龍谷大学悌教学研究室年報第11号2001年3月 l
『観薬王薬上二菩薩経』と関連経典
博士後期課程二回生井 上 博 文
はじめに
『観薬王薬上二菩薩経』は、一般に「六観念経j と呼ばれる経典群中のーっ として扱われている。また、それに加えて浄土三部経の一つである『観無量 寿経』と同列に見られることが多い。この「六観念経Jの成立地域は、中国、 中央アジアなど諸説があり、そのインド成立には疑義が出されていることは 周知のことであるに本研究においては、その「六観念経jの一つである『観 薬王薬上二菩薩経』を扱う。本経は薬王菩薩を主人公として描いている。薬王 菩薩を主として描く経典はそれほど多く存在するわけではない。この菩薩を 最も重要視するのは『法華経』である。特に、『妙法蓮華経~r
薬王菩薩本事 品第二十三Jr
妙荘厳王本事品第二十七Jの二つのチャプターは、薬王菩薩に ついて詳細に延べ、非常に重要な役割を与えている。そこに描かれる薬王菩 薩は、いわゆる焼身供養など様々な問題を有しているのだが、薬王菩薩に関 して最も重要なことは『法華経』そのものの宣布の役割を担っていることで ある。しかし、『観薬王薬上二菩薩経』は『法華経』の影響を多分に受けてい る部分が見られるものの、そこに描かれる薬王菩薩は観想、法が記されるなど、 『法華経』とは全く性質が異なったものになっている。また、『観薬王薬上二 菩薩経』の内容は、『法華経』の思想、というよりも、「浄土Jr
往生」などの浄 土経典のタームや思想が見受けられる。特に、『観無量寿経』との関係が極め て深いものであることがわかる。本経を研究するに当たって重要となる視点 は、『観無量寿経』に関してこれまでなされてきた議論に用いられたものが非 1月輪賢隆 [1971Jr
仏典の批判的研究』において、『観無量寿経』が中国撰述であるとの問 題が提起され、その後、これを踏まえて様々な研究成果が出される。「六観念経jなどという名 称も月輪氏の研究により一般化する。 以下にその六種を挙げる。『観仏三昧海経』十巻仏陀 駿陀羅訳、『観普賢菩薩行法経』一巻曇摩蜜多、『観虚空蔵菩薩経』一巻曇摩蜜多、『観薬王薬 上二菩薩経』一巻亙良耶舎、『観無量寿経』一巻直良耶舎、『観弥勅菩薩上生兜率天経』一巻 温渠京声 尚、月輪氏は『観薬王薬上二菩薩経』と『薬師経』との関係も指摘されるが、現時点では、 両者の明確な関係は認められない。常に有効である。『観無量寿経』に関する議論は、過去から非常に多くなされ ており、様々な視点からの研究が見られる。『観薬王薬上二菩薩経』と『観無 量寿経』は、ともに「六観念経Jであるとしづ以外にも以外に共通点が多い口 訳者が重良耶舎であることも共通するのであるが、内容の共通点を挙げれば、 偶然とは考えられないほど酷似していることがわかる白本経にはすでにRaoul Birnbaumによって英訳がなされている20彼は『観薬王薬上二菩薩経』を体 系的に検討し、その成立地域を、『法華経』の「焼身供養Jなどを根拠にカシ ミールと限定する。尚、 Birnbaum自身が述べるように本経の訳は、彼の研究 が初めてであり、経典を読む上で非常に参考になる点が多く、有用である。し かし、この『観薬王薬上二菩薩経』は日本ではそれ程省みられることのなかっ た経典である。そこで本研究ではこの『観薬王薬上二菩薩経』の和訳を試み る。そして、本経の構成要素を引き出し、成立にあたって関係した他経との関 連を見る。
和訳
(大正20,
No. 1161,
pp.660c -666b)1
.薬玉、薬上の光明に関する仏と宝積の対話
次のように私は聞いた。ある時、仏は毘耶離園、繍猿林の青い蓮の池に千二 百五十人の比丘の集団とおられた。尊者摩言可迦葉、尊者舎利弗、尊者大目禰 連、尊者摩詞迦腕延、などの知識ある者たち、そして菩薩や摩詞薩が一万人 いた。 また妙管菩薩、善音菩薩、寂音菩薩、宝徳菩薩、慧徳菩薩、文殊師利菩薩、 弥鞠菩薩、などの上首となる者もおり、また、十億人の菩薩や摩詞薩が十方よ り来た。賢首菩薩、千首菩薩、観世音菩薩、大勢至菩薩、薬王菩薩、薬上菩 薩、普賢菩薩、賢護菩薩、党天菩薩、党瞳菩薩等や、また、五百人の毘耶離の 離車(族)の子もいた。長者の主である月蓋と長者の子の宝積等が皆その会に 集まった。 その時世尊は普光三昧に入られた。身体のすべての毛穴から多彩な色の光 を放ち、繍猿林を七宝の色で照らした。林の上に出た光は宝でできた天蓋に なった。この天蓋の中で、十方世界の様々な希有なることが現れた。その時、 長者の子の宝積は、立ち上がって阿難のところへ行き、次のように言った。 2Raoul Birnbaum [1989JThe Healing B包ddha(以下、英訳)簡谷大学悌教学研究室年報第 11号 2001年 3月 「大徳よ、今日世尊は三味に入り、その完全な身体は光を放って おられます。必ずすばらしい法をお説きになるでしょう。大徳よ、 よろしければその時をお教えくださしリ 阿難は次のように答えた。 「長者の子よ、仏は三味に入っておられます。私は敢えて頼めま せんj
3
このように言うと、仏の眼は光を放って、薬王と薬上の二人の菩薩の額を照 らし、彼らの額の上でとどまったo それは金剛の山のようであり、十方のすべ ての無量の諸仏をこの山に映し出した。そしてこのすべての世尊たちが、また 眼より光を放って、すべての菩薩の額をまんべんなく照らした。その額は瑠璃 の山のようであり、十方世界では、すべての菩薩摩詞薩が首楊厳三味3を得て おり、この光の山を映し出している。この様が現れて、繍狼池中で宝蓮華が生 じた。それは白い宝石の色で、その色は鮮やかな白で他に例えることはできな いもので、あった。 諸々の化仏が蓮華の上に座り、その身体も繊細で、崇高であり、三昧に入って いた。それぞれの眼から光を放ち薬玉、薬上の二人の菩薩の額を照らし、また あらゆる菩薩の額も照らしていた。 その時、世尊は三昧より起きて、やわらかく微笑して五色の光を仏の口から 出し、月面を照らした。その時、仏の顔の特徴はさらに光り、通常より百千万 倍勝れていた。長者の子宝積は、仏の偉大な特徴を見て、賞賛して言ったD 「未曾有なことで、すj そこで彼は座より起って、衣服を整え、偏祖右肩し、仏のまわりを七度ま わったo そしてひざまずき、合掌し、尊顔を仰ぎ見た。しばらく眼を離さずに 仏に言った。 「世尊よ、如来は今日大光明を放って、十方の諸仏や諸菩薩たち を照らしておられます。(彼らは)皆、既に雲のように集まってい ます。私は仏法の海の中においていくつかの間いをしたいと思い ます。世尊よ、私にこれを説明していただきたいのですが」 仏は宝積におっしゃった。 3r
