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二言語併用者と通訳・翻訳

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Academic year: 2021

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二言語併用者と通訳・翻訳

0. はじめに

Noahの大洪水の後箱船の停泊したArmeniaのArarat IUのふもとに人間が集り しだいに増加して当時のShinarの原野のほうへと移住して行った。神は人間が 四方に広がり行くように命じたが,人間はこれに従わず,Shinarにcityをつく り天に達する高塔を建てようとし,仕事はだんだんと進んだが,神は怒ってこれ を中止させようとした。それまで人間は一つの言語(one language)を用いてい たが,神は建築者相互の話のできないように,そのことばを混乱したために,そ のことばはいわゆるjargon(わけのわからぬ語,唐人の寝言)となり,その無謀 な計画は画餅に帰し,かくしてかれは世界の各地に離散し,言語を異にするにい たった(富山房・英米故事伝説辞典)

 この有名なバベルの塔の話は,現在まで本質的には変わらず存在しつづけて いる2つの事実を物語っている。つまり,世界には多数の民族があり,それに 匹敵するだけの多数の言語が大昔からあったという事とその多数の言語の存在 が民族同士の相互理解の妨げとなっていたという事である。後者を補うものと しての通訳・翻訳の存在も古くからあった。 「ヨーロッパで,名前が記録に残 っている最初の翻訳者は,ギリシャ人の解放奴隷リヴィウス・アンドロニクス で,かれは,紀元前240年頃,『オテユッセイア』をラテン語の韻文に直した」1)

その後も,民族間の交流,移動が盛んになるにつれ,異言語間の仲介としての 通訳・翻訳の役割は大きくなっていった。

 このように,異った言語を用いている民族間の橋渡しをするという通訳・翻 訳の外的意義は古くから認められているが,一方,通訳・翻訳をしていく過程 における問題も,古くからのイタリアの格言一Traduttore, traditore(通訳

・翻訳者は反逆者)一に端的に示されているように認識されていた。これは,

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必然的に文化を内蔵した言語を,異文化間で通訳・翻訳する事の可能・不可能 性の問題である。

 この問題に対する理論的見解は,昔から翻訳の盛んなドイツにおいてルター をはじめ,ヘルダー,ゲーテ,イヴァーリス,シュライエルマッハー,フンボ ルト,ヤコブ,グリム他で発言されてきているが,端的にいえば,原作者をそ のままにしておいて,読者を原作者に向わせようとする異化(Verfremdung)

の立場と,読者をそのままにしておいて,原作者を読者に向わせようとする同 化(Enfremdung)の立場がある2)。たとえば, lion s claw一テーブルその他 の家具の足はしばしば装飾としてししのつめのように造られる。これは力と安 定を示すものである。(富山房・英米風物辞典)一を異化の立場で日本語に訳せ ば,原語の意味をかえないように,「ライオンのつめ」あるいは「ししのつめ」

と訳されるであろうし,同化の立場では日本の文化に合わせて「ねこ足」一器 具の足の先がふくれ,中が丸く曲がるもの,強くてなかなか倒れない(三省堂

・明解国語辞典)一と訳される。

 しかし,異化・同化の立場のいずれをとるにしても,通訳・翻訳者は,まず 二言語に熱知していなくてはならない。このことは,単に二言語を自由自在に 使いこなせるだけでなく,二言語に必然的に内蔵する二文化にも熱知している ことも含まれていなくてはならない。所が,一般には,二言語が自由自在に使 いこなせる者は誰でも,通訳・翻訳者の資格があるとみなされている。そこで 本稿では,二言語を使いこなせる者が必ずしも言語に内蔵する二文化を認識し ているとはいえない一特に外国語として第二の言語を自国語の文化の枠の中で 学んだ者は一ということ,通訳と翻訳とは,本質的に異なっているのだという こと,さらに翻訳過程の中で,二文化を顕在的に認識していく事が可能である ということを明らかにしていきたい。

1.二言語併用者と通訳

二言語を自由に駆使できる個人を二言語併用者というが,この二言語併用者

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の概念は一義的ではなく,言語心理学の立場では,二言語使用でき,しかもそ れぞれの言語に必然的に内蔵されている二文化をも獲得している二文化二言語 併用者(Co−ordinate bilingual)と二言語使用できても,内蔵された文化は,

