と法科大学院教育
著者 由岐 和弘
雑誌名 明治学院大学法科大学院ローレビュー = Meiji
Gakuin University Graduate Law School law review
号 17
ページ 41‑55
発行年 2012‑12‑31
その他のタイトル What is Required of Japanese Law Schools
Now?:Are Japanese Law Schools Training Lawyers for the Abilities They Require?
URL http://hdl.handle.net/10723/1213
第1 はじめに
法科大学院制度が成立し9年を経過しようとし ている。法曹養成フォーラムによる論点整理を終 え平成24年秋から裁判所法改正を受けて新たに始 まる法曹養成制度検討会議や国会などによる議論 を考えると,現在,法科大学院制度が一つの曲が り角にきていることは否定でない。
ここで,改めて制度の意義を検討し,改善が必 要ならばどこをどのように改善すべきか検討しな ければならない時期にきている。
そこで,法科大学院制度導入時の制度意義を検 討するとともに,今後の法科大学院教育のあり方 を改めて考えていきたいと思い,本稿をまとめた 次第である。
筆者は日本弁護士連合会(以下「日弁連」とい う)の委員などとして法科大学院設立問題に当初 から関わりをもち,今日まで法科大学院制度の発 展を願ってきた者であるが,近時,日弁連あるい は国会などで,必ずしも法科大学院制度について 的を射た議論がなされていないと考えており,改 めて,法科大学院制度が何故採用されたのか,そ の意義とこれを否定する論拠として侭使用されて いる「法曹の質」論を検討したうえで法曹養成制 度の中核である「法科大学院では何を教えるべき か」について考えてみたいと思う。
確かに,法科大学院制度はその制度設計時に大 学関係者と法曹関係者の間の意識のずれから妥協 を重ね弁護士会から見れば理念どおり制度設計さ れたわけではないこと,制度実施後も理念どおり 運営されているとは言い難い現状にある(1)こと
は認識しているが,現在でも法科大学院構想で明 らかにされた法曹養成に関する理念はいささかも 損なわれていないと考えている。
このような立場からは,近時とりわけ日弁連や 国会で行われている議論はリーマンショック以降 の弁護士の就職難・経済的困窮を理由に法曹人口 を減らすため「異分子である」法科大学院のみに 責任を押しつけているのではないかという疑念を 払拭し得ない。
しかも,その理由を「法曹の質」に求める意見 書(2)が散見されるが,何故誰も検証していない
「法曹の質」を根拠にできるのか理解できないが,
いずれにしても,「法曹の質」に関する議論はこ れからの法曹のあり方及び法科大学院教育のあり 方を規定するものであり,本稿で改めて検討した い。
第2 法科大学院制度が何故わが国で採 用されたか
(弁護士会内の議論を中心として)
1 法科大学院制度導入前の情況
1980年以前,日弁連では,司法研修所に対する 批判が蔓延していた。
1970年代にはいわゆる坂口司法修習生問題(3)
などが起こり,司法研修所は修習生の自主性を尊 重してない,あるいは人権教育が行われていない とか,要件事実教育の行き過ぎを指摘するものが 多かった。
その後,1980年代後半に法務省に設置された法 曹基本問題懇談会では司法試験制度改革が議論さ れることになった。
『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第17号 2012年 41−55頁
今,法科大学院は何を求められているか
—法曹の質と法科大学院教育—
由 岐 和 広
同審議会を設置した趣旨は,「我が国社会が今 後更に高度化し,また,国際化するにつれ,法的 解決を必要とする社会事象はいよいよ増加すると ともに,複雑多様なものとなっていくことが予想 される。法曹は,当然のことながら,そのような 社会の進歩変容に適応して,国民の期待に応えな ければならないのである。そしてそのためには豊 かな人間性と人権感覚を備え,柔軟な思考力と旺 盛な意欲を持ち,国民の法曹に対する負託に十分 応える」法曹の育成が必要であるとした。
しかし,結果的に,同審議会は多くの課題を今 後の検討に委せ,丙案すなわち司法試験の若年者 優遇策と若干の法曹人口増員という結論を提示し ただけであった。
改めて,この法曹基本問題懇談会の提起した問 題をみてみると,多くは弁護士のあり方に関する 問題提起であり,この問題を司法試験改革という 法曹となるための「入り口」だけで解決しようと したこと自体無理があったといわなければならな い。
もちろん,法曹基本問題懇談会も抜本的改革案 の必要性を認め当座の解決案を提示したに過ぎな いことを自認している(4)。
2 複数の司法研修所設置か法科大学院か 当然のこととして,法曹基本問題懇談会が提案 したあまりにも小手先の解決策である「丙案」(5)
に対して,日弁連は,そのいびつ性を批判すると ともに,激しい改革・改善運動をおこしたが,そ の一環として日弁連内では一定数の法曹人口増員 を積極的に実現するとともに後継者養成を日弁連 が主体的に担うべきであるとの意見が強くなって きた。
しかし,弁護士会が後継者養成を行うためには 多額の費用を要するため,多くは大阪にもう一つ 司法研修所を設置するとか高裁管轄内に複数の司 法研修所を設立するという意見と大学という人 的・物的教育資材を備える施設がある以上,それ を利用すべきであるという法科大学院構想に集約 されていったのである。
