─ ─61 ( )61 を通じてもたらされる影響と対応,そして変化や将来の あり方については,これまで多くの報告が行われてきた (落合・水嶋,2004)(水嶋,2006)(水嶋,2008)(水嶋,2009a) (MIZUSHIMA, 2009b)(水嶋,2010)(WATANABE・others, 2011)(水嶋,2012)(水嶋,2013a)(MIZUSHIMA, 2013b) (水嶋,2014). 本報告は,これまでの報告を踏まえ,2010 年 1 月にア タバード村で起こった大規模な土砂崩落そして巨大な堰 止湖の出現によって,ザラバードの土地利用は,崩落と 堰止湖の出現以前と現在において,どのように変化した のかを明らかにしたものである. なお,この報告は2013年8月に京都で開催されたIGU 「パキスタン北部地域ゴジャール地区ザラバードの土地 利用」を修正,加筆したものである. 1 はじめに パキスタン北部地域ゴジャール地区は,図1 のように この北部地域の中心都市ギルギットの北方に位置し,カ ラコラム山脈渓谷下に立地している.地区内に居住する ワヒ民族(以下,ワヒとする)は,1980 年代後半まで伝 統的農牧業に依存しながら自給自足の生活を営んでい た.しかし,1987年に第三国の外国人に開放されたカラ コラム・ハイウエー(以下,KKHとする)の開通は,ゴ ジャール地区に大きな影響を与えた.とくに,この KKH を通じてもたらされる商品・貨幣経済の市場経済 化の浸透と,外国人を中心とする観光客の流入は,村や 人々の生活と,それまで維持してきた伝統的農牧業に大 きなインパクト与えると同時に,村や人々は新たな生活 を模索することになった.なお,ゴジャール地区にKKH
水 嶋 一 雄
This report is change of land use of Zarabad in Gojal District,Northern Area of Pakistan. Zarabad owned the Hussaini village remain a traditional farming of wheat cultivation,and land use is occupied by wheat cultivation except a few filed. In Zarabad wheat cultivation remained for a several reason. One reason is that Zarabad is shortage a irrigation water. The other reasons is that the distance between Zarabad and KKH pass Hussaini village is rather far, and there is no convenient road. Especially it is also dangerous to walk because of a steep grade’s road and faulty rope bridges like a suspension bridge. It is impossible to carry a heavy baggage like potato to KKH by a people taking into consideration the means of transport, and the road condition. As a result, traditional farming of wheat cultivation leave, and the center of land use is a wheat cultivation in Zarabad. However land use of Zarabad changed from wheat cultivation to a weeds land except a few filed. The reason is that KKH and a suspension bridge was broken by a big dammed lake. As a village peoples couldn’t vis-ited to Zarabad for a cultivation, land use of Zarabad changed from a wheat cultivation to a abandoned land of a cultivation. This report was wrote based on IGU presentation [Land Use in Zarabad, Gojal District, Northern Pakistan: A Combi-nation of Traditional and Modern techniques] in Kyoto, 2013
Keywords : Weed Land, Wheat Cultivation, Zarabad, Gojal District, Northern Area of Pakistan