どちらか一方の言語のものでしかない一文化二言語併用者 (Compound bi−

1ingual)にわたられる3)。

 一文化二言語併用者と通訳の問題に対して,エルヴィン・トリップとオスグ ッド4)は,二文化二言語併用者が,通訳の作業に長時間・長期間にわたって従 事していくと,二文化二言語併用者は徐々に一文化二言語併用者に近づいてい

くという仮説をたてた。エルヴィン・トリップとオスグッドのたてたモデルを 多少修正して示すと下図のようになる。

         図  1

・・m・・巨・トIMS・ト巨・1

      ,一一一一一…一一①一一一一一一一…一一、

      1       」        シ

…B・ mLe]⇒1MS・ト巨・S・ト巨L      L_◎__一_↑   l

       i

    …一一一一一一一……一・③一一…一一一一一一一・.一一一1

以下通訳の作業は,英語(Le)から日本語(LJ)への一方通行に,一文化二 言語併用者は日本文化の意味体系(MSJ)の方を有しているものと限定してこ

の問題を考察する。

 一文化二言語併用者は,Leから,例えば,/bathroom/という記号をイン プットとして受けると,日本の文化に則した意味体系(MSJ)で解釈され,これ と対応するLJの記号/風呂場/をアウトプットとして出す。同様に,/Where is a bathroom?/というインプットをMSJが受けると,そこで解釈され,

/風呂場どこ/というLJへのアウトプットが出る。 しかしこのアウトプット は,現実の言語活動の場では誤訳となる場合が多い。なぜならば/bathroom/

を,英米の文化に則した意味体系(MSe)で解釈すると,英米の家庭では,ト

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イレと風呂場が一つの仕切内にあるのが普通であり,/bathroom/は,風呂だ けでなく,トイレの意味も含んでいるので,一般家庭でゲストが/Where is a bathroom?/といえば,大低の場合トイレの所在を尋ねているからである。所 が上記一・一一文化二語併用者は,MSeを内蔵していないので,こうした誤訳が生 ずることになる。

 一方二文化二言語併用者の場合,/bathroom/というインプットをLeから受 けると,MSeは,状況に即した解釈をしそれをMSJに送る。 MSJでは,それ に対応する記号を探し出し,LJに送り出す。そこから,ある場面では/風呂場/,

又ある場面では/お手洗/というアウトプットがでてくることなり,一文化二言 語併用者の場合のような誤訳の心配はありえない。

 所が通訳の作業は瞬時のうちにおこなわれなくてはならないので,通訳の技 術をのばすことは,LeからLJにいたるまでの時間を,いかにして短縮するか ということになる。時間面からだけ考えると,一文化二言語学併用者は,上 に述べたように二文化二言語併用者と比べて,誤訳の可能性は大きいけれども MSe, MSJという2つの意味体系を経なくてはいけない二文化二言語併用者

よりも,有利であるといえる。

 二文化二言語併用者が,通訳の作業を多量におこなっていくなかでは,図1 の点線で示した矢印(一一一一)のような3つの時間短縮法が考えられる。

 ①はMSJを飛び込える短縮法で,この場合,例えば,/a voice of a crane/

というLeからのインプットを受けると,MSeだけで解釈され,/鶴の一声/とい うアウトプットを生ずる。しかし,この/鶴の一声/というLJの記号が, MSJ で解釈されれば,「権威のある人の一言が多くの人の意見を圧する」という風 に普通には解釈される。従って/鶴の一声/という訳は,こうした連想を強く生 ずるので適訳とはいえない。

 ②は,MSeを飛びこえてしまう短縮法で,この場合は,/bathroom/の日 本語訳の中で呈示されていたのと同質の誤訳が生じやすい。

 ③は,熱練した同時通訳者がおこなっているであろう短縮法である。ここで

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は,MSeもMSJも飛び込え,直接記号と記号を結びつけている。この場合,

二言語の記号が1対1で対応できるならばそれほど問題はないであろう一例

えば,/moon/:/月/,/father/:/父/,/mountain/:/山/一ところが,二言

語のそれぞれの記号が,このように1対1で対応している場合はむしろまれで ある。例えば,/heart/というLeの記号は,/心臓/というLJの記号とは,次 の例からもわかるとおり,必ずしも,1対1で対応していない。

