題目
炎症性腸疾患動物モデルにおける血管内皮 接着分子 mucosal vascular addressin cell adhesion molecule-1 の発現と腸管への白 血球リクルートメントに対する nicotine の 影響
丸まる 田た 紘こう 史じ
(消化器病学専攻)
防 衛 医 科 大 学 校
平成29年度
目次
第1章 緒言 ... 1
第1節 潰瘍性大腸炎の社会的背景 ... 1
第2節 潰瘍性大腸炎の診療における抗 TNF-α抗体製剤の問題点 ... 1
第3節 潰瘍性大腸炎の病態と腸管免疫 ... 2
第4節 生理的環境下での腸管へのリンパ球リクルートメント ... 2
第5節 炎症環境下での腸管へのリンパ球リクルートメントと抗接着分子 抗体 ... 3
第6節 潰瘍性大腸炎と喫煙と nicotine ... 4
第7節 リンパ球リクルートメントと nicotine ... 5
第2章 血管内皮細胞株における MAdCAM-1 の発現に対する nicotine の影響に 関する検討 ... 7
第1節 目的 ... 7
第2節 方法 ... 7
第1項 細胞培養 ... 7
第2項 RNA の抽出と逆転写と測定 ... 8
第3項 統計処理 ... 9
第3節 結果 ... 9
第4節 小括 ... 10
第3章 炎症性腸疾患動物モデルおよび MAdCAM-1 の発現に対する nicotine の 影響に関する検討 ... 11
第1節 目的 ... 11
第2節 方法 ... 12
第1項 動物と試薬 ... 12
第2項 腸炎の評価 ... 12
第3項 RNA の抽出と測定 ... 12
第4項 免疫染色 ... 13
第5項 統計処理 ... 13
第3節 結果 ... 13
第1項 腸炎の症状に関する検討 ... 13
第2項 腸炎の組織学的検討 ... 14
第3項 腸炎における接着分子と TNF-αの発現の比較 ... 15
第4節 小括 ... 15
第4章 炎症性腸疾患動物モデルにおける腸管への白血球リクルートメントに 対する nicotine の影響に関する検討 ... 17
第1節 目的 ... 17
第2節 方法 ... 17
第1項 動物と試薬 ... 17
第2項 微小循環の観察 ... 17
第3項 統計処理 ... 18
第3節 結果 ... 18
第4節 小括 ... 18
第5章 炎症性腸疾患動物モデルにおいてリンパ球表面に発現する接着分子に 対する nicotine の影響に関する検討 ... 19
第1節 目的 ... 19
第2節 方法 ... 19
第1項 動物と試薬 ... 19
第2項 フローサイトメトリーによるリンパ球表面の接着分子の解析 ... 19
第3節 結果 ... 20
第4節 小括 ... 20
第6章 総括 ... 21
第7章 考察 ... 22
第8章 結論 ... 25
第9章 謝辞 ... 26
第10章 単語・略語説明 ... 27
第11章 参考文献 ... 28
図表 ... 38
1
第1章 緒言
第1節 潰瘍性大腸炎の社会的背景
潰瘍性大腸炎は、主として大腸粘膜を侵し、びらんや潰瘍を形成する原因不明 のびまん性非特異性炎症である。症状として、下痢、発熱、血便、それに伴う体 重減少を呈する(1)。また、若年で発症し、再燃寛解を繰り返す。治癒すること はなく、寛解期であってもそれを維持するための治療が必要となる。そのため潰 瘍性大腸炎患者は、生涯にわたる治療を余儀なくされる。日本では、指定難病の ひとつである。厚生労働省の調査によると、患者数は年々増加しており、平成 27 年度時点で 16 万人以上が登録され(2)、医療費の社会負担が増大している。近 年では、患者層の高齢化が進行しつつあり、長期の罹患による癌化も問題となっ ている(3)。
第2節 潰瘍性大腸炎の診療における抗 TNF-α抗体製剤の問題点 潰瘍性大腸炎の治療の標準薬は、5-aminosalicylic acid(5-ASA)である。5- ASA で寛解導入ができないと考えられる症例においては、副腎皮質ステロイドを 使用する。しかしながら、ステロイドで寛解導入ができない症例(抵抗例)や、
あるいは、ステロイド漸減中に再燃する症例(依存例)が少なからず存在する。
これらは難治例と呼ばれ、潰瘍性大腸炎の臨床上の大きな問題となっている(1)。
近年、抗 tumor necrosis factor(TNF)-α抗体製剤が登場し、これらの難治 例に対する治療を劇的に変えた。しかし、寛解維持のためには生涯にわたる定期 的な投薬が必要であることには変わりはなかった。また、免疫抑制による感染症 や、悪性腫瘍の発生といった有害事象も問題となっている。抗 TNF-α抗体製剤 は、結核(4)およびその他の重篤な感染症のリスク(オッズ比 2.01、95%信頼区 間:1.31-3.09)となることが報告されている(5)。悪性腫瘍の発生との関連につ
2
いては、オッズ比は 3.29(95%信頼区間:1.19-9.08)であり、内訳として皮膚 癌(基底細胞癌と扁平上皮癌)と悪性リンパ腫が多く報告されている(5)。
さらに、生物学的製剤であることから抗原性があり、アレルギー反応に伴う有 害事象の発生や、治療薬に対する抗体が産生されて 2 次無効となることも少な くなかった。投与開始時に有効であっても、有害事象や 2 次無効などで 5 年間 のうちに 29%が脱落するという報告がある(6)。
第3節 潰瘍性大腸炎の病態と腸管免疫
腸管は常に外来抗原に暴露され、全身のリンパ球の半分が腸管に存在するな ど、重要な免疫臓器であると考えられている。潰瘍性大腸炎のような、炎症性腸 疾患(inflammatory bowel disease、IBD)では、腸管局所における免疫システ ムの破綻が、本質的な病態であると考えられている。
腸管免疫は、外来抗原である食物と腸内細菌(7,8)、水際防衛線である腸管上 皮(9,10)、NK 細胞(11)、T 細胞(12)といった免疫細胞、TNF-α(13)、interleukin- 23(14)(15)といったサイトカインなど、様々な要素が複雑に絡み合って構成さ れている。IBD は、これらの要素のうち単一の要素が原因であるというよりは、
複数の要素の異常によって発症すると考えられている。近年では、微小循環学か ら見たリンパ球の動態の理解が進み、炎症部における過剰な異所性リンパ球流 入が IBD の病態に大きく関与していることがわかってきた。
第4節 生理的環境下での腸管へのリンパ球リクルートメント
生理的に、組織中のリンパ球は、リンパ管に流入し、リンパ節を経て、胸管か ら静脈に入り、再度全身を循環する。血流にのったリンパ球は、2 次リンパ器官 の高内皮細静脈(high endothelial venule、HEV)において、血管内から組織中 へと移行する。この再循環の過程において、皮膚に存在したリンパ球は皮膚に、
消化管に存在したリンパ球は消化管にというように、元の組織に戻ってくると
3 いう現象(homing)が知られている(16)。
2 次リンパ器官において、リンパ球が血管内から組織中へと移行する際には、
まず、リンパ球が血管内皮細胞と接触し、内皮上で回転(rolling)しながら速 度 を 落 と し 、 内 皮 細 胞 と 強 固 に 接 着 ( adhesion ) し 、 血 管 外 に 出 る
(transmigration)。このうち、rolling と adhesion は、リンパ球表面に発現し た L-selectin、各種 integrin や、血管内皮細胞表面に発現した intercellular adhesion molecule-1(ICAM-1)、vascular cell adhesion molecule-1(VCAM- 1)、mucosal vascular addressin cell adhesion molecule-1(MAdCAM-1)など の接着分子の相互作用により制御されている。
