移転価格税制 における無形資産取引の考察
‑ 無形 資産 の所 有権 につ いて (3)‑
大 岩 利依 子
Ⅰ は じ め に
「あ らゆる局面 において, 自らの国益 を守 り抜 く」 とい うアメ リカ合衆国の 立場 は,移転価格税制 における無形資産の所有権の帰属 にもよく表れている。
親子会社や兄弟会社の ような関連会社 間取引において,多国籍企業では,両 当事者国の税率の相違 を考慮 して取引価格等 を操作することによる所得移転が 行われる場合がある。 これは,いわゆる移転価格税制の問題 となるが, とりわ け,「無形資産 を伴 った関連会社 間での移転で支払われた り受け取 られた りし た報酬 は,価格付 けによる方法 を用 いて評価 され,その ような評価 は移転 した 資産の所有権の帰属 を要件 としている1)。」
租税 に関する議論の焦点は,現在 もまたこれか らも,例外 な く決 まって無形 資産の取扱いになる傾向が当分 はあるだろう。すなわち,無形資産 を誰が所有 するのか,無形資産の価値 はい くらなのか,関係 している様 々な諸国間で無形 資産に帰せ られる利益の割当をどうするのか等 々である2)。
例 としては,GlaxoSmithKlinev.Commissioner事件3)が挙 げ られるが,マ‑
1)Louse,MiriaDosPrazeres,"TransferPricingandIntangible",Subject1inIFA 61stAnnualCongress,(10ct.2007),p.7.
2)Green,RobretH.et.al,"IssuesPaperSubject1:TransferPricingandlntangib‑ 1es",Subject1inIFA61stAnnualCongress,(10ct.2007),p.9.
3)GlaxoSmithKlineHoldings(Americas)Inc.V.Commissioner,117T.C.1;81T.
C.M.(CCH)4127(2001).
〔51〕
52 商 学 討 究 第59巻 第1号
ケティング無形資産4)は非常 に難 しい存在である。特 に商標等 は,その商標が 有名だか らよ く売れるのか,それ とも販売者 (distributor)が努力するか ら売 れるのか とい う境界 は実務上大変難 しく,実務家 を悩 ませている5)0
アメリカ合衆国では,1986年 に関連会社 間の所得配分の根拠規定である内国 歳入法典 §482の後段 に第2文 として 「所得相応性基準」が付 け加 えられた6)。
「所得相応性基準」 によれば,無形資産の譲渡対価及び使用許諾の対価の金額 について,当該無形資産が将来高収益 をもた らす場合,関連当事者 間において 所得の調整が要請 される。 この 「所得相応性基準」 はアメ リカ合衆国独 自の基 準であ り,事後 に生 じた収益稼得活動の要素である,関連当事者の収益‑の貢 献度や リスク分担度 を用いて所得配分 を行 うことを認めるものである。
2007年 秋 に京 都 で 開催 され た 第61回IFA (国際租 税 協 会) 年 次 総 会 で は,generalreporterであった弁護士宮武敏夫氏 よ り,「『所得相応性基準』 は 後知恵の利用 につ ながるとい うリスクがある7)」 とい う懸念 されるべ き理由か ら,多 くの国々では 「所得相応性基準」が受け入れ られていないことが指摘 さ れた。
この (「所得相応性 基準」 とい う :筆者加筆)定期 的調整基準 (Periodic AdjustmentRule)の制定は,当初か ら議論の余地 はあった。諸外国の課税 当 局がその適用 を拒否 したならば,納税者 は二重課税 を受ける可能性があるとも 批判 されて きた8)のである。
先回の拙稿(2)9)では,所得相応性基準への批判 を重視 して,アメ リカ合衆国 内国歳入庁 による史上最高額の移転価格課税事案であったGlaxoSmithKlinev.
4)マーケテイング無形資産とは,具体的には商標,顧客 リス ト,販売網などをいう。
5)宮武敏夫稿 「無形資産の移転価格課税を巡る問題」『租税研究』,(2008年3月), p.1560
6)IRC§482.
7)宮武敏夫稿 「移転価格 と無形資産」 『租税研究』,(2007年11月),p,94‑950
8)Green,RobretH.et.al,op.cit.,p.9.
