Biogeochemical cycles between surface ocean and lower atmosphere and its impacts on climate 植松 光夫
1*・武田 重信
2・野尻 幸宏
3・谷本 浩志
4Mitsuo UEMATSU1*, Shigenobu TAKEDA2, Yukihiro NOJIRI3 and Hiroshi TANIMOTO4
1東京大学 大気海洋研究所
2長崎大学大学院 水産・環境科学総合研究科
3弘前大学大学院 理工学研究科
4国立環境研究所 地球環境研究センター
1 Atmosphere and Ocean Research Institute, The University of Tokyo
2 Graduate School of Fisheries and Environmental Sciences, Nagasaki University
3 Graduate School of Science and Technology, Hirosaki University
4 Center for Global Environmental Research, National Institute for Environmental Studies
摘 要
SOLAS(海洋・大気間の物質相互作用研究計画)は,海洋と大気の境界を中心に 物理・化学・生物分野を統合した生物地球化学的物質循環の研究プロジェクトである。
我が国では,太平洋を中心とした大気と海洋の同時総合観測により,物理場の中で化 学物質がどう動き,いかに生物が反応するか,従来の大気圏,海洋圏でお互いに独立 した系では見えなかった相互作用(リンケージ)を明らかにすることに取り組んでき た。海洋生物による炭素の固定をはじめ,海洋大気中の海洋生物起源,人為起源,陸 起源の物質との相互作用が地球環境へ与える影響について定量的に評価可能となりつ つある。このような大気と海洋とのリンケージ過程が,地球環境将来予測モデルの 高度化に不可欠なものとなるであろう。温暖化抑制を目指すジオエンジニアリング
(geoengineering)などの評価を含め,社会への影響を考慮した課題をもって新たに 立ち上がった Future Earth への移行を進めている。
キーワード:海洋生態系,海洋大気,気候,生物地球化学,大気海洋物質フラックス Key words:marine ecosystem, marine atmosphere, climate, biogeochemistry,
air-sea material fluxes
1.はじめに
既に顕在化しつつある地球環境変化に対して,自 然がどのように応答し,新たなる変化を引き起こす のか。地球がもう後戻りもできない実験場のような 環境下で,人類がいかに持続的な発展をしていくべ きかということは,21世紀の科学にとって最も重要 な課題である。地球環境問題には,陸圏,大気圏,
水圏にかかわる問題があり,それぞれ独立に研究が 進められてきた。しかし,各圏間には密接な相互作 用(リンケージ)が存在し,第2期IGBP(International Geosphere-Biosphere Programme:地球圏-生物圏 国際共同研究計画)では,各圏間の相互作用の解明 に重点が置かれた。水圏に属する海洋から見た場 合,陸圏とのつながりである沿岸域,海底との境界 面,そして大気圏との相互作用が研究対象となる。
本稿では,IGBPのコアプロジェクトであるSOLAS
(Surface Ocean-Lower Atmosphere Study:海洋・大
気間の物質相互作用研究計画),すなわち,海洋-大 気間のリンケージと気候へのフィードバックにかか わる研究について,日本での研究成果を含めて述べ る。
2.SOLAS の流れ
SOLASは,海洋と大気の境界を中心に化学,物 理,生物分野の研究を展開するIGBPの新しいコア プロジェクトとして,2001年2月,正式に認められ た。SOLASはIGAC(International Global Atmospheric Chemistry Project:地球大気化学国際協同研究計画)
