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『宗教研究』151号

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(1)

――目次――

1,

如来等同思想の形成について:坂東本「教行信証」信巻の成立問題, 松野純孝, On the Formation of

the Thought Corresponding to “NYORAI” (Tath

āgata), Junkō MATSUNO, pp.1-40.

2,

スコラ的人格概念の省察, 柳田友信, On the Scholastic Conception of Personality, Tomonobu

YANAGITA, pp.41-64.

3,

ベルヂャエフにおける終末思想の形成, 田口貞夫, On the Formation of Eschatology in N. Berdyaev,

Sadao TAGUCHI, pp.65-84.

書評

4,

井上光貞著『日本浄土教成立史の研究』, 石田充之, pp.85-87.

5,

窪徳忠著『庚申信仰』, 櫻井徳太郎, pp.87-89.

6,

坂本幸雄著『華厳教学の研究』, 西義雄, pp.89-91.

7,

柳田謙十郎著『宗教批判』, 佐木秋夫, pp.91-94.

Posted in 1957

(昭和32)年

(2)

248 の 門 い 土 の

仏性

二コ岡田

u ヮの雛窒

F.

巻首

日ヨ

位 [. こ 性

此な

+-

一 彼 の で ん と 磨

土 望 あ ぞ が

り、

達磨侍者

の道

る れ

わ真

が、

フ、

真実、

-

身 、 言 仕ヒ 0 匹 イ も

@

童ケ ,八 一 行 ノ イ 一 一 一 口 一 証

イ一 一 一 一 口 巷 の 成 コ、 エ 自 展 題

(3)

一 "

らである。

らハ ︵やむなく︶ 此

い わゆる英機の立場

ものなればこそ、 余

の、 やすぎままの っ ︵一一 ご

のこの浄土往生の立

を Ⅰ今生の行業を廻 ︵四︶

だ ・ - つまり凄然・ 聖

なく、 彼上 において

- さえ聖道門の修行が

とは否定できないで

で 成仏する立場を 、

ぅ べくもないのであ

う に超克してゆくか

と @. ﹂ろで、親鸞 は

とも、その御こ ュろ

"""";" 249

(4)

二形成の諸契機 如来等同日想の形成について 一

勒 ︵ 等 同じの自力に優

を 強調するにいたり

その従属

して、かえって法然

このような思想

ん てみよう。

のはからいに 駄使 亡魂八五綴 ト 如来の苦願は不可思議

絶する他力の思想を ︵八︶

禰勒等 同を超克し ,

みあって、自力行者 ︵七︶︵八︶ しとみえ 候 なり。 と も { もゲ付 0% からいを、ちりばかりもあるべか ず Ⅲ 壬 末

へ ばこそ、

仏九

と申

にて庭ぷ

姦鎔

中は、摂取に あづ かる時にて候なり。その ュ ちは正定聚の くら ゐ Ⅰ 卜て 、 と什し寺み -. の までは 舩硲

よって、波上往生を

菩薩である 禰 勤仕 と しつつ、しかも 250

(5)

とし 本尊 古サ 亜 -, い 声を 燃 。火焼ニコ名香﹁

世間の田畠・ 吉

昔に念仏を申 て らなかった。 従

皿 ︵九︶

オー 一 ︵ 一 0 ︶

丁し

, め

マて ・ ︵キ侍︶

'" 臣 何 %lI

つ "

八百

七の

は 詩心 に落 たりと知る時な 弐棚蟻確 けい ぷ 。 りぎ したま,かかわへに をあらばすこ かし、﹁往生のあ 史 、かに往生のこ ュ もあった。だから 終に際しては正念 かたちもおとろ げて申しげり﹂と な行儀であった か に住 し 得るか否か ハ ン 上に ィっ - フ 。 鎮西派 祖 弁長 は る 、臨終の悪しきを 251

(6)

252

堕ちる 人 ﹂とされた のである 繍ポ 。

いソ 0 から、臨終末

のまい。下野高田の慶

早光 如来・ 南 元不可 ︵一四︶

っ、 手をくんでし 々

合掌﹂の臨終正念に

ぅげ とられてもいた ︵一口一︶

まいらせぬ ぅへ ﹂

に ち 、やはり臨終の

にくる ぅて死 ぜん ひ ︵ 一 九︶ @

、これによって善鸞

ぎ 臨終悪相の者を出

心無碍者として - 親鸞に

であり、狂死の臨終

久しく親鸞のもとに

か !@ Ⅴおいても、まだ

とも ムめ ・ ね 、以上によ 如来等同思想の形成について 五

(7)

Ⅰ @ I ; ノ ・Ⅹ

・ 不 得を決める 唯

なぜ強く否定しょう

て 次の如く善鸞に申しおくっているのである。

魔 ともなり、地獄に

し 。

ととって往生不得

じた思想と質的にも

をどうして可能にしたのであろうか。

は 次の如く述べている。

にビし 生死元 宵 のこ

まづ 書信が身には、

- て愚桶天 智のひと

宗 のひとは m 忍者にな・りて往生す﹂ 5% ピ転 ㌔

一 ・ トィ 主り、二八︶ことしⅡ

十二日付で﹁大底 疾

書を発せねばならな ︵一九︶

を報じた泰信の書信

冒頭にぎり出してい 253

(8)

前者は念仏の故に順次往生、後者は座禅の にしぼられていることに着目すれば、当時の いうことが緊要にして焦眉の問題であった と よ る臨終の瑞相の実現のみが、現生の場にお ぅ 。だからこそ親鸞は﹁書信が身には、臨終 ﹁ 愚俺天 智のひともおはりもめでたく候へ﹂ れる肌理 と 悪疫の現実の前では、狂死や血を 念 という法然・聖覚の臨終観も一片の戯論で の 重要性が強調されてはいたが、なお臨終の ぬ来等 同思想の形成について

は 臨終の相の瑞相の一点

平静に楽に命終するかと

浄土 願 生者には、念仏に

︵ 三 一一︶

た 唯一の 現証 であったろ

かかわらず、しかもなお

ある臨終の瑞相さえ奪わ

終観 はもとより、臨終 正

いても、﹁尋常の念仏﹂ ︵一一四︶

め つた。 そナニビ は臨終は セ 本目 橿化 再来世。

言 までもないりも即身成仏 う

3

揺 を親 お だ ヒ 訴えたも

ぎ 。

レ如卸 ㍉ ㏄ママトマ 順 小仏 往 吐ナ 触 二二レ

伽ぎ 動揺二気 ゆ ⋮⋮終焉二 % 。 叉 ㌔ 姦 ㌍ 印 。口唱 レ頚 而現二 即身成仏瑞相 一 。

﹂の 飢鰻 疾疫に、端座

相 で、 つ ぎからりぎと

をの -

ス %@ 生は ︵一一ハ レ ︶

の 悪相を児・せ つ げら 254

(9)

