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および数学的費用分解論の意義

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(1)

530  

ー 22 −  

シ、ユマーレンバッハの原価範時論  

および数学的費用分解論の意義  

平  林  薔  博  

Ⅰ問題の所在  

「エ場取引払おける簿記と原価計算」(BuchfiihrIung und Kalkulationim   Fabrikgeschaft1899)に.始まり『原価計算と価蕗政策(欝6版)』(Selbstkost・  

enrechnung und Preispolitik1934)にI至る,長きにわたるVユマ・−レンバ  

ッハ原価計算論の辿った道を入念に跡づけるととは決して容易なことではな  

い。しかし,主題をシュマ、−・レン㌧べッハの費用理論が彼の原価計算論といかな   るかかわり合いをもって展開されたのか,つまりシュマーレンバッハにおける   費用理論と原価計算論との関係に問題を限定して一一応の解釈を試みることほ・,  

試論として許されて:よいのみならず,さき紅,費用理論の発生の根拠および費   用理論と原価計算論との関係を研究すること,これこそが緊急の課題であり,  

それがために.はシュマーレンバッハ費用理論の研究が枢要であると述べたわれ  

(1)  

われにとってほ,むしろ1つの義務であるとさえいえる○   

筆者の理解によ.れば,シュマー・レンバッハの問題は,原価計算論を経営価値  

(1)拙稿「経営経済理論匿おける費用理論の位渾と課題」『香川大学経済論劉第41巻5  

・6号。  

シュマーレンバッハの動的貸借対照表論の辿った造を入念に跡づけたものとして,周   

知のように谷端長著『動的会計論』がある。本′ト文はその着想を借用していわば「原価   

計静論」版を意図しているものである。しかし,それは決して容易なことではない。こ   

こでは一応費用理論と原価計静論との関係紅ついてニシュマーレンバッハが辿った道を考   

察するに・とどめる。   

なお,本小文をまとめるに・さいしでは,とくに・つぎの諸著書を参考とした。付して感    謝したい。   

久保田音二郎著『間接費計算論』(森山書店,昭和34年)。   

松本岡著『原価理論の構造』(森山書店, 

山形休司著『原価理論研究』(中央経済社,昭和43年)。   

(2)

男1   

シ′ユ.マーレンバッハの原価範疇論および数学的賀用分解論の意義  −23一    計算論と規定し,その一山環として費用理論を位置づけたことであり,ヨリ具体   的にいえば,費用理論を原価計算における評価論の問題として理解することで   あった。したがって,費用理論をたん軋価格政策(価格計算)あるいは操業度   政策とのみ結びつけて∴展開したのではなかったといえる。われわれのこ.こセの   問題はこのように.して狙上に.のせられた費用理論がいかなる事実からいかなる   論拠紅.もとづいて経営価値計算論と結びついたか,ということである0   

ところで,シュマー・レ∵/バッハの場合,費用理論とは操業度との関係から原   価を比例費,固定費,逓減費,逓増費に分類し論じたいわゆる原価範疇論と逓  

マイナス  

減資,逓増費を数学的に.比例費部分と固定費部分(消極的回定費部分)とに・分   解したいわゆる数学的費用分解論とをさすのであるが,ミ/ユマーレンバッハみ   ずからがこれらを費用理論と名付けたのではない。そこで,われわれは以下に  おいて費用理論という名称を使用せずに,具体的なこの原価範疇論と数学的費   用分解論とを取り上げ,これらがいかに体系化されてシュマーレンバッノ、原価   計算論の・−・環として,つまり経営価値計算論の一層として位置づけられている   かを歴史的紅考察したい。いいかえれば,レコ.マーレンバッノ、における費用理   論と原価計算論との関係を,彼の原価範疇論と数学的費用分解論とはいか紅展   開されて原価計算論と結合されたのかという課題に・おきかえ,これを問題史的   に跡づけてみ.るととが本小文の目的である。   

そのさい,われわれの論究は.,十方で必要な限り経営価値計静思考がいかに  生成発展したかを省察し,他方でその経営価値計静思考の具体的なあらわれで  

ある比例費(限界費用)計算がどのような機能をはたしつつ経営価値計算と結   びついたか,そしてそのために原価範疇論と数学的費用分解論とがその理論を   いかに.緻密なもの粧したか,こ.の分析紅問題をしばりたい○  

ⅠⅠシュマーレンバッハの原価範疇論および数学的費用分解論と価格   政策  

いうまでもなく,シュマ丁レンバッハの原価範疇論および数学的費用分解論   の囁矢は「工場取引に.おける簿記と原価計静」に求められる0そこで彼が論じ   

(3)

第42巻 寛5号  

ーー24 −   532  

た内容はつぎのようなものであり,今日からみればきわめて簡単な論述であ   る。   

すなわち,「われわれがいまあるエ場に.おいて.方個の製品を生産すると仮定  

すれば,それ紅ほクマルクの原価が発生するであろう。ところが,∬個ではな  

く2.方個製造すると2.γマルク以下の,3∬個であれぼ3.γマルク.以下の原価が通   常発生するのである。つまり,この種の原価は生産患とは.同一∵歩調をとらない  

のである。公式で示せばつぎのようになる。  

∬製品   γ 原価  

2一方 〝  <二2.γ 〝  

但し.<=左辺より小  

>=左辺より大  

この原価をわれわれは逓減費という。   

さて,生産患が原価の増大なくして増加するという例外的な場合を考える   と,そこでの原価は固定費であるqかかる事例はやとえば運河を経営する場合   である。そこでは船舶の航行数の多少ほ原価に.関係がないのである。公式で示  

せばつぎのように.なる。  

∬製品   γ原価  

2∬ 〝   γ 〝   これに.対して,普通の場合比例費が生じる。  

方製品   γ原価  

2∬ 〝   2JJ〝   

ところで,逓減費の対極として逓増賀が考えられる。これは工業ではまれで   あるが,農業でほ通例のものである。公式で示すとつぎのようになる。  

方製品  

.γ原価   2∬ 〝  >2.γ 〝   

なお,逓減響と逓増費とはこれを固定的なものと比例的なものとに分解して   あらわすことができる。たとえば  

∬製品  

γ原価(与包プ+砲γ)   

(4)

533   シ・ユマー・レンバッノ、の原価範疇論および数学的費用分解論の意義  −25−  

2方製品  

1砲γ原価(抜γ+1.γ)  

(i) とすると,前項の与ちグほ固定費を,後項の与色γと1.γは比例費をあらわす。」   

みられるように,後のシュマ−レンバッハのいきついた理論内容からみれば   未熟な点が多い。しかも,この論述は実はr ■第1次原価(比例費部分一平林   琵)と第2次原価(固定費部分帥平林註)」という節題の下に論じられて−い  

るのであって,彼の後の論述にみるような原価と操業度との関係から積極的に  原価範疇論および数学的費用分解論を説いているのではない。しかし、ここに  

これまた後に朋らかになるようにシュマーレンバッノ、の考え方,つまり彼のい   わゆる費用理論理解が早くも看取できるのである。ノそ・れは,彼にあっては費用   理論を費用理論として自立的に主張するのでほなく,むしろ費用理論を横杵に  