とJGOFS(Joint Global Ocean Flux Study:全地球海 洋フラックス合同研究計画)の境界をつなぐコアプロ ジェクトである。IGBPの立ち上り時にSOLASの前 身であるGOEZS(Global Ocean Euphotic Zone Study: 全地球海洋有光層研究計画)というモデル結果を元に した問題解決型が提案されたが,モデルが開発途上 受付;2015年9月7日,受理:2015年10月5日
* 〒277-8564 千葉県柏市柏の葉5-1-5,e-mail:[email protected]
であったために時期尚早として認められなかった。
1997年に国際SOLAS立案委員会が発足し,1998年 に計画実施委員会が英国で開催され,SOLASは仮説 検証型の研究を中心に推し進める方向で検討され た。2000年2月,ドイツにおいて開催されたOpen Science Meetingを期に,我が国では2001年に日本 学術会議においてIGBP国内委員会および関連小委 員会の理解と協力を得て,SOLAS小委員会の設置が 承認された。当初から国内委員会が設立された国 は,我が国をはじめ,オーストラリア,ニュージー ランド,カナダ,フランス,ドイツ,インド,オラ ンダ,英国,米国であり,SOLASの科学計画と実施 戦略は2004年に刊行された1)。現在,国内委員会は,
34カ国に設置されており,75カ国以上の2,200名を 越える研究者がSOLASに関係した研究に携わってい る。
SOLASは,海洋・大気間の生物地球化学的およ び物理的な相互作用とフィードバックに関する主要 過程について定量的に把握するとともに,それらが 1つの連鎖系となって作用することで気候や環境変 化とどのように関わっているのかを理解することを 目的としている。そのためには,海洋科学と大気 科学のコミュニティの密な連携が不可欠であり,
SCOR(Scientific Committee on Oceanic Research:
海洋研究科学委員会),IGBP,iCACGP(International Commission on Atmospheric Chemistry and Global Pollution:大気化学と地球汚染に関する委員会),
WCRP(World Climate Research Programme:世界気
候研究計画)という多くの国際機関から支援を受け た学際的な領域でのコアプロジェクトとなった。こ のことは,他のIGBPコアプロジェクトでは見られ ない特徴であるといえよう。図 1にSOLASが対象 とする自然界の過程を示すとともに実施戦略におけ る研究課題を表 1にまとめた。
海洋表層中の生物が,海洋大気の二酸化炭素を取 り込み,有機炭素として固定していくのと同時に,
微量気体を生成し大気中に放出する。微量気体に は,それ自体が温室効果気体であるものや,粒子化 してエアロゾルになるもの,ハロゲン類(Cl,Br,I)
のように海塩粒子などと反応したり,オゾンを破壊
1 海洋と大気の間での生物地球化学的相互作用と フィードバック
1.1 海洋起源エアロソルの放出と変質
1.2 微量気体の放出と光化学的フィードバック 1.3 DMSと気候
1.4 鉄と海洋生産力 1.5 窒素の海洋大気循環
2 大気 / 海洋境界面での交換過程と境界層での輸送と変質 2.1 大気-海洋境界面を通した交換
2.2 海洋境界層での過程 2.3 大気境界層での過程
3 二酸化炭素の大気海洋間のフラックスと 長寿命の温室効果気体
3.1 二酸化炭素の大気海洋間フラックスの地理的,
経年的変動
3.2 海洋表層での炭素の変質:地球環境変化への寄与 3.3 N2OとCH4の大気・海洋間のフラックス 表 1 SOLAS 実施戦略における研究課題.
図 1 SOLAS の研究対象領域1).
SOLAS は水循環,海塩生成,気体やエアロゾルの海洋への沈着,海洋生物によって生産される気体成分の放出などを通して 大気圏内で起きる過程と海洋内の過程が繋がっていることを明らかにすることを目的としている.