首楊厳三昧経』とのつながりも指摘され得るが、判然とはしない。『観仏三昧海経』には この「首樗厳三味Jが見られる。『あなたは自由に質問してよい』 そこで宝積は仏に言った。 「世尊よ、知来は今、両方の目から光を放っておられます。金剛 の山のような薬玉、薬上の二人の菩薩の額にとどまり、十方の諸 仏や諸菩薩たちがこの光の山に映し出されています。この二人の 菩薩の威徳(を示す)光明は、まるで知意珠の何倍も明るいよう で、他の菩薩の光明より百千万倍も勝れています。仏が滅した後、 正法が滅する時に、もしこの二人の菩薩の名を聞く衆生が福を得 たいと、そして、もし、善男子や善女人が障りある業の罪を断ち たいと思うならば、どのようにして薬玉、薬上(菩薩)の身体の 光明を観ずる4ことができるのでしょうか」 仏は宝積におっしゃった。 『よく聞きなさい。よく聞きなさい。そして考えなさい。私があ なたのために分別して、解説しよう』 (仏が)この言葉をお説きになられたとき、五百人の長者の子が同時に立ち 上がり、仏に礼をなした。それぞれが青蓮華を仏に差し出し、(法を)聞くこ とを願った白その時、集会の大衆と菩薩たちが異口同音に宝積を讃歎した。 「すばらしい、すばらしい、宝積よ。未来の世において、盲目な る衆生のために如来に甘露であり、妙薬である潅頂の法を問いな さしリ このように言って、皆黙った。
l
l
. 薬玉、薬上の名の効力と呪
仏は宝積におっしゃった。 『未来の衆生は薬玉、薬上の二人の菩薩の名を聞くことができる 五つ因縁を持っているのである。その五つとは何であるか。一つ 目は慈心を持ち、殺しをせず、仏の禁戒を具えて、威儀をなくす ことはないこと。二つ目は父母を孝養し、世の十善5を行うこと。 4英訳ではcomtemplateと訳されている。本経は「観""J と称する経典であるので、「観J の意味が重要になる。しかし、この語の正確な原語は知られていない。また、この後、薬玉、 薬上を観ずる方法が説かれる。これが本経の主要テーマである。 5原文を以下に記す。龍谷大学悌教学研究室年報第11号2001年3月 三つ目は身体が落ち着いており、念が乱れないことロ四つ目は方 等経6を聞き、心に驚きや疑いがなく、落ち込むことも、退くこと もないこと。五つ目は永遠に仏を信じ、第一義において心は流水 のように念が絶えることはないこと、である』 仏は宝積におっしゃった。 『もしこの五つの縁を具えた衆生がこの世に生まれるなら、常に この二人の菩薩の名、及び十方の諸仏や菩薩の名を聞くことがで きるであろう。方等経を聞けば、心に疑いの心がなくなるであろ う。これらの二人の菩薩の名を聞くことができることで、その威 神力のためにこの世に生まれ、五百阿僧祇劫の問悪道に堕ちるこ とはないであろう』 5 仏がこのようにおっしゃった時、薬王菩薩が仏の威神力を継承して呪を説 いた。 呪 略 -その時、薬王菩薩摩詞薩は この呪を説き終わって、仏に次のように言った。 悌語賓積。未来衆生具五因縁。得聞薬王薬上二菩薩名。何謂為玉。一者慈心不殺。 具悌禁戒。威信不娘。二者孝養父母。行世十善。三者身心安寂。繋念不歯L。四者 間方等組。心不驚疑。不渡不退。五者信悌不滅。於第一義心如流水念念不絶。(大 正20,p.661a-b) 『観無量寿経』に同様の内容が見られる。 亦令未来世一切凡夫欲修浄業者得生西方極集園土。欲生彼園者。嘗修三福。一者 孝養父母。奉事師長。慈心不殺。修十善業。二者受持三蹄。具足衆戒。不犯威信。 三者殺菩提心。深信因果。讃諦大乗。勧進行者。如此三事名為浮業。(大正 12, p.341) 上記の二文は非常に似通っている。 6英訳vaipulyasiitra,大乗経典の総称。『観無量寿経』にも見られる。以下に一文を記す。 若有衆生願生彼園者。設三種心即便往生。何等為三。一者至誠心。二者深心。三 者遁向稜願心。具三心者必生彼園。復有三種衆生。嘗得往生。何等為三。一者慈 心不殺具諸戒行。二者讃諦大乗方等経典。三者修行六念週向稜願生彼悌園。(大正 12, p.344c) 他にも「方等経」を記す『観無量寿経』の記述を挙げると、 上品中生者。不必受持讃諦方等経典。善解義趣。於第一義心不驚動。深信因果不 務大乗。以此功徳。週向願求生極集因。行此行者命欲終時。阿粥陀悌輿観世音及 大勢至。無量大衆巻麗圏焼。持紫金蓋至行者前讃言。(大正12,p.345a)
「世尊よ、この神呪は、過去において八十億の仏によって宣説さ れたものです。今の釈迦牟尼仏及び未来永劫の千の仏たちもまた この呪を説くのです。仏が滅した後、もし比丘、比丘尼、優婆塞、 優婆夷でこの呪を聞き、暗唱し、保持する者がし、れば、(彼らは) あらゆる業の障害、報の障害、煩悩の障害が浄化され、すみやか に除滅できるでしょう。そして現在のこの身体において、あらゆ る三昧を修めるでしょう。念ずる最中には仏の色身を見て、最後 まで阿縛多羅三貌三菩提(を望む)心を忘失しないでしょう。夜 文、富単那、羅挙JI、鳩繋茶、吉遮、毘舎関、そして人の精気を食べ るすべての悪鬼がいても、この世で(彼を)侵害できるものはい ないでしょう。命を終えたいと願えば、十方の仏たちが皆やって きて迎えてくれるでしょう。そして思うままに他のきよらかな国 に往生7するでしょう」 その時、世尊は薬王菩薩を讃えて次のようにおっしゃった。 『すばらしい、すばらしい、善男子よ。(私は)快くこの呪を説い たのだ。三世のあらゆる仏たちもこの呪を説いたのだ。私はこの 呪に対して深い喜びが生じるのである』 その時、薬上菩薩も仏の前で呪を説いた。 一呪略一 薬上菩薩がこの呪を説き終わって、仏に次のように言った。 「世尊よ、私は今知来の前で、煩悩の海に降り潅頂陀羅尼を説き ました。この陀羅尼呪は三世の仏たちが説いたものです。もし、比 丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷がこの呪を聞き、暗唱し、保持すれば 十の功徳を得るでしょうロどのような十かというと、ーは、この呪 の威神力のために、殺生の罪疾を清浄にすることができるでしょ う。二は、そしられる悪名は悉く除滅するでしょう。三は、人、あ るいは非人は彼らを利用できなくなるでしょう。四は、凡人が暗 唱し、記憶すれば忘れなくなるでしょう。ちょうど阿難のように。 五は、(彼らは)釈、党、護世、諸天に敬われるようになるでしょ う。六は、(彼らは)国王、大臣にも敬われるでしょう。七は九十 7原文は「随意往生他方浮園」となっている。英訳はrebornと訳している。「往生」は『法 華経』に見られるタームではない。
