の変更は認 められないからである。それでは性転換手術の許可は得られないのである。 そこでフランスでは1982年4月9日の法案は大審院裁判所判事が心理学者の 鑑定意見を参考に性転換手術の許可を出すことができるとした。しかし、 法案は国会を通過しなかった。 それでも医師は職業倫理上、性転換手術を行ってきた。3つの段階から なる手続がこれには必要であった。まず、1ないし2年間の観察期間が科 せられる。次にホルモン治療がおよそ1年間行われる。最後に外科手術の 前に医師会の倫理委員会に許可を求める申請が提出される。
本格的な解決策ではないが、ドイツでは1980年9月10日の法で氏名のう
ち名の方の変更を認めている。名の変更を申請するには成人でなければな らないし、,性転換を希望して3年以上の期間が経過していること、2名の 専門家の同意が要件とされている。もちろ変更を取り消す訴えも認められ ている。1992年12月11日破段院大法廷は2つの判決を出している(221。
バイオエシックスからバイオ法へ ○五 -28-本格的な解決とは、外観も法的身分も当事者が望む’性となることである。 形成外科手術によって外観の,性を変更することは可能となりつつある。問 題は、法がかような性の変更を認知するか否かである。1990年5月21曰に 出された4つの判決は肯定的であったIzl1o 判例上の変化 1975年破段院民事第1部は、身体が処分の対象とならないことを理由に 性の変更を認めなかった四)。ところが'983年11月30日破殴院はこの原則 に触れることなく判決(251、1987年3月3日にも原則への言及がなかった1261. ところが、1987年3月31日Botella事件(27)において`性の変更を認めなかった 破段院判決は、欧州人権裁判所によって差し戻されI992年12月11日の判決 を迎えるわけである。そこでは、身体の処分禁止の規定はI性の変更に対す る障害とならない、とされたのである。こうして'性転換は公序良俗に反し ないものとなったのである。むしろ外観の性と法律上の身分としての性が 一致しないことの方が社会にとって不都合と解されるようになったのであ る。性転換症(I性同一性障害)は倒錯ではなく、むしろ病であり、社会の 偏見から法が保護しなければならない対象となったのである。 欧州人権条約8条は、次の二つを結果として保障した。私生活の尊重と 性の同一性の権利である。8条1項は「すべての人は、その住居および居 所にて私生活と家庭での生活を保障される権利を有する」と規定している。 欧州議会は1989年12月12日性転換症患者を差別から救済するために各国 が性転換の権利を認め、外科的手術、法的処置などを保障するように求め た決議文を採択した。 欧州連合議会も1989年9月29日、同様の立法を各国に求めた。スエーデ ン、ドイツ、オランダ、イタリー、トルコが特別法を採択した。 沖大法学第十八号 ○四 (2)相対主義による社会の混乱をどのように受けとめるか かような次第で、性転換症(`性同一性障害)に関する欧州諸国の法は -29-
様々で、国どうしでは相反する規定もあるが、大ざっぱに言えば、国によ
って三つの類型に分けられる。(1)まったく、あるいはほんのわずかしか
認めない国、(2)全面的に認容する国、(3)その中間の国。 バイオエシックスからバイオ法へ 第2部の結論法への類型化のあゆみ ClaireNeirinck生命倫理が法になるとき、それが国会の決議や国民の投票によることは、
不用なばかりか、ある種の危険がつきまとう。法曹も科学者も、法規とし
て規定されることの意義は何かを考えてみなければならない。
科学の進歩は新たな法の状況を創り出してきた。写真の発達は、肖像権
を生み、自動車社会の誕生は、強制保険制度と民事法におけるを無過失責
任主義の概念を生みおとした。それでは、医学の進歩と生命科学の進歩は
何を法の世界にもたらそうとしているもだろうか。
倫理の基本は、プラグマティズムである。医療と治療の名のもとに正当
性を担保しようとするのである。死体の解剖、脳死、臓器移植、遺伝子診
断による中絶などなどが、ここから演鐸されるのである。
司法は、こうした状況、法規の不在と生命科学の可能性にあって、人間
`性と技術を連結させる社会の道具としての役割を担っているのである。
以上(1)Pans,29marsl991,、,p562Rev.trim・dr、civ.,1991,p519、
フランスの生命倫理立法については、北村一郎「フランスにおける生命倫理立法の概要」ジユリスト1090号およびそこに揚げられている文献参照のこと。
(2)判決は2つある。 Parisl5juinl9gOno、8918.375,,,1990,p540,no,89.18.925,JC・P., 1991,21653(3)DTY1ouvenm,NotesousCass.,AssP1en.,31mail99L,、,1991,p327
(4)ReBabyM.,NewjerseySuperiorCourt,FamUyLawReporter,7avrill987,
○ -30-vol. 13, n022
(5)Chronique de Madame M.GOBERT,RTD Civ.1992, 1992 (6)1989iF12~29Bf~iE