9)拙稿 「移転価格税制における無形資産取引の考察‑無形資産の所有権について(2)
‑」 『商学討究』,第58巻第4号,(2008年4月),p.81‑1070
移転価格税制における無形資産取引の考察 53 Commissioner事件 [2006年9月合意 による決着] について詳細 に考察 した。
そ して, この事案の検討か ら, §482第2文下で関連会社 間の契約 を改変す る 内国歳入庁の裁量権の拡大 を確認するに至 った。
そ こで,本稿では,SkinnerlO)の所説 に基づ き,関連会社 間の取引 を改変す る類型 について検討 したい と思 う。以下順次説明す る例示は,特定の方法で関 連会社 間の取引 を改変す るのに,内国歳入庁が §482を用 いることがで きるか 否かについて,(法が存在す る限 りでは)法 に関 してよ く示 していると思われる。
パー トⅡでは,長期独 占販売権 (along‑term exclusivedistributorship)で使 用許諾 をさせ る,追加的な (契約)条項‑の転嫁 (imputation)を考察す る。
パー トⅢでは,内国歳入庁が無形資産の法的所有権 を無視 している点 について 考察する。パー トⅣでは,無形資産の広義 カテゴリーについて考察する。
なお, これ ら例示の中で,MGRover及 びPfizerの事例 は,業種等の特 質 を強調するために実在する多国籍企業の名称や商品名が使 われているが,全 く の仮説であ り,実在す る企業の事実 と無関係であることを断ってお きたい。
Ⅰ 関連当事者の継続的関係 を反映する使用許諾契約及び 販売権契約の改変
1 MG Roverの事例
この事例 は,1995年の ことと想定 し,MGRover (UK)は11)が ち ょうどア メ リカ市場 に最初 に 「LandRover」 を導入 していた とす る。 LandRoverはイ ギ リスでブラン ドを確立 しているけれ ど,アメリカ合衆国ではまだ知 られてい な い よ うで,MGRoverは, そ の 事 を販 売 す る た め に ア メ リ カ子 会 社 (「RoverUS」)を設立 し,単位 当た り$500の一定の手数料 (commission)で
10)Skinner,William/'TheFutureofI.R.C.482asaSubstunce‑Over‑Form ProI vision",llStan.J.L.Bus.&Fin.174,(Autumn,2005),p.175.
ll)ここでは報告書は完全な仮説であ り,実際のMGRover社に関連するものと意 をとるべきではない。
54 商 学 討 究 第59巻 第1号
提供する1年毎の契約 を作成 している。文書化 された もの としての契約書は, 更新の権利 を持つRoverUSには提供 されていない12)。
その文書化 された契約書の表面 には,RoverUSがアメ リカ市場 における下 落についてい くらか リスクを負担することが明 らかになっている。仮 に市場が 下落する となれば,MGRoverはたぶん手数料 を減額 しようと再交渉 を行 うは ずである。それ と同時 に,RoverUSは,アメ リカにおけるブラン ドについて は 「持分 (̀̀equity")」 を持 たない。仮 に 「LandRover」が成功す るようにな るとして も,RoverUSは増価 した商標 の価値か ら直 に利益 を得 ているのでは ない。 したがって,文書化 された契約書は外国親会社 に大半の リスクを配分す ることになる13)0
内国歳入庁 は,§482を改正するよう連邦議会 に働 きかける 「経済的所有権」
とい う理論的根拠 を採用 して,長期販売権 に転嫁 させ る権限を発動することだ ろ う。そ して,内国歳入庁 はRoverUSとMGRoverが一度 もそれ ら契約 を更 新で きなかった ということはあ りえない と主張するだろう。あるいは,似た よ うな非関連の販売者 (distributor)が短期更新 な しの契約 を受け入れることは あ りえない と主張するだろう。 したがって,転嫁 される長期契約 に基づ き,販 売 者 は, ブ ラ ン ドを高 め た 自身 の 努 力 の 分 け前 を得 る た め に成 功 報 酬 (contingentcompensation)14)を主張するにちがいない。当事者 間の契約のこ の ような改変の下で,RoverUSはMGRover(UK)に一定の使用料 を支払い, 残余利益の大部分 を確保す るだろう。当事者間で明白に文書化 された契約に背 いて,結果的にアメリカ合衆国に課税所得の大部分 を配分することになるであ
12)Skinner,William,op.cit.,p.190. 13)Iud.
