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シダ植物の物質生産に基づく成長の 生理生態学的研究

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シダ植物の物質生産に基づく成長の 生理生態学的研究

Eco-physiological studies of growth on the basis of matter production in pteridophytes

2005 年 3 月

坂卷義章

(2)

シダ植物の物質生産に基づく成長の生理生態学的研究

目次

第Ⅰ章  シダ植物      

Ⅰ−1  シダ植物とは       1

Ⅰ−2  シダ植物の生活環            2

Ⅰ−3  シダ植物の生態学的研究       4

第Ⅱ章  緑色胞子の発芽に関する研究      11 第Ⅲ章  配偶体の成長と胞子体の形成に関する研究      27

Ⅲ−1  配偶体の成長と若い胞子体の成長に対する物質的貢献      27

Ⅲ−2  胞子体の数はどう決まるか      39

Ⅲ−3  配偶体の物質生産とその貢献―生活環の進行と配偶体の役割        48

第Ⅳ章  胞子体個体群の成長と維持に関する研究      68

Ⅳ−1  スギナ個体群の現存量とその動態      69

Ⅳ−2  スギナ個体群の成長と維持に対する被陰の影響      72

Ⅳ−3  生育期間中の被陰の炭水化物経済に対する影響      83

Ⅳ−4  スギナの栄養繁殖に対する貯蔵茎と地下茎断片の貢献      90

Ⅳ−5  物質生産から見たスギナの生活史戦略―人里雑草としての特徴      96

第Ⅴ章  総括:陸上植物の進化におけるシダ植物の位置と生態学的研究125 謝辞      129 引用文献      130

(3)

第Ⅰ章  シダ植物

Ⅰ−1  シダ植物とは

  一般に、陸上植物はコケ植物からシダ植物を経て種子植物に進化したと考え られている(加藤  1997)。この、陸上植物の進化に関しては古くから形態学的、

系統学的な方面から研究されている(湯浅  1954)。しかし、コケ植物からシダ植 物への進化の過程には化石や形態の上から異論もある(井上  1974、西田  1977)。Hofmeister(1851)は、コケ植物とシダ植物では配偶体と胞子体の二つの 体(世代とよばれる)が交互に現れる世代交代とよばれる現象を明らかにした。

この世代交代に基づいて両者の進化を考えることが、これまでの系統学の大き な流れであった。配偶体が胞子体に進化したと考える新生説(Antithetic theory) と、胞子体は配偶体の変形にすぎないとする相同説(Homologous theory)である (Goffinet 2000)。前者の説は、Bower(1908)以来、多く唱えられ、Bower はこ れによってコケが陸上植物の祖先型であるとした(井上  1974)。後者の説では、

配偶体と胞子体が相同な植物体から分化したと考えるため、配偶体と胞子体が 同形のマツバランまたはその類似植物(シダ植物)と想定される原始陸上植物か ら の 進 化 の 方 向 が コ ケ と シ ダ で は 異 な っ た と 考 え る こ と に な る (Zimmermann1932、井上 1982) 。この考え方によれば、陸上植物の祖先型は シダ植物ということになり、このことからコケ植物はシダ植物からの退行進化 であるとする説が発展した(Goffinet 2000)。

遺伝子の解析が可能になった1990年代以降は、DNA分子の解析によって系 統を調べることが主流になった。加藤(2000)は分子系統による陸上植物の進 化の諸説をまとめている。これによれば、様々な遺伝子による解析結果は必ず しも一致していないが、多くはコケ植物がシダ植物を含む維管束植物の系統と 早期に分かれたことを示している。現在でも、5SrRNAとATPアーゼβの系統

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解析からコケ植物はシダ植物からの退行進化である、とする説(堀と吉永  1992) もあるが、一般的には、コケからシダへという考え方が受け入れられており、

本論文でもこれに従う。

シダ植物は胞子で増えるという生殖的特徴と、維管束を持つという栄養的特 徴を兼ね備えた群として他の陸上植物から区別される(西田  1984、加藤  1997)。さらに、生活環の特徴も他の植物群との区別点になるが、これについて は次項(Ⅰ−2)で述べる。また、シダ植物は単系統ではなく、いくつかの起 源の異なった植物群が類似の生活環を持つことによって、見かけ上まとまった ものである、という考えがとられている(Smith 1955、浅間  1977、西田  1977、 1984)。現生のシダ植物門は、マツバラン類(綱)、ヒカゲノカズラ類(綱)、トクサ 類(綱)と狭義のシダ類(綱)の 4 つに分けられると考えられてきた(Gifford と Foster 1989)。前の三者はシダ植物門とは別の植物門に分類される場合も多く、

まとめて下等シダ類あるいはシダ類似植物とよばれることがある(表Ⅰ−1、伊藤 (1973)による)。また、狭義のシダ植物を胞子嚢の形成様式や胞子の性質によっ てさらに真嚢シダ、薄嚢シダ(もっとも普通のシダ類)、水生シダ(異型胞子)の三 つに分ける場合もある(Boldら 1980)。さらに、DuckettとLigrone (2003)は配 偶体と胞子体の接続の形が薄嚢シダ類とその他のシダ植物では違っていること を報告している。このように、シダ植物は分類系統学上では、複雑な植物群で あるが、本研究では、Pryer ら(2001)に基づいて下等シダ類を含め、すべてを シダ植物として扱うことにする。

Ⅰ−2  シダ植物の生活環

  図1−1 に一般的なシダ植物の生活環を示す。下等シダ(シダ類似植物)を含め た大多数のシダ植物は同型胞子シダとよばれ、胞子には雌雄の差がなく、基本

(5)

的に両性の配偶体になる能力がある。一部の水生シダとヒカゲノカズラ類は、

胞子に大小があり大胞子は雌性、小胞子は雄性の配偶体を形成する。本研究に 使用したシダ植物は全て同型胞子シダなので、本論文の中ではこの仲間のみに ついて言及する。

  シダ植物の普通に見られる体は胞子体である。シダ植物の胞子体は、原則と して葉の裏側に胞子嚢を形成し、その中で減数分裂が行われて核相が n の胞子 が作られる。胞子嚢の裂開によって放出された胞子は、環境が適当であれば発 芽し、小型で、器官が未分化のコケに似た植物体を形成する。この体が配偶体 で、シダ植物門では特に前葉体とよばれることもあるが、本論文では他の植物 門にも共通する配偶体の呼称を用いる。配偶体は光合成による独立栄養で成長 し、最も一般的なシダ綱の多くの種ではハート型の植物体に発達する。通常の 場合、配偶体は小さく、長さ、幅とも5mm 程度であり、1〜数層の光合成組 織と裏面に叢生する仮根のみからできている。ある程度の大きさに育った配偶 体は成熟し、その裏側に造精器、造卵器を形成する。多くのシダ植物の配偶体 は両性になる能力を持つが、早く育った個体が、造卵器を形成する頃に他感物 質(アンセリディオーゲン)を出し、周囲の他個体に小型のまま造精器を形成 させて、雄性配偶体に留める事も知られている(Näf 1956、1979)。このため、

野外の配偶体集団は雌雄の単性と両性の個体を含んでいることが普通である

(Schnellerら1990)。両性になった配偶体でも、原則として自家受精は避けら

れているものが多い(Lloyd 1974)が、必ずしも絶対ではない(Klekowski 1979)。

受精した卵細胞は分裂して胚となり、胞子体を形成して造卵器から外に成長し 始める。造卵器内には配偶体と接続するフット(Foot)とよばれる組織ができ、境 界面に分布する転送細胞が能動輸送によって胞子体に物質を転流する(加藤

1964)。胞子体は、普通、葉が先に形成され、続いて根が伸張する。葉が数枚展

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開したころに配偶体は枯死し、胞子体が独立する。胞子体は成長して、通常見 られるシダの姿になる。胞子体は種子植物と同様の維管束植物であり、根、茎、

