IMFの 発 足
一 そ の政 治 環 境 と問 題 点一
麻 田 四 郎
は じ め に
IMF(国 際 通 貨 基 金,IntemationalMonetaryFund)が 業 務 を 開始 して か ら現 在 まで,す で に35年 の歳 月 が経 過 した 。IMF体 制 の 現状 は,そ れ が 立 案 され あ るい は 発 足 当 時 に期 待 され て い た と ころ と嬬 大 き く隔 って しこ る。 そ れ は 昆 虫 の 蝋 か ら成 虫 へ の 変 態 に も讐 え る こ とが で き るで あ ろ う。 そ の変 態 あ るい は 変 容(多 くのひとは これをIMF体 制 の崩壊 と呼ぶ)は,思 うに,第2次 大 戦 後 の世 界 経 済 の 進 展 と構 造 変 動 を 反 映 す る もの で あ る。 このIMF体 制 の変 容 を戦 後 の歴 史 の 流 れ に 即 して理 解 す る こ とは,現 在 の 国 際 経 済 体 制 を理 解 し,今 後 の 動 向 を 考 え る に あ た って,き わ め て重 要 な 作業 で あ る と思 わ れ る。 本 稿 はそ の 第 一 歩 と し て,IMFの 理 念 ・機 構 を,当 時 の政 治 的 ・経 済 的環 境 を背 景 と し て理 解 し よ う とす る もの で あ る。
(1)IMFの 胎 動
1944年7月1日,米 国 ニ ュ ー ・ ハ ン プ シ ャ ー 州 の ブ レ ト ン ・ ウ ッ ズ に お い て,44力 国 代 表 参 加 の も と に 連 合 国 通 貨 会 議(UnitedNationsMonetaryand
Financia1‑Conference)が 開 催 さ れ,約3週 間 の 審 議 の 後,「 国 際 通 貨 基 金 協 定 」 (AgreementoftheInternationalMonetaryFund,IMF)お よ び 「国 際 復 興 開 発 銀 行 協 定 」(AgfeementoftheIntemationalBankforReconstructionand
Development,IBRD)の 二 協 定 が 調 印 さ れ た 。 一 括 し て ブ レ ト ン ・ ウ ッ ズ 協
原 稿 受 領 日1982年9月6日
〔1〕
2 商 学 討 究 第33巻 第2・3号
定(BrettonWoodsAgreenlents)と い う。 こ の 二 つ の 協 定 は,1945年12月 27日35力 国 の 批 准 を え て 発 効 し,IMFは1947年3月 に,IBRDは1946年6
月 に そ れ ぞ れ 業 務 を 開 始 し た 。
IMFの 起 源 は,第2次 大 戦 中 の 「大 西 洋 憲 章 」(Atla且ticCharter,1941年8月 14日)お よ び 「米 英 相 互 援 助 協 定 」(Anglo‑AmericanMutualAidAgreement,
1942年2月23日)に 遡 る こ と が で き る1)。
「大 西 洋 憲 章 」 第4項 に お い て,米 英 両 国 は 「す べ て の 国 に 対 して,そ の 経 済 的 繁 栄 に 必 要 な 世 界 の 通 商 お よ び 原 料 の 均 等 な 解 放 が な さ れ る よ う 努 力 す る 」 こ と が 宣 言 さ れ た 。 ま た 「相 互 援 助 協 定 」 第7条 は 「憲 章 」 第4項 の 目 的 を 達 成 す る手 段 を 決 定 す る た め,「 両 国 政 府 は,早 い 適 当 な 時 機 に,話 し 合 い を 始 め る」 こ と を 規 定 し たQこ の 規 定 に も と づ き,両 国 政 府 は そ れ ぞ れ 戦 後 世 界 経 済 の 再 建 計 画 に つ い て 積 極 的 に 取 り組 む こ と に な り,そ の 結 果,1943年4月,
ア メ リ カ側 の 「ホ ワ イ ト案 」 と イ ギ リス 側 の 「ケ イ ソ ズ 案 」 が,ほ と ん ど時 を 同 じ く し て 発 表 さ れ た 。 た だ し こ の 両 案 に は,そ れ が い ず れ も 専 門 家 の 試 案 で あ り,政 府 の 公 式 見 解 を 示 す も の で な い こ と が 付 記 さ れ て い た2)。
1943年9月,ケ イ ン ズ を 中 心 と す る イ ギ リス 金 融 専 門 家 の 使 節 団 が 渡 米 し, ま た30力 国 か ら の 専 門 家 た ち が ワ シ ン ト ンに 参 集 し て,数 ヵ 月 に わ た っ て 討 議 が 行 わ れ た の ち,1944年4月 「国 際 通 貨 基 金 の 設 置 に 関 す る 専 門 家 共 同 声 明 」(JointStatementbyExpertsontheEstablishmentofanIntemational
MonetaryFund)が 発 表 さ れ た 。 こ の 共 同 声 明 は,基 本 的 に は ホ ワ イ ト案 の 構 想 に 立 つ も の で あ り,ケ イ ン ズ 案 の 特 色 は 部 分 的 に しか 取 り入 れ られ て い な い
も の で あ っ た 。 そ し て こ れ が の ち のIMF協 定 締 結 の 原 案 と な っ た3)。
こ こ で 「ホ ワ イ ト案 」 と い わ れ る も の に つ い て,注 釈 し て お き た い σ 1)拙 稿 「ブ レ トン ・ウ ッズへ の途 」 小 樽 商科 大 学 『商 学 討究 』 第32巻 第2号(1981年
11月)。
2)RobertW.Oliver,1%'67η 観o鰯Ecρ ηo鰭Co,oρ θ7観伽 ση4飾8砿oア 」4βαπ海, 1975,Macmillan,p.137.ホ ワ イ ト案 お よび ケイ ソ ズ案 の 邦 訳原 文 お よび解 説 に つ
いて は,堀 江薫 雄 『国 際通 貨 基 金 の 研 究 』 昭37,岩 波書 店 参 照 。
3)堀 江薫 雄,前 掲 書p.100.
IMFの 発 足一 そ の政 治 環境 と問 題点 一 3
ハ ー リ ー ・D・ ホ ワ イ ト4)は1941年 の 夏 頃 か ら独 自 で 戦 後 計 画 に つ い て 構 想 を 練 り上 げ て い た 。 そ れ は1942年4月 「連 合 国 お よ び 準 連 合 国 安 定 基 金 な ら び に 復 興 開 発 銀 行 試 案 」(SuggestedPlanfora1UnitedandAssociatedNations
StabilizationFundandaBankforReconstエuctionandDevelopmentofthe 、 UnitedandAssociatedNations)と い う題 名 の も と で 纒 め られ,モ ル ゲ ソ ソ ー 財 務 長 官 に 提 出 さ れ た5)。 つ ま り ホ ワ イ トは 当 初 か ら 「安 定 基 金 」 と 「復 興 開 発 銀 行 」 の 二 つ を ワ ソ ・セ ッ トと し て 構 想 し て い た の で あ る 。 し か し こ の 構 想 は, 米 政 府 内 の 省 際 機 関(ア メ リ カ専 門 委 員 会AmericanTechnicalCommittee)で
の 討 議 の 結 果,「 基 金 案 」 を 優 先 的 に 取 り上 げ て,「 銀 行 案 」 は 一 時 棚 上 げ さ れ る こ と に な っ た 。 し た が っ てIMF協 定 の 基 礎 と な っ た い わ ゆ る ホ ワ イ ト案 な る も の は,こ の ホ ワ イ ト試 案 の う ち の 「基 金 案 」 の 部 分 を 修 正 し た も の で あ る 。 ち な み に ホ ワ イ トの 「銀 行 案 」部 分 は,!943年11月,「 連 合 国 復 興 開 発 銀 行 準 備 草 案 大 綱 」(PreliminaryDraftOutlineofaProposalforaUnitedNations
BankforReconstructionandDevelop蜘ent)と して イ ギ リス を 含 む 関 係 諸 国 に 公 表 さ れ た6)。
(2)ホ ワ イ ト案 と ケ イ ン ズ 案
こ こ で 「ホ ワ イ ト案 」 と 「ケ イ ン ズ 案 」 を 概 観 し.こ の 二 人 の 先 駆 者 が 抱 い て い た 戦 後 構 想 に つ い て 見 て み よ う。
両 案 の 目的 とす る と こ ろは;多 くの 点 で 共 通 して い る。 まず(1)戦 後 の世 界
4)ホ ワ イ ト(HarryDexterWhite)の 略 歴 。1892年10月9目 ボ ス トソ に て 出生 。 コ ロ ン ビ ア,ス タ ソ ブ ォ ー ド,ハ ー バ ー ド大 学 に 学 び,F・ タ ウ シ ツ グ 教 授 に 師 事 。1934 年J・ ヴ ァ ィナ ー 教 授 の 推 薦 に よ り財 務 省 に 勤 務 。1938年,財 務 省 通 貨 調 査 局 長 (DirectoroftheD至v至sionofMonetaryResearch),1945年,財 務 省 次 官(Assistant SecretaryofTreasuryDepartment)。1946年4月,初 代IMFア メ リ カ専 務 理 事 に 就 任 。1947年5月,同 辞 職 。1948年 非 米 活 動 の 告 発 を うけ る 。 同 年8月13目 下 院 非 米 活 動 委 員 会(HouseofRepresentativeCommitteeo且UルAmericanActivitIes)
に て 容 疑 を 否 認 。 同8月16日 心 臓 発 作 に て 急 逝 。R.W,Oliver,ゴ ∂鉱,pp.81‑83.
