Meiji University
Title 日本の企業経営における非正規雇用の諸問題
Author(s) 富岡,禎司
Citation 商学研究論集, 54: 177‑198
URL http://hdl.handle.net/10291/21537 Rights
Issue Date 2021‑02‑26 Text version publisher
Type Departmental Bulletin Paper DOI
https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/
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研究論集委員会 受付日 2020年9月25日 承認日 2020年10月26日
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商学研究論集 第54号 2021. 2
日本の企業経営における非正規雇用の諸問題
Various Issues of Non-Regular Employment in Japanese Corporate Management
博士前期課程 商学専攻 2019年度入学
富 岡 禎 司
TOMIOKA Tadashi
【論文要旨】
本稿は,「日本的経営」の利点とされる柔軟性のある協調的労使関係おいて,「非正規雇用問題」
が,これほどまでに深刻化したことについて考察することを目的としている。2章では,ヒトを重 要な資源であると考える「人的資源管理(HRM)」研究において,非正規雇用問題はどのような 位置づけにあるのかを考察する。3章では,「新自由主義」における市場原理主義による規制緩和 等によって,非正規雇用が社会問題化した経緯を考察する。また,「労働力調査」をもとに,現在 の非正規雇用問題の特質を分析する。4章では,非正規雇用問題への対応として,非正規雇用問題 に直面する企業を事例に,非正規従業員が「教育訓練」によって,正規従業員への転換する移動可 能性や,「コア・コンピタンス」を持つ研究者が,非正規雇用から正規雇用への転換する「拡張可 能性」はあるのかについて考察する。また,「無期雇用」を標準的雇用と定めているフランスの雇 用状況を分析し,その参考にすべき雇用政策を検討する。
【キーワード】 日本的経営,人的資源管理(HRM),非正規雇用問題,新自由主義,期間の定め のない契約(EDI)
【目次】
1.
はじめに2.
人的資源管理と非正規雇用3.
新自由主義と非正規雇用問題の発生4.
非正規雇用問題への対応5.
おわりに――
1 Drucker, Peter F.(1954)The Practice of Management, Chapter 20, ``Employing the whole man'' pp.262263
2 Ibid., p.263
3 山下洋史(2016)『人的資源管理と日本の組織』p.i
4 Drucker,(2002)Managing in the Next Society, p.126
5 Bratton, John and Gold, JeŠrey(2017) HUMAN RESOURCE MANAGEMENT THEORY AND PRA- TICE, 6th ed, p.134,(Toulson and Dewe, 2004).
6 ウエルシア薬局株式会社2020年2月期(第48期)決算公告,ウエルシアで日曜日(広告最終日)の晩に大 量に廃棄するチラシやPOP広告(広告宣伝費)と同様に,「賃金」は「販売費及び一般管理費」の内訳であ る。https://www.welcia-yakkyoku.co.jp/corporate/proˆle.html[最終閲覧日2020.7.22]
7 上原,大芝,山岡(2019)『用語集 政治・経済 新訂第6版』p.295
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. はじめに
企業にとって,ヒトとは何なのであろうか。P.F.ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker 1909
2005)は,The Practice of Management『現代の経営(1954)』の中で,「労働者を雇うことは,人
そのもの(=ヒト)を雇うということであり,人的資源(すなわち,ヒトに託された全ての資源)は,最も生産的で,最も多用で,最も恵まれた資源である。1」と述べている。また,「ヒトと仕事 のマネジメントは複雑な問題であるとし,◯人的資源としてのヒト,◯労使双方が互いに要求を持 っていること,◯企業が,富の生産機関であり,ヒトの収入源でもあるという経済的側面の
3
点 をあげている2」が,これらは,現代の企業経営においても不変の問題である。経営資源には,ヒト・モノ・カネ・情報の
3M+I
(Man, Material, Money, Information)の4
つ の要素があると言われているが,その中でも,他の経営資源を活用する能力を有し,かつ自身の行 動により新たな価値を生み出すことができるヒトは,最も重要な資源(prime resource)とされて いる3。1980年代以降,ヒトを最も重要な資源と考え,その資源を有効活用するための管理活動で ある人的資源管理(HRM: Human Resource Management)が注目されるようになったが,人的資 源の重要性について,ドラッカーは早くから注目していたのである。さらに,ドラッカーは,「知識労働者を,労働力ではなく,資本や資産(asset)として捉え,そ のマネジメントの重要性を語り続けてきた。4」この
HRM
の信頼性を得るために,人的資源の価値 を財務的諸条件で測定するプロセスのことを「人的資源会計(HRA)5」と呼ぶが,特有の資源で ある人的資源の価値を,財務諸表上で明らかにしようとする研究は難解であり,現在の企業経営に おいては,会計上モノ,カネは資産として貸借対照表(B/S)に計上され,ヒトは人件費という費 用(cost)に過ぎず,損益計算書(P/L)上,「販売費及び一般管理費」の中で会計処理されてい る6。日本的経営とは,「一般に終身雇用制,年功序列型賃金制,企業別組合を柱とした日本独特の経 営体制をさす。7」が,自然科学の総合研究機関として国際的にも知られている国立研究開発法人理 化学研究所の定年制職員は,「終身雇用・年功賃金制」であり8,本所敷地内(和光市広沢)に「企
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8「定年制職員就業規程」https://www.riken.jp/medialibrary/riken/about/info/kkitei_teinen.pdf,
「定年制職員給与規程」https://www.riken.jp/medialibrary/riken/about/info/kitei-teinen-1.pdf,
[最終閲覧日2020.9.14]
9 Beer, Michael.(1984)MANAGING HUMAN ASSETS: The Groundbreaking Harverd Business School Pro-
gram,梅津祐良他訳(1990)『ハーバードで教える人材戦略』pp.iviii「はじめに」より
