奈良教育大学学術リポジトリNEAR
農村教育の特異性とその実践(そのI)
著者 礒野 義一
雑誌名 奈良学芸大学教育研究所紀要
巻 2
ページ 83‑92
発行年 1966‑03‑29
URL http://hdl.handle.net/10105/6110
農村教育の特異性とその実践(その工)
石義 野 義 一
1
教育の目的はここでは価値実現の助成として、その一般的意味を規定して拾きたい。しかし、価値 実現の目標である価値の形態が、唯、それが価値ある生活というのではr般的であるが抽象的表現に とどまる。ここで価値ある生活というものは、その具体的形態である文化がインターナショナルの面 があると同時に国によって固有性を持っている。従って国民教育の形態が、それによって具体的に規 定されることになる。国によって文化の具体的形態が異ってくるということは更に精しく考えると、
国の文化が総て皆同一の文化形態にあるのでは在くて、そこに特殊の文化が分化して、その分化し た形態が有機的連関によって、その国の文化が形成されていると思う。
この分化した文化形態に応じて、それぞれの教青形態が特異性を持って、それによって各文化の特 色を発揮するものと考えられる。このような形態の・つとして、都市の教育に対して農村の教育の.分
化がある。教育の達成する価値の特異形態に教育が規定されるとするなら臥そこに当然長村教育が
考慮せらるべき つの根拠がある。教育は対象の性質に規定せられて、その具体的形態を持つのである。幼児教育と青年教育はそれぞ れ国民教育であるが、その教育形態が異るのは。この為に他なら庄い。心身発達の特異性による制約 が、幼児、青年がその心身発達と環境との相互制約によって、心身並にその生活が形づくられる以上、
この環境にIよって教育が具体的に色々制約を受けることも考慮されねばならをい。
この環境としての都市に対比して農村に大き皮相異を見ることが出来る牡上、そこで行われる教育 形態に当然相異は存在する。・農村教育の存在する才二の根拠がここに示されていると思う。
現在、教育は地域社会の特異性を認めて、これに即応した教育が進められるように強調されている。
しかし、これを長村教育の視野からすれば、現実には必ずしも、そのように行われていない点もある。
例えば、画一教育を排すと言いながら、その地域、農村文化の特異性に留意して、これを奏達させる と一いうより、所謂、都市文化の形態を修得させる半うを努力が見られるし、教科の選択、教材の選択、
生活指導の形態rも、そのような券もむきが感じられる。農村には都市と異っ走、生活形態、生活感 情が先祖から代々伝承されて、これが農民の日々の生活に生きている。それが自覚され、意識され、
目的意識をもっているか、非意識的を状態のものであるかは教育的に検討する余地はあるとしても、
農村は都市と異る独自の文化をもち、その文化的使命を持っているならば、叉農村の児童、青年の心 身の状態で独自性があるとするならぱ、その児童.青年が将来都市に出ようと農村た居住しようと、
これら児童青年の実態を明かにして、彼らに相応した教育の目的を果たず為の考慮を払わねばならぬ。
これには農村の現実を知り、農村の児童青年の特性を解し、農村の文化的使命を明かにし、併せて都 市文化を洞察して、そこから長村教育の形態を考え、実践に移さねばならない。ここに農村教育の建 設があるといえる。
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長村文化の特異性.長村文化の使命に留意したが、その特異性の発源は何であろうか。農村はその
住民の多ぐは農業を生業としている農民によって占められている。他産業との比較に拾いて特異性を 持つ農業、その農業を生業とする農民が居住する農村の文化使命を明かにするには農業独自の特色を 明確にする必要がある。
農業は土地を基礎として行われる。土地は生産要素の一つであって、何れの産業でも必要とするが、
それはその負担力の利用である。農業ではその他に土地の栽培力、栄養力等をも利用して生産をあげ る。従って多くの面積を必要とし、農業経営はすべて土地を基本として立案されるのである。土地は 不減、不動、不加の特性をもち、収穫漸減の法則の支配を受けるから独占的性質をもち、農民は耕作 地から離れることが出来ない。従って農業は本質的には世襲を必要とし、農民は耕地に固定せざるを 得ない。その結果、その土地に生ずる生活要求は独自のものとなり、生活様式はその土地に固定し、
伝統的注文化が生れ易いのである。都市は多くの人口を消化し、人の流動も激しく、定住によって伝 統の生ずる素地は農村に比して薄いといえよう。例えば都市では職業は必ずしも世襲を必要とせず、