0 が、恵信尼 は 晩年

悪人屑 が 、殺業や詐

しかも右の如 ぎ 愚者

的に唯一の輯の証であ ︵二九︶

だて﹂ 丁 、即刻、 往

、さるか。 惇 なかった と

の 願力 がょむ ざまざ

︵至上命令︶となすに至ったとおもわれる。 代願 力づ 定律, 以外に 、 ︵ 二し て︶

ム ﹂曲枕元、が 、、 ﹂ ︵二 @ ︶ 往生上﹂ 、 、、 てや く @. ﹂ - 一ヰ ム

飢 箆の段階でほ臨終の現 証は将

にといつてよい。いつ生命が絶

でな げればならないという方が

の 可能な女沙汰・学生沙汰する

﹂、臨終の善悪を否定し現生玉

て 、業報の故にものの 命 ・を殺し

た 漁民・猟師、詐欺の代名詞で @ / Ⅰ 来 に期待されるが九ぎ余裕をもち得な たれるか予測が許されなかったの てあ 、切実ないのりでなくてはならない。 人達の往生不定に対し、愚者の必定住 定 緊を打出した根本的前提であった。 て 生計をだてねばならなかった耕作農 ︵二 @ ︶ さえあった商人層であった。彼等こそ

(10)

︵一一々 @ ︶

一 こに 即得 往生の立場

@ 声一声 等 - 定得 ニ

とりて念ずべ き なり﹂ 九 如来等同思想の形成について

︵一一,四︶

不退転から等正覚樹の﹁即時人必定﹂︵

二 - ニ

・ り

ル十て

説くもの、

と親

して襲ってきた飢餓 の 逆に現生正定聚の信念 的立場は法然の乃至 成就 丈 によっていたとおもわれる。

日 向。 願 レ ニ エ役 国 ∼ 如来会の経文が引か

強固にさせていつたとおもわ・れる,

博二往生一任

二 不退転

づ唯

除去

許諾正法一信。︵三こ

伝えている,しかし

ユ ⅡⅠ

、在夷 時代の親鸞 きな関心をもって

場の記述に四五六字

(11)

一 O

浄土のみちは信心・を ︵一一 - ム、 ︶

とする立場 ホ -@@ つ 。︵三一仁Ⅰ︶ と用

鼓吹して - いたから

鰐の

立場も、これと

立つものというべ

経文・に﹁至心二回向

わりたる他力の信心

石の要があったもの 影響が見られよ う 。もつとも、法然はす︵

からいの介入を許さ 一ム八 % 化の - 俺 かが信でもあるという 至 @ 号一山十い

は 法然から親鸞が 密

" てぅ させた機縁が親

ろ う 。

は 法然のめざした

る 。彼は次の如 き 三一 と 問題にされていた 257

(12)

如来等同思想の形成について 一一

剛一﹂ぶり 0 マ 、い ︵四八︶

経文・であろう。

尹つ @ ツ 占

て あろう。

e 舌ロ二心歓喜 得忍 一者、 * ︵四五︶

此明 丁 阿弥陀仏国清浄光明、 忽現ニ

痛陀 の願力に見出

たちにおいて、 禰陀

ホ Ⅰ 由めプつナフ 。

歓喜 - 枚、長毛 二歓

定聚 、の思想が導 き 愚鈍衆生 解了為レ令レ易 弥陀如来 碓レ発 二三心 ヨ

、、、

︵豊一︶ 浬雙 真因 唯以二 信心 さ鱗 。 親鸞の博覧宏才の ょ くしたことではなかつた。

他書地貸地腹 也 。

欲願愛悦 二心歓喜賀慶二心 故 、疑 蓋乱絶哲芭 。 ︵四二

が 、これはたんに

文一﹂

締 ふくのに異常

苦闘を っづ げている。

(13)

くくりをつげてい

それをさらに・ 1 の ︵五月︶

ているから、日足 6 日足 仏 ︵五九︶

是 如来﹂をとおして、

火焼本則

ヰ人 *

︵ 世 互 。 六︶

是心作仏

、是心是仏、

心外光

二異 *

仙一。

︵五セ︶

木 抜剣 能焼レホ、 水薦 レ

展開してゆく。すな * ︵一ナ 亜 一一︶ 仏性。 こ 仏性。 ︵五四︶

楽 浄土 三 頃、要 発 ニ元

たものであったが、

いて次の文がある。 一一一

︶﹂この丈は宿紙の

坐 ⋮ 観 二見元重仙一 9 舌 口 二十、 コ、 Ⅱ﹂ ロ, J ︵ 瓦 0 ︶ 弁才 元郎日ヲ : 慈二怒 慶三衆生一:堅固大悲小蕪︶。

姜 親友の思想はま

一切 低 化 即 一仏所 @ 一

(14)

如来等同思想の形成について 一一一一

ュ ろをおこさしめれ

て一念義・他力回向・観仏・ 禅 との四つの諸契機

益は 大きな問題であったことは当然で エ せる・。

ついて考えてみよう。まず、はじめの 第 ・一昔

の 寿量品 とぎ おぎた まへマ のみのりなり。︵六一︶ これをさいしょう きや うといふな り

ているのは注意を引く。 ・を 兄 だつもりである。 。てこで " ゲ、う しだ現世 利 ・悪疫など対治のため 如 き 説法 申 - 諾 ぎとどめ

禅の立場が批判・

-d

︵ 士ハ o し ︶

阿楠説に 泥む﹂こと 当時 ョ常 な勢いで 拾頑 してまた 真

って如来等同を打出した背景に @@ キ :き、Ⅰ レト片

を 主日 休 の健司 禰勒

来年同の立場が禅の

宗師、沈二目性唯心 -

たあ

げで、

石仏性

へ、仏、心・七 % 壬 一口

よにび る まる禅宗 こ

(15)

正経

よ -.Q

等に

へぎ

のり ︵ 由 八四︶

ⅠⅡⅠ す ﹂

っ て **

天の

却と

えょ に 結びつげたの ものではあるま 実感されていた 頭に 、自は杏 延命 があったとおも ︵ 杢ュ ︶ いるが、これは 三世の重障・ 流 大魔王観音勢至 諸仏諸天神の守 ハ ア ツ 。 従って現世