10 同上pp.1925 HRMの展望として,「◯ステークホルダーの利害関係,◯従業員からもたらされる影響のメ
カニズム,◯4つの制度領域(従業員からの影響,HRフロー,報償システム,職務システム)のそれぞれ の間に適切な程度の一貫性またはフィット(調和)が保たれていること,◯ヒューマン・リソースを「社会 的財産(ソーシャル・キャピタル)」と認識していること。◯HRのマネジメントを戦略的な視点からとら えること,◯HRMの制度と運用の成果を評価していくには,「複数のレベルの社会的評価」が必要であるこ と,◯HRMはゼネラル・マネジメントの果たすべき機能の一部であること。」の視点が提示されている。
11 Turnbull, Peter J.(1986)``The `Japanisation' of production and industrial relations at Lucas Electrical'',In- dustrial Relations Journal, 17(3)pp.193206, `just-in-time' production systemをさす。
12 Ibid., p.203
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業別組合」の理研労を持つなど,典型的な日本的経営によって組織運営が行われている。その理研 は今世紀に入り,収入予算額が増大し,各地に事業所が作られるなど,組織が急速に肥大化し,人 材不足に伴う長時間労働,組織構造の歪み,メンタルヘルス等の問題が生じていた。雇用関係で は,正規雇用の定年制職員に対し,新規事業所の研究系職員等は,非正規雇用の任期制職員である ため,雇用問題がいずれ表面化することは必然的であった。また,肥大化した組織の一般事務業務 を非正規雇用の任期制契約職員,派遣職員,事務業務員に依存することになり,その結果,契約期 間満了時に「派遣切り」や「雇止め」という雇用問題が発生したのである。
そこで,非正規雇用の諸問題について,まず,ヒトは重要な資源であると考える
HRM
の研究 において,非正規雇用問題はどのような位置づけにあるのかを考察する。次に,非正規雇用問題が 発生した経緯や,この問題の特質について分析する。さらに,非正規雇用問題への対応として,企 業の事例や,無期雇用を標準的雇用と定めているフランスの雇用状況も踏まえて考察する。. 人的資源管理と非正規雇用
. 人的資源管理(HRM)
Human Resource Management: HRM
は,1981年にハーバード・ビジネススクールの必修課目 として開設されたが,その経緯には,70年代後半における日本や欧州との国際競争の激化によ り,競争的優位を失いつつあった米国が,当時非常に成功していた日本の経営モデルの特徴である 労使協調により優れた生産性と品質を達成する経営手法等に影響を受け,今後競争力を高めていく にはHRM
の活用が重要であると認識したことがある9 10。86年には,P.J.ターンブル(Peter J.Turnbull)が,「‘Japanese-style(日本型)’モジュール生産システムを導入した英国 LE
社の組織 変化について,“Japanisation(日本化)”11」と呼んだ。「日本の成功は,柔軟な(‰exible)生産方 法,会社への忠誠心を反映し,組織コミットメントを強化する年功賃金制に基づくとし,LE社に は,これらの要素の浸透が見られる12」としている。また,課題として,日本の生産方法との「融――
13 Ibid., p.204
14 Bratton, and Gold,(2017), op. cit., p.5,なお,HRMの定義の翻訳は,上林,原口,三崎,森田監訳(2009)
『人的資源管理―理論と実践―第3版』pp.1011から引用した。
15 Ibid., p.134,(Pilch, 2000)
16 Lepak, David P. and Snell, Scott A.(1999)``The Human Resource Architecture: Toward a Theory of Hu- man Capital Allocation and Development'',The Academy of Management Review, Vol.24, No.1
17 Ibid., pp.3641
図表 人的資源構築の概要
Lepak, and Snell(1999)p.3716 17を一部加筆して作成
――
合(`grafting on')」について,調和のとれた企業別組合や,「QC(`quality circles')」の導入可能 性を述べるなど13,当時の日本の経営システムが,国際的に高く評価されていたことがわかる。
一方,現在の英国の
HRM
のテキストには,「人的資源管理とは,人のもつ諸能力を高めること が持続的競争優位を獲得するうえで極めて重要であることを強調する雇用関係管理の戦略的アプ ローチの1
つであり,その管理は雇用に関する施策,計画,実践を統合した一連の組み合わせを 通じて達成される。14」と定義されている。また,「ヒトを余剰人員とすることは,『ヒトは最大の 資産』であるという主張と,人的資本としてのヒトは知識経済における重要な資産であるという事 実と矛盾するように思われる(Pilch, 2000)。15」と記述されているように,HRMの根底には「ヒ トは資産である」という考え方があることが充分に伝わってくる。――
18 Ibid., pp.6264 chapter 2, `corporate strategy and strategic HRM',Figure 2.6 Categorizing HRM strategies, Source: Based on Bamberger and Meshoulam(2000)
19 Ibid., p.63, ``Lepak and Snell(1999)have developed similar four-cell grids.''
20 Nonaka & Takeuchi, 1995.The knowledge-creating company: How Japanese companies create the dynamics of in- novation,野中,竹内(1996)『知識創造企業』pp.91105,『図32 4つの知識変換モード』の事象3に共 同化(Socialization)を配置している(p.93)。「共同化(Socialization)とは経験を共有することによって,
メンタル・モデルや技能などの暗黙知を創造するプロセスである。人は言葉を使わずに,他人の持つ暗黙知 を獲得することができる。(略)暗黙知を獲得する鍵は共体験である。」とし,ホンダ,松下,NECの三社 を事例に解説している。
21 Drucker, Peter F.(2002), op. cit., p.236
22 ウエルシアとの労働契約期間は6ヶ月,社員区分は学生アルバイト,労働契約書は年2回取り交わしている。
――
このテキストの,HR戦略の統合モデル(An integrative model of HR strategy18)の節において,
P.
バンバーガー(Bamberger)とI.
メソウラム(Meshoulam)の「図2 6 HRM
戦略の分類」が 示されているが,D.P.レパック(David P. Lepak)とS.A.