当初,弁護士会としては後者よりも前者,すな
わち,大阪に司法研修所を設置する意見や高裁管 内に複数の司法研修所を設立する意見の方が強か ったが,その後,おそらく法科大学院構想に日弁 連としても傾倒していった理由・背景は大きく次 の三つであろう。
⑴ 一つは,法曹基本問題懇談会の議論と並行 して行われていた大学改革の議論である。1990年 代になると社会的要請に応えていない大学のあり 方が改めて問われるようになり,文部省に設置さ れた大学審議会はその議論をとりまとめ,1998年
「21世紀の大学像と今後の改革方策について(答 申)−競争的環境の中で個性が輝く大学−」を明 らかにし,大学改革の一つとしていわゆる専門職 大学院構想を提起したのである(6)。
すなわち,「国際的にも社会の各分野において も指導的な役割を担う高度専門職業人の養成に対 する期待にこたえ,大学院修士課程は,その目的 に即した教育研究体制,教育内容・方法等の整備 を図り,その機能を一層強化していくことが急務 となっている。
そのため,これまでの高度専門職業人の養成の 充実と併せて,これを更に進め,特定の職業等に 従事するのに必要な高度の専門的知識・能力の育 成に特化した実践的な教育を行う大学院修士課程 の設置を促進する」(22頁~23頁)としたのであ る。
まさに,日弁連が1990年代に弁護士養成のあり 方を議論していた同時期に大学関係者の間では,
大学を専門職養成機関として再構築しようとした 専門職大学院構想が議論されていたのであった。
⑵ さらに,その時期,柳田幸男弁護士が法曹 の国際化に対応するためには大学教育との連携が 必要との認識が多くの論者の共感を得たことであ る(ジユリスト1127号,1128号)(7)。
正規の法曹養成機関である大学法学部は「現実 にも,建前上も,教育の対象,レベルおよび方法 のいずれの点から見ても,法学専門教育」は行わ れていないし,司法研修所も,「既に専門教育に よって身に付けるべき法曹になろうとする者に必 要な学識が及びその応用能力」を有している事を 前提に訴訟実務を中心とした「訓練」を行うこと
を目的とし法学専門教育が行われていないとし,
法学専門教育の必要性を説いたのである。
⑶ そして,三つめは,司法研修所における訴 訟教育だけで今後の国際化に対応できる弁護士を 養成できるかという問題提起である。この点は後 述するように弁護士の国際化が必ずしも実現でき ていない現状では説得的ではないが,当時,いわ ゆる外弁問題など外国人弁護士の弁護士登録問 題,国内での外国人弁護士の活躍の場の提供,我 が国の弁護士の国際化など弁護士のあり方につい て大きな転換期を迎えているという時代認識の 下,リサーチ能力,弁論能力,交渉力,専門能力 等,多様な能力の養成が必要にもかかわらず司法 研修所では訴訟実務しか教えられず養成制度とし ては決定的欠陥があるとの認識が弁護士会にあっ たのである。
先述したとおり,法曹基本問題懇談会が提示し た丙案改革運動とこれら大学改革,法曹養成改革 に関する提案・運動などが,弁護士会を大きく舵 を切らせ法科大学院構想を法曹とりわけ弁護士養 成を中核とする機関として再構成する方向へと向 かわせたのである(8)。
その後,最初に述べたように,大学関係者との 協議を経て,弁護士養成から法曹三者の養成へ,
大学の実情にあった二年制・三年制併存,実務関 連科目の必修化,司法試験のあり方,司法研修所 との連携など様々な問題を検討することとなった が,日弁連としては法科大学院構想が法曹とりわ け弁護士養成の中核として機能するためにはどう したら良いのか検討を続けた次第である(9)。
そして,実務家教員の一定割合以上の関与を求 め,その科目も弁護士の多様化・専門化にそった 内容とすることを前提とし,法科大学院では法曹 として必要な能力の基礎的内容を教え,司法試験 では「その一部である基礎的知識と事実分析力を 試す」,そして,司法研修所では訴訟実務を中心 に教える(10)という構造で法曹養成制度を構築し ようとしたものである。もちろん,司法研修所教 育についても変遷があり,今日では法廷実務に限 らず法曹実務家としての素養を養成するとしてい るが,そのことがかえって法科大学院教育と司法
研修所教育の相違を見えにくくしていることもあ り今後の検討課題であるはあるが,いずれにして も,教育実態を見れば司法研修所で養成している 能力が主に訴訟実務であることは否定できないで あろう(11)。
したがって,法曹の役割の変化を前提にすれば,
法科大学院教育こそ法曹養成の「中核」として
「質の良い法曹」を養成する教育機関として今後 充実発展することが期待されているのである。
しかし,不況下での多すぎた法科大学院の「定 員数」は合格率の低下という現象を必然的に招き,
実務法曹からは法科大学院の「定員数」の減少を,
法科大学院からは実務法曹に対し「業務の多角化 と法曹資格者の増員」を求めるという構図上,法 科大学院対実務法曹という内輪もめのような現象 を招来したのである(12)。
3 近時の法科大学院を巡る状況
2012年3月15日,日弁連は,法曹人口政策に関 する提言をとりまとめ司法試験合格者をまず1500 人まで減員し,更なる減員については法曹養成制 度の成熟度や現実の法的需要,問題点の改善状況 を検証しつつ対処していくべきであるとし,その 理由として,人口増員が急激であること,就職難 などともに,法曹養成過程における「法曹の質」
の維持への懸念をあげている(13)。
仮に,この意見書の前提が正しいならば,今後,