して他の理論展開を試昇る意図が察知できることである。では,そもそもシュ   マーレンバッノ、がこの原価範疇論なり数学的費用分解論なりを展開した動機は   何か,またとれら理論に依拠して彼ほ何を解明しようとしたのか,さらに.は結   果において:何が示されたのか,これが当面の問題である。   

シコ.マ」−レンバッハが原価範疇論と数学的費用分解論とを展開した直接の動   機は固定費化する間接費計算問題にあったと推察できる。すなわち,間接費の  

ヨリ正確な配賦のためには間接費についての十全な研究が必要であるが,なか   でも生産盈の増大または減少との関係において間接費を研究することが重要で   あると判断したことに起因すると推論する。シ′ユマーレ∵ノバッハが「■間接費の   正確な配賦はいまだ行なわれていない。それはまず間接費の十分な研究,つま  

り生産量の増大または減少との関係において研究するこ.とによって達成され  

(3)  

る」と述べて,既記の第1次原価と第2次原価の論述に入っ−ていることほ銘記   されなければならない。それは当時のKalkulationが現今の原価計算とやや意   味を異紅して製品単位当りの原価把握のみならず,製品を売価と比較して利益   計算するこ.とまで含んでいたこと,したがって−,製品当りの原価,その売価,  

(2)E,SchmalenbachりBLLChf融nLIJg und KalktL(attoni桝 FGbrikgesch∂ft,Nach・   

dInCk,1928,S仙8..  

(3)Ders。,a..a。0リ Sハ 7.   

(5)

寛42巻 発5号  

・−26−・   534  

その販売利益という−・連の関係を計算するKalkulationでほ,間接費配威の問  

(4)  

題認識が必要条件であった七とを,シュマーレ∵/バッハが鋭く受けとめ問題と   したことを示すものである。   

さて,われわれにとって上記の事実は重要である。そこ.にレユマ−・レンバッ   ハの卓越した洞察力とそ・の継続をみ.るからである。彼はいみじくも彼のいきつ   いた理論を示す『原価計算と価格政策』(6坂)において,「本書ほ‥いい・固定費の  

(さ)  

大きな重要性を正しい光明の下に移し.」て論じるのであるが,この間題意識は  

(8、 「1899年に.当時レムシャイドで刊行された独逸金物工業新聞に掲載された」論  

文,「工場取引把.おける簿記と原価計算」紅までさかのぼると発言している。  

まさしく,シュマーレン㌧べッハの関心事が間接費計静間題,とりわけ固定費化   す・る間接費問題の解決にあり,したがってこれが彼の原価計算論の底流である  

ことを格別に.注意する必要がある。   

ところで,レユ.マー・レンバッハほ既にみたような原価範疇論と数学的費用分   解論とをひっさげて.固定費化する間接費問題を解決しようとしたのであるが,  

そ・の具体的な解決策ほ間接費の配購計算というよりも間援費の段階的補償とい   うものであった。たとえば,彼は数学的費用分解論を説いた後,比例費部分,  

固定費部分という「この区別ほ補償に.おいて大きな役割をはたす。いま簡単に   するため多くの顧客把.供給される商品が1つであるとしよう。■また,原価は逓   減的に増大し,2一方の商品で1一色.γの原価が発生サーるとしよう。この場合,原価   は顧客紅よって理論的に腰どのように禰償されるぺきか?。われわれは生産を   2段階紅.分ける。つまり∬の商品(原価はク)を生産する。ついでさらに.彩の   商品(原価は施γ)を生産すると考えるのである。   

さて,いま,2∬にかわって1∬のみを生産することがゆるされているとすれ   ば,われわれは.−・般に.もっとも利用の高い顧客を考え,逆紅もっとも少さく,  

(4)久保田音二郎著,前掲昏,166貢。なおKalkulationにいでは久保田音二郎稿  

「■Ⅹalk11lati叩濫ひそむ原価計静思考」(『国民経済雑誌』欝115巻欝5号)を参周。  

(5)Schmalenbach,E.,SeZbsikostenYeChnungund Preisboliiik,6..Aufl。,1934,S・1   

土岐政蔵訳『原価計穿と価格政策』(森LLl書店,昭和34年)1貢。  

r6)DeI・s′′,aル aい0,.,S.′1..土岐政蔵訳,前掲番,1貢。   

(6)

535   レ.コマ−レンバッノ\の原価範疇論および数学的費用分解論の意義  −27・−− 

しかも効益をもたらさない顧客の部分を断念する。かくして,第2の商品を受   取る人膵朋らかとなる。すなわち,この苧り悪るい顧客に支払われる部分は理  

論上}色γ原価のみが計算されるのである。それに対してわれわれの購買者であ   るヨリ長い顧客は.γ原価を負担する。顧客のこの分類化紅よって,われわれは   指導者に・,つまり上司に.点い支払者をわれわれの言葉で『第1人者』として報  

(7)  

告し,悪るい支払者を『残されたもの』として報告することができる」とシュ 

マーレンバッハほ.論じる。この主旨はいささか不明瞭であるが,要す−る紅たと  

えば,商品(単1商品のみを扱っている)100に.対し200円,商品200に.対し300   円の原価が発生したとすると,最初に商品100が製造され,その後にさらに.商   品100が製造されたと仮定して,原価は最初200円,ついで100円それぞれ補償  

されると考えればよいとして,いわゆる段階的補償を主張しているのである。   

とこ・ろが,シユマー・レンバッノ、は他方「最初の∬分については大抵支払をす  

る顧客が得られるので計算方法はたてられる。しかしそ・の給果として第2次原   価は利益によって補償されねばならない。そ・れ故に,あらゆる顧客は第1次原   価のみを負担し,第2次原価は粗利益(Rohgewinn)で補償するということは  

(8)  

理論的に.正しいであろう」とも述べている。つまり,ここでほ第1次原価の補   償が第1段階として考えられ,ついで第2次原価の補償が考えられている。し  

たがって,同じ段階的補償といっても先の場合とはやや意味を異に.している。  

すなわち,段階的補償に2つの意味があるのである。しかしともあれ,みられ   るように原価の補償を常紅段階的に考慮し,未補償ないし未回収原価が発生し   ないような計算方法が構築されている。そ・して重要なことほそのかなめとして   数学的費用分解論を定置させていることである。いいかえれば,原価の第1   次,第2次区分,つまり逓減費の比例費部分と固定費部分との分解が補償計算   の道具立てに・なっていることをわれわれは知るのである。   

しかし,シュ.マーレンバッノ、にとって原価範疇論および数学的費用分解論は   たんに補償計算の用具に・終るのではない。彼は補償計算を前面に出しつつ,裳   17)I)ers.BL(Ch/おhrzLllg ulld KalkLL[GtioIJim FGbrikgeschaft,S 8  

†8)DeI・S.リ a.a.0..,S.9.   