父が小売商を営んでいても、子供は教員、銀行員、工員になってもよいのである。さらに農業はその
生産物は多一
ュは生活必需品である。衣食住について農民は自給自足は可能である。この農業の特質は 他との交易を絶対条件とはしない。非交通的で外界との接触を要しない農業の本質は農村に伝統的な 文化が維持される素因をつくっている。農業は自然力の支配を受けることが大きい。他産業でも自然力の影響は免れることは出来ないが、
農業ほど決定的影響は受けない。最近の技術革新は自然条件を克服して、環境条件を最良にする人為 的調節も可能となっている。しかるに農業てば温度、湿度、降水、日照、風等の自然力の支配を受け、
科学の進歩一レた今日、暴風雨や寒冷に遭遇すれば、忽ち凶作となり、長期の辛苦もその実を結ばない。
農業生産は多く戸外で行われ、四季の変化を追って進めねばならぬから、生産期問を変更したり、需 要の急増に即応した供給増加も不可能である。農民は厳しい自然条件に服し、四季の変化に応じて黙 黙と努力を重ねるほか、術がないのである。又農業は有機的生産で作物、家畜の生きる作用に委ね、
人間の意志や力がその生長速度を自由に調節することが出来ない。農民の力ば準備的、補助的作用を するに追ぎないのである。ここに農民の宿命観、忍諦観、盲従、事大主義等を培養する素地が考えら
れる。
農業は主として生活必需品を生産し、その需要は一般的であるから多数の同業者が同じ場所で居住 し、営業していても、他産業の如く激しい競争を見ることなく.自己の生産物で自活が可能であるか ら、不況にも耐え、各人の努力で平和的に独立した生活を維持することが出来る。農民は質朴で世智 に疎く、温順であるといわれている一つの因はこんなところにあるのではないか。
都市生活で停職場と生活の場は必ずしも同Oではない。両者が分離している場合が多い。農村生活
では職業生活と家庭生活は同一の場で行われ、生活即生産的となっている。この意味では農村文化は 生産的色彩を持っているといえよう。農業そのものがもつ特質はまだ論述しなければならぬ多くの問題はあるが、今述べた三の点から
見ても、農業を生業とする農民、多数の農民の居住する農村には特異性をもった農村文化を育成する 素地が存在するものと思惟される。この農村に内在する特異の文化要求ともいうべきものを農村教育 の現実の出発点として考える必要がある。勿論、このような農村の現実は謂ばば農村の存在形態であ って、これをもって直ちに教育の目標とすべきものであるとば思わない。そこには発展せしむぺきも のがあると同時にその形庫を変化せしめねぱ在らぬものもあるであろう。しかし、教育はその出発点を現実の場にとるならば、現実の姿を離れ、その本質を忘れた教育の場
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は広いといわねぱならぬ。このよう漬事情で特殊づけられた農村文化の具体的状態を検討しそこに農 村教育の理想とする文化形態について考察し、そこから、採らるぺき具庫的な農村教育の形態につい
て考一えてみたい。
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集村教育の検討を進めて、その具体的な究明に入れば、必ず経済問題が関連してくる。農村教育の 建設に農村の経済問題はその基礎となってくる重要問題であるが、農村経済については、その研究者 に委ねて、本文では農村教育の視野から一二問題点を採り上げて述べることにする。
経済企画庁の長期計画委貴会委員、中山博士は『経済構造の動向と職業指導』の中で我国の産業構 造の変化にとも在う労働人口の変化とその所得について次の資料を示している。
才}次産業 才二次産業 才三次産業
就業人口 所 得就業人口 所 得就業人口 所 得
1955 41.0% 23.O% 24.O% 30.0% 35,0% 470%
19ア7 2Z0% 15.0% 30.0% 3Z0% 43.0% 48.0%
上表の示す如く、我国の農村人口を含む才一次産業就業人口及びその所得はそれぞれ減少すること になっている。現在、農業は他産業との間に次才に所得格差が見られ、農業労働力の不足も次才に顕 在化しつつある。この農業人口の他産業への流動、所得の相対減少は農村、農民の経済生活に影響を
与えている。
明治以籏の我国の教育は国の経済生長と無関係であったとは思われない。むしろ、その教育成果は 大いに挙っていたとさえ思える。高度経済生長に応じた教青形態であって、時には出世主義の教育と いわれるが、これは、その時代の要求に応じようとする教青弊害ともいうぺきものであろう。明治大 正の教育は多くの問題はあるが長い見通しに立つだ教育を考えていた。そして、実際必要広場の要求 を允したといえよう。今後の農村は経営の為の労力不足の問題を包蔵している。確実な推計によれば