MAdCAM-1 は腸の 2 次リンパ組織の HEV に特異的に発現している。この MAdCAM- 1 のリガンドはα4β7-integrin であり、これら 2 つの接着分子は相互に特異的 に結合する(17)。そのため、α4β7-integrin を発現したリンパ球は、腸管特異 的に移行する(図 1)(18)。すなわち、α4β7-integrin 陽性リンパ球は、腸特 異的なリンパ球といえる。
第5節 炎症環境下での腸管へのリンパ球リクルートメントと抗接着分 子抗体
IBD のような腸管炎症時には、腸管粘膜の血管内皮が HEV 内皮細胞様に変化 し、異所性に MAdCAM-1 を発現している(19)。これにより、2 次リンパ組織にお いてと同様に腸粘膜においても血管内から組織中にリンパ球が流入し、さらに 炎症を悪化させると考えられている(20)(21)。
このような潰瘍性大腸炎の病態へのリンパ球リクルートメントの関与の理解 により、それを制御する分子を標的とした生物学的製剤の開発が進みつつある。
腸管特異的に発現する接着分子を標的とした分子標的薬は、免疫抑制作用が腸 管に限定されるため、全身に作用する抗 TNF-α抗体と比較して非腸管感染症の
4
リスクが低いと考えられている。腸管特異的な接着分子を標的とした薬剤のう ち抗α4β7 -integrin 抗体は、vedolizumab として国内または海外で潰瘍性大 腸炎に臨床応用されている。Vedolizumab の 52 週間の使用成績によると、重篤 な感染症の発生は、プラセボ群の 2.9%と比較し、vedolizumab 投与群で 1.9%
と多くはなかった(22)。また、もう一方の腸管特異的接着分子を標的とした抗 MAdCAM-1 抗体は、PF-00547659 として臨床試験の段階である(23)。
腸管特異的接着分子に対する抗体製剤は、抗 TNF-α抗体と比較して利点があ るものの、抗体製剤の欠点は避けらない。すなわち、免疫原性がありアレルギー 反応や 2 次無効が発生することと、製造コストが高いことである。これは、潰瘍 性大腸炎の治療薬のように、生涯にわたって長期投与する薬剤としては、重大な 欠点である。この欠点を克服するには、腸管特異的接着分子を制御する低分子化 合物が開発されることが望ましい。なぜならば、低分子であるがゆえに抗原性が なく、低い製造原価が期待できるからである。
第6節 潰瘍性大腸炎と喫煙と nicotine
潰瘍性大腸炎の発症・病態には、免疫以外に、環境因子・遺伝(24)(25)などの 因子が相互に関与している。なかでも喫煙は、保護的に作用する環境因子として 疫学的に知られている(26,27)。すなわち、潰瘍性大腸炎においては、喫煙によ って症状が改善する、あるいは、禁煙によって増悪するというものである(28–
30)。これは単に疫学的事実を述べているものであり、潰瘍性大腸炎患者に喫煙 を推奨するものではない。実臨床においては、循環器系や呼吸器系への有害作用 を考慮する必要があり、総合的には、推奨されない。
喫煙には様々な成分が含まれている。これらのうち、潰瘍性大腸炎に対する有 効性が期待された成分が nicotine であり、nicotine そのものを治療薬として用 いた臨床試験は少なくない。Cochrane 共同計画のシステマティックレビューで
5
は、nicotine の治療効果はプラセボより優れていたが、従来の治療より優れた ものではなく、有害事象によって使用が限定されたと報告された(31)。また、別 の盲検化試験では、nicotine の忍容性は認められたものの、治療効果は認めら れなかった(32)。このように、nicotine は、潰瘍性大腸炎に対し、治療効果は 確かにあるものの、頭痛や嘔気などの有害事象があり(33,34)、nicotine そのも のを治療薬として用いることは普及しなかった。また、作用機序の解明も進展し なかった。
第7節 リンパ球リクルートメントと nicotine
Nicotine が実験腸炎を改善したという報告は多い(35)。その機序としては、
迷走神経刺激を介したものであるという報告があるものの、その詳細なメカニ ズムについては、種々の考察があり、定まったものはない(36–41)。なかでも、
潰瘍性大腸炎の主要な病態のひとつであるリンパ球リクルートメントに対する nicotine の影響についての報告は少ない(42–44)。これらは、いずれもin vitro の報告であり、in vivo での報告はない。また、VCAM-1 や ICAM-1 などの臓器特 異性のない接着分子に関する報告はあるが、腸管特異的に発現している接着分 子である MAdCAM-1 についての報告は、in vitro においても in vivo においても ない。もし nicotine が MAdCAM-1 の発現を制御するのであれば、nicotine は、
抗体製剤の弱点を克服した、腸管特異的接着分子を制御する低分子化合物の手 がかりとなりうる。さらに、nicotine の腸炎の改善の機序が明らかになれば、
腸炎改善作用を残しつつ有害事象が抑えられた化合物の創薬が期待できる。
当研究室では、生体蛍光顕微鏡を用いてリンパ球リクルートメントに関する 研究を行ってきた。また、腸管炎症と MAdCAM-1 に関する研究を行ってきた。大 腸においては、TNF-α投与マウスにおいて、粘膜微小血管での MAdCAM-1 および VCAM-1 の発現が著明に亢進し、それぞれα4β7-integrin 陽性リンパ球、α4β
6
1-integrin 陽性リンパ球の接着が増加することを報告した(45)。また、dextran sodium sulfate(DSS)腸炎マウスにおいて MAdCAM-1 の発現が亢進し、それに伴 いリンパ球浸潤が亢進すること、そしてそれが抗 MAdCAM-1 抗体の投与によって 改善することを報告してきた(20)。小腸においても、腸管の粘膜内リンパ球や上 皮間リンパ球が MAdCAM-1 を介して腸管微小血管に接着することを報告した (46)(47)。さらに、SAMP1/Yit 回腸炎マウスでは MAdCAM-1 の発現が亢進してお り、抗 MAdCAM-1 抗体が T リンパ球の adhesion を抑制することを報告した(48)。
本研究では、IBD 動物モデルを用いて、腸粘膜微小血管における MAdCAM-1 の 発現と腸粘膜へのリンパ球リクルートメントに対する nicotine の影響について 検討した。
7
第2章 血管内皮細胞株における MAdCAM-1 の発現に対する nicotine の影響に関する検討
第1節 目的
まず、血管内皮細胞における MAdCAM-1 の発現に対する nicotine の影響につ いて検討した。
まず、MAdCAM-1 を発現する血管内皮細胞を文献的に検索した。確立された細 胞株として、bEnd.3(49)、SVEC4-10(50)、HUVEC(51)が報告されていた。なかで も、bEnd.3 は MAdCAM-1 に関する実験で広く用いられている細胞株である。bEnd.3 は、BALB/c マウスの脳血管内皮腫に由来し、TNF-αの投与によって MAdCAM-1 を 発現することが報告されている(49)。
血管内皮細胞株 bEnd.3 に TNF-αを投与し、MAdCAM-1 の発現を誘導し、そこ に nicotine を投与し、MAdCAM-1 の発現が抑制されるかどうかを検討した。
第2節 方法 第1項 細胞培養
bEnd.3 は ATCC(Manassas, VA、USA)から購入した。培養液には、非働化した 10% fetal bovine serum(FBS)(Thermo Fisher Scientific、Waltham、MA、USA)、 100U/ml ペニシリン(Thermo Fisher Scientific)、100μg/ml ストレプトマイ シン(Thermo Fisher Scientific)を含む Dulbecco's modified Eagle medium
(Sigma-Aldrich、St. Louis、MO、USA)を使用し、37℃、5%CO2、95%空気の条 件で培養した。培養中は 48 時間毎に新鮮な培地に交換した。4×105個の細胞を 6 ウェルプレート(Coning、New York、NY、USA)に播種し、3 日間培養したのち、
