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学艦欝督1げ7引03

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Academic year: 2021

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(1)

  修士学位論文

艦名  フランソワ・モーンァソク

   ㌃ジスプスクルー』、r衣り、仔川』

   榊 榊ξ∴ゾるイ宏曲榊久夫夫榊二冊し軌舳舳柵棚榊、舳榊嚇

貿及柵72、蔑

摺鞠黛曲山雄二ノ庄旅吹

平蔵25 ヲ  」.⊥凋 工O鰯撮繊

人文科郷戯文化閑イ未一綱硬

学艦欝督1げ7引03

     しい!ベレがツミ

轟轡鯛義 不束肴月

(2)

目次

凡例 序章

第一部 『テレーズ・デスケルー』で描かれる人間たちめ苦悩

    第一章 囚われの身として一テレーズ・デスケルー像

    1 明断さの怪物     2 家庭の女     3 囚人の描写     4 別人のテレーズ

    5 「自分白身になる」ということ

    第二章 登場人物たち一「家族精神」、「情念」という主題

    1 ベルナール・デスケノレー     2 アンヌ・ド・ラ・トラーヴ

    3 テレーズ、ベルナール、アンヌの役割     4 精神と肉欲

    5 情念について

    6 「家族精神」と「情念」

    7 マノの火事の日

第二部 終わらぬ苦悩とテレーズの『夜の終わり』

    1 自己を犠牲にすること     2 クララ伯母とイサ     3 「捷」について     4 テレーズの「捷」

    5 静寂と神の存在     6 テレーズ、神、小説家     7 テレーズの死

    結論 参考文献一覧

P.2 P.3

P.5 P.8 P.10 P.14 P.16

P.19 P.25 P.27 P.28 P.30 P.33 P.33

P.37

P.40

P.44

P.45

P.50

P.55

P.58

P.67

P.71

(3)

凡例

一、モーリアックの著作のうち、頻繁に引用したものは、以下の略号を用いた。

OC:Jacques Pe辻it(ed一),0θα㎜鎚 o㎜2皿θ理口θ8θ6鋤崩伽ゐ860型ρお6悶vo1L I O rV;

   Ga11i二mard一,1978−1991.

NMI:Frangois Mauriac,地α昭舳x〃6㎜o曲8血勉づθα蝸,F1ammarion,1965.

SB:Frangois lMlauriac,肋α勉刀6θ8θCろ。 五θ〃ア♂αC% 6血θ皿,Bernard−Grasset,1931,

0A:Frangois Durand一(ed一),0制㎜θ8舳6oあカ弾ρ五ヵα賜Ga■ima.rd一,1990.

『著作集』:遠藤周作編『モーリアック著作集』、全六巻、春秋杜、1983年

一、  引用文中、 ()内の部分は原著者による補足、 〔〕内の部分は引用者による   補足、 (…)は原文中の省略、〔…〕は引用者による省略を示す。

一、  引用した原文は、すべて脚注にgui1emetS《》で囲んで記す。原文中、(...)は原文中   の省略、 〔...〕は引用者による省略を示す。

一、  引用文は前後を一行あけ、全文にわたって行頭から全角二字分下げて記載する。

  本文中に組み込まれた短い引用文は一重カギ括弧「」で囲む。いずれの場合も〔…〕は   中略を示す。フランス語の引用文は既訳があるものについては既訳を参照しながら、筆   者が独白に訳出した。

(4)

序章

 『テレーズ・デスケルー』(m舶8θ刀θ8ψ榊。α石1927)が出版された1920年代後半 は、『愛の砂漠』(Zθ刀6附〃θ狛m叫1925)でアカデミー小説大賞を受賞するなど、フ ランソワ・モーリアック(FrangoisMauriac,1885・1970)が小説家としての地位を確立し た時期であった。同時に、彼はキリスト者として神による救済を描かなくてはならないと いう使命と小説家として真実を描かなくてはならないという使命の間で苦しんでいた。『テ

レーズ・デスケルー』において、これら二つの使命から生じるモーリアックの願望が見ら れる。テレーズが神によって救われることへの願望と、彼女を種々の欲にまみれた生きた 存在にすることへの願望である。しかし本件晶でこの二つの願望が同時に達成されること はなく、テレーズが神に目を向けることはない。

『テレーズ・デスケルー』のあらすじ

テレーズ・デスケルーは夫毒殺未遂事件の嫌疑によって裁判にかけられるが、家族の 体裁を守るための偽証のおかげで免訴となる。裁判からの帰路で彼女は内的独自を始 め、過去を振り返る。幸福だと感じた親友アンヌと過ごした少女時代、牢獄に入った と感じた結婚と家庭生活、アンヌが愛した青年アゼヴェドとの出会い、そしてマノの 火事の目の出来事……。それらを彼女は思い出し、自分の行為に対する動機を理解し

ようとする。彼女は帰宅すると、夫の許しを得ようとするが、彼に監禁生活を命じら れてしまう。そして、彼女は絶望の中で自己を見つめる生活を始める。監禁生活のせ いで樵俸した彼女の姿を見た夫は恐怖を感じ、彼女にパリでの自由な生活を約東する。

 本件晶において、作中人物としてテレーズが多様な欲を持つ生きた存在だという点で小 説家としての彼の望みは成就されるが、キリスト者としての彼の望みは叶えられない。作 中人物テレーズが人間と変わらず生きた存在でありながら、神へと目を向ける姿を描くと いう、カトリック作家としての願望をモーリアックは叶えることができなかったのである。

そのためテレーズの存在は彼の中で生き続け、彼は『失われしもの』(αψノ6虹6ρ鉗ぬ,

1930)でわずかながら彼女を登場させ、短編『医院でのテレーズ』(㎜曲釦θ泌θz企d06加叫 1938)と『ホテルでのテレーズ』(脆6㎏8θ〃カ伽41938)を創作するI。そしてテレーズ が登場する最後の作品、『夜の終わり』(〃血1dθ血刀〃地1935)を創作する。

『夜の終わり』のあらすじ

1『医院でのテレーズ』と『ホテルでのテレーズ』は、1933年1月12日、『カンディード』

(α 必♂θ)誌に掲載され、その後1938年、短編集『沈めるものたち』に再録される。(『著 作集』、第二巻、361頁。)

(5)

パリの一角で孤独な生活を送る四十五歳のテレーズの所に突然、十七歳となった娘マ リが訪れる。マリは、家族からジョルジュ・フィロという青年との結婚を反対されて いることを相談しに来たのである。テレーズは、結婚成立のために自己の生活費とな っている松林を彼らに与えると言い出す。そのことを伝えるためにテレーズはジョル ジュと出会うが、やがて彼は彼女に惹かれ始め、テレーズに愛の告白をする。しかし 彼女と接することでジョルジュは傷つき、またマリと彼の関係は悪化していく。そし て、彼らと関わることでテレーズは次第に精神が錯乱した状態となっていく。衰弱し た彼女は、マリと共にかって過ごした土地アルシュルーズに戻り、周囲の者に介抱さ れながらただ死を待つ。

