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現代における農山村への移住ー長野県下水内郡栄村 [ PDF

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Academic year: 2021

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問題と目的 本論文は現代における農山村への移住とは一体何な のか、その本質を探るために、長野県下水内郡栄村にお ける地域おこし協力隊などの移住者の事例をもとに記述 したものである。 近年、都市から農村へ移り住む「移住」がまるでブー ムのようになり、様々なメディアの中で良い印象を持っ て取りざたされている。また、地域おこし協力隊は安倍 内閣下の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」のなかで 2020 年までに 4000 人をめどに拡充するとの成果目標が 掲げられ、2016 年には前倒しで達成されている。 そのような中で、移住の近年の研究動向は筒井らによ れば「①広域的な視点から移住政策を扱ったもの」、「個 別の移住者や地域の視点から②移住前の都市住民のニー ズを扱ったもの」、「③移住後の移住者を対象にしたもの」、 「④農山村側からの視点から農山村住民と都市との関係 を検討したもの」に大別できるとされ、(筒井ら 2015: 46)また、地域おこし協力隊のような移住者に対しては、 平井・曽我らによる赴任後の地域おこし協力隊員にアン ケートをとり、制度設計や運用に必要な論点を引き出す ことを目的に受け入れ運営の戦略を分析した「地域おこ し協力隊の入口・出口戦略 全国版」(平井・曽我 2018)、 隊員と行政機関との受け入れ感覚のずれをつまびらやか に問題提起し、受け入れ態勢の改善をもとめたもの(小 竹森 2015)、そのほか、隊員の性格の分析より、地域を サポートする人材の可能性を示唆したもの[図司 2013; 柴崎・中塚 2017]等、様々な方面から地域おこし協力隊 や地域を研究する者が散見されるようになった。 しかし、これらの論では移住の問題は「地方消滅」や 「地域活性」の文脈で語られることが多く、移住者や移 住そのものに対する関心より、より大局的な視点、地域 を活性化させるために移住者をどのように運用していく べきかというようなところに関心が向けられがちであり、 ミクロな視点での心情や思いを重視する立幅あまり見受 けられず、隊員らが直面する困難や制度の抱える本質的 な問題として、主題化するような流れはほとんど形成さ れていない(井戸2016)。移住が抱える本質的な問題を 解決するまでには至っていないのが現状である。 そこで、そのような課題について取り組むために、ま ずそもそも、「移住」とは何かを明らかにしたいと考えた。 「移住」そのもの、また、今起きている良いイメージが 散乱している地域おこし協力隊による「移住」という現 象をとある地域の視点から考察し、「移住」そのものにつ いて語ることは、移住と地域を改めて見直す一端となる はずである。 本論文の調査地となっている栄村は、長野県の最北、 新潟県との境に位置する農山村である。冬期になると毎 年2mから 3mの積雪に見舞われる。栄村は昭和 50 年代 から「自己疎外」からの脱却のため、都市との交流施策 に励んできた。交流施設である「ふるさとの家」の開館 や「緑のふるさと協力隊」、「地域おこし協力隊」等の制 度の活用がその一部である。そういった施策を進める中 で、筆者が知りうる範囲の中で2018 年 12 月現在 40 名 の移住者が村内に住むに至っている。 方法 本論文は、まず、移住者について民俗学的にはどのよ うに扱われてきたのか整理するところから始めた。地域 おこし協力隊を中心とした近年の移住論の中では、地域 社会の中で移住者がどのように扱われてきたのか語られ ることが少ない。このことが、より政策や運営側の文脈 から移住を語る原因となり、問題を複雑化しているよう に感じたためである。 そのうえで、私自身が、2010 年 3 月~2011 年 4 月、 2013 年 4 月から現在まで栄村に住み、移住者として地 域に入り生活をつづけた参与観察、及び、40 人の移住者 の個人情報を整理し、また、その中から地域おこし協力 隊を含む9 名の移住者に本人が栄村に来るまでのライフ ヒストリーの聞き取りと現在の友人知人関係のパーソナ ルネットワークの聞き取りを行い、分析を行った。選択 した9 名は 20 代女性が 3 名、30 代男性が 3 名、30 代 女性が1 名、50 代男性が 1 名、70 代男性が 1 名となっ ている。 この内容により「移住」そのものについて考察した。

