庄野 潤三 論( 五) 抄録 前稿 では ガン ビア 滞在 記 を中 心に この 時期 の作 品を 検討 した ので
︑本 来の 順序 から すれ ばそ のあ とに 続く 時期 の作 品の 検討 とい うこ とに なる のだ が︑ この あと 庄野 文学 は意 外な 展開 を見 せる
︒ ガン ビア のケ ニオ ン大 学か ら帰 国し て二 十年 目の 春に 思い がけ ず 同大 から 名誉 文学 博士 の学 位を 授与 され ると いう 栄に 浴す るこ とに なり
︑夫 妻で ガン ビア を再 訪し
︑旧 交を 温め ると 共に 新し い知 友と 親交 を結 ぶこ とに なっ た︒ これ を契 機に 氏の ガン ビア への 創作 意欲 に火 がつ き︑ シェ リー 酒と 楓の 葉( 78)
︑ ガン ビア の春(
80)
︑ 懐か しき オハ イオ(
91) と 長編 が相 次い で書 かれ
︑︿ ガン ビア も の﹀ と呼 ぶべ き一 群が 形成 され るに 至っ た︒ 従っ て本 稿で は刊 行の
時期 は多 少 後に なる が︑
︿ガ ン ビア もの
﹀と いう テ ーマ
︑あ るい は 素材 の同 一性 から 考え て︑ これ ら三 作に つい ても ここ で ガン ビア 滞在 記 と比 較考 量し つつ 考え てお くの が適 当と 判断 して そう する こと とし た︒ はじ
めに 前 号で は ガ ンビ ア 滞在 記 を 中心 に︑ 昭 和三 十二 年( 一九 五 七) から 三十 四年 まで の作 品に つい て論 じた ので
︑今 回は その 次と いう こと にな る ので あ るが
︑ 実 はこ の あと 事 態は 意 外な 展 開を 見 せ︑ それ に伴 って 庄野 文学 もま た新 たな 展開 を示 すの であ る︒ とい うの は庄 野氏 がア メリ カの ガン ビア から 帰国 して 丁度 二十 年
庄 野 潤 三 論 ( 五 )
︱︿ ガン ビ アも の﹀ 三 作を めぐ っ て(
Ⅰ)
︱ 鷺
只
雄
目の 春に
︑氏 の留 学し たケ ニオ ン大 学か ら招 かれ て名 誉文 学博 士の 学位 を授 与さ れる とい う栄 に浴 する こと にな り︑ 思い がけ ずガ ンビ アの 地 を夫 妻 で再 訪 する こ とに なり
︑ 旧知 の人 々と 旧 交を あ たた め︑ 新し い知 友と 親交 を結 ぶこ とに なっ たか らで ある
︒ これ をき っか けと して 庄野 氏は 現在 まで すで に シェ リー 酒と 楓 の葉(
78 正し くは 1978と
表記 すべ き だが
︑煩 雑な ので 以下 前二 ケ タを 省略)
︑ ガン ビア の春(
80)
︑ 懐か しき オハ イオ(
91) と三 冊の 本 を書 い てガ ン ビア への 思 いは 益 々深 く そし て 強く
︑ 殊 に ガン ビア の春 など は二 十年 ぶり の ガン ビア 再訪 記で ある が
︑全 篇に 瑞々 しい 青春 のよ みが えり があ り︑ 若々 しい 息吹 に溢 れて いて 読者 もま た心 地よ い興 奮に 包ま れる
︒ 従っ て本 号で は執 筆刊 行さ れた 時期 は 後に なる が︑
︿ガ ンビ アも の﹀ とい うテ ーマ
︑あ るい は素 材の 同一 性か ら考 えて
︑こ れら 三作 につ いて も ガン ビア 滞在 記 と比 較考 量し つつ
︑こ こで 考え てお くこ とに した い︒ 一︑
︿ガ ンビ アも の﹀ の整 理 まず 始め に︑ 庄野 夫妻 がオ ハイ オ州 ガン ビア に滞 在し た時 期か ら
︿ガ ンビ アも の﹀ を書 いて 上梓 した 経緯 を整 理し て示 すと 次の よう にな る︒ ガン ビア 留 学 往路
︱57
・8
・26
(
横浜 発・ 客船 クリ ーブ ラ ンド 号)
〜9
・7
(
サン フラ ンシ スコ 着)
〜9
・14
(
ガン ビ
ア着
・鉄 道) 復路
︱58
・7
・21
(
ガン ビ ア発 サン フラ ンシ スコ 着
・飛 行 機)
〜7
・28
(
サン フ ラン シ スコ 発・ 客 船ク リー ブラ ンド 号)
〜8
・11
(
横浜 着) ガン ビア 滞在 記 中央 公論 社 59・ 3
・5 書き おろ し︒ ガ ンビ ア再 訪 78・
・4 21
〜27
(
往復 飛行 機) 月4 27日 の オナ ーズ
・デ ーに 名誉 文学 博士 の学 位を 受け る︒ シ ェリ ー酒 と楓 の葉
文芸 春秋 78
・11
・15
(
初 出は
「
文学 界」 77・ 1
︑3
︑4
︑7
︑9
︑11
︑78
・1
︑3
︑5
︑ に7 十回 連載)
︒ ガン ビア の春
河出 書房 新社 80・
・4 30( 初出 は「 文 芸」 78・ 11〜 12︑ 79・
〜3 80・ に1 十三 回連 載)
︒ 懐 かし きオ ハイ オ 文 芸春 秋 91・
・9 25
(
初 出は
「
文学 界」 89・
〜3 91・ 4 に二 十六 回連 載)
︒ 庄野 氏は アメ リカ のオ ハイ オ州 ガン ビア のケ ニオ ン大 学に 一年 間 留学 した のだ が︑ その 立場 とい うか
︑資 格と いう か︑ 身分
