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良寛の遺詠とその作曲〔III〕
黒 坂 富 治
Ryokan's Short‑Poems and their Musical Composition(III) by
Tomiji Kurosaka
「盆 踊 り 4首」 良寛はこよなく盆踊りを愛好した。庶民大衆の盆踊りを,鑑賞の対象 として愛好したのではなく,庶民大衆とともに盆踊りを踊る。心の深奥から愛好するのだから,
自ら手を振り手を打ち、足を踏み飛び跳ねて踊り抜くのである。
私は少年時代から盆踊りを見て育った。時には踊りの輪に入り加わつて、掛声や難子に興じな がら踊ったこともあった。しかし年長になるに従い,学校での教育が進むにつれて,民衆芸能の 盆踊りは,卑俗なもの下品なものと見る気持が昂じてくるのを自覚した。学問的知識が然らしめ たのであり,いわゆる教養が盆踊りを疎外させたのである。勢おい意識的に盆踊りから遠ざかる ようになった。だから未だに盆踊りを充分に踊ることが出来ないし,この分では良寛のように,
終世その楽しみを満喫することが出来ないだろうと思われる。顧みて取りかえしの出来ない損失 を招き,悔いを抱くことになったと残念に思っているのである。私は似而非の意識と見解に禍い されて,尊い庶民芸能の盆踊りを全くし得なかったことを後悔している。このような悔恨は,私 のみならず,多くの国民が抱いているのではなかろうか。わが国の国民教育において,欠けてい る点の一つがこ亡にあると思われる。
その点,名僧良寛は超俗脱俗の宗教家,芸術家であったと同時に,衆生の盆踊りに没入しなが
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ら秀れた歌を詠み遺した。良寛は凡俗ではなく,やはり偉大なのである。良寛は女装して盆踊り の列に加わり,あまりにもその仮装と踊り振りが巧みであったので,盆踊りを取り巻く観覧の人 たちが,良寛の仮装を見破ることが出来ず,真実の女人の踊りと見て発した感嘆の声を耳にした 良寛が,後刻得意満面にそのことを知人に告げたとの逸話が語り継がれている。知識や教養に禍 いされることなく,万事に拘わらない,それこそ天心欄漫,天衣無縫,良寛の真の人間像が伺わ れるのである。そして私が作曲の対象にした短歌に,良寛の心情が余すところなく表わされてい
ると思う。
多くの文献・資料を照合すると み
・里べには笛や太鼓の音すなり 深山はさはに松の音して
の「太鼓」を「つづみ」,「さは」は「さら」,「深山は……(以下)」を「み山は松のこゑぼか りして」とあるのも見える。
・風は清し月はさやけしいざともに 踊り明かさむ老いの名残りに
の「風は清し」を「風はすずし」としたものもあり,またこの初句を「月はよし」とし,従つて.