龍谷大学悌教学研究室年報第11号2001年 3月 五種類の異教の師は(彼らを)屈服することはできないでしょう。 八は(彼らの)心は禅定にふけり、世俗の楽を楽しまないでしょ う。九は十方の仏たち及び菩薩たちによって、彼らは念を護られ るでしょう。十は、(彼らは)命が終わるに臨んで、業の障害が浄 化され、除かれるでしょう。十方の仏たちは金色の光を放って、皆 (彼らを)迎えに来て、妙法を説くでしょう。そして(彼らは)思 うままに清浄な仏国に往生するでしょう J
7
薬上菩薩はこの陀羅尼を説いて、合掌恭敬して、額を仏の足につけて一方に 下がった。 その時、世尊は薬上菩薩を讃えて次のようにおっしゃった。 『すばらしい、すばらしい、善男子よ。(私は)快くこの呪を説い たのだ。十方、三世のあらゆる仏たちもまたこの呪を説くのだ。私 は今あなたによって心より歓喜している』 二人の菩薩はこれらの呪を説き終わると、各々宝壊を脱いで、仏に供養した。 薬王菩薩が脱いだ壊璃は、須弥山のように仏の右肩の上とどとどまったo 薬上 菩薩が脱いだ理洛は須弥山のように仏の左肩の上にとどまった。二つの(須 弥)山の頂上には党王の宮殿があり、百千万億の党天の王たちが恭敬し、合掌 して立っていた。宮殿の中には宝蓮華があり、摩尼珠のように三千大千世界を すべて覆い、宮殿の上に忽然と降り注ぎ、合わさって一つの千葉の金の華に なった。 宮殿内には、十方に仏が金の華の上に座っていたo 東の仏を須弥燈光明とい い、東南の仏を宝蔵荘厳といい、南の仏を腕檀摩尼光といい、西南の仏を金海 自在王といい、西の仏を大悲光明王といい、西北の仏を優鉢羅蓮華勝といい、 北の仏を蓮華援荘厳王といい、東北の仏を金剛堅強自在王といい、上方の仏を 殊勝月王といい、下方の仏を日月光王といった。 このような十方の仏たちが異口同音に薬玉、薬上の二人の菩薩を讃嘆して 言った。 「あなたたちが説いた呪は、十方、三世の仏たちによって説かれ たものです。私たちもかつて菩薩道を修行しているとき、この呪 を聞いて心より随喜を得ました。この随喜による善根の因縁の力 のために、すぐさま五百九十六億劫の生死の罪を超越することが でき、現在、仏となることができたのです。もし、衆生があなた たち二人の菩薩の名、及び私たち十方の仏の名を聞くことができるなら、即座に百千万劫の生死の罪を除滅できるでしょう。(彼ら は)受持、読諦、礼拝、供養することはなおさら(重要です8)J そこで十方の仏たちはこの言葉を言い終わって、禅定に入って、沈黙し、座ったo
i
l
l
.
薬王、薬上への受記
そこで釈迦牟尼仏は大衆におっしゃった。 『あなたたちは今、薬玉、薬上の二人の菩薩が(私に)宝壊を供 養し、合掌して私の前に立っているのを見たのですか』 この時、弥鞠を上首とした大衆は仏に次のように言った。 「世尊よ、その通りです。我々は見ましたJ 仏は弥戦列こおっしゃった100 『阿逸多よ、この薬王菩薩は長く党行を修し、あらゆる願を満た し終わって、未来の数劫において、必ず浄眼如来、応供、正遍知、 明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊に なるであろう。彼の国の名を常安楽光といい、その劫は勝満とい う。その仏が世に出るとき、その土地は、白い宝石のような金剛 の色で、金剛の際に至っている。空中には自然に白い宝の華が降 り、その国を五十由旬にわたって完全に覆っている。その土地の 衆生は心身の病はなく、天は甘露を与えるが、これを食べ物とせ ず、ただ無上の大乗の法味を服するのである。その仏の寿命は五 百万億阿僧祇劫で、正法は四百高阿僧祇劫の間世にとどまるであ ろう。その国に生まれる者は皆陀羅尼門にとどまり、念や禅定を 忘れないであろう』 薬王菩薩は受記を得て、すぐに立ち上がって虚空に躍り上がり、十八の神変 をなした。上より華が仏の上に散っていた。これらの散らされた華は、空中で 金の華の林のように列んでとどまっていたD そこで、世尊はまた弥勤におっしゃった。 8原文「何況受持讃諦稽奔供養J 文意不明。 9ここで弥鞍が突如として登場する。 10 ここからの仏の言葉としての記述は『法華経.~r
妙荘厳王本事品Jと類似する。薬王菩薩が 薬上普薩の兄であることは「妙荘厳王本事品」にも記されている。能谷大学悌教学研究室年報第11号2001年3月 『この薬上菩薩は薬王菩薩の後に次いで、必ず仏となるであろう。 浄蔵知来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈 夫、天人師、仏、世尊と呼ばれるであろう。浄蔵知来が世に出ると きには、この白宝の地は金色に変わり、金の華、金の光で満ちた 世界になり、その国の衆生は皆無生法忍11を具えているであろう。 浄蔵知来の寿命は六十二小劫で、正法は百二十小劫世にとどまる であろう。像法は五百六十小劫世にとどまるであろう』
9
そこで薬上菩薩は受記を聞いて、すぐさま三昧に入って、その身体は華と化 した。葡萄林12のように七宝で荘厳し、華の雲と化した。この華の雲で仏を供 養した。その時、華の雲は金色の光を放ったo 金色の光の中には瑠璃の雲があ り、その瑠璃の雲の中で偏頒を説いた。 正遍知、世尊よ、汚れなき釈師の子は十方に並ぶ者はいません。智慧の光 は全てを照らし、普く全てをあわれみ、世間に出現します。私は今頭を(下げ て)礼拝し、大いに三念慮を哀れみます。 そこで薬上菩薩は、この備を説いて元の座に戻った。I
V
. 薬王、薬上の観想
