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岡隆 Gerard de Nerval (1808-1855)の晩年の作品は,一様に往時の追憶によ

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≪Aurelia≫における母 Marie の image について 岡隆

Gerard de Nerval (1808‑1855)の晩年の作品は,一様に往時の追憶によ って生れたものであるが,その回想の内容は,過去の忠実な再現と見るには余 りにも神秘的であるPierre Audiatは, Nervalが往時のValoisの思い 出を語る≪Sylvie≫①について, "この作品の内容に従って, Nervalの在り し日の姿を跡ずけようとするのは,幻の後を追うに等しい"意味の述懐を洩ら している㊤。またNerval自身も晩年父に宛てた書簡の中で, <J'ai bien fait de mettre A part ma vie poetique et ma vie reelle.④>と述べ,

彼の回想による作品の内容が,そのまま過去の事実を伝えるものでないことを 暗示している。即ち,彼の回想は,現実と夢想の見分け難く交錯する,云わば 再構成された過去への追憶と云えるであろう。この様な特異な回想によって生 れた作品の中でも,最後に位置する≪Aurelia≫④に於ては,秘教的image が現実のimageを圧し, Nerval独自の神秘的な内面世界を反映しているた め,作品の内容を理解することは容易ではない。作品の持つ神秘的image喜 解明するため,色々な角度からする研究が現在までに発表されている。さて,

この小論の臣的は,この様な問題の多い作品の新たな解明を試みることではな く,標題に示した様に, Nervalの母Marieのimageを作品の中に求め, 極めて限定された材料をもとに,若干考察を試みることにあるのである。しか し,その前に≪Aurelia≫が作者の如何なる意図にもとずいて書かれ,また, その意図が如何に表現されているか一考しておく事は,作品に現われた母の imageが,作品に対して持つ意味を明らかにするために必要と思われるの で,まことに一面的な解釈となることを恐れながらも,先ず,この点から考察 を進めてみたい。 ≪Aurelia≫は〔註〕 4.に示したように, Nervalの死(I 855年1月26日)をはさんで第I部,第I部と発表されているがPierre Audiatの指摘する様に㊥,実際には,その大部分は1853年12月から翌年5月

‑川監‑

(2)

までの間に,パリのPassyにあるDr丘mile Blancheの病院で書かれたこ とが,当時の彼の書簡から推定される。

さかのぼって1850年秋, Nervalは仕事のためValoisを訪れたが④,この

・揺藍の地に足を踏み入れた時の感慨を次のように洩らしている。

<‑fatigue des querelles vaines et des steriles agitations de Paris,

je me repose en revoyant ces campagnes si vertes et si fecondes;‑

je reprends des forces sur cette terre maternelle⑦.>

或いは<Les souvenirs d'enfance se ravivent quand on a atteint la moitie de la vie④.>即ち,人生にようやく疲れを覚えたNervalにとっ て,幼時の思い出にみちたValoisの地は,失われた楽園を想起させるに充分 であったであろう。この旅行を契機として,彼の意識はひたすら過去に向けら れ,過去の追憶の中に,失なわれた楽園の幻影を見出そうとしたことが,一連 の回想を主体とした小説≪Octavie≫, ≪Sylvie≫, ≪Pandora≫㊥によっ てうかがわれる。しかし,これらの作品に共通する,巻末の失望と苦悩を示す 独語⑯は,彼の期待が裏切られ,楽園への道は依然として遠いことを示すもの であろう。一方,彼の当時の書簡⑪ほ, Nervalが相次ぐ精神鉛乱によって, 人鐘に対する自信を失ない,深い絶望感に捉えられていることを明らかにして

いるOこの頃の彼の心境を示す一例として, ≪Aurelia≫と余り変らない時期 に書かれたと思われる晩年の回想録≪Promenades et Souvenirs≫⑲ (以下 P. etS.と略号を用いる)の一節を引用しておく<‑Odouleursetregrets

de mes jeunes amours perdus¥ que vos sounenirs sont cruels]

≪Fiとvres eteintes de l'畠me humaine, pourquoi revenez‑vous encore echauffer un coeur qui ne bat plus?≫ Heloise est mariee aujouト

d'hui; Fanchette, Sylvie et Adrienne sont 良 jamais perdues pour moi:

‑le mondeest desert.⑲>彼が,かって愛した人たちはすべて,或いは運命 によって,或いは死によって,永遠に彼から引き離され,崩れ果てた塔に住む

° ° ° ° ° ° ° ° °

アキテーヌの君主⑲は,荒漠とした愛なき世界に住むNervalの自画像であ

° ° ° ° t ° ° °

no

(3)

っ/こであろう。 ≪Aurelia≫は,この様な絶望的な精神的風土から生れた最後 の作品であったO

さて, Nervalは≪Aurelia≫によって,何を示そうとしたのであろうか。

作品の終りに近く, Nervalが気高く変貌した在りし日の友に導かれ,天国へ の道を辿る輝かしい夢想を語った<Memorables>と題された一章の後で, 彼が洩らす述懐は, ≪Aurelia≫制作に当っての彼の意図を示すものであろ う。即ち<CJe resolus de丘xer le rsve et d'en connaitre le secret㊤.>

