マルサス価値論の構造
著者
遠藤 和朗
雑誌名
東北学院大学経済学論集
号
164
ページ
125-141
発行年
2007-03-15
URL
http://id.nii.ac.jp/1204/00024440/
マル
サ
ス
価値論
の
構造
日次 l.
はじめに 2.
交換価値の研究 3.
価値規定 (l)需給原理 (2)需給原理とスミスの生産費説4 .
価値尺度 (l)投下労働価値説批判 (2)支配労働価値説 5.
むすび違 藤 和 朗
1
.
はじめに
マルサスの経済学は, 『経済学原理』! )初版(l820年) の構成から明らかなように, 第一
章富の
定義および生産的労働の
議論にはじまり, その富の交換・分配論を経て第七章富の增進の直接 原因をもって終わっている。
これは周知の
ご と く , ス ミスの
『諸国民の
富 』 を 継 承 し よ う と す る マルサスの意図のあらわれである。
しかし, マルサスは, 特に富と価値との
関連に注日し,「
経 済学原理』 初版第六章に「
富と価値との区別にっ
いて」 という章をおこして, そのなかで次のよ うに述べている。
「
富と価値とは, たしかにかならず しも同じでないけれども, きわめて近い関連をもっ
こ と が l ) 本稿で主として利用するマルサス (Malthus,Thomas Robert, l766-
l834) の文献は以下のとおりである。
引用にあたっては文中に略記してページ数を表示し, あわせて邦訳の買数も記すことにする。 ( ! 開'a a'p
bf
a
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加to tm
'r b的'a l A 加 h'm的'm,1st的.
,l820,2nd ed.
,l836
.
(PPElst.
or2nd.
と略記)。
初版からの引用は,プレンの編集したVariorum Edition,Cambridge UniversityPress,Vol.
1,l989,を用いることにする。
また第2版からの引用は, Them
irllsofThomasRobert Malthus,Vol.
5,William Pickering,l986,を用いる。
邦訳は, 初版は小林時三郎訳f
経済学原理」 岩波文庫(上・下)l968年を,第2版は依光良解訳『経済学原理」春秋社(上・下)l949/54年による。
(2)「 heMeasuno
f
V:
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stmted u成hanapp
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cationof
i:ttothealtemtioniathemlueoftheEnglish cumncys二nce1790,l823.
(Measu,
e.
と略記)。引用は, T h e W o rks of
Tho,
nasRobertMalthus.
Vol.
7,Wil -1iamPickering,1986,を用いる。
邦訳は,玉野井芳郎訳「価値尺度論」,岩波文庫l986(l949)年による。
(3»切l'm't b t'n
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f b用b加their mu
a伊,l827.
(、Defimtions
.
と略記)。
引用は,TheWortsof
ThomasRobertMatthus,Vol.
8,William Pickering,l986,を用いる
。
邦訳は,玉野井芳郎訳「経済学における諸定義」, 岩波文庫l997(l950)年による。
なお, 以上のマルサスの諸著作におけるcommodityは商品と訳すことにする。
-東北学院大学経済学論集 第l64号 わかるであろう
。
そして富の
測定をなすに当たって,価値にふれることなしに分量を考察するこ とは, 分量にふれることなしに価値を考察するのと同じく, 重大な誤りであることを, 認めなけ ればならない.i
( P PE
,1st,p
.
3 4 4 , 訳 ( 下 ) l 4 8 頁 )。
この よ う に,
マルサスは, 富と価値とは密接な関連があるから富を考察するに際しては, その 価値も考慮しなければならないことを強調しているのである。
したがって, 富の定義, そしてそ の増進を考察するにあたっては, その価値の
考察を抜きにしては語れないことになる。
それ故, マルサスの 『経済学原理』における「価値論」 の
位置づけはきわめて重要である。
彼の 『価値尺 度論』 (l823年) も価値論の意義を強調するものである。
本稿の課題は, マルサス
価値論の構造を明らかにして, 彼の経済学における価値論の意義を探 る と と も に , マルサスの
価値論がスミスや リ カー ド ウの価値論とどのような関連をもっ
かを考察 す る こ と で あ る2 )。
2.
交換価値
の研究
マルサスの
価値論を検討する場合,『経済学原理』初版,同第二版(l836年)および『価値尺 度論』, 『経済学の諸定義』 (l827年) が主な検討資料となるが, 価値の区分および支配労働をめ ぐる価値尺度が 『経済学原理』 初版とその後の著作とは異なるので, その変遷に留意することに するが, それ以外についてはマルサスの所説は変更のない一
貢しているものとして考えることが できる。
さて, マルサスは,ス
ミスと同様に, 価値を使用価値と交換価値に区分し, ある対象物の効用 をあらわす使用価値については,「
字義どおりの意味よりはむしろ比喩的意味にとられているこの
ことばは,われわれに便宣なものはなんでも意味する.i
(jPPE
, l s t , p
.
51,
訳 ( 上 ) 7 5 頁 ) の が 2)マルサス価値論に関する研究には,これまでにすぐれた書載がある。以下の文献を参照の こ と。 (l)遊部久蔵「労働価値論史研究」世界書院,l964年。 ・ (2)入江奨「支配労働価値説についての覚書一マルサス経済学研究の一
的一」「松山商大論集』第3巻第1号,, 松山商科大学,l952年。 (3)入江奨「マルサスの経済理論に関する覚書一と く に , 自然価格論との関連について一
」 「松山商大論集」 第3巻第l号,松山商科大学.
l965年。
(4)中矢俊博「マルサスの支配労国説一
f価i値尺度論』を中心にして」「南山論集」第9号,南山大学,l978年。 (5)中矢俊博「ヶンプリッジ経済学研究一
マルサス・ ケ イ ン ズ ・ス ラ ッファ ー」同文館,l997年。
(6)中村廣治「 リ カードゥ「マルサス「価値尺度論」評劃こついて」「年報経済学」第 2 巻 , 広 島 大 学 , l 9 8 l 年。 (7)中村廣治「マルサスにおける「富」 と 「価値」 」 「館本学国大学経済論集」第 4 巻 第 3 ・ 4 合 併 号 , 熊 本 学国大学,l998年。
(8)中村廣治『リカードウ経済学研究」九州大学出版会,l996年。 (9)羽鳥卓也『リカードウ研究一
価値と分配の理論一
」未来社.
l982年。
00橋本比登志「マルサスの価値論一「原理」第二版を中心にして」 『経済学論究」第l5卷第l号,関西学院 大学,l96l年。 00南方更一
「マルサスの価値論」『国民経済雜誌』第l0l巻第3号,神戸大学,l960年。
0幅 方 寛一
「マルサスの需給原理」「国民経済雑誌」第ll6巻第2号,神戸大学,l967年。 00南方更一
「マルサスの価値尺度論」順民経済雑誌」第ll8巻第3号,神戸大学.
l968年。00Porta,Pier Luigi,DatlidRicafdo
.
・NotesonMalthus's 'MeasureofVm
‘
e',Cambridge University Press,l992.
0調ollander,Samuel,T heE? i?
?
l lM RobertMalthus.