法曹養成の中核である法科大学院の教育内容など を如何に変革すべきか検討すべきだが,同意見書 の議論過程を見ても法科大学院の理念について正 確に理解したうえで検討しているとは思えない し,それ以上に理由とされる法曹の質に関する議 論も,いわば日弁連の意見書の作成に関与した弁 護士がそれぞれ思う「法曹の質」を前提に法曹人 口が多すぎるとの結論を導くためだけに問題とし ているに過ぎないといわれても仕方がない表現で ある。
そこで,本稿では,改めて「法曹の質」論から 検討することとし,法科大学院教育のあり方につ いても意見を述べたいと考えている。
第3 法曹の質論
1 法曹の質とは
日弁連では,一般に,「法曹の質を維持しなが ら増員を実現する」とか,「質の維持は弁護士に 対する市民の信頼を維持するうえで重要である」
とか「法科大学院卒業生は質が低い」などという 論調で意見が述べられている。
法曹の質の「維持」という言葉からは,意識的 か無意識かは別として,現状の「法曹の能力」を 肯定的に評価することを前提として,人口を増員 しても現在の法曹と同様の法曹を養成する範囲で しか増員してはならないという立場で検討してい るように思われる。
司法制度改革論議に深く関与した高木剛氏ほか 4名が2010年2月24日付け法曹養成制度改革に関 する提言で,21世紀における「課題解決型国家」
の担い手の養成としては,なお十分ではないと言 わざるを得ない。その根本の理由は,司法制度改 革を経てもなお,法曹像の転換が,不完全であっ た点に求められるとしている(11頁)のも,法曹 に関する「質の変化」が未だ進まないことに対す るいらだちと考えても良いであろう。
いずれにしても,日弁連のように法曹の質に関 し現在の法曹と同質の法曹を意味するならば「新 しい能力と資質をもった法曹」を育成しようとし た法科大学院設立時の議論とはかけ離れているう え,何のために法科大学院構想が提案されたのか 全く理解できていない見解としかいいようがな い。
しかし,一方,高木氏らの法曹養成制度改革に 関する提言のように司法制度改革をしたらすぐに 実務法曹の多くは法曹像の転換ができるというの も短兵急に過ぎるとの批判が当たるであろう。
やはり社会の法的実務に関する要請に応えるの が実務法曹の最も重要な使命とすれば,社会の要 請が変わらない以上,自覚的に法曹像を変化させ ろと言うのは社会的にそぐわない「司法制度」を 構築しろと述べているのに等しいと言わなければ ならない(14)。
いずれにしても,まず,法曹の質に関する議論 をするため,いくつかの研究・意見を概観して,
今後の検討材料として提供していきたい。
2 法曹の質に関する議論
まず,法曹の質に関する重要な研究は東大の太 田勝造教授を中心とするグルーブの研究(以下
「太田研究」という)である(「法曹の質」の検証 JLF叢書VOL・14 商事法務)。
同研究は,基本的に長期にわたって実務経験を 経た弁護士から若手弁護士を評価分析する観点を 抽出し経年評価の中で,若手弁護士に関する評価 が下落しているか否かを調査するものである。
さらに述べれば,実務経験を経た法曹を仮に先 輩法曹と呼べば,先輩法曹が法曹にとって必要と 考える能力を摘示し,それら因子につき若手弁護 士を評価するものである。まだ,始まったばかり であり,いわゆる同業者評価(ピア・レビュー)
を前提に弁護士の質が低下していっているか否か を確認するものであるが,当然のことながら継続 的調査が必要であり,まだまだ時間がかかること は否めない。
同研究自身,法曹の質とりわけ弁護士の質を客 観的に測定するには,数年後に再び,同様の調査 をする必要があるとし,数年後の調査結果と比較 することで,法曹の質を判断していくとしてい る(15)。
名古屋大学(現早稲田大学)の菅原教授を中心 とする「民事訴訟利用者調査」(JLF叢書VOL・13 商事法務)も同様の研究の側面があるが,これは,
法曹を利用する市民の側からの裁判に対する評価 であり,研究としては貴重なものである。
とりわけ2006年には,「自分の弁護士に対する 印象」や「自分の弁護士に対する満足度」が調査 対象となっているが,いずれも過半数の回答者が 肯定的に評価している。
この結果を踏まえて,今後同様の調査を実施す る中で利用者である国民の弁護士に対する見方に 変化があるのか検証していく必要がある。
いずれにしても,両研究とも数年おきに評価を 実施することによって弁護士の「質」が落ちてい
るか否か,あるいは国民評価に変化が出てくるの か確認していく必要があり,今後の研究が待たれ るところである(16)。
また,法曹にとって必要な能力を規定し,これ らを養成するためにはどうしたらよいのか。ある いは,法曹にとって必要な能力を若手弁護士が十 分マスターしているかを検証しようとする研究も ある。太田教授の先述した研究も法曹に必要な能 力を先輩法曹へのアンケートを実施し分析してい る(ピア・レビュー)が,先駆的研究として有名 なのはマクレイト・レポートであろう(17)。日弁 連法務研究財団が第三者評価で取り入れた基準も 同様の思考過程を経たものである。
しかし,気をつけなくてはならないことはそれ ぞれの時代に求められる法曹像は異なっており歴 史・文化により法曹に求められる能力が異なるこ とである。
確かに,マクレイト・レポートは法曹にとって 必要な能力を整理し検証している。
しかし,それもアメリカ弁護士協会に設置され た特別委員会の議論に基づきアメリカの弁護士に 必要な能力を前提としているが,それが果たして 本当に我が国の法曹にとって必要な能力が否かに ついては検証されていない。
