道
元
の
坐
禅
と
瞑
想
(石
井
)
寛
喜
三
年
(
一
二
三
一
)
八
月
十
五
日
﹃弁
道
話
﹄
深
草
閑
居
時
三
二
歳
天
福
元
年
(
一
二
三
三
)
七
月
十
五
日
﹃普
勧
坐
禅
儀
﹄
浄
書
興
聖
寺
三
四
歳
嘉
禎
元
年
(
一
二
三
五
)
冬
至
真
字
﹃正
法
眼
蔵
﹄
興
聖
寺
三
六
歳
文
暦
元
年
(
一
二
一二
四
)
∼
嘉
禎
四
年
(
一
二
一二
八
)
﹃正
法
眼
蔵
随
聞
記
﹄
興
聖
寺
三
七
歳
頃
仁
治
二
年
(
一
二
四
一
)
九
月
九
日
﹃古
鏡
﹄
興
聖
寺
四
二
歳
仁
治
三
年
(
一
二
四
二
)
三
月
十
八
日
(文
中
の
語
)
﹃坐
禅
箴
﹄
興
聖
寺
四
三
歳
仁
治
三
年
(
一
二
四
二
)
四
月
五
日
﹃行
持
﹄
興
聖
寺
四
三
歳
寛
元
元
年
(
一
二
四
三
)
九
月
十
六
日
﹃仏
道
﹄
吉
峰
寺
四
四
歳
寛
元
元
年
(
一
二
四
三
)
十
一
月
﹃坐
禅
儀
﹄
吉
峰
寺
四
四
歳
こ
の
頃
流
布
本
﹃普
勧
坐
禅
儀
﹄
成
立
寛
元
二
年
(
一
二
四
四
)
二
月
二
十
四
日
﹃
三
十
七
品
菩
提
分
法
﹄
吉
峰
寺
四
五
歳
こ
れ
ら
の
道
元
の
撰
述
過
程
か
ら
み
る
と
、
既
に
道
元
の
坐
禅
の
表
詮
に
は
最
初
期
か
ら
方
向
性
は
確
立
し
て
い
る
と
思
わ
れ
る
。
ま
ず
、
﹃
弁
道
話
﹄
に
は
、
坐
禅
に
つ
い
て
の
重
要
な
主
張
が
多
く
語
ら
れ
て
い
る
が
、
次
の
二
箇
所
を
確
認
し
て
お
こ
う
。
(
一
)
宗
門
の
正
伝
に
い
は
く
、
こ
の
単
伝
正
直
の
仏
法
は
、
最
上
の
な
か
に
最
上
な
り
。
参
見
知
識
の
は
じ
め
よ
り
、
さ
ら
に
焼
香
・
礼
拝
・
念
仏
・
修
懺
・
看
経
を
も
ち
ゐ
ず
、
た
ゞ
し
打
坐
し
て
身
心
脱
落
す
る
こ
と
を
え
よ
。
二
も
し
人
、
一
時
な
り
と
い
ふ
と
も
、
三
業
に
仏
印
を
標
し
、
三
昧
に
端
坐
す
る
と
き
、
遍
法
界
み
な
仏
印
と
な
り
、
尽
虚
空
こ
と
ご
と
く
さ
と
り
と
な
る
。
ゆ
ゑ
に
、
諸
仏
如
来
を
し
て
は
本
地
の
法
楽
を
ま
し
、
覚
道
の
荘
厳
を
あ
ら
た
に
す
。
お
よ
び
十
方
法
界
、
三
途
六
道
の
群
類
、
み
な
と
も
に
一
時
に
身
心
明
浄
に
し
て
、
大
解
脱
地
を
証
し
、
本
来
面
目
現
ず
る
と
き
、
諸
法
み
な
正
覚
を
証
会
し
、
万
物
と
も
に
仏
身
を
使
用
し
て
、
す
み
や
か
に
証
会
の
辺
際
を
一
超
し
て
、
覚
樹
王
に
端
坐
し
、
一
時
に
無
等
々
の
大
法
輪
を
転
じ
、
究
竟
無
為
の
深
般
若
を
開
演
す
。
(岩
波
文
庫
本
一︱
一
五
∼
六
頁
)
(二
)
と
う
て
い
は
く
、
こ
の
坐
禅
の
行
は
、
い
ま
だ
仏
法
を
証
会
せ
ざ
ら
ん
も
の
は
、
坐
禅
弁
道
し
て
そ
の
証
を
と
る
べ
し
。
す
で
に
仏
正
法
を
あ
き
ら
め
え
ん
人
は
、
坐
禅
な
に
の
ま
つ
と
こ
ろ
か
あ
ら
む
。
し
め
し
て
い
は
く
、癡
人
の
ま
へ
に
ゆ
め
を
と
か
ず
、
山
子
の
手
に
は
舟棹
を
あ
た
へ
が
た
し
と
い
へ
ど
も
、
さ
ら
に
訓
を
た
る
べ
し
。
そ
れ
、
修
証
は
ひ
と
つ
に
あ
ら
ず
と
お
も
へ
る
、
す
な
は
ち
外
道
の
見
な
り
。
仏
法
に
は
、
修
証
こ
れ
一
等
な
り
。(B)
い