パキスタン北部地域ゴジャール地区ザラバード
における土地利用の変化
Change of Land use in Zarabad, Gojal District, Northern Area of Pakistan
Kazuo MIZUSHIMA
(Received November 17, 2014)Department of Geography, College of Humanities and Sciences, Nihon University, 3−25−40, Sakurajosui, Setagaya−ku, Tokyo, 156−8550 Japan
日本大学文理学部地理学科:
〒156−8550 東京都世田谷区桜上水3−25−40 日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要 No.50 (2015) pp.61−68
2 ザラバードの自然環境 フセイニ村に帰属するザラバードは,図2 のように, KKH の通るフセイニ村の対岸,フンザ川の左岸に立地 している.標高約2500mのワヒ語で「黄金」という意味 を持つザラバード(Zarabad)は,写真1のように,ザラ バード氷河を源流に「侵食」という意味のハンダック (Khundaq)川の形成した旧扇状地の左岸側に立地する. 土石流で形成されたハンダック川旧扇状地は,扇頂から 扇端まで約2 km で,南東から北西に平均勾配約 1000 分 の25 の平坦な地表面を持ち,扇端はフンザ川と段丘崖 で接する.また,旧扇状地の扇頂から扇央には,新たな 土石流で運ばれてきた大量の巨礫や砂礫の堆積した小高 い丘がみられる. 山岳乾燥下にあるザラバードでは,夏季の気温は平均 摂氏30 度以上,湿度は30 ∼ 40%,冬季の気温は平均マ イナス10 ∼ 15 度,湿度は約 60%であり,冬季の降雪を 中心とする年間の降水量は131.6 mm(ギルギット)と極 めて少ない.この結果,ハンダック川旧扇状地は写真1 のように,植物の 茂しない瓦礫だけの乾燥地である が,唯一旧扇状地左岸の崖錐下に広がるザラバードには, 農民たちが長い年月をかけて開墾した耕地が存在する. 3 ザラバードの開墾過程 ザラバードの開墾は,現地の農民の話しによれば,今 から40 ∼ 50 年前に開始されたという.この開墾過程の 詳細については,拙稿に記載してあるので省略するが (水嶋,2010),開墾にはまずハンダック川旧扇状地の扇 頂のハンダック川から,灌漑用水を取水することから始 めた,農民たちは,瓦礫の裸地に用水を供給しながら雑 草地を造り,徐々に灌漑用水の供給範囲を広げながら雑 草地を拡大し,その後,雑草地を耕地へと作り変えてき た.この繰り返しで耕地面積を拡大し,現在のザラバー ドは形成されたが,この方法は写真1 のように,現在で も旧扇状地の扇央から扇端において,すでに分割された 瓦礫の土地でもおこなわれている.息の長い話ではある が,用水が確保できれば,夏季の強い日差しによって数 年で小さな草木が成長し,間断なく用水が供給されれ ば,短期間で草木地から耕地へと変化すると同時に,小 麦などの穀物栽培も可能となる.ザラバードの開墾も, 現在確認している方法で,瓦礫の土地から草木の生える 土地へ,そして穀物栽培の可能な土地へ変化してきた. 図1 ゴジャール地区のフセイニ村とザラバードの位置
─ ─63 ( )63 パキスタン北部地域ゴジャール地区ザラバードにおける土地利用の変化 4 ザラバードの土地利用の変化 ザラバードの土地利用については,すでに報告済みで あるが(水嶋,2010),本稿では,ザラバードの2010 年 以前までの土地利用を再確認しながら,2010 年 1 月に発 生した大規模な土砂崩落と巨大な堰止湖の出現で,それ までのザラバードの土地利用はどのように変化したのか を確認する. 4-1 2010 年以前までの土地利用 写真2(A)はザラバードの土地利用景観をみたもので ある.この写真は2009年8月下旬に筆者が斜め写真とし て撮ったものであるが,この写真から土地利用を確認す る.写真でもっとも広い面積を占めるのは,現地で「ジュ ンガル」と呼ぶ濃い緑をなす雑草地と有刺灌木林などで 占められるが,小麦栽培地の間や耕地全体を取り巻くよ うに周辺に広がっている.次に広い面積を占めるのは黄 色をなす小麦の栽培地で,この栽培地は連担している. 図2 ゴジャール地区およびフセイニ村とザラバードの自然環境
Fig.2 Natural Environment of Gojal, Hussaini village and Zarabad
(Base map: Austrian Alpine Club 1 : 100,000 map)
写真1 ハンダック川旧扇状地にあるザラバード
(2014年8月,水嶋撮影)
Photo.1 Zarabad of oldfan on Khundag river (Aug. 2014)
ハンダック川