むしろ,アメリカ弁護士協会内に設置された委 員会であり実務家の意見が強すぎるとか実証的分 析がなされていないなどの批判もある(18)。
また,日弁連法務研究財団でもマクレイト・レ ポートを前提に,経済界,労働界,消費者あるい は実務法曹に意見を聞き法曹にとって必要な能力 を分析したが,論理的に法曹に求められる能力を 検討したわけではない。
尤も,法曹として必要な能力を論理的に把握で きるのかすら不明であるし,結局は,時代と文化 によって法曹に求められる能力は変わっていくの ではないかと考える方がむしろ自然と思われる。
3 法的知識=法曹の質
そして,最後に日弁連内の意見交換ではむしろ 当然のことのように考えられていると思われる が,法的知識=法曹の質とする伝統的な見解であ
る。
弁護士会では様々な議論がなされているが,一 般に法曹の質について議論するとき,「最近の若 手は質が悪い」とか日弁連の「質を維持しながら 量的拡大を」などという意見書の書きぶり,ある いは司法修習終了時の試験で「不動産に即時取得 を認めた」などの法曹人口増員に対する否定的指 摘をみると意識的・無意識的に「知識=法曹の質」
を前提としているようである。
この意見は,法的知識こそ法曹にとって必要な 能力と規定するのである。
この意見はおそらくアメリカ・カナダなど多く の国にはないが,我が国では依然として根強いも のがある。たとえば,「成文法の国とコモンロー の国では法曹に求められるものが違う」という議 論も,その根底には成文法の国では成文法に関す る知識が必要であるという前提に立脚していると 思われる。知識を効率的に取得することを目的と する予備校の有用性あるいは予備試験枠の拡大を 求める意見も基本的には同様であろう。
もちろん,1980年後半,法務省の下に設置され た法曹基本問題懇談会で多様な法曹,専門性・国 際性のある法曹が不足しているとし,法曹養成改 革を検討してきた経緯を考えれば,基本六法に関 する知識を修得しただけで,多様な法曹を養成で きないことは明らかである。その意味で,「国際 性・多様性・複雑な社会に対応できる法曹」とい う求められる法曹像との関係でこの意見は問題が あるといわざるを得ない。
第4 法曹養成過程での知識の修得
1 法曹像に関する認識の相違
法曹にとって必要な能力を法的知識とする意見 は少なくとも司法改革が前提とした法曹像でない ことだけは事実である。
しかし,後述するとおり法曹としての質=知識 だけではないとしながら,法科大学院・司法試験 段階では知識修得を専ら目的とすべきであるとい う意見もある。
これらの意見は,いずれも意図的に「法曹の質
とは何か」に答えない傾向があるが,少なくとも 知識は必要であるという言い方をし「法曹にとっ て必要な能力」は何かという問題には興味を示さ ない。
そして,特に,法科大学院では基礎的知識(基 本六法の知識)を養成すべきであって,専門知識 やその他の能力はOJTで養成すればよいというの である。おそらく,司法試験も知識の確認でよく,
いわゆるパフォーマンステストなど考えられない というのがこの意見の立場であろう。
また,この意見の多くは,法的知識確認のため には試験で確認すれば良く法科大学院は不要であ るとの認識に結びつくこともある。
実は,この意見こそ弁護士会の多数を占める見 解であり,法科大学院制度について多くの疑問と 批判を提起しているのである。
やっかいなのは,この伝統的な考え方は弁護士 の役割を従来の訴訟中心の業務とし,法的知識以 外については,基本的にはOJTで修得すればよい と考え,旧来の「司法研修所」の役割を過大評価 しているのである。
少なくとも,この意見は,
①法科大学院制度は司法試験以上に「負担」を 課すものであり必要なく廃止すべきである
②基礎科目を重視すべきである
③予備試験を重視すべきである
④司法試験の科目を基本科目だけに削減すべき である
⑤従来の司法試験・司法研修所制度を復活させ る
などなど,法曹養成の全過程において意見を提 出するが,その多くは,意識的か無意識的かは別 として法曹として必要な能力は法的知識であり,
少なくとも司法研修所卒業までの養成過程では法 的知識を身につけさせるべきであるとの考え方を 根底に有しているのである。
確かに,法的知識の必要性は否定できない。問 題解決のためには法的知識は重要な地位を占める し,とりわけ判決を書く際,裁判官は法的知識に 基づく判断こそ求められるのは事実である。
反対に,法的知識=法曹の質と考える立場も知
識だけではないとし,OJTを含む法曹養成課程全 体としては,「知識以外の能力」の養成に対して も理解を示すことがある。
しかし,一方,「新しい法曹」を育成するとい う立場からも,仮に,現時点で,「新しい法曹」
に必要な能力を確定できれば法曹に必要な能力を どう養成すれば良いかという議論をしていけば良 いが,時代と文化によって法曹にとって必要な能 力が異なるとすれば,法的知識=法曹の質と考え る見解と,結局は法曹にとって必要な能力として の法的知識はどの程度必要なのか,両見解の違い は「法的知識については」量的差だけという評価 もあり得るのである。
しかし,問題は,法曹のあり方に起因すること であり,法科大学院制度の評価に関する問題であ るため単に法的知識の量的差違に関する意見の相 違と放置するわけにはいかない。
法曹の質に関する研究が今後集約されれば,法 曹にとって必要な能力や社会から法曹が何を求め られるかについても意見形成ができるようになる であろう。そして,そこから法科大学院では何を 会得させればよいか検討することもできるように なろう。