5)RichardN.Gardner,S'θ 〃 π多 ヱ)01」 僻.0勿10吻 σcツ,1969.McGraw‑Hill.(村 野 孝 ・ 加 瀬 正 一 訳 『国 際 通 貨 体 制 成 立 史 』 上 下,昭48.東 洋 経 済 新 … 報 社)。 邦 訳pp.200‑202。
R.W.Oliver,oρ.oゴ'.,『p.111,pp.136‑137,な お オ リ・ミー の こ の 書 物 に は ホ ワ イ ト 「銀 行 案 」 の 主 要 部 分 が 付 録 と し て 収 録 さ れ て い る 。
6)Oliver,ゴ ∂ゴ6武,p.155.
4 商 学 討 究 第33巻 第2・3号
経 済 体 制 に 自 由,無 差 別,多 角 化 の メ カ ニ ズ ムを 導 入す る 。 そ の た め に(2)何 らか の 国 際 機 関 を 設 立 し,そ の機 関 を 通 じて諸 国 の 対 外 支 払 手 段 の補 強 を は か る。 また(3)こ の機 関 は 諸 国 の為 替 相 場 に 対 して な ん らか の サ ー ヴ ェイ ラ ンス .を 行 な い,諸 国 間 の 為 替 相 場 の 安定 化 を 目指 ず 。 さ らに(4)こ の機 関 は 諸 国 の 国 内経 済 政 策 に つ い て も発 言 権 を もち,国 際 収 支 不 均 衡 を 発 生 せ しめ な い よ う に 努 力 す る。
これ らの 目的 か ら,ホ ワイ ト案 は 「 安 定 基 金 」(以 下 「 基金」 と略称)と 「 復 興 開 発 銀 行」(以 下 「 銀行」 と略称)の 二 つ を 設 立 す る。 「 基 金 」 は50億 ドル の資 金 を 持 ち,国 際 収 支 赤 字 に 陥 っ た 国 に 対 して 短 期 の 為 替 資 金 を 提 供 す る。 「 銀 行 」 は 資 本 金100億 ドル,連 合 国側 諸 国 の 復 興 そ の 他 に 使 用 され るσ し か し
「銀 行 」 の 資 金 供 給 力 は100億 ドル に 制 限 され な い 。 「 銀 行 」 は 市 中 借 入 れ と 証 券 発 行 に よ り,そ の貸 付資 金 を 資 本 市 場 か ら調 達 す る こ とが で き る。 あ る推 算 に よれ ば,「 基 金 」 と 「 銀 行 」の 両 者 合 計 の信 用 供 給 可能 額 は600億 ドル に 達 す る と され て い る7)。
ホ ワ イ トは この 二 機 関 の信 用 供 与 に よ り,30年 代 の世 界 大 不 況 に み られ た よ うな,国 際 収 支 赤 字 国 が デ フ レ政 策 や 為 替 管 理,輸 入 制 限,為 替 引 下 げ 等 の 非 善 隣 的 措 置 に訴 え る こ と な く',そ の 国 に 国 際 収 支 困 難 を是 正 す る余 裕 と可 能 性 を 提 供 しよ う とす る の で あ る。
ホ ワイ トの 「 基 金」に は 大 きな 権 限 が 与 え られ て い た。 「 基 金 」 は 加 盟 国通 貨 の 為 替 平 価 を 決 定 し,平 価 調 整 は 「基 礎 的 不 均 衡 」(fundamentaldisequilibrium) 是 正 に 必要 な場 合 に 限 って,加 盟 国 の3ノ 、の 同 意 の も とで 行 な わ れ る。 また あ
る加 盟 国 の 通 貨 が ・ 「 稀 少 通 貨 」(scarcecurrencyRこ な'った とき,「 基 金 」 は そ '
の 供 給 を 増 加 す るた め の諸 措 置 を 講 じ,必 要 に 応 じて 稀 少 通 貨 を 「 割 当 て る」
権 限 を もつ 。 この こ とは 加 盟 国 の 為 替 自主 権 を 否 定 し,場 合 に よ っ ては 加 盟 国 の 国 内 経 済 政 策 に つ い て も発 言 す る とい った,強 大 な権 限 を 「 基 金 」 に 与 え よ
う とす る も の で あ る8)。
7)FredL.Block,Tゐ ε07疹gゴ%30/1π 凄θ7πα'ゴo%αZEooπo漉cZ)げsoプdθ7,1977,Univ.
CaliforniaPress,p.44.
8)堀 江 二 薫 雄,前 掲 書,第5章,第2節 。
IMFの 発 足一 そ の 政 治環 境 と問 題点 一 5
さ らに 「基 金 」 は あ とで 問 題 に な る 「ポ ソ ド残 高」(後 述)処 理 の 任 に 参 加 す る こ とに な って い る9)。 この こ とは,戦 後 世 界 経 済 に おけ るポ ン ド残 高 閥題 の 重 要 性 を い ち早 く認 識 した ホ ワ イ トの 洞 察 力 を 示 す も の と して き わ め て 興 味 深 いo
ホ ワ イ トの 「銀 行 案 」 は さ らに 構 想 雄 大 で あ る。 そ れ は 巨大 な資 金 力 に よっ て,連 合 国 諸 国 に 戦 災 復 興 資 金 を 供 給 し,戦 時 経済 か ら平 時 経 済 へ の 転 携 を 促 進 し,必 要 な場 合 に は 貿 易 金 融 に短 期 資 金 を供 与 し,も って 国 際 金 融 体 制 を 強 化 し よ うとす る もの で あ る10)。しか し 「 録 行 案 」 は ア メ リカ国 内 の強 い 挑 判 を 招 い た 。 そ の 巨額 な 「 銀 行 」 資 金 が,国 際 収 支 赤 字 が 当 然 予 想 され る多 くの 諸 国 に 向 け られ る な らば,そ れ は 世 界 イ ン フ レを 招 く虞 れ が あ るば か りで な く, 自己 の職 域 を 奪 わ れ るの で は ない か とい う国 際 金 融 業 界 の 不 安 感 を ひ き起 こ し た11)。 結 局,「 銀 行 案 」 は と うて い 議 会 の承 認 を え る こ とが で き な い と の 見 通 しか ら棚 上 げ され る こ と に な った 。
ケ イ ンズ の 戦 後 世 界 経 済 に つ い て の関 心 事 は,別 の機 会 で述 べ た よ うに12), 英 国 が 戦 後 当然 直 面 す る であ ろ う深 刻 な国 際 収 支 困 難 を 如 何 に切 り抜 け,如 何
に 国 内 の完 全 雇 用 を 維 持 す る か とい う問 題 で あ る。 た と え ア メ リカが 再 び 不 況 に 見 舞 わ れ た と して も,イ ギ リス経 済 の安 定 を確 保 す る こ とで あ っ た 。
ヶ イ ソ ズ案 は,加 盟 国 に 対 して総 額260億 ドル の 当座 借 越 枠 を提 供 す る 「 国 際 清 算 同 盟 」(InternationalClearingUnion)の 設 立 で あ る13)。加 盟 国 の 国 際 収 支 赤 字(黒 字)は 「 清 算 同 盟」 か らの借 越 し(同 盟へ の貸越 し)と して,新 計 算 単 位 「1ミ ン コ ール 」(Bancor)に よっ て 「清 算 同 盟 」 の帳 簿 に 記 録 され る。.赤字 国 は この 当 座 借 越 しに よ っそ,当 面 の 国際 収 支 不 足 を乗 り切 る こ とが で き る。
加 盟 国 は 「清 算 同盟 」 に対 して,金 や 自国 通 貨 そ の他 に よ る払 込 み 義 務 は な 埜 。 単 に 他 の 加 盟 国 の 自 国 へ の 支 払 い を 「清 算 同 盟 」 の 自国 勘 定 へ の振 込 み に
9)堀 江 薫 雄,前 掲 書p.345.