─ ─65 ( )65 パキスタン北部地域ゴジャール地区ザラバードにおける土地利用の変化 薄い黄緑は,近年,自給用として栽培されるジャガイモ であるが,この面積は限られている. 写真2(A)の土地利用景観を土地利用図として作成し たのが図3(A)である.この土地利用図は 2009年8月下 旬に現地調査して作成したものである.ザラバードで もっとも広い面積を占めるのは雑草地であるが,この雑 草地は家畜の餌となる採草地でもあり,有刺灌木林の枯 れ枝は煮炊きの薪として利用するなど,いずれもワヒの 生活にとってその役割は大きい.次に多く占めるのは耕 地であるが,約367 カナールあるといわれる耕地の中で 広い面積を占めるのは小麦栽培で,ワヒの主食のチャパ ティになる重要な穀物である.近年,少しずつジャガイ モ栽培は増えているが,ザラバードの持つ地域的条件か ら,フセイニ村のようにジャガイモ栽培だけに特化して はいない(水嶋,2008)(水嶋,2010). 指摘したように,KKHの通るフセイニ村では,商品・ 貨幣経済の市場経済化の浸透で,貨幣収入が必要不可欠 写真3 フセイニ村とザラバードを連絡する吊り橋 (a)フセイニ村とザラバードを連絡する吊り橋と険しい道路(2009年8月,水嶋撮影)(b)堰止胡の水位上昇で水没した吊り橋(2011年8月, 水嶋撮影)(c)破損した吊り橋(2013年5月,水嶋撮影)(d)吊り橋の再建設(2014年8月,水嶋撮影)
Photo.3 Suspension bridges to be connect Hussaini village and Zarabad
(a)Dangerous suspension bridges and a steep grades road in Aug, 2009(b)Suspension briges went under the water by a big dammed lake in Aug. 2011(c)A damaged briges by a dammed lake in May. 2013(d)Reconstruction of suspension brides in Aug. 2014
(c) (a)
(d) (b)
写真4 堰止湖の範囲(グーグルアースより)
となっている状況に対応して,自給自足の小麦栽培から 市場出荷を目的とする換金作物のジャガイモ栽培へと大 きく変化した.この結果,ジャガイモ栽培に特化したこ とで,村は灌漑用水不足に直面したが,村ではグルキン 氷河先端から流れ出す水を,鉄パイプで取水し村まで運 んで来る方法を導入したことで,用水不足問題は解決し た(水嶋,2008). ところが,ザラバードの土地利用は2010 年以前まで 大きな変化がみられなかった.その理由にはザラバード の地域的条件がある.第1 点はハンダック川から取水す る灌漑用水が不足していたことである.ハンダック川源 流の氷河は小規模なため,水量の絶対量は少なく,さら に,この河川の水は,取り決めにより同じワヒ村のパ スー村が所有するホラマバードの耕地の灌漑用水として も利用された.このためザラバードで利用する水量には 限界があり,十分な水を必要とするジャガイモ栽培面積 は拡大することはなかった.第2 点はザラバードの位置 の問題である.ザラバードの耕地はフセイニ村の全農家 が所有しているが,ザラバードには休憩や農具などを保 管する小屋をもっているものの,ここで居住することな く出作りとして農作業をおこなっている.村からザラ バードまで歩行距離で約3 km 程度であるが,フンザ川 に架かる吊り橋は,写真3(a)のように,人一人だけが 渡ることができる極めて危険なものであり,さらにその 先の急崖とアップダウンの道路では移動することは困難 であった.この吊り橋と道路の存在が,ザラバードにお けるジャガイモ栽培面積の拡大を制限し,10月中旬にフ ンザ川の水位低下を待って,トラクターによる脱穀と運 搬を可能とする小麦栽培を続けてきたため,ザラバード の耕地の土地利用には大きな変化は生じなかった. 4-2 2010 年以降の土地利用 ザラバードの土地利用が大きく変化したのは2010 年 以降である.カラコラム山脈下の山岳乾燥地域にあるパ キスタン北部地域では自然災害が多発し,これまでも多 く の 被 害 が 報 告 さ れ て い る(Kreutzmann, 2006) (Derbyshire・Fort, 2006).また,頻繁に起こる土砂崩 落では,唯一の幹線道路であるKKH を度々通行不能と していたが,しかし,2010 年 1 月 4 日にアタバード村に 起こった土砂崩落は,これまでに経験のない極めて大規 模なものであった(藁谷・梶山,2011).この崩落によっ てフンザ川を堰き止め,最大の水位で約22 km 上流のパ スー村の吊り橋付近まで,写真4 のように巨大な堰止湖 (出現初期頃の一部)を出現させた.この堰止湖はゴ ジャール地区に大きな被害をもたらしたが,直接の被害 では,多くの住居,商店,ホテルや銀行,農地,アンズ やリンゴそしてポプラの木々を水没させ,さらにこの間 のKKH も水没させて通行不能にした.KKH の水没で, 人や物資の移動は一時的に停止したが,すぐにこの運搬 は写真5 のように,アタバード村とフセイニ村にできた 臨時の河港を連絡する小型船に変わった.