スネル(Scott A. Snell)も,同様の 象限図を開発したと記述されている19。その「人的資源構築の概要(Summary of the HR Architec-ture)」が上図である(図表 2 1)。レパックとスネルは,象限 1
を内部人材開発(=正規雇用労働者),象限
2
を公認会計士等(=高度専門職),象限3
をアウトソーシング(=非正規雇用労働者),象限
4
を研究者等(=知識労働者)に分割している。なお,象限4
の分割に関しては,野中,竹 内の『4つの知識変換モード』の共同化の考え方が取り入れられている20。このマトリクスは,重 要な資源であるヒトを,いかにして有効に活用するかというマネジメント・モデルとなっている。. 非正規雇用とは何か
今世紀の初めにドラッカーは,Managing in the Next Society『ネクスト・ソサエティ(2002)』
の中で,「20年または
25
年以内に,組織で働くヒトの半数程が正規(full-time [nine-to-ˆve]em- ployees)以外になるとし,その非正規のヒトたちと協働する新しい方策は,企業だけでなく組織
における雇用管理上の中心的な課題となる。21」と述べているが,現在の日本では非正規雇用が4
割近くになり,深刻な雇用問題となっている。非正規雇用とは,期間を限定し,比較的短期間で契約を結ぶ雇用形態であり,労働時間や労働日 数は労働者によって異なる22。雇用の安定性,労働条件の格差(賃金),職能向上面等で,正規雇 用とはかなりの相違がある。非正規雇用労働者には,パートタイマー,アルバイト,契約社員,派 遣社員,請負労働者,期間工,季節工,準社員,フリーター,嘱託等の様々な雇用形態がある。
多くの企業が正規雇用を減らして非正規雇用を増加させるという人事政策を推進した理由は,労 働コストの低い非正規雇用の活用が効果的であり,雇用調整という機能面や,労働者派遣法の改正
(2003)により,派遣社員を利用できる業務範囲が拡大され,非正規雇用労働者を利用しやすくな ったことがある。主婦層のように,家庭と両立するために労働時間の自由度を希望し,パート労働
――
23 所得面で,103万円・106万円・130万円の壁と言った扶養控除における税制上,社会保険上の基準がある ため。
24 JILPT(2012)『非正規就業の実態とその政策課題』浅尾裕「序章 非正規雇用の現段階と本書のねらい」
pp.710「非正規雇用での就業が「本業」になった「帰るところのない」非正規雇用者のこと。第一世代は,
「1970年頃55万人程度いたとされる出稼ぎ労働者で,農家の副業的就業であり,期限が来れば離職して本 業に復帰する「原初的な非正規雇用」を指す。「主婦パート」は帰るべきところ(=主婦という社会的職分)
があるため「第二世代」との中間的性格をもつ。」とある。
25 Abegglen, J. C(1958)The Japanese Factory: Aspect of its Social Organization, The Free Press
26 Ibid., p.13, p.22
27 Drucker, Peter F.(1971)Men, Ideas, and Politics, What We Can Learn from Japanese Management, p.211
28 Drucker,(1974)Management: Tasks, responsibilities, Practices, `Success Stories: Japan, Zeiss, IBM', pp.249
250, ``Lifetime Employment''
29 経団連は,2018年10月に,21年度以降の「就活ルール」の廃止を表明したが,20年3月末の政府からの 要請を受け,21年度は現行通りとしている。「採用選考に関する指針」,「2021年度卒業・修了予定者等の就 職・採用活動に関する要請について」,https://www.keidanren.or.jp/policy/2018/015.html,
https://www.keidanren.or.jp/announce/2020/0331.html[最終閲覧日2020.8.27]
――
を受け入れている側面もあるが23,浅尾は,現在の非正規雇用者を「第二世代24」としている。
. 終身雇用の陰の側面
J.C.
アベグレン(James Christian Abegglen 19262007)は,The Japanese Factory: Aspect of its
Social Organization25『日本の経営(1958)』において,日本の大工場に一般的に見られる「終身の
関係」について述べている。一方で,女性の寿退社や,約
10に及ぶ「臨時工」という非正規雇
用労働者の存在が雇用調整弁となっていることについても述べている26。同様のことは,ドラッカーの論文What We Can Learn from Japanese Management「日本の経営 に何を学ぶ(1972)」の中で,女性労働者や臨時工の存在について述べられている27。
両氏は,日本的経営における「終身の関係」や「終身雇用」について,その雇用慣行の特徴につ いて述べているが,当時から,終身雇用を維持するための陰の側面であり,雇用調整機能として労 働していた非正規労働者(臨時工)や女性労働者の存在について指摘していたのである。そして,
現在ではこの雇用形態が増大し,深刻な労働問題となっているのである。
また,ドラッカーは,Management: Tasks, responsibilities, Practices『マネジメント(1974)』の 第
20
章(Success Stories: Japan, Zeiss, IBM)において,終身雇用について評価しながらも,日本 の企業では組織体から外れた「浪人」になると行くところがなくなることや,年功賃金制のため,原則として新卒者でなければ就職できないので,30歳を過ぎると再就職が困難になるという日本 的雇用慣行の閉鎖性について述べている28。
現在も残る新卒一括採用による就職活動は,日本的経営の三種の神器と言われる終身雇用の入口 であり,ここで良い就職先を見つけるために学生は奮闘している29。他方,30歳の壁について は,かつての採用広告には,応募条件に
30
歳までと普通に明記されていたが,2007年10
月に雇――
30 雇用対策法施行規則第1条の3第1項 3号イ 長期間の継続勤務による職務に必要な能力の開発及び向上 を図ることを目的として,青少年その他特定の年齢を下回る労働者の募集及び採用を行うとき(期間の定め のない労働契約を締結することを目的とする場合に限り,かつ,当該労働者が職業に従事した経験があるこ とを求人の条件としない場合であつて(以下略))
31 文部科学省,中教審大学分科会,大学院部会(第81回)資料5(2017)「大学院の現状を示す基本的なデー タ」https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/aˆeldˆle/2017/07/24/1386653_
05.pdf#search=27E5A4A7E5ADA6E999A2E980B2E5ADA6E78E
8727[最終閲覧日2020.7.22]
32 博士前期課程を修了後,理研に入所した際には実務経験年数2年という等級・号俸の調整を受けた。