10)Oliver,oρ.σ 露.,P.297.
11)Block,oρ.o露.,p.44.
12)拙 稿,「 ブ レ ト ソ ・ ウ .ッズ へ の 途 」。 前 掲,pp.14‑15.
13)堀 江 薫 雄,前 掲 書,第5章,第4節 。
6 商 学 討 究 第33巻 第2・3号
よ っ て 受取 る こ とに 合 意 す れ ば よい 。 国 際 収 支 赤 字 国 は 「 清 算 同盟 」 か らの バ ソ コー ル の 借 入 れ(当 座借越 し)に よ って,そ の 赤 字 を 埋 め合 わ す こ と が で き る1のσ
もち ろん 赤 字 国 は,無 制 限 の借 越 しを期 待 す る こ とは で ぎ な い。 清 算 同 盟 か らの 借 越 枠 は,加 盟 国 の 割 当額(ク ォー タ)に よ って 規 制 され,借 越 額 に対 し て逓 増 す る課 金(charge,利 子)を 支 払 わ ね ば な らな い 。 また 一 定 限 度 以 上 の 借
ノ
越 しが 継 続 あ る いは 増 大 す る な らば,清 算 同 盟 は そ の加 盟 国 に 対 し,平 価 切 下 げ を 含 む 種 々の 是 正 措 置 を勧 告 し,最 終 的 に は そ の 加 盟 国 を債 務 不 履 行 国 と宣 言 して,そ れ 以 上 の 借 越 しを 拒 否 す る。
ケ イ ソ ズ案 で 特 に 注 目に値 す る特 色 は,黒 字 国 が 清 算 同 盟 に 保 有 す る 貸越 残 高 に つ い て も課 金(利 子)を 徴 収 す る こ とで あ る。 い って み れ ぽ 清 算 同 盟 と い う銀 行 へ の預 金(貸 越)に 対 して,預 金 者(黒 字国)が 利 子 を支 払 うとい う,一 般 の 常識 とは 正 反 対 の措 置 で あ る。 そ れ は 国際 収 支 黒 字 国 に 対 して,黒 字 是 正 措 置 を促 が す た め の 手 段 で あ る。
こ の課 金 賦 課 に もか か わ らず,加 盟 国 の貸 越 残 高 が 一 定 限 度 を越 え て 継 続 あ るい は増 大す る な らば(そ の国の国際収支黒字が是正 されないな らば),清 算 同 盟 は そ の黒 字 国 に 対 して,為 替 平 価 切 上 げ を含 む 種 々 の黒 字是 正 措 置 を勧 告 す る。 し か し赤 字 国 の場 合 と違 って,貸 越 残 高 に っ い て の制 限 は な い 。 しか し,そ の よ うな 事 態 は,黒 字 国 に と って は,あ え て無 償 輸 出 を継 続 し,し か もそ れ に対 し て 利 子 を 支 払 う とい う,二 重 の犠 牲 を 負 うこ とを 意 味す る。 ケ イ ソズ案 に は こ の よ うな形 で,黒 字 国 の 国 際 収 支 調 整 義 務 が ビル ト ・イ ソ さ れ て い た 。 これ は,前 述 した ホ ワ イ トの 「 稀 少 通 貨 」 と と もに,国 際 収 支 不 均 衡 に 対 す る黒 字 国 調 整 責 任 論 の 先 駆 的表 現 で あ った15)。
(3)11匝F協 定
現 行IMF協 定 は,す で に 述 べ た よ うに ホ ワイ トの 「安 定 基 金案 」 を 基 礎 と 14)こ の よ うな形 の 国際 決 済 手 段 の創 出は,一 種 の ペ ーパ ー ・ゴ ール ドの創 出で あ る。 そ
れ は25年 後(1969年)に 創 出 され たSDR(IMF特 励 引 出権)の 先駆 であ る。
15)1960年 代 後 半 の 国際 通 貨不 安 の時 期 に,国 際 収 支 調整 義 務 に つ い て,赤 字 国責 任 論,
IMFの 発 足 一 そ の政 治 環境 と問 題 点一 7
し,そ れ に ケ イ ン ズ 「清 算 同 盟 案 」 の 特 色 を 一 部 加 味 し た も の で あ る 。IMFの 詳 細 に つ い て は 省 略 す る が,本 稿 の 目 的 と の 関 連 で,つ ぎ の よ うに 纒 め て お
く。
(1)IMFの 資 金 規 模(割 当 額 ク オー タquota総 額)は,110億 ドル が 予 定 さ れ,う ち88億 ドル が 原 加 盟 国(1944年7月 ブ レ トソ ・ウ 》ズに て調 印 し,1945年 末 まで に批 准16)する こ とが 予定 され た 国)に 割 当 て られ,残 りは そ の 後 加 盟 す る で あ ろ う諸 国 へ の 割 当 分 と し保 留 さ れ た17)。 こ の88億 ドル の うち に は ソ 連 の 割 当 額12億 ドル が 含 ま れ て い た が,結 局 ソ連 は 批 准 しな か っ た(「 二 つ の世 界 」 の顕 在 化)。1950年2月 末 現 在 のIMF割 当 総 額 は80億4,650万 ドル で あ っ た18)。
な お ク ォ ー タ総 額 は5年 毎 に 見 直 さ れ,必 要 な と き に は 増 資 さ れ る19)。
(2)加 盟 国 はIMFに 自 国 割 当 額 の25%を 金 で,残 り75%を 自 国 通 貨 で 払 い 込 む 。 ア メ リ カ と イ ギ リス の 割 当 額 は そ れ ぞ れ27億5,000万 ドル お よ び13 億 ドル で あ っ た 。 した が っ てIMFの 当 初 の 資 金 構 成 は,金20億 ドル(80億 ド ル ×25%),米 ドル20億 ドル(27億5,000万 ドル ×75%),英 ポ ン ド9億7,500 万 ドル 相 当(13億 ドル ×75%)お よび そ の 他 加 盟 国 通 貨 を 保 有 す る こ と に な る 。 こ の 米 ドル お よ び 英 ポ ン ドをIMFが 為 替 資 金 と し て 加 盟 諸 国 に 貸 しつ け る の で あ る 。
(3)加 盟 国 は 自 国 通 貨 と 交 換 にIMFか ら希 望 す る 通 貨 を 買 入 れ る こ と が で き る(外 貨 借 入 れ)。 た だ し こ の 外 貨 借 入 は,一 年 間 に 自 国 ク ォ ー タ の25%を 越 え て は な らず,ま たIMFが 保 有 す る 加 盟 国 通 貨 は,そ の 国 の ク ォ ー タ の 200%を 越 え て は な ら な い(借 入 限度)。 具 体 的 に い え ぱ,加 盟 国 は 自 国 ク ォ ー タ
黒 字 国責 任 論 の 両 論 が展 開 され た 。 ア メ リカが ドル不 足の 時 期 には 赤 字 国責 任 論 を, また ドル過 剰の 時 期 に は黒 字 国責 任 論 を 主 張 した ことは 興 味 深 い。
16)批 准 の 最 終期 日は 原 協定 では1945年 末 とな って い たが,サ ヴ ァン ナ の創 立 総 会(1946 年3月)に お いて 一 ケ年 の延 長 が 決定 され た 。 谷 柾 『国際 通 貨基 金 と開 発 銀 行 』 昭25.
P。45.
17)堀 江 薫雄,前 掲 書,p.121.292.
18)谷 柾,前 掲 書,pp.52‑55,
19)IMF協 定 第3条 第2項 。IMF増 資 は そ の後 つ ぎの よ うに行 な われ た 。1959年160億 ドル,1965年210億 ドル,1970年289億 ドル,1975年390億SDR.1978年586億
SDR.
