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わが国の上場企業における株主資本コストの研究

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わが国の上場企業における株主資本コストの研究

-株主と株式会社との関係における株主資本コストの意義と役割-

2011年12月

早稲田大学大学院 アジア太平洋研究科 4006S007-8

宮永 雅好

(2)

1

目次

第1章 はじめに

1.1 本研究の背景と目的……….5

1.2 本研究の意義と本論文の構成……….7

第一部 株主資本コストを巡る伝統的理論の再検討 第2章 株式会社と株主の関係 2.1 株式会社形態の特徴……….11

2.2 株主及び株式の本質について……….12

2.2.1 株式会社における株主の法的地位……….12

2.2.2 株式の本質に関する通説的見解……….12

2.2.3 社員権否定説……….13

2.3 株式会社の所有と支配………14

2.3.1 株式会社の所有と支配に関する初期の議論……….14

2.3.2 中立的テクノクラシーとマルクス経済学者からの主張……….16

2.3.3 株式会社金融論からの主張……….17

2.3.4 株式会社の所有と支配を巡る議論と株式債権説……….19

第3章 株主資本コストに関する学説、先行研究 3.1 株主資本コストの定義………22

3.2 株主資本コストの算出法………22

3.2.1 基本的な考え方……….22

3.2.2 現在の市場株価をベースとする手法……….23

3.2.3 過去の株価パフォーマンスをベースとする手法……….26

3.2.4 投資家・株主の期待値をベースとする手法……….28

3.3 米国における資本コストの推計法………31

3.4 株主資本コストを巡る各種の議論・論点………32

3.4.1 CAPM法の構造的な問題………32

3.4.2 ヒストリカル法の問題……….33

3.4.3 時価と簿価に関する問題……….34

第4章 株主資本コストの再定義 4.1 株主資本コストの定義の多義性………36

4.1.1 株主・投資家にとっての株主資本コスト……….36

4.1.2 上場企業にとっての株主資本コスト……….38

4.1.3 認識ギャップとその原因……….42

(3)

2

4.2 株主資本コストの三面的定義付け………..42

4.2.1 会計株主資本コスト………...43

4.2.2 要求株主資本コスト………44

4.2.3 市場株主資本コスト………44

4.3 3つの株主資本コストの関係性………...45

4.3.1 会計株主資本コストと時価株主資本コスト………...46

4.3.2 要求株主資本コストと市場株主資本コスト………48

4.3.3 要求株主資本コストと株主リターン………50

第一部の小括………..53

第ニ部 株主資本コストに関する実証と実践的活用 第5章 わが国上場企業の株主リターン 5.1 実証の目的と方法………54

5.2 わが国上場企業の株主資本コスト………55

5.2.1 先行研究……….55

5.2.2 わが国の株主資本コストの推計……….58

5.3 株主リターンの測定と測定結果……….61

5.3.1 株主リターンの測定法……….61

5.3.2 株主リターンの計測対象企業と計測期間……….63

5.3.3 対象企業データと測定結果……….67

5.4 測定結果の分析……….69

5.4.1 トータル・リターンの3分解……….70

5.4.2 仮説の設定……….74

5.4.3 仮説の検証(公募増資)……….76

5.4.4 仮説の検証(第三者割当増資)……….89

5.5 実証結果のまとめ……….95

第6章 株主資本コストの資本市場における意義と役割 6.1 実証分析の結果の評価……….97

6.2 経営者にとっての意義………101

6.2.1 最適資本構成理論………102

6.2.2 資本効率性指標………105

6.2.3 投資の意思決定基準………106

6.3 投資家・株主にとっての意義………107

6.3.1 投資の期待収益率………107

6.3.2 適正株価評価の指標………108

6.3.3 ガバナンスにおける評価指標………109

(4)

3

6.4 実務面における株主資本コストの役割……….111

6.4.1 資金調達における「約定金利」的役割………..113

6.4.2 経営者の経営管理指標としての役割………..114

6.4.3 経営者と株主との対話における役割………..115

第7章 株主資本コストとエクイティ・ファイナンス 7.1 増資の歴史的検証……….116

7.1.1 上場株式会社における増資の手法………..116

7.1.2 わが国の上場企業の増資の沿革………..117

7.1.3 比較法から見たわが国の特徴………..119

7.2 時価発行増資の問題点……….120

7.2.1 既存株主の持分の希薄化………..120

7.2.2 1株あたりの利益の希薄化………...121

7.2.3 発行株価の合理性………..121

7.2.4 増資タイミングの機動性………..123

7.2.5 株式需給悪化による株価への影響………..123

7.3 増資の経済性分析………..123

7.3.1 新株の発行価格と市場株価への影響………..124

7.3.2 市場価格での発行と増資後株価の関係………..126

7.3.3 時価発行増資における公正な発行価格………..127

7.4 株主割当によるRights Issueの検討………133

第8章 株主資本コストと経営管理 8.1 経済的付加価値モデル(EVA経営)に関する再考………134

8.1.1 EVA概念の採用企業……….134

8.1.2 EVA概念の限界……….136

8.1.3 ROE目標と株主資本コストの関係性………141

8.2 配当政策の再考……….………142

8.2.1 配当政策と株主リターンの関係……….……….142

8.2.2 配当政策と剰余価値配分………..145

8.3 負債・資本構成に関する再考……….146

8.3.1 財務戦略との関係……….……..146

8.3.2 最適負債・資本構成について……….……..147

第9章 株主資本コストとIR 9.1 IRにおける株主資本コストの役割………152

9.1.1 IRの目的とは………152

9.1.2 株主資本コストとIR………....153

(5)

4

9.2 発行市場におけるIR………...157

9.3 流通市場におけるIR………...160

9.3.1 経営者における株価意識………..160

9.3.2 経営目標・成果と株主資本コスト………..162

9.4 非財務情報の開示と株主資本コスト..………...167

9.4.1 非財務情報の有用性………..167

9.4.2 株主資本コストの役割………..168

第10章 おわりに 10.1 本論文の要約………..171

10.1.1 第一部の要約……….………..171

10.1.2 第二部の要約……….………..171

10.1.3 補論の要約……….………..173

10.2 本論文の意義と特徴………..173

10.2.1 アカデミック分野への貢献………...173

10.2.2 実務レベルに対する貢献………...174

10.3 残された研究課題………….………..175

10.3.1 実証研究対象の拡大………...175

10.3.2 企業統治との関係性の追求………...175

10.3.3 最適資本構成理論及び配当政策理論の探究………...176

補論 株主割当によるRights Issueの検討……….177

1 英国におけるRights Issueの検討………177

2 Rights Issueのメリット……….178

3 わが国における株主割当増資……….180

4 日本版Rights Issueの基本スキーム………182

5 日本版Rights Issueの課題………183

<資料1-1> 投資家向けアンケート………..………187

<資料1-2> 発行会社向けアンケート………..………188

<資料2-1> 公募データ………..………189

<資料2-2> 第三者割当データ………..………194

参考文献……….…..………197

謝辞……….…..………204

(6)

