知訥と道元の比較研究 ─信の理解を中心に─
著者
柳 濟東, 伊藤 真(訳)
著者別名
RYU Jeidong, ITO Makoto(Japanese Translation)
雑誌名
国際禅研究
号
4
ページ
203-218
発行年
2019-12
URL
http://doi.org/10.34428/00012064
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止1 .はじめに
韓半島の知訥禅師(1158-1210年)と日本の道元禅師(1200-1253年)は、 歴史的背景や教義の面では違いがあるものの、いくつかの共通点も見られ る。とりわけ、両者ともに13世紀ごろといういうほぼ同時代に、禅定を実 修する宗派をそれぞれ独自に確立してみせたことが挙げられよう。それは 仏教における究極の悟りへと向かう正しいアプローチをめぐり、それまで 両国の諸宗派に見られた対立を超克するものであった。 特に、歴史的・社会的激動による実存的危機の中にあってもなお、凡夫 に仏性ありと共に認めた、そんな二人の信のありかたは特筆に値する。 ただし近年、袴谷憲昭・松本史朗両氏による論争的な問題提起がなされ たこともあり、仏性の意義をめぐっては諸説紛々たる状況である。このた め、仏性という概念の重要性は今なお失われてはいないものの、より注意 深く検討することが必要となっている1。2 .韓国禅の創始者・知訥
韓国仏教史における知訥の位置づけについては、現代の韓国の禅者であ知訥と道元の比較研究
─信の理解を中心に─
*柳 濟東
**著・伊藤 真
***訳
*原題 “AComparativeStudyofChinulandDogenwithaSpecialReference totheirThoughtsonFaith” **류제동(リュ・チェトン)。成均館大学校客員教授 ***東洋大学非常勤講師る性徹師(1912-1993年)が悟りの頓・漸の問題について論争を巻き起こ したことは記憶に新しい2。しかしそれでもなお、従来知訥こそは韓国禅 の確立者として尊崇されてきたのであり、その韓国禅は中国の慧能禅師 (638-713年)の頓悟の流れと、同じく中国の禅者である大慧宗杲禅師 (1089-1163年)の「看話頭」すなわち公案を参究する修行とを忠実に受け 継いできたものである。この二つの側面は、今日の韓国最大の仏教宗派で ある曹溪宗の確立に欠かせなかったと、多くの研究者が考えている3。 大慧は曹洞宗の禅を「黙照禅という異端」と呼んで厳しく批判しただけ に、こうした韓国禅の伝統は日本の曹洞宗の伝統とはいくぶん異なってい る。しかし上記の通り、どちらも凡夫に仏性があることを信によって認め るという点は注目に値すると言えるだろう。 韓半島では歴史上、全般的に強力な民政が貫かれてきたのであり、軍政 が敷かれた高麗の中後期の危機的な時代は、比較的例外的な異常事態だっ た。そうした時代を生きた知訥は凡夫の内に仏性を認めることをとりわけ 重視したと言えるだろう。それは一方では中国禅の影響によるものであり、 他方では危機の時代にあって、人間の脆さに対するみずからの実存的な体 験と省察によるものである。 さらにまた、知訥は禅定を重視する諸宗と教学を重視する諸宗との融和 に深く心を砕いていた。このため両者それぞれが依拠する経論の中に、衆 生に仏性を認める証左を見出すことで、その融和を確固たるものにしよう と腐心した。その結果、幸いにして中国の華厳思想家である李通玄(635-730 年)の著作の中に、そうした思想を見いだすことができたのだった4。 信に対する考えについて言えば、知訥は李通玄の思想を積極的に受け入 れ、李通玄の主著である『新華厳経論』をみずから要約して批評を加えた。 そして同書に見られる李通玄の信の考えは、まさに衆生済度という慈悲の 誓願と結びつけて理解すべきことを確認し、知訥はとりわけ胸を打たれた のである5。知訥は李通玄の『新華厳経論』を抜粋した『華厳論節要』の 冒頭で、李通玄の次のような言葉を引いている。
