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触法認知症高齢者に対するソーシャルワーク実践―

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(1)

触法認知症高齢者に対するソーシャルワーク実践―

包括的な精神医療ケアの実現を目指して―

著者 山中 俊克

発行年 2018‑07‑23

その他のタイトル Social Work Practice for the Elderly with

Legal Encumbrances Due to Dementia: A Call for the Development of Comprehensive Psychiatric Care

学位授与機関 明治学院大学

学位授与番号 32683乙第11号

URL http://hdl.handle.net/10723/00003416

(2)

和文 触法認知症高齢者に対するソーシャルワーク実践 題目 -包括的な精神医療ケアの実現を目指して-

英文 Social Work Practice for the Elderly with Legal 題目 Encumbrances Due to Dementia : A Call for the

Development of Comprehensive Psychiatric Care

大学院社会学研究科 Division of Sociology

Graduate School

2017 年 7 月 12 日 July 12, 2017

山中俊克

Toshikatsu Yamanaka

(3)

和文 触法認知症高齢者に対するソーシャルワーク実践 題目 -包括的な精神医療ケアの実現を目指して-

英文 Social Work Practice for the Elderly with Legal 題目 Encumbrances Due to Dementia: A Call for the

Development of Comprehensive Psychiatric Care

明治学院大学大学院社会学研究科提出博士論文

A Dissertation Presented to the Division of Sociology, Graduate School of Meiji Gakuin University, for the Degree of Doctor of Social Work.

山中俊克

Toshikatsu Yamanaka 2017 年 7 月 12 日

July 12, 2017 Approved by

論文指導教授 岡本多喜子

(4)

i

目 次

目次・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ⅰ 序章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 第

1

章 「触法認知症高齢者」に関する先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 第

1

節 アメリカ・イギリスにおける触法認知症高齢者に関する先行研究 ・・・・・9 第

2

節 日本における「触法認知症高齢者」に関する先行研究・・・・・・・・・・20 第

3

節 アメリカ・イギリスおよび日本における「触法認知症高齢者」に関する

先行研究の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 第

2

章 アメリカの医療制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 第

1

節 アメリカの民間医療制度の発達・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32 第

2

節 マネージドケアの導入以降・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 第

3

節 アメリカの高齢者精神医療史の概観・・・・・・・・・・・・・・・・・・40 第

3

章 ハワイ州における高齢者精神医療ケア~認知症を中心に~・・・・・・・・・48 第

1

節 ハワイ州の高齢者人口・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48 第

2

節 ハワイ州の認知症高齢者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50 第

3

節 ハワイ州における認知症高齢者への取り組み・・・・・・・・・・・・・・54 第

4

節 増加する高齢受刑者人口・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57 第

4

章 ハワイ州立病院における触法認知症高齢者へのケア・・・・・・・・・・・・61 第

1

節 高齢者病棟の誕生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62 第

2

節 高齢者病棟(Building I)の概況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 67 第

3

節 高齢者病棟 におけるケアプログラム・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73 第

5

章 ハワイ州における触法認知症高齢者ケアを取り巻く課題~専門職による

インタビュー結果の検討~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・79 第

1

節 調査の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・79 第

2

節 調査の結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80 第

3

節 インタビューの結果分析の考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・93 第

6

章 ハワイ州立病院高齢者病棟におけるソーシャルワーカーの役割と実践・・・・102

1

節 ハワイ州立病院全体としてのソーシャルワーカーの役割・・・・・・・・・102

2

節 触法認知症高齢者に特化したソーシャルワーカーの役割・・・・・・・・・107

7

章 本事例からみるソーシャルワーカーの役割についての考察・・・・・・・・・116

1

節 調査の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・116

2

節 支援場面

1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・118

3

節 支援場面

2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・122

4

節 支援場面

3・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・125

5

節 支援場面

4・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・128

(5)

ii

6

節 支援場面

5・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・132

7

節 支援場面

6・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・136

8

節 事例検討から明らかになった触法認知症高齢者支援における

ソーシャルワーカーの役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・140

終章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・146

1

節 研究の成果の要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・146

2

節 本研究の結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・149

3

節 研究の限界および今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・150

4

節 ソーシャルワーク実践の示唆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・152

5

節 日本の司法と福祉との連携の示唆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・154

謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・161

参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・162

資料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・174

【資料

1】 ハワイ州における触法認知症高齢者ケアを取り巻く課題~専門職による

インタビュー調査~(詳細記録) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・174

【資料

2】 事例による触法認知症高齢者支援にむけたソーシャルワーカーの役割

についての調査依頼に関する資料と事例の質問票・・・・・・・・・・274

【資料

3】 事例による触法認知症高齢者支援にむけたソーシャルワーカーの役割

と実践についての回答(原文) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・284

【資料

4】 事例による触法認知症高齢者支援にむけたソーシャルワーカーの役割

と実践についての回答(各支援場面に関するデータの整理と和文翻訳・296

(6)

1

序章

1.研究の背景

日本における

65

歳以上の高齢者の人口は、 総務省統計局によると2017 年

1

1

日現在、

過去最高の

3,471

万人となり、総人口に占める高齢者の比率は

27.4%に上昇し、今後も増

加を続けることが予想されている。65 歳から

74

歳人口は

1,766

万人で総人口との割合で

13.9%となっており、75

歳以上のいわゆる後期高齢者人口については

1,705

万人となり、

総人口に占める割合は

13.4%に達し、4

人に

1

人が

65

歳以上の高齢者、

10

人に

1

人が

75

歳以上と、日本はどの国も経験したことがない高齢社会となっている。

このように日本にみられる本格的な高齢社会では、介護の必要な高齢者数も増加してお り、高齢者の介護は今後さらに高齢者福祉領域における重要な課題と考えられる。1997 年に介護保険法が成立、

2000

4

月から介護保険制度が実施され

17

年を経過し、高齢者 の要介護者数も急速に増加している。介護保険制度における要介護者又は要支援者 (以下、

要介護者等とする)と認定された人のうち、65 歳以上の人数を見てみると

2013

年年度末

では

569.1

万人となっており、2003 年度末から

198.7

万人増加している。 (高齢社会白書

2016)

。さらに、介護が必要となった原因としては「認知症」が

16.4%と高くなっており、

認知症高齢者を中心とした介護の問題は大きく、その解決が急がれている。

日本における認知症高齢者数は増加傾向にある。2003 年度、厚生労働省は

2025

年にお よそ

323

万人の高齢者が認知症により何らかの支援や介護が必要になるという推計を出し た(厚生労働省老健局総務課推計

2003)