仏は大衆におっしゃった。 『仏が滅した後で、もし衆生が薬玉菩薩を見たいという思いにしば られるなら、五つの想をなすべきである。一つ目は繋念数息、想13、 11無生法忍は『観無量寿経』にも説かれている。 如来今者。教章提希及未来世一切衆生観於西方極集世界。以悌力故。嘗得見彼清浄 国土。如執明鏡自見面像。見彼園土極妙築事。心歓喜故。麿時即得無生法忍。(大 正12,p.341c) 見悌色身衆相具足。見諸菩薩色相具足。光明賓林演説妙法。聞己即悟無生法忍、経 須奥間歴事諸悌。遍十方界。於諸{弗前次第受記。還至本園。得無量百千陀羅尼円。 (大正12,p.345a) 12原文は以下の通り 爾時薬上菩薩聞授記巴。即入三味化身為華。如臓葡林七賓荘巌。化成華雲。以此 華 雲 持 供 養 悌 。 ( 大 正20,p.662b) 『観無量寿経』に記される「葡萄」は以下の通り。 園大夫人名章提希。恭敬大王。操浴清浄。以献蜜和線用塗其身。諸理務中盛葡萄 紫密以上王(大正12,p.341a) 13英訳ではThemeditation of stabilizing thought by counting breathsとなっている。二つ目は安定心想、三つ目は不出息想、四つ目は念実相想、五つ 目は安住三昧想である』 仏は弥勅におっしゃった。 『もし、善男子、善女人がこの五つの想を修せば、一度の念で即座 に薬王菩薩を見ることができるであろうロこの薬王菩薩の身長は 十二由旬であるが、衆生に合わせて十八丈や八尺にもなる。身体は 紫金色で、三十二相八十随形14は仏と異なっていない。頭の上の肉 警は十四の摩尼珠があり、その一つ一つの珠には十四の角15あり、 一つ一つの角には十四の華があり、天の冠で飾られている。その 天の冠には十方に仏、菩薩がおり、皆、衆宝賓16のように現れる。 眉間の事相は白瑠璃色で、それを白い宝石のカーテンのように七 周にまとわり、その全ての毛穴から光明が流れ出ている。(その光 明は)摩尼珠のように八万四千を数え、その一つ一つの珠は右回 りに宛転し、七宝の城や優鉢羅の華のようである。一つ一つの華 の上に一人の化仏がおり、身の丈は六(尺)で釈迦牟尼と同じで ある。一人一人の如来には侍者となる五百人の菩薩がいる。この 薬王菩薩の両肘は百の宝の色で、手の十指先からはあらゆる七宝 が降っている。もし衆生がこの菩薩の十指の先を見れば、四百四 の病が自然に除滅するであろう。身体のあらゆる煩悩はすべて起 きないであろう。そして彼の両方の足下には金剛の宝が降ってき て、一つ一つの雲の台と化した。その雲の台の中に化菩薩がおり、 また、無数の天が侍者となっている。その時、化菩薩は四諦、苦、 空、無常、無我を演説し、また非常に深いあらゆる菩薩行をも説 いている。この想をなしたとき、これを薬王菩薩の功徳の相の初 観17としづ。第二観では心がしだいに広くなり、薬王菩薩の身体の 相が具わっているのを見ることができる。そのとき、薬王菩薩の 心は栴檀摩尼珠のように清浄になり、百億の光明がある。このす 14原文は以下の通り。 薬王菩薩身長十二由旬。随謄衆生或十八丈或現八尺。身紫金色三十二相八十随形 好如悌無異。頂上肉髪有十四摩尼珠。(大正20
,
p.662b) これに対して、『観無量寿経』では「三十二相随形好J (大正12,
p.343a)、「身紫金色J (大正 12, p.341b)、「摩尼珠J (大正 12,p.342c) など共通点が多くある。「三十二相」は『観仏三昧 海経』で説かれるものが最も有名である。 15原文では「樗J となっている。 16語意不明 17薬王菩薩の観想は第二観までしか記されていない。中断されたようにも思われる。この点 に関しては「未整理」であるがため、との見解が一般的である。龍谷大学悌教学研究室年報第11号2001年3月 べての光明は身体の周りを百億の宝の山のように百固めぐってい る。その一つ一つの山には百億の宝の穴があり、その一つ一つ穴 の中には十億の化仏18がおり、身体はみな荘厳している。このす べての化仏は異口同音に薬王菩薩の本行の因縁を説く。この姿が 現れる時、念の中に十方の仏が行者たち19に説法をしているのを 見るのである。その時、薬王菩薩の一つ一つの毛穴から百億の摩 尼珠が光を放ち、行者たちを照らした。行者たちはそれを見ると、 浄らかな六根を得る。それを探すと、十方世界を見て、五百万億 那由他の仏や菩薩が彼らのために除罪を説き、甘露である妙薬を 服する。この薬を服すと、皆五百万億の陀羅尼門を得る。この薬 王菩薩の本願の力を原因とし、薬王菩薩が自らの荘厳を念ずるの を縁として、十方の仏と菩薩たちは行者の前に行って、非常に深 い六波羅蜜を説く。この時行者は仏たちを見ることによって、た だちに百千万億の観仏三味海20門を得るだろう』 仏は弥勤におっしゃった。 『私が滅した後、もし、天、神、龍、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆 夷が薬王菩薩を見たり、念じたりしたいと願う者がし、れば、必ず 二種の清浄なる行を修すべきである。一つ目は、菩提心21を起こ し、菩薩戒を具え威儀を欠かさないことである。菩薩戒を具える ことができる故に、十方世界の菩薩はその人の前に来て、集まる
1
1
18 If'観無量寿経』では何度も「化仏Jが説かれている。また、 f化菩薩Jの用例も見られる。 例を挙げる。 {弗眼清浄知四大海水清白分明。身諸毛孔演出光明知須禰山。彼悌圏光知百億三千 大千世界。於国光中。有百高億那由他恒河沙化伸。一一化悌。亦有衆多無数化菩 薩。(大正12,p.343b) 一一化悌。無敷化菩薩以為侍者。轡現自在満十方界。(大正12,p.343c) 19この「行者Jも『観無量寿経』に数多く記されている。 20この「観仏三味海Jとしづ言葉によって、『観仏三昧海経』とのつながりが指摘できると考 えられる。しかし、『観無量寿経』には見られず、問題が残る。 21 If'観無量寿経』にも f菩提心Jは多く見られる。両者を比較すると、原文は、 若欲見薬王菩薩欲念薬王菩薩者。嘗修二種清浄之行。一者授菩提心。具菩薩戒威 儀不娘。(大正20,p.663a) 『観無量寿経』は 欲生彼園者。嘗修三福。一者孝養父母。奉事師長。慈心不殺。修十善業。二者受持 三錆。具足衆戒。不犯威儀。三者殺菩提心。深信因果。讃諦大乗。動進行者。知此 三事名為浮業。(大正12,p.341c) 両者の内容は非常に類似している。だろう。薬王菩薩はその和上のために、そして行者のために即座 に百千万億の陀羅尼門をほどこすであろう。この陀羅尼を聞くこ とができれば、九十億劫の生死の罪を超越し、無生法忍22を得るの だ。二つ目は、仏が滅した後、すべての凡夫が煩悩に縛られて、も し、薬王菩薩を見たいと願えば、必ず四つの法を修するべきであ る。ーは慈心を持ち、殺しをせず、十悪を犯さない。常に大乗の心 を念じ、忘失せず、頭が燃えるのを救うように精進に励むことで ある。二は、師や父母に四事の供養をすることである。蘇、油、須 憂那華の油、竹や木の照明である。またこれらの照明で、仏、法、 僧の宝ならびに説法者に供養することである。三は深い禅定を修 し、人から離れて修行しようと願えば、常に塚や樹下の阿蘭若を 好み、一人で閑かに励み、非常に深い十二頭陀を修することであ る。