奈良教育大学学術リポジトリNEAR
はしがき
著者 松本 喜一郎
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 3
発行年 1967‑03‑25
URL http://hdl.handle.net/10105/6134
は
し が き
奈良教育大学教育研究所長松本喜一部
当研究所の研究紀要の刊行も今回で既に3回を重ねることになった。これは教育研究所の研究的役割に 対する理解が一般化したことと、研究所同人の研究活動との所産であ多。
教育の機能の一つは文化の伝達と創造にあるといわれている。教育に関係するものは文化に対するすぐ れた理解者であることが要求され、ある場合にはすぐれた創造者であることが期待されている。このよう な見解の極点に立つと教育の研究はそれ程重要なものではなく、特に教育方法(広義)や技術は教育の末 梢であるとさえ考えられている。
或る有名な文化史の研究者で教育に理解のないある学者が次のようにいい放ったことを思い起す。
「わたしは教育学でもなく、教育関係の問題を研究したこともない。しかし現在、教育者として一入前 のことをしている。教育者になるためには必ずしも教育に関する研究を必要としない。教育の方法や技術 だとは、すぐれた文化の創造や受容をなし得る者には必要に応じて着想される。また必ずしも必要とした い。」
これはいうまでもなく教育の「しろうと考え」というものであるが教育の一面を指摘しているものとし て否定しないでもよいであろう。しかし、教育はそれ程単純なものでも、素朴なものでも名人芸でもな・い。
また末梢的な社会機能でもない。現代社会の進歩と文化の発達段階において教育はますます積極的に複合 的に、大規模に、その役割を果すべき時点に立たされていることは説明を要しない。
教育が時代と文化の要求に応じて積極的にその機能を発揮するためには教育にすぐれ年教育意図を伴う ことが必要であるが、その意図が具体的に展開されるための体制や形式や技術も極めて重要なものになっ てくる。われわれの用いている概念を以て説明するならば、教育の内容(文化)になるものをどのように 選択するか、選択した教育の内容をどのような形態で被教育者の前に提供し、被教育者にどのように取り くませて、教育内容が媒介的な機能を発揮するようにするか、このようにして教育の機能を発揮させるた めの機構や組織をどうするか等のことは教育の役割を積極的に果すためにきわめて大切な手1I暦となる。
当研究所の研究活動はこのような領域の研究を積極的におしすすめるためのものであるが、それはまだ 緒についたばかりのものである。しかしさいわいにしてこの領域の研究に積極性を示す有為な学徒が当字 においても数を増し、これに関するさまざまな着想も行なわれるようになってきていることは喜ばしいこ
とである。
当研究所の研究紀要の刊行はささやかなる芽はえの程度の活動で、これを端緒にしてさらにその活動を 拡充していくぺきものであるから、これをもって満足していないがささやかながら刊行を続けることがで
きたことを喜ぶものである。