葉の各器官が分化して陸上植物としての形態が確立している。

シダ植物門では、生活環に見られる配偶体、胞子体の両方の世代が光合成に よって独立栄養で生活し、それぞれの世代が繁殖することに特徴がある。他の 陸上植物の生活環では、コケ植物は通常の体が配偶体である。コケ植物の胞子 体は雌の配偶体に栄養的に寄生(苔類)または半寄生(蘚類、ツノゴケ類)す る形で短期間現れ、胞子を散布した後には枯れる一時的な体である。これに対 して、種子植物では通常の体は胞子体であり、配偶体は受精のときに花粉管、

胚嚢の形で花の中に現れるだけである。シダ植物は、陸上植物の中で唯一、両 世代が独立栄養で生活することから、コケ植物から種子植物への陸上植物の進 化の過程を考える上で重要な植物群であるとされている(Bell 1979)。

Ⅰ−3  シダ植物の生態学的研究

シダ植物は形態学的には早くから研究され (Luerssen 1879)、生活環なども Hofmeister(1851)などによって明らかにされた。日本でも初期の研究は形態学 的なものが多く(柘植  1887 など)、生活環の研究は久保田(1887)が最初と見ら れる。生態学的な視点の研究は、分布に関するものが多い(Page 1979)が、全体 としては形態学や生理学などに比べて多くない。生理生態学的な実験研究にも いろいろな視点のものがあり、シダ植物の生活環の複雑さから取り扱われる生 育段階もいろいろであるので、これまでの研究史の詳しい内容はそれぞれの章 でふれることにする。

図Ⅰ−2にシダ植物の初期成長のフローチャートを示す。本論文では、植物 の基本的な生活様式である光合成による物質生産の観点から、シダ植物の生活

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環の中の節目である(1)胞子の発芽、(2)配偶体の成長と受精による胞子体の 形成、(3)胞子体個体群の成長と維持、の3点について行った研究の結果につ いて述べる。

胞子の発芽に関するものは、かなり早くから発芽条件の解析(Hartt 1925, Okada 1929) や、胞子成分の分析(Gullvåg 1969)などの研究が行われてきた。

発芽に際しての胞子の光受容に関しては、Towillら(1973、1980など)により一 連の研究が行われた。近年では発芽に伴う細胞の構造(Gantt と Arnott  1965) や物質面での変化(Inoueら1992)などが研究されている。

胞子が発芽してできる配偶体世代は形態学的には多くの研究があり、日本産 の種については百瀬(1967)の集成がある。しかし、その生態学的研究は、野外で の出現頻度の不安定さと分類形質の少なさなどの理由から著しく少なく、主に 培養条件下で研究が行われてきた(Sheffield 1994)。Pickett (1914)の配偶体の生 存と光、水分環境に関する研究がその初期のものである。その後、Mottier

(1925,1927) は過熟配偶体の成長から配偶体の時期にも栄養生殖が想定できる

ことを示し、Albaum(1938a,b)は配偶体の成長と胞子体形成の関係をオーキシン による頂芽優勢と関連させて考えた。1960年代には、配偶体の成長と胞子体形 成の生理学的研究が多く行われた(WhittierとSteeves 1962など)。近年になっ て光形態形成の研究が多く行われ(SwamiとRaghavan 1980、Kawaiら2003)、

光受容のための構造の点から配偶体 の形態を考える理論的研究(Cooke と Racusen 1988)も行われた。しかし、物質生産研究の基礎になる配偶体の光合成 速度と呼吸速度に関する研究は、植物体が小さいことから測定が困難であり、

現在に至るまでほとんど行われていない(Friend 1975、HagarとFreeberg 1980、

Martinら1995)。特に、成長によるそれらの変化を扱ったものはほとんどなく

(Ongら 1998)、胞子体形成との関係については、SakamakiとIno (1999)以外、

(8)

皆無である。また、光合成速度、呼吸速度を基礎にして配偶体の物質生産につ いて行った研究も、本研究以外には見られない。

  これに対し、胞子体に関しては有性生殖以外は種子植物と同じ考え方で研究 できるため、農業などにかかわる一部の種については早くから個体群の研究が 行なわれた。日本でも、個体群の現存量や生産構造を扱った研究に安藤と竹内 (1967)、Maeda(1969)などがある。特に、ワラビ(Pteridium aquilinum (L.)

Kuhn.)については、牧草地などの雑草としてヨーロッパを中心に研究が進んで

いる(Conway 1953、Marrs ら1993、など)。これらは個体群の成長や拡大の様 式についての研究が主流であり(Oinonen 1967a、b)、それらの中に光合成によ る物質生産的な視点や生産物の転流に関する内容が含まれるものもあった

(WilliamsとForey 1975)。これに反して、ワラビ以外のシダ植物の光合成や 物質生産に関する研究は少なく、光合成速度については、BöhningとBurnside

(1956)が陰生植物の一例としてあげているが、これはシダ植物を意識してのもの

ではなかった。シダ植物としての光合成速度の測定は Maeda(1969)、Friend (1975)、HagarとFreeberg(1980)、Prangeら(1983、1984)、Nobelら(1984)、 Bauer ら(1991)、Martin ら(1995)、Grataniら(1998)などの、様々な視点から の研究の中で現れるが、それぞれが研究材料とした種のある特定の葉について の測定であり、多種の光合成速度を測定して環境条件と比較しているのは LudlowとWolf (1975)、Hollinger (1987)だけである。また、前田(1978)は数種 のシダ群落の葉群の構造と物質生産の関係をまとめている。

シダ植物はコケ植物や藻類に近い葉状植物の配偶体と、種子植物に近い維管 束構造を持つ胞子体の二つの体を持つため、その分布はそれぞれの世代が環境 から受ける影響とそれに対する成長によって決められる(前田1978、Page 1979)。 この両世代に対する淘汰圧の違いは、耐乾燥性や耐凍性などとあわせて、様々

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な環境下でのシダ植物の生活を考える上で重要であり、両世代がその共通の基 礎である光合成による物質生産をどのように環境に対応させているか、を知る ことはシダ植物の分布や陸上植物の進化を考える上で重要な視点となると考え られる(加藤  1999)。本論文は、この視点でシダ植物の生活を解析していくこと を目的とした。

 

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図1−1 シダ植物の生活環      岩槻  (1992)

(11)

図Ⅰ−2シダ植物の初期成長のフローチャート

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表Ⅰ−1  シダ植物(門)の分類

Ⅰ.マツバラン類(綱)

      1、マツバラン目

      マツバラン科−マツバラン

Ⅱ.ヒカゲノカズラ類(綱)

      2、ヒカゲノカズラ目

      ヒカゲノカズラ科−ヒカゲノカズラ、トウゲシバ       3、イワヒバ目

      イワヒバ科−イワヒバ、クラマゴケ       4、ミズニラ目

      ミズニラ科−ミズニラ

Ⅲ.トクサ類(綱)

      5、トクサ目

      トクサ科−トクサ、スギナ

Ⅳ.シダ類(綱)

      6、ハナヤスリ目

      ハナヤスリ科−ハナヤスリ、ハナワラビ       7、リュウビンタイ目

      リュウビンタイ科−リュウビンタイ       8、ゼンマイ目

      ゼンマイ科−ゼンマイ       9、シダ目

      フサシダ科−カニクサ  ウラジロ科−ウラジロ       コケシノブ科−コケシノブ  ワラビ科−ワラビ       ミズワラビ科−ミズワラビ  シノブ科−シノブ       キジノオシダ科−キジノオシダ  ヘゴ科−ヘゴ       オシダ科−ヒメシダ  シシガシラ科−コモチシダ       チャセンシダ科−オオタニワタリ 

