社会事象を見る眼を広げていく
−5年1組『テレビCMをよく調べてみると』の実践から−
早 川 靖 1.教材設定の理由
子どもたちは、前教材『見えないコンビニの努力』で、コンビニが消費者のニーズに応えるために、
企業戦略として情報を駆使していることにふれた。また、消費者の立場から、これまで何気なく利用 していたコンビニには、さまざまなサービスがあることに気づき、そこで従事している人の姿勢に心 を寄せる子もいた。中には、「コンビニを今まで以上に利用したい」と今までの自分のコンビニの利 用の仕方を振り返る子もいた。さらに「これからのコンビニはどんな情報が必要か」を考えていく中 で、「正しい情報を流してほしい」「お客様にとってわかりやすい情報を流す」などと、コンビニから、
子どもたちが情報を利用する消費者と情報を流す販売者の立場によって、情報への見方や感じ方を少 しずつ広めていった。そのような姿から、私は子どもたちが情報を通して、社会事象を見る眼を広げ ていこうとする成長の芽を感じた。
情報を通して、子どもたちは社会事象の中でふれている多種多様な情報を自分なりに分析・整理し、
取捨選択している。そんな子どもたちが、今までの自分の情報への見方や感じ方を振り返り、情報と どう向き合っていくのかを自分なりに判断していくことで、自らの社会事象を見る眼を広げてはしい と私は考えた。そのような子どもたちの姿を願い、『テレビCMをよく調べてみると』を出会わせる。
子どもたちは、身近な社会事象であるテレビCMから多種多様の情報を数多く取り入れている。テ レビCMを目にすると、商品とは関係のない人気タレントの起用につられて商品を買ってしまう子や、
自分の気に入った商品のCMが急に打ち切りになることを残念がる子もいる。中にはテレビCMの言 葉に引きっけられ、その映像や効果音から魅力を感じる子もいる。そのような子どもたちに私は、そ の仕事に携わっている人の工夫や苦労にふれることで、子どもたちが今までの自分の情報への見方や 感じ方を見つめるきっかけとなるに違いないと考え、テレビCMの仕事に携わっている人に出会う場 を設けたいと考えた。
そこでは、子どもたちは、テレビCMの内容や編制に関心を示したりテレビCMに対する自分の思 いを振り返ったりする。また、CM制作者のテレビCMへの取り組みに心を寄せたり、テレビCMか らの情報は信じていいのかと考えたりする子もいる。子どもたちは、CMで流れている商品を買って ほしいという制作者とCMで流れている情報が正しいかどうかを考える視聴者という両者の立場で、
テレビCMを調べていく中で、「テレビCMからの情報は信じられるのか」という疑問をもち始めて
いく。
・テレビCMの見方や感じ方の違う友達との差異から、自分もテレビを視聴する一人であることを意 識しながら、子どもたちは、今までの自分のテレビCMへの見方や考え方、行い方を振り返っていく。
そんな子どもたちにテレビCMの価値を吟味し、自分のテレビCMへの見方や感じ方、行い方を見っ めていく中で、自分がどうテレビCMからの情報と向き合っていくのかを自分なりに判断していく姿 を期待した。
2.K男君のとらえと願い
恥ずかしがり屋なK男君であるが、仲の良い友達と遊んでいる時には自分の思いや考えを相手に伝 えようとしていた。.クラスの雰囲気に慣れていくにつれて、仲の良い友達だけでなく、他の級友にも 優しく声をかける姿も見かけるようになった。それとともに、彼は、自分が蓄えてきた事実をしっか
りと見つめながら、授業中に発言する機会も増えてきた。
前教材『見えないコンビニの努力』では、「コンビニはお客さんの生の声に応えるために、もっと 情報を集めた方がいいか」と考えていく中で、「店長が情報を流せば、安心する人が多い」と発言し