8 商 学 討 究 第33巻 第2・3号
の25%相 当 の外 貨 を 年 一 回,五 回 にわ だ って借 入 れ る こ とが で き る 。 しか し IMFに は す で に ク ォ ー タ の25%の 金 を 払 い込 ん で あ るか ら,加 盟 国 がIMF か ら外 貨 を借 入 れ る こ との で き る実 際 の 限 度 は 自国 ク ォ ー タ と 同額 に な る。 な お,あ る加 盟 国 通 貨(た とえば米 ドル)が 「稀 少 通 貨 」に なれ ば,そ の通 貨(ド ル) の借 入 れ は 制 限 さ れ る 。
(4)加 盟 国 は,自 国 通 貨 の 為 替 相 場 をIMF平 価 の上 下1%の 範 囲 内 に維 持 す る こ とが 要 請 され る。 しか し,加 盟 国 が 「基 礎 的 不 均 衡 」(fundamentaI disequilibrium)の た め,為 替 相 場 を そ の範 囲 内 に維 持す る こ とが 困 難 な場 合 に は,加 盟 国 はIMF平 価 の変 更 を 提 議 し,IMFと 協 議 して,平 価 の 変 更 を行 な う こ とが で き る。 い い か えれ ぽ,1MF体 制 の も とに お い て は,国 際 間 の為 替 相 場 は,'短 期 的 に は 固 定 化 され る が,長 期 的 に は 世 界 経 済 の構 造 変 動 に 対 応 で き る よ うに 調 整 す る こ とが 意 図 され て い るの で あ る。 この 意 味 でIMF体 制 下 の 為 替 相 場 は,「調 整 可 能 な釘 付 け 制 」(adlustable‑pegsysteln)と い わ れ る。
平 価 の変 更 に つ い て は,ま ず 加 盟 国が これ 塗提 議 しな け れ ば な らな いQ(こ の 意味 でホワイ トの 「 基金」案に くらべ て,加 盟国の為 替自主権が承 認されてい る。)平 価 の 変 更 が 当 初 の平 価(一 次平価,IMFに 加盟 した ときに決定 された平価)の11、o以 内 の とき は,IMFは これ を 無 条 件 で 承 認 す るQし か し,つ ぎ の1ム。以 内 の変 更 に つ い て は,IMFは72時 間 の余 裕 を も っ て賛 否 の 意 を 表 明す るが,そ れ 以上 の 変 更 に対 す る賛 否 に つ い て は,72時 間 を 超 え る こ とが で き る。 加 盟 国 の平 価 変 更 に対 す るIMFの こ の よ ケな対 応 の仕 方 は,そ の平 価 変 更 が真 に 必 要 不 可欠 な も の で あ り,世 界 大 不 況 時 に お け る よ うな非 善 隣 的 性 格 を もつ もの で な い こ とを 確 認 し よ う とす る もの で あ るが,さ らに そ れ は,各 国 の 為 替 相場 を 国 際 的 監 視 の も とで,秩 序 あ る仕 方 で 調 整 を し よ うとす る もの で もあ る。
(5)工MFの 目的 が 戦 後 の国 際 社 会 に 自 由 ・無 差 別 の経 済 体 制 を確 立 しよ う
とす る こ とか ら,当 然 加 盟 国 セ こは,戦 前 ・戦 中 に 実 施 して い た 種 々の為 替 制 限
措 置 の撤 廃 が 義 務 づ け られ る(IMF協 定第8条)。 とは い え,大 戦 終 結 後 多 くの
加 盟 国 は,戦 災 復 興,平 時 経 済 へ の 移行,戦 後 再 建 等 多 くの 課 題 に 取 り組 まな
け れ ば な らな い 。 そ のた め,こ の 自 由化 義 務 を 直 ちに 受 け 入 れ る こ とは実 際 問
IMFの 発 足一 そ の政 治環 境 と問題 点 一 9
題 と して 不 可 能 で あ った 。 そ こ でIMF協 定 は5年 の 「過 渡 期 」 を 設 け て,こ の 期 間 内 に 限 り,加 盟 国 が 現 実 に実 施 して い る為 替 制 限 措 置 の継 続 を例 外 的 に 認 め る こ とを 規 定 した(IMF協 定第14条)。 さ らに 過 渡 期 経 過 後 に な って も制 限 措 置 を撤 廃 で き な い 加 盟 国 は,制 限 撤廃 に 関 してIMF当 局 と毎 年 協 議 す る こ とがi義務 づ け られ た 。
こ の 「 過 渡 期 」 条 項 の 設 定 は,IMF協 定 実 施 へ の移 行 措 置 と して,'妥 当 な もの で あ った 。 しか しな が ら実 際 に は この 「過 渡 期 」5年 は,後 述 す る事 情 か ら,1958年 ま で13年 間 延 長 され る ので あ る。
(4)IMF協 定 の 問 題 点
以 上 わ れ わ れ は,IMF協 定 の 主 要 内容 を概 観 した が,そ の後 の経 過 か ら見 て,そ こに は 多 くの 問 題 が 含 まれ て いた こ と忙 気 付 くの で あ る。
第 一 に,IMFの 外 貨 供 給 能 力 で あ る。IMFク ォー タ総 額88億 ドル,加 盟 国 の外 貨 借 入 限 度 は そ の 国 の ク ォー タ相 当額 で あ った,IMFの この信 用 供 与 '限 度 は,ホ ワイ ト案,ケ イ ソ ズ案 の いず れ に 較 べ て,あ ま りに も小 さ い とい わ
ざ る を え な い。
す で に 示 唆 した よ うに,戦 後 の世 界 経 済 に は 圧 倒 的 な ドル 不 足 が 予 想 され て い だ 。 戦 後 世 界 の膨 大 な 復 興 再 建 需 要 に 応 じ うる大 き な生 産 力 を 持 つ 国 とい え ぽ,ア メ リカ 以 外 に は なか っ たo
ホ ワイ トは そ の よ うな状 況 もの とで,r安 定基 金 」 ク ォ ー タ50億 ドル,「 銀 行 」 資 本 金100億 ドル の二 本 建 を 構 想 した 。 しか も 「 銀 行 」 は そ の資 本 金 の数 倍 の信 用 供 給 能 力 を もつ の で あ った 。r安 定 華 金 」 の50億 ドル は,小 規 模 す ぎ る とい わ れ る か も、 しれ な い。 しか 曳 「安 定 基 金」 と 「銀 行 」 の 二 つ を ワ ソ ・セ ッ トと して 理 解 す る のが 妥 当 で あ る。
ホ ワイ ト「安 定 基 金 」 に 較 べ て,ケ イ ンズ 「清 算 同 盟 」 の 授 信 能 力(当 座借越 枠)260億 ドル は きわ め て 印 象 的 で あ る。 戦 後 世 界 に予 見 され る ドル 不 足 の規 模 に 照 らす と き,こ の 程 度 の 国際 流 動 性 増 強 策 は構 想 され て然 るべ きで あ った
とい え よ う。
ヱ0 商 学 討 究 第33巻 第2・3号
しか し,こ の ケ イ ンズ 構 想 は,ア メ リカに とっ て は(ホ ワイ トに とっては さてお き)到 底 受 け 入 れ られ る と こ ろ で は な か った 。理 由 は こ うで あ る。 ケ イ ン ズ「清 算 同盟 」 案 で は,各 加 盟 国 は 最 大 限 自国 ク ォ ー タ まで 借 越 を続 け る こ とが で き る が,貸 越 しに つ い ては 制 限 は な い20)Qし た が って,か りに ア メ リカ(黒 字国) の 「清 算 同盟 」 の ク ォー タを30億 ドル と仮 定 す れ ば,ア メ リカ の 貸 越 残 高 が 他 の加 盟 国(す べてが赤字 国と仮定する)の ク ォ ー タ 総 額230億 ドル(260億 ドルマ イナス30億 ドル)に 達 す る可 能 性 が あ る2D。 この こ とは23G億 ドル 規 模 の ア メ
リ ヵの 無 償 輸 出 あ るい は 借 款 の提 供 を 意 味 す る。
この よ うに ア メ リカ側 の大 規 模 援 助 機 関 とな る可 能 性 を も った ケ イ ソ ズ 「 清 算 同 盟」 は,プ メ リ カの 容認 し う る と ころ で は な く,結 局,IMFク ォ ー タ88 億 ドル に 落 着 い た の で あ る。 しか しそ うな うな る と,今 度 はIMF自 体 の 外 貨 供 給 能 力 の 小 さい こ とが 問 題 に な る。 す で に 指 摘 した よ うに,IMFの 米 ドル 保 有 額 は20億 ドル 強 で あ る。IMFは この 枠 内 で 加 盟 諸 国 の ドル 需 要 に応 じな け れ ば な らな い 。 とれ は ホ ワイ トとケ イ ン ズの 構 想 に較 べ るな らば,ま こ とに 貧 弱 で あ る。 もち ろ ん,も し英 ポ ソ ドが米 ドル とな らん で キ ー ・カ レ ン シー と して 機 能 す る な らば,IMFに 対 す る米 ドル需 要 圧 力 は そ れ だ け 弱 くな る で あ ろ う。 そ れ だ け に 戦 後 世 界 にIMFが 有 効k機 能 す るた め に は,ド ル と ポ ン ド が と もに キ ー ・カ レ ソ シ ー と して 機 能 す る こ とが 必 要 で あ っ た。 す な わ ち英 ポ
ソ ドの速 や か な交 換 性 回 復 が 望 まれ る ので あ っ た。 そ して こ の要 請 か ら も 「 米 英 借 款 協 定 」(後述)が 浮 び 上 っ て くるの で あ る。
第 二,「 稀 少 通 貨 」 条 項 に つ い て。 す で に述 べ た よ うに,「 稀 少 通 貨」 の着 想 は まず ホ ワイ ト 「安 定 基 金 案 」 に て表 明 され,そ れ がIMF協 定 に 持 ち 越 され た も ので あ る。 しか もそ れ に は,ア メ リカ の国 内法 で あ る 「ブ レ トソ ・ウ ッズ
20)堀 江 薫 雄,前 掲 書,pp.34‑36.324‑326.
