No.52,pp.95-100,2002
コミュニケーションを取り入れた理科教授法の例
仮説実験授業と極地方式
鈴木真理子
ExamplesofJapaneseInstructionsofTeachingScience thatInvoIvesInteractionsamongStudents :''Hypothesis-Experiment-Instruction''and''Polar-Instruction'' MarikoSUZUKI <あらまし>コミュニケーションを取り入れた日本の理科教授法の例として、本稿では「仮説実験 授業」と「極地方式」を取り上げ、これらについて、1)創生期の科学教育の動向と科学教育に影響 を与えていた科学観、2)教授法の概要、3)めざすところ、4)学習者観、5)教授者観、6)共同学習 としての特徴を概括するO <キーワード>仮説実験授業,極地方式,コミュニケーション,理科教授法 1はじめに 会話を主としたpeerlearningは、学校教育 の学習経験に大きな変革をもたらし得ると言わ れているO例えばBlumenfeldら(1996)は、 peerlearningが成功すると、学習者の1)推論 や高次の思考、2)情報を再現したり、系統立 てたり、統合したりする認知過程、3)他者の 考えに順応できる新たな視点の獲得、4)仲間 との受容や励まし合いを育てる、とまとめてい る(鈴木ほか,印刷中)O 授業中のpeerlearningであるcooperative learningについて、BrownとPalincsar(1989) は、COOPerativelearningには支援の役割と葛 藤の役割があり、支援と葛藤の両方の面が社会 的なものから徐々に個人的なものになり、内化 され、独立した認知になる、と述べているO一 般に、COOperativelearningを拡張したものが collaborativelearningと考えられているO Collaborativelearningのめざすところは、ク ラス全体や小グループや共同体で考えを共有す ることであり、COOPerativelearningに比べて collaborativelearningでは、そこに参加する 者の知の共有や相互依存することがより強調さ れ、COllaborationの無いcooperativelearning はあるが、その逆は無いとされる(Webband Palincsar,1996)O歴史的には、COOperative learningからcollaborativelearningに再編成 されてきている。また、COllaborativelearn-ingでの活発な会話には、学問的知識の理解を 促す可能性のあることがわかっている(Brown, 1994;Suzuki,2001a;inpress)O本稿では、 COllaborativelearningの意味で共同学習と記 している(鈴木ほか,印刷中)O2現象を説明する道具としての 科学的知識 ここで、科学的知識について考えてみる0 1960年代に登場した新科学哲学は、科学的知識 に対する見方を根底から覆したOKulm(1962, 1970)は、科学者集団が共有している「パラダ イム」、言い換えれば範型を科学研究という活 動の中で共有し、研究を進めている状態を「通 常科学」と呼んでいるO一方、天文学や物理学 の世界でのCopernicusやNewton、Einsteinの 仕事に見られるように、それまでのパラダイム では説明しきれない理論を提起し、既存のパラ ダイムと競合し、新たなパラダイムが構築する とき、これを「科学革命」としている。「科学 革命の構造」(Kuhn,1962,1970)が発表され たことにより、科学的知識は絶対的な真実とし て存在し、発見され、累積的に進歩していく、 という従来の科学的知識観が問い直された。そ して、科学的知識はその時代の科学者集団によっ て社会的に認知されたものという見方が成り立 つようになる。ここから、科学的知識は、コミュ ニケーション共同体である科学者集団によって 規定され、彼等が自然現象について説明し合う ときの言葉にとらえられる、という視点が生ま れてきた(野家,1993)。 このような特徴をもっ科学的知識を学習する とき、自分の知識を説明の道具として使いなが ら、他のメンバーと自然現象について会話する ことは重要である(鈴木はか,印刷中)0 3コミュニケーションを取り入れた 理科教授法の例 以上のことから、科学を学習する方法の一つ として、科学についての会話を主とした共同学 習が成り立ち得る、と筆者は考えているO 本稿では、科学についての会話を取り入れた わが国の理科教授法の例として、科学史研究に もとづく「仮説実験授業」1(板倉,1967)と、 発達心理学的、学習心理学的に意味づけされた 「極地方式」(高橋,細谷,1990)を取り上げる。 