しかし,その 運搬量は車やトラック輸送と比較すれば激減し,写真6 のように,水位の低下で河港がグルミット村に移動して も小型船に依存している状況に変化はない. 指摘したように,堰止湖の出現による直接的な被害に は甚大なものがあったが,同時にKKH が通行不能な状 態が長期になったことで,間接的な被害が顕在化してき た.もっとも大きな被害は,これまでKKH を通じても たらされた商品・貨幣経済の市場経済化に対応して,換 金作物のジャガイモ栽培の面積を順調に拡大してきたに もかかわらず,市場出荷が停止したことである.限られ た収入であっても,貨幣収入を必要とする新たな生活の 礎でもあったジャガイモの出荷が不可能になったため, ゴジャール地区の多くの村では生活に困窮することに なった.結局,地区の村ではこれまでのジャガイモ栽培 から,一部に自給用のジャガイモ栽培を残しつつも,大 部分の耕地では伝統的な小麦栽培に戻ることになった. フセイニ村も同様であった.既述したように,フセイ ニ村ではジャガイモ栽培面積の拡大で,灌漑用水不足に 直面することになったが,この不足に対して村人たちは 多くの努力で解決し,ジャガイモの出荷から安定した収 入を確保することができた(水嶋,2008).ところが,安 定した収入の確保に目途がついたにもかかわらず,KKH の水没はこの出荷を不可能にし,堰止湖の出現から5 年 余り経過する現在でも,この状況には変化がない.安定 した用水の確保でジャガイモ栽培の体制は整ったが,現 在,フセイニ村でも自給用のジャガイモ栽培を除いて, 多くの耕地は伝統的な小麦栽培に戻っている. 一方,ザラバードは一層深刻である.前述したように ザラバードの持つ地域的条件から,ジャガイモ栽培の面 積の拡大は不可能であったが,それでも自給用の小麦栽 培は継続して行ってきた.ところが,堰止湖の水位の上 昇は,フセイニ村とザラバードを連絡する唯一の吊り橋 をも,写真3(b)のように水没させた.フセイニ村の人々 は,ザラバードで出作りによって小麦を栽培してきた が,吊り橋を使うことできなくなったため,出作りも止 めてしまった.堰止湖の水位が低下した2014年8月現在 でも,写真3(c)に見られるように吊り橋は壊れたまま であり,村人はザラバードにはいくことはできない.一 部の村人は,上流にあるパスー村の吊り橋を利用しザラ
─ ─67 ( )67 パキスタン北部地域ゴジャール地区ザラバードにおける土地利用の変化 り橋の設置工事が進められている.仮に,かつてのよう にザラバードへ簡単に行けることになったとして,5 年 間も放棄してきた耕地を,容易く小麦栽培を可能とする 耕地に復元ができそうにもない.開墾時と同じように, 村人は再び耕地とするには数年の時間を費やすことにな るが,果たしていつ2010 年以前の土地利用に戻ること になるか,今後の変化を注目しておきたい. 5 まとめ 報告したように,ザラバードの土地利用は,地域的条 件から小規模なジャガイモ栽培を除いて,伝統的な小麦 栽培に特化していたが,いずれも自給用としての栽培で あった.ところが,堰止湖の出現は,ザラバードの土地 利用を一変させることになった.ワヒの生活にこれらの 作物は大きな役割を果たしてきたが,多くの耕地では耕 作を放棄してしまった. 現在,KKHの新たな建設が,2015年秋の完成を目指し て急ピッチで進められている.KKH の再供用が可能に なった時,ゴジャール地区の村々の農耕や生活は,約6 年間のブランクを乗り越えて,堰止湖の出現以前の状態 に戻ることができるのか注視する必要がある.また,フ セイニ村では吊り橋の設置工事が進められているが,こ の再供用が始まったとしても,ザラバードまで危険な吊 り橋や険しい道路を利用することに変わりはない.この 状況を踏まえても,フセイニ村の人々が,「黄金」とい われたザラバードを,作物の栽培する耕地に戻すことが できるかである. ゴジャール地区は,今度の大規模な土砂崩落と堰止湖 の出現のように,これからも頻発する自然災害などと常 に対峙しながら生活することが余儀なくされている.同 バードに行き,農耕をおこなっているが,村からこの吊 り橋を経由し遠回りで歩いてザラバードにいくには,片 道3 時間以上も費やすことになるため,この移動は避け ている.この結果,ザラバードでは堰止湖の出現以来, 農耕のできない状態が5年間も継続し,2014年8月現在, 写真2(B)の土地利用景観のようにかつての小麦栽培の 土地利用は,数枚の小麦や豆類の畑を除いて,写真7 の ようにほとんどが雑草の生える耕作放棄地へと変化し た.これを土地利用図にすると,図3(b)である.写真 2(B)や図3(B)の土地利用状況を,2009年の写真2(A) や図3(A)の土地利用と比較すると,ザラバードの土地 利用は大きく変化している.今,この耕作放棄地に生え る雑草の一部は,舎飼されている乳牛や羊・山羊の餌と して利用する村人もいるが,多くの耕地は5 年間も放棄 されたままである.写真3(d)のように2014年の9月現 在,フセイニ村ではパキスタン政府の資金で,新たに吊 写真5 アタバード村による臨時の河港 (2014年6月,水嶋撮影)
