第11章 ブラックホール
1.概要
大量の物質を極めて小さな領域に押し込めた極限状態がブラックホールであ る。天体の重力は、質量が大きいほど、そしてサイズが小さいほど強くなるた め、ブラックホールの重力は極めて強い。ブラックホールに一度吸い込まれて しまった物質は、二度と脱出することができない。宇宙最高速度の光でさえも 例外ではなく、ブラックホールは光を一切放出しない暗黒の天体である(図 11-1 )。
図 11−1 宇 宙 に 浮 か ぶ ブ ラ ッ ク ホ ー ル の 想 像 図 。[credit: the Creative Commons Attribution-Share Alike 2.5 Generic license ( 出 典 : http://commons.wikimedia.org/wiki/File:BH¥_LMC.png)] = > ク レ ジ ッ ト は OKか?
アインシュタインが提唱した一般相対論によると、ブラックホールは極限的 に時空(時間と空間)の歪んだ領域として理解される。その時空の歪みが作り 出す強重力場によって周囲では激しい現象が起こる。ブラックホール自体は暗 黒であるが、高エネルギー光子が放射されジェットが噴出すると考えられてい る。このため、ブラックホール天体は宇宙で最も活動的な天体と言える。
ブラックホールの理論的予言から約50年を経た1970年、高エネルギー放射 を行う天体、はくちょう座 X-1 の正体がおよそブラックホールに間違いないと 考えられるようになったのを皮切りに、現在では多数のブラックホール候補天 体が見つかっている。太陽の10倍程度のブラックホールは、対となる恒星の 大気をはぎ取り吸い込んでいる。銀河の中心には太陽の数百万から数億倍もの 質量を持つ巨大ブラックホールが潜んでいる。ブラックホールの存在はおよそ 間違いないと考えられているが、より直接的な証拠を探す計画も進んでいる。
11−1 ブラックホール時空
アルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)が1915年に発表した「一 般相対性理論」(general theory of relativity)では、時間と空間を合わせた「時 空」(spacetime)の歪みとして重力が記述される(なお、重力や非慣性系の効 果を含まない相対性理論は「特殊相対性理論」(special theory of relativity)で ある)。宇宙の中には多種多様な天体が存在し時空が歪んでいるが、最も時空が 歪んだ場所がブラックホールである。
一般相対性理論が発表された直後、ドイツの物理学者カール・シュバルツシ ルト(Karl Schwarzschild)は、この新しい重力理論である一般相対性理論が 星の外部の重力場をどのように予測するのかを調べた。一般相対性理論の基本 方程式である「アインシュタイン方程式」(Einstein's equation)を解かなけれ ばならないのだが、この方程式は非線形連立偏微分方程式であるので一般に解 くことが難しい。そこでシュバルツシルトは、星の回転や表面および内部での 様々な現象を無視した。完全な球形をした星を仮定し、さらに星の質量は球の 中心の一点に集中しており、その外側は真空であるような状況下でアインシュ タイン方程式を解くことに成功した。これはアインシュタイン方程式を解いた 初めての成功例であった。このとき得られた解は「シュバルツシルト解」
(Schwarzschild solution)と呼ばれ、この解が記述する時空を「シュバルツシ
ルト時空」(Schwarzschild spacetime)と呼ぶ。シュバルツシルト解はブラッ クホールの時空構造を持つ解であった。
シュバルツシルトが得た解によると、星に近い場所ほど空間が歪み、はるか 遠方で平坦になる。空間の歪みが重力に対応するので、重力が距離とともに弱 まることになる。また、空間だけでなく時間も歪んでいる。星の中心から距離r の位置にいる人の時間Δt*と十分遠くにいる人の時間Δt∞には、
(11-1)
という関係がある。ここで、RS は「シュバルツシルト半径」(Schwarzschild
radius)と呼ばれ、星の質量M、重力定数G、および光速度cを用いて
(11.2)
と与えられる。星の質量が太陽と同じ場合 (1.988×1030 kg)、シュバルツシル ト半径RSは約2.95 kmとなる。
式(11.1)によると、重力源である天体の近くにいる人の時間は、重力が働いて いないはるか遠方にいる人の時間よりもゆっくりと進むことがわかる。例えば、
シュバルツシルト半径の2倍の位置にいる人(つまり、r = 2RS)の時間∆𝑡∗と無 限に遠い位置にいる人の時間∆𝑡!の間には ∆𝑡! ≅1.41∆𝑡∗ という関係がなりた つ。これは、シュバルツシルト半径の2 倍の位置にいる人の時間が100 秒経過 したときに、遠方にいる人の時間は 141 秒経過したことになる。つまり、シュ バルツシルト半径の 2 倍の位置にいる人の時間の進み方は、遠方にいる人の時 間の進み方よりも遅くなる。さらに、ちょうどシュバルツシルト半径の位置に いる人(r = RS)の時間の進み方は、無限の遠方にいる人の時間と比べて無限に 遅くなる。つまり時間が全く経過しないように見える。
この時間の歪みの効果によって、光の振動数と波長も影響を受ける。光の振 動数は単位時間当たりの振動の回数であるから、重力場中で時間の進み方が遅 れると振動数は小さくなる。一方、光の波長は光の速度を振動数で割ったもの であるから、重力場中での光の波長は長くなる。重力場中の光の波長が長くな るこの現象を「重力赤方偏移」(gravitational redshift)と呼ぶ。
位置rから出た光の振動数を𝜈∗、波長を𝜆∗とし、この光が無限の遠方まで届い
たときの振動数を𝜈!、波長を𝜆!とすると、
𝜈!= 1−!!! 𝜈∗, 𝜆!= !