一切の凡夫と一切の聖人は本来すべて法界において一つである。……一切 の諸仏と一切の衆生は性として真の法界に住し、同じ智慧を有するのであ るから、彼ら(衆生)の分別こそはまさに一切の諸仏が本より有する不動 智そのものなのである。凡夫と聖人たちが共にこの智を有し、その真実性 において一つであるならば、彼ら(凡夫)は自らの心はまさに諸仏の種智 でありかつ諸仏の一切智であるとの真実を、完全に信じるに至るのである。 それ故に衆生は、迷いの心によって諸仏をみずからの心の外にある信心の 対象とすることはない。さらに、彼らはみずからの心の中に仏の像を刻む こともしない。そこにそのようなものを見ることを望まないのだから6。 知訥も同様に、衆生と諸仏が性として同一であることへの信を強調する。 ここで着目すべきは、愚痴なる衆生がその心の中であれ外であれ、そこに 仏の像を見出すような信について否定的に述べている点である。心中であ ろうと心外であろうと、信の対象としての仏の像を作り出してはならない という真実を、知訥は指摘しているのだ。すなわち、自己と仏の完全なる 同一性は、心の内や外に信の対象を思い描くことでそこに乖離を生み出す ことを許さないのである。この完全な同一性という見方は、松本史朗なら ば問題視するかもしれない。このような同一性は、既存の世界のありかた をそのまま正当化することで、社会的差別につながると松本は主張してい るからだ7。ここで我々は、知訥によるこの完全なる同一性の強調は、衆 生が悟りを追究するためには完全なる信念が必要なのだ、という彼の主張 を反映していると解釈できるのではないだろうか。凡夫のありかたと成仏 という状態の間に乖離がなければこそ、みずからの仏性を頓に悟ることが 可能になるのである。このことは、(衆生と仏とは)完全に同一であると しながらも、知訥が修行を強調したことによって裏づけられている。 この点を踏まえると、漸修はこのような完全なる同一性に対する信と併 せて理解すべきだろう。子供も成人男女も共に人間だが、子供は成人では ないのだ。知訥は次のように言う。
この過程は子供の成熟に喩えることができる。生まれたその日から、赤 子にはほかの誰とも同じようにすべての感覚器官が備わっているが、その 力はまだ完全に発達していない。何カ月も何年ものちに初めて、赤子はよ うやく成人になるのである8。 知訥は、凡夫は完璧ではないという事実をはっきりと認めている。衆生 がその性として仏そのものであるという真実を知訥は強調しているが、 我々はそれを慎重に理解しなければならない。両者の間に何ら違いがない としたら、彼の強調はトートロジーに過ぎず、無意味だろう。 知訥は圭峯宗密禅師(780-841年)の次のような言葉も引用している。 我々は凍りついた池が全く水であることはわかっているが、それを溶か すには太陽の温かさが必要だ。我々は凡夫が仏であることを悟るのだが、 それを涵養するには仏法の力が必要だ。かの凍りついた池が溶けてその水 が自由に流れれば、灌漑や洗浄に使うことができる。誤りが尽きれば心は 霊的かつ活動的となる。そうすれば神通の力が輝き出すだろう。心を薫修 していくこと以外に修行の道はないのだ9。 どちらも水と呼ばれ、水素と酸素から成るのだが、液体の水は凍りつい た氷とは異なる。凡夫はいわば氷の状態にある。凍りついた状態を溶かし、 液体の水のようにみずからを自由にしなければならないのだ。したがって、 自己と諸仏との同一性と諸仏との乖離との間には、一種の緊張があるので ある。 もう一点着目すべきなのは、信の対象を具体的にイメージ化することに 対する知訥の警鐘は、信を実体化することへの警鐘として理解できるとい うことである。仏像の尊崇は今でも仏教圏全域で行われている。それは修 行の一環としては許容される面もあるだろうが、誤った受け止め方をして しまうと深刻な問題を起こしかねない。信(の対象)を一種の名詞的な「も
の」として実体化してしまうと、我々が液体の水のように自由になること を妨げてしまうかもしれないからだ。この点についてはジッドゥ・クリシュ ナムルティの敬意についての言葉から適切に理解することができる。彼は 言う。 大臣や知事など、著名な人がやって来ると、誰もが敬礼することに気づ いたか? それをあなたがたは敬意と呼ぶのではないか? しかしそのよ うな敬意は偽りだ。なぜならその裏には恐れや欲望があるからだ。あいつ から何かをちょうだいしてやろうなどと思っているから、首に花輪をかけ てやる。それは敬意ではなく、いわば市場で売買に使うただのコインと同 じだ。あなたがたは使用人や村人には敬意を抱かず、何かを得られそうな 相手しか尊敬しないのだ。そのような敬意は実は恐れである。全く敬意な どではなく、無意味なのだ。しかしあなたがたの心の中に本当に愛がある ならば、あなたがたにとって知事も教師も使用人も村人もみな同じである。 そうすれば敬意を、つまりそれらすべての人々への思いを、抱くことになる。 なぜなら愛は何の見返りも求めないからである10。 