更に,その結果について<CLa conscience que desormais j'etais purifie

des fautes de ma vie passee me donnait des jouissances morales infinies ; la certitude de l'immortalite et de la coexistence de toutes les personnes que j'avais aimees m'etait arrivee materiellement, pour ainsi dire, et je benissais l'云me fraternelle qui, du sein du

desespoir, m'avait fait rentrer dans les voies lumineuses de la

religion⑯.>と述べている。 (下線は引用者)0 Nervalは, ≪Aurelia≫に 先立つすべての試みが,予期に反して一層彼の絶望を深める結果に終ったこと について,その原因は恐らく自分がかってその意味を知らずして犯した過失に あるのだと考え,今一度自己の生涯をふり返り,現在の絶望のよって来た原因 を探ろうとしたのであろう。彼は検討の対象として,過去の重大な時期(彼は 自己の精神錯乱を,或る超自然なものの意志によって,彼に事物の本来の意味 を理解させるために与えられた試棟と考え,その時期を生涯の重大な時期と呼 んでいる⑫。)に横切った夢想を採り上げ,その夢を固定し,夢の中に隠され た意味の中に,楽園喪失の決定的要因を見出そうとしたと考えられる。恐ら く,それこそ彼に残された,楽園への道を再び見出す唯一の手段であったであ ろうO彼は勇を鼓して,この試みに従ったo ≪Aurelia≫は,以上の様な意図 にもとずいて試みられた一種の魂の試棟を語ったものと考えられるであろう。

試煉の結果は,上記引用文(16)^見るような輝かしいものであった。即ち,彼の

青年時代の恋人Jenny Colon (I 3‑1842)を原型とする, Aureliaなる‑

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女性の<永遠の母>, <神聖なるM6diatrice>への神政的な変貌によって, Nervalは彼女の導きによって天上への道を見出し,その後,彼はかって愛し た人たちの不死,及び彼等との再会を確信し,過去の過失を浄められた悦こび を心に抱いて,信仰の輝かしい道に立ち戻ったのである。彼みずから称した く地獄下りの試煉>ば,かくしてNervalのvita nuovaを予告して,終り

・を告げたのである。 Nervalの楽園回復の悲願は, ≪Aurelia≫によって,漸 やく果されたと見ることが出来よう。前述したように≪Aurelia≫の解釈と しては,極めて皮相な解釈であることは自覚しているが,少くとも作品に示さ れたNervalの意図については,上記の様な解釈ができると考える次第であ る。

さて,本論の目的は,以上のような作品≪Aurelia≫の中の母のimageを 求め,検討することにあるのであるが,作品の中でNervalの母Marie‑

Antoinette‑Marguerite‑Labrunie (1785‑1810)に関連を持つと思える個所 はJ少くとも三個所指摘できる。即ち,第I部第4章の冒頭に語られる夢想 (一世紀も前に死んだ,フランドルの画家であった叔父の家で見た一枚の画布 に描かれている女性は, Nervalの母のimageを伝えるものと思える),罪

I部第4章で,直接的な形で述べられる,母に関する極めて簡単な伝記的記 逮,更に第I部第5章に於て,夢の中に現われた女神イシスの言葉によって示 される,母と女神イシスの同化,以上である。次にPleiade版(1952) Nerval作品集第一巻に所載されている≪Aurelia≫の四つの原稿断片の内, その所載順序に従って,く第1>のものと, <第4>のものに, Nervalの母 に関する記述を見出すことができる。 <第1 >の断片は,既に1914年Aristト de Marieが,そのNerval研究の中で発表しており⑩ Pleiade版はそれ を再録したものである。この原稿断片の初めには, Nervalの最初の精神錯乱 時を明示する文章が見られる所から, ≪Aurelia≫中第I部第3章の終りに入 るべきものと推定されるPleiade版では,原稿断片として,四つのものをテ キストとは切り離して示してあるが,同時にテキスト第I部第3章の最後の文

‑112‑

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章のVarianteとして,この原稿断片①を指定している。次に<第4>の断 片は, Pleiade版によって初めて発表されたものであり,その内容は,世界の 歴史の象徴的な記述と,更に原稿最後の部分に,古代の神々と母Marieとの 同化を暗示する所謂Nervalのsyncretismeの一端を示す一節が見られる。

この点先程のテキスト第Ⅱ部第5章に見られた,母Marieと女神イシスの同 化と関連があり,少くとも≪Aurelia≫の後章に入るべきものと思える。

Pleiade版でも,この点に留意し,正確には指定できないが,恐らく作品の後 章の,どこかに入るべきものであろうと述べている㊥.以下考察の順序とし て,その内容的配列を尊重して,先ず原稿断片①から初め,順次テキストの第 I部第4章,第丑部第4章,東に原稿断片④と第∬部第5章を検討することに したい。

く〉

(I)原稿断片①についての考察

原稿中,母に関する部分を引用して置く。

・‑Une femme vetue de noir apparaissait devant mon lit et il me semblait.qu'elle avait les yeux caves. Settlement, au fond de些̲S

orbites vides, il me sembla voir sourdre des larmes, brillantes

comme des diamants. Cette femme etait pour moi le spectre de ma

m色re, morte en Silesie,㊨... c下線は引用者)

引用した文章の後で,‑ Nervalは自己の出生に関して,伝説的な系譜を想像 し, "自分は,ダッタン人に城を奪われ,彼等に殺された自分と同名の三人の 子供の中の一人であることが判ったように思った"と述べ, Nerval晩年の重 要な傾向の一つ,伝説的な系譜の中に自己の宿命の依って来た原因を見出そう

とする傾向を示している。尚,この後文のimageは,シレジヤで死んだ彼の 母に対する回想から生れたものと思えるが㊥,今はその問題にはふれず,現わ れた母のimageについて考察するに止めたいo

ここでNervalの母Marieの伝記について略述しておくと,前記Aristide

(6)

Maneの研究によると,彼女は結婚後1年足らずで,一子Nervalをもうけ たがC1808年5月22日),その年の暮,夫丘tienneが軍医として従軍した際, 彼女は夫と行を共にして,ドイツ各地を転々と移動した様である。その疲労の ためか. 1810年11月29日故郷を遠く離れたシレジャの地でこの世を去り,遺体 はGloss‑Glogauのポーランド人のカトリック墓地に葬られた(Nervalは,