四は身命や財のすべてを捨て、不生を恋い慕い、この法を行 ずる。念の中で、薬玉菩薩が彼らのために説法をし、あるいは夢 の中で薬王菩薩が彼らに法薬を授けるのを見るだろう。そして悟っ た後、自ら過去、無量百生千生宿命を思い出す。そして、心が大 歓喜し、即座に塔に入り、像を観じて礼拝し、像の前で観仏三昧 海を得る。そして、無量の菩薩衆を見て、ただ薬王菩薩が彼らの ために説法をしているのを見るのである』 仏は阿難におっしゃった。 『仏が滅した後に、もし、四衆が以上のように薬王菩薩を観ずる ことができるならば八十万劫の生死の罪が除かれるであろう。も しこの薬王菩薩の名字を称し、一心に礼拝することができるなら ば、禍に遭遇せず、最終的に横死に遭遇しない。もし、衆生が仏が 滅した後に、この「観Jをすることができるなら、これを正観23と いう。もし異なった「観Jをすれば、これを邪観というのである』 仏は弥鞠におっしゃった。 『仏が滅した後、もし四衆が「この薬上菩薩の清浄な色身を観ず るにはどのようにすればよいのですかJ と聞い、もし、観ずるこ とを望めば、必ず七つの法を修するべきである。いずれの七っか。 ーは常に戒を保持することを願い、最後には声聞、縁覚に親近しな 22
W
観無量寿経』では「無生法忍Jを得るのは章提希である。 23この正観、邪観の記述は『観無量寿経』にも見られ、三、六、七、九、十、十一観の末に 説かれている。龍谷大学悌教学研究室年報第11号2001年3月 い。二は常に世間の法及び出世間の善法を修めることである。ー は、彼らの心は地のように騒慢心を起こさず、すべてをまんべん なく慈しむことである。四は、心に食著なく、金剛のように壊す ことはできない。五は、平等の法にとどまり、威儀を捨てないこ とである。六は、常に毘婆舎那を修し、舎摩他を修し、心がだら けないことである。七は、大解脱、般若波羅蜜において心が驚い たり、疑いを持ったりしないことである』 仏は弥勤におっしゃった。 『もし、善男子、善女人がこの法を具えていれば、すぐに薬上菩 薩を見ることができるであろう。この薬上菩薩の身長は十六由旬 で、身体の光明は紫金色のように閤浮檀那の金色のようである。光 の輪の中には十六億の化仏がいる。その方身は八尺で、宝蓮華に 結加朕坐で、座っている。一人一人の化仏には十六人の菩薩が侍者 としており、それぞれが白い華を持っている。光が身体を右回り にまとわり、光の内側には十方に世界があり、諸仏、菩薩及び浄 土24が皆その中にある。頭の上の肉髪は緯迦毘樗迦25摩尼宝珠のよ うである。その肉警の四面からは金色の光が発せられている。そ の一つ一つの光の中には四つの宝の華があり、百の宝の色を具え ている。一つ一つの華の上に化仏、菩薩が現れたり、隠れたりし て、数えることができない。この薬上菩薩は三十二相八十随形好 を持ち、一つ一つの相には五色の光があり、(八十随形)好の一つ 一つには百千の光があり、眉間事相は閣浮檀那の金色である。ま た、百千の白宝の珠で理落を作り、その一つ一つの珠は百の宝の 光を放っている。そして、頗梨の瞳(旗)のように金の毛で飾ら れている。それは世間では非常に珍しい真金で、世の中のあらゆ る荘厳の道具になっている。もし、四衆がこの薬上菩薩の名を聞 13 24 ~観無量寿経~ ~観仏三昧海経』には「浄土」とし、う言葉は見当たらない。『無量寿経』か らの影響であろうか。 25英訳では原語を Sakrabhilangaと推定されているが、月輪氏は『観無量寿経』に出る揮迦 毘楊迦摩尼と閤浮檀金が奇妙な訳語で、訳語として疑義を出されている。 原文を記す。 知閤浮檀那金色。於圏光中有十六億化悌。方身八尺結加朕坐。坐賓蓮華。一一化悌 有十六普薩以為侍者。各執白華随光右旋。通身光内有十方世界。諸悌菩薩及諸浮土 皆於中現喝頂上肉者責日韓迦毘樗迦摩尼賓珠。肉警四面頼殺金光。(大正20
,
p.663b) 『観無量寿経』において訳語に疑義が出されたものが『観薬王薬上二菩薩経』に記されている ことは興味深い。また、「蒋迦見楊迦摩尼jは百済康義氏によって、『観無量寿経』のウイグル 訳が漢訳からの重訳であることを証明する材料となったものである。くか、保持するか、称えるか、この薬上菩薩の身体を観ずるなら ば、この薬上菩薩の身体から放たれる光明をその人が受け取るの である。この菩薩の光明は、自在天像、党天像、魔天像、帝蒋像、 四天王像、阿修羅像、乾闇婆像、緊那羅像、摩羅伽像、迦棲羅像、 人非人像、龍像、帝王像、大臣像、長者像、居士像、沙門像、婆 羅門像、仙人像、祖父母像、父母像、兄弟、姉妹、愛される妻子、 諸親像、良医像善き友の像となる。その時、行者は夢の中で上記 の像が現れて、薬王、薬上によって説かれた神呪を彼のために説 くのを見る。そこで即座に上記で説かれた何劫にもわたる数々の 罪を除滅することができる。そして目覚めても記憶して忘れない。 繋念三昧、禅定の中において、薬上菩薩の浄く、優れた色身を見 ることができ、(薬上菩薩が)行者のために過去五十三の仏名を説 くのである』 そして、法子は過去に仏がいたことを言った口
v
.
過去五十三仏
r
(
1 )普光といい、 (2) 普明、 (3) 普静、 (4) 多摩羅政栴檀香、 (5) 栴檀光、 (6)摩尼峰、(7)歓喜蔵摩尼宝積、 (8)一切世間 楽見上大精進、(9) 摩 尼 纏 燈 光 (1 0) 慧矩照、 (11) 海 徳 光 明 (12) 金剛牢強普散金光 (13) 大強精進勇猛、(1 4) 大 悲 光、 (15) 慈力王、 (16) 慈蔵、 (17) 栴檀窟荘厳勝、 (18) 賢善首、 (19) 善意、 (20) 広荘厳王、 (21 )金花光、 (22) 宝蓋照空自在王、 (23)虚空宝花光、 (24) 琉璃荘厳玉、 (25) 普現色身光、 (26) 不動智光、 (27) 降伏諸魔王、 (28) 才光 明、 (29) 智慧勝、 (30) 弥鞠仙光、 (31) 世静光、 (32) 善 寂月音妙尊智王、 (33) 龍種上智尊王、 (34) 日月光、 (35) 日月珠光、 (36) 慧幡勝王、 (37) 師子肌自在力王、 (38) 妙 音勝、 (39) 常光瞳、 (40) 観世燈、 (41 )慧威燈王、 (42) 法勝王、 (43) 須弥光 (44) 須憂那花光、 (45) 優 曇 鉢 羅 花 殊勝玉、 (46) 大慧力玉、 (47) 次名阿毘歓喜光、 (48) 無 量 音声王、 (49) 才光、 (50) 金海光、 (51) 山海慧自在通王、 (5 2) 大通光、 (53) 一切法常満王仏といったJ 薬上菩薩は、この過去五十三人の仏の名を説いた後、黙ったままとどまって いた。