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Vol.53 , No.2(2005)001石井 修道「道元の坐禅と瞑想 -「坐禅は習禅にあらず」を手がかりとして-」

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Academic year: 2021

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(1)

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(2)

道 元 の 坐 禅 と 瞑 想 (石 井 ) 寛 喜 三 年 ( 一 二 三 一 ) 八 月 十 五 日 ﹃弁 道 話 ﹄ 深 草 閑 居 時 三 二 歳 天 福 元 年 ( 一 二 三 三 ) 七 月 十 五 日 ﹃普 勧 坐 禅 儀 ﹄ 浄 書 興 聖 寺 三 四 歳 嘉 禎 元 年 ( 一 二 三 五 ) 冬 至 真 字 ﹃正 法 眼 蔵 ﹄ 興 聖 寺 三 六 歳 文 暦 元 年 ( 一 二 一二 四 ) ∼ 嘉 禎 四 年 ( 一 二 一二 八 ) ﹃正 法 眼 蔵 随 聞 記 ﹄ 興 聖 寺 三 七 歳 頃 仁 治 二 年 ( 一 二 四 一 ) 九 月 九 日 ﹃古 鏡 ﹄ 興 聖 寺 四 二 歳 仁 治 三 年 ( 一 二 四 二 ) 三 月 十 八 日 (文 中 の 語 ) ﹃坐 禅 箴 ﹄ 興 聖 寺 四 三 歳 仁 治 三 年 ( 一 二 四 二 ) 四 月 五 日 ﹃行 持 ﹄ 興 聖 寺 四 三 歳 寛 元 元 年 ( 一 二 四 三 ) 九 月 十 六 日 ﹃仏 道 ﹄ 吉 峰 寺 四 四 歳 寛 元 元 年 ( 一 二 四 三 ) 十 一 月 ﹃坐 禅 儀 ﹄ 吉 峰 寺 四 四 歳 こ の 頃 流 布 本 ﹃普 勧 坐 禅 儀 ﹄ 成 立 寛 元 二 年 ( 一 二 四 四 ) 二 月 二 十 四 日 ﹃ 三 十 七 品 菩 提 分 法 ﹄ 吉 峰 寺 四 五 歳 こ れ ら の 道 元 の 撰 述 過 程 か ら み る と 、 既 に 道 元 の 坐 禅 の 表 詮 に は 最 初 期 か ら 方 向 性 は 確 立 し て い る と 思 わ れ る 。 ま ず 、 ﹃ 弁 道 話 ﹄ に は 、 坐 禅 に つ い て の 重 要 な 主 張 が 多 く 語 ら れ て い る が 、 次 の 二 箇 所 を 確 認 し て お こ う 。 ( 一 ) 宗 門 の 正 伝 に い は く 、 こ の 単 伝 正 直 の 仏 法 は 、 最 上 の な か に 最 上 な り 。 参 見 知 識 の は じ め よ り 、 さ ら に 焼 香 ・ 礼 拝 ・ 念 仏 ・ 修 懺 ・ 看 経 を も ち ゐ ず 、 た ゞ し 打 坐 し て 身 心 脱 落 す る こ と を え よ 。 二 も し 人 、 一 時 な り と い ふ と も 、 三 業 に 仏 印 を 標 し 、 三 昧 に 端 坐 す る と き 、 遍 法 界 み な 仏 印 と な り 、 尽 虚 空 こ と ご と く さ と り と な る 。 ゆ ゑ に 、 諸 仏 如 来 を し て は 本 地 の 法 楽 を ま し 、 覚 道 の 荘 厳 を あ ら た に す 。 お よ び 十 方 法 界 、 三 途 六 道 の 群 類 、 み な と も に 一 時 に 身 心 明 浄 に し て 、 大 解 脱 地 を 証 し 、 本 来 面 目 現 ず る と き 、 諸 法 み な 正 覚 を 証 会 し 、 万 物 と も に 仏 身 を 使 用 し て 、 す み や か に 証 会 の 辺 際 を 一 超 し て 、 覚 樹 王 に 端 坐 し 、 一 時 に 無 等 々 の 大 法 輪 を 転 じ 、 究 竟 無 為 の 深 般 若 を 開 演 す 。 (岩 波 文 庫 本 一︱ 一 五 ∼ 六 頁 ) (二 ) と う て い は く 、 こ の 坐 禅 の 行 は 、 い ま だ 仏 法 を 証 会 せ ざ ら ん も の は 、 坐 禅 弁 道 し て そ の 証 を と る べ し 。 す で に 仏 正 法 を あ き ら め え ん 人 は 、 坐 禅 な に の ま つ と こ ろ か あ ら む 。 し め し て い は く 、癡 人 の ま へ に ゆ め を と か ず 、 山 子 の 手 に は 舟棹 を あ た へ が た し と い へ ど も 、 さ ら に 訓 を た る べ し 。 そ れ 、 修 証 は ひ と つ に あ ら ず と お も へ る 、 す な は ち 外 道 の 見 な り 。 仏 法 に は 、 修 証 こ れ 一 等 な り 。(B) い ま も 証 上 の 修 な る ゆ ゑ に 、 初 心 の 弁 道 す な は ち 本 証 の 全 体 な り 。 か る が ゆ ゑ に 、 修 行 の 用 心 を さ つ く る に も 、 修 の ほ か に 証 を ま つ お も ひ な か れ と を し ふ 、 直 指 の 本 証 な る が ゆ ゑ な る べ し 。 す で に 修 の 証 な れ ぼ 、 証 に き は な く 、 証 の 修 な れ ぼ 、 修 に は じ め な し 。 こ こ を も て 、 釈 迦 如 来 ・迦 葉 尊 者 、 と も に 証 上 の 修 に 受 用 せ ら れ 、 達 磨 大 師 ・ 大 鑑 高 祖 、 お な じ く 証 上 の 修 に 引 転 せ ら る 。 仏 法 住 持 の あ と 、 み な か く の ご と し 。 す で に 証 を は な れ ぬ 修 あ り 、 わ れ ら さ い は ひ に 一 分 の 妙 修 を 単 伝 せ る 、 初 心 の 弁 道 す な は ち 一 分 の 本 証 を 無 為 の 地 に う る な り 。 し る べ し 、 修 を は な れ ぬ 証 を 染 汚 せ ざ ら し め ん が た め に 、 仏 祖 し き り に 修 行 の ゆ る く す べ か ら ざ る と を し ふ 。 妙 修