!!!!/! 𝜆∗ (11-3)
という関係になる。光が出た位置 r がシュバルツシルト半径に近いほど、遠方 に到達した光の振動数は小さくなり、波長は長くなる。そして、シュバルツシ ルト半径の位置 𝑟= 𝑅! になると、遠方での振動数はゼロ、波長は無限大となる。
光のエネルギーは振動数に比例(波長には反比例)するので、シュバルツシル ト半径の位置から発せられた光はエネルギーを完全に失い、見ることができな くなる。これは、外からブラックホールを見ると光を出さない黒い球のように 見えることを意味する。
シュバルツシルト半径から光が外向きに発せられたとしても、その光はシュ バルツシルト半径の外に出ることができない。このため、半径がシュバルツシ ルト半径である球面の内部領域は、光を含めて一切の情報を外部に発すること のできない領域になる。この球面を「事象の地平線(事象ホライズン)(event horizon)」と言い、この内部がブラックホール(black hole)である。
シュバルツシルト解で記述されるブラックホールは「シュバルツシルト・ブ ラックホール」(Schwarzschild black hole)と呼ばれる。あたかも無限小の領 域に全質量が詰め込まれた状況を想定することになるが、実質的にはブラック ホールは、ある質量を持つ物体がその質量に対応するシュバルツシルト半径の 球内に集中していると考える。例えば、太陽と同質量の物体の場合、半径2.95km の球内に閉じ込めるとその球面は事象の地平面となり、その内部がブラックホ ールとなる。このような激しい圧縮が実現する天体現象の一例が超新星爆発(で ある。
球状で自転していないブラックホールであるシュバルツシルト・ブラックホ ールに対し、通常の天体と同様に自転しているブラックホールの時空構造を探 す試みが数多くの物理学者によって行われた。1963年、遂にロイ・パトリック・
カー(Roy Patrick Kerr)によって自転するブラックホールを表す解が見つかっ た。カーによって発見された時空を「カー時空」(Kerr spacetime)と呼び、こ の時空が記述するブラックホールを「カー・ブラックホール」(Kerr black hole)と呼ぶ。
カー・ブラックホールの解は、自転の効果を入れたという意味でシュバルツ シルト・ブラックホールの解をより一般的にしたもではある。ただし、同様に
空間が真空であることを仮定して導かれている。現実の宇宙に存在するブラ ックホールの周囲には、強い重力で引き寄せられたガスや星、電磁場などが存 在しており、真空ではない。このことから、宇宙に存在するブラックホールの 時空はカー時空からわずかにずれた時空になっていると考えられる。このわず かなずれは摂動とよばれる。
カー時空からの摂動の効果を記述する方程式が1972年にサウル・チューコル
スキー(Saul A. Teukolsky)によって見いだされ、「チューコルスキー方程式」
(Teukolsky equation)と呼ばれる。いかなる摂動に対してもカー・ブラック ホールが壊れることなく安定で、宇宙に長期間存在できるかどうかは自明では なかったが、1973年にウィリアム・プレス(William H. Press)とチューコル スキーが数値的にチューコルスキー方程式を解き、安定であることを示した。
その後、1989年にバーナード・ホイッティング(Bernard F. Whiting)が解析 的な計算によって安定であることを完全に証明した。
重力崩壊によるブラックホール誕生の瞬間やブラックホール同士の合体、ブ ラックホールと中性子星で構成される連星の合体など、宇宙では時々刻々と時 空が変化する激しい現象が起こっていると考えられている。このような時間変 動する時空も一般相対性理論の基本方程式であるアインシュタイン方程式の解 として計算されるが、時空の対称性などがないので数値的に計算する以外に手 段はない。
アインシュタイン方程式を数値的に解く研究分野は「数値相対論」(numerical
relativity)と呼ばれている。1990年代に現在標準的に用いられている計算手法
が開発されて以来、2000年代に入ってからも精力的に研究が進められている。
11−2 ブラックホール天体の分類
現在、ブラックホール候補天体は多数が見つかっているが、それらは大きく 二つのグループに分類される。その一つは恒星質量ブラックホール(stellar
mass black hole)である。恒星質量ブラックホールは太陽の約10倍程度の質量
を持つ。恒星質量ブラックホールのサイズ(シュバルツシルト半径)はわずか 数十キロメートルである。恒星と連星を成しており、恒星のガスを吸い込みつ つ高エネルギー放射を行っている。恒星質量ブラックホールは、我々が住む銀 河系内に数十個見つかっている。その数は今後も増えると期待され、また、他
の銀河にも多数存在すると予想される。恒星質量ブラックホールは、質量の大 きな星がその生涯を終えるとき、超新星爆発と呼ばれる大爆発を起こした際に 形成されると考えられている。
図11−2 はくちょう座X-1の想像図。ブラックホールと恒星が連星を作ってお
り、ブラックホールの周囲には恒星から流れ出たガスが作る降着円盤があると 考えられている。 (ESA)
恒星質量ブラックホールの代表例は、はくちょう座にある X 線源、はくちょ う座X-1(Cygnus X-1)である(図11−2)。1970年頃、はくちょう座X-1にはX 線を放射する謎の天体が存在することが知られていたが、その X 線強度が激し くかつ非常に短い時間間隔で変動することが発見された。また、この天体は単 独で存在するのではなく、巨大な恒星と連星を成し、互いの周りを回っている ことがわかった。光のドップラー効果を測定することで、恒星の運動の様子が わかり、それを用いてこの天体の質量を計算するとおよそ太陽の10倍程度と なる。通常の恒星のように可視光で輝かずに強力な X 線を放射すること、そし て太陽の10倍もの質量を持つこと、これらの特徴を併せ持つ天体は恒星質量ブ
ラックホールをおいて他にはない。隣の恒星からガスを吸い込みつつ、X 線で 明るく輝いているのである。ちなみに、はくちょう座 X-1 のように、恒星とブ ラックホールが連星を成すシステムを「ブラックホール連星(black hole binary)」
と呼ぶ一方、ブラックホール同士がペアを組むシステムを「連星ブラックホー ル(binary black hole)」と呼ぶ。連星ブラックホールが存在する明確な証拠は得 られていない。
