本語教師供給増に向けた課題─
著者
平畑 奈美
著者別名
Nami Hirahata
雑誌名
国際文化コミュニケーション研究
巻
1
ページ
139-158
発行年
2018-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00011210/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja1 はじめに 国内外で進行するグローバル化に対応するため、日本の公的機関は、日 本語教師の国内での活用や海外派遣を、いっそう進めることが重要である と各所で述べている。一方、巷間では日本語教師の不足が伝えられている。 これ自体は、訪日外国人の急激な増加に対して現状の教師数が見合ってい ないために生じた事態であると考えられるが、憂慮すべきは、人材の供給 源の問題、特に日本語教師を志す若者の減少である。 本稿では、公文書と先行文献に基づいて、この状況を概観、整理し、問 題の背景と原因について論じる。また、若年の日本語教師の供給を増やす 上で有効性が期待できる対策についても考察する。 2 背景 2 .1 日本語教育と日本語教師養成に対する国家的ニーズの高まり 平成28年11月に、文化庁文化審議会は、「文化芸術立国の実現を加速す る文化政策(答申)」1を公開、東京オリンピック以降を見据えた日本の文 化振興に向けた提言を打ち出した。その一章「文化活動の基盤を整える」 の項目の一つに、「日本語教育の質の向上」があげられており、次のよう に書かれている。 外国人に対する日本語教育については、国内では、外国人の生活や社 会参加を支えるだけでなく、我が国の将来の経済活動、国際交流、文化
「日本語教師不足」問題に関する考察
─若年日本語教師供給増に向けた課題─
平 畑 奈 美論文
交流においても、大きな役割を担うものである。在留外国人の増加傾向 が続く中、我が国の社会の多様性が高まれば高まるほど、互いのコミュ ニケーションの力を高めるための日本語教育施策が、今後ますます重要 になってくる。同様に、国外においても、諸外国の人々に、日本語を学 ぶことを通じて、文化芸術をはじめとした日本への理解を深めてもらう ことは大きな意義がある。 これらを踏まえ、国内で日本語教育を実施している機関及びその教育 内容の質の向上や、日本語教育人材2の養成・研修、日本語教育を通じ た国外への日本文化の発信について、関係省庁と連携しながら取組を強 化すべきである。(p11) イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、中国、韓国等、世界の主要国 は、いずれも外国人への自国語教育に多くの資源を割いている。日本にとっ ても、日本語教育が、産業振興、外交、文化交流等の観点からみて重要で あることは、日本語教師養成制度の整備が始まった1980年代以前から認識 されていた。2010年代に入り、日本の周辺環境の変化が顕著になり、また 日本国内の労働力不足が激化する中、日本語教育は国の課題としての重み を増した。世界最速で少子高齢化が進む日本は、外国人労働者、とりわけ、 医療や介護領域で働く外国人を切実に必要としており、その受け入れ、定 着を円滑にするために、第二言語としての日本語(JSL)教育体制の充実 が欠かせないということは、もはや議論の余地もないほどに明白である。 2016年には超党派の国会議員が、 3 名の文部科学大臣経験者を中心に、日 本語教育振興基本法の制定を求める「日本語教育推進議員連盟」を立ち上 げた3。国内の外国人労働者およびその子弟に対する日本語教育の充実、 海外での日本語普及の推進、日本語教師の増員の必要性等を訴えて活動し ている。 一方、海外で行われる外国語としての日本語(JFL)教育も、その目的
と性格を変化させつつある。第二次大戦後、いったん停止された日本国外 での日本語教育は、戦後補償の一環として再開はされたが、その後永く「諸 外国からの要望に応える」という名目で、つまり、日本側の自発的意志を 押し出さない形で行われていた(嶋津2006、河路2011他)。しかし2000年 代以降は、日本のより積極的、かつ自主的な意図を明確にして行われるよ うになった4。近年は、首相の外遊時に、政治的案件の合意、現地での共 同事業への着手宣言と抱き合わせるようにして、日本語教師の派遣や育成 が決定される事例が散見する。直近の報道では、2016年 8 月、ブラジルを 訪問した安倍首相は、「日本語教育等の活動に従事するJICAボランティア を大幅増員する」と宣言した5。2017年 6 月には、第23回国際交流会議「ア ジアの未来」晩餐会において、首相は「アジアの各地で 3 か所くらい拠点 を選び、日本語の先生を育てる場所を設けます」と発言した6。