(7)

第42巻 第5号   536   ー2β−  

面では原価範疇論および数学的費用分解論が,とりわけそこから導出される比   例資(限界費用)が,差別価格に.よる操業度向上,受註増加,経営能力の利用  

(9)  

増進,そして国民経済的損失回避の実現にまで関与することを論じ,いわゆる   操業度政策による能率向上および経済性促進への可及的効果を指輪している。  

たとえば,「■第1次原価が商品単位に・計算されると欝1次原価計静価格となる0  

そ叫ほ第2次原価計算価格と対立する0もし第2次原価が第1次原価のように 

計算され,両者が合計されると粗原価計算価格(rohe Kalkulationspreis)とな  

る。   ふ_J  

原価計算価格が決定的となる。しかし,第1次原価計算価格が不必要紅なった   というのではない。なぜなら,もし生産が増大またほ減少し、それに.よって売   渡価格というものが影響を受けるとすれば,第1次原価計算価格が唯一・のより  

(10)  

どころとなるからである.」と論じている。   

さて,かかる思考内容は,シュマL−レンバッハのいきついた論点であり,本  

小文でも後述する経常価値計算論の−・環としての原価範疇論および数学的費用  

分解論とは,2つの面で基本的に・相違している。1つは,既に.みたように.,原  

価範疇論なり数学的費用分解論なりが価格政策および操業度政策の−・環として  

論じられ且つ位置づけられていることである。しかも,強謁していえば,原価の   補償計算を中心とする価格政策的な側面が前面に.立ち,経済性の促進をめぎす   操欝庶政策的な側面が裏面として,あるいは結果として位置づけられている。   

たしかに.つぎのような点が指摘できよう。たとえ.ば「他方に.おいて,逓増費   の場合にほ,第2次原価が第1次原価となり,すぺて:が第1次原価となる。し   たがって,逓増費は第1次原価紅計上されるので,実際生じつつある原価では  

(11)  

ヨリ有利な価格となるからそれが利益となってくる」というシュマーレンバッ   ハの論述をもって,「後の総益附加によ−る経営価値計算論と異なるところがな  

(9)Ders.,a.a.0りSS.11〜13廿  

uO)Ders..,a.a.0..,S.13.  

仙 DeIS.,aいa。0い,S小17い   

(8)

537   シユマーーレンバッノ\の原価範疇論および数学的費用分解論の意義  −29−   

(1】)  

い」と。あるいはまた,受註増加による経常能力の利用,あるいは国民経済的   損失の回避という論理ほ,経営価値計算∴論の基礎庭・ある共同経帝的経済性思考  

であるとも推論できる。しかし,基本的思考は差別価格を正当化す−る論理であ  

(18)  

り,価格による自動調整機能の讃美である。その意味で,原価範噂論および数   学的費用分解論ほいわゆる価格政策の道具立てとして存在しているに・すぎな   い。したがって,この時期に・おいては,レユマ〜レン㌧べッハにとって:原価範疇   論と数学的費用分解論とは.価格政策,具体的に.は差別価格による原価の段階的   全部回収の誕柱であったと筆者は理解する。それ故に,逆にいえば,経営価値   計算論が展開され,そこでの原価範疇論なり数学的費用分解論なりの役割の追  

l 跡こ・そが,われわれの今後の関心事となるであろう。   

さて,この時期経営価値計算論の−・環として原価範疇論および数学的費用分   解論が位置づけられないと断定するいま1つの側面は,経常価値計算論の基礎   的諸範疇がみられないことである。つまり,経営価値計算論に.とっで重要な共   同経済的経済性あるいは比較性思考というものがこの段階では明確でなく,そ   れがはぼ明らか軋なるのは1908年まで待たねばならない′のである。   

ところで, 

の原価計算」(GewerblicheXalkulation)KIおいても繰り返えされて:t、る。  

いま,当面の問題に必要な限りにおいてその所説をみるならば,彼のつぎの言   葉が注目されよう。「生産物の総原価とは,・その生産物の生産に.よって発生す  

る原価である。 

たがって,をれほ個々の単位の総原価でもない。しかしてそこにまさ紅正しい給   付原価計算の長所があるのである。つまり,それは個々の単位に対する生産費   を操業度との関係から研究し,諸帳簿よりよみ′とるのである。それは,個々の   注文について,この注文によって期待される経費を集計し,ただちに個々の注   文の固定費のしめる額を見積るのである。この長所ほ固定費と比例費とが最後  

㈹ 久保田音二郎著,前掲審,170貫。  

83)松本剛著,前掲番,30真以下参照。   

(9)

第42巻 第5号  

− ∂∂・−   538  

(11) まで完全に区分されていろという方法にある。」  

「この説明の実務的効果は,給付原価計算名が給付原価計算の終りまで固定   費と.比例費とを区分しなければならないこと,また複式簿記が存在して.−いる場   合に・ほ周定費の商品勘定への振替えほないが,しかし逆に.商品勘定の粗利益を  

特別勘定で処理して負担されるぺき固定費が判明すること,である。たしか  

に.,価格形成あるいは他の目的のために周定費を生産単位紅割当て.計上すると   とが各人紅許されていないわけではない。しかし 

(1占)  

ⅩalkulatiQn)ではその方法ほ容認されがたい。」   

ことに.ほ,固定費の別計算が論じられている。すなわち,固定費の製品配戚   に.よるいわゆる全部原価計算が否定され,逆に此例費計算を推称し,をれ匿よ   る固定費の補償・回収が意図されている。そうしてこのことがたとえば下位経   営の原価計算を可能に.し,また価格下位限界を示すようになるとシュマー・レ∵/  

(18)  

バッハほ主張する。したがって,ここでも原価範疇論や数学的費用分解論が経   営価値計簸論の一・環として論究されて:いるというよりも,むしろ依然として価   格政策の基軸として存在しているといえよう。   

ところで,1902年論文についてはいま1つ指摘しておきたい。それはシュマ  

−レ∵/バッハが原価範疇論なり数学的費用分解論なりを説く本来的動機とし   て,固定費化した間接費の増大現象を挙げていることである。彼はいう。「原   価計算論について−のいままでの出版物にみられる共通の特徴は,・それらが主と  

しで鉄鋼業および機械工業から出ていることである。…・・  この現象の理由   を私は主として2つの事実紅みることができると思う。1つはこれらエ業部門  

では製造間接費(Generalunkosten)の理解の仕方が大きい役割をはたしでい   るこ.とであり,2つに.は著しい景気変動の存在であって,これが製造間接費に 

(17) 与える影替が強く感じられるに至ったからである.」と。かぐてわれわれほ,  

u4)Schmalenbach,E。,GewerbLiche Kalkulaiion,ZfhF,1963,S.383.  

個 DeIS.,a.a。0.,S.383 

那)DeI−s小,a.a.0.,SS.382〜383  

郁トDers.,a..a.0い,S小376. 