我国就業人口の増加率は19ア5年頃を班AKに漸次下降するとのことである。農村での就業人口
の過剰への考えは訂正せねばならない。最近の農村青少隼の進路調査の結果を見ても農村残留を希望 するものは償少であって、特に女子青少年で農業を希望する者ば男子に比して更に少くなっている。将来農村の中堅人物を目指す農業高校率業生の中にも他産業に進出を望むものが出ている。農村では 今後長業就業者は減少することは明かで、少数精鋭主義で農民の一人一人がその生産の能率をあげね ばならない。この為には高度の農業技術者を必要とするし、農業の機械化も促進させねばならぬ。農 業近代化の為に当然農業経済、農村諸施策への考慮は私わるべきであり、人材育成への努力、特に農 村青少牛の教育への配慮があるべきである。経済的に息れた豊かな農村を創ることば農村教育の命題
である。
農村経済の充実と併せて農民に明るい希望を持たせることである。徒らに他産業との格差を嘆げか せることのない農民の指導方策はないのであろうか。農村は国民生活必需品の重要な生産地であり、
農民はその重要な役割を分担している、人間生活に有用な財を生産するのは農業だけではないが、農 業は生産業の基礎であり、根底である。この農業が国家、社会大衆に奉仕している偉大な価値を農民 に認識させるこ一とは農村教育の一使命である。自分の仕事に対し、従事する産業に対して衿持と愛着 を欠くことくらい、その人の人生を無意義にするものはない。農村が荒廃して国の健全な発展を期す
ることは出来ないと信ずるからである。
農村経済を考察する時、その主柱を在す農業生産について農民教育の面から私見を述べたへ
近頃『国民生活の安定』『生活の向上』ということばをよく耳にする。意味するところは主として 物質的、.経済的の生活の向上を指している。貧困生活は粗衣・粗食を想起し・恵まれた生活といえば 大屋高楼に居住し、美衣美食をしていることを意味する。この生活の意味する経済的、物質的の通説 は重要である。宗教、哲学といえども飲まず、食わずでば学び得ない。人は所詮、経済から絶縁出来 ない。生活といえば直ちに物質生活、経済生活を想起することは当然のことである。しかし、人問生 活は物質生活と共に精神生活がある。この両者は載然と区別することば困難で、純粋の経済生活もた けれぱ純粋の精神生活もない。謂はぱこの両者が互に影響し合い、共存しているのである。現在の農 村生活を見るとき農民が物質生活、経群生活に関心を示し、精神生活の重要な一面を忘却している感 を持つものである。そこで農村教育の指向すべきものは農村という境遇に立脚し、物質、精神の両面 から見て、最も適切妥当な生活を実現することにある。農村の境遇に適応して、これを利用し、応用し、そこで最もふさわしい物心の生活で理想に近い生活を営もうとすることにある。
『一生活するということはこの世において稀有のことである。大抵の人は生存している。そしてそれ がすべてである』とワイルドは言った。今日の農民の生活は果して、ワイルドがいった生存に過ぎな いものであるか又は生活の名に価するものであろうか。現在、所謂良き生活章する為には物質的、経 済的に恵まれて居らねばならぬであろう。人間生活で財を無視することは出来ないからである。しか し、人間生活で経済生活が満たされたからといって、その人は幸福な生活をしているとは断定出来な い。世の中には財の為に罪悪を犯す入がある。経済的に忘れているのに心身共に堕落している人もあ る。これは財そのものの罪で在くて、その人間に問題があるからである。今日の社会では多くの人は 貧困に苦しんでいる。経済が豊かであれぱ、経済生活だけでなく、その人の精神生活峨ても更に意義 ある生活が可能であるが、貧庄るが故に目的を達成することが出来庄い事実が多い。幸福な生活は経 済的に忘れていることが つの要件であるといえよう。
今日の農民はその生活が向上したことは事実である。しかし、農民をとりまく周囲も向上している し、農民自身の欲望も大きくなっている。良民にとっては従前に比して自分の生活程度は相対的に低 下したと感じ、生活に対する悩みも増しているものもある。しかし、経済の豊かなことは必ずしもそ の人に幸福をもたらすものではない。財の活用法を知らない為に財の効用は発揮されず、その人の人 格も傷つくのである。ここで、農村教育の視野から、農民は如何なる生活をすることが最も価値ある
ものであるかを考察する必要がある。価値ある生活とはその人の人生観、価値観、処世観等によって.