。その後、2012 年

8

月には、日本における

2010

年度の認知症高齢者数はおよそ

280

万人であるとし、これまでの推計よりも早い速度で認 知症高齢者数は増加しており、2012 年においてはすでに

305

万人に達しているという推 計結果を発表した(厚生労働省老健局

2012)

。さらに

2025

年にはおよそ

323

万人に達す るという従来の推計をはるかに上回る

700

万人という新たな数字が示され、65 歳以上の 高齢者の認知症の有病率は

5

人に

1

人となることが予想されている (高齢社会白書

2016)

今日の日本において、認知症のなかで最も多く発症するものはアルツハイマー型認知症 である。次いで脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などと続いてい く。認知症は高齢期に発症する代表的な精神疾患であり、高齢者本人の生活を大きく変え るだけではなく、高齢者を取り巻く家族の生活にも大きな影響を与える。認知症は進行性 を伴い、知能は徐々に低下していくが、認知症そのものに対する治療方法が確立されてい ない状況において、認知症の診断を受ける高齢者への支援とともに、認知症高齢者の介護 を行う家族への生活支援も課題となる。今後さらに増加することが見込まれる認知症高齢 者およびその家族に対する生活支援は、すでに超高齢社会を迎えている日本では緊急課題 といえよう。

また、超高齢社会では、社会的弱者とされている高齢者が犯罪の被害者となる可能性が 高まることも予想される。振り込め詐欺の被害者のうち、

8

割以上が

60

歳以上となってお り、その他悪徳商法やひったくりなどの被害も高齢者に多い(高齢社会白書

2016)

。さら に高齢者虐待という深刻な問題も起きている。

2014

年度に受け付けた高齢者虐待に関する 相談・通報件数は、要介護施設従事者等によるものが

1.120

件で、前年度の

962

件と比べ

16.4%増加し、養護者によるものが25,791

件で、前年度の

25,310

件と比べ、1.9%増

(7)

2

加した。また、2014 年度の虐待判断事例件数は、要介護施設従事者等によるものが

300

件、養護者によるものが

15,739

件となっており、養護者により虐待を受けている高齢者 のおよそ

7

割が要介護者認定者となっている(高齢社会白書

2016)

。これまで高齢者と法 的な問題については、このように犯罪事件における被害者、あるいは認知症により判断能 力が低下し、民法の成年後見制度による人権の被擁護者としての高齢者が多かったように 思われる。

しかし、近年高齢者による犯罪が急増しており、 「加害者」としての高齢者と法律の問題 が浮かび上がっている。今後、高齢者犯罪が最も深刻な犯罪問題との一つとなる指摘もな されている(五十嵐

2013、太田2009)

日本における

65

歳以上の高齢犯罪者数は、高齢者人口の増加の勢いを上回っている。

2016

年度の『犯罪白書』によると、

1996

年から

2016

年まで

20

年間の一般刑法犯の検挙 者人員に関する年齢層別構成比の推移では、65 歳以上の犯罪者は、1996 年の

4.2%(1

2,423

人)から

2016

年は

19.9%(14

7,632

人)を占めており、高齢犯罪者の増加と検

挙人員の高齢化傾向が明らかにされている(犯罪白書

2016)

。一般刑法犯の高齢者の起訴 人員について

1988

年から

2008

年の

20

年間における比較ではおよそ

7

倍、新受刑者は

6

倍となっており、人口の高齢化のおよそ

3

倍の速さで刑事処分にされる高齢者が増加して いる(浜井

2012)

。高齢者による犯罪の罪名については、万引きや置き引きなどを含む非 侵入窃盗や遺失物の横領など、比較的軽微な犯罪が大部分を占めているものの、殺人、暴 行、傷害などの重大な犯罪の増加率も高くなっている(奥村

2010、斎藤2010)

。統計がや や古くなるが、1988 年から

2008

年までの

20

年間で、高齢者による殺人はおよそ

4

倍、

強盗に関してはおよそ

13

倍、暴行はおよそ

42

倍、傷害はおよそ

8

倍に増加している(斎 藤

2010)

このような高齢犯罪者の増加により、高齢受刑者の受刑中、そして刑期満了後の出所に おける新たな課題も生じている。

高齢犯罪者には、加齢による高齢期特有の身体的・精神的課題、疾病やそれに伴う障害 があり、受刑中に生活に関する指導を受ける上でも困難を抱えている者も多く、支援が難 しくなっている(鈴木

2009)

。基礎体力の低下により、義務化されている刑事施設内作 業や労働に耐えられないもの、日常的動作が緩慢になり介助や介護を必要とするもの、作 業や日常生活の指示や指導を理解するために多大な時間や労力を要するものも多く、矯正 施設ではこれらの人びとに配慮しつつ新たな対応が求められている(大橋

2009)

高齢受刑者の介護に関する課題は、出所後の帰住先の課題にもつながっており、高齢受 刑者支援が複雑化している。これまでの高齢受刑者による出所後の心配事として「お金が ないこと」 、 「仕事がないこと」 、 「健康がすぐれないこと」 、繰り返し入所を繰り返す高齢者 については「頼れるひとがいないこと」が挙げられており、高齢受刑者に対する生活資金 の少なさや就労にむけての経済的な支援が必要とされる一方で、出所後直ちに介護や疾病 に関する福祉や医療保健サービスが欠かせない高齢受刑者への支援が求められている(犯 罪白書

2016)

しかし、出所後に特別養護老人ホームなどの入所施設の利用を必要とする高齢受刑者に

とって、入所施設の確保の難しさや、首尾よく入所施設を確保できた場合であっても、待

機者が多いためにすぐに入所できないこともある。高齢受刑者の多くは家族とのつながり

(8)

3

も希薄であり、社会による受け皿も少なく、高齢受刑者への支援には就労や経済的支援の みならず、介護や医療に関する生活課題についても十分に検討して帰住先の確保を行ない、

出所後の社会生活に移行するためのさまざまな生活支援が必要となっている。

法務省と厚生労働省は、刑事政策と社会福祉政策の相互的政策立案として

2009

7

月 より地域生活定着促進事業を開始した。本事業は、高齢者または障害者が犯罪行為により 起訴後、実刑処分となり受刑し、満期釈放により刑務所を退所するものへの再犯防止を目 的としての社会復帰にむけた支援とされる。退所後にただちに福祉サービス等につなげる ための新しいシステムを導入するとして、厚生労働省の管轄により各都道府県に「地域生 活定着支援センター」を設立し、保護観察所と協働して出所者の社会復帰の支援を行うこ ととした。