5 第1章 はじめに

1.1 本研究の背景と目的

わが国の株式市場は 1990 年以降の所謂「バブル崩壊」以来、何度か立ち直りの兆しをみせた ものの、長期的な低迷から本格的に脱することができない状況にある。東京証券取引所上場の株 式時価総額は、1989年末には600兆円近くに上り、一時は世界全体の時価総額の約30%を占め て世界一の規模を誇ったが、現在(2011 年7月末)では300兆円を切り、世界第3位(世界シ

ェア約6.9%)に後退した1。わが国の株式市場の相対的地位の低下によって、世界の機関投資家

の日本市場への関心は大きく低下した。これにともない、グローバル株式を運用する機関投資家 は、既に日本市場を単なるアジアの一部とみなしており、これまでアジアの中核拠点としていた 東京から香港やシンガポールにオフィスを移転する動きも増えている。

こうした日本株市場の長期的低迷の最大の原因は、日本企業の業績や株主還元が株式投資家の 期待通りに実現しないことにあると考えられる。にもかかわらず、わが国の上場企業では、経営 者が業績不振や株価低迷を理由に株主に対して引責辞任をするというケースは稀である。明らか に経営上の問題から、業績が不振で株主価値を毀損していると思われる企業の株主総会でも、取 締役会の提案する取締役候補者はこれまでほぼ100%選任されている。こうした実情に鑑みるに、

わが国の上場企業の株主は、経営者に対して株主利益、すなわち投資収益を改善するように求め ることには消極的であるように思える。

しかしながら、こうした株式市場の低迷状態が続けば、投資家の日本株離れは深刻になろう。

そうなれば、株式市場において新規公開(IPO)や上場企業による公募増資等による資本調達は やりにくくなり、発行市場は機能不全に陥り、資本市場の重要な役割が果たせず、ひいては「資 本主義の死」に到る可能性も考えられる。そのような最悪の事態を回避するには、わが国の上場 企業は、株主からの信頼を取り戻す必要があり、そのためには経営者は株主に対して期待に見合 った利益を還元するよう努力し、その結果について説明責任を果たすことが必要になる。

株式会社と株主の関係について、資本主義の発達した英米諸国では「株式会社の所有者は株主 である」といわれることが多い。所有とは一般に目的物を利用・収益・処分する独占的な権利で ある。また、伝統的なマルクス経済学の理解に立てば、資本主義経済の本質は「資本が利潤や剰 余価値を生む社会システム」であり、資本提供者である株主は会社に対して自らの出資に見合っ た経済的利益を要求することになる。つまり、資本主義においては、株主は株式会社が事業活動 によって獲得した収益を独占的に所有することになり、より具体的には、株主は配当や株価の上 昇によって相応の経済的利益を獲得することを期待している。

株主が会社から直接得ることができる利益は配当であるが、配当の原資は各年度の最終利益と 資本に蓄積された過去の配当可能利益である。株式会社が事業活動によって得られる売上や収入 から、各種のコストを差し引いて株主に帰属する最終利益までの流れは、図1のように分解する ことができる。企業が獲得した売上・収入から売上原価その他の営業費用を差し引くと営業利益 になり、そこから利子などを支払うと経常利益、さらに特別損益を調整した後に税金を支払い残

1 世界各国の株式市場の時価総額に関するデータは、以下のWorld Federation of ExchangeHPを参照。

http://www.world-exchanges.org/

(7)

6 った利益が株主に帰属する最終利益となる。

株主への配当は、取引先への支払いや役職員の給与、債権者への利払いなど全ての費用を支払 い、さらに税金を支払った後に残った最終利益から分配されるため、株主は経済的価値の分配に おいては最も低い優先順位にあり、その結果、株式会社の事業上のリスクを他の利害関係者に先 んじて負うことになる。つまり株主が会社に対して出資した資本は、最も高いリスクを負ってい る。そこで株式会社は、株主から委託された資本を使うことにより、事業リスクを加味した一定 以上の収益を上げることが期待される。この期待収益のことを資本コスト(厳密には「株主資本 コスト」)と呼ぶ。これにより、企業の最終利益のうち株主からの期待値に相当する部分を、会社 が負う「コスト」と認識し、それを上回る部分は「剰余的な価値」として分けて考えることがで きる。すなわち前者が「株主資本コスト」であり、後者は「残余利益」などと呼ばれる2

図1-1 企業収益の分解

残余利益

最終利益

営業利益 売上

株式会社が株主資本コストを上回る残余利益を生み出すことによって、株主は期待値を超える 超過利潤を享受することができる。そうした株主の期待値を超える利益をあげることに成功した 株式会社の株価は、市場において株主の投資金額以上の価値で評価されるため、株主は含み益ま たはキャピタル・ゲインを得ることができる。逆に、株式会社が株主資本コストに見合う利益を 上げられなければ、市場での株価はその株主が投資をした金額を下回る価値で評価されることに なる。つまり、株式の経済的価値は、株主資本コストと会社が実現した利益の差である残余利益 のプラス・マイナスの大きさによって変動することになる。

このように、株主資本コストは株主の求める期待収益であることに加えて、株価すなわち株主 価値を決定する上で重要な役割を果たすものと言える。したがって、株式会社の経営者は、自社

2 残余利益はEVA(Economic Value Added)などとも呼ばれるが、これは米国のコンサルティング会社であるス ターン・スチュワート社が用いた用語である。しかしその考え方自体は特に斬新なものではなく、資本コストと してのハードルレートを超える剰余価値ないしは付加価値をどの程度生んでいるか、という企業経営における財 務的な成果を表す指標にあたる。社内資本を各事業分野に割り振って各部門の利益管理を行う場面など、経営管 理における一手法として有益な概念である。

EVA 株主資本

コスト 法人税 有利子負債利子 売上原価・各種営業費用

(原材料費・人件費・減価償却費・販管費)

(8)

7

の株主資本コストについて正確な知識と理解を持ち、それを企業経営の中で活用していく必要が ある。しかしながら、この株主資本コストについては、法定開示・適時開示事項にあたらないこ とは勿論、自主的な開示もほとんどされていない。後で詳しく述べるが、筆者の調査によれば、

東証1部上場の時価総額上位100社の中で、株主資本コストの数値を開示情報の中で明らかにし ている企業は、東京ガス1社のみであった。わが国の上場企業は、株主資本コストに関して株主 や投資家に対して十分な開示や説明をしていないことが指摘できる。