それぞれその見解を異にするので端的に表現することは難しいが、一筆者は次の三点を大胆に農民の生 活指祭として贈りたい。
人間生活は人間の魂を培い、その生命力を無限に仰すものでなければ庄らない。
人間生活は生きていることの悦び、自分は幸福であると感ずるような生活で広けれぱならない。
人問は孤立して生活は営まれないから、その人間的、社会的関係に拾いて、適当な調和を維持しな
ければならない。
農村教育といえば直ぐ農業教育を指すように考えられるが、単にそれだけでは注く、長村教育はも っと広範囲のものであって.物質生活、経済生活だけでなく、より広くぺより高く、より潤いのある 精神生活によって、真に人間としての価値ある農村生活を確認させることである。
筒書の泰誓に『惟天地は万物の父母なり、惟人は万物の霊なり』と述べている。天地の創生化育の
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徳を体得し、助成するのが人の道であり、天地の霊走る人の務であるとするものである。
一本の植物を栽培し、一頭の家畜を飼育するにも天地の化育を助けるという尊い意義を知るととも に、そのことが自己生命の象徴であり、自己表現であることを感得すべきである、炎天下の農耕作業、
極寒の下、肥培にいそしむ農民の努力は辛いことには違い広いが、苦心の結果、作物、家畜が生長す る。それらの生長の姿こそ、農民が自己の生命の生長と感じ、自己表現と感ずるとき、そこに無上の 悦びと満足を拾ぼえることであろう。
篤農家、梅村登氏がその著書で『農民にとって耕作に従事することほど楽しいことはない。耕作は 農民のみが味わう大地への芸術であり、私はいつも、自分は神が与え下さった大地への彫亥脆する芸 術と考えている。こんな偉大な芸術は他にあるであろうか。心に満され危いものがある時、憂のある 時、丘に登り自分が開墾した大地の姿を眺める時、凡ての悩みば一時に消え失せて、深い幸福感に混 ることが出来る』と述べている。
酒を飲み、好みの衣服を着る等の金銭の消費によって、その自己表現の満足を得ている事実は人の 知るところである。しかし、生産による自己表現は消費による自己表現よりも、その個性発揮、その
悦びはより大きなものがあるのであろうと思う。果樹栽培によって果実をみのらせた。枝を整え、肥 料を与牟、工夫努力によって見事な果実を収穫することが出来た。腹を満たすだけならぱ、購入した 果実を食べても同じことである。しかし、自分の努力によって作り上げたものを味わう際は買ったも のでば感得出来ない深い悦びを得ることば否定出来ないであろう。
天地の化育を助け、自己表現の方途としての農…業生産も、今日の社会状態、経済機構からすれば、
この生産態度、生産観による行動は、すべて好都合に受け入られるとぱいえない。例えば、努力の甲 斐があり立派に収穫が出来た。立派に自己表現を果し得た、このことは、その農民にとって満足すべ きことに違いないが、その生産物を売却して貨幣に代えねばならない。従って、農業生産は手段と在 り、目的はこれを売却してより多くの貨幣を得ようとすることになるから、生産に対する興味より、
これを売部して利益を得ようとする営利才一とならざるを得ない。.従って生産に際して、品質、収量 よりも、これを売却して得る利益の方に深い関心を示し、農業生産は単に金銭を得る為の手段と在る。
これは生産態度の堕落であるといえよう。この営利主義も今日の経済機構からすれば止むを得ない面 もある。しかし、農業生産に当り、営利才一主義を排することば出来ないまでも、心から生産によろ こびを感ずる方途はないだろうか。
ここに 人の農民が大根栽培に精を出している。熱しに手入れしたので日毎に生長を続けて見事な 大根が生育した。この農民はこの大根に自己表現の悦びを感じ、幸福感を得れば、長業生産を楽しみ、
長村生活を享受することが出来、同時にその生産の成果を金銭に代えて彼の経済生活を充実させるこ
とも出来るのである。
農村経済を考える場合、その物的生活、経済生活に呑いて、農村、農民が充分恵れていることは大 事なことであるが、この外に農民が真の幸福は何であるか、農民の価値ある生活とは何を指すかを農 民自身に、特に将来の農村建設の中核となる農村青少年に、とくと考える、考えさせることを農村教 育の企画に盛り込むべさである。
4