14)偶発的支払サービス取 り決め (ContingentPaymentServiceArrangements: CPSA)による報酬のことをいう。この概念が初めて導入されたのは2003年規則 案である。contingentは 「将来の不確定要素に依存する」 という意味である。
ここでいう 「成功報酬」とは,例えば,条件として,売上高に対 して何%という ような取 り決めがあるような対価であり,その売上高自体は事前に確定 している わけではなく,将来売上高が明白になった時点,すなわち事後に対価が確定する。
移転価格税制における無形資産取引の考察 55 ろ う15)0
裁判所 は, この,アメ リカ合衆国への課税所得の再配分 と使用許諾の契約条 項 の改変 を支持す るであ ろ う。 さ もな くば,裁判所 は,LandRoverの商標価 値の大半が イギ リスで生み出された ものであると結論づ けて,事件 の特殊事実 に基づ き, この ような再配分 を却下す ることだろう。 しか し, どち らの成 り行 きであって も,ブラン ドの価値が どこで生み出されたか を決定す る,使用許諾 契約の条項 のその先 を読み取 ること (lookingbeyond)は,確 かに主観 的調査 である。当事者 間の契約の改変 を内国歳入庁が主張す る最終結果 は,「『比較可 能であること』 が 『同一』 を意味す る ととられるな らば,広範囲に描かれた法 令 に経 済 的 に複雑 な もの を法外 な度合 いで植 え付 け る16)」 よ うな もので あ る17)0
2 FSAmemorandam
最近の国内向けの内国歳入庁のmemorandam18)は,「暖味 な ("ambiguous")」
使用許諾契約の条項 を改変す ることについて内国歳入庁 の立場 を以下の ように 表明 している19)。
「関連当事者がそれ ら取引の契約条項 を一字一字読み取 っていなかった場合, あるいはただ単 に暖味 にそ うした場合, または経済的実質 と一致 した方法でそ
う した場合, 内国歳入庁 は経済的実質 に一致す る取 引 に転嫁す る (impute) 権 限を持つ。 関連 当事者がそれ ら取引 を一字一字読み取 っていなかった場合 , あるいは暖味 な方法や (経済的実質 と :筆者加筆)一致 しない方法でのみそ う した場合, この事案 は,内国歳入庁 に とって よ り難 しい状況 を示 している。そ
15)Skinner,William,op.cit.,p.190. 16)U.S.Steel,617F.2dat951. 17)Skimmer,William,op.cit.,p.190.
18)このmemorandamは,FieldServiceAdvice(FSA)の事例であ り,内国歳入 庁NationalOfficeか らRegionalOfficeへのmemorandamは,問題のNational Officeの立場を記述 している。
19)Ibid.,p.191.:FSA200019026,at26127(Feb.ll,2000).
56 商 学 討 究 第59巻 第1号
の ような事案で,内国歳入庁は関連当事者たる納税者の実際の行為行動の事実 とそれぞれの法律上の権利 に程度の差 はあれ,一致 している経済的実質 とい う 考 えられ うる解釈 を選択す ることに直面 したのであろう。その ような事案での 内国歳入庁の任務 は,経済的実質 という考えられ うる解釈が これ らの事実 を一 層反映するのを主張す るよう努めることである。用い られる事実が一種類以上 か ら選択すべ き解釈 に同 じように一致す るな らば (調査が決定 されるかはこれ らのケースの状況による。),納税者 は考 えられ うる解釈 の中での選択 を内国歳 入庁の判断に事実上任せて きた20)。」
SkinnerはFSAのこの部分 について,「その場合,暖昧 さは関連会社 間の契 約の表面には表れている必要はない,とmemorandamは続けて述べている。」
と理解 して,以下の ように主張 している。 「それ よ りもむ しろ, 『暖味 に』,あ るいは,それ らの取引の 『経済的実質に一致 した方法で』,当事者がそれ らの 取引の条項 を一字一字読み取 って きたその契約 を,内国歳入庁は改変で きるの である21)。 『経済的実質』 ははっ きりしない用語であるか ら,経済的事実 とし てみ なす ものに一致 させて文書化 された関連会社 間の契約 を判断す る場合 で
ち,契約条項 を改変す る力 を内国歳入庁 にこの権威あるmemorandamは認め るのであろ う。内国歳入庁 は一般規則 としてBaush&Lomb事件判決 を引用 し22), このFSAの例外 が一般規則 を巻 き込 むため に起 こ りうる と して い る23)。」
このSkinnerの見解の基 となっているFSAの該当部分24)を見てみ よう。
「内国歳入庁長官 は,関連当事者間で交わされた使用許諾契約 を尊重 しなけ
小 /I/. 1)Id.at26. 2)1d.at23124.
