Arthaviniscaya-sutra
に つ い て
八
力
広
喜
Benares Hindu University のN. H. Samtani 博 士 に よ つ て1971年 に 校 訂 出 版 され た Arthaviniscaya-sutra (以 下A-su)1)は, Rahula Sarimkrtyayana 発 見 の 写 本 の 写 真 版2)を 底 本 と し て, そ れ ま で 出 版 さ れ た 刊 本3)及 び 漢 訳 二 本4), チ ベ ッ ト 款5)を 参 照 し て い る。 こ の 刊 本 は Samtani 博 士 がPh. D. 論 文 と し て デ リ ー 大 学 に提 出 し た 論 文 を 基 礎 に し て, テ キ ス トに 先 立 つ て 研 究 編 と も い うべ き 詳 細 な 序 文 を 含 ん で い る。 ま た テ キ ス トの 後 に 加 え られ た Nibandhana は 同 じ くRahula Samkrtyaya将 来 の 写 本6)で あ り, 今 回 は じ め て 刊 行 さ れ た もの で あ る。 従 つ て わ れ わ れ はA-su研 究 に つ い て 一 応 の 資 料 が 提 供 さ れ た こ と に な る。 本 稿 は 主 と し て こ の 刊 本 を 使 用 し Samtani 博 士 の 序 文 を 手 が か り と し て, A-su二 三 の 問 題 に つ い て 論 じた い。 ま ず 最 初 に 経 名 に つ い て 検 討 し た い。Samtani 博 士 は 経 の 題 名 をA-suと す る が, 正 確 に はA-dharmaparyaya あ る い はA-nama-dharmaparyaya で あ つ た ら し 勘。Rahula本 の コ ロ ホ ン に はA-dharmaparyayaと あ り, ネ パ ー ル 本N2, N3の
コ ロ ホ ン に は A-nama-dharmaparyaya, N1はArya-A-dharmaparyaya, Ferrari . 本 は ネ パ ー ル 本N2. N3に 同 じ, チ ベ ッ ト訳 も ネ パ ー ル 本N2. N3と 同 意 で あ
る7)。 漢 訳 は 法 賢 訳 が 決 定 義 経, 金 総 持 等 訳 は 法 乗 義 決 定 経 と な つ て い る。 し か し, 必 ず し も こ の 経 典 は dharma-paryaya を つ け て 呼 ば れ て い た と は 限 ら な い よ う で あ る。 こ の こ と は 引 用 さ れ て い る 経 名 を 見 る と 明 ら か で あ る。Mahavyutpatti の 一 切 経 名8)で は 単 にA, と の み あ げ られ, H(aribhadra)9)及 びY(asomitra)10)
・はArthavinisacayadi(sutra)と し て こ の 経 典 を あ げ て い る。 こ の こ と はA. と い え ば こ の 経 典 を 指 す も の と し て よ く 知 ら れ て い た こ と が 推 測 さ れ る。dharma-paryaya と い う語 が 原 始 仏 教 聖 典 中 に よ く見 い 出 され る こ と は 周 知 の と う りで あ
り, す で に 先 学 の 考 察 が あ る11)。 た だ し厳 密 に は sutta と(dhamma) pariyaya の 潤 係 に は 問 題 も あ る よ う な の で12), A-suが こ の よ う に 最 初 か ら sutra を つ け て 評 ば れ て い た か ど うか 問 題 が な い と は い え な い。 し か し 先 学 の 考 察 の よ う に,
(dharma) paryaya が, 単 に 教 法 と か 教 説 と か い う意 味 で な く, 師 が 弟 子 に教 え る