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た。事実をしっかりと見っめる彼は、安心できる情事削嵩利用してみたいと考えていたのだろう。彼の 考えの根拠を確かめたいと考えた私は、「店長が流した情報はすべて安心かな」と問い返すと、彼は 何も答えられなかった。店長が流す情報は確かなものであると信じている彼なら、すんなりと「安心」
と答えると思ったが、戸惑う彼の姿が意外だった。きっと、彼は全ての情報は確かでないといけない のかと、今まで何となく考えていた自分の情報の見方を振り返っていたのだろう。振り返りながら、
情報の利用の仕方を真剣に考えようとするところに、彼の成長の芽を私は感じた。
本教材に出会うと、情熱ますべて安心ということなのか、信用ある人が流した情掛ま確かで利用で きるのかとテレビからの情掛こついて考えていく。私はそんな彼には、もう一度立ち止まって、情報 が確かであるとはどういうことなのかを自分なりに判断していく姿を願った。
彼は、テレビCM制作者との出会いから、制作者側の意図を感じながらも、視聴者の一人である自 分を意識し、自らの経験をもとに自分なりのテレビCMへの見方や感じ
方を見つめていく。また、調査活動ではI CMを流すことによって、ど んな商品が実際に売られているのかを追究し、事実として蓄えていくだ
ろう。
テレビCMに携わっている人への思いや調査結果から、「自分はこれ からテレビCMを利用するか」を考えていく。彼は蓄えた事実をもとに
制作者と視聴者の立場に立ちながら自分なりの考えをつくり、テレビ 〈話し合いをするK男君たち〉
CMは信用できないけど利用したいと発言する。この発言から、テレビCMは信用できないこともあ るけど、利用もしたくないと考えている友達から厳しい反論を受けることになる。彼は、本当にテレ
ビCMを利用したくないのかという友達の意見と、そのCMを判断するのは視聴者だという自分の思 いとの間で思い悩むに違いない。
テレビCMからの情報を信用しきれないけど、情報のよさを感じている彼は利用していくと考えて いくことになるだろう。そんな彼の姿を、思い悩んだ末に自分なりの判断で出したこととして、私は 十分に認めたい。そのことが冷静に社会事象を見ながら、自分の考えをつくり、判断していく彼のよ
さを際立たせ、彼が情報を通して、社会事象を見る眼を広げていこうとすることにつながるだろうと 思っていた。
3.K男君の追究
(1)テレビCMをよく見ている?
子どもたちは、人気アイドルグループが出演しているお菓子のCMを視聴した。そのCMを見たK 男君は、見たことがあると発言しながら、どの番組で見たかは、はっきりとしなかった0私はこのC Mそのものにはあまり興味がないのかと感じると同時に、彼はテレビCMを情報として、どう見てい るのかをとらえたくなった。さらに他の子どもたちのテレビCMへの思いも明らかにしたいと考え、
他のテレビCMを実際に見てみようと全体に投げかけた。
実際に見た子どもたちは、これまでの経験をもとに、今までのテレビCMに対するさまざまな思い を出した。「食べ物のCMを見ると、食べたくなってしまう」「新発売という言葉に自分は弱い」と今 までの自分のテレビCMへの見方や感じ方を振り返る子もいた。「テレビCMに映っている物と実物
とは違う」と自分の経験からテレビCMに対する不満を話す子もいた。「テレビCMを流すにはお金 がかかったり、流す時間も決まってしまったりしている」とテレビCMの内部に目を向ける子もいた○
友達の意見をよく聞いていたK男君にも、テレビCMからの情報をどう考えているのかを明らかにし たいと思い、彼を指名した。
TI K男君は友達の意見を聞いて、テレビCMについてどう思いますか?
