理科教育における学習指導(II)
広 瀬 正 美*
(昭和55年10月31日受理)
The Improvement of Science Teaching in Science Education
Masami HIROSE
(Received,October31,1980)
(1〉はじめに
今ここで,理科教育が現在背負っている目的・目標をあらためて議論するつもりはない。
しかし少なくとも,理科は自然科学を基盤としている教科であり,この自然科学,および これを基礎とした近代的技術は,現在社会では本質的な重要性を持っている。それ故,
理科教育は児童・生徒の人間形成には含むべき大切な部門である。この点に関しては,議 論の余地がないだろう。
以上のような立場で,今日の理科教育の重要性を再認識するとき,理科の現状には多く の問題点があり,その一つひとつの問題解決には,大変な困難さをともなうだろう。とく に,先般の指導要領改訂時にも多くの方々により指摘された点は,今日の理科教育が知識 中心主義におちいり,人間性,創造性,科学的精神の育成に欠けていることである。
このような知識中心主義,詰め込み主義の傾向を打破するためには,理科では児童・生 徒を自然に親しませ,直接経験を大切にし,観察,実験などを通し,実際に自然の事象・
現象を測定し理解して行く。その中で直観などを充分に生かして行く必要性が認識されて 来た。このことは本来,理科教育のあるべき姿でもあり当然なことである。しかし,実践 するにはなかなか困難なことである。
自分も過去機会あるごとに,このような論旨で議論をして来たが(1)〜(4),本論文では,これ らの議論を集約してみたい。その中で,地域の自然を充分に生かした直接経験を児童・生 徒に大切にさせる理科は,どうあらねばならないかを明確にして行きたい。
(2)日本の科学技術開発の動向について
最近の新聞にも報じられているように,日本の経済活動は世界各国の脅威のまととなり,
貿易面だけを取りあげても,自動車,電機機器類,その他の輸出される日本の製品は,世
*長崎大学教育学部理科教室
界各地で大いに売れ,各国で利用されていることは明確な事実である。日本製の工業製品 はあらゆる面から見ても立派であり,能率的に改良されている。工業製品としては一流で あるからこそ,単純に考えても世界各地で利用されるのではないか。この問題には複雑な 経済上の問題が含まれ,前述のような単純に分析することは危険な要素があるかも知れな い。しかし,この論議は本題とは直接関係するものではないので,このような粗い分析を し一応ここで終止しておこう。 、
これらの輸出量の実体を正確な統計的数値で示すことは安易に可能であり,我国の生産 量は世界に誇りうるものである。
ここで,図1に示すものは主要国における特許出願件数の年推移の様子を示すものであ る。日本は昭和40年代にはいってから,アメリカ,ソ連についで第3位であり,西ドイツ,
イギリス,フランスに比べて,出願件数は多いことがわかる。40年代後半からアメリカ,
ソ連をおいこして世界第1位となった。ソ連,アメリカ,イギリス,西ドイツ,フランス などは横ばい状態であるのに日本は急速な増加傾向の一途をたどった。このことは,日本 に於ける技術開発は発展の一途をたどっていることが,この図から読みとれるのではない
か。
これは我国の工業界,経済界の活気ある発展,その他の条件が背景にあり,これらがす べて総合されたかたちで作用していることは当然ながら,明治以来,我国の科学教育の成 果のあらわれであることも明らかであろう。とくに,昭和30年代以来高度経済成長にとも
なう,理工学部の充実政策の結果であることも否定出来ないだろう。
(千件)
160
140
120
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日本
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50(年)
図1 主要国における特許出願件数の推移 (特許庁年報)
40 45 50 (年)
図II 主要国の技術貿易収支額の推移 (科学技術白書)
このような科学教育または理科教育の成果という立場から,単純に考察しても,我国の 科学教育は永年の努力の結果として世界に比べて質,量とも誇りうる。その成果が現実に 生きて来たことを,図1は示すものと考えられる。これら科学教育水準の高さに支えられた 国でなければ,図1に示すような統計的結果は生じにくいものと考えられる。
