ボリコナゾールが有効であった HIV 感染症に伴う 肺アスペルギルス症の 1 例
1)東京都立駒込病院感染症科,2)臨床検査科
柳澤 如樹
1)竹下 望
1)菅沼 明彦
1)今村 顕史
1)味澤 篤
1)根岸 昌功
1)鈴木 智一
2)本間 繰
2)(平成 18 年 8 月 21 日受付)
(平成 18 年 10 月 25 日受理)
Key words : HIV, pulmonary aspergillosis, Voriconazole
序 文
後天性免疫不全症候群(以下 AIDS)では,ニュー モシスチス肺炎や非結核性抗酸菌症など様々な感染症 を併発することが知られているが,アスペルギルス症 は比較的稀とされている.本症は血液疾患に合併する ことが良く知られているが,近年 HIV 感染症に合併 する報告が増加している.AIDS の指標疾患ではない が,発症すれば死亡率が高い疾患である.今回,我々 は HIV 感染症に合併した肺アスペルギルス症に対し て,ボリコナゾールが有効であった 1 例を経験したの で報告する.
症例:45 歳 日本人男性 既往歴:43 歳 帯状疱疹 生活歴:同性愛者,一人暮らし
現病歴:2005 年 4 月頃より食欲低下,体重減少が 出現した.その後も症状は悪化し,しだいに視力低下 も自覚するようになった.寝たきりに近い状態となり 6 月 13 日に前医を受診した.口腔内白苔および胸部 レントゲン写真上両側のスリガラス陰影が認められ,
血液検査で HIV 抗体陽性が判明した.ニューモシス チス肺炎,食道カンジダ症と診断され ST 合剤,プレ ドニゾロン及びフルコナゾールが開始された.6 月 16 日に精査加療目的で当院紹介転院となった.
入院時現 症:身 長 173cm,体 重 43kg.血 圧 80! 64 mmHg,体温 36.1℃,脈拍 76 回! 分,SpO
298%(4l!
分).JCS 1.眼瞼結膜貧血あり.口腔内白苔なし.表 在リンパ節腫大なし.胸部聴診にてラ音なし,心雑音 なし.腹部平坦,圧痛なし.るいそう著明.左眼光覚 弁,右眼は人の判別は可能.その他明らかな神経症状
なし.
入院時検査所見(Table 1):CD4 陽性リンパ球 43!
µ L, HIV-RNA 250,000copies ! mL.梅毒反応陽性,サ イトメガロウィルス pp65 抗原陽性.
入院時画像所見:両側肺野にびまん性にスリガラス 陰影が認められた.(Fig. 1)
入院後経過(Fig. 2):前医からの ST 合剤,プレド ニゾロン,フルコナゾールを継続した.高度の視力障 害が認められたため,当院にて検査を施行したところ,
梅毒性網膜炎を認め,のちにサイトメガロウィルス網 膜炎の合併も判明した.前者に対して 6 月 20 日から ペニシリン G,後者に対して 24 日からバルガンシク ロビルの投与を開始した.非結核性抗酸菌症の予防と して,21 日からアジスロマイシンの投与を開始した.
6 月 24 日の血液検査で白血球が 1,600! µL まで低下し たため,ST 合剤からペンタミジンに変更した.
7 月 1 日に 39℃ 台の発熱と好中球減少(Neutrophil count 440! µL)を認めたため,ペンタミジンからア トバコンに変更し,併せてセフェピム,G-CSF 製剤 の投与を開始した.しかし,7 月 4 日の採血でも好中 球減少(Neutrophil count 130 ! µ L)は遷延した.7 月 5 日の胸部レントゲン写真で,左上肺野に新たな浸潤 影を認めた(Fig. 3).気管支鏡にて病変部より気管 支肺胞洗浄を試行したところ Aspergillus fumigatus が検出された.血清中のアスペルギルス抗原も陽性と 判明したので,アスペルギルス肺炎と診断した.ミカ ファンギンにて治療を開始したが,浸潤影の増悪が見 られたため,7 月 16 日よりボリコナゾールの使用を 開始した.経過中に播種性非結核性抗酸菌症の併発を 考え,アジスロマイシン,エサンブトール,シプロフ ロキサシンも併用した.9 月に撮影したレントゲン写
症 例別刷請求先:(〒113―8677)東京都文京区本駒込 3―18―22
東京都立駒込病院感染症科 柳澤 如樹
Table 1 Laboratory data on admission
<Infection>
<Biochemistry>
<Hematology>
(-)
HBs-Ag 6.1 g/dL
TP 3,000/μL WBC
(-)
HCV-Ab 1.8 g/dL
Alb 83%
Neu
16/68,400 CMV Ag(C7-HRP)
30 mg/dL BUN
14% Lym
<160 Toxoplasma IgG
0.8 mg/dL Cre
4% Mono
(-)
CryptococcusAg 24 IU/L
AST 0.6%
Eo
R.U.