(10)

539   シェ.マー・レンバッハの原価範疇論および数学的費用分解論の意義 一凱卜→   

1899年論文に比してシュ.マ−レ∵ソバッノ、の問題意識が明確であることを強祝し   て∴おこう。ただ,レユマー・レ∵ンバッハが固定費問題を何故に大きく取り上げた   のか,問題となろう。もちろん,彼の歴史紅対する鋭い洞察力が主要因である   ことは論を待たない一。しかし,それ以外に考えられないであろうか。筆者の推   察によれば,シ.ユ.マーーレンバッハのいわゆる自由経済讃美論が関連していると   いえる。彼軋よれば,自由経済でほ価格が王様であり,価格の自動調整機能に   信頼すれば経済は万事好都合に発展するという。しかし,固定費の増大はこ・の   機能を阻害し自由経済を圧迫・す−る。しかして固定費問題の解決=自由経済の堅  

(18)  

持,これがシュマ、−レ∵/ノチッハの1つの研究探題であったと推論できる。  

111シュマーレンバッハの原価範疇論および数学的費用分   解論と経営価値計算の萌芽  

さて,原価範疇論および琴学的費用分解論を価格政策の一層として位置づけ  

る思考ほ,1908年の論文「生産費算定の理論」(Theorieder ProduKtions・  

kostenermittelung)が発表される払およんで1つの変容をみることができ  

る。つまり,ここ.に.われわれは廉価範疇論および数学的費用分解論が,経営価   値計算論の一層として論じられようとしている動向をみるのである。   

シュマーレンバッハがこの論文払おいて.主張した第1点ほ経営価値計算思考   の萌芽と推論できるのであるが,原価範疇論および数学的費用分解論を以前の   論文に比してヨリ詳述した後,消費原料の時価による評価を主張したことであ   る。彼はいう。「実際上では,原価の決定は,主として価格決定のため軋役立   たす場合,異実紅支払われた買入価格を顧みるぺきものであるという説紅主と  

してしたがっているようである。私はこの見解に対して−,貯蔵原料の価格変動が   特に計算されるぺきこと,また経営が原料消費の時の価格をもって戚課を受け  

るぺきことを力説したい。正確にいうと消費の時の価格というのではなく,原  

㈹lシ㌧マーレンバッハの自由経済論を理解するには毒し当りつぎの著書が参考に・なる。  

SchmaleI】bach,E.,Derjyeie71mrtSChqfi2um Geddchtnis,3.Aufl.,1958,   

土岐政蔵・斉藤隆夫共訳『回想の自由経済』(森山書店,昭和35年)。   

(11)

第42巻 第5号  

−32−   540  

料の手持がない場合,これを買付けなければならないであろうところのそ・の時  

(19)  

の価格を用いるぺきである」と。また,「支払われたる価格特売買行為に対す   る1つの回顧にすぎない。それは1つの事物紅くっついた特性ではなく,とく   にそ・の価値ではない。価値は1物と他物との関係である。この物はこの関係を   具体的に有するものではない。保有せるものの価値ほ同じ物の市場に・おける価   値と全く同・−・に.変動するものである。この物を消費することほその歴史的価値  

(20) を消費するのではなく,実際の価値を消費するのである」とも彼は論じる。   

みられるように,この思考は,後に.時価評価に.よる比較性の確保,経済性の   促進,そうして究極的に.ほ共同経済的経済性の達成として展開された一−・連の論   理過程の欝1歩を示すものであろう。シ′コマーレンバッハは後紅ではあるがい   みじくもつぎのように述べ;時価評価が経営価値紅つながるものであるとい  

う。す・なわち,「この計算原則(時価紅よる計算一平林註)はすでに限界価値  

法則と称する1個の原理の萌芽をなすものであって,   ある注文品に・対   して,以前紀男入れた価格より外の価格に・て調達しなければならない原料を必  

要とする時,この追加的に必要とする原料の価格が,その部分紅対してのみな  

(21) らず履行すべき注文の全部に対して経営価値を決定するのである.」と。   

そ・して,このようないわば新しい思考の芽生えが,シュマーーレ∵/バッノ、の原   価計算思考がかならずしも価格政束(計算)そ・のものに密着して展開されてい   ないこと,いいかえれば彼の原価範疇論なり数学的費用分解論なりが価格政策  

の一一・環としてばかり論じられていないことを示す1つの思考を明らかにするに 

至るのである。それは,彼が原価計算の目的を論じ,原価計算が価格決定(計算)  

とは直接的には関係のないことを指摘した点にみられる。彼は「著者の多くは   原価算定と価格決定とを1つの関係紅おき,もって決定すべき価格はいかなる   場合でも直接に原価算定から生ずるものであるとしているが,これは正当では  

u9)Schmalenbach,E.,Thcorie der Produkiironskostenermiitelung,ZfhF,1908/09.   

S巾50.  

際》 DeI・S.,a.a.0.,S.52 

C21)Schmalenbach,E.,SeLbstkosienrechnmg und Preisboliiik,1934,S.13.土   

岐政蔵訳r原価計算と価格政策」21貢。   

(12)

541    レユ.マーレンバッハの原価範疇論ねよび数学的費用分解論の意義  −ββ−−   

(22) ない」と批判し,「■価格決定に.対し第1に必要なものは.原価の決定よりも得ら  

るぺき価格の決定である。原価の計算は価格決定に.対して第2段と考えられる   のである。得らるべき価格を知る時ほ,原価計算によって,この価格でもっと   生産を続けるか,あるいほまたこの与えられた価格ではわれわれの作業予定で   ある諸生産物のうち,いずれを選ばねばならないかを考えねばらない。かく   て,原価計算と価格決定とは直接関係ほないのである。ただ大廻りしてこの両  

(23) 者ほ関係するにすぎない」と主張する。   

さらに.,シュマ−−レンバッハの重要な発言ほ,「価格決定の目的のための原   価算定方法の選択についてほ.,価格が注文の質と鼠との上で最高の経済的作業   をもたらすように決定されねばならないということから出発するのである。普  

(24)  

通の塾に.ほまった総平均原価計算はこれに.適しない.」と述べ,「理想的な価格   決定は.つぎのような方法で進まねばならない。すなわち,原価計算は2つの方   法でなされる。その1つは濁らるべき価格の決定の手段として総平均計算を用   い,他は.そ・の時の作業皮に・相応する比例費のみを計算する方法である。後者の   場合,固定費は.当該経営部門が正常の作業に達しない限り概して計算されな  

い。逓減費は,固定,比例両部分に・分解した後,その比例費部分のみをもって   一総平均原価より少い一計辞される。逓増費は同様比例部分をもって−,つ  

(25) まり総平均原価より高く計興される」として,比例費計算の正当性を.主.張して  

いる点である。   

ここでほ,−・方で価格決定のためには原価計算が第2義的紅しか有効性をも   ちえないことを主張し,もって.1899年論文,あるいぼ1902年論文にみられた原   価計穿と価格決定とのいわば直接的関係論から後退する論述を展開しながら,  

他方でほ,比例費計算が最高の経済的作業を実現するのに最も有効性をもつと   主張し,こ.の計算方法を継続的に用いるこ.とを強調し,もって原価範疇論・数  

C22)Schmalenbach,Eり Theorie der Produkii onskosienermittelung,ZfhF,1908/09,   

S.58.  

悶 Ders.リa.aい0い,S..59   

以IDe工Sい,aいa..0…,S.61  

朗 DeI■S.,an a、0い,S.611.   