Toronto,l997.
-マルサス価値論の構造 常である と述べるにとどめて, 経済学上重要なのは交換価値であると して研究対象をそれに限定 する
。
彼によれば, 交換価値は,「
一
商品(commodity
) をほかの商品と交換する意志および能力に 基礎を置く」
(1
F'
a
E', 1 s t , p
.
5 2 , 訳 ( 上 ) 7 6 頁 ) ものであり,一
商品と他の
商品との交換比率をあ らわすものである。
それは物の効用とは無関係である。
交換が行われるためには, 商品自体の
稀 少性やそれらの
分配の
不平等に依存するだけでなく,
個々人の意志と能力に基づいてそれらが分 配されていないという事情にも依存する。 と い うのは, もしすべての商品が, 消費に先立つて, 終局的にそれらが分配される状態にあったならば, 交換や交換価値の
間題は生じないからである。
それ故, 交換が生じるためには, ある商品と引き替えにある商品を提供しようとする意志と能力 だけでなく, 求められた商品の所有者が交換の意志をもっていることが必要なのである。
つまり, 交換の両当事者に相互的需要(reciprocaldemand)
のあることが不可欠である。
「
この
相互的需要があるときには, 交換のおこなわれる比率, すなわち,一
商品がほかの商品の
一
定量にたいして与えられる量は, 所有したいという願望とその所有を獲得する難易とにもと づいて両当事者がなすところの相対的評価に依存する.i
(PPE
,1st,p
.
5 3 , 訳 ( 上 ) 7 7 頁 ) こ と に な る。
こ こ に い う「
所有したい願望」とは,交換しようとする意志の強さを表すが,「その
所有 を獲得する難易」
とは, 交換に伴つて払う機牲を意味しているものと思われる。
交換の
初期の
段階には, 個々人の願望と能力とが必然的に異なっているので, ある個々人の間 では, l ポ ン ドのしか肉に対して6ポンドのパンを与えることが, 他の個々人の間では2ポンド のバンだけを与えることに同意するというように,
行われる取引の約定は, おそらく相互に異な っているであろう。
しかし, ある時間の経過後には, ある種の
平均が形成され,「
商品の現在価値(current
value)」
が確立する。つまり, lポンドのしか肉が4ポンドのパンに値し,さらに lポンドのチーズなどと等しい価値をもっているものと知られるであろう。
このようにして, お のおのの商品は,「
ほかのすべてのものの交換価値を測定し, またそれは順番に,
それらの
いず れの
一
つによっても測定されるであろう。
おの
おのの商品はまた価値の
代表者でもあろう。
l ク ォ ト の ブ ド ウ 酒の所有者は, 自分は4ポンドのパン, l ポ ン ドのチーズ,一
定量の皮革等とひと しい価値をもっていると考え, そしてこのようにしておの
おのの
商品は, 多かれ少なかれ正確に かっ
便利に, 価値の
代表者であり尺度でもあるという, 貨幣の二つの本質的な性質をもっ
であろ う。」
e
W , 1 s t , p.
54, 訳 ( 上 ) 7 8 頁 )。
し か し , このような直接的な商品交換の
一
般的評価にっ
いては, かなりの程度正確に行われたと考えられるはるか以前には, 相互的需要がないために相 対的価値を測定する大きな困難がたえずおこっていたのである。
この不便を選けるために, マル サスは,一
般的需要の対象になる商品, すなわち価値尺度と交換手段としての機能をもっ
貨幣が 導入されたことを指摘している。
そして貨幣として, 社会の
初期には種々の物品貨幣が用いられ たが, のちに貴金属が一
般的にも使用されるようになり,
またそれが有する耐久性,
可分割性, 均質性, 少量に含まれる大きな価値などの性質から, 貴金属は「
一
般的価値尺度」
に採用された のであった。
-
l27-東北学院大学経済学論集 第l64号 「それ (貴金属一引用者) が
一
般的な価値尺度として採用されたときには, もちろんのこ と , いっさいの
商品は頻繁にこの
尺度と比較されるという結果となるであろう。
貴金属は, ほとんど すべての場合において, この
指定された商品であり, それゆえに, 商品が適用をうけるところの 尺度にたいするその商品の名日価値とよばれるのが妥当であろう」
(PPE,1st
,p
.
5 7 , 訳 ( 上 ) 8 2-
3頁)。
そうなれば, 商品の交換価値は,「
名日価値の別の用語」である価格と呼ばれることになる。
マ ルサス
によれば, 商人が考慮するのは財貨の
価格であると, アダム・ス
ミス
が述べているように,
「
一
般的価値尺度」
としての貨幣の導入によって, 交易が促進され生産が刺激されるようになっ た と い うのである。
しかし, 貴金属は, 富の生産および分配においては, 価値の
尺度としては有 効ではあるけれども, 国と時期が異なればその価値は変化せさるをえない。
したがって, 「貴金 属で測つた賃金, 所得, または商品の価値がそれだけではわれわれの役にほとんど立たないであ ろ う こ と は , ま っ た く 明 ら か で あ る 」(PPE,1st,p
.
6 0 , 訳 ( 上 ) 8 5 頁 )。
このように貴金属も価値が可変であるから, 真の富または生活のもっとも本質的な財貨を支配 する能力の増減を意味するものとして妥当であるように思われる「
真実交換価値」
(realvalue in exchange)が要求される。
マルサスは,「真実交換価値」 を , 「一
対象が,労働を含む生活の必 要品および便宜品を交換において支配する力.i
(PPE,lst,p.62,
訳 ( 上 ) 9 4 頁 ) と 定 義 す る。
し たがって, それは生活の豊かさをあらわす真の富を支配する力に他ならない。
しかし, 彼が「
真 実交換価値」 の 尺 度 と な る よ う な一
商品が存在するのであろうかと自間しているように, すべての
商品の価値は可変であるから,「
真実交換価値」
の
尺度を求めることは難しいのである。
「
真実交換価値の正確な尺度がきわめて望ましいことは疑いえない。
と い うのは, それは同時 に,
すべての国およびすべての時期における賃金, 所得, および商品の正しい測定と比較とを, われわれに可能にしてくれるからである。
しかしゎれわれが真実交換価値の尺度が意味するとこ ろを考えるときには, われわれは, それをこの
種の標準尺度とさせうるような性質をもっ
あ る一
商品があるのかどうか, あるいはあると容易に想像しうるのかどうかを, 疑う気になるであろう。
われわれが言及している一
物品または多数の物品のどんなものでもそれ自身変化を受けるもので あるにちがいない。
そしてわれわれが望みうるすべては, われわれの研究の日標である尺度へ
の
近似物である」(.R
IPle
,1st,p
.