既に述べた如く、農村問題は経済問題を基調としている。これに技術、知識の問題、生産の問題、
道徳の問題。健康の問題、娯楽の問題、指導者の問題等々多くの問題に連関を持ってくる。これらの
諸問題は各問題ご」
ニに多くの重要な問題点をもち、同時にその問題の解決を求めていると同時にこれら諸問題は互に密接に交錯し合って、有機的に繕びついて、農村に存在する特有の問題点を提示し、
生活体としての農村の独自の問題の解決を求めている。
ここでぱこれらの問題を農村生活、農村文化の視野から、換言すれば農村文化形態の文脈としての 問題点を生活体としての農村について農村教育の視野から紙数の許す限りとらえてみたい。
道徳問題;農村生活では、 道徳的美風は従前何人もこれを是認するところで農民は人情にあつ
く純真、朴訥、勤勉であって、農村出身の青少年が都市の事業所で歓迎されるのはその道徳的徳性を 認められている好例である。農村では現在も隣保相助が行われ、村道の修理、部落の谷事等には挙げて労力奉仕をする。冠婚葬祭にも親類縁者は勿論部落あげて助け合い、村民の為には勤労をもいとわ ない。村民の間では極端に個人主義を強調するものもなく、村の秩序は良く維持されている。農村民 の生活態度は表面から見れは道徳善として、多くの称賛すべきものがある。このような道徳的性格は 何に起因するものであろうか。
◎農業という生業は大地自然を相手として・、柔順に努力する外、手段なき生業である。
◎農村の労働力の自給関係、農村での生活の孤立の困難性、住民の固定、先祖か一ら子孫に代々伝えら
れている農村の伝統。
◎農業の本質は生存競争を必要としない。他人を追越すことが自己発展となる要素は少い。
これらのことが農村特有の道徳的美風をもたらしたものといえる。この道徳善というべき気風があ る反面・農村生活に沈潜している農民の人気・気風を見極める必要がある。そ牟らは農村の美しい自 然の風景、新鮮庄空気の如きものでばない。人によっては、このことを農民の保守、情実、因循、姑 息によるものだと述べている。長塚節の『土』、和田伝の『湿地』は農村、農民の気風を端に示した
小説といえよう。旧聞に属するが、1948年6月の朝日新聞紙上に『村バネ10年、事の起りは5 寸の土地』という見出しで、山陰地方の農村で家の周囲にめぐらした石垣が村道に約15種はみ出た 為にその家と村民との対立が14年間も続き、2人の自殺者が出、その家は村民との交際を断たれる
ことになり、遂に県知事が調停に乗り出したとのことである。こういった事例は長村では時々一見られ るとのことである。農村の協議会では道理や正義で議決せられるより情実や有力者の発言で決定され ることが多いとか。農村の人情は厚いといわれるが、これは彼らの親しい者の間だけに通ずるもので、謂ばば訓練・教書の潅い動物的本能、人間の自然性そのままの発現に近いものといってよい場合も多 い。だから、隣保の団結は良いとしても、これが時に親族、縁者で村、部落の実権を襲断することと 在り、外来者を疎外することになる。米糠三合持では善子に行くなど島村で良く言われるが,この間 の事情をよく示した言葉である。今次大戦中、農村に疎開した都会人が農村での冷遇に耐えかねて終 戦と同時に物資が不足している都会に急ぎ帰って行った例も多い。集合時刻が守られないことは日常
茶飯事で・葬農の出棺時刻を1,2時間位平気で処す。これらの道徳悪ともいうべきものの発生は何
によるのであろうか。◎農村生活は一定の土地に定着し、その生活の習俗は親から子へ、子から孫へと伝えられ、それが、
その農村社会に固定したものになる。その結果、生活様式、生活態度は固定し、悪い習俗もこれを長 守することに在って、道徳的改善を困難にしている。
◎農民の生活は拾互に笹接している。各家庭の経済、家族間の諸事情は村内では互に知りつくしてい て、部落内の主婦の財布の中の金額までも知っている。彼らば私事に興味を持ち合い、労働力の分配 の不均等から生活に閑暇があるし、嫉妬心の強いことと相倹って、道徳不善の状態を招来している。
◎隣保相助の生活があるにもかかわらず、真に協同生活を拾し進め、自覚に基づく、組幟化、結合化
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が進められてい庄い。
長村に歩ける道徳性はかくの如き矛盾をもつのは何によるのであろうか。これは、農村生活の自然 形態、農業そのものの形態からの影響から自然秦生的に生れた修練されていをい自然の性格形態であ