モーリアックは『夜の終わり』の前に出版され、『テレーズ・デスケルー』の創作の秘密が 描かれている『小説家と作申人物』の中で以下のように語っている。

大部分はすでに生命を失って、永遠の忘却の中に埋もれているが、今なお生き残って、

あたかもまだ完成の域に達せず、我々に最後の仕上げを期待しているかのように、我々 の周囲を俳徊している者がいる2。

彼の中で、神の存在を見出し、孤独の闇から救われるテレーズの姿を描かなかったことが 心残りとなっていたのだろう。苦しみ続けたテレーズが、神の救いを待ち望むように彼の 申で生き続けていたのである。

 しかし、この作品においても彼女が救われる姿は描かれなかった。ここで問題となるの は、モーリアックが彼女の神による救いを描くことを強く願ったにも関わらず、なぜ彼女 が登場する二つの作品で神の救済が描かれなかったのか、そして本当に彼女は救われてい ないのかという疑問である。これらの疑問に対する答えを導くために、本論において、第 一部で主人公テレ』ズと『テレーズ・デスケルー』における主要な登場人物について考察 し、第二部で第デ部を踏まえつつ、作申人物テレーズ、小説家モーリアック、そして神の 位置づけについて述べている。

2《La p1upart sont a6j主mortes et e皿seve1ies aans1 oub1iる辻erne1,mais i1y en a qui survivent,qui tournent;autour ae nous comm−e si e11es n avaient pas dit1eur dernier㎜一〇t,

co皿me sie11es a批end−aiθnt ae nous1euraemier a㏄omp1issement.》0C■,p.848.

      4

(6)

第一部『テレーズ・デスケルー』で描かれる人間たちの苦悩 第一章 囚われの身として一テレーズ・デスケルー像

 『テレーズ・デスケルー』の主人公テレーズ・デスケルーは田舎の地主ベルナール・デ スケルーと結婚するが、幸せな結婚生活を送るどころか、伝統的で保守的な家族という重 圧に苦しむ。そしてマノの山火事が起きた目に夫が薬の量を誤って飲むところを目撃する が、彼女は倦怠感から彼にそのことを伝えない。その夜彼が苦しむのを見て、彼女は自ら

その目の出来事を再現する・…・・。

 この時のテレーズの心』庸、なぜベルナールを殺そうとしたのかという疑問がこの物語の 中核となっている。夫〔殺害〕未遂の嫌疑により出廷した裁判の帰途、彼女は自分自身で この疑間の答えを探求しようと過去を遡る。しかし彼女は答えを見出すことができず、も ちろん我々読者も理解することができずに終わる。まずは、理解しがたい人物テレーズ・

デスケルーの心情を考察しつつ、その人物像を探っていく。

1 明断さの怪物

 テレーズ・デスケルーは自分が夫を〔殺害〕しようとした動機を探るために過去を思い 出す。しかし彼女の中では、〔殺害〕未遂事件につながる、ベルナールにした問題の行為を 自ら犯したという意識が欠如している。彼女は自らの手でベルナールを〔殺害〕しようと したとは考えていない。

「私は、自分の罪を知ってはいない。人が私に着せている罪を、自分は犯すつもりは なかった。自分が何をするつもりだったのか、自分にはわからない。自分自身の内と 外で、あのがむしゃらな力が何をめざして働いていたのか、一度も自分にはわからな かった。そのカが、進んでいく途中で、破壊したもの、それには、自分自身おびえた ではないか……1。」

テレーズは夫〔殺害〕未遂の事件の加害者だという意識はなく、自分で何をしようとした のかを理解していない。それでも、裁判所から夫が住むアルシュルーズの家までの道中で、

夫を〔殺害〕しようとした動機を探ろうと「告解の準備2」を始める。

 この「告解の準備」はベルナールを〔殺害〕しようとした動機を自分で理解するためで

1 《lMoi,je ne connais pas mes crim−es.Je n ai二pas vou1u ce1ui d−ont on m−e charge.Je ne saislPas ce quej aivou1u.Je n aijamais su vers q−uoitendait ce批e puissance虹。en6e en moi et hors d−e㎜oi:㏄qu e11e d6tmisaitsur sa route,j en6tais moi・m6me

terrii6e...》0C■、p.26.

2〈〈Pr6parer sa con危ssion〉〉〃.

(7)

あり、また彼に自己の心情を理解してもらおうとするために始めたものであった。そして 同時に、聖心修道院で育てられて篤い信仰心を持ち、「告解」の本来の意味を知るアンヌか

ら、ギあなたにはわからないのよ、告白の後の、許しを得た後の、この解放感が、一すっ かりあたりを清めれば、また新規まきなおしに生活を始めることが出来るのよ3」と言われ たことがきっかけともなっている。テレーズは、他者への告白のためだけでなく、解放感 を得たいという思いから暗解の準備」を始めたのである。

 神への告白のための暗解」ではなく、ベルナールに許してもらい、解放感を得たいと いう自己の欲求のためにテレーズは「告解の準備」を始めた。それだけに晧解の準備」

において、自分がなぜ問題の行為を行ったかという疑問に対して、彼女は答えを導き出そ

うとする。

ことによったら、テレーズは、もっとはっきりしないある感情に動かされていたのか もしれない。テレーズは今それをあかるみに出そうと努める。ことによったら、テレ ーズは、結婚の中に、支配や領有を求めるよりは、逃避の場所をさがしたのではない か。テレーズを結婚に追い立てたのは、一種のパニックがさせたわざなのではないか?

4

テレーズは結婚を決意した理由を考えたとき、「家庭の女(1eS主mmeS ae1a血miIe)5」

となることによって安心したいという気持ちからであったことを思い出す。暗解の準備」

において、問題の行為の理由を明確にしようとする試みが続く。この場面では、結婚を申 し込んだことについて彼女は、松林が結婚によって手に入るという理由というよりも家庭 に入ることによる安堵感を求めたという理由を思い出している。

 このように「告解の準備」で、テレーズは理解できなかった自己の感情を明確にしよう と努める。しかし、ベルナールを〔殺害〕しようとした動機をはじめとして理解できない 部分に突き当たる。ベルナールによって監禁生活を強いられ、最終的に自由の身となった テレーズだが、彼を〔殺害〕しようとした動機が分からず、彼に自己の感情を理解しても らうことが出来ずに終わる。つまり、暗解の準備」の目的、解放感を得ることや許しを得 ることが出来ずに終わるのである。

 解放感を得たいが故に、ベルナール〔殺害〕未遂の動機をはじめとした自己の行為の意 味を理解しようとするテレーズの姿を、「バンダラ覚書」(・Bandara,1e8juin1935・)の

3〈〈丁岨ne peux imaginer cette d−61ivrance aprさs1 aveu,a=prδs1ひpard−on,一一1orsq−ue,Ia p1ace ne枇e,on peut r㏄ommen㏄r sa vie sur nouveaux血ais.》乃必,P.26,

4《]Mlais Th6rさse avait ob6i peu廿εtre査un sentiment p1us obscur qu eue s efbrce ae

me批re査jour:Peut・6tre cherchait−e11e moins d−ans1e mariage une domination,une

possession,qu un re丘1ge.Ce q−ui1 y avait pr6cipit6e,n 6tait・ce pas une pa坤que?〉〉皿ゴぱ,

P.35.