新たに開始された地域生活定着促進事業が対象とする高齢者、障害者に対する支援は、

基本的には起訴され執行猶予あるいは実刑処分を受けた高齢者や障害者を対象とし、出所 後の地域生活を見据えて受刑中より帰住先の確保や社会生活に必要なサービスを調整する という福祉的な支援が特徴である。そして、地域生活定着支援センターは、これまで縦割 りであった司法領域と福祉領域とが協働し、社会復帰と再犯防止にむけて個別的な支援を 高齢者や障害者に提供することを目指している。社会の受け皿がなく、自立した生活を始 めることが困難とされている高齢者および障害者に対して、生活支援を行う地域生活定着 支援センターは、地域社会において重要な役割を担っていくことと考えられる。

このように急増する高齢犯罪者対策は行われているが、高齢者のなかにはアルツハイマ ー型認知症のように認知領域の障害は潜行性に発症し、緩徐の進行性を伴い、疾患に起因 する周辺症状の悪化のために触法行為に及ぶ者(以下、触法認知症高齢者とする)も含ま れている。地域生活定着促進事業による支援対象者の多くは、刑事責任能力があるとして 実刑処分を受けた高齢受刑者であり、出所にむけての高齢者支援が中心となっている。そ のため、認知症により刑事責任能力・刑事訴訟能力に欠けるとして不起訴あるいは起訴猶 予処分となる触法認知症高齢者については多くの支援に関する課題が残されている。

2.問題の所在

日本においては、刑事司法は刑罰を求めて起訴するため、比較的軽微な犯罪行為に関し て刑事責任能力がないと判断されるものについては、検察側の起訴便宜主義に基づき不起 訴や起訴猶予の措置がとられることになっている。そのため軽微な触法行為後、検挙され た高齢者に認知症などの精神疾患があると判断された触法認知症高齢者に対しては、不起 訴または起訴猶予処分の対象となり、刑事的責任が問われないことになることが多い。

しかし、不起訴または起訴猶予処分を受け、刑事的責任を問われない触法認知症高齢者

がその疾患により自傷他害行為、あるいは再び犯罪行為や違法行為に至る可能性が高い場

合、警察や検察の通報により「精神保健および精神障害者福祉に関する法律(以下、精神

保健福祉法とする) 」に基づき、

2

名の精神保健指定医よりそれぞれ精神疾患のため自傷他

害の危険性が高いと診断され、その診断を受けて都道府県知事あるいは政令指定都市市長

は触法認知症高齢者に対して行政処分として措置入院を命令することになる。このように

刑事的責任を問われずに措置入院となる触法認知症高齢者についての実態はほとんど明ら

かにはされておらず、入院先の医療機関についても認知症高齢者に特化された医療環境が

(9)

4

整っているのか判断することができない状況にある(樽矢、平林

2007)。そのため触法

認知症高齢者が退院することができたとしても、触法認知症高齢者が必要とする生活支援 にかならずしも結びついていない可能性も考えられる。これまでの触法認知症高齢者に関 する文献からは不起訴あるいは起訴猶予処分になった触法認知症高齢者の生活状況は明ら かになっていない。

触法認知症高齢者が抱える司法との問題のなかには、触法行為の要因として認知症の周 辺症状がその背景にあっても刑事責任能力があると判断されることもある。軽度の認知症 により限定刑事責任能力が認められるとして起訴され、裁判の結果実刑判決が下される判 例も起きている(斎藤

2010)。このような決定により軽度の認知症高齢者が矯正施設に入

所した場合、進行性のある認知症の病状をふまえると公判過程の段階で限定的であるが認 知能力が維持されていたと判断されても、認知症の進行とともに受刑中に認知機能が低下 する可能性がある。だが矯正施設の現状では、認知症に限らず生活介護を必要とする高齢 受刑者に十分対応できる刑務官や他の専門職種が配置されていないため、高齢受刑者の生 活が維持できない場合も考えられる。新たに入所する高齢受刑者及び受刑中に高齢期に達 する受刑者数の増加により、矯正施設の受刑者の高齢化が進んでいるなかで、日常生活に 介助や介護が必要な受刑者への対応として、バリアフリー化された矯正施設も設立され始 めているが、そのような高齢者や障害者に配慮した施設も全国的に少なく、偏在している 状況に留まっている。

認知症は進行性のある精神疾患であり、認知症を罹患しているという徴候や早期段階の 症状について本人や家族も気がつかないことが多い。このような認知症の特徴のため、触 法認知症高齢者のなかには高齢者本人、あるいは家族も早期認知症が発症していることに 気づいていない状態で、認知症が原因で触法行為に及ぶ場合も考えられる。認知症の疾患 を見過ごされて起訴された高齢者が、刑事裁判のプロセスの中で認知症の症状が悪化し、

裁判を進めていくことが困難となり公判停止という事態も実際に起きている(五十嵐

2010、2013)

。自らの病状に気づかずに生活していた触法認知症高齢者は検挙後に勾留さ

れ、裁判のためこれまでの生活とは異なる環境のなかに置かれ、症状が少しずつ悪化しな がらも認知症の専門的医療を受けることができない。このような司法の制度的不備につい ては、触法認知症高齢者の人権問題として検討されなければならないと考える。

2003

年に「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法 律(以下、医療観察法とする) 」が成立し、2005 年

7

月より施行された。それまで精神疾 患のあるものの犯罪については

1995

年に「精神保健法」から改正された「精神保健福祉 法」により措置入院制度によって対応してきた。新たに施行された医療観察法の目的は、

「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者に対し、その適切な処遇を決定するため の手続き等を定めることにより、継続的かつ適切な医療並びにその確保のために必要な観 察及び指導を行うことによって、その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止 を図り、もってその社会復帰を促進することを目的とする」と第

1

条に述べられている。

医療観察法のこの目的によれば、精神障害のために善悪の区別をつけることができず、刑 事的責任を問うことができない心神喪失または心神耗弱の状態で、殺人、放火、強盗、強 姦、強制わいせつ、傷害という重大な他害行為をした者に対して、適切な医療を提供し、