33 野村正實(2007)『日本的雇用慣行―全体像構築の試み―』pp.428429以下,「日本的雇用慣行は,一方で 近代的学校制度が整備され,他方で大企業が成立した19世紀末・20世紀初頭に端緒的にはじまり,第一次 大戦中に高等教育卒者にたいする今日の意味での定期採用がおこなわれるようになったことによって確立し た。第二次大戦後の経営民主化運動は,職員と工員との目に見える差別を廃止したが,学歴別・性別に仕切 られた経営秩序を変革することはなかった。(略)性別による仕切りについては,1985年の男女雇用機会均 等法がはじめて,性別に仕切られた経営秩序を不公正なものであると公に宣言した。しかし,均等法成立以 後も,性別に仕切られた経営秩序が大きく変わったとはいえない現状にある。」と述べている。
34 山下洋史(2011)『日本企業のヒューマン・リソース・マネジメント』p.130 RHIについて,「その典型的な 例が,高いランクの大学をめざしての激しい受験戦争であり,スクリーニング仮説が示唆するように,学校 教育が本来の目的である「人間の能力を高める」ことに加えて,社会における「選別機能」を有するのであ る。(略)しかも,こうした学習と努力は,大学受験の直前にのみ展開されるという性格のものではなく,
(略)大学入学後もより高いランクの企業をめざしての激しい就職戦線が,また就職後もより高いランクの 役職をめざしての激しい昇進競争が,日本人の将来を待ち構えている。」と述べている。
――
用対策法第
10
条が改正され,年齢制限禁止が義務規定化されたために,年齢制限理由としては,「長期勤続によるキャリア形成のため30」という一文が載るようになった。この表現は,日本的雇 用慣行の終身雇用制度に準拠した形となっている。
高等教育の面においても,日本の大学院進学率は諸外国に比べ低いが31,留学生が自らのキャリ アアップのために大学院に入学して,ビジネスチャンス(=就職)を掴もうとしているのに比べ,
日本では,学卒での人生最大の就職機会(=就社)を犠牲にしてまで,大学院へ進学する学生(特 に人文・社会科学系)は圧倒的に少なく,博士後期課程を修了した時には
20
代後半になり,就職 機会が確実に狭まる構造となっている32。この点について,野村は,「日本的雇用慣行の本質は会 社身分制にある。それは学歴別・性別に仕切られた経営秩序である。33」と述べており,山下は,「日本の社会において
RHI(ランク・ヒエラルキーによるインセンティブ)は,常に行動の基盤と
なる多様な存在なのである。34」と日本の社会構造を述べている。. 新自由主義と非正規雇用問題の発生
. 新自由主義(neoliberalism)
新自由主義とは,「古典的な自由主義やケインズ政策に基礎をおくのではなく,市場原理(至上)
主義と個人の自由・自己責任とに根本的な信頼をおく考え方。35」である。1980年代に入ると政府
――
35 上原,大芝,山岡(2019)前掲書pp.242243,「…フリードマンらを中心としたアメリカのシカゴ学派の影 響が強くみられる。イギリスのサッチャー政権,アメリカのレーガン政権・ブッシュ(父子)政権などに影 響を与えた。南米などでは,この思想が貧困と格差の拡大につながるとして,反自由主義の潮流を生んだ。」
36 熊沢誠(1997)『能力主義と企業社会』pp.6872『新時代の「日本的経営」』,「だからこの提案のねらいはむ しろ,リストラを正当化し,終身雇用の適用者を徹底的に限定する姿勢を示すことによって,グループAに
「活を入れる」ことにあるかにみえる。そしてこの文書がほとんどのページを割くグループAを対象とした お勧めの提案はといえば,これまで先駆的な企業で実施されてきた労務政策の集大成であって,用語として はともかく,内容的にはそれほど新しいものではない。」
――
における財政赤字の深刻な累積,官僚主義的な非能率などが大きな問題となり,サッチャー英政 権,レーガン米政権は,減税,規制緩和,民営化を軸とする小さな政府への改革を進めた。日本で は,中曽根政権が新自由主義政策を採用し,三公社(NTT(1985), JT(1985), JR(1987))を民営 化した。続く橋本政権は,金融制度改革(金融ビックバン)を行い,メガバンクが誕生した。
その後,小泉政権は,「聖域なき構造改革(2001
06)」を行い,NEXCO(2005), JP(2006)の民
営化や,2003年3
月改正の「労働者派遣法」を断行した。派遣法の改正は,多くの企業が正規雇 用労働者を整理解雇し,非正規雇用労働者を採用するという人事政策に利用したが,その理由は人 件費抑制と雇用の調整弁として,非正規雇用労働者は非常に都合の良い存在だったためである。このような市場原理主義は,結果的に社会保障の抑制,雇用の不安定化,生活の格差拡大などの 問題を生んだのである。労働者派遣の自由化は,リーマン・ショック時(2008)には,大量の派 遣切りが発生するなど,正規雇用労働者と非正規雇用労働者間の格差拡大の要因となったのである。
. 雇用ポートフォリオ()
新自由主義の流れの中で,1995年
5
月に日経連(経団連に統合(2002))が発表した報告書『新時代の「日本的経営」―挑戦すべき方向とその具体策―』は,当時の経営者等,社会的に影響 を与えるとともに,その後の雇用の流動化や成果主義型賃金の普及を加速させる契機となったとさ れている。同報告書の「雇用ポートフォリオ」(図表
3 1
左)は,従業員を費用(cost)として捉 える経営者的視点によって提言されたものであり,現在に置き換えるとすれば,各グループの長方 形の大きさは均等ではなく,バランスの崩れた雇用柔軟型が肥大化した形がイメージされる(同図 右)。熊沢は,「従業員の三グループ化の提案―それはやはり自然の流れなどではない―は衝撃的であ る。しかしこの文書においては,この三グループ化の具体化のプロセス,グループ
B・C(=高度
専門能力活用型・雇用柔軟型)の処遇の詳細,それらのなかで高い比率を占めるにいたると思われ る女性労働者のあり方などはほとんど語られていない36」と批判的に考察している。平野は,「雇用ポートフォリオ」について「◯雇用区分は勤続の長短ではなく『戦略達成の貢献 へのあり方の違い』から行ったほうがよい。◯雇用区分のあり方がどのようなタイプの便益と費用 をもたらすのかに対する理論的な説明がない。◯雇用区分間のつなぎ方(協働のあり方)を提示し
――
図表 企業・従業員の雇用・勤続に対する関係
出典左図 日本経営者団体連盟(1995)『新時代の「日本的経営」』p.32をもとに,現代化したイメー ジ図を作成
37 奥林,上林,平野(2010)『入門 人的資源管理(第2版)』pp.212213
38 大橋昭一,小田章,G.シャンツ,(1995)『日本的経営とドイツ的経営』,「4.日本的経営の特質」,p.21
39 中村常次郎,高柳暁(1987)『経営学〔第3版〕』,p.171
40 八代充史(2014)『人的資源管理論〈第2版〉』p.3
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ていない。37」ため,HRM理論化の方針,経営実践の応用の面から問題含みであるとしている。
日本的経営には,「企業は何よりそこに所属し,自己のアイデンティティを確保するところであ る。したがって企業への所属は全人的である。38」という特質や,「企業を支える主体としての人間 ないし人間集団の協働のあり様を重視する。39」という考え方もあり,その中から生まれる企業と 従業員の柔軟性のある協調的労使関係に特徴があるとされている。