ま
も
証
上
の
修
な
る
ゆ
ゑ
に
、
初
心
の
弁
道
す
な
は
ち
本
証
の
全
体
な
り
。
か
る
が
ゆ
ゑ
に
、
修
行
の
用
心
を
さ
つ
く
る
に
も
、
修
の
ほ
か
に
証
を
ま
つ
お
も
ひ
な
か
れ
と
を
し
ふ
、
直
指
の
本
証
な
る
が
ゆ
ゑ
な
る
べ
し
。
す
で
に
修
の
証
な
れ
ぼ
、
証
に
き
は
な
く
、
証
の
修
な
れ
ぼ
、
修
に
は
じ
め
な
し
。
こ
こ
を
も
て
、
釈
迦
如
来
・迦
葉
尊
者
、
と
も
に
証
上
の
修
に
受
用
せ
ら
れ
、
達
磨
大
師
・
大
鑑
高
祖
、
お
な
じ
く
証
上
の
修
に
引
転
せ
ら
る
。
仏
法
住
持
の
あ
と
、
み
な
か
く
の
ご
と
し
。
す
で
に
証
を
は
な
れ
ぬ
修
あ
り
、
わ
れ
ら
さ
い
は
ひ
に
一
分
の
妙
修
を
単
伝
せ
る
、
初
心
の
弁
道
す
な
は
ち
一
分
の
本
証
を
無
為
の
地
に
う
る
な
り
。
し
る
べ
し
、
修
を
は
な
れ
ぬ
証
を
染
汚
せ
ざ
ら
し
め
ん
が
た
め
に
、
仏
祖
し
き
り
に
修
行
の
ゆ
る
く
す
べ
か
ら
ざ
る
と
を
し
ふ
。
妙
修
を
放
下
す
れ
ぼ
本
証
手
の
中
に
み
て
り
、
本
証
を
出
身
す
れ
ば
妙
修
通
身
に
お
こ
な
は
る
。(E)
又
、
ま
の
あ
た
り
大
宋
国
に
し
て
み
し
か
ば
、
諸
方
の
禅
院
み
な
坐
禅
堂
を
か
ま
へ
て
、
五
百
六
百
お
よ
び
一
二
千
僧
を
安
じ
て
、
日
夜
に
坐
禅
を
す
ゝ
め
き
。
そ
の
席
主
と
せ
る
伝
仏
心
印
の
宗
師
に
、
仏
法
の
大
意
を
と
ぶ
ら
ひ
し
か
ぼ
、
修
証
の
両
段
に
あ
ら
ぬ
む
ね
を
き
こ
え
き
。
こ
の
ゆ
ゑ
に
、
門
下
の
参
学
の
み
に
あ
ら
ず
、
求
法
の
高
流
、
仏
法
の
な
か
に
真
実
を
ね
が
は
む
人
、
初
心
後
心
を
え
ら
ば
ず
、
凡
人
聖
人
を
論
ぜ
ず
、
仏
祖
の
を
し
へ
に
よ
り
、
宗
匠
の
道
を
お
う
て
、
坐
禅
弁
道
す
べ
し
と
す
ゝ
む
。(F)
き
か
ず
や
祖
師
の
い
は
く
、
﹁修
証
は
す
な
は
ち
な
き
に
あ
ら
ず
、
染
汚
す
る
こ
と
は
え
じ
﹂
。
又
い
は
く
、
﹁道
を
み
る
も
の
、
道
を
修
す
﹂
と
。
し
る
べ
し
、
得
道
の
な
か
に
修
行
す
べ
し
と
い
ふ
こ
と
を
。
(同︱
二
八
∼
三
○
頁
)
こ
こ
に
は
、
道
元
の
勧
め
る
坐
禅
が
無
所
得
・
無
所
悟
の
﹁ロ
バ
管
打
坐
﹂
で
あ
り
、
﹁
本
証
妙
修
﹂
で
あ
る
こ
と
が
言
わ
れ
て
い
る
。
な
ら
ぼ
、
最
早
、
道
元
の
坐
禅
の
主
張
に
お
い
て
は
何
ら
問
題
は
残
ら
ぬ
ぼ
か
り
か
、
そ
れ
以
降
の
主
張
に
付
加
す
べ
き
も
の
は
一
つ
も
な
い
こ
と
に
な
ろ
う
。
い
わ
ぼ
、
そ
の
後
の
道
元
の
説
示
は
同
語
反
復
に
過
ぎ
な
い
こ
と
に
な
ろ
う
。
こ
こ
に
、
鏡
島
元
隆
氏
は
﹁本
証
妙
修
覚
え
書
﹂
で
、
重
大
な
問
題
を
提
起
さ
れ
た
。
私
は
道
元
禅
師
が
﹃弁
道
話
﹄
で
用
い
ら
れ
て
い
る
﹁修
証
一
等
﹂
と
い
う
言
葉
と
、
﹁証
上
の
修
﹂、
す
な
わ
ち
﹁本
証
妙
修
﹂
と
い
う
言
葉
と
の
間
に
、
あ
る
距
り
を
お
い
て
理
解
し
て
い
る
。
す
な
わ
ち
、
﹁修
証
一
等
﹂
と
い
う
言
葉
よ
り
も
、
﹁本
証
妙
修
﹂
と
い
う
言
葉
の
方