その時、行者は禅定の中で過去七仏世尊を見ることができた。毘婆戸仏 は讃えて言った。龍谷大学悌教学研究室年報第11号2001年3月 「すばらしい、すばらしい、善男子よ。あなたが説いた五十三人の 仏は、過去久遠の古くから裟婆世界におり、衆生を成熟させ、般 浬繋させていた。もし、善男子や善女人や他のすべての衆生がこ の五十三人の仏の名を聞くことができれば、これらの人々は百千 万億阿僧祇劫の間悪道に堕ちないだろう。また、もし、人がこの 五十三人の仏の名を称えることができれば、生まれた場所で常に 十方の仏に会うことができるだろう。また、もし人が心から五十 三人の仏を敬い、礼拝することができれば、四重、五逆、誹誘を 除滅し、この諸仏の誓願によって、皆ことごとく清浄になり、念 の中で、上述の罪は除滅されるであろう。戸棄如来、毘舎浮知来、 拘留孫、知来、拘那含牟尼知来、迦葉如来は、またこれら五十三人 の仏名を讃えるだろう。また、善男子、善女人をも讃えるであろ う。(彼らが)五十三人の仏名を聞くことができ、称名することが でき、敬い、礼拝することができれば、上述の罪障は除滅される であろうJ その時、釈迦牟尼仏は大衆におっしゃった。 『かつて、無数劫昔、私は妙光仏の末法の中、出家し、道を学び、 この五十三人の仏の名を聞いた。聞き終わって、合掌し、心に歓喜 を生じた。また他人に教え、聞かせた。他人は聞き終わって、相手 に教え、三千人に至る。そして、その三千人が異口同音に諸仏の 名を称え26、一心に敬い、礼拝する。この敬いと礼拝によって、諸 仏の因縁と功徳の力のために、即座に無数億劫の生死の罪を超越 することができたのである。その千人は、花光仏を初めとし、下 は毘舎浮仏に至る。荘厳劫27において、過去の千仏のように仏と なることができる。この中央の千人は拘留孫仏を初めとし、下は 楼至知来に至る。賢劫の中に続いて仏となるロ後の千人の仏は日 光如来を初めとし、下は須弥相に至る。星宿劫中において必ず仏 となることができるであろう』 仏は宝積におっしゃった。 『現在の十方の仏たちは善徳如来等である。また、(彼らも)かつ て五十三人の仏名を聞くことができたために、十方で皆仏となる ことができたのである。もし、衆生が四重の禁罪を除滅したいと 26
r
観無量寿経』の影響と考えられる。『法華経』では称名は観音が主である。 27r
過去荘厳劫千仏名経』にも同様の記述がある。1
5
思い、五逆、十悪を機悔することを願い、根拠のない誹誘などの 極めて重い罪を除滅したいと思うならば、必ず、薬玉、薬上の二 人の菩薩の呪の暗唱に勤めるべきである。また上の十方の仏を敬 礼すべきである。また、過去七仏を敬礼すべきである。また、五十 三人の仏を敬礼すべきである。また賢劫の千仏を敬礼すべきであ る。また、三十五人の仏を敬礼すべきである。しかる後に、十方 の無量のすべての仏を礼拝し、昼夜六度、心、想を明快かっ鋭く して、水が流れるように織悔の法を行うべきである。しかる後に 薬玉、薬上の二菩薩の清浄なる色身を念に固定するのである。も し、この薬玉、薬上の二菩薩を念ずる者がいれば、必ずその人は次 のようなことを知るべきである。過去、無量劫のあらゆる仏のと ころにおいて、あらゆる善根の種をまき、その善根の力で荘厳す るために、一回の念の中で、東方の無数の仏を見ることができる。 この時、東方のすべての仏は、即座に皆、同時に現色身三昧28に入 る。南西北方の四維、上下の仏も同様に現色身三昧に入るD その 時、十方の仏たちは皆、その身体を現して、行者の前にとどまっ て、(彼のために)甚だ深い六波羅蜜を説くのである。こうして行 者は仏たちを見終わって、心に歓喜が生じ、仏たちの前で、甚だ 深い観仏三味海を得、無数の仏を見るのである日一人一人の世尊 は異口同音に行者に受記をし、次のように言ったのだ。 「あなたは今、この二人の菩薩を念じているために、必ず未来世 において仏となるであろう J このとき、行者は受記を聞いて、身も心も歓喜し、即座に三昧を 得た。この三昧を惟無荘厳という。この三昧の力によって、倍に 増進し、まんべんなく十方の無数の仏をみる。その時に十方の諸 仏は、行者のために檀波羅蜜を説く。或いは戸波羅蜜を説く。或 いは提波羅蜜を説く。或いは毘梨耶波羅蜜を説く。或いは禅那波 羅蜜を説く。或いは般若波羅蜜を説く。或いは方便波羅蜜を説く。 或いは願波羅蜜を説く。或いは力波羅蜜を説く。或いは智波羅蜜 を説く。或いは慈悲喜捨を説く。或いは四念慮を説く。或いは四正 勤を説く。或いは四知意足を説く。或いは五根を説く。或いは五力 28 W法華経~
r
薬王菩薩本字品Jに『現一切色身三味Jが出るが、非常に類似している。『観 無量寿経』には「遍観一切色想Jとしづ語が見られ、これが『法華経』の影響ではないかとの 指摘もある。 入津崇[1999]r
観無量寿経の背景にあるものJW
悌教大学総合研究所紀要』別冊「浄土教の総 合的研究j龍 谷 大 学 悌 教 学 研 究 室 年 報 第11号 2001年 3月 を説く。或いは七覚分を説く。或いはその八正道分を説く。或いは 苦聖諦を説く。或いは集聖諦を説く。或いは滅聖諦を説く。或いは 道聖諦を説く。或いは六和敬法を説く。或いは六念法を説く。以上 のように種々に分別し、無量の法門を広説するのである。また、こ の惟無三昧海荘厳の力のために、広く行者のために分別し、甚だ 深い十二因縁の法を解説するのである。この薬王薬上の二人の菩 薩の威神力のために、また東方の無量の諸仏、諸菩薩を見る。そ の身体は紫金色で、姿形は並ぶ者がないくらいにすばらしい。南、 西、北方の四維、上下においてもまた、一人一人の如来の身体が すばらしいことを見て、観仏三昧海のように広説する。もし、行 者がこの薬王薬上の二人の菩薩の名を称えれば、もし、この二人 の菩薩を念ずれば、もし、この二人の菩薩の名を保持すれば、も しこの二人の菩薩の身体を観ずれば、もし、この二人の菩薩によっ て説かれた陀羅尼神呪を暗唱すれば、身を捨てて、来世に六根を 清浄にすることができ、常に大菩薩の家に生まれることができる のである。顔の容貌は端正で、まるで帝釈天のようで、悪いとこ ろがない。身体の力は強く、那羅延がすべてのものを力で屈服さ せるようである。その生まれた場所で、諸仏、菩薩に遇い甚だ深 い法を聞く。それを聞き終わって、歓喜して、即座に無量妙三昧 門と陀羅尼を得るのである』
V
I
.