2017年 9 月には、首相は訪問先のインドで、北朝鮮に対する制裁履行に関してイン ド首相と意見の一致をみたことに触れつつ、今後 5 年間、インド国内で日 本語教師 1 千人を育成すると述べた7。 日本との経済関係の緊密化するASEANに対しては、安倍首相は2013年 12月の訪問時に「学生やシニア層を活用して日本人の教師を3000人以上派 遣する」と約束した。その半年前、2013年 6 月に首相官邸にて開催された 第 3 回アジア文化交流懇談会の議事要旨には、「日本から特に若い世代の 日本語教師を派遣して、各国の日本語教育の充実に役立てるなどするべき」 といった委員の発言8があったことが確認できる。こうした動きを受けて、 2014年には、外務省管轄の独立行政法人である国際交流基金アジアセン ターが、満20歳以上の日本人が参加できる「日本語パートナーズ」9事業を 開始した。 このように最近の日本が、海外への日本語教師派遣や、海外での日本語 教師養成に意欲的になった理由は、2013年12月に外務省が発表した「海外 における日本語の普及促進に関する有識者懇談会最終報告書」10の記述か
ら推測できる。戦後日本が海外で日本語教育を行う意義としては、前述の 通り、第二次大戦中の事情を鑑み、発展途上国の開発に資する、若者同士 の交流を促進する等、日本の利益を度外視した、利他的なものがあげられ るのが従来の常であった。しかし、この2013年の報告書の中には、「(海外、 特に東南アジアに進出する日系企業には)円滑なコミュニケーションを基 盤に周到な企業活動を展開する必要があり、このため架け橋となる日本語 人材が不可欠である」(p 7 )、「近年、中国をはじめ新興国の経済力が伸長 し、自国語普及の取り組みを年々強化する動きがある中、海外における日 本語のプレゼンスが相対的に低下し、欧米等では一部に中国語等へのシフ トが認められた。また、近年グローバル化への対応もあり、外国語教育に 力を入れている東南アジア地域では、英語が第一外国語として揺るぎ無い 地位を確立している一方で、第二外国語については、いわば限られた「パ イ」(需要)を、日本語を含む第三言語が奪い合うといった状況を呈して いる」(p11)など、日本の国益の確保、厳しい国際間競争の中で勝ち残る 必要性への注目を促す記述が見られる。 海外での日本語教育が「他国から求められて行うもの」、「国際交流のた めに行うもの」から、「日本の経済的、政治的利益確保のため必要なもの」 へと変わっていった背景には、敗戦から十分な時間が経過したということ もあろうが、外国人労働力の獲得、グローバル化への対応についての日本 の危機感がかつてないほど高まったということも大きいだろう。無論のこ と日本語教育は、この危機解決の唯一の方策ではない。しかし、各資料を 総合的に見て、日本語教育推進と日本語教師の育成強化は、日本の国力増 強につながる鍵の一つとして重要であると、少なくとも公的には認識され ていることがわかる。だが、そのための具体策はまだ発表されていない。 2 .2 国内外の日本語教育の概況 最新の日本語教育の概況について、国内では文化庁(2016)が、海外で
は国際交流基金(2015)が、それぞれ調査結果をまとめている11。 まずは国内の値から確認したい。2016年、日本国内の日本語学習者は 217,881人で過去最高を更新した12。前年比では+13.6%、東日本大震災の 影響で大きく落ち込んだ2011年の128,161人と比較すると、+70.0%である。 一方、日本語教師数は37,962人でこれも過去最高であるが、前年比+5.0%、 2011年との比較では、22.2%の増加に止まっている(図 1 )。 同年の日本語教師の属性別内訳を見ると、58.1%がボランティア、非常 勤教師が29.7%、常勤教師が12.2%となっている。ボランティアが多いこ とから予想できるように、年代別のボリュームゾーンは60代で、50歳未満 の日本語教師は31.6%しかいない。国内の日本語教師の過半数が、ボラン ティア、50歳以上という構図は、この10年以上大きく変化していない。ボ ランティアの日本語教師の数は年による増減も激しく、ボランティアが教 師供給のバッファーとなっていることがみてとれる。 図 1 国内の日本語教師数の推移(文化庁資料に基づき作成) 次に海外のデータだが、2015年の調査で、世界137ヵ国・地域に、3,655,024 人の日本語学習者と、64,108人の日本語教師の存在が確認されている。海