社会復帰を促進するということになる。

(10)

5

そのため、 この法律では、 心神喪失または心神耗弱の状態で他害行為を行なったものが、

不起訴処分あるいは無罪等が確定した場合に、検察官により医療観察法による医療および 観察を受けさせるべきかどうかの「医療の要否」について、地方裁判所への申し立ての対 象になる。医療観察法による医療の要否の決定については、申し立ての対象者が、①対象 行為を行った際の心神喪失または心神耗弱の状態の原因となった精神障害と同様の精神障 害を有していること(疾病性) 、②その精神障害が治療可能性のあるものであること(治療 反応性) 、③本法による医療を受けさせなければ、その精神障害のために社会復帰の妨げと なる同様の行為を行う具体的・現実的な可能性があること(社会復帰要因)の

3

つの要件 があり、この

3

つの要件のすべてに該当する場合のみ医療が必要とされるのである。

この

3

つの要件について、認知症は疾病性という点においてはその対象となる。しかし 治療反応性については、認知症は器質性の精神障害によるものが多く、進行性があり、治 療反応性の判断に必要とされる時間が短期間に限定される場合が多いので、医療の要否の 要件には適さない。また、社会復帰に関する要件についても、認知症は軽度であっても認 知機能や運動機能の低下が進行するため、社会復帰を促進するための医療という法律の目 的にも沿わない。これは認知症高齢者が重大な他害行為を犯した場合、認知症という精神 疾患による疾病性であっても、医療観察法が定めるところの医療の要否の判断の対象には ならない疾患とされるという問題を意味している。つまり、触法認知症高齢者は精神疾患 により重大な他害行為に及んだにもかかわらず、医療観察法による法適用の対象者から除 外されかねないのである。また、医療観察法による医療の要否の問題については、触法認 知症高齢者とともに、余命が限定されている身体合併症を有する高齢者に対する法律制度 として、その運用方法について検討する必要がある。さらに、触法高齢者の鑑定が老年精 神医学の専門医によって必ずしも行なわれていないことは看過できない問題となっている

(黒田

2007)

本論は、触法認知症高齢者が、司法領域、精神医療領域、福祉領域の領域に関わる生活 課題を有しながらも、その実態が明らかにされておらず、支援についての検討されていな いという現実を問題として捉え、触法認知症高齢者に対する支援の必要性を明らかにし、

ソーシャルワーク実践の課題として取り上げている。

これまでに触法認知症高齢者に関する研究は司法、精神医療、高齢者福祉の各領域内の 研究、あるいは司法と精神医療領域、あるいは近年では司法と高齢者福祉の二領域間によ る研究は限定的にあるものの、三領域間にわたった研究は寡聞にして見当たらない。

ことに、日本においては、触法認知症高齢者が触法行為に至るまでの生活状況、検挙後 の司法機関における各段階における触法認知症高齢者との関わり、関連諸機関・施設間に おける連携の取り組みなどについてはほとんど明らかにされていない。福祉領域で生活支 援を基本的業務のひとつにしている専門職である社会福祉士・ソーシャルワーカーが、触 法認知症高齢者に対して行ったソーシャルワークの実践の在り方についても十分な検討が なされていないのが現状である。

このように触法認知症高齢者ついて日本では、研究や報告がほとんどなされていない要

因の

1

つとして、三領域にまたがる高齢者に関する司法精神医学的知見が未だに乏しいこ

とが指摘されている(黒田

2007)

。加えて、医療観察法関連をふまえた触法認知症高齢者

に関する全国的データについてもプライバシーの保護の関係で、正確な人数や詳しい情報

(11)

6

については公開されておらず、触法認知症高齢者の総人口比あるいは高齢者人口比の割合 なども明らかにされていない。この点が、三領域にまたがる研究の難しさにもなっている と思われる。

このように触法認知症高齢者の実態や支援の方法については、十分に明らかにされてい ないという現状にある。だが、触法認知症高齢者支援には、認知症の精神疾患によりその 症状も異なり、特に高齢期には身体的疾病を併発することが多いことからも、非常に個別 性の高い支援が求められるはずである。さらに認知症による判断能力の低下により、受療 や支援を受けることへのインフォームド・コンセントと自己決定、そして成年後見の要否 など権利擁護にも関わる課題も解決しなければならい。それゆえに、触法認知症高齢者が 必要とする支援を提供するためには、高齢者に特化した司法精神医療ケアの確立が求めら れている(新福

2003、黒田2007)

一方、触法認知症高齢者に特化された司法精神医療ケアのシステムの確立を阻む要因も 存在する。それは、検察官、裁判官、および触法認知症高齢者の弁護人を含めて、法曹界 にいる専門職の認知症に関する知識や理解の欠如である。そのために警察や検察、裁判所 の司法関連機関における刑事的手続きのなかで、認知症という精神疾患を原因として触法 行為を行った高齢者が、 「犯罪者化」されてしまう可能性があるのではないであろうか。

また、法曹のみならず触法認知症高齢者の生活を支えるべき専門職や一般市民の多くの 人びとにも、自分たちの地域のなかに触法認知症高齢者が存在していることについての認 識は決して高いとはいえない。それらの人々に対しても、触法認知症高齢者が地域社会の 中に生活していることの認識を高めていくことが必要と考える。 「被害者」としての高齢者 ではなく、認知症という精神疾患によって「加害者」となり、生活課題を抱えている高齢 者の存在を知ってもらう必要がある。

認知症高齢者の生活支援がいかに困難を伴うかについては多くの人びとに理解されつつ ある。だが、認知症に加え、触法という課題を抱えている触法認知症高齢者については、

その存在や支援の難しさについては、未だ十分には知られていないと考える。

これまで述べてきたことは日本の現状であるが、触法認知症高齢者の抱える問題は、人 口の高齢化が進んでいる世界の国々に共通する課題でもあるということができる。触法認 知症高齢者は現時点においてはマイノリティ的な存在であり、社会的にも認知されていな い。だが、その存在について顕在化を図り、触法認知症高齢者をひとりの生活者として認 識して、的確な支援の方策を検討することが触法認知症高齢者の人権擁護につながる。ソ ーシャルワーカーとしての専門的価値に基づく実践の一つとして、触法認知症高齢者への 支援、触法認知症高齢者の存在を人びとに認識させる活動は、こんにちの高齢社会のなか で重要な位置づけを持つ活動としてソーシャルワーカーに求められていると考える。