ウラボシ科−ノキシノブ  シシラン科−シシラン         10、デンジソウ目

      デンジソウ科−デンジソウ         11、サンショウモ目

      サンショウモ科−サンショウモ       アカウキクサ科−アカウキクサ

      伊藤(1973)より一部改変

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第Ⅱ章  緑色胞子の発芽に関する研究

  シダ植物の生活環は胞子から始まる。胞子の発芽には様々な条件があること が古くから報告されている(Hartt 1925)が、特に光の刺激はそのエネルギーとし ての強度、信号としての波長などが重要な影響を与えるとされる(石川と大房 1954、TowillとIkuma 1973)。ここでは物質生産に関するエネルギーの観点か ら緑色の胞子の発芽と光合成、呼吸について行った研究について述べる。

  多くのシダ植物の胞子は黒色の周皮を持ちクロロフィルを含まないが、トク サ科、ゼンマイ科などの胞子はクロロフィルを含んでいる。クロロフィルを含 む胞子は光照射条件下ではクロロフィルを持たない種の胞子より発芽が早いこ とが報告されている(LloydとKlekowski.Jr 1970)。

しかし、このような緑色胞子の寿命は短い。普通、これらの寿命は放出後1 ヶ月以内であり、乾燥によって更に短くなる。Lebkuecher (1997)はトクサ (Equisetum hyemale)の胞子を用いて、乾燥期間と吸水後の光合成能力の変化を 蛍光強度の測定によって調べた。乾燥期間が2週間を超えると光合成能力の回 復が起こらなくなることを示し、このことから、トクサが湿地に限って分布し ていることを説明した。彼は、同属のスギナが乾燥地に分布するのは胞子によ る繁殖の結果ではなく、胞子体の栄養生殖によるものとしている。ゼンマイ科 も緑色の胞子を持つが分布は水湿地に限られず、トクサ科と異なり地下茎によ る繁殖も盛んではない。日当たりの良いところでは、胞子に由来すると考えら れる幼個体が見られることから、胞子からの繁殖が起こっていることが推察さ れる。三井(1978)は、この緑色胞子には何らかの生態学的意味があると述べてい るが、その内容は明確にはされていない。Gantt と Arnott(1965)は周皮は黒色 ながらクロロフィルを持つMatteuccia struthiopterisの胞子を用いて、発芽時 における細胞の分裂と形態的な分化をもとに、それぞれの細胞に含まれる貯蔵

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物質の組成の変化と分配を調べた。その結果、クロロフィルは配偶体の中で特 に前葉体細胞とよばれる同化細胞側に含まれており、その後の成長に貢献する ことがわかった。彼らは、貯蔵物質が重要なのは前葉体細胞と仮根細胞が分か れる2細胞期である可能性が高いと考えた。

本研究では、物質生産の面からゼンマイ(Osmunda japonica Thumb.)におけ る緑色胞子の発芽と、胞子と配偶体の光合成能力を測定し、これらが発芽以後 どのような経時的変化をたどるかを調べた。これに基づいてクロロフィルを持 つ胞子の特徴とその意義を調べるのが本章の主題である。

  実験には主としてゼンマイ(Osmunda japonica Thumb.)の胞子を用いた。本 種は日本全土を含めたアジア地域に広く分布する。日本では主に平地から山地 にかけての林下に普通に生育している(岩槻  1992)。株立ちになり、春に栄養葉 に先駆けて胞子葉を展開する。胞子葉は胞子嚢を密につけ光合成をする葉身を 持たず、胞子放出後すぐに枯死する。胞子は周皮が無色で内部にクロロフィル を持つ緑色胞子である。比較のため、周皮は黒色で内部にクロロフィルを持つ リョウメンシダ(Archniodes standisii (Moore) Ohwi)と周皮は黒色でクロロフ ィルを持たないヒメシダ(Thelypetris palustris (Salisb.) Schott) の胞子も用い た。

  2001年4月14日に早稲田大学大隈庭園(北緯35度39分、東経139度44分) 内のゼンマイから胞子葉を採取した。胞子葉を紙袋に入れ室温で 3 日間風乾し て胞子を落下させた(「4.14」胞子とする)。「4.14」胞子の一部を4月18日からシ リカゲル入りの缶に入れ、1ヶ月間乾燥保存した(「4.14乾」とする)。同じ個体か ら4月18日に再び胞子葉を採取し、風乾して4月21日に胞子を採取した(「4.18」

胞子)。4 月 14 日に採取した胞子葉の一部をそのままビニール袋に入れて 5 月 14日まで冷蔵庫に保存し、5月14日に室温で風乾して5月18日に胞子を集め

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た(「5.14」胞子)。また、2003年4月にも同個体から胞子を採取した。

2003年4月15日に取った胞子を9 cmシャーレ内の蒸留水で湿らせたろ紙上 に播き、白色蛍光灯による光量子密度(PFD)180 µmol m-2s-1 (LICOR LI -188, Lincoln, NB, USA)、25℃で12L-12Dと24Dの二つの光条件で培養をして10日 目まで毎日 1 回発芽率を測定した。100 倍の顕微鏡下で毎日1シャーレ当たり 100個以上の胞子を数え、そのうち仮根が胞子外に伸びているものを発芽胞子と した。

表Ⅱ−1  培地の組成       

         

Knop 液      Boysen−Jensen液 

多量要素  含有率(g/l)    微量要素  含有率(g/l) 

Ca(NO3)2・4HO  1.000    BO 0.600 

MgSO4・7H2 0.250    MnCl・4H2O  0.400 

KH2PO4 0.250    ZnSO・7HO  0.050 

KCl  0.120    CuSO・5HO  0.050 

FeCl3 0.005       

両液を1000:1に混合         

寒天  20g/lで固形化       

       

また、2001年4月21日に少量の「4.14」胞子を9 cmシャーレ内のクノップ

‐寒天培地(表Ⅱ−1)に播き25℃、12L-12Dの条件で培養して発芽率を調べ た。光条件は黒の寒冷紗を使って、光量子密度(PFD) を165、30.3、1.4、0.74、

0.38 µmol m-2s-1の5段階にした。

2001年4月21日に「4.14」胞子約100 mgずつを10 cm2のグラスフィルタ ーに載せ、酸素電極(Hansatech DW2, King’s Lynn, UK)を用いて1試料ごとの

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酸素交換を測定した。180 µmol m-2s-1PFD、25℃、12L-12Dの条件下で培養し な が ら 1 日 か ら 3 日 の 間 隔 で 2 週 間 に わ た っ て 測 定 を 行 っ た 。 照 射 光 は Hansatech LS2 を 用 い 、 光 合 成 曲 線 を 作 成 し た 2 試 料 を 除 い て 1400µmolm-2s-1PFDと暗黒条件(呼吸測定) 、温度は20℃とした。光合成曲線は 附属のガラスフィルターを用いて100~400 µmol m-2s-1ごとの光強度を段階的に 作って作成した。測定後は試料を凍結乾燥し、乾燥質量を測定した。また、未 展開(胞子を含む)胞子葉の羽片と未展開栄養葉の羽片 3 枚ずつについても個別 に酸素交換を酸素電極を用いて測定した。

  酸素測定に用いた試料と同様に調整した試料を用いて、光合成に関する蛍光 測定を行った。5月19日に「4.14」、「4.14乾」、「4.18」、「5.14」胞子を用いて 光 合 成 収 率 ア ナ ラ イ ザ ー (MINI PAM, Hainz Walz, GmbH, Effeltrich,

Germany)によって光化学系Ⅱの活性の指標になるΔF/Fm’ を蛍光で測定した。

風乾状態のそれぞれの胞子について測定した後、これらの試料に蒸留水を与え て湿らせた。普通、量子収率を測定する場合は30分程度暗黒下に試料をおいて から光照射して測定する。本実験では胞子散布に伴う環境変化に対する光合成 活性の短時間の変化を知るために、給水後の最初の数分は 2~5 分の間隔で測定 を行うので暗期をとることができなかった。そのため、連続光の照射下で量子 収 率 の 代 わ り に 光 合 成 活 性 の 変 化 を 追 う こ と の で き る(Schreiberら 1994) ΔF/Fm’ を用いた。この試料を 16 個作り、4 個ずつ 9 cmシャーレに入れて 180µmol m-2s-1 PFD、25℃、12L-12Dの培養器内に置いて4日間に渡って測定 を行った。