6 0 , 訳 ( 上 ) 9 2 頁 )。
そこでマルサス は , 「尺度へ
の近似物」 として『経済学原理』初版では,後に詳しく述べるよ う に,まず支配労働量を,次に「
穀物と労働との中項」
を も っ て 「真実交換価値」 の
尺度と考え るのであるが,これも十分に確信するには至らなかった。
しかし,彼は, 『価値尺度論』におい ては, 絶対価値あるいは自然価値を模索し, 労働の価値の
不変性の論証を試みて, 支配労働量が 価値尺度であることを改めて認識したのである。
それ故に『経済学原理』第二版においては,初 版での「真実交換価値」
を「内在的原因から生じる購買力」である「内在的交換価値」
(intrin-sic
value in exchange) に 変 更 し たのである。
むろん,価値尺度は支配労働量である。
この「内 在的交換価値」
は, 『価値尺度論』 における絶対価値または自然価値に対応しているものである。
-マルサス価値論の構造 内在的原因というのは,交換される商品に固有
の
原因を指している。「
われわれが,ある特定 商品の交換価値の変動という場合には, 殆んど何時でも内在的原因から生じるその購買力を指し て言つている.J (」olPle
,2nd,p.49,訳(上)82頁)のである。
つまり,通常の意味での一
商品の価 値は, 他商品の評価とは無関係に,
その商品の内在的原因によって評価される「
内在的交換価値」
を意味しているのである。
そしてマルサス
によれば,「
内在的交換価値」
は,一
商品に対する需 要供給によって規定されることになる。
この需給原理による価値の
規定は, 『経済学原理』初版 から貢かれているものではあるが。
3
.
価値規定
(l)需給原理 交換価値の決定においては, 商品の
購買者と販売者が市場に存することが前提になることは言 う ま で も な い。
「需要とは買う能力と結びついた意志のこ と で あ り , 供給とはそれを売る意図と 結びついた商品の生産のことである」 (.Pla
E', 1 s t , p
.
64, 訳 ( 上 ) 9 6 頁 )。
このような事態におい ては, 商品の
相対価値または価格は, 商品の供給と比較した相対的需要によって決められ, しか もこの法則はきわめて一
般的である。
「
価格が需要および供給によって決められるときには, そ れは需要だけでまたは供給だけで決められるということを意味しているのではなくて, そのおた がいの比例によって決定されるという意味であることを, 想いださなければならない」
(PPE,
1st,p
.
6 5 , 訳 ( 上 ) 9 7 頁 )。
ところで,「
供給の現実の範囲と比較した, 需要の現実の範囲は, つねにおたがいに平均的に 比例している」
(.PIPle
, 1 s t , p
.
65, 訳 ( 上 ) 9 8 頁 ) ゆ え に , 供 給 は 常 に 需 要 に 等 し い と い う こ と が 言われているが, マルサスが商品の価格决定において意味する供給に対する需要の比例の変化と い う と きの
意味は,需要の範囲(extentof
demand)の意味ではなく,需要の強度(intensityof
demand) を意味するのである。
これは,「
商品を獲得するために犠牲をふやす能力と意志」 を 意味し通常は貨幣で測られるのである。
「事実, 商品により大きな価格を与えることは絶対的かっ
必然的により大きな需要の強度を意 味しているし, 事実の間題は, この需要の強度の
表現をよびおこしまたは不必要にする原因はな に か と い う こ と で あ る , と い い う る で あ ろ う.i
(P P E
,1st,p
.
6 6 , 訳 ( 上 ) 9 9 頁 )。
そしてマルサス
によれば,
「ある商品で測つたどんな物品の価格をもひきあげる價向をもっ
原 因は, その購買者の数または欲求の增大であるかあるいはその供給の
不足であるし, そして価格 をひきさげる原因は, その
購買者の
数または欲求の減少であるかあるいはその供給量の增大であ る.i
(PPE
,1st,p.66
-
7 , 訳 ( 上 ) l 0 0 頁 ) と い う。
需要の強度とは, 購買者の数または欲求の增減を表現するものであり, 需要量と結びつく購買 力とその意志のこ と で あ る。
こ う し て , マルサス
においては,需要の強度が重視され, この意味 で需要という言葉が理解されるなら, 価格は供給に対する需要の関係によって規定されるという こ と に な る。
-
l29-東北学院大学経済学論集 第164号 (2)需給原理と
ス
ミスの生産費説 マルサスは, 需給原理が日常のすぺての商品の価格に作用していることを主張するが, それの
論証のためにスミスの生産費説との関連を検討する。
「需要および供給について前節で表明された見解からいってさえも, 多数の商品の永続的価格 はその生産費によって決められる, と お そ ら く い い う る で あ ろ う。
も し わ れ わ れ が , ア ダ ム・ ス ミスの論じている価格のあらゆる構成要素を含意するならば, このことは真実である。 しかしも し リ カードウ氏の述ぺた構成要素のみを考慮するならばそれはそうではない。
しかし, 実際には, この二つの体系, すなわちその一
つは多数の商品の価格をその生産費によって説明し, 他方はい っ さ いの
商品の価格を, あらゆる条件のもとにおいて, 永続的にも一
時的にも, 供給に対する需 要の比例によって説明しているところの
この二つの体系は, 比較的多くの点において必然的にお たがいに関連しているとしても, 本質的にちがった源をもっのであり, それゆえ, きわめて細心 に区別しなければならないのである.i
(PPE,1st,p.72
-
3 , 訳 ( 上 ) 1 0 7 頁 ) 。 こ の よ う に , マルサスによれば, 多数の
商品の価格がそれらの生産費により規定されるという ことは, スミスの述べた価格のあらゆる構成要素を含意するならば, 需給原理からも是認できる こ と で あ る が , この二つの体系は, 「本質的にちがった源をもっのであり, それゆえ, きわめて 細心に区別しなければならない」
というのである。 独占商品の価格は生産費とは何の
関 係 も な く , 需要および供給の
原理のみが規則的にかっ
正確 に こ れ を 規 定 し う る し , 季節的変動によって影響を受けやすい組生産物の価格も, 市場における 需給原理に依存する。 市場価格がしばしば生産費に一致する場合の製造品の価格も, われわれの 日常の経験によって, 需給原理の方が生産費よりも強く作用していることを示している。 したが って生産費と価格との関連にっ
いて, マルサスは次の よ う に 言 うのである。
「
われわれは, 生産費それ自体は, この原価の支払いがその継続的供給の必要条件となってい る ゆ え に , これらの商品の価格に影響をおよぼすにすぎないことを, みいだすのである」(jP P E, 1st,p.74-
5 , 訳 ( 上 ) 1 l 0 頁 ) 。すなわち,生産費は商品の価格との
関係においては,その商品の 供給を継続して保証する条件としてのみ価格に影響するに過ぎないというのである。
そしてこの ことが真実ならば, 需給原理は, アダム ・ス
ミスのいう市場価格だけでなく自然価格をも規制す ることになるのである3 )。
「その当然の結果として, 実際上または偶発的な供給の需要にたいする比例は, 市場価格であ ろ う と ま た は 自 然 価 格 で あ ろ う と , 価格を決める場合の支配原理であり, また, 生産費はそれに 従 属 的 に は た ら き う る に す ぎ な い 。 すなわちこの原価はたんに供給が需要にたいしてとる関係に 実際上または偶発的に影響をおよぼすにすぎないからである, と い う こ と に 帰 着 す る 」 (P P E, 3 ) マルサスは, 自然価格と市場価格との区別を次のように述べている。 「自然価格および必要価格は, 市 場 価 格 と 同 じ く , この原理によって規制されるように思われる。 そし て た っ た一つの相違は, 前者は, 需要の供給にたいする通常のかっ平均の関係によって規制され, 後者は そ れ が 前 者 と 違 う と き に は , 需要の供給にたいする異常のかっ偶発的な関係に依存する, と い う こ と で あ る。.i (PPE,1st,pp.84-
5.