21)ガ ー ドナー 『成 立 史 』前 掲 邦 訳,p.214.な お 「清 算 同 盟 」 の クォ ー タは 貿 易の 拡大 とと もに 増大 す る こ とが も くろ まれ てい るか ら,こ の 貸越 限度 は さ らに大 き くな る。
もち ろん,こ れ は 極 端 な ケ ース で あ る。 ケイ ン ズ案 で は,加 盟 国 の 貸越 残高 が 一 年 以
上 に わ た ってそ の国 ク ォー タ の1ん を 越 え る と ぎ,そ の 国は 均 衡 是 正措 置 を 清 算 同盟
と協 議 す る ことが 規 定 され て い る。 した が って,こ の 貸越 限度 に 達 す る 以前 に,な ん
らか の措 置が 講 ぜ られ る であ ろ う。 しか しそ れ 以上 の対 応 策 は規 定 され て いな い。
IMFの 発 足一 そ の政 治環 境 と問 題点 『 ヱ1
協 定 法」(1945年7月31日 成立)に よ って,IMFが 米 ドル を稀 少 通 貨 と して 宣 言 す る場 合,事 前 に 米 国政 府 機 関(国 際通貨金融諮問委員会)の 承 認 が 必要 で あ る と い う ヒモが 付 け られ て い る22)。事 実,IMFの そ の 後 に お い て,稀 少 通 貨 条 項 は 一 度 も発 動 され て い な い 。
こ こで 稀 少 通 貨 条 項 に つ い て若 干解 説 して お きた い。
・ ・ロ ッ ドに よれ ば ,1942年 夏,ケ イ ンズ とホ ワイ トの間 に,「 清算 同 盟 案 」 の草 稿 と 「安 定 基 金 案 」 の初 期 草 稿 が 交 換 され,相 互 に 検 討 が 始 め られ た 。 ケ イ ンズ の 関心 は,戦 後 の イ ギ リス に 予 想 され る大 き な 国 際 収 支 不 足 の是 正 に, ア メ リカ が如 何 に 協 力 す るが とい う問 題 で あ らた 。 ケ イ ン ズは,国 際 収 支 不 均 衡 に 対 して は 赤 字 国 ば か りで な く,黒 字 国 に も調 整 義 務 が あ る とい う考 え に 立 って,「 清 算 同 盟 」 へ の 貸 越 残 高 に は 「利 子 」 を支 払 わ ね ば な らな い とい う,逆 説 的 な ア イ デ ィア を提 出 した 。 さ らに,貸 越 残 額 に は 上 限 を 設 け ない こ とは, そ れ 自体,黒 字 国 に な ん らか の是 正 策 を 講 じ る必 要 を 自覚 せ しめ る効 果 を もつ で あ ろ う。 す で に 指 摘 した よ うに,そ れ は 黒 字 国 の無 償 輸 出 の継 続 に 他 な らな い か らで あ る23)。
この よ うな ケイ ソズ 的 黒 字 国 責 任 論 に 対 して,反 対 提 案 と して 出 さ れ た の が,ホ ワイ トの 「 稀 少 通 貨 」 で あ っ た。 そ れ は1942年12月16日 付 の ホ ワイ ト草 案 に は じめ て 盛 り込 まれ た 。 ホ ワイ トも また,国 際 収 支 不 均 衡 に 対 す る黒 字 国 責 任 を 自覚 した の で あ る。 「 稀 少 通 貨 」 条 項 が 現実 に 発 動 され るか 否 か は 問 題 で な い 。 む し ろ ア メ リカが,こ の 条項 が 発 動 され るの を 阻 止 し よ うと して, 種 々 の対 策 を 採 ら ざ る を え な くな る こ とが重 要 で あ る。 た しか に 稀 少 通 貨条 項 は 発 動 され な か っ た け れ ど も,そ れ に か わ っ て マ ー シ ァル ・プ ラ ンが 実 施 され
る の で あ る。
第 三,「 調 整 可 能 な釘 付 け 制 」 につ い て61MFは,加 盟 国 間 の 為 替 相 場 につ い て は,短 期 的 に は で き るだ け これ を 安 定 的 に維 持 し,長 期 的 に は 経 済 の実 体 に 応 じた 平 価 調 整 を 秩 序 あ る仕 方 で 行 な って い こ う とす る もの で あ る。 問 題
22)ア メ リ カ 「ブ レ トン ・ ウ ッ ズ 協 定 法 」第4条,第2項(4),堀 江 薫 雄,前 掲 書,p.352.
23)R.F.Harrod,7'加 五ヴ θoノ ノo肋 ル勿 御74Kθyπgε,1951,Macmillan,(i邦 訳)
塩 野 谷 九 十 九 訳 『ケ イ ソ ズ 伝 』 昭31.東 洋 経 済 新 報 社,pp.757‑758.
、
12 商 学 討 究 第33巻 第2・3号
は,そ の よ うな短 期 的 に は 安 定(釘 付けpeg),長 期 的に は 調 整 可 能(adjustable) な シス テ ムが 効 果 的 に 作 動 す る か ど うか で あ る。 以 下 この 点 に つ い て 検 討 す る。
まず 加 盟 国通 貨 の 一 次 平 価(IMF加 盟時に決め られ る為替平価)の 妥 当性 が 問 題 とな る。 も と も と一 国 の均 衡 為 替 相 場 とい った もの を,ア ・プ リオ リに決 定 す る こ とは 不 可 能 で あ る。 当然,IMF発 足 当 初 の加 盟 国 為替 平価 は 暫 定 的 あ る い は 「た た き 台」 的 性 格 を持 た ぎ る を え な か っ た。IMFは 加 盟 国 に,協 定 発 効60臼 前(1945年10月28日)現 在 の為 替 相 場 を基 礎 と した 自国 通 貨 の 平 価 を IMFに 通 告 す る よ うに 要 請 し(IMF協 定第20条 第4項),原 則 と して そ れ を 各 加 盟 国 の一 次 平価 と して承 認 した。1946年12月,IMFは32力 国 の 平 価 を発 表 しだ が,そ の半 数 以 上 は,1939年9月 当 時 の為 替 相 場 と同 じあ るい は若 干下 回 る程 度 の もの で あ った 。 そ れ らの 国 の 多 くは,戦 時 中 に 物 価 が3〜10倍 に 騰 貴 した ので あ る か ら,一 次 平 価 が 一 般 に 過 大 評価 で あ った こ とは 明 か で あ る24)。 も ち ろん 一 次 平 価 が過 大 評 価 気 味 で あ る こ と に つ い て は,IMFも そ れ を承 知 して い た。 当 時IMFは,「 均 衡 」 為 替 相 場 体 系 を実 現す る こ と よ り も, 加 盟 諸 国 の生 産 力 回 復 に 重 点 を置 い て い た 。 そ して 「過 渡 期 」5年 の 間 に 各 加 盟 国 が 自国 平 価 を 適 宣 調 整 して,均 衡 した 為 替 相 場 体 系 が 実 現 す る こ とを 期 待 して い た25)。 した カミってIMFが 加 盟 国 平価10%以 内 の変 更 に は 異 議 を 唱 え な い とす る規 定 も当然 で あ る。
つ ぎに 「基 礎 的 不 均衡 」 に つ い て。 平 価 変 更 の必 須 条 件 で あ る この概 念 は, ホ ワイ ト 「 安 定 基 金」 案 か らIMF協 定 に 受 け 継 がれ た もの で あ るが,い ず れ に お い て もこ の概 念 に は 定 義 は 与 え られ て い な い。 思 うに,こ の概 念 をIMF 協 定 の な か で 明確 に定 義 す る こ とは,事 実 上 困難 で あ る。 そ こで 定 義 を与 え る こ とな く,そ の解 釈 に つ い て はIMF当 局 に委 ね て,そ こに 運 用 の妙 を 期 待 す る とい う方 法 を とっ た の で あ ろ う。 そ れ は賢 明 な方 法 で あ った か も しれ な い 。 し か し,反 面,平 価 調 整 の 条 件 が 曖 昧 で あ る た め に,IMFが 調 和 の とれ た 為 替
24)W.MSca皿mell,1漉7鰯 ぼoπα」1吻 πθ,α7ッpoZゴoッ:β76,,oπ 肋043α%4
」4∫渉82,1975,Macmi}lan,p.140,
25)∫ うぽ己 」L,p.141.