3)1d.;Skinner,William,op.cit.,p.191.;Baush&Lomb事件は,ラウンド・トリッ プ取引において,アイルランド製造子会社からアメリカ親会社に輸出されたレン ズの価格と,当該子会社から親会社に支払われた使用料の料率の妥当性が争われ た。子会社の資本収益率を考慮 し,利益分割的な方法がとられた。
24)FSA200019026,at23‑24(Feb.ll,2000).
移転価格税制における無形資産取引の考察 57 ればな らないが,長官は §482の下で使用料の額 を変更 して もか まわない。」 と
FSAではBaush&Lomb事件 を引用 している。そ して,「この コンセプ トに
一致 して,1968年財務省規則 と1994年最終規則 は関連当事者間の取引の実体 と 矛盾する契約規定 を所轄の課税 当局責任者が無視す ることを正当 とし,その実 体 と一致 している契約条項 に転嫁す ることも正当 とする25)。」 とまで説明 して いる。
FieldServiceAdvice (FSA)memorandamは,通常NationalOfficeof ChiefCounselが,内国歳入庁及 びOCCの現場 ス タッフに対 して発す る個別 のア ドバ イスであるが,そのFSAにこの ようにはっ きりと使用料 の額の変更 と法的所有権の無視 を正当化す る内容が記述 されている。 この点か らSkinner は内国歳入庁が契約条項の改変 を行 うことがで きると指摘 しているのである。
3 チーズの事例 とその関連
この方法 による使用許諾の存続期間の改変は,移転価格 (その結果,課税所 得の配分)において極端 な影響があるのか もしれない。拙稿(1)26)でみたように, 財務省規則 は,「FromageFrere」 とい う商標 の下でチーズの世界的な販売 に ょる3つの事例 を通 して,典型的なケースを発表 している27)。外国親会社 は, FromageFrereのブラン ドを開発す るためにアメ リカ合衆国に子会社 を設立 す る ことに よ り, アメ リカ市場 を拡大 す るこ とを決定 した。 そのFromage Frereのブラン ドは現在の ところアメ リカ合衆国では知 られていない28)0
25)Id.;Treas.Reg.§§1.482‑1(a)(6),1.482‑1(d)(1日1968);Treas.Reg.§1.48211(d) (3)(ii)(B)(1994).
26)拙稿 「移転価格税制における無形資産取引の考察一無形資産の所有権について(1)
‑」『商学討究』,第58巻第2・3合併号,(2007年12月),p.43‑670
27)Treas.Reg.§1,482‑4(f)(3)(Ⅴ),examples2‑4.内国歳入庁は,同様の線で数個の事 例 を付け加 えて,2003年改正規則案でこのこの方法を繰 り返 し述べて きた。
Prop.Treas.Reg.§1.482‑1(d)(ii)(C)examples3‑4,Reg.115037‑00(Sept.10.2003). 28)Skinner,William,op.cit.,p.191.
58 商 学 討 究 第59巻 第1号 (1)Example2
1つ 目の考 えられる結果は,アメ リカ子会社がマーケテイング ・サー ビスで 一定の契約上の価格 を受け取 る独立 した販売者 (distributor)と見なされるこ とである。Example229)は, アメ リカ子会社 の,同様 な状況の下で新製品 を 導入する 「独立 した販売者の負担 した費用の水準 に匹敵 しうる」費用 を負担 し た場合 にこの結果が生 じると述べている。その ような事例では,支払われた費 用 は,事業 を遂行す る販売者の コス トの一部 にす ぎない30)。す なわち,親会 社の商標の付 いた製品を売 る場合,その商標 は親会社が所有 しているのである か ら,販売子会社 は,その商標 については何 も貢献はない と解釈す る31)。
(2)Example3
2つ 目の結果 も,なお も独立 した販売権であるが,一つはアメリカ合衆国が 独立 した販売者によって通常遂行 されるサービス よ りもた くさんのサー ビスを 遂行す る場合 である (Example332)を参照)。その ような事例で,内国歳入庁 はなお も一定の価格で独立 した販売権 として契約 を見 な している。 しか しなが ら,外 国親会社 は,その例外的な努力 と引 き替 えにアメリカ子会社 に追加の対 価 を与 えなければな らないExample3は,アメ リカ子会社 は提供す るサー ビ スの 「公正市場価値」を受け取 らなければな らない とだけ具体的に挙げている。
おそ らく,アメ リカ子会社がFromageFrereの商標 の価値 を追加す るだろう か ら,そのサー ビスの公正市場価値 は残余利益の持分 を含むことだろう33)0
このExample3の問題 は,広告宣伝費 に連 なる もので もある。研 究開発費 や広告宣伝費 といった支出が生み出す資産価値 をどう扱 うか とい う問題 を提起 する。後ほ ど, この間題 については(4)で詳細 に取 り上げる。
9)Treas.Reg.§1,482‑4的 (3)(Ⅴ),example2.