訳 ( 上 ) 1 2 2 頁 ) 。 -130-マルサス価値論の構造
1st,p
.
76,
訳 ( 上 ) ll2頁)。
このように,
マルサス
によれば, 需給原理こそ価格規定の支配的原理であって, 生産費の役割 は, 価格を規定することにあるのではなく,
この費用の支払いがそれら商品の継続的供給の必要 条件をなすという点にあるというのである。
そして, マルサスは, ある商品が継続的に市場にも たらされるための条件を三つ挙げるのである。
第一
の
条件は,一
商品に支出される労働は, その商品と交換に与えられる対象の
価値において, 必要な方向に十分な分量の動労の発揮を奨励する程度に報いられなければならない。
と い うのは, このような適正な報償がなければ商品の供給は必ず不足するにちがいないからである。
第二の
条件は,「
将来の生産をたやすくする対象をあらかじめ蓄積することによって, 労働者 に与えられている援助は, この援助を必要な商品の生産にいつまでも用いさせるほどに,
報いら れなければならないということであるi
.(P P
E
,1st,p
.
8 0 , 訳 ( 上 ) l l 6-
7頁)。
すなわち,前払い された資本に対する報償を十分に満たさなければならないのである。
ここでマルサスは, 資本の
利潤をスミ スが 言 う よ う な「
労働の生産物からの控除」 で は な く,
労働者の寄与とまったく同じ 方法で測つたところの, 資本家によってなされる生産の役割にたいする正当な報l
lf
t
とみている。
第三の
条件は,「
商品の価格は, 労働者および資本家によって使用された食物および諸原料の
供給をひきっ
づき呆たすようなものでなければならない, と い う こ と で あ る。
そしてわれわれは, この
価格は, 実際に使用されているほとんどすべての土地において地代を生むことなしには支払 わ れ え な い , と い う こ と を 知つているi
.(PPE
,1st,p
.
8l,
訳 ( 上 ) l 1 7-
8頁)。
このように,
マルサスは, ある商品が市場に継続的に供給されるための三つの条件を挙げてい るのだが, それらは, その生産に用いられた労働者の賃金を支払うもの,
資本の利潤を支払うもの,
および土地の地代を支払うもの と い う こ と に な る。
こ れ らの
条件を充たす価格は,ス
ミスが 自然価格と呼んだところのものであるが, マルサスは, それを必要価格(necessaryp
rice) と呼 ぶo「
わたしはむしろそれを必要価格とよびたいと思う, というのは, 必要ということばは供給の
条件へ
の関連をよりよくいいあらわし, また, それゆえに,
より簡単な定義を与えうるからであ る」
(PPE,1st,p
.
83,
訳 ( 上 ) l l 9-
l20頁)。
すなわち必要価格とは,商品を規則正しく市場にも た ら すの
に 必 要 な 価 格 と い う こ と で あ る。
そして, マルサスによれば, 必要価格を構成する賃金, 利潤, 地代の
価格も全体の
価格を決める原因と同じ需給原理によって決定されるという。
と こ ろ で , マ ル サスは,『経済学原理』第二版において,市場価格は, 商品の平均的な価格で ある自然価格あるいは必要価格に一
致しようとする傾向があることを明確に述べている。
「
市場 価格は, 正当且つ有用に自然価格, 必要価格, または通常価格と呼ばれ得るこの
価格に一
致しよ うとする傾向を常にもっている。
そしてこの
価格は商品が通常相互に交換される比率を決定する」? P E ,
2nd,p.66,訳(上)l08-
9頁) このような市場価格と自然価格に関するマルサスの見解は, 自然価格が「
静止と持続との中心」 であり, すべての商品の価格が絶えずそれにひきっ
けられている中心価格であるとするス ミスの
-
l 3 l-東北学院大学経済学論集 第l64号 自然価格
の
所説を継承するものである。
そして, マルサスは,「
一
商品に対する有効需要は, 供 給の
自然的な且つ必要な条件を充たすような需要である。
またはすでに定義されているように, それは, 現実の諸事情の下で必要な分量だけの
商品の継続的な供給を果たすために需要者が払わ なければならない機牲である.i
(PPE, 2 n d
,p
.
6 7 , 訳 ( 上 ) l l 0 頁 ) と 述 べ て い る よ う に , マ ル サ スのいう有効需要もスミスのいう有効需要, すなわち 「その商品の自然価格をよろこんで支払う 人々の
需要」 と同様な概念を示しているように思われる。
マルサスは, l8l4年l0月9日付けの
リ カー ドウ宛の手紙の
なかで, 有効需要という言葉はスミス
が与えた意味であることを次のように述べている。
「
『蓄積の欲求は消費しようとする欲求とまったく同じほど有効に需要をひき起こすであろう し, 消費と書積とは等しく需要を促進する』 と い う あ な たの
ご意見にはどうしても同意できませ ん。
じっさい正直にいうと私は, 蓄積から一
般的に生じてくることはあなたもお認めになるだろ うと思われる利潤低下の原因としては, 生産物の価格が生産の経費に比較して下落するというこ と, 言葉をかえていえば有効需要の減少以外には考えられません。
と い うのは, 私は有効需要と い う 言 葉 を このように理解しておりますし, またアダム・ス
ミスがこの
言葉に与えた説明もこう だと考えるからです。
そしてこの
説明に従うなら, つまり有効需要がョ
リ 大 き い と い う こ と は 生 産の経費をこえる生産物の価格の超過分がヨリ大きいことを意味するの
だという想定に基づくな ら, 資本量が比較上最少のとき, あるいは資本の
利潤が最高のときに有効需要はかならず最大で あ ろ う と い う こ と は お そ ら く あ な た も お 認 め に な る で し ょ う4 )。」
この よ う に , マルサスは, ス ミスの
いう有効需要を認識していたのであるが, マルサスの
場 合には,ス
ミスのように有効需要の概念を自然価格の
成 立 と い う ミ ク ロ 領 域 だ け に と ど め て い たのではなく,一
般的供給過剰を論ずるマクロ領域にまで拡大しているところにその意義があ る5 ) o4
.
価値尺度
マルサスは, 商品の交換価値の
規定原理を研究したの
ち,
価値の
尺度の研究に向かう6 )。
4 ) Ricardo,David,1,etterl810
-
1a
5,Vol.