乾燥した胞子および発芽した胞子を凍結乾燥し、非構造性炭水化物(デンプ ン、スクロース、グルコース;以下は炭水化物と表現する)含有率をKumeらの 方法(後述)により測定した。2000 年には野外個体から採取した胞子および未展

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開の胞子葉と栄養葉の羽片各 3 枚について測定をした。また、乾燥保存してあ った 1年前と 2 年前に採取した胞子及び比較のためにリョウメンシダとヒメシ ダの胞子についても測定した。2003年には180 µmolm-2s-1PFD、25℃、12L-12D の培養条件下と暗黒下のゼンマイとヒメシダの胞子について、乾燥時から吸水 後1週間まで1~2日ごとの試料について炭水化物含有率の経時的な変化を測定 した。

非構造性炭水化物濃度の測定はKume ら(1998)に準拠した。凍結乾燥した植 物体をコーヒーミルを用いて粉末にした。約10 mgの粉末を再乾燥後、0.1 mg まで精秤し 50 ml のガラス瓶に入れた。粉末に 80℃の 80%(v/v)エタノールを

11 ml加え、15分間震盪し、その後15 分間1000×gで遠心分離した。上澄み

をピペットで分離した。この操作を 2 回繰り返し可溶性糖を取り出した。35℃ のロータリーエバポレーターで抽出液から溶媒を完全に除き、1 mlの蒸留水で 残渣を溶解し、糖(グルコース、スクロース)試料とした。沈殿は室温で風乾し、

0.9 mlの蒸留水を加えて80℃で30分間抽出を行った。その後15分間1000×g で遠心分離した。次に0.1 mlの2%アミログルコシダーゼ(Boehringer社製)を 加えて室温で30分以上デンプンの加水分解を行い、得られたグルコースをデン プン試料とみなした。測定はバイオケミストリー・アナライザー(YSI Model 2700 Select, Yellow Springs社製)を用いて酵素膜法 (グルコース膜;YSI 2365、

スクロース膜;YSI 2703) で行った。

測定された003年の発芽率を図Ⅱ−1 に2 示す。発芽は胞子散布後3日で始 まり5日目にほぼ終了した。

図Ⅱ−2に光条件の異なる各シャーレの発芽率の変化を示す。ここでは3日目 に発芽が見られ、165 µmol m-2s-1PFDの場合は4日目までに60%の発芽率があ り11日目には100%に達した。30 µmol m-2s-1 PFDでは発芽は遅れたが11日目

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には100%になった。これ以下の光条件では最終発芽率が低かった。

図Ⅱ−3に胞子の給水後の乾燥質量あたりの酸素交換速度の時間変化を示す。

乾燥した状態の胞子は酸素交換はしなかった。酸素吸収速度(呼吸速度)は給水1 時間後に最も高く、200時間の間に次第に低下した。酸素放出速度(光合成速度) は最初の5時間ほどは0.1µmol O2 g-1 s-1程度だった。この後も光合成速度は呼 吸速度より低かったが次第に上昇し、50時間後には呼吸速度とほぼ同じになっ た。この後、光合成速度は呼吸速度より高くなった。

図Ⅱ−4に胞子葉と栄養葉の羽片の酸素交換速度による光−光合成曲線を示 す。栄養葉の光−光合成曲線は一般的な植物の葉と同型であったが、胞子葉の 光合成能力はきわめて小さく、強光時にわずかに呼吸を上回る程度であった。

胞子葉においてクロロフィルを含む部分は胞子だけであるため、胞子葉の光合 成速度は胞子の光合成速度であると言える。これに対して呼吸速度は胞子葉組 織の呼吸も加わっている。

蛍光強度で測定されたゼンマイの「4.14」胞子の光化学系Ⅱの活性の指標

ΔF/Fm’の推移を図Ⅱ−5に示す。乾燥した胞子ではこの値は0.2以下と低かっ

たが、給水2分後には0.3~0.4となり、5分後には0.5前後になった。この値は 1 日後には約 0.7 まで上昇し、4 日後には 0.8 近くになった(データは省略)。4 月 14 日から約 1 ヶ月間乾燥保存した「4.14 乾」胞子は、乾燥せずに冷蔵した

「4.14」胞子や「4.18」胞子、5月14日まで葉ごと冷蔵してから取り出した「5.14」 胞子より有意に低く、120分以内には回復しなかった。また、この胞子は結局、

発芽しなかった。

図Ⅱ−6(a)に3種のシダの胞子に含まれる非構造性炭水化物(デンプン、スク ロース、グルコース;以下、炭水化物と略す)の乾燥質量あたりの含有率を示す。

ゼンマイでは胞子採取直後(OJ0)、1 年間(OJ1)および 2 年間(OJ2)乾燥

(19)

保存した胞子の含有率を示した。ゼンマイとリョウメンシダ(AS)はクロロフィ ルを含む胞子であるがこれらはスクロースの含有率が高かった。ゼンマイでは 乾燥保存された胞子の非構造性炭水化物含有率は 2 年後でも変化しなかった。

ヒメシダ(TP)はクロロフィルを含まない胞子であり、量は測定していないがす りつぶした際に脂質を多く含むことが観察された。図Ⅱ−6(b)はゼンマイの胞 子と胞子散布前の胞子葉(胞子を含む)、胞子散布後の胞子葉、栄養葉のそれぞれ の炭水化物含有率である。胞子葉は葉の組織があるため質量あたりの含有率は 胞子そのものより低かったが、グルコース含有率が胞子より高かった。散布後 の胞子葉はスクロース含有率が大きく低下し、未展開葉に含まれたスクロース は主に胞子に含まれていたことが示された。

図Ⅱ−7は胞子の発芽に伴う炭水化物含有率の給水後 9 日目までの変化であ る。ゼンマイ胞子では給水後から急激なスクロース含有率の低下が起こり、デ ンプンがわずかに増加した。この変化は給水後1日目で大きく変化し、以後の 変化は小さくなった。また、デンプン含有率は 2 日目以後低下した。スクロー スも4日目以降は1%以下になった。この変化には光の有無による有意差はなか った。ヒメシダではデンプン、スクロースとも最初から含有率が低く、この期 間では時間の経過による大きな変化は見られなかった。

クロロフィルを持つ胞子の発芽は一般に黒色の胞子より発芽が早いとされて いる(LloydとKlekowski.Jr 1970)。本実験では前者に属するゼンマイ胞子の発 芽は給水後3日以降に起こった(図Ⅱ−1)。この発芽の進行は給水後の照射光 強度に影響された(図Ⅱ−2)。胞子採取後の風乾の期間が長くなるにしたがって、

枯死して変色した胞子の割合が多くなることが観察された。胞子の発芽の制御 機構に関しては多くの報告があり、フィトクローム、カルシウムイオン、貯蔵 タンパク質など(菅井 1990、Inoue 1995)が要因とされている。胞子の発芽は積

(20)

算光量と関係があることが図Ⅱ−2の光が強い場合の曲線から見られるが、同 様の現象をコウヤワラビで報告しているTowillとIkuma (1973)、 Towill (1980) によれば、光の波長によって発芽反応の強さが異なるため、この場合の光の受 容体はフィトクロームであり光合成には関係がないとされている。また、コウ ヤワラビの発芽率は温度で変わることも報告されている(Hartt 1925、伊藤ら 1972)。Fischer と Shropshire (1979)は発芽は暗黒下でも起こるが、エチレン によって阻害され、この阻害が光によって解除される際の反応の強さが光の波 長に影響されるとしている。