しかし,法曹にとって必要な能力に関する検討 が未だ時間を要することを理由に議論を先送りす ることはできない。
既に,当初述べたとおり法科大学院制度が始ま り9年がたち,「法科大学院制度の曲がり角」と も言うべき国会・弁護士会の議論状況を見れば法 曹養成制度全体に対する再確認を早急にしなけれ ば,今後の健全な法曹養成制度の確立という観点 からは決して好ましい方向には向かないと考える からである。
したがって,ここでは法科大学院制度が始まっ て既に9年経過した「現時点における法曹像を前 提に法曹養成の中核」たる法科大学院では何をど のように会得させるべきかを考えるしかない。
2 現時点で想定する「法曹像」
⑴ 少なくとも,これまでの実務法曹の基本業 務は,依頼者・対象者の話または証拠などを「事
実分析」し「法的知識」を駆使しながら「問題解 決」するのが主たる業務であった。裁判官,検察 官も基本的には同一と考えられる。
確かに,組織内弁護士・政策秘書・行政への関 与など法曹が求められる領域が広くなる可能性は あるものの現実に司法修習を修了した法曹資格者 のうち98%が裁判実務を基本とする従来型の法曹 実務家になる以上,少なくとも,現時点では,
「訴訟」中心の業務を前提に法曹としての能力を 考える必要がある(19)。
下表を見ればわかるが,弁護士で訴訟を基本と する業務分野以外の分野に取り組んでいる弁護士 は総数から考えると1割程度にしかすぎない(20)。
したがって,司法制度改革審議会が考えていた 法曹像の変化は未だ始まったばかりであり今後の 展開を考えれば理解できるが,他方,司法制度改 革審議会が想定した法曹像は10年,20年先の法曹 像を先取りした形を想定しているとしか考えられ ない。
もちろん,そのことを否定的に考えているわけ ではないが,いずれにしても現在の法曹業務だけ を考えれば,訴訟業務中心の「法曹像」を前提と して考えるしかない。
そして,現実の法曹の業務において,まず必要 な「事実分析」のためには実は法的に必要な事実 と不要な事実を区分する能力が必要であり,法的 知識も求められることになる。これを裁判所とし て整理し分析したのが「要件事実論」といわれる
ものと考えても過言ではないであろう。
弁護士や検察官としては,法的には重要ではな いものの依頼者・対象者との信頼関係を築くため の情報や,説得・交渉のため必要な事実も重要な 事実であるが,法曹三者いずれも広い意味で依頼 者・対象者から得た情報に基づき法的観点から
「事実分析」する能力が求められることは否定で きない。
⑵ そして,法的知識が的確な事実分析を行う うえでも必要なことも異論がないであろう。法的 知識を仮に2分すれば,基礎的知識と専門知識に 区分できる。司法修習までに得る知識は「基礎的 知識」といって良い。専門知識は,会計士,医 師・建築士などの専門知識を修得している人が法 曹資格を修得したとき既に修得している場合もあ るが,多くの修習生に法律知識以外の専門知識は ない。広い意味でのOJTで専門知識を修得してい くのである。
入所した事務所が専門知識を要求する事務所で あった場合,例えば,労働事件を扱う事務所,医 療過誤訴訟を扱う事務所,渉外事務所,知財系事 務所であった場合など,事件を処理する中で「専 門知識」を得ていくことになる。また,事件の必 要性から専門知識を得る場合もある。裁判官・検 察官でも医療事件を担当すれば,医療について研 究し専門知識を得る場合がある。弁護士も倒産事 件についてどうしても必要となって「専門知識」
を得ることがある。あるいは,研究会・委員会な
どを通じて専門知識を得ることも当然ある。
このように,司法修習修了段階,すなわち,法 曹となった時点では得られなかった専門知識を OJTで得ていくわけだが,尤も専門知識を修得す る機会のうち大きいものは弁護士の場合やはり入 所した事務所が「専門知識」を必要とした場合で あろう。
言い方を変えれば,入所した事務所という偶然 性によって専門性・多様性が確保されているので ある。そのため,研究者が提起する新しい分野に 対応する実務法曹の育成が後手後手となり,社会 が「今」求める専門知識を修得できるよう変えよ うとしたのが法科大学院構想の原点でもある(21)。
なぜなら,「入所事務所」によって専門性が身 につくという制度設計は過去において取り扱わな いが重要な分野が社会から必要とされるとき,法 的専門家がいないという事態が必然的に予想され るからである。現に,これから必要とされる環 境・税務などの分野で社会が求める十分な数の実 務家の養成が実現できていないという現実を直視 する必要がある。
したがって,法科大学院段階では法的知識との 関係では,少なくとも,基礎的法的知識と特定分 野でも良いので,ある程度,専門的法的知識の修 得を意識した基礎的知識の修得は法科大学院段階 でも必要と思われる。
3 法曹の役割の変化
このような現実を踏まえ,時代によって法曹に 求められる能力に変化がなければ,現状の「法曹 の能力」を前提に,若手がこれら能力を得るため には法科大学院・司法修習・実務家となった後の 研修によってどう「法曹の能力」を会得したらよ いかを検討すればよい。しかし,司法に求められ る役割が変化すれば,当然のことであるが変化に 応じた能力が法曹には求められるのである。
そのため,現代の法律家に社会が何を求めてい るのかを常に検証しなければならない。
司法制度改革審議会は法曹の役割を法化社会の 実現を前提に極限まで重要視した。そのスピード も遅くとも2020年頃を想定しているものと考えら
れるが,急激すぎる改革であるとし,現実には不 況などの影響もあり,おかしな言い方だが,将来 の弁護士像に近づく「現実」が招来しない。
