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和漢連歌について

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Academic year: 2021

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(1)

和漢連歌について

著者名(日) 斎藤 義光

雑誌名 大妻国文

巻 28

ページ 75‑78

発行年 1997‑03

URL http://id.nii.ac.jp/1114/00001434/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

和漢連歌について

斎 藤

義 光

連歌の全般的研究の中で︑和漢連歌︵和漢聯句﹀の研究は︑やや後れているように思われる︒しかし鎌倉・室町期の︑

連歌がその有心性を最も高めたころ︑その文雅の媒となったのは︑五山の詩僧・公家・連歌師達であった︒漢句の雄大・

長高な響きが和句の余情に影響し︑有心連歌の充実・興陽の契機となったことは否定できない︒

後小松院は︑南北朝の項︑良基や究灯庵とも親交があり︑応永の頃には仙洞で連歌の会を頻りに催されている︒次に掲

げる百韻はその代表的一巻である︒

大阪天満宮本

応永元年十二月十二日

後小松院御独吟金風遠くわくる草むら

断続乱蛍闇

ちる雪の花にいとハぬ嵐かな去来飛鳥忙

歳寒梅独芳

北窓長崎筆 暮かかる浦わの船の員みえて

江畔水微沼

南陪暁需裳

酔関金殿臨霧うすき外山の月ニ旅立て

(3)

ひかりそふ花のこのまハ日のさして

棺発火埠々

除熱薫風間

峯こえていまもや帰春の雁

精疲天一方

滴愁孤館雨

黙費半閏霜

月しろき枕の上に秋更て 旧寒朔吹郷柴の戸をたたく震の横きりて人こそとハね冬の奥山歌声加伐木

夢もまとをにうつハさころも 酒味更成章誉遠李兼社

道洪虞輿唐やや寒き比にや賎も馴ぬらん

なひく煙ハ竹のタ風

遺賢林下器

美女帳前粧

独座対紅燭

孤眠憐素商 聖股新飽瑞仙術屡呈祥菊ハこれ遠きよハひの種なれや浪の花散秋のくに川

月の色移太山に風たちて

うき思よなよな月も愁きて暗猿晩断腸

契もかれつ露のした草袖かけて寒きこのはやしくるらん

たのむ陰なき位人の宿

難学一瓢楽

妻あハぬ野原の鹿の戸しほれ

もの寂しきハ山もとの庵

(4)

乾坤隆典澗 枕箪夢魂長

こてふ社咲花闘をすミかなれ 万象忽帰陽民喜昇平化

儒思学業常

折しる志賀の故郷の春

浦人ハ沖の霞の綱引て 隙とめて蛍や窓をてらすらん

みえてハのほる若竹の露

淑気鎮痛湘吾なミたこころよハくも落そめて

佳景須催句つつむにたへぬ恋のくるしさ

閑時転灯呑風添団扇帳

行ひハ猶怠らぬ寺ふりて禁題少詩狂

春樹緑千里ふるや軒はの松のむら雨

洞口雲好巻

波心艇在亡うつろハん心の色ハ見てもうし

風むかふ塩瀬に霧の立まよひおもひたえはや人しれぬ中

さしくる月の影ハほのほの偶慌情欄処

寂家携杖傍釣簾山暮色

盲草野春光月昇升る山のすそ野ハ夜になりて

農舎鴛児語をささのくまにすたく虫の音

展宮燕子揚をく露の命や仇に頼むらん

うららなる風ハ雲井に音信てよろっうき世そおもへ身の終

和漢連歌について

(5)

禅楊茶煙淡

疎擁竹影蔵

披書董事少

和琴漏芦央

魚躍奔流白

鳥時寄嶺蒼

松原の埋れし雪のむら消て

かすまぬ月の猶さむきころ

風あるる春の湊もよる舟に

あまの柚まて浪やかくらん

沙際唇棲筆

城辺鳳闘康

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