次に、信号としての光(古谷ら 1981)より、光合成のエネルギーとしての光に 重点を置いて考察する。本研究の酸素交換による光合成測定の結果から(図Ⅱ−

3、4)ゼンマイの胞子は胞子葉の中にあるときから光合成をしていることがわ かった。このことから、強く乾燥しなければ胞子は放出時から物質生産を行っ ていると推測される。蛍光測定により風乾状態の胞子には光化学系の反応は見 られない(図Ⅱ−5)が、給水して2分後には光化学系Ⅱの指標となる蛍光の上昇 が見られ、その後も ΔF/Fm’ は上昇を続けた。Lebkuecher (1997)は胞子の乾 燥期間が長くなると光化学系の回復が困難になるため発芽できなくなるとして おり、そのためトクサは湿地から出られないとして胞子の光合成を重視してい る。本研究においては、1ヶ月間乾燥したゼンマイの胞子は光化学系Ⅱの回復 が2時間以内には起こらず、その後も発芽しなかったことから、ゼンマイの胞 子はトクサと同様に乾燥に弱いことが示された。給水2日後には純酸素放出速 度(純光合成速度)は酸素消費速度(呼吸速度)より大きくなりプラスの物質生産が できる状態になった。この2日目は発芽率の測定からは発芽により配偶体細胞 が周皮外に現れる時期にあたり、胞子嚢からの放出前から継続していた胞子の 光合成から配偶体の物質生産に移る時期と考えられる。Gullvåg (1968)はスギナ

(21)

の胞子は胞子形成の時期から電子伝達系を含む葉緑体の構造を持っており、吸 水によって葉緑体の分裂が盛んになるが、グラナの密度は胞子の時期のほうが 大きく、これに対し、黒色胞子のワラビでは吸水後からクロロフィルの形成が 始まると報告している。

炭水化物含有率から見た緑色胞子の黒色胞子に対する特徴は、スクロースの 含有率が非常に高いことである(図Ⅱ−6)。周皮が黒色でありながらクロロフィ ルを持つリョウメンシダの胞子でも同様であった。これに対し、クロロフィル を持たないヒメシダの胞子では多量の脂質の含有が観察され、スクロースの含 有率は非常に低かった。Gemmrich (1977)は黒色胞子に比べてゼンマイ属の胞 子は脂肪の含有率が極端に少なく、脂肪酸の構成も違っていることを報告して

いる。 Gullvåg (1969)によれば緑色胞子を持つトクサ属でも脂質の含有率は低

く、黒色胞子は脂質の含有率が高い。そして、トクサ属に特有の貯蔵物質はリ ポタンパクであり、直接細胞の単位膜になることが特徴とされ、ゼンマイの胞 子は黒色胞子とトクサ属の中間の性質を持つとしている。これは Okada(1929) の各種の胞子の含水率と休眠性の研究に基づく推論であり、直接の成分分析で はない。ゼンマイ胞子のスクロース含有率は乾燥状態で保存すると2年たって も減少しなかったが、新鮮な胞子に給水すると1日以内にスクロースが大きく 減少し、デンプンが増加した(図Ⅱ−7)。Towill (1980)は、コウヤワラビでは胞 子内のスクロースがデンプンに変わり蓄積することが胞子発芽の刺激であると している。ゼンマイの胞子でもTakenoとInoue (1992)によれば発芽と光合成は DCMUで光合成を阻害しても起こることから、発芽と光合成は関係がないとさ れ、発芽しない胞子にはデンプンが貯まることも報告されている(Inoueら1992)。

スクロースとデンプンの増減の過程は本研究でも同じであった(図Ⅱ−7)。給水 2 日目まではスクロースの低下にともなうデンプンの上昇には逆の関係が見ら

(22)

れたが、Towill (1980)、Inoue(1992)などではこれはスクロースからデンプンへ の直接の変換であるとしている。TowillとIkuma (1973)は、コウヤワラビで光 照射に伴う呼吸の上昇をスクロース、デンプンの変化とあわせて報告している。

光合成をしない黒色の胞子や、クロロフィルがあっても周皮が黒い胞子の場合 と違って、胞子嚢や周皮が無色で、胞子の段階から光合成をしているゼンマイ の場合は胞子嚢からの放出による受容光の変化は小さく、炭水化物の構成を変 換する反応が起こるきっかけは吸水による細胞分裂の開始であると考えられる。

また、本研究で調べた光合成生産にかかわるいろいろの要素はすべて胞子の発 芽時期である 2 日目に転換点を示している。発芽は緑色胞子としての限定され た状態から配偶体の成長に変わる時である。しかし、この間の胞子のエネルギ ー源は貯蔵タンパク質であるという研究があり(Inoueら1995)、スクロースが 必ずしもエネルギー源であるとはいえない。コウヤワラビの発芽した配偶体で は炭素、水素、酸素の割合から胞子の貯蔵脂質が炭水化物に変わることが推定 されている(WayneとHepler 1985)。2日目以後の成長に伴って細胞の増加が起 こっても炭水化物の含有率が低下することから、これ以後は配偶体で一定の物 質生産が行われているにしても、貯蔵炭水化物も使われていることが推定でき る。しかし、黒色胞子のDryopteris paleaceaでも光照射後2日目にはクロロフ ィルが形成されることが報告されており(Scheuerlein ら 1988)、光合成開始ま でのこの程度の時間差はその後の成長には特に有利な影響を持たないとも考え られる。黒色胞子は乾燥状態で通常 1 年以上の寿命があるが、緑色胞子は数日 から2ヶ月程度の寿命しかなく、乾燥によってさらに短命になる。Gullvåg(1969) は、緑色胞子がもつ細胞としての性質は、非休眠性や生理反応の継続など栄養 体の細胞に近い、としている。本研究からも光合成の継続性などこの考えを支 持する結果が得られた。緑色胞子の特徴とされる早い発芽は、この性質によっ

(23)

て起こっていると考えられ、寿命の短さもその非休眠性の結果であることが推 察された。植物の個体群維持のためには繁殖体が土壌中に休眠状態で存続する ことも大きな要素になる。種子植物のシードバンクと同様に野外のシダ個体群 に胞子バンクが存在することには、肯定(DyerとLindsay 1992, Sheffield 1996)、

否定(Grime 1985)両論があるが、緑色胞子ではこれまでに述べた性質から胞子

バンクは存在しないと考えられる。このことは現在の緑色胞子シダの生態的分 布に影響を与えていることが推察される。

(24)

       

0 2 5 5 0 7 5 1 0 0

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 0 1 1

Days

Germination rate (%)

図Ⅱ−1  2003年の発芽率。□は 12L-12D、■は暗黒条件下のものを示す。測 定値の縦線は標準誤差(n=3~4)を示す。

       

0 25 50 75 100

0 5 1 0 1 5 2 0

Days

Germination rate (%)

図Ⅱ−2  2001 年胞子の培養PFDを変えた場合の発芽率の推移。シンボルは

□:165、◇:30.3、○:1.4、△:0.74、▽:0.38 µmol m-2 s-1のデータを示す。

光周期は全て12L-12Dである。

(25)

0.5

0.4

0.3

0.2

0.1

0 0

0.1 0.2 0.3 0.4 0.5

0 50 100 150

O2 Evolution rate (µmol g-1s-1)

200

Hours after watering

O2 Consumption rate (µmol g-1s-1)

図Ⅱ−3  2001年胞子の給水後の酸素交換速度の時間変化。□は酸素放出(光合 成)、■は酸素吸収(呼吸)を示す。

         

0 5 0 0 1 0 0 0 1 5 0 0 - 0. 2

- 0. 1 0.0 0. 1 0. 2 0. 3 0. 4

PFD (µmol m-2 s-1) O 2 Exchange rate (µmol g-1 s-1 )

