Title
高pH環境に対する植物の応答に関する研究( 内容の要旨 )
Author(s)
切岩, 祥和
Report No.(Doctoral
Degree)
博士(農学) 乙第079号
Issue Date
2003-09-12
Type
博士論文
Version
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12099/2323
※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。氏 名(本(国)籍) 学 位 の 種 類 学 位 記 番 号 学位授与年月 日 学位授与の要件 学 位 論 文 題 目 審 査 委 ∴員 会 切 岩 秤 和 (静岡県) 博士(農学) 農博乙第79号 平成15年9月12日 学位規則第4条夢2項該当 高pⅡ環境に対する榛物の応答に関する研究 主査 静岡大学 教 授 横 田 博 実 副査 信州大学 教 授 唐 澤 侍 英 副査 静岡大学 教 授 大 石 惇 副査 岐阜大学 教 授 原 徹 夫 副査 静岡大学 教 授 糠 谷 明 副査 静岡大学 助教授 森 田 明 雄 論 文 の 内 容 の 要 旨 乾燥地において植物の生育を阻害する要因の一つに土壌のアルカリ性があり、その生育 阻害の要因は、高塩分、,高pH自体、過剰な重炭酸濃度、溶解度の変化による無機成分の欠 乏である。このようなアルカリ条件において作物の生産性を向上するために、植物の耐塩 性や鉄吸収機構に関する研究が盛んに行われているが、高pH自体や重炭酸イオンに対する 植物の耐性機構に関する研究は少なく、植物の高pHに対する応答や耐性機構の解明は不可 欠である。本論文では、乾燥地域を中心に分布する高pH土壌を植林や農業生産に有効に利 用することを目的として、砂漠緑化樹木、タバコ培養細胞、およびピーマンを用いて、高 pH土壌での3つのストレスである①高pH、②高重炭酸イオン濃度、③鉄欠乏に対する植物 の応答を個体レベルから細胞レベルまで、総合的に検討している。得られた結果は以下の ように要約できる。 1)乾燥地域での高pH土壌に対する植物の応答を現地で調査した。アラブ首長国連邦(UAE) の植林地68点と農耕地67点の土壌のpHは平均8.2を示し、重炭酸イオン濃度と正の相関 を示した。このことからUAEの土壌は可溶性鉄濃度が非常に低い条件であり、これら3つ のストレスを克服することが、高pH環境下での植物の生育に不可欠であると結論している。 2)uAEで利用されている4種の砂漠緑化樹木をpH6∼9で砂耕栽培したところ、pH8以上 で生育が促進される2樹種と抑制される2樹種に分かれた。そこで、生育が促進された樹 種の一つであるLpptaダenIapyTOteChnlca(Forssk.)Decne.(現地名;マルク)を用い て、高pH条件下での植物の応答を検討した。マルクの分離根と試験管内挿し木苗をpH6、 8、10で処理すると、pHlOではリンゴ酸含量が顕著に増加し、PH8ではリンゴ酸含量は増 加しないもめの、ミトコンドリア膜の2-0ⅩOglutarate-malatetranslocatorの特異的な発 現が認められ、ミトコンドリアから細胞質ヘリンゴ酸を輸送する機構が活性化すると推定
している。これらの結果から、高pHへの適応機構として、細胞内でのリンゴ酸輸送の活性 化、さらにはリンゴ酸合成の活性化が関与していると結論している。 3)高重炭酸イオンの影響を明らか畢こするため、4種の砂漠緑化樹木を10mMまたは20mM の重炭酸イオンを含む培養液で水耕栽培した。その結果、いずれの樹種もクロロシスを生 じて生育が著しく阻害され、砂漠緑化樹木の重炭酸イオンに対する耐性が非常に弱いこと を示した。このため、高濃度の重炭酸イオン(20mM)に耐性をもつタバコ培養細胞を選抜 し、植物の重炭酸耐性機構を細胞レベルで検討した。