IMFの 発 足一 そ の政 治環 境 と問 題 点一 13
相 場 体 系 の 確 立 に 積 極 的 ・指 導 的 に動 くこ とが 難 し くな る とい う弱 点 を 残 す こ とに な る。 事 実,そ の後IMFは,平 価 調 整 に は 常 に 受動 的 に 行 動 して,積 極 的 に 動 く こ とは な か っ た。 「基 礎 的 不 均 衡 」 概 念 に 明 確 な 定 義 が与 え られ て い な か った こ とが,「 調 整 可 能 な釘 付 け 制 」 を 「固定 為 替 制 」 伍xedイatesyst6m) に 事 実 上 変 質 せ しめ た 一 因 とい うこ とが で き るで あ ろ う。
しか し,「 基 礎 的 不 均 衡 」 の概 念 に つ い て は,学 界 に お い て は,早 くか ら共 通 の 理 解 が あ っ た 。 卒 直 に い っ て,1947年 当時,ケ イ ソ ズ理 論 の流 れ を 汲 む 学 者 の 間 で は,つ ぎ の よ うな理 解 が通 説 で あ った26)。
均 衡 為 替 相 場 は つ ぎの 三 条 件 を満 す もの で な け れ ぽ な らな い 。(イ)一 定 期 間 に わ た り正 常 的 国 際 収 支 を 均 衡 せ しめ る為 替 相 場 で あ る こ と(国 際均 衡)。(ロ)国 内 経 済 に デ フ レー シ ョンあ るい は 一 般 的失 業 の 圧 力 を加 え,ま た は イ ソ フ レー シ ョ ン的 影 響 を もた らさ な い こ と(国 内均衡)。(ハ)貿 易 制 限 の 実 施 を 必 要 と し な い こ と(自 由貿易)。 も し現 実 の 為 替 相 場 の 下 で こ の 三 条 件 の いず れ か が 満 足
され ない 場 合,そ こに 「 基 礎 的 不 均 衡 」 が 存 在 す るの で あ り,こ の 不 均 衡 是 正 の一 つ の 手 段 と して 為 替 平 価 の 調 整 が 是 認 され る27),と い うので あ る。
こ う考 え る とき,加 盟 国為 替 平 価 の変 更 は,そ の 国 の種 々の 国 内経 済 政 策 (金融政 策,財 政政策,構 造政策)と 複 雑 な 関係 を もつ こ とがわ か るで あ ろ う。 そ 'れだ け にIMF当 局 に 「運 用 の 妙 」 を期 待 す る こ とは
,無 理 な こ とだ っ た と も
'
い え よ う。 事 実,IMFは,発 足 直 後,加 盟 国 の 平 価 変 更 に つ い て き わ め て 消 極 的,受 動 的 で あ っ た 。 例 え ば,1948年1月 の フ ラ ン ス ・ フ ラ ン の44.4%の
平 価 切 下 げ と 二 重 相 場 制 移 行,1949年9月 の 英 ポ ソ ド30.5%の 平 価 切 下 げ, 1950年9月 の カ ナ ダ ・ ドノ ヒの 変 動 為 替 制 移 行 に つ い て,IMFは 不 承 不 承 これ
26)田 中 金 司 『 金 本 位 制 の 回 顧 と展 望 』 昭26,千 倉 書 房,p.341,R.ヌ ル ク セ 「国 内的 お よび 国 際的 均 衡 」(S.E.ハ リス編,日 本 銀 行 調査 局 訳r新 しい経 済 学 』II.昭24, 東 洋経 済 新報 社,所 収)邦 訳pp.41‑42;A.1.ブ ル ム フ ィール ド 「外 国為 替相 場 の 理 論 お よび政 策 」(前 掲,ハ リス編 『 新 しい経 済 学 』IL所 収),邦 訳p.87;P.T.
EIlsworth,丁 乃θ 駕 〃 纏 ゴoπ α」.Eooπo彿y,1950,Macmillanp.764‑767.W.M Scammell,の.c髭.,pp.73‑76.
27)塞 礎 的不 均 衡 が存 在 す るか ら とい っ て,直 ち に為 替 調 整 が是 認 され るわ け で は な い。
為 替調 整 が 効 果 を もた な い基 礎 的不 均 衡 が あ る ことに 留 意 せね ば な らな い 。 田 中金 司
『前掲 書 』pp,343‑345;Ellsworth,oρ.o甑,pp.768‑77L
ヱ4 商 学 言寸 究 第33巻 第2'3号
を 追 認 した の で あ る。
しか し,そ れ に もか か わ らず,こ の よ うなIMFの 受 動 的 な態 度 に は 疑 問 が 残 る の で あ る。W・M・ ス キ ャ ン メル に よれ ぽ,1946年IMF「 年 次報 告 」で は,
「過 渡 期 」 の後 半 に おい て加 盟諸 国 の為 替 平 価 調 整 が 必要 に な るで あ ろ うこ と が 意 識 され て い た28)。 そ れ が1948年 「 年 次報 告 」 で は 大 き く後 退 す る ので あ る29)。 そ して ス キ ャ ソメル は,IMFの そ の よ うな 消極 的 態 度 を批 判 して,こ う述 べ て い る。 「1948年 か ら1949年 初 め の時 期 に,も しIMFが 積 極 的 な行 動 に 出 て,加 盟 諸 国 に 対 して 為 替 平 価 の計 画 的 改 訂 を提 案 して い た な らば,お そ ら くそ れ は 主 要 加 盟 諸 国 の支 持 を 受 け,"そ の結 果,IMFの 威 信 は 高 ま り,そ の後 の歴 史 を変 え た で あ ろ う30)。 」
さ らに ま た,IMFが 平 価 調 整 に 消極 的 な 態 度 を と る と き,「 調 整 可 能 な 釘 付 け 制 」 が ます ます 「固 定 制 」 に変 質 す る可 能 性 が あ る こ とに も注 意 しな け れ ぽ な らな い 。 そ の理 由は こ うで あ るの 。
第 一一 に,あ る 国 の 為替 相 場 が 過 大 あ るい 鳳 過 小 評 価 で あ る と し よ う。 そ の 為 替 相 場 は 為替 管 理 や 貿易 統 制 そ の他 の政 策 に よ っ て は じめ て 維 持 で き る もの で あ る。 も しそ の よ うな状 態 が 継 続 す る な らば,そ れ は 国 内 に 種 々 の歪 み と既 得 権 益(vestedinterests)を 発 生 せ しめ る。 そ れ が 平 価 調i整ゐ 発 議 を 政 治 的 に 困 難 に す るで あ ろ う。 第 二 に,一 国 のみ の平 価 調 整 は,多 数 国 平 価 の 同時 調整 に 較 べ て,調 整 負担 が 大 き い。 例 え ば,あ る 黒 字 国 が 自 国 だ け 平 価 切 上 げ を行 な えば,そ の国 輸 出 品 の対 外 競 争 力 は 全 面 的 に低 下 す るが,他 の 黒 字 国 も同時 に 平 価 切 上 げ を 行 な うな らぽ,他 の 黒 字 国 に 対 す る競 争 力 は維 持 す る こ とが で き る。 した が っ て,一 国 のみ の平 価 切 上 げ は 多 数 国 の 同 時 的 切 上 げ よ りも実 行 さ れ に くい 。第 三 に,積 極 的 行 動 よ りも消極 的 行 動 の ほ うが 無 難 とい う政 治 常 識 カミ 作 用 す る 。 為 替 平 価 の変 更 は 一 国経 済 の 各 方 面 に不 利 あ る い は 有利 な 影 響 を
28)WM.Scammell,o♪.cεf.,p.143.fn(1).
29)1=ゐ 紘,p.145 30)Zδ4.,p.144.
31)BranTew,丁 加 動oJ%'ゴoπoプ'加Z雇 θノ紹'ゴo紹 」 伽 κ6'α ノン 亀5'6吻,1945‑77,
1977.Hutchinson,pp,81‑83.(邦 訳,片 山 貞 雄 ・木 村 滋 訳r新 ・国 際 金 融 入 門 』 昭
54,東 洋 経 済 新 報 社,pp,77‑78.)
IMFの 発 足一 そ の政 治環 境 と問 題点 晶 15
与 え る。 不 利 な 影 響 を 受 け る側 か らの反 対 の 声 は,通 常,有 利 な 影 響 を 受 け る 賛 成 の声 よ りも大 き い 。 平価 切 下 げ は,し ぽ しば 国 内経 済 政策 の失 敗 を 自認 す.