ところが,これに対して図IIでは,主要国の技術貿易収支額の年推移を現わしたもので ある。この図からわかることは,工業界,経済界の努力にともなって,我国の生産性は向 上し諸外国からは恐れられる経済的黒字国日本でありながら,技術貿易の収支額は,大 きな赤字を出し,増加の一途をたどっているのが読みとれる。昭和40年代から50年代と,
収支額は赤字増加の一途をたどっている。
このことから,我国は世界に誇りうる優秀な技術開発をしていない。それのみか他国 の開発した技術を輸入し,すなわち輸入技術によって今日の産業界が支えられているも のと推察出来る。反対にアメリカ,フランスは技術貿易額では黒字増加の傾向をたどり,
世界に誇りうる技術開発を行っておることがわかる。イギリスでは収支が大体均衡して
いる。
以上のことは,重大な意味を含んでいるのではなかろうか。我国では,明治維新以来,
国家近代化の中で諸外国の技術輸入を行って来た。その慣習が伝統的となり,外国の技術 を導入しては工業製品の生産に従事して来た。この 物真似 得意な日本人が最近になって 多少進歩して来た。すなわち,ただの 物真似 ではなくて,技術改良型または一部修正 型特許とも言うべき件数の増加が含まれているのではないか。その結果が図1に見られ
るような特許出願件数の年推移の中に見られるのではないか。真に新しく創造的な世界に 誇れる技術開発はいまだ行なわれていない。
このことは,過去の科学教育いや理科教育を考察する上で大いに考えなければならない 点であり,今日の科学教育がどうあらねばならないかを示す道しるべともなる。
以上,図1,図IIから総合的に言えることは何だろうか。昭和30年代後半から第一次石 油ショックの昭和40年代の終りまでの高度経済成長時代の我国の科学教育は急激に拡大し た。その中で,多くの自然科学にかかわる技術者,研究者が養成された。このような多く の技術者,研究者の努力の結果が,特許出願件数の増加をもたらした原因の一つとしてあ らわれた。
しかし,この特許出願件数の増加が優れた技術開発に直結していない。また,このこと は国民的科学水準の向上にもつながったかどうか疑問と言わざるを得ない。過去の我国の 科学教育の持つ欠陥がこのことに現われたものと考えられる。本来の科学教育が行われて おれば,図1,図IIに見られるような結果にはならなかったのではないか。
残念ながら推察通りに,今日の科学教育には問題点があることは事実である。多くの技 術者,研究者を養成し,我国の科学教育は表面上成功をおさめたかに見えたが,その内容 がともなわず, 図IIに示すように,世界に誇りうる技術開発にはいまだ達していない。努力 の不足を感じるわけである。
そして,徒来通りに諸外国の頭脳による技術開発を輸入し,我国の生産技術を改革して 行かざるをえないのか。この事実は充分に考える必要がないだろうか。この欠点はどこに 原因するのであろうか。
以上のことを反省するとき,我国の今日の科学教育は創造性,科学的精神の育成に欠げ ている一面があることに気づく。入試制度にともなう知識の詰め込み主義が余りにも強い。
我々はそのことを知りながら教育に従事して来たきらいはないだろうか。その他,図1,
図IIが意味する事柄には多くの直接的,間接的な原因が秘んでいるものと思われる。
今一度ここでは,創造性,科学的精神の育成を主にした理科教育で,行なうべき地味な 努力は何だろうか。このためにはどう対処すべきかを考える必要がある。少なくとも授業 の一時間一時間で,観察・実験を充分にやらせ,子どもの発想を充分に生かした理科学習 指導が行なわれるべきではないか。このような本来の姿に帰った努力をする以外には解決 はないものと考える。
(3)国際理科テストの結果
以上のように,図1,図IIに示されるような我国の技 術開発の動向から,今日の科学教育に反省をうながす結 果が暗示される。我国の今日の小,中,高校の科学教育 では,知識中心主義になり,知識量の獲得の多少によっ て,その成績が左右され,関心を持つことは多くの方々 が知っての通りである。このことは今突然に浮上した問題 ではない。
科学教育が知識中心主義になっていることを具体的に示 す図IIIをかかげる。
国際理科テスト の得点比較のデータである。図からわ かるように,日本の理科学力テストは65点と他の諸外国に 比べて充分に高い。アメリカ,西ドイツでも55点以下であ り,その差は10点以上にもなることがわかる。この図を素 直に見ると我国の理科教育は非常にレベルが高いことがわ
かる。