したりするものもある。また揮発性有機化合物は,
大気中の酸化剤であるOHと反応し,大気中の酸化 容量を減らす方向に働く。このように大気と海洋の 境界面を通した生物活動にかかわった物質交換が,
大気組成の変化や気候変化に大きく関与している。
海洋生物生産を制限することが知られるようになっ た微量金属元素,特に鉄のエアロゾルとしての大気 から海洋への供給とその影響を明らかにすることも
SOLASの大きな目的の1つとされ,海洋表層での生
物活動が自然のサイクルの中での季節変動だけでは なく,人為起源物質の増加,あるいは人為的に物質 を添加した場合にどう応答するか,その生態系への 影響をも含めて解明する必要があるとされた。これ を課題1とした。
一方,海面を通した物質の交換量に着目するだけ でなく,運動量やエネルギーなど物理量の交換の理 解も不可欠である。課題2は,地域的,地球規模で の,これらの物理的要因や生物地球化学的要因によ る境界面での交換過程を,水平,鉛直方向への輸送 とその変質について解明し,気候変化を引き起こす 機構,あるいは気候変化によって引き起こされる機 構を予測することである。
二酸化炭素の大気・海洋間におけるフラックスの 定量的な見積りや変化量は,生物による同化,呼 吸,石灰質のプランクトンの消長や混合層の物理過 程によって左右される。課題3として,これらの長 期変化を観測し,海洋表層内での変質のモデル化を 進め,21世紀末までの将来予測を可能にすること や,N2OやCH4などの温室効果気体の海洋からの発 生を沿岸域も含めて明らかにすることが盛り込まれ ている。
その後,2008年には,SOLAS SSC(Scientific Steer- ing Committee:科学運営委員会)で研究課題の見直 しが行われ,Mid-Term Strategyとして,湧昇海域 とその亜表層に形成される酸素極少層,海氷,海洋 エアロゾル,大気からの栄養塩供給,船舶による排 気ガスの影響の5課題を地球の気候システムに関連 する未解明の重要課題として抽出し,各課題の現状 と課題を総説にまとめて公表した2)。また,2014年
にはSOLASの立ち上りから今までの研究成果を統
合したオープンアクセスの電子本が出版された3)。 若手研究者育成のために,SOLAS夏の学校が隔年 で開催されていることは,他のIGBPコアプロジェ クトと比較してSOLASに特徴的な活動である。
SOLAS夏の学校は2003年から始まり,これまで合
計で6回開催されており,参加者は延べ420名を越 え,日本からも大学院生やポスドクが毎回参加して いる。大気または海洋に関する物理・化学・生物的 側面のいずれかを専門とする科学者の卵が集って開 放的な雰囲気の中で同じ講義を聴き,実習に取り組 み,公私にわたって交流する3週間を過ごすことに より,SOLAS研究の面白さに目覚めていく。この間
にSOLASの教科書(Geophysical Monograph Series)4)
が編纂され,この新しい境界領域の研究分野への普 及に貢献している。IGBPのコアプロジェクトの委 員には,地域のバランスも考慮されるが,各研究分 野の第一線の研究者が選出される。我が国からSOLAS SSC委員は,植松光夫(2002~2007年),武田重信
(2004~2009年),野尻幸宏(2010年~現在)と,設 立当初から途絶えることなく引き継がれている。
3.我が国での SOLAS 研究活動
2001年に日本学術会議のSOLAS小委員会が設置 されたのち,関係する研究者間の連携は,東京大学 海洋研究所共同利用シンポジウム,計5回,名古屋 大学地球水循環センター共同利用研究集会,計4回 など年2回の検討・発表の場を確保することによっ て緊密に保たれてきた。2004年,科学研究費平成 16年度基盤研究(C)による「海洋・大気間の物質相 互作用研究計画(IGBP/SOLAS)」の準備調査を基に した議論を経て,2度目の申請で2006年から5年間 の特定領域研究「海洋表層・大気下層間の物質循環 リンケージ」(Western Pacific Air-Sea Interaction Study:
W-PASS)が29研究機関,89名の研究者によって進 められた(図 2)。その成果は,2014年にオープンア クセスの電子本として刊行された5)。また,若手研 究者育成として31名の修士,12名の博士を輩出し た。
SOLASの正式な開始に先立って,日本では,
SEEDS(Subarctic ocean Enrichment and Ecosystem Dynamics Study)航海が,2001年夏,世界で5番目 の鉄散布実験として北太平洋西部亜寒帯海域である 北緯48.5度,東経165度において実施された。その 結果,予想以上の植物プランクトンの大増殖と劇的 な種組成の変化を観測し,海洋鉄散布が二酸化炭素 を吸収する手段として,非現実的ではないことを示 唆した。このプロジェクトは,地球環境研究総合推 進費「海水中微量元素である鉄濃度調節による海洋 二酸化炭素吸収機能の強化と海洋生態系への影響に 関する研究」と水産庁および電力中央研究所の研究 費によって遂行された6)。さらに2002年には,カナ