培地の重炭酸イオン濃度を0、10、 20mMに変えると、培地の可溶性微量元素濃度が著しく低下するにもかかわらず、耐性細胞 の生育量と微量元素含量は全く変わらなかった。また、耐性細胞の有機酸含量をみると、 クエン酸含量は変化しなかったが、リンゴ酸含量は培地の重炭酸濃度の増加とともに増大 した。このことから、高重炭酸耐性にリンゴ酸代謝が関係していることを明らかにしてい る。加えて、今回得られた耐性細胞が、植物の重炭酸耐性機構を明らかにするための重要 な材料であることを示した。 4)高pH土壌で生じる鉄欠乏に対する植物の応答を検討するため、マルクを鉄欠如下で栽 培したところ、根のクエン酸含量が増加した。そこで、鉄欠乏に対して、マルクより感受 性が高く、マルクと同様にクエン酸を蓄積するピーマンを用いて、鉄欠乏とクエン酸代謝 との関係について、さらに詳細に検討した。その結果、クロロシスを生じる以前に、アコ ニターゼ活性の低下とクエン酸合成酵素活性の増加することを明らかにした。このことは、 それ以降にクエン酸含量を増加させるために、酵素レベルでの応答がなされていたことを 示している。また、RT-PCRにより各酵素の遺伝子発現についても検討し、アコニクーゼ活 性は転写レベルでも負に制御されていることを示した。 以上のように、本論文では、高pH処理に対するマルクでのリンゴ酸含量の増加、高重炭 酸ストレスに対するタバコ耐性細胞でのリンゴ酸含量の増加、さらに鉄欠乏下でのマルク とピーマンでのクエン酸含量の増加というように、高pHに由来する3つのストレスに対し て共通した応答として、有機酸代謝が応答することを明らかにした。乾燥や高塩分に対す る植物の応答に関する研究に比べて、高pHに対する応答に関する研究は少ない。このため、 本研究で明らかにされた、高pHに起因する3つのストレスに対する植物の応答は、高pH 耐性機構の解明や耐性植物の作出に有用な情報を提供すると考えられる。 審 査 結 果 の 要 旨
平成15年7.月29日、静岡大学農学部において、審査委員全員(6名)の出席の
もとで公開論文発表会が開かれた。発表の内容は充実しており.、審査委員の質問にも
的確に応答した。発表論文の内容は以下とおりである。乾燥地域では、塩類集積土壌などとともに、重炭酸イオンを含みpH8を越える高
pH土壌が広く分布し、嘩物の生育を阻害する原因の一つとなっている。しかしヾ高
pHに由来するストレスには複数の要因が関係して解明が困難な面もあることから、
これまで十分な研究が行われていない。本研究では、高班土壌でのストレスの要因
である、①高pH自体(高0打濃度)、②高重炭酸イオン濃度、③鉄欠乏、の3つの垂
因に対する植物の応答を明らかにすることを試みた。得られた結束は以下のように要 約できる。
1)極乾燥地に属するアラブ首長国連邦(UAE)において、植林地と農耕地の調査を
行った。植林地と農耕地の土壌pHは平均8.2と高く、重炭酸イオン濃度と正の相関 を示した。また、このような高pH条件下では、土壌は可溶性鉄濃度が非常に低い状 態にあり、上述した3つのストレスを克服することが、高pH条件下での植物の生育 に重要であることを確認した。 2)UAEの緑化に用いられている主要な4樹種のpH6∼9に対する応答を検討した。 その結果、pH8以上で生育が促進される樹種と抑制される樹種があることを明らかにした。さらに、生育が促進された樹種の一つである
エ印ね如上∂抑℃ねC如上c∂ (Forssk.)Decne.(現地名;マルク)を用いて、高pH条件下での植物の応答を検討 した。その結果、pH8でのミトコンドリア膜の2-OXOglutarate-malatetranslocator が特異的に発現することおよびpHlOでリンゴ酸含量が増加することを明らかにし ○ ) た 3 UAEの緑化樹木とタバコ培養細胞を用いて高重炭酸イオンの影響を検討した。砂 漠緑化樹木に関する実験では、緑化樹木の重炭酸イオンに対する耐性が非常に弱いこ とを明らかにしている。タバコ培養細胞を用いた実験では、高濃度の重炭酸イオン(20mM)に耐性をもつタバコ培養細胞を選抜し、植物の重炭酸耐性機構を検討した。