Mg2+Ca2+非含有 Dulbecco’s phosphate-buffered saline(PBS)(和光純薬工業、
大阪)で 3 回洗浄し、5ng/ml マウスリコンビナント TNF-α(和光純薬工業)、あ
8
るいは 200μg/ml(1.23mM に相当)(-)-nicotine(Sigma-Aldrich)、あるいはそ の両方を加えた培地に交換し、12 時間培養した(各群 n=2)。また、nicotine の 用量反応を検討した実験では、濃度を 0.01μM から 1mM まで変化させた(各群 n=3)。
第2項 RNA の抽出と逆転写と測定
培養細胞の MAdCAM-1 messenger ribonucleic acid(mRNA)の発現を reverse transcription(RT)-polymerase chain reaction(PCR)法にて評価した。まず、
培養プレートの各ウェルを PBS で 3 回洗浄したのちに、Buffer RLT(Qiagen、
Hilden、Germany)と 2-メルカプトエタノール(Sigma-Aldrich)を 100 対 1 の 割合で混合したものを、350μl 入れ、セルスクレーパーで搔爬したのちに回収 し、RNeasy Mini Kit(Qiagen)を用いて RNA を抽出した。抽出した RNA は、分 光光度計 Gene Quant(Pfizer、New York、NY、USA)で濃度を測定したのちに、
14μl に RNA が 1.5μg 含まれるよう水で希釈した。
次に逆転写反応を行った。RNA 14μl、Random Primer 1.25μl(タカラバイ オ、滋賀)、SuperScript II Reverse Transcriptase 1μl(Thermo Fisher Scientific)、dNTP Mixuture 0.625μl(タカラバイオ)、RNasin 0.625μl
(Promega、Fitchburg、WI、USA)、DTT 2.5μl(Thermo Fisher Scientific)、 First Strand Buffer 5μl(Thermo Fisher Scientific)を混合し、Gene Amp PCR System 9700(Thermo Fisher Scientific)を使用して反応させた。反応条 件は、25℃15 分、42℃15 分、48℃30 分、20℃15 分とした。
最後に、得られた complementary deoxyribonucleic acid(cDNA)を、リアル タイム PCR 法で測定した。cDNA 3μl、プローブ 2μl、qPCR MasterMix(Eurogentec、
Seraing、Belgium) 5μl を、トリプリケートで、384 ウェルプレートに配置し、
7900HT Fast Real-Time PCR System(Thermo Fisher Scientific)で反応させ た。反応条件は、50℃2 分、95℃10 分ののち、95℃15 秒、60℃1 分を 40 サイク
9
ルとした。プローブには、MAdCAM-1(Mm001173246_m1)、VCAM-1(Mm0049197_m1)、 TNF-α(Mm00443258_m1)、GAPDH(いずれも Thermo Fisher Scientific)を用い た。Ct 値の解析には、SDS 2.4(Thermo Fisher Scientific)および RQ Manager 1.2.1(Thermo Fisher Scientific)を用い、ΔΔCt 法にて解析した。
第3項 統計処理
結果は、平均値±標準誤差で示した。各群間の平均の比較には Tukey-Kramer の HSD 検定を使用した。Nicotine の用量反応の解析には、相関分析および、Hsu の MCB 検定を行った。p<0.05 を有意差ありとした。計算には JMP Pro 13(SAS Institute、Charlotte、NC、USA)を使用した。以降の統計処理においても、同 様である。
第3節 結果
bEnd.3 に対し、TNF-αを単独投与すると、MAdCAM-1 mRNA の発現は 6.8 倍に 増加した(Control 群 vs TNF-α群、p<0.01)。そこに nicotine を加えると、
TNF-αによる増加は、2.5 倍にまで有意に抑制された(TNF-α群 vs TNF-α+
Nicotine 群、p=0.02)(図 2A)。一方、nicotine の単独投与では変化しなかった
(Control 群 vs Nicotine 群、p=0.96)。
VCAM-1 においては、TNF-αの単独投与によって 9.0 倍に増加した(Control 群 vs TNF-α群、p=0.02)。TNFαと nicotine を同時投与したときの増加は 9.1 倍 と、nicotine による発現の変化は認めなかった(TNF-α群 vs TNF-α+Nicotine 群、p=1.00)(図 2B)。また、nicotine の単独投与においても発現の変化は認め なかった(Control 群 vs Nicotine 群、p=1.00)。
bEnd.3 において、TNF-αによって MAdCAM-1 の発現が亢進し、nicotine はそ の亢進を抑制したので、次に、この抑制作用に関して、nicotine の濃度用量反 応について検討した。
10
TNF-αによって MAdCAM-1 の発現は、13.6±4.3 倍に亢進した。この亢進は、
0.01μM、0.1μM、1μM、10μM、100μM、1000μM の nicotine を添加すると、
それぞれ、12.8±4.0 倍、13.0±2.2 倍、11.7±2.5 倍、7.5±1.1 倍、7.1±1.4 倍、4.3±0.1 倍となった。これらの MAdCAM-1 の発現量と、対数変換した nicotine 濃度の間に、負の相関(r=-0.68、 p<0.01)を認めた。すなわち、nicotine は 濃度依存的に、TNF-αによる MAdCAM-1 の亢進を抑制した(図 3)。また、この抑 制効果は、1000μM の濃度において、有意であった(TNF-α vs TNF-α+1000μ M nicotine、p=0.04)。
第4節 小括
血管内皮細胞株 bEnd.3 において、TNF-αは MAdCAM-1 mRNA の発現を亢進させ た。この亢進は、nicotine によって濃度依存的に抑制された。
11
第3章 炎症性腸疾患動物モデルおよび MAdCAM-1 の発現に対す る nicotine の影響に関する検討
第1節 目的
前章において、MAdCAM-1 に対する nicotine の影響を、in vitro で検討した。
その結果、TNF-αによる MAdCAM-1 の発現の亢進は、nicotine によって抑制され た。そこで次にin vivo で検討することとした。Nicotine が腸炎を改善したと いう報告は既にあるが、その際の MAdCAM-1 の発現に関する報告はなかった。そ こで、動物腸炎モデルに対し nicotine を投与した際の MAdCAM-1 の発現に関し て検討した。
実験腸炎に対し nicotine を投与した文献を検索したところ、IBD の動物モデ ルとして頻用されている、マウス dextran sulfate sodium(DSS)腸炎(52)に対 し nicotine を異なる濃度、および異なる経路で投与した報告があった(53)。こ の報告においては、C57BL/6J マウスに、DSS(1~5%)が自由飲水により投与さ れ、nicotine が自由飲水(6~100µg/ml)、皮下注射(0.1~2mg/kg)、あるいは、
皮下埋め込みポンプによる持続注射(2.5~25mg/kg/day)により投与された。そ の結果、自由飲水群と持続皮下投与群において組織学的腸炎が抑制された。これ を参考にし、nicotine は自由飲水で投与することとした。