と註して︵ ょ 八三︶いる。 殺 地ま 末

は 早くより、人問に

く 感ずるところがあ

余 の 諸 願お ば おさめ

孝養父母の箇所で、

である。そして 長

る 。そして法然ばこ 一四

(16)

輔陀 如来の共化して

れみたさふ﹂︵六七︶と 左訓

の いのりにおいて 開

と申 ことにては候は

︵七︶

長寿を願った右の如

の 現世利益的面が右の 冥ゅ 。 轟持 ・至徳具足・元悪戒善・ 監仏 護念・ 詣仏

多歓ぎソ知恩 乱紋・常律大悲

のであるが、この前

如来等 同 という信の いつたとみて よ いであろう。

関心をもたさるを

る 大地震 と 相まって ︵ 七 0 ︶

飢 銭の年でおっだ。

は A でみた 如 ⋮諸国

を 余接な ダ :・ - さ れだの ︵・七一

関心でばあり得なか

陰惨さをもつて 宛れ ぬ来等 同思想の形成について 一五 262

(17)

でま ,, な生 それ 社会 てか よ に - る

れ -.- の - の - で も の - @0 マ 。

というい た穿 ・ Q

っ 、それに ょっ

金剛にして不壊

と 実践化とによ

ヒ別ム久︵ヒ丘 レ

しよ﹂︵

暉桟暉い

耽れ

坤姉沖肚畦ぃセ

-

てこ

其 の千郁 読諦 という

の 立場でかか ら 社会

州へ 赴 き 、東国民衆 ︵七二︶

いちじるし い 対照を見せてい ︵七四︶

い 、時代の生命を支

への新帝紀どに 、、元 託 ゆてうモ って - @ ・一、・一︶ - い臣 二目っ ピ @ ノ 一 ア ︵: - 一 ハワⅠ 一 - 一 ︵々 伯与 ・︶ るや﹂と﹁ 思 かへ し ﹂ ︵ 憶 4 ︶ 一 %/

ぅか 。恐らく彼 はお

めり ,崩 ずされた 一 ﹂ ち

(18)

それが聖覚に至ると、聖道門は﹁慈尊㊥の 下 生を期して五十六億

覚 の 唯信抄転 勤⋮︶ よ ぬ来等 同思想の形成について 一セ D 弼 勒 真一

と の """ : 団 こ % 徹

、むしろ守成ともい

はなく、むしろ念仏

は 、また念仏者の う

つ たろ う 。

択立

宗の段階であ

ば 、天地におはし +- 臣

皇ヒ・ - 、天地の神を

︶繍帳 M 如孤碑 跨げ 曲か : ト

そうした事態に対

れている。法然では

- ﹂して、﹁ 唯証 二試合

あり しゆ へに、 畦劫

らふ 御恩をしらずし Ⅱたとおもかれる とを見たい。 親 ことが ヰ宇る 。

(19)

一八

五八年後の弘安二年起筆の沙石集になると、

勒は胎蔵の大日、

陀は金剛の大日と

習ふ事

あり。両部の大日、

るべからず﹂とする

はず。⋮:

七ビ

世俗

ま、フ、 。

なり、機上ないとひ

。無住は、﹁

禰陀

深く果は浅し﹂とい

欲界﹂にとどまり、

︶。、いることを強調し

言や土砂加持の丈

﹂として、

勅宣

ハ - 二 二口

家の形﹂をとる

いるのは、たしかに

の時代になると、

して

浅く感ぜられ

、仁治元年下野の

かつたとおもわれ

勝るという思想を

(20)

︵ 八二︶ 祐

と所生愛子等⋮⋮﹂とあるから、

を館噌

導師として尊信して

きき

、また話しか

れであった。

時朝は

いであろう。

な添状をおく

ている。

しかば、いかいが

るふ

寒残頂肱じ

関心の的となつ

の慶

借上書に

は、自

かなり、十日

パ 舌口に

批判するものがあ

如来等同思想の形成について

一九

266

(21)

感ぜられていたのニ

%

フ、

たがためではなかったろ

うか

なくこそ。当世

﹂といつている。

無住は、当世はすでに真言の時代であるから、

摂取してゆくの

いかに摂取し自家薬

ないだろうか。

かょ

ではないであろう。

プアッ

親鸞面授の弟子高田頓智

メテ

:・﹂と︵

袈の識語のある如く

咄咄

把に

延慶二

、,

,類集としては

珍ら

られ、念仏と真言と

﹁徳治第二一戊申

これは親鸞の消息のうち五通を選んだもので、

各通毎に一巻の巻子

しているものであ

これらによって、 禰勒等同 隣りした思想として映じてい ふくんでいだのである。 二 O

中心とした親鸞門下の人達に、 真 舌口に相

がぼ郭訃 ど む かかで む か い いかかか ゲい

(22)

誓願名号同一事二︶

これらは正定聚不退、

禰勒

・諸仏・如来等

に関する内容のもの

内容の消息ばかりを

には、この思想が親

密教に深

関心を

場を見出そ

・とした

系からいわゆる高田

善鸞の義絶に関する

かりである。

佳木

といわれ、血脈文集も下総性情

のものだが、

性情

、はじめ常陸

とおもわれる。

ムハ

0

余人の郎従は元

定家は蓮

と親戚

高田の真幸口車借

に宋本

一切経を供養

飼嗣凱へ

鎌倉の定

如来等同思想の形成について

一一一

(23)

一一一一 勒 の商大上重兼真言 律 ︵ 一 00 ︶ 東密系 静遍 の 作寂雙 見したよろこびにお 一章ずっ抄録されて 、左右に施した線の坂 仮借券第二奥書に﹁ ︵ 一 0 一一︶ 神変真言経口、この教行信証を書写した松影 雙や密教経典の不空摺 索 助阿は、 ︵ 一 0 皿 ︶ ︵ 一 0 五︶貫休 速記性を目途とし ︵ 一 0 七︶ 、ムめ つだ。しかしその の 精神も、かかる 真 はずである。 示暁 の 楽 邦文類は六 すでに無住も注意し ︵ 一 0 八︶ 、当時の浄土教者の 主張した三日 休 の 立 次の王国休の文に見 269

(24)