る も の と受 け取 られ や す い 。 した が っ て政 府 は な か な か 平 価 調 整 に 踏 み 切 ろ う とは しな い 。要 す る に,IMFの 積 極 的 な リー ダ ー シ ッ プが な い か ぎ り,加 盟 国 か らの 自発 的 な 平 価 調整 を 期 待 す る こ とは きわ め て 無 理 な の で あ る。
(5)英 米 借 款 協 定 と 「過 渡 期 」 条 項
さ きに わ れ わ れ は,IMF協 定 第14条 に5年 の 「過 渡 期 」 が 経 過 措 置 と して 認 め られ て い る こ と を指 摘 した。 しか し実 際 に は こ の 「過 渡 期 」条 項 は,「英 米 借 款 協 定 」(Anglo・AmericanLoanAgre←1nent)に よ って 実 質 的 に 否 定 され, IMFの そ の 後 の 歩 み に 大 き な 影 響 を与 え る こ とに な る の で あ る 。
1945年8月,日 本 の 降 服 に ょ って 第2次 大 戦 は 終 結 す る。 就 任 後 間 もな い ト ル ー マ ン米 大 統 領 は,8月19日,「 武 器 貸 与 法 」 の打 切 りを一 方 的 に 宣 言 した 。 当時 イ ギ リスは す で に 「 米 英 相 互 援 助 協 定 」 に よ って 総 額270億 ドル に のぼ る 援 助 物 資 の 供 給 を受 け て お り,も し こ こで ア メ リカか らの援 助 が 打 ち切 られ る な らぽ,イ ギ リス の 戦 後 経 済 の再 建 は 絶 望 の危 機 に 直 面 す る。 そ の 当時,ブ レ トソ ・ウ ッズ協 定 は 調 印 され て は い る も の の,ま だ 発 効 は して い な い 。 当 然 イ ギ リス は ア メ リ カに援 助 を 要 請 し,同 年9月,ケ イ ソ ズを 首 班 とす るイ ギ リス 代 表 団 が ワ シ ン トンで ア メ リカ側 と交 渉 に は い る32)。
こ の時,米 英 両 国 の 政 治 情 勢 が そ れ ぞれ 大 き く変 っ て い た こ とに注 目 しな け れ ば な らな い 。 ア メ リカで は,1945年4月 ル ーズ ベ ル トの急 魎 に よ り・ トル 「 マ ン政 権 が成 立 し,ル ー ズベ ル ト大 統 領 に 親 しか った モ ル ゲ ン ソ ー財 務 長 官 が 更迭 され,保 守 的 な 南部 民 主 党 のF・ ヴ ィ ン ソ ン(FredVinson)が これ に 替 わ り,そ の 結 果,モ ル ゲ ソ ソー の支 持 の 下 に あ っ た ホ ワ イ トの影 響 力 は 急 速 に 低 下 して い た 。 他 方,イ ギ リス に おい て も,同 年6月,チ ャ ー チ ル保 守 党政 府 か らア トリー労 働 党 政 府 へ と,政 権 交 替 が行 わ れ た。 労 働 党 政 府 は 国際 金 融 問 題 に は 不 慣 れ で あ り,対 米 借 款 交 渉 に つ い て は 全 面 的 に ケイ ソズ の手 腕 に 頼 らな
32)ガ ー ドナ ー(村 野 ・加 瀬 訳)『 成 立 史 』 前 掲 書,第10章 。
ヱ6 商 学 討 究 第33巻 第2・3号
けれ ぽ な らな か った33)。
ア メ リカ の対 英 借 款 に つ い て は,ケ イ ン ズは 楽 観 的 な期 待 を 抱 き,60億 ドル の無 利 子 借 款 を 希 望 した34)。イ ギ リス側 とす れ ば,自 分 た ち が 戦 時 中 に払 っ た 巨額 の犠 牲 を 考 え る な らば,「 犠 牲 の 平 等 」 原 則 か らみ て,そ の要 求 も あ な が ち過 大 で は な い と考 えた 。
しか し ア メ リ カ側 に と って は これ は あ ま りに も過 大 な 要 求 で あ った 。 戦 争 終 結 と と もに 米 国 の 国 民 感 情 は 対 外 問 題 か ら離 れ,議 会 は 対 外 援 助 に 冷 淡 な 態 度 を と る よ うに な って きた 。 イ ギ リス労 働 党 政 権 の 出 現 も不 安 材 料 の一 つ と な っ
㊧ 。 トル ーマ ソ大 統 領 は まだ強 力 な 指 導 力 を発 揮 す るに い た っ て い な い35)。
英 米 借 款 協 定 は,結 局,つ ぎ の よ うな 内 容 で 決 着 した 。(イ)借 款 総 額37億 5,000万 ドル,利 子2%,50年 年 賦(第 一回返済,1951年12月31日)。(ロ)本 協 定
発 効 一 年 以 内 に 経 常取 引 に 関 して ポ ン ドの交 換 制 を 回復 す る。(ハ)イ ギ リスは ポ ン ド残 額 の 決 済 に つ い て 適 釘 な措 置 を 講 ず る(後 述)。 な お 本 協 定 と同 時 に, (二)ア メ リカは 武 器 貸 与 法 に も とつ く200億 ドル 強 の対 英純 債 権 を全 額 棚 上 げ す る こ と,お よび(ホ)イ ギ リス は 「 相 互 援 助 協 定 」 第7条 に も とつ く貿 易 の 多 角 化 に 努 力す る こ と,が 合 意 され た36)。
しか し,英 米 借 款 協 定 に は,二 つ の 問 題 が 曖 昧 な形 で 持 ち込 まれ る こ とに な り,そ れ が そ の後 のIMFの 歩 み に決 定 的 な 影 響 を 与 え る ので あ る。
まず 第 一 は,英 ポ ン ド交 換 制 回 復 義 務 で あ る。 これ はIMF協 定 第14条 「 過 渡 期 」5年 を,イ ギ リス に 対 して 実 質4ヵ 月 に短 縮 す る こ とを 意 味 す る。 た し か に ア メ リ カ側 が 重 視 す る よ うに,IMFが 円滑 に 機 能 す るた め に は,ド ル と ポ ソ ドの 二 大 通 貨 が キ ー ・カ レ ン シー と して の 役 割 を担 わ な け れ ば な らな い。
しか し英 ポ ン ドは 本 当 に そ の任 に耐 え うるで あ ろ うか 。 こ の点 を 懸 念 して,ケ イ ンズ は ポ ソ ド交 換 性 回 復 に 期 限 を つ け る こ とに 反 対 した が,結 局,ア メ リカ
33)ELBlock畢oρ.6露.,p。63.9
34)ノ ・μ ッ ド 『ケ イ ン ズ 伝 』 前 掲 書,邦 訳p.830.ガ ー ド ナ ー 『成 立 史 』 前 掲 書,邦 訳 pp.370‑372.
35)ガ ー ド ナ ー 『成 立 史 』 邦 訳pp.361‑362.
36)W.M.Scammell,Tん θ1窺 θ灘 伽%αlEcoπo粥ysビ πc召 ヱ945,1980,Macmillan、
pp.26‑27.ガ ー ド ナ ー 『成 立 史 』 前 掲 書,i邦 訳pp.381‑383.387‑388.
IMFの 発 足 一 そ の政 治 環 境 と問題 点 一 17
側 の 主 張 に 同 意 せ ざ る を え な か った37)。 そ の か わ りケ イ ンズ は,「 ポ ン ドの交 換 性 回 復 後 に お い て も …… 例 外 的 に 交 換 制 回 復 を 延 期 で き る場 合 が あ る」38)と い う留 保 条 項 を つ け る こ とに成 功 した 。
第 二 は,ポ ン ド残 高 の処 理 に つ い て で あ る。1945年6月 未 現 在,ポ ン ド残 高(外 国保有 のポン ド資金)は35億5,500万 ポ ン ド(約140億 ドル)に 達 し,う ち27億2,300万 ポ ソ ドは ス タ ー リ ン グ地 域 諸 国 の保 有 で あ った39)。 借 款 交 渉 に お い て,ア メ リカ側 は,ポ ン ド残 額 の 大 部 分 を 封 鎖 す る こ と を主 張 し,イ ギ リス と ポ ン ド残 高保 有 国 と の問 の交 渉 に つ い て は,ア メ リカ も全 面 的 に 協 力す る こ とを 約 した 。 も しポ ン ド残 高 が うま く管 理 され な い な らぽ,予 定 され た ポ ン ド交 換 性 の 回 復(そ れは経常取引につ いてのみ適用 され る)は,ポ ン ド残 高 の ドル 転 換 に 利 用 され て,折 角 の交 換 性 回 復 が 失 敗 す る危 険 が あ るか らで あ る。 また, ポ ソ ド残 額 の 存 続 は,そ れ が ス タ ー リソグ地 域 内 の 貿 易 を 促進 し,ス タ ー リ ン グ諸 国 の対 米 貿 易 差 別 を招 く危 険 が あ る とい う考 え 方 も,ア メ リカ側 に は あ っ た4のo
この よ うな ポ ソ ド残 高 処 理 に 対 す る ア メ リ カの 関 与 は,し か しな が ら,イ ギ リス側 の 容 認 し うる と こ ろで は な か った 。 ポ ン ド残 高 の処 理 は イ ギ リス 自身 の 問 題 で あ る。 殊 に ポ ソ ド残 高 の 多 くは イ ソ ド,エ ジ プ ト,ア ル ゼ ンチ ソ等 低 開 発 諸 国 が 保 有 して お り,そ の封 鎖 は難 しい 政 治 問 題 を 招 きか ね な い。 イ ソ ドの 独 立 を 目前 に して,英 印 関 係 は 緊 張 して い る。 英 。エ ジ プ ト関 係 も不 安 定 に な りつ つ あ る 。 多 くの低 開 発 国 で 独 立 の気 運 と ナ シ ョナ リズ ム感 情 が 高 ま りつ つ あ る。 こ の よ うな 情 勢 に あ って,ポ ソ ド残 高 問 題 の処 理 は あ くまで も慎 重 で な け れ ば な らな い0こ れ が イ ギ リス側 の主 張 で あ った41)0
37)イ ギ リ ス 側 の 譲 歩 は 主 と し て 交 渉 妥 結 期 限 切 迫 の た め で あ っ た 。ガ ー ドナ ー 『成 立 史 』 邦 訳,p.376.