恒星質量ブラックホールよりもはるかに大きな質量を持つブラックホールも 存在する。巨大ブラックホール(supermassive black hole、SMBH)である。太 陽の百万から数十億倍の質量を持つが、そのサイズは大きくても地球と太陽の 距離程度である。巨大なのは質量であり、サイズは非常に小さい。
巨大ブラックホールの観測の歴史は1930年代にさかのぼる。カール・ジャン スキー(Karl Jansky)やグロート・レーバー(Grote Reber)は、宇宙から飛 来する電波をキャッチしていたが、それらの放射源の中には巨大ブラックホー ル起源の電波源があるとは気付かなかった。
強力な電波放射源はクェーサー(quasar、第12章参照)と呼ばれたが、それが 盛んに研究されるようになったのは1960年代中盤以降のことである。クェーサ ーの放射スペクトルを調べていたマーテン・シュミット(Maarten Schmidt)
は、クェーサーがはるか数十億光年彼方で輝く天体であることを発見した。こ の発見は、クェーサーが極めて明るく輝くコンパクトな天体であることを意味 する。当時の天文学では理解不能であったが、1970 年代、降着円盤(accretion disk)(11−4節)の理論が提唱されると、クェーサーの正体は巨大ブラックホー ルとそれを取り巻く降着円盤と理解されるようになった。その後、クェーサー の巨大ブラックホールは銀河の中心に存在することがわかった。クェーサーを はじめ、セイファート銀河(Seyfert galaxy)や電波銀河(radio galaxy)など、巨大 ブラックホールが動力源となって明るく輝く銀河中心を活動銀河中心核(active galactic nucleus)と呼んでいる(第12章参照)。
現在では、活動銀河中心核の有無にかかわらず、およそ全ての銀河の中心に 巨大ブラックホールが存在すると考えられている。巨大ブラックホールはあり ふれた存在と言える。我々が住む銀河系も例外ではなく、その中心であるいて 座の方向に質量が約 410 万 M☉の巨大ブラックホールが存在することがわかっ ている。巨大ブラックホールの形成メカニズムは謎に包まれている。
以上のように、ブラックホールは恒星質量ブラックホールと巨大ブラックホ
ールに大別されるが、その中間の質量(およそ百M☉から1万M☉程度)を持つ、
中質量ブラックホール(intermediate mass black hole、IMBH)も注目されてい る。ちなみにIMBHという名称は谷口義明らが2000年に名付けたものである。
巨大ブラックホールが恒星質量ブラックホールから成長したものであるならば、
その成長過程において必ず中質量ブラックホールのフェーズを経たはずだから である。中質量ブラックホールは巨大ブラックホールの成長プロセスを解明す る鍵を握る天体といえる。中質量ブラックホールの候補天体はわずかながら見 つかっているが、実際に存在するか否か、明確な結論は出ていない。
さらに、理論的にはミニブラックホールの存在も予言されている。はるかに 小さな質量を持つブラックホールであり、宇宙初期に多数形成された可能性が ある。また、巨大加速器であるLHC (Large Hadron Collider) の実験によって 人工的に作り出される可能性も取りざたされている。ただし、仮に存在もしく は形成されたとしても、ミニブラックホールはホーキング放射(11−7節参照) で短時間の内に蒸発し、消えてしまうと考えられている。
11−3 ブラックホールの形成
星がその生涯を終える時、自分自身の重力によって急速に中心部に向かって 落下する。これを「重力崩壊(gravitational collapse)」、もしくは爆縮と呼ぶ。
恒星質量ブラックホールはこの重力崩壊によって形成される。
太陽などの主系列星とよばれる恒星の内部では、核反応で放出されたエネル ギーが高温状態を作り出し、熱的な圧力が星自身の重力を支える。これは、熱 的な圧力による外向きに広がろうとする力と、自分自身の重力で縮もうとする 内向きの力が釣り合っている状態である。このため恒星は安定して存在する。
進化の末、星が核融合反応のエネルギー源を使い尽くすと外向きの力が弱くな り、釣り合いを保てなくなる。その結果、恒星は収縮することになる。中心部 の密度上昇に伴い原子核による電子の捕獲が進むため、中心部の圧力はあまり 上昇せずに星の収縮は継続する。
物質が中心部に落下し続け、中心部の密度が原子核密度にまで近づくと、つ いに核力の効果が効きはじめる。すると、重力崩壊する物質が跳ね返され、衝 撃波が発生する。この衝撃波が外側まで伝わる際、大爆発が起こる。これが超 新星爆発(II 型超新星:第7章参照)である。この超新星爆発によって星の外
層は吹き飛ばされるが、中心部には高密度天体が形成される。高密度天体の種 類は恒星の質量と金属量によって異なる。ブラックホールが誕生する場合もあ る。
ブラックホール以外の結末は白色矮星と中性子星である。金属量が少ない場 合、恒星の質量が9M☉程度以下であれば白色矮星、9M☉以上で25M☉以下程度 であれば中性子星、そしてそれ以上であればブラックホールが形成される。と ころが、金属量が多くなるとブラックホールは形成されないという予想もある。
この場合、恒星が重い場合でも中性子星が形成されることになる。
白色矮星の内部では熱による力ではなく電子の縮退圧によって星の重力が支 えられている。電子の縮退圧というのは、極めて高密度な状態において電子が 高速に運動し始めることによって生じる量子力学的な力である。量子力学によ ると電子は波の性質をもつ。電子が狭い領域に圧縮されると運動する電子の波 長が短くなり、その結果、エネルギーが大きくなる。この大きなエネルギーが 圧力として作用し、重力と拮抗することで白色矮星は支えられることになる。
白色矮星の質量には上限が無く、全ての星が白色矮星になれるという従来の 考えを覆したのがスブラマニアン・チャンドラセカール(Subrahmanyan Chandrasekhar)である。チャンドラセカールは、電子の縮退圧に特殊相対性 理論の効果を取り入れることによって、白色矮星の構造を解きなおした。電子 の密度が低い場合には縮退圧は密度の !! 乗に比例して増加する。しかし、密度 の上昇とともに電子の運動速度が上昇し、光の速度に近くなると、相対性理論 の効果が効きはじめる。すると縮退圧は密度の !