Sterile leaf

Fertile leaf

Fertile leaf

図Ⅱ−4  展開前(2000年4月21日)の胞子葉と栄養葉の光―光合成曲線。シン ボルは◇、○:胞子葉、□:栄養葉の各3羽片を示す。

(26)

         

0 5 0 1 0

0 0.25 0.5 0.75 1

Minutes after watering

F/Fm'

0

図Ⅱ−5  給水後120分までの光化学系Ⅱの活性の指標(ΔF/Fm’)の変化。シン ボルは□:4.14乾、◇:4.14、○:4.18、△:5.14 胞子を示す。 

(27)

       

TP AS

OJ1

OJ2 OJ0

(a)

2.5 5.0 7.5 10.0

0.0

Starch Glucose Sucrose

Species

0.0 2.0 4.0 6.0 8.0

Spore Young Fertile

Old Fertile

Sterile

(b)

Stage

Non-structural carbohydrate concentration (%, w/w)

図Ⅱ−6  非構造性炭水化物の含有率。(a)胞子の含有率。OJ0: ゼンマイ採取 直後、OJ1: ゼンマイ1年間乾燥、OJ2: ゼンマイ2年間乾燥、TP:ヒメシダ、

AS:リョウメンシダ。(b)  ゼンマイの胞子、胞子を含んだ胞子葉、胞子放出後 の胞子葉、未展開の栄養葉の含有率。

(28)

       

0 . 0 2 . 5 5 . 0 7 . 5 1 0 . 0

(a)Osmunda

Days

0 5

0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 (b)Thelypteris

Non-structural carbohydrate concentration (%, w/w)

10

図Ⅱ−7  非構造性炭水化物の含有率の変化。○:スクロース、□:デンプン、

△:グルコースを示す。(a)ゼンマイの場合。白:12L-12D、黒:暗黒条件  (b) ヒメシダの場合。12L-12Dのみ。

(29)

第Ⅲ章  配偶体の成長と胞子体の形成に関する研究

  シダ植物の陸上植物の中での特徴は、配偶体世代と胞子体世代がそれぞれ独 立した光合成生物であることである(Haufler 1997)。写真Ⅲ−1に、胞子体を形 成している配偶体の写真を示す。寒天培地上に生育した配偶体に胞子体が形成 され、2枚程度の葉が展開している状態である。これまでに行われたシダ植物 に関する生態学的研究の多くは胞子体に関するものであった。配偶体に関する 研究は、小型で分類形質が少ないこと、野外での個体数や生育の不安定さなど による研究のしにくさからあまり見られない(FarrarとGooch 1975)。世代交代 のあるシダ植物の生態を研究するためには配偶体、胞子体の両世代を研究する 必要がある。本章では胞子発芽に由来する配偶体の成長と、配偶体上で受精に よって形成された胞子体の成長に対する配偶体の貢献を、物質生産の観点から 研究した結果を述べる。

Ⅲ−1、配偶体の成長と若い胞子体の成長に対する物質的貢献

配偶体に関する生理生態学的研究としては、Pickett (1914)が Camptosorus rhizophyllusとAsplenium platyneuronの2種の配偶体について乾燥と光条件 の違いに関しての生態学的な適応について研究したのが初期のものである。

Mottier (1925,1927)はCamptosorus rhizophyllusとAsplenium platyneuron で、また、Albaum (1938a) はPteris 属2種の胞子体を形成しなかった配偶体 の成長について研究を行った。1960年代には、多くの研究者が生理学的な面か ら世代交代を研究した(WhittierとSteeves 1960、BellとZafar 1961、Miller

とMiller 1961など)。彼らは、いろいろな培地や光条件など異なる培養条件下

で、培地の糖濃度の差による胞子体形成率の変化や、無配生殖による発生など について研究をした。また、光による形態形成についての生理学的研究も多く

(30)

行われた(臼井  1972)。近年、CookeとRacusen(1988)はコウヤワラビ(Onoclea

sensibilis)の配偶体の成長に伴う形態の変化を光受容能力の面から理論的に考

察した。

  胞子体の初期成長には配偶体による物質的支持が重要である(加藤 1964)。配 偶体と胞子体の接続部には転送細胞があり、その働きはコケ植物でよく研究さ れている(Renaultら1992、RushingとAnderson 1996)が、シダ植物での研究 は少ない(Duckett と Ligrone 2003)。配偶体の胞子体に対する物質生産の貢献 度について研究するには、配偶体、胞子体両者の光合成による物質生産量と成 長量を知ることが必要である。

  シダ植物の成熟した胞子体の光合成速度については多くの研究(Böhning と Burnside 1956、Maeda 1969、Friend 1975、Prangeら1983、1984、Nobel

ら1984、Bauerら1991)が行われてきたが、配偶体と形成初期の胞子体に関す

るものは少ない。配偶体の光合成速度と呼吸速度については Friend (1975)、 HagarとFreeberg (1980)などによる測定はあるが、それらは成長の特定の時期 についてのものである。HagarとFreeberg (1980)は、Todea barbara 6〜8 枚の葉を持った若い胞子体の光合成速度を測り、Martin ら(1995)は、Pyrrosia

longifoliaの若い胞子体と成熟した胞子体の光合成、呼吸活性を比較し、成長に

伴うCAM型光合成の発現について研究した。

  配偶体と胞子体の生育過程に伴う物質生産量の変化とその世代交代に対する 意義について明らかにするためには、成長に伴う代謝の変化の継続的測定が必 要である。本章では、ヒメシダ(Thelypteris palustris (Salisb.)Schott)の若い 胞子体の成長に対する配偶体の貢献を、配偶体と若い胞子体の成長と光合成、

呼吸速度などの測定結果に基づいて検討する。

(31)

ヒメシダは世界の温帯に広く分布し、日本全土の日当たりのよい湿地に群生 する夏緑性の草本である。地下茎が長く発達し、葉には胞子葉と栄養葉の二型 があり、胞子葉は夏に展開する。草高は40〜70 cmになる(岩槻 1992)。   ヒメシダの配偶体は(1)単純な構成の培地で生育する、(2)胞子を播いて2ヶ月 で胞子体を形成する、(3)他の種より配偶体の成長にばらつきが少ない、などの 特徴を持ち、本章に述べる研究の材料として適していた。

シダ植物の生活環については第1 章に詳述した(図Ⅰ−1、2)。本章では配偶 体と若い胞子体の成長と物質生産について述べる。多くのシダ植物は造精器、

造卵器を一つの配偶体に形成する両性の特徴を持っている。しかし、小さい配 偶体には造精器だけが形成されることが多く(益山 1984)、造卵器はある臨界サ イズ以上に成長した配偶体上に形成される(TakenoとFuruya 1980)。同一配偶 体上での造精器、造卵器の成熟には時期の差があり、自家受精を避けているこ とが多い(Robertson 2002)。受精は誘引物質によることが報告されている (伊藤

ら1972) が、種特異性は厳密ではなく、属内での雑種が多く報告されている(倉

田と中池1994)。受精後に胞子体が胚発生を経て現れる。若い胞子体は自立でき

るサイズまで配偶体の援助によって成長すると考えられている(井上  1974)。

1982年から1996年まで、毎年夏の終わりに、早稲田大学本庄キャンパス(北 緯36度13分、東経139度35分)内の水田放棄地にあるヒメシダ群落から、成 熟した胞子葉を採取した。採取した葉は紙袋に入れて室温で風乾し、胞子を放 出させた。5%次亜塩素酸ナトリウム水溶液で胞子表面を滅菌した後、胞子を 9cmシャーレに入れたクノップ‐寒天培地(表Ⅱ−1)上に蒸留水とともに播いた。

培地は受精に適したpH 5.5(Hoshizaki 1979)に調整した。初期の胞子密度は 1シャーレ当たり約400個、培養温度は25℃で、培養中は適宜、蒸留水を加え た。光は蛍光灯と白熱電球で155 µmol m-2 s-1の光量子密度(PFD)とし、12時間