3.研究の目的

本研究では、アルツハイマー病触法認知症に代表される認知症により犯罪行為に及んだ 触法認知症高齢者を対象とした支援の方法の確立にむけて、ソーシャルワークの実践の方 法についての枠組みを検討することを目的とする。

触法認知症高齢者は、高齢者特有の生活課題を抱えつつ、犯罪行為による司法領域にお

ける課題、認知症という精神医療領域における課題を併せ持つため、支援の難しさがある

(12)

7

と考えられる。そのため、触法認知症高齢者が置かれている状況を把握し、支援を困難に している要因について、司法および精神医療のシステムとの関連性を含めた課題から支援 の方法について検討する。

これをふまえて、まず触法認知症高齢者への支援の可能性を探索するため、論者のアメ リカ合衆国ハワイ州立病院高齢者病棟におけるソーシャルワーカーとして支援行為につい て概念化を試みる。その上で、ソーシャルワーク実践の方法についての枠組みを提示する。

この目的を達成させるために、先行研究を文献により検討する。そして、論者がソーシ ャルワーカーとして実践したハワイ州における触法認知症高齢者支援を取り巻く課題を明 らかにするために、専門職によるインタビュー調査を実施する。また、論者のハワイ州立 病院でのソーシャルワーカーとしての活動を明らかにし、その実践活動に対しての評価を 得て、ソーシャルワーカーの役割について検討するために専門職による質問票による調査 を行う。

ハワイ州立病院高齢者病棟におけるソーシャルワーカーの支援に着目し、支援行為の概 念化を試みる理由は、ハワイ州立病院の高齢者病棟における触法認知症高齢者を中心提供 された精神医療ケアが

1992

年の開設当時刑事司法裁判所から触法者の強制入院を受け入 れる精神科病院において実施されたアメリカでも例を見ない取り組みであることによる。

そのため、論者によるソーシャルワーク実践から得られる触法認知症高齢者への支援のあ り方について示唆が多いと考えるためである。

4.研究の意義

本論は触法認知症高齢者が、司法領域、精神医療領域、福祉領域にまたがる生活課題を 有しながらも、その実態が明らかにされておらず、支援のあり方について十分に検討がな されていないという現実を問題としている。

触法認知症高齢者に関する情報は、刑事裁判あるいは医療観察法に関連するため機密性 が高く、精神鑑定や入院治療に関する内容については個人情報やプライバシーの保護にも 関係するためほとんど明らかにされていない。そのため、触法認知症高齢者への三領域に またがる支援に関する先行研究についても寡聞にして見当たらない。

本研究は、論者による触法認知症高齢者に対するソーシャルワークの実践について考察 し、触法認知症高齢者に特化した支援のあり方について検討し、触法認知症高齢者へのソ ーシャルワーク実践の方法についての枠組みを提示していくものである。これは今後、世 界各地で課題となる高齢者人口の増加のなかで、触法認知症高齢者の増加も考えられ、触 法認知症高齢者を対象としたソーシャルワーカーの役割を明確化するものと考える。ハワ イ州立病院はアメリカの州立精神病院のなかでも希少な高齢者病棟を有し、高齢者に特化 した入院治療を実践した歴史を持つ。その病棟に唯一配属されたソーシャルワーカーであ る論者による触法認知症高齢者への支援の実践を、ソーシャルワーカーとしての支援行為 を概念化し、考察して、支援としての枠組を提示する試みには独創性があると考える。

さらに、司法、高齢、精神医療の各領域をまたがる触法認知症高齢者への支援を対象と

する本論は、ソーシャルワークの視点からの知見や研究の乏しさが指摘されている老年司

法精神医学領域にむけて、その領域におけるソーシャルワーカーとして、触法認知症高齢

者の生活支援のあり方について提示することが可能となる。

(13)

8

論者はハワイ州立病院高齢者病棟の医療チームのソーシャルワーカーとして、老年司法 精神医を含む他職種とともに協働して、多くの高齢の統合失調症患者や認知症患者の支援 にあたってきた。そのなかでも、触法認知症高齢者の支援は困難であるが、必要性の高い ものであることを強く感じて支援にあたっていた。当然、ハワイ州立病院高齢者病棟の医 療チームによる入院治療がすべての点において、日本における触法認知症高齢者に対する 支援より優れているとは限らず、日本とハワイ州の法律や司法および精神医療システムに ついて異なるため比較することは難しい点がある。だが、医療チームの一員としてのソー シャルワークの実践を通して、ソーシャルワーカーの役割について検討することは、今後 日本の触法認知症高齢者に対する支援のあり方についての示唆ともなり、意義のあること と考える。

5.研究の枠組み

本論の目的を達成するために、第

1

章では、触法認知症高齢者に関連する先行研究のレ ビューを行なうことにより、これまでの触法認知症高齢者への支援についての研究の動向 と課題について論ずる。先行研究については、欧米圏にハワイ州立病院が設置されている ことからアメリカおよびイギリスにおいて英文で出版されている先行研究のレビューとと もに、今後日本における触法認知症高齢者支援について示唆を得ることを踏まえて日本の 文献のレビューを行なう。

2

章は、アメリカの医療制度、民間医療保険制度の変遷について概観する。特に高齢 者を対象として開始された医療保険制度であるメディケア(Medicare)および高齢者長期 ケアを給付内容に含む医療扶助制度のメディケイド(Medicaid)を中心に、これまでの医 療制度および高齢者精神医療制度の展開と動向について概観し、制度的課題について述べ る。

3

章では、アメリカ・ハワイ州における高齢精神障害者の現状について述べる。また、

ハワイ州において入院精神医療を担うハワイ州立病院を中心にハワイ州の精神医療関連機 関によるケアに関する課題について論ずる。

4

章において、ハワイ州立病院における触法認知症高齢者支援について検討する。そ の際、ハワイ州立病院で規定されているソーシャルワーカーの役割期待と支援にむけたチ ームアプローチについて明らかにする。

5

章では、ハワイ州において触法認知症高齢者支援の実践経験のある専門職による聞 き取り調査を実施し、その結果をふまえて触法認知症高齢者にむけた支援の在り方および 課題について検討する。