これら2つの教授法は、1)教師と研究者が共同 でつくってきたこと、2)教授≠去についての出 版物が手に入ること、から取り上げたO 仮説実験授業は、板倉聖宣が科学史研究(板 倉,1958a;1958b;1958C)等から得た「科学 史における自然認識の発展の法則性」と学習者 の認識との類似性を、授業書という形で具体化 したものである(岩城,上川,板倉,1962)O極 地方式は、高橋金三郎が提唱した「通信ノート サークル」から「科学教育研究協議会東北地 区協議会」が結成され、そこで積み上げられた 理科教師の成果に、細谷純が発達心理学的、学 習心理学的な意味づけを行なったものである (高橋,細谷,1990)O これらの教授法について、1)創生期の科学 教育の動向と科学教育に影響を与えていた科学 観、2)教授法の概要、3)めざすところ、4)学 習者観、5)教授者観、6)共同学習としての特 徴を概括するO 参考にした資料は、仮説実験授業は、大塚 (1979)、板倉(1958a;1958b;1958C;1967; 1977;1990)、岩城と上川と板倉(1962)、極地 方式は、麻柄(1991)、高橋と細谷(1990)であ る0 3.1創生期の科学教育の動向と 科学教育に影響を与えていた科学観 仮説実験授業と極地方式が登場した1960年代 は、科学技術への期待が高まった時代である0 1950年代のアメリカは、当時のソビエト連邦と 政治的な緊張関係にあった。ソ連の科学技術が 短期間で高水準に達し、アメリカによる原子爆 弾の独占は終わった01957年のソ連による人工 衛生「スブートニック」打ち上げ成功のニュー スは、アメリカ社会に衝撃を与えたO このような中、心理学者Brunerの著した 「教育の過程」(Bruner,1960)がアメリカの教 育に転換をもたらしたO「教育の過程」は、1959 年に全米科学アカデミーによって招集されたウッ ズホール会議の内容を、議長であった 1仮説実験授業がそこで扱う学習内容の領域は、現 在、社会科学領域、人文科学領域、芸術領域等、多 岐に及んでいるO本稿では、自然科学領域における 仮説実験授業について論じるO
Brunerが認知論の視点でまとめたものであるO 教育一般を見直すとしながら、ウッズホール会 議の参加者のほとんどは自然科学領域や数学領 域のカリキュラム改訂に携わる人たちであったO ウッズホール会議を機に、生活経験を重視する 「学習者中心」の教育は批判され、学問の系統 性が強調されるようになり、科学教育は「学問」 中心へと転じたO「教育の過程」は日本語にも 翻訳され、Brunerの考えは「教育の現代化」 と称され、日本の教育界に浸透した。わが国に おいても教科の系統的な学習を重視した科学教 育が盛んになっていった(鈴木,2001b)O学問 の構造が重視された時代に、仮説実験授業は 「世界観の違い」(岩城,上川,板倉,1962)、極 地方式は「ル・バー」(高橋,細谷,1990)と いう言葉を使い、学習者の考えを考慮しようと していたO 1960年代、科学教育においてはまだ、経験主 義や実証主義、合理主義の枠組みでとらえられ る科学観が優勢であったO仮説実験授業は「科 学とは実証的であると同時に唯物論的自然観か らえられたものだ」(岩城,上川,板倉,1962, p.29)と明記し、1960年代の科学観の影響が 見て取れるO一方、極地方式はこのように明確 な宣言をしていないが、「アリストテレスをく つがえす」(高橋,細谷,1990,p.186)という 表現があり、当時の科学観に影響を受けていた のではないか、と推測されるO 先に述べたKuhn(1962,1970)以降の新科 学哲学に見られるような、社会性を重視した科 学観が科学教育に影響を与えるには、1990年代 まで待たなければならなかった(鈴木,2001b)0 3.2教授法の概要 仮説実験授業は、世界観の違いからくる生徒 独自の考えを科学史の認識過程と照らし合わせ た板倉らの研究(岩城,上川,板倉,1962)が もとになった、と推察される。