そこで本研究は、わが国の上場企業の経営者が、株主資本コストに関する十分な知識と理解を 持ち、さらに株主への説明責任を果たしていくために考慮すべき点を論じることを目的とする。

具体的には、以下のような流れに従う。

① 株主資本コストに関する定義、意義、役割等を明確にする。

② 株主資本コストに対応する成果(株主リターン)の測定法を定義し、測定する。

③ わが国上場企業の株主リターンと株主資本コストとを比較し、前者が低いことを実証すると ともに、その原因を分析する。

④ 企業経営者は、株主に対して適正な株主リターンを提供するために、株主資本コストをいか に活用するべきか、という点について具体的に論じる。

1.2 本研究の意義と本論文の構成

本研究では、まず株式会社と株主の関係、及び株主資本コストに関する先行研究や一般的な理 論を整理した上で、株主資本コストの定義やその理解が多義的であることを指摘し、株主資本コ ストの意義をより明確にするために、「株主資本コストの三面的定義付け」という概念を提示する。

株主資本コストをこうした3つの概念に分けるという考え方は、これまでの先行研究には見られ ないものであり、3つの概念定義とそれぞれの関係性、及び各定義における株主資本コストの推 計法などを明らかにすることで、株主資本コストに関する新たな枠組みを提供することにつなが る。この新たな枠組みを用いることによって、これまで株主資本コストを活用する場面において、

利用者に誤解や不十分な理解が存在していたという問題の少なからぬ改善が期待できる。

次に、本研究では、株主資本コストに対応する株主リターンについて、過去の一定期間に資金 調達(ファイナンス)を行った企業を対象に実証を行う。まず、(1) 株主リターンの実績値の評 価、(2) トータル・リターンの分解による評価、を行い、その結果を分析する。さらに、個々の ファイナンス後における株主パフォーマンスに影響した要素についての仮説を立て、株主パフォ ーマンスの説明要因と考えられる財務的、市場的要素を選択した上で、仮説に対する統計的な検 証を行う。上場企業のファイナンス後の株主リターンについては、短期的な株価へのインパクト について論じる研究は多いが、ファイナンス企業が長期的な経営成果として株主資本コストを上 回る実績をあげたかという点について、わが国においては、実証研究は見当たらない。

以上の実証結果と分析を踏まえて、上場企業が株主の期待に応えていくために、経営上、株主 資本コストの考え方をいかに活用していくべきか、という点について具体的に論じる。特に、(1) ファイナンス時の規律としての役割、(2)経営管理指標としての役割、(3)上場企業のインベスタ ー・リレーションズ(IR)における役割、以上3つの場面における株主資本コストの役割と活用 法について、新たな理論的枠組みを提示する。

(9)

8

まずファイナンスとの関係では、上場企業がファイナンスをする場合における株主資本コスト が果たす役割を論じる。特にファイナンスが株価に与える影響を数式によって表わす「増資の経 済性分析」という新たな理論的枠組みを提起し、増資時の適正な株価を算出する数式を提示する。

次の経営管理指標としての役割については、これまで株主資本コストが最も利用されてきたEVA に代表される剰余価値評価モデルの再考、配当政策に関する考え方、負債・資本構成のあり方な どについて論じる。いずれも株主資本コストと密接に関係を持つものであるにもかかわらず、こ れまでの実務や先行研究における議論が不十分であった点について、詳細な分析と考察を行う。

最後のIRにおける役割については、企業経営者は株主資本コストについて株主・投資家に対して 十分な説明をしてこなかったという評価を踏まえ、今後経営者は、株主資本コストに関してどの ように説明していくべきか、具体的なケースを挙げながら論じる。これまで発行市場、流通市場、

という具体的な場面における株主資本コストの役割を論じた先行研究は少ない。特に上場会社の 中期事業計画とその後の開示について株主資本コストを含む新たなフォーマットを提示しており、

株主資本コストを使って投資家・株主に経営成果を説明することで、コミュニケーションの改善 が期待できる。

以上の研究の全体像に対して、本論文の各章は、次のような構成となっている。

まず、第1章で「本研究の背景と目的」及び「本研究の意義と本論文の構成」を示す。そして 論文の本論は、第一部と第二部によって構成される。第一部は、「株主資本コストを巡る伝統的理 論の再検討」として、株主資本コストの本質を正しく理解するために、先行研究などを中心に理 論的な整理を行う。第一部は、第2章から第4章の3つの章によって構成されており、第2章で は、株主資本コストとは、株主のいかなる地位・法的権利によって認められるのか、という株主 資本コストの権利としての性格について、株式会社論、株式会社金融論における先行研究などを 紹介しながら論じる。第3章では、株主資本コスト関する先行研究と各種論点を整理する。まず、

株主資本コストの意義と算出法について先行研究を紹介する。さらに、株主資本コストを巡る各 種の議論・論点を取り上げる。特に株主資本コストの推計法として最も支持を得ているCAPM法 における問題点を中心に指摘する。そして、第4章では、株主資本コストの多義性と株主と企業 における株主資本コストに関する認識ギャップの存在を指摘し、その原因としての株主資本をど のように定義するかによって、異なる概念が存在する可能性を示す。そして、投資家・株主及び 会社が認識する株主資本コストには3つの概念が存在するとして、「株主資本コストの三面的定 義」という考え方を示し、それら3つの概念の意義、定義、及びそれぞれの関係性について論じ る。

続いて、第二部では、第4章で再定義した株主資本コストの3つの概念を用いながら「株主資 本コストに関する実証と実践的応用」について考察する。第二部は5つの章によって構成される。

まず、第5章では、わが国上場企業の株主資本コストの推計について、主な先行研究と諸外国に おける株主資本コストの推計に関する研究を整理した上で、いかなる推計法による結論が適切で あるか、総合的な視点から考察し、現在のわが国における上場会社の株主資本コストを推計する。

その上で、株主資本コストに対する株主リターンの測定法を定義し、株主リターンの実証分析を 行う。具体的には、1995年から2004年に時価発行増資(公募増資と第三者割当増資)をした東

(10)

9

証一部の上場企業を対象に、増資株式の引受者に対して提供した収益率、すなわち株主リターン を検証する。さらにその結果について、先行研究による株価リターンの分解モデル(T モデル)

を使って3つの要因に分けて分析し、その結果を踏まえて、株主リターンに影響を与える要素に ついて、いくつかの仮説を設定する。その上で、各企業の財務、マーケットデータから適当と思 われる説明変数を選び、統計的分析により仮説検証を行う。