めて再確認したのではないであろうか。

集 に引用している ︵七七︶

上げられるに至った

想の盛行 1 でもあっ たといい イ

はないのである。 一一一一一 如来等同思想の形成について 270 と 、親鸞は如来等同思想の成立したのちに、

来年回によってあらた ︵一一 0 ︶

ある よう におもわれ

点も考慮に入れる

、これににた

ものでもあった。

て 、この立場が﹁ 華

て 、この健司 禰勒の

た花厳 ・ 天 ムロ・達磨

のである。 事情を背景にしていたからではあるまいか。

不退転者⋮法華経詰手

レ虚 、此経 宴 往生 之径術 、脱 苦 二神 方 、応 二 背信 愛一 。

︶弥勒

t t *

︵ 二 - 。 0

(25)

二四

同一事﹂の標目を付と離してば存在させ、、、、、、、、、

次に述べる如くここ

つていたのである。

往生の再生花

から知的世界と断絶する

大慈大悲︵二五︶

時代の一念信心往生の

康蟄ぷ

悲嘆の丈を書きこ

的形式論理をふりま

%

論理

オ桶

-

てぅす

張木

阿開

世の苦悩を

密語に

る慈悲の世

この巧妙な形式論理

達している。これ

かかる自力のはから

打出したと

-. Ⅰ

っで信

ために、

補処の禰

さど

ⅠⅡ

- 一

--

圧の好餌とだりた

271

(26)

ぎなく、八二歳扇巴 二五 ぬ来等 同思想の形成について 二 成立時期の問題

もこれら諸契機

いか、いま ば 十分な

0 は とどめたい。

めの観仏の段階 た

土 和讃 文 でおる。

仏性なり仏性すなはち如来なり。 ︵功稲本︶七六オ b 真実信心 ぅ るひとはすなはち走衆のか ず ・にい ろ

ふ 大信心は仏性なり仏性ずなはち如来なり。 ︵。 八 ---, %" じ 。 ﹂

む 。 ねちはんのさとりをひらくなり

では、七六歳六 % 巳

ていた。すなわち

ム、

ヵ # 二 -- り Ⅰの 街オし えをそ し

﹂とあるべからず、 ㌻ トオ ,せこと 族 たに 肝む縞 Ⅱ 丑 ・︶。

聖人添文: 圭 こうした一二つの難問題 輻梯鸞麹 よにこたえっ っ、

である。

(27)

一一Ⅰ 、ノ

田 受信上書は、浄土

く 、後者の再校本の

慶信 自身もかよ う に

ていないところから

たのである。だか

心は 仏性なり。仏性

、第二首の正定聚の

理解されていなかっ

よ るもの、と考えた

現生における正定聚

生の立場が力説され

0 段階たる 彼上 にお

等 同の質疑応答が中

ていなかったことを

︶ 中 、この思想に関係

背中、八︵一五音 が

されたいものがある

(28)

てみても、建長七年 二セ 如来等同思想の形成について ︵一一一四︶

定聚 ・諸仏等 同の 二 一九︶

みると き 、 可 なりな

が 引の大経の﹁ 次如禰 ︵八︶

にあずからことを 任

昔 によって聞書ぎさ OO ハ 成等正覚ともい

- :⋮﹂となっている。を に Ⅰ E でみた如く、﹁ 至 年 心月十九日 錬 じの 撰 において 増 広された部分である。また る口 なり、 n 草木 国 ︵一二一一 り 仏性⋮⋮慶喜するひとは諸仏にひとし ぎひと 。 牙 T @) と

捨の利益にて 元 上 覚 おばさとるなり。

げ まいらせたるな

重大な転機になさ ︵七八︶

正定聚のくら ゐ に さ

(29)

三月二日

・等正覚・補処

建長

年の三

往生

︵一二

Ⅰ︶

る 。下で等正覚・正定聚

れてゆく

よう

である。

一念

之タ

二話

心徹到故

二本

、大経には次妃弥勒

︵ 紐蕗転ヰ鞄

"

侍講には信心

のひとは如来と

候へども、因位のく

・頓のなかの

頓、

八 275

(30)

二九 如来等同思想の形成について 状況下に形成されていることは と 強圧に対処して抄出されているから・如来手回はま 津隷 さるべきであろう・ マ 一ヌ五 末マ法和諾 %

い う べきものであろ い 型破りのもので、

﹂びの上でかか ろ 抄出 疑問辛ロロ立﹂、 之 ︵ 一 三九︶ 味 をもっていたこと

の 建長七年 寅じ 十月三日 一本はまた、﹁念仏者疑問 と 千恵

キめ

ャこ る お 如 け 来 る の 「 = 禰、 ユ 陀 ) ア の 、 ノ 光 。 ヌ、 の ッり二 フ卜 強 可

田い

よ ( 議 ラー・ 一 一 Ⅰ ァ @ で ・ 宍ま あ ) し - の ま

万 @ 一 ノ あ ら 山上 CAt し し ら せ む て 局ぺ 叩尺 十方 の﹁かさま ﹂と外題し ィ oo0- 、 元日子党如来とはま ふ すなり﹂ の 念ム者の うた がひとわれた ﹂、﹁建長八歳市 辰 四月十三日

ふす也 ﹂と釈して ︵一一一一五︶

、 h の 禰陀 如来名号

来等回 に摂取 融消

﹂に︵自力の︶ 禰 初等 同 しくおもわれる。

十二・一目

如来︶。・名号

繍陀 律

276

(31)

ことを忘れてはなら みに達したものでは 後の同月十七日の 一 ・ 同 尚三月一日の正 ・ 同真仏宛 消息 繍祁ヴ 二月二日の禰 陀 如来 朋の ﹁ちからを ょば

脱却してをうない よ る 。如来等 同は禰勒 もつとも、如来等

である︵ dfh ︶から、 禰勒 との十分な交徹を経ない宝治の段階では、

な開 ぎがあったと 見 菩薩 大白 珪 ; 青金 吹別 丸心 辮也 勒応 三 O ︵一四一 として記されている 一日の尊号真像銘文に 図式化されている。 芯地 応知 。 便 同弥勒

(32)

﹁ ょ ぎ人﹂として 尊

多 怠文意が、つまる

人 ﹂達の立場も 、自

たことを深く狼狽 す

︶康元一一年に前記の如

願の声であることを

ような内容のもので

︶れてい・ないようだ

得 以前の康元二年正

九日本と比較してみ

。こ う 見てくると、 ︵一四ムハ︶

ことによると推定す 一一一一 ぬ来等 同母想の形成について 278

かず あまたかぎ て 二四五︶ ︵一四五︶

どもの う かれて﹂、 棄

た よ う である。

の 文意、これらを 御

、まう すばかりなく

(33)