(3)

を 放 下 す れ ぼ 本 証 手 の 中 に み て り 、 本 証 を 出 身 す れ ば 妙 修 通 身 に お こ な は る 。(E) 又 、 ま の あ た り 大 宋 国 に し て み し か ば 、 諸 方 の 禅 院 み な 坐 禅 堂 を か ま へ て 、 五 百 六 百 お よ び 一 二 千 僧 を 安 じ て 、 日 夜 に 坐 禅 を す ゝ め き 。 そ の 席 主 と せ る 伝 仏 心 印 の 宗 師 に 、 仏 法 の 大 意 を と ぶ ら ひ し か ぼ 、 修 証 の 両 段 に あ ら ぬ む ね を き こ え き 。 こ の ゆ ゑ に 、 門 下 の 参 学 の み に あ ら ず 、 求 法 の 高 流 、 仏 法 の な か に 真 実 を ね が は む 人 、 初 心 後 心 を え ら ば ず 、 凡 人 聖 人 を 論 ぜ ず 、 仏 祖 の を し へ に よ り 、 宗 匠 の 道 を お う て 、 坐 禅 弁 道 す べ し と す ゝ む 。(F) き か ず や 祖 師 の い は く 、 ﹁修 証 は す な は ち な き に あ ら ず 、 染 汚 す る こ と は え じ ﹂ 。 又 い は く 、 ﹁道 を み る も の 、 道 を 修 す ﹂ と 。 し る べ し 、 得 道 の な か に 修 行 す べ し と い ふ こ と を 。 (同︱ 二 八 ∼ 三 ○ 頁 ) こ こ に は 、 道 元 の 勧 め る 坐 禅 が 無 所 得 ・ 無 所 悟 の ﹁ロ バ 管 打 坐 ﹂ で あ り 、 ﹁ 本 証 妙 修 ﹂ で あ る こ と が 言 わ れ て い る 。 な ら ぼ 、 最 早 、 道 元 の 坐 禅 の 主 張 に お い て は 何 ら 問 題 は 残 ら ぬ ぼ か り か 、 そ れ 以 降 の 主 張 に 付 加 す べ き も の は 一 つ も な い こ と に な ろ う 。 い わ ぼ 、 そ の 後 の 道 元 の 説 示 は 同 語 反 復 に 過 ぎ な い こ と に な ろ う 。 こ こ に 、 鏡 島 元 隆 氏 は ﹁本 証 妙 修 覚 え 書 ﹂ で 、 重 大 な 問 題 を 提 起 さ れ た 。 私 は 道 元 禅 師 が ﹃弁 道 話 ﹄ で 用 い ら れ て い る ﹁修 証 一 等 ﹂ と い う 言 葉 と 、 ﹁証 上 の 修 ﹂、 す な わ ち ﹁本 証 妙 修 ﹂ と い う 言 葉 と の 間 に 、 あ る 距 り を お い て 理 解 し て い る 。 す な わ ち 、 ﹁修 証 一 等 ﹂ と い う 言 葉 よ り も 、 ﹁本 証 妙 修 ﹂ と い う 言 葉 の 方 が 、 道 元 禅 師 の 修 証 観 を 示 す に よ り 適 切 で あ る と 考 え て い る 。 ど う し て 、 ﹁修 証 一 等 ﹂ と 、 ﹁本 証 道 元 の 坐 禅 と 瞑 想 (石 井 ) 妙 修 ﹂ を 区 別 す る か と い う と 、 そ の 理 由 は つ ぎ の よ う で あ る 。 