(7)HenriMARGEAT"Seropositivite,Sida et jurisprudence "Gaz. pal., 1991,11,Doct. 579;Claude DELPOUX:"Contamination par transfusion sanguine:jurisprudence, loi et assurance",R.G.A.T., 1992,p25
(8)Paris, 1eCh., 29 mars 1991, JCP, 1992, J.n021857
(9)Note Xavier LABBEE sous TGI Toulouse, 16 juillet 1992, JCP,J n021965/CA Paris,28 novembre 1991,O.,1992,J p.85,note A.Oorsner-Oolivet /TGI Paris, 1 jUillet 1990, JCP 1991,Ed. G., II, 21762/TGI Nice,27 juillet 1992,0.,1993, I,p38/TGI Evry, 10octobre 1990cite par A.Dosner-Dolivet, note prespite/CNTS, Casso civ.2e,17 decembre 1954,JCP, 1995 11,8490
(10)TA Paris,2 mai 1988,M.O.,req.8705375/4,cite par JL OUVILLARD,note sous TA Paris, 11 janvier 1991, et 29 november 1991, AJOA, 1992, p.85 (ll)ibid.TA Paris, 11 janvier 1991
(12)ibid.Note Annick OORSNER=OOLIVET sous CA Paris,28 novembre 1991 (13)chronique Etienne Picard,JCP, 1992,EG,I,3557/TA Paris,20 decembre 1990, Epx B, RFDA, 1992, concl. S. Monchambert
(14)CAA Paris,20 octobre 1992,Adminitration generale de l'Assistance publique de Paris c/heritlers de M.Y, JC, EG IV, 3074. /CAA Lyon,9 jUillet 1992, Assistance publique de Marseille et Centre Hospitalie r regional Font Pre de Toulon, JCP, 1992, EG, IV, 3072/TA Paris, 2 mai 1988, M.O.,prec. (15)TAParis,2mai 1988,M.O.,precipite
(I6)Cf.J.L.DUVILARD note sous TA Paris,11 janvier et 29 novembre 1991 prec./Cf. Y. LAMBERT-FAIXVRE, "Principes d'indemnisation des victimes transfusionnelles du SIOA".prec
(17)Cass.civ.1e,16 jUillet 1991,X c/Epx Y,JCP,21947,note Annick
OORSNER=OOLIVET. /T.A. Strasbourg, 17 jUillet 1990, Epx S c/Hopital NO de Bon-Secours, AJOA, 1991, p217, note Gilles DARCY.
o
(18)TGI Toulouse, 26 mat 1991 ,Mme G., JCP, 1992, EG II, 21807, note Philippe PEDROT
(19)CEDH,25 mars 1992,X c/France,D.,1993 III,l01,note J.P. MARGUENAUD ;JCP, 1992, II 21955, note Thiery GARE.La. Cour condamna la France,ce qUi induitsit un revirement de jUrisprudence de la Cour de
Cassation: Cass.civ.Ass.pl~nlere,11 decembre 1992(2 especes), Petites
Afftches, mars 1993, no 33, p14, ces .arrets venaiet Juguler "une veritable fronde des juges du fond"
(20)J .Petit, "L'ambiguite du droit face au syndrome transsexuel", Rev.trim.dr.civ., 1976, p263/Affaire Botella c. France (57/1990/248/319),
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