薬玉、薬上の過去世
29 仏は阿難に次のようにおっしゃった。 『もし衆生が、この二人の菩薩の名をただ問いただけで、無量の 窮め尽くせない福徳を得るだろう。し、かにしてこのような修行を 得たのか』 17 その時、阿難は仏、世尊がこの二人の菩薩の甚だ深い智慧と無量の徳を讃歎す るのを聞いて、即座に座より起って、仏の周りを七固まわって、脆き合掌して 仏に言った。 「世尊よ、この薬玉、薬上の二人の菩薩は過去世でどのような道 を修行し、どのような功徳を得たのでしょうか。今、覚障のように 29ここで薬玉、薬上の機能性について説かれる。讃歎し、また大衆に誉め称えられました。知来は今両方の白から 光を放ち、(その光は)摩尼珠のように今、彼らの額にあります。 このすばらしい瑞相30は昔から見られていません。よろしければ 天尊31よ、私にこの二人の菩薩の昔の因縁を解説してくださしリ そこで世尊は阿難におっしゃった。 『よく聞きなさい、よく聞きなさいそしてよく考えなさし、。私は あなたにこの二人の菩薩の昔の因縁を分別して解説しよう』 仏は阿難に次のようにおっしゃった。 『むかし、無量、無辺、阿僧祇劫のまた数倍前、その時の仏は琉 璃光照如来、感供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御 丈夫、天人師、仏、世尊といった。その劫は正安穏といい、国名 を懸勝幡といった。その仏の国に生まれる衆生の寿命は八大劫で あり、その仏、世尊は世に出て十六大劫を経ている。その後、蓮 華講堂において般浬繋に入られた。仏の浬繋の後、正法は八大劫 世にとどまり、像法もまた八大劫の間世にとどまった。像法の中 には千の比丘がおり、菩薩心をおこし、菩薩戒を求め、衆生のた めにくまなく遊行し、教化していた。 その時、衆の中に一人の比丘がいた。名を日蔵といい、聡明で知 識が多く、衆楽村を遊行し、城を営んでいた。僧房、堂閣、阿蘭 若、論堂に到り、大衆のために大乗の菩薩の本縁32を広く讃えて いたロまた、如来の無上の清浄で平等の大いなる智慧を説かれた。 その時、大衆の中に一人の長者がおり、名を星宿光といった。彼 は、大乗の平等の大いなる智慧が説かれるのを聞いて、心に歓喜 が生じ、即座に座より立ち上がって、町梨戦果とあらゆる雑薬を 持って、日蔵の所に至って次のように言った。 30奇端の相、めでたい印 31この語も先述の f浄土Jと同様『観無量寿経』には説かれておらず、『無量寿経』に見ら れる。 今日天尊行知来徳。去来現在悌悌相念。(大正12,p.266c) しかし、内容的には『観仏三昧海経』の方が類似している。 惟願天尊今嘗為我及後衆生分別解説。(大正15,p.646a) 原文は以下の通り。 唯願天尊為我解説此二菩薩往昔因縁。(大正20
,
p.664c) 32英訳p加tlives龍谷大学悌教学研究室年報第11号2001年3月 「大徳よ、私は仁者が甘露の薬について説かれるのを聞きまし た。あなたが説かれたようにこの薬を服せば不老不死となりますj このように言って、頭を地面につけて比丘の足に礼拝した。ま た、この薬を持って、比丘に捧げて、仁者に次のように言った。 「今、この薬を仁者及び、大徳の僧に捧げますJ そこで、日蔵は呪願をなし、阿梨鞠を受け取ったo (星宿光)長 者は法を聞き、また呪願を聞き、大歓喜した。十方の無量の諸仏 を礼拝し、日蔵の前で広大な誓願をおこし、次のように言った。 「私は仁者が仏の智慧という薬について説かれるのを聞きまし た。仁者が説かれたものは真実で偽りはありません白私は今、雪 山33の良薬を持って、仁者や僧に捧げました。この功徳によって私 の生ある問、人、天の三界の福や報いを求めません。正しい心で 阿祷多羅三貌三菩提に回向します。私は今誠の無上の道を求める 心をおこすに至りました。未来世に必ず仏となるでしょう。この 願は偽りではなく、必ず尊者によって説かれた仏の智慧のように、 私が菩提という清浄なる力を得たとき、今だ仏とはなっていない とはいえども、もし、衆生が私の名を聞けば、衆生の三種の病苦 が除滅されることを願います。その第一は、衆生の身体は四百四 の病があり、ただ私の名を称せばただちに除愈できます。第二に は、邪見、愚痴、悪道の苦を永く受けないことを願います。私が 仏となるときに、私の国に生まれる衆生たちは皆大乗を平等に悟 り、さらに異なった教えがないでしょう。第三は、閤浮提や他の 場所には三つの悪趣があります。私の名を聞けば永くさらなる悪 趣を身体に受けないでしょう。もし、悪趣におちれば、私は阿縛 多羅三薮三菩提を得ないでしょう。もし、私を礼拝し、念じ、私 の身体の姿を観ずれば、この衆生の三つの障害が消滅することを 願います。浄瑠璃のように、外に映し出された仏の色身を見ます。 もし、衆生が仏の清浄な色身を見れば、この衆生が平等な智慧か ら永く退かないことを願いますJ この願いをおこして、五体投地して十方の諸仏に礼拝した。礼 拝して、真珠の華を持ち、日蔵に散らして次のように言った。 「和上よ、和上による無上の清浄なる仏の智慧を聞くことがで きました。私は和上の前でこれを聞いて、甚だ深い阿縛多羅三薮 33英訳 Himalayas
1
9
三菩提の心をおこしました。この願いは偽りではなく、必ず仏と なるでしょう。今、私が散らしたすばらしい真珠の華は、華の蓋 となって和上の上にとどまっていますJ このように言って、宝珠が散らされた。宝蓮華の行列のように、 空中で、華の蓋と変わったo その蓋には金色の光が具わっていた。大 衆のすべてがこの出来事を見て、異口同音に大長者星宿光を讃歎 して言った。 「すばらしい、すばらしい、大長者よ。あなたはこの大衆の中で、 すでに大きく、広い誓願をおこしております。そしてこのように すばらしい瑞相が現れております。必ず成仏できるにちがいあり ません」 その時、星宿光長者の弟がおり、電光明といった。兄の長者を 見て菩提心をおこし、身体と心に喜びを表して、大兄に次のよう に言った。 「今、私の家には醍醐や良薬があります。大兄が、私が僧に限 らずすべてのものに施すことを聞いてくれることを願います」 彼の兄は答えて言った。 「あなたの意に随って聞こう」 その時、電光長者は彼の兄に次のように言ったo 「私もまた、今大兄に従って甚だ深い阿祷多羅三貌三菩提をお こすことを望みますJ 彼の兄は答えて言った。 「もし、発心したいと願えば、あなたは今十方の諸仏に礼拝す べきだ。大和上の日蔵比丘の前で、甚だ深い無上の道を求める意 をおこせばよしリ 弟は兄に言った。 「私は今、この醍醐と良薬をすべてのものに与えます。また、す ばらしい華の上におられる十方の仏によって、この功徳が回向さ れ、大兄によって誓願がおこされたものと異ならないことを願い ます。もし私の願いが真実で偽りがないなら、私にすばらしい蓮 華の上に華を散らせてください」 そして華の樹のように空中にとどまったo
植谷大学傍教学研究室年報第11号2001年3月 そのとき、会の大衆は電光長者が蓮華を散らしながら空中にと どまっているのを見た。その一つ一つの華は菩提樹のようで、空 中で華と果実を具えて並んでとどまっていた口その時大衆は異口 同音にまた電光長者を讃歎して次のように言ったo 「あなたは今、兄の長者のような瑞応を持っており、未来世で 必ず仏となることに疑いはありませんは
V
H
.