38)ガ ー ドナ ー 『成 立 史 』 邦 訳 ・P・374・1947年8月20日 イ ギ リ ス が ポ 〆 ド交 換 性 を 停 止 し た の は,こ の 条 項 に よ る 。
39)ノ ・ロ ッ ド 『ケ イ ソ ズ 伝 』 前 邦 訳p.842.;W.M.Scammell,1π'θ7π σ'加 〃E60.
πoη¢y,oρ 、02'.,P.28.
40)F.L,Block,oρ.o甑,p.66.
41)Zδ ゴ4,pp.66‑67.
ヱ8 商 学 討 究 第33巻 第2・3号 覧
結 局,こ こで も妥 協 が は か られ,英 米 借 款 協 定 で は,ポ ソ ド残 額 を 三 つ に 区 分 し一(イ)直 ち に 解 除 され,経 常取 引 の た め い か な る 通 貨 と も交 換 可 能 に な る残 高,(ロ)1951年 以 降 一 定 期 間 に わ た っ て解 除 され る残 高,(・ ・)帳消 し さ れ る残 高一,英 国 政 府 は,そ れ ぞ れ の 場 合 に つ い て,関 係 諸 国 との ポ ソ ド残 高 決 済 に 関 す る 取 決 め を 早 期 に 完 了す る よ う努 力 を払 う こ とが 規 定 され た42)。
しか し借 款 協 定 に は,ポ ソ ド残 高 の三 区分 そ れ ぞ れ の 金 額 につ い て は 明示 され な か った 。 そ れ は イ ギ リ不 政 府 が 独 自に 決 定す べ き事 柄 だ か らで あ る。 ケ イ ソ ズ 自身 は,一 応 の 目安 と して,ポ ソ ド残 高 の1/3は 帳 消 し,残 りの2/3のgo%は 一 定 期 間 凍 結 ,他 の10%は 直 ち に交 換 性 回 復 と考 え て い た よ うで あ る43)。
と もあ れ 英 米借 款 協 定 は,1945年12月6日 調 印 され,翌 年7月15日 発 効 の 運 び とな った 。 した が っ て ポ ソ ド交 換 性 回復 は1947年7月15日 以 前 と決 定 し た。 しか し,交 換 性 回 復 に 至 る まで,英 国 政 府 は ポ ン ド残 高 三 区 分 に つ い て, な に ひ とつ 具 体 的措 置 を 講 じ よ うとは しな か っ た。 これ は 英 国 労 働 党政 府 の大 き な失 敗 とい え よ う。も し ケイ ソズ が こ の時 点 まで 生 き て い た ら(1946年4月21 日急逝),あ る い は こ の失 敗 は 避 け られ たか も しれ な い 。
こ の失 敗 の代 償 は 大 き か った 。1947年7月15日 ポ ン ド交 換性 回 復 実 施 後, 一 ヵ 月 の 問 に,借 款37億5,000万 ドル の うち20億5,000万 ドル が 引 き出 され , 同 年8月20日,イ ギ リスは ポ ン ド交 換 性 を停 止 す るの 止 む な き に い た っ た。
そ の 交 換 性 が再 び 回 復 す るの は1958年12月(西 欧12ヵ 国通貨交換性 回復)で あ' り,IMF協 定 「過 渡 期 」 の5年 ど ころ か,実 に そ れ か ら さ らに11年 の歳 月 を 待 た な け れ ぽ な らな い の で あ る。
結 び に か え て
い ま ブ レ トン ・ ウ ッズ 体 制35年 の 歩 み を ふ り返 る と ぎ,私 亭 こは,二 人 の 学 者 の つ ぎ の 言 葉 が しみ じ み 思 い 起 こ さ れ る の で あ る 。
42)1・ 戸 ッ ド 『ケ イ ソ ズ 伝 』 邦 訳,p.845.ガ ー ド ナ ー 『成 立 史 』 邦 訳,p.3gaWM Scammell,1窺 〃 πα'ゴoπσZEooπo彫 ヅ,oρ.oゴ'.p.28.
43)Block,oρ.o甑,P.67.ハ β ヅ ド 『ケ イ ソ ズ 伝 』 邦 訳,P.846.
IMFの 発 足一 そ の政 治 環 境 と問題 点 一 19
「い ま,わ れ わ れ が,後 知 恵 で は あ る が,戦 後 計 画 の 立 案 者 た ち の先 見性 を ふ り返 え る と き,ど こで 彼 らが 誤 っ て い た か を 容 易 に 知 る こ とが で る と思 う。 国 際 通 貨 基 金 お よび 国 際 復 興 開 発 銀 行 協 定 の 草 案 起 草 者 た ちは,戦 後 に 一 つ の世 界 を 予 想 して い た が
,間 もな くそ れ が 二 つ の世 界 で あ る こ とが 明 ら か に な った 。 … … 第 二 に,ブ レ トソ ・ウ ッズ の 代表 者 た ちは,ヨ ー ロ ヅパそ の 他 の 戦 災 地 域 の 復 興 費 用 を 大 き く過 小 評 価 した。 … … 第 三 に,い ま述 べ た 過 小 評 価 とか か わ る こ と だが,両 協 定 草 案 起 草 者 た ち に は,国 際 貿 易 と国 際 決 済 の再 建 に 必 要 な 期 間 に つ い て十 分 な 認 識 が なか った 。 … … ヨー ロ ッパ 主 要 諸 国 が 通 貨 交 換 性 義 務 を 受 け 入 れ た の は,1958年 に な っ て の こ と で あ
る4のo
確 か に こ の指 摘 は 正 しい。 しか し,「 後 知 恵 」 とい う言 葉 で,こ の二 人 の学 者 も認 め て い る よ うに,ブ レ トソ ・ウ ッズ体 制 の創 設 者 た ち に,そ こ まで の先 見 性 あ るい は 洞 察 力 を 求 め る こ とは,無 理 と い うべ き で あ ろ う。 歴 史 は 人 知 を 越 え て進 展 す る。 わ れ わ れ は 先 人 の 業 績 を 受 け 継 ぎ,そ れ を 歴 史 の流 れ のな か で さ らに進 化 させ て い か なけ れ ば な らな い 。 そ れ は 難 しい 課 題 で あ る。 プ レ ト
ソ ・ウ ッズ体 制 の後 継 者 た ちが,こ の 課 題 に ど う応 え よ うと した か 。IMF体 制 の 進 展 と変 容,そ れ に つ い て は 別 の機 会 に 譲 らな け れ ば な らな い 。
参 考 文 献
麻 田 四 郎,「 ブ レ トソ ・ウ ッズ へ の 途 」 小 樽 商 科 大 学 『商 学 討 究 』 第32巻 第2号(1981年
11月)。 馳
Block,F.L.,Tカ θ07ゴ8初30∫ 」rη'θ プ"α'∫oη α1Eco"o〃 蕗oDゴ3074θ7,1977,University ofCalifOfniaPress.
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TheBrookingsInstitution.p。3,こ の 二 人 は,さ ら に 続 け て,第4に 植 民 地 の 急
速 な 独 立,第5に 先 進 国 と低 開 発 国 と の 間 に お け る 利 害 の 衝 突 を 挙 げ て い る 。
書