'llIm T heWorksandCl lor'
,
espondenceof
I)atln
Ricardo
,editedbyPiefoS ml
ff
amlththecoltabomtionof
MH.Dobb,CambridgeUnit;ers:tyP tessl ,l952.加.l4l-
42, 中野正監訳「デ イ ヴィ ド ・ リ カ ードウ全集第
、
lI巻書簡集l810-
l8l5年』雄松堂書店,1977(l970)年,l64貢。 5)渡会勝義「マルサスの経済理論一一
般的供給過利の理論を中心として一」平井俊顕・深員保則編『市場社 会の検証」 ミネルヴァ書房, 所収, l993年, 描稿「スミスとマルサス一人口法則と労働維持基金および資 本書積一
」永井義雄・柳田芳伸-
中澤信彦編「マルサス理論の歴史的形成」昭和堂,2003年,所収.
参照。 6)マルサスは, 「経済学原理」第二版において.
価値尺度が二つの重要な日的のために必要であることを次の ように述べている。 「第一
に, 相互に比較しての総ての商品の相対的価値を容易に且つ便利に測定すること,, および総ての商人をば, 彼らの販売に基づいて得る利潤を評価することが出来るようにさせること。一
第 二に, その供給の総ての条件を含んだ商品を塑得する困難を測定すること, および二つまたはそれ以上の 商品が時の経つうちにその相互の交換比例に変動を生じた時には, そのいずれに, またはどの程度に, そ の各々に, 変動が起こったかということを確かめることがわれわれに出来るようにさせること。 これは特 に異なる時における同一
国の商品について極めて重要な知識である。 」(.PIRe
, 2 n d , p . 7 0 , 訳 ( 上 ) l l 5 買 )。
-
l32-マルサス価値論の構造 (l)投下労働価値説批判 マルサスは, 価値尺度としてスミ
ス
が二つの価値尺度, すなわち投下労働量と支配労働量との 双方をあげていることを批判するところから出発する。
「アダム・ス
ミスは, 商品の真実および名日価格にかんするかれの
章において, 労働をもって 普遍的かっ
正確な価値の尺度であると考えているが,
そこでかれは, 自分で尺度として提議して いる労働を適用するのに同じ方法を厳守しないために,
かれの研究に若干の
混乱をひきおこして いるo しばしばかれは,一
商品の価値はその生産につ
いやされた労働量によって決められると論じ, またしばしばそれが交換において支配する労働量によって決められると論じている。
これら二つの尺度は本質的にちがったものである。
そして, そのいずれもたしかに一
つの基準 としての部類にはいりうるものではないけれども, その一
方は他方よりもきわめてはるかに有用 でかっ
正確な価値の尺度である.1
(PPE,1st,p
.
85,
訳 ( 上 ) l 2 3 頁 ) マルサスは,「きわめてはるかに有用でかっ
正確な価値の尺度」として, 支配労働量を選ぶ立 場から, 投下労働価値説を次のように批判する。
むろん, それは価値規定と価値尺度を一
元的に 投下労働量に帰しているリカード ウの
学説を批判しているのである7 )。
第一
に,
交換価値は, 明らかにあるほかの商品に対する交換上の価値を意味している。
しかし, もし一
商品により多くの
労働が投下されたときに, それと交換されるほかの商品にもより多くの
労働が投下されたならば, 第一
の
商品の交換価値はそれに投下された労働に比例しぇないことは, まったく明らかである。
すなわち, 双方の商品の投下労働量が同じ比率で增減すれば交換価値は 変化しないから, 交換価値が投下労働量に比例するという主張は,一
般的な説明としては成り立 たない。
第二lこ,
土地が共有され, 資本がほとんど充用されなかったきわめて社会の
初期の
段階におい て さ ぇ も , 投下労働量に基づいて交換価値が決定されるということは認めることができない。
と いうのは, 鳥類や魚類, 果物などを取得する労働量はきわめて不確実であるから,
生産にっ
いや した労働量に基づいて交換が行われたのは稀であり, 偶然にすぎないからである。
したがって, マルサスは, 次のように主張するスミス
に も リ カー ドウにも同意することができないのである。
「「
資本の
蓄積および土地の占有に先立つ初期未開状態においては, さまさまの対象を獲得するの
に必要な労働の
分量の比例だけが,
それらの対象をおたがいに交換するに当つてなんらかの通 則を与えうるただ一
つの
条件のようである』.i
(P PE
,1st,p
.
8 7 , 訳 ( 上 ) l 2 6 頁 )。
第三に,
マルサスは, 社会の
初期の
段階においても資本が存在するとするリカー ド ウの見解を 逆手にとって, 資本の
存在こそ投下労働価値法則の
作用を妨げる要因だとみる。
したがって,マ
ルサスは, いかなる社会の発展段階においても, 投下労働量による交換価値の決定原理を否定す るのである。
7 ) 中村廣治「リ カ ードウ経済学研究」九州大学出版会.
l996年, 第 3 章, 羽 鳥 卓 也 「 リ カ ー ド ウ 研 究」未来 社 , l 9 8 2 年 , 第 6 章 , 参 照。-
l33-東北学院大学経済学論集 第l64号
「
事実,生産費がもっばら労働にかぎられる社会の
段階は,どんな野蛮な段階においても,ほ とんどないであろう。
きわめて初期においては, 利潤はこの原価の重要な部分を構成し, したが って供給の必要な条件として交換価値の
間題に大きくはいってきたことが理解されるであろう。
弓矢をっ
くるためにだけでも, 材木とあしが適当に乾燥され枯らされていなければならないこと が明らかに必要である。
そして労働者の
仕事が完成するまでにこれらの
原料が労働者によって必 然的に保たれなければならない時間は, ただちに原価の
計算に新しい一
要素をみちびき入れるも のである。
われわれは, あらゆる種類の資本に充用された労働を, 商品の直接の生産に用いられ た労働とまさに同じ原理によって, 測定することができるであろう。
しかし収益の回収に遅速の あ る と い う こ と は , 資本に充用された労働量とは何の
関係もないまったく新しい要素であり, し かも, その
初期の時代でも最近の時代でも, あらゆる時代において, 価格を決めるさいにもっと も重要な要素であるi
. (jPP
E
,1st,p
.
88,
訳 ( 上 ) l 2 7 頁 )。
このように, 社会の初期の
段階においても, 労働だけで生産されることはほとんどなく, 利潤 が供給の
一
つの必要条件として交換価値の問題に大きくはいってくることが見いだされる。
むろ ん資本財に投下された労働は測りうるが, 資本の収益回収の運速は, 資本に投下された労働量と 無関係な新しい要素であって, これは, 利潤の大きさを左右することになり, 価格を規定する際の
最も重要な要素になるのである。
マルサスは次の よ う に 言 う。
「
この
場合における価格の大きな相違は, しか一
匹一
匹を捕殺する労働にたいする収益はっ
ね に労働が用いられた数日以内に回収されるが, 他方丸木舟にっ
いやされる労働にたいする収益は おそらく一
年以上もおくれる, という事情から生まれるであろう。
利潤率はどうであろうとも, こ れ らの収益回収の比較的な遅速は, 物品の価格に比例的にあらわれてこなければならない」
(PPE,1st,p
.