≪P. et S.≫の中で母について同様の記述をしている㊨。)一方, Nervalは 生後間もなく, Loisyに住む乳母の手に預けられたが,母の死に引き続いて, 父からの消息が途絶えたため, Mortefontaineに住んでいた,母の叔父にあ たるAntoine Boucherに引き取られ,父の帰還する1814年までこの家で育 てられている⑳ Nervalが晩年Valoisに対する郷愁を募らせるのも,Cの幼 時の思い出が基盤となっていると考えられる。以上のことからすれば,Nerval は,彼自身云うように母の顔を知らず,母は彼にとって始めから伝説的な存在 であったと云える。

さて, Nervalの回想の性格にもよるが,彼は,この母についての回想を, 前記≪P. etS.≫の例外的な一節を除いて,ほとんど語っていない。その 点を考慮すれば, ≪Aurelia≫の最初の夢想となる筈であったこの原稿断片

①に於て,母のimageを想起していることは,注目すべきことであろう。

Nervalの≪Aurelia≫執筆当時の書簡をみると,その頃母のimageは, 彼の心に深く刻みこまれていたことが推察されるが㊨,それ以上に,上記断片 の中の母のimageの出現を説明すると思われるのは, ≪P. et S.≫の次の, 一文であろう<La丘とvre dont elle est morte m'a saisi trois fois,良.

des epoques qui forment, dans ma vie, des divisions regulieres,′ ′

penodiques. Toujours, A ces epoques, je me suis senti l'esprit!

frappe des images de deuil et de desolation qui ont entoure mon

berceau⑳>この母についての述懐は, Nervalが,晩年相次いだ精神錯乱 を,母から譲りうけたと暗示するものとして,注目される。しかし,彼の母に 精神病を推測させる事実はないようで,この一文の意味は,彼が自己の精神錯

9IE‑

(7)

乱を通じて,母との宿命的な群を意識していたと考えるべきであろう。一方,

≪Aurelia≫が生涯の重大な時期,即ち,錯乱時の夢を検討し,自己の運命の 依って来た原因を探る目的のもとに試みられた,魂の試棟を意味するならば, その重大な時が母との宿命的な梓によって訪れているという自覚は,既に作品 成立以前に母Marieの,作品に占める重要な位置は決定されていたことを示 すものと云えるであろう。この意味からすれば,第I部第3章に於て,彼の最 初の精神錯乱時の夢想に,母のimageが現われることは,まことに当然であ ろうし,また,この断片の存在によって, ≪Aurelia≫と母Marieが, Nervalの意識に於て緊密に結ばれていたことが実証されると云っても過言で はあるまい。

しかし,最初に現われる母のimageは余りにも不吉な印象を与える。喪を 示す黒衣,空ろな眼菓(orbites vides)は,明かに死のimageである。こ の母のimageは,当時のNervalの絶望的な意識を反映するもので,母は 永遠に失われたというNervalの救いのない気持を示すものであろう。眼案 の奥にきらめく涙は,我が子の悲運を嘆く母の涙と考えられる。ともあれ,こ

・の母のimageが与える地獄的な印象は,母の直接的なimageを伝えること を避けて来た従来のNervalの内向的性格と相侯って,彼の重要な関心事,

自己の出生の秘密を伝説的な系譜に求めるという晩年Nervalにとって重大な テーマの一つを含んでいるこの原稿を,決定稿から削除せしめたのであろう。

しかし,この原稿断片を≪Les Chimとres≫中の‑篇≪Le Christ aux Oliviers≫と対比させる時,母の不吉なimageには,今一つ重要な意味が 隠されている様に思える。上記の詩は,最初1844年L'Artiste誌に発表され たもので,以後1852年選集≪Petits Chateaux de Boheme≫刊行の際その 中に収録され,更に1854年には作品集≪Les Filles du Feu≫の中に,他の

7篇の詩と共に≪Les Chimとres≫として再録されている。詩は5つの sonnetsより成り,初めの4つのsonnetsは,自己の死に臨んで神に対する不 信に駆られ乍ら,空しく神の不在を世人に呼びかけるキリストの言葉をかりて

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神なき世界の恐怖を描き,更に第5のsonnetでは,新しき神の誕生を知っ て驚博する世界を前にして,古代の様々な神話の神々と同化したキリストが, 輝かしい延りを果すのを象徴的に語るもので,第5のsonnetは, Nervalの・

syncretismeの世界を端的に示すものと云える。さて,この詩の中で特に断 片の母のimageに関係があると見撤されるものは,第2のsonnetの中の第

1のtercetである。

En cherchant l'oeil de Dieu, je n'ai vu qu'une orbite Vaste, noir et sans fond, d'ou la nuit qui lhabite Rayonne sur le monde et sepaissit toujours ;㊨

(下線は引用者)

即ち,下線部分のune orbite vaste, noir et sans fondと断片中のces orbites videsとが対応し,詩篇のorbiteの持つ内容が,母のimageの中

に反映しているのではないかと考えられるのである。

その対比が可能と思える第一の理由は, videとvaste, noir et sans fondとが,この語句のみに限定して考えても,明かに同一の内容を示してい る点が挙げられよう。後者は,前者の意味を補足的に説明したものと考えるこ とが出来るであろう。勿論,それだけの理由では,詩篇と原稿断片との関係を 実証することにはならない。この点については,尚検討すべき余地がある様に 思える。 Jeanine Moulinによれば, Nervalはこの詩篇の内容を,フラン ス・ローマン派の詩人及び作家達に多大の影響を与えた㊨,ドイツの偉大な夢 想家Jean Paul RichterQ763‑1825)の,神なき世界に対する詩人の恐怖を, 夢想に現われたキリストが亡霊たちに語る言葉に託して語ったくRede des

todten Christus vom Weltgeb云ude herab, dafi kein Gott sei.≫(1796)