0)Skinner,William,oP.cit.,p.191. 1)宮武敏夫稿 (2008),p.155。
2)Treas.Reg.§1.482‑4(i)(3)(V),example3.
3)Skinner,William,op.cit.,pp.191‑192.
移転価格税制における無形資産取引の考察 59 (3) 日本の事例集 における事例10
日本では,2007年6月に,国税庁が 『移転価格税制の適用 にあたっての参考 事例集』 を公表 した。その中の事例10(研究開発及びマーケテイング活動 によ り形成 された無形資産)34)が同様 なパ ター ンと考 え られるので説明 してお きた
い。
この事例10では,(彰親会社の有する独 自技術 ・製造 ノウハ ウ,②高い製品認 知度 (‑ブラン ド又 は商標),③充実 した小売店舗網 とい う無形資産が関連 し ている。 これ らの無形資産については,親会社の研究開発活動,親会社の企画 に基づ く大規模 な広告宣伝活動及び外国子会社の販売促進活動によ り形成 され た もの と認め られる35)。
製品Aは,独 自の技術性能,高い製品認知度及び充実 した小売店舗網により, 一定のマーケ ッ トシェアを確保す るとともに,安定 した価格 による販売が実現 され,原価面では親会社の製造 ノウハ ウに基づ く外国子会社の効率的な製造方 34)移転価格事務運営要領別冊 『移転価格税制の適用に当たっての参考事例集』国税
庁, (2007年6月),p.34‑360 35)同書,p.350
60 商 学 討 究 第59巻 第1号
法 によ り低 い製造原価が実現 されている。 この ように親会社及び外国子会社 は 基本活動のみ を行 う法人 とは異 なる独 自の研究開発 ・広告宣伝 ・販売促進活動 を行 っていると考 えられる36)0
したがって,①〜③ の無形資産は,基本的活動のみ を行 う法人 との比較 にお いて,親会社及び外国子会社の国外 関連取引に係 る所得の源泉になっていると 認め られる37)。
なお,広告宣伝活動のほか,原価低減 などの活動 ・努力 などは,ほとん どの 企業が何 らかの形で行 ってお り,基本的には,単にこうした活動 ・努力 を行 っ ているとい うことのみでは,基本的活動のみを行 う法人 との比較 において,所 得の源泉 となる無形資産 を形成 していると直ちに認めることはで きないことに 留意する必要がある38)0
この ように, 日本の事例集では企業が通常従事 している 「基本的活動」 との 比較 により,無形資産の形成が認め られ,またその無形資産が所得の源泉 になっ ていると判断す るようである。 しか しなが ら,その 「基本的活動」の定義 と範 囲が具体的には示 されていないので,議論の余地は残 る。
日本 は従来か ら法的所有権 よ りもどち らか とい うと経済的所有権 を重視 して いるため, この事例10では使用許諾契約の法的所有権 を特 に取 り上げてはいな い。ただ事例13(無形資産の形成 ・維持 ・発展への貢献) において,「撫形資 産の法的所有者 とその形成 ・維持 ・発展への貢献 を行 った者 とが必ず しも一致 しないケース も見受け られるため,無形資産の所得への貢献の程度 を検討する 場合 には,無形資産の法的な所有関係のみな らず,無形資産の形成,維持又 は 発展への貢献の程度 も勘案することが必要である39)。」と解説がなされている。
アメ リカ合衆国内国歳入庁の ような裁量権で もって,契約 を改変するような 事態には日本 はなっていない とも述べ ることがで きる。 日本 とアメリカ合衆国
006434ppOOI▼書青書書同同同同
6789
移転価格税制における無形資産取引の考察 61 の課税 当局のこの相違 については租税回避 に関する意識の相違 とも指摘 され う るので,別の機会 に詳細 に検討 したい と考 える。
(4)広告宣伝費の取扱い
販売子会社が負担す るの もで代表的なものは,広告宣伝費であるが, ここで は,広告宣伝費について相対する意見 を考察 しよう。