ダSOLASとの日加共同研究として太平洋亜寒帯海
域の東西の比較実験であるSERIES(Subarctic Eco- system Response to Iron Enrichment Study)が行われ た7)。鉄散布実験SERIESでは,日本とカナダから 3隻の観測船が使われ,4週間にわたって鉄散布域 の追跡が行われた。SERIES実験で得られた結果 は,大規模な植物プランクトン増殖が認められたも のの,生物粒子は多くの部分が表層で分解し炭素の 中深層への輸送が小さいとされ,海洋鉄散布を二酸 化炭素固定技術として評価することに大きく影響を 与えた。2004年には日米加共同研究によりSEEDS II として,SEEDSと同じ海域で同じ時季に実験を行っ
たが,混合層が厚く,海洋プランクトン群集の違い を反映し,SEEDS時のような大増殖は再現されな かったが,衛星画像でも認識できる植物プランクト ン増殖を引き起こした8)。これら3回の実験に関す る計56編の論文がProgress in Oceanographyなら びにDeep-Sea Research IIの特集号として刊行され ている9)-11)。また,SOLAS-Japanに関連した研究 プロジェクトとして,国立極地研究所を中心に「南 極海から見た地球環境」(JARE next STAGE: STudies on Antarctic ocean and Global Environment)が2001年 から5年計画で行われ,硫化ジメチルの生成過程へ 動物プランクトンの寄与についての知見などが得ら れている。
戦略的基礎研究「海洋大気エアロゾル組成の変 動と影響予測」(VMAP:Variability of Marine Aerosol Properties)では,無人海洋大気観測艇「かんちゃん」
を,大気海洋間の物質循環過程の研究のプラット フォームとして測定機器も含め開発し,大気と海洋 の同時自動観測を行い,三宅島の火山噴火による窒 素化合物の沈着が海洋生物生産を加速することなど を見出した。また,太平洋上の島嶼長期観測をもと にした「化学天気予報システム」(CFORS:Chemical weather FORecast System)は,最新の知見にもとづ く地域気象モデルと物質輸送モデルをオンライン結 合した最新の統合モデルを構築し,気象の変化に伴 う人為起源・自然起源の物質の輸送を高い精度で予 測することが可能となった11)。
W-PASSプロジェクトでは,(1)日本近海や南極海 などの生物生産性の高い海域での海洋から大気への 生物起源物質放出の観測,(2)アジア大陸から輸送 される黄砂や人為起源窒素化合物の降下による海洋
生物への影響の観測,(3)海洋生物による窒素固定 や,炭酸塩の殻形成に伴う二酸化炭素の取込み評価 の観測,(4)火山噴出物による大気と海洋環境への 影響の観測などに取り組んだ。
太平洋を中心とした大気と海洋の同時総合観測
(図 3)のため,船上における生物起源気体の高精度,
高分解能測定を実現した。特に,質量分析計による 大気中・海水中の微量成分の計測手法開発12)は,海 水中の硫化ジメチルや含酸素有機化合物の生成・消 失過程や海洋から大気へのフラックス推定に大きな 役割を果たした。さらにエアロゾルの化学組成分析 を同時に行うことにより,海水から放出された気体 が海洋大気中で粒子化され,エアロゾルが増加する 現象を観測した。また,長期間の海洋から大気への 主な生物起源気体の放出量は長期的に増加傾向を示 しており,負の放射強制力が既に働いている可能性 を示した。
アジア大陸で発生する黄砂は,北太平洋亜寒帯海 域では珪藻などの大型植物プランクトン,亜熱帯海 域では窒素固定生物の生物生産変動に大きく関与し ていることを明らかにした。北西太平洋の縁辺海で は海面に沈着する人為起源窒素化合物の量が増加し つつあることや,人為起源物質が黄砂と反応するこ とによって黄砂に含まれている鉄の生物利用能が大 きく変わることを見出した。また,火山噴火がエア ロゾルを増加させ,雲粒径の減少と雲被覆率を増加 させて,表面海水温の低下を引き起こし,海洋生態 系へ間接的な影響を与えることを観測とモデルに よって示した。さらに,台風による湧昇が生物生産 を高め,大型珪藻類が増加し,深海への炭素輸送の 30%を台風が担っているという見積りを報告した。
図 2 特定領域研究「大気海洋物質循環」(W-PASS)の対象となるキーワードと研究グループ.