つまり、クリシュナムルティは衆生が賢人たちを尊重したり尊崇したり する危険に警鐘を鳴らしている。なぜなら人々が恐れを抱き、他人である 賢人たちを尊崇するばかりであれば、みずからが賢人になろうとする勇気 を失ってしまうかもしれないからだ。このような形で敬意を示す態度は、 凍りついた状態にある衆生の臆病と恐れの表れに過ぎないのである。 知訥がこれらのことを力説するのは、認識論的な主張としてではなく、 人々が日常生活に応用すべき指示として理解すべきだろう11。真理を認識 論の範疇に限定してはならない。また、誰かを見本として賞賛することは、 みずから見本として生きることとは全く別である。みずからの仏性を完全 に悟ったとしたら、礼拝の対象として他人を賛嘆したり信奉したりする必 要はない。ここで信は静的であることをやめて動的になるのだ。信じるこ
とを、名詞的なスタティックなものとしてではなく、動詞的なダイナミッ クなものとして受け止めることができるようになるのである。 我々は世界を固定化された静的なものと見てしまうと、世界を変容させ る勇気を持ち得ない。我々はただその法則を遵守し、既存の秩序に従おう とするだけだろう。逆に世界を思わぬ変化に満ちたものと見れば、我々は リスクを覚悟で勇気を抱き、より大きなビジョンを抱いて前へ進むことが できるだろう12。我々はみずからのダイナミックな本性に気づくと、みず からを変えようとし始めるのだ。 さらに、像ではなく生きた人間こそが我々の慈悲の対象であり目的でな ければならない。ここでは「目的」という言葉はカントの定言命法におけ る意味で理解しなければならない。 そして、仏性が深甚なる諸特徴を持つからといって、我々は小心な臆病 者になってはならない。知訥は次のように言っている。 心の中に本来備わっている智としての仏性は深甚で思議しがたいが、そ れは[法蔵には]知られていなかった。すなわち仏の姿をみずからの心の 外にあるものとすれば、どうして真の信を成就することができようか?13 このような自己に対する信念は高慢だと考えてはならない。高慢にはみ ずからへの信念が持つ深甚なダイナミズムはないのだ。この信念はむしろ 自信と謙虚さを併せ持つ。世界は不思議に満ちており、我々の心もまたそ うだ。現代の科学は一見すると単純な「見る、聞く、嗅ぐ」などといった 人間の知覚でさえも、何百万年もの進化の過程の結果であることを明かし てくれた。最も単純なウイルスのようなものの構造でさえ、現代の最先端 の科学をもってしても解明し尽くすことも作り出すこともできないほど、 生命は複雑に入り組んだものなのだ。平凡な男や女も、その知性が著名な エリートに比べればどれほど素朴であろうとも、やはり上のような進化の 過程の結果なのである。ただしこのような視点は、我々に古の神秘主義に
陥ることを求めるものではない。この視点は、我々の身の回りの世界に対 して敏感かつ注意深くあれと、そして勇敢かつ大胆であれと我々に求めて いるのだ。 したがって、知訥が凡夫の中に仏性を認めることは、そのダイナミック な次元に特に着目しつつ、慈悲の誓願との関連からこそ正しく理解できる のではないだろうか。
3 .日本の曹洞宗の開祖・道元
道元が仏性を強調したことについても、みずからが生きた時代に対する 道元の憂慮を念頭に置いて理解することもできるだろう。ただし彼の膨大 な諸著作は、これまで以上に細心の注意を払った息の長い取り組みが必要 かもしれないが。近年のいくつかの研究成果を見ると、「鎌倉時代は、天 台宗を含む旧来の諸宗の目に余る腐敗ぶりを克服しようとして、劇的に新 しい宗派が誕生した画期であった」という従来の見方には疑念が湧く。し かしそれでも、道元が抱いていた同時代に対する危機感は、単なる誇張と 受け止めるべきではない。同時代に対する道元の評価は親鸞(1173-1262年) のそれとは異るものと理解すべきだが、みずからの時代の深刻な退廃ぶり はよく認識していたと考えるべきだろう14。 ただ、その深刻な事態に対する解決策は親鸞とはいくぶん異なっていた。 親鸞とは違って、道元は仏教の僧団(sangha)を浄化したかったと見る ことができるだろう─まさにほぼ同時代の韓半島における知訥と同様 に。道元は衆生の深刻な堕落ぶりを認識していながらも、その衆生のここ ろの中にこそ仏性があるという事実を積極的に認めたのだ─まさに知訥 と同様に。 知訥が大慧宗杲の方法論に従ったのとは異なり、道元は天童如浄(1163-1228年)に従ったわけだが、知訥と同様に、衆生の内にある仏性の救済力 を彼なりに見据えていたと言えるだろう。