一つ 目の見解 は,「広告宣伝費の支出が無形資産 をつ くり出 し,それが将来 キャッシュ ・フローを産む とい う一連の流れを考 えるな らば,広告宣伝活動 に よ り形成 される無形資産は,本来的には,当該広告宣伝活動のための支出を負 担 した者 (支出負担者 ‑開発者) に帰属する (私法上の権利者)であるといっ て よいであろ う。」 とし,「(1994年 :筆者加筆)最終規則 における分類 は,あ ま り説得的であるとは思われない。」 と考 える説である。 この説 に従 えば,「子 会社が独 自に開発 した無形資産 (ブラン ド)であれ,親会社のブラン ドに子会 社が広告宣伝活動 を通 じて価値 を増加 させた部分についてであれ (ただ し, こ の場合,価値増加以前 に親会社 の ブラン ドについて子会社 が支払 うローヤル テ ィーの額 は適正 な もの としてお く),その権利 は,移転価格 の問題 を考 える に際 しては,一応,子会社 に帰属すると, まず考 えることが基本である。その うえで,第一に,その無形資産の私法上の権利が契約上,親会社 に帰属 させ ら れた場合 には,子会社か ら親会社 に対 して権利が移転 させ られるのであるか ら, その時点で,譲渡の対価の額の適正 さが問題 となろう。そ して,その後 には, 子会社が親会社 に対 してローヤルテ ィーを支払 うことになろうか ら,やは り, その額の適正 さが問題 となろう。広告宣伝活動 は継続的なものであるか ら,そ の行為 によるブラン ド価値の増加部分 は毎期毎期,子会社の もの となるのであ り,その点 を考慮 してローヤルテ ィーの額の安当性 を判断すべ きである40)。」 とい うことになるQ
40)中里実著 『金融取引 と課税 一金融革命下の租税法 ‑』有斐 閣, (1998年), p.120‑1210
62 商 学 討 究 第59巻 第1号
この説の うち,最初の下線部分 「子会社 に帰属す る」 は,現行の財務省規則 に準拠すれば,前提 として誤 っていると指摘 され うる。 この場合,親会社が無 形資産の法的所有者である限 り, まず無形資産の権利 は親会社 に帰属する。 こ の1つ 目の見解 は,1993年暫定規則 として提案 された ものの,1994年最終規則 の制定に際 し,関連当事者間基準 に抵触するとして採用 されなかった考え方 と 同 じものである41)。また,2番 目の架線部分 「広告宣伝活動 は継続的なもの」
とす るの も,前提 としては受け入れがたい。
この件 については,2つ 日の見解 として,taxlawyerである宮武敏夫氏の 意見 は傾聴 に値す ると思 われる。「販売子会社が,通常の第三者の販売会社が 出す経費以上の ものを負担 している場合です。 よく問題になるのは,広告宣伝 費ですo どの販売会社 で も広告宣伝 をしなければいけませんか ら,ある一定の 割合 まで子会社が宣伝 を したか らといって,それで無形資産が発生 した とい う ことにはな らない と思います。 しか し,ほかの通常の非関連の販売会社が出す であろう宣伝広告 を超 えて出せ ば,やは りそ こに,何 らかの無形資産が出て く るのではないか とい う考 え方が出て くるわけです42)。」更 に続 けて,宮武氏 は 広告宣伝費の支出の継続性 について も触れている。「ただ問題 は,広告 とい う のは消 えてな くなるものなのです。これはマーケテ イングの常識ですけれ ども, 宣伝広告 とい うのはやって2‑ 3年 は効果がある。けれ ども,それで打 ち切 っ て何 もしなければ, もうその効果は3年たてば消 えて しまうものなのです。だ か ら,宣伝広告 というのは継続 して初めて価値が出て くるわけなのです。です か ら,そ うい うことで,ただ広告費が出て くるか らと言 うだけでな くて,やは
り,その使い方 をよく見 なければな らない と思います43)。」
現実の企業活動では,広告宣伝活動 を継続するか否かはマネジメ ン トの手 に 委ね られてお り,短期 間で広告宣伝活動が打 ち切 られるもの もある し,継続 し
41)赤松晃著 『国際租税原則と日本の国際租税法‑国際的事業活動と独立企業原則を 中心に‑』税務研究会出版局,(2001年),p.397。
42)宮武敏夫稿, (2008),前掲書,p.1550 43)同書。