5Zろゴ♂,P.97.

      6

(8)

中でモーリアックは以下のように語っている。

テレーズは、その罪よりも明断さで際立っていた。〔…〕テレーズは、明断さの怪物で ある。私は、人生においてこのような内面を見つめる力を授けられた被造物を未だか って出会ったことがないことを告白する。彼女のことを怪物と呼ぶ6。

テレーズが常に行為の意味やその時の感情を理解しようとする姿を、モーリアックは「明 断さの怪物(mOnS士re de1uCi社6)」と表現する。テレーズが夫を〔殺害〕しようとした行 為以上に彼女が自己の内面を見つめて理解しようとする姿、「明断」であろうとする姿こそ 特筆すべき特徴なのである。確かにテレーズが「告解の準備」の時間に自己の内面を見つ めて自己の行為の意味を明確にしようと欲する姿や、彼女の晩年を描いた『夜の終わり』

で以下のように彼女が自身について述べていることから、「明蜥さ」は彼女の特筆すべき特 徴と言える。

私には昔から目隠しをはぎ取る癖があった。それも周囲の人々がはっきりと物事を見 つめることができるようになるまではやめなかった7。

テレーズは、自己だけでなく他者に対してもはっきりと物事を見つめようとすることを望 む。彼女は問題の行為をした動機を分かることができないなど、自己の感情を理解できて いないが、瑚断」に理解することを欲していて、またその欲求が他者にまで及んでいる。

それ程彼女は感情を包み隠すのではなく、明るみにすることを求めているのである。

 また「怪物(monS倣e)」という表現については、彼の小説観を記した『小説論』(工θ o皿伽,

1928)において以下のように記している。

〔…〕その極限において、心理学者は、他のあらゆる者と違う人間の中に、「存在の最 もかけがえのないもの」、文字通りの怪物に到達すると想像される。ある心の最も個性 的なもの、最も特殊なもの、最も他と異なるものを明らかにすること、それこそ我々 の努めるべきことなのである8。

6《T1h6rさse n est pas re1marqluab1e par son crime,e11e1 est par sa1ucid−it6.Th6rさse,e11e est un monstre d.e Iucid二it6.J avoue n avoir jamais rencontr6d.ans1a vie une cr6ature d−ou6e d一 une te11e puissance d−e regard−int6rieur Je dis bien un皿。㎜8此θ一》北ゴ♂,P.927 7〈〈J ai toujours ce枇e manie ae d−6tacher1es band−eaux;je n avais d−e cesse que tout Ie

㎜ond−eautourd−emoiv並。1a辻》0C皿,p,124.

8〈〈〔...〕主1a1imite,onpeutimaginerque1epsycho1ogue a枇eint,d−ansrhom血e d−i鑓rent detous1esautres,・1ep1us廿remp1agab1edes6位es・・:査1a1e杭re,unmonstre.Me枕reen

1umj一さre1e p1us ind−ivid−ue1d一 un coeu馬1e p1us paエticu1ie皿1e p1us d−istinct,c est麦quoi

nous nous app五quons.〉〉0C1I,p.762.

(9)

『小説論』は1928年に出版されているが、1926年10月に「小説の擁護」(。Laa6虹。epou士 1eroman・)と題して行われた講演の内容と一致している。1926年は丁度『テレーズ・デ スケルー』の執筆時期であったことから、『小説論』において、モーリアックの当時の小説 観が述べられていると考えられる。『テレーズ・デスケルー』を執筆した時期のモーリアッ

クの考えが反映されているのである。

 そしてこの作品の中で、モーリアックは心理学者のように人間の心の申に内在するもの を暴き出すことを小説家の使命だと考え、その人間の内面における個を決定づける特殊性 のことを「怪物」と呼んでいる。つまり「怪物」とは、外面上は普通に見える登場人物の 内面にある複雑な心のもつれによってつくられるもののことである。テレーズを噸蜥さ の怪物」と表現したのは、あらゆる行動の意味を追求し、答えを出そうとする明断さ」

こそ、彼女の内面における個を決定づける特徴であることを強調するためだったのである。

 それと同時に「明瞭さ(C1art6)」という言葉は、モーリアックにとって小説家として重 要な意味を持っていたようである。彼は、『小説論』の申で「つまり、我々の主人公に、生 きた人間の非論理・未決定。複雑性を留保しながら、わが民族の天分に従って、構成し秩 序立てることを継続する一要するに、秩序と明断の作家たることをやめないことにある

・・9」と述べている。モーリアックは、フランスの小説が秩序立てて展開されるのに対して、

小説家ドストエフスキーの作品は秩序や論理性が排除されていると語る。そして、『小説論』

で小説家は相容れない両者の特徴を必要とするとモーリアックは考えている。

 「明断さ」.は、テレーズの姿であると同時にモーリアックが当時必要だと感じていた小 説家としてg態度でもある。小説家と作中人物の間に共有する部分が存在しているのであ る。そして、自己の行為の動機を明確にすることが出来ずに解放感を得ることが最終的に 出来ないテレーズの姿は、ドストエフスキーの作品における登場人物たちのように複雑さ が留保された人物なのである。

2 家庭の女

 テレーズが「明断」に分析しようとする過去の出来事の中で、彼女の心情が大きく変化 する場面が存在する。それは、結婚の場面である。

サシークレールのあの狭い教会の中での、息のつまるような婚礼の当目。婦人たちの おしゃべりが、息の切れたオルガンの音をかき消し、彼女たちの香料と体臭が、ふり まかれる祭壇の香りをかき消した婚礼の式の当目、あの目こそ、テレーズの自己が夫

9《I1s agit d−e1aisser主nqs h6ros1 i■ogisme,1 ind−6termination,1a comp1exit6des6位es vivants;et tout d−e mεme d−e continuer査。oI1stm虹e,査。rd−onner se1oh1e g6nie d−e m虹e

「ace, de de工neu「e「en丘n des6crivains d 0rare et de c1art6...〉〉乃ゴ4,p.765.

      8

(10)

われたように感じた日だった。彼女は夢遊病者のように樫に入った10。

テレーズは自ら望んで申し込んだ結婚であるにもかかわらず、家庭に入ったことにより自 己の消滅を感じる。彼女にとって結婚は不幸の始まりであり、彼女が問題の行為へと近づ いていく前触れだったのである。そして彼女が家庭に入ってから感じる感覚は、倦怠や孤 独であり、彼女が「家庭の女」としての役割を果たす程にその感覚は大きくなっていく。

不思議なのは、アンヌと彼女の両親が旅に出た後に続く幾日かをただ喪失の時期とし てしかテレーズには思い出せない事である。アルシュルーズでは、アゼヴェド青年に 働きかけ、手を引かせるために何かテレーズがうまい口実を考えるという手はずにな

っていたものの、テレーズはただ休息と眠りを思うだけだった11。

テレーズは、ベルナールや義母、義父の願いでアンヌとアゼヴェドの仲を引き裂くために 画策して欲しいと頼まれる。そして彼女はアンヌを旅行させ、遠くに引き離すことを提案 する。アンヌがいない間に、アゼヴェドに彼女が働きかけることを約東したのである。そ の計画によってアンヌがいなくなった後、彼女は麻疹状態となり、眠りや休息を求める。