現在では、討論 を取り入れた理科教授法として、日本の他、ア メリカ合衆国においても知られているOこの方 法の社会認知的な意味を再評価し、アメリカ合 衆国に紹介したのは、HatanoとInagaki(1991) であったO 仮説実験授業の理科における典型的な教授過 程2は、以下のようになるOl)教授者は、質 問と、3つか4つの選択肢の解を示す02)教授 者は、生徒に自分で一つの解を選ぶように言う0 3)教授者は、選択肢毎に生徒に挙手をさせ、 それぞれの選択肢毎の生徒の数を数え、黒板に 書いた表にその数を書く04)教授者は、生徒 が自分の考えを説明し合い、討論し合うように 促す05)教授者は、生徒に再び、選択肢を選 ぶように言うO生徒は、自分の考えを変え、前 に選んだ選択肢と異なる選択肢を選ぶことがで きる06)教授者は、生徒にどの解が最も適当 であるかを試す実験を演示したり、読み物を見 せたりする(板倉,1967)O 極地方式は、一人の落伍者もなく、「高いレ ベルの科学」をやさしく教えたいという方針を 取る(高橋,細谷,1990)O「Zigzden-Zagzden」 (高橋,細谷,1990)という言葉でその方法を 表現するが、仮説実験授業と比べると典型例を 表すことはしないO学習内容によって「探検コー ス」「巡検コース」「急行コース」という三種類 のテキストを用意し、具体的な教授過程は学習 内容によって異なる(高橋,細谷,1990)Oそ の中で、ル・バーを正しいルールに組み替える 方法として、「ドヒャー型ストラテジー」と 「じわじわ型ストラテジー」を提案しているO 麻柄(1991)は以下のように説明するOドヒャー 型ストラテジーは、学習者がもつ判断基準から の予想が結果と一致しない事例を課題として最 初に提示し、自分のルールが誤っていることに 驚きをもって気づかせ、一気に正しいルールへ 組み替えようとするものであるOじわじわ型ス トラテジーは、学習者の予想と結果が一一致する ような事例をまず提示して一致を契機として、 納得に基づいて学習者にとって新しいルールを 説明する。さらに、その新しいルールの使用を 難しい課題へ徐々に広げるO 仮説実験授業の、できるだけ飛躍させるため に、はじめの方にできるだけ予想がはずれる問 題を出しておいたほうがいい(犬塚,1979)と 2一つの単元は、複数の授業書からなる。授業害は 学習内容によって異なり、具体的な教授過程も学習 内容によって異なる。
いう授業書作成の考えと、極地方式のドヒャー 型ストラテジーの考えは似ているOさらに麻柄 (1991)は、ドヒャー型ストラテジーとじわじ わ型ストラテジーのどちらが有効かは、おそら く学習者が自分の誤ったルールにどの程度の確 信をいだいているかによって異なると述べてい るOこの点は、仮説実験授業には無い特徴と言 えるだろう0 3.3めざすところ 板倉(1977;1990)によれば、仮説実験授業 は、科学上のもっとも基本的な概念や原理・原 則について、科学の論理にもとづく判断の方が、 常識的直観的な判断よりもはるかに有効である ことを、学習者が身をもって体験し、科学の一 般的普遍的な概念・論理・法則を認識すること をめざしているO 極地方式は、すべての子どもに「高いレベル の科学」をやさしく教えるという目的をもつ、 と高橋と細谷(1990)は説明する。高いレベル の科学とは、今までの教科書に「法則」として 記載されているものではなく、教師が子どもに、 おおよその内容の見当がつけられるやさしいコ トバで、新しく文章表現した概念(法則)であ る、とされる。それはまた、理解がやさしく、 生活経験のゆきづまりから出発し、原子論、質 量、エネルギー、運動の保存性、階層性、歴史 性、統合性、相対性などの視点を強めるもの、 とも述べられている0 3.4学習者観 仮説実験授業では、学習者を「民主性」を保 障された能動的学習者とみなす(板倉,1990)O 極地方式は、子どもの考えには、すべて何らか の真理が含まれている(高橋,細谷,1990)と するOどちらも、学習者を能動的な存在ととら えている点が似ている0 3.5教授者観 板倉(1977;1990)によれば、仮説実験授業 では、だれがやってもうまくゆくように「授業 書」が作られているO授業書で教えることを前 提にした上で、教師は授業での問答ないし討論 の中心人物ではなく、授業書の提供者、討論の 司会者、実験器具の準備提供者であるとみなさ れているO 高橋と細谷(1990)は、極地方式を、教師が 心から教えたいと願う高いレベルの科学につい て、教師自身が身につけた過程を参考にしなが ら、教師と子どもが集団で、教科書ではなく、 学習ノートを使って勉強する方法ととらえてい るOさらに、教師は研究者と共同で研究する者 とみなされ、かつ、教師自身も学習者とともに 「法則」を理解していく存在であるとされるO それぞれの教授者観がうかがえるが、共通し ているのは、学習者が学習するとき、教授者は それを支援する者とみなされていることである0 3.6共同学習としての特徴 Blumenfeldら(1996)は、共同学習を成功さ せようとすれば、「グループノルム」、「課題」、 「助けを与えることと求めること」、「責任」、 「グループ編成」という5つの条件を考慮する必 要を説き、1)「グループノルム」が確立される と、学習者は相互作用を介して多様な視点を生 み出し、それらを調和させる方法を学び、2) 「課題」は問題解決的で、学習者は代替的な説 明を考えることができ、かつ、自分の類推を理 由づけられなければならない。