一方,日経連はこの報告書の中で,日本的経営の理念と運営について,変えてはいけない基本理 念として,「人間中心(尊重)の経営」「長期的視野に立った経営」の
2
つを指摘していたが,HRM
の側面からすると,「従業員を単に『雇って使う』存在ではなく,(自らの手によって開発さ れた)自社の競争力を高める上で必要欠くべからざる『資源』であるとして考える。40」という思 考が欠けており,「雇用ポートフォリオ」は,ある特定の階層(hierarchy)を想定して作られたよ うに感じられる。また,日本の経営モデルの利点として評価され,米国HRM
の象限図には組み 込まれた「共同化」について,その概念を提示することはせず(平野◯)に,ポートフォリオは3
つのグループに分割したのである。その結果,新時代の「日本的経営」は,雇用柔軟型グループの 増大を招き,「非正規雇用」という新たな雇用問題を生み出す要因となった。そして,現在ではこ のグループ自体が,日本的経営の特徴の1
つとなっているのである。――
41 マルクス=エンゲルス,大内,向坂訳(1951)『共産党宣言Das Kommunistische Manifest, 1848』岩波書店,
p.40
42『商学研究論集第53号』p.163「4.1 雇用構造の二極化」
43 労働者派遣法施行(1986)時の職種は,専門13業種と限定されていたが,徐々に拡大され専門26業種が制 定さた。2000年から統計(330,000人)が始まっている(図表32)。
44 総務省統計局 http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.html#hyo_9[最終閲覧日2020.7.22]
図表 雇用形態別雇用者数
出典総務省「労働力調査 長期時系列データ(詳細集計)44」より作成
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. 非正規雇用問題の発生
前号で,『共産党宣言』の「今日までのあらゆる社会の歴史は,階級闘争の歴史である41。」とい うマルクスの言葉を引用し,現在の日本の労働市場には,「経営者(使用者)と労働者=(労使)」,
そして,「正規雇用労働者(正社員)と非正規雇用労働者(契約社員)=(労労)」という二重の階 層が形成されていると表現したが42,その非正規雇用の割合は,1989年(平成元年)時点では
19.1であったが,その後増加し 2019
年(令和元年)は38.5を占めている(図表 3 2)。
バブル経済崩壊後の景気低迷や,円高,国際競争等の激化によって,企業が人件費の削減や正社 員採用抑制等の経営方針を模索する中,1993年に「パートタイム労働法(改正
2007)」が制定,
1999
年には「労働者派遣法」が改正され,派遣職種が原則自由化となった43。さらに,2003年の同――
45 島貫智行(2017)『派遣労働という働き方―市場と組織の間隙』p.13,派遣先企業にとって派遣労働者の活 用には2つのメリット(◯労務コストの節約,◯雇用の柔軟性の確保)がある。
46 なお,法の制定改正による労働市場の流動化政策との関係を論ずるのが第一になされるべきであるが,これ らの点は別途議論すべき課題とする。また,非正規内の雇用者数・割合が大多数なパートの分析を3章の課 題とした。
47 総務省統計局 http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.html#hyo_9[最終閲覧日2020.7.22]
48 留意点収入を伴う仕事を1時間以上すれば従業者にカウントされるため,非正規雇用が増えやすい傾向が ある
図表 雇用形態別雇用者数比較
出典総務省「労働力調査 長期時系列データ(詳細集計)47」より作成
――
法改正では,専門
26
業種の派遣可能期間制限(3年)が廃止された。企業の企図45と法律改正が相 まって,この雇用形態に流入する労働者が,一気に増大する要因となったのである(図表3 2)
46。 他方,2008
年のリーマン・ショックの翌年には,パート23
万人,派遣29
万人の雇用が減少し,企業 の雇用調整弁(雇い止め,派遣切り)にされたことが,如実に反映されている(図表3 2: 2008 09)
。 小売業界で顕著な傾向が見られるが,ウエルシアの店舗内で働く従業員のほとんどは非正規雇用 であり,契約社員(準社員,嘱託),パート社員,アルバイト(大学生,高校生),フリーター等の 非正規雇用労働者が店舗運営を支える構造となっている。1989
年(平成元年)から2019
年(令和元年)の30
年間で,就業者に占める自営業主が減少し,現在では
9
割近い労働者は企業と何らかの雇用関係にあることがわかる(図表3 3)。正規雇用労
働者の雇用者数は増減率が1
倍であり,あまり変動していない。正社員においても,平均年収の 低下や給与格差等が見られ一概には言えないが,日本の社会構造には一定の階層,すなわち正社員 というRHI
が見られる。その正規雇用率は,1989年には8
割だったが,2019年では6
割程度と なり,非正規雇用率は30
年間で2
倍になっている48。――
49 総務省統計局労働力調査(2020.6.30公表)https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/pdf/gaiy- ou.pdf[最終閲覧日2020.7.22]
図表 雇用形態別雇用者数
出典総務省統計局 労働力調査(基本集計)2020年5月分p.249
図表 年間収入別割合
出典総務省統計局 労働力調査(詳細集計)2020年2月p.4より作成
――
次に,2020年
6
月30
日に公表された労働力調査(図表3 4)では,雇用者の内,非正規の職員
・従業員は,36.7となっている。パート従業員(17.7)が多く,非正規雇用区分内では
48.2
で半数を占めている。また,非正規雇用労働者
2,045
万人のうち1,376
万人は女性であり,その割合は
67.3に上っている。実に,パート従業員の 87.8は女性である。非正規雇用には,雇用格
差,賃金格差,そして男女格差が問題として存在しているのである。
年間収入別割合(図表
3 5)を見ると,非正規雇用者のうち,男 57
(392万人),女83
(1,218万人),男女計では
74(1,610
万人)が,年収200
万円未満ということになるが,そのう ち,100万未満は第一世代(注24)相当として除外し,仮に,時給1,000
円換算のフルタイムで1
――
50 \1,000/h×8h×5d×52w=\2,080,000/y 260d/365d(.712) 2,080h/yとなる。
51『短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律』
(不合理な待遇の禁止)第八条 事業主は,その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給,賞与その他の 待遇のそれぞれについて,(略)不合理と認められる相違を設けてはならない。〔労働契約法 改正前第20条
(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)を移管[20.4.1]〕