 アンヌとアゼヴェドを引き離したいという気持ちは、彼女の中にもあった。ただ、彼女 が彼らを引き離すことによって、家庭の捷に従う「家庭の女」としての役割を忠実に果た

していることにもなる。テレーズは「家庭の女」として役割を果たせば果たすほど、自己 の感覚を失っていく。

テレーズは、生涯のこの時期において、他のすべてのもの同様、自分の娘からも自分 が切り離されたと感じていたのである。彼女は、人も物も、自分自身の件も、自分自 身の精神さえも、蛋気楼のごとく、自分自身の外にかかっている水蒸気のごとく、眺

めていたのである玉2。

テレーズはマリという娘を出産した後、家庭生活に耐えられなくなり始めるが、それでも

1o《Le jour6touf直nt−d−es noces,1 6troite6ghse d−e SaintICIair o亡1e cag耳e申gθ叫gs叫亭呼es

…w・it1 h・m・・i・m査b・・ta・…舶・・t・亡1・・…d・…t・i・叫Pb・iβ枇er・・…ミ,・¢

fht ce jour1義que Th6rさse se sentit perd.ue.E11e6tait e耳tp6e sρ叫nam声V坤可ans畑。等g⇔et,

・・血・…す・1・1・・・・・・・・・…虹m・・・・・…i市mi…曲1③・曲h・・θ細11中へ仰臥

pp.36−37.

11《L6trange est que Th鉦さse ne se souvient d−es jours qui suiv虹ent1eすφpa.帥す Anne et d−es La T岨ve que comme d一 me6poq−ue d−e to理e岨AArege1ouse,o亡」i1ava−it帥帥叫冊卵 qu e■e trouverait1e joint pour agir sur cetAz6v6dlo et pour1ui血ire1室。her prise,θ耳θ耳9 songeait qu au repos,au sommei.》,〃胤,P−52.

12《Th6rさse,麦。e moment d−e savie,se sentaitd−6tach6e de sa卸1e comme d−e tout1e

…t・・E11・・p・・・…it1・・銚・…H…b・・…t・・np・・p・…叩・・芋・岬鍋Pワ切・㎎台輔,細si

qu un mirage,une vapeur susp帥d−ue en dehors d一 e1Ie.〉〉乃批,p.69.

(11)

顔色を変えずベルナールや義理の父母に仕える。またマリと自分が似ていることを嫌悪し、

彼女から娘に対する母性愛を感じられない。むしろ自分の精神が体から抜けてしまったよ うな感覚になり、娘や周囲の人に対する関心を彼女は持っていないようである。テレーズ は、結婚、妊娠、出産という過程を経るごとに自己の感覚を失い、周囲に対して無関心と なっていく。「家庭の女」になることと、自己を失うことが彼女の中で同時に生じているよ

うである。

ラ・トラーヴ家の人々は、私のうちに聖なる器を眺めていたのである。彼らの仮のや どかりを。まさかの時には、この芽生えのために、私を犠牲にしたかもしれないとい うことは、疑いの余地もない。私は個人としての自分の存在の意識を失いかけていた。

私は葡萄のつるに過ぎなかった。家族から見れば、私の胎内に宿っている葡萄のつる だけが大切なのだユ3。

妊婦のテレーズは、子孫繁栄のために必要な人、家族の利益のために有益な人として見ら れている。周囲から役割を与えられているのである。そしてこの役割、つまり、ある時は 家族の捷から外れようとしている義理の妹を説得する新妻、ある時は将来土地や松林を相 続することを約束された子供の母親という「家庭の女」としての役割を家族からテレーズ

は要求され、その役割を忠実に果たすほど自己を見失っていく。こうした状態の延長線上 において、彼女は問題の行為をする。テレーズが「家庭の女」としての役割を果たすこと、

それによって自己を見失っていく彼女の心理状態を見て取ることができ、またこのことが 彼女の問題の行為へとつながっていったのである。

3 囚人の描写

 彼女は結婚し、「家庭の女」となったことで自己の感覚を失い始めた。これは、彼女の内 面に現れる変化と言えるが、同時に彼女の外面における描写はどのようなものであったの だろうか。

青春期に、陪審裁判所の息苦しい公判廷で、ごてごてと着飾った婦人傍聴者達にくら べれば、まだしも人間味のある弁護士たちの手に引き渡されたお前の白い顔を、唇の 色の消えた顔を、見たことを覚えている14。

13〈〈Les LaTrave v6n6raient en moi un vase sacr6;1e r6ceptac1e d−e1eurprog6niture;

aucun d−oute que,1e cas6ch6ant,i1s m eussent sacrii6e査。et embWon.Je perdais Ie sentiment ae mon existence ind−i杭d−ue1e Je n 6tais que1e sarment;詠uxyeux ae1a 血mi■e,1e血ui辻a枇ach6主mes entrai■es comp辻ait seuI.》乃姐,pp.66−67.

14《Ad−oIescent,je me souviens d一 avo廿apergu,dansune sa11e6tou臨批e d assises,Iivr6e

aux avocats moins髭roces que1es dames empan&c雌es,tape砒e丘gure bIanche et sans        10

(12)

まるでモーリアック白身がテレーズを実際に見たものと思わせる序文における描写である が、これは、彼が実際に見た人物をモデルとして用いた描写である。そのモデルとなった 人物は、アンリエット=ブランシュ・カナビー夫人と言う。モーリアックは『小説家と作 申人物』(Zθ五〇㎜md倣θ左8θβρθ蝸。皿〃野島1933)の中で、「例えば、『テレーズ・デスケ ルー』のいくつかの資料の中に、私が十八歳のとき、重罪裁判所で見た、二人の警官に守

られた痩せた女の毒殺犯人の姿があったことは事実である。私は証人の陳述を思い出した し、被告が毒薬を入手するために用いた処方箋偽造も利用した15」と語っている。これは、

実際に夫を毒殺しようとしたカナビー夫人について述べた文章だと考えられる。モーリア ックは、実際に目撃した裁かれた女の姿をテレーズのモデルとしているのである。ただ、

夫〔殺害〕未遂や処方箋偽造、序文で描かれるテレーズの姿以外に、カナビー夫人とテレ ーズの共通点はない。例えばカナビー夫人には、夫以外の男性を愛したという明確な犯罪 動機があった。また、「もはや私のテレーズとなんらの共通点もない。テレーズのドラマは、

彼女をこのような犯行に駆り立てたものが何であるかを彼女自身も知らなかったところに あるエ6」とモーリアックが語るように、カナビー夫人を夫〔殺害〕未遂事件の嫌疑で裁かれ るときにおけるテレーズの姿のモデルとして採用しただけなのである。

 カナビー夫人をモデルとした裁かれる際のテレーズの姿が序文で描写されているが、免 訴となった後でも彼女が未だに裁かれているものと思わせる描写が登場する。

くぼんだ頬、とび出た頬骨、とがった唇、それから、広い、みごとな額、それが、刑 の宣告を受けた女の顔を作りだしている一そうだ、男たちはテレーズを有罪と判定

しなかったけれども一永遠の孤独という刑の宣告を受けた女の顔を17。

テレーズの描写として、裁かれた女の描写がいくつか登場する。しかしここで描かれる彼 女の姿は、〔殺害〕未遂によって刑の宣告を受けたことによるものでなく、「永遠の孤独と いう刑」の宣告を受けたことによって現れる女の顔である。現実の裁判の場で免訴となっ ても、彼女は裁かれた者として描写され続ける。また裁かれる女の描写に続いて印象的な のは、囚人の描写である。

1さv蛇s.・伽♂,P.17.