(32)

の明期・暗期サイクル(12L-12D)とした。過密を避けるため、培養開始 48日後 に発芽配偶体を新しいシャーレに10個体ずつ移植した。新しいシャーレの中で 配偶体をそれまでと同じ条件で培養した。その後、一部の配偶体は胞子体を形 成した。胞子体を形成した配偶体も、それまでと同様に培養した(実験1)。

胞子体を形成することによる配偶体の成長の変化を調べるため、48日目から 別の培養シリーズを作った(実験2)。培養個体群から幅が約5 mmの配偶体を選 び、10個体ずつを新鮮な培地を入れたシャーレに移植し、同様に培養した。移 植の時点では、配偶体は胞子体を形成していなかった。幅5 mmの配偶体は乾 燥質量で平均0.181 mgに相当した。

実験1では胞子を播いた後、21日目から10日おきに、2〜4個のシャーレか らそれぞれ10個の配偶体をサンプリングし、それぞれの配偶体の長さと幅をミ クロメーターを用いて測定した。あらかじめ質量を測定したアルミ箔小片に10 個ずつの配偶体を包み、80℃で乾燥して乾燥質量を測定した。40 日目以後は、

1個体ごとに質量を測定した。以下、特別に書かない限り質量は乾燥質量である。

実験2では、通算の培養日数で60日目からシャーレ2個分の20個体を約10 日ごとにサンプリングした。胞子体が出現した後、配偶体を胞子体を形成した 配 偶 体(S-gametophytes; 略 号 SG)と 胞 子 体 を 形 成 し て い な い 配 偶 体

(N-gametophytes;略号 NG)の二つに分けた。胞子体を針を用いて配偶体から

慎重に取り外し、配偶体の長さ、幅、質量を個体ごとに測定した。胞子体につ いては葉と根の数と質量を測定した。

胞子を播いて60日目のシャーレから、いろいろなサイズに育った胞子体のつ いた配偶体 40 個を選び、ミクロメーターを用いて胞子体の葉の幅を測定した。

そして、胞子体の乾燥質量と葉の幅との関係を推定した。20個の胞子体を慎重 に配偶体から取り外し、残りの20個は配偶体をつけたままにした。新鮮な培地

(33)

を入れたシャーレに配偶体付き、配偶体なしの胞子体をそれぞれ 5 個体ずつ置 き、上記と同様の条件で培養し、7 日後にすべてをサンプリングした。胞子体、

配偶体は分離して個々の大きさと質量を測定した。

配偶体と若い胞子体の光合成速度、呼吸速度は、赤外線ガス分析器(堀場 VIA300:京都)を用いて開放系で測定した。同化箱は85×60×27 mmのアクリル 製で、光源は 500Wの白熱灯を用いた。光量子密度(PFD)は植物面上で最大 約600 µmol m-2 s-1とし、寒冷紗を用いてPFDを調節した。同化箱内の空気の流 量はサンプルの大きさと活性によって 0.3〜0.7 ℓ min1の間で変化させた。同 化箱に送る空気は25℃で水飽和させた。配偶体の光合成速度と呼吸速度は胞子 散布後21日目以降、約10日おきに152日まで測定した。さらに、206日目に も 1 回測定した。初期の小さい配偶体は、測定値に影響しないことがわかって いる寒天培地につけたまま測定した。40日目からは配偶体を針を用いて培地か ら外し、20〜30個体を湿らせたろ紙上に並べ、同化箱に入れて測定した。胞子 体の測定では、針を用いて胞子体を配偶体から外し、20〜30個の胞子体をまと めて測定した。胞子体を外した後の配偶体(SG)についても同様に光合成速度と 呼吸速度を測定した。配偶体と胞子体は測定後にそれぞれ80℃で乾燥し、質量 を測定した。

  若い胞子体と配偶体の成長段階ごとの光合成能力を比較するために、光合成 速度の微量の変化が測定できる酸素電極(Hansatech DW2, King’s Lynn, UK)を 使用して、光飽和条件(180 µmol m-2 s-1PFD;光源Hansatech LS2unit)、20℃

での酸素放出速度(光合成速度)を測定した。また、暗黒条件にして呼吸による酸 素消費速度を測定した。測定室内の二酸化炭素濃度は約10 kPaとした。培養開 始30日目と65日目のNGを培地から試料を取り、約20個体ずつをまとめて測 定した。SGと胞子体は分離し、それぞれの光合成速度と呼吸速度を同様に測定

(34)

した。SGと胞子体は、それぞれについた胞子体の成長段階によって  「未展葉」、

「1葉」、「2葉」の3段階に分けた。各段階のSGと、胞子体の酸素放出速度は20 個体以上をまとめて測定した。測定後のサンプルは乾燥して質量を測定した。

配偶体と胞子体の成長を光合成速度、呼吸速度と質量に基づいて以下の式で 計算した。

Gn+1=Gn×(1−α) × (1 + (12 ×(Png – Rg)×0.0967×T)) (1) Gn、Gn+1 は時点n、n+1(日)の配偶体の質量(mg)。α(≤1)は配偶体から 胞子体への物質の転流の割合。Pngは培養光強度、25℃での配偶体の光合成速度 (µmolCO2 g-1 s-1)。Rgは25℃での暗呼吸速度(µmolCO2 g-1 s-1)である。光周期は 12L-12Dで、0.0967は転形率を0.61としたときのCO2(µmol g-1 s-1)から質量(mg day-1)への変換係数である。T(日)はnとn+1の間の日数である(表Ⅲ−1ではT=10 とした)。

Sn+1= Sn×(1+ (12×(Pns – Rs)×0.0967×T+α×Gn×(1+(12×(Png – Rg)× 0.0967× T) ) (2) Sn、Sn+1はn、n+1(日)時点の胞子体の質量(mg)。Pnsは培養光強度、25℃ で の 胞 子 体 の 光 合 成 速 度(µmolCO2 g-1 s-1)。Rsは 25℃ で の 暗 呼 吸 速 度 (µmolCO2g-1 s-1)である。

培養により測定したNGと SGの成長曲線を図Ⅲ−1に示す。図Ⅲ−1(a)は 乾燥質量での成長、(b)は配偶体のサイズ(長さ×幅)の成長を示している。質量と サイズは 50 日目頃までは同様な増加過程を示した。50 日目以降ではサイズの 増加は停止したが、NGでは質量の増加が継続した。SG の質量増加は 60日目 頃に停止し、100日目頃には配偶体は枯死した。SGの最小質量は0.072 mgで あった。

図Ⅲ−2に 48 日目に移植した配偶体と胞子体の質量成長を示す(実験 2)。胞

(35)

子体は48日目までは出現しなかった。SGはNGと比べて明らかに成長が低下 していた。48日目では、配偶体の初期乾燥質量は0.18 ± 0.05 mg(平均 ± SE) であったが、60日目には、NGで0.51 ± 0.11 mg(7個体)、SGで0.33 ± 0.09mg (11個体)になった。この差は有意であった(t検定:p<0.05)。60日目以後のSG には質量の有意な増加は見られなかった。124 日目には、NG の平均質量は 3.63±1.00mg (9個体)であったが、SGは0.47 ± 0.12 mg(12個体)で、枯死し始 めていた。70 日目以前では、SG と胞子体を合計した質量と NGの質量との間 に有意な差はなかった。60 日目では、SG と胞子体の合計質量は NGより小さ かったが有意な差ではなかった。70日目以後には、胞子体の物質生産によって SGと胞子体の合計質量はNGより大きくなった。