3)学習者は例 を示したり、アナロジーをっくったり、多様な 表現方法を用いて、自分たちの思考を精緻化す る場面で「助けを与えることと求めること」ど ちらもできなければならず、4)一人一人の学 習者もグループも、自分の学習に「責任」をも たなければならない05)「グループ編成」につ いては、成績レベルや人種、民族、性別等の多 様な面が学習に影響を及ぼす、と述べている (Suzuki,2001a)。 仮説実験授業も極地方式も、クラス全体での 共同学習が想定されており、Blumenfeldらの 言う5つの条件の中でも、「課題」に特徴がある と考えられるO学習内容についての検討を経て 提案された教授法であると言うことができるO
表1仮説実験授業と極地方式の概括 仮説実験授業 極地方式 創 生 期 年代 1960年代 科学教育の動向 「学習者中心」から「学問中心」への転換 科学観 経験主義や実証主義、合理主義の枠組みでとらえられる科学観 教 授 法 ( 概 要 ) 課題と選択肢の解の呈示? 選医二 Zigzden-Zagzden 討論→再選択→実験等による妥当 ドヒャー型ストラテジー な解の呈示(下線は学習者による) じわじわ型ストラテジー め ざ す と こ ろ 学習者が一般的普遍的な概念・ すべての学習者に 「高いレベ 論理・法則を認識する ルの科学」をやさしく教える 学 習 者 観 「民主性」を保障された能動的 子どもの考えにはすべて何ら 学習者 かの真理が含まれている 教 授 者 観 授業書の提供者・討論の司会者・ 研究者と共に研究し、学習者 実験器具の準備提供者 と共に学習する 共同学習 としての特徴 課 題 課 題 3.7まとめ 仮説実験授業と極地方式について、1)創生 期の科学教育の動向と科学教育に影響を与えて いた科学観、2)教授法の概要、3)めざすとこ ろ、4)学習者観、5)教授者観、6)共同学習 としての特徴を、表1に概括している0
4結論
科学技術への期待が膨んでいた1960年代にも、 RachelCarsonが「沈黙の春」(Carson,1962) で農薬汚染について警告していたOベトナム戦 争で枯葉剤が散布されていた頃、彼女は既に、 有機塩素系の農薬の影響による生物種の危機を 訴えていたO科学技術の振興をめざした教育が 求められる一方で、科学技術そのものへの疑問 も投げかけられていたと言える01970年代から 1980年代、その気運は高まり、「学問中心」の 科学教育は衰退し、「学習者中心」の科学教育 に移行していった(鈴木,2001b)O そして1980年代から1990年代、科学技術の担 い手とされてきた専門家集団が、中立的で理想 的なコミュニティとみなされていた時代は去り、 彼等が社会からいかに影響を受け、社会にいか に影響を与えてきたかが示されるようになった (Ziman,1994)O言い替えれば、科学技術の社 会性が意識されるようになり、「学習者中心」 の科学教育が隆盛期に入る。科学教育において 「社会的相互作用」が注目され、「文化」「共同 体」「歴史」について探究され始める(鈴木, 2001b)0 1990年代初頭から、筆者は新科学哲学にもと づいて科学的知識を検討した上で、科学の学習 におけるコミュニケーションの重要性を説いて きた(鈴木,1996;Suzuki,2001a;鈴木ほか, 印刷中:Suzuki,inpress)O創生期の科学教育 の動向や科学観は異なるが、仮説実験授業と極 地方式から、共同学習としての特徴である課題 を中心に、学ぶべき点があると感じているO さらに仮説実験授業は、波多野と稲垣(1991) によってアメリカ合衆国で紹介され、この教授 法に関心をもっ教育研究者がいるOこのように、 日本の中でつくられてきた教授法が、異文化の 視点で眺めなおされるとき、その特徴がどのよ うにあぶりだされるか、検討していく必要があ るだろうO 参考文献 Blumenfeld,P.C.,Marx,R.W.,Soloway, E.andKrajcik,J.