が
、
道
元
禅
師
の
修
証
観
を
示
す
に
よ
り
適
切
で
あ
る
と
考
え
て
い
る
。
ど
う
し
て
、
﹁修
証
一
等
﹂
と
、
﹁本
証
道
元
の
坐
禅
と
瞑
想
(石
井
)
妙
修
﹂
を
区
別
す
る
か
と
い
う
と
、
そ
の
理
由
は
つ
ぎ
の
よ
う
で
あ
る
。
多
く
の
人
に
よ
っ
て
、
道
元
禅
師
の
﹁本
証
妙
修
﹂
は
、
禅
師
の
教
え
で
あ
る
﹁修
証
一
等
﹂
と
同
義
語
と
し
て
解
さ
れ
て
い
る
。
こ
こ
か
ら
し
て
、
﹁本
証
妙
修
﹂
の
起
原
が
中
国
禅
宗
の
﹁南
嶽
不
染
汚
の
話
﹂
に
求
め
ら
れ
る
の
で
あ
る
。
衛
藤
即
応
先
生
も
(﹃
宗
祖
と
し
て
の
道
元
禅
師
﹄
三
一
○
頁
)
、
榑
林
皓
堂
先
生
も
(﹃
道
元
禅
の
研
究
﹄
一
四
二
頁
)
、
そ
の
よ
う
に
解
さ
れ
て
い
る
の
で
あ
る
が
、
﹁南
嶽
不
染
汚
の
話
﹂
は
﹁修
証
一
等
﹂
の
淵
由
と
は
な
っ
て
も
、
﹁本
証
妙
修
﹂
の
理
由
と
は
な
ら
な
い
と
私
は
考
え
る
。
と
い
う
の
は
、
﹁南
嶽
不
染
汚
の
話
﹂
は
、
修
は
証
を
期
し
て
は
な
ら
な
い
、
証
は
修
に
め
ざ
さ
れ
て
は
な
ら
な
い
、
証
を
目
的
と
し
た
修
は
染
汚
で
あ
る
と
し
て
、
不
染
汚
の
修
証
が
説
か
れ
る
の
で
あ
る
が
、
そ
れ
は
﹁修
証
一
等
﹂
の
淵
由
と
し
て
は
ま
さ
し
く
そ
の
通
り
で
あ
る
。
し
か
し
、
﹁修
証
一
等
﹂
と
い
う
こ
と
は
、
始
覚
門
の
修
行
と
い
わ
れ
る
臨
済
禅
で
も
説
か
れ
る
こ
と
で
あ
り
、
そ
の
こ
と
は
衛
藤
先
生
も
認
め
て
い
る
こ
と
で
あ
る
(﹃
正
法
眼
蔵
序
説
﹄
二
一
三
頁
)。
で
あ
れ
ぼ
、
道
元
禅
師
の
修
証
観
の
特
質
を
示
す
に
は
修
証
一
等
で
は
足
り
な
い
の
で
あ
っ
て
、
禅
師
の
修
証
観
は
﹁修
証
一
等
﹂
を
も
超
え
た
も
の
で
な
け
れ
ぼ
な
ら
な
い
。
同
じ
こ
と
は
、
如
浄
禅
師
の
修
証
観
と
の
関
係
か
ら
し
て
も
言
え
る
。
﹃宝
慶
記
﹄
に
よ
っ
て
明
ら
か
で
あ
る
よ
う
に
、
如
浄
禅
師
の
修
証
観
は
﹁修
証
一
等
﹂
に
立
っ
て
い
る
。
も
し
、
如
浄
禅
師
の
修
証
観
が
即
道
元
禅
師
の
修
証
観
で
あ
れ
ば
、
﹁修
証
一
等
﹂
を
も
っ
て
道
元
禅
師
の
修
証
観
の
特
質
と
な
し
得
よ
う
が
、
私
は
道
元
禅
師
の
修
証
観
は
如
浄
禅
師
と
根
底
に
お
い
て
一
つ
で
あ
っ
て
も
、
さ
ら
に
こ
れ
を
超
え
た
も
の
が
あ
る
と
考
え
る
(拙
著
﹃天
童
如
浄
禅
師
の
研
究
﹄
参
照
)
。
そ
れ
故
に
、
こ
の
道
元
禅
師
の
修
証
観
の
特
質
を
示
す
に
は
、
﹁修
証
一
等
﹂
と
い
う
よ
り
は
、
﹁本
証
妙
修
﹂
と
い
う
言
葉
の
方
が
も
っ
と
適
三
道
元
の
坐
禅
と
瞑
想
(石
井
)
切
で
あ
る
。
(﹃
道
元
禅
師
と
そ
の
宗
風
﹄
九
五
∼
六
頁
。
春
秋
社
)
こ
こ
に
鏡
島
宗
学
が
到
達
し
た
道
元
禅
と
中
国
禅
と
天
台
本
覚
法
門
の
関
係
を
位
置
づ
け
た
﹁日
本
的
展
開
﹂
論
が
帰
結
す
る
の
で
あ
る
。
日
本
的
展
開
と
は
、
日
本
天
台
の
本
覚
法
門
的
思
惟
の
延
長
線
上
に
措
定
さ
れ
る
の
で
は