しかし,このテスト問題の内容を深く分析して見ると,
理科の知識中心にした問題である。確かに我国の児童・生 徒の知識量は豊富であることがわかるが,果たしてこの結 果が科学教育の水準の高さを意味するのだろうか。
もし,
65
55\
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12
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日本
スウェーテン アメリカ イタリア
インクランド 西ドイツ
タイ チリ インド
イラン
図m 国際理科テストの 得点比較(1969年)
このテスト問題が観察,実験をともなう問題をとりあげていたらどうなるだろう か。ヒのような高水準な得点結果は得られないのではないか。むしろ,専門家筋の予想で は,諸外国に比べて低水準国にランクするのではないかと言われている。
以上のことから,理科教育が急速な進歩をする自然科学の影響を強く受けたか,いや社 会的要請によってそうなったのか,知識中心主義になって来たことは事実である。
それは知識だけのおしつけになり,子どもが興味を失うし,しかもおちこぽれがあって もかまわず詰め込み主義的な教育が実施された。
この結果,理科がきらいになり,とくに学年が高学年へと順次進むにつれて,N¥きらいな 者 の割合が増加している。このことの報告はたくさんあり,多くの統計的データがあり,
中学生段階ですでに6割は 理科ぎらい になっている。これらの生徒の中から,未来の 新しい教師が生まれて来るわけである。理科がきらいな人が教師になって子どもに教える。
教えられた生徒がまた理科ぎらいになる。このような悪循環が存在するわけである。
それに加えて,最近の子どもは 遊び を知らないという。それは諸条件がかさなって なったものと思われる。第一に,30年以来高度成長にともなって現われた集中した都市化,
その結果,子どもを取りまく周囲から身近な自然がなくなり,遊ぶ場所が乏しい最近の都 市である。第二に,豊かになった遊び道具,何らの工夫の必要もなく,百貨店で入手出来 るプラモデル等,これらを使い団地の規格化された空間のみで遊ぽうとする。このことは 子どもから本当の 遊び4の楽しさを奪ったものと考えられる。
以上のような諸条件がかなった結果,科学教育が大きな屈折点にさしかかって来たのでは ないか。これらの諸問題を解決し我国の科学教育を正常に帰すことは我々理科教育に従事 するもののつとめではないか。
今回の新指導要領の中でも言われているように,自然を愛する豊かな心情を持つ児童・生 徒の育成が当面の理科教育の目標として欠かせないものである。このことは,必要ならば,
直接に自然の中に児童・生徒を連れ出し,自然に親しませ,充分に観察や調査を行った後,
理科の授業を進めるべきである。この努力が現代の理科教育に欠げているのではないか。
これが大きな欠陥を生じた原因の一つでもある。このような学習を通して,児童・生徒は 自然の偉大さ,仕組みの面白さに触れ,その結果,自然を愛する豊かな心情が養なわれ,
さらに自然を保護する気持が当然生まれて来るだろう。
このような地味な努力が理科教育を正常な姿に帰し,最終的には創造性に富んだ世界に 誇りうる生産技術を生みだすのではないか。
(4)長崎県(主として長崎市,大村市)下の小学校の理科施設設備の整備状況と利用度 以上のような観点から,現在の理科教育には,自然に親しませ,あるがままの自然を観 察し,実験をともなった授業を進める必要がある。
このように考えて行くとき,現状の小・中学校ではどれだけ身近な自然をとり入れ,そ れを活用して観察,実験をすることが可能であるか。この実態を調査し,現状を正確に把 握することがまず第一に大切なことである。その実体の中から今後のあるべき姿を検討し て行く必要がある。
図IVは長崎市,大村市にある約70校あまりの小学校から無作為抽出した25校での調査 結果である。調査はアンケート方式により,各施設・設備とその使用状況を各学年ごとに 調査した。その中で各教材をどのように栽培・飼育させるのか。校内,校外にわたる教材 の活用などくわしく調査した。その結果を一覧表にしたものである。
この図からわかるように,まず第一に理科特別教室は全小学校に設備されており,この 特別教室を利用して,低学年では全理科授業の約7%,中学年に進むと同じく約13%,高 学年に進むと約60%と言うように利用している。もちろん,低学年では普通教室で観察な