第6章では、本研究の目的である「上場企業の経営における株主資本コストの活用法」につい て総論的な考察を行う。第5章の実証分析から得られた結果を踏まえ、株主資本コストはその利 用者である経営者、株主においていかなる意義・役割を有するのかを考察し、実務面における重 要な活用場面としての各論へと結び付ける。第7章から第9章は、それぞれ、「エクイティ・ファ イナンス」「経営管理」「IR」という3つの重要場面における株主資本コストの役割とその活用法 に関する考察となっている。第10章は、終章として本論文の要約と本論文の意義と特徴、及び残 された研究課題についてまとめている。

なお、本論文の実証対象となった時価発行増資については、従来から多くの問題が指摘されて いる。そこで、時価発行増資に代わる新たな増資手法として注目を集めつつある「株主割当によ

るRights Issue」について、わが国におけるファイナンス分野からの研究がまだ少ないことを鑑

み、本論文の最後に補論として掲載した。

以上本論文の構成及びその関係を簡単にまとめると、次頁のようになる。

(11)

10

論文構成

第一部 株主資本コストを巡る伝統的理論の再検討

第二部 株主資本コストに関する実証と実践的活用

<実証> <総論>

<各論>

わが国の上場企業における株主資本コストの研究

-株主と株式会社との関係における株主資本コストの意義と役割-

第2章 株式会社と株主の関係

株式会社と株主の関係に関する先行研究を簡 単にまとめ、株主を貨幣資本家としてとらえて 資本コストの重要性を確認する。

第3章 株主資本コストに関する学説・先行研究 株主資本コストの定義・算出法、等を整理して、各種 算定法に関する論点・疑問点などをまとめる。

7 株主資本コストとエクイテ ィ・ファイナンス

わが国の増資の歴史的検証を踏まえ て、現在主流となった時価発行増資 の問題点を指摘し、発行価格の妥当 性確保のため、株主資本コストを使 った「価格決定理論」を考察する。

6 株主資本コストの資本市場における意義 と役割

実証結果を評価した上で、経営者と株主における 株主資本コストの意義を論じ、実務における重要 な活用場面として、①資金調達における「約定金 利」的役割、②経営管理指標としての役割、③市 場との対話(IR)における役割、などを指摘する。

第5章 わが国上場企業の株主リターン わが国の上場企業の株主資本コストを推計した上 で、増資後の株主リターンに関する実証を行う。そ の結果、増資企業の株主リターンは低調なこと、さ らに低調なリターンの原因は、①増資株価が高いこ と、②増資後のROEが低いこと、③増資後の配当 性向が低いこと、等が確認された。

第1章 はじめに

背景:わが国の上場株式の低パフォーマンス

目的:株主資本コストの重要性認識と説明責任の明確化

第4章 株主資本コストの再定義

株主資本コストの多義性に着目し、株主・投資家と経営者にお ける「認識ギャップ」の存在を指摘した上で、株主資本コスト の「三面的定義付け」(会計株主資本コスト、要求株主資本コス ト、市場株主資本コスト)という再定義を行う。

第9章 株主資本コストとIR 上場会社が株主と対話をする場 面において、株主資本コストを利 用していかに説明責任を果たし ていくべきか、中期計画のフォロ ー等、具体的なIRの場面を想定 して論じる。

第8章 株主資本コストと 経営管理

EVA に関しての再考、ROE と株主資本コストとの関係 性、配当政策の重要性、負 債・資本構成の適正化など、

について考える。

第10章 おわりに

本論文の要約、意義と特徴(貢献)を述べた上で、

残された研究課題として①実証研究対象の拡大、

②企業統治との関係性の追求、③最適資本構成理 論及び配当政策理論の探究、を挙げる。

補論 株主割当によるRights Issueの検討 時価発行増資の問題点を解決する増資手法 として英国における Rights Issue を紹介 し、わが国での導入を検討する。

(12)

11

第一部 株主資本コストを巡る伝統的理論の再検討

第2章 株式会社と株主の関係

株式会社にとって、なぜ株主資本コストが重要なのであろうか。また、株式会社の株主という 地位は、公開会社と非公開会社において、法的にも差異が見られるが 3、それはなぜであろうか。

それらの問題を理解するためには、株式会社と株主の関係をいかにとらえるかという「株式会社 論」について考える必要がある。株式会社論とは、株式会社の本質をいかに考えるべきかという 学際的研究分野であり、経済学、会計学、経営学、法学など、株式会社を研究対象とする異なる 学問分野で取り扱われる様々な問題に共通した論点について基礎的枠組みを提供することを目的 としている。

本研究は株式会社の本質を探ることを主たる目的とするものではない。しかし、資本主義にお ける株式会社の重要な役割は、出資者である株主が経済的な利益を得ることであり、「上場株式会 社の株主は、適正な株主資本コストを会社に対して求める権利を有し、一方で株式会社の経営者 は、株主の期待に叶った収益をあげるべく経営を行う義務がある。」という考えに立った上で、株 主資本コストの重要性を認識している。そこで、このような考え方を正当化するために、株式会 社と株主との関係について論じた株式会社論に関する先行研究などを整理しておく必要があると 考えた。

以下、「株式会社形態の特徴」、「株式及び株式の本質」、及び「株式会社の所有と支配」につい て先行研究を紹介しつつ、上場株式会社の株主の地位、権利に照らして、「株主資本コスト」とは いかに位置付けられるべきか、という点について論じることとしたい。

2.1 株式会社形態の特徴

株式会社とは、そもそも法人における組織形態(企業形態)の一分類であり、企業形態とは、

広義では企業の種類ないし種別と理解できるが、狭義では「すべての企業の種類ではなくて、出 資、経営および支配(したがってまた、損益の負担、債務に対する責任の負担)の関係が、どの ようになっているのか、ということよりみた企業の様式ないし種類」と考えられている4。そして 株式会社の企業形態としての特徴は、第一に、その所有が会社の株式を買ったひとりの人から何 十万人かの人々にまで変化すること。第二に、株式会社は通常、典型的なパートナーシップ・ア グリーメントよりもはるかに詳細な成文原則によって運営されること。第三に、株式会社の所有 者は全員が有限責任を負い、せいぜい事業に自分が投資した額にのみを失うことにある。などい われている5。つまり、株式会社とは、多くの出資者から資本を調達して定款や会社法を始めとし た詳細なルールによって運営され、株主は出資の範囲でその責任を負う、という種類の組織形態

3 わが国の現行の会社法においては、公開会社においては、取締役会の権限が大きく「所有と経営の分離」が明 確である半面、株主平等原則については非公開会社に比べて厳格になっている。例えば、非公開会社においては 定款自治の原則が強く働くため、株主権(剰余金分配権、残余財産分配権、議決権、等)について「属人的定め」

が許容される。(江頭(2008)127-129頁等参照)

4 国弘(1956)23-24頁参照。

5 正木(1986)15-16頁参照。

(13)