(13)

第42巻 欝5号  

−34 −   542  

学的費用分解論の意義を是認しようとするのである。いいかえれば,比例費計   算を支持すること紅よって従来からの論理叩貰性の保持をみる反面,この比例   費計算せもってただちに.価格決定紅結びつかないという主旨に・おいてト従来の思   考からの変化をみるのである。さらにし、えば,従来は比例費計算をもって価格   政策と操業度政策との両面に有用な機能をもつものとしていたが,ここでは比   例費計昇をしていわゆる操業度政策,つまり最高操業度実現の道具立てとみな  

し,それ碇.よって経済性の促進が可能であると考えており,ここに.いっゐ微妙   な思考変化をわれわれは看取するのである。しかしともあれ,比例費計算の主   張がはっきりうらだされたことは注目しなければならない。そ・して,振り返え  

し紅なるが,・そ・の・−・環として\原価範疇論および数学的費用分解論が展開されて   いるこ.とも見落して−はならないのである。   

ところで,以上のような思考上の変化の顕著な現われとして,レユマ−レ∵ノ   バッハが計昇価格論(Verrechnungpreise)をこの時期に展開しているこ.とは看   過できない。そこでは,比例費計算に.よる計算価格が経営内の比較†選択を有   効把.実施せしめ,究極的紅は経営をして最高の経済的作業実現へ推進せしめ  

る,という考え方をしているからである。   

サーなわら,シュマーレンバッハほ,まず価格ほ交換原則上の主権者であると   いう。そしてこの価格は「統制ある消費をもたらすもので,価格が蒸ければ消  

く26) 費者を威嚇して消費を制限し,価格が安くなれば消費を増加せしめる」という  

経済上の調整機関め役割を担うので,「■価格あるものに消費者は.現存する経済   財のうち比較的大なる選択を有し,しかもそれはその収入甲限界内に・おける選   択である。また価格あるために生産が資本と労働の投下を必要とするまでに・お  

(3γ)  

もむくのである」という。   

ところで,かかる機能をもつ価格が,各経営部門の主権者として一統制者とな   り,全体を概観することができるとすれば,これをもって一計算価格と名付ける   こ.とができる。シュマ・−レ∵ノバッハはいう。「われわれほある大経営の管理機   C26)SchmalenbachEり,tjberVerrechungsPreise,ZfhF,1908/09,S・166い  

閻 Ders.,a.a‖0∩,Sけ166    

(14)

舅3   シュマーレンバッハの原価範疇論および数学的費用分解論の意義  −∂5−一   

関…・…をみると,この大きな機構を統御して行くのは困難なることがただち  

にわかる。  

大経営では原料や労働者の管理は個人的な監督で十分やれ   るものではない。   

,仮りに各部門に.,各工場にイ富親しうる主任者を配  

属せしめることができても,各部門の主任者は全体を概観することができない  

し,全経営の統御者には.細かいことがわからぬし,綜合的な仕事に.も欠陥が生   じる。しかしで,ここ.に唯一・の手段がある。経営の各部門が計静的に交渉に入  

ることである。しかしてこの計静は相互の給付の評価を利用せねばならない。  

(28) ここに.特殊な価格が生じる。それが計算価格である。」「計算価格は工業会計に  

おいて全経営を数個の下級経営に.分ち,その相.互の給付を個々に.針鼠し計算す  

(29)  

るために・ほどこでも生じる.」と。   

かくして,かかる目的をもつ計静価格の定め方については,∂)生産原価価格   による計静,b)標準価格紅よる計静,C)市価による計算1d)比例費紅よる計算   の4種類があるが,最後の比例費による計算価格が「まったく自然な価格であ  

(30)  

る.」として,その優位性をシュ.マーレンバッハは強調する。   

以上明らかなように,経営活動状態を比較・選択し批判するための計算価格   を比例費計算でもって行なう思考は,まさしく経営価値計算思考の1つの発現  

(31)  

であるといえよう。ただ,この段階では依然として経営価値なる概念はいまだ   ほっきりうちだされていないし,そのような言葉自体も見出せない。  

㈹ DeエーS..,a.a.0.,S。167.  

C9)Ders a.a.0.,S.168.  

80)Ders小,a.a 0..,S.180.  

蝕 もっともジュマ・−1レγバッノ\は後にではあるが,経営価値と計静価格との相異をつぎ    のように述べている。すなわち,「計算価値(経営価値一平林註)の外紅計算価格があ   

る。計静価値はある物が経営に対して有する価値である。・・い‥割静価格はこれと異   

なる。計静価格は作られ,決定される。つまりある処理紅よって始めて生ずるものであ   

る。   

原則としては計算価格は計界価値と−・致す■るように定めるべきである。  計算   

価値の決定は原価計算の理論的部門で,計静価格ゐ決定はその実際的部門である」と。  

(Schmalenbach,E。,GYundlagen der Selbsikos tenrechnung und Preispoliiik,5.   

Aufl,1930,S・16−・土岐政蔵訳『原価計静と価格政策の原理』東洋出版社,昭和10年。)   

(15)

第42巻 算5号   544  

・−・ββ −  

ⅠⅤ シュマーレンバッハの原価範疇論および数学的費用分解   論と経営価値計算論の成立  

さて,以上のような省察から明らかとなり,また同時に問題となった事実   は,一方で比較性あるいは.経済性という側面からくるところのいわゆる経営価   値計算思考の生成と,他方でその異体的な計算方法である比例費(限界費用)  

計算のいわゆる価格政策的機能からの後退である。つまり,シュマー・レンバッ   ハにとって,原価範疇論および数学的費用分解論の役割に・は.振幅があるのであ   るが,経営価値計算論への役割に・濃度を強めているのである。この点,1919年の   論文およ.びそれが初版となった著書『原価計算と価格政策の基礎』(Gr11ndlagen  

der SelbstkostenrechnungundPreispolitik)は1一層ほっきりした転換を示し  

ている。そこでは経営価値計算思考がいよいよ前面に.おしだされ,価格政策的   議論は隅に.おいやられている。いま,われわれに.とって必要な範囲に・おいて−述   べれは,まずなに.よりもレユマーレンバッハが比較性な強調する基底である共   同経済的経済性概念をはっきり主張した点である。   

すなわち,「経営経済学の部分対象としての原価計算の学問は,経営の経済   性を可及的紅よく発揮するように原価計算を理論的に構成しようとするもので   ある。しかし,原価計算論は経営経済学の他の諸部分と同様,この問題を私経   済的観点でみることをしない。つまり,個人の利害そのものは言及しないので   ある。ただ,あらゆる経営ができる限り経済的に・活動することは全体の利益で  

(82)  

あるから,この学問もと.の事柄に窓を用いるのである.」。「したがって,われわ   れの理論的研究紅方向を与えているのは私経済的経済性でほなく共同経済的経   済性である。1個の.工場が多少もうけているとかいないとかはこ・こでの問題で   はない。もっぱら非経済的な作業によって財が浪費されないことが目標なので   

(8$) ある」と。  

Ci2)Schmalenbach,E.,GrundlagendeY Selbsikostenrechnung und Preisbolitik,2一・   

A11fl.,1925,S小1。  

脚 DeI・Sい,aいa.0い,S 1   

(16)

斑5   シ′ユ.マーレンバッ′、の原価範疇論および数学的費用分解論の意義  ニー37−  

では,共同経済的経済性を実現するにはどうすればよいのか。いうまでもな   くあらゆる経営の作業実体を認識測定し,比較し,取捨選択し,もって経済的   に活動する経済機関を形成することである?しかし,かかる過程は当然評価を   前提とする。つまり,その対象物に貨幣単位で定めた数値を与え.ることが必要   不可欠である。それに・よって,経営の実体が比較されるからである。しかし   て,この与えられた価値をVユ.マーレンバッハは計算価値(Kalkulationswert),  