また、ヒトが喫煙したときの nicotine の血中濃度が 10-50ng/ml(54,55)で、
ヒトに nicotine の貼付剤を使用したときの血中濃度が 10-25ng/ml(56)であり、
C57BL/6J マウスに 100μg/ml nicotine を自由飲水させると、27.5±12ng/ml(53) の血中濃度が得られることから、この濃度は喫煙者における nicotine の血中濃 度に近いと考えられ、nicotine の投与濃度は 100μg/ml とした。
すなわち、IBD 腸炎モデルとしてマウス DSS 腸炎を使用し、そこに 100μg/ml nicotine を自由飲水で投与し、大腸における MAdCAM-1 の発現に対する nicotine
12 の影響について検討した。
第2節 方法
第1項 動物と試薬
8 週齢の雄性 C57BL/6J マウス(日本 SLC、静岡)を、対照群(n=5)、Nicotine 群(n=5)、DSS 群(n=10)、DSS+Nicotine 群(n=10)の 4 群に分けた。対照群に は水を、Nicotine 群には nicotine を 100μg/ml の濃度で水に溶解したものを、
DSS 群には DSS(Lot. M7191、分子量 36,000-50,000、Sigma-Aldrich)を 3%の 濃度で水に溶解したものを、DSS+Nicotine 群には、nicotine および DSS をそ れぞれ 100μg/ml および3%となるよう水に溶解したものを、7 日間自由飲水さ せたのちに安楽死させ、大腸を採取した。
実験は、防衛医科大学校実験動物倫理委員会の承認を得て行った(No.13060)。 動物の取扱は、防衛医科大学校実験動物使用に関するガイドラインに準拠し、こ れを遵守した。以降の動物実験も同様である。
第2項 腸炎の評価
腸炎は、体重変化率、disease activity index(DAI)、大腸の腸管長、病理組 織学的スコアで評価した。
体重変化率は、初日(Day0)の体重を 1 とし、各観察日における体重を比で表 した。DAI は、各観察日毎に、体重減少(0:体重減少なし、1:5-10%、2:10- 15%、3:15-20%、4:20%以上)、便性状(0:正常、2:軟便、4:水様便)、出 血(0:正常、2:微量、4:肉眼的出血)のように点数化した(57)。病理組織学 的スコアは、それぞれの部位で、表 1 のように点数化した。
第3項 RNA の抽出と測定
大腸における mRNA の発現を RT-PCR 法で評価した。採取したサンプルは、
RNAlater(Thermo Fisher Scientific)を浸透させたのちに-20℃で保管した。
13
組織のホモジナイズには、MagNA Lyser(Roche、Basel、Switzerland)を使用し た(6500rpm、50 秒)。ホモジナイズ後の RNA の抽出および逆転写およびリアル タイム PCR による Ct 値の測定は、第 2 章と同様の方法で行った。
第4項 免疫染色
採取した検体は periodate-lysine-paraformaladehyde 溶液に 4℃で 12 時間 固定した後、10%、15%、20%スクロース含有 PBS で脱水し、Tissue-Tek OCT compound(サクラファインテック、東京)に包埋し、ドライアイスで凍結させ、
7μM で薄切した。一次抗体として Rat anti-mouse MAdCAM-1(MECA367 clone、
BD PharMingen、San Diego、CA、USA)を 4℃で一晩反応させ、PBS で洗浄し、ビ オチン化した二次抗体 Goat anti-rat IgG(SouthernBiotech、Birmingham、AL、
USA)を室温で 90 分反応させ、streptavidin-fluorescein isothiocyanate(FITC)
(BD PharMingen)と 30 分反応させた。作成した標本は、蛍光顕微鏡 BZ-X700
(キーエンス、大阪)で観察した。MAdCAM-1 の発現の強さは、粘膜筋板の単位 長さあたりの、FITC 陽性血管の数で評価した(各群 n=4-6)。
第5項 統計処理
結果は平均値±標準誤差で示した。各群内における初日と各観察日間の体重 変化率の比較には Dunnett の検定を、DAI スコアの比較には Steel の検定を使用 した。各群間の比較においては、DAI スコアと病理組織学スコアでは Steel-Dwass の検定を、その他のデータでは Tukey-Kramer の HSD 検定を使用した。
第3節 結果
第1項 腸炎の症状に関する検討
各群内での日別の体重は、Control 群においては、Day0 を 1 として、Day6 に 1.02±0.01 と、有意に増加した(p<0.01)。一方、DSS 群においては、Day4 から 体重減少に転じ、Day6 で 0.91±0.01 と、有意に減少した(p<0.01、p<0.01)。
14
Day6 における各群間の体重は、Control 群の 1.02±0.01 と比較し、DSS 群で は 0.91±0.01 と有意に低下していた(p<0.01)。この変化は、DSS と nicotine を同時に投与しても、0.93±0.02 と変化しなかった(DSS 群 vs DSS+Nicotine 群、p=0.52)。また、nicotine の単独投与では 1.03±0.00 と、Control 群と比較 し、変化は認めなかった(p=0.95)(図 4A)。
各群内での日別 DAI スコアは、Control 群において、Day0と Day6 でともに 0.0±0.0 と、変化を認めなかった(p=1.00)。DSS 群においては、Day4 で 0.5±
0.2(p<0.05)、Day5 で 1.7±0.3(p<0.01)、Day6 で 4.5±0.6(p<0.01)と、有 意に増加した。
Day6 における各群の DAI スコアを比較すると、Control 群の 0.0±0.0 に比べ、
DSS 群では 4.5±0.6 と、DAI スコアの増加を認めた(p<0.01)。この DSS による スコアの増加は、nicotine の追加によって 1.8±0.3 にまで抑制された(DSS 群 vs DSS+Nicotine 群、p<0.01)(図 4B)。また、nicotine の単独投与では Control 群と比べて変化は認めなかった(p=1.00)。
第2項 腸炎の組織学的検討
大腸の腸管長は、Control 群の 70.8±2.1mm と比較し、DSS 群では 51.7±1.8mm と短縮を認めた(p<0.01)。DSS 群に nicotine を加えると、57.9±1.4mm と、DSS 群に比し短縮の程度は減弱した(DSS 群 vs DSS+Nicotine 群、p=0.04)(図 4C)。 また、nicotine の単独投与では 78.4±2.7mm と、Control 群との間に差は認め なかった(p=0.20)。
病理組織学的スコアは、Control 群の 0.4±0.4 点と比較し、DSS 群では、19.7
±2.9 点と、有意な増加を認めた(p<0.01)。DSS 群に nicotine を加えると、こ の増加は、8.3±2.0 点と有意に減弱した(DSS 群 vs DSS+Nicotine 群、p=0.03)
(図 4D)。一方、nicotine の単独投与では 0.6±0.6 点と、Control 群と比較し て、変化を認めなかった(p=1.00)。
15
第3項 腸炎における接着分子と TNF-αの発現の比較
大腸の MAdCAM-1 mRNA の発現は、DSS の単独投与によって、1.9 倍に増加した
(p<0.01)。DSS 群に nicotine を加えると、MAdCAM-1 mRNA の発現の増加は 1.5 倍にとどまった(DSS 群 vs DSS+Nicotine 群、p<0.01)(図 5A)。また、nicotine の単独投与では、Control 群と比べ変化しなかった(p=1.00)。