9 0 , 訳 ( 上 ) l 2 9 頁 )。
第 4 に,資本の収益回収の遅速だけでなく,固定・流動資本の
組合せの相違も, 投下労働価値 論の妥当性を否定することになる。
「もしわれわれがこ の変動の原因に加えるに, リ カードウ氏の指摘した例外, すなわち, その 結果が未開生活のきわめて初期にあらわれるところの, さ ま さ ま の商品に投下された固定資本の
比例の
大小よりおこってくる例外をもってするならば,「
諸商品は, その生産に労働のより多い またはより少ない分量が投ぜられないかぎり, 価値においてけっして変化しない』 と主張する通 則は, おそらく,
リカードウ氏が述べているように,f
社会の初期においては普遍的適用性をも つ』 も の で あ り え な い こ と が , 認 め ら れ る に ち が い な い」
(.PIPIE, 1 s t , p.
90, 訳 ( 上 ) l 2 9 頁 )。
し たがって, リ カード ウの
いう社会の
初期の段階においては, 商品の相対的価値は, それらに投下 された労働の
相対的分量によっては決定もされず, 測定もされえないのである。
これらのことは, むろん文明の進んだ国においても同様である。
「文明の
すすんだ国々においては, 商品がついやした労働とは無関係な, その商品の交換価値 の変動の上と同じ諸原因が, 社会の
初期におけるように, また予期できるようなほかの時代にお け る よ う に,
一
般的に認められるにちがいない, と い うのは明らかである。 おそらく資本の利潤 l 0 l34-マルサス価値論の構造 はそれほど高くなく,したがって固定資本の比例
の
ちがいも収益回収の運速も価格にはそれに比 例したちがいを生みだすことはないであろう。
しかしこれを埋めあわすためには, 投下された固 定資本の
分量のちがいは莫大となり, しかもどの二商品も同じ分量が用いられることはほとんど ない。
そして, 資本の収益のちがいはしばしば二, 三日から二,
三年にわたって変化するのであ る.i
(P PE
,1st,p.90
-
9 l , 訳 ( 上 ) l 2 9-
30頁)。
このように, 文明の
すすんだ国においては, 固定資本と流動資本の構成の
違いの程度や資本の 収益回収時間の
相違の
程度がいちじるしくなるから, 当然投下労働量に基づく価値規定は行われ ないことになるというのである。
第五に, マルサスによれば, 賃金が購貴すると多くの
種類の
商品の価格が下落すると述べてい る リ カー ド ウの主張は, きわめて背理的な外観をもっているが, それは真実である。
も し リ カ ー ドウが次のように主張するならば, 背理的な外観は消え去つて し ま う で あ ろ う。
「
もしかれが, 利潤の
下落は, 固定資本の使用量のゆえにその資本の
利潤が以前には生産費の 主な構成要素を成していた商品に, 価格の下落をひきおこすであろう, と述べていたならば, だ れもこの命題が背理であるとは考えないし, または少しもありそうもないことだとさえ考えなか ったであろう。
しかしこれこそかれが実質的に述べたところのものである」
(PPE,1st,p
.
9l-
92,
訳 ( 上 ) l 3 2-
33頁) すなわちこの
命題は, リ カードウ自身も具体例を掲げているように,
賃金の購貴が利潤を経由 して商品の価値決定に参加し, 商品の価値の下落を引き起こすことを示したものである。
しかし, マルサス
によれば, リ カード ウの
いうように利潤率が低下するとき, 固定資本を多く使用する部 門の
価格が下落するとしても,「
固定資本をもたず, また一
日ないし一
年という流動資本の収益 回収の速度の
ために, 資本が充用する労働量にたいして資本の
価値がもっ
比例がきわめて小さい 多くの
種類の
商品.i
(P P
E
, 1 s t , p
.
93
,
訳 ( 上 ) l 3 4 頁 ) の場合には,わずかの賃金購貴でさえ利 潤が無くなる場合があるから,「
商品の価格が, 労働の価格の
騰貴によって上昇しないならば, こういう商品の生産はただちに放乗されるにちがいない。
しかしそれは放棄されることがないの
はたしかである。
したがって, 労働の
価格の
購貴と利潤の下落とによって, 価格において勝貴す る多くの種類の
商品があるであろう」
(.PIPle
,1st,p
.
93, 訳 ( 上 ) l 3 4 頁 )。
むろん, マルサスは, 以上のような対立する極端な例ではなく, 両極端の中間にある場合を取 り上げれば, 利潤率が変動しても価格が変動しないまれなケースがあることを認めている。
しか し, それは例外であって, 大多数の
商品は利潤率が変動すれば,
価格は購l貴するか下落するので あ る。
そこで, マルサスは次の よ う に 言 うのである。
「 そ う す る と , 諸商品の交換価値はそれに投下された労働に比例する, と い う 学 説 は ど う な る のか。
同じ労働量が投下されてもそれは依然として同じ価値をもっ
と い う こ と で な し に , 絶えず そして普通的にはたらいている周知の原因によって, すべての商品の価格は, ほんのわずかの例 外はあるが,
労働の
価格が変動するときには変動する。
そしてこの
わずかの例外がどんな種類の
商品から成るかは, あらかじめいうことはほとんどできないのである」n
随,1st,p
.
95,
訳 ( 上 ) l 3 7-
l35 -li東北学院大学経済学論集 第l64号 頁)
。
リ カードウ自身も①固定・流動資本の構成割合が相違する場合,
②固定・流動資本がそれぞれ 同一
量であっても固定資本の
耐久性が相違する場合, ③同一
量の固定・流動資本を用いても資本の
回収時間に相違がある場合においては, 投下労働量による価値決定が修正を受けさるを得ない ことを認めているが, リ カ ー ド ウ は この
ことを本質的間題ではないと考えたの
に対して, マルサ スは,重要視しているわけである。
この点をマルサスは,のちに「
経済学における諸定義』にお いて次のように述べている。
「
な る ほ ど リ カー ドウ氏は, 氏の法則に対する頭著な例外を自分自身みとめている。
け れ ど も 氏の例外, すなわち使用される固定資本の量が相違し, かっ
耐久性の
程度が異なる場合, また使 用される流動資本の
回収の時期が同じでない場合に属する商品種類をしらべてみれば, それは非 常な数にの
ぼるのである。
その結呆, 法則は例外とみなされ, 例外は法則とみなされることにな る で あ ろ う」
(De
f
i:m
ltions
.
pp.
l 7-
8 , 訳 , 2 7-
8頁)。
以上挙げた理由によって, マルサスは,「
おのおのの特定商品の生産に投ぜられた労働の正確 な分量を知ることがどんなに興味をひきかっ
望ましいことであったとしても, 同じときおよび同 じところにおけるそれらの
相対的交換価値を決定するものはたしかにこの
労働ではないと, われ われはこれを認めなければならないとわたしは思う.1
(jPPE,1st,pp.