な
く
て
、
日
本
天
台
の
本
覚
門
的
思
想
を
否
定
媒
介
と
し
て
、
如
浄
の
思
想
が
さ
ら
に
深
め
ら
れ
、
純
化
さ
れ
た
意
味
で
あ
る
。
(﹃
天
童
如
浄
禅
師
の
研
究
﹄
;一三一
頁
。
春
秋
社
)
筆
者
の
道
元
研
究
は
全
面
的
に
鏡
島
元
隆
氏
に
負
う
が
故
に
、
こ
れ
ら
の
主
張
を
ど
の
よ
う
に
確
認
し
て
い
く
か
が
課
せ
ら
れ
て
い
る
問
題
だ
と
受
け
取
っ
て
い
る
。
こ
こ
に
鏡
島
氏
が
﹃
弁
道
話
﹄
の
﹁修
証
一
等
﹂
の
(A
)
(
E
)
と
﹁本
証
妙
修
﹂
の
(
B
)
(
C
)
(
D
)
の
相
違
を
問
題
に
し
た
の
は
、
最
も
新
し
い
道
元
研
究
の
視
点
と
言
え
る
で
あ
ろ
う
。
し
か
も
、
鏡
島
氏
も
認
め
る
よ
う
に
、
﹁本
証
妙
修
﹂
説
の
根
拠
は
、
従
来
、
(
F
)
と
言
わ
れ
、
し
か
も
、
思
想
史
上
の
位
置
づ
け
は
別
と
し
て
、
そ
れ
意
外
に
は
考
え
ら
れ
な
い
の
で
あ
る
。
こ
の
点
を
補
足
し
て
お
こ
う
。
こ
の
﹁南
嶽
不
染
汚
の
話
﹂
は
延
応
元
年
(
一
二三
九
)
一
○
月
二三
日
に
示
衆
さ
れ
た
﹃
洗
浄
﹄
の
冒
頭
に
も
取
り
上
げ
ら
る
。
仏
祖
の
護
持
し
き
た
れ
る
修
証
あ
り
、
い
は
ゆ
る
不
染
汚
な
り
。
南
嶽
山
観
音
院
大
慧
禅
師
、
因
六
祖
問
、
﹁還
仮
修
証
不
﹂
。
大
慧
云
、
﹁修
証
不
無
、
染
汚
即
不
得
﹂。
六
祖
云
、
﹁只
是
不
染
汚
、
諸
仏
之
所
護
念
。
汝
亦
如
是
、吾
亦
如
是
、
乃
至
西
天
祖
師
亦
如
是
﹂
云
々
。
(岩
波
文
庫
本
三
-一
八
五
∼
六
頁
。
﹃遍
参
﹄
四
も
参
照
さ
れ
た
い
)
道
元
の
出
典
は
﹃
天
聖
広
燈
録
﹄
巻
八
﹁南
嶽
懐
議
章
﹂
に
よ
る
も
の
で
あ
る
。
乃
直
詣
曹
渓
礼
六
祖
。
祖
問
、
什
麼
処
来
。
師
云
、
嵩
山
安
禅
師
処
来
。
祖
云
、
什
麼
物
与
麼
来
。
師
無
語
。
経
干
八
載
、
忽
然
有
省
。
乃
白
祖
云
、
某
甲
有
箇
会
処
。
祖
云
、
作
麼
生
。
師
云
、
説
似
一
物
即
不
中
。
祖
云
、
還
仮
修
証
也
無
。
師
云
、
修
証
即
不
無
、
不
敢
汚
染
。
祖
云
、
祇
此
不
汚
染
、
是
諸
仏
之
護
念
。
吾
亦
如
是
、
汝
亦
如
是
。
西
天
二
十
七
祖
般
若
多
羅
讖
汝
日
、
震
旦
雖
闊
無
別
路
、
要
仮
児
孫
脚
上
行
。
金
難
解
街
一
粒
米
、
供
養
什却
羅
漢
僧
。
(中
略
)
師
侍
奉
一
十
五
載
(中
文
出
版
社
宋
版︱
四
○
四
頁
)
引
用
に
当
た
っ
て
、
﹁汚
染
﹂
を
﹁染
汚
﹂
に
入
れ
替
え
た
外
に
道
元
の
創
意
は
な
く
、
﹁乃
至
西
天
祖
師
亦
如
是
﹂
の
付
加
が
あ
っ
て
も
単
な
る
強
調
と
み
て
差
し
支
え
な
い
で
あ
ろ
う
。
こ
の
話
は
﹁
不
染
汚
﹂
の
語
に
注
目
す
れ
ば
、
﹃
正
法
眼
蔵
随
聞
記
﹄
巻
六
の
次
の
説
に
道
元
の
主
眼
が
あ
る
と
理
解
可
能
で
あ
る
。
是
レ
ま
で
は
い
ま
だ
百
尺
の
竿
頭
を
は
な
れ
ず
、
と
り
つ
き
た
る
ご
と
し
。
た
だ
身
心
を
仏
法
に
な
げ
す
て
て
、
更
に
悟
道
得
法
ま
で
も
の
ぞ
む
事
な
く
修
行
し
ゆ
く
、
是
レ
を
不
染
汚
の
行
人