  He does not at heart approve your proposal:かれは心では,君の   申し出に賛成しないのだ。

  (有朋堂・英作文辞典。以下heartに関する例,同書引用)

 このように,語が1対1で対応していない場合,句と句で直結したり(at heart:心では)あるいは,次例のように文と文で直結しなくてはならない場 合が多くなる。

  My hurt bleeds for him:痛切に同情する。

こうした,語と語,句と句,文と文での対応物は,莫大な数となる。/heart/

に関するだけでも,上記以外にも,次のような対応が考えられる。

His advice has gone to heart,:

aman after my own heart :

with all one s heart     :

from the botton of my heart:

abroken heart      :

My heart breaks。     :

in the heart of the city    : to one s heart s content    : learn by heart       : out of heart       : my heart s del三ght        :

彼の忠告は胸に応えた 非常に僕の気に入った人 一生懸命

衷心より 失望の人

断腸の思いがある 市の中心

思う存分 暗気する 元気がない 心からの喜び

こうした莫大なLeとLJの記号の対応をすべて網羅し記憶していく事は,不

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可能に近いし,たとえ記憶しえたとしても,瞬時のうちに,あるLeの記号を うけて,莫大なストットから,LJのそれに対応する記号を捜し出す事は不可 能であろう。したがつて,③のような,MSeもMSJも飛び込え,直接記号同 士を結びつける短縮法をおこなう同時通訳者が,その本領を発輝できるのはあ る程度話される内容が予測できる場合一たとえば,学術会議など一に限られて

くるのではないだろうか。

 通訳をする者は,誤訳の可能性の少ない二文化二言語併用者が適任であるが,

通訳は瞬時のうちにLeをLJに移し変えなくてはならない性格があるため,二 文化二言語併用者も通訳に熟練していけばいくほど,①と②の短縮法を行うこ とにより,一文化二言語併用者となってしまうか,あるいは,③の短縮法を行 う事により,言語に必然的に内蔵されている文化を全くなおざりにし,単に二 言語の記号同士を直結していく技術を身につけた技術者となっていき,この場 合,機械翻訳で呈示されている問題一限定された場面でしか効力を発揮しない 一と同質の問題をかかえているように思われる。

2.二言語併用者と翻訳

翻訳の理想とするものは,一体何で ??、か。ロジエ・カイヨワは,次のよ

うに述べている。

……

ヌい翻訳とは直訳でもなければ,文学的訳(しかし不忠実な)でもない。訳の 対象となった原作者が訳出の言語でみずから書いたであろうテキスト(語彙,統辞 法および文体をふくむ)を改めてく考え出す〉ことである。そのような置換は,翻 訳者の側において多くの知識,叡知,そして想像力がなくてはできることではない。

理想的翻訳とはそうしたものである。私はそれが可能であると言い張っているので はなく,良い翻訳者はそれに近づく努力をする人だといっているのである。5)

 理想的翻訳が,カイヨワの主張する原作者が訳出の言語で書いたであろうも のに仕上げることだとすれば,原作者が二文化二言語併用者で,原作者自身が 自作を翻訳すれば,理想的な翻訳となるはずである。

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 ブランスで生まれ育ったアメリカの作家ジユリアン・グリーンは,英語と仏 語の二文化二言語併用者であるが,彼の仏語で書いた自作を英語に翻訳してい

く時の体験を,ハウゲンは,次のようにまとめている。

_He(Julian Green)tells of his attempt to translate one of his own books from French to English.:it failed, and he had to sit down and write an entirely new book: lt was as if, writing in English, I had become another person.6)

       (註()内筆者加筆)

 このように,二文化二言語併用者である原作者自身が翻訳者となっても,う まくいかず,結局全く別の作品を書くにいたったということ,そして英語で書 いている時は,仏語の時とは,別人のようになってしまうということは,二文 化二言語併用者の場合自明のことである。なぜなら,二文化二言語併用者は,

二言語に必然的に内蔵されている二文化をも獲得しており,言語の置換はその 文化的基盤の置換をも意味するからである7)。

 カイヨワの主張する翻訳の理想一原作者が訳出の言語で書いたであろう作品 をつくる一ということは,ジユリアン・グリーンの例から明らかなように,二 文化二言語併用者である原作者自身が自作を翻訳しても,全く別の作品を生み だしてしまうのであるから,原作者以外の翻訳者が,そうした理想を求めるこ

