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編 集 後 記 『国際交流基金日本語教育紀要』第

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Academic year: 2021

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編 集 後 記

『国際交流基金日本語教育紀要』第11号には計23本の投稿があり、厳正な審査の結果、研究 ノート1本、実践報告9本、報告3本、計13本が採用されました。

残念ながら採用に至らなかったものも含め、今号にも、時代の変化や教育の広がりを感じさ せる大変興味深い論考や報告が多く集まりました。たとえば、研究ノートの論文を読むと、イ ンドネシアにかぎらず、現在、世界各国の日本語教育が、様々な背景によってダイナミックに 動いているであろうことが推測できます。実践報告や報告の中にも、各国の学校教育や試験制 度の中で、これから日本語教育がどのような立ち位置で進むことができるのか、改めて熟慮す べき時が来ていることを示唆したものが見られます。一方、「eラーニング」についての取り 組みが多く報告されたことや、「ポートフォリオ」「人材育成」「グローバル」「教師の成長」

といったキーワードを取り上げた論文が複数あったことからは、多様化し、深化している日本 語教育の趨勢を見る思いがしました。

さて、2014年は、巷で研究倫理の問題が取り沙汰されることが多く、改めて「研究とは何か」

と考えさせられる年でした。特に、このような「紀要」の場合、研究者の研鑽を促すこと自体 が、その大切な目的の一つであり、だからこそ、その研究の姿勢は必ず謙虚でなければならな いと思います。もちろん、ある研究に取りかかろうとする時には大きい「思い」を抱いていて、

それが研究の原動力にもなるわけですが、その取り組みの結果、実際に出てきたものは何なの か、ということを真摯に見つめ直し、それと向き合って執筆を進める必要があると考えます。

必ずしも、そこで紹介するものが「偉業」ではなくても、地に足のついた現場の一歩について、

後進のために丁寧に明確に記述することが望まれます。その実践やデータから自分自身は何を 学べたのか、その経験から他者に何を共有することに意味があるのか、そして、それを伝える ためにはどのように書けば読み手に誤解なく理解されるのか、地味であっても堅実な研究に誠 実に取り組むことこそが、現在の研究者に求められていることなのではないでしょうか。この ような研究姿勢を、私も深く自省しつつ、皆さんとも共有したいと思います。

現場を抱えながらの研究は、大変な労力や忍耐が必要だと思いますが、次号もぜひ、世界中 から多くの方々の投稿をお待ちしています。

簗 島 史 恵(『国際交流基金日本語教育紀要』編集委員長)

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参照

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