そのため,弁護士会などを中心としてニーズ論 を主な理由として弁護士人口増員にストップをか けようとする動きが活発なのである。この背後に は司法制度改革審議会が提示した弁護士像と現実 の弁護士業務とのギャップが埋められないという ジレンマがあるという認識をもつことが重要であ る。
もちろん,だからといって,弁護士業務が訴訟 業務を中心とする業務に限定されるという保障は 全くないし,社会的ニーズがあるとすれば現状の ままでよいはずはない。
予測はできないが,今後,我が国の国際化,そ して法曹の専門家,多様化は必然的に進展するで あろうし,企業や市民にとって法曹の必要性(法 曹に対するニーズ)が増えることは取引の活性化 とか市民の権利意識の涵養によって高まることは あっても減ることはないと思う。このような認識 に立ち,10年,20年後を見据えていわゆる隣接士 業を含めて法曹の役割や法曹像を考える必要があ る(22)。
しかし,とりあえず,現在の法曹が社会におい てどのような役割を果たしているかを検討したう えで将来の法曹のあり方を検討してみたい。
4 法曹の具体的役割と法曹像
現在の法曹は小規模の単位会の弁護士に代表さ れるであろう。
弁護士は,2011年3月末現在,3万0485名,そ のうち東京三会(東京弁護士会,第1東京弁護士 会,第2東京弁護士会)所属の弁護士が1万4503 人,大阪弁護士会所属の弁護士が3717名であり,
6割近い弁護士が東京,大阪に集中している(23)。 それにもかかわらず,小規模単位会(会員数 100名以下)の弁護士を代表としたのは,下表の とおり東京・大阪の事務所も一人事務所が圧倒的 に多く,取り扱う事件の質としては小規模単位会 の弁護士と大きな相違がないからである。
しかも,いわゆる小規模単位会の数は2008年に
は21単位会あったものが2011年3月末には15単位 会となったが,東京,大阪以外の地域の弁護士の 増加率が東京,大阪を上回っており,過疎化に対 して法曹人口増員が一定の効果を示したというこ ともできるが,一方に於いて,法曹人口増員によ る地方の弁護士業務に対する影響の大きさを示し ている。
そのため,日弁連での発言も地方の弁護士,一 人事務所を中心とする小規模事務所の意見が大き く影響している事実は否定できない。
これら弁護士の業務は法律相談と訴訟が大きな 柱である。もちろん,審議会,審査会など行政機 関と関わることも多いが,審議会,審査会は,い ずれも事実上ボランティアとしての業務であり,
その収入も大きいとはいえない。
いずれにしても,圧倒的多くの実務法曹が現時 点でも訴訟業務中心であることは否定できない。
ここでは,このような業務形態すなわち訴訟中 心の業務を行っている弁護士を一応従来型弁護士 と言わしていただく。
これに対し,都市部の弁護士は人数が限られて いるとはいえ企業の監査役・取締役などの業務や 企業法務といわれる分野はもとより知財関係・人 事労務関係など法廷業務はあまり行わず相談業務 あるいは組織内弁護士といわれる弁護士など弁護 士業務の多角化への萌芽が現れてきている。これ をここではあまり適切でないとの批判もあろうが 都市型弁護士といわせていただく。
しかし,都市部で弁護士を行うものの実感とし て都市型弁護士の割合はそれほど多くない。2011 年の弁護士白書によれば,組織内弁護士は下表の ように増加しているものの,絶対数としては全体
の2%程度である。また,先ほど示したように訴 訟外業務に従事する弁護士も増加したとはいえ全 体の1割程度と推察される。
このような実体からして,都市部でもまだまだ 訴訟業務を中心とする業務形態が中心であり,先 述した従来型弁護士が主流である。特に,近時著 しく増加した若手弁護士の基本業務は経験の要す る社外取締役,監査役あるいは専門知識を要する 特定分野(知財,人事労務,許認可業務など)に 関する相談業務よりも訴訟業務を中心として業務 を行っているし,就職の際も従来型の法曹実務家 を望む傾向がある。
したがって,ここで「渉外,知財,組織内弁護 士」などの業務の中核とする都市型弁護士を前提 として養成制度を考えるか,従来どおりの従来型 弁護士を前提として養成制度を考えるか岐路に立 つことになる。
司法制度改革審議会が前提とした法曹はおそら く前者すなわち多様性を前提に法曹の役割の拡大 を目指した都市型弁護士を前提とするものであろ う。高木氏らによる提言も同趣旨である。
しかし,近時の弁護士会の動きは,急激な弁護 士像の変化に対し現実が追いつかず一種の反動で 訴訟業務中心弁護士を前提とした「従来の法曹像」
を前提に議論を展開しているのである。
筆者としてはこのことを否定的にとらえている ものではない。無責任との批判もあろうが,見方 によっては,地方の若手弁護士を中心とする従来 型弁護士像を前提とする法曹人口論に関する議論 は訴訟中心から多角的な業務展開への移行時期へ
の苦しみと見ることもできるのである。
そして,今後,組織内弁護士の増加,営利業務 に従事する弁護士が増加すれば異なった「弁護士 像」を前提とした議論も進んでいくことが予想さ れる。
いずれにしても,今後着実に進むであろう「弁 護士像」の変化との関係で我々は今「現在の法曹 養成のあり方」を考えるという困難な課題を突き つけられているのである。
結論的で申し訳ないが,私は,従来の法曹像を 維持することを前提とした立論は国際化と社会の 複雑化が確実に進む現代社会の実情にあうとは思 えない。今後,少なくとも司法の役割が現状のま ま推移するとは考えられず,TPPへの参加,韓 国・中国の弁護士の国際化などが実現すれば,大 きく国際化することは時間の問題であり,そのよ うな状況下で既存の法曹像を前提に法曹養成制度 を組み立てることには与しない。