現代における農山村への移住

-長野県下水内郡栄村の地域おこし協力隊等の事例から‐ キーワード:移住,地域社会,農山村,地域おこし協力隊,変容 人間共生システム 越智 勇気

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結果 1.移住者とは 主に、小松和彦『異人論』1985、鶴見和子『漂白と定 住と』1993、鬼頭秀一「1998「環境運動/環境理念研究 における「よそ者」論の射程:諫早湾と奄美大島の「自 然の権利」訴訟の事例を中心に」」により、移住者とは何 者なのか整理した。 それによると移住者は「移住者とは、①地元の者(定 住者)の恣意により、しるしづけを受けたものであるが、 その性格として、②地元の者と相関関係にあるため、 ③地元の者にもなりうるし、お互いに影響しあうことで 地元の者と移住者が、その人々の移動や地元の者の恣意 により容易に互いをお互いに変容する可能性のある者。 また、④移住者と地元の者、相互に変容をしながら、互 いの社会を恣意的につくりかえられる者」この四つの性 格をもつものであると考えれるようになった。 2.栄村の移住者 40 人の移住者の内訳は 70 代以上が 7 名、60 代が 6 名、 50 代が 4 名、40 代が3名、30 代が 13名、20 代が 7 名 である。 移住者の特徴としては 70 代の移住者はみな、10 年以 上栄村に住んでおり、内 4 名が 20 代~30 代から住んで いる。これは栄村が取り組んできた自己疎外を克服する ための交流の取り組みが功を奏している1つの事例とも いえる。また、また元も含め、5 名が自営業であり、議員 に着いた者も 2 名おり、この世代の自立志向の高さが伺 える。また、20 代から 60 代にかけては移住後 10 年以下、 8 年以下の者が多い。地域おこし協力隊や緑のふるさと 協力隊の制度を活用していることもあるが、長野県北部 地震が 2011 年 3 月に発生した後の増加が著しい。震災 を契機に移住をした人は、私が聞き取りをした中で、私 も含め、少なくとも 7 名存在する。 職業のみで判別した場合には、重複もあるが、地域お こし協力隊などの制度を使ってきた者と、自営業を合わ せると23人となり、50%の人が、何らかの自発的な意 思を持って、栄村に移住したのではないかということが 伺える。 また、70 代には元も含めた村議会議員が 2 名おり、そ のほかの世代にも、数少ない民宿や飲食店、株式会社の 経営者、消防団や神楽の継承者となるなど、村に対し様々 な影響を与える立場の者が多くいる。これらにより、ど の程度村に影響を与えているかということは決まった指 標がないため現状測ることはできないが、議員による政 策への移住者の考えの反映や、移住者が入ることにより 集落組織の運営内容が変更されることなどが起こってい るため、移住者の影響による村の変容は無視できないも のになっている。 3.ライフヒストリーとパーソナルネットワーク インタビューをした 9 人の内、都市部出身は 7 名、過 疎地出身は 2 名であった。ただし、過疎地出身でも一度 は大学や就職などで都市部に出ている。また、大学及び 専門学校等卒業後、すぐに自営となったのが 2 名、栄村 に何らかの形で来たのが 2 名、ほかは、卒業後 2 回以上 転職をしている。 パーソナルネットワークに関しては、現在SNSが発 達しているため、意識をせずとも村外と連絡を取るつな がりをつくることとなっているが、20 代の移住してから 時があまりたっていない女性はSNSを使い村外の人と 頻繁に連絡を取ることが比較的多く、男性はSNSの使 用が比較的少なかった。しかし、人物により、対面での コミュニケーションを重視しているような節もあるため、 外部とのコミュニケーションの頻度等は一概に言えない だろう。70 代の男性は自分で新聞をつくり 200 人程度の 知人に発行し続けているという。 これらのことを総合的に考えると、栄村に移住を行う 人物はその以前より、一所にとどまりづらい性質を持っ ていたのではないかと考える。また、移住者は外とのつ ながりを保ったまま村内に入り、自らが必要になった際 には村外とのつながりをさらに強化させるのではないか とも考えられる。自分で考え、動くことで、高度経済成 長以降一般的となっていた「終身雇用」や「定職に就く」 ということではなく、居場所を転々とし、落ち着く場所 を探し続ける人物であると言えるであろう。 考察 以上の結果からいえることは、「移住」とは、相互の影 響やそれによる変容を核とし、地域おこし協力隊制度に より大きく取り上げられる以前から、脈々と受け継がれ る、地域社会を作り上げる要素の一つではないかという ことである。 地域おこし協力隊は国により制度化され、自治体によ り実施されることで、まるで、それ自体が大きな力を持 ち、「移住」現象そのものであるかのように推進をされて きた。それが「移住」をよいイメージとして見せる原因 となり、本質を見失い、自治体や、地域、協力隊の間の 不具合を作り出す要因となって来たのであろう。 地域社会のオートポエティックマシンという考え方に よれば、地域社会を維持していくものであれば、外部の 要素、つまり移住者の生活様式や考え方なども取り入れ