VCAM-1 mRNA の発現は、DSS、nicotine のいずれの投与によっても変化しなか った。(Control vs DSS、p=0.72)(DSS vs DSS+Nicotine、p=0.64)(Control vs Nicotine、p=0.82)(図 5B)。
TNF-α mRNA の発現は、DSS の単独投与によって 10.2 倍に上昇した(p=0.03)。 DSS 群に nicotine を加えても、この上昇は 10.2 倍と変化しなかった(p=1.00)。 また、nicotine 単独では、0.87 倍と、Control 群と比べて変化しなかった(p=1.00)
(図 5C)。
マウス DSS 腸炎による MAdCAM-1 mRNA の発現の亢進を、nicotine が抑制した ので、続いて免疫染色で検討した。
大腸において、MAdCAM-1 は、粘膜の微小血管に発現していた(図 6A)。 粘膜筋板 1mm あたりの MAdCAM-1 陽性血管数は、Control 群の 0.83±0.48/mm と比較し DSS 群で 5.0±0.32/mm と有意に上昇していた(p<0.01)。この上昇は、
DSS と nicotine を同時に投与することによって、2.5±0.34/mm にまで有意に低 下した(DSS 群 vs DSS+Nicotine 群、p<0.01)(図 6B)。一方、nicotine 単独で は 1.3±0.25/mm と、Control 群と比べて変化しなかった(p=0.85)。
第4節 小括
前章での in vitro の実験と同様、DSS 腸炎において MAdCAM-1 の発現が亢進 し、その亢進は nicotine の投与により抑制された。また同時に、腸炎の症状お よび組織学的所見が抑制された。また、TNF-αおよび VCAM-1 mRNA の発現は、
16
nicotine によって変化しなかった。これらのことから、nicotine による DSS 腸 炎の抑制に、MAdCAM-1 が関与していることが示唆された。
17
第4章 炎症性腸疾患動物モデルにおける腸管への白血球リク ルートメントに対する nicotine の影響に関する検討
第1節 目的
前章において、nicotine は、DSS 腸炎における MAdCAM-1 の発現の亢進を抑制 した。MAdCAM-1 は、炎症環境下での白血球リクルートメントに深く関与してい る。当研究室でも、抗 MAdCAM-1 抗体が、DSS 腸炎における白血球リクルートメ ントを改善させることを報告してきた(58)。
本章においては、DSS 腸炎によって亢進した白血球リクルートメントが、
nicotine によって抑制されるかどうかについて検討した。
第2節 方法
第1項 動物と試薬
第 3 章と同様に、C57BL/6J マウスに DSS と nicotine の投与をおこなった(各 群 n=7)。
第2項 微小循環の観察
腸管における白血球リクルートメントは、蛍光標識した白血球を静脈から血 管内に投与し、腸管の微小循環を蛍光生体顕微鏡下に観察することで、標識白血 球が血管内から血管外へとマイグレーションする様子をリアルタイムに観察す ることが可能である(45,46)。
被検マウスとは別に、C57BL/6J マウスから脾臓を摘出し、破砕し、0.83%
ammonium phosphate/chloride lysis buffer で赤血球を溶血し、 1.0×108 cells/ml 脾細胞懸濁液を作成した。これを 5-(and-6)-carboxyfluorescein diacetate succinimidyl ester(CFSE)(Thermo Fisher Scientific)で標識し た。
18
被検マウスは、あらかじめ、持続麻酔下に大腸を展開し、倒立型蛍光生体顕微 鏡 IX70(オリンパス、東京)で粘膜側から観察した。標識脾細胞懸濁液 0.3ml を、頚静脈から被検マウスに投与し、60 分間録画した。1mm 四方の領域を観察 し、その領域における血管壁に接着後 30 秒以上とどまるリンパ球を計数した。
第3項 統計処理
結果は、平均値±標準誤差で示した。各群間の平均の比較には Tukey-Kramer の HSD 検定を使用した。
第3節 結果
CFSE 標識脾細胞の投与を投与すると、観察画面内の微小血管内に、標識脾細 胞が流入した。標識脾細胞の一部は、血流にのってそのまま画面外に流出し、一 部の標識脾細胞は流速を落とし、血管壁に接着した(図 7A)。接着した標識脾細 胞の中には、時間経過とともに再び流出するものもあった。いずれの群において も、単位時間内に画面内に流入した標識脾細胞数は変わらなかった。
大腸粘膜微小血管への接着数は、Control 群では 8.9±3.3/mm2であった。DSS 群では、34.4±5.7/mm2と有意に増加した(p<0.01)。DSS と nicotine の同時投 与群では、大腸微小血管への接着数は、19.4±5.7/mm2 と有意に抑制された
(p<0.01)(図 7B)。なお、nicotine 単独投与群においては、接着数の変化は見 られなかった(6.1±1.0/mm2、p=0.85)。
第4節 小括
DSS 腸炎では、大腸微小血管への標識脾細胞接着数は増加した。この増加は、
nicotine を加えることによって抑制された。Nicotine が実際に白血球リクルー トメントを抑制することが、in vivo で示された。
19
第5章 炎症性腸疾患動物モデルにおいてリンパ球表面に発現 する接着分子に対する nicotine の影響に関する検討
第1節 目的
MAdCAM-1 のリガンドであるα4β7-integrin は、α鎖とβ鎖のサブユニット で構成されている。そのβ7 鎖欠損マウスにおける DSS 腸炎では、腸炎および大 腸リンパ球浸潤が減弱する(59)。これは、腸炎におけるリンパ球リクルートメン トの異常には、血管内皮に発現した MAdCAM-1 だけではなく、リンパ球に発現し たα4β7-integrin も関与していることを示している。
前章において、DSS 腸炎における白血球リクルートメントが、nicotine によっ て抑制された。これは、第 2 章、第 3 章の結果から、nicotine が血管内皮細胞 の MAdCAM-1 の発現を抑制したことによるものと考えられる。しかしながら、
MAdCAM-1 に加え、そのリガンドであるα4β7-integrin の発現を低下させるこ とで DSS 腸炎を抑制した可能性は否定できない。そこで、DSS 腸炎における、リ ンパ球表面のα4β7-integrin の発現に対する nicotine に影響について検討し た。
第2節 方法
第1項 動物と試薬
第 3 章と同様に、C57BL/6J マウスに DSS と nicotine の投与をおこなった(各 群 n=3)。
第2項 フローサイトメトリーによるリンパ球表面の接着分子の解析 マウスを麻酔下に安楽死させ、 脾臓を摘出し、破砕し、0.83% ammonium phosphate/chloride lysis buffer で赤血球を溶血させた。回収した 2×106個 の脾細胞に、各種の抗体を 5μl 加え、45 分氷上に静置し、FBS を 2%の濃度で含
20
有する PBS(2%FBS-PBS)で 2 回洗浄したのち、500μl の 2%FBS-PBS で懸濁し、
35μm セルストレーナー付きチューブ(Corning)に移した。標識として、
propidium iodide(PI)(SouthernBiotech)、Hamster anti-mouse CD3e PE(145- 2C11 clone、Miltenyi Biotec、Bergisch Gladbach、Germany)、Rat anti- human/mouse integrin beta 7 FITC(FIB504 clone、Thermo Fisher Scientific)、 Rat IgG2a FITC isotype control 抗体(Miltenyi Biotec)を用いた。フローサ イトメトリーには、BD FACS Calibur(BD Biosciences、Franklin Lakes、NJ、