多 く の 人 に よ っ て 、 道 元 禅 師 の ﹁本 証 妙 修 ﹂ は 、 禅 師 の 教 え で あ る ﹁修 証 一 等 ﹂ と 同 義 語 と し て 解 さ れ て い る 。 こ こ か ら し て 、 ﹁本 証 妙 修 ﹂ の 起 原 が 中 国 禅 宗 の ﹁南 嶽 不 染 汚 の 話 ﹂ に 求 め ら れ る の で あ る 。 衛 藤 即 応 先 生 も (﹃ 宗 祖 と し て の 道 元 禅 師 ﹄ 三 一 ○ 頁 ) 、 榑 林 皓 堂 先 生 も (﹃ 道 元 禅 の 研 究 ﹄ 一 四 二 頁 ) 、 そ の よ う に 解 さ れ て い る の で あ る が 、 ﹁南 嶽 不 染 汚 の 話 ﹂ は ﹁修 証 一 等 ﹂ の 淵 由 と は な っ て も 、 ﹁本 証 妙 修 ﹂ の 理 由 と は な ら な い と 私 は 考 え る 。 と い う の は 、 ﹁南 嶽 不 染 汚 の 話 ﹂ は 、 修 は 証 を 期 し て は な ら な い 、 証 は 修 に め ざ さ れ て は な ら な い 、 証 を 目 的 と し た 修 は 染 汚 で あ る と し て 、 不 染 汚 の 修 証 が 説 か れ る の で あ る が 、 そ れ は ﹁修 証 一 等 ﹂ の 淵 由 と し て は ま さ し く そ の 通 り で あ る 。 し か し 、 ﹁修 証 一 等 ﹂ と い う こ と は 、 始 覚 門 の 修 行 と い わ れ る 臨 済 禅 で も 説 か れ る こ と で あ り 、 そ の こ と は 衛 藤 先 生 も 認 め て い る こ と で あ る (﹃ 正 法 眼 蔵 序 説 ﹄ 二 一 三 頁 )。 で あ れ ぼ 、 道 元 禅 師 の 修 証 観 の 特 質 を 示 す に は 修 証 一 等 で は 足 り な い の で あ っ て 、 禅 師 の 修 証 観 は ﹁修 証 一 等 ﹂ を も 超 え た も の で な け れ ぼ な ら な い 。 同 じ こ と は 、 如 浄 禅 師 の 修 証 観 と の 関 係 か ら し て も 言 え る 。 ﹃宝 慶 記 ﹄ に よ っ て 明 ら か で あ る よ う に 、 如 浄 禅 師 の 修 証 観 は ﹁修 証 一 等 ﹂ に 立 っ て い る 。 も し 、 如 浄 禅 師 の 修 証 観 が 即 道 元 禅 師 の 修 証 観 で あ れ ば 、 ﹁修 証 一 等 ﹂ を も っ て 道 元 禅 師 の 修 証 観 の 特 質 と な し 得 よ う が 、 私 は 道 元 禅 師 の 修 証 観 は 如 浄 禅 師 と 根 底 に お い て 一 つ で あ っ て も 、 さ ら に こ れ を 超 え た も の が あ る と 考 え る (拙 著 ﹃天 童 如 浄 禅 師 の 研 究 ﹄ 参 照 ) 。 そ れ 故 に 、 こ の 道 元 禅 師 の 修 証 観 の 特 質 を 示 す に は 、 ﹁修 証 一 等 ﹂ と い う よ り は 、 ﹁本 証 妙 修 ﹂ と い う 言 葉 の 方 が も っ と 適 三