このような突発的な自然現象の影響を検出した一 方,長期的な気候変動が海洋生態に与える影響も捉 えた。北太平洋亜熱帯海域では地球温暖化により,
海洋の表層水の鉛直的な成層が強化される。成層化 は深層から表層への栄養塩供給を抑制し,表層の貧 栄養化が進む。その結果,窒素固定を行うプランク トンの増加を引き起こすことになるが,そのプラン クトン増加には窒素固定を担う細胞内酵素に必須で ある鉄などの大気からの供給が極めて重要となる。
この仮説のもとで行われた国内のSOLASの研究か ら,大気からの物質供給が海域におけるプランクト ン消長の制御因子になり得ることを明らかにした。
これらの知見は,人間活動による気候変化や突発的 自然現象が海洋生態系に影響を与え,生物起源気体 の放出を通して気候へフィードバックしている大 気・海洋間のリンケージ過程を明確に描き出した。
4.国際 SOLAS 研究活動への貢献
2005年5~6月に第5回SOLAS SSC会議を東京に 招致した。その会議に引き続き第1回Asian SOLAS 会議を主催し,中国,台湾,インド,韓国のSOLAS 関係者を招聘,各国の活動について情報交換を行っ た。その結果,2005年10月に第1回ADOES(Asian Dust and Ocean EcoSystem:黄砂と海洋生態系への 影響)ワークショップを中国のWeihai(威海市)で開 催し,アジア域でのSOLASの大きな研究課題であ る黄砂と海洋生態系への影響について日中韓を中心 とした共同研究ネットワークを形成した。一時期,
日中間の関係悪化のため,中止せざるを得ない状況
もあったが,ワークショップは現在まで7回開催さ れている。また,2010~2013年には,ADOESの成 果として,戦略的国際科学技術協力推進事業日本-
中国研究交流で「北太平洋縁辺海から外洋における 生態系システムの気候変化に対する応答」を申請し,
採択された。これにより我が国の学術研究船を用い た西部北太平洋亜熱帯海域の航海や東シナ海の観測 航海を日中韓の共同研究観測として行った。さらに 2012~2015年まで,IOC-UNESCO(Intergovernmental Oceanographic Commission of the United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization:国 際連合教育科学文化機関/政府間海洋学委員会)の WESTPAC(Sub-Commission for the Western Pacific:
西太平洋政府間地域小委員会)において,ADOES-
WESTPACワーキンググループの活動を行った。今
後,太平洋だけではなくインド洋での観測研究や,
縁辺海での洋上のPM2.5など大気汚染物質や森林 火災によるススなどの海洋環境への影響評価など,
WESTPACメンバー国の高い関心をもつ課題に取り
組む検討が進んでいる。その他にも,北太平洋海洋 科学機構(PICES)とSOLASの連携促進について,
両組織に関係の深い我が国のメンバーが重要な働き を示した。相互のサマースクールや年次会合におけ る学生派遣の支援や,海洋への鉄供給に対する海洋 生態系応答に関するフィールド研究者と生態系モデ ル研究者の合同ワーキンググループなどの活動が進 められた。
我が国が主導した北太平洋亜寒帯海域での実験を 含むさまざまな海域での計12回に及ぶ鉄散布実験 結果や,自然海域での鉄肥沃化に関する研究成果を
120E 180 120w
Eq.