USA)を用い、解析には BD CellQuest Pro(BD Biosciences)を用いた。PI 陰性 かつ CD3e 陽性の細胞集団を解析対象とし、ヒストグラムを比較した。
第3節 結果
Control 群と Nicotine 群で、β7-integrin の発現に差は認めなかった(図 8)。 DSS 群と DSS+Nicotine 群では、β7-integrin の発現に差は認めなかった。すな わち、いずれも nicotine はリンパ球表面に発現したβ7-integrin を低下させな かった。
第4節 小括
生理的環境下および炎症環境下で、nicotine はリンパ球表面に発現したβ7- integrin を低下させなかった。
21
第6章 総括
In vitro の実験では、TNF-αによって血管内皮細胞株の MAdCAM-1 および VCAM- 1 の発現が亢進した。Nicotine は MAdCAM-1 の亢進を抑制したが、VCAM-1 の亢進 は抑制しなかった。Nicotine 単独ではこれらの接着分子の発現は変化しなかっ た。
In vivo では、生理的環境下では、nicotine は大腸における MAdCAM-1、VCAM- 1、リンパ球におけるβ7-integrin の発現に影響しなかった。DSS による炎症環 境下において、nicotine は、DSS によって亢進した MAdCAM-1 の発現を抑制した が、亢進した TNF-αの発現は抑制せず、リンパ球のβ7-integrin の発現を低下 させなかった。
22
第7章 考察
まず、in vitro で血管内皮細胞株において、TNF-αによる MAdCAM-1 の発現の 亢進が、nicotine によって抑制された。次に、in vivo で、DSS による MAdCAM- 1 の発現の亢進は、nicotine によって抑制されることを確認した。さらに、DSS 腸炎における白血球リクルートメントの亢進が nicotine によって抑制されるこ とを生体顕微鏡観察で確認した。これらのことから、nicotine は血管内皮細胞 に作用し、炎症環境下での MAdCAM-1 の発現の亢進を抑制し、白血球リクルート メントの亢進を抑制し、DSS 腸炎を抑制することが示唆された。
本研究においては、in vitro および in vivo で、nicotine が血管内皮細胞の MAdCAM-1 の亢進を抑制した。一方で、in vivo で、DSS 腸炎における TNF-αの発 現の亢進は、nicotine によって変化しなかった。これは、nicotine がマクロフ ァージの TNF-αの産生を抑制して間接的に血管内皮の MAdCAM-1 の発現を抑制 する機序よりは、直接血管内皮に作用して MAdCAM-1 の発現を抑制する機序を示 唆している。
また、in vitro および in vivo では、MAdCAM-1 と VCAM-1 では、nicotine に よる抑制効果に差がみられた。すなわち、MAdCAM-1 の亢進は nicotine で抑制さ れたが、VCAM-1 の亢進は nicotine では抑制されなかった。
In vivo の検討では、nicotine は、MAdCAM-1 の亢進を抑制するだけでなく、
白血球リクルートメントの亢進も抑制することが確認された。しかしながら、白 血球リクルートメントには、MAdCAM-1 のみならず、そのリガンドであるα4β7- integrin の発現が関与している(65)。そのため、本研究では、nicotine がα4β 7-integrin に作用し白血球リクルートメントを抑制した可能性について検討し た。フローサイトメトリーによるリンパ球表面抗原の解析をおこなったが、
nicotine は、integrin のβ7 鎖の発現を低下させなかった。
23
本研究においては、nicotine は MAdCMA-1 の発現を修飾し、腸炎における白血 球リクルートメントを抑えたが、この抑制作用は、非炎症時には認めなかった。
本研究においては、nicotine が血管内皮細胞に作用する機序については検討 していない。血管内皮細胞には、ニコチン性アセチルコリン受容体(nicotinic acetylcholine receptor、nAChR)が発現している。この受容体は種々のサブユ ニットの 5 量体で構成されているが、血管内皮では、α2、α3、α4、α5、α7、
β2、β4 サブユニットの発現が報告されている(60–62)。中でもα7nAChR は、α 7nAChR 欠損マウスで DSS 腸炎が悪化する(63)など、免疫に深く関与している (36,64)。機序として、これらの受容体を介して作用した可能性はあるが、さら なる詳細の解明は今後の検討課題である。
本研究では、MAdCAM-1 と VCAM-1 では、nicotine による抑制効果に差がみら れた。VCAM-1 のような臓器非特異的接着分子の発現に対する影響が少なく、腸 管特異的な接着分子である MAdCAM-1 に対して作用することは、免疫抑制による 有害事象も全身ではなく局所に限定される可能性を示唆している。これは、抗 TNF-α抗体のような全身作用性の免疫抑制剤にはない長所であり、抗 MAdCAM-1 抗体や抗α4β7-integrin 抗体といった腸管特異的接着分子を標的とした分子 標的薬も同様の長所を備えている。また、nicotine は MAdCMA-1 の発現を修飾し、
腸炎における白血球リクルートメントを抑制した。また、この抑制作用は、非炎 症時には認めなかった。これは、生理的条件下において、免疫抑制からの易感染 性という有害事象の可能性が低いことを示唆している。これは、生理的な免疫も 抑制してしまう抗 MAdCAM-1 抗体や抗α4β7-integrin 抗体よりも優れた点であ る。さらに、nicotine のような低分子化合物では、免疫原性や高製造原価とい った抗体製剤の欠点の克服が期待できる。このように、腸管特異的接着分子の発 現の調節メカニズムの解明と、それを標的とした薬剤の開発は、生涯にわたる治 療が必要となる潰瘍性大腸炎患者および医療経済にとって福音をもたらすと考
24 えられ、今後さらなる研究が望まれる。
25
第8章 結論
炎症環境下において、nicotine は、大腸の血管内皮における MAdCAM-1 の亢進 を抑制することで、白血球リクルートメントを抑制し、腸炎を抑制した。
26
第9章 謝辞
本稿を終えるにあたり、御指導、御校閲を賜りました防衛医科大学校内科学講 座講師 渡辺知佳子博士、防衛医科大学校内科学講座教授 穂苅量太博士、およ び、防衛医科大学校前学校長 三浦総一郎博士に衷心より感謝申し上げます。
本研究の遂行に際し、貴重な御助言、御協力を賜りました防衛医科大学校内科 学講座教室員諸先生に深く感謝の意を表します。
また、本研究の一部は、一般財団法人 防衛医学振興会、および、厚生労働省 難治性疾患克服研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」、文部科学 省科学研究費助成事業(課題番号 26460980)からの助成金により実施しました。
この場を借りて深謝致します。
本研究の主旨は、日本消化器病学会大会(第 56 回、2014 年 10 月、神戸)日 本微小循環学会総会(第 39 回、2014 年 2 月、東京)、日本リンパ学会総会(第 38 回、2014 年 6 月、東京)(第 39 回、2015 年 3 月、東京)、日本医療研究開発 機構委託費(難治性疾患実用化研究事業) 「独自の体外病態モデルによる難 治性炎症性腸疾患の革新的治療薬開発に関する研究」班会議(2016 年 1 月、東 京)、World Congress for Microcirculation(第 10 回、2015 年 9 月、京都)、 Experimental Biology(2016 年 4 月、サンディエゴ、アメリカ合衆国)、DDW(2014 年 5 月、シカゴ、アメリカ合衆国)(2015 年 5 月、ワシントン D.C.、アメリカ合 衆国)(2016 年 5 月、サンディエゴ、アメリカ合衆国)で発表した。