ること、伝統的な農村生活の形態に規定せられたものて。それが真に農民の自覚、意識に基づく道徳 善で広いところに問題があると考えられる。従って、農村の道徳善は非意識的な道徳善の状態として の美風を形成しているのであって、自覚された道徳意欲によって支配され、税極的に我が農村の道徳 生活をより良さものに作り上竹て行こうとする意欲に次げている。純朴でありながら嫉妬心が強く、
浄化された道徳善とはなっていなへしがし・農村に存在する美風と言われているものは事実美風に
間違いはないのであって、.この美風が農村、良業を培土として自然発生的に生じた弊風と混在してい るのが現芦と思九そしてこの現在の美風・も農村の伝統が衰え・農村生活の形態が変わり・外部から の不断の、時には急激の働きかけがあれぱ、漸次に、或いは一挙に消滅する危険すら伏在しているの である。現時点の農村の道徳性の様相はそ一ういったものを感じさせるのである。今僕6農村生活の改善、長業経営の発展を考察する時、この道徳善、例えば農民の協同性は農村、
良民生活の進展の基礎として重要底意義を有している。従って、現存する道徳的美風は美風として、
彼らに自覚させ、保持させるとともに.混在する弊風を除去する努力を怠ってはなら凌い。このこと は年少の時代から浸潤し薫化するということを農村教育の企画としなければならない。
知性の問題従来、高く評価されてきた農村の道徳性と対比して、その貧しさを指摘されてきたも
のに農村生活に於ける知的側面がある。良村の日常生活で迷信が生活を支配していることが多い。鰯、育児から旅行、年中行事等に至る
まで、その影響を受けていることが指摘されている。農村、農民の生業の大部分を浸している農耕技術に於ても、漸次、新知識、新技術は導入されつつ あるが、な努、伝統的技術を固守し、中には新失職への要求を欠き、時にはこれを拒否する者すらあ ることを識者は指摘している。長業高校卒業生で新知識技術を修得して、我が家の農業経営の改善に 張り切って見ても、これが、受け入れないことになると我が家を、我が村を去らねばならぬ。こうい った例は案外多いと知らされている。
将来、農村の中核となる児童、青年についても、その知的素質で劣るものが都市に比して多いので は広いか。その知識形態では知的分析的をものに乏しく、具体的、経験的知識に止るものが多いとの
ことである。
このよう庄農村の知性発展の遅滞の原因は先ず常識的に知られているのは、その人的構成が都市と
比較して知識的に劣っていることである。青木誠四郎氏がかつて群馬県下の小学校卒業生760名に ついて卒業後の離村状況を調査した結果では知能上位約33%、中位約30%、下位約24%であっ た。このような状態が長く続けば農村の矢口髭枯成はDEG・ENERA回することは明かで単に知的発達
の遅滞に止まらず、知的教養の高いものが少くなることになる。又知的発達の為の良き人的現境条件 を欠くことにをる。この点、都市との精密な比鞍を必要とするが、知的教養の低いことは事実のよう で、農村の知的発達の水準を低くする因となっている。又知的教養を高める機関が都市と比較して少 いことである。最も強力な知的影響のある学校も、所謂上級学校と称するものは都市に集中し・充実 した図書館その他の教青機関は都市に多く農村に少い。これら上級学校に入学しようとする農村の青少年は多くの経済的負担を必要とするから、経済的余浴が無ければ上級学校の進学も困難であるし・
この事は畏村青少年の向学心を義廉させている。経済的負担に耐えて大学を卒業した者があっても。
その多ぐは再び農村に帰ることなく、濃村の知的形態を左右するまでには至らない。農村振興の為に は農村の知的発達は意味なきものであろうか。農村生活の進歩には、その道徳性、勤労の習慣のみに 期待すべきであろうか。農村問題の解決の為には農村経済の進展をはかり、農業技術の進歩、農業経 営の合理化を期せねばならぬ。それらの基礎となる科学教育 重視すべきであり、科学知識なくして 農業の振興は考えられたい。農村の協同化に拾いても、知性の進歩による農村社会の理解を必要とす
る二農村生活の合理化にしても迷信を除き、生活形態を快適衣ものにする合理的精神を養って、生活 の全面にわたり、知的にこれを反省し、その改善すべさものは改善して行くものでなけれぱ在らない。