胞子体の質量と葉の数による成長曲線を図Ⅲ−3に示す。測定可能であった 胞子体の最小質量は60日目の0.017 mgであった。胞子体質量は124日目には

11.1 mgに増加した。移植した48日目には造卵器から外に出ている胞子体原基

はなかった。60日目までに平均1 枚の葉が現れ、その後、約10 日に1枚の割 合で葉の数が増加し、130日目には平均7.7枚の葉が形成された。

NG、SGと若い胞子体の光合成速度と呼吸速度の経時的変化を図Ⅲ−4に示 す 。 若 い 配 偶 体 の 光 合 成 速 度 は 大 き く 、30 日 目 以 前 の も の で は 0.18µmolCO2g-1s-1 であったが、100日目以降のものは0.03 µmolCO2 g-1 s-1に低 下した。SGの光合成速度、呼吸速度は同時期のNGのものと有意な差がなかっ た。呼吸速度は若い配偶体で高く、成熟した配偶体で低かった。若い胞子体の 光合成速度と呼吸速度は配偶体と同じく、形成初期に高く、次第に低下した。

胞子体を形成していない配偶体の光−光合成曲線の経時的な変化を図Ⅲ−5 に示す。21日目の配偶体の光飽和点は約200 µmol m-2 s-1PFDであったが、42 日目以後では 100−150 µmol m-2 s-1 PFDに低下した。この値は培養の光強度

(36)

155 µmol m-2 s-1より低かったので、今回の培養における光条件はごく初期を除 い て 飽 和 光 合 成 強 度 に 達 し て い た と 考 え ら れ る 。 呼 吸 速 度 は 、 初 期 の 0.03µmolCO2g-1s-1から後期の0.007 µmolCO2 g-1 s-1まで低下した。何らかの理 由で受精しないまま成長して過熟になった配偶体は、周辺部で細胞分裂を起こ し、小さな配偶体を多数作った。このような新しい配偶体(Out growth: Albaum 1938a)は、胞子から発生した最初の配偶体と同様に高い光合成速度を示した(図 では232日目)。胞子体を形成した配偶体(SG)の光合成曲線は、同時期の配偶体 を形成していないもの(NG)と違いが見られなかった(図Ⅲ−6)。

図Ⅲ−7は、二酸化炭素飽和濃度条件下で酸素電極を用いて測定したNG、SG と胞子体の光合成速度の比較である。図Ⅲ−7(a)に見られるようにNGとSGの 光合成速度、呼吸速度にはCOによる測定と同様に有意差がなかった(p<0.05)。 また、胞子体の発達の程度も有意な影響を与えなかった。若い胞子体について は、光合成速度と呼吸速度の合計量には「未展葉」、「1葉」、「2葉」の間で差がな かった(図Ⅲ−7b)。しかし呼吸速度においては「未展葉」は葉の展開しているも のに比べて有意に大きかった(p<0.05)。このことは、「未展葉」の段階では葉の 構成のための呼吸が盛んで、物質の要求が大きいことを示唆している。「1葉」

と「2葉」の光合成速度と呼吸速度は同じ程度であった。

図Ⅲ−8に、胞子体の移植後1週間の成長を示した。移植した胞子体個体の 乾燥質量は事前に測定した葉の幅の合計から推定した。

y = 0.0025x + 0.0023、 (r2 = 0.700, n = 21)

x はミクロメーターで測定した葉の幅(目盛数;20=1mm、精密な回帰のために 目盛数のまま使う)、y (mg)は胞子体の乾燥質量である。初期質量が0.05 mg以 下の胞子体では高い成長が見られた。この成長は配偶体の付いた胞子体の方が 有意に高かった(F-test、p<0.05)。それに対し、0.05 mg以上では配偶体の有無

(37)

による成長の有意な違いは見られなかった。

  図Ⅲ−9は 32 ページの式(1)から計算した配偶体の成長曲線と実測値を表し ている。この計算結果はNGの実測値と良く合っていた。この図から、SGにつ いても転流率αを加えることによって成長のシミュレーション計算ができるこ とが分かった。

  胞子体の成長に対する配偶体の物質生産上の貢献度を知るために、胞子体の 質量成長を光合成速度、呼吸速度、転流率に基づいて計算した。表Ⅲ−1は、培 養開始50日目(表では1日とする)に配偶体上に現れた胞子体の質量成長を表し ている。光合成速度と呼吸速度は図Ⅲ−4によった。配偶体の光合成速度と呼 吸速度が 2 葉展開期まで胞子体の形成によって影響されないこと(図Ⅲ−6)か ら、NGとSGの質量成長の差は胞子体への転流量によるものである。配偶体か ら胞子体への転流率αは最初から10日間は0.15、それ以後はSGの成長が止ま ることから 1.0 とした。表Ⅲ−1によれば、胞子体は配偶体からの転流により

10日間で0.049 mgに育つが、この段階で配偶体から切り離されると21日目に

は0.196 mgになるのに対し、配偶体がついたままだと0.381 mgになる。表Ⅲ

−1の右端に、この間の実測値を示してある。実測値は30日目まで配偶体の生 産量を含めた場合の計算と良く合っている。胞子体は30日目までに第1葉を展 開していた。

  図Ⅲ−10は、光合成速度と呼吸速度(図Ⅲ−4)と成長曲線(図Ⅲ−9)から計算 した配偶体の物質生産量を示している。12L・12Dの条件では、配偶体の最大生 産量は培養 120 日目頃に現れ、それ以後は減少に転じた。物質生産量が最大に なる配偶体質量は乾燥質量1.6 mgと推定された。

  配偶体に生殖器官が形成されるためには、ある程度の大きさまで配偶体が成 長することが必要である。特に、造卵器の形成に臨界サイズが存在することは

(38)

以前から多数の報告がある(TakenoとFuruya 1980、益山 1980)が、これらは 配偶体の幅による測定であった。本研究ではこの臨界サイズは乾燥質量でも表 せることを示した(図Ⅲ−1)。物質生産に基づく研究では質量で表せることが 重要である。臨界サイズに達した配偶体は造卵器を形成するが、造精器の形成 には、これまでの報告と同様に(伊藤ら1972)臨界サイズは認められなかった。

胞子体の成長に対する配偶体の物質生産からの貢献度を調べるには、配偶体 と胞子体それぞれの物質生産を知ることが必要である。本研究では光合成速度 と呼吸速度を用いて両者の物質生産量を計算した(図Ⅲ−9)。

  配偶体の光合成速度はこれまでほとんど報告されていない。Fiend (1975)は Cibotium glaucumの配偶体で25℃のとき0.16 µmolCO2 g-1 s-1の最大光合成速 度 を 報 告 し て い る 。 ま た 、HagarとFreeberg (1980)はTod a barbara 0.03µmolCO

e

o

2g-1s-1 (22 ℃ ) の 、 Martin ら (1995) は Pyrossia longifoliaで 0.057µmolCO2g-1s-1の光合成速度を報告している。呼吸速度はT dea barbara で 0.017 µmolCO2 g-1 s-1 (HagarとFreeberg 1980)、Pyrossia longifoliaで 0.011µmolCO2g-1s-1 (Martinら 1995)であった(一部の単位は筆者換算)。本研究 の中で測定した8種類のシダの配偶体の光合成速度と呼吸速度(データは省略) にはどの種でも大きな差がなく、配偶体では種間差は小さいと考えられる。こ れらの値の間に見られる差は配偶体の生育の各時期による差異と考えられる

(図Ⅲ−5)。配偶体の光合成速度と呼吸速度は胞子体の形成によって変わらな かった(図Ⅲ−6)。過熟になった配偶体が形成したOut growthの光合成速度は、

古い配偶体部分の呼吸速度が大きいことによって、見かけの光合成速度は低く なるが、総光合成速度は若い配偶体と変わらなかった(図Ⅲ−5)。古い配偶体 部分が枯死すると、新しい配偶体(Out growth)の新個体としての成長が起こる。

  表Ⅲ−1に示した胞子体の質量成長の過程から、胞子体は初期には配偶体の

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