6

章では、ハワイ州立病院高齢者病棟における触法認知症高齢者に特化した医療チー ムの一員であるソーシャルワーカーの実践について、 具体的な事例を提示して検討を行う。

7

章では、第

6

章であげた事例に対して、ソーシャルワーカーの役割に着目し、専門 職による評価を基に触法認知症高齢者支援のあり方についての枠組に関する考察を試みる。

終章では第

5

章および第

7

章における専門職に対して実施した調査の結果と考察をふま

えて、触法認知症高齢者に対する支援の今後の方向性について論者の見解を示し、一つの

結論を述べる。

(14)

9

1

章 「触法認知症高齢者」に関連する先行研究

本章では、アメリカ・イギリスと日本における「触法認知症高齢者」に関連する先行研 究のレビューを行ない、研究の内容と課題について明らかにする

(1)

。しかし「触法認知症 高齢者」に特化した司法、精神医療、高齢者福祉の三領域にまたがる先行研究は寡聞にし てわずかしか見つけることはできなかった。そのため本章での先行レビューは、 「触法認知 症高齢者」に関係すると考えられる先行研究、具体的には触法者、触法高齢者、高齢犯罪 者、高齢受刑者、精神疾患高齢者、認知症高齢者などに関する研究内容について行う。使 用している言葉が類似して紛らわしいと考え、以下では触法認知症高齢者を「触法認知症 高齢者」として記載する。

1

節 アメリカ・イギリスにおける「触法認知症高齢者」に関連する先行研究

(1) 触法高齢者と精神疾患の診断に関する研究

触法高齢者と精神疾患に関する研究は少ないが、

Heinik

らは

1990

年代前半に司法機関 の指定精神科病院に入院している高齢者の精神疾患の診断に関する研究を行い、研究の結 果から、60 歳以上の

57

人のうち、17 人(30%)が認知症、16 人(28%)が人格障害、

14

人(25%)が機能性精神疾患の診断があることが分かった(Heinik, Kimhi, and Hes

1994)としている。

この研究では診断結果に基づいて、①認知症の患者、②人格障害の患者、そして③機能 性精神疾患患者の

3

つの集団に分け、3 つの集団間における裁判所の決定の内容について の比較を試みている。その

3

つの集団の犯罪行為に関する責任の軽重の比較では、人格障 害のある高齢者に対して最も重い裁判決定がなされ、機能性精神疾患が最も軽く、認知症 はその中間に位置するという結果となった。認知症と診断を受けた触法高齢者が多かった という結果から、犯罪行為に対する刑事責任があると判断された認知症のある高齢者が、

判決後認知能力が低下した場合、認知能力が不十分な高齢者に対して責任を問い続けられ るのか、という倫理的な問題が生じる恐れがある。そのため触法高齢者の精神鑑定におい ては、認知能力と身体的疾患についての十分なアセスメントを行う必要があることを指摘 している。

65

歳以上の初犯高齢者を対象とした

Barak

らによる研究では、対象者

28

人のうち半数 の

14

人の精神疾患が明らかになった(Barak, Perry, and Elizur 1995) 。その

14

名の診 断名は、認知症

6

人、人格障害

5

人、統合失調症

1

人、うつ病

1

人、そして知的障害

1

人 である。この研究から、60 歳以上の高齢者の犯罪行為は

60

歳未満のものよりも軽く、検 挙率についても

60

歳以上が低いことも明らかになった。具体的な罪名については、金銭 に関わる犯罪が

43%という高い結果が出ている。過去の研究では高齢者を含むすべての年

(1) 本研究における「アメリカ・イギリスの先行研究」とは英文で書かれ、アメリカおよびイギリスで定 期的に刊行されている学術専門雑誌において発表された研究論文を指している。本研究の先行研究のレ ビューではアメリカおよびイギリスを中心に刊行されている“International Journal of Geriatric

Psychiatry”に掲載されたイスラエルにおける2つの研究、およびスウェーデンの1つの研究も含まれ

ている。

(15)

10

齢層による犯罪行為の

40%が薬物関連とされているなか、この調査においては高齢者によ

る薬物に関連する犯行が全くなかった。この結果について、今回の調査対象高齢者は、一 般的に薬物を使用しない少年期を過ごしたという世代的特徴が、調査結果で薬物関連が見 られなかった原因につながるのではないかと述べている。また、この研究による対象者の

21.9%を占める6

人の高齢者に認知症があるという結果に対して、これまでは司法関連機

関に置かれる高齢者が比較的少なかったために、高齢者の認知症という進行性のある精神 疾患の特性ついて、司法関連機関の専門職の間でも十分に理解されていない問題を指摘し ている。

また、Barak らは精神疾患があると診断された

14

人中

6

人、つまりは精神疾患がある とされた触法高齢者の

50%に近い者に認知症という神経精神医学的疾患が見つかった点

を重視している。ことから、今後は認知症高齢者に関する研究を進めるとともに、刑事裁 判所は認知症高齢者を他の触法者とは異なる特定の集団として適切な方法で対応する必要 性があるとも述べている。

Coid

らによる高齢者の強制入院と犯罪に関する研究では、1988 年から

1994

年の

7

年 間に司法精神科閉鎖病棟に入院した

3,155

人の中から、60 歳以上の高齢者

52

人に対する 延べ

61

回の入院に関する調査を行っている(Coid, Fazel, and Kahtan 2002) 。この調査 研究は、

60

歳以上の

52

人の高齢者と

59

歳以下の

3,103

人を

2

つのグループとして分け、

全員の延べ入院回数である

3,921

回の入院を対象にして、2 つのグループ間の比較研究が 行われている。

延べ

61

回の高齢者の入院のうち、

89%に及ぶ54

回の入院は刑事的問題に関わる犯行に よるもので、残りの

11%の7

回の入院については、犯行とは関係のない他の病院からの転 院および地域からの直接入院となっている。刑事犯罪による入院となった罪名については、

高齢者グループの

50%の入院数に相当する27

回の入院が殺人罪となっているのに対して、

59

歳以下のグループでは、 殺人罪による入院数は

420

回と

59

歳以下グループ全体の

15%

に留まっていた。59 歳以下のグループでは、重罪よりも軽度の暴行や傷害、および強盗、

窃盗など軽犯罪が圧倒的に多いのが特徴的である。またこの研究では、高齢者のグループ において、強制わいせつ、強盗、詐欺、誘拐、アルコールおよび薬物関連の犯罪はないと いう結果となっている。