(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)第九条 事業主は,職 務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者であって,(略)短時間・有期雇用労働者である ことを理由として,基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,差別的取扱いをしてはならない。
(賃金)第十条 (略)職務の内容,職務の成果,意欲,能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を 勘案し,その賃金を決定するように努めるものとする。
(通常の労働者への転換)第十三条 (略)一,二(略)三 一定の資格を有する短時間・有期雇用労働者 を対象とした通常の労働者への転換のための試験制度を設けることその他の通常の労働者への転換を推進す るための措置を講ずること。
52 横山,出川,近藤,篠田(2019)『政治・経済用語集 第2版』p.194,「1985年に制定,86年施行「職場で の男女平等を目指し,募集・採用,配置・昇進,定年・解雇などおける女性差別を禁止した法律。」
53 古郡鞆子(1997)『非正規労働の経済分析』p.31
54 同上,p.37前文,「大企業を中心とする日本的雇用慣行は中途採用をむずかしくしているので労働を中断す る女性にとって不利に働くばかりではない。新規採用にあたり女性の能力は認めても女性の勤続年数が少な いために特殊訓練投資の還元を考えて女性を補助的業務にしかつけない企業(略)など」とある。なお,高 学歴化が進む女性の再就職に関しては,大学が提供しているリカレント教育が,ワークライフバランスの観 点からも注目されている。
――
年間勤務すると仮定した場合50,第二世代に相当するフルタイムのパート労働者は,1年の
7
割以 上出勤し,年2,000
時間以上働いても200
万円程度の収入しかないことになる。そして,この階 層(100~199万円),男27.8(192
万人),女38.6(569
万人),男女計では35.2(761
万 人)が,低所得者層(ワーキングプア)となっている。データの表す雇用格差は当然であるが,こ の761
万人という非正規雇用労働者の賃金格差,さらに男女格差は非常に深刻な問題だと考える。2017
年に決定された「働き方改革実行計画」によって,正規と非正規雇用間の不合理な待遇差 の解消や,「同一労働同一賃金」の実現に向けた法整備の一貫として,2020年4
月に施行された「パートタイム・有期雇用労働法51」は,その第
8
条で非正規への不合理な待遇の禁止,第9
条で 非正規への差別的取扱いを禁止するなど,国も改善すべき雇用問題として法整備を図っている。法 整備は重要な政策であるが,法の適用範囲や強行性の面に課題があり,注視すべき動向と考える。古郡は,「労働市場には差別が存在する。差別は『同じ生産性を持つ経済財の間に存在する経済 的距離』であり,わが国では経済的距離は男女間や年齢間に顕著である。」とし,「『男女雇用機会 均等法52』という法律の制定は,男女間の明らかな経済格差を前提したものである。53」と述べてい る。また,「女性を差別する企業の動機は多様に現われる。どのような動機であれ,差別が長期間 存続しているのは市場の力が差別を排除できるほどには強くないことを示している54。」と女性の 就業における差別について論じている。
首藤は,男女の経済的距離を縮めるためには,「企業の雇用制度,家庭内の性別分業,社会経済 制度は,女性の就労継続を妨げる方向で,相互に依存し絡み合って存在しているため,どれか
1
――
55 首藤若菜(2013)「男性稼ぎ主モデルと女性労働」,『社会政策』第5巻第1号,社会政策学会誌,pp.152
164
56『商学研究論集第53号』pp.167168「4.5 新産業別組合の可能性」
57 同上「3.企業別組合の脆弱性」,「4.企業別組合と非正規雇用問題」pp.159171 p.166 日本の労使協調は,
主導権を持つ経営者と弱体化した労働組合のなれあいと評される妥協的な協調路線であり,(以下略)
58 Turnbull, Peter J.(1986), op. cit., p.203
59 朝日新聞朝刊(2017.12.19)https://www.asahi.com/articles/DA3S13279719.html?iref=pc_ss_date, 同上 (2018.2.27)https://www.asahi.com/articles/DA3S13377973.html?iref=pc_ss_date[最 終閲覧日 2020.7.22]
――
つを取り出して改革することは困難である。3つの歯車をうまくかみ合わせながら,並行して,総 合的に進めていくことが肝要となろう。55」と述べている。
これらの格差は,雇用流動性が低い日本的雇用慣行の閉鎖性や硬直性から生じた日本社会の根深 い問題であるが,雇用差別として認識し,具体的改善策を喫緊に講ずるべきである。また,女性労 働者が多くを占めるパートの労働条件の緩和については,法整備とともに,前号でも触れた「労働 組合」の活動が重要であるが,「新産業別組合」として発展する可能性を持つ複合産別
UA
ゼンセ ン等の労働組合の積極的な労働運動に期待している56。非正規雇用問題は諸外国にも見られ,日本特有の問題ではないが,この問題と日本的経営との関 連性をまとめると,まず,労使交渉を行う組織である労働組合が諸外国に比較して脆いという企業 別組合の脆弱性がある57。次に,終身雇用や年功賃金制に見られる雇用慣行の閉鎖性や硬直性が挙 げられる。閉鎖性については,◯主に大企業に見られる終身雇用には,当初から臨時工や女性労働 者が雇用調整機能として存在していたように,長期雇用を維持するために非正規雇用を活用する経 営体質があること。◯入社の原則が新卒一括採用であり,非常に狭き門になっていること。◯労働 市場には女性差別,中途採用にも年齢差別が根強く残っていることがある。また,硬直性について は,勤続年数に基づく年功賃金制は,転職しても他企業では高賃金を得るのが難しい構造があり,
結果的に労働者は,その企業に留まる傾向があり,雇用の流動化が進展しない要素がある。
ターンブルは,「日本の企業社会におけるこれらの『強制的要素(`coercive' elements)』は,し ばしば見落とされている58」と表現しているが,日本的経営の
3
要素には,使用者(経営者)によ る強制力がある。他方,日本の労働法は強行性に欠け,非正規雇用問題が発生しやすい構造なので ある。. 非正規雇用問題への対応
. 理研における雇止め問題
2017
年12
月19
日の朝日新聞朝刊の記事『「5年雇い止め」,理研にも規則 組合,都労委申し 立て』に目が留まった。その内容は,「理化学研究所(埼玉県和光市)が有期契約の職員を最長5
年で雇い止めにする規則を設けていることが分かった。(略)59」というものであった。前述したよ――
60 理研には,派遣職員が随意契約になっていることを会計検査院に指摘され,やむなく一般競争入札に移行し た経緯があり,職場に残したいベテランの職員を,直接雇用の事務業務員に転換させるなどしていたが,そ の場当たり的な人事政策に限界が来たのである。
61 朝日新聞WEEKLY(2018.2.19)『AERA 18.2.26 No.8』朝日新聞出版pp.1719