薬玉、薬上という名の由来
仏は阿難におっしゃった。 『あなたは今次のことを知るべきだ。大長者が雪山の阿梨戦によ る勝れた薬を僧に与え、僧はこれを服するとすばらしい法を聞く ことができ、この薬の力によって二種の病を除くことができるの である。一つは、四大増損であり、二つ目は煩悩、曝悉である。こ の薬によって、大衆が皆阿梼多羅三貌三菩提を心におこして次の 言葉を言うだろう。 「私達は未来世で必ず仏となるでありましょうj そこで大衆はそれぞれ姿を見て言うだろう。 「私達は今大士が施された二種の薬によって、無上の法王の心を おこすことができ、必ず三千大千世界の王となるでありましょう。 その恩に報いるために名を付けよう。その行によって薬王と名付 けるのである J~ 仏は阿難におっしゃった。 『あなたは次のことを必ず知るべきである。この薬王菩薩は、大 衆が名付けたと聞いたとき、大衆に敬礼して次のように言ったの である。 「大徳よ、僧は私に薬王と名付けてくれました。私は今まさに名 を拠り所とし、実を定めるべきです。もし私が仏道に回向され、必 ず成就できるなら、私は両手であらゆる薬を降らし、衆生のあら ゆる病を除き、洗い流すことを願います。もし、衆生が私の名を 聞き、私を礼拝し、私の身体の姿を観ずれば、彼らに皆、必ず甚 だ深くすばらしい陀羅尼や妨げをなくす法薬を服させるでしょう。2
1
また、(その薬は)彼らに必ず現在の身体の諸悪を除去するでしょ う。私が仏となったとき、衆生が大乗の行ないを具えることを願 いますJ このように言って、七宝が降り、薬王の蓋の上を覆った。その 蓋の光明の中で次の備を説いたのである』 大士よ、あなたのすばらしく、善なる願いによって、薬をすべての人に施 し、救っておられます。 未来で必ず仏と成られるでしょう。浄眼という名です。 広く、諸天人を度し、慈しみの心には際限がありません。 智慧の目はあらゆるものを照らし、未来に必ず仏となるでしょうロ そのとき、薬王菩薩はこの備を聞いて、身も心も歓喜して、即座に三昧に 入ったo その三味の名を惟無荘厳といった。この三昧の力によって、仏を無数 に見て、業の障害を浄めて、取り除き、九百万億阿僧祇劫の生死の罪を超越す ることができた。 その時、衆の中で名付けた者が言った。 「今の薬王菩薩がこの人ですJ 仏は阿難におっしゃった。 『あなたは次のことも知っておくべきだ。弟の長者も薬を人に施 すのである。薬を施したために、世の人々は、この長者が薬を衆 僧やすべての人に施したために称讃したのである。この薬を服し た者は気力を上げることができ、すばらしい上等の薬を得るので ある。また、すばらしい大乗の法薬を得るのである。そこで世の 人々は、その行いに因んで、薬上と名付けた。そこで薬上菩薩は 世の人々が自らの徳ある名を称讃して、薬上と言ったのを聞いて、 誓願をおこしたのである白 「今、この世間のすべての大衆は、私のために薬上という名を付 けてくれました。私が後の世に十種の清浄なる力を得るとき、以 上の法薬をすべての人に施すことを願います。また、すべての衆 生が、私の名を聞けば、煩悩の燃えさかる火が消滅することを願 います。もし、衆生が私を礼拝し、私の身体の姿を観ずれば、こ れらの人は必ず不死、解脱を得る甘露上薬を服することができる でしょう J その時、大衆はこの言葉を聞いて、各々が喫絡を脱いで、薬上 菩薩に散らした。散らされた壊絡は七宝の台のように空中にとど
龍谷大学悌教学研究室年報第11号2001年3月 23 まった。台の中には光があり、純粋な黄金色であった。党音のよ うな声で、備を説いたのである』 すばらしい、勝れた大土よ、広く誓願をおこしたことを明らかにし、 必ず、苦しむ衆生を度し、心に疑い、憂慮がない。 未来に必ず仏になるでしょう。浄蔵という名です。 世間を救護し、苦の海を没するのです。
V
I
H
.
まとめ
仏は阿難におっしゃった。 『あなたは今よく聞いておくべきだ。仏の言葉を忘れてはならな い。この薬玉、薬上の二人の菩薩は、過去、現在、未来の仏、世 尊の潅頂を受けた法子である。もし、衆生がこの二人の菩薩の名 を聞けば、永く苦の海を渡り、生死に堕ちない。常に諸仏、菩薩 に会うことができるのである。どうして(私が)説いた修行の如 きを具足していょうか。もし、善男子、善女人が二人の菩薩が説 いた神呪を聞けば、もし、この二人の菩薩の名身体の特徴を観ず れば、現在の世において必ず、薬玉、薬上を見ることができ、私 や、賢幼の千仏を見ることができ、未来の世においては無数の仏 を見ることができるであろう。一人一人の世尊が彼らのために説 法をなし、きよらかな仏の土地に生まれ、彼らの心は堅固になる。 ついには阿縛多羅三貌三菩提の心から退かなくなるのである』 その時、阿難は即座に座よりたって、仏を礼拝し、仏を七回周り、次のように た っ 一 一 百 「世尊よ、この経は何という名で、これを捧持すれば何を受ける のですか34J 34同様の場面が『観無量寿経』にも見られる。 原文は以下の通り。 爾時阿難即従座起。為悌作稽緯{弗七匝。白悌言世尊嘗云何名此経云何奉持之。(大 正20,p.666b) これに対して『観無量寿経』は以下の通り。 爾時阿難。即従座起前白{弗言。世尊。嘗何名此経。此法之要嘗云何受持。(大正12,
p.346b)仏は阿難におっしゃった。 『よく聞きなさい、よく聞きなさい、そしてよく考えなさい こ の法の要点は諸々の罪障を滅すること、また、悪業を織悔する神 呪、また、煩悩の病を治す甘露妙薬、また、薬王薬上の清浄な色 身を観ずることなどである。ほんのしばらくの間で心からこの経 を喜び、四重の悪業は皆清浄になるのである。もし、優婆塞や優 婆夷がこの経を聞けば、ほんのしばらくの間で心からこの経を喜 ぶであろう。もし、五戒を犯し、八斎戒を破しでも、すぐに清浄に なることができるであろう。もし、国王、大臣、来IJ利などの居士、 毘舎首陀婆羅門や他のあらゆる者たちがこの経を聞くなら、ほん のしばらくの問で、この経を心から歓喜し、五逆、十悪は悉く清 浄になるであろう』 仏は阿難におっしゃった。 『この薬王、薬上の本行の因縁は閤浮提の人の病の良薬である』 その時、世尊はこの言葉を言い終わって、沈黙L、三昧に入ったようにとど まった。その時、長者の子宝積、尊者阿難、無数の大衆は、仏の説かれた説 を聞いて、皆歓喜した。歓喜したために 長者は五千人の中で、無生法忍を 得た。別の方に菩薩たちが一万人が来ており、首樗厳三昧にとどまっていた。 舎利弗の弟子の五百人の比丘は、諸々の漏を受けずに、阿羅漢となったo 天龍 八部衆が数え切れないほどおり、皆、無上正真道の意識をおこした。その時、 諸々の比丘、比丘尼諸々の大衆は仏が説かれたものを聞いて、歓喜し、奉行 し、礼拝して退いたロ 仏説観薬王薬上二菩薩経終わる