第2句を「風はさやけし」或いは「風はきよけし」とした,即ち「風」と「月」を置き換えた形 もある。r老い」を「老」一字で書き表わしたもの,またこの第5句「老いの名残りに」を「老
もの思ひ出に」としたものもある。
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・いざうたへわれ立ち舞はむぬば玉の こよひの月に寝ねらるべしや の「いざ」は「君」とも,「ぬば玉の」を「久方の」と書かれた場合もある。
新潟青陵女子短期大学研究報告 第14号 (ユ984)
2 黒 坂 富 治
盆 踊 り 四首 (良寛)
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良寛の遺詠とその作曲〔皿〕 5
・もろともに踊り明かしぬ秋の夜を 身にいたつきのゐるも知らずて
の「いたつき」を「いたづき」としたのもある。この歌には「このごろは おどり手ぬこひ た まはり うやうやしくおさめまひらせ候」の詞書前文があり,「文月廿五日 すがた 【杜皐老 良寛」が添えられてある。
しかしこの4首は盆踊りの表出にマッチする,いわゆる「盆踊り唄」の詩型と同一ではない。
字余りの句も見えるが,「5,7,5,7,7」に整えられた,短歌のスタイル,リズムである ことは自明である。これに対して民謡,僅謡,都々逸の詩型は,「7,7,7,5」である。私 はこの詩型を恩師高野辰之先生から「国民詩型」と教えられた。 「盆踊り唄」もこの詩型の範疇 に属するのではあるが,また「7,7,7,7」の型が連続する例も多い。各句字余り字足らず の特殊例も見えるが,この詩型とリズムを基本にし,応用的にうたいこなされている。
・新潟県中蒲原郡新津市 「盆踊り唄」 (7,7,7,5の例)
竺揃うた揃うたよ(7)踊り子が揃うた(7)お山人形さま(7)揃うたよだ(5)
ご ざ あぜ
竺寝てもねむたい(7)青田の盛り (7)青田莫蔭して(7)畔まくら (5)(下略)
く どき
・新潟県中蒲原郡 「盆踊り唄=口説歌」 (7,7,7,7の例)
「いとし殿さに (7)なぞかけました(7)前の田中の (7)さんぽんすぎに(7)
鹿がねふしたが(7)解きゃれや殿さ(7)これを解くなら(7)ほんまの殿さ (7)(下略)
例示した各句の「7」字が,(3,4),(4,3)の字数に組み合わされ,それが連続してう たわれ,リズムの流れがスムースになっているのに気付かされ,表出の妙趣に驚かされるのであ る。次に人口に月會炎されている,有名な「盆踊り唄」の歌詞について,さらに検討してみよう。
・佐渡郡相川町 「相川音頭・源平軍談」より
竺どっと(3)笑うて (4)立つ浪(4)風の (3)荒き (3)折ふし (4)義経 (4)公は (3)
如何 (3)しつらん(4)弓取り(4)落とし(3)しかも(3)引き潮 (4)矢よりも(4)早く (3)
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浪に (3)ゆられて(4)遙かに(4)遠き (3)弓を (3)敵たきに(4)渡さじと(4)ものと(3)
(下略)
以上のような比較検討からして,良寛の短歌「盆踊り4首」は,「盆踊り唄」向き,或いは民謡 風の作曲に,好適なリズム,歌詞ではないとせざるを得ない。私は短歌が民謡風に作曲された例 を,未だ嘗って見たことが無かった。しかし私はこよなく盆踊りを愛着した良寛の情意を推し,
敢えて4首の短歌を,民謡風,盆踊り風に作曲すべくファイトを燃やした。能う限り民謡,そし て「盆踊り唄」に近ずけた表現に整えたいと思ったのである。
民謡の旋律はわが国の伝統音階である陽音階(陽旋法),或いは陰音階(陰旋法)で構成され ている。私はこの二つの音階のうち,当然なことではあるが陽音階を選んでこれを用いた。民謡 そして「盆踊り唄」に近ずけるために,3拍子・4拍子は採らず,2拍子とそのリズムに乗せて 主旋律を作った。いずれにしても「5,7,5,7,7」の詩型による短歌の民謡風作曲につい て,一つの新しい例を拓いたことになり,そのことはユニークと言つて過言でない。
「盆踊り唄」の特長の一つは,音頭取りの主唱に対して,踊り手たちが拍子を揃え,声を揃え
はやて難す表現があり,その離子の要素が重要である。もともと陽音階は複雑でなく,諸音階の中で