外の日本語学習者数は、国際交流基金が調査を開始した1979年から一貫し て増え続けてきたが、今回初めて、前回調査(2012年)3,985,669人から約 8%減少した。日本語教育の特に盛んな、韓国、インドネシア、中国にお いて学習者が大幅に減少に転じたことが影響したとされている。日本語教 師数は前回調査よりわずかに増加しているが、日本語母語話者教師に限っ てみると、2015年は14,301人で、2012年の14,819人と比して3.5%の減少と なっている13。 つまり公的機関が日本語教育と日本語教師育成の推進の重要性を強調し ているのにもかかわらず、増え続ける国内の日本語学習者に対しては、主 にボランティア教師の増加で対応しているというのが実情であり、それす らも充分ではないのである。親日家育成の観点から見て重要な海外の日本 語学習者の数は減少に転じ、母語話者日本語教師数も減少している。こう した中で、「日本語教師不足」を指摘する声が大きくなっている。 3 「日本語教師不足」問題をめぐって 3 .1 「日本語教師不足」に対する関係者の危惧 文化庁はそのHPにおいて、2016年 9 月の「日本語教育推進会議第 7 回 議事録」14を公開している。この中に、(社)全国日本語教師養成協議会の 吉岡正毅代表理事の発言が記録されている。 日本語教育を担う日本語教師の不足が問題となってきております。文 化庁の国内の日本語教育の概要を基に日本語学習者数と日本語教室数の 過去 5 年間の年平均伸び率を算出し、それを基に今後 5 年間を想定する と、現在、教師一人当たり5.3人の学習者を維持するとなると、2020年 には 1 万7,000人の日本語教師の不足が想定されます。かなり荒っぽい 計算ですが、現在、現実に日本語教育の現場、特に日本語教育機関はも ちろんのこと、海外での日本語教育現場、さらには公的機関でも、日本
語教師不足に直面しております。(pp19-20) 語学教育図書出版大手アルク社は、そのHPに掲載している「日本語教 師求人ガイド」15にて、多少控えめに、「日本語教師が不足気味というデー タ」があると記している。一方、同じく語学教育図書の出版社凡人社は、 同社の運営するHP「日本語教育学のデザイン」16にて、東京都内日本語学 校に勤務する新山忠和氏の2016年 8 月 1 日付けのエッセイを紹介している が、氏はそこで「日本語教師が足りない!(中略)日本語学習者は増加傾 向ですが、教師の供給が追いつきません」と強調している。 日本から海外への日本語教師の公的派遣を担う主要団体である国際交流 基金は、2017年 6 月15日に開催された「第 8 回日本語教育推進議員連盟総 会」に提出した資料「海外の日本語教育の現状と課題」17を、日本語教育 学会のHPで公開している。そこには、海外の日本語教育の三つの課題の 一つとして、「海外日本語教育人材の不足:海外で日本語教育を行う人材(各 国の現地日本語教師、海外で教える日本人日本語教師ともに不足)の育成 が急務」という項目が記されている。この他、前述の「海外における日本 語の普及促進に関する有識者懇談会最終報告書」(2013)にも、「日本語学 習者が増えている国・地域においては、日本語教師の数が絶対的に不足し ているのみならず、質も十分なレベルに達していない場合が多く、そのこ とがせっかく高揚した日本語学習熱を将来的に低下させる危険性をはらん でいる」(p18)とある。 この「日本語教師不足」はなぜ起きているのだろうか。まず、近年の訪 日外国人の増加、これと並行して進んだ国内の日本語学習者の増加が急激 すぎたということがあるだろう。加えて、文化庁が2017年度より、国内で 日本語教師養成を行う日本語教育機関(日本語学校)について、文化庁が これを認定するための条件を厳格化したため、民間での日本語教師養成が 難しくなったという指摘もある18。ただし、この新基準の適用は始まった
ばかりであり、現在の日本語教師不足の主要因とは考えにくい。 もう一つの要因として考えられるのが、日本語教師志望者の減少である。 前述の「日本語教育学のデザイン」のHPにて新山氏は、「日本語教師の需 要は高まる一方ですが、供給源である養成講座の受講生数は全体で伸び悩 んでいます」と書いている。 日本では、日本語教師は厳密には公的資格ではないが、公的機関の関与 のもと定められた、日本語教師の基準が三つある。第一が、日本語教育能 力検定試験19の合格、第二が、その日本語教育能力検定試験出題範囲にそっ て構成された420時間の日本語教師養成講座の受講・修了、第三が、大学 で主専攻ないし副専攻として日本語教育学を学ぶことである。「供給源で ある養成講座」とは、この第二、ないし第三の条件を指すと見られる。 日本語教師の数の帳尻を合わせてきたのはボランティアだが、ボラン ティアはボランティアであるがゆえに、上記三条件のいずれも満たしてい ないことも少なくない。