ども実施出来るわけであるが,理科特別教室を利用した授業の中で普通,観察・実験が実 施されているものと考えられる。
第二に,花壇,雑草地などの設置率は100%,40%となり,それらの平均面積はどちらも
施設・設備名 整 備 状 況 利 用 度
理科特別教室 設置率 100%
低学年(第1・第2学年) 7%(理科全授業数の内)
学年( 〃 ) 13%( ノノ 学年( 〃 ) 66%( 〃
︶︶
亜化
学級園・学年園など含む)
壇一 設置率
均面積
100%
25㎡/校
教科書に出ている教材 70%
それ以外の教材 30%
(この内,約40%は校内美化のための花など)
雑 草 地 設置率均面積 40%25㎡/校
池 設置率 75% 教科書に出ている教材 100%
飼 育
企口
設置率 70%
百 葉 箱 設置率 85% 地学用教材として活用
そ の 他 年間平均2,3回,特別教育活動(遠足など)
外の教材を活用す 図IV 理科施設・設備の整備状況とその利用度
(長崎・大村両市内小学校25校を無抽出に選択す)
125m2/校となっておる。これらを利用して,教科書に出て来る植物用教材の70%を栽培し,
子どもに世話をさせていることがわかる。残りの30%の植物の種類は教科書に記載されて いないもので,主として,校内美化用の花,草花が栽培されている。
第三に,池,飼育舎などは,それぞれ75%♂70%の設置率であり,これらの設備を利用 して教科書に記載されている教材をほとんど全部飼育していることがわかる。その他とし て,地学用教材の百葉箱など85%の学校に設置されている。
これら校内の施設・設備として花壇,雑草地,池,飼育舎,百葉箱などを使用し,自然 に直接に接し,その中から多くの経験をつませようとしていることがわかる。その他,各 校とも年平均2〜3回の割合で特別教育活動(遠足など)を通して学外の教材を利用する 機会をつくり,出来るだけ自然に親しませようと努力しているのがうかがえる。以上の整 備状況と利用度が,大体の県下の実情と考えても大した差異はないものと考える。
ではこれだけの施設・設備で充分に前述の目的は達成可能であろうか。もとより,現在 までの理科教育がとって来た知識中心主義の考えのもとで整備されて来たわけであり,充 分に満足出来る整備状況でないことはわかっている。使用される範囲が教科書に出てくる 教材の消化であり,現在言われているようなより積極的に自然に親しませ,自然に愛着を 生み,科学的なものの見方,探究する方法を身につけるには不満足な施設・設備ではない かと考えられる。しかし,施設・設備は一朝一夕には解決つかない問題である。
(5)結 論
それではどのようにすれば,この問題は解決するのだろうか。
まず第一に,長崎県はいずれに出かけてもまだ自然に恵まれている。この自然を充分に 活用することが大切なことではなかろうか。長崎の地域の特性を生かした理科学習が是非
とも必要なわけである。
そこで要約すると,まず,
①学校内またはその附近の自然環境
②子どもの育った地域の自然環境
③地域の特性である特有な教材を有する自然環境 このような自然環境を,
①地域の自然環境の綿密な事前調査
②何をどの自然環境から学ぶか,その教育目標を事前に明確にしておく
などの観点から地域の自然環境を利用し活用することが施設・設備の不足を補って行く上に 是非とも必要なわけである。この方法は現実的な解決方法の一つと考えられる。
以上要約すると,このような準備のもとに,理科授業を実施するならば,子ども は身近な自然を通して,自然の事象・現象に驚異と感動を持ち,好奇心を働かせ,問 題に疑問を持ち,学習意欲へと連なっていき,積極的な学習が展開されるのではないか。
このような授業でのみ,自然の事象・現象を正確に観察することが可能となり,鋭い観察 力の育成となり,観察したことを正しく記録することが可能になる。簡単な文章にまとめ ることの練習となる。このことが,今日の子どもに欠げているすべての点を育成可能とす
る。
このような努力が理科教育のあるべき本来の姿をとりもどし,創造性豊かな,科学的精 神に満ちた子どもを育成する第一歩と思う。これが本来の科学教育の学習指導である。
参考文献
(1)広瀬正美:地域の特性を生かした理科学習環境開発の必要性 1978.6 理科の教育
(2)広瀬正美二地域学校の環境を生かした理科の指導計画の編成 1979.2 理科の教育
(3)広瀬正美=地域の観察調査はどんな能力を育てるか 1979.9 理科教育
(4)広瀬正美:地域の自然に親しませる教育 1980.3 No409 中等教育資料