60N
30N
30S 60S
SPEEDS:
Summer 2008
Subarctic Pacific Experiment for Ecosystem
Dynamics Study
SPEEDS
SNIFFS SNIFFS I & II:
Summer 2006 & 2010
Subtropical Nitrogen Fixation Flux Study BLOCKS:
Spring 2007 & 2009
Bloom Caused by Kosa Study
BLOCKS SOLAS-Japan Major cruises
EqPOS:
Winter 2012
Equatorial Pacific Ocean and Stratospheric/Tropospheric Atmosphere Study
EqPOS NEOPS-SP
NEOPS-SP & NP:
Winter 2013 & Summer 2014 South & North Pacific New Ocean Paradigm on its Biogeochemistry, Ecosystem
NEOPS-NP
図 3 SOLAS-Japan 研究航海と IMBER-Japan の NEOPS(New Ocean Paradigm on its Biogeochemistry, Ecosystem, and Sustainable Use:新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」)との共同研究航海の対象海域.
取りまとめるワークショップがSOLASの共催によ り2005年11月にニュージーランドで開かれた。海 洋鉄散布実験は,地球温暖化の要因となっている大 気中二酸化炭素の海洋への吸収促進方策の基となる 鉄仮説の検証実験として注目を集めていたが,南極 海・太平洋赤道域・北太平洋亜寒帯域における一次 生産が鉄の供給量によってコントロールされている ことが確認されたものの,生物活動による海洋表層 から深層への炭素輸送に関しては予想されていたよ りも効果が小さいことなどが統合的に理解された13)。 これらの研究成果は,「温暖化対策としての海洋鉄肥 沃化に関する政策決定者への提言」としてSOLAS メンバーによりまとめられ,IOC/UNESCOから公 開されるとともに14),海洋への廃棄物投棄と海洋汚 染防止を扱うロンドン条約及びロンドン条約1996年 議定書における商業的な海洋鉄散布の規制につな がった15)。
二酸化炭素の大気海洋間のフラックスと長寿命の 温室効果気体という課題3に関する最大の成果は,
海洋表層二酸化炭素観測の統合された国際データ ベースであるSOCAT(Surface Ocean Carbon Dioxide
Atlas)の発足と運営である。2007年にユネスコ(パ
リ)で開催された海洋表層二酸化炭素観測に関する ワークショップで真剣な議論が行われ,統一的な様 式の元に,品質管理された統合的データベースが必 要であることが共通の認識となった。実際の発足に 向け,SOLASをはじめとする国際協同計画,国際 機関,各国の海洋観測及び海洋データ機関の大規模 な協力が進められた。2011年9月にその第1版デー タベースが公開されるまでに,世界で10数回の研 究者会合が行われたが,重要な3回の会合を国立環 境研究所と海洋研究開発機構が中心となって開催し た。SOCATデータベースの運営においては,我が 国の観測データの提出を推進するとともに,国立環 境研究所が北太平洋域のデータ品質管理の責任機関 として,その運営に重要な位置を占めている16)。図 4 に,統合収録された全世界データのマップと我が国 の機関の寄与を示した。航海数で計算すると世界の
観測の23%を占めており,その貢献度の大きさがわ
かる。
SOLASの研究成果の1つとして,海洋・大気間相 互作用に関わるさまざまなパラメーターのデータ ベースが構築された(http://www.bodc.ac.uk/solas_
integration/implementation_products/)。短寿命の微 量ガス成分であるDMS(ジメチルサルファイド)や イソプレン,長寿命で気候に影響を及ぼす二酸化炭 素やメタンなどの大気中濃度に加えて,エアロゾル や雨水の化学組成と沈着量などのデータが各海域に ついて網羅的にまとめられている。そこには西部北 太平洋を中心とする我が国の研究者の最新のデータ が数多く掲載されており,全海洋のマッピングに大 きく貢献している。特に,海洋の炭素循環と海洋酸