! 乗に比例するようになる。恒 星内部での収縮によって到達できる最高温度が存在し、その結果、白色矮星の 質量に上限値があることがわかったのである。その質量は約1.4 M☉であり、「チ ャンドラセカール質量(Chandrasekhar mass)」と呼ばれている。
白色矮星が電子の縮退圧で支えられるのに対し、中性子星は中性子の縮退圧 で支えられる高密度星である。中性子星の質量にも上限値が存在することが ロ バート・オッペンハイマー(J. Robert Oppenheimer)やジョージ・ヴォルコフ
(George M. Volkov)らによって明らかにされた。超高密度状態での状態方程 式が確定していないため、中性子星の最大質量の正確な値は確定していないが、
最大で3M☉程度と見積もられている。この最大質量を超える高密度天体は、縮
退圧で支えることができず、自己重力で崩壊してブラックホールになる。その ため、観測された高密度星の質量が3M☉を有意に超える場合、その高密度星は ブラックホールであると推定される。
恒星の重力崩壊によってブラックホールが形成される様子は、オッペンハイ マーとハートランド・スナイダー(Hartland Snyder)によって、圧力がないと いう理想化された極限の元ではじめて計算された。重力崩壊をする物質ととも に落下していく星の表面に乗った観測者は約一時間でシュバルツシルト半径ま で到達し、有限の時間で全ての重力崩壊を終える。一方、この過程を星の外部 の観測者から見ると、星の表面に乗った観測者とは時間の進み方が異なるため にまったく異なった様子に見える。外部から見ると星の表面がシュバルツシル ト半径に近づくにつれて重力崩壊はどんどんゆっくりとなり、その様子は永遠 に重力崩壊を続ける星として観測される。より現実的な状況における恒星の重 力崩壊の過程は計算機を用いて調べられており、今日でも研究が続いている。
大質量の星が重力崩壊する場合には 10M☉以上の質量を持つブラックホール も形成されると考えられている。大質量星の重力崩壊以外にも、連星中性子星(互 いの周りを回っている二つの中性子星)からも、恒星質量ブラックホールが生ま れると考えられている。連星中性子星は、重力波の放出で角運動量を失い、徐々 に近づいて最終的に合体する。合体した天体の質量が中性子星の上限値を超え ると、自己重力で潰れてブラックホールになるのである。
一方、巨大ブラックホールの形成過程は解明されていない。クェーサーが初 期宇宙にも存在するという事実は、ビッグバン後わずか数億年の間に巨大ブラ ックホールが形成されたということを意味する。超新星爆発で生まれた恒星質 量ブラックホールが成長したのだとすれば、急速に成長したメカニズムが問題 となる。ブラックホール同士の合体と、降着円盤からのガスの吸い込みが考え られるが、未だ結論は出ていない。また、近年、巨大ブラックホールの質量と 銀河バルジの質量に比例関係があることが示唆されている。これは、巨大ブラ ックホールの成長と銀河の進化に何らかの因果関係があったことを意味してい る。巨大ブラックホールと銀河の共進化問題と呼ばれ、最も注目浴びている謎 の一つであるが、まだ解決されていない。銀河の専門家とブラックホールの専 門家が協力して研究が進められている。
11−4 降着円盤
ブラックホールの周囲には、降着円盤 (accretion disk) と呼ばれる回転ガス 円盤が形成されていると考えられる(図 11−2)。ブラックホールの重力に捉え られたガスが、直線的にブラックホールに落下し吸い込まれることは稀であり、
通常はブラックホールの周囲を回りつつ、徐々にブラックホールに引きつけら れる。このため、ブラックホールの周囲には回転ガス円盤が形成されることに なる。これが降着円盤である。この降着円盤こそが、暗黒であるはずのブラッ クホールが、実際には明るく輝く天体として観測される理由である。
降着円盤の回転角速度は、ブラックホールに近いほど大きいという性質を持 つ。このように各部分が異なる回転角速度をもつ回転を差動回転と呼ぶ。差動 回転が引き起こされる原因は、中心天体に近いほど強い重力を受けるためであ る。差動回転することによって、円盤を構成するガスには摩擦が働く。摩擦に よって円盤のガスは熱せられ、光を放射するようになる。ブラックホールに近 い部分ほど回転速度が大きく、摩擦も効率的に働くため、降着円盤の内縁付近
(ブラックホールに近い部分)が最も明るく輝くことになる。
降着円盤の放射メカニズムをエネルギーの流れという観点から見直すと、重 力エネルギーを効率的に光エネルギーに変換していることになる。もともとブ ラックホールの遠方に存在したガスは、重力源から遠いために大きな重力(位置) エネルギーを持っている。それがブラックホールに近づき、回転速度が増すこ とで運動エネルギーに変換される。そして、その運動エネルギーの一部が摩擦 でガスの熱エネルギーに代わり、光のエネルギーに転換されたことになる。降 着円盤から放出されるエネルギーは、ブラックホールが速く自転するほど多い と考えられている。シュバルツシルト・ブラックホールの場合、 吸い込まれる ガスの質量エネルギーの10%程度を放出するが、高速で自転するカー・ブラッ クホールの場合には約40%程度放出することが可能である。この効率は、人類 が日常的に使っている化学反応はもちろんのこと、星内部での核反応をも上回 る。したがって、宇宙で最も効率のよいエネルギー変換機構といってよい。
降着円盤での摩擦は、エネルギーの変換だけでなく、角運動量の輸送にも寄 与している。角運動量の保存則に従うと、遠心力はブラックホールからの距離 の3乗に反比例する。一方、ニュートン重力では重力の強さは距離の 2 乗に反 比例する。これは、天体に近づくほど重力も強くなるが、それ以上に遠心力が 強くなることを意味する。つまり、角運動量が保存されている限り、遠心力が 妨げとなってブラックホールはガスを吸い込めない。しかし、実際の降着円盤
では摩擦が働くため、より内側の軌道を回るガスから外側の軌道を回るガスへ と角運動量が輸送される。そのため、遠心力による妨げが弱まり、ガスはブラ ックホールへと徐々に落下して行くことができる。降着円盤での摩擦は、ガス がブラックホールへ吸い込まれつつ、円盤が明るく輝く原因となっているので ある。ブラックホール自体は暗黒であるが、周囲に降着円盤をまとうことで明 るく輝く。これがクェーサーやはくちょう座 X-1 の正体がブラックホールであ ることの大きな根拠の一つとなったのである。
降着円盤での摩擦のメカニズムは、物質と物質をこすり合わせる日常的な摩 擦とは異なっていると考えられる。降着円盤内での摩擦は、実は磁場によるも のと予想されている。円盤内部では、回転運動によって渦巻き状の磁場構造が 作られる一方、磁気流体的な現象によって乱雑な磁場構造も増幅される。降着 円盤内の物質はプラズマ状態(電離した状態)にあり、磁場と密接に相互作用 する。同じ磁力線につながった内側の物質から外側の物質へ角運動量が輸送さ れると考えられ、これが円盤内部での角運動量輸送のより詳細なメカニズムで ある。また、引き延ばされた磁力線がつなぎ変わる際に物質は加熱されると予 想されている。これは、物質の回転エネルギーが、磁場のエネルギーを介して 熱エネルギーに転換されるということである。
ブラックホール周囲の降着円盤は、おおまかに三種に分類することができる。
重力エネルギーを光エネルギーに転換することで輝くというメカニズムは変わ らないが、その性質は大きく異なる。
標準円盤モデル
一つ目が標準円盤モデル(standard disk model)と呼ばれるもので、1973年に シャクラ(N. I. Shakura)とスニヤエフ(R. A. Sunyaev)によって構築された。
標準円盤モデルは円盤理論の基本となるもので、重力エネルギーから光エネル ギーへの変換効率が最もよい。上述の10%や40%という値は、この標準円盤モ デルによるものである。放射により大量のエネルギーを失うため、標準円盤は 比較的低温(といっても数万K〜数百万K はある)になる。同時にガスの圧力 が下がるため、円盤は幾何学的に薄くなる。標準円盤の表面温度はおよそブラ ックホールからの距離の !