15〈〈Parexemp1e,entrep1usi帥rs sources d−e地6㎏舵刀θ8ψθ㎜〃4i1y aeu㏄此ainement

1a vision que j eus,査d−ix・hu批卦ns,d一 une sa−ue a assises,d一 une maigre e皿ユpqisonneuse entre d−eux gend−armes.Je me帥is souvem d−es d−6positions d−es t6moinβ,j ai uti1is6une bistoire de血usses ord−onnances d−ont1 accus6e s 6tait survie pour se procurer1es pOiさ。ns.》北ゴ♂,p.844

16《P1us rien d−e commun avec maTh6rさse,d−ont1e d−rame6taitd.e n avoirpas su e11e−m6me ce qui1 avait pouss6e主。e geste crimine1.》亙

17・Jouescreuses,Pomme杭es,1さv蝸saspir6es,etce1a㎎e血。nt,magn逝que,compo$ent m・蜘・・d…nd・m6・1・i・bi・n♀・・1・・h・mm・・n・1 ・i・ntp・・・…㎜u…up・b1・

condamn6e註1a so此ude6teme11e.》乃批,P.25.

(13)

ベルナーノレは、後に何年も経ってから思い出す。この崩壊した肉体が、この真っ白に 化粧をした小さな顔が近寄ってくるのを見た時、彼は、いきなり.「陪審裁判所」を思 った。しかし、それはテレーズの犯した罪の連想からではなかった。〔…〕少年の彼の 眼は『ポワチエの女囚』をあらわしているその赤と緑の絵を食い入るようにみつめて

いた18。

アルシュルーズの家で監禁生活を強いられていたテレーズは、アンヌと彼女の婚約者、ベ ルナールと彼の親が家に訪れたとき姿を現す。やせ細り、真っ白に化粧をした彼女の姿を 見たベルナールは、かつて見た一枚の絵を思い出す。それが、『ポワチエの女囚』である。

 監禁されたテレーズの姿は、ベルナールに囚人、つまり何かの罪によって囚われた人間 の姿を想起させた。この場面における囚人の描写は、裁かれた女の描写が「永遠の孤独と いう刑」の宣告を受けたことによるものであると同様に、彼女が裁判にかけられ、ベルナ ールによって監禁生活を強いられたことに起因するものではない。というのも、ベルナー ルがrポワチエの女囚』とともに「陪審裁判所」を彼女の姿を見て思い起こしたのは、テ

レーズの罪からではないと、引用文中に記述されている。裁かれる女の姿も囚人の姿も彼 女の犯した罪から由来するものでなく、他の要因が存在するのである。

家族!テレーズはタバコの火を消した。じっと目をすえて、彼女はあの橿を見つめて いた。無数の生きた格子で囲まれている橦、目と耳で張り巡らされたあの濫、この橿 の申で、うずくまったまま、じっと動かず、あごを膝の上にのせ、両腕で脚を抱えて、

死ぬのを待とう19。

本作品中に家族を艦に例えて表現する箇所がいくつか見られ、テレーズが結婚する場面に おいても家が樫に例えられている。「家庭の女」となることによって自己の消滅を感じ、麻 痺状態となったテレーズにとって、家族の一員がその捷から外れればその者を裁き、監禁 までもする家族の存在は、自己から自由を奪う樫のように思われたのである。囚われた人 間として彼女が描写され、さらには彼女自身も自らを囚人だと感じるのは、彼女が「家庭 の女」となり、家族の一員となったことに起因しているのである。

 ところで、家族の一員となることによって自己の自由を奪われること、自己を犠牲にし

18《Bernard−d−evait se rappe1e巧bien如s an皿釦s ap帖s,q.u 毒1 approche d−e ce cor=ps d−6虹uit,d.e ce杭e petite丘gure b1anche et血rd−6e,i1pensa d一 詠bord一:《Cour d一 assises.》

Mais ce n 6tait pas主。ause d−u crime d−e Th6rさse.〔...〕ses yeux d一 en血nt scmtaientce dessin「ouge et ve「t qui「eP「6sentaitムθ脂9uθ8釦66dθ月0ゴ曲θ a》 メ比,pp.95 96.

19《La血mine!Th6rさse1aj−ssa6teind−re sa cigare批e;1 o∋ui1畳xe,e11e regard−aj−t ce杭e cage aux barreaux innombrab1es et vivaI1ts,cette cage tapiss6e d一 oreiues et d一 yeux,o亡

immobi1e,a㏄roupie,1e menton aux gemux,Iesbras entourant sesjambes,eI1e

a杭en虹ai辻d−e mouri血》乃姐,p.44.

      12

(14)

なければいけないことをモーリアックは「家族精神(L亙sprit ae血mi1e)」と表現する。

そして、モーリアックは本件晶の第一手稿において、本件晶の真の主題を「家族精神」と していたようである20。第一手稿の冒頭において以下のように彼は述べる。

「夫を毒殺する女性」の逸話は、フランスのブルジョワ家庭における、家名の名誉や 家族のための、この永久の犠牲というものを例証することにしかならない。つまり、

全てを覆い、全てを隠すのである。個人としての幸せを全て犠牲にする。すなわち、

断じて外に現れてはならないのだ。隠れた主題は、すなわち灰の皿(猫は糞を覆い隠 す)とも言える21。

「家族精神」とは、家名や家族のために個人を犠牲にすることである。本作品で家名を傷 つけないため行動するベルナールやその父母の姿は、「家族精神」の現れなのである。さら に、『言葉は残る』(工θ8μ〃拙燗広θ助1985)においてモーリアックは、インタビューに 答え、「家庭の女」となった女性について次のように語っている。

しかし、これらの事柄は、依然としてそれほど変化していない場や環境である。現在 でもなお、多くの場合、女性は結婚に自分の運命を賭けている。そして女性が仕事を

している場合でさえ、彼女たちは男性に運命をゆだねている。女性にとって真の牢獄 とは、彼女たちのそれらの〔結婚した〕状態である22。

 彼は結婚に身をゆだねなければいけない当時のフランスにおけるブルジョワ家庭の女性 の現状を語り、結婚した女性たちのこうした状況を牢獄だと語る。つまり家を艦に例え、「家 族精神」に囚われた女性として描かれるテレーズの姿は、モーリアックが考える「家庭の 女」の姿の代表とも言える。結婚が必然とされ、その結婚が人生を左右し、家庭に入ると 自己を犠牲にする「家庭の女」とならなければならないフランスの田舎におけるブルジョ ワ家庭で生活する女性の現状が、テレーズの姿に反映されているのである。

20第一手稿の執筆時期は、明らかではない。第一手稿の最初のぺ一ジには、テレーズ・デ スケルー、聖ロクスタ、トーマス・マンから引用したエピグラム、さらにその下に《UEsprit ae血mi■e》と記されている。

21《Lan㏄d−ote d−e《1a危mme quie㎜poisome sonmari〉〉ne se批qu 査iuustrerce sac血止。epe叩6tue1d.ansu鵬血mi■e bourgeoise血ang〈aise〉 査1 bomeurd.u nom,主1a Fami■e:tout r㏄ouvr杷tout cache血Immo1er tous1es bonheurs individ−ue1s:que ga ne

se sache pas.Le ti虹e secret est:1e p1at d−e cend−re(1es chats recouvrent1eurs ord−ures)ル 0C皿,p.929.