-1007-(78) Arthaviniscaya-sutra に つ い て(八 力) 教 科 書 的 な 意 味 を も つ て い た, 13)とす る な ら ば, こ の 経 典 も そ の よ う に 呼 ば れ る 形 態 で あ る と い つ て 差 し つ か え な い も の で あ る。 次 にA. と い う語 に つ い て 検 討 す る。 こ の 語 は 仏 教 用 語 と し て あ ま り経 典 中 に あ らわ れ な い よ うで あ る。 わ ず か に 般 若 波 羅 蜜 多 円 集 要 議 論14)に あ ら わ れ る こ の 語 を Samtani 博 士 が 指 示 し て い る が, こ の 場 合 は 特 別 に 重 要 な 用 語 で は な い。 Nibandhana は 序 章 に お い て, (1) dharmapravicaya法 の 思 択。(2)い ろ い ろ な 方 法 で 説 明 さ れ た 意 味 ・(artha)は 聞 い た 後 に は じ め て 明 白 に 確 定 す る, と い う二 つ を 出 す15)け れ ど も, こ こ で(1)の dharmapravicaya と い うの は Vasubandhu のA. K. Bhasya VI16)に い う 「作漏 の 作 意 と 相 応 す る の は 法 の 思 択 で あ る 」 と かA. K Karika I. 3「 法 の 思 択 を は な れ て 諸 の 煩 悩 を 滅 す る よ い 方 法 は な い 」17)とい う場 合 の dharmapravicaya と相 通 ず る も の で あ ろ う, (2)に い う artha に つ い て は Nibandhana は 「二 十 七 の artha は 余 分 で も な く, 経 の 本 体 で あ る 」18)とあ り, 章, 項 目 と い つ た 意 味 と思 わ れ る。 第 二 に 経 典 の 成 立 年 代 に つ い て 検 討 す る。 ま ず 写 本 の 年 代 は Samtani 博 士 に よ る と19)Rahula 本 が1199年 筆 写, N1, N2が1858年, N3は1915年, Ferrari 本 の う ち ネ パ ー ル 写 本 のAが14世 紀, (Bは 不 明)ま たNibandhanaの 作 者 は そ の コ ロ ホ ン に よ つ て ダ ル マ パ ー ラ 王 と 同 時 代 に ナ ー ラ ン ダ ー に 学 ん だ Viryasri datta と い う比 丘 で あ る と い わ れ る。 こ の 人 物 に つ い て は 不 明 で あ る が, ダ ル マ パ ー ラ の 統 治 年 代20)か ら推 定 し て, 8世 紀 中 葉 か ら9世 紀 中 葉 ま で の 人 と い う こ と に な る。 ま た 経 典 の チ ベ ッ ト訳 は Prajnavarman, Jinamitra, Yes-yes-sde と い う訳 者 た ち か らRal-pa-can統 治 の 時 代 に 相 当 す る。 こ の 王 の 年 代 は 諸 学 者 に よ り816年 か ら838年 ま で と な り21), 9世 紀 前 半 で あ る。 さ ら に 漢 訳 二 本 の う ち, 法 賢 訳 は 大 中 祥 符 法 宝 録 巻 十 に よ れ ば 威 平 元 年 十 一 月 の 訳 と あ る の で, 西 暦99& 年 に 相 当 す る22)。 ま た 金 総 持 は 補 続 高 僧 伝 第 十 一一に 徽 宗 大 観 中 の 人 と あ る の で, こ の 年 代 は1107年 か ら1110年 に相 当 す る。 さ ら に 他 の 論 書 へ の 引 用 の 状 況 に よ つ て そ の 年 代 を み る と き ま ず, Hの Abhisa-mayalamkaraloka の 引 用23)で は, 彼 の 年 代 は730年 か ら795年 ま で と い う こ と に な る24)。 ま た Mahavyutpatti は815年 か ら841年 チ ク デ ッ ェ ン王 の 時 代 に 完 成 し た と い う の が 通 説 で あ る25)。Yの Sphutartha に も引 用 さ れ て い る26)が, 実 は, 彼 の 年 代 は 確 実 で な い。Ferrari は8世 紀 と し て い る が, 必 ず し も根 拠 が 明 らか で な い27)ゆ 以 上 の 考 察 か ら, 年 代 的 に 早 い も の は, Hの 年 代 と い う こ と に な る。 し か し 実 はHの 年 代 の 根 拠 と な る も の は ダ ル マ パ ー ラ王 の 統 治 年 代 で あ る か ら, こ れ は
-1006-Arthaviniscaya-sutra をこつ い て(八 力)(79)
Nibandhana の 作 者 Viryasridatta の年 代 と同 じで あ る。 こ こで は一 応 こ れ を 下
限 と して 事 く。
さて, 上 限 は経 典 中 に大 乗 の十 八 不 共 法 が 説 か れ て い る28)ので, との 教 説 は水
野 弘元 博 士 に よれ ば西 暦 紀 元 前 後 以 前 に さか の ぼ りえ な い と い う29)ことな の で,