高濃度の重炭酸イオン存在下で、耐性細胞の微量元素含量が低下しないことおよびリ ンゴ酸含量が増加することから、微量元素の効率的な吸収とリンゴ酸代謝が重炭酸耐 性機構に関係していることを示した。 4)砂漠緑化樹木とピーマンを用い、高pH土壌で生じる鉄欠乏に対する応答を検討 した。砂漠緑化樹木の一つで、鉄欠如下でも還元物質やプロトンの増加がみられない マルクの根では、鉄欠如に応答してクエン酸含量が増加した。また、鉄欠如下でクエン酸を蓄積するピーマンを用い牢実験では、関連する酵素の活性および転写レベルの
動きがクエン酸蓄積に対応していることを確認した。 以上のようlキ、本論文では、高p侶こ由来する3つのストレスである高pH、高濃度 重炭酸イオンおよび鉄欠乏に対する植物の応答を検討し、いずれのストレスに対して も、有機酸代謝が応答していることを明らかにした。これは、高pHストレスに関し て新たな知見を加えるものであり、高pHストレスの機構解明や高pH耐性植物の作出 に役立つと考えられ、評価できる。また、今後の進展が期待できる内容である。以上について,審査委員全員一致で本論文が岐阜大学大学院連合農学研尭科の学位
論文として十分価値あるものと認めた。 <学位論文の基礎となる学術論文>1)切考群和、横田博実、阿部昌宏、東海林知夫、吉崎真司、大石惇:アラブ首長国連
邦の主要な砂漠緑化樹種の生育に及ぼす高pH条件の影響,日本緑化工学会誌,24 (3・4),175∼185(1999年5月)2)切岩群和、橋本岳、加藤大志、横田博実、大石惇:高pH条件に対する砂漠自生植物 L印ta血IajmteChDIca(Forssk.)Decne.の根の応答,日本土壌肥料学雑誌,74
(2),211∼214(2003年4月)
3)YoshikazuKir享iwa,HiromiYokota,andAtsushiOishi:Responsesoftreesused
forrevegetation ofdesert areas toirondeficiency stress,SoilScienceand
Plant
Nutrition,48(4),563∼568(2002年8月)-<既発表論文>
1)HiromiYokota,Masahiro Abe,Tomoo Shoji,Yoshikazu Kiriiwa,koichiOzawa, ShinjiYoshizakiandAtsushiOishi:Effectofirrigationwatersalinityonthe
growthoftrees forrevegetationin theUnitedArab Emirates,Proceedings of the XIIIInternationalPlant NutritionColloquium,415∼416(1997年9月)
2)切岩群和、小澤晃一、横田博実、財津吉寿、三好洋、大石惇:アラブ首長国連邦の 農耕地における土壌塩類集積とアルファルファの無機成分含有量に及ぼす潅漑水質 の影響,日本土壌肥料学雑誌,69(4)348∼35◆4(1998年8月) 3)横田博実、切岩群和:沙漠地域における農業開発と緑化-アラブ首長国連邦の場合 -,日本沙漠学会誌,8(1)1∼12(1998年6月) 4)SatoruMatsumoto,YoshikazuKiriiwaandYoshiyukiTakeda:Differentiationof
Japanese green tea cultivars as r占vealed by RFLP analysis of phenylalanine
ammonia-1yase DNA,Theoreticaland Applied Genetics,104,998∼1002(2002年 4月)