! 乗に反比例する。温度が距離に依存するため、全体
としての放射スペクトルは、温度の異なる黒体放射の重ね合わせ(多温度黒体 放射;multicolor disk blackbody)となる。最も放射に寄与する円盤内縁部分の 温度は、ブラックホール質量と質量降着率(単位時間あたりにブラックホール に吸い込まれるガスの量)に依存するが、恒星質量ブラックホールの場合は数
百万K、巨大ブラックホールの場合は数万K 程度になる。このため、恒星質量
ブラックホールの周囲の降着円盤は主に X 線で輝くが、巨大ブラックホールの 場合は主に紫外線で輝くことになる。
標準円盤は活動銀河核の強力な可視光や紫外線放射を説明することに成功し た。また、ブラックホール連星の放射スペクトルのうち、熱的な低エネルギー 成分をもうまく説明できる。ただし、活動銀河核でもブラックホール連星でも、
非熱的な高エネルギー放射など、標準円盤モデルだけでは説明できない放射成 分も観測されている。
放射非効率降着流
二つ目の円盤モデルは、1977年に一丸節夫、1994年にナヤラン(R. Narayan) と イ ー(I. Yi)に よ っ て 提 唱 さ れ た 放 射 非 効 率 降 着 流 、 ラ イ ア フ(radiavely inefficient accretion flow、RIAF)である。ライアフが形成されるのは、標準円 盤よりも質量降着率が十分低い状況である。この場合、円盤の密度は下がり、
熱エネルギーから光エネルギーへのエネルギー変換効率が下がる。放射による エネルギー損失が少なく、高温で幾何学的に厚い形状の円盤が形成される。エ ネルギーの変換効率が低く、比較的暗い円盤として観測されることになる。た だし、発生する光子の数は少ないものの、高温ガスの存在により高エネルギー 光子が放射される。また、電子が磁場中を運動することによって起こるシンク ロトロン放射によって電波領域で比較的強い放射を行う。ライアフは比較的光 度の小さい活動銀河核や、暗い状態にあるときのブラックホール連星に存在す ると考えられている。
スリム円盤モデル
三つ目は、質量降着率が著しく高いときに現れるスリム円盤モデル(slim disk
model)である。アブラモヴィッチ(M. Abramowicz)らによって 1988 年に構
築されたものである。このモデルでは円盤が極めて高密度となり、円盤内部で 発生した光子が円盤から脱出できず、ガスもろともブラックホールに吸い込ま れるという現象(光子捕獲)が起こる。ただし、莫大な量の光子が発生するた め、同じ質量のブラックホールで比較すると、光子捕獲を逃れて円盤表面から 放射されたわずかな光だけで標準円盤モデルの明るさを超える。円盤の表面温 度分布はおよそブラックホールからの距離の !
! 乗に反比例する。その放射は多 温度黒体放射であるが、温度分布が標準円盤と異なるため、観測されるスペク トルの形状が異なる。一部の活動銀河核やブラックホール連星で、スリム円盤 と矛盾しない放射スペクトルが観測されているが、まだ結論は出ていない。
ここで紹介した円盤モデルは、あくまで降着円盤の構造を大まかに理解し、
多様な観測スペクトルを説明するためのものである。実際のブラックホー ル周囲の構造は、もっと複雑なものである。降着円盤の上空にコロナ(corona) と呼ばれる高温の大気が存在する証拠や、ジェット(jet)や円盤風(disk wind)の ようなガスの噴出現象が起こっている証拠が見つかっている。さらに、ブラッ クホール天体が示す光度変動は、降着円盤が時間変化していることを示唆して いる。ブラックホールはもちろんのこと、降着円盤も非常にコンパクトである ため、その直接撮像には未だ成功していない。今後の研究がより現実的な描像 を解明すると期待されている。
11−5 ジェットと円盤風
強力な放射と並び、ブラックホール天体が示す高エネルギー現象がガスの噴 出である。特に、非常に細く絞られたガスの流れはジェットと呼ばれ、主に電 波の観測でその様子が捉えられている。実際に、銀河中心の巨大ブラックホー ル近傍から噴出したジェットが銀河を突き抜け、はるか銀河間空間まで到達し ている様子が観測されている。また、図11−3は恒星質量ブラックホールの近傍 から吹き出すジェットを捉えたものである。いずれもブラックホールが存在す ると思われる領域から、二本のジェットがそれぞれ反対方向に噴出している。
直接検出することはできていないものの、電波の強度からジェットが噴出し ていると思われている天体もある。観測されるジェットの速度は光速の数十%
以上である。中には光速の99%以上に達するものまで報告されている。ジェッ トの噴出源はブラックホール周囲の降着円盤である可能性が高い。降着円盤か ら垂直方向に何らかのメカニズムでガスが噴出すると考えると、ジェットが二 本セットで観測されるという事実をうまく説明できる。
図 11−3 恒星質量ブラックホール候補天体 GRS1915+105 で観測されたジェ ット (米国国立電波天文台)
ジェットの噴出メカニズムはまだよくわかっていないが、有力視されている メカニズムが磁場の力による加速と放射の力による加速である。
磁気圧駆動型ジェット
降着円盤を構成する物質はプラズマであり、また、円盤内部では磁場が増幅 されている。円盤の回転運動によりブラックホール周囲に渦巻き状の磁場構造 が生成されると、磁場の力は円盤と垂直方向に働く。この力で円盤表面からガ スが噴出する可能性がある。これは磁気圧による加速を利用したものであり、
磁気圧駆動型ジェットと呼ばれる。
磁気圧駆動型ジェットにはもう一つの利点がある。渦巻き状の磁場構造がジ ェットともに円盤から噴出すると、ジェットにはらせん状に磁力線がからみ付 くことになる。らせん状の磁場構造は、ジェットを細く絞る働きがある。磁気 圧駆動型ジェットは、ジェットを加速しつつ、細く絞るという二つのメカニズ ムを併せ持っているのである。このジェットは、降着円盤がライアフ状態のと きに効率よく発生すると考えられている。ライアフでは、光の放射によるエネ ルギー損失が少ないため、重力エネルギーは主にガスの熱エネルギーや磁場の エネルギーへと転換される。効率的に磁場を増幅し、磁場のエネルギーをジェ ットのエネルギーへと転換できるのである。
放射圧駆動型ジェット
ジェットを加速するもう一つのメカニズムが放射圧である。光子は運動量を 持っているため、吸収もしくは散乱されることでガスに力を加えることができ る。主に自由電子の散乱による放射の力で噴出するジェットが考えられており、