この意味で農村の知性の向上は農村教育の重要な企画とすべき示唆があると思う。
娯楽の問題 人ば日常生活てば、普通何んらかの潤いを求め、楽しみを求めていることは否定
出来ない。娯楽といい、リクリエ■ンヨニ・といわれているものが、人々の生活の中のどこかで何んら かの彫で望まれているのである。農村生活に拾いても、この自然的要求に従って、昔から色々の娯楽が考案され、取り入れられて、
所謂、農村の若衆によって、種々の娯楽、例えば、飲食、盆踊り、村相撲、芝居等の素朴な形で受け 入れられ、彼らぱそれで満足してきた。しかし、娯楽というものは、周囲に新しい刺戟形体を備えた 娯楽が表れると、その新鮮な刺戟により、更により以上の刺戟性をもった娯楽を要求するようになる。
かくして、人々の娯楽に対する欲求内容は時の推移とともに変化してくるのである。現在、テレビ、
ラジオ、映画、スポーツ、音楽等が農村に普.反し、農民の娯楽として不動のものとなっている。今日 の農民の娯楽に対する要求形態は昔とは異ってきて、農村有少年は従来の娯楽てば満足しない。
娯楽の存在形態は刻々変化しているぱかりでなく。人々の生活形態、心身の状態等も変化し〔いる。
従って、その娯楽に対する欲求形態も変化している。農村娯楽は変貌している。即ち、都市生活形態 への近接に起因して、農村娯楽は消費性、スビIド性が増している。そして、従来の生活様式のもと で満足していた娯楽形式は、必ずしも、今日の農村生活てば受け入れられるとぱ限らない状態になっ てきている。娯楽は必要とされ、それは存在すべきものであるが、娯楽そのものの形態が変化するば かりでなく。農村生活、農民の受け入れ態度が変っている。こ㌧に考究すべき農村娯楽の問題がある。
ただこの問題の検討に当って次の事案のあることを指摘して歩きたい。
伊藤登喜雄氏の著書に『農村の娯楽はどうなって居りますか。』との間にに多くの農民は『娯楽を 考える程、時間の余裕はたい』と答えるものが多かったと述べている。伊藤氏が岐阜県川上村を尋ね た時、土地の小学校長は『この村は十月には雪が降り出し、四月迄雪の中に埋ってしまう。 年の半 分は雪中生活である。だから雪の降らない春から秋の始めまで働き通さねばならない。半年で一年分
の仕事を片づけてしまう。この為、朝ば3時から夜ば8時頃まで働き続ける。この間、食べることと
寝ること以外は考えない。ラジオをききたい、映画を見たいという欲望より、静かにゆっくり寝むりたいというのが村民の一番の願いだと思う』と。これは、この土地に働く人の自然の姿であり、真実 の要求であろう。ただ、雪中の半年聞の余暇生活の内容が気になる。早川孝太郎氏著『農村と農村文 化」の中で『農民が切実に要求しているものは娯楽よりも休息である』と述べている。農村の健全娯 楽が取上げられ、研究されている時、何という皮肉であろうO
このように農民は強く休息を望むことも事実であろうが、同時に娯楽を求むる声のあることも事実 である。地域差はあるが技術革新、農業機械化、経営の合理化により、従前に比して、農民に余暇が 生じ、娯楽を要求するようになっている。昔から農村では農閑期に飲酒の機会が多く、飲酒常用者は 農村に多いようである。これは余暇生活が充実していない一つの表れで、余暇の活用、延いては健全
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娯楽の検討がここに必要となってくる。
文化高く、教養の高いものはその余暇生活が充実していると同時に本能的、肉体的なものから知的 なものに移行する傾向が見られる。農民の余暇生活の実情を質的に見るとき、彼らの知的生活、知的 水準の問題との連関を併せて考察する必要がある。農民の余暇生活では読書に興味を示さないこと、
知的活動が充実していないことが指摘出来る。
尾崎士郎氏著『文学の方向について」の一文に「現在の文化指導者層が都市文化を機械的に農村に あてはめようとしても、それは誤りである。この方法をとれば、農村のニキビ青年や浮気娘の少数は 捕え得るかも知れない。むしろ、問題は地方の伝統、地方独自の生活様式と生活感情との上に築かれ たもので、それが農民の生活力をたかめるものでなくてはならない』と。
農民は今日まで自身の手で休息を生み、娯楽を作り上げてきたので今後も農民は出来るだけ自身の 手で休息を生み、娯楽を育て、余暇生活を充実させるべきである。