と
云
フ
な
り
。
(趙
州
ノ
)
﹁有
仏
の
処
に
も
と
ど
ま
ら
ず
、
無
仏
の
処
を
も
す
み
や
か
に
は
し
り
す
ぐ
﹂
と
云
フ
、
こ
の
心
な
る
べ
し
。
(ち
く
ま
学
芸
文
庫
三
九
四
頁
)
こ
の
よ
う
に
、
筆
者
も
﹁
南
嶽
不
染
汚
の
話
﹂
は
鏡
島
説
に
同
意
す
る
も
の
で
、
中
国
禅
よ
り
導
か
れ
る
﹁修
証
一
等
﹂
説
と
解
し
て
よ
い
と
思
わ
れ
る
。
道
元
の
主
張
が
そ
の
後
に
創
意
工
夫
を
伴
う
と
す
れ
ば
、
(
C
)
の
﹁釈
迦
如
来
・
迦
葉
尊
者
、
と
も
に
証
上
の
修
に
受
用
せ
ら
れ
、
達
磨
大
師
・
大
鑑
高
祖
、
お
な
じ
く
証
上
の
修
に
引
転
せ
ら
る
。
仏
法
住
持
の
あ
と
、
み
な
か
く
の
ご
と
し
﹂
の
問
題
で
あ
ろ
う
。
こ
の
道
元
独
自
の
説
を
表
詮
し
は
じ
め
た
の
が
、
﹃
正
法
眼
藏
﹄
の
撰
述
で
あ
っ
た
と
言
い
換
え
て
も
よ
い
と
筆
者
は
思
っ
て
い
る
。
一
般
の
禅
者
の
行
状
と
は
、
﹁
未
悟
者
﹂
が
あ
る
機
縁
を
得
て
﹁悟
者
﹂
と
な
る
も
の
で
あ
る
。
釈
尊
伝
も
ま
た
例
外
で
は
あ
り
え
な
い
。
次
の
よ
う
な
宋
代
の
看
話
禅
の
大
成
者
の
大
慧
宗
杲
(
一
○
八
九︱一一
六
三
)
が
黙
照
禅
者
を
批
判
す
る
四
巻
本
﹃
大
慧
普
説
﹄
巻
四
の
説
が
一
般
の
説
な
の
で
あ
る
。
又
日
、
始
覚
合
本
覚
之
謂
仏
。
言
以
如
今
始
覚
合
於
本
覚
。
往
往
黙
照
之
徒
、
以
無
言
黙
然
為
始
覚
、
以
威
音
王
那
畔
為
本
覚
。
固
非
此
理
。
既
非
此
理
、
何
者
是
覚
。
若
全
是
覚
、
豈
更
有
迷
。
若
謂
無
迷
、
争
奈
釈
迦
老
子
於
明
星
現
時
忽
然
便
覚
、
知
得
自
家
本
命
元
辰
元
来
在
這
裏
。
所
以
言
、
因
始
覚
而
合
本
覚
。
禅
和
子
家
、
忽
然
摸
著
鼻
孔
、
便
是
這
箇
道
理
。
然
此
事
人
人
分
上
無
不
具
足
。
(東
洋
文
庫
本︱
三
丁
左
。
石
井
修
道
﹃宋
代
禅
宗
史
の
研
究
﹄
三
四
三
∼
五
頁
参
照
、
大
東
出
版
社
、
一
九
八
七
年
一
○
月
)
こ
れ
を
一
般
説
と
す
れ
ぼ
、
道
元
の
﹃
正
法
眼
蔵
﹄
は
特
異
な
説
で
あ
り
、
そ
れ
故
に
﹃
正
法
眼
蔵
﹄
は
書
き
始
め
ら
れ
ね
ぼ
な
ら
な
か
っ
た
。
﹁
坐
禅
﹂
の
説
に
お
い
て
も
、
﹃
弁
道
話
﹄
を
深
め
た
説
は
何
で
あ
っ
た
か
。
そ
れ
を
筆
者
は
、
ま
ず
﹁南
嶽
磨
博
作
鏡
の
話
﹂
で
あ
っ
た
と
見
た
い
。
﹃
弁
道
話
﹄
に
後
れ
る
こ
と
四
年
程
し
て
真
字
﹃
正
法
道
元
の
坐
禅
と
瞑
想
(
石
井
)
眼
蔵
﹄
第
八
則
に
次
の
よ
う
な
﹃
正
法
眼
蔵
﹄
の
撰
述
の
準
備
が
始
ま
っ
て
い
た
。
洪
州
江
西
馬
祖
大
寂
禅
師
︿
嗣
南
嶽
、
諱
道
一
﹀
、
参
侍
南
嶽
、
密
受
心
印
、
蓋
抜
同
参
。
住
伝
法
院
、
常
日
坐
禅
。
南
嶽
知
是
法
器
、
往
師
所
問
日
、
大
徳
坐
禅
図
箇
什
麼
。
師
日
、
図
作
仏
。
南
嶽
乃
取
一
博
、
於
師
庵
前
石
上
磨
。
師
遂
問
、
師
作
什
麼
。
南
嶽
日
、
磨
作
鏡
。
師
日
、
磨
博
豈
得
成
鏡
耶
。
南
嶽
日
、
坐
禅
豊
得
作
仏
耶
。
師
日