放射圧駆動型ジェットと呼ばれる。放射圧駆動型ジェットは降着円盤がスリム 状態のときに発生すると考えられる。ライアフや標準円盤では光子の量が足り ず、放射の力がブラックホールの重力に打ち勝てないからである。ちなみに、
電子散乱による放射の力が重力と釣り合うときの光度を、エディントン光度と いう。スリム円盤だけがエディントン光度以上で輝くので、放射圧駆動でガス を噴出できるのである。ただし、放射圧だけではジェットを細く絞るメカニズ ムが欠けている。放射圧駆動型ジェットも、円盤内で増幅された磁場がらせん
状に巻き付き、細く絞られている可能性が指摘されている。
ここでは主に電子と陽子のプラズマからなるジェットを想定しているが、ジ ェットの主成分が電子と陽電子(質量が電子と同じでプラスの電荷をもつ粒子)
のペアであればジェットはもっと容易に噴出すると考えられる。質量の大きな 陽子が含まれなければ、加速効率が上がるからである。まだ結論は得られてい ないが、電子と陽電子がジェットの主成分である可能性も調べられている。
ブランドフォード・ナーエク(Blandford-Znajek)機構
円盤の放射や磁場に加え、ブラックホールの自転エネルギーを利用するメカ ニズムも有力である。自転しているブラックホール(カー・ブラックホール)
の回りでは時空の引きずりが起こり、磁力線が捻られる。ブラックホールのご く近傍で磁力線が捻られると、それは周囲へと伝わり、プラズマを加速する可 能性がある。これはブランドフォード・ナーエク(Blandford-Znajek)機構と 呼ばれるジェットの発生メカニズムである。
ジェットは全てのブラックホール天体で観測されているわけではない。ブラ ックホールとそれを取り巻く降着円盤という同じような構造を持ちながらも、
ジェットが観測されている天体とそうでない天体がある。また、ジェットが観 測されている天体であっても定常とは限らず、突発的にジェットを噴出する天 体もある。現在も盛んに研究が行われているが、ジェットの発生条件やそのメ カニズムは未だ謎に包まれている。
ここまで説明してきたジェットとは異なり、ブラックホール近傍から遠方に 向かって比較的広がって噴出するガスの流れも観測から示唆されている。巨大 ブラックホールや恒星質量ブラックホールの X 線観測により、青方偏移した鉄 の吸収線が見つかってきたが、これが一つの証拠である。また、一部のクェー サーではガス噴出流が起源と思われる青方偏移した金属元素の吸収線が可視光 観測で見つかっている。ガス噴出流の起源は未だ解明されていないが、降着円 盤とする説が有力である。降着円盤表面から噴出したガスが、細く絞られるこ となく広がって飛んで行くという考え方である。これは円盤風と呼ばれ、細く 絞られたジェットと区別されている(図 11−4)。磁場や放射、ガス圧による力が 有力視されているが、円盤風の噴出メカニズムもよくわかっていない。
図11−4 円盤風の想像図 (NASA/CXO)
提案されているいくつかの噴出メカニズムの中で、ラインフォース(line force) と呼ばれる放射の力で加速する円盤風が特に重要視されている。そのメカニズ ムを簡単に紹介しておこう。
ラインフォース駆動型円盤風
金属原子中の電子は、エネルギーの低い準位から高い準位へ遷移(束縛−束縛 遷移)することで、その準位間のエネルギー差に相当する波長の光子を吸収(ラ イン吸収)する。ライン吸収によって金属元素が運動量を得て、周囲のガスも ろとも吹き飛ばされる。こうして吹き出す円盤風がラインフォース駆動型円盤 風である。金属元素が完全電離もしくは高階電離した状態では、ライン吸収が 非効率になり円盤風は発生しない。この結果、ラインフォース駆動型円盤風で は、中間電離状態もしくは低電離状態の金属元素を含むガスだけが選択的に吹 き飛ばされることになる。ラインフォース駆動型円盤風は、観測から示唆され ている金属元素の電離状態と加速機構の両方を同時に説明できる有力な理論モ デルである。
ライン吸収が効率的に働いた場合の放射の力は、自由電子の散乱による放射 の力を超える。よって、ラインフォース駆動型円盤風はエディントン光度以下 で輝く標準円盤からでも噴出し得る。ただし、恒星質量ブラックホール周囲の 標準円盤は、巨大ブラックホール周りの標準円盤と比べ、ラインフォースが弱 いと考えられる。恒星質量ブラックホール周りの円盤の方が、円盤の温度が高 く、X線照射が強いため、金属元素が高階電離状態になるからである。
ジェットと同様に電子散乱による放射の力や磁場の圧力で噴出する円盤風、
さらにはガスの圧力や磁気遠心力と呼ばれる機構で噴出する円盤風も提案され ている。これらの加速メカニズムも有力ではあるが、金属元素が中間電離状態 にあることを同時に説明するには、噴出ガスの密度や光源からの X 線放射強度 が適度な値になっていなければならない。これを自然に成り立たせる決定的な 理論は見つかっていない。
また、観測される吸収線は時間変動していることがわかっている。光源自体 が変動している可能性もあるが、吸収構造の変化であると推測されている。円 盤風が分裂しており、分裂片が観測者の視線を横切っている可能性がある。噴 出メカニズムと電離状態に加え、円盤風の分裂メカニズムをも解明する必要が ある。これが円盤風の問題をより複雑にしている。今後の研究による解明が期 待される。
11−6 ブラックホールの質量測定
ブラックホールを特徴づける物理量は、質量、スピン(自転)、そして電荷で ある。スピンや電荷についてはまだまだ困難であるが、質量についてはいくつ かの方法で測定が行われている。
ブラックホール連星では恒星質量ブラックホールとその伴星である恒星が互 いの周囲を回りながら運動している。恒星が観測者に近づいたり遠のいたりを 繰り返すため、ドップラー効果によって恒星の輝線は周期的に変動する。得ら れた光度曲線から連星の回転周期 P や伴星の動径速度𝑣!を測定することができ る。動径速度とは、実際に回転運動している恒星の運動速度ではなく、観測者 から見た視線方向の速度成分である。
一方で、光度などの観測情報と恒星進化の理論を組み合わせることで恒星の
質量𝑀∗を測定することができる。連星の軌道運動の力学を用いると、観測され る周期P、動径速度𝑣!、恒星の質量𝑀∗と推定したいブラックホールの質量𝑀!"と の間には (添字の BH と r はローマンです)
(!∗!"#!)!