研究の対象となった入院と、過去の入院歴との関連性については、

59

歳以下のグループ においては民事裁判による強制入院歴も多く、延べ

3,921

回の入院の

42%にあたる1,264

回の入院が該当した。それに対して、60 歳以上の高齢者については

12

回入院の

23%と、

過去の入院との関連性はあまりみられなかった。入院時の精神疾患の診断名については、

60

歳以上の高齢者グループではうつが

22

回入院(42%) 、 妄想性障害は

15

回の入院 (29%) 、 器質性症候群が

17

回入院(33%)と多いのに対し、59 歳以下のグループでは、統合失調 症、薬物依存、薬物乱用が多くなっており、

2

つのグループの特徴的な違いを示している。

また、入院時に人格障害と診断された割合をみると、高齢者については

52

人中のわずか

2

人(4%)が統合失調型気質人格障害の診断を得ているのに対して、16 歳以上

59

歳以下 のグループでは

3,103

人中

520

人(17%)となっており、反社会性人格障害および境界型 人格障害の診断が多い結果が出ている。

Lewis

らによる精神鑑定のリファーを受けた

60

歳以上の触法高齢者

99

人を対象とした

(16)

11

「触法認知症高齢者」の研究では、44.4%の高齢者が認知症の診断を得ていることを明ら かにした(Lewis, Fields, and Rainey 2006)。対象者の犯罪行為前の過去の行動と、精神 鑑定を受けるに至った精神疾患による対象行動との関連性は低い結果となった。触法高齢 者の殺人、傷害、強姦などの犯罪の凶悪性は、犯行時における高齢者のパラノイアとの強 い関係性を指摘している。パラノイアに関しては、触法高齢者の認知症における周辺症状 を原因としてあげ、高齢者の認知症が犯罪につながることを示唆している。

また、Lewis らの研究は、 「触法認知症高齢者」が認知症とともに心臓病、梗塞、高血圧 などのいくつかの身体疾患を併発していることも明らかにした。触法高齢者の精神医療と 身体疾患の側面について、高齢者に特化した診断やケアが重要であると述べている。

「触法認知症高齢者」は多くの場合、裁判において精神疾患により心神喪失と判断され た場合であっても、精神疾患及び身体疾患があるため、その後の行き場所の問題を抱えて いる。ナーシングホームやグループホームにおいては犯罪行為があったことによる入所拒 否や、認知症と身体疾患の両方に対応する医療機関の少なさにより受け入れが難しくなる。

この問題を回避するには、高齢者の犯罪予防として認知症高齢者に対する社会的、精神医 療的介入が必要であり、そのためにも「触法認知症高齢者」に関する専門的知識が司法シ ステムには欠かせないことを結論づけている。

(2)触法高齢者と犯罪内容に関する研究

Barak

らの研究からは、高齢者による犯罪は軽犯罪とされるものが多いという結果が得

られているが、Wong らは、精神科病院における高齢者の重罪に関する研究を行っている

(Wong, Lumsden, Fenton, and Fenwick 1995) 。Wong らは、精神疾患のある高齢者に 関する凶悪な犯罪行為に関するデータは非常に少ないなとしながらも、犯罪を原因として 精神科病院に入院中の患者の中から、高齢期に達して初犯者となったものと、高齢期に達 する前に初犯者となり受刑中に高齢期に入っているものの

2

つのグループ間の犯罪の内容、

および神経精神医学的な相違に関する研究を行っている。

Wong

らは

372

人の男性患者の中から

60

歳以上の男性

27

人と、96 人の女性患者のう ち

60

歳以上の女性受刑者

9

人の男女合計

36

人の

60

歳以上の高齢者を対象者とした調査 を実施した。男性患者の

20

人(74.1%)および女性患者

7

人(77.8%)の合計

27

人の

60

歳以上の入院患者は、

50

歳に達する前の初犯が凶悪な犯罪であったため、高齢期まで強制 的に入院措置が継続しているという結果となっている。また、

50

歳を過ぎて初犯に及んだ ものは男性

7

人(25.9%) 、女性

2

人(22.2%)の合計

9

人であった。50 歳以降の初犯に よって強制入院となっている

60

歳以上の男性

7

人は、50 歳を過ぎて初犯者となったもの が

4

人である。そのうち過失致死罪

1

人、慢性アルコール乱用およびコルサコフ症候群の 診断、器質性脳障害による強姦未遂

1

人、器質性人格障害による婦女暴行

1

人、妄想性障 害による不法監禁

1

人となっている。残りの

50

歳を過ぎて入院した

3

人については、す べて凶悪犯罪の再犯者であり、統合失調症の診断を有しているという結果となった。

50

歳 以上での初犯による女性患者

2

人について診断名及び罪名は、それぞれ妄想型統合失調症 による殺人罪とパラフレニ-による傷害罪となっている。

サンプルが小さいことを研究における課題としながらも、Wong らは犯罪と器質性脳障

害との関連性をふまえると、調査対象者の男性患者については

2

つのグループとしての概

(17)

12

念化が可能であると述べている。第

1

のグループは、50 歳を過ぎて初犯に及ぶ高齢者で、

比較的軽度の犯罪であるが性犯罪の傾向を示し、精神疾患の診断は妄想性障害およびアル コール依存症があり、器質性脳障害や長期間におよぶアルコールを含む薬物乱用による神 経精神医学的問題があることを特徴としている。第

2

のグループは、高齢者で若年期から 累刑犯ではあるが殺人罪にはならない凶悪な犯罪行為におよぶ高齢者や、若年期に殺人な どの重罪により長期入院の継続中に高齢者となった者を含むとしている。

この研究から

Wong

らは、高齢期に初犯に及んだ精神疾患のある高齢者に対しては慎重 なアセスメントを行うことにより、神経精神医学的異常を原因とする犯罪行為であること が判明した場合、その診断結果をふまえ、対象高齢者に適切な治療とリハビリテーション の提供が必要であると指摘している。