・位 置づ けに つい ては ケニ オン 大学 の身 元引 受人 の一 人で ある オー ルド リッ ジ哲 学科 主任 教授 にも 奇妙 なも のに うつ った もの のよ うで
︑庄 野氏 を紹 介す る歓 迎パ ーテ ィの 席で のス ピー チで
︑庄 野氏 は大 学に 教師 とし て来 たの でも なく
︑ま た学 生と して 来た ので もな い︒ だか ら大 学の 授業 に本 人が 出席 を希 望す れば 聴講 する こと は出 来る が︑ 義務 では ない
︒ で はど う いう 目 的で 来 たの か と言 え ば︑ 氏は 作 家で あ り︑ アメ リカ の田 舎の 小さ な町 では 人々 がど んな 風に 生活 して いる のか をよ く見 てみ たい
︑観 察し たい とい う目 的で 来た ので ある と紹 介し てい る1
とこ ろに 明ら かで あろ う︒
つい でに 記 して お くと
︑右 に述 べ たよ う に氏 に聴 講 の義 務 はな かっ たが
︑折 角の 機会 でも あり
︑ま たも う一 人の 身元 引受 人で もあ るジ ョン
・ク ロウ
・ラ ンサ ム教 授の 定年 前最 後の 年に あた り︑ その 講義 に列 する 又と ない 機会 とい うこ とも あっ て週 二回 の詩 入門 の講 義に 前期 は出 席し
︑後 期は ラン サム 氏の 薦め もあ って 英文 学の サト クリ ッフ 教授 の「 悲劇 の研 究」 の演 習( 週二 回) に出 た︒ 前述 のよ うに
︑授 業は 出席 した だけ でよ く︑ 質問 され るこ とも
︑ 試験 も︑ 提出 物も 一切 なか った
︒庄 野氏 は授 業に は殆 ど休 まず
︑皆 出席 のよ うで あっ たが
︑テ キス トの 入手 に手 間取 って
︱特 にサ トク リッ フ教 授の 場合 はギ リシ ャ悲 劇か ら「 セー ルス マン の死」 に亘 る とい う風 に広 範囲 であ った ため
︑事 前に 作品 を入 手し て読 んで おく 事が 十 分で き なか っ たた め
︑ この セ ミナ ー は自 分の 今 後の 仕 事に きっ と役 立つ 筈と 思い なが ら︑ 肝腎 の作 品を 読ん でい ない ため に︑ 発表 も議 論も 残念 なが ら多 くは チン プン カン プン の状 態で
︑授 業中 は沈 黙を 守っ てい たよ うで ある2
︒ 二︑
シェ リー 酒と 楓の 葉 との 比較
︿ガ ンビ アも の﹀ の第 二作 とな る シェ リー 酒と 楓の 葉( 78・ 11・ 15 文芸 春秋) の第 一回 が同 題で「 文学 界」(
77・
)1
に発 表さ れ︑ 以後 隔月 に表 題を 変え て 発表 され て十 回目
「
除夜」(
78・
)7
で完 結と なっ た︒ 庄野 氏の ガン ビア 滞在 期間 は57 年9 月14 日か ら翌 年の 月7 21日 で あり
︑こ の第 二作 が対 象と する のは 57年 10月 21日 から 同年 末の 12月
31日 まで の70 日間 であ る︒ 第一 作の ガン ビア 滞在 記( 59・
・3 5 中央 公論 社) は約 一年 間を 扱っ てい るの に対 して
︑こ ちら はガ ンビ アに 着い て1 ヵ月
︑漸 くア メリ カの 生活 にも 慣れ て新 しい 生活 がス ター トし た約 二ヵ 月間 を描 いて いる
︒ 当然
︑そ こに は違 いが ある
︒両 作の 相違 から 始め て︑ その 特徴 を 明ら かに する こと にし たい
︒ 第一 章「 シェ リー 酒と 楓の 葉」 は一 九五 七年 十月 二十 一日 か ら同 月三 十一 日ま での 事を 記し
︑ア メリ カに 着い て約 一ヶ 月以 上が 経っ て漸 く生 活に も馴 れて きた 頃の 事が 描か れて いる
︒ つい でに 言っ てお けば シェ リー 酒と 楓の 葉 一巻 は「 シェ リー 酒と 楓の 葉」 から「 除夜」 まで 全十 章で 構成 され
︑期 間は 前述 の十 月二 十一 日か ら同 年の 十二 月三 十一 日ま での 約二 ヵ月 間を あつ かっ てい る︒ その ため ガン ビア 滞在 記 より 記述 は当 然詳 細で あり
︑ また 意図 的な カッ トや
︑あ るい は付 加が あっ て︑ 時間 的に は同 時期 を扱 いな がら も作 品と して は決 して 二番 煎じ など では ない 独立 した 作品 とし ての 存在 を主 張し たも のと なっ てい るこ とを まず 言っ てお きた い︒ 話を もと にも どし て︑ この 第一 章に 記す とこ ろは ラン サム 氏の 好 意に よる マウ ント
・バ ーノ ン高 校へ の引 接紹 介( 兄・ 英二 から の文 通相 手紹 介依 頼の 件)
・ラ ンサ ム夫 人の 型破 りの 個性 紹介
・ラ ンサ ム氏 の授 業の 内容 とケ ニオ ンの 学生 の特 徴・ 床屋 のジ ム紹 介・ デニ スン 大と の サッ カー 応 援に 行 くが 敗 ける 次 第︒ ホー ム・ カ ミン グ デー のオ ーバ リン 大と のフ ット ボー ルに は勝 つ︒ ミノ ーと ジュ ーン