とは,しょせん無理なことといわざるをえない。

 このことから,翻訳のめざす所は,訳者の原作からえた共感,感銘をそのま ま訳出した作品の中でも,読者に味わってもらえるような作品を創り出してい く所に,結局は,落着くのではないだろうか。そしてこれを実現するには,異 化,同化の立場を縦横に駆使していくことが必要である。

 しかし,異化,同化の立場を駆使していく以前に,翻訳者たりうる必須条件 がある。それは,翻訳者は,二言語に必然的に内蔵する二文化に熱知している ことである。ここから,一文化二言語併用者は,翻訳者の条件をそなえていな

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いことになる。なぜなら,MSJしか内在していない一文化二言語併用者がLe をLJに訳していくとき,たとえば,/bathroom/にMSeでは考えられない 誤った解釈をするとか,/yellow/にまつわる英米の連想を知らずに間違った解 釈をする8)といった,原作から感銘,共感を受ける以前の問題があるからであ る。従って翻訳者は,二言語を使えるだけでなく,それぞれの言語に内蔵する 文化をも内蔵している二文化二言語併用者でなくてはならないということにな る。その当然の帰結は,自国の文化の中で外国語を習得してきた日本の学生は,

たとえ英語に堪能な者でも,日本文化に則した発想の枠からは少しも出ない内 容の英語しか使えないし,理解できない一文化二言語併用者であるから9)翻訳 者の必須条件を備えていないことになる。

 しかし,翻訳は,通訳とは異なり,時間の制約がない(むしろ,時間をかけ るべきもの)なので,一文化二言語併用者でも翻訳過程で,綿密に語学的,

文化的知識を深めていくことにより認識していなかったMSeのある面を顕 在的に知っていき,こうした翻訳過程を数多くこなしていくうちに,徐々に,

MSeは充実していき,やがては二文化二言語併用者と大差ないMSeを,はっき り,知るようになり,翻訳者の条件を身につけていけるのではないだろうか。

 たとえば,発音面における,英語と日本語の違いが,表現上に表われたもの として,伊東直美は,次のようなことに気づいた。

キツネ君たちがまた熱していないブドウを食べた所で,Ooofという語がでてくる。

英語の発音をみると[u:f]と口をすぼめて発音するので,その発音する状態から すっぱさが表われる。日本語では「ワァーすっぱい!」とか「オースッパイ!」と

いう10)

これは,発音面において,日本語の[ウー]と英語の〔U:]は,本質的に異ってい る一後者は,前者と異なり,口唇を丸める一という音声学的知識を深めており

そこから/Ooof/は間投詞であるということだけから,日本語の/ウー/,/アー/,

/マァT/などの間投詞では満足せず,「ワァーすっぱい!」と訳しえたのであ

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る。いいかえれば,Leの/Ooof/というインプットから,間投詞・口唇をすぼ める発音・すっぱさを表わす表現形式,というMSeにおける解釈を知りえた

のである。

 松浦ひろ子は,子供向けの英詩の題をつける際の工夫について,次のように

述べている。

Jolly Jack……Jollyというのは「愉快な」とか「楽しい」という意味です。 Jack は人称代名詞で「ジォック」。これを形式的に結びつけて「愉快なジャック」。これ でも意味は通ると思いますが……この作品において「かぼちゃちょうちん」という ものが大きな位置を占めていることは明白です。……おもいきって「愉快なかぼや

ちょちん君」としてみました11)。

 ここでは,本文の内容から,/Jack/が/かぼちゃちょうちん/を表わして いると解釈しているが,この解釈は,Jack−o −lantern一かぼちゃの中味をく

りぬいて,目や口などをあけて造ったちょうちん。 (富山房・英米故事伝説辞 典)一ということばがあるとおり,正しい解釈である。/Jack/から/かぼちゃ

ちょうちん/などの連想の生まれようのないMSJの解釈しかできない一文化二 言語併用者でも,注意深く訳していくことで,こうしたMSeにおける解釈を 知る事ができたのである。