から得たものと云われる㊥。 (Nerval白身も, 1844年に詩篇を発表した際, sous‑titreとして<Imite de Jean Paul>と記.して,その内容をJ. Paulか ら借りたことを明示している。)更にJ. Moulinは,その著≪LesChimとres de G. de Nerval≫の巻末に,前記のJ. Paulの原文を載せているが,そ

‑116‑

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れを見るとNervalは詩篇の第2のsonnetでは,原文の内容をほとんどそ のまま伝えていることが判明する。問題のtercetの下線を引いた部分に対す る原文は<Und als ich aufbhckte zur unermesslichen Welt nach dem g&ttlichen Auge, starrte sie mich mit einer leeren bodenlosen Augenhohle an;⑳>となっており,従って,詩篇のorbite vaste, noir et sans fondは, leere bodenlose Augenhohleを訳したものと思われ る。勿論,詩として表現された場合,原文の忠実な訳語を期待するのは無理で あろうが, nach dem gottlichen Augeに対してen cherchant l'oeil de Dieuという訳語が見られる所からすれば,それと対比さるべき重要な一語 orbiteに関しては,原文を忠実に訳そうとしたと思われる。再びJ. Moulin

の指摘する所に従えば, J. Paulのこの夢想の一文を,フランスに最初に紹 介したのはMadame de Sta61であり,彼女はその著≪De TAllemagne≫

第I巻第28章Des romans,の中で, J. Paulの作品を簡単に紹介した後 で, ≪Un Songe≫と題して,前記J.Paulの文章の一部を翻訳している。

(実際には,この翻訳はCharles de Villersによるもので,彼女は彼の駅 訳に若干手を入れたに過ぎないと云われる⑳.)その翻訳文の中に,詩篇の tercetと関係のある部分を調べてみると,次の様になっている<CRelevant

mes regards vers la voute des cieux, je n'y ai trouve qu'une orbite vide,

noir et sans fond旬.> (下線は引用者)原文と対比してみ

ると,相当異なっていることが判る。特に,主文の主語は原文ではsie即ち Weltであるのに対し,彼女は自由な解釈によってjeと変えている点注意し たい。さて,この訳文とNervalの詩篇とを比べてみると,前半の従属文は 両者異なり,僅かではあるが, Nervalの詩篇の方が原文を忠実に伝えると思 われる。しかし,後半の主文については,両者の訳は, trouveとvu, vide

とvasteとの用語の相違が見られるだけで,その他はすべて一致している。

飢ち,頃文と主語を異にしている点については,両者全く同じである。以上の

点を考慮すると, NervalはJ. Paulの文章については,原文を見たことは

(10)

前半の訳文の相違から推測されるが,それと同時に,後半の文章の類似からす るとMmede Sta芭1の≪Un Songe≫を参照したものと考えられ,恐らく 後半の主文については≪Un Songe≫の訳文を利用したものと思える。従っ て,詩篇に於て, orbitevaste,と記した場合も, Nervalは恐らく≪Un Songe≫のorbite videを意識していたであろうし, J∴Paulの作品のテ ーマである神なき世界を示すこの重要な一語は,恐らくJ.Paulによって与 えられた想念と共に, Nervalの心に深く刻みこまれたものと考えられる。こ の詩篇が1852年選集に再録された時新たにepigrapheが附せられた事実は J. Paul及び詩篇と, Nervalとの関係を示すものとして,注目すべきであ る。前述した様に1844年に発表された時は,簡単なsous‑titreが附されてい たが. 1852年にはsous‑titreを削り,新たにHDieu est mort? le ciel

est vide‑!Pleurez ¥ enfants ¥ vous navez pas de pとre ! !‑Jean Paul"

とepigrapneが附されている。この事実は,彼が1852年に今一度詩篇に関心 を寄せ,更に詩篇のテーマを示す新たなepigrapheを附することによって, 吏めて詩のテーマ,即ち, J. Paulの夢想のテ‑マを想起したことを示すも のである。その結果は≪Aurelia≫の随所に見出せる神の不在を暗示する絶 望的な述懐となって, ≪Aurelia≫と詩篇,更にはNervalとJ. Paulとの緊 密な関係を示していると考えられる。この両者の関係についてAlbert Beguinはその著≪L'畠me romantique et le reve≫の中で触れて,くIl y a d'etrange parentes entre ce que Jean‑Paul a vu a la faveur de ses reves provoques et les pays volcaniques que Nerval a patLOu‑

rus dans ses songes.⑲>と述べているOともあれ≪Aurelia≫の中に, 詩篇‑J. Paulを明らかに反映していると思える一例を挙げると,第Ⅱ部第

1葦の冒頭の悲痛な想念<Une seconde fois perduef Tout est fini, tout est passe] C'est moi maintenant qui doit mourir et mourir

sans espoir¥ Qu'est‑ce que la mort? Si c'etait le neant‑・⑲>は, 詩篇の第1,第2,第3のsonnetと対照されるし,第Ⅱ部第4葦のりキリ

ー118‑

(11)

ストは,いまさぬ"という絶望は,詩篇の"神は,いまさぬ"という嘆きと, 内容を一にすると考えられよう。この様に見てくると, Nervalは最初詩篇の 内容をJ. Paulから借りはしたものの,以後,神の不在というテーマは,彼 自身の宗教的動揺と相侯って彼の重要なテーマになり, ≪Aurelia≫の中で は作品の基調をなしていたと考えることが出来るであろう。更に今一つ詩篇と 原稿断片と.の関連を示すと思われる点は, J. Paulの夢想に現われる死者の imageと,断片の母のimageとの類似性が挙げられよう。前記J. Paulの 夢想の内容は,作者が或る夜,夢の中で墓場を訪れ,そこにさ迷う亡霊に神の 不在をつげるキリストのimageを描いたものであるが,その冒頭に作者は一 人の最近葬られたと思える一人の死者を見るが,その死者は,生きている人間 の近ずくのを耳にし,既に癖挿した険を辛うじて開いたが<aber innen lag kein Auge㊥> (la place de l'oeil etoit vide㊨)であった。ここに現われ た死者のimageは, NervalとJ. Paul及び≪Aurelia≫と詩篇‑≪Rede des todten Christus‑≫との関係を考えると,断片の母の死のimageと 関連がある様に思える。