すなわち経営価値と名付けるのである。別言すれば,経済とほ選択することで   あるが,その選択の前提としで比較佐原則を導入するのであり,比較し選択を   効果的紅また容易紅するため計算価値による評価を主張するのがシュマーーレ∵ソ   バッハの本旨なのである。   

たとえば,いま原価財の仕入が阻止されている場合の計算価値について考え   てみると,まず,経営ほいま保持して1、る材料を,利用するのに最もふさわし   いもの軋向けるであろう。つまり,利用日的の小なるものはすぺて排除すると   いう行動をとるにちがいない。しかし,この行動のためには,どの利用目的を   排除するのか,逆濫・どの利周目的のために材料を用いるのか取捨選択が必要で   ある。しかして,ここに.計算価値による評価が生れるのであるが,ここでの場   合,その価値ほもはや獲得不能な材料の仕入価格で定まるのではなく,利用目   的の小なるものを排除した額で定まるのである。つまり,排除されもほや利用  

(鋸) 目的をもたぬもののうち最高の価値をもつものをもって計算するのである。か  

くしてシュ.マL−レンバッハはこの価値を「オ「ストリア学派の限界費用にきわ  

(35) めて近いものである。それは直接限界費用と並存する」と述べ,「割算:価値の  

かかる設定に.よって,限られた財の浪費が阻止され最も有効に利周されるこ.と  

(88) となる」と主張する。   

われわれほここにシュマ→レンバッハが新たなる段階紅踏み出しているのを   察知する。経営価値概念が計算価値なる用語ではあるが即応定義され,しかも  

岬錮脚㈹    5  11  S S S   

︐   一−  

000   

S S S  

−▲  ■▲ −1   e e e D D D   a.  

a.a,.   

a.a.  

(17)

第42巻 第5弓   546  

−・ββ一  

その概念形成の背景に.ある共同経済的経済性について論じられ,もっで比較性   の強調がさけほれてこいるからである。   

では,ヨリ具体的に計算価値とはいかなるものであり,いかように適用され   るのか考え7::みよう。シ′ユマーL/ンバッハほ比例率(Proportionale Satz)な   る概念を導入しこれを説明する。すなわち,「逓減費または逓増費を固定費と   比例費とに.分解すると,固定費はある操業度の範囲内でほ絶対的な大きさであ  

り,比例費は相対的な大きさである。この相対的大きさをその関係に・したがっ   て給付単位で割算計算すると,われわれが『比例率』と名付けるものが生れる。  

く37)  

比例率の意義はそれが通常計算価値であるということである」と。要するに,  

数学的費用分解において■ある操業度区間の増分原価を増加生産盈で除したも   の,すなわち限界費用をシュマ・・−レンバッハは比例率と称するのである。そし  

で,この比例率なるものを計算価値とみなし評価を行なうことが「国民経済上  

(38) および経営経済上の経済性」を与えるというのである。   

たとえば,逓増費の場合の比例率紅よる計算価値の実際上の役立をつぎのよ   う紅強調する。少し長い引用に・なるがシュマーレンバッノ、の本旨を知る意味で   了とされたい。   

「仮りにある石切場で,当時石材を1立方米に.つき4マー・−クで採取するが,  

1日200トンの搬出をもってこその通常の生産能力の限界紅蓮するものとする。  

1日の生産盈を250トンに増加することが可能であるが,これはしかしながら  

逓増費を起してのみ可能である。というのは,この増産により, 

備でほ不十分であるから,大至急新しい設備に・着手せねばならないし,また軌   道運搬紅代えて馬車に・よる運搬設備をするかあるいは他の運搬方法が行なわれ   なければならないからである。増産する50トンに・は1トン5・5マークかかる。  

すなわち,全体で275マL−クの原価の増加を招来する。したがって,原価はつ   ぎの通りとなる。  

a爪0..,S..32  

0、S47   

(18)

弘7   yコマ・−レンバヅハの原価範疇論および数学的費用分解論の意義  −β9−  

200トン   800マーク   4マ−ク平均   250トン 1,075マl岬ク  4.30マーク平均  

50トン  

275マ−ク  5小50比例的   

さて生産高が200トン以上になるとただちに逓増が始まること,および比例   率ほ250トンの限界に/至るまで正確に・5.5マーク紅止っているものと仮定する。  

すなわち逓増は.飛躍的に.行われることとなる。   

200トンの生産をしている時ほ1立方米5マ−・クで販売したのであったが,  

いまや市場はこれ以上需要するのである。   

200トンを超えた石材の1トンを5.5マー・ク以下で売ると損をすること明らか   である。200トンを出る各トンは少なくとも5.5マークで売られなければならな   い。たしかに.200−250トンの操業度区間では平均費用は4.畠0マ−クに.すぎな   い。しかし,この200トンより超過の場合に・5.5マ岬クより以下を要求すること   は誤りである。しかもたんに.私経済上のみならず社会経済上に・おいても誤りで   ある。この石材が5.5マり・・・・・ク以下で売られると,利用価値の5.5マ−クに達しな   い消費者達か集ってきて財の浪費が生じる。たとえば,ある大得意先が4・30マ  

−ケで石材を得た場合,そ・の値であるエ場建築に対して計算するであろう。も   し,彼が5.5マークで計算すれば恐らくそ・の全建築は引合わないであろう。こ   の石切場が石材を5.5マー・クに.て売る代わりに.4.30マ−クにて売る時は,この   石材が実際は5.5マークで生産されてもノ、るのであるから,1トンに・つき1.20マ  

−クの財の浪費が行なわれるわけである。   

他の言葉でいえば,かくして売手ほその給付に・対しで比例率で計算しなけれ  

(S9) ばならない」。   

さらに「比例率は計算イ酎直として販売価格計算の場合のみならず自家消費の  

(40)  

場合にも同様に.計算されなければならない」し,「比例率の利用は・逓増費の場合  

(41) に限るものでは.なく,原価逓減の場合にも同様の法則が適用される」。  

脚 De工・S.リa.a‖ 0.,SS.32〜33、  

(40)DeI・S.,a..a・ト0。,S−.33.  

鍾i)DeI・$..,a.a.・0.リ S・・33.   

(19)

算42巻 籍5号  

ー一都トー   548   

もほや数学的費用分解論の存在理由ほ明白であろう。よし多くの論者に.よっ   てその矛盾が指摘され批難を受けようとも,シュマ−レン㌧べッハにとっては必   要不可欠の理論なのである。彼にとって−数学的費用分解論はそれ自体完結する  