925 RPR
11 IU/L ALT
299×104 /μL RBC
U 23,600 TPLA
432 IU/L Alp
8.8g/dL Hb
pg/mL 313.5 β-D-glucan
281 IU/L LDH
27.8% Ht
<Immunology>
7.3×104 /μL Plt
1.1 mg/dL CRP
43 /μL CD4
250,000 copies/mL HIV-RNA
Fig. 1 ChestX-ray on admission showing bilat- eralground glassopacity.
真では,左上肺野の浸潤影は著明に改善した(Fig.
4).しかし,その後 MRSA による敗血症を合併し,9 月 17 日に死亡した.
剖検所見:肺の肉眼所見では左上葉に空洞性病変を 認めた.病理組織所見ではアスペルギルスの菌体が認 められた(Fig. 5).両肺にアスペルギルスを伴わな い肺炎像もあり,同部位の培養からは MRSA が検出 された.ニューモシスチス肺炎や非結核性抗酸菌症は 確認できなかった.
考 察
アスペルギルス症は,AIDS の合併症として発症す る頻度は低いとされてきたが,最近では増加傾向にあ る
1)2).原因として,好中球減少をきたす薬剤の多用,
ステロイドの使用,抗 HIV 薬による多剤併 用 療 法
(Highly Active Antiretroviral Therapy : HAART)に より従来の日和見感染症で死亡する患者の減少などが 考えられる.さらに,このような要因が無くても発症 例が見られ,HIV 感染症自体がマクロファージ,好
中球の機能低下をきたす可能性が示唆されている
3)4). 発症する頻度は 1% 程度であるが
5),ひとたび発症す ればアムホテリシン B(AMPH-B)で治療しても 80%
以上は死亡し,Median Survival は 3 カ月と極めて不 良である
6).血液疾患に合併した症例と比較しても予 後が悪い
7).
アスペルギルス症は,早期に治療を開始する必要が あるが,診断は困難である.HIV 感染症の患者にお いて,喀痰で A. fumigatusが検出され,かつ呼吸器症 状がある場合は,侵襲性アスペルギルス症を強く疑う べきとされる
8)9).一方,アスペルギルスが検出された 45 人を調査した結果,侵襲性アスペルギルスと診断 されたのは僅か 5 人のみであったとの報告もある
10). 気道分泌物中に定着しやすく,免疫不全の無い患者に おいてその臨床的意義は低いと考えられているが,
HIV 感染症の患者においても喀痰培養の解釈は意見 が分かれるところである.しかし,病変部での気管支 肺胞洗浄液の塗抹,培養結果は病理組織に良く相関し,
診断に有用である
11)12).本例では気管支肺胞洗浄液の 培養で陽性となったため侵襲性アスペルギルス症と診 断したが,剖検にても組織学的にアスペルギルスが確 認できた.
本邦では,HIV 感染症に合併したアスペルギルス 症については報告が少なく,十分な検討が行われてい ない.当院にて経験した症例を retrospective に調査 した.2005 年 11 月までに経験した HIV 感染者 1,598 人のうち,本症と判断されたのは 6 例で,全体の 0.4%
であった(Table 2).その 6 例の CD4 陽性リンパ球 数 中 央 値 は 30! µL,HIV-RNA 量 中 央 値 は 180,000 copies! mL であった.6 例人中 5 例は死亡しており,
うち 2 例は剖検にて診断され,3 例は生前に診断され
た.剖検診断された 2 例は,HAART 出現以前の症
例で,死因はアスペルギルス肺炎であった.生前診断
された 3 例 中,1 例 で は AMPH-B,1 例 で は Liposo-
mal AMPH-B を使用したが,原疾患がコントロール
できずに死亡した.ボリコナゾールを使用した 1 例(本
Fig. 3 Chest X-ray showing consolidation in upper left lung. Computed tomography of chestshowsconsolidation in upperleftlobe.
Fig. 4 ChestX-ray showsimprovementin con- solidation ofupperleftlung.