27
第10章 単語・略語説明
5-ASA:5-aminosalicylic acid
cDNA:complementary deoxyribonucleic acid
CFSE:5-(and-6)-carboxyfluorescein diacetate succinimidyl ester DAI:disease activity index
DSS:dextran sulfate sodium FBS:fetal bovine serum
FITC:fluorescein isothiocyanate HEV:high endothelial venule IBD:inflammatory bowel disease
ICAM-1:intercellular adhesion molecule-1
MAdCAM-1:mucosal vascular addressin cell adhesion molecule-1 mRNA:messenger ribonucleic acid
nAChR :nicotinic acetylcholine receptor PBS:phosphate-buffered saline
PI:propidium iodide
PCR:polymerase chain reaction RT:reverse transcription TNF:tumor necrosis factor
VCAM-1:vascular cell adhesion molecule-1
28
第11章 参考文献
1. 鈴木康夫, 松井敏幸, 中村志郎. 厚生労働科学研究費補助金 難
治性疾患等政策研究事業 「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」
(鈴木班) 平成27年度分担研究報告書 別冊 潰瘍性大腸炎・クローン病 診断基準・治療指針. 2017.
2. 厚生労働省. 平成27年度衛生行政報告例 第10章 特定医療(指
定難病)・特定疾患 1 特定医療費(指定難病)受給者証所持者数,年齢 階級・対象疾患別 [Internet]. 2015. Available from: http://www.e- stat.go.jp/SG1/estat/Csvdl.do?sinfid=000031487704
3. Miura S, Komoto S, Watanabe C, Hokari R. Medical
Treatment for Ulcerative Colitis (UC) in the Elderly. Nippon Daicho Komonbyo Gakkai Zasshi. 2011;64(10):825–8.
4. Dixon WG, Hyrich KL, Watson KD, Lunt M, Galloway J, Ustianowski A, et al. Drug-specific risk of tuberculosis in patients with rheumatoid arthritis treated with anti-TNF therapy: results from the British Society for Rheumatology Biologics Register (BSRBR). Ann Rheum Dis. 2010 Mar;69(3):522–8.
5. Bongartz T, Sutton AJ, Sweeting MJ, Buchan I, Matteson EL, Montori V. Anti-TNF antibody therapy in rheumatoid arthritis and the risk of serious infections and malignancies: systematic review and meta-analysis of rare harmful effects in randomized controlled trials. JAMA. 2006 May 17;295(19):2275–85.
6. Schnitzler F, Fidder H, Ferrante M, Noman M, Arijs I, Van Assche G, et al. Long-term outcome of treatment with infliximab in
29
614 patients with Crohn’s disease: results from a single-centre cohort.
Gut. 2009 Apr;58(4):492–500.
7. Jostins L, Ripke S, Weersma RK, Duerr RH, McGovern DP, Hui KY, et al. Host-microbe interactions have shaped the genetic architecture of inflammatory bowel disease. Nature. 2012 Nov 1;491(7422):119–24.
8. Moayyedi P, Surette MG, Kim PT, Libertucci J, Wolfe M, Onischi C, et al. Fecal Microbiota Transplantation Induces Remission in Patients With Active Ulcerative Colitis in a Randomized Controlled Trial. Gastroenterology. 2015 Jul;149(1):102–109.e6.
9. Schultsz C, Van Den Berg FM, Ten Kate FW, Tytgat GN, Dankert J. The intestinal mucus layer from patients with
inflammatory bowel disease harbors high numbers of bacteria
compared with controls. Gastroenterology. 1999 Nov;117(5):1089–97.
10. Su L, Shen L, Clayburgh DR, Nalle SC, Sullivan EA, Meddings JB, et al. Targeted epithelial tight junction dysfunction causes immune activation and contributes to development of experimental colitis. Gastroenterology. 2009 Feb;136(2):551–63.
11. Takayama T, Kamada N, Chinen H, Okamoto S, Kitazume MT, Chang J, et al. Imbalance of NKp44(+)NKp46(-) and
NKp44(-)NKp46(+) natural killer cells in the intestinal mucosa of patients with Crohn’s disease. Gastroenterology. 2010 Sep;139(3):882–
92, 892-3.
12. Fiocchi C, Battisto JR, Farmer RG. Studies on isolated gut mucosal lymphocytes in inflammatory bowel disease. Detection of
30
activated T cells and enhanced proliferation to Staphylococcus aureus and lipopolysaccharides. Dig Dis Sci. 1981 Aug;26(8):728–36.