、
如
何
即
是
。
南
嶽
日
、
如
人
駕
車
、
車
若
不
行
、
打
車
即
是
、
打
牛
即
是
。
師
無
対
。
南
嶽
又
示
日
、
汝
為
学
坐
禅
、
為
学
坐
仏
。
若
学
坐
禅
、
禅
非
坐
臥
。
若
学
坐
仏
、
仏
非
定
相
。
於
無
住
法
、
不
応
取
捨
。
汝
若
坐
仏
、
即
是
殺
仏
。
若
執
坐
相
、
非
達
其
理
。
師
聞
示誨
、
如
飲
醍
醐
。
(春
秋
社
本︱
一
二
八
∼
三
○
頁
)
磨
博
作
鏡
の
話
は
も
ち
ろ
ん
中
国
に
あ
っ
た
が
、
道
元
の
テ
キ
ス
ト
は
中
国
に
存
在
し
な
い
。
そ
れ
は
﹃
景
徳
伝
燈
録
﹄
巻
六
﹁馬
祖
道
一
章
﹂
と
巻
五
﹁南
嶽
懐
譲
章
﹂
の
合糅
と
い
う
新
た
な
話
で
あ
っ
た
か
ら
で
あ
る
。
(
一
)
唐
開
元
中
、
習
禅
定
於
衡
嶽
伝
法
院
、
遇譲
和
尚
。
同
参
九
人
、
唯
師
密
受
心
印
。
(禅
文
化
本︱
八
八
頁
)
(二
)
開
元
中
有
沙
門
道
一
︿即
馬
祖
大
師
也
﹀。
住
伝
法
院
、
常
日
坐
禅
。
師
知
是
法
器
、
往
問
日
、
大
徳
坐
禅
図
什
麼
。
一
日
、
図
作
仏
。
師
乃
取
一
博
於
彼
庵
前
石
上
磨
。
一
日
、
磨
博
作
麼
。
師
日
、
磨
作
鏡
。
一
日
、
磨
博
豈
得
成
鏡
耶
。
師
日
、
磨
博
既
不
成
鏡
、
坐
禅
豈
得
成
佛
耶
。
一
日
、
如
何
即
是
。
師
日
、
如
牛
駕
車
、
車
不
行
、
打
車
即
是
、
打
牛
即
是
。
一
無
対
。
師
又
日
、
汝
五
道
元
の
坐
禅
と
瞑
想
(石
井
)
為
学
坐
禅
、
為
学
坐
仏
。
若
学
坐
禅
、
禅
非
坐
臥
。
若
学
坐
仏
、
仏
非
定
相
。
於
無
住
法
、
不
応
取
捨
。
汝
若
坐
仏
、
即
是
殺
仏
。
若
執
坐
相
、
非
達
其
理
。
一
聞
示
誨
、
如
飲
醍
醐
。
(同︱
七
六
∼
七
頁
)
道
元
の
テ
キ
ス
ト
が
中
国
で
は
絶
対
に
存
在
し
な
い
と
い
う
こ
と
は
、
何
度
強
調
し
て
も
し
過
ぎ
る
こ
と
は
な
い
し
、
道
元
禅
は
中
国
禅
か
ら
で
は
生
ま
れ
て
こ
な
い
も
の
な
の
で
あ
る
。
中
国
の
テ
キ
ス
ト
で
は
、
馬
祖
の
坐
禅
が
﹁習
禅
定
﹂
で
あ
り
、
﹁道
一
聞
示誨
、
如飮
醍
醐
﹂
を
経
て
、
﹁密
受
心
印
﹂
す
る
と
伝
え
る
が
、
そ
の
説
こ
そ
道
元
の
最
も
嫌
悪
し
た
も
の
で
あ
っ
た
。
そ
れ
故
に
道
元
の
﹁南
嶽
磨
博
作
鏡
の
話
﹂
の
馬
祖
の
坐
禅
は
﹁密
受
心
印
﹂
後
の
坐
禅
で
な
け
れ
ぼ
な
ら
な
か
っ
た
。
こ
の
こ
と
に
つ
い
て
、
道
元
の
主
張
を
知
る
こ
と
が
で
き
る
貴
重
な
発
言
が
、
﹃
正
法
眼
蔵
随
聞
記
﹄
巻
三
に
存
在
す
る
。
南
岳
の磚
を
磨
し
て
鏡
を
求
め
し
も
、
馬
祖
の
作
仏
を
求
め
し
を
戒
め
た
り
。
坐
禅
を
制
す
る
に
は
あ
ら
ざ
る
な
り
。
坐
ハ
す
な
は
ち
仏
行
な
り
。
坐
ハ
即
チ
不
為
な
り
。
是
レ
即
チ
自
己
の
正
体
な
り
。
こ
ノ
外
別
に
仏
法
の
求
ム
べ
き
無
き
な
り
。
(
ち
く
ま
学
芸
文
庫
二
一
六
頁
。
こ
の
説
示
は
嘉
禎
二
年
の
こ
と
と
思
わ
れ
る
)
こ
の
一
文
が
あ
る
こ
と
に
よ
っ
て
、
禅
師
の
解
釈
の
独
自
性
を
読
み
と
る
方
向
が
定
ま
っ
て
く
る
。
真
字
﹃
正
法
眼
蔵
﹄
の