Wong

らによる高齢者の重罪に関する研究結果から、高齢期に初犯者となったものは比 較的軽犯罪を起こすことが明らかになったが、

Regan

らも高齢受刑者と凶悪犯罪に関する 研究を行っている(Regan, Alderson, and Regan 2002)。この研究では、671 人の

55

歳 以上の高齢者を対象に精神疾患の診断を受けた高齢者

109

人と精神疾患の診断を受けてい ない高齢者

562

人のサンプルによる比較を行なった。

精神疾患の診断を受けた高齢者の性別は

109

人のうち、男性

95

人(87%) 、女性

14

(13%) である。これらの精神疾患を有する高齢受刑者の診断名をみると、 抑うつ障害

33%、

不安障害

13%、統合失調症 12%、認知症 5%である。精神疾患のある高齢者の罪名につ

いて多い順から、殺人

43%、性犯罪 28%、加重強盗 5.5%、誘拐4%、不法薬物関係 3%

などとなっている。また、この調査の結果から、男性と比較して人数においても割合的に

も全体の

13%と非常に少ない精神疾患のある高齢女性受刑者14

人のうち、77%は殺人罪

の判決を受けており、そのうち

30%の女性受刑者が抑うつ障害の診断を受けた第一級殺人

犯、13%の抑うつ障害の女性が第二級殺人犯となっている。また、16%の女性受刑者が妄 想性障害、11%の女性受刑者が不安障害の診断を受けた第一級殺人犯となっていることが 分かった。

この研究結果から、これまでの一般的な高齢者に対するイメージとは異なり、精神疾患 のある高齢受刑者は殺人が原因で凶悪犯となっており、高齢者の精神疾患と凶悪犯罪との 間には関連があることを明らかにしている。また、性別と犯罪との関係については、女性 受刑者の多くが抑うつ障害の診断を受けていることから、

50

代の女性の更年期に伴うホル モンの変化と精神疾患あるいは攻撃的行動との関連性があるとしている。この点を踏まえ た犯罪の予防にむけて、今後の研究が必要であることを述べている。また精神疾患のある

男性の

28%が性犯罪による受刑者であり、認知症高齢者5

人に対しては

4

人が性犯罪者と

なっているという結果から、認知症により生じる問題行動が性犯罪の原因となるのか、認 知症と性犯罪に関する研究が必要であるとしている。

Fazel

らは、精神疾患が高齢者の凶悪な犯罪の要因と関係があるとされながら、精神疾

患と犯罪行為との関係性が不明確であるとして、性犯罪による高齢受刑者と性犯罪以外で 受刑処分となった高齢者との比較を行っている(Fazel, Hope, O’Donnel, and Jacoby

2002)

。矯正施設における

59

歳以上の受刑者を、性犯罪による

101

人の受刑者と、性犯

罪以外の殺人や傷害の罪で受刑している

102

人の

2

つのグループに分けて、精神病、うつ

状態、認知症、人格障害の精神的疾患に関するグループ間の比較を行った。その結果、2

(18)

13

つのグループ間にはほとんど差異はみられないことが明らかになったが、薬物乱用の傾向 については、性犯罪者のグループの方が低いことが分かった。人格障害については、人格 障害の診断を受けた高齢受刑者数には両グループ間に大きな差異はないものの、性犯罪以 外の高齢受刑者のグループでは反社会性人格障害が最も多く、性犯罪による高齢受刑者の グループでは、統合失調型人格障害、強迫性人格障害、回避性人格障害が多くみられ、反 社会性人格障害は少ないという結果が出た。また、性犯罪による高齢受刑者は、性犯罪以 外の高齢受刑者と比較して、幼少期に性的虐待を受けたものと幼少期に肉親を亡くしたも のが多くなっていることが示された。

この研究により性犯罪高齢受刑者について明らかにされた

3

つの点は、第

1

に性犯罪に よる高齢受刑者は精神的疾患があること(精神病

6%、うつ状態7%、人格障害33%)

、第

2

に器質性脳障害(認知症)のある高齢者が少ないこと(1 人(1%) ) 、第

3

に、性犯罪に よる高齢受刑者と性犯罪以外の高齢受刑者との精神病および人格障害の診断者数について は差異がないが、性格的特徴では性犯罪による高齢受刑者は社会的に孤立し、感情を抑え る傾向のある統合失調症的性格がみられるとしている。これらの結果から

Fazel

らは、性 犯罪は急性の精神病や器質性脳障害(認知症)よるものよりも、個人の人格との関係があ るのではないかと述べている。

Hunt

らはこれまでの研究は、 「青年の殺人犯」 、 「高齢の犯罪者」のように研究対象者が 限定的であることを指摘し、青年から高齢者までの年齢別による殺人犯の研究を行ってい る(Hunt, Swinson, Flynn, Hayes, Roscoe, Rodway, Amos, Kapur, Appleby, and Shaw

2010)

。1997 年より

2004

年の

8

年間における、殺人犯

4,572

人(年齢の範囲、12~99 歳)を対象に、10~24 歳、25~44 歳、45~64 歳、65 歳以上と

4

つの年齢別グループに 分けて調査を行った。この研究の結果によると対象となった殺人犯の特徴としては、まず

4,126

人(90%)が男性の加害者であることが挙げられる。そして、家族メンバー・配偶

者・または未婚のパートナーを殺害したものは

1,390

人(30%) 、知人を殺害した者が

1,419

人 (31%) 、 面識のない他者の殺害者が

811人

(22%)、 警官または刑務官の殺害者

9

人 (1%) 、 最後に加害者との関係が不詳のものに対する殺人犯が

943

人(16%)となった。

殺害方法については、刺殺

1,646

人(36%) 、殴る蹴るなどの暴行

697

人(15%) 、銃

284

人(6%)という結果となった。また、殺人犯の平均年齢は

28

歳、

24

歳以下の殺人犯 数は

1,767

人(39%) 、25~44 歳

2,271

人(50%) 、45~64 歳

472

人(10%) 、65 歳以上 が

62

人(1%)であった。精神鑑定の報告を受けたものについては、24 歳以下のものが

868

人(1,767 人の

49%)

、25~44 歳の者は

1,245

人(2,271 人の

55%)

、45~64 歳では

311

人(472 人の

66%)

、65 歳以上の者では

54

人(62 人の

87%)と、65

歳以上のグル ープの割合が最も高かった。

これにより

65

歳以上のグループは人数が少ないものの、この研究の調査期間である

8

年の間には

65

歳以上の殺人犯が増加をしたことが判明した。一方、25~44 歳の年齢グル

ープの人数も増加傾向を示していることが分かった。犯行内容については、

24

歳以下のグ

ループでは殺人犯による被害者は、男性で

30

歳以下の面識のない他者であり、殺害方法

はナイフなどの鋭利な凶器となっている。それに対して

65

歳以上の殺人犯のグループで

は被害者は女性であり、家族メンバーまたは配偶者が

87%と圧倒的に多くなっており、殺

害方法は絞殺や窒息死となっている。なおこのうち

7%の殺人が安楽死であったと考えら

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