62 しんぶん赤旗(2019.1.9)https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2019-01-09/2019010905_01_1.html
[最終閲覧日2020.7.22]
63 Lepak and Snell(1999), op. cit., pp.4344
64 2017年から同じ店舗で勤務していたパート(フルタイム)の女性は,当時から登録販売者の試験合格者で あったが,実務経験(80h/月×2年)をクリアし,19年に有資格者となった。20年7月,試験に合格し正 社員に昇格,8月に他店に転勤となった。女性管理職が少ない会社であり,高学歴でもあるため,将来の管 理職候補である。なお,ウエルシア薬局は,企業別組合(ウエルシアユニオン)という日本的経営の一形態 は持つが,むしろ本稿では,非正規雇用者が多い職場の典型的事例として取り上げている。
――
うに理研では,肥大化した組織の一般業務を非正規雇用の任期制契約職員,派遣職員,事務業務員 に依存する構造になっていたが,契約期間満了時における「派遣切り」や「雇止め」という雇用問 題がついに表面化したのである60。
この問題は,2013年改正労働契約法(第
18
条)(図表4 2
参照)に逆行し,理研が有期契約の 職員を最長5
年で雇い止めにする規則を設けようとしたことに端を発している。その後,18年2
月27
日の新聞に『理研雇い止め,一部職員撤回』という追加記事が掲載され,週刊誌AERA
で も,18年2
月に特集記事「理研『雇い止め』365人」が組まれた61。理研が公的機関ということも あり,そのずさんな雇用管理問題にメディアは厳しい態度を取ったのである。2019
年1
月9
日のしんぶん赤旗の『非常勤345
人守った理研労のたたかい』には,「国立研究 開発法人理化学研究所では昨年,理研労働組合のたたかいで非常勤職員345
人の雇い止めを撤回 させ,無期雇用転換へ道を開きました。62」という記事が掲載された。労働者ならびに労働組合の 尽力によって,非正規雇用労働者の無期雇用への転換への可能性が認められた理研の労働問題は,非正規雇用問題の事例の
1
つとして把握しておくべきであろう。. 人的資源構築のダイナミクス
レパックとスネルは,「人的資源構築のダイナミクス(図表
4 1)」において,「社員に対する
『教育訓練』によって,人的資本の減退が回避され,社員スキルが継続的に向上し,人的資本の独 自性が高まり,社員の象限
2・象限 3
から象限1
への移動可能性があるとし,また,経営者が,人 的資本をより価値のあるものにするために,『拡張可能性』や『コア・コンピタンス』によって,社員を象限
3・象限 4
から象限1・象限 2
へシフトさせる努力をするかもしれない63」としている。Essential worker
と聞くと響きが良いが,ウエルシアの従業員は,レジ接客や品出し等を行うmanual worker
である。上図の移動可能性について,「象限3」に相当するウエルシアの従業員に
とっては,登録販売者(改正薬事法)を取得し,一定の実務経験を積んだ後に,正社員登用試験に 合格することが正規雇用への
1
つの道となっている64。――
図表 人的資源構築のダイナミクス
Lepak, and Snell(1999)p.44を一部加筆して作成
65 朝日新聞朝刊(2020.06.23)1面よりこれは2011年の「京」依頼9年ぶりの快挙である。
66「理化学研究所 計算科学研究センター(R-CCS)は国際的な高性能計算科学分野の中核拠点として,「計算 の科学」と「計算による科学」,両者の相乗効果による「計算のための科学」の探求とその成果であるソフ トウェア等のテクノロジーを「コア・コンピタンス」と位置付け,それらの発展や国内外への普及を推進し ています。」https://www.r-ccs.riken.jp/jp/overview/aboutus/index.html[最終閲覧日2020.8.8]
67 応募資格「博士号取得者(着任までに取得見込みを含む)。原則博士号取得後5年以内の者は特別研究員と して,超える場合は研究員として採用する。」待遇「1.(特別研究員)単年度契約の任期制職員で,評価に より採用日から5年を上限として再契約可能。2.(研究員)単年度契約の任期制職員で,評価により採用日 から7年を上限として再契約可能。3.ただし,能力,契約満了時の業務量,勤務成績,勤務態度,所属して いるセンター等若しくは研究室等又は従事しているプロジェクトの存続及び当研究所の経営の状況,予算状 況等により,再契約可能期間については変更になる場合もあります。また,原則として65歳を超えての再 契約は行いません。4.また,平成25年(2013年)4月1日以降,当研究所との有期雇用の通算契約期間が 10年を超えることはありません。https://www.riken.jp/careers/researchers/20180808_3/index.html[最終 閲覧日2020.8.8]
――
理研の「富岳」が
2020
年6
月22
日に発表されたスパコンの計算速度ランキング「TOP500」で世界一になった65。「富岳」は,計算科学研究センター(神戸市)に設置されているが,このセ ンターで研究に従事する科学技術者は,「象限
4」に相当する「コア・コンピタンス
66」を持つknowledge worker
であるが,その多くは任期制研究職員であり,不安定な雇用環境に置かれている67。
――
図表 労働基準法等の契約期間に関する条文
出典『労働基準法』『労働契約法』より,一部抜粋して作成
68 野依良治の視点https://www.jst.go.jp/crds/about/director-general-room/column07.html
[最終閲覧日2020.8.28]
当時,研究者の流動性を高める必要性があることは理解できたが,それを理由として研究者を任期制にする ことには疑問が残り,競争的資金獲得のために研究者自身が奔走することになる弱肉強食的な研究スタイル は,ノーベル化学賞を受賞した第一級の研究者だからこそ言える発言であって,他方,すべての科学者が流 動化を望んでいるわけではなく,また,自然科学の基礎研究を行う理研にはそぐわないのではないかと考え ていた。
理 研 「 お 知 ら せ 2004」https://www.riken.jp/pr/news/2004/ ,「 長 期 在 職 権 付 研 究 員 制 度 の 発 足 」
(2004.2.2)https://www.riken.jp/medialibrary/riken/pr/topics/2004/20040202_1/20040202_1.pdf[最終 閲覧日2020.8.28]
――
野依元理事長(在任期間
2003 15)は,「研究社会は基本的に競争的である。わが国でも,若者
は自立して自らの活動に責任を取らねばならない。68」として,研究者には流動性が必要であると いう考え方を持っているが,2004年には,「研究者の流動性を確保しつつ任期制研究者の将来への 不安という問題を解消するため,契約により原則5
年間の雇用期間を保証する「長期在職権付研 究員制度」を創設した。この研究者の流動性は,日本的経営の終身雇用に見られる閉鎖性とは対峙 するため,そのバランスが非常に重要になるが,低成長時代にあって,長期的研究がさらに難しく なり,研究者においても期限付雇用に対する不安という問題の方が大きくなったのである。また,「労働基準法(1947)」第