12 である。

また、上田(1944)は、株式会社の本質として、「証券制度」、「重役制度」、「有限責任制度」

の3点を挙げている。そこでは、株式会社は機関による運営が特徴として主張されており、「重役 制度なしに株式会社は成立することを得ざるものなり」と論じている6。現在の会社法の下、株式 会社の基本構造は、株主総会と取締役会によって成り立っている7。そして株主は株主総会で会社 の最高自治規則である定款を決定し、また会社の経営を担う取締役や経営の監視機能を有する監 査役を選任する。そして取締役によって運営される取締役会は、会社全体の経営の最終責任を負 うことになる。また、公開会社では、閉鎖会社に比べて株主総会の権限が縮減されており、取締 役会の権限が大きくなっている8。つまり公開会社においては、株主は業務執行およびその監視を 専門的第三者に委ね、業務執行者・監視者の選任権限を通じて会社をコントロールしていくこと が、現行会社法の基本的仕組みといえる。

2.2 株主及び株式の本質について 2.2.1 株式会社における株主の法的地位

「株式会社は誰のものか」という問いに対して、多くの人々は「株式会社は株主のものである」

と回答するだろう。しかしながら、株式会社が本当に株主のものであるとすれば、株主は会社の 所有者として会社の財産を自由に利用したり、処分したりできるはずである。しかし、実際には 株主は会社の財産に関して、各株主が所有者としての権利を自由に行使することはできない。

株式会社では、複数の出資者によって出資された資金が統合されて資本(株主資本)となり、

それが会社の運営のための資金(運転資金)や事業のための基本財産の獲得(投資)などに用い られる。そして、資本や負債を使って得られた資産は、法人格を有する「株式会社」という独立 主体によって所有され、契約などによって生じた権利義務はすべて株式会社に帰属することにな る。そのため、株主は会社の資産について直接の権利義務を有することはなく、株主としての出 資割合に応じた範囲で間接的な権利義務を持つに過ぎない。

株主が株式会社に対して有する法的権利としては、会社に対する利益配当請求権、残余財産分 配請求権などの「自益権」がある。株主は、それらの権利によって直接株式会社から経済的利益 を得ることができる。また、株主は株式会社に対して有する財産的な権利である自益権の維持・

増進を図るために、政策的選択を可能にする一群の権利(議決権が中心)が認められている。こ れらは「共益権」と呼ばれ、共益権の行使は必然的に会社つまり全株主の利害に影響する。

2.2.2 株式の本質に関する通説的見解

株式会社に対する株主の法的地位を考える上で、株主としての権利を表象する株式の本質につ いて理解する必要がある。株式の性質ないしは本質に関しては、かつてドイツにおいて、株式物 権説と株式債権説の対立があった。株式物権説は、株式を共有における持分とみるものであり、

6 上田(1944)89-90頁参照。

7 取締役会は、全ての株式会社において設置義務があるわけではないが、公開会社では設置が義務付けられている。

(会社法32711号)

8 例えば、会社が新株を募集するときには、公開会社では取締役会の決議で決定することができるのに対して、閉 鎖会社では、株主総会の特別決議が必要になる。

(14)

13

株式会社を組合と同様にとらえる考え方である。これに対して、株式債権説は、株式会社を組合 ではなく単独の法人としてとらえ、株式の本質を債権として見ることになる。しかし、その後

Renaudよる株式社員権説が登場したことにより、両説とも否定的に解されるようになった。

Renaudは株式には3つの意義があるとし、第一に資本の一部、第二に株主権、第三に株券をあ げている。そして会社財産は株式会社の法人格に帰属し、株主は会社財産の共有者たりえない以 上、第二の株主権は共有権ではなく、したがって、組合の持分とも会社財産を構成する所有権に 対する観念的持分ともいえないと説いた。また、株式は会社の財産および会社の獲得した利益の 一部に対する未必的な債権であるとする株式債権説についても否定した。なぜなら、株式会社が 一度成立すれば、株式はもはや未必的な権利ではなく、また、株式は会社の利益や残余財産につ いて会社に対する無条件的な債権でもないからである。そこで、Renaudは、株主権とは会社の資 本の一定部分の引受によって、その割合において取得される「社員権」であると論じている9。 こうしたドイツでの論争に対して、我国の法学者は比較的早くから社員権説を採用していたよ うだ10。もっとも、わが国の社員権説を真に確立したのは松本烝治だといわれている。松本(1929)

によれば、社員が社員たる資格において、会社に対して自益権と共益権という二種類の権利を有 することは明らかであり、この二種類の権利は、理論上は各個独立の権利と見ずに、一個単一の 社員権より生まれる権能と解することになる。例えば、所有権という一個単一の権利から、物の 使用権・収益権・処分権の権能を生ずるように、社員の社員たる資格において法人に対して有す る一個単一な社員権から、議決権、利益配分請求権、残余財産分配請求権などの権能が生まれる。

したがって、社員権とは物権ではないことはもちろん、通常の債権と同視しえないこともその権 能として議決権その他の共益権的作用があることからみて明らかである。このようなロジックに より、社員権は社員と法人との間のみ存在する物権、債権の何れにも属しない一種特異の相対権 と解するべきだとしている11

2.2.3 社員権否定説

このような通説的な見解に対して、共益権の存在をもって社員権説の根拠を見出すことは合理 的ではないとする否定的な見解が、有力な法学者から提唱されるようになった。その代表的なも のは、第二代最高裁長官の田中耕太郎による社員権否認論と最高裁判事で戦後の商法改正で中心 的役割を果たした松田二郎による株式債権説である。

田中(1939)は「共益権なるものは、社員たる資格において有する権利ではなくして、その実 社員が機関たる資格において有する権利にすぎない」と指摘した 12。例えば、議決権は株主が株 主総会という会社の機関の構成分子として有する権利にほかならないのであり、合名会社社員の 業務執行も社員が機関として有する権限と認めるべきであるとした。また、この権限の行使は普 通の権利行使とは全く異なる原理に服するものであり、営利法人においても、権限を有する者が 自己の個人的利益を図る手段に用いることはできない。かくして、社員権における共益権として

9 Renaud(1875)pp.98-100. 参照。

10 例えば、志田(1902)118 頁,青木(1908)123 頁、等参照。

11 松本(1929)57-60頁参照。

12 田中(1939)112頁参照。

(15)

14

の性質が否定されれば、社員権なる特殊権利を認める理由は大半失われてしまうとし、社員権否 認論を展開した。

また、松田(1942)も株式会社における社員権なる株主権を否認し、これを自益権と共益権と に解体し、株式をもって利益配分請求権なる社団法人上の債権と解し、一方で議決権その他共益 権をもって一身上専属の人格権とみる。特に自益権は私法団体における私権であるのに対して、