Cl 僕は騙されているとは思わないんだよ。別に騙されてもいいLo
Clの発言を聞いて、彼はテレビCMからの情熱こ疑いをもっているのではないかという印象を受 けた。そのことも彼のテレビCMへの見方なのかと確かめたいと思い、さらに彼に関わった0
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T2 K男君は、テレビCMそのものの細かいととにはあまり気にしないんだ。
C2 気にするかもしれないけど、自分が買う時には、テレビCMに出ている商品は見てからで ないと買わない。お菓子は大量生産できるし、自分の好きなおもちゃはテレビCMでやっ ていても、出回っていない。大阪にあっても、静岡にはないんだよ。
・C2の発言を聞いて、彼がテレビCMについて、意外と詳しく知っているとともに、テレビCMを 利用してみたいという気持ちがあることに気づいた。テレビCMで流れていても、実際に自分が商品
を手にすることができなければ意味がないと、現実的なことを冷静に見ていこうとする見方である。
そんな彼にはテレビCM制作者との出会いから、制作者側の姿勢や意図にも目を向けながら、改めて テレビCMからの情報を利用する視聴者側の立場で調っていく姿を期待した。私は両者の立場に目を 向けていくことで、K男君を含めた子どもたちが、制作者側の苦労や工夫にふれながら、テレビCM
に対する見方や感じ方をさらに広げていくことになると思い、テレビCM制作者との出会いを設けた。
(2)調査を進める中で
テレビCM制作者から、「視聴者(消費者)が商品の新発売を知る時には、テレビCMを利用して
いることが断然多い」「テレビCMはインパクトがあり、タレントが出ていると親しみをもつことが 大きい」「テレビCMの料金は一本30万円するものもある」などの話を聞いた。話の後に彼は次のようにノートに書いた。
〈K男君のノート〉
CMはすごくお金がかかるけど、それだけインパクトがある。
視聴者に訴えるCMには、お金がかかるのも仕方がないという彼のテレビCMへの見方であると思っ た。テレビCMはお金がかかるけど、視聴者にインパクトを与えるためであると考えていることから、
彼のテレビCMへの見方が広がりつつあるのではないかと思った。さらに彼は、テレビCMを批判的 に見ていた多くの子どもたちが、好意的に受け止めようとした中で、「見方を変える必要はないと思 う。今まで通りに見ていけばいい」と発言した。彼は、テレビCM制作者の話を聴いて、真剣に考え れば考えるほど、テレビCMからの情報は信用できないことなのか、それとも信用できるのかという 思いも生じてきたに違いない。テレビCMからの情報を信じられるかは、自分で判断していくことが 大切であると主張したいのだろう。私は彼がテレビCMへの見方や感じ方を、テレビCMを利用する 時、自分なりにどう判断して早こうとするのかを考えているのだと感じ始めていた。
視聴者の立場をふまえながら、制作者側の意図にも目を向けている彼には、アンケート調査で他の 人のテレビCMに対する考えを聞く機会を設けたいと考えた。そうすることで、視聴者側の考えを幅 広く収集し、調査結果をもとに自分の考えを照らし合わせながら、自分のテレビCMへの見方を広め ていくに違いないと私は考えた。子どもたちは、市民や店の人へのアンケート調査を始めていった。
アンケート調査結果から彼は、「テレビCMの商品は買いたくなるが、本当かどうかわからない。
役に立たないと考えている人が多いことがわかった」とまとめた。この先、彼がテレビCMからの情 報を利用するかどうかを考えていく時に、流れているテレビCMへの批判的な多くの人の考えにふれ たことで、視聴者の一人である自分が利用する時に、テレビCMからの情報は確かなものであるかど うか思い悩むであろう。思い悩んだ末に、彼はテレビCMからの情報を取り入れている視聴者の一人 である自分を意識しながら、自分なりの判断を明らかにしていく姿が見られると私は感じていた。
(3)嘘でも、インパクトが出せるとおもしろい
テレビCMについて幅広く調査した子どもたちからは、「テレビCMは大げさな表現があるから、
信用できないという人が多くいた」「嘘っぽいと思っても、つい買ってしまう人もいたから、CMっ てすごい」という声が挙がった。私はテレビCMへの不信やそれに対する効果について考えている子 どもたちがいることを感じていた。そこで、子どもたちが今までの自分のテレビCMへの見方や感じ