l04-
5 , 訳 ( 上 ) l 5 l 頁 ) と 述べて, リ カード ウの
投下労働価値説を批判したのである。
(2)支配労働価値説 マルサスは, 『経済学原理』初版において, 交換価値の尺度として十分ではないが最良の
尺度 として支配労働量を考えた。
「
われわれが労働をもってアダム・ス
ミス
がしばしば用いた意味において価値の
尺度と考える ときには, すなわち,一
対象の
価値がそれを支配しうる一
定種類の労働 (たとえば普通の日雇労 働)の
分量によって測られるときには, それは疑いもなく商品のうちで最良の
ものであり, また, ほかのど れ よ り も よ り よ く 交 換 価 値の真実および名日尺度の両性質を結合しているように思われ る で あ ろ う.i
(PPE,1st,pp
.
l l 8-
9 , 訳 ( 上 ) l 6 9 頁 )。
マルサス
が何故に, 支配労働を最良の尺度として考えたかというと, 第一
に, 諸商品と交換さ れるのは生きた労働であることが挙げられる。
「交換価値の
一
尺度としてある一
対象を求めるに 当たって, われわれの注意は当然に, 交換にっ
いてもっとも広範囲の論題となったものに向けら れるであろう。
ところで, すべての対象について, 生産的労働または不生産的労働と引き換えに 断然最大量の価値が与えられることは,争いのないところである」
(.,
RRE, 1 s t , p.
l l 9 , 訳 ( 上 ) l69頁)。
第:
二t
こ,商品の価値は,労働との交換においてのみ,それが社会の
欲求とl者好に適合し た程度, およびそれを消費する人たちの
欲望と数に比してのその供給量の程度を表わしうるから である。
すなわち, 価値尺度としての支配労働量が商品の需給関係を表現するからである。
第三 に,「
資本の
蓄積および富と人ロ
とを增大させるその能力は, 労働をはたらかせるその能力, い l 2-
l36-マルサス価値論の構造 いかえれば, 労働を支配するその能力に, まったく依存している
。
商品がどんなに豊富であって も, もしそれがっ
いやし た も の よ り よ り 多 くの
労働を支配しないような性質であり, またはそれ だけ価値において下落するならば,
資本の真実のかっ
永続的な增大をひきおこしぇない。
これが 永続的原因からおこるときには, 蓄積は最終的にやみ, またそれがちょっとのあいだおこるとき には, 書積が一
時的にとまり, そして人口は双方の場合においてそれにしたがって影響をうける。
そこで,生産にたいする大きな刺激は,商品が労働を支配する能力, とくにそれがっ
いやしたも のよりも大きな労働量を支配する能力に,
おもに依存しているように恩われるゆえに,
われわれ は当然に,
この
労働を支配する能力をもって, 商品の交換価値の
測定においてもっとも重要なも のであると,考えるようになるのである.i
(P PE
,1st,p
.
l 2 0 , 訳 ( 上 ) l 7 0 頁 )。
この
第三の理由に, われわれは, マルサス
が何故に支配労働量を価値の尺度に選んだのかの理 由が特に強調されているものと理解することができる。
それはのちに詳述するように,
資本の
書 積や富, 人口を増大させる能力は, 商品が労働を支配する能力, すなわち支配労働量が投下労働 量 よ り も 大 き い と こ ろ に,
つまり利潤を労働で測ることができるところにあるのである。
「
利潤があるときはっ
ねに (しかも利潤のない場合はなるほどきわめてまれである) 商品の
労 働との交換価値はそれに投下された労働よりもっ
ねに大きい」
(.Pa
E,1st,p
'.
l32,訳(上)186頁)。
こ う し て , マ ル サスは,支配労働量を交換価値の尺度と考え, 「 ど の
一
商品についても,ある 物品が支配すべき普通の日雇労働の
分量は, 真実交換価値にもっとも近づくように思われるとい う こ と が , 認 め ら れ な け れ ば な ら な い」
u
m
,1st,p
.
l 2 5 , 訳 ( 上 ) l 7 6 頁 ) と 述 べ たのである。
しかし, 支配労働を価値の尺度とすることには間題がないわけではない。
と い うのは, 労働は, 「ほかのすべての商品と同じく,
それにたいする需要に比べてその分量が多いか少ないかにした がって変動し, そしてちがったときおよびちがった国では, きわめてちがった分量の生活第一
必 要品を支配する。
さ ら に , 熟練, および労働を適用するところの機械の
援助の
程度がちがうこと によって, 労働の生産物は労働量に比例はしない。
したがって, 労働は, そのことばが用いられ るどんな意味においても, 真実交換価値の正確でかつ標準的な尺度とは考えることはできない」
u
胞,1st,pp.
l25-
6 , 訳 ( 上 ) l 7 6 頁 )。
こうして, マルサスは, 支配労働量を最良の価値尺度として選びながらも, 労働は他の
すべての
商品と同様に需給によって変動することや異なった国・時期においては支配する生活必需品の 分量も異なること, さらには生産性の
向上に伴つて労働の生産物は労働量には比例しないという ことを間題にする。
そこでマルサスは, 『経済学原理」
初版では, 「もっと大きな正確度に近づく」
ことができる真 実交換価値の
尺度として,「
穀物と労働の
中項」を考えたのである。
すなわち, 穀物と労働の
そ れぞれでは十分な価値の
尺度とはいえないが, 穀物と労働との平均をとれば,
より正確な価値の
尺度になるというわけである。
と い うのは, マルサス
によれば,「
労働に比べて穀物が高価なと きには, 労働は穀物に比べて当然に安価でなければならない。
一
定量の穀物が生活の必要品, 便 宜品, および娯楽品の最大量を支配する時期には,一
定量の労働はっ
ねにこのような対象の
最小-
l37 -l 3東北学院大学経済学論集 第l64号 量を支配するであろう
。
そして, 穀物がその最小量を支配する時期には, 労働は最大量を支配す る で あ ろ う.i
(PPE
,1st,pp
.
l28-
9 , 訳 ( 上 ) l 8 0 買 ) と 考 え ら れ る か ら で あ る。
このように, マルサスは, 『経済学原理』初版において, 真実交換価値の
尺 度 と し て 「穀物と 労働の
中項」を考えたのである。
しかし,『価値尺度論』においては,「穀物と労働との平均」 の
尺度は間違つていたとして, 労働の
価値の不変性を証明することを試みて8 ) ,ス
ミスと同様に 支配労働が価値の
尺度であることを確証するのである。
支配労働をもって価値の
尺 度 と す る こ と は,その後のマルサスの
諸著作, 『経済学における諸定義」,『経済学原理」
第二版においても一
貫して同様である。
さ て , マ ル サスは,『価値尺度論』序言において,「アダム・ス
ミスの方法とはまったく別の, またかれの気づかなかった土地の等級にっ
いての諸学説とも関係のある一
方法によって, 諸商品 が支配する労働をそれらの
自然価値および交換価値の標準尺度とみなしてもいいという結論に到 達した」
(Measure.p.
l 8 0 , 訳 , l 0 頁 ) と 述 べ る と こ ろ か ら 出 発 す る。
そして, すでに言及したように, 自然価値または絶対価値は, 『経済学原理』第二版の「内在 的交換価値」 に相当するものである。
8 ) マルサスは, 「価値尺度論」 において, 労働の価値の不変性を論証しようとしたのであるが, それが成功し ているとは言い難い。南方寛一「マルサスの価値尺度論」『国民経済雑誌』第118巻第3号,神戸大学・
l968年,12-
l3頁,遊部久蔵「労働価値論史研究』世界書院,1964年,229.