共益権はいわば公権であり、あたかも国民が有する公権と私権を包括して一個の権利を構成する ことが無意味なように、自益権と共益権を総合して社員権たる一個の権利を構成することは不当 であるとする。そして共益権の性質につき次にように述べている。第一に、倫理的性質を有し、

それは権利であるが、団体自体の利益のために行う義務性をも包含する 13。第二に、それは譲渡、

相続の目的たり得ないから、一身専属的人格権にほかならない 14。第三に、それは団体自体の利 益のために与えられ、また行使せられるものであるから、それを団体自体の利益よりして剥奪な いし制限しうる。すなわち、それは可侵性を有する 15。この他にも社員権否定説としては、株式 会社団体論 16などがある。しかし、これらの見解は、公開型のタイプの株式会社における構造変 革(経営者支配・企業結合の発展等)から生ずる弊害への立法論的・解釈論的対応を基礎づける 独創的な理論として注目すべきものであったが、共益権の倫理的性質、人権的性質、可侵性の強 調等ついては、多くの学説の支持を受けるには至っていないという指摘もある17

このように、ドイツで通説となった株式社員権説は、わが国の法学分野でも、一時は定説的な 取り扱いを受けたものの、それに対する有力な批判も存在する。そして、株主の権利を導くため の株式の本質に関する議論は、現在ではあまり意味がないもののように取り扱われており、社員 権なる概念は、自益権と共益権を併せた株主として権利の総称を語る場合の便宜的用語にとどま っていると考えるのが妥当であろう。

2.3 株式会社の所有と支配

2.3.1 株式会社の所有と支配に関する初期の議論

株式の本質に関する問題は、株主が株式会社に対していかなる影響力を行使しうるのか、また 実際に株主はそれら影響力を行使しているのか、という株主と会社の実態的な関係と切り離して 議論することはできない。そこで、「株式会社の所有と支配」というテーマを考える必要性が生じ る。第一に「株主は株式会社の所有者か」という問題がある。これは、株主が株式会社の所有者 であったとしても「会社を支配するのは誰なのか」という第二の問題とは分けて考える必要があ る。ここでは第一の問題の検討は後回しにして、まずは第二の問題から検討してみたい。

株式会社の所有と支配をめぐる議論は、資本主義の発展過程において変化が見られる。その議 論の中心的役割を果たしたのが、米国の法学者であるBerleと経済学者であるMeansの共著によ る“The Modern Corporation and Private Property”(1932年,邦訳『近代株式会社と私有財産』)

における主張である。

13 松田(1942)46

14 松田(1942)54

15 松田(1942)60

16 代表的な考え方としては、八木(1963)等参照。

17 江頭(2008)123-124頁、等参照。

(16)

15

Berle and Means(1932)では、株式会社制度の発展によって少数巨大会社への経済力集中が 進み、同時に資金調達の必要性からそれらの巨大企業では多数の株主への所有の分散が進んだと 分析し、そうした株式所有の分散にともない「経営者支配」型の企業が出現し、その比率が高ま っていることを指摘した。そして「経営者支配」型の企業では、「その富の所有権とこれに関する 支配とは、同一の掌中にあることが段々少なく」なり、「少しの支配力をももたない富の所有権、

また少しの所有権ももたない富の支配なるものが、株式会社の論理的所産として出現する」と指 摘している18。その結果、株式会社の物的諸資産についての支配は、株主から経営者へと移行し、

株主はその生産物や利益についての権益を保持することにより「所有権という古い原子が、その 構成部分としての支配と利得所有権とに分解する」ことになったと論じた 19。これが「経営者支 配(マネージメント・コントロール」といわれる現象であり、Berle and Meansの主張は「マネ ジリアリズム(経営者支配論)」と呼ばれるようになった。

この主張に対して、資本主義に対する批判的立場であるマルクス経済学者から実証的研究に基 づく批判がなされた。その内でも伝統的な立場からの批判は、大資産家支配に代わる「金融資本 支配」論によるものであり、Rochester 20、Perloなどに代表される。例えばPerlo(1957)は、

米国経済は「最高の金融帝国」であり、モルガンやロックフェラーといった8大金融資本グルー プによって事実上支配されていると反論した。すなわち、巨大金融グループは、株式の分散とい う現実にも関わらず、機関株主(保険、投資信託、年金基金、信託等)による株式所有の集中が 進むことにより、それらの巨大企業が大株主として影響力を行使していると論じている21

Berle and Meansの経営者支配論は、今なお株式会社の支配構造を理解する上で極めて有名で あるが、経営者支配という考え方自体には、他の論者からも指摘がある。例えば、経済学の大御 所であるケインズ(J.M. Keynes)は1926年に発表した“The End of Laissez-Fair”『自由放任 の終焉』という論文の中で、「最近数十年間におけるもっとも興味深く、しかもほとんど注目され ていない発展の一つに、大企業自体の社会化傾向がある。大組織とりわけ大鉄道会社とか大公益 企業会社、さらにまた大銀行や大保険会社などが成長して一定点に達すると、資本の所有者すな わち株主が経営からほとんど完全に分離され、その結果、多額の利潤をあげることに対する経営 者の直接的、個人的関心はまったく副次的なものとなる。この段階になると、経営者は株主のた めの極大利潤よりも、法人組織の全般的安定と名声の方を重視する。」と指摘している22

また、日本でも田中耕太郎は、社員権否認論を展開する中で「共益権および自益権を包括する 二元的な社員権の否認は、現今企業団体の内部において企業所有と企業経営とが分離しつつある 傾向によって確かめられるものといわねばならない」と指摘する。そしてさらに「社員は漸次企 業の経営を他人に委ね、単に利益の配当を受けることに甘んずるに至る」としており、「株式会社 の株主は、株主総会の一員たることによってのみ会社事業に参与しうるが、事実において多数の 株主はこの権限を利用することがなく、全くの企業所有者たるにとどまる」と論じている23

18 Berle and Means(1932)、邦訳:.北島訳(1958)88

19 Berle and Means(1932)、邦訳:北島訳(1958)9

20 代表的な著書はRochester(1936)、邦訳:立井訳 上(1953)下(1954)

21 Perlo(1957)、邦訳:浅尾訳(1958)第三章参照。

22 Keynes(1972)p.289. 参照。

23 田中(1939)112-114頁参照。

(17)

16

2.3.2 中立的テクノクラシーとマルクス経済者からの主張

Berle and Means(1932)は、「株式会社は利潤追求企業という性格を変えた」24と指摘してい る。つまり、新しい権力者は、所有とは切り離されているため、利潤最大化動機に従う必要がな く、「厳密に中立的なテクノクラート」として「私的貪欲よりも公共政策に基づいて、所得の流れ の一部を各集団に割り当てるべき」ものと期待されることになる。したがって、彼等は利潤最大 化を追求せず有能な専門家集団として、株主・被雇用者・消費者など利害関係者(ステークホル ダー)の利益を調和させるべく企業を運営する階級超越的・階級調和的・階級中立的な存在であ ると考えることができる。

