Title
チシマザサラメットの水・炭素収支と生存戦略:光環境勾
配に伴うラメットの機能分化( 内容と審査の要旨(Summary)
)
Author(s)
角田, 悠生
Report No.(Doctoral
Degree)
博士(農学) 甲第726号
Issue Date
2020-03-13
Type
博士論文
Version
ETD
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12099/79368
※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。[9] 氏 名(本(国)籍) 角田 悠生 (徳島県) 学 位 の 種 類 博士(農学) 学 位 記 番 号 農博甲第726号 学 位 授 与 年 月 日 令和2年3月13日 研 究 科 及 び 専 攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻 研究指導を受けた大学 静岡大学 学 位 論 文 題 目 チシマザサラメットの水・炭素収支と生存戦略:光 環境勾配に伴うラメットの機能分化 審 査 委 員 会 主査 静岡大学 准教授 飯 尾 淳 弘 副査 静岡大学 教 授 水 永 博 己 副査 岐阜大学 教 授 大 塚 俊 之 副査 静岡大学 准教授 楢 本 正 明
論 文 の 内 容 の 要 旨
ササは,林外から林床まで光資源が大きく異なる環境下に幅広く生育している。多様な 光環境勾配にラメットを分布しうる理由,特に光資源の乏しい林床にササがなぜ分布する か,その要因について,これまでもいくつかの議論がなされてきた。なかでも,生理的統 合説は,ギャップのラメットで獲得した光合成生産物の転流が林床のラメットの生存に貢 献し,林床のラメットが地下茎を介して水や窒素を他の場所のラメットへ供給する役割を 果たしているというもので,至近要因と究極要因の両方について説明できるものである。 しかし,これまでササの炭素収支・水収支の量的解析は行われてこなかったために,それ ぞれの光環境下でのラメットの機能や生存戦略について十分に解明されているわけではな い。このため,本研究では異なる光環境下に生育するチシマザサの機能分化を炭素収支・ 水収支の点から明らかにすることを目的とした。 まず,ラメットの生存サイクルを通じて炭素収支を測定し,個葉の寿命に関わる炭素の コストベネフィット理論がチシマザサのラメットにおいても成り立つか,すなわち様々な 光環境下においてラメットの生存サイクル内の炭素収支効率を最大にするようなラメット 寿命となっているかを検証した。 チシマザサのラメット寿命は,林床で2.8~4.5 年,林縁で 5.8~8.7 年,林外で 1.6~2.2 年であった。葉の光合成能力にラメット齢間で違いはみられなかったが,晴天日の瞬間光 合成速度はラメット齢に伴い減少した。この原因が稈の通水コンダクタンスの低下にある ことを明らかにした。また加齢に伴う通水コンダクタンスの低下によって,生理的能力だ けでなく葉面積も減少し,結果としてラメットの炭素獲得量が減少することを明らかにし た。林外及び林縁の炭素獲得効率が最も高くなるラメット寿命は,それぞれ 2 年および 5年となり,実際のラメットの寿命と一致し,それぞれの光環境下で炭素収支を最大にする ような生存サイクルを示した。 一方で,林床においてはラメットの生育期間を通じて炭素獲得量が炭素投資量を下回る ことから,ラメットは独立では生存できず,より明るい空間からの有機物供給によって生 存していることを示した。 次に,異なる光環境に生育するラメットごとの水収支を調べ,ラメットの水需要におい て地下茎を介した他のラメットからの水移動がどの程度寄与しているのか,地下茎を介し た水移動が一日の中で,いつ寄与しているかについて明らかにした。 林床及び小ギャップの2 つの光環境下において,2 本のラメットとそれを繋ぐ地下茎を 1 つのフラグメントと定義し,フラグメントの稈及び地下茎で茎流速を測定した。その結果, 稈に挟まれた地下茎で茎流の向きが日中に明瞭に変化し,その流れの向きは小ギャップに おいて,より明瞭にフラグメント端の水要求量の綱引き関係にしたがうことを明らかにし た.林床部において,晴天の日中に稈から地下茎へ稈内の下向きの茎流を観測し,このよ うな逆流が稈における日積算流量の約60%となることを明らかにした。また稈における水 貯蔵がこの逆流を可能にしていることを示唆した。一方,小ギャップのフラグメントでは 稈内の蒸散量に対して,地下茎を介したフラグメント外からの流入が57.4〜82.3%となる ことを明らかにした。また日中の蒸散環境は日によって大きく変動したが,ラメット直下 の根系からの水供給量は大きく変化しなかった。すなわち,根はジェネットへの安定的な 水供給に,地下茎の茎流は葉からの蒸散に応じて時間的・空間的に変化することによって, 柔軟で迅速な水の供給に機能していた。 これらの結果から,それぞれのラメットの炭素と水収支は次のように要約できる。 林外のラメットは,高い光合成能力により大きい炭素獲得量を示すものの加齢による葉 面積の低下に伴い獲得量の減少も大きく,炭素獲得効率を最大とするように約2 年でラメ ットを回転させる戦略を示した。