以上の考察の結果,原稿断片と詩篇とは, J. Paulの夢想の書を媒介にし て,内容的に関連を持ち,母のimageを現わすorbites videsには,詩篇 のorbiteの持つ神なき世界のimageが反映していると考えられるのであ る。従って,母の伝える死のimageは,母の死と同時に,神の死を告げる象 微的な意味を持っていて,母の眼案に輝やく涙は,我が子を隣れむと」司時に, 神の死を悼む涙であり,喪服は神のためのものとも考える事が出来るであろ

う。更に≪Aurelia≫第I部第1章の"あの涙を返し給え!"と神に祈る一 文と,この母の涙とを考え併せると,彼は信仰に対して特別な意味を涙に与え ている様に思える。ともあれ,詩篇と対比させた母のimage,その中に隠さ れた神の死の象徴は, ≪Aurelia≫の全体のテーマを考えると,重要な意味 を持つ様に思われる。即ち,愛する人々の不死の確信と信仰の道に立ち返る,

という≪Aurelia≫の二つの重要な課題は,実はNervalにとっては切り離

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せないものであり,母の不死の確信は神の不死の確信に連なり,母との悦ばし い再会は, Nervalが天上への道を辿ることによって始めて可能であることを 暗示するものと云えるであろう。更に,死を通しての,神と母のimageの交 鉛は,神との仲介者としての母を暗示している様に考えられる。地獄の底に苦 しむNervalの魂を救済するため,地獄に降り来たった天使を,この夢想の 母に想像することは,彼女が後章に於て女神イシスと同化し, <永遠の母>の 原型に融け込みNervalを天上へと導く役割りを果していることを考えると, 強ち無理とは思えないO以後Nervalの関心は,この母の輝かしいimageを 求め,信仰への確信を得ることに向けられたと推測される。

◇ ◇ ◇ (2)第I部第4章に関する考察

前述した原稿断片に続く筈であった第4章では, Nervalの引き続いてU)意 図を示す,祖先の固,愛する人達の集い住む死者の国訪問が語られている。そ の夢想による最初の訪問は,一世紀も前に死んだ,フランドルの画家であっ た,母方の一人の叔父の家を夢想することによって果されるOこの叔父の餐 で, Nervalは壁にかけられた一枚の画布を見るのである。ここで問題になる のは,その画布の女性が, Nervalの母のimageを伝えるものではないかと いう点である。テキストから,この女性に関する部分を引用しておく。

L'oiseau ‑me dit: ≪Vous voyez que votre oncle avait eu soin de

faire son portrait d'avance・蝣・maintenant, elle est avec nous.> Je

portai les yeux sur une toile qui representait une femme en costu‑

!

me ancien & Tallemande, penchee sur le bord du fleuve, et les

yeux attires vers une touffe de myosotis⑳.

さて,この女性がNervalの母を示すと思われる理由として次の様な点が 考えられる。 ①この女性が一枚の画布によって示されている点, ㊥夢想の中の ドイツと河に関するimageが,彼の母と河に関する思いBjに関連を持つと思 われる点, ④祖先の家の中に置かれていることから,画布の女性と祖先との共

‑120‑

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存は,母と祖先との共存を想像させる点, ④前記原稿断片に続く夢想に母の imageが現われることは, ≪Aurelia≫の構成上当然予想出来る点。少くと

も以上の理由が挙げられるであろう。以下,上記理由につき逐次補足的な説明 を加えてみるO先ず第‑の画布の点であるが, Nervalは≪P. et S.≫の中 で母について次の様に述べている<Je n'ai jamais vu ma mere, ses

portraits ont ete perdus ou voles; je sais seulement quelle ressem‑

blaitえune gravure du temps, d'aprとs Prudhon ou Fragonard, quon

appelait la Modestie㊥.>母の面影を偲んだ一枚の版画と,懐かしい女性 を描いた一枚の画布,何れも間接的にimageを伝えるものである点,共通性 が見られる様に思われる。更に,画布の女性が河の岸辺に身をかしげ,勿忘草

の茂みに眼を向けたポーズは, La Modestieと名付けるに相応しいものでは ないであろうか。第2の点については,先ず,女性のまとった衣裳がドイツ風

の古めかしい衣裳であったことは,彼の母がドイツのシレジャでこの世を去っ た事実と思い合せると,母と女性の関連を暗示する様に思われる。しかし,母 tの思い出と関連があると思われる奇妙な対称が,この夢想の中に現われてい る。即ち,彼は夢想で訪れた叔父の家に,問題の画布を見る前に,一枚の仙女 の絵の下描きを見たことを記している<Les tableaux ebauches etaient

suspendus ca et lえ; Tun d'eux representait la fee eelとbre de ce riva‑

ge⑳.>この仙女がライン河の魔女ローレライを指すことは,この夢想の冒 頭に<Un soir, je crus avec certitude etre transporte sur les bords du Rhin⑲>と記している所から明らかであるが,一方に完成した女人像, 一方に未完成の仙女の像はNervalの或る穏された意図を示す様に思える。

≪P. et S.≫の中で,彼は母と河についての全く性格を異にした二つの思い

出を語っている。即ち,一つは母の死の原因となり,更にその後,彼女の思い

出の品(手紙や宝石)までも奪った河,今一つは,母がその河辺から書き送

り,彼の遠い国への郷愁を誘った手紙の故に,懐かしい思い出につらなる河,

云いかえれば一方は,母と対立する河,一方は母の思い出に連なる河,であ

(14)