 このように,一文化二言語併用者でも,充分に時間をかけて綿密に調査し注 意深く訳していくうちに,徐々に,翻訳者たる条件を身につけていける。それ だけではなく,こうした細心の注意を払った訳出過程のなかで,翻訳者自身が 潜在的に内蔵している自国の文化(MSJ)をも顕在化することができる。たと えば,/Are yon going?/という発話の/you/を訳す時,/you/は二人称単数 代名詞(前後の状況から考えて,二人称複数という解釈はあり得ないものとす る)ということから,いつでも/あなた/,/おまえ/,/きさま/などの日本語の 二人称単数代名詞に置換するのではなく,時には,/先生/,/社長/,/おじさ ん/などと訳しえるとき(先徒から先生への発話では/先生いきますか。/,社員

(10)

から社長へは/社長おいでになりますか。/,小さい子供が大人には/おじさんい くの。/)12)潜在的に内蔵していた自国の文化一ここでは,日本は,日本語に端 的にあらわれているように,人と人がどのような関係になっているかを重視す る文化をもっているということ一を顕在的に知ることになるのである。

3、 おわりに

 通訳の作業には,時間の制約があるので,二文化二言語併用者が,その作業 に長く従事していくと,一文化二言語併用者となってしまうか,あるいは,内 蔵していた二文化を全く消失し,記号と記号を結びつけるだけの,いわば機械 翻訳と同じ性格を有する者にならざるうえない。一方翻訳の作業は,こうした 時間的制約がないばかりではなく,むしろ時間をかけるべきものなので,翻訳 者たる条件一二言語のみならず二文化にも熱知している一を備えていない一文 化二言語併用者でも,十分に時間をかけ,綿密な調査と細心の注意を払い,何 とか翻訳をしていこうとする努力のなかで,今まで知らなかった一方の言語に 内蔵された文化から生まれる意味を,徐々に,認識していけるし,また潜在的 に内蔵していた自国語の文化から生まれる意味も顕在的に知ることができるよ

うになれるのである。

 日本の学生は,自国の文化のなかで,しかしも,逐語訳という作業を多く取 り入れた授業形態のなかで,外国語として英語を習得してきているので,こう したなかでたとえどれ程英語に堪能になったとしても,自国語の文化的発想の 枠を少しも出ない一文化二言語併用者にすぎないと思われる。もしそうならば 英語教育の一つの目的一言語を通して外国の文化にふれる一は果されていない わけである。学生に,十分時間を与え,綿密な調査と細心の注意を払わせ,翻 訳過程を体験させていくことは,この英語教育の目的を補完しうる意義を持っ ているといえる。

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References

1) T.H.セイヴァリー,「翻訳入門』別宮貞徳訳25頁(八潮出版,1974)。

2) 異化・同化に関する詳細は, 木村直司「翻訳論の基本的諸問題」 「月刊言語3   Vol.4No.61975。

3) 一文化二言語併用者・二文化言語併用者に関する詳細は,拙稿「二言語併用者の   諸問題一言語心理学の立場より(その1)」愛知淑徳短期大学紀要15号(1976)。

4)Ervin.Tripp S.M., and C. E. Osgood  Second language learning and

  bilingualism.ll Lan8uage Acguisition&Communicαtive Choice Essays by

  SM. Ervin,Tripp P.P.19〜22(Stanford University Press 1973)

5)アンドレ・アルテイネ編『近代言語学大系3・言語と人間』泉井久之助監修,会   津洋他訳232〜234頁

6) E.Haugen The bilingual individuaP, Psγcholinguistcs ed. by S. Saporta   p.p.396(Holt. Rinehart and Winston 1961)

7) この件に関する詳細は,拙稿上掲書

8)yel10wにまつわる連想について,詳しくは,長谷川潔「日本語と英語一その発

  想と表現」105頁(サイマル出版会1974)

9) この件に関する詳細は,拙稿上掲書

10)伊東直美「児童文学の翻訳における工夫」1975年度英米文学講義レポート23頁。

  愛知淑徳短期大学図書館所蔵

11) 松浦ひろ子「翻訳者の基本的立場」1975年度英米文学講義レポート5頁愛知淑徳

  短期大学図書館所蔵

12)youに対応する日本語については鈴木孝夫「ことばと文化』(岩波新書1974)参照

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