また水消費は大きく,水消費の半分以上は地下茎を経由 した他のラメットからの水供給に依存していた。 林縁のラメットの生存期間での年平均炭素獲得量は林外の約16%と小さかったため,炭 素供給源とはいえず,5 年以上のゆっくりした回転率で独立して炭素投資を賄っていた。 林床のラメットは炭素獲得量が炭素投資量を賄えず,明るい場所のラメットからの炭素 投資によって維持されていることが示唆されたが,林床のラメットは他のラメットに水を 供給していた。このときに地上稈から地下茎への下降流がしばしばみられ,林床のラメッ トの稈は水貯蔵器官としても機能していた。 これらのことに加えて,地下茎の水の流れは双方向的で水の要求度に応じて流れの方向 を変化させていたことから,ササは多様な光環境勾配の中で炭素供給と水供給の機能分化 をすることで,ジェネットの生存を可能にしていると考えた。
審 査 結 果 の 要 旨
申請者 角田悠生氏は,異なる光環境下にあるチシマザサのラメットが炭素供給と 水供給の機能分化をおこなっているとする「生理統合仮説」を,ラメットの炭素収支と水収支を定量的に評価することにより検証した。 まず,ラメットの生存サイクルを通じて炭素収支を測定し,個葉の寿命に関わる炭 素のコストベネフィット理論がチシマザサのラメットにおいても成り立つか,すなわ ち様々な光環境下においてラメットの生存サイクル内の炭素収支効率を最大にするよ うなラメット寿命となっているかを検証した。 個葉の晴天日の瞬間光合成速度が齢に伴い減少することを観測し,この原因が光合 成能力の変化ではなく,稈の通水コンダクタンスの低下にあることを明らかにした。加 齢に伴う通水コンダクタンスの低下によって,生理的能力だけでなく葉面積も減少し, 結果としてラメットの炭素獲得量が減少することを明らかにした。林外及び林縁のラ メットの炭素収支効率が最大となる寿命は実際のラメットの寿命と一致し,ササのラ メットにおいても寿命の炭素コストベネフィット理論が成り立つことを示した。 一方で,林床においてはラメットの生育期間を通じて炭素獲得量が炭素投資量を下 回ることから,ラメットは独立では生存できず,より明るい空間からの有機物供給に よって生存していることを示した。 次に,異なる光環境に生育するラメットごとの水収支を調べ,ラメットの水需要に おいて地下茎を介した他のラメットからの水移動がどの程度寄与しているのか,地下 茎を介した水移動が一日の中で,いつ寄与しているかについて明らかにした。2 本の ラメットとそれを繋ぐ地下茎を1 つのフラグメントと定義し,フラグメントの稈及び 地下茎で茎流速度を測定した結果,稈に挟まれた地下茎で茎流の向きが日中に明瞭に 変化し,その流れの向きは小ギャップにおいて,より明瞭にフラグメント端の水要求 量の綱引き関係にしたがうことを明らかにした。 林床部において,晴天の日中に稈から地下茎へ下向きの茎流を観測し,このような 逆流が稈における日積算流量の約60%となることを明らかにした。一方,小ギャップ のフラグメントでは稈内の蒸散量に対して,地下茎を介したフラグメント外からの流 入が57.4〜82.3%となることを明らかにした。 林外のラメットは,高い光合成能力により大きい炭素獲得量を示すものの加齢によ る葉面積の低下に伴い獲得量の減少も大きく,炭素獲得効率を最大とするように約2 年でラメットを回転させる戦略を示した。また水消費は大きく,水消費の半分以上は 地下茎を経由した他のラメットからの水供給に依存していた。 一方,林床のラメットは炭素獲得量が炭素投資量を賄えず,明るい場所のラメット からの炭素投資によって維持されていることが示唆されたが,林床のラメットは他の ラメットに水を供給していた。このときに地上稈から地下茎への下降流がしばしばみ られ,林床のラメットの稈は水貯蔵器官としても機能していた。 これらの知見は,冷温帯に広く分布し森林のバイオマスや動態に大きい影響を持つ チシマザサの生存戦略を炭素と水収支から明らかにしたもので,チシマザサの制御技 術に寄与するのみならず,クローナル植物におけるラメットの機能分化の研究に寄与 するものと認められる。さらに葉から地下茎への水の逆流が他のラメットの水消費の 短期的補償に寄与した観測例は,植物体内の水の流れの複雑さを示すものとして評価 できる。
基礎となる論文
1) Tsunoda, Y., S. Furukawa and H. Mizunaga: How does the longevity of
Sasa
kurilensis
ramets respond to a light gradient? An analysis of ontogenetic changes to hydraulic resistance and carbon budget within a ramet. Ecological Research, 32 (2) 117-128, 20172) Tsunoda, Y., K. Ozawa, Y. Katoh and H. Mizunaga: The water transportation within a clonal-fragments of