る。明らかな対称を見せる二枚の画は,それぞれ,この相反する河の思い出を 象徴している様に思える。彼は1852年≪Lorely, souvenirs d'Allemagne≫

と題して,それまで様々な雑誌に発表されていた度重なるドイツ旅行の印象記 をまとめて発表した際, <A Jules Janin>と超した一種の序文を附してい るが,その中でローレライについて, <CJe devrais me mefierpourtant de

sa gr丘ce trompeuse, ‑ car son nom meme signifie en meme temps・

charme et mensonge:⑲>と冗談めかして,その不実を詰っている。勿論, このNervalの言葉の意味を会9過大に考えるべきとは思えないが,夢想の 中の二つの画の対称を考える時, Nervalのローレライに対する非難には,若 干彼の真意が含まれている様に思える。彼は,魅力的であると同時に人を欺む く魔女ローレライに,母のimageに対立する世の女性の象徴的imageを見 ると共に,母を奪った不実な河を代表する水の精を見出したのであろう。この・

様に考えると,仙女ローレライの画が下描きで終っていることは, Nervalの, 秘かな怨みを示すものと考えられ,東に懐かしい女性が,その岸辺に身をかし げた河は,母の優しいimageを伝える,今一方の思い出に連なる河を示すも のと考えられる。この二枚の画の示す対称は,女性と母との対応を更に明確に するものと云えるであろう。第3の,母と祖先との関係については,第4の, 作品の構成の問題とも関係があるので,簡単に補足しておくと, 1850年秋の Valois旅行は,彼の幼時の思い出にみちたValoisに対する彼の愛著を深めた が,その結果,彼は思い出を更に減り,母に対する思慕の念を通して母方の祖先 の墳墓の地として宿命的なつながりをValoisに感じていたことが,彼の書簡に よって推察される。 ≪P. et S≫の中で,彼は母のノ酎〕出に先立って,祖先を 回顧L Cその中には夢想に現われるフランドルの画家であった叔父も回顧され ている) Valoisが,彼にとってのみの故郷でなく,彼の母を含めて,祖先の・

発祥の地であることを印象づけようと.している様に見える。更に彼は,土地に 対する愛著と祖先に対する思い出とについて, <cherchantえetudier les

autres dans moi‑meme, je me dis qu ll y a dans l'attachement A la

‑122‑

(15)

terre beaucoup de l'amour de la famille㊥.>と述べ,その関係の密なる ことを強調しているO以上要するに, Valoisを媒介として,彼の心の中には, 母と祖先のimageが離れ難く存在していたと考えられる。従って,作品の構 成の面から考えても,前記原稿断片に続く筈であったこの夢想に,母と祖先の 共存を暗示する印象が語られたとしても,不思議ではない。最初に現われた母 のimageが,不吉な死を予想させるものであり,一方≪Aurelia≫の意図 するところが,愛する人達の不死と共存を確信することにある以上,母の不死 を確信するため, Nervalが母方の祖先を訪れ,その中に母のimageを求め る事は,作品の構成という面からも,またNervalの自然な心の傾きから云 っても当然と云えるであろう。

以上の考察によって,画布に描かれた女性は,母Marieのimageを伝え るものと推測される。

さて,画布の女性が母Marieを示すとすれば,この夢想の示す意味は如何 なるものであろうかNervalは,祖先の家に母の姿を見出し,母との再会を 果たし,彼女が祖先と共存するという明るい印象を抱いてNervalの試煤は 終るのであろうか。しかし,この夢想の中にあって,叔父の姿は現れず,母 Marieも一枚の画布によって示されるだけで, Nervalと直接交渉を持つの は,祖父の魂が宿ると彼が思った不思議な烏だけである点注目すべきであろ う。時計の上にとまっている烏のimageは,この場合歴史的な時間を乗りこ えて,無限な時間を持つ神話的世界への移行を暗示するものと考えられる。更

にこの烏の言葉によって,祖先との交流が行われることは,烏が,死者と Nervalとの媒介者としての役割りを果していることを意味し,続く祖先の国 への訪問では,この鳥の導き手としての役割りは,一層明確に示されるO即

ち,太陽のない明るさで明らされた浜辺で見出した一人の老人は,実は烏の中 に宿っていた祖先の魂であり, Nerval.はこの老人の案内によって,祖先の家 に導かれるのである㊨。霊界と人界を,媒介する精霊とも思える烏のimage 渇,後章<Memorables>では,シバの女王バルキスを想わせる気高く変身

‑i告‑

(16)

した友(Aurelia)と共に, Nervalを天上に導くhuppe messagとre⑬に, 輝かしい変身をとげると思える。この点を考えるとNervalの道は,まだ遠

く,未だ多くの試煉が必要であることを感じさせる。なつかしい祖先と再会し て‑Cela est done vrai, disais‑je avec ravissement, nous sommes‑

immortels et nous conservons ici les images du monde que nous avons habite. Quel bonheur de songer que tout ce que nous avons aime existera toujours autour de noust ㊨と喜こぶのに対して,〜

人の叔父か‑tu as A supporter de rudes annees d'epreuves.㊤ときと し,楽園への道の遠いことを教えるのである。

◇ ◇ ◇

(3)第I部第4章に関する考察

テキストの第∬部第4章には,極めて直接的な母の伝記が記されている。即

ちJe n'ai jamais connu ma mらre qui avait voulu suivre mon pとre aux armees, comme les femmes des anciens Germains ; elle mourut de fiとvre et de fatigue dans une froide contree de TAllemagne,‑・㊤

この文の前後で, Nervalは自己の宗教的動揺の原因は,自分の受けた教育が あまりに自由であり,自分の生活が余りに放浪的であったことにあるので,更 に自分に,異教に対する関心を植えつけたのは,自分の叔父であったと述べて いる.従ってり母を知らなかった"という彼の言葉は,この場合彼女が彼の宗 教に対する不決断に関しては,何ら責任がないことを示そうとしたと見ること が出来るであろう。しかし,このことは,逆に云えば,彼の宗教的動揺は母を 知らなかったと云うー事に由来することを暗示するものと考えられないであろ