もちろん、道元も時代への危機感は親鸞と共有していたのだが、道元の仏性に対する信という点では、親 鸞が浄土往生に対して信を抱いたのとはいささか異なっている。親鸞がみ ずからは悟る力がないことに対する根本的な絶望から始めるのに対して、 道元はあくまでも衆生における仏性に対する信頼を抱き続けた。衆生の内 に仏性があればこそ、その衆生が危機的な状態にあると言うこともできる のだ。おそらく道元はこの真実に気づいていたのではないだろうか─ま さに知訥と同様に。 袴谷憲昭と松本史朗によれば、仏性論の致命的な影響は、我々が自己や 社会について批判的に考える必要を排除してしまうということにある。こ のことは、我々の努力によって具現化されるべき内なる潜在的可能性とし ての仏性と、我々の実際の存在状態との間に、決定的な距離を認める「仏 性内在論」に比べて、特に「仏性顕在論」において見られる。ここではも のごとの「ありのまま」のあり方が既に「あるべき」あり方であると是認 されるのである15。これは抑圧された人々に全く目を向けることなく、既 存の抑圧者たちを黙ってそのまま支持することにつながったと言えるので はないだろうか。 松本が「仏性内在論」と「仏性顕在論」を区別したことは秀逸な洞察と 言うべきだろう16。今日の世界における道元の著作の意義を探るには、我々 は「仏性顕在論」よりも「仏性内在論」の側面に注目する必要があろう。 なぜなら前者は批判的な距離を取ることをせずに、社会的差別を是認する 方向へ傾く潜在的可能性がより強いからだ。 しかしながら、「仏性顕在論」を含む一元論的な思想を社会的差別の唯 一の原因として批判すべきではないだろう。それは「民主主義の木は血と いう水で育てねばならない」と言われるとおりである。西洋においても民 主主義の歩むべき道はなお遥かに遠い。我々は思想やイデオロギーの役割 を過小評価してはならないが、仏教においてもキリスト教においても、い かなる思想もそれだけで民主主義を創出したり社会的公正を実現したりす ることはできないのだ17。
一元論における究極的な現実に対する信は、より合理的で自然であるか ら、一元論は今日の世界においてもなお建設的であり得るだろう。一方、 二元論における超越的な現実に対する信は、科学的思考に慣れ親しんだ現 代の理性的知識人たちには容易に受け入れられないような、一種の論理の 飛躍を必要とするのだ。 キリスト教においてさえ、超自然的な啓示に対する信は、理性との間の 葛藤を免れてこなかった。それに対して仏教は初めからそのような問題を 抱えていない。仏陀の説法は我々の知性と良識に、つまり合理的な判断に 訴えかけてくる。これは、啓示を信じる聖書的な信に不満を抱く実に多く の西洋の知識人たちが、仏教に惹かれる最大の理由かもしれない。 『正法眼蔵』における「深信因果」について、松本はこの「信」という 用語は読み手によってはその正確な理解を妨げてしまう側面を持つと主張 する。それは因果に対する道元の信が、超越的な信の跳躍に基づくのでは なく、「諦めること」に基づいているからだという18。この点で松本は袴谷 憲昭と石井修道を批判し、具体的には「自らのうちに深く受け止められた 業」を認めるという道元の「晩年の……厳しく辛い変貌」といった袴谷の 言葉や、「無明の自覚は、自己の業の深さを悲しいまでに知ることである」 といった石井の言葉に見られる誇張を指摘する。こうした誤解は、我々が 道元を親鸞とみまがうかのようなことにもつながると、松本は言う。 道元にとっての「宿業」は、親鸞におけるような「罪業」ではなく「宿 善」であると松本は強調し、道元には「罪業深重」といった自覚は見られ ないと述べている19。松本によれば、道元の宗教意識は親鸞のそれに比べ て楽天的であるという。 袴谷や石井の理解に比べて、確かに松本の理解の方がより正確だと見る べきかもしれない。しかし楽天的だからと言っても、その信が衆生を積極 的な意味で変貌させていく潜在的可能性を有する点を見逃してはならな い。我々が変わるためには、楽観主義の方が望ましいこともある。ただそ の場合、松本自身が述べているように、我々は道元の思想における「仏性
内在論」の側面によりいっそう注目する必要がある。
4 .結語