一一一一一

調 されてぎた所以

同一に集中し、また

唆するものであ

Ⅰ な 契機となったこ

建長 セ年 四月二三

かし建長八年の右

れるから、建長人

ら 法文 は 善鸞事件

写伝 目録の傾向は

親鸞がこれら法然

っ たことを意味す

い だろう

ウド をもちつり、

が 微塵に破壊され、

げる正定聚 位 を現

に 法然的なものを

体系をもつに 至 @. 。

長 七年ぐらいまで の の 生 そ 観 る 白り 是 政 年 の 日 と る 如 が る 279

(34)

一一一一一一 如来等同思想の形成について

押 へ通入させるため

てくるのは、善鸞車

後であろう、としたい。

こそ必定往生の機てな

力 め 機であったが放にこ

ろ - フ

か 、しかもなお c は ん Ⅰ コし - く

成立していたともおも ︵一四八︶

開 すまたねばならな

成 過程はまた教行信証

みたのである。 ︵九︶岡目 ? 。 二三Ⅱ 穏 。 ︵一一︶河郎Ⅰ。 ニ こ周 臨 。 註 ︵一︶西方指南砂︵真里 全 四︶㎝ ? 。 ご八一一︶ 同四 ︵。 ︵六四︶ 同撰 。︵一一二 こ同 ㏄。

︵ 八 0 ︶何 % 。 ハ三セリ 同倒 。 八二四︶ 呵 ℡。 ︵四︶確信 抄 ︵真里 全 二︶ 穏 ? 。

文集、末 |末燈

九 ・ 廿 ︶。 ︵ ムハ ︶何 % 。 紗 、五巻 | 五巻 書 、の略号を川いる。 ︵一七︶同れ ヰ 。 ︵一一 0 ︶ 同 Ⅲ ︵一五 し ︵ 消五 、 廷艮セ年か 、九・二︶。 ︵一四︶何 %? ︵乾三 乙 。 ︵八八︶ 同 ㎎。 ︵八七︶ 同 W 。 ︵八九︶ 同 ㎝︶。 ︵ セ 六︶ 同瑚 。 コ木工① 二 建長四・一一・ 廿 四︶。 ︵一一一六︶何 % ︵真上 ハ ・五巻︶。 ︵一二 0 ︶同一 6 Ⅰ。 ︵一一九︶ 同 B ︵ 善 七︶。

︶、親鸞の

ハゑク 昭一︶。︵一四 ゎ @ Ⅱ︶ 思想とみなしてもよいであろう︶。 ︵一一一五︶ 同 ㎝。

一︶十のⅠ。 6

(35)

三四

ラビア数字は坂東本新コロタイプ 版 、波数字は真空 金工、の 頁 ㌧ な

に 盛られた 思

この宿紙の部

おもわれる。

研究 一 0 ︶で

問題については、村巷㏄ ? 二九にくわしい。

忠などの親鸞Ⅱ

らの委曲につい 子 - は他 Ⅱにゆずり た

二 一・七・五集 作 交名。 ︵一八︶ 呑妻鏡 、正嘉 二 ・ ハ ・北八。 ︵ 三 一︶同元仁兄・六・十三。 八二二︶同弘長 三 ・十一・ 廿二 。 ︵ 七 0 ︶ 同建保元・ ハ ・ 甘二 。 ︵七一︶同党喜三・五, 九 。

Ⅱ守 の 弥勒信仰は主として % 減寺からか︶。 ︵八四︶同暦仁兄・五・ サ 。 ︵九六︶同元久 三 ・ ハ ,十六︵親鸞三三才の 吉永時代︶。

しているといわれた。

第十冊﹂所収の

横 一尺三寸 二

するものであ

に 、﹁ 二 ﹂の番号がある︶。

一部八巻

太八一向 称

法相 経 真言

六万等の念

(36)

の方向に利用さ ご一 セ ︶同朋。

ると甚だ特徴的である。

、 舘 五八。

五九︶、凡夫心想 就劣 Ⅱ悪人︵化 巻 ︵木︶一四八︶の 如く 、愚 Ⅱ悪で

機は親鸞では

生命を支えぬ

に 最も直接に

、 逆にかかる

が 、まず前提

見られる。 親

おもわれる。

﹁教行信証撰述

教行信証︵ 坂

︵ 木 ︶ 俺 一八九︵ここに 束木 ︶について﹂︶、と推定された。 は 細字でのちに 占ぎ 足されている︶ 、川 ㏄一九三、

︶、大日本回 ︵五八︶回書裏書Ⅱ。ヱ八三︶同 5 。

はまた親鸞の ぱ

に 、思想入居

︵三一四︶論 註 ︵打毬打一四︶。 ︵三三︶千住 毘 娑婆 論 ︵行者Ⅱ | 一一︶︶。 ︵三五︶村巷℡ 1 三三。

他の箇所では 一

かる O 三五 ぬ来等 同思想の形成について 28 Ⅰ

(37)

︵ セセ ・︶何 % 。 ︵ セ 九︶何 % 。 ゲ一 0 る 同期Ⅰ㌧ ︵ 一 0 セ ︶何 % 。 ︵一一四︶何 % 。︵一二一︶ 同磁 ? 。 四こ 如 ︶五九。 ︵四三︶㏄ ? 五九。 ︵四四︶行香 皿 三三。 ︵四五︶借券 皿 四九、 , ㎝七五。 ︵四六︶ W セ四 。 ︵ 四ゼ ︶ W セハ 。 ︵四九︶ M? 六三。 ︵ 五 0 ︶ 辞 ? 六四Ⅰ㌔ ︵五一︶教書 誌 ︵借券初五二︶ 、, ㏄ セ五 。 で 五一一︶ 回 り五一一一。 ︵五三︶ 浬架経訂 ︶七八一一 ? ︶。 ︵五四︶ M ︶ セ 一一。 ﹁五五︶論評︵㏄七三㌔ ︵五六︶論 註 ︵㏄ ? セ二こ 。 ︵ 五セ ︶定書 義 ︵㏄七三︶。 ︵五九︶㏄ 上 八三。 二八九︶㎝七二。 へ 七五︶ 戒度 の 聞 特記の 文 ︵