うかNervalは,この簡単な記述の中に,自己の宿命的悲劇を暗示している と考えるのは,行き過ぎであろうか。 E. Aunos及びL. H. Sebilloteは, Nervalが母を知らなかったという事実を重視し,彼のひそかな母に対する思 慕が,彼の心に理想の女性像としてmとre‑epouseのimageを植えつけたと 指摘している㊨O更にAunosは, (母を知らなかったという悲劇) Cette

‑124‑

(17)

tragedie intime transparait dans toutes ses oeuvres, leur communi‑

quant un sentiment d'incertitude.㊥と述べ,彼の現実の女性に対す る不決断は,すべてこの悲劇に由来するものであると云っている。この点は, 彼の母Marieと女神イシスとの同化を説明する重要な手掛りを与えるように 思える。彼は後年≪Sylvie≫の中でVue de prとs, la femme reelle

revoltait notre ingenuite ; il fallait qu'elle apparut reine ou deesse,

!

et surtout n'en pas approcher⑲.と述懐している。彼のmとre‑epouseの 理想像を求める魂の遍歴は,或る意味で彼の異教に対する関心を呼び起したと 云えよう。

◇ ◇ ◇

(4)原稿断片④及び第丑部第5章に関する考察

原稿断片④は, Pleiade版に於て初めて発表されたもので,世界の歴史に関 する象徴的な記述に続いて,この原稿の最後の一文に次の様に記されている。

Je criai longtemps, invoquant ma mとre sous tous les noms donnes

aux divinites antiques⑲.古代の神々と母Marieの同化を暗示するこの一 文の意味は, ≪Aurelia≫第軍部第5章の,夢の中に現われた女神イシスの告 げる言葉の中で,より明確な形で示される.即ち, ≪Jesuis la meme que

Marie, la msme que ta mらre, la mame aussi que sous toutes les

formes tu as toujours aimee. A chacune de tes epreuves, jai quitte l'un des masques dont je voile mes traits, et bientot tu me verras

telle que je suis㊥.≫ (下線は引用者)

既に,聖母マリヤとエジプト神話の女神イシスとの混合は, 1844年に発表さ

れた東邦旅行記の一章≪Le Songe dePolyphile≫及び翌年Hポンペイ旅行の思

い出"の名をかりて,その実は書物から得た知識をもとにしたイシス信仰につい

ての作品≪Le templed'Isis≫の中に見出すことができる。何れも,Nervalの

創作でなく,特に前者はドミニック派の僧Francesco ColonnaC]449‑1527)の

作であり,このイタリヤ語のテキストの仏訳を参照したものとされている。これ

(18)

らNervalの作品の原典については,既に多くの研究があるので,今はその点に はふれず, Nervalの母が,女神イシスと聖母マt)ヤとの同化に果したと思わ れる役割りについて一考するに止め,詳細は他日,稿を改めて論じたい。さて

≪Le Songe de Polyphile≫の中で,二人の聖なる女性の混合を示す個所を 引用してみると, 、<Crurenトils voir dans la Vierge et son ills lantiqne symbole de la grande Mとre divine et de l'enfant celeste qui embrase les coeurs9 Os色rent‑ils penetrer畠travers les tenとbres mystiques jusqua la primitive Isis, au voile eternel, au masque changeant, tenant d'une main la croix ansee, et sur ses genoux l'enfant Horus sauveur du monde⑳?>と述べ, <永遠の母>の原型への融合を通して,

女神イシスと聖母マリヤとの同化を暗示している。これは,前述した≪Le Christ aux Oliviers≫の第5のsonnetと共に, Nervalのsyncretisme

の秘教的世界を示すものとして注目される0 ‑方≪Le temple dIsis≫の 車でも,同様な二人の聖なる女性のimageが示されている⑬。現在留意した いのは, Nervalが,この二女神の共通なimageとして,それぞれ<世界の

̲救い主>であるキリスト及びホルスを抱いた,聖なる母としての姿を想起して いる事実である。母の顔を知らず,満たされぬ母への思慕に苦しめられた Nervalにとって,この聖なる母子像は,天上の母のimageを伝えるもので はなかったであろうか。皮相な見方かも知れないが,彼が聖母マリヤと女神イ シスとが同一の原型から発したとする一つの理由として示した共通するimage に,母子像を挙げていることは,彼の母に対する愛著を秘かに反映している様 に思える。従って,この二女神の融合は, Nervalの心の中で,母Marieを 媒介として, <永遠の母>の原型として不思議な同化を果したと考えることが できるであろう。若し,この推定が認められるなら, 1844年から1845年には, 既に母Marieは,単なる伝説的存在から一歩進んでNervalの独自な syncretismeの世界の一環に連なり,而も或る意味では重要な鍵を握ってい たことになるであろう。この点は重要であり,更に今後検討する必要があると

「126‑

(19)

思われる。

さて<Aurelia>の中で,母Marieと女神イシスとの同化は,今や明確 に示されたことになるが,この事が作品に於て持つ意味は明白と思われる。即 ち,母Marieは遂に<永遠の母>として輝かしい起りを果たし,その不死の imageを求めて試みられた魂の遍歴は,漸やくその目的を遂げ, <地獄下り

>の試棟の終る日の遠くないことを予告するものと考えられる。間もなく,女 神イシスは,再たびNervalの夢想に姿を現わし,彼に試棟の終ったことを 告げ,彼の夢想は,その魂の救済を語る≪Memorables≫へと進むのであ

る。

以上の考察の結果,断片的にではあるが, ≪Aurelia≫に示された母の imageには,作品のテーマの発展を示す変貌が見られ, Jenny‑Anreliaを主体

とする≪Aurelia≫に於て,母Marieの持つ意味も無視さるべきでなく, 少くとも執筆に当ってのNervalの心には, Jennyと並んで,母のimage

も大きく浮び上っていたことを示すと思われる。

〔註〕

テキストとしてイま,次のものを使用した。

G. de Nerval: Oeuvres t. I. (Bibliothとquede la pleiade, 1952)同じく Oeuvres t.廿. CBibliothとque de la pleiade, 1956)以下,各々PI. I.及びPl.