この 経典 もそ れ以 後 の成 立 とい うこ とに な る。従 つ て, この経 典 の 成 立 期 は 西暦
紀 元 前 後 か ら8世 紀 ま で とい う巾 に な るが, 8世 紀 に はす で に Nibandhana が成
立 して い た の で あ る か ら, 経 典 そ の もの は そ れ よ り下 限 を 引上 げ る こ とが で き る。
また Nibandhana
に は Vasubandhu, Yの
影 響 がみ られ るか ら30)それ 以 後 とい う
こ とに な る。
:第三 に経 の 内容 につ い て ふ れ て お き た い。 経 典 は二 十 七 章 に分 け られ て い る。
こ の こ とは Nibandhana
も語 つ て お り31), Rahula 本 は二 十 七 章 あつ た こ と が 知
ら れ る。章 を大 別 す る と纏 処 界, 二 十 二根, 三十 七 道 品, 四 諦 十 二 縁 起, 三 十 二
相 八 十種 好 な どで あ り, 有 部 にみ られ る よ うな体 系化 は み と め られ ない。 しか し,
Dharmasarhgraha
の よ うな大 乗 的 な特 質 を 示 す項 目 もない。 む し ろ一 々の項 目は
原 如仏 教 聖 典 の 中 に そ の典 拠 を求 め る こ とが で き る もの が殆 ん ど で あ る32)。経典
は 序 章 で項 目名 を列 挙 して い る が, この 二 十 七項 目は写 本, 訳 本 に よつ て 一致 し
な い。 今 は そ の一 々 の比 較 を省 略 す るが, 特 に法 賢訳 と他 の他 の異 本 諸 訳 との異
同が はな は だ しい。 説 かれ る順 序 で は Rahula 本 とチ ベ ツト訳, 金 総 持 訳 が 比較
的 一 致 す る。 これ らの こ とは 多数 の写 本 の 存 在 とあ わ せ て, こ の経 典 の成 立 と流
布 を暗 示 して い る。Yは, 「
経 を量 とす る経 量 部 が 論 を量 と しな い な ら, ど う し
て 経 律 論 の三 蔵 を建 立 す る か」 とい う問 に対 して, 「
経 にお い て もア ビ ダ ル マ は
教 え られ る」 と して決 定 義 経 の 中 の法 相 が ア ビダ ル マ で あ る と して い る33)。Yは
この 経 典 をア ビダ ル マ的 経 典 と してい た こ とが 知 ら れ る。 こ れ に対 し て, Hは
「わ れ わ れ の決 定 義 経 にお い て 」34)と
言 つ て る こ と か ら, 大乗 仏 教 徒 の 間 に お い
て もよ く知 られ て い た と思 われ る。
以 上 み て き た よ うに, この経 典 は法 の 思 択 とい うこ とを 中心 に し た仏 教 用 語 の
解 説 書 的 な内 容 を もち, 各項 目は原 始 仏 教 聖、
典中 に見 い 出 され る法 相 が殆 ん ど で
あ る。 経 典 の 成 立 は Nibandhana を含 め て遅 くと も8世 紀 ま で に成 立 し, 部 派 の
論 書, 大乗 論書 な どに 引用 され てい る と こ ろか らか な り広 く流 布 し てい た もの と
思 わ れ る。
1) The Arthaviniscaya-sutra
& its commentary (nibandhana)
by N. H. Samtani,
-1005-(80) Arthaviniscaya-sutra に つ い て (八 力)
K.P. Jayaswal Research Institute, Patna (Tibetan Sanskrit Works Series Vol. XIII)こ の テ キ ス ト に つ い て 中 村 元 博 士 は 国 訳 一 切 経 経 集 部 解 説 に お い て 紹 介 し て い る。 書 評 は Poona 大 学 パ ー リ語 講 師C. Kher 博 士 に よ つ てABORI (1971) に掲 載 さ れ て い る。 以 下 Samtani 本 と 呼 ぶ こ と に す る。2) Samtani 本 Introductionp. 9. 3)刊 本 に は 二 種 あ る。(1) Alfonsa Ferrari 校 訂 本(Ferrari 本) Attidella Reale Academie d'ltalia, Memorie, Classe di Scienze morali e storiche, Serie VII, Vol. IV, fase. 13, Roma 1944 (2) P. L. Vaidya Mahayana-sutra-sathgraha I, P. 309. Buddhist Sanskrit Texts No. 17. Dharbhanga, 1961. 