のではない。常に他律的なのである。   

ところで,問題の原価範疇論および数学的費用分解論はこの時期いかなる内   容をそなえていたのであろうか。シ′ユマ−レンバッハほ「原価計算論におい  

て,あらゆる原価を常に給付単位に.関係せしめ,この見地の下でとれを論じる  

ものが普通であるが,この考察方法は重大な欠陥があり,しかも重要な経済的  

現象がおおわれると.とがある。その上かかる単位にのみ原価を分割する制度は,  

現実に卜おいですべてありもしないところの原価の比例化をあたかもあるがどと  

(42) くに詐瞞するものである一」と批判する。そして,「実際上の計算方法に.おいて  

操業度の影響が原価に及ぼすこと少、なければ少ないはどこれを鋭感に.評定し,  

その作用を明らか紅する必要がある。また,経営者をしていずれの経営も逓減   費と逓増費とを包赦するのでそれを開明することが肝要である。かぐて与れが  

原価計算の主要問題であり,逓減的紅作業する部分を飽満せしめ,逓増的に.作  

業する部分を軽減することが製造計画の選択や価格政策の根本問題であること  

十分紅説明する努力をせねばなならない。これほまさに経営経済上の任務の重  

(43) 安部分をなすもので,これにほ明敏な観察を必要とする」と彼は主張し,具体  

的な詳細な論述を展開サーる。しかし,その見解は体系的に.具体的例示を用いて  

示されているとは・いえ,従来の考え方と基本的な相異があるわけで咋・ない。す   なわち,原価範疇論としてほ,比例費,固定費(飛躍費を含めている),逓疲  

(44) 費,逓増費の各原価範疇を挙げ,最後に.総括をしている。また数学的費用分解  

姐 Ders‥a.a.0‖,S..20  咽 DeI・S。,a..au O.,S..20 

朋 DeI■S.,a・a.0り SS..20〜27㊥ なお,ここでシュマ−レンバッハの4原価範疇に    ついて簡単に争ておこう。みられるように,後紅多くの批判を受けた論述,とくにいわ   

ゆる「要素的貿用範疇」の問題と「総費用経過」の問題との混同がある。  

(1)比例貿(proportionale Xosten)  

「ある経営では総原価が操業度潔.,つまりその時に生産される生産物の塁に.全く順   

応することがある。操業度が単分になれば原価も半分紅なる。生産量が2倍に.なると   

(20)

549    シ′・コマ−レン′くッハの原価範疇論および数学的費用分解論の意義  叩・4リー  

論についても,逓減費,逓増費を混合費と把え,これが固定費と比例費よりな  

(45)   

る¶したがって一分解される→【−ことを詳述して一いる。   

原価も2倍となる。 

われわれはかかる経常をもっで比例翼を有すると称する。   

総原価が厘毛に至るまでも比例的であるという経営ほ存しない。」(S.21)  

(2)固定賀(fixe Xosten)   

「ある経営の操業度がその総原価紅何んら影響しない時,その経営は固定費を有す    るのである。かかる経営は.実際上ほ.まれである。しかしながら,原価が大体に.おいて    固定的な経営は少くない。」(S21)   

「われわれほ原価を全体的にみるのであるから,固定費が操業度に.関係す・ることな    く安定して−いるのは・まさに・その特徴である。安定性があっで変動性のないことがその    本質をなすもので,経営はこれに着眼点をおかねほならない。」(S.21)   

「これに属する原価を固定費と称するのは.,この原価の性質が元来操業度が変動し   

て∴も同等に・とどまっているということに存す・るものでほないという点で1つの欠陥が   

ある。その本質ほたんにこの原価が操業度の変動紅よって影響されないごとに.存す   

る。」(SS㊥21′、ノ22)  

(3)逓減費(degressive Kosten)   

「逓減貿とは魔原価が操業度の上昇と共紅増加するが,その増加の程度ほ生産の上   昇よりも少ない場合である。」(S.23.)   

「給源価がはとんど比例的紅経過するか,あるいはほとんど固定的紅経過するとい    う経営は少ないが,原価逓減に対して−ほ無数の事例がある。」(S 23い)  

(4)逓増費(progressiveKosten)  

「っぎの例は逓増賀を示すものである。  

年   生産豊   原価  

1916   3,200   256,000   1917   3,600   324,000   1918   4,000   400,000  

1単位原価   80   90    100  

逓増費は操業度が過大紅なった時紅起る典型的な現象である。これは経営の作業が   

過度に・なったことを示すものである。」(S・25.)  

以上,レユ・マ−レンバッハの4原価鈍囁ほ,費用要素に・おける範疇として論ずるの    ではなく,総費用が操業度変化に対応する関係を4つのタイプに分け,しかもそれを    経営のタイプとして説明しているのである。  

この点,彼の1908年論文「生産費静定の理論」に・おいて曙,どちらかといえば費用    要素紅おける範疇として 論じている。したがって,ここ軋微妙な変化がみられると共    紅,またシ㌧・マ−・レンバッハにおいては費用要素として.−の鹿低塩疇と総費用としての    原価範疇との混乱がみられるのである。なお,5版以降では低下原価(regressive    Kosten)が加えられ5原価範疇となっている。  

q5)Dersn,a・a・0・,SS 28〜32。なお,とこでもVユ.マーVソバッノ、のいう数学的費    用分解(逓減賀のみ)に・ついて簡単紅.彼の見解をきいてみよう。  

いま「■さきに使った例を基礎とするとつぎのようである。  

年   生産豊   原価   単価   1910   1,000    100,000   100  

1911   1,200    108,000   90   1912   1,600    128,000   80  

l   

(21)

第42巻 穿5号   550  

−42−−  

t   

しかし,新らたに.,経営規模変化と原価との関係に・ついて論じてこいることほ  

(48)(47) 特筆すべきことである。さら紅いえば,「逓減ほ飽満させなければならない」と  

いう記述で代表されるよう紅,逓減・逓増という認識による操業度政策,つま   り経済性の促進に・はたすべく論述が行間庭みられることも繰り返えしになるが   指摘しておきたい点である。   

でほ,初期に.みられた比例費(限界費用)計算を媒介とする価格政策問題に  

ついては.,こ.の段階においてレェ.マーレンバッハほいかように考えていたので   あろうか。彼軋よれば,「計算価値法則が価格構成に.おいても適用されることは   不思議でない。この法則は人のなした事によって得たものでなく、最高度に・経   済的紅取扱うためになさねばならないことについての考鼠から出発したもので   あり  ‥い・。計算価値はすぺての有機体紅おいて,完全不完全の差こそある  

(48〉  

が常に手近把.存在せねばならない」という。つまり,端的にいえば,「この計算  

1913   2,000  150,000   75   

原価の経過はこの例でほ完全に選一・ではない。   ……いまとれを全く無視すると   つぎのような計穿となる。  

1,000P   lOO,000K   l,200P   lO8,000K  

差異  寧00p   8,000K=40K(1Pについて)  

200Pを多く生産するために餌00Kの原価増加である。これほ総原価の比例的部分は    1単位につき40Kであることを示しても、る。よって−,操業度1,000〜1,200P中間の原   価は  

比例費  

単価40Ⅹ=1,000Pの場合ほ.40,000K  

=1,200Pの 〝 48,000Ⅰ(となる。  

残額の原価は60,000Kであるがとれは固定費である。かくして原価はつぎのよう軋   なる。  

生産盈  

固定費   比例費   合 計   1,000P   60,000K   40,000   100,000   12,00P   60,000K   48,000   108,000   逓減貿ほ以上のごとくして固定費と比例費と把・分解される。」(SS・28〜29)みられ    るよう把.,ンユマ−レンバッハの考え方は終始一選変っていない。ただ説明の仕方紅   変化をみるのである。  

仏6)Ders ,a.a.,0い,SS。35〜40.  

極Ⅵ DerS.,aいa.0りS..24.  