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られるシステムに地域社会がそもそも成り立っているの である。 また、それは、「1.移住者のとは」の整理にあったよ うに、地域社会と移住者がお互いに変容し、お互いの社 会を恣意的につくりかえる行為でもあり、栄村が「自己 疎外」を感じ、対抗するために移住施策を使い、それを きっかけに移住者たちが移り住み、暮らしてきたように、 「移住」自体も遠い昔から繰り返されて社会を形成する 行為の 1 つであると考えられる。その時々の社会的な動 向や個人の思いにより、人はまた違う土地にながれ、戻 り、着地するのである。 このようなことから、現代の都市から農山村への移住 ということを考えると、協力隊という一部の人間が移住 をしているのではなく、地域社会や都市から一時的に離 れた人々が、また新たな見地を地域社会や都市に持って きて社会を更新させる行為として、私たちの営みとして、 自然なものとしてとらえる必要が出てくるだろう。 その考えを持ち、「地方消滅」や「過疎地域の課題の解 消」の解消に取り組んでいった方が制度や地域おこし協 力隊としての在り方に固執し、目的を見失ってしまうよ りも有意義なのではと考える。 主要引用文献 井戸聡 2016「「地方志向の若者としての地域おこし 協力隊―移動の枠組みと課題の諸特性についての一考察 ―」『愛知県立大学日本文化学部論集』第8号 281-328 鬼頭秀一 1998 「環境運動/環境理念研究における 「よそ者」論の射程―諫早湾と奄美大島の「自然の権利」 訴訟の事例を中心に―」『環境社会学研究』4,44-59 小竹森晃 2016「「地域おこし協力隊」の政策目的と実 態 : 鳥取県智頭町を事例に」『同志社政策科学院生論集』 5, 41-52, 小松和彦 1985『異人論―民俗社会の心性』青土社 図司直也 2013「農山村地域に向かう若者移住の広がり と持続性に関する一考察」『現代福祉研究』第 13 号 127-145 柴崎浩平 中塚雅也 2017「地域おこし協力隊員の地域 コミットメントの特性」 『農林業問題研究』53(4)227-234 筒井一伸・佐久間康富・嵩和雄 2015「都市から農山村 への移住と地域再生」『農村計画学会誌』Vol.34 No.1 45-50 鶴見和子 1993『漂白と定住と』筑摩書房 平井太郎・曽我亨 2018「地域おこし協力隊の入口・出 口戦略 全国版」『人文社会科学論叢』5,275-313

参照

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