22《Pourtant,i1y a encore bien d−es1ieux et d−es m蛆euxo亡1es chose n ontpas te1ement

chang6.Encore aujourd一 hui,bien souvent,une主mmejoue son destin sur1e mariage.砒 m6me quand−1es危mmesont1eur m6tieちe11es restent1ivr6es auxbommes.Lav6ritab1e prisonpour1es危mmes,c esHeurcon砒iond.e島mme.》Kei仇Goesch,Zθ8μ〃ゐβ

〃8加皿ちGrasset,1985,p.233.

(15)

 この逃げ場のない状況を表現するために、家族の存在が艦として、そしてテレーズが囚 人として描かれているのである。テレーズが「家庭の女」としての役割を果たそうとする ほど自己の消滅を感じて麻疹の感覚となっていったことも、「家族精神」に従って家庭の犠 牲となっていく彼女の心理を反映したものと考えられる。彼女が自己の消滅を感じ、また 囚人のように描写されることは、ベルナールと結婚して家族の一員となったことによって

「家族精神」に従い生きていく彼女の姿を表現しているのである。

4 別人のテレーズ

ベルナールと結婚して家族の一員となったことは、彼女の外面に変化をもたらす。

「普段の面影はまるでない。まるで別人だった…。」人々はただ、彼女がいつもの外見 と違っているということを見ただけだった〔…〕23。

テレーズが自己の破滅を感じた結婚の日に、周囲の者は別人のような彼女の姿を見る。こ のように時折、テレーズの外見が変貌することがある。

「ねえ、テレーズ、そんな顔をしないでくれよ。自分でもその顔を見たら…」テレー ズはにっこり笑い、また顔に仮面をかけた24。

テレーズがベルナールになぜアゼヴェドとアンヌの結婚に反対か尋ねた時、彼はアゼヴェ ドがユダヤ人であり、彼との結婚は家にとって不名誉だという理由を述べる。その考えに 反発したテレーズが、一瞬表情を変える場面である。

 身の破滅を感じた結婚の日や、家の名誉の事ばかり考えるベルナトルに反発した際にテ レーズの外面は変化している。結婚や「家族精神」、つまり家族のために生き、家族の犠牲 者となることへのテレーズの嫌悪の表情が表されているのである。

 ところで、モーリアックは1952年に行われたジャン・アムルーシュの対話の中で、カナ ビー夫人以外にもう一人をテレーズのモデルとして採用したと答えている。この対話が、

『モーリアック著作集』第二巻に所収されている藤井史郎の「解題」において記載されて いるので、ここに引用する。

「〔…〕あなたがお話になったあの大きな額、あの身振り、あのタバコ、ある存在の仕 方といってもよいのですが、それらは、このとても親しくそして称賛すべき女友達か

23〈〈《Eue ne se ressemb1ait pas,c 6taj−t une autre personne...》Les geI1s virent seuIement qu e1e6tait di鑓rente de son apparence habitue11e〔...〕》OC皿,p.37.

24〈{《Vbyons,Th6rさse,ne血is pas ce批e丘gure:si tu te voyais...》E11e sourit,se remarqua、》皿ゴa,P.44.

      14

(16)

ら由来しています。この女性は他の女性とは全く違っていました。この女友達はこの ような顔をしていました。そして彼女は環境に全く順応できない人でした。テレーズ・

デスケルーのドラマ、それは人生に適応できないがために起こるドラマであり、《はず れ者》のドラマなのだと思います25。」

モーリアックは、家庭に順応できない実在の女性の姿をテレーズのモデルとして用いてい ると答えている。その人物は、モーリアックが親しかったボルドーに住む弁護士の若い妻 である。彼女は、地方ブルジョワの生活に全く順応できない人物であったようである。テ

レーズには、ブルジョワの家庭に順応できない女性の姿が反映されている。

 別人のように変貌するテレーズの姿は、この女性をモデルとした家族に1贋応できず家族 に対して嫌悪を抱く彼女の姿である。家族のために働く「家庭の女」という外面の下に隠 す真実のテレーズの姿は、ベルナールを〔殺害〕しようとした彼女の動機を知る上で重要 である。なぜなら、最後にパリのカフェでベルナールが初めてテレーズに彼を〔殺害〕し

ようとした理由を聞く場面で、彼女は以下のように語るからである。

「〔…〕一自分で、自分の松を数え、自分の松脂の収支を計算するが好きだったテレ ーズ、一デスケルーと名乗るものと結婚したことが得意だったテレーズ、ランドの 良家の家庭内に上席を占めたことが得意で、要するに、世間で言うように身を固めた のがうれしかったテレーズ、そのテレーズは、もう一人の別人のテレーズにおとらず 現実の存在であり、生きた存在なのです。いいえ、いいえ、もう一人の別人のために、

それを犠牲にする理由は、全然なかったのです。」

r一別人とはどんな別人だ?」

テレーズは答えるすべを知らなかった。彼は腕時計を見た26。

ベルナールにより監禁生活を強いられていたが解放され、パリで暮らすことになったテレ ーズがパリのカフェで彼と対話する最後の場面である。ここで、ベルナールは彼女に自分 を〔殺害〕しようとした理由を初めて問う。しかし、彼女は上手く説明することができず、

ただ自分の気持ちを吐露し、「別人のテレーズ」という答えが出てくる。そしてこの「別人 のテレーズ」についても彼女は上手く説明できていない。

 自ら結婚することを選択し、良家であるデスケルー家に嫁いだことに満足していたテレ 25『著作集』、第二巻、359頁。

26《《〔...〕一1aTh6rさse qui aimait査。ompter sespins e11e・mεme,r6g1er ses gemmes;

一1a Th6rさse qui6担it丘さre d一 6pouser un Desq−ueroux,d二e tenir son rang au sein d une

bome血m皿eae1a1anae,contenteen丘ndesecase巧。ommeon砒,ce批eTh6rさse・瞼es辻

aussi r6e■e que1 au辻re,aussi vivante;non,non:i n y avait aucune raison d二e1a

SaCri丘er麦rautre.

一Que11eautre?l1

Eue ne sut que r6pondre,et i1regard−a sa montre。》OC皿,p.104.