245-
6頁,中村廣治 fリ カー ド ウ経済学研究』九州大学出版会,1996年,l96-
201頁,参照。 な お , マ ル サ ス に お い て も , ス ミ ス と 同 様 に , 平 均 的 労 働 者 の 一定量の労働は,ある一定量の安楽・自 由・幸福の機牲を意味するがゆえに, つねに同じ価値をもっと説いている箇所がある。 例えば, 「経済学の 諸定義』 においては次のように述べられている。 「一
日分の労働に発押される肉体の力がつねに同一
ならば一多分このことは, お互いに比較した二三の 国において大体あてはまることであるが, 時期を異にする同一
の国においてはいっそうしばしばあてはま る。 一 い つ い か な る 国 に お い て も 労 働 が な お さ ら 満 足 な 価 値 尺 度 と な る で あ ろ う と い う こ と が お そ ら く み と め ら れ よ う 。 エドワード三世時代のイギリスの展業労働者たちは, おそらく労働における熱練度は低か っ た で あ ろ う が , 現在のわが労働者たちとほとんどおなじ時間数をもち.
またほとんどおなじ肉体の力を 発輝したと考えるぺきである。 こ う し た 事 情 の も と で は , そして同一国内においては, 展業労国は,世紀 から世紀をっうじての価値尺度であって, たいへんなむずかしやをも納得させてくれるものとみていいよ うに思われる。 しかし時代と国を異にする労働者はっねに同一
量の安楽と自由と幸福を機性にするとはか ぎ ら な い と さ れ る と し て も , なお価値の尺度としての労働の性質は本質的にそこなわれるものではないの である。 国と時代を異にする諸商品がそれぞれの国と時代の同一
量の展業労働を支配することがわかった 場合には, それらは同一の評価を受けたと適切にいっていいし, 同一
の価 値 を もっと適切にみていい。
こ のことは私にはっねに真実と思われるのである」 (Def
imtim s.pp.l05-
6, 訳168頁)。 「経済学原理』 第二版においても次のように述べられている。 「標準と考えられる各時期の普通の農業労働は, 正確に同一
程度の力のものであり, そして同一
時間数 だけ使用されるのであり, そして更にこれらの時期にもまたそれらの中間期の全部にわたっても, この種 類の労働だけで生産され且つ直ぐさま市場にもたらされるところの或る商品があるということを仮定しよ う 。 恐 ら く こ れ ら の 仮 定 は.
エドワー ド三世の時代以来,我国においては, 真実からさほど道く隔たった ものではなかっただろう。 私は, その時期の人々の体力は現在のと殆ど同一で あ り , そ し て 通 常 l 日の展 業労働の仕事は殆ど同一
の長さであると仮定したい.1(P P E,2nd,p.80, 訳 ( 上 ) l32頁)。 スミスの労働の価値の不変性については, 次の文献を参照の こ と。 中 村 廣 治 『スミスの不変の価値尺度について」「経済論集」第28巻第1号,大分大学,l976年。羽鳥卓也 「国富論研究」.
未 来 社 , l 9 9 0 年 , 第 l 章。-
138-マルサス価値論の構造 マルサスは, 『価値尺度論
」
において,「比較的単純な形態にある諸物の自然価値は労働と利潤 より構成される.i
(Measure
.
p.
l82,訳, l5頁) と い う 想 定 と「
およそ一
定量の労働は, これを支 配する, またはこれと現実に交換せられる賃金と同じ価値でなければならないということはただ ちに是認せられる自明の原理だと考えていい」
(Measu
,
re
.
p.l83,
訳, l6頁) という命題を前提に,
支配労働が価値尺度であることを次のように説明する。
まず,
労働だけで取得されるとともにただちに売却される諸商品は, その獲得の
ために使用さ れた労働量に基づいて交換される。
しかし,資本が生産に用いられると,直接労働のほかに, 簡 単な道具の
うぇに使用された労働が商品の生産のために加わることになる。
この場合,
資本の前 払いから回収までの期間にっ
いて, それに対する報酬が利潤として支払われ,
供給条件として考 慮されなければならない。
そうなれば, もはや使用された労働量に基づいた交換は行われなくな る。
一
切の前払いに対して労働で見積もった利潤を加えなければならないのである。
この
場合,
この
商品の支配労働量は, 交換価値を正しく表示するとともに, その供給条件にかかわる絶対価 値及び自然価値を表示することになる。
「
利潤がこの
前払いに対して算定される場合には, 経験上, 諸商品が同一
国内で互いに交換さ れるさいの基準となることがわかる労働量が得られる。
さらにまた, この
労働量は, 諸商品の相 互の交換価値を正しく表示するばかりでなく,
その供給条件にかかわる絶対価値及び自然価値を も表示する.i
(M
ea
sw e
.
pp
.
l89-
9 0 , 訳 , 2 5-
6頁) 以上のご と く,
マルサス
によれば, 労働の
みによって生産された商品の価値尺度は投下労働量 であるが,資本書積後に利潤が生じる場合には, 投下労働量に基づいた交換は行われない。
直接・ 蓄積の
両労働および労働に還元された利潤の
双方が価値尺度となる。
その尺度は支配労働量であ り , それは自然価値および絶対価値を表示することになるというのである。
マルサス
においては,「
絶対価値及び自然価値の正確な尺度」
が存在するかどうかが『価値尺 度論』 における研究課題であった。
そして, マルサス
にあっては, 文明と改良の進んだ国々の
大 多数の
商品は, 主として労働と利潤の二つの要素からなっているのであるから,「
労働と利潤に だけ分解されうる諸商品の交換価値は, それに現実に投ぜられた蓄積労働と直接労働に,
一
切の 前払いにたいして労働で見積もった利潤の変化量を加えた結果得られる労働量によって正しく測 定 さ れ る と い う こ と で あ る。
しかしこの
労働量は,一
諸商品が支配する労働量と必然的に等しく なければならない.i
(Measu
,
re
.
p
.
l88, 訳 , 2 3 頁 ) と い うのであった。
マルサスは, 次のような例を挙げて説明する。
ある商品にl00日分の労働が一
日 2 シ リ ン グ で 用いられ, かかる賃金の前払いから商品の販売までの時期がl年, かっ
利潤率が20%
だとすれば, その商品の価格はl2ポンドとなる。
しかるに同種労働の同一
量を投下して, ただちに市場にもた らされる商品の
価格の
場合は, わずかl0ポンドにすぎない。
また貨幣その他の交換媒介物を間題 としないならば, 現実に使用されたl00日分の
労働の
前払いに対するl年間の
利潤を見積もった ならば, ただちに売却される商品に使用された労働に比べてl20対l00の比率にあることになる。
すなわち商品の交換価値が賃金と利潤に分解する場合には, 商品の価値は, 労働者に支払われる-
l39 -l 5東北学院大学経済学論集 第l64号 賃金額に労働で見積もった利潤量を加えたもので測定されなければならないのである