しかし、文化庁が日本語教師養成を行う機関の認 定基準を厳しくしたこともその一例であるが、社会の状況変化にあわせ、 より質が高く、かつ安定的に勤務する日本語教師を求める風潮が強まって いる。専門的な知識を身につけ、日本語教師として今後も長期的に活躍し、 業界の中核を担える、若い人材の定常的な流入が必要である。その見通し がなければ、「日本語教師不足」はより深刻さを増し、日本の人材確保、 国際化推進の障害となっていくだろう。 3 .2 「日本語教師不足」は低待遇が原因なのか 日本語教師不足を懸念する声は常に、日本語教師の低待遇を慨嘆する声 を伴う。確かに、日本語教師の低待遇という問題はかねてより指摘されて きた。毎日新聞社の一般紙「サンデー毎日」2016年 6 月12日号20には、「低 賃金実態に待遇改善も必須 国際化の最前線『日本語教員』」という見出 しとともに、非常勤日本語教師の厳しい生活状況が描写されている。
しかし、「日本語教師」あるいは「日本語教員」、「日本語教育人材」等 の名称でひとくくりにされるものの実態は、実際には非常に多様であり、 給与体系も様々である。 2 .2 節において述べたように、現在日本語教師 の約 6 割がボランティアである。ボランティアの実態も様々ではあるが、 本来自発的意思を示すボランティアという語の字義通りに考えた場合、ボ ランティアの対価が低いのは当然のことともいえる。非正規雇用者の立場 で教える日本語教師の賃金が、正規雇用者と比して低いのも、それ自体は 驚くにはあたらない。 日本語教師は、多くが公務員である学校教師(教員)と異なり、全国一 律の給与基準で働いているわけではない。「教員」という語は学校教育法 に従って勤務する人間に適用される法律用語であるが、日本語教師につい ては、私塾で活動するボランティアであっても「日本語教員」という言葉 を用いて表現する場合があり(平畑2014:33)、学校の教員と類似した存 在であるかのような印象を与えることが、認識の混乱に拍車をかけている。 仮に、「会社員の待遇改善」という主張を行ったとすれば、どの会社の、 どのような仕事につく会社員についてのことであるかが問われるはずだ が、日本語教師については、一律に「日本語教師」というカテゴリーでま とめて語られる傾向が強い。 日本において、その数の不足や待遇が問われる日本語教師となると、母 語話者(日本人)が中心となる可能性は高いが、それでも、年齢層や勤務 形態、勤務先はそれぞれ大きく異なる。賃金体系も極度に異なっており、 中には非常に報酬の高いポストもある21。にもかかわらず、日本語教師と いうものはおしなべて待遇が悪く、「食べていけない」という、偏った固 定観念が一般に形成された過程を、丸岡(2015)は、過去の日本語教育施 策の迷走と、80年代以降の日本語学校乱立期の問題に関するメディア報道 と結びつけて論じている。 アルク社が発行する一般紙「月刊日本語」の2009年 9 月号は、日本語教
師305人に対して行ったアンケートの結果を公開している。なお、ここで「日 本語教師」と総称されているものとは、主として「日本国内の日本語学校 に勤務する日本語教師」であって、国内外で働く様々な日本語教師の全体 を網羅しているわけではない。ともあれこのアンケート結果によると、「日 本語教師」の81.2%が女性であり、家族との同居者が73.4%、扶養家族の ない者が84.3%である。「仕事に見合うだけの報酬を得ていると思います か」という質問に対して、「はい」が18%、いいえが「40.7%」、「どちら ともいえない」が37.7%であり、確かに給与に不満を持つ群が、持たない 群よりも多いことは確認できる。他方、興味深いデータもある。全体のう ち67.5%が他業種からの転職者であるが、そのうちの実に94.4%が「転職 してよかったか」という質問に、「はい」と答えている。そして、日本語 教師としての自分の生活に満足する人は、「大変満足」と「やや満足」を 合わせて72.5%である。同誌は、この結果を一般人対象の調査結果と比較 し、日本語教師という仕事は、他の仕事と比べ、やりがいがあり、「ワー クライフバランス的には、むしろ魅力のある仕事である」(p29)と分析す るキャリアコンサルタントの意見を紹介している。 日本語教師の多くが現状に満足しているから給与を上げなくてよい、と いうことでは決してない。しかし、日本語教師不足の解決のために、給与 を上げることが絶対条件だとは言えないことを、この結果は示唆している。 ボランティアではない現役日本語教師の多くに同居家族がおり、扶養者を 持っていないという、この状況が理想的なものであるかどうかはさておき、 給与の低さや、非正規雇用であることは、少なくともこの調査の回答者で ある、「国内日本語学校勤務の現役日本語教師の相当数」にとっては、日 本語教師を続ける上での致命的な障害とはなっていない。真の問題は、こ れから日本語教育界への参入を考える層、特に若年層が、このようなイメー ジの染みついた「日本語教師」という仕事をどう考えるかである。