知訥も道元も混沌とした時代を生き、貪り、悪意、愚かさから自由な仏 教の悟りをめざして苦闘したと言えるだろう。ではその苦闘は何らかの成 果を挙げただろうか? 従来、両者はそれぞれに確固たる仏教の実践の伝 統を確立したと評されてきた。しかし今日の両者に対する評価は肯定的な ものばかりだとは言えない。韓国では近年、知訥は正統的な頓悟の教えか ら逸脱したとして、特に性徹師をはじめ、一部の僧侶や研究者から批判の 的とされてきた。そして日本では、批判仏教の研究者たちが道元の著作の 新たな解釈を提唱し、特に松本史朗の場合などは、それらの著作をこれま でよりもいくぶん低く評価することになった。ただし、彼らが基本的に目 指したのは、仏教の真正な教えを代表するものとして、道元の諸著作の本 来的な価値を確認することだったと見ることもできるだろう。 普遍的な真理への人間の目覚めは歴史的な制約を受けない場合もあると いう考えに賛同する者もいるかもしれないが、人間の言語表現、ひいては 人間のあらゆる思考は歴史的な影響の下にある。特に、過去の霊性的な導 師たちの思想の中に、近代的な平等主義、民主主義、あるいは社会的公正 などがその意義を十全に認識した上ですでに胚胎されていたと考えるよう な過大評価をしてはならないだろう20。今日的な諸思想は、たとえその源 流へと遡ることは可能だとしても、やはり現代の人間が自分たちの問題を 解決しようと努力した結果であり、今日の人類が置かれた状況を反映して いるのである。 とはいえ、全般的に見れば、知訥や道元を含む伝統的な宗教指導者たち の教えは人間性について本質的な真実を根源的な意味で明らかにしてきた と評価できるし、したがって彼らの諸思想は今日でもなお価値を有すると 言えるだろう。我々は今、とりわけ科学的・技術的進展の驚嘆すべき成果によって、極めて急激な変化の時代を生きているのだからなおさらだ。科 学技術の進歩は無数の利点と同時に多くの問題も孕んでいる。そこには富 の総体的な増加と同時に、貧富の格差の両極化による社会的階層化と差別 なども含まれる。こうした点では、知訥と道元の思想はあらゆる人間に仏 性ありと是認することで、平等主義の価値を霊性的な面から照らし出して いると評価することができるだろう。 しかしながら、知訥と道元の思想は過度に簡略化してしまうことなく、 正しく理解することが必要だ。とりわけ両者の意義は、既存の社会的秩序 の容認という静的な面ではなく、人間のありかたを変容させんと努める動 的な面に認めるべきである。知訥と道元における仏性に対する信は、既存 の社会的秩序を無条件に是認するものと理解すべきではない。知訥におけ る頓悟と漸修の峻別、道元における仏性の内在と顕在の峻別は、両者の信 のダイナミックな特徴を正しく理解する上で欠かせない点だろう21。 鈴木俊隆は今日の米国に道元禅を広めた功績でも知られるが、上の点に 関して、彼の信の理解が示唆に富む。 私たちに必要なのは、この教えに対する深い理解よりも、この教えに対 する強い信念であり、この教えは、私たちは本より仏性を持っていると説 いているのだ。私たちの実践はこの信に基づいている22。 時として学問的な理解は、みずからの信に対する確信に基づく我々の積 極的な努力を妨げてしまうことがある。つまり、頭でっかちな知識ばかり が仏教の悟りへと向かうための有益な準備であると考えてはならない。行 動をもたらさない静的な知識はむしろ有害ですらある。この点、知訥と道 元は共に修行を重視した点でまったく一致している。 さらに、鈴木俊隆によれば、無に対する信というものを精確に理解しな ければならない。そこでは、信は謙虚でありながら自信に満ちた態度をも たらす─まさに知訥の場合と同様に。しかも無とは単に何も無いことを
指すのではなく、さまざまな意外な変化に満ちた潜在的可能性を意味して いる。ただしそれらの変化は単なる偶発的なものではない。ただ乱雑なだ けの変化だとすれば、我々の世界は混沌に満ち、我々にとってまさに地獄 同然となるだろう。予想外の変化の中にさえ、ある種の確実性があるのだ。 正統な仏教的な信の考えによれば、我々の意図が善良であれば、究極的に は善良な結果が伴う。どこまでも冷徹な観察をこととする純粋な科学には このような視点はないし、またあり得ないだろう。鈴木俊隆は次のように 言っている。 「私たちの日常生活では、私たちの思考は99パーセントが自己中心的だ。 『なぜ私は苦しむのか? なぜ私は問題を抱えているのか?』と」。 私は無を信じることが必要だと気づいた。絶対的に必要なのだと。つまり、 私たちは形もなく色もないものを信じなければならない─あらゆる形と 色が現れる以前に存在する何ものかを。これはとても重要な点だ。どのよ うな神や教義を信じるかにかかわらず、それに執着すれば、その信仰は多 かれ少なかれ自己中心的な考えに基づくものになってしまうのだ23。 