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道 元 の 坐 禅 と 瞑 想 (石 井 )

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四 も 参 照 さ れ た い ) 道 元 の 出 典 は ﹃ 天 聖 広 燈 録 ﹄ 巻 八 ﹁南 嶽 懐 議 章 ﹂ に よ る も の で あ る 。 乃 直 詣 曹 渓 礼 六 祖 。 祖 問 、 什 麼 処 来 。 師 云 、 嵩 山 安 禅 師 処 来 。 祖 云 、 什 麼 物 与 麼 来 。 師 無 語 。 経 干 八 載 、 忽 然 有 省 。 乃 白 祖 云 、 某 甲 有 箇 会 処 。 祖 云 、 作 麼 生 。 師 云 、 説 似 一 物 即 不 中 。 祖 云 、 還 仮 修 証 也 無 。 師 云 、 修 証 即 不 無 、 不 敢 汚 染 。 祖 云 、 祇 此 不 汚 染 、 是 諸 仏 之 護 念 。 吾 亦 如 是 、 汝 亦 如 是 。 西 天 二 十 七 祖 般 若 多 羅 讖 汝 日 、 震 旦 雖 闊 無 別 路 、 要 仮 児 孫 脚 上 行 。 金 難 解 街 一 粒 米 、 供 養 什却 羅 漢 僧 。 (中 略 ) 師 侍 奉 一 十 五 載 (中 文 出 版 社 宋 版︱ 四 ○ 四 頁 ) 引 用 に 当 た っ て 、 ﹁汚 染 ﹂ を ﹁染 汚 ﹂ に 入 れ 替 え た 外 に 道 元 の 創 意 は な く 、 ﹁乃 至 西 天 祖 師 亦 如 是 ﹂ の 付 加 が あ っ て も 単 な る 強 調 と み て 差 し 支 え な い で あ ろ う 。 こ の 話 は ﹁ 不 染 汚 ﹂ の 語 に 注 目 す れ ば 、 ﹃ 正 法 眼 蔵 随 聞 記 ﹄ 巻 六 の 次 の 説 に 道 元 の 主 眼 が あ る と 理 解 可 能 で あ る 。 是 レ ま で は い ま だ 百 尺 の 竿 頭 を は な れ ず 、 と り つ き た る ご と し 。 た だ 身 心 を 仏 法 に な げ す て て 、 更 に 悟 道 得 法 ま で も の ぞ む 事 な く 修 行 し ゆ く 、 是 レ を 不 染 汚 の 行 人 と 云 フ な り 。 (趙 州 ノ ) ﹁有 仏 の 処 に も と ど ま ら ず 、 無 仏 の 処 を も す み や か に は し り す ぐ ﹂ と 云 フ 、 こ の 心 な る べ し 。 (ち く ま 学 芸 文 庫 三 九 四 頁 ) こ の よ う に 、 筆 者 も ﹁ 南 嶽 不 染 汚 の 話 ﹂ は 鏡 島 説 に 同 意 す る も の で 、 中 国 禅 よ り 導 か れ る ﹁修 証 一 等 ﹂ 説 と 解 し て よ い と 思 わ れ る 。 道 元 の 主 張 が そ の 後 に 創 意 工 夫 を 伴 う と す れ ば 、