3 .3 若年層の日本語教育離れ すべての日本語教師のポストが低待遇なわけではないとしても、また今 後、日本語教師不足に悩む日本語教育機関が、高賃金のポストを増やした としたとしても、一般の市民、特に若年層が、日本語教師になることに関 心を持たなければ、好待遇のポストも現職日本語教師だけで消費すること となり、日本語教育界の人材は、いずれ枯渇する。これは実際に懸念され ていることである。丸岡(2016:29)は「職業としての日本語教師から距 離を置こうとする姿勢が若年層に広がりはじめている」と述べている。 文化庁のデータ11によれば、日本語教師養成講座を運営する機関数には さほど変化がないのにもかかわらず、養成講座を受講する日本出身の受講 者数は減少傾向にある。特に、高等教育機関に所属して日本語教師養成を 受ける、学生の数の減少は顕著である(図 2 )。 図 2 日本国内で日本語教師養成講座を受講する日本出身者22の数の推移 (文化庁資料に基づき作成) *2006年度データには欠損値があり非表示 JICA(国際協力機構)の国際ボランティア、青年海外協力隊の日本語 教師に応募する若者の数も減少している。青年海外協力隊の志望者は、全
体としても減少傾向にあるが、日本語教師隊員志望者の減少はより著しい。 前者が、2003年のピークから12年で約70%減少したのに対し、日本語教師 隊員志望者は、同時期に実に95%減少している(平畑2017:76-77)。 日本の若者の「日本語教育離れ」と、それによる若年日本語教師の減少 は、日本が海外に派遣する日本語教師を確保する上で、とりわけ深刻な影 響を及ぼすおそれがある。日本国内には多くの母語話者教師がおり、年齢 層も厚い。しかし、国内で働く壮年以上の日本語教師となると、彼らがそ の仕事を辞めて海外にわたるのは容易ではない。海外の日本語教育は、日 本からの若い日本語教師に、より依存している。田中(2012:11)は、海 外の日本語教師について、滞在許可の問題があることに触れ、「居住者で あるから日本語教師になっている母語話者が多いことは否めない」として いるが、結婚等によって居住権を認められた者が、日本語教育の十分な知 識や技術を持っているとは限らない。海外の日本語教育の発展には、知識 と技術を持つ人材の、日本からの派遣が重要である。その日本語教師が若 年者であり、帰国後も日本語教育に従事するとすれば、日本の日本語教育 界あるいは国際化活動の活性化も期待できる。「海外における日本語の普 及促進に関する有識者懇談会最終報告書」(2013)は、次のように記して いる。 日本語教師の量的拡大と質的向上は、学習者の日本語能力の向上にも、 学習意欲の持続・拡大にも極めて大きな影響を及ぼす。したがって、海 外に日本語ネイティブ教師(日本人)を送り、現地で直接教えたり、現 地日本語教師の能力向上に協力したりすることが重要である。(略)日 本語の博士号取得者や十分な経験を有する専門家の数は増えず、また、 JICAの日本語教育ボランティアへの応募数も年々減少している中、日 本人日本語教師の供給を増やす努力がなされるべきである。このために は、日本語ネイティブ教師の日本国内での地位向上と待遇面での改善や
日本語教師の安定したポストを増やす取り組みが必要である。(p19) ここでも人材不足の原因として「待遇」が取り上げられているが、同時 に「日本語ネイティブ教師の日本国内での地位向上」も問題視されている ことに注意したい。これは文脈からして、海外に送られ、帰国した日本語 教師のことを指すと思われるが、その問題はまずは「地位向上」であって、 それが「待遇面での改善」とは分けて表記されている。ここまで議論して きた「低待遇」問題以外に、「地位向上」という問題が、日本語母語話者 教師の供給を増やす上での課題としてあることがここに示唆されている。 3 .4 若年層の「日本語軽視」と「専門職志向」 ここまでの内容をまとめると、日本語教師不足が取り沙汰される背景に、 日本語教師志望者の減少があり、日本語教師志望者の減少が起きたのは、 「日本語教師は低待遇」であるから、あるいは、日本語教師は低待遇だと いうイメージが一般に浸透したからだというのが、大方の関係者の見解で ある、ということになる。しかし、ほかの問題がある可能性も示された。 日本語教師の「地位向上」がなされていないということである。 嶋津(2016)は、海外への日本語普及について、日本国民がどのような 考えを持っているのかについて、20代から60代までの男女2,720人に、イ ンターネットによる調査を行った。その結果、海外の日本語学習者が「増 える」ことはよいことだとみる意見は確かに多いが、日本語学習者を「増 やす」ための事業を「重要」だという人はそれほどは多くなく、また、若 い世代は、上の世代よりも、より顕著に、日本語学習者を増やすための事 業の重要性を低く評価した。さらに、「若い世代は上の世代に比べて、日 本語学習者を「増やす」ための事業のみならず、日本語学習者が「増える」 という現象そのものにたいしても、それを是とする比率の低い」ことが確 認されたという。また、海外での日本語普及を重要だとは考えない人に対