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方を見つめることで、テレビCMをどう考えているのか、その子な りの判断が表出してくると考え、
「自分はこれからテレビCMを利用したいか」と投げかけた。
〈K男君のノー、ト〉
利用したい。おもちゃのCMなど、嘘をっいたらすぐに分かる物は、嘘のCMは流さないと思う。
小さな嘘より、嘘だと分かる嘘だったら、別にインパクトを出せるから、おもしろい。
私は、彼がテレビCMの制作者の意図と視聴者側の要望の両面についてよく考えていると感じた。
このことは、インパクトがあれば嘘でもいいのかと考える友達から反論されることになった。反論さ れた彼は、テレビCMとは何かを改めて考えていった。当初彼は、テレビCMをすべて信用していな いけど、利用できるものは利用してみたいと考えていた。彼は、テレビCMからの情報は確かなもの を流すと思っていたが、CMは少しくらい嘘でもインパクトがあれば、おもしろいし、テレビCMか らの情幸削まそれでもいいと考え始めている。彼はテレビCMからの情報は確かなものとそうでなくて もいいものがあるのではないかと、テレビCMからの情報を幅広く見ようともしている。さらに、自 分がテレビCMからの情報を利用する時には、テレビCMから流れる商品を売りたいと考えている制 作者の意図とその情報は信じていいのかと自分の心の内との間を行き来するに違いない。情報をすべ て信用していないが、安心できる情報は利用したいと考えている彼は、嘘はいけないが、商品を消費 者に知ってもらうにはインパクトも必要であると考えていくだろう。思い悩んだ末に、テレビCMか
らの情報について真剣に考えていく彼なら、彼なりにテレビCMからの情報が信用できるかどうかに ついて、自分で判断していくことが大切だという思いを確かなものにしていく姿が見られるだろうと 期待していた。
(4)それでも、おもしろいテレビCMを見たい
全体の話し合いで、子どもたちは制作者と視聴者の立場で意見を出し合っていった。
C5(J男)買ってみたいなと思えば、その人が買えばいいと思う。
C6 インパクトがあれば、買おうとするから、別に自分で判断してもいいと思う。みんなに流 すから、心に残る物でめったいにやらないCMなら、よく売れると思う。
視聴者にインパクトを与えることに着目してきた彼は、テレビCMがおもしろいことが、視聴者に インパクトを与えることにつながると考えたのだろう。続けて自分と同じ考えである友達の発言を聞 いた彼は、自分で判断するという視聴者側の立場での考えを強めていった。
情報は、常に確かではなくてもいいのではないかと考え始めた彼は、テレビCMからの情報は人の 目にも訴えていく必要があることに気づいている。さらに彼は流れている情報が、嘘であるかどうか は、自分で判断していくことが大切であると考えていく。このように、テレビCMに携わっている人 の出会いや調査、異なる考えの友達とのやりとりをもとに、自分なりに情報の確かさを判断してきた 彼には、テレビCMへの見方や感じ方を広めていく姿が見られた。
この後、彼を含めて、テレビCMへの見方や感じ方を広めてきた子どもたちが、心象の悪かった洗 剤のCMを視聴し、テレビCMを信じるか信じないかのそれぞれの立場を明らかにした。そこでは、
子どもたちがテレビCMを利用するのに、その子たちなりにどう判断していくのかという姿が見られ ると思った。「洗剤のない人が洗剤を売っているというCMを見れば、買うこともあるかもしれない。
特別な洗剤でなくても売れるからいいと思う」と彼は感想を述べた。多少の嘘や大げさな表現はテレ ビCMには必要であると考えてきた彼は、その商品の良し悪しではなく、宣伝することによって、多 くの視聴者(消費者)にCMのよさを伝えることができると言いたかったのだろう。
このように彼が、自分なりにテレビCMの制作者側の意図と視聴者側の立場をふまえて、テレビC Mからの情報を利用する時には、どう判断していけばいいのかを自分自身で確かにしたことが彼なら ではの学びである。彼の追究の姿から、私は、構想していた以上に彼が情報と向き合い、自分なりの 判断をしていこうとする思いが十分に表れていることを改めて実感している。
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