Ⅱ.と略号を使用する。

① Sylvie, souvenirs du Valois (Revue des Deux Mondes, 15 ao血t 1853)

㊤ cf. P. Audiat: L'Aurelia de G. de Nerval (Librairie Champion, 1926) P.101

④ PI. I., Correspondance, 316‑Au Dr丘tienne Labrunie.‑Stuttgart, 12 juin 1854.

④ Aurelia,色repartie(Revue de Paris, 1 Janvier 1855) I He partie (Revue de Paris, 15 fevrier 1855)

㊨ cf. P. Audiat:op. cit. PP. 8‑13

(20)

㊥ cf. Les Faux‑Saulniers. Histoire de l'Abb<ァde Bucquoy (le National, 24 octobre‑22 decembre 1850)

⑦ PI.I., Ang61ique, 5elettre, P. 209

⑥ Id., ibid., 6e lettre, P. 211

⑨ Octavie (le Mousquetaire, 17 decembre 1853) '> Pandora (Revue heb‑

domadaire, 24 septembre 1921).但しPandora, I色re partie (le Mous‑

quetaire, 31 octobre 1854)

㊨ cf. Octavie: ‑ je me dis que peut一色tre j'avais laisse l云Ie bonheur.

(PI. I. P. 312) Sylvie:‑je me dis: ≪La 6tait le bonheur peut‑6tre;

cependant‑≫ (PI. I. P. 293) Pandora: ‑ O Jupiterf quand finira

/

mon supplice? (PI. I. P. 356)

㊤ cf‑ Pl.上, Correspondance, 271‑‑Au Dr邑variste Labrunie.‑

novembre 1853. ; 272←A Georges Bell.‑27 novembre 1853.

㊨ Promenades et Souvenirs (1'Illustration, 30 ctecembre 1854サ6 Janvier et 3 fevrier 1855)

㊨ PI.I., ibid‥ VI Heloiise, P. 159

㊨ cf. EI Desdichado (Le Mousquetaire, 10 d^cembre 1853) ; PI.I., Les Chimとres. P.

㊨ PI.I., Aur6lia甘, chap.6. P. 412

・(◎ Id., ibid‥ P. 413

㊥ cf.Id., ibid. I, chap.3. P. 364

⑬ Aristide Marie: G. de Nerval 3 ed. C?)CLibrairie Hachette, 1955)

pp. I 3‑169. CIsreedition: 1914)

㊨ cf. PI. I., Notes et Variantes, Fragments, note Q, P. 1191 1⑲ Id., Fragments du manuscrits d'Aurdlia, P. 417"

㊨ cf.Id., op.cit.(19), note2‑ P. 1191

㊨ Id‥ Promenades et Souvenirs, chap. 4. Juvenilia, P. 155

㊨ cf. A. Marie:op. cit. C18)‑ PP. 8‑

‑128‑

(21)

・㊧ cf. PI. I. Correspondance, 270‑Au Dr Emile Blanche‑25novembre 1853. ; 273‑A Dublane‑27 novembre 1853‑

・⑮ Id., op. cit. (22)

㊨ Id., Les Chimとres, P.

L㊨ cf. Albert Beguin: L'&me romantique et le r色ve CLibrairie JoseCorti, 1956) PP. 188‑190.

㊨ cf. Jeanine Moulin: Les Chimとres de G. de Nerval (Librairie Droz, 1949) PP. 72‑76. 83‑84

(ァ) Id., Appendice, P.

㊨ cf. Mme de Sta芭1: De l'Allemagne t.皿. (Librairie Hachette, 1959) P. 289. notel.

㊥ Id., chap. 28‑ Des Romans, UnSonge, P. 289

㊨ Albert Beguin: op. cit. (27). chap. 28. Naissancedela Po6sie, P.J

㊨ PI.I.,Aurelia U., chap. I.P.385

㊤ Jeanine Moulin: op. cit. (29). P‑ 87

㊨ Mme de Sta(ら1:op. cit. (3D, P.

㊨ PI.I., Aur61ia I.,chap.4,P.

㊨ Id., op. cit.(22). P. 155

㊨ Id., op. cit.(36). P‑

⑲ Id., ibid‥ p.

㊨ Pl.∬‥ Lorely, A Jules Janin, P. 733

㊨ PI.I‥ op. cit. (22). chap. 7. VoyageduNord, P. 161

㊨ cf. Id‥ op. cit. (36). P. 367

㊨ cf. Id., Aurelia J Memorables, P410

㊨ Id., op. cit. (36). PP. 367‑5

㊨ Id., ibid., P. 367

喝Id., Aurelia甘., chap. 4. P.

㊨ cf. E. Aunos: G. de Nerval et ses6nigmes(Librairie G. Vidal,

(22)

1956)PP. 19‑20; L. H. Sebillote: Le secret de G. de Nerval (Li‑

brairie Jos色Corti, 1948) P. 217

㊨ E. Aunos:ibid. PP. 19‑2 ゥPI.I., Sylvie, chap. │, P. 262

㊨ Id., op. cit. (20), P. 418

㊨ Id∴ Aurfelia ∬., chap. 5, P.

PI. JI.. Voyage en Orient, Introduction: vers l'Orient, chap. 16.

Le Songe de Polyphile, P. 72

‑130‑

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