従前、我国では儒教的、観念的理想主義に影響され、時には道義的訓練に片寄り、青少年の余暇生 活の指導を怠って来た感があるばかりでなく、娯楽、余暇生活を楽しむことを罪悪視し或いは侮視す
る風潮があった。この為に余暇生活を如何に過すべきかという術を知らない状態であってその結果は 青少年をして野卑で危険な遊びに追いやり、村を外にして夜遊びに走り、飲酒するということになっ たのではないか。ただし、娯楽は与えるべきものでなくて、自から求めるべきものであるから、如何 に高尚で、望しいAC T I V I TYであっても、これに興味を覚えず、喜んで本人が受け入れるものでな ければ、それは娯楽とは言えない。
農村娯楽について具体的に考えてみたい。
農村娯楽と音楽 兼営清佐氏著書に彼が学生時代に農村に帰省して友人達とポケットマネーを集
めてレコードコンサートを開いたOその夜、村民が大勢集って盛会であったので彼は大満足であったO ところが、翌日、隣家の農民がr昨夜、奇麗な声でネズミ、ネズミよと歌ったのは何の歌か』と質問 した。その時は気付かなかったが、後になって、シューベルトの子守歌であることがわかった。これ はレコードが悪かったのではなくて、洋楽に層■1れない人の聞きちがえであったO小さなこの催しも、仕事にカ・中る前にはもっとやらねばならぬ準備段階のあることを痛感したと述べているO都市といわ ず農村といわず音楽は普及しつつあるが、これを農村の健全娯楽として、如何に指導すぺきかは主要 な問題であるOその準備段階、内容、提供の仕方等に考慮すべき点はあるが、適切な指導を受けた農 村婦人力暗楽で余暇を楽しんでいる幾多の事例が紹介されていることは心強いことである。
農村劇 上泉秀信氏は『農村劇は村芝居にあらず』といっている。従来の村芝居と称するものは
村の芝居好きな一部の人のものであった。これを農民の娯楽として取上げている地方が最近多くなっ ている。学校教師の指導によって、その地の農民の健全娯楽となっている事例が新聞紙上に報道され ている。農村劇の脚本、演出、出演等についての選択、研究の諸過程を農民が集って話し合う、この 過程が一つの娯楽であり、練習の結果を村人に公開することは出演者にとっても、観衆にとっても楽しいR瓦C REAT I O Nとなるであろう。指導者に人を得れば、劇の内容は農民に親しみのあるものと なり、村の過去を語り、時には村のVI SI ONを盛り込み、村の生活改善等の内容が知名の士の難し い講演よりも容易に、抵抗なく村人に理解され受け入れらることも可能となる。
その他の娯楽 従来、農村娯楽として農民の生活に融け込んでいた盆踊りも、現在では次第にそ
の影が淡くなっている。小寺融吉氏著『郷土舞踊と盆踊』で述べている如く、指導者に人を得れば、伝承的郷土舞踊としての盆踊りの良さと、新時代の感覚を生かし、農民のよろこぶ娯楽としての盆踊 りも考えることが出来る。
農村には正月から年の暮れまでに月を追って展開される農村独自の年中行事がある。この行事は往 年農民の血をわかせたものであったが、現在では以前の慣習は権威を失し、最近ではその名残りさえ
とどめないものもある。農村生活形体、制度、思考の変化を見つつある今日、昔の年中行事そのまま の形で実施された時は農民、特に青少年達の抵抗を感ずるかも知れない。しかし、新時代の感覚、生 活様式を盛り込んで血の通ったものとすれば、季節を追って仕事を進めて行く農民生活に調和融合し た楽しい農村行事となるであろう。
農村娯楽に家族を中心としたものを考えるべきである。テレビ、ラジオ以外に家族の娯楽と称する ものが少なく、娯楽に対する希望や自覚もなく、嫁と姑の問題のある農家に『ゐろり火のあたりのど かにはらからの、まどいせし夜ぞたのしかりけり』といった家族娯楽を考える必要を痛感するO更に 近隣同志の楽しみ、挙村一致の団らんO年令層から見た少年層、青年層、壮年層、老年層、特に兎角 忘れた存在とむり勝ちな老年層の娯楽についても留意すべきであるO
その他、スポーツ、農村向き映画、読書等についても考慮すべき点が多々あるO (未 完)
(生活態の農村問題の中途で制限枚数が尽きたO農村教育の具体的実践については触れ得なかっ
たO次を期したいO参考文献の記載をも省略するO)
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