やはり,20年後あるいはそれ以上長期的スパー ンを考えれば多様な隣接士業を今後新設しない限 り,法曹が社会に適応し社会の複雑性・多様性を 前提に統合的な法的業務を弁護士が行うという法 曹像を前提に検討しなければならなくなるであろ う(24)。
5 法科大学院構想と法曹養成制度の在り方
⑴ 司法修習の目的
法科大学院構想を検討していた際,2020年頃ど ころか近々に,企業の国際化・自由化などの影響 もあり法曹の価値を極限まで評価し国際化・複雑 化・多様化を前提としたうえで法曹の養成はどう 考えるべきか検討した。確かに,その後の司法の 変化は思ったほど進まず,不況の影響やアメリカ,
ヨーロッパの混乱などの経済要因も重なり,法曹 の役割も目に見えるほど進展したとは言い難い状 況にある。
そのうえ,過払い金請求事件などを大量処理す る事務所など一部指摘されている「弁護士のモラ ルハザード」という現象もあり社会の弁護士に対 する評価も必ずしも良いものばかりでない。
このような状況で,あまりにも「理想的な法曹
像」は地方や若手の弁護士を中心とする訴訟業務 を担っている弁護士に述べても,違和感を感じさ せるにすぎない現実も踏まえる必要がある。
もちろん,「あと,何年かたてば今とは異なる 法曹が求められる」と述べても「現実」のなかで その声は大きくならない。したがって,常に「最 新」の法曹のあり方を考えることを前提に,現時 点では,繰り返しになるが,訴訟業務を中心とし ながら新しい専門分野にもチャレンジする法曹を 組織的に育成すべきであるという「政策」を立て るのが尤も現実的であろう。
そのうえで,後先逆になるが,法科大学院教育 で何を修得させるべきかを考えるためには独立し て業務を行っている法曹として,司法修習終了時 にどの程度の能力を身につけていなければならな いかと考える方が建設的に議論できる可能性があ る。
それでは,司法修習終了時すなわち法曹となっ た時点でどのような能力を身につけさせるべきで あろうか。
現時点で,問題となる見解は下記のとおりであ ろう。
A説 司法修習終了時に求められる能力は事後 の研修・OJTを踏まえ一定の年月後独り 立ちできることを前提とする。
B説 司法修習終了時に⑴で求められる基礎的 能力の全てを身につけさせ,弁護士とし て独立して業務ができる能力。
この見解の対立は理念だけの対立とも思える が,司法修習のあり方及び実務法曹となった後の 研修制度の在り方に直接結びつく重要な問題と言 わなければならない。
⑵ 現在の司法修習における到達目標
日弁連内では,地方で単独で独立することを考 えるとB説が所与の前提のように考えられてき た。例えば,臨時司法制度調査会では「法曹にふ さわしい品位と能力を十分備えさせる」制度とし て司法修習制度を位置づけているとし,日弁連も そのこと自体は否定せず,昭和40年代の司法修習 の在り方を批判してきている(25)。
とりわけ,弁護士は単独で司法修習終了後直ち
に開業することが多かった1990年以前では,おそ らく司法研修所も当然の前提としてB説に立脚し てきたものと思われる。
司法研修所に長く関与してきた加藤新太郎判事 も「現在の法曹養成と司法修習」について法曹に 求められる知識,技能,見識の修得について述べ,
「大学教育からいわゆる二回試験に合格した者に 法曹資格を付与するという,……一連の課程を通 じて行われるものであり,資格取得後は,OJTお よびそれを補うものとしての継続教育によって行 われることになる」としている(26)。OJTを法曹 としての知識,技能,見識を「補うもの」との位 置づけからして,やはり実務法曹としての司法修 習での獲得目標はB説と考えていると思われる。
もちろん,B説に立脚するとしても,現実には 司法修習修了時に単独で事務所を経営できる能力 を大学から二回試験合格までの間に養成している かといえば,これら能力を身につけるべき指導は 司法研修所ではしていない。したがって,司法研 修所が考えているとみられる「修了時には独立し て業務を遂行できる」基本的な能力は一種の理念 にすぎず,今「この建前を放棄し」新しい法曹養 成の在り方を検討したうえで法科大学院・司法研 修所における法曹養成教育のあり方を考えるかが 問題なのである。
今後,法曹人口が増員すれば,いわゆる,「ソ ク独」の可能性は高まるのであり,この建前は堅 持すべきという意見も当然のことだがあり得よ う。また,この建前を放棄することにより司法修 習の獲得目標が不明確になり,司法修習の「必要 性・位置づけ」が不明確になるとの批判もあり得 よう。
しかし,一方において,「事務所経営能力」,
「カウンセリング能力」など現実には弁護士にな るまでの法曹養成過程で修得する機会すらなく,
この建前を維持することは,却って,司法修習修 了時の能力について誤った前提でその後の司法研 修制度を構築することにもなりかねない。
裁判官,検察官についても初任研修として3ヶ 月程度集中講義などを実施している現状を考える とやはり,今後新たな法曹養成制度を構築する際,
事実は事実として,司法研修所は「実務家となっ た後のOJT及び研修」を経て実務家として対応で きる「基礎的な法曹としての能力」を養成する機 関であると考え,司法修習の在り方を検討すべき であろう。
このように考えれば,司法修習制度が「訴訟業 務を中心とする半OJT」システムとして機能して いる現状にあうし,弁護士となった後の研修の在 り方を考える契機ともなる。