㈱ Def s・,aり a.0.,S..40 

(22)

,551    シ′ユ・マ−−〟ソバッハの原価範疇論および数学的費用分解論の意義 −4β−  

(49)  価値ほ.国民経済払おいてほ価格である」と彼はみなすのである。したがって,   

とこでは依然として.価格政策問題,そ・しで比例費(限界費用)計静の価格政策   

への適用の有効性を否定していないと推論できる。  

しかしながら,比例費(限界費用)計算をもって経営価値計算と等置するとい    う考え方への傾斜をいよいよ強め,逆に.価格政策ないし価格計算と比例費(限    界費用)計算との密度が相当稀薄に.なっていることはいがめないと思う。しか   

してわれわれはいままでのレコマー・レン㌧べッハの論調推移の過琴からみて、か   

かる論点への到達は必然的なものであると考える。彼紅とって原価範疇論・数    学的費用分解論はいつ笹かかって経営価値計静論のはしためであったと考える    からである。しかし,事態の推移はかならずしも論理的ではない。やがて価格    政策と原価範疇論および数学的費用分解論とは再び絆を強くし,シュマーレン    バッハ原価計算論のいま1本の支柱となるのである。  

Ⅴ シュマーレンバッハの原価範疇論および数学的適用分解   論と「原価計算および価格政策」  

1930年9月,シュマーーレンバッノ、はその著『原価計穿と価格政策の基礎』を   

初めて修正・加筆して刊行した。彼の序文の説明によれば,盈的紅旧版に.比し   

て大著となったのは「新しく加えた『原価計算の方法』なる1章のくわしき例示  

(伽)  のため」であるが,その■直接的動機ほ「特に」現代の経済に非常旺盛要なる原価   

の逓減現象に・深き説明」を加え、そのために「固定費の自由経済に.及ばす影響  

(81)  について」の見解を述べる必要があったからである。しかも,この背後紅は「   

本番に・おいて強く高唱せる計穿価格ならびに計静価値の重要が実際家から迎え   

られることあれば奇とするにたりるであろう。われわれの時代把.おいて,経営   

機関の組識の内に,競争とよき価格構成の原則,経営部門指揮者の独立性と被  

(姻 Ders・リa・a・0・,5い AuflりS.79..土岐政蔵訳,『原価計穿と価格政策の原理』,  

154貢。  

伽)Ders・,a・a・0・,5・A11fl・S一・Ⅲ.土岐政蔵訳,前掲昏,序文。  

仇 DeI・S・,a・・aり0.,S.臥土岐政蔵訳,前掲寄,序文。   

(23)

第42巻 第5弓  

ー44−′   552  

傭者に.も企業家としての教育をなす原則を持ち込みたいという考えは,個々の   場合においで大きな成果あるこ.とであるにもかかわらず,なお・−・般に理解され  

(52)  

て−いない。しかしながらまさ軋このために.本書は掛に出て理解者を得ねばなら   ない」として、シュマー・レンバッノ\の自由経済讃美が根強く存在しているので  

ある。   

いま,増補の主要論点をあげれば,いうまでもなく固定費の自由経済に.およ  

ぼす影響を論じ,そこから価格政策の重要性を指摘したのが欝1点であり,「原   価計算の方法」なる章に.おける比例貿(限界費用)計算の高唱が屠2点であ   る。・そしてこれらを支える理論的前提としての計算価値論の1層の綿密な展開   が第3点であるが,原価範疇論および数学的費用分解論がその頃杵に.なってい   ることはいうまでもない。   

まず,固定費の増大に.よる自由経済の破壊および固定費の価格政策におよぼ  

す作用についていえ.ば,シュマーレンバッハほ,1928年5月31日ウイ−・ンで開   催されたドイツ経営学会の講演「新経済組織の関門における経営経済学」(Die  

Betriebswirtschaftslehre an der Schwe11e der neuen Wirtschaftsverfass−  

(83)  

ung)の批判軋対し反論をこ.ころみ,これをいわばこの小題の序文がわりにし  

ている。   

そこでの論旨ほ,彼の見解に艮寸し大多数に」は2つの根本的な誤解叫1つは.経  

済の自由および拘束の問題を私的資本主義の問題と混合していること,2つは   固定費の概念と内容との無理解−があることを指摘し,それについて・−補足説   明を加えつつ誤解を解くこと紅集中している。そして「固定費増大のために帰す   ぺき価格政策の根本的変遷は,1言に・していえばつぎのとおりいうことができ  

る。比例費の支配下においてほ市場変動の調節をなすぺきものほ主として生産   であった。固定費の支配下においてほ消費者側は市場変動の調節とずっと強く  

(54)  

関係せしめられねばならず,こ.の目的のため軋価格政策が役立たねばならない」  

(5功 Ders..,a、.a.0・・,S.机上岐政蔵訳,前掲章,序文。  

脚 DeISり,a.a.0・,S・・92ff・土岐政蔵訳,前掲番,179貰以下。  

醐 DeI・S.、・aいa.0い,S.99・・土岐政蔵訳,前掲沓,190貢○   

(24)

553   シフ.マノーレンバッハの原価範疇論および数学的費用分解論の意義 ・−45−  

と述べ,具体的紅ほ段階的価格政策(Differentialpreispolitik)が考えられる   という。   

しかしながら,この論旨はシュマ−レ∵ンバッハのいままでの論調・展開過程   から判断すればもはや消え去るものでは.なかったのか。紅もかかわらず,ここ   で価格政策械能が再生する理由ほ余辺に.あるのか,脚考を要する問題である。  

いったいシュマーレ∵/バッハに何か去来したのであろうか。おそらく彼の胸中  

を貫いたものは固定費の増大による自由経済の崩壊の危械感であったといえ  

(頭)  

る。彼紅よれば「完全なる自由経済は比例費の原則の上に.建てられて」いるは   ずであった。そこでは自由な価格機構が存在し,指導機関として−の役割をはた  

すほずであった。しかるに周定費の増大が自動的に生産と消費とを裾野し経済   上の均衡を保つところの救済手段を奪ったのである。   

ところで,いうまでもなく固定費の増大現象とそれがおよばす影響について  

はシ㌧マーレンバッハ紅はある程度既知のことであった。それがゆえ.に.初期紅   おいて.はその回収・補償が論じられ,そのための−・連の価格政策論が展開され  

たのであった。いいかえれば彼にとって価格政策思考とは原価補償の理論の代   替なのであるが,かかる理念がこの時期によみ返ったと推論できよう。ともあ  

れシュマーレ∵/バッハは固定費問題を,1方に.おいて経営価値計算に.よって前   向きに.解決すると共に,他方において価格政策によ串原価補償というかたちで  

実質的に解決しようとしたと考えられる。いわば経営価値計算と価格政策との   緊張関係に.おける固定費問題の解決,しかして自由経済の堅持,これがシュマ  

−レンバッハの問題であったのではないか。   

そもそもシュマーレンバッハの一督した問題意識は増大する固定費問題の解  

決であった。しかして,その解決のための価格政策であり,操巣庶政策であり,  

経営価値計算論の主阻であったと筆者は考える。しかもこれらが全て1本の糸  

でつ 

比例費(限界費用)計穿による経営価値の評価に.よって共同経済的経済性が実  

現する世界につながっていもめである。しかし,そこには結局に.おいてイ限界  

65)Ders.,a.a.0い,S、90土岐政蔵訳,前掲書,174貢。   

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