移転価格税制における無形資産取引の考察 63 て行われるもの もある。それは,市場の動向や製品のライフ ・サイクル等に も 依存する。 したがって,広告宣伝活動が継続 して行われた場合にのみ,何 らか の無形資産が生 じて くるわけであ り,ただ広告宣伝費が支出されているか らと い う理由だけで無形資産が創 出された とするのは早計である。それ故, 3番 目 の下線部分の 「ブラン ドの価値の増加部分 は毎期毎期,子会社の ものになる」
と断言 はで きない と思われる。
さらに, 3つ 目の見解 としては, 1つ 目の見解 に対す る批判 として,「製品 とブラン ドとい う二重の性格 を有 している商品に対する理解 を欠 く立論である ように思われるのである44)。」 として,独立当事者 間取引の実例 は,広告宣伝 や現地でのブラン ド開発 をどれだけ行ったにせ よ, ライセ ンシーである販売者 がマーケテ イング上の無形資産 (ブラン ド)の所有権 を得 ることはない45), と指摘 している論者 もいる。 この点 については,後述の 「Ⅲ 無形資産の法的 所有権の無視」の「3 経済的所有権の重視 と法的所有権の軽視 に対す る批判」
において,更に詳細 に検討する。
(5) Example4
Example4は,1992年規則案で批判 を浴びたチーズの事例の改訂版である。
1992年規則案では,全世界で商標 を持つ外 国親会社が,アメ リカ合衆国内に販 売子会社 を設立 し,その販売子会社 は,アメ リカ市場で商標 を広めるために, 多額の広告宣伝費用等が発生 したが,その商標 開発費用 については親会社か ら の補填 はない とい うものであった。1992年規則案では,子会社 はアメリカ合衆 国において,商標の価値 を増大 させた開発者 とみなされる。 ここでは,法的所 有者の親会社でな く,経済的所有者の商標 開発者の販売子会社が重視 されたの である。 このチーズの事例 に対 してはた くさんの批判が寄せ られた。書 き換 え られた1994年最終規則では,独 占長期販売契約 を締結 している点 を除 き,他の
44)赤松晃著,前掲書,p.396‑3970
45)同書,p.397。
64 商 学 討 究 第59巻 第1号
条件 はExample3と同様の事例 をなったが, これ も無形資産の所有権 と使用 権の混同であるとい う批判が寄せ られた。
最後 に,アメ リカの販売子会社がブラン ドの 「経済的所有者」 と見 なされる 場合, Example4の結果は,長期独 占販売権 となる。 この結果 を記述するEx‑
ample446)では,外 国親会社 は,長期契約 に従 ってブラン ドの使用 に関 して使 用料 を受け取 っている47)。
(6)小 活
Example4の結果がExample2の結果か らの税効果 と徹底的に異 なってい たため,それぞれが通用する (obtain)場合 を表す財務省規則が出現す ること を人々は期待 していることであろ う。 ただExample2の結果 とExample4の 結果の区別は,或 るものは 「独立 した販売権」 を持 ち,別の ものは 「長期独 占 販売権」 を持つ ということである。 これは,法人がその契約 を文書化する方法 によって異 なる税効果 を選択することがで きるとい うことを示唆 している。 し か しなが ら,内国歳入庁 は,不確定な存続期間に転嫁する権限あるmemoran‑
damの内容 を主張 し48),独立 した もの として,又 は長期で独 占的な もの とし て当事者の販売権 を改変す ることがで きる。結果 として,内国歳入庁 は, どの 結果が優先するか を命令す ることがで きるのである49)。
要す るに,MGRoverの事例 は,1986年 の改正 §482が,支配 を受 ける納税 者 (controlledtaxpayer)間でマーケテイング無形資産の使用許諾 によ り長期 の存続期間を転嫁 させ る権限をどの ように内国歳入庁 に授 けるか, とい う問題 を示 している。 これ らの状況は裁判ではまだ検証 されて きてはいないので,長 期使用許諾契約に転嫁 させ るこの権 限の範囲はまだはっきりとして しない50)0
46)Treas.Reg.§1,482‑4的(3)(Ⅴ),example4. 47)Skinner,William,oP.cit.,p.192.
48)FSA200019026at26‑27(Feb.ll,2000). 49)Skinner,William,op.cit.,p.192. 50)Ibid.