朽七

0 Ⅱ ︵ 一 0 四︶ 信巻 Ⅳ 一 0 一 。 ︵ 一 0 五︶真弘

元重・直垂 下

仕意 される

摂取消化が当 然 必要となるわけである︶。

如く︵六典 抄 m ︶、三日 体 浄土 文

おもわれる。 ︵一一一︶ 5 四八。 ︵一 二 0 ︶Ⅲ ? 七九。 ︵四一一︶大安 紗 ︵真 里 全一一︶ 捌 。

里僧 つとめて

立 による善導

えられる。 ︵ 六 0 ︶浄土 起信五 ︵大正嫡 四セ、笏 ︶。 六一︶親鸞聖人全集和讃篇㏄。

ぅ ︶。 ︵一四 0 ︶・ M

のためとある︵裏甲金塞、℡︵︶。

の 鎮護国家親 ・山 ︵仏教肝先三の一︶参照。 ︵一八七︶頭首再治 ︵六八︶﹁息災延命﹂の 左訓 ︵ 顕智 再治 水 ︶。 282

(38)

如来等同思想の形成について 三セ

意 があったとお

部耗 千郁説話

鸞 をめぐる 諸 問題﹂、大法輪二四の一︶。

衰亡,十一・ 晦

に 動かされて

讃の内容は 、

述べてあるが

っ である。 親

﹁頓智上人の 伝記に関する考察﹂、高田学報一二︶。

届 との対立のあママ

会 構成の上で も 一線を刺していたという。

ていたとおも う

尹 - 言仏 。 - 、 L レ Ⅰ 、ウし c ト腱 色色 ヂ

スな 発展のた

十身中の虫の

多疑諦 ⋮﹂の

経 釈文聞書﹂

の ︶。この来迎

教芙 。 術展目

(39)

録 ﹂解説 ︵八二︶ 木 ﹁ ︵八五︶ 改 ︵ 九 0 ︶ 生 ︵一四八 ︵九二︶ 山 ︵九三︶東 一考察﹂ ︵ 九セ ︶ 明 ︵九九︶黄 花 遂 供養 ︵ 一 00 ︶ 統 ﹂︵ 日 浄土教と て鎌倉木 弥勒・ 真 ・ 廿 八︶ 号 本尊と かろうか ︵ 一 0 己 ︵ 一 0 三︶ ︵ 5 8 一 ︵ 一 0 九︶ 一二 Ⅰ @ ノ

頂を受ける行者が画かれている。

波 文庫本︶。 ガ遣 像 銘記、大口 理 大著﹁日本彫刻史研究﹂。 ︵八六︶下野国詰 九 。

二︶ 0 ︵九四︶ 同 ﹁ 御 消息集解説﹂︵高田学報一︶

︶。 ︵九一︶、宮崎 円遵著

﹁克ギ

の 研究﹂。

ての

こ 。 ︵九五︶一言芳談 妙 ・沙石集・法水分流記等。

口 二・四・ 廿 。

鹿島 タ

一 00 ︶関東往還 記 ︵私兵二・三・五条︶。

の方 ボ

も、

そし

こに

・ 十

はな

コロタイプ服解説所収︶所載の写真版による。

研究﹂。 ︵ 一 0 八︶Ⅰ真里全一、 條 。なお、 化巻 ︵ 木 ︶

姦人 284

(40)

如来等 同怒 想の形成について 三 一﹂・ @ ノ

場浄

の 上

徹到

-l

: P し ィ曽

b

ね讃 ⅡⅠ .) @ ト 一

柑衆

/ ヒ

鬨の

。 Ⅱ

がな

も 侮 4 の ノ - 寸 法 あ 和 ろ讃 フ - で は次 第 有, | ミ H 変 つ も、 問題 連

を期したい。

0 ︶があり、

性 未来として

が 用意されてもいるのである。

筆蹟﹂︵印度 学仏 教学研究四︶、赤松氏前掲論文。

もつていたが、

。 頓 智の聞書

建長三年に日

葉綴 四九丁、

ぞ四﹂とある

つて日蓮︵ 顕

この建長三年

んでいたわけ

ゆずる。

ぜ しめてゆくものでもあった。

なって、﹁真竹

カ | I 。一八︶信 ヵ 、 巻 ㏄ ?

︵一二二︶真里金工、似、 椛 。 ︵一二三︶何 % ⅠⅡ ︵一二 セ ︶同地、 鰯 。︵一二九︶何 % ︶。 Ⅰ四三︶何 % ︵ 一 三四︶ 同脇 。 ︵一 二 Ⅱ︶ 同 ㎝。

(41)

当 二年 レ仏 専一﹂

もおなじ︶ と

まだ宝治・ 建

︵つまり、

寺 現在正宏 聚ル辮勒 ・諸仏 等 同上如来集 同 、となろ う ︶。

︵慶幸文化研究全編﹁教行信証の研究﹂所収︶ 、および﹁ 選

︵一九五 セ ・三・一五︶ 四 O

大正蔵八三︶。

めるぅ が、これ

た 世界を画 き

事件が大きな背景となっているよさである。

い う ︵秋葉 暁滴

二四一︶建長セ・ 四 ・ 廿六撰 " 二四二︶宝治二年の初稿本には、この 別和調 なし。

五年﹁愚禿 妙草

して二挺四重

に ゆずる。

利益的真言陰陽

来等同 へと す

受容されてい

拙稿﹁親鸞 門 下 の 一 教学﹂、印度 学 仏教学研究五︶。

(42)

有の類比を 、 単に 静

る ﹁行動﹂の見地か

に 有の類比が、この

は 必ず有の類比がお

の 類比であ ソ宮 ﹂とに おいて最も完全に実現され ぅ るということも、

概念が単に静的理論

ゅ口笛 ざ帆 ㏄ 庁簿 との 冊硲

概念において具体的 長す: 頁 : に示 ずことである ルドルフ・ブルトマンは、パウロの ; ソ|

つ子 :この問題の核心 スコラ仙人格Ⅶよの 2 品 7

梅り

静態と動態、婁の類比的統一としての人格

漠然としだ難解

ス コ

酌人格概念の

省察

(43)

四二

人間の行為の客体 存

のの的の コ 若山ロ リ のよう

渡されている 由審了

目らを或る出来事の主

フる かきり、ソーマ と

己から自己自らを 隔 離する 我討ゴ てあるかぎり、

内なる人は、主体存在のコ三色 ヰ のの ぎ

の目 0 ㏄のの︶ロロロ年づ の Ⅱ |

ての生動する 我 、努力

とともに、他面神の いのちのように創造的に自己を産出Ⅲ しはぜ寸、

り ては人間は事実上

前に横たわる可能性 の 申に自己を置き忘れるかのよりてある

というのが、ブル

今、こうした実存 王

自己に対する関係﹂

ぇ れば、その ょう な

によって 、て ぎるた げ 288

(44)