して、その根拠を尋ねたところ、全世代を通じて最も多かった回答は、「国 際相互理解のためには英語を使えば充分だから」だった(同:27)。 一方、平畑(2017)は、JICAの青年海外協力隊日本語教師隊員経験者 116名に対し、協力隊経験をどう捉えるかについてアンケート調査を行っ た。「協力隊を経験してよかったと思うか」という問いに対して、「非常に そう思う」という回答が80%、「そう思う」が16%、「そう思わない」は 0 % であった。「人生を変えるほどの経験だったか」については、「非常にそう 思う」と「そう思う」をあわせて75%、一方、「必ずしも協力隊でなくて も他に有意義な経験を積む方法はあった」は、「非常にそう思う」と「そ う思う」をあわせて26%である。「自分たちは海外における日本のイメー ジや存在感の向上に貢献したと思う」は、「非常にそう思う」と「そう思う」 をあわせて86%で、全体として彼らが自身の仕事に満足し、大きな意義や 価値を見出していることは明らかである。だが、その日本語教師としての 活動経験が日本社会から高く評価されると思うかという質問については、 「非常にそう思う」と答えた者は皆無であり、「そう思う」と答えた者も 116名中 9 名のみという結果だった。 続いて、様々な仕事の中から理想の仕事かを選ぶという課題を出し、 1 位、 2 位に選ばれた仕事を分析したところ、青年海外協力隊日本語教師経 験者は、日本人一般23と比して、収入や安定、労働時間の短さに対するこ だわりが極めて低く、一方で、専門知識や特技が生かせる仕事、世の中の ためになる仕事への志向は、著しく高いということが判明した(図 3 )。 日本語教師の専門性へのこだわりは、途上国への社会貢献を目的に活動 する青年海外協力隊の日本語教師に限らない。国内の日本語学校の教師を 対象に調査を行った末吉(2012)は次のように指摘している。
図 3 JICA青年海外協力隊日本語教師経験者の考える「理想の仕事」(平 畑2017より転用) (●は協力隊経験者がより高く評価した仕事) 多くの女性は専門職を求めようとしている。日本語教師の仕事に多く の女性が就き、今後も続けたいというのは、日本社会で比較的女性が就 きやすい仕事の一つと考えられており、そこに今後の可能性を見出そう とするからではないだろうか。(略)日本語教師の仕事は社会的地位が 低い。それは日本人なら誰でも日本語を教えられるだろうと思われてい るためにその専門性を評価されないことや、ほぼ無償のボランティアで 関わる人が多いことなどが影響していると思われる。(末吉2012:98) 日本人の、特に若者たちの中に「母語軽視、英語重視」とも言うべき風 潮が広がる一方で、なお一定の層は、日本語教師は専門職であり、世の中 のためになる仕事であるとして、これを志す。しかし、実際に日本語教師 になった彼らは、日本社会からの低評価に直面する。
待遇が十分ではない職、不安定な職に従事する人の数は、日本では増加 傾向にある。その点のみを取り出せば、日本語教師が群を抜いて魅力のな い職とは考えがたい。日本語教師のポストの中には、好待遇のものもある ということも、容易に調べられることである。しかし、「日本の学生は、 専門性を有する職業への就職をより強く希望するようになると見込まれて いる」(森田2006:252)という指摘もある。専門性は、不安定な社会で自 らを守るためだけではなく、社会からの承認を得て、自信と精神的な充足 を得るためにも必要である。日本語教師という職が、専門性が低く社会に 貢献もしない仕事だと思われているのであれば、日本語教育や国際的活動 に関心があり、経済的利益より社会貢献を選ぶ若者たちでさえ、その進路 の選択をためらうようになるのは、当然の帰結であろう。 4 まとめと提言 日本語教師不足の解決のために、待遇の底上げを図ることは、確かに短 期的な有効策の筆頭ではあるかもしれない。しかし、より根本的な対策と して、日本語教師の専門性、その仕事の社会的意義についての、日本社会 の認識を変える必要があるというのが、本稿の結論である。