知訥と道元は混沌とした激動のただ中に生きたが、それでも彼らは希望 のあるビジョンへの道を見出した。仏教の教えに基づく彼らの洞察は、今 なお世界中の現代人にとって導きの灯火とするにふさわしい。世界は今日 でも予見できない変化に満ち満ちており、時には我々の平和、さらには我々 の生命そのものまでもが脅かされている。しかしどれほど悲劇的な可能性 の前にあっても、みずからの仏性に対する我々の信は挫かれることがあっ てはならない。 [引用文献] 知訥1989。普照全書、普照思想研究院編輯、1989、ソウル、佛日出版。 Chinul. 1983A. “Secrets of Cultivating the Mind,” The Collected Works of
Chinul,translatedbyRobertE.BuswellJr.Honolulu:Universityof HawaiiPress.
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CHAPTER7“,ThinkonTheseThings,Part1,Textsandtalksof Jiddu Krishnamurti. Krishnamurti quotes. Books about J. Krishnamurti.Philosophy.(http://jiddu-krishnamurti.net/en/think- on-these-things/1963-00-00-jiddu-krishnamurti-think-on-these-things-chapter-7).
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CritiquesofBuddha-Nature,”Pruning the Bodhi Tree: The Storm Over Critical Buddhism,JamieHubbardandPaulL.Swansoneds. Hawaii:HawaiiUniversityPress,pp.3-29.
【注】
1 Swanson,PaulL.1997.“WhyTheySayZenIsNotBuddhism:Recent Japanese Critiques of Buddha-Nature”, Pruning the Bodhi Tree: The Storm Over Critical Buddhism,JamieHubbardandPaulL.Swansoneds. Hawaii:HawaiiUniversityPress,pp.3-29.
2 ParkTae-won.2017.Donjeom Jinri Dahmron(『 頓 漸 真 理 談 論 』),Seoul: SechangPublishing,pp.14-19.
3 KeelHee-sung.2006.Chinuleui Seonsasang(『 知 訥 の 禅 思 想 』),Seoul: SonamuPublishing,pp.225-250.
4 KeelHee-sung.2006.Chinul, the Founder of the Korean Sŏn Tradition, Fremont:JainPublishingCompany,pp.90-110. 5 ParkJae-Hyeon.2002.“AStudyontheBojoJinul’sHwa-eomnonjeoryo,” (「普照知訥の『華厳論節要』の研究」)、『哲学』70、韓国哲学会、pp.5-24。 知訥のローマ字表記は‘Jinul’とする場合と‘Chinul’とする場合がある。 6 一切凡聖、本唯法界。……與一切諸佛衆生、同一心智、住性眞法界、所有 分別、是一切諸佛本不動智。凡聖一眞、共同此智、全信自心是佛種智、及 一切智故、不於心外、別有信佛之心、亦不於自心之中、見自心有佛相故。(『華 厳論節要』、普照全書、普照思想研究院編輯、1989、ソウル、佛日出版、p. 293)。
7 Matsumoto Shiro. 1997B. “The Doctrine of Tathāgata-garbha Is Not Buddhist,”Pruning the Bodhi Tree: The Storm Over Critical Buddhism, JamieHubbardandPaulL.Swansoneds.Hawaii:HawaiiUniversityPress, pp.165-173.