フ してわれわれは、 人

ノ O 。

ぅ 。有の類比の歴

分 に関係しながら、 スコラ的大幣 僻 笘の街が・ ん 四三

れ スコラのフルトマン 理解を明らかにする所以てもあろう。

が 客体存在として

者の発見というほど

コ曲 片コⅡ曲の︶コロ ロづ ︶ 宙 主帥

間の客体存在として

動的に活動するだ け

をもつ﹂かぎり、 人

かぎり実存とみなさ

、 有 。目の存在 8 お

比例または類比呂 キ

本質契機と存在契機

しての全体性の契機 289

(45)

ある 点ィ、 - 、 他のず。 へ

ぅ 命題は、歴史的 出

決断の応答を意味し

、あるかぎり或る物理

または価値の全体性 に 関係する

来 事に対応するもの

るものは、ここでは 戦 である - 行為の倫理

要求される。例えば 他面こ 出来 再 げれば ること ら 寸 、 関 わる この 行 の出・ 米 と意味 ならず と 拍、 | これ -. ﹂ にせよ 勤 は 、 ハ 関係におい ノ ﹂出来 出 の超時間的不変約 との不可分な類比的 続 ・が歴史的現実である 象徴ばまだ歴史的現実の理論的考察のため これな存在契機とし ソ ・ パ 出来事と木質契機と そ 歴史家本来の学問的課題Ⅱ - おろ﹂と -. ニ ・ り ︵ 、 、物的文化

穿甲

三ぎⅡに関わろ Y に せ よ 、根 人格が或る歴史的与件 - ・これも結局或る他の 四川

仁から、

的 現実てな

的に考察 寸

﹂にほかな

オ目戸口 H,

動 でおる。

山田 意 土仏 ﹂ レ

(46)

ルヴァンの行為の倫理

という問が 、 逆に質

ある人格の挑戦と応答

に 閉鎖された、それ

かるものとして物理

口 、人Ⅰ L レこ に い わいて 客

対する倫理的挑戦 こな

通りし だ 、本来﹁ 彼 ﹂

﹁汝は:・ Y. ﹂と直角

存在に対する関係に

﹂では同じ出来事が 、 オツ プイエクト

れた静的現実であり、

が ﹁憤りも偏頗もな

的 応答を要求 す る勒

後考は阿 む ,前者は

の 歴史的現実である。

択一の関係にあるとはいえ、それにも 拘ゎ寸 ・ 、 前者は後者・ - だ 予想

ンの ﹁非史実化Ⅰ里甲 スコラ的人格概念の省 探 291

(47)

方を排除する道のみに ょっ 他方を正し く靭哉咄 することを, え ﹂ は

存在契機と本質契機

両者 は 、いずれも 同

手 こそは、まさに 歴

ならない。

みぃ だす。人格に

は 、われわれの女賊 諏

を 、一般性と個体性

﹂ Q のの O ゴ pn ゴ ︵のとの 持

存在との自己対自己

一歩でおる ,

クサイ ブネス ︶ ど

端 ﹂とでも訳すべ き

0 。それは、時間的で

在の時点というより

非類似、大と小等々

292

(48)

よ う 。スコラは 人

従って問題は 、 Ⅲ 自 主体︵人格の存在契機︶とは何か 、 ㈲理性的、

㈲理性﹁的﹂、また

、に 分れる。

体 ︵自立有︶の口の

体である。次に実体

実体、後者は抽象的

全実体もある。 例 ,。 ん

述の自立性口の拐の一寸 の

。 ずた ねち、完全実

万全な人間的本性であ

自主体の契機と L て

わらなければならぬ。

要素︵例えばキリス

のの Ⅲ じ スコラ的人格概念の省 祭 。 29 リ 二 、人格の存在契機としての自主体

(49)

こより @ ・ は 感性 る人格 ぞれ戯 場ムロ、 として リ しな ら 一に属

ては数の 一

全体性とし

一な個体 て

において。 ゲ -

構成する。

T 乙由 帥 とい

全体的な実

に 配分され

ある︶ かぎ

主体が自己

ヤ 共通なも の 白 け た 体 ぅ 冊し 四八 @m 一︶

次元において,も 、 ししての人格も、倫理 しかも同時に一つの 早純 な本性から成る全 無機的、有機的、心

ぅ 自主体である。 入

て 、諸本性の、合成 294

(50)

免除目日日白日東 0 が スコラ的人格概念の省察 四九 た 生 く

つ仕

の 体 も 含 油 体 " す 方 自 " 完 蓄 で 一 、人格の本質契機としての理性的木性

する実体ではな ての低級本性を

自ら全本性の最 最も完全な自主 初 にすぎない 他

人格が所有する た 自己自らがも 、 従って権利の 切から分別され 認識し、享受す 口コ あ斡

三拝とし

コ曲 曲 ura ますの︵ 岸 ︵・

あ り担い手であ

口串 9 でト目口 レ の途 0 隼

(51)

しぅ る するが 有 、 及 人格の

者 は 本性に属

有 、本性の所 は 後述の如く 事態 住由 MOD ︵∼ののぎに関係する。 題 に関係してい は、上述の如く 分別された独立 性とその諸能力

人格

さえ

0 本 臣 0 Ⅱの 五 O

ろ は いギ れも物理的 あり ぅる ,ところで 強制のみならず︵ , ・ -

をも物理的に免除ざれている。行為の答 責性 づの qp 臣 ヴ毛 0 二 %0 す才の ヰ

して罪責はありえな なければならぬ よう

物 として扱わ

充え

る 。

もっすべての本性

論文の最も重要な主 296

(52)

と、

言い換えれば最低次から最高

全本性の現実的持続的自己同一性、

とにほかならない。すな

ち、理性的本性は

まさに本性の階層秩序の頂

がそこに伺って集中するところの中である。

しかし、このことは、これらすべて

舌い

換えればそれらが人格という

スコラ的人格概念の省察

次にいたる す 。へての本性の全体性 すなわち類比的中であるというこ 、であると、 ぅ 点で、すべての本 の本性が、人格に属し、人格によ シュタルトの中に定着することに 五一 297 意 こ 的 主 る 類 己 自 る そ 味 と 本 体 。 比 自 己 と の 八 四 ほ ほ 性 で 自 さ ら 自 と

理格

お お の あ 己 せ に ら も 性 の 中 い い 自 る 自 ら 対 に に 的 こ と て て 主 と ら れ し 居 、 本 の ての人格︵人格の関係契機︶