は最も簡明な音組織であるので,この音階からもたらされる旋法・旋律は,同巧類型の曲節に堕 し易い。しかしながら離子のメロデーは多人数の斉唱で唱和されるので,音楽表現の線が太く,
粗勤ではあるが,唄の特質が強調され,曲想を明確にする効能がある。且つ歌詞と旋律の空間をそけい
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ゆっくり、味わい深く
黒 坂 富 治
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黒坂富治作曲
良寛の遺詠とその作曲〔皿〕 7
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埋めて,曲節全体を整える効用を発揮する。 「離子ことば」に伝統的な隠語や方言が入り組まれ ると,独特の親愛感が表現されて,唄に清新澄刺の妙味が増幅されるに至る。新潟県には魅力的 な方言が豊富であるし,また,そのまま離子にも採られても好い格好の唄も見られる。
竺踊り踊るならシナよく踊れ シナのよい娘を嫁にする 「ひぜん(折癬)かさ(瘡毒)か
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きは三年来りゃ治る お前ジャコ(庖瘡)ヅラいつ治る 「ハ(張)ラセェナー ハラセエ ナー 張れば取る張らねば取らん提灯(ちょうちん)屋 張ってならんは親の頭(アタマ)
良寛の作とされている俳句に 手拭ぐひで年をかくすや盆踊り いざさらば暑さ忘れて盆 踊り があるが,2句ともとても民謡風作曲の離子には馴染まず
竺佐渡のチャ(茶)は飲まれんチャ 越後のガン(雁)は食われんガン を曲尾のハヤシと して採り,このうたに関連する「チャ」を用いて編作したハヤシを曲首にあしらつて作曲した。
而して数多い良寛の短歌の中から,盆踊りを内容とする4首限りの詠首を探し出し,いささか表 現内容の順序を考察して並べ,「盆踊り 4首」として楽譜のようにまとめた。
「ま り つ き(1) 長歌と短歌2首」 「手毬をよめる」の題でこの長歌が詠まれ,
反歌には「まりつき」の歌20篇を下らぬ数多い短歌の中で,代表的とされている ・かすみたつ長き春日を子供らと 手まりつきつつけふも暮らしつ
が添えられているのである。これには部分的に異同が見られ,「長き」は「ながき」に,「手ま りつきつつ」を「手まりつきつき」とあるのもある。また「今日(けふ)も」を「この日」とし たのも見える。私はこの反歌に加えるに
・この宮の森の木下に子供らと 手まりつきつつ暮らしぬるかな
をもってした。これも「暮らしぬるかな」が「暮らしつるかも」となったものもある。いずれに してもこの2首がニューアソス,ひびきが共通していると思うのである。良寛はよほど「まりつ き」が好きで,「おもう,われこそ妙手(名人)等匹(比類)なし」と誇って書いた文もある。
良寛と子供らが「まりつき」に興じている情景は,良寛の生涯とは絶対に切り離せぬものとして 絵に描かれている。「まりつき」こそ純真無垢,童心さながらの良寛の姿である。
長歌の表現は独唱・斉唱とし,歌詞の内容に伴なうテンポ,強弱につき表現の変化が期待され るし,また反歌2首の表現は,独唱と斉唱が山彦のように,柔かく親しく呼び合う情緒を大切に
し,短音階と陰音階のミックスした旋法により,曲想全体をまとめた。
「ま り つ き(皿) 4首」
・つきてみよひふみよいむなやここのとを とをとをさめてまたはじまるを 良寛が貞心尼に或る道理を教え諭すのに,この短歌を与えたとも言われる。次の ・うたやよまむてまりやつかむ野にや出でむ 心ひとつを定めかねつも
はちす ・
とともに,貞心尼の「蓮の露」に収められた短歌。第2首は「うたもよまむ手毬もつかむ野にも いでむ……」とするうたもあるが,私は前記を採った。
・さすたけのきみがおくりしにひまりを つきてかぞえてこのひくらしつ
これには「てまりひとつ おむおくりくだされうれしくそ むじまひらせ候」の添書きがあり,
「二月廿日1ちきりや 良寛」と添えられてある。「地蔵堂といふ地にゆきて」の詞書のある ・この里にてまりつきつつ子供らと 遊ぶ春日は暮れずともよし
を加え,4首を一つの旋律に収め,全体をわらべ唄風の陽音階(陽旋法)でまとめた。(昭和58 年11月11・晩秋好日稿) 「盆踊り 4首」 「まりつき(1)」 「まりつき(皿)」 初演 昭和57年8月1日(日)新潟青陵女子短期大学第2回公開講座