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眼 蔵 ﹄ 第 八 則 に 次 の よ う な ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 撰 述 の 準 備 が 始 ま っ て い た 。 洪 州 江 西 馬 祖 大 寂 禅 師 ︿ 嗣 南 嶽 、 諱 道 一 ﹀ 、 参 侍 南 嶽 、 密 受 心 印 、 蓋 抜 同 参 。 住 伝 法 院 、 常 日 坐 禅 。 南 嶽 知 是 法 器 、 往 師 所 問 日 、 大 徳 坐 禅 図 箇 什 麼 。 師 日 、 図 作 仏 。 南 嶽 乃 取 一 博 、 於 師 庵 前 石 上 磨 。 師 遂 問 、 師 作 什 麼 。 南 嶽 日 、 磨 作 鏡 。 師 日 、 磨 博 豈 得 成 鏡 耶 。 南 嶽 日 、 坐 禅 豊 得 作 仏 耶 。 師 日 、 如 何 即 是 。 南 嶽 日 、 如 人 駕 車 、 車 若 不 行 、 打 車 即 是 、 打 牛 即 是 。 師 無 対 。 南 嶽 又 示 日 、 汝 為 学 坐 禅 、 為 学 坐 仏 。 若 学 坐 禅 、 禅 非 坐 臥 。 若 学 坐 仏 、 仏 非 定 相 。 於 無 住 法 、 不 応 取 捨 。 汝 若 坐 仏 、 即 是 殺 仏 。 若 執 坐 相 、 非 達 其 理 。 師 聞 示誨 、 如 飲 醍 醐 。 (春 秋 社 本︱ 一 二 八 ∼ 三 ○ 頁 ) 磨 博 作 鏡 の 話 は も ち ろ ん 中 国 に あ っ た が 、 道 元 の テ キ ス ト は 中 国 に 存 在 し な い 。 そ れ は ﹃ 景 徳 伝 燈 録 ﹄ 巻 六 ﹁馬 祖 道 一 章 ﹂ と 巻 五 ﹁南 嶽 懐 譲 章 ﹂ の 合糅 と い う 新 た な 話 で あ っ た か ら で あ る 。 ( 一 ) 唐 開 元 中 、 習 禅 定 於 衡 嶽 伝 法 院 、 遇譲 和 尚 。 同 参 九 人 、 唯 師 密 受 心 印 。 (禅 文 化 本︱ 八 八 頁 ) (二 ) 開 元 中 有 沙 門 道 一 ︿即 馬 祖 大 師 也 ﹀。 住 伝 法 院 、 常 日 坐 禅 。 師 知 是 法 器 、 往 問 日 、 大 徳 坐 禅 図 什 麼 。 一 日 、 図 作 仏 。 師 乃 取 一 博 於 彼 庵 前 石 上 磨 。 一 日 、 磨 博 作 麼 。 師 日 、 磨 作 鏡 。 一 日 、 磨 博 豈 得 成 鏡 耶 。 師 日 、 磨 博 既 不 成 鏡 、 坐 禅 豈 得 成 佛 耶 。 一 日 、 如 何 即 是 。 師 日 、 如 牛 駕 車 、 車 不 行 、 打 車 即 是 、 打 牛 即 是 。 一 無 対 。 師 又 日 、 汝 五

(6)

(石

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(同︱

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調

﹁習

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﹁密

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﹁密

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六 に 住 し て 、 常 日 坐 禅 す 。 ﹂ と 始 ま っ て 、 ﹁磨 博 作 鏡 ﹂ の 話 よ り 先 に 既 に ﹁密 受 心 印 ﹂ が 前 提 と さ れ て い る こ と に 気 づ か さ れ る 。 道 元 は 明 ら か に ﹁習 禅 定 ﹂ 後 に ﹁密 受 心 印 ﹂ し た と は 絶 対 に 言 わ ず 、 ﹁密 受 心 印 ﹂ 後 で あ る か ら ﹁坐 ハ す な は ち 仏 行 な り 。 坐 ハ 即 チ 不 為 な り ﹂ と 解 釈 す る の で あ る 。 つ ま り 、 ﹁密 受 心 印 ﹂ は 結果 で は な く 、 結 果 先 取 り の 後 の ﹁南 嶽 磨 博 作 鏡 の 話 ﹂ と し た の で あ る 。 道 元 の 主 張 を 貫 く 為 に は 、 そ れ 意 外 に は な か っ た の で あ る 。 そ の こ と は 、 こ の 話 を 取 り 上 げ る ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 巻 々 に お い て 一 貫 し て い る こ と が な に よ り の 証 拠 と な ろ う 。 ① ﹃古 鏡 ﹄ 江 西 馬 祖 、 む か し 南 嶽 に 参 学 せ し に 、 南 嶽 か つ て 心 印 を 馬 祖 に 密 受 せ し む 。 磨 博 の は じ め の は じ め な り 。 馬 祖 、 伝 法 院 に 住 し て よ の つ ね に 坐 禅 す る こ と 、 わ つ か に 十 余 歳 な り 。 (同 ニ︱ 四 一 頁 ) ② ﹃ 坐 禅 箴 ﹄ 江 西 大 寂 禅 師 、 ち な み に 南 嶽 大 慧 禅 師 に 参 学 す る に 、 密 受 心 印 よ り こ の か た 、 つ ね に 坐 禅 す 。 (同 一︱ 二 二 九 ∼ 三 ○ 頁 ) ③ ﹃行 持 ﹄ 江 西 馬 祖 の 坐 禅 す る こ と は 二 十 年 な り 。 こ れ 南 嶽 の 密 印 を 稟 受 す る な り 。 伝 法 済 人 の と き 、 坐 禅 を さ し お く と 道 取 せ ず 。 参 学 の は じ め て い た る に は 、 か な ら ず 心 印 を 密 受 せ し む 。 (同︱ 三 ○ 九 頁 ) こ の 一 貫 性 は 驚 く べ き こ と で あ る 。 道 元 の テ キ ス ト で な け 486