4)法 賢 訳 「仏 説 決 乗 義 経 一 巻 」 大 正17, p. 650以 下。 金 総 持 等 訳 「仏 説 法 乗 義 決 定 経 三 巻 」 大 正17, p. 654以, 下。5) Prajavarman, Jinamitra, Yes-ses-sde 訳Don-rnam-parhes-pa shes-bya-bahichos-kyirnarb-grahs (決 定 義 法 門)北 京 版No. 983, Vo1. 39東 北 目 録No. 317L Don-rnam-pargdon-mi-za-bahibgrel-pa (義 決 択 註 Nibandhana の チ ベ ツ ト訳) 北 京 版No. 5852, VoL145, 東 北 目録No. 4365. 6) Samtani 本 Introductionp. 17. 7) N1, N2, N3, 等 の 記 号 は Samtani 本(p. 8)に よ る。8)榊 本(鈴 木 学 術 財 団) No. 1405. 9) Abhisamayalarhkaraloka, Wogihara 本P. 524. 10) Sphutartha. Wogihara 本P. 11. 11)前 田 恵 学r原 始 仏 教 聖 典 の 成 立 史 研 究 』P. 493以 下。 12)平 川 彰 「ア シ ョ ー カ 王 の 七 種 の 経 名 よ り見 た 原 始 経 典 の 成 立 史 」 印 仏 研, 17の2, P. 279. 13)前 田 前 掲 書P. 539. 14) Prajnapararnitapipdartha, G. Tucci, Minor Sanskrit Textsonthe Prajnaparamita I, J. R. A. S. PP. 53-75, 1947漢 訳, 大 正25. No. 1518. 15)Samtani 本 Nibandhana pp. 71-72. い ず れ も要 旨。16)Pradhatw 本VI. 26, 27. 17)同 本p. 2. 18)Samtani本Nibandhanap. 84. 19) Samtanil 本 Introduction pp. 9-15. 20) Dharmapala 王 の 統 治 年 代 に つ い て は 諸 説 が あ る。 (Samtani 本 Introduction p. 133) し か し, こ こ で はA. D. 770-810と い う 説 (佐 々 木 他 『仏 教 史 概 説 』 イ ン ド篇p. 110平 楽 寺 書 店, 山 本 達 郎 篇 『イ ン ド 史 』 年 表, 山 川 出 版) に 従 つ て お く。21) C. Bendall Siksasamuccaya, Introductionp. V. Dr. V. V. Gokhale, 2500 years of Buddhism 所 収 の 論 文p. 77. 22) Samtani 博 士 は 漢 訳 年 代 を 南 条 目 録 に も と め て い る (Introduction pp. 31-32) が こ こ で は 法 宝 録 に よ つ
て 訂 正 し て お く。23) 註9)参 照。24) 真 野 竜 海r現 観 荘 厳 論 の 研 究 』 山 喜 房
仏 書 林, 昭47. p. 17. 25) G. Tucci, Tombs of the Tibetan Kings, 1950. 26) 註 10)参 照。27) Ferrari 本p. 547. 28) Samtani 本 Text p. 52, Nibandhanap. 279. 29) 宮 本 正 尊 編r大 乗 仏 教 の 成 立 史 的 研 究 』 三 省 堂, p. 302, n. 34. 30) 例1
え ば 第5章 に あ た る 「十 二 縁 起 」 に つ い て み る と, こ の こ と は 明 白 で あ る。 こ の 考 察 に つ い て は 別 の 機 会 に 発 表 す る 予 定 で あ る。31) Samtani 本Nibandhana p. 84. 32) 三 十 二 相, 八 十 種 類 な ど 仏 伝 系 統 の 教 理 も あ り今 後 の 比 較 対 照 が 必 要 で あ る。 33) Sphutartha. Wogihara 本p. 11の 趣 意。34) Abhisamayalarhkaraloka, Wogihara 本 p. 524。