性化に関わる研究は,IGBPのコアプロジェクトの 1つである海洋の生物地球化学・生態系の統合研 究(IMBER:Integrated Marine Biogeochemistry and Ecosystem Research)とSOLASの合同ワーキンググ ループ(SIC:SOLAS/IMBER Carbon working group)
が組織されて進められた。ワーキンググループ内に は,海洋表層,海洋深層,海洋酸性化の3つのサブ グループが設けられ(それぞれ日本人研究者が1名 ずつ参加),国際海洋炭素データ統合プロジェクト
(IOCCP:International Ocean Carbon Coordination Project)と連携しながら,炭素の収支・フラックス・
移送過程の解明と,海洋環境変化が炭素循環に及ぼ す影響の評価に取り組んだ。
2013年5月に第13回SOLAS SSC会議がつくばで 開催され,引き続いて我が国の若手研究者による
SOLASシンポジウムが開催され,人材育成が順調に
進んでいることが示された。
5.Future Earth へ向けて
Future Earthは,今までの科学的な研究取組に加 えて,地球規模での喫緊の問題解決への取組や持続 可能な地球社会を目指すプロジェクトとして2012年 に立ち上げられ,IGBPのコアプロジェクトである
SOLASは他のIGBPコアプロジェクトと共に移行す
る。
これからのSOLAS研究は,将来の気候への人為 的な活動の影響を評価し,大気-海洋相互作用に関 連する方策を社会に伝えることである。これは,自 然科学研究をさらに進展させること,政策の決定に 必要な情報を研究成果から具体的に示すことが必要 で,これら2つの段階を深化,発展させることに よって達成することができる。大気-海洋相互作用 の急速な変化は顕在化している。これらの変化を 我々が観察し,理解し,最終的にそれらを軽減する ため,もしくは人間社会がそれらを許容するための 研究の継続とその効果の検証が不可欠である。
SOLASは今後10年間の新たな課題分野として,
1)温室効果気体と海洋,2)大気-海洋境界面での物 質とエネルギーのフラックス,3)大気沈着や海洋生 物地球化学,4)エアロゾル,雲,そして海洋生態系 との相互作用,5)大気化学組成への海洋生物地球化 学的過程の影響を掲げた(SOLASの科学計画と組織 2015-2025, http://www.solas-int.org/about/future_
solas.html)。今後の取組は,広大な生物地理学的海 域での従来の科学研究を統合された研究,地球シス テムモデルの改善,リモートセンシングを始め,機 器や技術の開発,長期にわたる連続自動測定機能を 備えたリモートプラットフォームの構築を目指すこ とになる。
我が国においても,SOLASは,他のコアプロジェ クトと連携を強化して,地球システムの変化の把
握,将来予測,そして,持続可能な地球社会の構築 に貢献していきたい。
引 用 文 献
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〈http://www.igbp.net/download/18.1b8ae20512db692 f2a680006379/1376383119421/report_50-SOLAS.pdf〉
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〈http://www.terrapub.co.jp/e-library/w-pass/〉
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7) Boyd, P. W. et al. (2004) The decline and fate of an
全世界の観測( 2660 航海)
日本の機関による観測( 623 航海)
全世界の観測( 2660 航海)
日本の機関による観測( 623 航海)
全世界の観測( 2660 航海)
日本の機関による観測( 623 航海)
全世界の観測( 2660 航海)
日本の機関による観測( 623 航海)
図 4 2013 年に公開された国際統合海洋表層二酸化炭素観測データベース SOCAT(Surface Ocean CO2 Atlas).