14
条の目的(図表4 2)は,労働者に対する長期労働契約によ
る強制労働や不当な人身拘束の弊害を排除する趣旨であるから,制定時の条文「1年を超える期間 について締結してはならない。」とは,「労働者は,契約期間中(1年)はやむを得ない事由がない――
69『理研 中長期計画』「新たな人事雇用制度」pp.56,以下「また,任期制研究者についても,研究に従事で きる期間を原則7年とする等,安定的な研究環境を提供し,研究センター等で柔軟かつ機動的に人材を活用 するとともに,国内外の大学・研究機関等で活躍する人材として輩出することを目指す。」
https://www.riken.jp/medialibrary/riken/about/plan/pdf/midplan2018-2025.pdf[最終閲覧日2020.8.28]
70 JILPT(2016)『諸外国における非正規労働者の処遇の実態に関する研究会報告書』p.10
71 Insee,Emploi, ch âomage, revenus du travail, ÁEdition 2020, p.97, ÁEdition 2019, p.99, ÁEdition 2018, p.75, ÁEdition 2017, p.89, ÁEdition 2016, p.85
図表 フランスの雇用状況
出典InseeEmploi, ch âomage, revenus du travail, ÁEdition(2016, 2017, 2018, 2019, 2020)をもと に作成71
――
限り退職することはできない」という意味となる。しかしながら,現在の日本において,強制労働 や人身拘束といったことはあまり考えられないため,「労使における雇用契約期間の上限が
5
年で あり,契約期間が満了すれば労働契約が終了する」といった誤った解釈をされ,雇い止めが発生す る要因となっているのである。理研の中長期計画(2018,19改正)は,「新たな人事雇用制度優れた研究者を惹きつけ,より安 定的に研究に取組むため,研究所が中長期的に進めるべき分野等を考慮し,公正かつ厳正な評価を 行ったうえで,無期雇用職として任期の設定がなく研究に従事できる環境を提供することとし,対 象となる研究者の割合を
4
割程度まで拡充する。69」として,無期雇用研究者を増員し,若手研究 者に長期間安定して研究に取り組める環境を与えて優れた成果を上げることを目的としている。この計画は,法律の趣旨からすると,無期雇用研究者の割合を拡充すれば良いということにはな らないが,理研における研究者の雇用制度変換の方針は,注目すべき動向であると考える。
. フランスの無期雇用(期間の定めのない契約EDI: Emploi àa Dur áee Ind áetermin áee)
フランスでは,「有期雇用(CDD)を非正規雇用の中核として捉え,派遣労働や,見習いも非正 規労働と位置づけられている。70」期間の定めのない労働契約(EDI, CDI)を標準的雇用形態とし
――
72 同上p.10; Institut national de la statistique et des áetudes áeconomiques(Insee),(2014)Emploi et salaires,
`Statuts d'emploi 3.1', p.127
73 JILPT(2013)『現代先進諸国の労働協約システム』pp.5860,フランスは「『職業の法(loi de profession)』 の概念があり,◯代表的組合が1つでも署名すれば労働協約が有効になる,◯政府が五大労組を指定する,
◯代表的労働組合が締結した労働協約を拡張適用するという労働協約システムが確立されている。」一方,
日本は労組法14条により,「労働協約」は個別の労働契約や就業規則に優先する強い効力を持つものとされ,
16条「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」には,賃金,労働時間等の労働契約も含まれており,
組合員の労働条件を労働協約で決定する(=同一労働同一賃金)ことができるが,フランスのようなシステ ムはなく,また企業別組合であり,組合組織率の低さが協約締結率の低下に直結し,多くの企業で協約の効 力が発生しにくい状況となっている。
74 1981年に社会党のミッテラン(François Mitterrand 19161996)が大統領に就任すると,雇用情勢悪化の 状況の中,労働者保護の立場から,有期雇用を抑制するための立法化する流れが取られた。「無期雇用
(CDI)を標準的雇用として明確に定めたのは,1982年の2月5日のオルドナンス(ordonnance)である
[JILPT(2016),前掲書,p.110]。」ここに,新自由主義の流れとは逆の社会的連帯経済が萌芽したのである。
75 JILPT(2018.4)『日本労働研究雑誌』No.693「特集この国の労働市場」p.43,‘表2 EU内の最低賃金
(月あたり)と賃金の中位数との比率’
76 Insee, (ÁEdition 2020), p.107,なお,フランスは学位・資格水準が就業上の地位に影響する学歴社会である が,日本のような新卒一括採用はなく,職歴のない学卒者の就業機会は少なく,就職するのが難しい構造と なっている。
77 ILO https://www.ilo.org/global/topics/cooperatives/projects/WCMS_546299/langen/index.htm,[最終 閲覧日2020.8.10]
――
ているため,パートタイム労働者は,この雇用形態である限りは,非正規雇用に区分していない。
「非正規雇用の雇用者総数に占める割合は,13.5であり,有期雇用
9.6,派遣労働 2.2,見
習い1.7(2012
年時点)となっている。72」最新のデータ(図表4 3,2019)では,同 15.0で
あり,有期雇用10.4,派遣労働 2.7
,見習い1.9
の微増となっている。また,男女均等待遇 が徹底され,日本のような男女格差は見られない。フランスは,労働組合の組織率が8に満たな
いが,協約適用率が9
割を超えるという特殊なシステムで運営されており73,また,労働法で,無 期雇用(CDI)を標準的雇用と定め,それ以外を例外的雇用とするなど,法律による規制が厳しい という特徴がある74。産業別労働協約により同一労働同一賃金の原則と,期間の定めのない労働契 約(EDI, CDI)によって雇用の標準化を実現し,最低賃金はEU
内でも高い水準を維持してい る75。一方で,改善傾向にあるものの
2019
年の失業率は8.4,若年労働者失業率は 19.6と高
く76,フランスにも解決しなければならない雇用問題はある(図表4 3)。また,厳格な労働法が
労働市場の活性化の妨げになっているという批判もあり,法規制と労働市場活性化のバランスに苦 慮している。International Labour Organization
(ILO国際労働機関)のHP
には,``Social and SolidarityEconomy''
について,「社会的連帯経済(SSE)は,経済的,社会的,環境的な目標を再調整するために実現可能な解決方法である。77」との記載があるが,フランスは,2014年