これに対して、マルクス経済学者の中からそれまでの伝統的な考え方とは視野を異にする主張 も生まれた。例えば、Baran and Sweezy(1966)は、巨大企業こそ現代資本主義を支える決定 的な経済単位であり、次のような3つの特徴があるという 25。第一に、支配権は経営陣の手に握 られていること。第二に、経営陣は自己繁殖的な集団であり、各世代の経営者はその後継者を選 択すること。第三に、資金の内部調達によって金融的独立を達成していること。そして、このよ うな典型的な巨大企業は、マネジリアリズムの言うような「良心をもった会社」でもなければ、

良心にしたがって「社会的責任」を果たそうとする階級中立的存在でもない。株式会社はあくま でも、最大限の利潤を追求し、蓄積のための蓄積を目指す現代の資本家そのものである。そして 会社の行動目標は、同時に必然的に会社経営者の個人的な目的でもあるとする。この考えは、株 式会社及び経営者の株主や金融機関からの独立を認め、その限りにおいてはマネジリアリズムの 主張を容認し、その上で会社および経営者の行動様式のなかに「資本の論理」が貫徹しているこ とを主張してマネジリアリズムの中立的テクノクラシーを批判するものと評価できる26。 また、マルクス主義経済学からフランスで発展したレギュラシオン 27の立場に立つ経済学者か らの主張も興味深い。例えばDuménil et Lévy(2003)は、資本所有者や経営者とは異なる「管 理者」層の行動が、現代資本主義を特徴づけるという主張を展開している。それによれば、19世 紀に確立された資本主義は150年の間に転換を続け、株式会社における階級構成の面で進化・変 化した結果、マルクス主義における諸命題の再定式化が必要になったと唱え、この再定式化の中 心にあるのが「所有と経営の分離」及び「管理職と職員の比重の増大」であると考える。そして、

管理職は、Berle and Meansのいう経営者支配における経営者に代わる用語であるとしながらも、

経営者と同義ではなく、管理者と職員とを含む新中間階級の概念であり、職員と労働者という階 層を支配して会社を実質的に運営する階層と理解する。それは細分化された資本家機能であり、

株式会社の巨大化や公開企業化によって生産活動に従事しない無機能資本家の増加によって、本 来は機能資本家に属していた職務を管理職が遂行することになったと解することができる、と論

24 Berle and Means1932,邦訳:北島訳(19588

25 Baran and Sweezy(1966),邦訳:小原訳(1967)21頁以下参照。

26 北原(198413-14頁参照。

27 レギュラシオン理論(“théorie de la regulation”)とは、1970年代にフランスで誕生した経済学の理論で あり、マルクス経済学の立場を継承し、経済は賃労働関係を重要な柱とする生産体制(「蓄積体制」)により規定 されると考える。

(18)

17 じている28

2.3.3 株式会社金融論からの主張

このように株式会社の所有と支配をめぐる議論は、株主による会社の所有を前提に所有と支配 の分離を認め、経営者支配論ないしは管理者支配論へと展開していくことが現代の経済学におけ るひとつの有力な流れになっている。そこで次に、株式会社と株主との関係を、純粋な意味にお ける法学的、ないしは経済学的な見地からではなく、株式会社の財務的な視点、つまり企業財務 の観点から考えてみたい。そこで「株式会社金融論」という経済学よりもファイナンス分野に近 い金融理論に関する主張を簡単に紹介する。

株式会社金融論といわれる研究領域は、かつては経営学の教科領域であった経営財務論の中に 含まれていたが、その後、経営財務論が財務管理論と呼び変えられるようになったことから、会 計学の一部と考えられるようになった。しかし、現在ではコーポレートファイナンス(企業財務 論)の中に含まれるのが自然である。

わが国における株式会社金融論の先駆者としては、会計学の専門家である馬場克三が有名であ る。馬場は財務管理論の一環として資本調達の問題を考え、株式会社制度における「所有と経営 の分離」という問題にも興味を抱き、その著書の中で株式会社の機構に触れつつ、所有と経営の 分離の問題について論じている 29。もっとも、馬場の主張のうち株式会社の資本に関する考察は、

当時の論客であった経済学者の宇野弘蔵や金融学者の川合一郎と同様に、ヒルファディング

(R.Hilferding)からの影響を強く受けているものと思われ、彼等の重要な主張の多くはヒルフ ァディングの考え方に大きく依存している。そこで、ここではヒルファディングの主張について 整理することにする。

ヒルファディングは、マルクス主義経済学者の一人であるが、19~20世紀の急激な経済発展に より金融資本という現象形態をとることとなった資本主義の著しい変化を理論的に解明したこと で知られている。つまりヒルファディングは、彼の歴史的名著である『金融資本論』(DAS

FINANZKAPITAL)30 の中で、マルクスが明確に言及していなかった株式会社と様々な金融資

本との関係について詳しく論じている。

『金融資本論』の中で特に注目すべき部分は、第二篇「資本の可動化 擬制資本」である。ヒル ファディングは、考察対象を近代資本主義的発展の主体となった産業株式会社とし、その創業株 主である産業資本家の機能変化に着目し、(一般)株主の地位について、次のような主張をしてい る 31。「(産業資本家の)機能変化は、株式会社に投下される資本に、その資本家にとって純粋な 貨幣資本家の機能を与える。貨幣資本家は、債権者としては、生産過程における彼の資本の使用 になんら関することなろがなく、すなわち、現実にはこの使用が貸借関係の必然的条件であるに

28 機能資本家及び無機能資本家という概念は、マルクスの定義によると次のように説明される。総剰余価値は地 代、利子及び企業利潤に分割される。地代は、自然資源とりわけ土地の所有者に対する報酬であり、利子は貸し 手(債権者)とよばれる資本家に帰属する。貸し手は、経営に携わることなく契約による利子報酬を得て自己の 資金を企業の処分に委ねる。これを無機能資本と呼び、マルクスはこのカテゴリーに株主を含めている。一方機 能資本家とは、自分自身の資金を投資して経営に関与する者であり、企業利潤を獲得することになる。

29 馬場克三(1978)参照。

30 Hilferding(1910),邦訳:岡崎訳(1982)

31 Hilferding(1910),邦訳:岡崎訳(1982)上巻,206-207頁参照。

(19)