13. Berg DJ, Davidson N, Kühn R, Müller W, Menon S, Holland G, et al. Enterocolitis and colon cancer in interleukin-10-deficient mice are associated with aberrant cytokine production and CD4(+) TH1-like responses. J Clin Invest. 1996 Aug 15;98(4):1010–20.
14. Fujino S, Andoh A, Bamba S, Ogawa A, Hata K, Araki Y, et al. Increased expression of interleukin 17 in inflammatory bowel disease. Gut. 2003 Jan;52(1):65–70.
15. Yen D, Cheung J, Scheerens H, Poulet F, McClanahan T, McKenzie B, et al. IL-23 is essential for T cell-mediated colitis and promotes inflammation via IL-17 and IL-6. J Clin Invest. 2006 May;116(5):1310–6.
16. Villablanca EJ, Cassani B, Von Andrian UH, Mora JR.
Blocking lymphocyte localization to the gastrointestinal mucosa as a therapeutic strategy for inflammatory bowel diseases.
Gastroenterology. 2011;140(6):1776–84.
17. Erle DJ, Briskin MJ, Butcher EC, Garcia-Pardo A, Lazarovits a I, Tidswell M. Expression and function of the
MAdCAM-1 receptor, integrin alpha 4 beta 7, on human leukocytes. J Immunol. 1994 Jul 15;153(2):517–28.
18. Habtezion A, Nguyen LP, Hadeiba H, Butcher EC. Leukocyte Trafficking to the Small Intestine and Colon. Gastroenterology. 2016 Feb;150(2):340–54.
19. Briskin M, Winsor-Hines D, Shyjan A, Cochran N, Bloom S,
31
Wilson J, et al. Human mucosal addressin cell adhesion molecule-1 is preferentially expressed in intestinal tract and associated lymphoid tissue. Am J Pathol. 1997 Jul;151(1):97–110.
20. Kato S, Hokari R, Matsuzaki K, Iwai A, Kawaguchi A, Nagao S, et al. Amelioration of murine experimental colitis by inhibition of mucosal addressin cell adhesion molecule-1. J Pharmacol Exp Ther.
2000 Oct;295(1):183–9.
21. Ager A. High Endothelial Venules and Other Blood Vessels:
Critical Regulators of Lymphoid Organ Development and Function.
Front Immunol. 2017;8(FEB):45.
22. Feagan BG, Rutgeerts P, Sands BE, Hanauer S, Colombel J- F, Sandborn WJ, et al. Vedolizumab as induction and maintenance therapy for ulcerative colitis. N Engl J Med. 2013 Aug 22;369(8):699–
710.
23. Vermeire S, Sandborn WJ, Danese S, Hébuterne X, Salzberg BA, Klopocka M, et al. Anti-MAdCAM antibody (PF-00547659) for ulcerative colitis (TURANDOT): a phase 2, randomised, double-blind, placebo-controlled trial. Lancet (London, England). 2017 May 17;
24. Satsangi J, Jewell DP, Bell JI. The genetics of inflammatory bowel disease. Gut. 1997 May 1;40(5):572–4.
25. Halfvarson J, Bodin L, Tysk C, Lindberg E, Järnerot G.
Inflammatory bowel disease in a Swedish twin cohort: a long-term follow-up of concordance and clinical characteristics. Gastroenterology.
2003 Jun;124(7):1767–73.
26. Boyko EJ, Koepsell TD, Perera DR, Inui TS. Risk of
32
ulcerative colitis among former and current cigarette smokers. N Engl J Med. 1987 Mar 19;316(12):707–10.
27. Mahid SS, Minor KS, Soto RE, Hornung CA, Galandiuk S.
Smoking and inflammatory bowel disease: a meta-analysis. Mayo Clin Proc. 2006 Nov;81(11):1462–71.
28. Birtwistle J, Hall K. Does nicotine have beneficial effects in the treatment of certain diseases? Br J Nurs. 1996;5(19):1195–202.
29. Birtwistle J. The role of cigarettes and nicotine in the onset and treatment of ulcerative colitis. Postgrad Med J. 1996
Dec;72(854):714–8.
30. Wolf JM, Lashner BA. Inflammatory bowel disease: sorting out the treatment options. Cleve Clin J Med. 2002 Aug;69(8):621–6, 629–31.
31. McGrath J, McDonald JWD, Macdonald JK. Transdermal nicotine for induction of remission in ulcerative colitis. Cochrane database Syst Rev. 2004 Oct 18;(4):CD004722.
32. Ingram JR, Thomas GAO, Rhodes J, Green JT, Hawkes ND, Swift JL, et al. A randomized trial of nicotine enemas for active
ulcerative colitis. Clin Gastroenterol Hepatol. 2005 Nov;3(11):1107–14.
33. Sandborn WJ, Tremaine WJ, Offord KP, Lawson GM, Petersen BT, Batts KP, et al. Transdermal nicotine for mildly to moderately active ulcerative colitis. A randomized, double-blind, placebo-controlled trial. Ann Intern Med. 1997 Mar 1;126(5):364–71.
34. Pullan RD, Rhodes J, Ganesh S, Mani V, Morris JS, Williams GT, et al. Transdermal nicotine for active ulcerative colitis. N Engl J
33 Med. 1994 Mar 24;330(12):811–5.
35. Verschuere S, De Smet R, Allais L, Cuvelier CA. The effect of smoking on intestinal inflammation: what can be learned from animal models? J Crohns Colitis. 2012 Feb;6(1):1–12.
36. Tracey KJD a-D 19-26 DO-10. 1038/Nature0132. N [Pii] DP- NLMET-2002/12/20. The inflammatory reflex. Nature. 2002 Dec 19;420(6917):853–9 ST–The inflammatory reflex.
37. Wang H, Yu M, Ochani M, Amella CA, Tanovic M, Susarla S, et al. Nicotinic acetylcholine receptor alpha7 subunit is an essential regulator of inflammation. Nature. 2003 Jan 23;421(6921):384–8.
38. Tsuchida Y, Hatao F, Fujisawa M, Murata T, Kaminishi M, Seto Y, et al. Neuronal stimulation with 5-hydroxytryptamine 4 receptor induces anti-inflammatory actions via α7nACh receptors on muscularis macrophages associated with postoperative ileus. Gut.
2011;60(5):638–47.
39. Fujii T, Tsuchiya T, Yamada S, Fujimoto K, Suzuki T, Kasahara T, et al. Localization and synthesis of acetylcholine in
human leukemic T cell lines. J Neurosci Res. 1996 Apr 1;44(1):66–72.
40. Rosas-Ballina M, Olofsson PS, Ochani M, Valdés-Ferrer SI, Levine YA, Reardon C, et al. Acetylcholine-synthesizing T cells relay neural signals in a vagus nerve circuit. Science. 2011 Oct
7;334(6052):98–101.
41. Martelli D, McKinley MJ, McAllen RM. The cholinergic anti- inflammatory pathway: a critical review. Auton Neurosci. 2014
May;182:65–9.