(1996)Learning Withpeers:Fromsmallgroupc0-0Perationtocollaborativecommu-nities.EducationalResearcher,25 (8),37-40 Brown,A.LandPalincsarA.S.(1989) Guided,COOPerativelearnlngand individualknowledgeacquisition. InResnick,LB.(Ed.)Knowing, 1earnlng,andinstruction:Essaysin honorofRobertGlaser.Hillsdale, NJ:LawrenceErlbaumAssociates, 393-451 Brown,A.L.(1994)Theadvancementof learnlng.EducationalResearcher, 23(8),4-12 Bruner,J.S.(1960)(鈴木祥蔵,佐藤三郎 訳)(1963)『教育の過程』岩波書店 Carson,R.(1962)(青木簗一訳)(1974) 『沈黙の春一生と死の妙薬-』新潮社 日atano,G.andInagaki,K.(1991)Sharing COgnitionthroughcollectivecom-Prehensionactivity.InResnik,L., Levine,J.andTeasley,S.(Eds.) Perspectivesonsociallysharedcog- nition.Washington,D.C.:Ameri-CanPsychologyAssociation,331-348 犬塚清和編(1979)『科学と教育のために板倉 聖宣講演集』季節社 板倉聖宣(1958a)古典力学の成立過程・その 骨組(I):古典力学と電磁気学の成立 過程の比較研究(I).科学史研究,44, 24-31 板倉聖宣(1958b)古典力学の成立過程・その 骨組(II):古典力学と電磁気学の成 立過程の比較研究.科学史研究,45, 22-31 板倉聖宣(1958C)古典力学の成立過程・その 骨組(III):古典力学と電磁気学の成 立過程の比較研究.科学史研究,46, 27-34 板倉聖宣(1967)仮説実験授業による力の概念 の導入指導一小学校における科学教育 の可能性に関する研究-.国立教育 研究所紀要,52,1-121 板倉聖宣(1977)『仮説実験授業のABC楽し い授業への招待』仮説社 板倉聖宣(1990)『未来の科学教育(16版)』国 土新書,国土社 岩城正夫,上川友好,板倉聖宣(1962)理科教 育におけるアリストテレス・スコラ的 力学観と原子論的・ガリレオ的力学観. 科学史研究,52,23-33 Kuhn,T.S.(1962,1970)(中山茂訳)(1971) 『科学革命の構造』みすず書房 麻柄啓一(1991)科学的概念の発達.丸野俊 一編『新・児童心理学講座第5巻』 金子書房,155-197 野家啓一(1993)『科学の解釈学』新曜社 鈴木真理子(1996)動力学領域における力概念 の再構成に関する研究一中学校選択理 科の授業において-.日本科学教育 学会20周年記念論文集,651-666 Suzuki,M.(2001a)Astudyoftheinfluence ofindividualsoncollaborative learnlngaboutthesolarSyStem. JournalofScienceEduCationin Japan,25(3),1451166 鈴木真理子(2001b)社会的背景に影響される 科学教育一1950年代から1990年代まで の変遷一.滋賀大学教育学部紀要,5 1,35-49 鈴木真理子,永田智子,中原淳,浦鴫憲明,今 井靖,若林美里,森広浩一郎(印刷中) 電子掲示板を利用した協調的な知識構 築過程の図式化による質的分析一高等 教育の授業における天文領域学習の事 例-.日本教育工学会論文誌, 26(3) Suzuki,M(inpress)Conversationsabout themoonwithprospectiveteachers inJapan.ScienceEducation 高橋金三郎,細谷純編(1990)『現代教育101 選18極地方式入門』国土社 Webb,N.M.andPalincsar,A.S.(1996) Groupprocessesintheclassroom. InBerliner,D.C.andCalfee,R. (Eds.)Handbookofeducational psychology.NewYork:Macmillan, 841-873 Ziman,J.(1994)(村上陽一郎,川崎勝,三宅 壱訳)(1995)『縛られたプロメテウス』 シュプリンガー・フェアラーク東京