移転価格税制における無形資産取引の考察 65 日本の事例集では,「基本的活動」 との比較 によ り無形資産の形成 を判断す ることとなってはいるが,指標 となる 「基本的活動」の定義 と範囲に具体性が 欠ける点は,今後の課題である。 日本 は従来か ら法的所有権 よ りもどち らか と い うと経済的所有権 を重視 しているため,アメリカ合衆国内国歳入庁の ような 裁量権で もって,契約 を改変するような事態にはなっていない。
また,アメ リカ合衆 国のチーズの事例Example3に関連す る広告宣伝費 に 関 しては,継続 して支出 しているか否かが,無形資産形成の判断の分かれ 目に なると考 え られる。
Ⅱ 無形 資産 の法 的所 有権 の無視 1 Pfizerの事例
pfizer51)が仮 にアメ リカ合衆国 とアイルラン ドで医薬品のR&Dに従事 し, それぞれの場所でほぼ同数の科学者 と研究所 を所有 しているとする。更 に,2005 年 に,Pfizerは特許 を取得で きる新薬 を発明す ると仮定 しなさい。 アメリカ合 衆国 とアイルラン ドの科学者が十種類の各医薬品の開発 に等 しく共同研究 した と想定 しなさい。その場合,Pfizerはアメリカの会社の名義で5つの特許 を, アイルラン ドの会社の名義で5つの特許を登録 している。何年聞か して,ただ 1つの医薬品が大 ヒッ トしたことを証明 したが,アイルラン ドの会社の名義で 登録 されていることが発生するとしよう。全体の利益流人がアイルラン ドの会 社名義で登録 されたその大 ヒッ トした医薬 品に配分 され る とい う会社 の状沢
を,はた して裁判所 は支持するであろうか52)。
適用 しうる財務省規則 は,無形資産の法的所有者が税務上実際の所有者であ る と推定す る53)。 しか し,それは調査の出発点で しかない。す なわち,連邦 51)再び,Pfizerという名前の使用はPfizerの実際の事件に類似 している点を含む
ようには意図されていない。会社名の使用は全 く仮説である。
52)Skinner,William,op.cit.,pp.192‑193.
53)Treas.Reg.§1.482‑4(f)(3)(ii)(a)("Legalownerofarighttoexploitanintangible ordinarilywillbeconsideredtheowner.")exploitをどう解釈するかであろう.
66 商 学 討 究 第59巻 第1号
議会 につ いて言 えば, §482を改正す る際,無形資産の 「経済的所有権」 に関 与 していて,権利の契約上 の配分 にはほ とん ど関与 していなか った。 したが っ て,財務省規則 の下では,それが関連会社 間契約の 「実質」であるな らば,内 国歳入庁 は 「権利 の移転」 に転嫁 させ るこ とがで きる54)。 ここで は, 内国歳 入庁 は, 2つの会社 が医薬品開発 では対等のパー トナーであった と首尾 よ く主 張す ることだろ う。仮 に第三者 によるジ ョイ ン ト・ベ ンチ ャーであれば,それ ぞれのパ ー トナーはおそ らく多角化 のため医薬品の全体 のポー トフォリオの取 り分 を持つ ことだろ う。更 に, (外 国子会社 は大 ヒッ ト作 を得, アメ リカ子会 社 がい くらか税負担軽減損失 を得 る といった) 関連会社 のR&Dの結果 は,輿 約 を締結す るときに,その会社 の どの医薬品が大 ヒッ トし,どの医薬 品が大 ヒッ
トしないか,わか っていることを示唆 していると思 われ る。 これは財務省規則 の下で リス ク配分 を無視す ることを更 に正 当化す るのであろ う55)0
この事例 は,明確 な経済的な指標 ‑ 多角化 ‑ が,その結果 を決定す る 場合 の簡単 な例 である。 しか しなが ら, どの会社 が無形資産の価値 に貢献 し, 又 は無形資産の価値 を高め るのか とい う主観 的調査 (subjectiveinquiry)に 依存 しているので,事件 の大部分 において,無形資産の 「経済的所有者」ははっ
き りとしていない56)。
2 DHLCorp.V.Commissioner事件
例 えば,DHLCorp.V.Commissioner事件57)は, どの ようにす れば この問い かけに対 して裁判所 の回答 だけが賢明 な (Solomon‑like)結果 になるか を示 し ている。58)ここで,DHLCorp.V.Commissioner事件 の概要 について説明 しよう。
4)Id.
5)Treas.Reg.§1.482‑1(d)(3)(iii)(B).;Skinner,William,op.cit"p.193. 6)Ibid.
7)T.C.Memo.1998‑461,aff'din♪artaJldrev'din♪art,285F.3d1210(9thCir 2002).
58)DHLCorp.V.Commissioner,285F.3dat1221‑23.アメリカの企業実体による法 的所有権 を支持 しているが,「開発者 一援助者」ルールの下で50対50の利益分割