(!!"!!∗)!= !!"! 𝑣!! (11-4)
という関係がある。ここで、iは連星が回転運動する面に垂直な方向と
観測者の視線方向の間の角度である。この関係式からブラックホールの質量を 推定できる。ただし、一般には sin𝑖≤ 1 の範囲の不定性が残る。この場合には、
ブラックホールの質量の下限値が求められる。これらの推定した質量が中性子 星の最大質量よりも大きければ、その天体はブラックホールであると同定され る。
我々の住む銀河系の中心にある巨大ブラックホール候補天体である「いて座A
スター」(Sgr A*)は地球から約8キロパーセクの距離に存在し、強い電波源と
して観測されている。いて座 A スターの中心にあるブラックホールそのものの 姿は直接観測されていない。しかし、この巨大ブラックホールの周りを公転す る星の運動が観測されており、星の楕円軌道と公転周期からブラックホールの 質量が見積もられている。
星の楕円軌道の長径(semi-major axis)をa、公転周期をPとすると ケプラーの第3法則より、楕円軌道の内部に含まれる質量Mは
𝑀 =!!!!!!𝑎! (11-5)
となる。地球から見ると星の楕円軌道が傾いているのであるが、同時に星から の光のドップラー効果を測定することにより、どの程度傾いているのかを測定 することができる。このように観測によって星の公転周期 P と楕円軌道の長径 a を測定することにより、質量M を計算することができる。このような観測は アメリカのゲーツ(Andrea M. Ghez)らのグループとドイツのゲンツェル
(Reinhard Genzel)らのグループによって独立に行われた。
アメリカのゲーツらのグループはハワイのマウナケア山頂にあるケック望遠 鏡を用いて観測を行い、ドイツのゲンツェルらのグループは南米チリにある VLT(Very Large Telescope)などを用いて観測を行った。1990年代から継続 的に行われた観測の結果、いて座Aスターの周りを公転する星の中でも特にS2 と呼ばれる星は公転周期が約15.8年、軌道の楕円率が約0.89であることなどが
わかった(図 11−5)。この S2 の軌道の力学から、いて座 A スターにある巨大ブ ラックホールの質量は太陽の質量の約 410 万倍であると見積もられた。S2 が、
最もブラックホールに近づくときの距離(periapse <=確認 distance)は約
110天文単位(AU) であり、これはシュバルツシルト半径の約1300倍にあたる。
また、S2 の公転速度はもっとも速いときで毎秒約1万 2000 kmである。これ は光速の約4%もの速さである。このような観測は現在でも引き続き行われてお り、今後より正確にブラックホールの質量が測定されることになるだろう。
図 11−5 いて座Aスターの周囲を運動する星の軌道(横軸は赤経、縦軸は赤緯)。
図の中心がいて座Aスターの位置。(Gillessen, S., et al. 2009, ApJ, , 692, 1075 より改変)
銀河の中心部の個々の星の運動を観測する手法は、最も精度の良いブラック ホールの質量測定法の一つであるが、星の運動を観測することができないほど 遠方にある銀河の場合、別の手法で巨大ブラックホールの質量が測定されてい る。渦状銀河である NGC4258 の中心にある巨大ブラックホールの質量は、ガ ス円盤の回転運動を計測することで推定された。1990年代前半に三好真、井上 允、中井直正らによって NGC4258 の中心にある回転ガス円盤の水分子のメー ザー(電波領域で観測されるレーザー放射の一種)放射源が観測され、メーザ ー放射が円盤の回転によるドップラー効果を見事にトレースしている様子が検 出された。この結果、円盤の回転曲線が明確にとらえられ、中心にある巨大ブ ラックホールの質量が約3600万M☉であることがわかった。ただし、NGC4258 のように水メーザーの放射が観測される天体はごく稀である。
活動銀河中心核の巨大ブラックホールの質量測定では、ブラックホール周囲 を飛び回るガス雲による輝線放射が利用されている。輝線の幅からガス雲の速 度を計測し、また、降着円盤の光度変化と輝線の変化の時差から、ガス雲とブ ラックホールの距離を見積もる。速度と距離がわかればブラックホールの質量 が推定できる。不定性が大きくなるが、多数の天体で採用されている方法であ る。また、理由はわかっていないものの、巨大ブラックホールの質量と銀河バ ルジの質量に相関があるという事実を逆手に取り、銀河の観測から中心のブラ ックホール質量を推測するという手法もある。
また、そもそも本当にブラックホールが実在するのかという根本的な問いに 答えるため、より強い証拠を求める観測も行われ始めている。その一つが、電 波干渉計を用いていて座 A スターを観測する試みである。沈志強(Shen
Zhi-Qiang)らのグループが超長基線電波干渉計(VLBI、第16章3節を参照)
を用い、3.5ミリの波長の電磁波でいて座 A スターのイメージを観測した。
観測されたイメージの大きさと銀河中心であるいて座 A スターまでの距離から、
いて座 A スターの3.5ミリの波長の電磁波で光っている領域の大きさは約1 天文単位であることがわかった。この大きさはシュバルツシルト半径の約12.