その意味で前述した見解との関係ではA説を基 本として,新ためて,司法修習制度を検討し直す 必要がある(27)。
とりわけ,日弁連は実務修習と集合修習(前 期・後期修習)について実務修習を重視ながら前 後期修習の必要性について主張しているが,前期 修習というよりも予備修習という1,2週間の短 い実務修習の訓練期間で良いし,後期修習も短期 化し実務修習中の一定期日に研修所教官ではなく 実務担当教官による起案訓練など柔軟な司法修習 の在り方なども考えられるであろう。
そして,司法修習の履修目標として実務での特 殊事例,例えば刑事では実務家でもあまり多くを 経験しない無罪事例を中心に修習すべきか実務に 直結する情状弁護を中心に修習すべきか。民事で は一応,訴状,答弁書,準備書面,控訴状など全 部について修習するのか,あるいは一つの事件に ついて事実整理,証拠との関係などについて深く 修習するのかなど,改めて修習制度全般にわたっ て再検討すべきであろう。
私としては,刑事では無罪事例の典型例を,民 事では最終準備書面を一つ書かせる程度でも丁寧 にやれば足りると考えている。勿論,この点には 異論もあろうが,ここでこの点に深入りすること はこの論稿の目的ではないので深入りしない。
⑶ 司法試験
次に検討すべきは司法試験のあり方である。司 法試験自体は法曹養成過程において法科大学院の 成果を踏まえたものとする(28)としているのであ り,独自の意義をもつものではない。
しかし,司法試験の学習過程で文章構成力や法 的知識を修得・確認していることもまた間違いな
い事実である。そして,今日のように合格率が低 ければ低いほど,司法試験が法曹養成過程に占め る役割が高くなり「点による養成制度」の比率を 高めることになる。
プロセスによる法曹養成という言葉自体に何ら 疑義を述べるものではないが,それこそ,現状は 法科大学院に「新しい法曹像」を前提に国際化,
多様化,複雑化に対応できる「良い法曹の養成
(法曹専門教育)」と「司法試験の合格」という2 つのミッション(使命)を背負わせているのであ る。
司法試験さえ合格すれば良かった嘗てとは異な り(それが良かったか否かは別として),法科大 学院制度が目指した「良い法曹の養成」という理 念は飛びさり,ひたすら司法試験合格だけを目指 す法科大学院の出現はむしろ必然と言うべきかも しれない。
そのうえ,二回試験の合格率の低下,法曹とし ての就職率の低減などなど,法曹養成の過程で,
いくつもパイプの根詰まりのような現象を生じて いることが今日の法科大学院制度に対する批判の 焦点なのである。
制度としては司法試験を,それこそ法科大学院 の成果を試すより基礎的内容とし合格率を高め,
法科大学院には「良い法曹の養成」というミッシ ョンのみを課す施策を検討すべきである。
そのうえで,訴訟実務の基礎を修得すべき司法 修習の内容の再検討を実現し,OJTの機会付与の ため法律事務所への就職以外のOJT機関の設置な どに関係者が努める努力が必要であると考え る(29)。
⑷ 法科大学院教育のあり方
このことを前提に法科大学院教育のあり方を検 討したい。
私としては,大方の関係者の理解を得られると 思うが,法科大学院においては法曹として必要な 能力全般すなわち法的知識・法的分析能力・法曹 倫理についてバランスよく学ぶことが必要との結 論が良いと考えている。これを実証的に研究した 例は散見しない。また,このような教育が3年間 で可能かも,今後,具体的に検証する必要がある。
少なくとも,法曹養成期間を短縮すること,こ れまでのように知識教育だけに偏った教育はしな いこと,および司法修習終了段階では「事後の研 修も含めて,一人で業務ができる能力」が身につ くことを前提にして法曹養成制度を組み立てれば 良いことなどを柱にプロセスとしての法曹養成教 育を考えるべきである。
したがって,後の司法研修所教育・OJTの実施 を前提に法科大学院段階での法的知識は実務的課 題に対し基礎的知識を駆使して問題を一応解決で きる能力程度で足りると言うべきである。その後 の,訴訟業務の修得を中心とする司法修習・実務 家となった後の研修においても,ましてやOJTで も知識は身につくのであり,あまりに過大な知識 を求めることは実際的ではない。
それでは,具体的にどの程度の知識量が必要か 検討する必要があるが,これを測る具体的物差し はなかなか見つからない。
したがって,個人差はあるが,現在,大規模法 科大学院10校程度を選択し2年生後期において上 位半分程度がどの程度の知識量を有するか検証す るなどして改めて考えるか,実務家5年目あるい は10年目でどの程度の知識量を有するか短答式試 験を実施し確認し参考にするか,実務家に過去10 年程度で実務において「一定項目に関する事案を 取り扱ったか」質問し,全く取り扱ったことがな い事案・範囲については思い切って基礎的内容以 外は法科大学院教育の範囲から外す等の方法が考 えられるであろう(30)。
なお,昨年,中央教育審議会が公表した「コ ア・カリキュラム」は,その制度理念は理解でき るがあまりに網羅的であり「項目の列挙にとどま るとの批判もあり」未だ具体性に欠けている面も ある。しかも,自習時間による履修を含むとして も授業時間との関係であまりに過大な知識量を求 めていないか検討する必要がある。
いずれにしても「限定された」単位数の中で教 育しようとすれば法科大学院段階で必要される知 識量を関係者のコンセンサスを得ながら一度測定 し必要な知識量に「とどめる」努力をしなければ 教えすぎの弊害はなくならないと思われる(31)。