(17)

一ズも彼女そのものである。そして丁別人のテレーズ」は、家族の一員となること、r家庭 の女」となることを選択したにも関わらず、家族の存在を欝陶しいと感じるテレーズのこ

とである。「別人のテレーズ」によって家庭生活が破壊され、周囲から見たテレーズが望ん だものが犠牲となってしまったことをこの場面で彼女は説明している。テレーズは周囲か

ら見られている自己ではない「別人のテレーズ」が家庭生活を破壊する原因となったこと、

つまり夫を〔殺害〕しようとしたことを説明しているのである。そして、未だにベルナー ルを〔殺害〕しようとした動機を理解していないテレーズは、「別人のテレーズ」をどのよ

うな人物か説明できない。

 罪を犯したことによって「別人のテレーズ」が望む個人としての自由を獲得するが、周 囲から見たテレーズが欲した松林や良家の地位を奪われることとなった。家族から解放さ れたいという願いと、彼女の家族の一員であるがゆえに得られるものに対する執着も見て 取ることが出来る。彼女の中に対立する願望、欲が存在し、そのことによって彼女の中で

自己の分裂が引き起こされているのである。

5 「自分自身になる」ということ

 普段は「家庭の女」としての役割を果たし、「別人のテレーズ」を覆い隠しながら過ごし ていたテレーズに影響を与えたのが、アンヌが愛した青年、アゼヴェドの存在である。彼 がユダヤ人であるという理由で、ベルナールやその家族は彼を差別する。しかしアンヌは 家族に反対されながらも、彼を愛してしまう。テレーズはアンヌと彼の仲を引き裂くため に彼と出会うこととなる。

 田舎に住む青年達と違い、パリでの生活を知り、洗練され、自由な考えの持ち主である アゼヴェドにテレーズは感化される。

〔…〕彼〔ジャン・アゼヴェド〕は数ある選ばれた人々の仲間なのである。彼の言葉 で言えば、「現に存在している人々」の仲間なのである27。

 様々な本を読み、アルシュルーズという田舎の中で知性ある女性と周囲から讃えられ、

また自分自身でも神性について自信を持っていたテレーズであった一方・アゼヴエドは 彼女4土に様々なことを知り、彼女の知らない本について語り・自由に宗教について語る。

彼によって実は田舎の古い考えや咳族精神」に囚われていたこと、自己を喪失していた ことに気付かされた彼女は、彼を羨ましく思う。

 それは、「現に存在している」人間だからである。そして彼との出会いによって、テレー ズの中である考えが繰り返される。

27《 〔...〕i1血isaitpa批ie d me61ite nombreuse, ceuxquiexistent ,d−isait−i1》乃批,

P.60.

      16

(18)

ジャンー・アゼヴェドは、パリと彼の仲間たちを私に思い描いて見せた。私は、ギ自分自 身になること」が捷である国を思い浮かべていた28。

「自分白身になるとは?でも私たちは自分が自分で作る範囲内でしか存在しないので すよ。」と、私は繰り返した29。

アゼヴェドはパリでの生活や彼の仲間のことを話し、彼らが自己の気持ちに嘘偽りなく生 活していることを語る。「自分自身になる」ことなど不可能であると、一度は否定するテレ ーズであったが、次第に「自分自身になる」ことについて彼女は深く考えるようになり、

パリでの生活に憧れを抱き.始める。これまで家庭に入り、自己の消滅を感じていたテレー ズは、アゼヴェドとの出会いによって自分が周囲の影響を受けた考えしか持っていなかっ たことを強く気付かされたのと同時に、自己を取り戻したいという欲求が芽生え始めるの である。彼との出会いの後しばらくして彼女はベルナールを〔殺害〕しようとする。「自分

自身になる」という考えが「別人のテレーズ」という彼女の真実の姿とともに浮かびあが ってくるのである。これは、ベルナール〔殺害〕の動機において重要な意味を持つように

なる。

 テレーズの中には、家族の犠牲者としての表向きの顔と、内に存在する真実の顔、「別人 のテレーズ」という二つの顔が存在する。表向きのテレーズは、「家族精神」に従い、周囲 の意志によって行動する周りの意見に影響された存在である。一方で、「家族精神」を嫌悪 する「別人のテレーズ」を抑圧している。そして「自分自身になる」ということは、普段 抑圧されていた「別人のテレーズ」になることを意味し、そのことが、ベルナールを〔殺 害〕しようとした問題の行為へとつながっ.ていったのである。

 また彼女が表向きの顔と「別人のテレーズ」という真実の自分自身の顔という二つの顔 を有すること、そして時に抑圧しているもう一つの顔、別人のテレーズ」が露わとなって

しまうことは、彼女め魅力にもなっている。

世間で、ついこの間まで、抗しがたい魅力だと言っていた彼女の魅力、それは、もし も精根をからして人の目をごまかすことにっとめなければ、ひそかな苦しみが、身内 の傷の激痛が、その顔でばくろされてしまう人間の持っている魅力である30。

28《JeanAz6v6d−o me d6chvait Paris,ses camarad−eries,etj imaginais unroyaume dont

1a1oi e砒6t6d−e d−evenir soi−mεme. 》乃姐,p.61.

29《一

dtre soi・mεme r6p6亡ait・je,mais nousneIesommes que dans1amesure o亡nous

nous cr6ons. 一〉〉乃ゴば,P.62.

30〈〈Soncharme,que1e monde naguさre d−isaitirr6sistib1e,tous ces銚res1epossさdent

aont1e visage trahirait untourment secret,1 61ancement d一 unep1aie int6rieure,s i1s ne

s

Upuisaient麦d−onner1e change.〉〉北ゴ♂,p.25.

(19)

テレーズの魅力は、周囲から醜いのか美しいのか分からない魅力であると言われている。

彼女の顔立ちは、決してきれいではない。しかし説明することのできない魅力を、周囲は 彼女から感じずにいられないのである。それは、彼女が二つの顔を有し、真実の顔、「別人 のテレーズ」を隠しながらも時として露わとなってしまうことによる。テレーズが真実の 姿を隠そうとしても隠しきれないことが、彼女の説明しがたい魅力となっている。

 テレーズの特徴は、「明断さ」を求める姿、「明断さの怪物」であった。彼女は自己と向 き合い、見つめようとする。自己に対して誠実であろうとしているのである。そのため、

家族のために自己に対して嘘をつかなければならない「家庭の女」であることは彼女にと って苦痛である。感情を偽り、常に家族の利益を考えて行動する家族の存在は樫のようで あり、彼女はその橦の申の囚人である。家族の申で囚人のように生きる彼女の中で自己の 分裂が生じ、彼女の真実の姿として「別人のテレーズ」がつくられていく。そしてアゼヴ

ェドとの出会いで、真実の自分に戻ろうとすること、「自分自身のなること」への願望が彼 女の申で芽生え始める。これらテレーズの心情は、彼女が家族という集合体の申で自己と いう個を獲得したいと願い、苦しんだために現れたものである。「自分自身になること」す なわち家族のための自己の犠牲を免れることと、「家族精神」すなわち家族のために自己を 犠牲にすること、つまり「罪をおかすか、犠牲者になるか31」という選択肢の中で、テレー ズは葛藤しているのである。