話
に
戻
る
と
、
﹁洪
州
江
西
の
馬
祖
大
寂
禅
師
は
、
南
嶽
に
参
侍
し
、
心
印
を
密
受
し
、
同
参
に
蓋
抜
す
。
伝
法
院
六
に
住
し
て
、
常
日
坐
禅
す
。
﹂
と
始
ま
っ
て
、
﹁磨
博
作
鏡
﹂
の
話
よ
り
先
に
既
に
﹁密
受
心
印
﹂
が
前
提
と
さ
れ
て
い
る
こ
と
に
気
づ
か
さ
れ
る
。
道
元
は
明
ら
か
に
﹁習
禅
定
﹂
後
に
﹁密
受
心
印
﹂
し
た
と
は
絶
対
に
言
わ
ず
、
﹁密
受
心
印
﹂
後
で
あ
る
か
ら
﹁坐
ハ
す
な
は
ち
仏
行
な
り
。
坐
ハ
即
チ
不
為
な
り
﹂
と
解
釈
す
る
の
で
あ
る
。
つ
ま
り
、
﹁密
受
心
印
﹂
は
結果
で
は
な
く
、
結
果
先
取
り
の
後
の
﹁南
嶽
磨
博
作
鏡
の
話
﹂
と
し
た
の
で
あ
る
。
道
元
の
主
張
を
貫
く
為
に
は
、
そ
れ
意
外
に
は
な
か
っ
た
の
で
あ
る
。
そ
の
こ
と
は
、
こ
の
話
を
取
り
上
げ
る
﹃
正
法
眼
蔵
﹄
の
巻
々
に
お
い
て
一
貫
し
て
い
る
こ
と
が
な
に
よ
り
の
証
拠
と
な
ろ
う
。
①
﹃古
鏡
﹄
江
西
馬
祖
、
む
か
し
南
嶽
に
参
学
せ
し
に
、
南
嶽
か
つ
て
心
印
を
馬
祖
に
密
受
せ
し
む
。
磨
博
の
は
じ
め
の
は
じ
め
な
り
。
馬
祖
、
伝
法
院
に
住
し
て
よ
の
つ
ね
に
坐
禅
す
る
こ
と
、
わ
つ
か
に
十
余
歳
な
り
。
(同
ニ︱
四
一
頁
)
②
﹃
坐
禅
箴
﹄
江
西
大
寂
禅
師
、
ち
な
み
に
南
嶽
大
慧
禅
師
に
参
学
す
る
に
、
密
受
心
印
よ
り
こ
の
か
た
、
つ
ね
に
坐
禅
す
。
(同
一︱
二
二
九
∼
三
○
頁
)
③
﹃行
持
﹄
江
西
馬
祖
の
坐
禅
す
る
こ
と
は
二
十
年
な
り
。
こ
れ
南
嶽
の
密
印
を
稟
受
す
る
な
り
。
伝
法
済
人
の
と
き
、
坐
禅
を
さ
し
お
く
と
道
取
せ
ず
。
参
学
の
は
じ
め
て
い
た
る
に
は
、
か
な
ら
ず
心
印
を
密
受
せ
し
む
。
(同︱
三
○
九
頁
)
こ
の
一
貫
性
は
驚
く
べ
き
こ
と
で
あ
る
。
道
元
の
テ
キ
ス
ト
で
な
け
486
道
元
の
坐
禅
と
瞑
想
(石
井
)
思
量
底
如
何
思
量
、
非
思
量
。
此
乃
坐
禅
之
要
術
也
。
所
謂
坐
禅
非
習
禅
也
、
唯
是
安
楽
之
法
門
也
、
究
尽
菩
提
之
修
証
也
。
公
案
現
成
、
羅
籠
未
到
。
若
得
此
意
、
如
龍
得
水
、
似
虎
靠
山
。
(大
久
保
本
一
六
五
頁
)
禅
宗
の
開
祖
と
さ
れ
る
菩
提
達
摩
は
南
山
道
宣
の
撰
述
し
た
﹃
続
高
僧
伝
﹄
巻
一
六
に
立
伝
さ
れ
た
。
巻
一
六
は
十
科
に
分
類
さ
れ
た
﹁習
禅
篇
﹂
に
当
た
る
。
こ
の
立
伝
の
仕
方
に
つ
い
て
批
判
し
た
の
が
、
黄
龍
派
の
覚
範
慧
洪
(
一
○
七
一︱
一
一
二
八
)
の
﹃
林
間
録
﹄
で
あ
る
。
こ
の
﹃
林
間
録
﹄
を
道
元
が
読
む
き
っ
か
け
に
な
っ
た
の
は
、
﹃
宝
慶
記
﹄
で
は
如
浄
に
勧
め
ら
れ
た
こ
と
に
よ
る
と
伝
え
て
い
る
。
拝
問
、
仏
仏
祖
祖
之
大
道
、
不
可
拘
一
隅
。
何
強
称
禅
宗
耶
。
堂
頭
和
尚
示
日
、
不
可
以
仏
祖
大
道
猥
称
禅
宗
也
。
今
称
禅
宗
、
頗
是
澆
運
之
妄
称
也
。
禿
髪
之
小
畜
生
所
称
来
也
。
古
徳
皆
所
知
也
。
往
古
之
所
知
也
。祢
曾
看