(7)

﹁磨

﹁坐

﹁本

﹁密

﹁妙

﹁作

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(

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﹁不

﹁為

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487

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(続

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﹁坐

八 も 重 要 な 力 点 が あ っ た 。 ﹃行 持 ﹄ は 次 の よ う に 取 り 上 げ る 。 し ば ら く 嵩 山 に 掛 錫 す る こ と 九 年 な り 。 人 こ れ を 壁 観 婆 羅 門 と い ふ 。 史 者 、 こ れ を 習 禅 の 列 に 編 集 す れ ど も 、 し か に は あ ら ず 。 仏 々 嫡 々 相 伝 す る 正 法 眼 蔵 、 ひ と り 祖 師 の み な り 。 石 門 林 間 録 云 、 菩 提 達 磨 、初 自 梁 之 魏 。 経 行 於 嵩 山 之 下 、 筒 杖 於 少 林 。 面 壁 燕 坐 而 已 、 非 習 禅 也 。 久 之 人 莫 測 其 故 。 因 以 達 磨 為 習 禅 。 夫 禅 那 諸 行 之 一 耳 。 何 足 以 尽 聖 人 。 而 当 時 之 人 以 之 、 為 史 者 、 又 従 而 伝 於 習 禅 之 列 、 使 与 枯 木 死 灰 之 徒 為 伍 。 錐 然 聖 人 非 止 於 禅 那 、 而 亦 不 違 禅 那 。 如 易 出 干 陰 陽 、 而 亦 不 違 乎 陰 陽 。 梁 武 初 見 達 磨 之 時 即 問 、 ﹁如 何 是 聖 諦 第 一 義 ﹂。 答 日 、 ﹁廓 然 無 聖 ﹂。 進 日 、 ﹁対 朕 者 誰 ﹂ 。 又 日 、 ﹁不 識 ﹂。 使 達 磨 不 通 方 言 、 則 何 於 是 時 使 能 爾 耶 。 し か あ れ ぼ す な は ち 、 梁 よ り 魏 へ ゆ く こ と あ き ら け し 。 嵩 山 に 経 行 し て 少 林 に倚 杖 す 。 面 壁 燕 坐 す と い へ ど も 、 習 禅 に は あ ら ざ る な り 。 一 巻 の 経 書 を 将 来 せ ざ れ ど も 、 正 法 伝 来 の 正 主 な り 。 し か あ る を 、 史 者 あ き ら め ず 、 習 禅 の 篇 に つ ら ぬ る は 、 至 愚 な り 、 か な し む べ し 。 か く の ご と く し て 嵩 山 に 経 行 す る に 、 犬 あ り 、 尭 を ほ ゆ 。 あ は れ む べ し 、 至 愚 な り 。 た れ の こ ゝ ろ あ ら ん か 、 こ の 慈 恩 を か ろ く せ ん 。 た れ の こ ゝ ろ あ ら ん か 、 こ の 恩 を 報 ぜ ざ ら ん 。 世 恩 な ほ わ す れ ず 、 お も く す る 人 お ほ し 、 こ れ を 人 と い ふ 。 祖 師 の 大 恩 は 父 母 に も す ぐ る べ し 、 祖 師 の 慈 愛 は 親 子 に も た く ら べ ざ れ 。 (岩 波 文 庫 本 一︱ 三 四 九 ∼ 五 二 頁 ) こ の 問 題 は 、 慧 皎 の ﹃ 高 僧 伝 ﹄ や 道 宣 の ﹃ 続 高 僧 伝 ﹄ の ぞ 488

参照

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