有は、

所有す

として

己を自

対して

でもあ

する 自

﹁理性

@ ぅる

ような 、自己自らの自己自らに対する中である。

(53)

結 育 た の 霊 一 る て し 中 な 苅 る の さ 、 展

霊魂

般 ・。 自 か は わ 象 。 自

ぎとなって現れ

一面あらゆ -.Q

をとおして、 す

。人格の自己 集

を 附加する。

により、かえ っ

可能ならしめ

る 。人格はもと

のものば 、 単なる

、 人ばまた、 こ

伺 って解放され

己 集中、自己 所

、人格として 完

、共感、愛、要 五二

所有することに ょっ

己 自らに対する申で

あり ぅる,

- ノ、る :それ ば 人格

(54)

299 五 、内在性の原理の所有者としての人格

そこ て 直角に交わ

また、個体的実体を運動において捉えるなら、 運動はまさに可能態

実現しているもの

よってすべての質料

へての目的因を所有

るかぎり完全な対自

諸原理の複合された充満を形作る。

。アリストテレス

と 静止との原理てあ

殖は或る内面的原理

う な本性を所有する

,る だ け てなく、自発

理性的本性が本性 複 スコラ的人格概念の省察 五三

在することとは愛す

全本性の中てあった

中 てある。

(55)

界 体 向 お は

下荷

す無

る 方 お な そ @ ,入 合 を の 佳 い 、 断 す る 秩 こ で い い も し ほ 格 の 五四

のこと、すなわち

㍗所有 下 ること かならない。

げ ・ ユはな,り

本性との関係に

もあれ、或る 仕

ての,ものを所有す

性 の 原 - 埋ホ所有

mg 直二・ い おい。 ア 、臨川

、非人格化への

中 こちら,人格

で 消極的配置一・﹂

本性 つ 内在的 志

ます強く人格自

化させ、人格 世

人格主義︶の ぃ 300

(56)

いて

一 Ⅰ イ q.-.0 、 . ﹂ - Ⅰ - コ、よ Ⅱ

苛能 、否、必然な

勃如 性で

一,の 。

の 良心の媒介をと

性 において個々の ︵ 古 ハ レ

原理で

, 0 。それ故、人間

の 能動知性によ つ

を土 心イ ⅠⅡ すヱり 。 な 江て

、 ・れにもかかわらず

か 同性をいかに 配

るという @. 一 とと、 五五 スコラ的人格概念の省察

ニょ る 所有であり

白な、創造的能動 所有である。 こ 宣 、 た て 一 人 人 お 動 ら な 白勺 301

(57)

五 Ⅰ ハ

換えれば、わたし

しくない神に向 つ

スコラのことは

マンのことは千二 % の 超越的志向性の す のの決定要因とし の 自由意志の本質を知ることである。

のは、ただあ

たしの神認識を 、

をもっ。わたしの

ざの 、したがつ て たしの人格の pn 巨のの 頂極に 立っ:なぜなら、

わち,わだしと ね

- の態度決定におい

たしの全本性の頂

の神に対する超越

性の理性への従属

る関係の正、不正 決定するからである。 を 、 的 極 て た わ 自 こ な て 配 ぅ で て が 302

(58)

る 、といー f, ことであ

でなく、自己自らの

つとい 舌ノ ことは、こ と仙

る 関係は、人格の存在

の ︵スコラのことばて 五セ スコラ的人格概念の省察 命 にかかわりをもつ能動知性と自由意志 と 自由な神認識と神承認との主体として自己 自 酌人格としてみいだす。もと内在的全体性で る 。人格は、全本性の中であることにおいて において超越性の最高原理の所有者てある。 である能動知性と自由意志とに よ る 神 認識、 よってさらに人格の内在性と超越性とを切り 両者の中となる。 0% 昧 の 諸本性の全体性を意味する理性的本性﹂ ゲ - 在性 2 原理として、上述 9 卵 ぎ 含蓄におい /.- 超越的志向性の - 原理として - 所有すること、 し の 主であることにおい らの存在の極限に立ち、 あった人格 は 、超越的 全 力 柱 性の最高原理の - 所有 もと人格の対自性、内在 補選択の行為をとおし 結ばせる切点、すなわち 所有することだけてな かも、ただに超越的志向

(59)

五八 コの Ⅱ 由 めま づココレ で 士め 己 自らの自己,一対す コ またに配置丁る を 含むことを知るべぎである。 において、世界内 盲者である、すなわ の 自己に対する 関 自己自らの自己の他 性は能動知性をとお い ての人、その 理珪 てのみ所有し うらか らである。 池本性によって 所 自体が理性的本性に そ所有するという ニ ら 言えば、それ自ら人格の本注 D 問題であり、 従って全く決定され り、 従 っ 干、全く不 決 304

(60)

0 間 題 に直面させ わ させるべ き 段階に して、 ロ Ⅰ で と プ巨 全体の分岐点をなし あり、ただこれに 関 の萎 しさは、かれの 神に従属している間 ﹂の理性の従属は他の第二第三の従属の原因で あった。ところでこの ある。かりに由来する 自然的聖寵でなく、 超 からである。㈲かくて 調和があった。感性は スコラ的人格概念の省察 五九

、原義と原罪とに関するトマスの

致説

人格概念のみが、 人 るをえない。

(61)

Ⅰ ハ O ︵一ハ レ ︶

の 五聖寵は 、 たがい

後者を保全し ぅるか

る 諸聖寵の有機的複合の全体を言 う 。

果 、人 祖は 威望 め

蒙り、霊肉を傷つげ

だ 一 つ しかない。

- ある。故に伝えられ

すなわち人間精神の

るから、原罪は種に

の場合には、種にお ︵一一一一︶

りながら、他方では

にのみ関係し、人格

人格にとって、原義

分 にのみ関係する ょ

﹁意志が伸からそ

によって神に従属せ

らゆる無秩序は 、原 306

(62)

本性の内奥にお け

ヴ アンは、原罪を

ント以後、原罪を原

に トマスは、上述の

側に立ちながら、 欲 いが無視している︶ 、 勾 よ うャ にみえ @0,

であ , 0 か、 " てれ ・ こ

明白に、原罪 は、得

力 め 或る行動に向 お 本性の配置状態 臼 Y

や 健康の場ムロのよ う

態 に不可欠であった 由 八一 スコラ的人格概念の省察

が 無秩序に可変的 事

つサ - 呼び え よ う 。 故 ︵一四︶ ば 原義の欠如である。﹂

の 二場 307

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