例)は,アスペルギルス肺炎のコントロールに成功し
たが,後に MRSA による敗血症で死亡した.いずれ
の症例においても,患者は診断確定後 3 カ月以内に死
亡した.発症のリスク因子は,好中球減少及びステロ
イドの使用が二大要因とされ,全体の 50% を占めて
いる.その他のリスク因子としては,CD4 陽性リン
パ球数 50〜100! µL 以下,ニューモシスチス肺炎の既
往,肺病変の存在,広域抗生剤の使用などが挙げられ
る
5)6).本調査では死亡した 5 例中,ステロイド内服が
4 例,好中球減少が 2 例,CD4 陽性リンパ球数 100 ! µ L
以下が 5 例,肺疾患の既往が 3 例に認められた.生存
Fig. 2 ClinicalcourseFig. 5 Macroscopicexamination oflung showed cavity lesionsin upperleftlobe.Histologicalspecimen oflung showsAspergillushyphae.(Hematoxylin and eosin stain ing,×40)
Table 2 Profilesof6 patientswith Aspergillosiswith HIV infection
Outcome Therapy
Type Diagnosis
Lung Steroid WBC(Neutrophil)
CD4 Age
Case
Duration disease
Used
(/μL)
(/μL)
Gender Year
Death
- IPA
Autopsy Lung
cancer Yes
3,400(2,700)
16 61
① M 1990
Death
- IPA
Autopsy None
Yes 900(270)
56 44
②
M 1992
Death 3 months AMPH-B
IPA Sputum
PCP No
3,700(2,200)
2 29
③ M 1997
Alive ITCZ
Aspergilloma Sputum
None No
5,100(2,200)
434 68
④ M 1999
Death 1 month Liposomal
AMPH-B IPA
BALF None
Yes 7,900(7,700)
8 68
⑤
M 2001
Death 3 months VCZ
IPA BALF
PCP Yes
300(130)
43 45
⑥ M 2005
AMPH-B:Amphotericin-B,ITCZ:Itraconazole,VCZ:Voriconazole PCP:PneumocystisPneumonia,IPA:Invasive pulmonary aspergillosis
した 1 例は HAART 内服中に診断され,発症のリス ク因子は見られなかった.死亡率が高い疾患で基礎に ある免疫状態とリスク因子が予後を決定付けるこるこ とが考えられた.
侵襲性肺アスペルギルス症の治療は,従来のガイド ラインでは AMPH-B が第 1 選択であったが
13),近年 ではボリコナゾールの有効性が報告されている
14).こ の報告では,277 例の免疫抑制のある侵襲性肺アスペ ルギルス症患者を対象とした無作為試験において,ボ リ コ ナ ゾ ー ル の 有 効 率 は 53% で あ っ た の に 対 し,
AMPH-B の有効率は 32% であり,有効性が示されて いる.生存率に関してもボリコナゾールは 71% と AMPH-B の 58% を上回って お り,AMPH-B の 使 用 で高頻度に起こる腎機能障害をはじめ,重篤な副作用 の発現も有意に低かった.しかしこの調査対象では大 部分が急性白血病などの血液疾患で,HIV 患者は 13 人しか含まれていない.実際,HIV 患者に合併した アスペルギルス症に対して,本薬剤の有効性を示した 調査研究は報告されていなく,他の免疫不全者の治療 に準じた形で行われているのが現状である.我々が検 索した範囲内でも,日本での報告例は見られなかった.
当院で AMPH-B を使用した症例ではアスペルギル スがコントロールされず死亡し,他の日本での報告例 でも同様であった
15)16).本例は,これらの症例とは全 身状態,基礎疾患などが異なるため,その経過のみで ボリコナゾールの有効性を比較することはできない.
しかし,アスペルギルスが原因で死亡する症例が多い 中,原疾患のコントロールに成功した意義は大きい.
さらに,HIV 感染症では HIV 関連腎症や他の合併症 治療の副作用として腎機能が低下することがあり,近 年は HAART 関連腎症も問題になってきている
17).
AMPH-B によって腎機能障害が惹起されれば,その
後の HAART にも影響を与える可能性がある.その
反面,ボリコナゾールの代謝には肝臓の CYP2C19 が
関与し,低い酵素活性を有する患者ではボリコナゾー
ルの血中濃度が上昇することが知られている.日本人 は他の人種と比較しても低い酵素活性を有する割合が 多いという報告もあり
18),日本人における本剤使用に 関するデータの蓄積が期待される.また,ボリコナゾー ルは抗 HIV 薬との相互作用も多く知られているため,
薬剤選択においては常に考慮する必要がある.
文 献
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Voriconazole as an Effective Therapy Against Pulmonary Aspergillosis in a Man with Immunodeficiency Virus-Infection : A Case Report
Naoki YANAGISAWA
1), Nozomi TAKESHITA
1), Akihiko SUGANUMA
1), Akifumi IMAMURA
1), Atsushi AJISAWA
1), Masayoshi NEGISHI
1), Tomokazu SUZUKI
2)& Misao HONMA
2)1)Department of Infectious Diseases and2)Department of Clinical Laboratory, Tokyo Metropolitan Komagome Hospital