18

しても、彼がただ彼の貨幣資本を引き渡して一定期間の経過後に利子とともに回収しさえすれば よいという限りでは、この使用になんら関するところがなく、したがって彼の機能は一つの法律 上の取引につきるのであるが、同様に株主も単なる貨幣資本家として機能する。」とし、さらに債 券と株式との差異については「株式形態で用立てられた貨幣資本に対する収益は、けっして、ま ったく不確定なものではない、(中略)資本主義的企業は利潤をあげるために創設される。利潤の 獲得は、そして正常な諸関係のもとでは支配的平均利潤の獲得は創業の前提である。いずれにせ よここでは株主は、貨幣資本家と同様な立場にあるのであって、貨幣資本家も、自己の債務者を 支払不能にさせないためには、やはり自己の資本の生産的価値増殖を期待せざるえないのである。

一般的に言えば、貨幣資本家(銀行などの債権者)に比して株主の不安の方がおそらく幾らか大 きいということは、株主にある程度の危険割増をもたらすであろう。」と論じている。

また、株主の投下資本回収については、次のように論じている32。「株主は、このひとたび手離 された資本をもはや回収しえない。(中略)彼はただ収益の一可除部分に対する請求権を有するに すぎない。しかし、資本主義社会では(中略)規則的に反復される収入で譲渡されうるものは、

すべて資本の利子とみなされて、支配的利子率で資本還元された額に等しい価格を与えられる。

(中略)それゆえ、株主は、彼の株式の、すなわち利潤に対する請求権の、売却によって、彼の 資本を随時回収しうる地位にあり、したがって貨幣資本家と同じ地位にある。この売却可能性は、

特有の一市場、すなわち証券取引所によって、作り出される。この市場の成立が、初めて、今や 随時個人にとって『実現されうる』ものとなる株主資本に、まったく貨幣資本の性格を与える。」

さらに、貨幣資本家と株式会社との関係については以下のような帰結に結び付けている33。「か くて自由な貨幣資本は、それが貸付資本としてのその本来の機能において確定利子付貸付への投 下を競争するのと同様に、そのものとして、すなわち利子付資本として株式への投下を競争する。

これらの種々の投下可能性をめぐる競争は、株式の価格を確定利子付投下の価格に接近させて、

株主にとって産業利潤からの収益を利子に帰着させる。したがって、この利子への帰着は、株式 制度および証券取引所の発展とともに進行する一つの歴史的過程である。株式会社が支配的形態 ではなく、株式の売買可能性が発展していない間は、配当のうちにも利子だけではなく企業者利 得も含まれるであろう。かくて、株式企業が普及する限りでは、今や産業は、産業資本へのその 転化がこれらの資本家に平均利潤 34ではなくただ平均利子をもたらしさえすればよいという貨幣 資本をもって経営される。」

ここでヒルファディングの説いた貨幣資本家にもたらされる「平均利子」という考え方は、現 在のコーポレートファイナンスの分野においては「株主資本コスト」という概念に置き換えるこ とができる。つまり、株式会社は利益配分として株主が要求する投下資本利回りを株主に提供す る必要があり、それを満たす限りにおいて、資本の市場価値は投下資本を下回ることがない。つ まり、株主は投下資本の回収が可能になる。

一方で、株式会社の「平均利潤マイナス平均利子」によって表わされる「超過利潤」は、一体

32 Hilferding(1910),邦訳:岡崎訳(1982)上巻,209-210

33 Hilferding(1920),邦訳:岡崎訳(1982)上巻,210-211

34 ここでHilferdingが使っている平均利潤とは、投下資本によってもたらされる企業利益の長期的な平均値のこ

とを指すものと考えられる。

(20)

19

どこに帰属するのであろうか。ヒルファディングはこれを「創業者利得」と定義している。つま り、投下資本100億円に対する平均利潤率が15%であり、株主の期待する収益率(平均利子率)

が10%だとすれば、それによって決定される市場株価を基礎とした株式時価総額は150億円にな

35。したがって、投下資本(100億円)を上回る50億円分が創業者利得になる。しかし、この 創業者利得という概念は必ずしも一般的な用語ではない。本来の創業者利得とは、株式会社の設 立時に出資した株主が、その持ち株を売却することによって得られる儲け(売却益)を意味する。

しかし、市場の平均利子率を上回る超過収益率によって恩恵を被るのは、創業者のみではなく、

株価が安いとき(平均利子率が安いとき)に市場で買った株主も同様のメリットを受けることが できる。

つまり、この創業者利得を現在のファイナンス理論の観点から言い直せば、株主資本コストを 上回る将来の超過利潤の現在価値、つまり「時価株主価値-株主の購入時の株主資本価値」であ り、株主の購入時の株主資本価値を会計上の簿価に置き換えれば、創業者利得は所謂「株式プレ ミアム」と等しくなる36

このヒルファディングの主張する株式会社金融論は、馬場らの主張を待たずして現在のファイ ナンス理論における企業価値評価論(株主価値評価論)に通じることになる。すなわち、第一に、

産業資本家の機能変化によって、株主は貨幣資本家(代表的には社債権者)と同様な立場になる。

第二に、株主は貨幣資本家よりもリスクの分だけ高い利子率(株主資本コスト)を要求する。第 三に、株主は証券市場において資本利子率によって還元された価値(時価株主価値)によって株 式を資金化することができる。第四に、産業資本が貨幣資本に転換することによって、企業は平 均利子(株主資本コスト)を支払えばよしとする資本をもって経営されることになる。これらの 考え方は、①配当割引モデル(DCF 法)などによる株主価値評価(企業価値評価)、②リスク・

プレミアムに応じた株主資本コストの算定、③証券市場における効率的な価格形成機能、④株主 資本コストの資本価値評価機能、という現代ファイナンス理論の基礎的理解につながる主張であ る。

2.3.4 株式会社の所有と支配を巡る議論と株式債権説

以上のように、株式会社の支配者はだれか、という問題については、株主が株式会社を支配し ているという考え方はほとんど支持を得てはいない。Berle and Meansは「経営者支配論」に立 ち、純粋なマルクス経済の流れを汲む学者達は、「巨大資本や金融資本による支配」を、またレギ ュラシオンからは「管理者層支配」が指摘され、ヒルファディングの株式会社金融論からは、上 場株式会社の一般株主は無機能資本家であり、支配者たる機能資本家とは区別される。

さて次に、株式会社の所有と支配に関する第一の問題である「株主は会社の所有者か」という 議論について考えてみたい。そもそも所有とは、物を使用・収益・処分することが可能な権利を 指す。確かに株式会社の株主は、会社の運営を委任する経営陣としての取締役やその運営を監視

35 100億円×15%=15億円の年間収益に対して、市場の要求する「平均利子率」が10%であれば、株主価値は、

15億円÷10%=150億円となる。

36 いわゆる資本コストを上回る超過収益の測定法としては、スターンスチュアートのEVAが有名であるが、それ らの現在価値(MVA)を一般に株式プレミアムと呼ぶ。またM&A会計等においては「のれん」に相当するもの と等しい。

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