8 比如孩子初生之日、諸根具足、與他無異、然其力未充、頗經歲月、方始成人。 (『牧牛子修心決』、普照全書、普照思想研究院編輯、1989、ソウル、佛日出版、 p.34.Chinul. 1983A.“Secrets ofCultivating theMind,” The Collected
Works of Chinul,translatedbyRobertE.BuswellJr.,Honolulu:University ofHawaiiPress,p.145). 9 識氷池而全水、借陽氣以鎔消、悟凡夫而卽佛、資法力以熏修。氷消則水流潤、 方呈漑滌之功、妄盡則心靈通、應現通光之用。(『牧牛子修心決)、普照全書、 普 照 思 想 研 究 院 編 輯、1989、 ソ ウ ル、 佛 日 出 版、p.33.Chinul.1983B. “EncouragementtoPractice:TheCompactoftheSamādhiandPrajñā Community,”The Collected Works of Chinul,translatedbyRobertE. BuswellJr.,Honolulu:UniversityofHawaiiPress,p.102).
10 Jiddu Krishnamurti,(2018, September 30). “THIS MATTER OF CULTURECHAPTER7”,ThinkonTheseThings,Part1,Texts and talks of Jiddu Krishnamurti. Krishnamurti quotes. Books about J Krishnamurti. Philosophy.(Retrievedfromhttp://jiddu-krishnamurti.net/en/think-on- these-things/1963-00-00-jiddu-krishnamurti-think-on-these-things-chapter-7). 11 ParkJae-Hyeon.2002.p.23.袴谷憲昭と松本史朗も、どちらも無我の真理は 教義としてではなく、生き抜くべき命題として認識すべきであることを強 調している。 12 松本史朗の見解の中にも同様の考えを見ることができる。松本史朗1994「深 信因果について─道元の思想に関する私見」、『禅思想の批判的研究』、東 京、大蔵出版、pp.589-590。 13 不知自心、本智果德、甚深難思、卽心外有佛、豈成信也。(『華厳論節要』、 普照全書、普照思想研究院編輯、1989、ソウル、佛日出版、p.302)。 14 道元と親鸞の間に類似点を見いだす袴谷憲昭とは異なり、松本史朗は、親 鸞とは違って道元をむしろ楽天的だと理解している。前掲松本史朗1994、p. 615。私は松本の見解を尊重するが、道元がそれほど素朴に楽天的だったわ けではないと考えている。 15 MatsumotoShiro.1997A.“CommentsonCriticalBuddhism,”Pruning the Bodhi Tree: The Storm Over Critical Buddhism,JamieHubbardandPaul L.Swansoneds.Hawaii:HawaiiUniversityPress,p.162.
16 Matsumoto Shiro. 2002. “Critiques of Tathāgatagarbha Thought and CriticalBuddhism,”『駒澤大学仏教学部論集』33号、駒澤大学、p.364。 17 KeelHee-sung.2017.“BipanBulgyoeDaehanJonghapjeokPyeongga,”
民国学術院、pp.213-243. 18 松本史朗1994、p.614。 19 同上、p.614。
20 ただし、社会的公正は最初期の時代から、仏教徒たちにとって一貫して重 要 な 関 心 事 で あ っ た と 言 え る だ ろ う。Fenn,Mavis.2012.“Buddhism: HistoricalSetting,”The Wiley-Blackwell Companion to Religion and Social Justice,MichaelD.PalmerandStanleyM.Burgesseds.Oxford:Blackwell Publishing,pp.17-29.
21 人間的霊性のダイナミックな要素としての信の正しい理解については、下 記 を 参 照 の こ と。Smith,WilfredCantwell.1981.Towards a World Theology: Faith and the Comparative History of Religion,London:Palgrave Macmillan.
22 SuzukiShunryu.1995.Zen Mind, Beginner’s Mind,p.99. 23 同上、p.116。