「〔一〕アンヌは、このひとは、子供をこしらえることだけを待っている。子供の申に 自分を埋没させるために。彼女の母親がそうしたように、そして、この一家の全ての 女たちがそうしたように。〔…〕この一家の女たちは、個人としての存在の全部を失う ことを念願としている。それは美しい。このあますところなき種への献身は。この自 己忘却の、自己埋没の美しさを、私は十分に感じる…けれども、私は、私は…32」

アゼヴェドを諦めて家族の認める婚約者と結婚し、「家庭の女」となったアンヌを見た時、

彼女は自己の感情を確認する。・テレーズは、家族のために自己を犠牲にすることが不可能 だということを確信するのである。

31《〔...〕iI血uaitqu e11e胱。rimine11e ouvictime....》〃a,p.96.「〔…〕彼女〔テレー ズ〕は、罪を犯すか、犠牲者になるか、どちらかでなければならなかった……」

32《〔...〕 Anne,ene,n a批end que d一 avoir d−es en血nts pour s an6an北ir en eux,co皿me a

血it sa mさre,co㎜me血nttoutes1es免mmes de1a血mi1e.〔...〕 Les危mmes de1a紅mi11e

aspirent主perd−re toute existence ind−ivid.ue11e.C est beau,ce don tota1主1 espさ。e;je sens 1abeaut6d−e cet e飽。ement,d−e㏄t an6antissement...Mais moi,mais moi...〉〉乃必,p.

97.

      18

(20)

第二章 登場人物たち一r家族精神」、r情念」という主題

 テレーズ像を語るうえで、「家族精神」つまり家族のために自己を犠牲にすることという 隠された主題が重要であった。テレーズは結婚して「家庭の女」となるが、自己を犠牲に すること、つまり「家族精神」に従うよりも「自分自身になる」ことを願望する。しかし

「家族精神」という主題は、テレーズのみならず、ベルナールやアンヌの姿においても大 きな意味をなしている。家族のしきたりに従うよう行動するベルナールや、アゼヴェドを 愛しながらも結局家族に従い婚約者と結婚する彼女め親友アンヌも、「家族精神」に従い自 己を犠牲にしていると言って良い。テレーズの目にはこうした彼らの姿はどのように映る のか、そしてテレーズと彼らの関係はいかなるものであったかを本章で考察していく。

1 ベルナール・デスケルー

 テレーズの夫、ベルナール。デスケルーは、彼女と同じくアルシュルーズに土地を持つ 地元の名士であり、デスケルー家の長男である。アルシュルーズにはデスケルー家とテレ ーズの実家であるラロック家の家が二軒のみ存在し、この土地で彼らは知り合うことにな る。テレ』ズの文も、ベルナールの両親も彼らの土地や財産が合わさることを考えて二人 が一緒になることに賛同していた。ただ、こうした状況の申で結婚に踏み切ったのはベル ナールの方からでなく、テレーズの方からであり、また周囲の者からの強制によるもので もなかった。彼女はベルナールに好意を抱いたわけではないが、安心したいという思いと 居場所が欲しいという思いから結婚に踏み切ったのだった。ベルナールについて彼女はど のように考えていたのであろうか。彼女は結婚した理由・を納得しようとしているかの如く、

彼の事を以下のように評する。

「ほんとのところ、夫は、私が結婚したかもしれないほかの青年たちの大部分の者に くらべて、ずっと洗練されていた33。」

 ランド以外の土地を知らない他の青年たちと比べれば、パリで法律の勉強をしていたベ ルナールには幾分知性があって洗練されていると彼女は感じていたのだろう。また地元の 小作人たちや周囲の者が彼の中に心の優しさや誠実さを認めて讃えていたように、彼女も 彼の中にそれらを認めていた。彼女は彼の申に良いところが存在することを認めていたの

であ肴。

 →方で彼の事をテレーズは次のような人物として見ている。

33《Aux vrais,i16tait p1us丘n que1包p1upa批d−es gargons que j eusse pu6pouseU〉〃必,

P.31.

(21)

世界で一番几帳面な男、このベルナールという男は。彼はすべての感情を分類し、切 りはなす。感情と感情の間のあの通路の隆路の綱を知らない。テレーズがその申で生 き、その中で苦しんだあの名付けがたい地帯へ、この男をいかにしてみちびきいれる のか?34

テレーズはベルナールが几帳面であり、また彼女の感情の複雑さを理解できない単純な人 物と考え、「告解の準備」を通じた彼女の告白を彼が理解できるか思い悩む。彼女の彼に対 するこうした見方は本件晶の中でほとんど変わることはない。常に家族が上手くいくこと

を最優先に考えて規則正しく行動するベルナールは、テレーズの複雑な感情を理解するこ となど到底できないと彼女は決めつけているのである。

 自己の感情を「明断」に分析しようとするテレーズと、自己の内面に目を向けず複雑な 感情を理解しようとしない家族の利益のために単純に行動するベルナールは、相反する人 物として映る。そしてテレーズはこうしたベルナ㎞ルの姿から、自分と彼の間には共通点 や相似する部分がないと感じている。

 また、別の側面においてもテレーズとベルナールの相違が存在する。

彼は自分の快楽にとじこもっている。美しい、若い豚のように。おりの格子越しに眺 めているとおもしろい。うれしそうにかい桶で鼻をならしている(「かい桶は、私だ。」

と、テレーズは考える)35。

「きのどくなベルナールーほかの男より悪いわけではないのだ!けれども欲望が、

私たちのそばへ寄る人間を、似ても似つかぬ怪物に変えてしまう〔…〕36。」

新婚旅行の夜、肉欲に溺れて普段の彼とは全く変わってしまった彼の姿を見て彼女は驚く。

普段は道徳的で、常識ある人物として行動する彼の態度が変貌するのである。彼女はそん な彼を、「若い豚」「怪物」といった、ただ本能のまま快楽に溺れる動物の姿のように表現 する。そして欲に翻弄される人間の姿にテレーズは驚きながらも、観察者のように冷静に 彼の姿を眺める。肉欲に溺れ、まるで動物のように表現される彼と、その姿を観察者の如 く冷静に見つめ、肉の喜びを知ることのできない彼女との間には気持ちの隔たりが存在す るのである。

34《Le p1usprecis d−es hommes,ce頂emard一:i1c1asse士。us Ies sentim触ts,1es iso1e,

ignore en虹e euxce1acis d−e d−6丘16s,depassages.Comment on1 introduire d−ans ces r6gions ind−6teremin6es o亡Th6rさse a v6cu,主souf亀rt?》刀規a,p.27.

35《n6tait en虹m6d−ans so立pIaisircomme cesjeunesporcs charmants qu ■est d−r61e

de regard−er主travers1a gri11e,1orsqu 1s reniien吉d−e bonheur d−ans une augeC〈c 6tait;

moi,玉 auge》ナsonge Tb鉦さse).》皿ゴば,p.38.

36《P&uvre Bern鉗d.一non pire qu un autre]Mlais1e d6sir transあrme1 銚re qui nous apProcbe en un mons虹e qui ne1ui resse㎜bIe pas 〔、..〕 〉〉ノ汐.

       20

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