第 2 版に収録された全航海(上)と我が国の観測の寄与分(下).1968 年から 2011 年の間に二酸化炭素分圧が測定された航海の 2660 航海の中で約 1/4 の航海(623 航海)は日本が実施した.
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14) Wallace, D. W. R., C. S. Law, P. W. Boyd, Y. Collos, P.
Croot, K. Denman, P. J. Lam, U. Riebesell, S. Takeda, P. Williamson (2010) Ocean Fertilization. A scientific summary for policy makers, Paris.
15) LC/LP (2013) Regulation of ocean fertilization and other activities. Report of the Working Group on the Proposed Amendment to the London Protocol to Regulate Placement of Matter for Ocean Fertilization and Other Marine Geoengineering Activities. LC 35/
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16) Bakker, D. C. E. et al. (2014) An update to the Surface Ocean CO2 Atlas (SOCAT version 2), Earth System Science Data, 6, 69-90.
doi: 10.5194/essd-6-69-2014
植松 光夫
/Mitsuo UEMATSU 東京大学大気海洋研究所教授。1980年 北海道大学大学院水産学研究科博士課程 修了。米国ロードアイランド大学海洋学 大学院研究員,北海道東海大学工学部海 洋開発工学科教授等を経る。大阪府出身。大気と海洋間の物質循環研究に目覚める。
1987年度日本海洋学会岡田賞,2004年度日本地球化学会賞,
2009年度日本海洋学会賞等を受賞。日本海洋学会会長,日本 ユネスコ国内委員会委員,同IOC分科会主査,日本学術会議 特任連携会員,ICSU/IGBP科学委員会委員等を歴任。著書 として『大気水圏の科学-黄砂』(共著,古今書院),『海と地 球環境 - 海洋学の最前線』(共著,東京大学出版会),『海洋地 球化学』(共著,講談社)等。
武田 重信
/Shigenobu TAKEDA 海洋の一次生産に影響を及ぼす物理・化学・生物的要因の相互作用,特に鉄な ど微量金属による植物プランクトン増殖 の制御機構や,沿岸域における栄養塩循 環と人間活動の関わりに興味を持ってい る。財団法人電力中央研究所,東京大学 農学部を経て,現在は長崎大学水産学部に在籍。西部北太平 洋や東シナ海を中心に海洋観測と植物プランクトン培養実験 に取り組んでいる。長崎は黄砂の飛来が多く,大気から海洋 への栄養塩類の沈着に対する生物生産の応答は,重要な研究 テーマの1つ。北太平洋で実施された3回の鉄散布実験にも 主要メンバーとして参加。水産関連では,トラフグやクエの 陸上養殖システムにおける水質浄化の研究にも従事。
野尻 幸宏
/Yukihiro NOJIRI 弘前大学大学院理工学研究科教授。1981年から国立公害研究所計測技術部で 微量金属元素の分析法と国内外の火山性 湖沼や海底熱水系の化学を研究。1990年 の国立環境研究所への改組から温室効果 ガス研究を中心とした。1995年に太平洋 の貨物船にCO2観測機器を搭載するモニタリング観測を開始 し継続中,CREST課題では北太平洋定点観測を1998年から の3年間に集中実施,2001年からの3回の海洋鉄散布実験に 参加,これらのことで日本の海洋生物地球化学研究をリード してきた。2013年日本地球化学会賞受賞。現在は海洋CO2と 栄養塩の解析研究と海洋酸性化の生物影響評価実験研究を 行っている。国立環境研究所(兼務)では温室効果ガスインベ ントリ作成オフィスの運営を実施。