石
門
林
間
録
麼
。
道
元
日
、
未
曾
看
経
。
堂
頭
和
尚
云
、
祢
看
一
遍
好
。
彼
録
、
説
得
是
也
。
大
凡
世
尊
大
法
、
単
伝
摩
詞
迦
葉
、
嫡
嫡
相
承
廿
八
世
、
東
土
五
伝
而
至
曹
渓
、
乃
至
今
日
、
如
浄
則
仏
法
総
府
也
。
大
千
沙
界
更
無
可
斉
肩
者
也
。
而
今
講
得
三
五
本
経
論
、
以
肩
各
各
之
家
風
之
徒
、
乃
仏
祖
之
春
属
也
。
春
属
而
有
内
外
親
疎
之
高
低
也
。
(大
久
保
本
三
七
六
∼
七
頁
)
こ
の
如
浄
の
勧
め
に
よ
り
て
、
道
元
は
﹃
林
間
録
﹄
を
読
む
こ
と
に
な
る
。
如
浄
の
勧
め
た
説
が
﹃
林
間
録
﹄
の
達
磨
の
習
禅
説
批
判
(続
蔵
経
巻
一
四
八︱
二
九
五
d
、
二
九
七
c
)
で
あ
っ
た
か
は
厳
密
に
は
わ
か
ら
な
い
が
、
﹃
宝
慶
記
﹄
の
問
答
は
﹃
仏
道
﹄
の
巻
全
体
と
密
接
に
関
連
す
る
。
い
ず
れ
に
し
て
も
、
﹁坐
禅
は
習
禅
に
あ
ら
ず
﹂
に
道
元
の
最
八
も
重
要
な
力
点
が
あ
っ
た
。
﹃行
持
﹄
は
次
の
よ
う
に
取
り
上
げ
る
。
し
ば
ら
く
嵩
山
に
掛
錫
す
る
こ
と
九
年
な
り
。
人
こ
れ
を
壁
観
婆
羅
門
と
い
ふ
。
史
者
、
こ
れ
を
習
禅
の
列
に
編
集
す
れ
ど
も
、
し
か
に
は
あ
ら
ず
。
仏
々
嫡
々
相
伝
す
る
正
法
眼
蔵
、
ひ
と
り
祖
師
の
み
な
り
。
石
門
林
間
録
云
、
菩
提
達
磨
、初
自
梁
之
魏
。
経
行
於
嵩
山
之
下
、
筒
杖
於
少
林
。
面
壁
燕
坐
而
已
、
非
習
禅
也
。
久
之
人
莫
測
其
故
。
因
以
達
磨
為
習
禅
。
夫
禅
那
諸
行
之
一
耳
。
何
足
以
尽
聖
人
。
而
当
時
之
人
以
之
、
為
史
者
、
又
従
而
伝
於
習
禅
之
列
、
使
与
枯
木
死
灰
之
徒
為
伍
。
錐
然
聖
人
非
止
於
禅
那
、
而
亦
不
違
禅
那
。
如
易
出
干
陰
陽
、
而
亦
不
違
乎
陰
陽
。
梁
武
初
見
達
磨
之
時
即
問
、
﹁如
何
是
聖
諦
第
一
義
﹂。
答
日
、
﹁廓
然
無
聖
﹂。
進
日
、
﹁対
朕
者
誰
﹂
。
又
日
、
﹁不
識
﹂。
使
達
磨
不
通
方
言
、
則
何
於
是
時
使
能
爾
耶
。
し
か
あ
れ
ぼ
す
な
は
ち
、
梁
よ
り
魏
へ
ゆ
く
こ
と
あ
き
ら
け
し
。
嵩
山
に
経
行
し
て
少
林
に倚
杖
す
。
面
壁
燕
坐
す
と
い
へ
ど
も
、
習
禅
に
は
あ
ら
ざ
る
な
り
。
一
巻
の
経
書
を
将
来
せ
ざ
れ
ど
も
、
正
法
伝
来
の
正
主
な
り
。
し
か
あ
る
を
、
史
者
あ
き
ら
め
ず
、
習
禅
の
篇
に
つ
ら
ぬ
る
は
、
至
愚
な
り
、
か
な
し
む
べ
し
。
か
く
の
ご
と
く
し
て
嵩
山
に
経
行
す
る
に
、
犬
あ
り
、
尭
を
ほ
ゆ
。
あ
は
れ
む
べ
し
、
至
愚
な
り
。
た
れ
の
こ
ゝ
ろ
あ
ら
ん
か
、
こ
の
慈
恩
を
か
ろ
く
せ
ん
。
た
れ
の
こ
ゝ
ろ
あ
ら
ん
か
、
こ
の
恩
を
報
ぜ
ざ
ら
ん
。
世
恩
な
ほ
わ
す
れ
ず
、
お
も
く
す
る
人
お
ほ
し
、
こ
れ
を
人
と
い
ふ
。
祖
師
の
大
恩
は
父
母
に
も
す
ぐ
る
べ
し
、
祖
師
の
慈
愛
は
親
子
に
も
た
く
ら
べ
ざ
れ
。
(岩
波
文
庫
本
一︱
三
四
九
∼
五
二
頁
)
こ
の
問
題
は
、
慧
皎
の
﹃
高
僧
伝
﹄
や
道
宣
の
﹃
続
高
僧
伝
﹄
の
ぞ
488