国が日本語教 育推進の重要性を謳い、日本語教師の海外派遣も増やしたいのであれば、 それを実際に担う未来の日本語教師、若い学生たちに、この道に進む意義 と希望を提示しなければならない。 国民全体に対する、母語普及活動の価値についての息の長い啓蒙活動を、 本腰を入れて行う必要がある。日本語教育・日本文化教育のあり方を、外 国語教育と組み合わせて議論できる素地を作らなければならない。日本人 と外国人との相互理解は英語だけで充分であるという考え方が、一般の若 者に浸透した経緯の調査と、これが果たして真実であるのかどうかについ ての検討も、別途行う必要があるだろう。ただ、まずここでは、現在日本 語教育に関心を持つ若者たちを、日本語教師へと実際に誘導し、若年日本
語教師の供給を増やすために必要と思われる対策を提案したい。 第一に、「日本語教師」の多様性に関する認識の整理と人材育成方針の 明確化である。日本語教育の現場は非常に多様であるにもかかわらず、人々 の目に触れやすい一部の日本語教師のみが、日本語教師全体の固定化した イメージを形成した可能性がある。日本語教師は、世界の様々な場所で、 様々な条件で働く存在だということを、まず関係者が認識し、日本語教師 養成の潜在的対象者となる若年層にもこれを伝え、多様なキャリアモデル を提示していくべきである。これは国際化推進施策にもつながる。労働力 不足の深刻な日本が、外国人への日本語教育を強化しなければならない、 そのための人材が必要だというのであれば、どのような場、どのような形 態で働く、どのような日本語教師が必要であるのかを明らかにして、育成 計画を具体化する必要がある。ボランティアの活用が推奨される場と、知 識や技能の保持が担保された専任教師を置くべき場、その配置のバランス についても明らかにされなければならない。 第二に、日本語教師を志す層のニーズへの配慮、支援の強化である。本 稿で参照した各データが、日本語教師、日本語教師志望者とも女性が多い ということを示している。これは、特に海外で教える日本語教師の育成、 供給増を考える上で注意すべきことである。「働き方の見直し」や「女性 活用」が叫ばれる社会情勢を鑑み、20代から30代に海外派遣を経験する女 性日本語教師の、家庭形成、出産、育児の支援も考えていかなければなら ないだろう。 また、海外派遣後の若年日本語教師のキャリア構築や、専門性の伸長に ついての、支援の充実も必要である。彼ら/彼女らは、専門性、やりがい、 社会貢献へのこだわりが強いことが示唆されている。アメリカの平和部隊 には、帰国後の隊員の大学院進学を支援するプログラムがあるが、日本の 青年海外協力隊にはこうしたものがない。海外で日本語教育に従事して帰 国した若者が、日本語教育界に、そして日本社会に、活力をもたらす可能
性を考え、その発展的な学びを保証していくべきではないか。 (本研究はJSPS科研費(JP15K04357)の助成を受けて行った。) 参考文献 河路由佳(2011)『日本語教育と戦争 「国際文化事業」の理想と変容』新曜社 月刊日本語編集部(2009)「特集 日本語教師アンケート2009」『月刊日本語 2009年 9 月号』12-31アルク 嶋津拓(2016)「海外への「日本語の普及」に対する日本国民の意識 インター ネット調査の結果から」日本語教育163、17-31 嶋津拓(2008)『海外の「日本語学習熱」と日本』三元社 末吉朋美(2012)「日本語教師のキャリア形成 日本の社会構造における性別役 割」『待兼山論叢 日本学篇』46、97-114 田中和美(2012)「ヨーロッパにおける日本語教育の状況 海外で日本語教師と して働く」『大学日本語教員養成課程研究協議会論集』7、11-14 平畑奈美(2017)「国際ボランティア日本語教師の帰国後の社会包摂 青年海外 協力隊の応募者減少問題に着目して」『言語政策』13、73-100 平畑奈美(2014)『「ネイティブ」とよばれる日本語教師 海外で教える母語話 者日本語教師の資質を問う』春風社 森田慎一郎(2006) 「大学生における職業の専門性への志向 尺度の作成と医学 部進学予定者の職業決定への影響の検討」『発達心理学研究』17(3)、252-262 丸岡敬介(2015)「「日本語教師は食べていけない」言説 その起こりと定着」『同 志社女子大学大学院文学研究科紀要』15、26-61 丸岡敬介(2016)「「日本語教師は食べていけない」言説 『月刊日本語』の分析 から」『同志社女子大学大学院文学研究科紀要』16、1-38