Photo.5 Temporary river port in Atabad village (Jun. 2014)
写真6 グルミット村の臨時河港
(2014年6月,水嶋撮影)
Photo.6 Temporary river port in Gulmit village (Jun. 2014)
写真7 ザラバードの畑地
(2014年8月,水嶋撮影)
時に,ゴジャール地区には,KKH を通じてこれからも 商品・貨幣経済の市場経済化が否応なしに入り込んでく る.この状況とさらにこれからも度々発生する自然災害 を見据えて,フセイニ村とザラバードは危険リスクを最 小限とするため,今後どのような農耕と生活を維持して おかなければならないのかが問われることになる. 謝辞 この論文の作成には,平成26 年度の日本大学文理学部の 個人研究費と平成26 年度の日本大学文理学部ファンドの費 用を使用させていただいた.また,現地での調査や情報の提 供については,フセイニ村にあるDJ スクールの教員であっ たフラシャット先生にお世話になった.この場を借りて感謝 を申し上げます. 落合康浩・水嶋一雄(2004):パキスタン北部地域ゴジャー ル地区の地域開発による生活の変化 「地学雑誌」113. No.2 (993) 312-329 水嶋一雄(2006):パキスタン北部地域ゴジャール地区のワ ヒ民族のNGO −フセイニ村を事例として− 「研究紀 要」 41 31-38 日本大学文理学部自然科学研究所 水嶋一雄(2008):パキスタン北部地域ゴジャール地区の灌 漑システム−フセイニ村を事例として− 「研究紀要」 43 43-53 日本大学文理学部自然科学研究所 水嶋一雄(2009a)パキスタン北部地域ゴジャール地区におけ る農牧業と生活基盤の変化と現状「研究紀要」44 19-36 日本大学文理学部自然科学研究所
Kazuo MIZUSHIMA(2009b):Development of Goods/Money Economy in Dry Mountainous Regions and the Occur-rence of Regional Issues: Irrigation Problems in Hussaini Village Located in the Valley of the Karakoram Range Geographical Studies No.84. 65-74
水嶋一雄(2010):パキスタン北部地域ゴジャール地区ザラ バードの土地利用−伝統と近代化の混在−「研究紀要」 45 39-53 日本大学文理学部自然科学研究所
Teiji WATANABE, Yasuhiro OCHIAI, Kazuo MIZUSHIMA, Shuji IWATA and Hermann KREUTZMANN (2011): Cur-rent status of Tourism and Roles of a Proposed Local Guide Association in Pasu, Northern Areas of Pakistan Geographical Studies No. 86 41-54
参考文献・論文 水嶋一雄(2012):パキスタン北部地域ゴジャール地区フセ イニ村の牧畜形態−停滞から衰退− 「研究紀要」47 63-75 日本大学文理学部自然科学研究所 水嶋一雄(2013a):パキスタン北部地域ゴジャール地区フセ イニ村における農牧業の現状−持続性を阻害する要因の 出現− 「研究紀要」48 23-33 日本大学文理学部自然 科学研究所
Kazuo MIZUSHIMA (2013b): Change of the Livestock Farm-ing in Hussaini Village, Gojal District, Northern Pakistan Geographical Studies Vol.88, No.2
水嶋一雄(2014):パキスタン北部地域ゴジャール地区フセ イニ村の地域構造とこの変化 「研究紀要」49 11-20 日本大学文理学部自然科学研究所
Hermann Kreutzmann (2006): High Mountain Agriculture and its Transformation in a Changing Socio-economic Envi-ronment KARAKORAM In TRANSITION Culture, Devel-opment and Ecology in the Hunza Valley pp329-358 Derbyshire E・Fort M (2006) Geomorphology and Mountain
Hazards in the Hunza Valley. Karakoramin Transition. Culture, Development, and Ecology in the Hunza Valley 73-95
藁谷哲也・梶山貴弘(2011)2010 年 1 月にパキスタン北部・ アタバードで発生した巨大崩壊と堰止湖の拡大 地学雑 誌 993-1002 Vol.120, N0.6 (1039)