6倍に相当する。いて座 A スターの周囲には他に有力な重力源の存在を示す観 測例がないことから、S2の公転軌道から見積もられた約410万M☉の質量が約 1天文単位という小さな領域に入っていることになる。この観測結果は、いて 座 A スターの中心には超巨大ブラックホールが存在することを示すもっとも有 力な証拠であると考えられている。
さらに、アメリカのドールマン(Sheperd S. Doeleman)らのグループらの 1.3ミリの波長の電磁波の観測によって、いて座Aスターが非常に小さいサイズ の光源であり、その大きさはブラックホールの事象ホライズンと同程度の大き さであるということが明らかにされた。いて座 A スターがブラックホールであ るという推測をより強固なものとしたのである。
より直接的な証拠として、ブラックホールの黒い穴を検出しようという試み が進められている。ブラックホールが吸い込むガスは高温になるために光子を 放出しながらブラックホールに落下していく。ブラックホールは輝くガスの中 の黒い穴となる。ブラックホールが作り出すこの影絵は、「ブラックホール・シ ャドウ(black hole shadow)」または「ブラックホール・シルエット(black hole silhouette)」と呼ばれる。ブラックホール・シャドウはブラックホールが存在 することの直接証拠であるばかりか、ブラックホールの質量やスピンを正確に 計測する有力な手段でもある。理論的研究は既に進められており、将来的に観 測されることが期待される。
上述の手法は全て電磁波による観測であるが、重力波による観測が近い将来 になされると期待されている。一般相対論によると、時空が激しく変動する現 象では大きな振幅を持つ重力波が放出される。そのため、超新星爆発やブラッ クホール連星の合体によってブラックホールが形成される瞬間、強い重力波が 放出されると考えられる。電磁波はガスから放射されるので、ブラックホール の間接的な情報を得ているに過ぎないが、重力波は時空の情報であるので、ブ ラックホールをより直接的に捉えたことになる。また、重力波は透過性が高く、
散乱や吸収の影響をほとんど受けることがないので、ブラックホール近傍の情 報をそのまま伝達する。例えば、重力崩壊によってブラックホールが形成され る際、周囲には大量のガスが存在するので電磁波で捉えるのは困難と予想され るが、重力波であれば原理的に直接観測が可能である。発生する重力波の波形 は、解析的手法や数値相対論によって理論的に詳しく研究されており、重力波 が検出されればその波形からブラックホール時空の情報を得ることができる。
現在、重力波はまだ観測例がないが世界各国で重力波検出器が稼働しており、
重力波検出を目指している。
11−7 ホーキング放射と宇宙の終末
1974年、イギリスのホーキング(Stephen Hawking)は、ブラックホールは 放射によって、質量を減少させながら蒸発してしまうと発表し、それまでの常 識 を 根 底 か ら く つ が え し た 。 こ の 放 射 は 「 ホ ー キ ン グ 放 射 (Hawking
radiation)」と呼ばれる。ブラックホールが放射するということは、ブラックホ
ールはもはや何でも吸い込むだけの「黒い穴」ではないことを意味する。
ホーキングは、ブラックホールを古典的に扱い、ブラックホール周囲の物質 を量子的に扱う計算を行った。量子的に真空を考えるときには、粒子と反粒子 が常に生成・消滅している状態を考える。一般に、粒子と反粒子が生成、消滅 している状況は観測者によって見え方が異なる。ある観測者にとっての真空状 態は、加速度運動している別の観測者にとっては真空ではなくなる。例えば、
真空中を加速度aで運動する観測者は温度 𝑇= !!!!!!!
! (11-6)
の黒体放射を観測する。ここで、cは光速、hはプランク定数、𝑘!はボルツマン 定数である。量子論で用いられる粒子・反粒子の生成・消滅を記述する演算子 が観測者ごとにどのように変換するのかは「ボゴリューボフ変換(Bogoliubov
transformation)」によって記述される。上の例では、真空状態にボゴリューボ
フ変換を行うことによって、加速度運動する観測者が式(11-6)の温度の黒体 放射をする粒子が生成されているように見える。ホーキングは重力崩壊によっ て形成されるブラックホール時空に対してこのような計算を行った。ホーキン グの計算によると、遠方の観測者にとって質量Mのシュバルツシルト・ブラッ クホールは温度にして
𝑇= !"!!!!!!
!!"~6×10!! !!⊙ K (11-7)
の黒体放射を行うことになる。ここで、G は重力定数である。質量の小さいブ ラックホールほど高温の放射をするのである。相対論では質量とエネルギーは 等価であるので、ホーキング放射でブラックホールがエネルギーを失うという ことは、ブラックホールの質量が減少することである。ホーキング放射で全て のエネルギーを失うとき、ブラックホールは消滅する。これに要する時間tはブ ラックホールの質量の3乗に比例し、およそ
t~10!! !!
⊙
!
年 ~ 10!" !!
⊙
!
秒 (11-8)
である。質量の小さいブラックホールほど、短時間で蒸発することになる。
現在の宇宙において、恒星質量ブラックホールや巨大ブラックホールの蒸発 は起こらないと考えてよい。恒星質量ブラックホールのホーキング放射の温度 は約10!!K という超低温であり、蒸発するのに要する時間は宇宙年齢よりはる かに長くなるからである。巨大ブラックホールの場合はさらに低温で、蒸発に はさらに長い時間を要する。実際の宇宙では、ブラックホールは周囲の物質を 吸い込んでいるので、それによる質量増加の方が卓越する。また、仮に周囲に 物質がないブラックホールがあったとしても、宇宙は宇宙マイクロ波背景放射
(現在観測される温度は約3K)に満たされているので、ホーキング放射で失う エネルギーよりも、背景放射のエネルギーを吸い込んで得るエネルギーの方が 大きい。質量は減少しないのである。
ただし、質量のはるかに小さいミニブラックホールの場合は状況が異なる。
ホーキング放射の温度が背景放射より高くなり、強力なホーキング放射を行っ て短時間で蒸発する。こういったミニブラックホールは、宇宙初期に形成され、
宇宙のどこかでガンマ線を放射して蒸発している可能性があるが、未だに見つ かっていない。また、巨大加速器LHCの実験でミニブラックホールが形成され る可能性もあるが、即座に蒸発すると予想される。
現在の宇宙においてはおよそ無視できるホーキング放射であるが、宇宙の終 焉に大きな影響を与える。我々の宇宙は 137 億年前にビッグバンで始まり、今 日まで膨張を続けてきたと考えられる。そして、最新の宇宙論によると、この 宇宙は開いており永久に膨張を続けると予想されている。
膨張宇宙の中で生まれた物質は自己重力で収縮し、やがて星や銀河が誕生し た。超新星爆発で恒星質量ブラックホールが形成され、巨大ブラックホールも 現れた。これらのブラックホールは、今この瞬間も周囲の物質を吸い込んで成 長している。そうでない場合でも、宇宙背景放射のエネルギーがブラックホー ルに流れ込み、ブラックホールの質量は増加している。また、さらなる超新星 爆発や中性子星の合体によって新たなブラックホールも誕生し続けている。宇 宙におけるブラックホールの占める割合は、現在も増加し続けていると言える。
宇宙の未来はどうなるのか? ブラックホールは合体を繰り返し、周囲の物 質を吸い込むことでさらに成長し続け、ついにはほとんどの物質がブラックホ ールに吸い込まれるだろう。膨張を続ける広大な宇宙空間の中に、巨大ブラッ クホールだけが漂う時代がおとずれるのである。その後も宇宙は膨張を続ける。
背景放射の温度は下がり続け、ホーキング放射の温度を下回る。それまで背景 放射を吸い込んで成長していた巨大ブラックホールが、ホーキング放射でいよ いよ質量を失い始めるのである。比較的質量の小さなブラックホールから順に 蒸発し、やがて全てのブラックホールが蒸発する。宇宙は限りなく絶対零度に 近い背景放射とホーキング放射だけで満たされる。そこで、新たな天体の形成 が起こることはない。宇宙は熱的死を迎えるのである。