注 URLはいずれも2017年12月10日参照 ────────────── 1 文化庁 http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/sokai/sokai_16/pdf/ bunkageijutsu_rikkoku_toshin.pdf 2 日本語教育人材とは、近年文化庁等が使用するようになった語で、日本語教師 および日本語教育に携わる人の総称である 3 毎日新聞2016年11月 8 日付東京朝刊 5 頁 4 国際交流基金のHPにて公開されている理事長声明には、「従来長い間、日本語 教育の推進にあたっては、「支援」という考え方がとられていた。 (略)現在 は日本語教育の「支援」という段階をさらに一歩進めて、日本語教育の「推進」 に踏み込まなければならない」(p8)とある。 http://www.jpf.go.jp/j/about/survey/ bp/pdf/rep_101130jk.pdf 5外務省 http://www.mofa.go.jp/mofaj/la_c/sa/br/page3_000872.html 6首相官邸http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2017/0605speech.html 7日経新聞アジアニュース2017年 9 月14日 https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS14H13_U7A910C1000000/ 8内閣官房 http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/asiabunka/dai3/gijiyousi.pdf 9国際交流基金アジアセンター 日本語パートナーズ http://www.jpf.go.jp/j/ac/nihongo_partners/ 10外務省 www.mofa.go.jp/mofaj/files/000022908.pdf 11文化庁文化部国語課『平成28年度国内の日本語教育の概要』 http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/nihongokyoiku_jittai/h28/ pdf/h28_zenbun.pdf 国際交流基金『海外の日本語教育の現状 2015年度日本語教育機関調査より』 https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/result/dl/survey_2015/all.pdf いずれも、数値は調査に回答した機関の報告のみに基づくものである。 12 2017年12月5日、NHKも「日本語学校急増」という問題をとりあげ、全国ニュー スでその実態を放映した。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171205/k1001124 7651000.html
13日本語母語話者教師数の減少の理由はこの資料では説明されていない。 14 文化庁 http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/nihongo_ suishin/07/pdf/gijiroku.pdf 15アルク http://www.alc.co.jp/jpn/article/s-guide/ 16凡人社 http://bonpublishing.wixsite.com/design/essay15 17日本語教育学会 http//www.nkg.or.jp/wp/wp-content/uploads/.../20170615_JF.pdf 18 2017年 5 月18日付西日本新聞朝刊に、「日本語教員養成、激減「人材不足に」 留学生対象、届出義務化」という見出しで記事が掲載されている。 19 公益財団法人日本国際教育支援協会が1986年より実施。例年合格率は22%前 後で推移している。 20 毎日新聞社 http://mainichibooks.com/sundaymainichi/society/2016/06/12/post-918. html 21 例えば、国際交流基金が派遣する日本語教育専門家の待遇が以下にて公開さ れているが、その中には年収1000万円を超えるポストも確認できる。http:// www.jpf.go.jp/j/about/recruit/download/30-js-guide.pdf 22 この図は文化庁公開のデータに基づき作成した。文化庁は、日本語教師養成 講座受講者を、「日本出身者」「外国出身者」に分けている。「日本出身者」は おそらく大多数が日本国籍を持つ日本人であろうと推定される。 23 NHKが2013年に行った「日本人の意識調査」に回答した、全国から無作為に 選ばれた16歳以上の日本人一般男女3,070人のデータ